社会系教科教育学会
『社会
系教科教育学研究』第18
号 2006
(pp.65-74)
日本的公私観念の批判的理解を目指す社会科授業設計
一赤穂事件を教材として−
Developing
a Lesson for Social Studies toward Critical Understanding of the
“Public
” and
“Private
” Idea in Japanese Context : The AKO
Event as
a T
eaching Material
中
西
仁
(京
都
学
園
大
学
)
I。は
じめに
社会科教育研究の場に
おいて
「市民的資質とは
何か
」という議論が活発に行われ
ている1
)
が,政
治思想史研究の立場から齊藤純
一は,匚
公」と
厂
私
」のとらえ方を模索
し,匚
市
民的公共性
」を探
求することこそが
,厂
市民的資質」を明らかにす
る
ことにつながると説いているO2
)3
)
のぞま
しい厂
市
民的公共性
」を探求するために
は
,現在の
日本社会における匚
公」匚
私」をめ
ぐ
る課題
を理解
しなければならな
い
。日本法制史研
究者の水林彪は
,現在の
日本社会における匚
公」
厂
私
」をめ
ぐる状況を匚
公共的課題を公共の論議
を踏ま
えて実現す
るという伝統が希薄であ
り
,公
共たるべ
き領域が私的な利害に
よって簒奪
され
る
傾向が強
」く,厂
現在においても人権の観念がな
お脆弱であり
,匚
公」ない
し匚
公共」によって
厂
私
」が侵犯されやす
い構造が存在
している」4
)
と述べ,
これ
らの
ことは
,匚匚
公
」が国家権力体系
としてのみ存在
」
し,
「 ̄
匚
公」と厂
私
」が連続
し,
かつ浸透
しあっている夕日本の伝統的な公私観
念の特徴によ
ってもたらされ
ていると説
くO
以上の
ことから
,社会科教育における匚
市
民的
資質
」の育成の前提
となる匚
市
民的公共性」の探
求
を目指すには
,まず伝統的な公私観念の
問題
点
を理解
させた
上で
,現在の
日本社会における匚
公」
厂
私」をめ
ぐる課題
を把握
させることが必要であ
るといえる。
しか
しなが
ら匚
公
」と厂
私」を牛−コンセ
プ
ト
とする先行実践には
,現代社会の現状を匚
私」の
氾濫とみな
し
,
「 ̄
公」の尊重に重点を置
く価値注
入的なもの6
)
が
多くみ
られ
,現代日本の公私観
念の基底にある伝統的な公私観念
を客観的
・批判
的に理
解
す
る
こと
を
目標
と
した
もの
は
,管
見に
よ
れ
ばほ
とん
ど見
あた
らな
い
。7
)
そ
こで
本稿
では
,
日本
思
想
史研
究の
成
果
に
目
を
配
りつ
つ
,伝
統
的
な公私
観
念の
批
判
的理解
を促す
授
業設計の
あ
り方
を提
案
した
い
と考
える
。
H。日本における伝統的な公私観念
近世史研究者の尾藤正英が
,明治維新以降現代
に至る
日本の社会の諸要因が江
戸時代に形成
され
ていた/)
と述べるように
,日本における伝統的
な公私観念が完成
したのは近世である
。
(1)ダブ
ルス
タンダー
ドで成り立つ
「公」
伝統
的な
公私観念を論
じた代表的な論文と
して,
近世政治
思想
史研究者の田原嗣郎の
「 ̄
日本の
「公
・
私
」
(上)
・
(下)
」(1988)
があげられる。
田原(1988)
によれ
ば
,日本の伝統的な公私観
念の特徴は
,まずなによりも厂
公
(おおやけ)
」
を匚
私
(わたくし)
」の上位に置
くことである
。
そ
して
,
「 ̄
公」は,首長の権威そのもの
を厂
公」
とする
匚
首長性」と共同体の成
員間の公論による
匚
共同性
」9
)
のダブルスタンダー
ドからなる
O匚
公」
のダブルスタンダ
ー
ドにおいて,厂
共同性」は
「 ̄
首長性
」に対
してはより匚
私
」に近いともの考
えられ
,例
えば村の
自治に関する
ことな
どの共同
体の公共的な事項の意思決定の場で
,厂
首長性
」
と
「共同性
」がぶ
っかった場合,
「首長性」を尊
重するという意思決定パタ
ー
ンがとられ
た。
すなわ
ち
,共
同体の合意の上で決定された
こと
であ
った
り,共同体の個々の成員の利害にかなっ
た事柄
