リースター年金改革以降のドイツの出生動向
経済学部 大谷津 晴 夫 1 .少子化とリースター年金改革 2 .リースター年金導入以降の出生動向 3 .「移民背景をもつ者」の動向 4 .2011 年からの出生増加と 2016 年からの出生減少の要因 5 .無子と利子 参考文献 1.少子化とリースター年金改革1 ドイツの 2000 年に始まる年金改革は、賦課方式の法定年金の給付を削減するとと もに、その法定年金に生じる穴を積立方式のリースター年金の導入によって埋めよう とするものであった。ドイツの少子高齢化が 2035 年頃に最高潮を迎えると予測され るなかで、賦課方式の法定年金は、保険料率の引き上げか、給付水準の引き下げかの、 トレードオフに直面していた。SPD のシュレーダー首相に率いられた連立政権は、 従来の保険料率引き上げ・給付水準維持の路線から転回し、保険料率維持・給付水準 引き下げの路線に舵を切る政策転換を敢行したのである。 リースター年金導入の先導役を担った連邦経済省学術諮問委員会の 1998 年報告書 「法定年金の抜本改革2」は、賦課方式年金の導入が次世代育成費用の只乗りを許して ドイツの少子化を招いた原因であると指摘していた。少子化の帰結である法定年金の 給付削減は、次世代育成を怠った世代が当然支払うべきツケであり、身から出た錆と して甘受するほかないというのが報告書の基本的立場である。しかしそれでも老後の 生活水準を落としたくないのであれば、別の手段で法定年金の給付水準低下の穴を埋 める必要がある。その手立てとして用意されたのが、子育て世帯を優遇する国家助成 1 シュレーダー政権の労働相を務めた Walter Riester がこの年金改革を主導したことからこのよ うな通称がついた。2 Wissenschaftlicher Beirat beim Bundesministerium für Wirtschaft(1998).この委員会を主導し たのはサプライサイド経済学に立脚するハンス=ヴェルナー・ジンである。Sinn, H.-W.(1999) を参照。ジンはシュレーダー政権の「Agenda 2010」策定にも影響を与えた。
金の付いた3、任意加入のリースター年金であった。 学術諮問委員会の 1998 年報告書が強調していたのは、賦課方式年金は子どもの養 育コストを負担しない者の年金只乗りを許していること、その結果である人的資本の 不足は物的資本の拡大で補うしかないこと、この 2 点である。 賦課方式は子供の養育と教育への投資、つまり人的資本の形成を前提にしてい る。予測される若年人口の対老年人口比率の半減化は人的資本の投資機会が大き く失われることを意味し、その結果、賦課方式は生き残ることができない。老齢 保障を就業世代から徴収する保険料収入だけでまかなう試みは間違いなく破綻す る。教育程度の高い労働力の不足を緩和的な移民政策によって解消しうる見込み はあまりないし、出生促進政策は、たとえ政治的に受け入れることが可能だとし ても、遅すぎる。そこで残るのは、不足する人的資本を実物資本で代替すること、 したがって積立方式へ移行することしかない。将来の社会支出に必要な財源を今 から準備するのに成功する方法としては、これしかない4。 公的年金の導入が少子化を招いたとする「社会保険仮説5」が正しいならば、只乗り を許していた賦課方式年金を削減し、他方で子ども助成金の付いた積立方式のリース ター年金を導入すれば、出生率は回復するはずである。はたしてリースター年金導入 以降、ドイツの出生率は回復しているのかどうか検証してみる必要がある。本稿の課 題は、リースター年金導入以降のドイツの出生動向を利用可能な人口統計に則して確 認することにある。 3 2018 年 1 月 1 日発効の国家助成金として、基本助成金が親 1 人につき年額 175 €(夫婦で 350 €)、 子ども助成金が子 1 人につき年額 300 €(2007 年 12 月 31 日までの出生については年額 185 €)、新 規入職者ボーナス 200 €(1 回限りの支給)がある。基本助成金や子ども助成金は 2002 年の導入以 降増額改定されてきた。
4 Wissenschaftlicher Beirat beim Bundesministerium für Wirtschaft(1998), Paragraph(44).た だし「報告書」は、賦課方式から積立方式へ移行しても基本的に収益率は変わらないという「等 価命題」を支持しているので、通常の積立方式移行論には与しない。
5 年金保険の導入が少子化を招いたとする主張は「社会保険仮説」(social insurance hypothesis) として知られている。
2.リースター年金導入以降の出生動向 連邦経済省学術諮問委員会の 1998 年報告書「法定年金の抜本改革」を主導したハ ンス=ヴェルナー・ジンは、「包括的な公的年金保険を導入した最初の国であるドイ ツが今日世界で最低の出生率なのは偶然ではない6」として、公的年金の導入と少子化 の因果性を強調していたが、少子化は決してドイツだけの現象ではない。図 1 に示さ れるように、大戦直後を除いて先進諸国は軒並み人口置換水準を下回る少子化現象に 見舞われている。出生率が人口置換水準を下回りつづければ、人口減少は縮小し、最 終的には消滅するほかない7。少子化は大戦後の先進国に共通の現象といっても、図 1 を見ればドイツは特に低率グループに分類されることは確かである。 本稿の焦点となる 1990 年以降のドイツの基本的出生動向を図 2 で確認しておこう。 6 Sinn(2007), p. 239―241. 7 出生率が人口置換水準を下回る少子化現象を理論的に捉える試みが「第 2 の人口転換論」である。 図 1 OECD 主要国の期間合計特殊出生率の推移 1960―2017 年
