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フ ラ ン ス 革 命 期 に お け る 共 同 地 立 法 の 展 開

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(1)フランス革命期における共同地立法の展開. 次. 共同地の法律問題と纂奪. 共同地と村落共同体. 大 野. =二. 博 実. −一七九三年六月一〇目の﹁共同財産分割法﹂を中心としてi. 目 一︑はじめに 一. 二︑共同地の歴史とその性格. 二. 三︑アンシァン・レジーム末期の共同地分割 五︑﹁共同財産分割法﹂の構造. 四︑﹁共同財産分割法﹂の成立過程. 六︑結びにかえてi入会権の比較史的研究のために. フランス革命期における共同地立法の展開︵大野博実︶.

(2) 早稲田法学会誌第三〇巻︵一九七九︶. 一︑はじめに. 三二. ︵1︶ 本稿は︑フランスにおける共同地政策︑とりわけフランス革命期における土地改革の一環として企図された共同地. 分割︵B旨甜oα8獣①霧8ヨヨ仁昌窪図︶について︑主として立法史的側面からアプ・ーチしようとするものであ る︒. 一一日の﹁共同財産の分割方式. 共同地問題の処理は︑既にアンシァン・レジーム末期以来革命期を通じて︑もっとも重大でかつ解決困難な政策課 題の一つとなっていたが︑かかる問題の法的処理の過程は︑一七九三年六月一〇目. に関するデクレ﹂︵以下﹁共同財産分割法﹂と略称する︶を頂点として進行していった︒しかも︑共同地政策は︑共同財. 産を共同体に回復させかつ帰属させることによって共同体的所有︵冥o震竃叡8一一①&奉︶を大きく拡大させる政策︑ ︵2︶ および一般的立法措置の形式の下に共同地分割を実施する政策の二つに区別された︒従って︑両者が革命の展開過程. に対応して︑如何に論理的・歴史的に対抗しあるいは絡み合って進行していくかが︑ここでの考察の主軸の一つとな. らなければならないだろう︒何故ならば︑両者は︑共同体的諸規制を巡っては︑一方がその存続を他方がその解消を. 志向するものであるという意味では対抗するが︑小・貧農層の経営を安定ならしめるという意味では︑不可分に絡み 合っているからである︒. また︑国家が︑共同地問題の処理を通じて︑如何に村落共同体を法的に処遇するかを見極めることも必要であろう︒. けだし︑共同地を巡る法律問題は︑共同体の存在態様と深く結び付いているからである︒.

(3) 次に︑﹁共同財産分割法﹂の制定の意義について考察する必要がある︒法典とは言えないまでもかなり大部な法律. である﹁共同財産分割法﹂の制定は︑アンシァン・レジーム期以来の共同地を巡る領主と共同体との間の無数の争い. フランスにおける法典編纂︵8象身甲. に結着を付けるという意味を有すると同時に︑共同地を巡る法生活を規制する多様な地域的慣習および慣習法を斜酌. ︵3︶. して︑体系的かつ画一的に成文化するという意味も有る︒従って︑それは︑. ぎづ︶運動と軌を一にするものであり︑その完成を準備するものであったと言えよう︒さらに︑それが︑フランス革. 命期における土地改革の中で︑如何なる役割を果たし︑如何なる位置付けを与えられるかについて検討することも︑ ︵4︶ 重要な課題の一つである︒周知のように︑フランス革命の土地改革の性格については︑見解の対立があるが︑本稿で. は︑筆者の主要な問題関心たる日本の入会権との比較史的考察という点に的を絞って︑それと関連する限りでその問 題を検討してみたい︒. 共同体的土地制度の解体は︑共同体解体の最後の指標であり︑﹁土地所有権の近代化過程﹂の一環として捉えられ ︵5︶ るものである︒ところで︑近時入会権解体に伴う法的紛争や︑﹁入会林野近代化法﹂の実施過程において︑種々の法. 理論的問題が提起されつつあるが︑結局かかる諸問題は﹁そもそも入会権とは何か﹂という問題に帰着せざるを得な ︵6︶. い︒実用法学的観点からすれば︑一定の解釈論的解答が与えられることが期待されるが︑特に入会権に対する法政策. 的方向付け︑位置付けについては︑入会権に関する法現象の比較史的な研究が不可欠であろう︒この意味において︑. 三三. 本稿が︑日本の入会権に関する比較史的な位置付けのための素材を幾分なりとも提供することができれば幸いであ る︒. フランス革命期における共同地立法の展開︵大野博実︶.

(4) 繭. 早稲田法学会誌第三〇巻︵一九七九︶. 二︑共同地の歴史とその性格 共同地と村落共同体. 三四. 共同地︵8目旨犀昌窪〆8ヨ旨巨置︶は︑一般に共同体に帰属し︑かつその住民が共同収益権︵甘9器き88一一①o−. 寓奉︶を有する土地︑森林︵び9ω︶︑空閑地︵富畦①ω奉冒89奉讐窃︶︑荒蕪地︵置邑窃︶︑採草地︵震傍︶︑山地 ︵7︶ ︵ヨo艮囲器の︶︑沼沢地︵目貰巴ω︶︑沼地︵ヨ畦曾囲窃︶等から成るものであった︒その多くは土地総有︵冥8ユひ審 ︵8︶. ︵9︶. 8=①9貯①︶の名残りであるが︑領主や大修道院によって共同体に譲与されたものもあった︒しかし︑その場合でも ︵10︶. 総有︵震o冥欲叡8臣9貯①︶の典型. 完全な所有権を伴うものはきわめて稀で︑単なる慣習権︵身o詳α.器囲o︶の与えられたものが多かった︒. ︽び一〇霧8ヨ旨§窪図冥o冥o目o暮象けの︾︵厳密な意味での共同財産︶. 共同地は法的には次の三種に区別された︒ ω. 共同体住民の慣習権が設定されている土地で︑地盤所有権が共同体住民以外の コミユロヌ. その収益 権 の み が 共 同 の も の. 的な例であるとされる︒. ⑩. 者︵多く領主︶に帰属する︒. の ︽玄9の窓鼠日o旨窪図︾ 市町村が所有者名義で保有するもので︑最早共同体の一般的利用に供せられること. を止め︑共同体の租税負担その他の公共出費に当てるため賃貸される︒耕作地︑家屋︑狩猟権または漁業権︑鉱泉︑ ︵11︶ 森林等から成り︑︽震o冥捧ひ8壱o声諏<o︾︵団体の所有︶と呼ばれる︒.

(5) 共同地の効用は実に多様であった︒しかし︑耕作と牧畜とが村落的規模で不可分に結合する伝統的農法においては︑. 特に採草地あるいは放牧地としての役割が大きな意味をもっていた︒さらに森林としては︑薪燃材︑建築用材その他. ︵13︶. 種々の林産物を提供した︒沼沢地は泥炭や灯心草をもたらした︒原野は︑寝藁用の灌木︑芝土の塊︑肥料に用いられ ︵12︶ たえにしだやしだをもたらした︒また︑多くの地方では︑一時的な耕作に委ねられる耕地の予備地の役割を果たした︒ ︵14︶. 開放耕地制︵o富目冨o琴震冨︶を基礎とする強制輪作︵器ωoざ目Φ艮8零盆︶︑共同放牧︵話ぎo岳9冨︶およ. び相互放牧︵冨零o瑛の︶︑さらには落穂拾い権︵唯碧品①︶︑刈株利用権︵辞o答8畠きヨ囲①︶︑︽αq轟箪冨鴨︾. ︵15︶ ︵16︶ ︵協鰐取壌鉱撚瞭勧残︶︑︽轟邑甜o︾︵澄韓脆礁欝稚か︶︑森林慣習権︵臣甜窃ま8呂Rω︶等の共同体的諸慣行︵霧濃$8辱. 葺巴冨 G・ルフェーヴル︶の体系の一環を成すもの. ヨニ奉暮巴おω︶・共同体的諸権利︵身9房8一一〇9瀞︶と並んで︑共同地の利用は共同体諸規制︵の震≦9α①の8一一Φ&<−. ︵18︶. M・ブ・ック︶H共同体的諸強制︵8暮声言$8ヨヨ⁝. ︵17︶. ①ω であった︒. 共同地の利用方法は︑﹁形式的平等性﹂の原理の上に立って︑地域的に多様な慣習によって規制された︒. ︵19︶. 共同地の法律問題と纂奪. 共同地を全く有しない共同体もあったが︑特に西部・北東部・中部等の牧畜・森林地域においては広汎に存在して いた︒. 二. 三五. 共同地を法的範疇に委ねることは︑所有権問題をその主題とすることである︒ 領主は︑ 常に住民と共同地の所有権 フランス革命期における共同地立法の展開︵大野博実︶.