であっても
,
「 ̄
お上
(おかみ
)の意志」匚
お
上の決
定」と方向が違
えば
,それは匚
私利私欲
」
と軽視され
て
しまう。
65−
近世史研究者の笠谷和比古は
,藩という組織の
意
思決定システム
は
,大名の家臣団の
合議による
ことを明らかに
した
。 lO
)笠谷(1997)
によれば
,
厂
首長性
」が匚
共同性」に卓越するという匚
公」
「私
」の
重層構造は当てはまらないかに見える。
しか
しながら
,どの
ような経緯で意思決
定された
内容であれ
,表
向きは匚
首長の意
志」を重ん
じた
結果とされた
し
,匚
名君」とされた政治に意欲
を
持
つ将軍や大名は
,しば
しば家臣団の
集団的合議
制を無視して政治的な意思決定を行
った。特に
厂
下々
(しも
じも)
」に政策が公示され
るときには
,
必ず
「 ̄
首長の
意志
」に
基づいていると
され
,匚
下々」
の者は厂
首長の意志
」に背くことは許され
なかっ
たのである
。匚
泣く子と地頭には勝てぬ」という
諺は,この
あた
りの事情
をよくあらわ
している
。
公。
躪
矚│
−F===二
曙
図
1「公
」の
ダブルスタンダー
ド
(2)
「公
」
「私
」の重層構造
以上の
ように
,厂
公」のダブルスタンダー
ドに
ついて述べた上で
,田原(1988)
は,よ
り小さい
の
共同体の
「公
」は
,その共同体が属す
る大きな
の
共同体の厂
公」の前では厂
私」となる重層構造
を持つ,とする。
近世社会においては
,より大きな共同体の権力
者の方が
よ
り強
い権威を持ち
,首長性が高
いとい
う事実から考えると
,この匚
公」厂
私」の重層構
造は
,先ほ
どの厂
公」のダブルスタンダー
ドに支
えられ
ている
。つま
り,よ
り大きな共同体の匚
公
」
は
,よ
り小
さな共同体の厂
公」よ
り首長性が強
い
か
らこそ
,価値があるの
である。例
えば一つの藩
という共同体での厂
公
」でも,幕藩体制全体の
匚
公
」の前では匚
私
」になるの
であ
り,その例と
して
も,藩と藩との附合に於ては,各
,匚
各藩の
人民,必ず
しも不正者に非ざれ
自か
ら私する
ど
を
免かれず
,其私や藩外に対
しては私
なれ
ども,藩
内にあ
りては公と云は
ざる
を得ず
。
」という福沢
諭吉
の
『文明論之概略』における
「公」
「私
」の
とらえ方をあげる
(田原,
1988
(上),
pp.
106-10
7)
。近世社会史研究者の佐々木潤之介は
,より大
きな共同体
「公
」の前にはよ
り小さな共同体の
匚
公
」が厂
私」に
点ずる
この
ような
「公」匚
私」の
重層構造を
,
「私か
ら公への連続的転化」と呼び
,
近世における公私観念の中核と捉える
。以上の
こ
とか
ら
,厂
公」厂
私」の重層構造こそが,日本にお
ける伝統
的な公私観念の中核であるといえよう
。
縱に強固に
つながる人間関係は
,市
民一人一人の
水平方向への
つなが
りを重視する
「市民公共性
」
とは対照
的な匚
公」厂
私」の構造である。
y k 一一一一一一一一
こ
乙心
_
− 1 ︲ 1共同体
A
:家
(基礎
集団)
共同体B
:村
・藩
(中間
集団)
共同体
C
:幕藩体制
共同体
D
:天皇制国家
図2
「公
」
「私
」の重層構造11
)
禾&
Ⅲ
。授
業設計の方向
(1)教材の選択理由
次に
,いかに伝統的な公私観念に焦
点を当てて
授
業を設計
して
いくのか
について述べ
ていきた
い
。
近世における公私観念の批判的理解
を目標
とした
授業を設計する際
,赤穂事件がよい教材となると
思われ
る
。その理由は
,赤穂事件
を
『忠臣蔵』
と
いう美談と
して捉
えるからではない
。 12
)
佐々木潤
之介が述べるように
,赤穂事件とは
,匚
公と私と
の矛盾の激発を示す象徴的な事件で
あ
」
り,赤穂
事件
であき
らか
に
された近世における公私観念は
,
現代日本の匚
公
」匚
私」に関わる課題につながっ
ていくと考えたからである。すなわ
ち,赤穂事件
とは
,匚
具体的な歴史事象の分析
を通
じて概念,
一般原理
・理論
を習得
し,それ
らを現在社会の構
造や問題の分析
・研究に応用
していく」
(梅津正
美,
2003,
p.
