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著者 大塚 雄太

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<書評> 原田哲史著『19世紀前半のドイツ経済思想

─ドイツ古典派、ロマン主義、フリードリヒ・リス ト─』、ミネルヴァ書房、2020年

著者 大塚 雄太

雑誌名 経済学論究

巻 75

号 2

ページ 53‑69

発行年 2021‑09‑10

URL http://hdl.handle.net/10236/00029796

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〈書評〉

原田哲史著

『 19 世紀前半のドイツ経済思想─ドイツ 古典派、ロマン主義、フリードリヒ・リ

スト─』、ミネルヴァ書房、 2020

大 塚 雄 太

著者の原田哲史氏(関西学院大学経済学部教授)は、ドイツ経済思想史の分 野で、本書以前に3冊の単著をもつ。著者の研究蓄積は膨大であり、当該分野 を専攻する者、さらには広く人文社会科学分野で近代ドイツの社会科学的展開 に関心を寄せる者は、どこかでその恩恵に与っているはずである。堪能なドイ ツ語を主とする外国語による研究の海外発信にも力を尽くしながらドイツ経済 思想史研究の第一線に立ち続ける著者が、このたび19世紀前半に焦点をあて て直近15年ほどの研究を本書にまとめあげた。われわれは、経済学史・思想 史関係のテキストのドイツ関連諸章でも著者の記述に多くを学んでいるが、本 書はそれを大きく発展深化させ、これまで十分な光が当たらなかった諸潮流を はっきりと浮かび上がらせる貴重な作品である。

まず「序」に示された著者の問題意識を取り上げておきたい。著者のこれ までの研究は、徹底的に原典に内在することによって、その思想史的意義を引 き出そうとするものであった。その意味で、著者は思想家に語らせるのであっ て、自ら思想を語ることに対しては慎重であったように思われる。本書でも基 本的にはその姿勢に変化はない。とはいえ本書には現代的問題への言及が、特 に各章の結論部分にみられる。著者はいう。「本書はあえて、過去の思想を可

* 愛知学院大学経済学部

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能な限り厳密に明らかにするとともに、その現代的な意義についても積極的に 模索・提示するといったスタイルをとる」(iii、以下( )内は本書ページを示 す)。そこには、近代ドイツ経済思想史研究の、とりわけイギリス経済思想史 研究の厚みとは対照的な、蓄積層の薄さへの憂いがある。

確かに、多くの経済学史のテキストにみられるように、19世紀を境にして、

というよりもフリードリヒ・リストを境にして、ドイツ経済思想史はその姿を 遡って現すことが少ない。もっとも、官房学に関する研究などは、古くは財政 学史研究としても行われてきたのだから、ある程度蓄積があっても不思議では ないのだが、わが国には依然として僅少であり、場合によってはドイツ版重商 主義というような大味な言及にとどまってしまう。近代ドイツ経済思想史研究 全般にみられる衰微傾向を憂慮する著者は、多少の強引を承知しながらも、過 去の諸思想に現代的意義を見出すことによって、本書に「啓蒙的な」(iii)機 能をも与えようとした。したがって本書は、いわば具体的な応用問題を出して くれるのだが、重要なのは、その応用問題が「一般の読者」に加えて「周辺諸 領域の研究者」にも向けられている点である。

評者は同じくドイツ思想史研究の一端を担う者として、著者の現状認識と問 題意識とを自省も込めて共有する。だからこそ、あえて言えば、著者が憂慮す る研究状況には、さまざまな要因が介在しているように思われてならない。そ の一つは端的に言って、全体として学史・思想史分野の他分野への代替ないし は削減が進んでいることであり、それは研究者、一般問わず、供給が絞られれ ば、裾野は狭まらざるを得ないことに帰結する。学史・思想史分野の研究が、

歴史学のそれと同様に、たんなる過去への埋没ではなく、徹底的かつ地道な歴 史的遺産への沈潜を通じて、人類が背負いつづける大きな課題に対峙する力を もつことが本書によって示されたことは、現今の状況において大きな意味を有 すると評価したい。

ただし、視点を変えて言えば、対象としての近代ドイツという形で個別領域 の枠を取り去ってみると、人文学・思想史領域においては一定の厚みをもった 層が形成されており、同時期に関する研究が、必ずしもわが国において減退の 一途を辿っているわけでもない。たとえば、思想史分野ではカントに関する良

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質な研究書が近年相次いで出現しているほか、文化史研究が啓蒙の世紀前後の 時代像を具体化してきてもいる。したがって、ドイツ経済思想史研究の衰微傾 向は、そうした人文学的成果との十分な交流経路をもたないことに起因するよ うにも思われるのである。その点で、著者がかつて伊坂青司氏とともに『ドイ ツ・ロマン主義研究』(2007年)を編んだことの意義はたいへん大きかった。