(6) 早稲田法学会誌第三〇巻︵一九七九︶ ︵20︶. を争ってきた︒一六世紀以後︑この闘争はより精細になり︑法的な争いの様相を呈する︒. 三六. 共同地の所有権問題は︑最初は・マニストによって論議される︒後期注釈学派︵宕累国畦8冴富ω︶の大部分は︑. 共同地が﹁使用および利用に関する限り﹂︵20&霧ロB9暮ま冨冨ヨ︶共同体に属することを主張する︒領主は︑. 自らの所有権を立証し︑かつ住民の慣習権を保護する場合に限り︑その所有権を主張し得る︒ ︵21︶. しかしながら︑一六世紀初頭には︑領主は共同地の所有権を主張して︑放牧地を可耕地に変更したり︑乱暴な規則. を定めたり︑共同体の負債を支払うため︵と仮定して︶共同地を売却したりした︒とりわけ︑法律家の理論は︑領主. ︵22︶ の利益に奉仕しようとした︒デュ・ムーラン︵Uロ竃〇三﹃︶やベルトラン・ダルジャントレ︵ωo旨轟且α.︾お①暮み︶. は︑封という財産︵冨鼠ヨo且呂叡α窃蔚︷ω︶はその土地の領主のために封地の境界の中に見出されるすべての空. 閑地あるいは不耕作地の完全かつ排他的な所有権を包含するという原則を展開する︒それは︑即ち︑裁判権保有領主. の権利を所有権に変更し︑その領主に普遍的上級所有権︵良器9①仁三くRω亀Φ︶を与えることに帰する﹁飛び地の原. 則﹂︵R冒9需8一︑90一奨①︶と呼ばれるもので︑ここに︽2巨5岳旨①器嵩8蒔器自︾︵領主なき土地なし︶の仮. 伐木の禁止あるいは. 定が見出される︒しかし︑︽2三器蒔ま霞器霧葺H①︾︵爵位なき領主なし︶の原則の優勢な南部地方においても︑ ︵23︶. 領主の所有権をその警察権︵融o津8宕ぎ①︶および閉鎖権︵爵o濤3置鉱8窪念8昌8 放牧の禁止︶に由来させる︒. ︵24︶. 問題は︑﹁国王の普遍的上級所有権﹂︵島話9①q艮く震器=①α二8一︶の問題と自由地︵ヰ碧o毘窪︶の論争に関連. する︒王権は︑一五五〇年から一六五〇年にかけて︑領主の侵害に対し共同体の権利を守ることに努めているようで.

(7) ︵25︶. ある︒国王は︑共同体のために︑ 一五六七年ブルターニュにおいて︑ 一五七九年ブ・ワの王令 ︵o巳9昌壁8号 ︵26︶ ︵27︶ エデイ︵28︶ 匹oδ︶二八四条によって︑一六二九年ミショー法典︵O&①竃一魯き︶において︑最後に一六六七年四月の勅令によ ︵29︶. って介入し︑共同地が譲渡できないこと︵言聾雪筈⁝叡︶および時効にかからないこと︵首震霧R昼鼠ぴヨ叡︶︑並 びに﹁このような財産は誰にも帰属しない﹂ことを定めた︒. 一方︑高等法院︵勺畦8ヨ窪房︶の判例は︑全体として領主に有利である︒特に︑北部慣習地方︵短錺8慕q目8誘︶. の高等法院は︑領主の所有権の主張をかなり容易に認めるが︑南部の高等法院は︑共同地を・ーマ法のカテゴリーに. 委ねようとして住民の権利を一種の役権︵ωR<津&①︶と同視し︑従ってその土地の領主は慣習権者︵5囲段ω︶から ︵30︶ 土地を収用してもそれを開放でぎないという結論を引き出す︒. 空閑地を纂奪し︑森林を開墾し︑沼沢地を干拓することは︑常に住民と同様に領主の望みでもあった︒中世におけ ︵31︶. る多数の訴訟がこのような企ての思い出を保持している︒特に︑一六世紀以降︑法律理論の適用によって纂奪︵霧彗︐. B試9︶は一層苛酷になっている︒共同地に関する慣習を︑領主はバンの権利︵身o津号びき騨罰令権︶によって取. 消・規制・補足・修正を行なった︒また︑警察権によって︑領主がその収益権を保持するにすぎない部分を放牧禁止. ︵32︶. ︵象8霧︶にしたり︑貢納︵8霧︶を支払う慣習権者のみを受け入れ︑または麦藁や秣を産出する資産の所有者にの. 三七. 一部の地区︵S暮o霧︶を特定の種類. み共同地を留保し︑その結果全く土地を有しないが故に共同地の第一の受益者たる貧農を放牧地から排除した︒放牧 権は︑爾後所有権の付従物の如く考えられるようになる︒ ︵33︶. そこから︑カソトンマン︵8旨9器日①算︶という慣行が生ずる︒最初は︑ フラソス革命期における共同地立法の展開︵大野博実︶.

(8) 早稲田法学会誌第三〇巻︵一九七九︶. 三八. の家畜の共同放牧地に当てることが問題であったが︑後には︑不可分の共同所有者︵8矯8ユ簿巴8の言島≦ω︶と考 ︵34︶ えられる共同体と領主との間の分割が問題となった︒この場合︑少なくとも一六世紀以来︑領主は三分割権︵三農o︶︑ 換言すれば共同地の三分の一の完全な所有権を主張する︒. 一六六七年四月の勅令は︑それ以前の立法を要約しかつ明確にして︑﹁聖堂区および共同体の住民が︑買戻しの方. 法によって︑慣習︑権利および共同財産を取戻す﹂ことを認めた︒但し︑一六二〇年以降に譲渡された共同地に限ら ︵35︶ れた︒さらに︑三分割権は将来については廃止された︒ ︵36︶ 一六六九年八月の﹁水利および森林に関する王令﹂︵o民o自程8ω畦一①の国窪図9閏o脇盆︶は︑領主が共同地を. 共同体住民に無償で譲与したことを証明し︑かつその三分の二が住民の需要に充分である時に限り︑三分割権を再設. 定することを認めた︒但し︑譲与︵8目①器一9︶は︑住民が貢納あるいは貢租の支払い義務を負っていなければ︑無. 償と見倣された︒また︑沼沢地に対する三分割権も同様に認められた︒. この時期の絶対王政の共同地に対する態度の基調は︑かなり妥協的な面もあるが︑一定程度は領主・都市ブルジョ ︵37︶ ア商人の共同地収奪を規制して共同体成員の利益を優先させる農民保護政策であったと言えよう︒ ︵38︶. 三︑アンシァン・レジーム末期の共同地分割. ︵39︶ アソシァン・レジーム下の一八世紀後半︑既に共同地の分割間題は︑重農主義者︵bげ蕩δR薄8︶・農学者︵品−. 8ぎヨ8︶によって新農法の見地から提起されていた︒彼らは︑すべての共同体的諸規制︵ω段く詳&88一一①9貯8︶.

(9) ︵41︶. ︵40︶. に反対であり︑自由な大土地所有の発展にのみ進歩を見る︒特に共同地は︑共同放牧慣行と並んで︑﹁農地個人主義﹂. ︵3象く置轟房目o囲琵マ①︶運動の攻撃目標としてその解体・消滅が叫ばれた︒ボンセルフ︵ω98陳︶は︑現状で. は四〇スーしか収益をもたらさない一アルパンの︽8ヨ筥ロ莞︾︵共同地︶が︑土地所有者の手許では二〇〜三〇リー. ヴルの収益を生じ得ると主張し︑また︑オート・ヴィエンヌ︵頃き冨−≦窪希︶州会は︑共同地を二分して︑一方は ︵42︶ 住民間で頭割りに分割され︑他方は各住民のタイユ︵貫旨①︶の額に比例して分割されるべしとの提案をする︒. ﹁農業協会﹂︵ω8叡泳α.四ひqユ〇三9お︶は共同地問題に関する世論を調査し︑ベルタン︵ω①二ぎ︶の財務総監への ︵43︶. ︵44︶. 就任︵一七五九年︶は農業改革の時代の幕を開ける︒先づ一七六一年八月一六日の勅令を最初に︑開墾奨励の勅令が. 相次いで出された︒また︑囲い込み勅令が各州を対象とする個別法令として︑一七六七年から一七七七年にかけて・. ︵45︶ レーヌを始めとする一四州に対して公布された︒この頃︑デスユイル伯︵8ヨ富α︑国ωω鼠一8︶は﹃共同地の政治・経. 済的考察﹄︵曽巴応宕年5ま9ひ8ぎ巨2︒号ω8ヨ旨毒きき一ミO︶において︑近代農学の見地から共同地の経 ︵46︶ 済的不合理性を説き︑その分割による食糧の増産︑農産物価格の低下︑失業者の雇傭を強調する︒. かくして︑王政は︑囲込み勅令と同様に各地方の慣習を考慮して州毎の個別法令の形で︑共同地分割勅令を公布す. る︒勅令は︑ト・ワ・ゼヴェシェ︵一七六九年六月︶を始めとして︑ガスコーニュ︵一七七四年︶︑ブルゴ!ニュ︵一. 七七四年︶︑フランドル︵一七七七年︶︑アルトワ︵一七七九年︶︑カムブレジ︵一七八一年︶等の各州に公布された︒. これらの諸勅令はほぼ共通の内容を有しており︑ω分割は共同体成員の三分の二の賛成により決定され︑@分割が決. 三九. 定されれば︑領主は三分割権の行使により共同地の三分の一を自らに留保し得た︒残余三分の二部分は︑頭割りある フランス革命期における共同地立法の展開︵大野博実︶.

