要 旨 本稿は、日本企業でのインターンシップに参加した外国人留学生を対象に、研修実践に ついての語りから、アイデンティティ構築の様相について明らかにするものである。日本 人学生とのチーム実践共同体での協働作業を通して、一個人と集団のアイデンティティが いかに変容するかを分析した。その結果、調査協力者が自己内の矛盾や他者との葛藤を経 験しつつも、多種多様なアイデンティティを表出させ、時には特定のアイデンティティを 別のアイデンティティに代替させることで乗り越え、実践共同体内での自己の位置づけを 変化させていったことがわかった。このことから、多くのアイデンティティ資本とそれら を調整する力をもつことの重要性が示唆された。 【キーワード】 インターンシップ、外国人留学生、実践共同体、個人と集団、 アイデンティティ資本 1.はじめに 生涯発達の中で青年後期の職業探索は、自己概念確立のための中核的な課題である。特 に、日本社会で職業を通した自己実現を希求する外国人留学生は、卒業前に明確な社会的・ 職業的自己概念を確立し、日本での就職をすべきか否かの判断をしなければならない。労 働市場の地位競争の中で自己の位置付けを見定めるための有益な手立てとして、昨今はイ ンターンシップが注目され始めている。しかしながら、これまでの研究では留学生が日本 企業のビジネス現場で、どのように自己概念を形成するのかについて十分な探究がなされ てきたとは言い難い。 そこで本稿では、インターンシップ研修に参加した留学生がどのようなアイデンティ ティを形成するのか、日本企業内に組織されたインターン生実践共同体での個人と集団の アイデンティティの変容について着目し、一留学生の事例により質的に考察していく。 2.チーム実践共同体内でのアイデンティティに関する先行研究 現在日本で行われているインターンシップには、「課題達成型」、「中核業務型」、「アルバ イト・パート型」など(佐藤ほか 2006)さまざまなタイプがあるが、本研究で取り上げる のは、一つのプロジェクト課題をインターン生で編成されたチームで達成していく「課題 達成型」の研修である。「チームで働く力」は、経済産業省(2006)が提唱している「社会人 基礎力」のうちの一つであり、多様な人々と仕事をするために必要な基礎的な力として重 ―事例報告―
チーム実践共同体でのアイデンティティ資本の獲得
―日本企業でのインターンシップ参加留学生の事例から―
横須賀 柳子視されてきている。他者との関係性を通して個人の社会経験が成り立つ集団、つまり「実 践共同体」1)への参加という状況的な学びが求められているといえる。
特定の実践共同体内での人間の社会的結合あるいは排他には、個々人のもつ多様なアイ デンティティが複雑に関連し合う。社会心理学分野での代表的な集団研究とされる「社会 的アイデンティティ理論」(Tajfel & Turner 1986)は、集団の形成過程を次のように説明 付けている。人には、対象を何らかの社会的属性によってまとめて捉えようとする心理が あるため、自分が所属する内集団と所属していない外集団とを区別して認知する(「カテゴ リー化」)。内集団の価値の高さによって自己を高く評価したいという動機から、集団間の 利害の対立がなくても、内集団を好意的に評価する「内集団びいき」の認知バイアスが引 き起こされるため、それがネガティブに働いた場合は集団間の葛藤、偏見、差別にまで至 る可能性があるという。 これをさらに発展させた「自己カテゴリー理論」(Turner 1987=1995)では、個人が内集 団として認知し得るカテゴリーは多数あることが指摘されている。それは、性別、国籍、職 業、宗教などの社会的な属性、役割、地位を意識した包括性の高い「社会的アイデンティ ティ」から、性格や能力など個人の内的属性から捉えられる「個人的アイデンティティ」レ ベルまで階層構造化されているという仮定に立つ。自集団内で自分と他の成員との差異が 大きい場合は、個人的アイデンティティによって自己を理解し、内集団成員との類似性が 高く外集団との差異が大きい場合は、社会的アイデンティティが強く認識されると考えら れている(Hogg & Abrams 1988=1995など2))。