もちろん評者はここで、人文学と経済学とがより緊密な連携関係をもつべ きであるというような短絡かつ不用意な主張をするつもりはない。とはいえ、

少なくとも19世紀以前のドイツ経済思想史研究は、アダム・スミス研究がそ うであるように、学際性を排除できず、人文社会科学の融合局面を前景化し、

さらには自然科学との関係性までもが問われる可能性をつねにもつ。したがっ て、本書が示すドイツ古典派やロマン主義周辺の見取り図を端緒とし、さらに 時代を遡り、かつそれらがもっていた周辺領域との連関を見失うことなくドイ ツ思想史の社会科学的充実が図られるならば、実に豊かな社会・経済認識の系 譜と変遷とが浮上するであろう。見取り図のみならず、さらなる探究の方向性 をも具体的に指し示す本書は、近代ドイツ経済思想史研究における最良の導き の糸である。本稿は、その糸を可能な限り丁寧に辿ることに努めたい。

1. 「ドイツ古典派」の「使用価値」論

第Ⅰ部では「ドイツ古典派」が扱われる。そこでは、C.J.クラウス、G.ザル トーリウス、L.H.v.ヤーコプ、F.J.H.v.ゾーデン、G.フーフェラント、H.v.

シュトルヒ、J.F.E.ロッツ、K.F.ネーベニウス、K.H.ラウ、F.B.W.v.ヘル マンといった名前が挙げられている。彼らに共通するのは、イギリス古典派、

特にスミスの受容・継承・批判・発展に関わる点である。本書の大きな貢献の ひとつは、わが国でほとんど知られていないドイツ古典派の面々とその相互関 係を一挙に浮上させていることにある。

著者は第1章で、スミスの議論とドイツの当時の社会状況を整理したうえ で、まずザルトーリウスとクラウスに言及する。ザルトーリウスは、イギリス と同君連合にあった領邦ハノーファーのゲッティンゲン大学でスミスを受容し つつ、イギリスとドイツの社会経済状況の差異を念頭において、経済的自由主

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義に懐疑を示した。ケーニヒスベルクを活躍の場としたクラウスはカントにも 学んだ人物であるが、1790年代に、官僚養成という使命を託されていた官房 学の講義に『国富論』を取り入れた。著者は、クラウスによるスミスの導入・

屈折局面のみならず、スミス的自由主義のプロイセン改革への浸透経路をも明 らかにし、クラウスの影響を強く受けた人物として、シェーンやホフマンにも 言及している。

また著者は、クラウスにおけるカントとスミスという重要な問題を提起し ている。それに関しては、やや角度が異なるが、スミス『道徳感情論』の社会 科学的系譜への影響を精査することによって、クラウスさらにはザルトーリウ スの自由主義解釈の深度も測りうるのではないかと考えられる。『道徳感情論』

はC.G.ラウテンベルク(1728〜76年)によって1770年に独訳されたが、そ れ以前からヘルダーやレッシングらによる言及がみられることから、ドイツ語 圏においてすでにある程度認知されていたはずである。『国富論』と『道徳感 情論』をともに視野においてスミスを理解するように、ザルトーリウスとクラ ウスにおけるスミス受容の実態も、同様の視角によって、より明確になると思 われる。

続くゾーデン、フーフェラント、ロッツ、シュトルヒについての記述を貫 くのは「使用価値」をめぐる考察である。著者によれば、労働価値説に対置さ れるドイツ古典派の使用価値論は、諸個人の「主観的な」評価を重視するもの であり、その系譜にメンガーの限界効用理論を位置付けることもできる。彼ら は、スミスがシンプルに「効用(有用性)」と規定した使用価値を批判的に問 い直し、その具体化あるいは細区分に努めた。ロッツやラウによる価値の「ラ ンク付け」(11,70)という言葉は、そのことをよく表している。奢侈品の低評 価の理由は論を俟たない。ただし、ドイツ古典派は「個人にとっての効用にと どまらず、集団[· · ·]にとっての効用をより高度なもの」(8)とみなしたの であり、価値評価の主体としては個人よりも社会や国家を上位に置いた。こう した性格をもつドイツ古典派の使用価値論を著者は「(社会的・)客観的な使 用価値論」(9)とよぶ。ちなみに著者は第4章で、「集団にとっての効用」と いう形で使用価値を論じる方向は、市場経済の未成熟や「官房学・ポリツァイ