(10) 早稲田法学会誌第三〇巻︵一九七九︶. 四〇. いは世帯割りで平等に分割されるのが通例だが︑ブルゴーニュでは租税負担額に比例して︑シャムパーニュではタイ ︵47︶ ユ負担額に比例して分割されると規定されており︑分割方式は地方的慣習に応じて多様であった︒. かかる共同地分割政策に対し︑農民全体が特に三分割権に反対であり︑共同体住民は富農層を優遇する納税額や所. 有家畜数に比例する分割を恐れていた︒しかし︑ガスコーニュや・レーヌでは︑反対に︑分割に好意的なのは家畜を. 所有しない小土地所有者であった︒概して︑共同地分割は︑領主対共同体住民︑および共同体内における富農層対貧 ︵48︶ 農層の利害の対立を激化させ︑革命前夜の農民の不安を拡大することに貢献したと言えよう︒ ︵49︶. 牧羊地域を除いて︑共同体住民の大部分は現行の共同収益の継続を選択し︑分割勅令の成果はぎわめて限定された ものであった︒. ︵50︶. 四︑﹁共同財産分割法﹂の成立過程. ︵51︶ ここでは︑﹁共同財産分割法﹂の成立に至るまでの過程︑即ち﹁継続的進歩の時期︑一個の創造の時代﹂たるフラ. ンス革命前期において︑共同地間題が如何に法的に処理されて﹁共同財産分割法﹂へと収敷していったかについて︑ ︵52︶ ﹁革命と法﹂との関連を考慮しつつ検討してみたいと考える︒. 以下︑ω憲法制定議会︵︾ωω①B三曾8器蜂猛簿①︶︑ω立法議会︵︾ωのo目げ竃o一甜巨呂奉︶︑③国民公会︵09奉亭. 江9冨江9巴①︶の各時期に区分して考察する︒. ω憲法制定議会︵一七八九年六月三〇日〜一七九一年九月三〇日︶.

(11) ︵53︶. この段階では︑未だ共同地分割に関する立法措置が採られるまでには至らず︑もっばら共同地の権利関係に関する 立法が主である︒. ①一七八九年一二月二日ほ二日の﹁森林において犯される犯罪の取締りに関するデクレ﹂i﹁すべての住民. の共同体は︑訴える権利を有すると考える纂奪に対して法律上の方法によって申し立てるのでない限り︑所有権︑寡. 奪およびその他如何なるものをも口実として︑この八月四日に現実に占有していなかった森林︑牧草地︑空閑地を実. ︵54︶. 力行為によって占有すること﹂は禁じられた︵二条︶︒これは︑革命勃発以来各地に発生した農民の共同地奪取を禁圧 するものであった︒. ②一七九〇年三月一五日 二八日の﹁封建諸税に関するデクレ﹂i﹁一六六九年の水利・森林に関する王令第二. 五章第四条によって定められた三分割権は︑将来については廃止される︒﹂︵三〇条︶︒八月四日夜の決議は三分割権に. ついては全く触れなかったが︑一七九〇年二月八日に申述された﹁封建諸税委員会﹂︵Ooヨ一慈号ω昏o房叡&四仁図︶ ︵55︶. に対する報告の中で︑メルラン︵宮震一ぎ︶は三分割権の廃止を結論した︒九〇年三月四日の議会で・ベスピエー ︵56︶. ル︵勾oげ8風段お︶が要求した三分割権の遡及的廃止を否定して︑この規定が成立した︒また林野買得金三分割税. ︵身o津号怠震ω自①臣段︶については︑﹁共同体によって所有権として保有されている森林およびその他の財産に関し. ては︑廃止される﹂︵三二条︶︒さらに︑コ六六九年の王令によって認められた場合以外に三分割権を許可した︹過. 去︺三〇年以来のすべての勅令︑宣言︑︹国王︺顧問会議の判決および公開状は︑この点に関しては︑行なわれなか. 四一. ったものにとどまり︑かつ︑その結果として行なわれたすべての判決および行為は︑撤回される︒⁝−奪われた共同 フランス革命期における共同地立法の展開︵大野博実︶.

(12) 早稲田法学会誌第三〇巻︵一九七九︶. 四二. 財産の持分的部分の保有を回復するためには︑共同体は︑五年以内に裁判所へ申し立てなければならない︒﹂︵一一二条︶. として︑三分割権に関する勅令等について一定の条件の下に無効を宣言した︒また︑森林等に関する顧問会議決定も. 二六日の﹁三分割権の廃止および森林︑放牧地︑沼沢地︑空閑地の所有権に関するデク. 撤回された︵三二条後段︶︒しかし︑一︑二世紀前から共同地の慣習権または所有権を剥奪された共同体は︑その保 有を回復できなかった︒. ③一七九〇年五月一五日 ︵7 5︶. レ﹂ー三分割権に関する三月一五日のデクレ第二章三〇条および三一条の解釈について︑三分割権の廃止にもかか. わらず︑森林︑放牧地等の所有権については全く予断するつもりはないし︑住民の共同体またはその成員にいかなる. ︵58︶. 二七日の﹁刑事訴追の費用︑封建的または貢納的旧財産を管理すべき規則︑および封建. 新しい権利をも与えないとした上で︑﹁当該財産のすべての現保有者を特別な法の保護の下におく﹂ことを定めた︒. ④一七九〇年九月二〇日. 的または貢納的質権についての方式に関するデクレ﹂1森林︑採草地︑沼沢地および空閑地の慣習権者に対して︑. ︵59︶. 三分割権の廃止にもかかわらず︑所有権者側でのカントンマンの行動︵8謡o富窪oき8目①ヨo旨︶は妨げられな い︵八条︶として︑原則的にカントンマンを容認した︒. ⑤一七九〇年一一月二二日旺一二月一日の﹁国有財産︑交換および譲与︑並びに御料財産に関するデクレ﹂1詐. 欺によらず法律的形式において為された空閑地︑荒蕪地︑︽ぼ昌酵霧︾︵ヒースの繁茂する荒地︶の譲渡︑および授. 封契約︵8昌霞響α.ぎ欲o盆怠自︶による貢納地貸借または定期金貸借は撤回できない︵一一二条︶ことを定め︑開墾者 の既得権を擁護し た ︒.

(13) 一七八九年八月四日以来︑旧領主が︑空閑地︑荒蕪地等を占. ⑥一七九一年四月一三日目二〇日の﹁領主的諸税とくにかつて領主裁判所に付属していた諸税の廃止および買い戻 ︵60︶. し得ると宣言された諸税の買戻しに関するデクレ﹂ 取する権利を否定した︵七条︶︒. この頃︑農業委員会︵Ooヨ一鼠ユ.品ユo巳εお︶は︑共同地分割を要求する多数の請願を受けていた︒99泳8. ︵62︶. 勺毘器一は︑一七九〇年五月四日に上程した法律案の中で︑世帯割りの︵℃霞8q︶かつ終身の︵窪く一甜巽︶共同地 ︵61︶ 分割を主張した︒しかし︑議会は︑共同地の利用方法に関する調査を命じるに留まった︒また︑同年八月一二日︑議. 会は︑各県代表会議を開いてその意見を徴した︒ ︵63︶ 以上のように︑この時期の共同地立法は︑いわゆる﹁法律革命﹂︵勾警o一旨一9冒ユ象2①︶の段階に対応するもの ︵64︶. として︑封建制の廃棄におけると同様に︑大体において領主的権利をできる限り擁護しようとする方針が貫かれてい たと言えようQ. ②立法議会︵一七九一年一〇月一日〜一七九二年九月一二日︶. コミユオヌ. 九一年一一月から︑農商業委員会︵Ooヨ一鼠α︑帥鴨一2一εお卑号8ヨ日R8︶において︑共同地問題の検討が進 ︵65︶ められ︑各県に共同地分割に関する意見の調査が委任され︑四五県の解答が得られた︒例えば︑ロー︵ピo什︶県では︑. ﹁本県のほとんどあらゆる市町村は共同地分割を請願している︒⁝⁝共同地の利用は平等ではない︒富裕な土地所有. 農民は共同地から生じる生産物をより多く消費し︑放牧については彼らのより多数の家畜が牧場を利用する︒森林伐. 四三. 採権については︑⁝⁝貧農は彼らより必要を感じるにもかかわらず︑全然利用できないか︑利用してもごく僅かであ フラソス革命期における共同地立法の展開︵大野博実︶.

