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発問・疑問解決により場所の最大特徴(支配的因子)を認識する地理学習:大正自由教育期の「学習法」理論に基づいた発展的実践

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社 会系 教 科 教 育 学 会 『 社 会 系 教 科 教 育 学 研 究 』 第 8号 1996 (pp.65-70)

発 問 ・ 疑 問 解 決 に よ り 場 所 の 最 大 特 徴 ( 支 配 的 因 子 ) を 認 識 す る 地 理 学 習 一大 正 自 由 教 育 期 の 「 学 習 法 」 理論 に 基 づ い た 発 展 的 実 践 −

A Geographical learning for the purpose of recognizing the dominant feature,“dominanten faktoren ”, of a place by solving questions asked by a teacher and pupils. -The developing practice of geographical teaching founded on the theory of “Principles of Learninず’within a term of Taisho New Teaching. ―

永  田  忠  道 ( 広 島大 学 研 究 生) I 。 は じ め に 地 理 授業 は, 伝達 地 理1)や 伝 統 的 常 識 的2) と い っ た 批 判 を 受 け 続 け て い る 。 こ れ に 対 し て , 現 在, シ ミ ュ レ ー シ ョ ン等 の 新手 法 を , 導 入 す る こ と に よ る 学 習 方 法 改 善 の動 き が 盛 ん で あ る3)。 し か し , 注 目 を 集 め て い る こ れ ら の試 み も , 今 の と こ ろ は, 学 習 方 法 変 容 の 試 行 に とど ま る 傾 向 が 強 い と 考 え ら れ る。 地 理 授 業 に関 し て , こ の よ う な 学 習 方 法 の 改 善 を 指 向 す る 最 大 の動 き は, 歴 史を ひ も と く と, 大 正 自 由教 育 期( 明 治35[1902] 年 ∼ 昭 和6[1931] 年)4)ま で さ か の ぼ る。 大 正 自 由 教 育 期 は, 子 ど も の 自発 哇や 個 性 を 尊 重 す る 方 向 性 で, そ れ ま で の 画 一 的 ・注 入 的 な学 習方 法 の 改 善 が , 比 較 的 集 中 し て 行 わ れ た時 期 で あ る。 そ し て , こ の 時 期 の地 理 教 育 を 対 象 と し た 研 究 も, こ れ ま で に幾 つ か 蓄 積 さ れ つ つ あ る ‰ し か し , そ れ ら の 先 行 研 究 は, こ の時 期 の 優 れ た地 理 教 育 論 を 説 き 明 か す 事 を 目 的 とし た 理 論 研 究 と な っ て い る 。 そ れ ゆ え , 様 々 に 展開 さ れ た大 正 自 由 教 育 期 の 地 理 教 育 実 践 に 関 す る授 業 レ ベ ル で の 詳 細 な 検 討 ・ 考 察 は, ま だ ほ と ん ど 行 わ れ て い な い と 言 え る 。 そ こで , 筆 者 は現 在, 大 正 自 由 教 育 期 の改 革 的 地 理 教 育 実 践 の 発 掘 を 行 っ て い る 。 そ し て, そ れを 授業 レ ベ ル で 詳 細 に 考 察 す る こ と に よ っ て, 伝 統 的 常 識 的 地 理 授 業 の 改 善 を , 学 習方 法 の み な ら ず, 学 習 内容 に 関 し て も, 可 能 と す る よ う な 方 策 の検 討 を 進 め て い る 。 本 稿 で は, こ の中 か ら , 大 正 自 由 教育 期 の 代表 的 教 育 理 論 の一 つ で あ る 匚学 習 法」 に 基 づ い た地 理 教 育 実 践 を 取 り上 げ る 。 そ し て , 上 記 の 問 題意 識 に基 づい て, 具 体 的 な 検 討 ・ 考 察 を 加 え て い く こ と に し た い。 n 。「 学 習 法 」 理 論 に お け る地 理 学 習 の 位 置 「学 習 法 」 理 論 は, 奈 良 女 子 高等 師 範 附 属 小 学 校 の 木 下 竹 次 が 提 唱 し た, 大 正 自 由 教 育 期 にお け る代 表 的 教 育 理 論 の一 つ で あ る 。 こ れ に 基 づ い た地 理 学 習 の具 体 的 な 考 察 を 行 う 前 に , ま ず 本 章 で は, 木 下 が 提 唱 し た 理 論 の 中 で , 地 理 学 習 は ど の よ う に位 置 付 け ら れ て い る か を , 簡 潔 に 明 ら か に し て い き た いo 匚学 習 法 」 理 論 に よ る と, 学 習 と は生 活 学 習 の こ と を 意 味 し て い る6)。 こ れ は, 学 習 者 が 他 律 的 教 育 で は な く, 自 律 的 学 習 に よ って 生 活 か ら学 習 を 出 発 し, 生 活 学 習 に よ っ て, 自 分 たち の生 活 の向 上 を 図 る こ とを 目 的 と し て い たo ま た , 究 極 的 に は, 子 ど もた ち が そ の よ う な 学 習 を 通 し て , 自 己 の 発 展 を 遂 げ , 自 己 を 「 ̄社 会 化 」し て い く こ と も目 指 し て い た ‰ こ れ に 基 づ い て 構 想 さ れ た教 育 課 程 の 中 核 が, 生 活 に 基 づ く 厂合 科 主 義 」 で あ り, そ の実 践 が 「 ̄合 科 学 習 」 で あ った8)。 図 1 は,「 学 習 法」 理 論 に よ る 教 育 課 程 及 び 合 科 学 習 の 概 念 構 造 を示 し た も の で あ る。 木 下 が, こ の よ う な 教 育 課 程 及 び 合 科 学 習 を 構 想 し た の は, 低 学 年 の児 童 が , 自 ら学 習 内 容 を 定 め ら れ る よ う に, と の考 え 方 か ら で あ っ た 。 従 来 の 分 科 制 度 や, 形 式 的 画 一 的 な 時 間 割 は, 木 下 の考 え で は不 必 要 な も の で あ り , 低学 年 の 児 童 に必 要 な も の は, 家 庭 生 活 で あ ると考 え て いた。 こ の家 庭 生 活 の意 義 を 保 持 しつ つ , 更 に 改 良 し て , 学 校 に 延 長 し よ う と の試 みが , 合 科 学 習 な ので あ る9)。 こ れ は ま た ,生 活 発 展主 義 に立 っ た 学 習10)で あ る た め に ,子 ど も の生 活 の 発 展 拡 大 に あ わ せ て , 図 1 の よ う に , 3つ の 段 階 ・形 態 を 有 し て い た 。 こ の よ う な 教 育 課 程 で は, 文 部省 令 の定 め た も の と → 生 活( 学 習) 活 動 ⇒ 研 究 ・ 談 話 ・ 遊 戯 作 業 等 図 1  匚学 習 法」 理 論 に よ る 教 育 課 程及 び 合 科 学 習 の 概 念 構 造 図 ( 木 下(1924), 長 岡(1978), (1984) よ り筆 者 作成 )

