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ベーネケの感情論

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第 節 ベーネケ略伝 第 節第 項 ベーネケ伝の資料 第 節第 項 ベーネケ伝前編(ゲティンゲン時代まで) 第 節第 項 ベーネケ伝後編(第 ベルリン時代) 第 節第 項 ベーネケの死 第 節第 項 ベーネケ研究史 第 節 ベーネケ心理学の特徴 第 節第 項 自然科学としての心理学 第 節第 項 ベーネケの経験主義 第 節第 項 ベーネケ心理学の概観 第 節 ベーネケの感情論 第 節第 項 努力論における情動 第 節第 項 感情論 第 節 まとめ

フリードリヒ・エドゥアルト・ベーネケ(Friedrich Eduard Beneke, ­ ?)の名を知る人は今日ではあまりいないだろう)

。ましてや,その

ベーネケの感情論

キーワード:フリードリヒ・エドゥアルト・ベーネケ(Friedrich Eduard Beneke, ­ ?),心理学史,『自然科学としての心理学教本』, 感情(Gefühl),情動(Affekt)

)少ないながらも日本語の著作ではほとんどの場合で「ベネケ」と表記される。発

本 間 栄 男

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感情論など。しかし,網羅的な感情心理学史であるガーディナー(Harry Norman Gardiner, ­ )の『感情と情動』での評価は高い。ガーディ ナーは, 世紀の中枢的心理精神理論(central psychomental theory))

の 例としてスコットランドの哲学者ウィリアム・ハミルトン(Sir William Hamilton, ­ )) と並んでベーネケを論じていた。「ハミルトンおよ びベーネケの教説は 世紀の感情と情動の理論に著しい影響を与えた。彼 らはほとんど全ての中枢的心理生理学理論の基礎である」(Gardiner et al 1937: )。 実際の影響がどうであれ, 世紀前半のドイツ語圏感情論の歴史の中で ベーネケの感情論がどのようなものかについて一瞥する価値はあるのだろ う。この論文ではベーネケの感情論,特に感情・情動の仕組みについての理 論と,その前提であるベーネケの心理学方法論について簡単にまとめる。こ れによって,ヘルバルト派とは異なる心理学の潮流の一部を見ることがで き,多視点からの感情科学史の記述が可能になるだろう。 第 節 ベーネケ略伝 第 節第 項 ベーネケ伝の資料 まず,ベーネケの生涯について簡単にまとめる。この時,基本資料は,著 名な教育家アドルフ・ディースターヴェーク(Friedrich Adolph Wilhelm Diesterweg, ­ )編集による雑誌『教師と学友のための教育学年鑑 (Pädagogisches Jahrbuch für Lehrer und Schulfreunde )』第 号(

音的には第 音節にアクセントがあって,音引きの入る表記が適している。 )感情の心理生理学理論(psychophysiological theory),すなわち生理学的な用語 で感情を説明しようとする理論に対して,精神的実体(mental entities)を使っ て説明する理論のこと(Gardiner et al 1937: )。この場合の精神的実体とは 具体的には「能力」を指す。後者を生理学的に説明すると前者になる。 )似た名前の人が複数いるために,フルネームの前に「Sir」をつけることがよく ある。 32 桃山学院大学社会学論集 第 巻第 号

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年)のベーネケに関する特集である(Diesterweg ))

。ディースター ヴェークの他にベーネケの友人であり弟子であったヨーハン・ゴトリープ・ ドレスラー(Johann Gottlieb Dreßler, ­ )も寄稿している。英語 で読めるブラント(本論文第 節第 項)の著作の伝記部分はこの雑誌の特 集号に載ったディースターヴェーク他によるベーネケ伝の抄訳である (Brandt )。その後の資料も含めたもっとも包括的なものがグラムツォ フ(本論文第 節第 項)の学位論文である(Gramzow )。日本語に なっているものは,どちらかを参考にしてまとめている。簡潔な英語でのま とめとしてはグラムツォフに基づくバイザー(本論文第 節第 項)のもの が良いだろう(Beiser )。これらを利用して以下にまとめる。 第 節第 項 ベーネケ伝前編(ゲティンゲン時代まで) フリードリヒ・エドゥアルト・ベーネケは 年 月 日にベルリンで 生まれた。父は法務官(Justizkommissarius)であった( 年没)。母の 兄弟にフリードリヒ・フィリプ・ヴィルムゼン(Friedrich Philipp Wilmsen,

­ )がいる。この人物は神学者・教育者で,子供向けの読本などの 著者としても知られ,我々のベーネケに影響を与えたという。両親について はそれ以上のことは分からないようである。 ベーネケはベルリンで初等教育を受け, 歳でギムナジウムに入った。 そこでは数学と古典語を得意とし,古典詩のドイツ語訳や創作も行ったので 「詩人(der Poet)」と呼ばれたという。同時に身体を鍛えアウトドアスポー ツにも熱心だった。 年のナポレオン支配からの脱却のための戦争,い わゆる解放戦争(Befreiungskriege)に参加するためにギムナジウムを退学 した。ただし,実際に戦闘に加わったのかどうかは不明である。 ベーネケは 年のイースターにハレ大学神学部に登録した。熱心に取 り組んだようで,神学の課題で 度名誉賞(Ehrenpreis)を得たという。こ )序文の日付は 年。この号にはベーネケの肖像画が載っている。 ベーネケの感情論 33

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の 時 代 に 同 大 学 に い た カ ン ト 主 義 の 哲 学 者 か ら カ ン ト(Immanuel Kant, ­ )の哲学について学んだ。

翌 年のイースターにベーネケはベルリン大学で学ぶために戻った。

そこで教授だった神学者で哲学者のフリー ド リ ヒ・シ ュ ラ イ ア マ ハ ー (Friedrich Daniel Ernst Schleiermacher, ­ )の影響を受ける)

だが,神学の道ではなく哲学の道に踏み入ることになる。 年 月に

ヘーゲル(Georg Wilhelm Friedrich Hegel, ­ )がベルリン大学に 着任し講義を始めると,ヘーゲル支持の「哲学派」とシュライアマハーの 「歴史派」が対立し,ベーネケは「歴史派」の一員とみなされてしまう。こ

のことがベーネケの生涯に暗い影を落とすことになる。

また,どの時点かは不明だが,かなり早い時期にベーネケはドイツの思想 家フリードリヒ・ハインリヒ・ヤコービ(Friedrich Heinrich Jacobi, ­ )の影響を受けている) 。 年の『心理学スケッチ』では「著者 〔ベーネケ自身のこと〕はそのためヤコービを親愛をこめて敬っている:著 者はそれを至る所であたたかく表明してきた」と言っている(PS1: )。 ベーネケはこのヤコービを介してブリテン島での感情道徳論を学んだようで ある。ただし,ベーネケ自身は感情道徳論には批判的である:「しかし,ヤ コービを敬う正しいやり方ではないのは,奴隷のように彼によって主張され たことに留まり続ける場合である」(PS1: )。 ベーネケは 年 月 日に学位論文「哲学の真のはじまりについて

(De veris philosphiae initiis)」を提出し,その年の冬学期から私講師となっ た。ヘーゲルが大人気だった時代の他の流派の講義としてはそこそこ成功し )この人物の日本語表記は多岐にわたるが,ここではWikipediaの表記を採用した。