(資料) OECD(2020), Fertility rates(indicator). doi: 10.1787/8272fb01―en(Accessed on 13 January 2020)のデータか ら筆者作成。
出生数は大戦後に増加したが 1964 年の 1,357,304 人でピークを迎え、その後減少に転 じて 1975 年には 782,310 人にまで落ちている。その後徐々に回復を見せたが、1990 年 の 905,675 人を最後に再び減少に転じ、2011 年に戦後最低の 662,685 人を記録した。 2012 年からは増加に転じ、2016 年には 792,131 人にまで回復している8。それでもまだ 1990 年の水準には届かなかったが、出生数増加への期待が俄然と高まった。しかし 期待に反して 2017 年、2018 年は出生数が再び減少傾向をたどっている。 合計特殊出生率9は、1994 年に戦後最低値の 1.243 を記録した後、しばらくは 1.35 台 前後を推移した。そして 2006 年(1.331)からは一貫して上昇を続けて 2016 年には 1.592 に達している。しかし 2017 年、2018 年は 1.569、1.565 と再び若干の低下傾向を見せは じめている。近年の出生数の動向は当然この期間合計特殊出生率の動きを反映したも のであるが、完全に同期しているわけではない。出生数を決めるのは女子 1 人当りの 8 Pötzsch(2018, S.73)は 2012 年以降の出生数増加の背景要因として、1)2000 年代初めからの少子 化と社会保障制度の危機をめぐる国民的論争、2)2007 年以降の両親手当(Elterngeld)や両親手 当プラス(Elterngeld Plus)の導入や保育施設の拡充、3)リーマンショック後のドイツ経済の素 早い回復と雇用拡大、4)2000 年代半ば以降の南ヨーロッパから、そして 2004 年以降の EU 加盟 国からの労働目的の移民と、2014 年からのとりわけシリア・イラク・アフガニスタンからの何 十万人という難民がドイツにおける外国人の出生水準に影響を与えたこと、の 4 点を上げている。 9 合計特殊出生率(total fertility rate)は、15 歳から 49 歳までの各年齢の女子 1 人当たりの出生率
を合計したもの。
図 2 ドイツの出生数と合計特殊出生率の推移
出生率だけではなく、出産可能な女子人口の大きさと年齢構成にも左右されるからで ある。 東西ドイツの違い こうした出生動向をリースター年金改革との関係でどう捉えたらよいのかが中心論 点だが、その前に以上の出生動向を生んだ背後の構造要因を探っておこう。まず旧西 ドイツ地域と旧東ドイツ地域との出生動向の差異について見てみる。 東西ドイツ別の出生率の推移を示した図 3 は、1970 年代半ばから 1990 年までは旧 東ドイツが旧西ドイツを大幅に上回っていたが、1990 年の東西ドイツ統合にともなう 混乱を機に急落し、その後しばらく旧西ドイツの水準を下回りつづけて、2008 年以降 再び旧西ドイツをやや上回る水準で推移していることを示している。この経緯は、ド イツ全体と東西ドイツ別の総出生率10の推移を示した次の図 4 によっても確認される。
10 総出生率(general fertility rate)は 1 年間の出生数を当該年の 15 歳から 49 歳の女子人口で割り 1000 をかけて算出する(15 歳から 49 歳の年齢構成の違いは排除されていない)。ただし図 4 では、 15 歳から 45 歳の女子人口 1000 人当たりの出生数として算出されている。
図 3 東西ドイツ別の合計特殊出生率の推移 1952―2017
(資料) Bundesministerium für Arbeit und Soziales の HP に掲載されたデータ(2019 年 12 月 8 月 23 日アクセス)から 筆者作成。
晩産化・平均出産年齢の上昇 出生数の変化は出生率の変化と出産可能な女子人口の変化に分解されるが、それぞ れの変化の様相について特徴を探ってみよう。 まずは合計特殊出生率の変化についてである。図 2 と図 3 に示される人口置換水準 を下回る出生率の要因として挙げられるのが、晩産化である。図 5 は母の平均出産年 齢が一貫して上昇しつづけていることを示している。婚内子の母の年齢の方が、婚外 子のそれを若干上回るが、いずれも上昇をつづけている。晩産化は妊孕力の低下によ る出生数の減少をもたらす。 図 6 はさらに出生順位別に母の平均出産年齢を示したものである。第 3 子以上の出 産年齢がほぼ横ばいに推移しているのに対して、特に第 1 子の出産年齢の上昇が目 立っている。その結果、第 1 子と第 3 子間の平均出産間隔が一貫して短くなってきて いることが見て取れる。再生産年齢後半の短い期間に出産が集中しているのである。 晩産化の傾向は次の図 7 によっても確認することができる。出産の中心が依然とし て 25 ∼ 34 歳の年齢階級にあることは確かだが、20 ∼ 29 歳階級の出生率が低下して いるのに対して、30 ∼ 49 歳階級の出生率が上昇している。特に上昇率という点では 35 ∼ 39 歳階級の伸びが目立っている。 図 4 ドイツ全体および東西ドイツ別の総出生率の推移 1952―2016