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は 異 な り , 学 習 内容 が, 教 科 枠 等 に 限 定さ れ ない た め, 地 理 的 な 学 習 も, 小 学 1 年 か ら始 め る こ と が, 可 能 で あ っ た。 ま た , 本 格 的 な 地 理 学 習 も, 5年 か ら 行 う こ と と さ れ て い る 。 つ ま り 「 学 習 法」 に 基 づ く と, 地 理 学 習 は, 小 学 校 の全 学 年 段 階 で 行 わ れ 得 る の で あ る 。 次 章 で は, こ のよ う な 初 等 学 校 の 全学 年 段 階 に 渡 る 地 理 教 育 を , 専 門 的 に実 践 し た 鶴 居 滋一 氏 の実 践 記 録 を もと に, 具 体 的 な 考 察 を 加 え て い き た い。 Ⅲ。 発 問 ・ 疑 問 解 決 によ り場 所 の最 大 特 徴 を 認 識 す る 地 理 学 習 −「 学 習 法」 理論 に 基 づ い た 発 展 的 実 践 − 1.3 段 階 の発 展 的地 理 学 習 「学 習 法 」 理論 に 基 づ い た 地 理 学 習 は, ① 環 境 ( 学 習 事 項 )の設 定, ② 独 自学 習, ③ 相 互 学 習, ④ 独 自( 整 理 )学 習 と い っ た 一 定 の学 習 過 程 に 基づ い て 行 わ れ る。 具 体 的 に は , 子 ど も の 独 自 学 習 ( 観 察 ・ 調 査 ・ 調 べ 学 習 ) に よ っ て, 生 じ た場 所 に関 す る 疑 問 や課 題 を, 相 互 学 習 ( 授業 ) の場 で, 教 師 の 発 問 や 子 ど も ど う し の 討 論 に よ り, 吟 味 解 決 す る こ と に よ っ て, そ の場 所 の 性 格 を 規定 し て い る支 配 的 因 子11), つ ま り 最 も 顕 著 な 特 徴 ( 最 大 特 徴 ) を 認 識 し て い く地 理学 習 な のであ る。 こ の よ う な 発 問 ・ 疑 問 を 解 決 す る こ と に よ って , 場 所 の最 大 特 徴 を 認 識 す る 本 格 的 な 地 理 学 習 は, 学 習 当 初 か ら 行 わ れ 得 る も の で はな い 。 前 述 の よ う に「 学 習 法 」 理 論 に よ る 教 育 課 程 に お い て は, 小 学 1 年 の大 合 科 学 習 か ら 地 理 的 学 習 が 始 め ら れ る。 こ の準 備段 階 と し て の地 理 的学 習 が あ っ て こ そ , 上 記 の よ う な 本 格 的 な 地 理 学 習 が 可 能 に な る と 考 え ら れ る 。 生 活 発 展 主 義 , つ まり , 子 ど も の生 活 の 円 滑 な 発 展 拡 大 を 目 的 と す る 「 学 習 法」 理 論 に基 づ く と , こ の 準 備段 階 を 経 て , 本 格 的 学 習 に 及 ぶ 表 1 に示 す よ う な 3 段 階 の 発 展 的 地 理 学 習 に な る。 表 1 「 学 習 法 」 理 論 に基 づ い た 地 理 学 習 の 3段 階 学 習 段 階 学 習 方 法 ・ 内 容 1 大 合 科 準 備 観 察 ・ 疑 問解 決 に よ る 場 所 の構 成 物・暝 識 2 ↓ ↓ 調 査・ 発 問 解 決 に よる 場 所 の 固 有 特 徴認 識 3 小 合 科 本 格 凋 べ ・ 発 問 ・ 疑問 解 決 に よ る 場所 の最 大 特 徴 暝 識 ( 筆 者 作 成) 次 節以 降 で は, こ の 表 扣 こ示 し た 各 段 階 の学 習 を 順 次 , 具 体 的 実 践 に沿 う 形 で 明 ら か に し て い き た い。 2.