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学の残滓」(82)に起因すると述べている。

「客観的な使用価値論」は、価値評価の主体が社会や国家に転換されるとこ ろに浮上するが、それを明確に示すのが、官房学の影響が色濃いラウの「種類 価値」概念である。やや歯痒く思われるのは、第1章を読む限りでは、「種類 価値」がいかにして「客観的性格」(16)を備えるのかが判然としないことであ る。社会や国家といった価値評価の主体に関する記述は、第3章に持ち越され ている。第1章がラウについて明らかにすることは、マルサスやリストとの関 係にまで及んでおり、それは今後の研究課題としても重要な論点を含むが、評 者は19世紀前半のドイツにおける使用価値論の広がりそのものに着目したい。

続く第2章と第3章は、ロッツとラウにスポットライトがあてられ、その使用 価値が詳論されることからすれば、第1章は、スミス受容から派生する「ドイ ツ古典派」の「使用価値」論の存在をクローズアップする貴重な概括と言って よいだろう。先んじて気になるのは、ドイツ古典派の使用価値論の深化がいか なる理論的意味をもっていたのか、より具体的には、交換価値、あるいは価値 と価格の問題についてはどのような見解が示されたのかということである。

第2章では、ロッツの使用価値論が取り上げられる。スミスへの肯定的な評 価もふまえて、ロッツは使用価値の具体化に焦点を定めた。「物」と「財」との 決定的な区分は、ロッツによれば、「人間の諸目的」に資する「承認された有用 性」(35)を有するか否かにある。「承認された有用性」という表現は、諸個人 を超える大きな承認主体を想起させる。ここまでは理解しやすいのだが、その 後の記述を追跡するのは、なかなか骨が折れる作業である。本書は一般読者に も向けられていたはずであるから、例えば「実質価値」や「比較価値」に関し て、もう少し咀嚼された具体的な説明が欲しい。「交換価値」の本質について も明快とは言い難く、特にその現象面を想像しにくい。また、ロッツが「実質 価値」を重く見たことが明らかにされながら、その直後で「交換価値」と「価 格」に記述が移ることによって、論理展開に断絶が生じていることなども、複 雑だという印象を強めてしまっているかもしれない。多くの興味深くも難解な 引用が解釈されているだけに、これ以上の整理や解説を望むのは、著者に酷で あろうか。

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さて、ロッツは「人間精神」を重視し、その観点から諸財の「ランク付け」

(38)を構想するが、彼が与えた「実質価値」と「比較価値」という区分を今 一度思い起こすと、両区分は財が有する価値の二側面として記述されたことが 重要な意味をもつように思われる。財の「真の価値」(36,38)である「実質価 値」が「ランク付け」を可能にするとロッツは説くのだから、そこには他との 相対的関係において規定される「比較価値」とは異なる価値規定があるはずで ある。著者はここで、重要であるにもかかわらず棚上げになっていた「承認さ れた有用性」の実質に迫っていく。ロッツは、複数の人々の「共通の意見」が

「共通の価値」(41)へと昇華される可能性、すなわち主観が客観へと転化する 点を模索するのである。しかし、「共通の意見」の源泉が主観である限り、「流 行」現象にみられるように、「共通の価値」は可変性を免れない。また「共通 の価値」は、特定の財の「高値と安値の間の静止点」(41)を定めると言われ ているから、どうやらそれは市場価格として現れることを意味しているようで ある。つまり、ロッツが求める「承認された有用性」なる財のランク付けの根 拠や価値を貫くべきとされる「定言命法」(42)には、「共通の価値」の可変性 を矯正する役割が託されているのである。本書には、市場価格が高すぎたり、

逆に安すぎたりする状況を、なんとか抑え込もうとするロッツの姿勢が示され ている。

そのことを意識して読み進めると、想定通り「政府」(45)の記述にぶつか る。だが、政府の役割は、重商主義的介入ではなく、価値を「大衆」に正しく 認識させるという教育・教化におかれる。人間の諸目的とその「ランク」を

「大衆」が正しく認識すれば、妥当な「共通の価値」が成立するというわけで ある。とはいえ、その「共通の価値」の現実的な収束局面がいまひとつ見えて こない。また、かりにそれが妥当な価格水準に収束するとして、その妥当性の 根拠はどこに求められるのだろうか。今後、ロッツの価値論の理論的再構成が さらに望まれると同時に、『国富論』の租税論に関する彼の解釈なども検証さ れてよいだろう。

しかし重要なのは、ロッツがスミスにしたがって自由な市場経済のあり方を 肯定的に受け止めつつも、その弊害を是正するドイツ的処方箋を描き出すべく

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苦闘したことが示されたことである。彼の構想は「古典派的な経済社会を担い うる経済主体の形成」(45)を、国家をファシリテーターとすることによって 目指すものなのである。ロッツは「倫理性をもった」(47)経済主体の創出に も言及していたようであるから、評者としては彼が『道徳感情論』を目にして いたかどうかも気になるところではあるが、ドイツにおける『国富論』受容の 屈折局面が明らかにされたことは、まぎれもなく本書の大きな成果である。