「シライアマハー」としたいところだが。

)数学者のカルル・グスタフ・ヤーコプ・ヤコービ(Carl Gustav Jacob Jacobi, ­ )とは別人。将来の数学者のヤコービは 年からベルリン大学で 学んでいたので,私講師時代のベーネケとすれ違った可能性はある。思想家の方 のヤコービに関しては,F. H. ヤコービ(田中光 訳)『スピノザの学説に関する 書簡』(東京:知泉書館 )に含まれる訳者の解説を参照。

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たようである。さらに同じ年に 冊の著作を出版している。

『純粋理性の意識に従ってその基本的特徴において叙述さ れ た 認 識 論 (Erkenntnislehre, nach dem Bewusstsein der reinen Vernunft in ihren

Grundzügen dargelegt )』

『そ の 主 要 特 徴 に お い て 表 さ れ た 全 知 識 の 基 礎 と し て の 経 験 心 理 学 (Erfahrungsseelenlehre als Grundlage alles Wissens in ihren Hauptzügen

dargestellt )』(以下『経験心理学』と略記)

である。後者の著作は以下で言及されるだろう。この 著が 歳の青年

ベーネケの哲学改革プログラムの骨格を述べたものである。

また同じ 年,ベーネケは前年に出版された哲学書の書評を頼まれる。

著作は『意志と表象としての世界(Die Welt als Wille und Vorstellung )』, 著者は当時ベルリン大学で同じ私講師であったアルトゥーア・ショーペンハ ウアー(Arthur Schopenhauer, ­ )。この批評に対しショーペンハ ウアーが「ブチ切れた」ことはよく知られる。ちなみに,ショーペンハウ アーは私講師として成功せず(ヘーゲルと同時間帯に講義したため),シュ ライアマハーとも対立があった。ベーネケは関係修復を望んだものの,うま くいかなかったことは当然であろう。 年,ベーネケは 『道徳の自然学のための基礎付け:カントの形而上学への基礎の反対物 (Grundlegung zur Physik der Sitten: Ein Gegenstück zu Kants

Grundlegung zur Metaphysik der Sitten...)』

を出版したことを直接の契機として,突然私講師としての開講を拒否され

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る)

。その後 年にわたって交渉するも権利は回復されなかった。

年にゲティンゲン大学に移って私講師となる。この時代の出版物と

しては, 年に

『心的病理学の純粋心的科学的改善への寄与,その将来の厳密学問的自然学 のための習作として(Beitrage zu einer reine seelenwissenschaftlichen Bearbeitung der Seelenkrankheitskunde, als Vorarbeiten für eine künftige strengwissenschaftlich Naturlehre derselben )』,

年には 『心理学スケッチ(Psychologisch Skizzen )』第 巻 年にはその第 巻が出版される。これらは 年の『経験心理学』の プログラムを大幅に拡張した著作であり,後のベーネケの心理学の基礎とな る。 さらに 年に 『心身関係。哲学者と医師たちにより好意的でより熱意のある考慮を委ねる (Das Verhältniß von Seele und Leib. Philosophen und Aerzten zu

wohlwollender und ernster Erwägung übersehen )』

を著した。

)この著作の中に反ヘーゲル的な部分があり,さらにかなりラディカルに道徳を経 験に基礎付けようとしたことが他の哲学者や為政者たちに嫌われたことが理由の ようである。

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第 節第 項 ベーネケ伝後編(第 ベルリン時代) 年 月,ゲティンゲンでの暮らしが成り立たなくなったベーネケは 家族の住むベルリンに戻った。その年の夏学期から再びベルリン大学で私講 師に戻ることができた。 年 月にヘーゲルが死ぬと,ベーネケの状況も少し好転する。 年 月にはベルリン大学員外教授(professor extraordinarius)に任命された (そして死ぬまでこの地位に留まる)。しかし 年まで無給だった! そ の状況下でベーネケは著作を書きまくる。 年に

『思考の技術としての論理学教本(Lehrbuch der Logik als Kunstlehre des Denkens )』

年に

『自 然 科 学 と し て の 心 理 学 教 本(Lehrbuch der Psychologie als Naturwissenschaft )』(以下『心理学教本』と略記)初版

『経験,思弁,生と関連して現れた哲学(Die Philsophie in ihrem Verhältnisse zur Erfahrung, zur Spekulation und zum Lebens dargestellt )』

年に

『教育学と教授学(Erziehungs- und Unterrichtslehre )』全 巻初版( 年に第 版が出て,第 版の方が頻繁に参照される)

年に

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『形而上学と宗教哲学(Metaphysik und Religionsphilosophie )』

年に

『新心理学(Die neue Psychologie )』(これは『心理学教本』第 版の縮約 補註版)

『心理学教本』第 版

年に

『実践的心理学あるいは生に応用する際の心理学(Pragmatische Psychologie oder Seelenlehre in der Anwendung auf das Leben )』(これには英語訳が ある) と,出版を続けた。心理学に関係しそうなものだけをリストアップしたが, 他の著作もある。 第 節第 項 ベーネケの死 年 月 日,ベーネケは夕方の講義を行うために家族と住んでいた 自宅を出た。しかし,講義の開始時間になってもベーネケは現れなかった。 自宅にも戻らなかった。家族や友人,学生が探したが行方はわからない。行 方不明のまま月日は過ぎた。 年 月 日に腐乱死体が見つかり,所持品からそれがベーネケであ ることが確定された。貴重品は残っており,強盗などによる殺人ではないと 推測された。死亡時期(おそらく失踪後すぐであると思われる)と死因は不 明で,単なる事故かもしれないし,失踪する前に不眠症などの症状(うつ病 38 桃山学院大学社会学論集 第 巻第 号

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を思わせる)を訴えていたことから,自殺ではないかと推測される場合もあ る。 結婚をしたという記録は残っていないし,子供もいなかった。わずかな弟 子と友人がいたが,学派を形成するには至らなかった。影響は主として教育 学に及んだ。 第 節第 項 ベーネケ研究史 ベーネケ死後,思い出したように突発的にベーネケに関する著作論文が現 れる。まだ行方不明中だった時に上述の『教育学年鑑』(Diesterweg ) が出版されている。さらに,死後にドレスラーによって増補された『心理学 教本』の第 版( )と第 版( ),ゴ ト リ ー プ・ラ ウ エ(Gottlieb Raue, ­ )による『F. E. ベーネケ博士の新心理学』第 版( ) とその英語版( )があった(Raue )) 。最後の盛り上がりは 年のベーネケ生誕百年前後で,アメリカのフランシス・バーク・ブラント (Francis Burke Brandt, ­ ))