113)
社会科学的歴史学習の格好の
教材なのである。
(2
)公私観念か
ら見た赤穂事件
赤穂事件に現れる大きな匚
公
」と小さな匚
公」
は,江戸時代の武士に特徴的な2
つの立場を示し
ている。
大きな匚
公
」とは,将軍
(幕府)を頂点とす
る
天下支配の位相での匚
公
」であり,将軍
(幕府)
の意
向に逆
らった大名は
,死刑
・改易
・転
封等の
厳
罰が下され
たか
ら
,田原(1988)
がいうところ
の匚
首長性
」の側面が非常に強い匚
公」で
ある。
旧赤穂藩士は
この位相では
,陪臣
(またもの
)と
なる
。
対
して
,小さな
「公」とは
,大名
を頂
点とする
「 ̄
御家
(=各藩
)
」の位相に
おける
「公」であ
り,
この位相における主従関係
とは
,大名と藩士
(家
臣)の関係である
。この位相における小
さな厂
公」
は
,戦国時代の大名領国制における主従関係に源
流
を持つ
。匚
廉恥」匚
矜持」な
ど武家社会における
伝統的価値観や
,匚
武士の
名折れ
」厂
武士が立たぬ
」
といった言葉が示す
「 ̄
侍
」としての意識は
,この
位相において培われ
る。
1702
(元禄15
)年旧赤穂藩
±46
人が
,吉良邸
を襲
い
,吉
良義央を殺害
した。旧赤穂藩
±46
人
の処分については
,当時すでに
多くの議論が
あっ
た
。この議論について,田原(1978)
は
,匚
四十
六士が幕命によって切腹
した元禄十六年二月四日
という時点において
,武士と
して調和的に
この世
に生きていこうと志す者は
,
(1)四十六士は亡君の仇を討つたから義士で
ある
。
(2)四十六士は吉良義央を殺害
したから死刑
に処せ
られ
るべきである。
という
,二つのな
じみ
あいそ
うにな
い判断を同時
に受け入れ
なければならないの
を
一般と
したが
,
この互いにな
じみ
あいそうもない二つ
を
,矛盾な
しに結合させねばならないという要請
こそ
,この
論争の出発
点をなす
もので
あった
。
」
(田原,
1978,
pp.70-71)
と簡潔にまとめている。
-田原(1978)
によれば
,匚
(I)
四十六上は亡君の
仇
を討つたか
ら義士懲ある
。
」とする立場は
,当
時の
多くの
人々の
間で
一般
的であった
。それ
らの
人々は
,
「主の仇を討ちたる者に死を賜わ
らば,
明日に事あるとも
,誰か
主の
ために命
を落
さん
や」
と考え
,旧赤穂藩
士の処刑に批判的であった
。将
軍
を頂点とする封建的主従関係で
当時の幕藩体制
が成
り立っていた
ことを考
え合わせれ
ば
,これは
これ
で妥当性かおる見解
である
といえる
。た
だ
し,
この立場は幕藩体制における赤穂藩
という中間集
団の匚
公]に立脚
したもの
であ
り
,幕府の立場か
ら見れ
ば
,
「 ̄
私」となる。
当時の論客である荻生徂徠は
,匚
今
,四十六士
が
主人の
ために復
讐す
るの
は
,侍
と
しての
恥
を知
っ
ているの
であ
り
,自分
自身を正
しく導いてお
り,
その
ことは義
であるが
,浅野
家の
家臣の
立場と隕
っ
ての
ことであ
り
,結局は匚
私」の立場か
ら正
しい
のだ
Oその
理由は
,も
ともと浅野内匠頭が殿
中を
はば
力
ゝ
らずに切腹
させ
られたのに
,またまた吉
良
氏を仇
と
し
,幕府の許
しもないのに騒動
を企
てた
こと
,法において許され
ざる所である。
」13
)
と述べたといわれ
ている
。仇
討ちは浅野家の家来
と
しては正
しいかも
しれ
ないが
,浅野
内匠頭は将
軍綱吉の家来であ
り
,よ
り匚
大きな公
」である将
軍か
ら見れ
ば
,浅野家というものは匚
小
さな公=
私
」であり,四十六上の行動も,将軍から見れ
ば
厂
私
」の立場か
らなされた行動であるという徂徠
の意見ほど
,匚
公」匚
私」の重層構造を正鵠に表
し
ている言葉はない。
結局旧赤穂藩
±46
人は切腹という処分に決定
した
。佐々木(2005)
は,匚
封建的主従関係にも
とづく忠の行為であったに
しても
,それが公=国
家の論理に背
くものであれ
ば
,国家への
反逆と
し
て処罰されね
ばならないという公私の関係が露わ
に
され
ることとなった
。それが主人の恥を雪
ぐ仇
討ちという主従関係の真髄に関わ
る問題と
してお
きだのであった
。公と私か矛盾するさいには,公
が優位にた
つということによって
,その連続的転
移は完成
していることが
示されたのであった」
(佐
々木,
2005,
pp.335-336)
と指摘する。
67−
l ︱ll ︲ − 1 −1111
・ざ2
冴
共
同体
A
:家
共
同体B
:赤穂藩
共
同体
C
:幕藩体
制
共同体
D
:天皇制
国家
1 1 1 1 −禾乙
、
図3
赤穂事件における
「公」
「私」の
重層構造
(3)現代社会に残
る伝統的公私観念の事例