(14) ︵66︶. 早稲田法学 会 誌 第 三 〇 巻 ︵ 一 九 七 九 ︶ る︒﹂と報告されている︒. ︵67︶. この・1県内で︑いくつかの共同体住民が実力で共同地分割に着手したために騒擾が発生した︒. 四四. ⑦一七九二年二月五日の﹁分割方式に関する報告を命ずるデクレ﹂ー農商業委員会に対し直ちに分割方式に関す. 一四日の﹁共同地の分割に関するデクレ﹂ー今年から︑収穫後直ちに森林以外のすベ. る報告を行なうことを求めた︒ ︵68︶ ⑧一七九二年五月二八日の﹁アヴリヌ報告の印刷を命ずるデクレ﹂ ︵69︶ コミユビヌ. ⑨一七九二年八月一四日. ての共同地が各市町村の住民間で分割される︵一条︶ことを定めた︒また︑その各々の持分的部分︵を三〇田︶は完. 全な所有権として享受される︵二条︶︒なお︑農業委員会が分割方式に関するデクレ案を三日以内に提出するよう求 ヌ. 九月一四日の﹁市町村および市民の︑封建権力の力により剥奪された所有︹地︺および権利. コミユ. めた︵四条︶が︑結局このデクレ案は提出されなかった︒ ︵70︶. ⑩一七九二年八月二八日. 一六六九年以来︑正式にあるいは不正に実施されたすべての三. の回復に関するデクレ﹂1共同地の権利関係に関する最初の重要なデクレであり︑しかも農業委員会提案ではなく ︵71︶. コミユロヌ. 立法委員会︵Ooヨ凶竃8一猪巨&9︶提案である︒. 分割を遡及的に廃止した︵一条前段︶︒市町村は︑奪われた共同地の持分的部分の保有を回復するために︑五年以内. に裁判所に申し立てなければならない︒但し︑徴収された費用の返還を求めることはできず︑修繕費のための補償の. 訴えも提起し得ない︵一条後段︶︒また︑九〇年九月二〇日のデクレ︵④︶によって尊重されたカントンマンの行動. は同様に維持され︑しかもカントンマンは所有権者のみならず慣習権者によっても要求されることができる︵五条︶.

(15) が︑カントンマンの実情について︑ディストリクト裁判所が再審理・破棄・修正を行なう︵六条︶ことが定められた︒ コ ユ ヌ. さらに︑旧領主が当該財産を適法に購入したことを証明する公署証書を提示しない限り︑市町村は︑剥奪された当該. 財産の所有権もしくは占有権︑または慣習権を回復し得る︵八条︶とされ︑共同体が旧来保有していたことを証明で. きない共同地も︑旧領主が証書により︑または四〇年間の平穏かつ故障なく継続された排他的占有により︑その所有. 権を証明しない限り︑共同体に帰属するとみなされ︑かつ︑共同体が五年以内にその訴えを行なえば︑裁判所によっ て共同体に与えられる︵九条︶と定められた︒ ︵72︶. このデクレで特徴的な点は︑共同地の権利関係に関する証書の提示あるいは四〇年の占有︵取得時効︶の証明の義 ︵73︶. ︵74︶. 務を領主側に負わせたことである︒これは︑農民側にとって決定的に有利であった︒↓8三8ひqが言うように︑それ は﹁民主主義的正当性の傾向﹂を示すものであった︒. ⑪一七九二年九月三日の﹁共同財産の分割に関する訴訟を廃棄するデクレ﹂ー共同財産の所有および分割に関す る︑八九年七月一四日以来のすべての刑事訴訟および判決は廃棄される︵三条︶︒ ︵75︶. ⑫一七九二年九月八日の﹁共同財産の分割を強制的に命じるデクレ﹂1初めて︑﹁強制的分割﹂の原則を打ち出. ︵77︶. したが︑分割方式の詳細は未定である︒ ︵76︶ 立法議会下では︑共同体に封建権力の行為によって剥奪された所有権や諸権利を回復することが緊急と考えられ︑ へ78︶. また︑九二年八月一〇日の﹁王権の崩壊﹂という重大な政治的事態の影響の下に︑土地保有を欲する農民を味方に引. 四五. ぎ入れるために︑共同地分割を命じることが時宜を得ていると理解された︒しかし︑その完全な実現は国民公会に持 フラソス革命期における共同地立法の展開︵大野博実︶.

(16) 早稲田法学会誌第三〇巻︵一九七九︶ ち越された︒. ③国民公会︵一七九二年九月二二日〜一七九五年一〇月二六日︶ ︵79︶. 四六. ⑬一七九二年一〇月二日の﹁共同財産の耕作を継続することを命じるデクレ﹂1耕作中の共同地は︑分割の時. ︵81︶. 期まで︑当該地の慣行により従来通り耕作・播種を継続し︑その耕作・播種を為す者はその労働に基づく収穫を享受 する︑とされた︒. ︵80︶ ⑭一七九二年一〇月一一日の﹁農業委員会に対し分割に関するデクレ案を要求するデクレ﹂. ⑮一七九三年二月九目の﹁一七九二年八月二八日の法律第一四条に関する議事日程を続行するためのデクレ﹂1. 道路に沿って植えられた樹木は沿道の土地所有者に帰属することを定める︑該法律︵⑩︶第一四条の執行に関し︑国. 民公会に提出された種々の請願に関する農業委員会報告についての議事日程を続行する︒ ︵82︶ ⑯一七九三年二月一一日の﹁共同財産における荒廃の下手人のための大赦を否決するデクレ﹂ ︵83︶. ⑰一七九三年二月二四日の﹁共同財産の分割方式に関する報告を命じるデクレ﹂ ︵84︶ ⑱一七九三年三月一八目の﹁共同財産の分割方式の決定を延期するデクレ﹂ーベルトラン︵団①旨轟注︶の﹁いか. なる土地財産もしくは工業財産をも有しない︑または一〇〇りーヴル以下の収入を有するすべての市民の間で年令お. エ・1県議員︶は︑委員会の名で報告を行ない︑﹁共同財. よび性を問わず頭割りに﹂分割すべしとの提案の討議を延期する︒ ︵85︶. 九三年四月八日︑農業委員会委員ファーブル︵評酵①. 産の分割方式に関するデクレ案﹂を提出した︒即日開始された討論は︑四月九日︑四月二三日︑六月四日︑六月六日︑.

(17) ︵86︶. 六月七日︑六月八日と続けられ︑六月一〇日︑その全編が可決された︒なお︑この間︑五月三一日から六月二日にか ︵87︶ て︑パリ民衆の実力による国民公会からのジ・ンド派追放によって︑山岳派の独裁体制が確立した︒ ︵88︶ ファーブル草案と﹁共同財産分割法﹂との間には︑細部については若干の相異点があるが︑全体として本質的差異 はない︒. 五︑﹁共同財産分割法﹂の構造. ﹁共同財産分割法﹂の論理的構造および歴史的な性格について︑この法律の成立に至るまでの立法過程および立法. 政策の変遷を考慮しつつ︑検討を加えてみたい︒以下︑項目に分けて考察を進めて行くこととする︒ イ・分割の効用. 共同地の非生産性を攻撃し︑その分割による私有地化および開墾が生産の増大や失業者の救済を結果することを主. 張するのは︑アソシァン・レジーム末期の共同地分割の場合と同様である︒しかし︑立法議会下で︑初めて共同地分 ︵89︶. 割を︑国有財産の売却︵<①暮o号ω玄窪ωき二9窪図︶と同様に︑﹁田園の住民を革命に結び付ける﹂︵フランソワ・. ド・ヌシャトー牢碧8冨留20鼠9痒①餌ロ議員︶ための方策の一つとして位置付けて以来︑かかる政治的観点が. 四七. 生産増加という経済問題と非土地所有者を革命の側に付け. 強調され︑ファーブル報告では︑﹁ひどい乞食状態を解消し︑所有権というもっとも強力な絆によって多数の市民を ︵90︶ 祖国に結び付け︑不耕作地を勤勉な人々の手許で実り豊かにさせること﹂が︑立法趣旨であるとされる︒ここに︑山. 岳派︵蜜8貫讐巽房︶特有の﹁小土地所有﹂の観念 フランス革命期における共同地立法の展開︵大野博実︶.