しかしながら、「社会的アイデンティティ」か「個人的アイデンティティ」かのいずれか 一方のみに焦点を合わせた研究では、両者の関係性を捉えることができない。コテ(2014) は、現代の西洋社会における人のライフコースが個人化されてきているとする社会学の後 期近代社会論と心理学のアイデンティティ論を融合した「アイデンティティ資本モデル」 という概念を導入した。そのモデルでは多種多様なアイデンティティを「社会的資源」と「心 理的資源」から成る「アイデンティティ資本」3)として包括的に捉え、若者が社会へ移行す る際に、獲得することの意義を説いている。
1) 本研究では、「実践共同体」(community of practice)(Lave & Wenger 1991=1993)を「集団への参
与を通して知識と技巧の修得が可能になる社会的実践の場」という意味で用いる。職業実習のため に構成された集団は単なる個人の集合体ではなく、生涯発達につながる「学び」の場であるからだ。 複数の人間の小規模な集まりという一般的な意味では「集団」という語を使う。 2) 日本人大学生を対象とした実証研究においては、たとえば、性別(三好 2001)、部・サークル(尾関・ 吉田2009)、若者(大和田 2013)を変数として測定し、集団の成員性、帰属性などがアイデンティティ に関わることを指摘している。 3) 「社会的資源」は主に有形なもので、例えば、親の社会階級のような帰属的なアイデンティティ、特 定の社会関係資本の文脈に関係するその人のジェンダーや民族性、学歴、ネットワーク、評判地位 といった達成的なアイデンティティ、行動パターンなどがある。一方、「心理的資源」は無形なもの が多く、例えば、自我の強さ、内的統制の所在、自尊感情、人生の目的意識、社会的視点取得、批判 的思考力、認知的推論能力、道徳的推論能力が含まれる(コテ2014:153)。本研究では「社会的資源」 を「社会的アイデンティティ」の同義、「心理的資源」を「個人的アイデンティティ」の同義として、 論を進める。
コテ(前掲)が示したアイデンティティ資本の獲得や提示は、個人が複数の集団に所属 することで可能となるだろう。しかし、その集団は必ずしも同質的な成員で構成されると は限らない。文化の異なる成員が属する集団においては互いにステレオタイプや偏見が生 じることも少なくない。偏見を低減するためには、状況に応じて適切な認知によるカテゴ リー化が求められるが、Pettigrew(1998)はステレオタイプや偏見を抑制するための段階 モデルとして次のように提案した。まず、自身が対応する他者を集団レベルではなく、個 人として理解して接触する(「脱カテゴリー化」)。それによって得た肯定的感情や知識を外 集団全体に一般化(「カテゴリー顕現化」)し、さらに、内外集団両者をより大きな上位カテ ゴリーの仲間として捉える内集団アイデンティティを形成する(「再カテゴリー化」)といっ た原理である。 最終段階において「われわれ意識」の再カテゴリー化を促進する条件として、Pettigrew (前掲)はAllport(1954=1968)の「接触仮説」の4つの条件を紹介している。それは、1) 対等な地位で、2)共通の目標をもち、3)相互に協力し、4)制度化された支援を受けるこ とである。以来、「接触仮説」の有効性を立証する数多くの研究知見が積まれてきたが、今 後は接触効果の時期や接触によって自己を収めるカテゴリーの選択がどのようになされる のかなどのプロセスをさらに明確にするような研究の進展が期待されている(Dovidio ほ か 2005)。 本研究ではこれらの理論を援用する。しかし、本研究が扱うのは、既存の企業組織集団 にインターン生個人が参入するという形態ではなく、ゼロの状態から偶発的に構成される インターン生集団であるため、所属成員に類似する本質は保証されていない。また、イン ターン生集団は研修終了後には解体される暫定的な組織でもある。