が英語で書いた『フリードリヒ・エ ドゥアルト・ベーネケ,人とその生涯』(Brandt ),ヨハン・フリード リヒ(Joh. Friedrich)) のドイツ語の『フリードリヒ・エドゥアルト・ベー )この人物はドイツ生まれで,アメリカのフィラデルフィアの医学校の教授にな り,ホメオパシー療法を行った。アメリカでは「チャールズ・ゴトリープ・ラウ エ」と名乗っていたようである。 年に『ベーネケ博士の新心理学,方法的 基礎に従って単純に発展的なやり方で教師のために改良された(Die neue Seelenlehre Dr. Beneke s nach methodischen Grundsätzen in einfach entwickelnder Weise für Lehrer bearbeitet )』として出版され, 年に上述 ドレスラーによって改訂された第 版,さらに 年に題名の「Dr. Beneke s 」 の部分が冒頭に移動した(日本語に訳すと変化しない)さらに内容も改訂された 第 版,そして 年に第 版が出版された。英語版はこの第 版の英語訳で 『ベーネケの諸原理に基づいた心理学提要』として出版された。英訳者は不明だ が,訳者序文があるので著者自身による翻訳ではないと思われる。 )この人物については,他にアメリカ史についての著作があるものの,詳しくは不 明。 年当時はコロンビア大学の哲学の非常勤フェローをしていた。 )この人物は全く不明。Joh.の正確な綴りもわからない(通常はJohannなので, この読みをあてた)。ドイツの心理学者オズヴァルト・キュルペ(Oswald Külpe, ­ )の弟子であったようである(この著作の献辞がキュルペ宛て)。 ベーネケの感情論 39

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ネケ。生誕百年追想』(Friedrich ),スイスのベルン大学哲学学部にお けるオットー・グラムツォフ(Otto Gramzow, ­?)) のドイツ語で書 かれた学位論文『フリードリヒ・エドゥアルト・ベーネケの生涯と哲学。新 たな資料に基づいて批判的に表された』(Gramzow )が出版された ) しかしこの後, 世紀にはほとんど忘れられることになる ) 。 世紀に入って新カント派の歴史という文脈でベーネケが取り上げられ る こ と に な っ た。 年 に ア メ リ カ の 哲 学 者・哲 学 史 家 フ レ デ リ ク・ チャールズ・バイザー(Frederik Charles Beiser, ­ )が『新カント主

義の創世 ­ 』でベーネケについて つの章(第 章「フリードリ ヒ・エドゥアルト・ベーネケ,新カント派の犠牲者」)をたてて説明した (Beiser )。さらに 年にオランダのペーテル・スペルベル(Peter Sperber, ­ )のユトレフト大学での学位論文(哲学)として英語で書 かれた『カント派心理学主義』もバイザーを批判的に取り込んで拡充した議 論を行っている(Sperber :第 章「ラディカル心理学主義:フリー ドリヒ・エドゥアルト・ベーネケ」)。もちろん,どちらも哲学史的関心から ベーネケを見ているので心理学の内容に簡略な説明しかしていないし,感情 については全く触れていない ) 。 日本では,明治から大正時代の哲学史,教育史の著作にベーネケを論じる 部分が見られる(松本 ,入澤 ,大瀬 )。ベーネケについてま とまった論述を残したのは管見ながら熊谷五郎( ­?)) の「ベネケの學 )学位論文にはプロイセンのグライフェンベルク(Greiffenberg)の人,とある。 哲学史・哲学の著作が複数見られる。 年生まれということは分かるのだが, おそらくもう亡くなっているだろう。死亡年は不明。 )学位論文の日付としては 年。 )教育学からの関心として 世紀にドイツ語のベーネケ教育心理学についての論 文が英語訳されている(Schmidt )。 )他にも:Breithaupt ,Teo 。 )熊谷五郎の業績については以下を参照:倉知典弘,「ドイツ社会的教育学の受容 と 社 会 教 育 熊 谷 五 郎 の 教 育 論 か ら」,『京 都 大 学 生 涯 教 育 フ ィ ー ル ド 研 究』, , : ­ 。この人物についても亡くなっていると思われるのだが, 40 桃山学院大学社会学論集 第 巻第 号

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説」(熊谷 )だけと思われる(実際の論文の執筆は 年 月)。こ の論文はベーネケ小伝および『心理学教本』と『教育学と教授学』のかなり 思い切った要約である。また,通常の心理学史では名前は出てくるもののあ まり触れられないが,心理学者の城戸幡太郎(きど・まんたろう, ­ )の『心理学問題史』(城戸 )が比較的詳しくベーネケを論じてい る ) 。城戸は『心理学教本』の第 版を利用して,そこにあるドレスラーに よるベーネケの著作解説を用いて紹介している(城戸 : ­ )。 次の節ではいよいよ頼りない足取りでベーネケ心理学の内容に踏み込んで いこう。 第 節 ベーネケ心理学の特徴 第 節第 項 自然科学としての心理学 まず最初に弱音。ベーネケのドイツ語は難解だ。ドイツ語の読解力には自 信が無い私には,文法的にも,癖のある独自の使用法に満ちた語彙もかなり 手強い。なので,以下はベーネケの真意を厳密に捉えたものとは言いがたい かもしれないことをお許し願いたい ) 。 本節では一般的なベーネケの心理学観を『心理学教本』第 版を主に参考 にして簡単にさらってみたい。 ベーネケの心理学書の代表は『自然科学としての心理学教本』(初版は 年)というのが正式なタイトルである。 年に出たウォルシらによ 死亡年は不明。 この論文が載っている著作について註記。熊谷の論文集にベルゲマン『社会学的 教育学』と題される著作の翻訳が入れ込んである形式なので,「熊谷編」という 著者表記になっている。 )城戸の心理学史研究については以下:佐藤公治,「城戸幡太郎の心理学研究とそ の思想圏」,『北海道大学大学院教育學研究紀要』, , : ­ 。 )当時の印刷技術の問題か,社会的状況の問題か,著作の印刷の状態が悪い本が多 い。そのため,ベーネケの著作を参照する場合には,必ず複数のコピーを相互参 照することを勧める。カラーのものとモノトーンのものが両方参照できればなお よい。ほとんど全ての著作はインターネット上に見つけることができるが,『心 理学教本』の初版だけは見つけることができなかった。 ベーネケの感情論 41

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る心理学通史『心理学の批判的歴史と哲学』の冒頭でベーネケのこの著作が 言及されている(Walsh et al : ­ )。哲学的心理学から脱皮する第一 歩として評価されているようである )

。ともかく,このタイトルは明らかに ヘルバルト(Johann Friedrich Herbart, ­ )の『心理学教本(Lehrbuch zur Psychologie )』(初版は 年でよく参照される第 版は 年))

と 『科学としての心理学(Psychologie als Wissenschaft )』(第 巻が 年,

第 巻 が 年)を 意 識 し て い る(本 間 :第 節 第 項)。違 い は 「自然科学(Naturwissenschaft)」と「科学(Wissenschaft)」という点だ。 ここで「科学」という日本語をあてたドイツ語のWissenschaftは,一般的に 「学問」のことを意味する。ラテン語のscientia同様にせいぜい厳密な知識, 論証された学問という程度のことである。つまり,哲学一般を含む。これが 今日のように主に「自然科学」を意味するようになるのは, 世紀の科学 革命を経てのことになる。だが, 世紀の初頭のドイツでWissenschaftと 言えば,まだ旧来のニュアンスの方が強かっただろう。 ヘルバルトが使うWissenschaftは,科学革命を経て 世紀に展開した近 代自然科学を想定している。ただし,何を近代自然科学の典型とするのかと いう点が問題となる。以前の論文で見たように,ヘルバルトのイメージする 自然科学はニュートン力学的なものであった。すなわち,(なぜそうなるの かはとりあえず棚に上げて)現象の数学的記述を行う,というのが「科学」 だったのである(本間 :第 節第 項)。ヘルバルトにとって科学的心 理学とは表象間の関係の力学を数学的に記述することであった。ここがヘル バルトの斬新な点であった。だが,ヘルバルトは数式を持ち出しただけで, 具体的数値とその計測方法,さらにはその数式の根拠については全く口を閉 )この部分はその著作の著者の 人の心理学史研究者トーマス・テオの影響が強い 部分だろう。同じ著作で何度かベーネケに言及があるが,それら全てはテオの論 文に由来する部分である(Teo )。 )以前の論文(本間 )では『心理学教科書』としていた。ここではより原義 に近い『教本』という日本語をあてる。 42 桃山学院大学社会学論集 第 巻第 号