(資料) Das Bundesinstitut für Bevölkerungsforschung:Allgemeine Geburtenziffer in Deutschland, West-und Ostdeutschland, 1952 bis 2016 のデータから筆者作成。
図 5 平均出産年齢の推移 1991―2018
(資料)Statistisches Bundesamt, GENESIS-Online Datenbank 12612―0015 のデータから筆者作成。
図 6 出生順位別の平均出産年齢の推移 2009―2018
再生産年齢女子の減少 ドイツの出生率は、1970 年以降、人口置換水準を下回りつづけている(図 2)。それ は「負の人口モメンタム」の蓄積を意味するので、15 歳から 49 歳の再生産年齢女子 人口が将来長期にわたって減少していくことは避けられない。そのため今後仮に合計 特殊出生率が上昇しても、出生数の増加は当分の間期待できない。図 8 はその再生産 年齢女子人口の推移をドイツ人と外国人別に示している。 図 8 が示すように、全体の再生産年齢女子人口が減少をつづけているなかで、ドイ ツ人女性の減少が目立っている。外国人女性は、2011 年の落ち込みを除くと、明ら かに増えており、全体の再生産年齢女子人口に占める割合が上昇しつづけている。こ の外国人女性の増加がドイツ人女性の減少効果を多少とも緩和している格好になって いるのがわかる。 コーホート合計特殊出生率の動向 期間合計特殊出生率の低下が晩産化によるタイミング効果を反映してしているだけ なら、いずれは回復してくる可能性がある。この点を確かめるにはコーホート合計特 殊出生率の動向を見てみる必要がある。 図 9 が示すように、コーホート合計特殊出生率は 1933 年出生コーホートの 2.225 か ら下落をつづけてきたが、1968 年出生コーホートの 1.492 で底を打ち、その後は反転 図 7 5 歳階級別の期間合計特殊出生率の推移 1991―2016
(資料) Das Bundesinstitut für Bevölkerungsforschung:Nach Altersgruppen zusammengefasste Geburtenziffern deutscher Frauen in Deutschland, 1991 bis 2016 のデータから筆者作成。
して上昇基調にある。1968 年出生者は社会民主党のシュレーダー政権が始まる 1998 年に 30 歳になっていた。これ以降の出生コーホートにみられる出生率上昇は、2000 年代初めに世論をにぎわした少子化論議や、それを受けた政府の家族政策の拡充に後 押しされる形での高年齢出産(晩産化)を反映しているとみられる。
図 8 15 歳―49 歳女子人口の推移 1990―2018
(資料) Statistisches Bundesamt, GENESIS-Online Datenbank 12411―0007 のデータから筆者作成。
図 9 コーホート合計特殊出生率の推移 1930―1974 年出生
(資料) Statistisches Bundesamt, GENESIS-Online Datenbank 12612―0013 のデータから筆者作成。ただし 1970 年 から 1974 年の出生コーホートについては暫定値。
次の図 10 は、図 9 のコーホート合計特殊出生率を 15 歳∼ 29 歳と 30 歳∼ 49 歳の 2 階 級に区分し、さらに各コーホート 30 歳時の期間合計特殊出生率を加えたものである。 図 10 からは、1940 年出生コーホート以降の合計特殊出生率の低下が 15 歳∼ 29 歳の出 生率低下に起因すること、そして 1968 年出生コーホート以降の出生率回復は、30 歳 ∼ 49 歳の出生率上昇に起因することが読み取れる。1974 年出生コーホート以降はま だ 30 歳∼ 49 歳の合計出生率を完結していないので図 10 には書き入れていない。一方、 既に完結した 15 歳∼ 29 歳の合計出生率の実績値は低下してきているので、それを補っ て余りある 30 歳∼ 49 歳の合計出生率の増加がないと、これまでの上昇基調を維持す ることができなくなる。 無子の増加 少子化の背景には無子割合の上昇がある11。図 11 は女子の年齢 5 階級別の無子割合 の推移を 2008 年、2012 年、2016 年、2018 年の各センサスのデータに基づいて示して いる。 40 ∼ 49 歳から上の年齢階級では、無子割合が数次のミクロセンサスごとに上昇し てきたことがはっきり読み取れる。しかし 40 ∼ 44 歳、35 ∼ 39 歳の年齢階級では、 2016 年の無子割合が 2012 年に比べて少し低下し、2018 年に再び上昇している。これ は 2016 年にピークをつけた期間合計特殊出生率の上昇とその後の反落と相即的関係 にある(図 2 参照)。35 ∼ 39 歳の年齢階級以下の値はまだ完結無子割合ではないので 今後の低下が見込まれるが、これらの年齢階級の無子割合が数次のミクロセンサスを 経るごとに上昇しているのは事実である。 図 12 は出生コーホート別の完結無子割合を東西ドイツに分けて示している。旧東 ドイツ地域の無子割合は旧西ドイツ地域に比べて低い水準をずっと維持していたが、 1958 年出生コーホート以降では旧西ドイツ地域と同じ上昇傾向を示していることが 見て取れる。旧東ドイツ地域のこれまでの低い無子割合はドイツ全体の水準の上昇を 抑制するのに貢献していたが、今後は以前ほど期待できなくなるかもしれない。 11 無子割合(Kinderlosenquote)とは、調査時に子どものいない女子が考察対象集団の総女子数に 占める割合をいう。ミクロセンサスの場合は、調査週に 15 歳から 75 歳までの全てのコーホー トについて算出される。女子の再生産年齢を 15 歳から 49 歳とするなら、50 歳以上のコーホー トの無子割合が完結無子割合(endgültige Kinderlosenquote)になる。しかし 45 歳を過ぎてから の第 1 子出産は非常に稀なので、40 歳から 44 歳の年齢集団の値をもって完結無子割合とする場 合がある。