(18) 早稲田法学会誌第三〇巻︵一九七九︶. るという社会問題とが渾然一体化している. 四八. ︵91︶ が︑典型的に現出している︒このことは︑土地の利用を基礎として︑. 終局的には︑人身と労働と物との所有を自らの中で一体化している人間腎小商品生産者が自由な人間 市民の理念型 ︵92︶ として想定されたことに通じている︒しかも︑国有財産の売却が︑国家財政を賄うという見地に傾いて実施されたた. めに︑農民的小土地所有の造出にとって必ずしも有効ではなかったという現状では︑共同地分割日無償の土地取得は︑. 土地再分配政策として国有財産の売却の措置を補完するものであったと言えよう︒. 口 任意的分割. 立法議会下の一七九二年九月八日のデクレ︵⑫︶における﹁強制的分割﹂の原則を︑﹁任意的分割﹂に変更したこ ︵93︶ とは︑この法律の特色の一つである︒しかし︑共同地の共同所有者︵8ヨヨロ三筥窃︶の一致した同意を要せず︑住. 民の会︵器器目醒欝α8富獣貫昌梓の︶における票の三分の一によって分割が決定される︵三節九条︶ならば︑その議. 決はすべての住民に対して︵二節一条︶強制的なものとなり︑しかももはや撤回されることはできない︵三節一〇条︶︒. 一般に︑共同地分割に対する態度は︑共同地を巡る共同体の内部構造に応じて地域的に多様であるが︑特に共同地. の利用に関して共同体内部に利害の対立がある場合が問題となる︒この場合には︑分割を要求する農民階層の主導に. より分割が強制される可能性を有していたと言えよう︒従って︑﹁任意的分割﹂の原則は︑現実には﹁強制的分割﹂. に転化し得る可能性を含みながら︑一二歳以上の共同体成員によって形成される︵三節五条︶住民の会に自主的意思. 決定の広汎な権限を許与することに基づいて︑国家権力が形式的には住民の合意を経過して間接的に﹁︹土地︺所有 ︵94︶ 権の移転﹂︵R碧巴象一98質ε二ひ叡︶に介入することを可能ならしめるための法原理であった︒.

(19) ハ 分割方式. コミユにス. 本法は︑その成立に至るまでに行政体および個人によって主張された種々の分割方式の中から︑頭割り︹平等︺分 割︵冨旨囲①唱畦脇冨︶の方式を選択した︵二節一条︶︒. 最初に︑不動産税額もしくは所有地面積に比例する分割について︒﹁一市町村のすべての住民は共同財産に対する. 一つの平等の権利を有するが故に︑すべての市民は分割に対する平等の権利を有する﹂とされ︑また︑衡平の原則に ︵95︶. より﹁すべての者に等しく帰属する財産はその間で分割されなければならない﹂ということを理由に︑この分割方式 は排斥された︒. コミユロヌ. 次に︑世帯割り分割︵B旨甜①唱畦目魯囲Φ︶について︵ωo爵聾等によって主張された︶︒この方式は︑正義の. 原則に合致しているようであり︑また︑いくつかの市町村の地方的慣習にも基づいていた︒しかし︑農業委員会は︑. この方式が貧農層に不利であり︑従って不公正であると考えた︒その理由として︑一世帯当たりの家族の多い貧農層. に不利であること︑すべての住民は等しく共同地の所有者であって︑世帯を成しているかどうかは関係ないこと︑独 ︵96︶ 身者に有利で家父に不利であるため︑人口の増加︑良俗の維持に役立たないこと等を挙げている︒. さらに︑所有地面積に反比例する︵世帯割りの︶分割について︵寓震冒等によって主張された︶︒厳格な正義の原. 則に合致するものであるが︑所有地の地味・地価の差異︑土地を所有しなくても富裕な者もあり得ること︵例えば︑. 四九. 借地農︑商人︑資本家︑職人等︶︑租税︵特に動産税を考慮する場合︶の納付額もその指標になり得ないことのため ︵97︶ に︑この方式の実行には際限の無い困難が伴うと指摘された︒ フランス革命期における共同地立法の展開︵大野博実︶.

(20) 早稲田法学会誌第三〇巻︵一九七九︶. 五〇. かくして︑ファーブル報告は︑頭割り分割方式を採用することを結論する︒その理由として︑この方式が︑一般に. 富者よりも子供の多い貧者に有利であること︑所有地を増加させるもっとも確実な道であること等が挙げられる︒そ. して︑﹁人は多分この方式が所有地を過度に細分化すると反対するだろう︒だが︑共同地分割を命ずるにつき︑該法. 律は︑小土地所有者を増加させることを意図し︑決して大土地保有者︵鴨§αω冨き琴一Rω︶を作り出すことを意図. していなかった︒耕作はこの細分で利を得るだろう︒何故ならば︑小所有地は大所有地よりもよく耕作されるのだか. ら︒最後に︑かかる細分は時には外見的なものにすぎないだろう︒何故ならば︑同一家族の手に入る数個の持分的部 ︵98︶ 分は︑実際には一個の持分的部分にすぎないのだから︒﹂と述べられている︒. 年令︑性別を問わず︵二節一条︶︑不在土地所有者を除く︵二節二条︶頭割り分割は︑確かに貧農の利益に合致し. コ →ヌ. ︵㎜︶. ているように見える︒しかし︑請願書等の史料によれば︑頭割り分割方式を支持するものは少数であり︑農業委員会 ︵99︶ も︑所有地の過度の細分化は農業の近代化にとって好ましくないことを認めている︒また︑リシェール︵O●盈9①旨︶. も︑この法律に基づく分割決議を行なった菰町村が少なかった理由として︑この点を指摘している︒さらに︑ゴドシ ョー︵いOo8畠9︶は︑その実施の結果について︑次のように述べている︒. ﹁共同地の分割は︑その外見に反して︑貧者を利することには決してならなかった︒実際︑大部分の場合︑分割地は. 余りに狭少すぎて︑貧窮者にはその合理的経営ができなかった︒彼らは急速にその割地を︑この措置の主要な受益者. になるであろう富者に︑再売却せざるを得なくなった︒執行評議会の一官史︑サン・ヴィクトルは分割の結果をよく. 考えていた︒彼は言う︒分割は︑︽自分のこれらの共同地の上で飼われている牛や羊を育てている旦雇いを破滅させ.

(21) ︵期︶ るに至るだろう︒⁝⁝いつか凶作の年が来れば︑彼らはその持分的部分を売却して無一物になるだろう:・⁝V﹂. 頭割り分割方式は︑共同地に対する一つの共同の権利を有する共同体を構成する住民が︑実際には家ないし世帯の. 代表者たる個人を意味するという事実と︑決して矛盾するものではない︒確かに︑世帯割り分割の方が︑かかる事実 ︵麗︶ と自然に結び付く方式であることは否定できないし︑後には分割は世帯割りで行なわれるのが原則であるとされた︒. しかしながら︑頭割り分割方式は︑山岳派の︑貧農層を革命の側に引き寄せようとする緊急の政治課題を達成せんと ︵鵬︶. するものとして︑革命の法の特殊性を顕現するものであり︑それはまた︑﹁耕作の増大は耕作者の増大によってのみ. コミユヨヌ. 達成される︒﹂という考え方とも合致して︑﹁小土地所有﹂の観念の中で一体化していたのである︒. 一一分割権利 者. 年令︑性別を問わず︑当該市町村内に住所を有する者は︑すべて分割に与る権利を有する︵二節一条︶︒従って︑. 定額小作人︵協R旨Rの︶︑分益小作人︵ヨ簿昌段の︶︑作男︑家内使用人も︑住民とみなされるために必要な諸資格を. 具備しさえすれば︑分割に与る権利を有する︵二節四条︶︒但し︑住民でない土地所有者は︑分割に対するいかなる. 分割対象. 権利も有しない︵二節二条︶︒この点について︑ファーブル報告は︑﹁共同地は住民のみの財産である︒それらの名称︑ ︵期︶ 現存している譲与証書が︑かかる重要な断言を確証している︒﹂と述べている︒. ホ コミユオヌ. コミユ ヌ 本法は︑最初に︑︽獣9ω8ヨ目毒雲図︾︵共同財産︶とは︑その所有または収益に関し︑一もしくは数市町村︑ま. 五一. たは市町村の一セクシォンのすべての住民が︑一つの共同の権利を有する財産である︵一節一条︶と定義し︑前述の フランス革命期における共同地立法の展開︵大野博実︶.