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ざしている。 それに対して,ベーネケの「自然科学」は数学的ではない。少なくとも数式 はほとんど現れない(例外は数学的言明の例を挙げている部分,PS1: )。 それではベーネケがイメージした「自然科学」とは何だったのか? それは 化学だった ) 。 世紀初頭は化学が最も進歩を見せた時代であった。 世 紀後半のフランスのラヴワジエ(Antoine-Laurent de Lavoisier, ­ )らがオカルト的な錬金術と袂を分かつ近代科学的な化学を開始した。 これを「化学革命」という。ベーネケの時代は化学が自然科学として輝き始 めた時代なのである。 世紀後半からの化学革命は,近代的な元素概念に 基づく物質観と実験を通じたその数量的な扱いに特徴があった。ベーネケは 要素から構成する方法を受け容れたが,数量的側面は全く無視した。ヘルバ ルトのような数式も使わなかった。ベーネケが化学に関心を寄せた背景に は,化学が持つ経験(化学の場合は統制された実験であるが)を重視する傾 向があっただろう。そう,ベーネケが「自然科学としての」という文言で意 図していたのは,近代自然科学のように経験を重視した,ということであっ た。 第 節第 項 ベーネケの経験主義 ベーネケが経験を重視する立場に立つということは,最初の心理学の著作 『経験心理学』のタイトルからも明らかだろう。その著作でベーネケは宣言 す る:「真 の 学 問……は,知 覚 と そ こ か ら 比 較 お よ び 綿 密 な 研 究 (Ineinanderarbeitung)によって得られた経験以外の何ものにもほとんど基 づきえない」(ES: ,強調は原文のゲシペルト)。 ベーネケの意図を明確にするために,ここで,スペルベルの主張を紹介し )『心 理 学 ス ケ ッ チ』に お い て 感 情 を 分 類 す る 際 に 最 も 単 純 な 要 素=元 素 (Elemente)への分解と構築について語っている(「II.最主要な感情類の最単純 要素への分解」PS1: ­ )。 ベーネケの感情論 43

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よう。スペルベルは,ペンシルヴァニア大学の哲学者ゲイリ・ハトフィール ド(Gary Hatfield)の 見 解 を 受 け て,「経 験 主 義empiricism」と「経 験 論 empirism」とを区別する。前者は正当化の根源を経験に求めるやり方を意 味する。経験主義には強弱のスペクトルがある。最も強い経験主義は命題を 知覚(経験)以外によって正当化しようとする試みを一切拒否し,論理学や 数学のような学問にもそれを求める。一方,穏やかなタイプの経験主義は, 知覚が正当化するものもあれば,アプリオリに正当化されている分野もある ことを認める,というものである。カントはこの穏やかな経験主義者なのだ という。そして後者の「経験論」とは,人間の全ての知識や表象が経験に由 来するという主義主張である。これも強弱のスペクトルが存在する。このよ うに区分けしたのは両者が独立しているからだ。というのも,両方主張する 人もいるし,両方で強弱が異なる人もいるし,片方だけ認めても他方は拒否 するという人もいるのである。ベーネケは,スペルベルによると,「強い経 験主義者」であるが「経験論者」ではない,ということになる。つまり,全 ての心的形式や知識の正当化は経験によって行われるが,それらは必ずしも 経験に由来するとは限らない,という主張である。カントでいえばアプリオ リなものがある,ということを認めているわけだが,カントと同じものをア プリオリな形式と考えているわけではない。ともかく「経験論者」でないと いうことが,ベーネケをジョン・ロック(John Locke, ­ )に由来 するブリテン島の経験心理学やフランスの感覚論者と分けるポイントとなる (Sperber : ­ )。 このスペルベルの指摘は私には目から鱗を落とさせるものだった。経験心 理学を唱えながら,能力論に与するベーネケの姿勢が不可思議に思えたから である。ともあれ,ベーネケの自然科学とは化学を中心とした経験主義的な 科学であり,すがすがしいほどイングランドの哲学者フランスィス・ベイコ ン(Francis Bacon, ­ )の主張に沿っている:「前者〔経験から 作られた心理学〕は全ての経験的学問に共通の道を行く:それは心の領域の 44 桃山学院大学社会学論集 第 巻第 号

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多くの経験を集めて比較し,それらで等しいものを強調し,その等しいもの を一定の原力(Urkräfte)に還元し,それらの原力から再び構築された経験 を説明する」(ES: ,強調は原文)。また,数量的扱いを重視しない点もベ イコンに似ている。 もう つのベーネケの思考の癖は「発生論的」と言うことができよう。 ベーネケは人間が成長するし,もちろん心も成長する,という観点を導入し た。つまり,人間は赤ん坊として生まれると生得的な(アプリオリな)何ら かの力を備えていて,それを使って外界の情報を受け容れ(すなわち,経験 し),経験に応じて力を発達させていく,と考えていた(LP2 )。出発点 に生得的なものがある,という点で経験論者ではないというのが前段落で 言っていたことだ。発生学という学問もまた,この時代のドイツで重要な発 展を見せたものである。 年に「哺乳類の卵」を最初に確認したカール・

エルンスト・フォン・ベーア(Karl Ernst von Baer, ­ )はベーネ

ケの同時代人であり, ­ 年の間はベルリン大学で学んでいた(その

頃ベーネケはハレ大学にいたのですれ違ったことになる))

。フォン・ベー アの友人でニワトリの胚の発達研究で知られるクリスティアン・ハインリ ヒ・パンダー(Christian Heinrich Pander, ­ )も同時代人であっ た。 第 節第 項 ベーネケ心理学の概観 ベーネケ心理学の概要をまとめてみよう。ここでも一番まとまっている 『心理学教本』第 版を使用する ) 。 )フォン・ベーアについては以下:石川裕二『哺乳類の卵 発生学の父,フォン・ ベーアの生涯』(東京:工作舎 )。 )上述のように『心理学教本』初版( )は手に入らなかった。第 版は大幅に 増補改訂されている。第 版はドレスラーによる補遺があるが,本文には若干の 変更しかないと思われる(厳密に調べてはいないが,参照した箇所では変更され ていた場合があった)。第 版は第 版と同じ。この第 版の補遺の部分に初版 と第 版=第 版との構成の相違が表になっている(LP3: ­ )。それを見 ベーネケの感情論 45