田原(1988)
は
,厂
例
えば
‥・
会社の
利益のため
に国の法律に違反
したと
して
,それが
国の裁判で
有罪とされ
ても
,会社
を匚
公」とする立場か
らは
その行為は
「義
」とされ
るといったことである。
日本国家は厂
公
」であるが
,会社もそれ
自身では
匚
公
」であり,国家の
目から
「私」とみえるにす
ぎな
い
。従って国の
中に
多くの匚
公」が併存
し,
利害が衝
突す
る
。この状況では
,国家の価値が極
め
て大とされ
ているときには
国家は匚
私
」的存在
に対
して厂
滅私奉公
」を要求するであろう」
(田
原,
1988
(下),
p.92)
と
,赤穂事件で典型的に
あらわれた匚
公
」匚
私」の
重層構造という公私観
念が
,現代社会に生きる私たちの公私観念にも大
きな影
を落
と
しているとす
る。
政治思想史研究者の渡辺浩は
,厂
公」厂
私」の
重
層構造における人間関係について
,
「 ̄
どの
レヴェ
ルに
おいても厂
下
」なる者が匚
上」に仕えて働
く
ことが匚
奉公
」である。
(中略
)厂
滅私奉公」が
,
自己を押
し殺す
つらさと敢えてそれ
をす
ることへ
の賛美を含意するのも当然であろう
。
」
(渡辺,
2001, p.151)
と述べる
。
赤穂事件で
旧赤穂藩
±46
人がとった
「 ̄
仇討ち」
という行動は
,匚
侍と
しての
義」
(武士道)という
現代の価値基準とは違った価値基準に基づいてお
り
と言えるかも
,現代的な視点で見れ
しれない。そういった意味では
ば殺
人を伴
うテ
ロリズム
,現
代に生きるわれわれには理解
しがたい事件である
か
も
しれ
ないが
,浅野家中の侍と
しての厂
義」を
通
しなが
ら
,幕府
(公儀
)の
処分に唯々諾々
と従
っ
た旧赤穂藩士の公私観念は
,現代を生きるわれわ
れの心性にも見いだす
例
えば,住
民運動家の芦川照江は次の
ことが
出来る
。
ように語
る。
公害問題で住
民運動が起
こると
,それ
をね
じ
伏せよ
うとして
,企業や
自治体側が持ち出す切
り札は
,いつも匚
公共性」という言葉である。
匚
貴方の地域にとっては
困るかも
しれないが
,
公共性のためにはがまん
してほ
しい
。
」とか
,
厂
発
電所は公共的な事業だか
ら,
」という言葉に
対
して
,私たちはいつも困らされ
てきた。そ
し
て
,それが匚
決
して公
共性の
あるこ
とではな
い。
」
ということをのみ証明
しようとして
,あれ
これ
資料
をあげて反論するの
だったが
,心の
中では
,
匚
エゴは悪いのではないか
。公共性のあること
に対
して
自分たちはがまん
しなくてはならない
のではないか。
」という考
えにと
りつかれるの
だった0 14
)
注
目したいのは
,ここで企
業や自治体のいうと
ころの匚
公共性
」の
なかみ
と,芦川が感
じている
「公共性
」のなかみが違うという点である。この
場合に企業や自治体が使用する厂
公共性
」とは
,
これまで述べ
てきた
日本的公私観念か
ら見れ
ば
,
大きな匚
公
」の
ことであ
り,匚
公共性のためには
がまん
してほ
しい
」という言葉は,大きな匚
公」
の
前には
,地域住民の
利害や願いは
,小さな匚
公
」
すなわち匚
私
(エゴ)
」に過ぎないという滅私奉
公型の公私観念か
ら出てきた言葉であることは
,
明らかであろう。
この
ような事例は
日本社会の
中では事欠か
ない
。
米軍基地の移転計画をめ
ぐる岩国市の住民投票の
ことをある政治家が匚
安全保障や防衛は
,国の
責
任だ
。住民投票にかけるのは適
当ではない。地域
エゴイズム
ではないかJ15
)
とコメン
トしたが
,こ
の
コメン
トには
,国の政策決定の
前には住
民投票
という地域住
民の意思決定は
「私
」の意思決定で
あり,住民投票で地域住
民の意思表示をすること
は匚
エ
ゴイズム
」で
ある,という公私観念が反映
され
ている。
田原(1988)
が厂
国家の値打ちが
下落
して
「私
」
的なるものが社会に広く認め
られ
るときには
匚
私
」
が逆に不可侵の地位を得る
」
(田原,
1988
(下)
,
p.92)
と述べるように
,伝統的な匚
公」匚
私」の
重層構造は滅私奉公のみ
を引き起
こすの
ではな
い
。
例
えば
,佐々木(2005)
は
,伝統的な
「
“公」
「 ̄
私」
の重層構造が
,厂
公と私との境を曖昧
・不明確に
することとな
り」
,ひいては公私混同につながる
ことにも注
目している。
日本社会のマイナスイ
メ
ージ
として語
られる滅
私奉公
と公私混同は全く逆の現象に見
えて
,実は
日本の伝統的な公私観念が生み
出
した
コインの裏
表である
Oいかに匚
公
」の復権
を説
いても,公共
的空間での他者の迷惑を顧みない言動や匯ミ
ー
イズム』の横行
」匚
『私』の氾濫」は,なくなら