(22) 早稲田法学会誌第三〇巻︵一九七九︶. コミユ. ヌ. 五二. 共同財産の三つの区別に関わりなく︑一括して適用される︵一節三条︶とした︒しかしながら︑本法は︑三つの例外. 規定を定めた︒一つは︑公道︑広場︑市町村の建造物︑または都市の堀・城壁︑海岸︑港等のように︑一般に私的所 ︵鵬︶. 有に親しまず︑公の財産︵3ヨ巴器讐喜o︶の付属物とみなされる財産であり︵一節五条︶︑他の二つは︑﹁公の利. 益に関する高度の配慮﹂によるもので︑共同林︵ぴo冨8ヨ日琶窪図︶︑並びに鉱山・鉱地・採石場およびその他の鉱. 産物を包蔵する土地である︵一節四︑九条︶︒これらについては︑分割から除外され︑または共同財産の中に含まれ ないとされる︒. コミユモヌ. これらの中で︑共同林が分割から除外されたのは︑木材需要の増大や重農主義者による開墾奨励の主張によって惹 ︵鵬︶ 起された森林の乱伐が︑当時重大な問題となり︑森林は常に保護の対象とされたためである︒. なお︑市町村は︑共同財産の分割を行なうためには︑必ず︑予めその負債を弁済したことを証明しなければならな. 所有権と共同体的諸規制. い︵一節一〇条︶︒. へ. 本法は︑分割後︑各住民が持分的部分の完全な所有権を享受する︵二節一二条︶ことを規定した︒このことは︑共. 同地分割が︑共同体的諸規制の解消を結果する政策でもあることを意味する︒しかしながら︑各住民は︑本法の公布. 以後一〇年間はその持分的部分を譲渡することはできず︑かつ︑各住民が行なうことのある売却は無効とみなされる. ︵二節二二条︶とされたが︑これは︑未だ耕作が行なわれるに至らない土地は売却され易く︑そのことが富者への土. 地の集中をもたらすことを予想したからである︒即ち︑この制約は︑小土地所有を確立するための手段であって︑そ.

(23) の限りでの処分権の制限である︒ コミユロヌ. また︑住民の会は︑分割することがでぎず︑かつその共同収益が市町村にとって有用でないような共同財産の売却. または賃貸を議決することができるが︑当該議決は︑ディストリクトの執行部の意見に基づいて︑県の執行部による. 許可を要する︵三節一一条︶︒そして︑共同財産の賃貸料あるいは売却により生ずる収入は︑共同体の全住民間で頭. 割りに分配される︵三節三七条︶︒これは︑その収入を共同体の諸費用の支払いに充当すべしとする多数の請願書の. 要請に反するものであるが︑結果的に共同体的諸規制の弱体化を意図する規定であると思われる︒. しかしながら︑他方で︑本法は︑共同の収益を継続することができると規定しており︑その場合には︑共同収益を. 規制する規則を定める︵王節一二条︶︒但し︑収益方法を定める議決が効力を生じるためには︑ディストリクトの執. 行部の意見に基づぎ︑県の執行部による許可を得なければならない︵三節一四条︶︒そして︑当該議決は︑一年以内. は撤回されることができない︵三節一三条︶︒従って︑この点では︑一定の公的介入を条件としながら︑共同体的諸 規制の存続を許容しているのである︒. ところで︑本法はまた︑相互放牧は分割に対するいかなる権利も与えない︵二節一四条︶とし︑さらに︑法律また. は慣習により許可されている場所における相互放牧および共同放牧については︑全く予断するつもりはない︵四節五. 条︶としている︒この点について︑ファーブル報告は次のように述べている︒﹁相互放牧は分割に対する権利を与え コミユヌヌ. るか︒我々はそうは考えなかった︒実際︑慣習権と混同してはならない相互放牧は︑一方が双務契約であり︑他方が. 五三. 真の役権であるが故に︑数市町村間のあるいは数市民間の相互的債務とみなされる︒我らが法律は︑その存在につい フランス革命期における共同地立法の展開︵大野博実︶.

(24) 早稲田法学会誌第三〇巻︵一九七九︶. コミユロヌ. コミユロヌ. 五四. ては全く予断しない︒⁝⁝相互放牧は︑分割されない共同地上と同様に︑分割される共同地上にも存在し得る︒我々. 共同体的諸規制を完全に排除しよう. は︑引き続いて︑一市町村が他市町村の共同地上で時には享受した共同放牧権︵砕o罫88日窓零鼠叡︶について︑ ︵田︶. 皆さんに話す機会を有するだろう︒﹂このことからも︑本法が共同体的諸慣行 とはしていないことが窺われよう︒. 耕作地における共同体的諸規制からの自由 ﹁耕作の自由﹂は︑封建的領主的諸拘束からの自由を前提として︑既 ︵期︶ に一七九一年六月五日に一二日の﹁農業および耕作者に関するデクレ﹂と一七九一年九月二八日 一〇月六日の﹁農 ︵鵬︶ 事の財産および慣行および農事警察に関するデクレ﹂︵﹁農事法典﹂Oo8巨轟一︶によって確認されている︒そこで ︵m︶ は︑﹁耕作の自由﹂の外に︑収穫物の取引の自由︑囲い込みの自由︑共同放牧権の制限等が定められている︒. しかしながら︑共同放牧は︑採草地においては廃止されなかったにしても期間を短縮されたが︑それが伝統になっ ︵m︶. ていたところでは︑刈跡耕地において︑それが囲い込まれたり栽培牧草地に変えられたりしない限り︑長年にわたっ. て強制的に行なわれ続けた︒そして︑一八八九年七月九日の法律は︑相互放牧を廃止し︑また共同放牧は原則として ︵麗︶ 廃止するが︑市町村評議部に対して一致した議決によりそれを維持することを許した︒. かくして︑耕作地においてさえも︑共同体的諸慣行は完全に廃絶されることはなく︑共同体的諸規制が維持された. のである︒この故に︑土地所有権は︑法律または慣習に基づいて︑現実には共同体的諸規制による制限を受容せざる. 旧領主の権利. を得ないことになるのである︒. 卜.

(25) かつての領主は︑住民と言えども︑三分割権︵一六六九年の王令二五章四条による︒なお︑この権利は一七九〇年 コミユロヌ. コミュ. ヌ. 三月一五日のデクレによって廃止されている︒︶を行使した時は︑分割に対する権利を有しない︵二節一〇︑一一条︶︒. すべての共同財産一般は︑その性質上︑かかる共同地が存する地域の市町村または市町村のセクシォンの住民もし. くは構成員の全体に帰属するとして︑かつての領主の所有権を原則として否認する︵四節一条︶︒但し︑かつての領. 主の所有権を証明するためには︑四〇年の占有︵一七九二年八月二八日のデクレによる︶を主張するか︑または適法. な証書即ち封建権力に由来するものではなくて︑かつての領主が当該財産を適法に取得したことを立証する公署証書. コミユエヌ. を提示しなければならない︵一七九二年八月二八日のデクレ八条︶︒しかも︑四〇年の占有は適法な証書に代わるこ とはできない︵四節八条︶︒. また︑苦難の時代︵旧制下︶に強制的に譲渡された共同財産に関し︑先の数デクレによって市町村に認められた買. 戻権︵母o律8疑魯馨︶は︑いかなる場合にもその行使が保証される︵四節一四条︶︒そして︑共同財産が︑先の数. デクレによって廃止されなかった土地定期金︵お導①8琴一畔①︶もしくは貢租︵話畠くき8︶を課せられていたなら. ば︑その元本を償還するために︑足るだけの当該財産の一部分を譲渡するか︑または分割を行なう前に買戻され︑か. つ買戻し料は共同に分割に与る者の間で頭割りに割り当てられる︒なお︑分割の費用は利害関係人が支払う︵三節三. 五五. 二条︶︒この規定は︑一七九三年七月一七日のデクレ一条によるすべての封建諸税の無償廃止が為される以前のもの であることに注意されたい︒ ラ チ 共同財産の権利関係 フラソス革命期における共同地立法の展開︵大野博実︶.

(26) 早稲田法学会誌第三〇巻︵一九七九︶. ここでは︑主に私人によって取得された共同財産の権利関係について検討する︒. 五六. 共同地の私人による取得は︑旧領主が行使した権利に基づく私人への譲渡︑あるいは共同体による売却もしくは賃. 貸等によるものであるが︑それらは少なくとも外見上は適法な契約の形を採っているが故に︑これを全く無効と為し. て原状回復を図ることは︑私権を侵害する恐れがあった︒さらに︑かかる土地が開墾︑耕作されている場合には︑現. 保有者およびその小作人の利益を害し︑また現下の急務であった食糧の生産を減退させることも予想された︒そこで ︵㎎︶ 本法は︑現保有者もしくは用益権者の地位を擁護し︑農業生産を確保するために︑次のような諸規定を定めている︒ ︵田︶. 共同財産の全部もしくは一部が賃貸されていたならば︑共同に分割に与る者は︑賃貸借を維持するか︑または︹解. 約の場合︺賃借人に補償しなければならない︵三節三三条︶︒コ七九二年︺一〇月一一日のデクレによって︑共同財. 産の一部を耕作しかつ播種した市民は︑その労働から生ずる収穫物を享受する︵三節三四条︶︒. かつての領主による私人への共同財産の譲渡について︑ファーブル報告は︑一七九二年八月二八日のデクレの第一︑. 二条︵前述を参照︶の正当性を評価する一方で︑第三条の﹁前の二条によって定められた規定は︑かつての領主が︑. 共同体が保有を剥奪された森林その他の財産の当該部分を現実に保有しているのでなければ︑適用されない︒しかし︑. かつての領主が︑その執行に関する首尾一貫した証書によって当該部分を領主でない個人に売却したならば︑共同体. はいかなる︹権利︺放棄の訴え︵8二9窪象苺ω器目窪け︶も行なうことはできない﹂という規定が衡平の諸原則. に反し︑旧領主によって為された売却は纂奪によるものであり︑その売却の証書は無効であると攻撃したが︑﹁しか. しながら︑我々は︑この条項を規定した動機を認めた︒それは︑かかる諸原則の厳格さを認容することによって︑多.