第3章のラウの「種類価値」に着目しよう。ちなみに、ラウは経済に対する

「国家の諸目的」(58)の優位を明確に説く。ロッツの場合よりも政府の役割は 実践的であり、それは経済・社会・財政政策の実施主体としてのみならず、治 安や教育をも視野に収めるものとして捉えられている。このことは、ラウの価 値論を読み進めるにあたって、念頭に置いておきたい。

著者は、重商主義、重農主義およびスミスの学説を整理したうえで展開され る『政治経済学教本』第1巻、すなわち『国民経済学の諸原理』に、ラウの価 値論の詳細を探っていく。ラウは、「価値とは広義では2種類ある」(66)と 言い、「有用性」としての「使用価値」と、「ある財が交換されるときに受け取 ることになる別の物的諸財の量」である「価格」に区別しているから、ここで はスミス流の区別が再現されている。ただし、ラウが本質的なものとみるのは 使用価値であって、この延長線上に「種類価値」が提起される。第2版で加筆 された「種類価値」概念は、財種類の有用性のヴァリエーションに対応する価 値を意味する。これを具体的にイメージするには、著者によって指摘された、

スミスの「必需品・便益品・娯楽品」(68)の種類区分を参照するのがよいだ ろう。「種類価値」は、基本的には「財の量とは関係ない」(69)。他方、「具体 的・量的価値」とは「個人的な有用性」すなわち諸個人の現実的な需要に対応 する。そこで著者は、「種類価値」の評価は誰が何に注意を払って決めるのか と問う。この問いに対して著者は「政府」と述べるラウの記述を引き出してい る。ラウによれば、価値評価を行う際に政府は、文化・慣習なども考慮すべき であり、必需品を奢侈品に優先させねばならない。こうした考え方には、著者 も指摘するように、ロッツとの重なりを見て取ることができよう。

第Ⅰ部を通じて読者は、ドイツ古典派の基本的なスタンスを理解することが

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できるであろう。彼らは、使用価値論の具体化によって、「人間の諸目的」に 照らして使用価値を評価し定める政府なる上位者を重視した。その理由は、い わば彼らが市場経済の、あるいは諸個人の自由を信頼しきれなかったことによ る。しかし、社会的現実を直視するがゆえにこそ、必需品を奢侈品に優先させ るというような上位の価値判断が欠かせないと考えられたのであり、その点 で、ラウの延長線上にヴァーグナーの社会政策を見る著者の見解は、きわめて 説得的である。

もっとも、ロッツの「共通の価値」にしても、ラウの「種類価値」にしても、

どのように現実に現れるのか、ということが評者には最後まで気にかかった。

それとの関連で、ドイツ古典派とスミスの「経済学」との理論的な対照も、検 討の余地を残しているように思われる。スミスからマルクス、あるいはメン ガーに至るドイツ語圏の経済学説をさらに深く追究する必要もあるだろう。し かしそうした課題も、著者の綿密な分析によってはじめて浮上したのであり、

ドイツ経済学史・思想史研究への本書の貢献が大きいことに変わりはない。

第4章では、ドイツ古典派の世界が現代とより明確に結びつけられて論じら れている。いずれも興味深い考察ではあるが、それらを評価することは評者の 能力を超える。しかし少なくとも評者は、以下の著者の言葉を胸に刻みたい。

「ドイツ古典派の経済思想を解明するわれわれの仕事は始まったばかりである」

(89)。

2. ドイツ・ロマン主義の経済思想

第Ⅱ部はドイツ・ロマン主義の経済思想が扱われるが、なかでもアダム・ミュ ラーに関する記述が多いので、本稿も彼を中心に議論を追っていこう。なお、

ミュラーに関して著者は単著『アダム・ミュラー研究』(2002年)を出してい るから、幅広いミュラーの思想把握にあたって併読が有益である。それによ り、本書の理解もいっそう深まるであろう。

第5章では、第Ⅰ部第1章と同じく、第Ⅱ部の見取り図が示される。まず、

ミュラーのフリードリヒⅡ世(大王)への批判的視座が確認される。ミュラー によれば、フリードリヒの治世は領邦の分権形態を無視した中央集権的軍事

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国家への道程であった1)。ミュラーはマニュファクチュアの拡大に関しても、

ツンフトの意義を対置する形で問題視する。親方・徒弟制度の心的結びつきを 解体するマニュファクチュアは、分業に基づく生産力の増大には資するが、企 業家・労働者間の無機質な主従関係を固定化する。前近代的なものとされる身 分制に一定の意義を認め、ツンフト制度に存在した「技能・芸術性・倫理性」