図 13 は、戦後の出生コーホートで母となった者は、平均すると 2 人の子どもを産ん でいることを示している。女子 1 人当たりのコーホート合計特殊出生率がその 2 を下
図 10 年齢 2 階級区分のコーホート合計特殊出生率の推移 1930―1988 年出生
(資料) Statistisches Bundesamt, GENESIS-Online Datenbank 12612―0008 と 0012 のデータから筆者作成。
図 11 女子の 5 歳階級別無子割合の推移
(資料) Statistisches Bundesamt(2019), Kinderlosigkeit, Geburten und Familien - Ergebnisse des Mikrozensus 2018 の データから筆者作成。
回るのは、未婚の女子だけでなく既婚の妻にも無子が存在するからである。図 14 は 1 子、2 子、3 子以上の 3 区分の割合が各出生コーホートを通じてほぼ安定していること を示している。
図 13 5 歳階級区分出生コーホート別の母 1 人当りの子ども数 2018 年
(資料) Statistisches Bundesamt(2019), Kinderlosigkeit, Geburten und Familien-Ergebnisse des Mikrozensus 2018 の データから筆者作成。
図 12 出生コーホート別・東西ドイツ別の完結無子割合と合計特殊出生率
(資料) Statistisches Bundesamt(2019), Kinderlosigkeit, Geburten und Familien - Ergebnisse des Mikrozensus 2018 と Statistisches Bundesamt, GENESIS-Online Datenbank 12612―0013 のデータから筆者作成。ただし 1970 年 から 1974 年のコーホート合計特殊出生率は暫定値。
母となった者は平均すると 2 人の子どもを産んでいるということだが、ドイツ人と 外国人との間で違いはないのだろうか。表 1 は、出生地と国籍別に女子 1 人当りの子 ども数を示している。これを見ると、ドイツ国内出生の女子 1 人あたりの子ども数で は、非ドイツ国籍者がドイツ国籍者を上回っている。ドイツ国外出生の女子でみても、 非ドイツ国籍者がドイツ国籍者を上回っている。国籍と移住歴が出生数に影響を与え ていることがわかる。 外国籍女性の出生動向 先の表 1 に示されるように、外国籍や移住歴のある女性の出生動向はドイツ全体 の出生動向を左右する要因として見逃せない。以下ではそうした「移民背景をもつ 者12」に付随する影響を詳らかにしておこう。 12 自分自身か少なくとも片方の親がドイツ国籍をもって生まれていなければ、その者は「移民背 景をもつ者」(Personen mit Migrationshintergrund)に分類される。具体的には、外国人、(後 期)帰還移住者、ドイツ国籍取得者(帰化人)、これら 3 グループを親とする子ども、ならびに片 方の親がドイツ人である者との養子縁組によってドイツ国籍を取得した者がこれに含まれる。 ちなみに後期帰還移住者(Spätaussiedler)とは、第 2 次世界大戦後に旧ソ連、旧東欧地域から連 邦追放者法に従って 1992 年 12 月 31 日以降に移住してきたドイツ人をいう。1992 年 12 月 31 日以 前の帰還者は帰還移住者(Aussiedler)と呼ばれる。 図 14 出生コーホート別の子ども数割合 2018 年
(資料) Statistisches Bundesamt(2019), Kinderlosigkeit, Geburten und Familien-Ergebnisse des Mikrozensus 2018 の データから筆者作成。
図 15 は母親のドイツ国籍13・外国籍別の出生数のドイツ統一後の推移を示している。 ドイツ国籍母による出生数は 1997 年の 675,553 人をピークにその後は減少を続けてき たが、その減少を多少とも補ったのが外国籍母による出生であることが、外国籍母に よる出生数割合の上昇からわかる。外国籍母による出生数割合は 2007 年に 18.7%に 達した後に反落するが、他方でドイツ国籍母の出生数減少傾向に歯止めがかかってい た。2010 年以降、外国籍母の出生数は再び増加しはじめ、総出生数に占める外国籍 母の出生数割合も急上昇し14、2018 年には 24%に達している。 図 16 は、図 15 の背後にある、母親のドイツ国籍・外国籍別の期間合計特殊出生率 の動きを示している。外国籍母の期間合計特殊出生率はドイツ国籍母に比べるとおし なべて高いが、2009 年の 1.57 まで低下を続けて、その後は 2016 年の 2.28 まで急速に 上昇している。