観 察 ・ 疑 問 解 決 に よ る 場 所 の構 成 物 認 識 学 習 一実 践 匚デ ン シ ャ」 の 場 合 一 匚学 習 法」 理 論 に 基づ い た 初 期 段 階 の地 理的学 習 は, 子 ど も た ち の 学 校 内 外 で の 実 地 見 学 を 通 して 行 わ れる。 子 ど も た ち は, 見 学 で 観 察 を し た 場 所 の 構 成 物 に 関 す る 様 々 な 疑 問 を 持 ち , お 互 い の経 験 的 知 識を 出 し合 い, 解 決 す る と い っ た 学 習 活 動 を 行 っ て, 場 所 の構 成 物 を 認 識 し て い く の で あ る。 こ の 典 型 的 実 践 例 が , 奈良 女 高 師 附 小 の 鶴 居 氏 が 行 っ た 実 践「 デ ン シ ャ」12)で あ る。 本 実 践 は, 小 学 校 に入 学 し た 子 ど も た ち が , 最 初 に 行 っ た地 理 的 学 習13)で あ る。 そ し て , こ の 学 習 は「 学 習 法 」 理 論 に 基 づ き, ま ず 環 境( 学 習 事 項 )の設 定 か ら 始 め ら れ て い る。 こ れ は, 低 学 年 の 子 ど も が, 教 室 で 教 科 書 だ け の 学 習 を す る ので は な く , 学 校 内 外 の身 近 な 生 活 環 境 か ら, 学 習 事 項 を 選 ぼ う とす る も のであ る。 本 実 践 で は, 子 ど も た ち は学 習 事 項 と し て ,「 デ ン シ ャ」 を 設 定 し た 。 こ の設 定 は教 師 で は な く, 子 ど も 自身 が 学 校 近 辺 の 実 地 見 学 を 通 して 行 った も のであ る。 具 体 的 に は, 子 ど も た ち が 学 校 近 辺 を 観 察 し て い る と, 線 路 が近 く に あ り , 電 車 が ひ っ き り な し に 通 る た め に, 関 心 は電 車 へ と 向 い て 行 った 。 こ の 時 , 子 ど も た ち の 関 心 を 引 く 環 境( 学 習 事 項 )は, 電 車以 外 に も あ り , 全 員 が 電 車 に 興 味 を 示 し た ので はな か っ た がg , 電 車を 題 材 に し た 唱 歌 を 歌 う と い う 活 動 を , 大 多 数 の 子 ど も た ち が 始 め た た め に, 興 味 の 焦 点 が 絞 ら れ, 学 習 事 項 と し て ,「 デ ン シ ャ」 が 選 定 さ れ た の で あ る。 学 習 す る 対 象 が 「 デ ン シ ャ」 に 決 定 す る と, 図 2 に 示 す よ う に,「 ̄学 習 法 」 に 基 づ い た 展 開 過 程 を 忠 実 に た ど り な が ら 学 習 は進 め ら れ る。 ま ず 独 自学 習 で は , 環 境 設定 場 所 の 構成 物 → デ ンシ ャ ↑ 学 校 近辺 で の観 察 ⇒ ゆ 相 互 学 習 デ ンシ ヤの 経 験 ・ 疑問 発 表 ↓ 場 所 の 1 構成 物 認 識 図 2 実践 厂デン シャ」 の学 習過程 ( 鶴居(1925), (1927), (1937) より筆者作 成) 子 どもた ち個々人 が電車を 観察し,電 車に関す る自己 の経験を想 起する。そ して相互学習 では,図 3に示 す 学校生活環埴7 尸 項の設定) 戸  ̄ ̄芦  ̄1 4    1    ふ    呑   1   1   1 あの電東で 生駒のトン 客車と貨 奈良から行く 翼足へ 西大寺で 起点と終 大阪へ行っ ネルは長い 車がある 人より大阪か 行った 采り換え 点の説明 T 〒 甲 戸 平 目 〒 大阪まで 5 分かか  汽車と  角切りと花見 日下の     本吸と支 平 之 甲 白 圏 囲 巷    各    ふ