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この著作は章(Kapitel),ローマ数字で示される中位区分,片カッコの数 字(「 )」)で示される下位区分,最下位の構成要素である節から成る。この 節というものはそれぞれ十数行から数ページで,全体で通し番号(§記号付 き)になっているので,以下では言及箇所のことを節番号とページで言及す る( ­ ページにある第 節は,LP2 : ­ ,というように)。ま た,各節には本文の他に活字のポイントを下げた註釈が多くの場合に付いて いる。この「註釈」は,本文を補う註である場合と,ベーネケの他の著作を 参照させる場合と,名詞句だけが書かれた場合があり ),それらが組み合わ されていることもしばしばある。 まずは基本的な用語から。 ベーネケにとって,心的な事象は全て「過程(Proceß)」,すなわち動的 な〈こと〉であり,事象中で作用するものが「力(Kraft)」で,それぞれに 「基本過程(Grundproceß)」と「原力(Urkräfte,複数形)」がある。これ らの力と過程が作り出す「産物(Produkte)」には「心的展開(psychische Entwickelungen),活 動(Thätigkeiten)(行 為(Akte)),形 成 物 (Gebilde)」がある(全て複数形,LP2 : ­ )。この時の「力」は後に 説 明 さ れ る よ う に ク リ ス テ ィ ア ン・ヴ ォ ル フ(Christian Wolff, ­ )の流れを汲む能力心理学における「能力(Vermögen)」に相当する (LP2 : )。ベーネケは能力論の支持者なのである。そのため,少なく とも「原力」のいくつかは生得的なものということになろう。「活動」は 『経験心理学』においては中心的な概念で,「能力」のことであった(ES: ­ )。もしベーネケの用語法を整合的にしたいのなら,『心理学教本』で の「活動」は以前の著作の意味とは異なる,と考えるべきだ。この論文では ると,初版で全 節であったものが,第 版では全 節とおよそ . 倍に増 加していることがわかる。 )名詞句だけが書かれた場合とは,おそらく執筆当時にベーネケがまだ未解決だっ た事例を列挙したのかもしれないし,ひょっとしたら教本として読者の学生に 「こういう事例を考えてみては?」という示唆だったのかもしれない。 46 桃山学院大学社会学論集 第 巻第 号

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『心理学教本』での用法で考えるが,以下では「活動」はあまり出てこない。 「行為」も「活動」もほぼ同義に使われているようである。「形成物」は心的 な機能(概念,判断など)にあたり,「形式(Form)」とも呼ばれる。 そして,「展開(Entwickelung)」はベーネケ心理学の難解なキーワード である。通常は「発達」「発生」という語があてられるだろうし,それが ぴったりする場面も多いのだが,この文脈では〈意識の中で展開している変 化の状態,繰り広げられている状態〉のような意味合いと思われる。 さて,上記の「基本過程」は つある。以下に見るように基本過程は別名 「基本法則(Grundgesetze)」とも呼ばれ,心の働きを説明する際に使われ る(LP2: )。 第一の基本過程:心の外から来る印象(Eindrücken)と刺激(Reizen) が感官的感覚と知覚(sinnliche Empfindungen und Wahrnehmungen)を作 り出すこと(名詞は全て複数形)。つまり,感覚や知覚は形成物である。「感 官(Sinn)」とは「身体器官(leiblichen Organe)」すなわち感覚器官のこ と。外からの情報が感覚器官から入ってきて「神経と脳を介して心に移行す る(vermittelst der Nerven und des Gehirns, auf die Seele übertragen)」 (LP2: )。この時,生理学的心理学のような考察をベーネケは行わない。 なぜなら,脳神経の伝達を自己意識できないからである(LP2 : ­ )。 ここでベーネケの考える「心」とは,ほぼ「自己意識(Selbstbewußtsein)」 に等しい。ベーネケの場合,心理学は自分で意識できる限りの心を扱う (LP2 : )。つまり意識中にあるものの省察,すなわち内観,が近代自然 科学でいう観察に相当するのだ,と考えている。そして,自己意識されない ものは心理学の対象でない。こうしてベーネケは同時代にドイツで生じてい た感覚心理学の道を切り捨てるのである。 ともかく,この第一の基本過程に必要とされるのは,外からの刺激と,そ の刺激を受容する心の中に備わっている「内的力あるいは能力(innere Kräfte oder Vermögen)」(LP2: )だ。感官の刺激に対応する能力は感官

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能 力(sinnliche Vermögen)で,最 も 基 本 的 な 能 力 な の で「原 能 力 (Urvermögen)」と呼ばれる。だが,原能力全てが生得的ではないので,能 力心理学とは見解が少し異なっている(直後の第二の基本過程参照)。感官 能力は か のデジタルではなく,アナログな度合いの差を持つ。この度合 いの基準が刺激感受性(Reizempfänglichkeit)であり,刺激の充満,ある いは感官感覚の鮮度が刺激感受性で測られる(LP2 ­ : ­ )。当た り前のことだが,受信装置が無ければ情報は意味を成さない。受信装置に相 当するものが人間にあらかじめ備わっているのだ,とベーネケは考えるので ある。 第二の基本過程:人間の心は常に新たな原能力を作り出していること。原 能力は時間経過と共に消耗していく。なのに,常に原能力があるように我々 は(少なくともベーネケは)自己意識する。これにつじつまを合わせるため には,新たなものが作り出されていると考えねばならない(LP2 : ­ )。原 能 力 は,何 か を 求 め て 充 満 さ れ よ う と し て い る の で 努 力 (Strebungen)である(LP2 : ­ )。つまり,全ての原能力が生得的 だ,というのではなく,むしろ生得的なものが少数だとベーネケは考えてい るようである ) 。 第三の基本過程の前に,まず前提。上述の原能力や刺激は(心の中の)形 成物の要素(Elemente,複数形)である。この時の結びつきの強度に多様 性がある。或る形成物での要素間の結びつきが弱いと要素の一部が分離して 別の形成物に移動することが起こる。このように移動する要素のことを可動 要素(bewegliche Elemente)という ) 。ここで改めて第三の基本過程:全 ての展開(Entwickelungen)は,我々の生きている間はいつでも,可動要 素を相互に均衡(動詞ausgleichen,名詞Ausgleichung)しようとしている )ならば用語を分けて,生得的なものにだけ「原能力」を割り振ればすっきりする のに,と思うのだが,底意地の悪いことにそうはならない。 )ここで言及され て い る 可 動 要 素 は,ラ ウ エ の い う 第 種 の 可 動 要 素 で あ る (Raue : )。 48 桃山学院大学社会学論集 第 巻第 号