ドイツ国籍母の場合は、1997 年から 2006 年まで 1.3 近辺を推移してき た後、2007 年以降上昇に転じ、2016 年には 1.46 に達している。2016 年以後はドイツ 国籍母、外国籍母とも低下しているが、外国籍母の下落が大きい。 図 17 は、1991 年と 2016 年のドイツ国籍母と外国籍母の期間合計特殊出生率の年齢 13 ドイツ国籍は通常は出生とともに自動的に取得される。これに該当するのは、少なくとも親の 片方がドイツ人から生まれた子ども(血統主義)と、両親が外国人の場合は、少なくとも親の片 方が子どもの出生時に永住資格を有し、最低 8 年間合法的に滞在していた場合に、その両親か ら生まれた子ども(出生地主義)である。 14 とりわけシリア、イラク、アフガニスタンからの何十万人という難民が、2014 年以降のドイツに おける外国人の出生水準に影響を与えた。それまでは 2000 年代半ば以降の南ヨーロッパからの、 そして 2004 年以降の EU 加盟国からの労働目的の移民が支配的だった。Olga Pötzsch(2018), S.73. 表 1 出生地・国籍別の女子 1 人当り平均子ども数 2018 年 出生コーホート (2018 年の年齢) 計 ドイツで出生 外国で出生 ドイツ国籍 非ドイツ国籍 ドイツ国籍 非ドイツ国籍 1994 年―2003 年(15 歳―24 歳) 0.1 0.0 0.1 0.1 0.3 1984 年―1993 年(25 歳―34 歳) 0.7 0.5 0.7 0.9 1.1 1974 年―1983 年(35 歳―44 歳) 1.5 1.3 1.6 1.8 1.8 1964 年―1973 年(45 歳―54 歳) 1.6 1.5 1.7 1.9 2.0 1954 年―1963 年(55 歳―64 歳) 1.7 1.6 1.6 2.0 2.1 1943 年―1953 年(65 歳―75 歳) 1.7 1.7 2.0 1.9 2.3
(資料) Statistisches Bundesamt(2019), Kinderlosigkeit, Geburten und Familien-Ergebnisse des Mikrozensus 2018 の データから筆者作成。
分布を対比している。ドイツ国籍母と外国籍母に共通していえることは、山形の分布 の頂点が右に移動していること(晩産化)、および山形の面積が大きくなっていること (期間合計特殊出生率の上昇)である。さらに 1991 年と 2016 年の両年とも外国籍母の 山形の面積がドイツ国籍母のそれより大きい、つまり外国籍母の出生率はドイツ国籍 母を常に上回っている。さらに 2016 年の両者の分布図を比較してわかる特徴として、 34 歳以降の出生率がほとんど同じであることが挙げられる。つまり両者の期間合計 特殊出生率の差は、ほとんどが 30 歳前の出生率の差に起因することがわかる。 図 15 母親のドイツ国籍・外国籍別の出生数の推移 1990―2018
(資料) Statistisches Bundesamt, GENESIS-Online Datenbank 12612―0003 のデータから筆者作成。
図 16 母親のドイツ国籍・外国籍別の期間合計特殊出生率の推移 1991―2018
3.「移民背景をもつ者」の動向 ドイツ連邦統計局『ミクロセンサス 2018』によれば、「移民背景をもつ者」が総人 口に占める割合は 25.5%に達している(図 18 参照)。ドイツは移民国家の要素を多分 に備えているのである。 図 19 は、ドイツの男女別の総人口を国籍別・移民背景有無別・5 歳階級別に示した 人口ピラミッドである。本来なら外国籍者も「移民背景をもつ者」に含まれるが、こ こでは分けて示してある。一見して気づくことは、外国籍者を含む移民背景保有者の 割合が 20 歳から 50 歳の年齢階級で目立って高いことである。この年齢階級の子ども 世代だからだと思われるが15、20 歳以下でも増加傾向にあることが見て取れる。 こうした傾向をもっと読み取りやすくするために作成したのが、次の図 20 である。 移民背景保有者が総人口に占める割合は全体で 25.5%であるが、20 歳から 50 歳の年 齢階級での移民背景保有者の割合は男子で約 40%から 50%、女子で約 30%から 40% になる。表 2 は男女計でみた移民背景保有者の割合を示しているが、若い世代ほど高 くなってきていることがわかる。 図 21 は、移民背景保有者を出身国(地域)別に示したものである。日本で抱かれ ているイメージと違って、地域別ではヨーロッパが 65.3%で最も多く(EU28 ヶ国で 15 外国人・(後期)帰還移住者・ドイツ国籍取得者(帰化人)を親とする子どもも「移民背景をもつ者」 に分類される。脚注 17 参照。 図 17 母親のドイツ国籍・外国籍別の期間合計特殊出生率の年齢分布―1991 年と 2016 年
(資料) Bundesinstitut für Bevölkerungsforschung:Altersspezifische Geburtenziffern deutscher und ausländischer Frauen in Deutschland, 1991 und 2016 のデータから筆者作成。
図 18 ドイツ総人口に占める移民背景保有者の割合 2018 年
(資料) SStatistisches Bundesamt(2019),Bevölkerung mit Migrationshintergrund-Ergebnisse des Mikrozensus 2018.