(102)が捨て去られることへの懸念をミュラーは示した。こうした歴史や伝統 への姿勢は、18世紀を生きたユストゥス・メーザーの思想を想起させる。メー ザーについては、リストとの関係で第9章において詳しく論じられている。

フランツ・フォン・バーダーへの言及も見ておこう。彼もミュラーと同様 に、ツンフト擁護と国家によるバランス調整の意義をもってスミスの自由主義 と対峙した。イギリス旅行の経験をもつバーダーは『プロレテール論』におい て、工場主たちが労働者の賃金を抑制し、商品価格下落を回避すべく「申し合 わせていた事実」(109)を告発した。つまりバーダーの見方では、イギリスに おいて自由は現実には窒息しており、下層労働者=プロレテールは古代奴隷制 に類する「隷属状態」に押しやられていた。伝統的なキリスト教的共同性を重 視したバーダーは、プロレテールの声を議会につなぐ役割を聖職者に託したの であり、それは急進性を帯びたものとはならなかった。バーダーが構想したの は「キリスト教と結びついた王政[· · ·]への彼ら〔プロレテール〕の統合を はかる、統治者の意に沿った無産者問題の解決策であった」(113

ロマン主義の枠内にある経済思想は、上に見てきたように、懐古に溺れるの ではなく、過去に由来するものを直視することによって、現在を相対化し、そ の問題に対処するという意味で現実的なものであり、また健全なものであった と言えるだろう。

第6章ではミュラーの自由論が取り上げられる。著者によれば、彼の自由 論、特に出版の自由の主張は、ミュラーのプロイセン改革への批判論稿が『ベ ルリン夕刊』への検閲強化という形で抑え込まれた経験に基づいている。彼が

1) 歴史学分野で進められてきた啓蒙絶対主義の再評価によって、一概にその本質を専制抑圧的なも のと裁断する見解は修正されつつある。鈴木直志「ドイツにおける『啓蒙』と『専制』─啓蒙絶 対主義の歴史的位置について」『ロシア史研究』、第88巻、2011年、33-43頁を参照。

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『国家術の諸要素』(1809年)で言う真の自由とは、均衡に至る拮抗にこそ現れ るものである。ミュラーはスミス的な自由競争を支持したが、その拮抗を「現 在世代」のみならず、過去および未来の「不在世代」(124)との関係において も捉えるべきだと主張する。それは、本書が強調する「世代間倫理」の立脚点 でもある。フランス革命への「過去の遺産」の対置、「現在世代」に対する「不 在世代」の自由の強調、そして古代における立法の諸形態の長短所およびロー マ的立法の悪弊と紐づけられたプロイセン改革以降の伝統破壊の告発などにみ られるミュラーの批判的視座は、拮抗の欠落によって社会に歪が生じることに 向けられた。ミュラーの「中世賛美」も、中世の「諸要素」(129)、特に諸身 分の間に存在した「均衡」を、将来の展望に生かそうとする意図をもつもので あり、過去への「回帰」を目指すものではなかったのである。こうした視点か ら、前章でみたマニュファクチュアによってツンフト制度が侵食される事態へ のミュラーの懸念も、より深く理解されるだろう。

第7章で、ミュラーの主著のタイトルにある“Staatskunst”の訳をユスティ とフーフェラントの用例を参照しながら詳細に検討する著者は、“Staatskunst”

が「包括的な社会科学の上位概念」であることを指摘し、それに「国家術」と いう訳語をあてる。両者の「国家術」は、官房学にみられる総合的な国家運営 の学という意味合いが強い。一方、ミュラーの「国家術」には「「術」「策」的 性格は弱」(162)く、彼は「伝統に由来する諸集団・諸人格を中心とした国 家・経済の有機的アンサンブルとその進化とを体系的に描こうとした」(162) のであった。さらに著者は、ミュラーが描く均衡関係にゲーテ『タッソー』の 影響を掘り起こし、“Kunst”が「芸術」を含意しつつあった状況をもそこに 重ね合わせることで、ミュラーの著作は『国家芸術の諸要素』とも訳しうると 述べる。これは、きわめて興味深いミュラー理解である。ミュラーは、同時代 の様々な文学的傾向から何をどのように受け取ったのであろうか。本書では、

彼の初期の著作である『対立論』(1804年)や『ドイツの学問と文学について の連続講演』(1806年)、さらには『諸要素』の後に出版された『貨幣新論の 試み』(1816年)にもミュラーと文学界との接点が発掘され、論じられてい る。著者は、社会科学と文学との架橋を目指して「学際的な共同作業の必要性」

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(168)を提起した。

第Ⅱ部の最後に位置する補論「ドイツ・ロマン主義の人文的側面と経済・国 家的側面との連接」は、編者として著者が尽力した『ドイツ・ロマン主義研究』

の終章を飾った論考でもある。ドイツ・ロマン主義の入り組んだ展開と論理構 造を整理し、著者は(1)「啓蒙思想やゲーテからの批判的継承、またはそれら への継承的批判」、(2)「多様な個性的存在のアンサンブルという世界観」、(3)