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(LP2 : ­ )) 。この基本過程=法則は難解にして重要だ。何の間で要 素が動くのか(おそらく形成物の間で),展開(発達?)が均衡しようとし ているとはどういうことか,どうなることが均衡であるのか,どの要素がど れほど移動すれば均衡したことになるのか,といった疑問にベーネケは答え ない。この曖昧さゆえにベーネケはこの法則を多用して,あたかも説明した 感じを醸し出そうとしているかのようだ。城戸は, つの基本過程を紹介し た後で,この第三の基本過程を特に重視している(城戸 : )) 。 我々にとっても,なぜ重要かといえば,この基本過程の例示に,今日で言え ばポジティヴ感情に相当する(気分の)上昇あるいは強化(Steigerungen, 複数形)とネガティヴ感情に相当する気分の下降(Herabstimmugen,複数 形)があげられているからである(LP2 : )。 次 の 節 で は,「意 識(Bewußtsein)」と「興 奮 し た 心 的 展 開(erregte Seelenentwickelung)」が併置される。この時の「展開」は「発達」ではな いだろう。ともかく,自己観察によってこの意識中には素速く多様に起こる 変化があることがわかる。それらはただ流れて消えていくというだけではな く,完全性(Vollkommenheit)を持つに至ると(一定の基準を超えると,と いう程度の意味のようだ),意識から消えても,無意識中に「痕跡(Spur)」と して保存される。痕跡は後に「意識的心的展開(bewußte Seelenentwickelung)」 に 呼 び 戻 し て 再 生 す る こ と が で き る。こ の 痕 跡 か ら 作 り 上 げ ら れ る (ausgebildet werden)あるいは現れうるものが「素養(Angelegtheit)」) で )本文中 の 説 明 は,原 文 の 厳 密 な 訳 で は な い。原 文 は:Alle Entwickelungen unseres Seins sind in jedem Augenblicke unseres Lebens bestrebt, die in ihnen beweglich gegebenen Elemente gegen einander auszugleichen(LP2: )。原 文は全てゲシペルト。 )この箇所で与えられる城戸の日本語訳は原文と少し違っている(前の註参照)。 ちなみにここで参照している『心理学教本』第 版と第 版の該当箇所は同一で ある。 )この単語は通常の独和辞典には載っていないし,あるとしても「Anlageと同じ」 と書かれる。しかしベーネケは「Anlageではなく」Angelegtheitを使うと言って いるので,異なる含みを持つはずである(LP2: )。他の著者による用法を探 すために検索すると基本ベーネケの著作ばかりがヒットするので役に立たない。 ベーネケの感情論 49

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ある(LP2 : ­ )。いわゆる記憶と想起の話なのだが,「痕跡」から作 り上げられたものとしての「素養」というものを私はよく理解できていな い。痕跡を要素とする構成物のようなもの(単発の場面の記憶からストー リィのある思い出を構成するような)だろうか。 第四の基本過程:人間の心に存在する同じ種類の形成物同士,あるいは似 た形成物同士は引き寄せ合い,相互に結びつく傾向があること(LP2 : ­ )。いわゆる類似物の引き寄せの法則で,これによって連合の形成が 説明される。 さらに,快不快に関するベーネケの見解も見てみよう。それらは刺激と能 力との関係に基づいて つの場合に分類される。 )刺激が能力より弱い場合は,不満(Ungenügen),能力を満たそうと してより刺激を求めるという向上努力(Aufstreben),感覚としては不快 (Unlust)。 )刺激と能力が釣り合っている場合は,ちょうど適切(gerade angemessen)。 )刺激が能力を少し超えるくらいな場合は,快感覚(Lustempfindungen)。 )ここから,時間的変化が問題となる。時間的に刺激が徐々に増えて能力 を超えて行くという場合は,うんざり(Ueberdruss),鈍磨(Abstumpfung)。 )同じく時間変化として,一気に刺激が増加して能力に対して過剰になる 場合は,固有の意味で過剰刺激(Ueberreizung)あるいは苦(Schmerz)。 快不快という感覚はこのように刺激と能力との関係性で定まるのである (LP2 : ­ )。刺激量に関して少ない方から,不快→ちょうど適切→快 →苦,という順番になる。私の考えた食欲と食事の比喩を利用してみる。食 事の量が少ない時は不満で不快で,もう少しほしいと努力するし,食欲を 対応させた日本語は城戸のもの(城戸 : )。熊谷は「萌芽(原形)」とい う言葉をあてている(熊谷 : )。私には少なくとも「素養」という日本 語のイメージとはそぐわないような気がするのだが,他に適切な言葉を見出すこ とができなかったので(そしてカタカナをむやみに入れるのも読みづらいかもし れないと思ったので)既存の訳を利用した。 50 桃山学院大学社会学論集 第 巻第 号

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ちょうど満たす食事の場合はちょうど適切,ちょっと多いくらいが快,コー ス料理のように時間をかけて運ばれてくると途中でうんざりし,いきなり大 量の皿が並べられて食べなければならないとしたら苦痛でしかないだろう。 これらを前提として,次にベーネケの感情論に入っていこう。 第 節 ベーネケの感情論 第 節第 項 努力論における情動 『心理学教本』における感情論を見ていこう。 その前に,おおまかな『心理学教本』の構造について。通常の心理学書と 同様に,認識論・感情論・欲求論というドイツ心理学の伝統的な 分割に 則ってはいるものの,順番が異なる。最初は認識論(第 章から第 章ま で)で,次が努力論(これが欲求論に相当する,第 章),そして感情論 (第 章),残りの 章は発達論,という構成になる。ベーネケの議論は錯綜 しているので,我々の読解の順序は必ずしもベーネケの描く順番通りにはな らない。 番目に「努力」(Strebung,ラウエの英語訳ではconative power)が来 るのには事情がある ) 。ベーネケにとって,表象(これは認識に関連する) や欲求は原能力である。それらの心的形式(Form)に対して感情の形式は レヴルが異なる,すなわち複数の形式の組み合わせからできるものだからだ (LP2 : )。つまり,表象と欲求(努力)は同じレヴルで連続して語 りうるが,感情はメタレヴルなので後回しになるということなのである。 このとき,感覚(Empfindung)は表象物(Vorstellen)や欲求物(Begehren) と同じレヴルの要素的心的形成物(elementarische Gebilde)である。なの で,要素的なものの組み合わせに関連する感情とは区別されねばならない (LP2 : )。このことは,以前の著作『心理学スケッチ』での,感情 )ちなみに,ラウエの著作も表象論,努力論,感情論,その他,という順番になっ ている。 ベーネケの感情論 51