図 19 国籍別・移民背景有無別・5 歳階級別のドイツ人口ピラミッド 2018 年
(資料) Statistisches Bundesamt(2019), Bevölkerung mit Migrationshintergrund-Ergebnisse des Mikrozensus 2018 の データから筆者作成。
表 2 5 歳階級別の移民背景保有者の占める割合 2018 年 (男女計) 年齢
階級 0―4 5―9 10―14 15―19 20―24 25―29 30―34 35―39 40―44 45―49 50―54 55―59 60―64 割合% 40.6 40.0 38.4 33.7 32.4 32.6 33.6 33.8 34.2 26.1 18.7 17.4 17.2
(資料) Statistisches Bundesamt(2019), Bevölkerung mit Migrationshintergrund – Ergebnisse des Mikrozensus 2018 のデータから筆者作成。
図 21 出身国(地域)別の移民背景保有者数
(資料) Statistisches Bundesamt(2019), Bevölkerung mit Migrationshintergrund-Ergebnisse des Mikrozensus 2018 の データから筆者作成。
図 20 男女別・5 歳階級別の移民背景保有者割合 2018 年
(資料) Statistisches Bundesamt(2019), Bevölkerung mit Migrationshintergrund – Ergebnisse des Mikrozensus 2018 の データから筆者作成。
35.7%)、中近東は 12.5%、アフリカは 4.5%と少ない。国別ではトップがトルコの 13.3%、次がポーランドの 10.8%である。 4.2011 年からの出生増加と 2016 年からの出生減少の要因 2011 年に戦後最低の 662,685 人を記録した出生数は 2012 年から増加に転じ、2016 年 には 792,131 人にまで回復したが、その後は再び減少に転じている。期間合計特殊出 生率も同様の軌跡をたどっている(図 2 参照)。ここでは 2011 年からの出生数増加と 2016 年からの出生数減少に焦点を当てて、その背後にある要因を詳らかにしてみよう。 図 22 は、2011 年から 2016 年までの対前年比出生数増加を、母がドイツ国籍、母が 外国籍、15 ∼ 49 歳女子人口と年齢構成、15 ∼ 49 歳女子の合計出生率、の 4 要因別に 分解して示したものである。 2014 年と 2016 年の出生数増加が目立っているが、2014 年はドイツ国籍女子の出生 率上昇の寄与度が大きく、2016 年では外国籍女子の人口数と年齢構成が寄与度のトッ プにきている。 2011 年から 2016 年までの通算の出生数増加 129,169 人に対する 4 要因の寄与割合を 示しているのが、図中右端の 100%積み上げグラフである。トップはドイツ国籍の 15 図 22 対前年比出生数増加の要因別分解 2012―2016 (資料) Olga Pötzsch(2018), S.75 のデータから筆者作成。
∼ 49 歳女子の合計出生率の上昇に起因する分で 39.0%になる。次いで外国籍の 15 ∼ 49 歳女子人口と年齢構成が 31.3%、外国籍 15 ∼ 49 歳女子の合計出生率が 24.6%、最 後がドイツ国籍の 15 ∼ 49 歳女子人口と年齢構成が 5.1%である。ドイツ人女子の合 計出生率の上昇がこの間の出生数増加に大きく寄与していることがわかる。 しかし母の国籍別でみてみると、外国籍母の貢献がドイツ国籍母を上回っている。 ドイツ国籍母・外国籍母ごとに 15 ∼ 49 歳女子の人口数と年齢構成の寄与割合と合計 出生率の寄与割合を合わせると、ドイツ国籍母の寄与割合が 44.2%なのに対して、外 国籍母の寄与割合は 55.8%に達する。 上では、2011 年から 2016 までの出生数増加の牽引役を担ったのは、ドイツ女子の 合計出生率の上昇と外国人女子の貢献であることを確認した。ここでは 2016 年から の出生減少の背景因を詳らかにしてみよう。 ドイツ連邦統計局の GENESIS-Online Datenbank にはドイツ国籍と外国籍に分けた 女子の年齢別人口のデータは掲載されているが、ドイツ国籍女子と外国籍女子に分け た年齢別出生率のデータは掲載されていない。利用できるのはドイツ全体の 15 歳か ら 49 歳までの年齢別出生率と、ドイツ国籍女子と外国籍女子に分けた期間合計特殊 出生率だけである。したがって 2016 年から 2018 への出生数の変化をドイツ国籍女子 と外国籍女子の要因に分けて分析することができない。そこで、ここではドイツ全体 の 15 ∼ 49 歳女子人口数と年齢構成の変化、その年齢別出生率の変化、の 2 つの要因 に分解してみよう。 分解式は次の⑴式と、それを変形した⑵式で示される。∑49x=15Bx2016は 2016 年の 出生数、∑49 x=15Bx2018は 2018 年の出生数、 fx2016は 2016 年の x 歳女子の出生率、 fx2018は 2018 年の x 歳女子の出生率、 は 2016 年の x 歳の女子人口、 は 2018 年の x 歳の 女子人口である。 ⑴ ⑵ 2016 年から 2018 年までの出生数変化に対して、(2)式の前半は女子人口数と年齢構 成の変化の寄与分、後半は年齢別出生率の変化の寄与分を表している。2016 年の総 出生数 791,703 人に対して 2018 年は 787,153 人で 4,550 人の減少だった。この減少を(2) 式に従っ分解すると、15 ∼ 49 歳女子人口数と年齢構成の変化に起因する分が 5,330 px2016 px2018 ( fx2018・px2016)− 49
∑
x=15 ( fx2018・px2016) 49∑
x=15]
+[
]
( fx2018・px2018)− 49∑
x=15[
( fx2016・px2016) 49∑
x=15 49∑
x=15 Bx2018− 49∑
x=15 Bx2016= ( fx2018・px2018)− 49∑
x=15 ( fx2016・px2016) 49∑
