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あとがき

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Academic year: 2021

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あとがき

著者

野上 裕生

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

シリーズタイトル

経済協力シリーズ

シリーズ番号

204

雑誌名

開発経済学のアイデンティティ

ページ

131-132

発行年

2004

出版者

日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL

http://hdl.handle.net/2344/00014000

(2)

あとがき 本書の中では対立しあうようにみえる二つの概念の交流として開発経済学 を考えてみた。 経済発展という複雑な現象は複眼的な見方を要求している。先進国との格 差は開発途上国に不利に働くかもしれないが、開発途上国に対して学習機会 と刺激を与えていく。このような二つの側面をとらえるものとして、後発国 の理論と従属理論は相互に不可分の関係にある。 対抗している学派が相互に学習していくことも多い。たとえば進化経済学 を提案するネルソン、構造主義を提唱するテイラーも、主流であるミクロ経 済学、マクロ経済学を吸収して自分の理論を構成している。このようなわけ で、開発経済学は多様な学派の競争と協同の中にこそ、本当の生きた学問を 見つけることができるのだろう。 開発経済学の概念には容易に定義できないものが多い。能力、人間開発、 構造や制度といったものがそうである。これらの概念は、開発問題に関わっ た人に共有されたものであり、シュンペーター(Schumpeter 1954)の言葉で は「ヴィジョン」に該当するようなものである。経済学の分析ツールがヴィ ジョンを自己の枠組みに吸収していく過程が学問の発展であるならば、経済 分析の枠組みに収まらないような概念に開発研究、地域研究が関心を持つこ とは望ましいことである。むしろ、個人の内部に、経済学には収まりきれな い開発へのヴィジョンを保ち続けることが重要なのである。経済学をいくら 研究していても、その他の分野では専門家は素人に近い。むしろ素人の視点 を持ちながら、専門家としての方法を使っていくことが、「自前の概念装置」 (内田[1987,pp.148-51]の言葉)を形成することになるのではないか。それ が、これからの開発学、開発経済学のあり方を示唆するものだと思われる。 開発経済学 あとがき 04.7.20 10:54 ページ131

(3)

本書は筆者個人の見解に基づくものであり、本書の内容は筆者個人の責任 である。まだ誤りが残っていると思われるので、ご指摘下されば幸いであ る。 本書ができあがるまでには多くの方々のご支援をいただいた。平野克己氏 は草稿を精読され、改善のための有益なご助言を惜しむことなく与えて下さ った。岡田雅浩氏は本書の編集を担当していただき、本としての完成度を高 めるためのご指導をしてくださった。本書の構想は2003年7月30日のアジア 経済研究所地域研究部の部内研究会で報告されたが、そこでの参加者から有 益なコメントをいただいた。印刷を担当された方々、製本を担当してくださ った方々は、本書を美しい書物に仕上げてくださった。これらの方々のご支 援に対して心から御礼申し上げたい。 2004年1月 野上裕生 〈参考文献〉 〈日本語文献〉 内田義彦.1987.『読書と社会科学』岩波新書 黄版288. 〈外国語文献〉

Schumpeter, J. A. 1954. History of Economic Analysis. New York: Oxford University Press.(東畑清一訳『経済分析の歴史』岩波書店 1955年)

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