そのような人間集団の 中での個人による多元的なカテゴリーの選び取りやアイデンティティ形成のプロセスをみ るためには、集団を単なる個人の総和として捉える視点では解釈しきれない複雑な認知・ 心理を反映したアイデンティティを、より広範な視座から探究する必要がある。個人の行 為だけではなく、個人史としてつながる過去-現在-未来の時間軸と個人がおかれた環境や 社会文化的状況の空間軸との交差を含めた社会的世界を捉えることが重要だ。よって、本 研究では個人の日常的な社会的実践の現場における他者との相互行為や思考を分析すると ともに、実践共同体自体が構築されていく様相も明らかにしていく。 3.インターンシップ参加の一留学生の事例 3.1 調査概要 本研究は全体で11名のインターン留学生を対象とした調査に基づいている。本稿では、 個人と集団の関係性の実態を可能な限り微細に記述するため1名の事例を取り上げ、他の 事例に関する論考は別稿に譲る。 本事例として取り上げた一留学生は、調査実施当時、日本国内私立大学の社会科学系学 部に所属する3年生で、韓国出身の女性「キム」(仮名)である。キムは韓国語を母語とし、 日本語は上級レベルで、滞日期間は4年4ヶ月だった。このインターンシップ・プログラム
は所属する大学(「C大学」)のキャリア関連部署が毎年主催しているものだが、留学生の 受け入れを許諾する企業はそれほど多くない。キムの研修先企業の業界は教育研修事業で、 キムが卒業後の就職先として希望する広告代理店やマスコミ業界とは一致していないが、 広報・企画をしたいという職種の希望に関しては研修内容とほぼ一致していた。 3.2 分析方法 本調査で使用する主なデータは、インターンシップ・プログラムの課題として出された 研修日誌、報告書、筆者が研修前に実施した質問紙調査(属性、参加理由、達成目標などに 関する質問)の記述データと、それらを基に研修後にキム本人および研修担当の田中氏4) に実施した半構造化面接(一人当たり約90分)での口述データの文字化資料である。研修 で使用した資料や、筆者による事前オリエンテーション、事後報告会への参与観察メモを 補助資料として用いる。これらのパーソナル・ドキュメントから、キムが接触した「重要な 他者」5)を特定し、彼らとの相互作用によって形成された個人的および集団的アイデンティ ティを分析、考察した。 3.3 インターンシップ概要 キムの受け入れ先企業は、教育研修会社(以下「B社」とする)であり、常勤社員約13名 と委嘱講師約90名で構成される。インターンシップには、大学学部生10名が参加し、外国 人留学生はキムのみだった。インターン生の所属大学はさまざまだが、日本人学生の大半 は同じA大学に所属しており、キムと同じC大学の所属者はいなかった。下表は2012年8 月2日から8月15日までの実質労働10日間のスケジュールを示している。 表1 キムの研修スケジュール 4) 受け入れ企業においてインターンシップ研修を企画する田中氏は、毎年大学機関に留学生の送り出 しを要望し、過去に2名の留学生を受け入れたことがある。田中氏は家族に海外留学・勤務経験者が おり、また、職業を通して国内外の大学に関する豊富な情報や知識をもっている。 5) 「重要な他者」とは他者の中でも家族、友人、教師などの身近な人格形成に大きな影響を及ぼす人物 のことである(G.H.Mead 1934=1995)。本研究ではキムの言説の中で多くの相互作用が認められ、ア イデンティティ形成に強い影響を及ぼした人物を「重要な他者」とした。
研修内容の中心は、「学士力を保証する大学づくり」というテーマで、仮想の「B大学」 を立案し、最終日にB社の役員の前で企画した内容を発表するというプロジェクトだった。 5名ずつの2チームが編成される前の2日間は、大学で求められる学士力に関する知識の導 入として、B社の教育研修業務であるセミナー現場での補助作業、就職環境に関する情報 入手などをし、3日目から企画書作成に向かった。6、7日目には、就職試験で利用される SPI試験対策講座の受講がはさまれ、就職時に求められる能力を実践的に把握する機会も 設けられていた。 4.結果 4.1.アイデンティティ構築に関わる参加実践共同体と重要な他者 (これ以降、日誌およびインタビューによる言説を斜体で示し、強調箇所に下線を引いた。 