ない
。なぜならば,これ
らの現象は,何も高度情
報化やグ
ロ
ーバル
化な
どによる価値観の
多様
化に
よってのみ起
こって
いる現
象ではな
く
,
「公」
「私」
の重層構造という日本の伝統的な公私観念が影響
しているの
である。
以下
,日本の伝統的な公私観念の批判的理解
を
目指す授業設計を進め
る。
IV.授
業展開計画
(1)本授業計画の単元
①
単元名
中学校社会科歴史的分野
「近世の
日本
」および
高等学校公民科倫理
「国際社会に生きる日本人と
しての
自覚
」
②小単元名
中学校社会科歴史的分野
「近世の
日本
」のまと
め
・発展学習および高等学校倫理
「伝統の
自覚と
思想課題」
(2)本授
業計画のね
らい
①
赤穂事件の顛末に注
目させ
ることによ
り
,日本
近世における公私観念が
,大きな集
団の
「公」
の前には小さな集団の
「 ̄
公
」は
「私」に転化す
る
「重層構造
」
をとっていた
ことを理解
させる
。
②
「公
意識と
」
「私」の
して残
ってお
「重層構造」は
り,そのことが開かれ
,現代にも社会
た人
と人との
つなが
りを保障する市
民的公共性
を成
り立ちがた
くしていることを理解させる
。
(3)小単元の位置づけ
中学校社会科歴史的分野に
,本小単元
を位置づ
けると
,匚
近世の
日本」のまとめ
となる。中学校
社会科歴史的分野は
,匚
各時代の特色の理解
」を
目標
とす
る
O時代の特色
をつかませる方法は様
々
考え
られ
るが
,本小単元の
授
業展開は
,近世の人
々
の社会意識
を明確化することによ
り
,近世という
時代の特色をつかませることとなる
。社会意識
・
政治思想による時代の特色の把握は
,やや抽象的
であ
り
,学習指導要領には触れ
られ
ていな
いので
,
発展的なまとめと
して位置づける
こととなろう
。
高等学校倫理に於いては
,
「 ̄
国際社会に生きる
日
本人と
しての
自覚
」の単元のま
とめに位置する。
高等学校学習指導要領解説公民編
(平成11
年)
によれ
ば
,国際社会に
おける匚
主体性の
ある
日本
人
」とは
,匚
伝統的な思想や文化に対する理解を
深め
,日本人と
しての
自覚を持ち,他の
国の
人々
や文化を尊重
しなが
ら
,主体的に
生きる人間を意
味
している」
(同書,
pp.56-57)
とする
。伝統的
な思想や文化に対する理解には
,それ
らの
望ま
し
い点を正
しく受け継ぎ発展
させ
ていくことと
,そ
れ
らの
問題点を思想課題と
して克服する
ことの両
方が望まれ
る
。本小単元は
,日本の伝統的な公私
観念に含まれ
る思想課題
を明確化す
ることを目指
したもの
である。
69−
(4 ) 授 業 展 開
口
二 ̄
コ 中学校・高等学 校共 通の学 習内容
中 学 校 ・ 高等 学 校共 通 の 学 習 内 容 高 等 学 校 に お け る 学 習 内 容 ( 中 学 校 5 時間 ・ 高等 学 校 7 時 間 配 当 ) 学 習 内 容 指 導者 の 活 動 ( ○ 発 問 ・ ● 説 明 ) 生 徒 に苣 得 さ せ た い 知 識 ・ 予 想 さ れ る活 動 資 料樊
赤 穂 事 件 の 概 要 ○『 忠 臣 蔵』 につ いて 知 って い る か。 ○ 『忠 臣 蔵 』 と は ど ん な 話 か 。 ● 赤 穂 事 件 の 大 ま か な 流 れ の 解 説 ( レ ジ ュ メ ・ ビ デ オ使 用 ) ・ 聞 い た こ と があ る。 ・ 聞 い た こ と も な い 。 ・ 「 討 ち入 り 」「 仇討 ち」「 大石 内 蔵 助 」 な ど の断 片 的 な 知 識 。 ・ 赤 穂 事 件 の 概 要 と ,「 討 ち 入 り の 参 加 ・ 不 参 加 」「 旧 赤 穂 藩士 の 処 分 」 と い う2 っ の論 点 を 知 る。 ① 歴 史 的 事 実 の 確 認 討 ち入 り か ? 不 参 加 か ? ●討 ち 入 り に対 し て ,【日赤 穂 藩 士 は 参 加 ・不 参 加 に 分 かれ た。( ビデ オ使用 ) ・ さ まざ ま な 事 情 や 背 景 か ら 旧 赤 穂 藩 士 が 討 ち 入 り 組 ・ 討 ち 入 り 不 参 加 組 に分 か れ た こ と を知 る 。 ① 「 家 」 意 識 ● 大 高 源 五 の プ ロ フ ィ ール を 説 明 す る。 @ 母 に 宛 て た 手 紙 ( 前 半 ) ○ 大 高 源五 は 母 親 に 対 し て ど の よ う な 感 情 を 持 っ て い た のか 。 @ 「家 」 意 識 に つ い て の 説 明 ・ 旧 赤 穂 藩 の下 級 武 士 。 そ れ ほ ど重 く 用 い ら れて い な か っ た。 ( 大 高 家 の当 主 と し て家 の存 続 の 義 務 , 子 と し て の「 孝 」 の 意 識 ) ・ 年 老 い た 母 親 に 対 し て 親孝 行 し た い とい う気 持 ち や , 母 親を 残 し て 討 ち 入 り に 参 加 す る こ と へ の 不 安 と い っ た よ う な,「 家 」 意 識 。 ・ 当 時 の 武 士 は, 厂家 」 と い う 存 在 は 個 人 の 存 在 よ り ず っ と価 値 が あ り , 現 在 で は 考え ら れ な い ほ ど 家 の 存 続 を 重 視 し て い た。 ② 「 役」 意 識 ○ 大 高 源五 は な ぜ 討 ち 入 り に加 わ っ た の か 理 由 を 考 え て み よ う 。 @ 「 役」 意 識 に つ い で の 説 明 ・ ( 封 建 制 度 の 学 習 の際 に学 ん だ )F ̄御 恩 と 奉 公 」 の主 従 関 係 や, ( 江 戸 時 代 の 身 分 制 度 の学 習 の 際 に 学 ん だ)「武 士 道 」 の 概 念 な ど の既 習 事 項 か ら, 討 ち 入 り に 参 加 す る の が武 士 とし て の義 務 で あ る。 ・ 藩 士 とし て の役 目 を 果 た す こ と が 「 役 」 意 識 で あ る。 武 士 と して の 「 公 論 尊重 」 意 識 ●母 に 宛 て た手 紙 ( 後 半 ) ○ 大 高 源五 は な ぜ 藩 士 と し て の役 目 を 果 た す こ と を, 家 の 主 とし て 役 目を 果 た す こ と よ り 優 先 さ せ た の か。 ・ 大 高 源 五 に 典 型 的 に見 ら れ た「 侍 と し て の 『 義 』」 と い う 意 識 が , 討 ち 入 り に 参 加 し た旧 赤 穂 藩 士 に 共 通 す る 意 識 で あ る。 ○討 ち 入 り に参 加 し な か っ た武士 は, 「 卑 怯」 非 難 さ れ た 。 な ぜ か 。 ( 旧 赤 穂 藩 士 とし て の義 務 ・ 侍 と し て の 「 義 」) ・ 匚家 」 意 識 よ り 「 役 」 意 識 を 優 先 さ せ る こ と が ,「 義 」 を と げ る 行 動 で あ り , 侍 冥 利 に か な っ て い る 。 【 下 図 提 示 】 ③ 意識の 表層 ↑ 公論尊重 侍としての「義」 丶 丶 丶 丶 丶 丶 -深層 「家」意識 大高家の主 啝 畍 対概念 「役」意識 旧赤穂藩士 ・ 当 時 の人 々 の 公 私 観 念 で あ る 「 公 論 尊 重 」 に 基 づ い て 行 動 し て い な い , つ ま り 匚義 」 を 果 た して い な い と 判 断 さ れ たか ら。 伝 統 的 な 公 私 観 念 の 抽 出 復善 轡 ○ 討 ち 入 り に 参 加 し た 旧 赤 穂 藩 士 達 は ど う な っ た と 思 う か 。 ○ 吉良 義 央 は ど ん な 人 物 か 。 ○ 将軍 の家 来 を 集 団 で 討 ち とる とい う こ と は ど う い う 事 か 。 ○ 江戸 時 代 の 社 会 ・ 政 治 に とっ て , 討 ち 入 り に は ど の よ う な 意 味 が あ る の か。 ●史 料 『 復 讐 論 』 ○ 旧赤 穂 藩 士46 人 は賞 賛 さ れ る べ き か。 処 刑 さ れ る べ きか 。 ・ (「 役 」 の 意 識 に 基 づ い て、 ) 赤 穂 藩 士 と し て当 然 の 行 動 を と っ た ので , 当 時 の武 士 か ら は賞 賛 さ れ た 。 ・ 将 軍 の家 来 。 江 戸 城 で 礼 儀 作 法 を 教 え て い た 。 ・ 将 軍 に 逆 ら っ た も 同 然。 幕 府 の 法 律 ・ 秩序 を 無 視 し て い る 行 動。 ・ 旧 赤 穂 藩士 の討 ち 入 り は武 士 と し て の「 役 」 の 意 識 に基 づ い た 行 動 で あ っ た が , 将 軍 の家 来 で あ る 吉 良 義 央 を 集 団 で 討 ち と っ た とい う行 動 は, 幕 府 に と っ て は 大 罪 で あ る。 ・阻 肝 元 石  ̄戸 石 下 4- − う 薛 系 ぷ 百 石  ̄司 「 侍 と して の義 を 貫 い た」 「 法 律 を 破 っ た」 厂赤 穂 藩 士 と して 当 然 の 行 動」 「 将 軍 にさ か ら っ た」 ④ 徂 徠 擬 律 杳 ● 史 料 『 徂 徠 擬 律 書 』 ○『 徂 徠擬 律 書 』が 重 視 して い る の は 何 か ・ 「 ̄義 」 と 厂法」 ⑤将 軍 綱 吉 の決 断 ● 史 料『 徂 徠 擬 律 書 』 ○ 『 徂徠 擬 律書 』 が重 視 し て い る の は 何 か O 「 法 」 か ら 見 れ ば , 旧 赤 穂 藩 士 46 人 は ど う い う 存 在 か。 O 「 義 」 と は 何 か ○ 『 徂 徠 擬 律 書 』 は , 旧 赤 穂 藩 士 46 人 を ど う 評 価 し て い るか 。 ○ 『 徂 徠 擬 律 書 』 は46 人 を ど う す べ き と 結 論づ け て い る か 。 ○ な ぜ 『 徂 徠 擬 律 書 』 は「 義 」 よ り 「 法」 を重 ん じ た のか 。 ○ 厂義 」 と 厂法 」 の違 い は何 か 。 ○ 『 徂 徠 擬 律 書 』 か ら読 み取 れ る, 江 戸 時 代 の社 会 と は, ど のよ う な 構 造 を 持 って い る社 会 か。 [ 補 助 発 問 ] ○ 近 世 の 社 会 はど のよ うな 集 団 か らで きて い る のか 。 ○ い ち ば ん 大 きな 集 団 , 中 く らい の 集 団 , 小 さ な 集 団 を あ げ よ。 ○ 違 う レ ベル の 集団 の 利 害や ,「 正 し き」 が ぶ っ か り 合 っ た と き は どう な る のか。 ● 匚公 」 は「 私 」 より 価 値 が 高 い と し た上 で , よ り大 き な 集団 の 「正 し さ 」 を 匚公 」 とし , よ り小 さ な 集 団 の 厂正 し さ」 を 「 私」 と し て, 価 値判 断 の優先 順位 を 決 めて い る。 ○ 『 徂 徠 擬 律 書 』 が 示 し て い る よ う な 公 私 観 念 の問 題 点 は何 か。 ● 処 分 ( 刑 罰 ) の軽 重 ○ 将 軍 綱 吉 は ど の よ う な 処 分 を 選 ん だ か。 ○ な ぜ 将 軍 綱 吉 が 決 断 を 迷 っ た の は な ぜ か 。 ● 武 士 と し て 正 し い 行 動 を と っ た 旧 赤 穂 藩±46 人 を , 武 士 の 頂 点 に 立 つ 将 軍 が 死 罪 と決 め た。 ○ 将 軍 綱 吉 の 決 断 を 旧 赤 穂 藩±46 人 はど のよ う に受 け入 れ た か。 ○ な ぜ 旧 赤 穂 藩 ±46 人 は, 将 軍 の 命 令を よろ こ んで 受 け 入 れ た のか。 家 来 を 討 ち と る と い う の は, 法 に 触 れ て い る の は明 ら か。 ・ 武 士 と し て 当 然 の行 動 基 準。
・匳垂 洞
f だ ― 71 ―−
「百 石籘
禾 乙、 禾4 ⑦ F ̄侍 と し て 恥 を 知 って い る」 「 自 分自身を 正し く導 いて いる」 ・ 処 刑 す べ きO 「浅 野 家 家 臣 と し て の み正 し い」 匚 『 私 』 の 立 場 か ら 正 し い」 ・ 「 法 」 は 幕 府 の法 で あ る が,「 義 」 は浅 野 家 家 臣 とし て の も の 。 ・ 適 用 さ れ る範 囲( 幕 府 と 藩 )。 ・ 『 徂 徠 擬 律 書 』 は , 旧 赤 穂 藩 ±46 人 の 行 動 は赤 穂 藩 士 レ ベ ル とし て の 「 正 し さ 」 に基 づ い て はい る か, 幕 府 レ ベ ル の 「 正 し さ 」 に は 基 づ い て い な い 行 動 で あ る こ と を 指 摘 し て い る。 こ の よ う に江 戸 時 代 の社 会 に は, 集 団 の大 き さ に よ っ て , い くっ も の段 階 の 「 正 し さ 」 が あ り , よ り 小 さ な 集 団 の 匚正 し さ」 は , 例え 社 会 通 念 上 「 正 し い 」 こ とで あ っ て も, よ り 大 き な 集 団 の 「 正 し さ」 と 齟 齬 が あ っ た 場 合 ,「 ̄過 ち」 と な る 。 こ れ は, よ り 大 き な 集団 の 正 義 の方 が, よ り 価 値 が 高 い と い う 公 私 観 念 が 作 用 し て い た。 【下 図 提示 】 ・ 大 きな 集 団 で の 「正 し さ 」 を 小 さ な集 団 に も 適 用し て い る O大 き な 集団 の 「正 し さ」 が, 本 当 に正 しい とは 隕 らな い場 合 もあ る。 賞 賛 無 罪 放 免 流 刑 ・牢 獄 : 生 命 は助 け る 切 腹 :生 命 は奪 う が 武 士 と し て 処遇 打 ち首 獄 門 : 幕 府 の法 を 犯 し た 極悪 人 と し て の 扱 い ・ 切腹 ・ 武 士 と し て 当 然 の こ と を し た が , 幕 府 の法 に は 触 れ て い る 。 武 士 の頂 点 に 立 つ 征 夷 大 将 軍 の 立 場 に立 つ か, 公 儀 ( 徳 川 幕 藩 体 制 ) の 頂点 に 立つ 公 方 の 立 場 に立 つ か , と い う 葛 藤。 (史 料 よ り) 不 足 を 言 わ ず , よ ろ こん で 受 け 入 れ た ・ 主 君 に の場 合 は主 君 の 主 君 ) の決 定 は バ  ̄公 」 の 決 定 で あ り , 受 け入 れ る べ き と い う 意 識 を 示 し て い る。 