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と感覚に違いはあるものの区別が難しいので一緒に扱う,という言明からは かなり進歩している(PS1: ­ )) 。 さて,努力あるいは欲求と快感覚との組み合わせは,その強度と多領域性 に応じて,傾向(Neigung),傾斜(Hang),情念(Leidenschaft)と呼ばれ る。だが,だいたいみんな傾向だね,ということで例によって区別されない (LP2 : ­ )。情念が欲求の下位分類として表れることは以前にも 見た(本間 )。ベーネケの分類はその伝統に則っている。 否定的努力(negative Strebungen)は抵抗(Widerstrebungen)である (LP2 : ­ )。ド イ ツ 語 を 見 れ ば「反 対 に(wider-)」「努 力 (strebung)」という組み立てからわかる。この抵抗は普通の抵抗と不快情動 (Unlustaffekte,複数形)に分けられる。不快情動の品目にはZorn,Aerger (どちらも「怒り」を意味する感情品目で,Zornの方が強度が強い)などが ある(LP2 : )。ここで「アフェクト(情動)」が登場する。実は以 前から登場していたのだが,具体的な品目と結びついた名詞として現れるの はここが初めてだろう。この不快情動は,快形成物(感覚とか表象とか)と 不快形成物の均衡(Ausgleichung)によって基礎付けられる。つまり一度 引き寄せられて,そのあと反発するという経緯になる。これによって抵抗が )『心理学スケッチ』は第 巻で感情論と意識論,第 巻で表象論を扱う。感情論 (上で解るように感覚論も含む)が最初に来るという変則的な構成の理由は,同 時代に現れた他の 著作との関係であることが冒頭に示唆されている。 つは当 時ライプツィヒ大学教授だったヴィルヘルム・トラウゴト・クルーク(Wilhelm Traugott Krug,1770­1842)の『感情といわゆる感情能力の新理論への基礎 (Grundlage zu einer neuen Theorie der Gefühle und des sogenannten Gefühlsmögens )』(Königsberg:Aug. Wilh. Unzer,1823),もう つはクルー クの著作に関連して書かれた同じく当時ライプツィヒ大学で員外教授だったハイ ン リ ヒ・フ ェ ル デ ィ ナ ン ト・リ ヒ タ ー(Heinrich Ferdinand Richter, ­ )の『感情能力について。クルーク教授の同対象に関する著作の吟味,基本 哲学の領域からの独自の研究を含む(Ueber das Gefühlvermögen. Eine Prüfung der Schrift des Herrn Professor Krug über denselben Gegenstand, nebst eignen Abhandlungen aus dem Gebiete der Fundamental philosophie )』(Leipzig:S. H . F. Hartmann,1824)である。これらの著作に対抗する意味で感情論を先にま わしたのである(PS1:VII)。

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生まれる。また刺激が過剰になると不快感覚が苦感覚になる(本論文第 節 第 項での快不快論を思い出せ)。なので不快情動によって抵抗と苦が結び つくことになる(LP2 : ­ )。また,不快情動は情念と混同される が,情動は突発的で一時的,情念は持続的,不快情動が苦感覚と関連するの に対して,情念は快感覚と関連するという相違がある(LP2 : )。さ らに,不快情動と情念は,前者が多いと後者が少なく,その逆もある,とい うような対照的な関係にある(LP2 : ­ )。なので,両者は同じ資 源を取り合うものと解釈できる。 情動的形成物が努力形成物と組み合わさると,特に人間関係に関して評価 的 な も の と し て,尊 敬(Hochachtung),驚 嘆(Bewunderung),軽 視 (Geringschätzung),愛(Liebe),憎(Haß)等々が,同じく好意や敵意に 関して,共喜(Mitfreude),共苦(Mitleid,同情とも),他者への愛に満ち た配慮(liebreich Sorge für Andere),敵意ある対立努力(feindliches Entgegenstreben)等々,自己に関しては自己評価(Selbstschäzzung),自 己 愛(Selbstlibe),利 己(Eigennutz)が 生 じ る と い う(LP2 : ­ )。そして,比較することによって生じるものもある。自己比較として, 過去の自分よりは良くなっているという自己賞賛(Selbsterhebung),失わ れた良いものを思い出す時に感じる自責(Selbstpein)。他者との比較では, 自負(Stolz)とうぬぼれ(Eitelkeit),羨望(Neid)と妬み(Mißgunst), あら探し(Tadelsucht),矮小化しようとすること(Verkleinerungssucht), シャーデンフロイデ(Schadenfreude)などがある(LP2 : ­ )。 このように努力論の中に,今日ならば感情品目として挙げられるようなもの が情動として列挙されている。 第 節第 項 感情論 ベーネケにとって,感情(Gefühl)とは覚醒時の我々の活動と状態との性 質(Beschaffenheit)についての直接意識(das umittelbare Bewußtsein)

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のことを指す(LP2 : ­ )。ここでいう意識とは,自分を観察した 結果,自分の心が今どうだ,ということを指している。つまり心的活動や心 的状態についての意識のようなもので,心の劇場の観客の気持ちのようなも のと私は理解している。感情は,活動に関するものというメタレヴルのもの であって,活動の一種というのではなく,意識の一種ということになる (LP2 : )。以前述べたように,表象活動や努力活動とはレヴルが違 うところに感情は配置されるのである。 感情にも形式があり,その形式とは要素的なものの種類の差異と集まり方 の差異に基づいて区別される。感情形式は つある(LP2 : )。 ( )客観的基礎あるいは関連を伴う感情。ベーネケにありがちな過剰な抽象 化で意味不明になっているが,具体的には対比の感情(Gefühle des Contrastes) である(LP2 : )。より下位品目として,新しさの感情(Gefühle des Neuen),驚きの,驚異の,奇妙な感情(Gefühle der Ueberraschung, der Verwunderung, des Sonderbaren)が列挙される(LP2 : ­ )。そ れらは既知のもの,予期したものとの対比を基礎にしている。 ( )原能力と刺激との性質についての感情。これは本論文第 節第 項 で見た,原能力と刺激による快不快(苦)に至る つの場合に相当する (LP2 : )。 さらに,愉快・崇高・美という感情も刺激と力(Kraft)=能力の関係で 決まる(LP2 : )。このアイディアはベーネケが初期から持っていた ものである。 年の『経験心理学』の第 節で,それが展開されていた。 『経験心理学』でのベーネケの説明 ) 。人間の心には同時に様々な活動 (この文脈では,『心理学教本』における「過程」に相当すると思われる)が 生じており,それぞ れ が 多 様 な 程 度 で 活 力 を 持 っ て い る。こ れ は 状 態 (Zustand),あるいは調子(Stimmung)と呼ばれる。人間が同時に全体で )『経験心理学』は他の著作と構成が異なり,章の代わりに節だけが置かれ,節以 下の下位構造はない。節番号は煩瑣なので省略する。 54 桃山学院大学社会学論集 第 巻第 号

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持っている複数の活動(これらは共同で作用したりする)の調子のことを感 情(Gefühl)とベーネケは名づける(ES: )。感情は心全体の状態だ,と いうのである。活動というものは,外界からの刺激(Reiz)とそれに対応す る内的な力(Kraft)の組み合わせから成っている。ここで,我々の理解の ためにベーネケには無い比喩を使おう。活動の調子というものを刺激ヴェク トルと力ヴェクトルの和と考えてみよう。ヴェクトルの正の方向は,刺激 ヴェクトルでは活気ある刺激された(lebhaft gereizt),力ヴェクトルでは強 化された(gesteigert)と形容される方向である。これらの つのヴェクト ルで刺激の方が優位である時には「愉快(Angenehmen)」という第 の種 類 の 感 情 が 生 じ る。力 ヴ ェ ク ト ル の 方 が 優 位 で あ る 時 に は「崇 高 (Erhabenen)」という第 の種類の感情が生じる。また,これら つのヴェ クトルが同じほどである場合には「美(Schönen)」という第 の種類の感 情が生じる(ES: ,図 )。それぞれの活動が つの状態=感情の種類の うちどれかをとる,というわけである。この『経験心理学』での議論が『心 理学教本』の該当部分の起源になっている。 また,『経験心理学』での「刺激」と「力」の関係は上述(本論文第 節 第 項)の第一の基本過程での説明と同じ構造をしている。 図 『経験心理学』での つの感情 ベーネケの感情論 55