口 子どもの発言・疑問 口 教師の発問 :│ 子どもの活助 呑 子どもおら子ども,教師 ↓ 教師から子ども 図 3 匚デ ン シ ャ」 で の発 言 ・ 疑 問 ・ 説 明 ・ 発 問 ( 鶴 居(1925), (1927), (1937) よ り 筆 者 作 成)

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よ う な経 験 や 疑 問 の 発表 を 行 って い る 。 こ こで の 匚大 阪 ま で45 分 か か る」,「 鹿 の角 切 り や 花 見 の 頃 が利 用 客 は多 い」,「 電 車 と汽 車 は ど っ ち が 速 い か」, 匚貨 車 に は 何 を 入 れ る か」 とい っ た 発 言 や疑 問 は全 て , 子 ど もた ち の多 く が, 実 際 に利 用 し た り, 目 に し た り し て, 経 験 上 持 ち 得 た 身 近 な場 所 の 交 通 機 関 に 関 す る知 識 で あ り, 疑 問 で あ る 。 子 ど も た ち は, 出 さ れ た 疑 問 に対 し て は, 経 験 的 知 識 を 使 っ て 解 答 し , ま た 他 の子 ど もの 経 験 的 知 識を 聞 い て , 自 分 の も の と し た り す る認 識 を 行 う ので あ る。 一 方, 教 師 が行 う の は, 子 ど も の経 験 だけ で は解 決 で きない 疑 問 の 解説 だ けで あ る。 実 は, 実 践 者 の鶴 居 氏 は 本学 習 で, 匚奈良 か ら 行 く人 よ り も 大 阪 か ら 来 る 人 が 多 い」 とい う, 子 ど もの 奈良 と大 阪 の 往 来 関 係 につ い て の 発言 に最 も注 目 し て いた。そし て, 沿 線 の 著 名 な 場 所 や 起点 と終点 , ま た, 電 車 の交 通 上 の価 値 な ど の説 明 を 加 え た のだ が,「 取 り扱 うべ く余 り に 早 過 ぎた」15)と 述 べ て い る よ う に, そ の よ う な実 践 者 の観 点 を , こ の段 階 で は, 子 ど も た ち に 強 要 す る こ と はし な か っ た 。 つ ま り , こ の地 理 的 学 習 の 初 期 段 階 で は, 地 理 的 認 識 の 決 定 権 は, 子 ど もた ち 自身 の 生 活 経 験 そ の も の に あ る と言 え る。 よ っ て , こ の段 階 で な さ れ る の は, 実 地 見 学 の 際 に最 も 関 心 を 引 い た「  ̄デ ン シ ャ」 や , 停 車 場 ・ 学 校 ・ 郵 便 局 ・ 公 設 市 場 な ど16),身 近 な 場 所 の 構 成 物 に関 す る 自 他 の 経 験 的 知 識 を , 観 察 を 通 し て, 子 ど も た ち 相 互 の生 活 経 験 と い う範 囲 内 で , 拡大 さ せ て い く地 理 的 認 識 学 習 な の で あ る。 3. 調 査 ・ 発 問 解 決 に よ る 場 所 の 固 有 特 徴 認 識 学 習 一実 践 匚私 ど も の 町」 の 場 合 一 「 デ ン シ ャ」 学 習 以 後 も地 理 的 学 習 は, 引 き 続 き 校 外学 習 を 通 し て 行 わ れ て い く 。 方 法 的 に は, 子 ど も の 生 活 経 験 や観 察 か ら徐 々 に 発 展 し , 客 観 的 調 査 と 教 師 の 発 問 に よ る学 習 活 動 が 中 心 と な る。 