【 下 図 提示 】○ 切 腹 と い う 決定 に 無 条 件 で 従 っ た 旧 赤 穂 藩 士46 人 の 行 動 を ど う 思 う か 。 ・ 現 代 的 視 点 か ら の 是 非 は と も か く, 自 ら が武 士 と し てF  ̄正 し い」 と 考 え る行 動 を と っ た に も か か わ ら ず , 将 軍 の 決 定 に 無 条 件 で 従 っ た の は,「 お か み」( よ り 大 き な 集 団 の権 威 ) の 意 思 決 定 を 無 条 件 に 重 ん じ る べ き で あ る と す る 近 世 の人 々 の 公 私 観 念 を 表 して い る。 ま と め ○ 江 戸 時 代 にお け るF  ̄公 」 と「 私」 の あ り 方 ( 公 私 観 念 ) と は ど の よ う な もの か 。 ・ 「 私 」 よ り 「 公」 の 方 が 尊 重 さ れ る。 ・ よ り 大 き な集 団 の正 義 の方 が , よ り 「 公 」 で あ り , 価 値 が 高 い 。 ・ 「 お か み」( より 大 き な 集 団 の 権 威 ) の意 思 決 定 は 「 公 」 の 決 定 で あり , 無 条 件 に重 ん じ る。 現 代 社 会 ヘ の 転 移 現 代 日 本 に お け る 公 私 観 念 ○ 現 代 日 本 の 「 公 」 と「 私 」 のあ り 方 ( 公 私 観 念 ) はど う な って い る の か。 ○ 資 料 に 出 て く る 企 業 や 自 治 体 の 「 公共 性 」 と は ど う い う 意 味 か 。 ○ 芦 川 さ ん が 考え て い る 「 公 共 性 」 と は何 か。 ○ 芦 川 さ ん の い う「 エ ゴ イ ズ ム」 と はど の よ う な も の か。 ○ 芦 川 さ ん が,「 貴 方 の地 域 に と っ て は困 るか も し れ な い が, 公共 性 のた め に はが まん して ほ し い」 と い わ れ て 「 エ ゴ は悪 い ので は な い か」 と 感 じ た の はな ぜか 。 江 戸 時 代 の公 私 観 念 を 振 り 返 り , 匚公 」 と「 ̄私 」 と い う 言 葉 を 使 って 説 明 せ よ。 ○ 企業 や 自 治 体 の 匚公 共 性 」 と芦 川 さ ん が 考え て い る 「 公 共 性 」 は ど ち ら が 優先 さ れ る べ きな のか 。 ・ 江 戸 時 代 と は 時 代 が 違 う か ら 全 く 変 わ っ て い る はず 。 お な じ よ う な 考 え が 残 って い る か も し れ な い。 ・ 全 体 の利 益 ・ 地 域 住 民 の利 益 , 願い ・ 大 きな 集 団 の利 益 に 反 し て , 個人 あ る い は小 さ な 集 団 の利 益 ・ 願 い を主 張 す る こ と。 ・ 「 貴 方 の地 域 」 と は ( 日 本 全 体 あ る い は地 方 レ ベ ル, 都 道 府 県 レ ベ ル, 市 町村 レ ベ ル か ら 見 れ ば) 小 さ な 地 域 で あ る。 よ り 大 き な 地 域 が 「 公 」 と す る と 「 貴 方 の 地域 」 の「 私 」 と な る。 ゆ え に 日 本 全 体 匚貴 方 の 地 域 」 の利 害 が, よ り 大 き な 地 域 の 利 害 と衝 突 す る 際 に は,「 貴方 の 地 域 」 の利 害 は,「 私 」 の利 害 と な り , 退 け ら れ な け れ ば な ら な い 。 ・ 各 自 の考 え を ま と め た の ち, 発 表 し, 話 し 合 う 。 ⑧ e こ の 場 合 の 企 業 や 自 治 体 の 「 公 共 性 」 は, 伝 統 的 な 厂公 私 の 重 層 性 」 に 基 づ く 「 公 権 力 の 公 共 性 」 で あ る の に 対 し て , 芦 川 さ ん の 「 公 共 性」 はョ コ のつ な が り を 重 視 し た「 市 民 の 公 共 性 」 で あ る と い え る 。 今 日,「 公 権 力 の 公 共 性 」 と 「 市民 の 公 共 性 」 は, 一 種 の緊 張 関 係 ・ 拮 抗 関 係 にあ る。 私 た ち は しば し ば政 治 的 な課 題を 解 決 し よ う と す る住 民 運 動 や住 民 投 票 な ど を ニ ュ ー ス な ど で 知 る と , 伝 統 的 な 公 私 観 念 を 背 景 に 「 公 権 力 の 公共 性 」 が 優 先 さ れ る べ きと 考 え る。 し か し な が ら 「 公 権 力 の公 共 性 」 と 「 市 民 の 公共 性 」 のど ち ら が 優 先 さ れ る べ き か は, ケ ー ス バ イ ケ ー スで 考 え る べ き で あ る 。