x=15人の増加、出生率の変化に起因する分が 9880 人の減少となる。年齢別出生率の低下 による減少分が再生産年齢女子の人数と年齢構成による増加分を上回り、結果として 4,550 人の減少になった。 以上の 2 要因による増減効果を視覚的にとらえやすくしたのが図 23 である。15 ∼ 49 歳女子人口と年齢構成を 2016 年と 2018 年で比べると、23 歳∼ 27 歳、43 歳∼ 49 歳 のところで減少し、28 歳∼ 33 歳、36 歳∼ 42 歳のところで増加している。43 歳∼ 49 歳での女子人口減少による出生数減少効果はほとんど問題にならないし、年齢別出生 率が低下しつつある 23 歳∼ 27 歳での女子人口減少がもたらす出生数減少効果はさほ ど大きくない。これに対して年齢別出生率が高い 28 歳∼ 33 歳、36 歳∼ 42 歳での女 子人口増加による出生数増加効果は相対的に大きく、これがネットでプラスの効果に つながった。 年齢別出生率については、15 歳∼ 31 歳のところで大きく減少している一方、32 歳 以上で増加している。前者の減少効果が後者の増加効果を上回るため、このマイナス 分が 15 ∼ 49 歳女子人口数と年齢構成のプラス分を帳消しにした上に、さらに出生減 をもたらした格好になっている。このことは、2018 年は 2016 年に比べて晩産化がさ らに進行したことを物語っている。 図 23 2016 年と 2018 年の年齢別出生率と 15 ∼ 49 歳女子人口の増減
先述したように、2016 年から 2018 年にかけての出生増減に対するドイツ国籍女子 と外国籍女子に分けた寄与度を腑分けすることは、両者別の年齢別出生率のデータが 利用できないためにできない。しかし利用可能な両者別の年齢別女子人口16、期間合 計特殊出生率17、出生数18、から判断するならば、外国籍女子がドイツの総出生数減少 を抑える効果は依然として大きいことがわかる。 2018 年以後の展望 2018 年以降の出生動向はどのように予測されるのか。判断の鍵をにぎるのは、図 17 と図 23 に示されるような 30 歳以上での出生増加が今後も続くのかどうかである。 足下における 30 歳未満での期間合計特殊出生率の低下が出産時期を遅らせるだけの タイミング効果にすぎないのであれば、将来、30 歳以上での出生増加が見込まれる。 しかしその低下がタイミング効果による低下ではなく、当該コーホートの合計出生率 の下落を意味する可能性もある。 コーホート合計特殊出生率の推移を 15 ∼ 29 歳と 30 ∼ 49 歳に分けて示した図 10 をみると、たしかに 1968 年以降ではコーホート合計特殊出生率は逓増傾向にある。 2018 年時点で 1970 ∼ 1974 年出生コーホートは 48 ∼ 44 歳なので出生率をまだ完結さ せていないが、各コーホートは前年のコーホートの出生率をすでに上回っているので、 これらのコーホート合計特殊出生率の上昇傾向は確定している。問題は 1975 年以降 の出生コーホートの出生行動がどう出現するのかだが、これらのコーホートの 15 ∼ 29 歳の実績値は一貫して低下してきている。したがって、この部分の低下を凌駕す る 30 ∼ 49 歳台の合計出生率の上昇があるかどうかが重要なポイントになる。 しかし、出生数を左右するのは出生率だけではない。15 ∼ 49 歳の女子人口の動向 も大きく影響する。ドイツの出生率は長期間にわたり人口置換水準を下回り続けてき ている。これは「負の人口モメンタム」が蓄積されてきていることを意味し、女子人 口の今後の減少は避けられない運命にある。つまり、出生率が回復してもしばらくは 出生減少が続くのである。この流れを緩和あるいは逆転するには、伝統的に高い出生 16 図 8 から、15 ∼ 49 歳女子人口に占める外国籍女子割合はこの間も逓増していることが見て取れ る。 17 図 16 から、外国籍女子とドイツ国籍女子の期間合計特殊出生率はこの間ともに低下しているが、 前者の落ち込みが後者よりも大きかったことがわかる。 18 図 15 から、その結果、ドイツ国籍母からの出生数は微減、外国籍母からの出生数は微増になっ たことがわかる。
率をもつ多数の女子人口を「外から」補給する必要がある。これまでのところ外国人 などの移民背景保有者がその役割を担ってきたのは確かであり、今後もドイツの出生 動向を左右する重要な要素であることは間違いない。 5.無子と利子 人間が人間を産むのは自然なことだが、貨幣が貨幣を産むのは自然に反するとして 利子生み資本(高利資本)を批判したのはアリストテレスである19。現状は、その人間 が自己増殖力を失っていく一方で、貨幣が貨幣を産む資本の自己増殖力の方は一向に 衰えを知らないようにみえる。 既に言及したように、子どもを産み終えた世代の女子の無子割合は、1938 年出生 コーホートの 11%から上昇を続けてきて、1969 年出生コーホートでは 21%に達して いる(図 12 参照)。コーホート合計特殊出生率が 1968 年出生コーホートの 1.492 を底に して回復傾向にあるので(図 9)、無子割合の上昇は一服状態にあるとみてよいだろう。 しかし、この「子どもを持たない」ライフスタイルがドイツ社会の中で定着しつつあ るのは確かなようである。ハンス=ヴェルナー・ジンは、福祉国家が社会的安全網を 提供している今日では、子どもは昔とちがって引退後の生活安泰を保障する富の象徴 ではなくなり、むしろ金がかかり、消費を制約し、ライフスタイルのグレードを落と してしまう厄介者になっていると指摘している。そのために独身でいることがノーマ ルな状態になり、さらには DINKs(dual income, no kids)がますます多くの若いカッ
プルの理想とするライフスタイルになっているというのだ20。 ビスマルクが世界に先駆けて導入した賦課方式の公的年金が少子化を招いた根因で あるとジンは指摘する。そもそも公的年金の導入は、無子や親不孝の子が引きおこす 老親の貧困を解消することが目的だった。家族制度を通じた世代間扶養の失敗を是正 することが狙いだったのである。「賦課方式年金は子どもがフリーライドし、そして 世代間契約を無視することを不可能にする強制装置とみなすことができる。その世代 19 「利子」を意味するギリシャ語のτ 俚 κο 㽞 には元来人間や動物の「子ども」の意味がある。 生活資財と違い、貨幣の蓄蔵には自然的制約が一切ないので、飽くなき貨幣増殖欲求が野放し になる。アリストテレスが無際限の貨幣増殖欲求の末路として示したのが、手に触れる物すべ てが金に変わることを神に祈願して最期は餓死してしまったミダス王の説話である。アリスト テレスにとって貨幣は、ポリス市民から「善き生活」の目的を忘れさせ、享楽的生活に走らせ る魔物だった。アリストテレス『政治学』、54、57 頁。 20 Sinn(2007), p. 218.