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美と崇高の感情については,バーク(Edmund Burke, ­ )から カントへと受け継がれた崇高論の伝統に乗っているのだろう。この論文で は,ベーネケによる美と崇高の感情の発生メカニズムの説明だけに限定し, ベーネケによる美と崇高論そのものの内容については触れない。 再び『心理学教本』の つの感情形式に戻る。 ( )同種の構成部分(gleichen Bestandtheilen)が集まって作る感情。 同種の心的形成物が集まれば強さ(Stärke)の感情が生まれる(LP2 : )。集まり方がきちんとしていれば明晰(Klarheit)の感情が,集まりが 不足していれば不明瞭(Dunkelheit),集まり方がきちんとしていないと不 明晰(Unklarheit)の感情である(LP2 : ­ )。これは美学から倫 理学,法哲学,宗教哲学にまで拡張される(LP2 : ­ )。熊谷はこ れを「倫理的感情」と言い切っている(熊谷 : )。 ( )非同種の構成部分が集まって作る感情。多様な構成要素の集まりで できている感情同士は同一や類似の部分があれば つに合流する(第四の基 本過程,本論文第 節第 項)。似ている部分が強調される場合と似ていな い部分が強調される場合があり,それぞれに感情品目が割り当てられる (LP2 : )。だが,なぜそのような割り当てになるのかについては説 明が無いし,私も理解できない。ともかく, つの組み立てられた感情の類 似性に応じて相互に制限し合う場合(似ているとお互いを邪魔する)と,強 化し合う場合(似ていないと対比で相互に強化される)がありうるし,中立 的な場合は快と不快を逆転することもある(LP2 ­ : ­ )。こ れらについてもわずかな例示があるのだが,その仕組みについては全く触れ られないので,ベーネケの言うことに頷くことしかできない。ともかく,こ の逆転が起こることから悪意に関連するものが生まれ(LP2 ­ : ­ ),悪意に対して道徳的なものが生じる(LP2 : ­ )。以下, 悪意と道徳の感情が交互に扱われていく(LP2 ­ : ­ )。次に

「可笑しさの感情(Gefühl des Lächerlichen)」が続く(LP2 ­ : ­ 56 桃山学院大学社会学論集 第 巻第 号

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)) 。この部分は大変難解で私はよく理解できなかった。 そ の 後,均 衡(Ausgleichung)に 基 づ く 感 情 が 扱 わ れ る(LP2 ­ : ­ )。均衡については以前見た第三の基本過程(本論文第 節第 項)に出てきたが,私にはよく解らない概念である(ラウエも熊谷も無視 している)。ただ,この話の流れでも快情動と不快情動が出てくる。この時 にベーネケは,多くの心理学者が「強い感情」を「情動」と考えているが, 自分は均衡によって突然生じたものだけに「情動」を限定すべきと考える, という註を記す(LP2 : )。すなわち,「感情」と「情動」は明確に 区別され,「均衡」という特別なメカニズムと情動は本質的に関連している わけである。 『心 理 学 教 本』に お け る 感 情 論 の 最 後 の 話 題 は「感 情 素 養 (Gefühlangelegtheit)」である。この場合の「素養」は,無意識下に蓄積さ れる感情形式の記憶のようなもので,おおざっぱに性格や気質というような 意味合いと思われる(LP2 : ­ )。 第 節 まとめ 第 節で挙げられた つの基本過程(とくに最初の つ)と快不快につい ての見解がガーディナーによるベーネケ評価のポイントである。本論文冒頭 の引用の部分で,ガーディナーは,ベーネケが抽象的な哲学的心理学(ある いは精神心理学)の用語で語ったことを生理学の用語で語り直すことが後の 研究者の目的となった,と主張するのである(Gardiner et al : )。 後の人々に対するベーネケの直接の影響がどれほどだったのかについて,少 なくともガーディナーは具体例を挙げていないので,今のところ,私には判 )「可笑しさ」と漢字で書いたのは,「おかしさ」だと「奇妙な」という意味に取 られてしまうかもしれないので,それを避けるため。名詞「笑い声(Lachen)」, 動詞「笑う(lachen)」に由来する形容詞「笑いを誘うような(lächerlich)」の 名詞形である。ベーネケはこの問題を特別視しているので,これもまた同時代の 何らかの議論の影響があるのかもしれない。 ベーネケの感情論 57

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断しかねる。 ベーネケは,少なくとも,感情や情動についての何らかのメカニズムを想 定しようとしていたことは確かだろう。それがあまりに抽象的で,空想的で あるとしても。ただ,ベーネケ自身は自分の説が経験に基づいていると主張 しているのであり,その主張を批判するためには別の経験的な証拠が必要と なるだろう。この意味で,ベーネケは自然科学としての心理学のための道を 拓いたのかもしれない。 ベーネケの著作 『経験心理学』(ES)

Erfahrungsseelenlehre als Grundlage alles Wissens in ihren Hauptzügen dargestellt. Berlin: E. S. Mittler, 1820

『心理学スケッチ』(PS1)

Skizzen zur Naturlehre der Gefühle, in Verbindung mit einer erläuternden Abhandlung über die Bewußtwerdung der Seelenthätigkeiten. Göttingen: Vandenhoect und Ruprecht, 1825(Psychologische Skizzen.(2 Band. 1825­1827)の第 巻)

『心理学教本』(LP)

Lehrbuch der Psychologie als Naturwissenschaft. Berlin: Ernst Siegfried Mittler, 1833

Lehrbuch der Psychologie als Naturwissenschaft. Zweiter, vermehrter und verbesserter Auflage. Berlin: Ernst Siegfried Mittler, 1845(LP2)

Lehrbuch der Psychologie als Naturwissenschaft. Dritte, vermehrter Auflage. Neu bearbeitet und mit einem Anhange über Beneke s sämmtliche Schriften versahen von Johann Gottlieb Dreßler. Berlin: E. S. Mittler und Sohn, 1861(第 版の本文は第

版とほぼ同じで,ドレスラーによる補遺がつけられている)(LP ) 58 桃山学院大学社会学論集 第 巻第 号

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Lehrbuch der Psychologie als Naturwissenschaft. Vierte Auflage. Neu bearbeitet und mit einem Anhange über Beneke s sämmtliche Schriften versahen von Johann Gottlieb Dreßler. Berlin: Ernst Siegfried Mittler und Sohn, 1877(第 版は第 版と 同じ)

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In this paper I aim to make it clear ideas of Friedrich Eduard Beneke (1798 ­1854?) on feeling and emotion in his textbooks on psychology, Lehrbuch der Psychologie als Naturwissenschaft (A textbook of the psychology as a natural science). Beneke emphasized the empirical character of his psychology which used chemistry (a typical natural science of the day) as a metaphor. But his empiricism was based on the introspection of his own mind, not experimental observations. According to his classification, emotion (Affekt) that belongs to effort (Strebung) is not the strong type of feeling (Gefühl). Feeling is a consciousness of state of mind which has many mental elements. It includes sublimity and beauty, and some ethical sentiments. Beneke is estimated by his trying to construct a mechanism of emotion and feeling.

Keywords : Friedrich Eduard Beneke (1798­1854?), history of psychology, Lehrbuch der Psychologie als Naturwissenschaft ,

feeling (Gefühl), emotion (Affekt)

Friedrich Eduard Beneke on feeling and emotion in

Lehrbuch der Psychologie als Naturwissenschaft

HONMA Eio

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