「過去に由来し未来にも続く高貴な精神的紐帯という観念」、(4)「後戻り不可 能という認識」という4つの特質を浮上させている。それらはドイツ・ロマン 主義理解のひとつの評価軸として、関心を引くものである。

3. フリードリヒ・リストと小林昇

第Ⅲ部はフリードリヒ・リストにあてられる。第8章は、諸田實氏の研究 成果をふまえてリストの生涯が手際よく整理される。第9章はリストの「農地 制度論」(1842年)にスポットライトがあてられ、『政治経済学の国民的体系』

(1841年)の発展段階論との関係性が問われる。

著者によれば、『国民的体系』に示された発展段階論は、ドイツを含む「温 帯の強大な国家─言うならば列強となる国民─の発展経路」(218)を描いた ものであった。温帯の地理的自然条件が工業化に有利に働くこと、また大国が 工業化の技術面・知識面で優位にあることは、翻ってこれらの条件を備えない 国々が従属的な地位に甘んじることになることを意味する。昨今のグローバル 化を念頭におき、リストの保護貿易論を直接現代に応用するならば、グローバ リズムへの対抗軸を形成するどころか、工業国と農業国の支配従属関係を認め ることに帰結しかねないという著者の指摘は特筆しておきたい。

ミュラーやヒルデブラントによる、工業化の進展から弾き出された弱者救済 の視点とは対照をなす、大国とその基盤としての生産力の展開というリストの 視点は、農業をどのように位置づけるのか。彼の「農地制度論」から著者は、

3つの要素を引き出す。

リストは工業化の弊害として、労働貧民が発生することを認識していた。し かし、それへの対処は欠如したままであった。本書第Ⅱ部までにみられた諸思

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想は、スミスを受容しながらもその不十分さを指摘することによって、生産力 の発展によって生じる社会の歪に対処しようとした。リストは当該論考におい てもっぱら、農・工の均衡を念頭におき、工業化に独立自営農民の創出を対置 した。これが第1点である。第2に、大国が自国の勢力を拡大する際には、独 立自営農民が防衛を含めた開拓の第一線を担う。「農地制度論」において、し ばしば教養という言葉をもともなって主張される零細農民の地位向上は、土地 の細分化に起因する経済発展の限界を打破する役割を担わされていた。それは 結果として、より広大な耕地を外部に求めることになり、リストは対ロシアを 意識しつつ、ハンガリーを東方への要諦とみたのであった。著者は、リストの 拡張主義の源泉がメーザーやロマン主義ではなく、リスト自身の「産業主義的 姿勢」(234)にあったことを指摘している。第3に、リストはメーザーから独 立自営農民の連合体としての国家構想を得ていた。

以上の諸点につき、評者がとりわけ着目したいのは、第2点であり、これ に関連する小林昇の「農地制度論」理解である。それは第10章で検討される が、リストを総合的に理解するには、やはり「農地制度論」の詳細な分析が決 定的に重要である。

第10章は、小林昇のリスト研究が論じられる。それは、小林の研究成果を 通じたリスト理解の方向性を示すものであるとともに、人はリストをどう読 みうるのか、その実例を示すものとしても興味深い。なお、本章を読むにした がって、ドイツにおいてリスト研究を精力的に推進してきたヴェンドラーが、

なぜ頑なに「農地制度論」を回避しようとするのかという疑問の答えが見えて くるような気がした。著者は、彼が「リストに極めて多くのポジティヴな内容 を見ようとし過ぎる」(281)と指摘している。

若き小林昇が福島高商で担当したのは「植民政策」講座であったが、高島善 哉と大河内一男の研究に触発された小林のリストへの関心は、福島赴任後も継 続した2)。1940年に福島高商に着任し、44年7月に召集を受けるまでの期間 は、戦時に重なることもあり、小林昇その人を理解するにあたって、慎重に検

2) 同時期の小林の講義内容および執筆状況について知らせるものとして、荒恵子・服部正治「小林 昇文書について(2)」『立教経済学研究』、683号、2015年、211-232頁は貴重である。

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討されるべき期間であると思われるから、まずはこの時期の小林の論文に対す る著者の見解を整理しておこう。