内 容 的 に も, 学 習対 象 と す る場 所 の範 囲 が 拡 大 す る につ れ , 場 所 の 構 成 物 自 体 の学 習 か ら, 構 成 物 を 通 し た場 所 の固 有 特 徴 の学 習 が 中 心 的 と な っ て い く。 そ のよ う に 発 展 し た地 理 的 学 習 の典 型 的 実 践 例 が 厂私 ど も の 町」17)で あ る 。 こ の 実 践 の学 習 事 項 も「 デ ンシ ャ」 同 様 に, 子 ど も た ち に よ っ て , 設 定 さ れ た も の で あ る18)。 図 4 に 示 す よ う に, 本 実 践 で は, まず 独 自 学 習 と し 七, 子 ど も だ 環 境 設定 場 所 → 私 ど も の 町 ↑ こ れ まで の見 学 観 察 によ る 学 習 ↑ 場 所 の構 成 物 学 習 ⇒ → 独自 学 習 町 の中 心 地 調 査 店 舗 種 類 通 行 人 数 自 動 車 数 自 転 車 数 人 力 車 数 ⇒ → 相 互 学 習 調 査 結 果 発 表 ↓ 主 発 問( M Q) 「 な ぜ名産屋 と宿屋が多いか」 「 な ぜ人 が 多 く来 る か」 ↓( 解 決) 場 所 の固 有 特 徴 認 識 図4 実 践「 私ど もの町」 の学習 過程 ( 鶴居(1925), (1927)バ1937) より筆 者作成) ち が グ ル ー プ に 分 か れて , 奈 良 市 中 心 部 に お け る 通 行 人 の数 や , 店 舗 の種 類 等 の 実 地 調 査 を 行 って い っ た。 そ し て 相 互 学 習 で は, そ れ ぞ れ の調 査 結 果 が発 表 さ れ た。 そ の中 で, 教 師 は 特 に, 店 舗 の 種 類 調 査 と 通 行 人 数 調 査 に注 目 し て , そ れ に 関 す る後 述 のよ う な 2 つ の 主 発 問 ( M Q ) を 行 っ た の で あ る。 こ こで 実 践 者 の鶴 居 氏 は, 地 理 的 学 習 の初 期 段 階 と は 異 な り , 教 師 の側 か ら, 本 学 習 で 追 究 す べ き問 題 を 提 示 し た 。 こ れ に は, 奈 良 市 中 心 部 の 調 査 を し た い と い う 「 子 ど も の 気 持 ち 」・を 踏 ま え つ つ も19), そ の 調 査 結 果 を 地 理 的 認 識 の発 展 と い う 観 点 か ら, 教 師 の 側 で 拾 い あ げ, 学 習 を 深 め よ う と し た 意 図 が見 受 け られ る。 本実 践 で の, 具 体 的 な 子 ど も の調 査 結 果 と 発 言 , 教 師 の 発 問 を 示 し た の が, 図 5 で あ る。 独 自学 習 で の 4 種 類 の 調 査 の内 , 本 実 践 で は, 店 舗 数 と 通 行 人 数 の調 査 結 果 を も と に し た, 教 師 の 2つ の 主 発 問(MQ) , 匚な ぜ 奈良 に は名 産 屋 や 宿 屋 が多 い のか」 「 な ぜ 奈 良 に は 人 が 多 く 来 る の か」 を 解 決 す る こ と が中 心 活 動 と な っ た。 子 ど も た ち は こ の発 問 に対 し , 幾 つ か の 補 助 発 問( S Q)を 通し な が ら, 学校生活環境(学習事項 の設定) 心 ↓ 匚 可 甼 匚コ 甼 居亠蒔 冂   湎 祕恥厶i 誕齠 ゴ ¨ ¨ 1 1   皿  心    心      芯       ふ モ 旱 子 寸 言 乙 =