(27) 数の善意の土地所有者を没落させ︑家族内にトラブルを︑共和国の幾多の部分に無秩序を生ぜしめることを恐れたか. らである︒かかる配慮は疑いもなく強力である︒我々は︑かかる配慮を衡平︹の原則︺と調和させようと努め︑かか. ︵価︶. る譲渡については︑それが三〇年前以降において為された場合にのみ︹権利回復を︺主張できると決定した︒﹂と述 べている︒. また︑本デクレの精神は︑決して個人のかつ平穏な保有を脅かすことではなくて︑封建権力の濫用および寡奪を禁. 圧することにすぎないが故に︑四〇年前から一七八九年八月四日の時まで︹に為された︺すべての譲与︑売却︑強制. 配当︵8ぎ8菖9ω8容魯ω︶︑分割またはその他の保有は︑現保有者またはその前主だが︑包括名義の封地の任意的. 取得者︑または受贈者︑相続人もしくは受遺者ではない者のために︑前の数条︵主として四節八条︶の規定から除外. する︵四節九条︶.そして当該共同財産またはその一部を四〇年前から一七八九年八月四日の当該時期まで保有するに すぎない者に関しては︑以下の区別が為される︒. 自らによって取得されかつ現に利用されている土地を︑適法な証書をもってかつ善意で保有し︑かつ自分自身の手 コミユドヌ. もしくはその前主の手で開墾した市民は︑かつての領主またはその他すべての者のために自らに課せられていた貢租. を︑公の支払い済み証書によって完全に免除されているのでない限り︑市町村に支払いさえすればよい︒. 証書を有しない︑もしくはその証書が適法もしくは適式でない︑または悪意で証書を設定した・:⁝保有者は︑自ら. の費用で他人の手によってのみ当該土地を開墾させた︑またはその証書がいかなるものであろうと当該土地を開墾し. 五七. ないで利用していた取得者と同様に︑当該共同地がいかなる状態であろうと︑その保有を剥奪される︵四節一〇条︶︒ フランス革命期における共同地立法の展開︵大野博実︶.

(28) 早稲田法学会誌第三〇巻︵一九七九︶. 五八. 以上の規定から看取されるように︑共同地の私人による保有を肯認するか否かは︑主として適法な証書の有無およ. び当該土地が開墾・耕作されているかどうかによって決せられるわけで︑私権の尊重を前提としつつ為された共同体 ︵燭︶ 住民への最大限の譲歩であったと言えよう︒その場合︑共同地を保有していた私人は︑大体においてブルジョワや地. 主および富農層であったと推定されるが︑四節一〇条によってブルジョワや地主による保有は一定の限度で抑止され. 裁判手続き コミユドヌ. るのに対し︑自作の富農による保有は肯認される可能性が大であったと考えられる︒. リ. コミユしヌ. 共同財産を理由として︑即ち市町村が封建権力の力によって剥奪された所有地における権利︑慣習︑主張︑回復の コミユドヌ. 請求︑またはその他のあまねく何らかの主張のために︑市町村と土地所有者との間で︑現に係属中のまたは提起され. ることのある訴訟︑二もしくは数市町村の間で︑その共同財産を理由として︑即ち当該財産の所有もしくは収益を目 コミユ. ヌ. 的とすることにして行なわれたまたは行なわれる訴訟︑並びに︑寡奪︑不法に為された分割︑譲与︑開墾︑干拓のた. めに︑および共同財産を目的とするすべての争いのために︑市民に対して市町村によって行使された︑または行使す. べき訴えは︑仲裁の方法︵︿o笹8一.貰寓霞謎①︶によって裁定される︵五節三︑四︑五条︶︒なお︑仲裁の裁定は︑. 控訴なくして執行され︑ディストリクトの裁判所長の単なる命令によって執行力を付与される︵五節二一条︶︒. 一般的立法措置によってはすべての多様な地方的慣習を酌み尽くすことは不可能であるが故に︑複雑かつ困難な法. 律問題を提起することのある共同財産に関する訴訟については︑裁判官でない第三者たる仲裁人による﹁衡平と善﹂に. 基づく紛争の解決が︑必ずしも成文実体法に忠実である必要がないために︑相応であると考えられたためと思われる︒.

(29) 六︑結びにかえて1入会権の比較史的研究のために. 本来︑共同地に対する共同体住民の権利は︑第一次的には共同体的諸規制によってサンクションされるものである. が故に︑本質的に慣習的な権利である︵日本民法においても︑入会権は第一次的には﹁各地方ノ慣習二従フ﹂とされ︑. しかも実際には︑共有または地役権の規定が適用または準用される余地はないと言われる︶︒. このような特殊法︵慣習法︶を︑一般法たる国家法が規制するということは︑何を意味するのか︒まず︑第一に︑. 特殊法︵慣習法︶を一般法︵国家法︶の中に包摂することによって︑共同地を巡る権利関係の市民法的な保護の可能. 性を担保することを意味する︒しかし︑第二に︑特殊法︵慣習法︶は一般法︵国家法︶の中に解消され尽くすことは. 不可能であり︑そこに一般法︵国家法︶との一定のかつ不断の対抗と依存の関係が生ずる︒従って︑第三に︑一般法. ︵国家法︶は︑特殊法︵慣習法︶およびその基礎たる共同体的諸規制を媒介としてしか共同体に介入し得ないのであ る︒. ︵即︶ 日本民法典の起草者は︑入会権の規定を通じて︑仲間的共同体としての村落共同体を権利主体として承認したとさ ︵uB︶. れるが︑このことは﹁共同財産分割法﹂の場合にも当て嵌ることは言うまでもない︵一節一条参照︶︒入会権が︑仲. 五九. 間的共同体の物権的側面にすぎない︵ギールケ︶ということは︑入会権の研究が共同体に関する法理論︵団体法︶の ︵㎎︶ 研究に移行せざるを得ないことを示しているだろう︒特に︑入会権の歴史的研究および﹁生ける法﹂研究と並んで︑ 国家によるその法政策的な方向付け︑位置付けの比較史的な研究の進展が望まれる︒ フランス革命期における共同地立法の展開︵大野博実︶.

(30) 早稲田法学会誌第三〇巻︵一九七九︶. 六〇. ︵㎜︶ ﹁共同財産分割法﹂が︑実施という点では︑一部の地方を除いて︑大した成果を収めず︑小土地所有の増加という. 目的にはわずかな程度にしか貢献しなかったにせよ︑立法政策の全過程を通して見れば︑そこに市民革命期における. 国家と村落共同体との間の関係が窺われるのであり︑その意味でこの法律の重要性は決して看過されるべきではない︒. 最後に︑﹁共同財産分割法﹂が︑革命期の土地立法の中で占める位置について検討してみたい︒﹁共同財産分割法﹂ ︵m︶ が︑市民革命期に一定の規範的表現体系を与えられた反封建の諸法則を実定化するものとして︑封建遺制を駆逐する. 積極的な役割を果たしたことは言うまでもない︒しかし︑それは反封建的性格に尽きるものではない︒それは︑国有. 財産の売却の措置以上に︑小土地所有の増加という目的に貢献しなかったのであるが︑そのことが︑かえって共同体. 住民の共同地支配を︑従って共同体的諸規制の存続を強固ならしめ︑小・貧農層の経営を安定ならしめたのではない かと思われる︒. 一七九六年六月九日︵共和暦第四年草. しかしながら︑﹁共同財産分割法﹂は︑その生命を長らえることはできなかった︒テルミドール九日︵一七九四年 ︵麗︶. 七月二七日︶の政変以後︑﹁共同財産分割法﹂に対する反動が現われ始めた︒. ︵伽︶. コ. →ヌ. 月二一日︶の法律は︑﹁共同財産分割法﹂の執行の猶予を決定し︑ 一七九七年五月二一日︵共和暦第五年草月二日︶ ︵拠︶. の法律は︑煮町村から共同財産を売却︑譲渡または交換する権能を奪った︒また︑一八〇四年二月二九日︵共和暦第. 一二年風月九日︶の法律は︑一定の場合を除いて︑分割された共同財産をも住民の共同体に取り戻させた︒これらの. 諸立法は︑概して︑共同体住民の共同地支配をさらに強固にさせているように見える︒ ︵伽︶ かくして︑﹁ナポレオン法典﹂第五四二条の共同財産に関する規定へと至るのである︒そして︑普通法典の成立を.