著者は、1942年6月の「広域経済圏の成立と植民学─植民現象の本質に関 する一般理論の素描」(以下「42年論文」と表記)に小林の「日本の帝国主義 的・軍国主義的拡張」への「呼応」(245)や「軍事的な[· · ·]拡張を推進す る見地」(246)を読み取った。『国民的体系』における植民地領有の議論への 言及も確認されている。「農地制度論」への着目がみられる1944年5月の論 文「フリードリッヒ・リストの植民論」については、「〔小林と〕軍国主義的拡 張との対応」は示されないまでも「否定しているわけでもない」(246)と述べ られる。これは小林が「拡張」を黙認したという意味であろう。評者にとって とりわけ衝撃的であったのは、小林が『小林昇経済学史著作集』の収録作品の 選択に際し、当時の「軍国日本の拡張主義への支持」(254)を読者に知られた くなかったがために、「42年論文」を落としたのではないかという著者の見解 である。

『小林昇経済学史著作集』Ⅵ(F.リスト研究(1))の「あとがき」には、小 林が福島高商着任から出征までの間に、リスト関連で4つの論考を出したこと が示されている。ここには確かに「42年論文」への言及はない。小林が「農 地制度論」に接したのは、1943年8月に活字となった「フリードリッヒ・リ ストの生産力論─国民的生産力と帝国論─」の執筆時点であった。この小林自 身の回顧をもとにすれば、「42年論文」には、「農地制度論」の影響はみられ ないはずである3)。出征間際に出された「フリードリッヒ・リストの植民論」

には、1943年から読み始めたであろう「農地制度論」の骨格が、わずか1年 余りのうちに見事に、そして実に緻密に示されている。それは、徹頭徹尾「農 地制度論」の論理と向き合うものであり、評者はその筆致に、一切の逸脱も含 意も排除された高度な学術性を感じ取った。評者には、時代に学問をもって対 峙した、小林昇の学者としての社会的態度をそこに汲み取ることもできるよう に思われるのである。

3) 同上、228-229頁によれば、「広域経済圏」論文は、わずか1か月で「強じて草」したもので あった。

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著者は2節で、満州開拓を含む「軍国主義日本の農業政策」(254)に対する 小林の記憶と心情を引き出している。あわせて小林の戦争体験の悲惨さを克明 に描き出す著者の記述も目にしているだけに、評者の頭からは、はたして「42 年論文」で小林が満州開拓や軍国主義的拡張を「支持」(254)し「推進する見 地」を示したと言えるかどうか、という疑問がどうしても消えない。「42年論 文」は、植民学も含めた社会科学の当時の学問状況とそこで認識されていた課 題を分析することから始められている。管見の限り、そこで言及される「満州 開拓民の意義」は、あくまでも学問的に考察されるべき問題のひとつとして挙 げられているに過ぎないように思われる。ただし小林は、「満州国へ百万戸五 百万人の開拓民を送るという計画は、日本民族にとっては一つの負担となった のである4)」とも書いている。「植民によって、拓かれた土地に創造的作用が 行われる5)」と小林が言う場合も、植民による社会経済構造上の変化を論理的 に考察するのであって、「創造的」という語に肯定の意識を読み込むことは必 ずしもできない。それは「飛躍」という語にも当てはまる。「創造」という語 が読者に与える印象には小林自身も注意深く、「上に述べられた「創造」とい う語は、全然価値的・倫理的な意味を含んではならない6)」と用心を促す箇所 も存在する。それが解除されるのは、論文の最終部である。

また、「42年論文」における『国民的体系』に関する記述は、全19頁に対 し2頁にとどまる。もっともその中で、熱帯から周辺へというリストの植民論 における力点の変化が捉えられ、それが「人類」への信奉の放棄によるもので あったという指摘がなされていることは見逃せない。だが「42年論文」は、終 始「植民学」という実践的領域の上に立つ。その点で、先述した『著作集』や その「あとがき」に「42年論文」が挙がらなかった理由は、想像できなくも ない。関連して、「学問的価値は認められない」(245)として小林が『著作集』

から「42年論文」を落としたことも、「植民学」なる学問分野がもはや存在し

4) 小林昇「広域経済圏の成立と植民学─植民現象の本質に関する一般理論の素描─」『国際経済研 究』19426月(植民政策号)、37頁。引用に際し、旧漢字・旧仮名遣いを新漢字・新仮名遣 いに改めた。

5) 同上、39頁。

6) 同上、41頁。

(16)

ない時代の小林の判断として理解されうるのではないだろうか。438月に 出された2論文が『著作集』に収録されなかったのは、それらが小林自身に よって「不十分なもの」と判断されたからであった。『国民的体系』に大きく 依拠してリストを論じた過去は、「農地制度論」の重要性を知る小林にとって、

確かに不十分なものであっただろう。この延長で考えると、小林が「42年論 文」を軍国主義への共鳴とともに隠蔽したという評価は、小林にとってすんな りと受け入れられるものではないかもしれない。とはいえ、以上の評者の見方 は、小林に関して、特にその内面的な部分について、著者に多くを教えられた ことによって可能となった、一つの見方であることを断っておきたい。