匹 

冊 門

団 体 は287 人 652-287 = 365 口 子ど もの兇言・疑問 口 教師の発問 :1 子ど も・ 活助 呑 子ど もから子ど い 教師 ↓ 教師から子ど も 刄 所 司 図 5 「 私 ど も の 町」 で の 調 査結 果・ 発 言・ 疑 問・ 発 問 ( 朗居(1925), (1927)バ1937) よ り 筆者 作 成 )

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「 見 物 客 が 土 産 を 買 い 遠 方 の人 が泊 ま る か ら」 「 奈 良 は 五 重 塔 等 が あ り 景 色 が良 い か ら」 とい っ た 解 答 を , こ れ ま で の見 学 に よ る観 察 等 の学 習 成 果 と, 調 査 の結 果 を も と に し て 行 って い る。 こ の よ う に本 実 践 で は, 教 師 の 発 問 に導 か れ, 子 ど も た ち は, 五 重 塔 や 大 仏 な ど, 多 く の優 れ た 文 化 遺 産 と 景 観 を 有 す る と い う, 観 光 地 ・ 奈良 の固 有 特 徴 を 認 識 し た と考 え ら れ る 。 つ ま り , 本 学 習 に お い て子 ど もた ち は, ま ず 「 名 産 屋 や 宿 屋 が 多 く 人 が た く さ ん 訪 れ る 」 と い っ た 奈 良 市 中 心 部 の場 所 と し て の現 象 を , 地 理 的 な 調 査 結 果 か ら 明 らか にし , そ の現 象 の 要 因 を , 教 師 の 発 問 に基 づ い て 探 る こ と に よ っ て , 自 分達 の 住 む 場 所 固 有 の特 徴を 認 識 し た の で あ る 。 こ の よ う な 地 理 的 認 識 は, 観 察 に 基 づ い た子 ど もた ち だ け の 学 習 で は, 行 い 得 な い も の で あ る。 こ の段 階 は, 客 観 的 実 地 調 査 と 教 師 の発 問 解 決 が 中 心 的 学 習 活 動 に な っ た こ とで , 子 ど も た ち は 大 仏 や 五 重 塔 な ど , 場 所 の 構 成 物 そ の も の で はな く, そ れ ら が そ の 場 所 固 有 に及 ぼ し て い る 影 響 , つ まり 場 所 の固 有 特 徴 を, 認 識 で き る よ う にな った と 考え ら れる。 4.調 べ・ 発 問・ 疑 問 解 決 に よ る 場 所 の最 大 特 徴 認 識 学 習 一実 践 「 中 国 地 方 」 の 場 合 一 「 学 習 法 」 理 論 に 基 づ い た 地 理学 習 は, 前 節 ま で に 明 ら か に し て き た よ う な 準 備 段 階を 経 て , 最 終 的 に は 身 近 で な い 場 所 , つ ま り 日 本 や 世 界 の様 々 な場 所 の学 習 を , 子 ど も の調 べ 学 習 によ っ て生 じ た疑 問 と, 教 師 の 発 問 を 解 決 す る こ と によ って 行 っ て い く。 そ の際 の 学 習対 象 は, 経 験 的 知 識 や 観 察 ・ 実 地 調 査 の ほと ん ど 及 ば な い 場 所 に な る た め に, 子 ど もた ち は, 教 科 書 等 の 書 物 や 地 図 等 を 使 用 し て , そ こ か ら読 み取 れ る場 所 の 特 徴 に関 す る 疑 問 を 作 り , 教 師 の発 問 と共 に答 え て, そ の 場 所 の最 大 特 徴 の認 識 を 行 う ので あ る。 こ の典 型 的 実 践 例 が ,「 中 国 地 方 」 で あ る2°)。 こ の 本 格 的地 理 学 習 で は, 学 習 事 項 の設 定 , つ ま り 単 元 計 画 の大 筋 は 教 科 書 に もと めて い る。 例 え ば , 実 践 「 中 国 地 方 」 は , 当 時 の 国 定 教 科 書 の配列 と同 じ で, 「 近 畿 地 方 」 に続 く 単 元 な ので あ る21)。 環 境 設 定 場 所 →中 国 地 方 ↑ 教 科 書 の 目 次 1. 大 日 本帝 国 2. 関 東 地方 3. 奥 羽 地方 4. 中 部 地 方 5. 近 畿 地 方 6. 中 国 地 方 (以 下 略) ⇒  ↓ 苛 匸 ⇒  ↓ 相 互 学 習 場 所 の 重 要事 項 の発 表 ・ 吟 味 ( 地勢 ・ 産 業 ・ 交 通・ 観 光 地) ↓ 発 問 によ る 吟 味 「 産 業 の成 立 要 因 は何 か」 「 山 陰 の 交通 はな ぜ不 便 か」 ↓ 場 所 の最 大 特 徴( 支 配 的 因 子) 認 識 ( 中 国 地方 は地 勢) 図6 実 践 匚中国地方」 の学習過程 (鶴居(1925)より筆者 作成) 本授業 において も子 ど もたちは, 図 6のように独 自 学習 から始めてい る。 具体的 には, 教科書を 読む・地 図を読 む・砂地図を 作る・物産 や絵葉書 に注 目する・ 旅行記 や案内記を 読む, とい った方法で, それぞ れが 「 中国地方」 の調べ学習を 行ってい る。 こ の調 べ学 習 で は, 個々人が それぞ れのアプ ロ ーチによって, 中 国 地 方 で は何 か 最 も重 要 な 事 項( 特 徴) で あ る か の追 究 を 行 う ので あ る 。 そ し て 相 互 学 習 で は, そ れ ぞ れ の 独 自 学 習 にお け る 成 果 の 発 表 が 行 わ れ る 。 本 相 互 学 習 で の 発 言 と発 問を 示 し た の が, 図 7 ( 次 頁 ) で あ る が, こ の時 に子 ど もた ち か ら 出 さ れた重 要 事項 と は, 地 勢 ・ 産 業 ・ 観 光 ・ 交 通 の 4つ で あ っ た。 こ の う ち の地 勢 を 重 要 事 項 と し て あ げ た の は, 教 科 書 に よ っ て 独 自学 習 を 進 め た子 ど もで あ っ た 。 教 科 書 に は, 表 2 の よ う な 事 項 につ い て の特 徴 が 記 述 さ れ て 表 2 「 尋常 小 学 地 理 書 」 巻 1 にお け る 中 国 地 方 の 内 容 事 項