間契約は伝統的家族によって遵守されてきたが、工業化が家族紐帯を弛緩させたとき に力を失ってしまったのである21。」 しかし、無子や子の親不孝に備えた年金保険が導入されると、結婚して子どもを生 み育てることの経済的理由が失われてしまう。自分が産まなくても他人が産んでくれ れば、その他人の子どもが自分の老後の年金を払ってくれるし、子育てをしないこと で浮いた資金は新車購入や南国での休暇に廻した方が、より豊かな生活を享受できる というわけだ22。無論、他人が産んだ子どもに只乗りできる状態の下では、出生率の 上昇は期待できないだろう。 では、こうしたメカニズムで生じたドイツの少子化と年金財政の危機はどのように したら解決できるのか。この問いに対するジンの答えは、「子どもを積み立てる」年 金が弱まるのに応じて、「富を積み立てる」年金がその代替として登場しなければな らない、というものである23。人的資本の不足は物的資本の拡大で補うほかないとい うわけである。しかし物的資本の蓄積の拡大は資本収益率の、つまり「利子」の、一 層の低下を招くことはないのか?この疑問に対してジンは、世界の実質利子率は過去 200 年間約 4%の水準で非常に安定的であったし、次の 200 年間も楽観的になってよい と言う。なぜなら、マルクスの利潤率低下法則や、資本収益率低下を導く類似の理論 は真理でないことが経験的に証明されたからだという24。 無子は利子でカバーできるのかどうか、本稿ではこの論点にこれ以上踏み込むこと はできない。また「社会保険仮説」の真偽についても論及していない。これらの論点 は非常に興味あるが、別の機会に譲りたい。本稿の課題はあくまでも、リースター年 金導入以降のドイツの出生動向を正確に確認することにあるからである。 参考文献
Feldstein, Martin(1974): Social Security, Induced Retirement, and Aggregate Capital Accumulation, in: The Journal of Political Economy, Vol. 82, No. 5,Sept./ Oct. 1974, pp. 905―926.
Mackenroth, Gerhard(1958). Die Reform der Sozialpolitk durch einen deutschen Sozialplan, in; Erik Boettcher(hrsg.), Sozialpolitik und Sozialreform, 1957, S. 43―
21 Sinn(2004), p. 1347. 22 Sinn(2007), p. 240. 23 Sinn(2007), p. 249. 24 Sinn(2007), p. 231.
74.
Pötzsch, Olga(2018). Aktueller Geburtenanstieg und seine Potenziale, Wirtschaft und
Statistik 3, S. 72―89.
Rürup, Bert(2016). „Mackenroths Theorem“: Ein Zombie der Rentenpolitik. Handelsblatt Research Institute, 5. August 2016
Samuelson, P.A.(1958). “An Exact Consumption-Loan Model of Interest with or without the Social Contrivance of Money.” Journal of Political Economy 66, 467― 482.
Sinn, H.-W.(1999). “Die Krise der Gesetzlichen Rentenversicherung und Wege zu ihrer Lösung.” In Bayerische Akademie der Wissenschaften(ed.), Jahrbuch
1998. München: Beck, pp. 95‒119.
Sinn, H.-W.(2000). “Why a Funded Pension System is Useful and Why it is not Useful.” International Tax and Public Finance 7, pp. 389―410.
Sinn, H.-W.(2004). “The pay-as-you-go pension system as fertility insurance and an enforcement device.”, Journal of Public Economics 88, pp. 1335―1357.
Sinn, H.-W.(2007). Can Germany be Saved? : The Malaise of the World s First Welfare
State. The MIT Press.
Statistisches Bundesamt(2019), Bevölkerung mit Migrationshintergrund― Ergebnisse des Mikrozensus 2018.
Statistisches Bundesamt(2019), Kinderlosigkeit, Geburten und Familien―Ergebnisse des Mikrozensus 2018.
Rürup, Bert(2016). „Mackenroths Theorem“: Ein Zombie der Rentenpolitik. Handelsblatt Research Institute, 5. August 2016.
Wissenschaftlicher Beirat beim Bundesministerium für Wirtschaft(1998).
Grundlegende Reform der gesetzlichen Rentenversicherung. Bundesministerium für
Wirtschaft, Studienreihe No. 99.
アリストテレス(山本光雄訳)『政治学』、岩波文庫、昭和 36 年。
守泉理恵(2019)「日本における無子に関する研究」『人口問題研究』第 75 巻第 1 号、