著者の記述に戻ろう。小林のリスト理解は一貫していた。『国民的体系』か ら「農地制度論」『関税同盟新聞』への経過に見られるリストの転調は、時局 とのせめぎあいの中で生じたのであったが、小林によれば、青年期リストから

「農地制度論」への道程に「転向」はない。この意味で、小林にとって「農地 制度論」は、リストを総合的に読み解くにあたって決して除外できない作品で あった。そのことを示した著者は、しかしながら、この「農地制度論」の延長 線上にナチズムを想像することに関しては、「誤解を招く過言である」(248) と述べている。著者によれば、リストの拡張主義に内在する民主主義構想と地 理的・自然的相違に由来する国民の優劣の思想は、いずれもナチスの思想とは 異なっている。一方で、小林独自のリストへの向き合い方が、リスト・満州開 拓の悲劇・戦地での経験と苦悩という線で詳細に分析されていることは、研究 者として、そして個人としての小林を知るうえで非常に重い意味をもつように 思われる。小林とリストという問題こそ、きわめて現代的な問題であろうとい う著者の切実な叫びが、本書から聴こえてくる。

評者は、本書を貫く著者の問題意識が、この第10章の小林のリストへの向 き合い方に凝縮されているように思われてならない。もちろん、経済成長や環 境問題など、リストを下敷きに小林が鳴らした現代社会への警鐘にも学ぶべき 点は多い。そして、著者が小林の研究に望んだ、リストの相対化を可能ならし める19世紀前半のドイツ経済思想の詳細な解明は、著者をはじめ現在のわれ われに託されている。広大な視野と具体的な論点とが示された本書を里程標と

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して、今後のドイツ思想史研究が、一定の裾野を保ってさらに展開されること を望みたい。いや、われわれはそれに努めなければならない。

本書の末尾に「解題」として付された4つの書評は、ドイツ経済思想史やド イツ古典派など、本書と関連する重要な研究書についての著者による論評であ り、本書の諸論点を幅広く把握するにあたって有益である。ちなみに、4つの うち2つはドイツ語書籍であり、ドイツでの研究成果を日本に積極的に紹介し てきた著者の功績は、高く評価されるべきである。

さて、本書がもつ現代との結節点のいくつかに着目して本稿を閉じることと しよう。

第Ⅰ部では、ロッツの「共通の意見」をめぐる指摘と今日の社会状況との重 なりが示唆的である。ロッツのいう「共通の意見」は、さまざまなメディアの 発達にともなって、現代では顕現しやすくなっている。しかし情報が氾濫し、

情報の精度差も大きい現状では、「共通の意見」はますますその可変性の度合 いを強めてもいる。ロッツはその可変性から、有用性から乖離した高価格現象 と、それがもたらす必需品生産の圧迫を見抜いた。諸個人の判断が失われれ ば、多数者の専制への道程は短いのである。ただし、諸個人の判断力養成のた めに政府の教育的役割が大きいというロッツの考えには、現代を生きるわれわ れが安易に同意するわけにはいかない。情報の精度ないし偏差という問題は、

もはや発信主体が諸個人である場合に限られないからである。

第Ⅱ部では、やはり「世代間倫理」に着目したい。ミュラーの自由論が過 去および未来世代の自由という観点を19世紀の時点でもっていた、という素 朴な事実をわれわれは受け止めなければならない。そうした営為にこそ、世代 間倫理を形成し、またそれを意識化する出発点が存在するように思われるから である。そしてまたあえて言えば、本稿の冒頭でも述べたように、最先端や前 進を盲目的に善とみなし、過去を古臭いものと一蹴するのではなく、そこに人 類がなお抱えつづける問題を発掘し、それを現在と未来に対置することが、と りわけ未来社会のあり方を見極めていく際に重要ではないか。過去を顧みるこ となく切り捨てたものを取り戻すことは、そう容易ではない。だからこそミュ ラーは、言論の自由の多角性を重く見たのであろう。

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第Ⅲ部では、リスト、特にその「農地制度論」から、ギリシャ危機や中国が 経緯も含めて詳細に論じられた。評者がそれらについて補いうることはない。

したがって評者としては、次のことを再度強調して筆をおきたい。それは著者 によって、小林昇の研究が丹念に辿られるなかで、人はリストをどう読みうる のか、ということが示されたことである。それはまさしく現代に向けられ、そ してまた未来に向かう問いではないか。まぎれもなく現実を生きた小林のリス トの読み方から、評者は、翻ってわれわれが小林の研究をどう読みうるのか、

さらには、思想家たちの作品にわれわれがどう向き合うのかということを深く 考えさせられた。著者の原典重視の研究が有する力量は、本書においても申し 分なく輝いている。

参照

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