-一 一 一 一 一 四 五 区 分 地 勢 産 業 交 通 都 会 ( 海 後(1965) よ り 筆 者 作 成 ) い る のだ が, こ の子 ど も は, そ れを 読 ん で 匚中 国 地 方 は 立 派 に全 て が 日 本 海 方 面 と 瀬 戸 内 海 方 面 と に 分 か れ て い る」 と い う 特 徴 を , 独 自 に認 識 し て , そ の原 因 が 匚日 本 海 側 と 瀬戸 内 側 で 哇格 を 異 な ら せ る地 勢 」 で あ る と考 え , 重 要 事 項 と 決 定 し , 発表 を行 った ので ある。 こ の 発 表 に 対 し て , 他 の子 ど も た ち は, 意 見 や 批 判 を 加 え な が ら, 地 勢 で は な く, 産業 や 交 通 , 観 光 こ そ が , 中 国 地 方 の重 要 事 項 だ と の 別 見 解を 主張 して い る。 こ の よ う に 相 互 学 習 で は, 子 ど も の独 自 学 習 の成 果 のぶ っ け あ い を 通 し て , 中 国 地 方 で 重 要 と思 わ れる 事 項 の 吟 味 が 行 わ れ て い く訳 で あ る 。 そ して , こ の吟 味 にお い て は, 観 光 を 主 張 し た子 ど もが , 行 っ た こ と が あ る と い う 自 己 経 験 だ け に 基づ い て , 重 要 性 を 指 摘 し た た め に , 批 判 を 受 け , 賛 同 す る 者 も少 な く 振 り 落 と さ れ て し ま っ た。 結 局 , こ の 時 点 で は中 国 地 方 の重 要 事 項 と し て は, 地 勢 ・ 産 業 ・ 交 通 の 3つ が選 択さ れた。 一 方 , こ こ ま で に実 践 者 の鶴 居 氏 が 行 っ た こ と は , 冒 頭 に,「 調 べ 方 か ら言 っ て も ら い ま し ょ う 」 と 指 示 を 出 し, 最 後 に, 子 ど も た ち の討 議 の 結 果 , 吟 味 さ れ た 事 項 を 整 理 し た だ け で あ る 。 つ ま り, こ の時 点 ま で は, 子 ど も た ち だ け で , 中 国 地 方 の重 要 事 項 の 発表 と 吟 味 が 行 わ れ た 事 にな るO し か し , こ のよ うな 子 ど もた ち 中 心 の学 習 だ け で は や は り 限 界 か お る 。 子 ど もた ち だ け の 調 べ 学 習 や 追 究 活 動 で は, 別 稿22)で 明 ら か に し た 自学 主 義 の 地 理 学 習 が そ うで あ っ た よ う に, 場 所 の恣 意 選 択 的 特 徴 の認 識 に 止 ま っ て し ま う。 そ こ で 本 実 践 で は, 子 ど も に よ り

(5)

地 理 的 生 活 環 境( 学 習 事 項 の 設 定) 各  ↓ 匯 国 葺 引 各 ■■■■■-■皿■9嚶響蜀枦・-一僵--一儡僵diW■■■■-■-■q■■-■--■■■■■-■㎜网一辱一僵僵-一儡僵■d-・鈿■■-■-■■■■■■・呷甼一 蜀-| 中 国 地 方 で は 何 か 最 も 重 要 な 事 項( 因 子・ 特 徴) で あ る 力昌 ●.... ...− .

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中心

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では

この

地方は地勢の方面に特色

がある

と言

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ども

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師 

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7 

国地

(鶴

居(1925)

方」

での

調

り筆

・発

・疑

成)

・発

吟味が行われ

た事項を

,今度は授

業者が様々な発

問を

えることに

,更なる吟味

を行

って

いくの

である

具体

的には

,産業と交通

を重要な事項

として主張し

た子

どもに

して

,授

業者の鶴居氏は

「帽地

方の

銭の

か」「

言の

通が

不便

詛は

か」

った

を行

ことに

って

,考

えの

を図

いる

。この

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師の

を通す

とに

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的に

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国地

方は

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に特色

をも

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ある

とい

たの

ある

学級

。つ

全体

り,教

一見

師の

を生み

問に

し,それ

いた

を認

追究

を行

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って

,子

もた

で吟

され

的重

事項

,更

学習

り,場

大特

され

上の

うに

学習

」理

に基

づいた

本格

的地

学習

,まず

調

,子

どもの

場所

に関

を拡

させ

。そ

して

,疑

問と発問の解

を通

地理

場所

大特

を深

を探

いけ

る学

向で

あった

と言

,子

える

ども

IV.