(31) 画期として︑共同地の法律問題は︑実質的には主として判例法の分野に委ねられることになる︒しかも︑司法裁判所. ︵鵬︶. の判例よりも︑むしろ行政裁判所の判例およびコンセイユ・デタの意見︵碧芭が大きな役割を果たすのである︒そ. れらは︑相侯って︑革命期の共同地立法とは逆に︑共同体住民の共同地支配を徐々に弱体化させ︑それによって︑市 ︑. ︑. ︑. ︑. ︵枷︶. 民革命期から産業革命期までの資本の原始的蓄積の最終的かつ本格的過程において︑私法秩序への公法的介入によっ. て︑資本賃労働関係の形成を側面から促進するものとして機能するのである︒何故︑革命期において採られた共同地. の共同体住民への総有的帰属という見解が︑民法典の成立と共に覆されたのか︑その過程︑特に判例法理論の展開過 程の分析については︑後日に期さねばならない︒. 一三四−二〇六頁︑加藤正男﹁近代的所有権の成立過程に関する一考察﹂﹃同志社法学﹄五号等. フランス革命の土地改革については︑野田良之﹃フランス法概論ω﹄︵有斐閣︶五六五ー五八八頁︑河野健二﹃フランス革. 命とその思 想 ﹄ ︵ 岩 波 書 店 ︶. ︵1︶. 石崎政一郎﹁フランスにおける民法典編纂の過程の素描﹂﹃フランス民法の一五〇年ω﹄︵江川英文編︑有斐閣︶所収を参. ﹈≦ O巽帥仁Pピ僧園似<〇一5一〇昌9一帥℃8冥欲菰hoづo一酵ρ一〇㎝O︸P鴇①●. を参照︒ ︵2︶. 一つは革命の土地政策の中にブルジョワ的性格と反ブルジョワ的性格との二面性︵矛盾︶を認める見解︵G・ルフェーヴ. 照︒. ︵3︶. ︵4︶. 六一. この点については︑服部春彦﹁フランス革命における土地変革の基本性格﹂. であるが︑我が国. ル︶であり︑他の一つは領主権の無償廃棄と国有財産の売却を通じての農民層分解・農業の資本主義化の促進を革命の土地 では高橋説に与するのが多数のようである︒. 改革の基本性格として強調する見解︵高橋幸八郎﹃市民革命の構造︵増補版︶﹄御茶の水書房︑四〇頁︶ ﹃ブルジョワ革命の比較研究﹄︵桑原武夫編︑筑摩書房︶所収を参照︒. フランス革命期における共同地立法の展開︵大野博実︶.

(32) 東海林邦彦﹁一九世紀プロイセンにおける﹃林役権﹄の解体過程︵一︶﹂﹃法学﹄三四巻一号七六頁註︵3︶参照︒. ﹁入会林野近代化法﹂の問題点については︑黒木三郎﹃現代農業法と入会権の近代化﹄︵敬文堂︶所収の諸論稿を参照︒. 六二. ︵5︶. 冒.〇四冨自α︸o℃︒9件4マωOO︒. 早稲田法 学 会 誌 第 三 〇 巻 ︵ 一 九 七 九 ︶. ︵7︶. ︵6︶. 凛窃R首瓜ooq冥oωR首賦8凶ヨヨ似ヨa巨o︶. 慣習権︵騨o騨α.5甜o︶とは︑共同体に占有訴権の行使が許与される地役権と同視されるか︑あるいはむしろ権原がな. 国︒O一帥の o ︒oPOoBヨq昌. 仁図98ヨヨ仁口餌9傍ユ餌霧一.. 這認︸マ一〇〇9︵河野・飯沼訳﹃フラ. 昌ρ昌︒N認・柴田三千雄﹁フランス革命における共同地の問. 昌o凶①ロ黛o一梓ヰ帥言巴ρ20仁くo一一〇﹃oく仁o匡の8﹃β仁oα①ユ8津︷﹃・. によって時効取得し得る﹁人的権利﹂︵甘の需お8巴o︶と同視されるもの︒誉ヨミ昌08一押P嵩9. くとも三〇年︑四〇年もしくは一〇〇年間の﹁最長期占有の抗弁﹂︵一8讐ω甑ヨ. ︵8︶. ︵9︶. Z8︿8G泳窟降9話3ユ﹃03U巴δ辞一濾S<・Ooヨヨ. 一≦ O帥3q阜o戸9什 ℃.ωoo一●. 〇〇どマ瞳S 9蜂 一〇 ︵10︶. ソス農村史の基本性格﹄創文社・二四七頁︶. ﹈≦・国8Fピ霧8量9曾OωOユ讐 帥9図号一.臣29お歪冨冨ヰ帥昌趣凶ωPρどN︒8. 題﹂﹃史学雑誌﹄六四編一二号一四頁︒. ︵n︶. ︵12︶. 一五二頁︒. 休耕地並びに収穫後の耕地が共同体の共同利用に供されて︑共同体住民の共同家畜群がこの場所に放牧されること︒柴田 三千雄﹃フランス絶対王政論﹄︵御茶の水書房︶. 貧農を救済することを目的とする共同体的諸慣行︒型Oξ一一89い牙竃巴鉱o器①︸匹293ユβ身o詳冥ξ似・ピ8. 共同放牧が隣接する共同体相互間にまで拡大されて行なわれる場合を意味する︒柴田﹃同﹄一五二頁︒. ︵13︶. ︵15︶. 高橋幸八郎﹃前掲書﹄六五頁︒. ために豚を林に放つ権利︵富冒曾o仁αQ一弩象o︶等を内容とする︒一ぴ箆︸マ嵩. ・. 採薪伐採権︵畠き庸譜oo自印矯o仁甜o︶︑建物修理用材戴取権︵ヨ畦8昌昌囲①︶︑放牧権︑ぶなの実やどんぐりを食わせる. げ凶o昌ω℃一〇①一噛マ一謡︒. ︵14︶. ︵16︶. ︵17︶.

(33) ︵18︶. 川島武宜﹁﹃ゲルマン的共同体﹄ における﹃形式的平等性﹄の原理について﹂﹃国民経済の諸類型﹄︵川島・松田編︑岩波. 柴田﹃前掲書﹄一七五頁︒. 書店︶参照︒ ︵19︶. 寓・匹8Foサ9〜℃℃﹂899︵河野・飯沼訳﹃前掲書﹄二五三頁以下︶︒. コO自=89旨α①一≦oo一鋒○ののPo掌9貯こP一お︒. デュ・ムーランもダルジャントレも共に一六世紀の著名な慣習法学者である︒野田﹃前掲書﹄二八三頁以下参照︒. ︵20︶. 即O旨一ご09いαo﹈≦巴鉱oωωρoマo凶什. ︵21︶. ︵22︶. ℃﹂お︒. ︵23︶. ︽象お9Φ8鴇一〇仁巳く段ω亀o︾の理論とは︑元来自由地の移動の際︑国王に封建的諸権利の行使を認めるために構築され. であるとして︑一六二九年の王令三八三条に規定したが︑南部成文法地方の高等法院の. 一七世紀以後︑王権は︽2巳一①9崇o鶏島器蒔需貫︾. の原則を絶対化して︑自由地を含むすべての土地は﹁普. ︵24︶. たもので︑. により起草された︑全四六一条から成る王令で︑﹁フランス最初の法典﹂と. 言われる︒P■O℃O凶暮ρ勺9淳<8餌げ三巴おαり獣馨OマOα偉黛Oヰ坤鎚昌而曽量ロOβく・似F︸這餌oo℃宰09. 一六二九年︑大書記長﹈≦一魯o一8︼≦巽三8. シヤソスリエ. 四二三︑四七四頁等参照︒. ﹁王国の一般警察に関する王令﹂で︑全三五〇条以上から成る︒その規定の一部については︑野田﹃前掲書﹄︑四〇四︑. 一六世紀以降︑共同地を巡る領主と共同体間の訴訟が数多く国王裁判所に提起されていた︒柴田﹃前掲書﹄一七五頁︒. および志垣嘉夫﹁フランス絶対王政成立期における領主の﹃所有﹄﹂﹃西洋史学﹄七三号二六頁参照︒. 反対に会い︑王権は︑自由地の所有権を認めつつ徐々に裁判権・課税権に服せしめる方策に出た︒野田﹃前掲書﹄四八八頁. 遍的国王領﹂︵野田良之氏の訳語︶. ︵25︶. ︵26︶. ︵27︶. ﹈≦・O貰帥仁鼻o㌻9£唱︒零O旧国Oξ一富Po℃︒9け. マ一ミ●. 六三. ︽国島け℃o旨き什敏駐oヨ窪け磯魯恥巴℃oξ一①の8ヨヨ琶oω魯8ヨヨ琶窪図αoの8日B§き菰の一包ε①ω︾︒一ω即ヨびR什︑. 型Oξ一凶8﹂獣ρワ嵩S. 国①8①臨愚泳声一蓉●図<一目︸箸●Ho︒刈簿ω● ︵29︶. ︵28︶. ︵30︶. フランス革命期における共同地立法の展開︵大野博実︶.

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