おわ

りにー

「学

習法」理論に基

づいた発展

的地理

学習の意義

と限界一

本稿では

,大正

自由教

育期の

代表的理論である

「学

習法」に基づいた地理

学習の特質を明

らか

してきた

― 69

(6)

その結果

,この

学習は大正自由教育についてなされ

きたこれ

一般的に

までの評価

自由教育は

とは

,学習

,異

なる側

方法の

面を見せている。

改善に

とどま

り,

学習内容の

改革には及ばなか

ったとの見

方をされ

てい

るが23

「学習法」理論に基づいた地理学習に関して

,方法的

・内容的な改善が確認

された

まず

,方法

的には

,教師

中心の

画一的

・注人的なや

り方

を改め

,観察

・調査

・調べ

学習という子どもの

自主的活動

を主体

した

一連の

学習方法

を採用

してい

。しか

し,それ

だけでは

,子どもの認識は拡大する

一方なの

で,最終的には

,教師の発

問を通す

ことによ

,地理的認識

を深め

られ

るようにも

しつ

らえ

ていた

また

,内容的には

,教材

・情

報過剰

という地理教育

が根源

的に抱

えている問題

,教師の最終的な発問に

,場所の最大特徴

(支配的因子

)を探るという明

一つの

観点でも

って

,克服

しようと考えられ

てい

点で

,優れた

地理教育実践であったと評価

できる。

以上のよ

うに

,大正

自由教

育期の

地理教

育実践の

では

,優れたもので

あると言える

「学習法

」理論に基

づいた発展

的地理学習も

,学習

内容の根本が

「場所の

特徴

という伝統的な地理科の枠組

に縛

られ

ているた

めに

,その枠組の

中での改革に

とどまったという見方

をするならば

,そこには限界性があった

とも言える

【註】

1)服部一秀

「地理授

業の

類型論-

A・

シュルツェの場

合一

『岐阜

高専紀要』第27

号,

1992

年,

pp.75-82.

2)森分孝治

「連載・

社会科授業構成の理論1-

伝統的

常識的な授業構成

『教育科学社会科教育

Vol.19,

No.228,

1982

年,

pp.

107-115.

3』この

・地理教育

立場の代表的研究は

懇話会『地理学の五大テーマを取り入

以下の

とお

りである

れた

地理授業』帝国書院,

1993

年,

219p.

・山口幸

男「社会科地理教育におけるシミュレー

ョン教材の

開発に関する研究

」科学研究費補

助金

(一般研究C

研究成果報告書,

1994

年,

137p.

4)以下の代表的先行研究等と

育雑誌調査に基づ

いて

この

,筆者による当時の教

うな時

期設定

を行

・池田進

,本山幸彦「大正の教育」第一法規,

1978

年,

867p.

・中野光『大正自由教育の研究』黎明書房,

1968

年,

299p.

5)例

えば

,以下の

論文

を初めとする岩

田氏と武元氏

一連の

研究が代表的である。

・岩

田一彦

「辻村太郎の景観

地理学と思想的源泉」

『社会科研究』第33

・武元茂人

「大正末期∼昭和初期の地理教育一

号,

1985

年,

pp.1-14.

三澤

勝衛-

場合

「社会認識教

育の探求」第一学習

社,

1978

年,

pp.

117-137.

6)中野光『大正自由教育の研究』黎明書房,1968

年j

pp.

174-180.

7)長岡文雄「学習

法の源

流一

木下

竹次の

学校経

−」

。黎明書房,

1984

年,

pp.29-36.

8)同上,

p.41.

9)長岡文雄「合科教育の

開拓」黎明書房,

1978

年,

pp.42-46.

10

)同上,

pp.42-46.

11)高山芳治

「範例

方式による地理教育

『社会科研

究』第21

号,

1973

年,

pp.49-59.

12)鶴居滋

「幼学年に於ける地理的材料と其の取扱

について

一)

合科学習の実際-

『学習研究』第4

巻5

号,

1925

年,

pp.44-50.,

「幼学年に於ける地理

的材料と其の

取扱

いに就いて

二)

合科学習の実

際-

『学習研究』第4

巻6

号,

1925

年,

pp.48-57.,

「幼学年に於ける地理生活の発展相

『学習研究』

第6

巻5

号,

1927

年,

pp.187-207.,

『尋四迄の新

理教育』東洋図書,

1937

年,

391p.

13)鶴居滋一『尋

四迄の新地理教育』東洋図書,1937

年,

p.66.

14

同上,

p.67.

15)鶴居滋

一匚

幼学年に於ける地理生活の発展相」

『学習研究』第6

巻5

号,

1927

年,p.191.

16)前掲,

pp.56-65.

17)前掲12

論文・

著書に残され

ている

18)前掲13),

p.70.

19)前掲9),

pp.64-65.

20)鶴居滋

「地理科における相互学習の指導」

『学

習研究』第4

巻11

号,

1925

年,

pp.108-131.

21

)鶴居滋

「学習問題を通

して見た

る児童地理生活

の発展傾向」

『学習研究』第9

巻6

号,

1930

pp.94-105.

22)拙稿

「場所の固有・

一般

的特徴を認識する地理学

習一

大正

自由教

育期の

「動的教育法

」に基づいた

段階

的実践-

「教

育学研究紀要

」第41

巻第2

部,

1996

年,

pp.

118-123.

23)前掲6

,pp.243-282.

【主

要参

臣編

『日本教

系近

編第16

巻地

(二

下竹

』講談

『学

社,

習原

1965

年,

目黒

680p.

店,

1924

年,

624p.

−70

参照

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