インタビューは「I」、日誌は「第~日日誌」、報告書は「報」と記す。日本語の誤用は正さず にそのまま記述する。) 職業探索のための文脈においてキムが自身を置く実践共同体は、所属大学、インターン シップ受け入れ先企業、そして想像する将来の就職先企業の3つだった。大学卒業後に就 職する企業を日本にするか韓国にするかは非常に悩んだが、友人や親に相談し、インター ンシップを終えて約3週間後、日本での就職を決心したと述べる。 来日前、キムは韓国の進学校で履修した日本語に高い関心をもち、成績も学校で1位を 取るほどだった。しかし、他の科目の成績はさほどでもないと思ったため、韓国の大学は 受験せず、高校卒業後、両親に1年だけ日本語を勉強しに行くと言って来日する。実際には 来日前から日本の大学への留学を決心していたため、渋る親を説得して日本の大学への入 学を果たした。大学卒業後は、昨今の韓国での大変厳しい就職状況下、日本で留学をした だけで就職せずに帰国したら「負ける」ような気がして、大学入学時に母国から「逃げ出し た」ように、日本から逃げ出すようなことはしたくないと、日本社会にある就職先企業を 想像の実践共同体として定めたのである。 インターンシップ参加の動機には、このような韓国社会の就職事情という社会文脈的な 制約のほか、実はキムの心理内での不安があった。本当に自分は日本人を主体とした企業 でやっていけるのかということに対する不安だ。元来、社交的なキムは、大学入学時に日 本人学生と交友関係を築きたいという高い期待をもっていたのだが、思うようにいかない という経験があった。「日本人と話そうとしても、なんか壁がある感じ?最初は、自己紹介 とかするんじゃないですか、私名前聞かれる前にはふつうにしゃべってたんですけど、名 前聞かれると、『あ、キムです』って言ったら、『あ、え、外国人だったのっ?』みたいな、で、 それがいやだったんです。」(I)と、大学での実践共同体内メンバーに入り込めない「壁」 を感じていたのだ。 キムは日本語での表現力の不足を「壁」の一因として考えていた。インターンシップ参 加の「目的」には「意見を正確に伝える力を養うことと発表になれること。」(報)と記述さ れているが、ここには、大学では周辺化していた自己が日本語能力を向上させることで、
インターンシップ実践共同体内でどう位置づけられるのかをみてみようする意欲がうかが える。 10日間の研修を終えた後には、自己の成長を次のように評価している。 「正直に留学生だからもっと大変ではないかと思ったときもありました。自分の考 えを相手に正確に伝えることにつらく感じたかもしれません。でも、今は誰マでもブマ レスト、ティスカッションすることができるぐらい成長しました。」(報) 「前に進める力を持つことができました。プレゼンテーション準備の段階で自分の 意見を迷わず伝えることができました。初マめてはあまり意見を話すことさえできまマ せんでした。でも自マ マ身を持って話そうと思い、それがだんだんよくなり、グループ の人たちも私の意見に耳を傾けてくれました。(後略)」(報) この省察には、大学の対人関係ではうまく使えなかった自己表現力が、インターンシッ プで接触した他者たちとの相互作用によって向上し、葛藤を覚えながらも相手に自己を理 解してもらうことができるようになったことの充足感と成長の手応えが示されている。 キムが研修中に接触した他者は、社内に組織されたインターンシップ生実践共同体成員 である9名の日本人学生、研修担当者としてメンターの役割を担った田中氏、SPI対策講 座担当の嘱託講師、社外ではわずかな時間だったがフォーラムの現場で対応した顧客だっ た。このうち、同チームの日本人学生4名と田中氏は特に大きな影響力をもつ「重要な他者」 であった。 次節では、これらの重要な他者たちとの相互作用を通して、キムのアイデンティティが どのように変容したのかをより詳細にみていく。 4.2 自己カテゴリー化とアイデンティティ変容の過程 a)顕在化したマイノリティ性によるカテゴリー化 インターンシップ開始時、キムは10名のインターン生によって編成されたサブ共同体内 の周縁に自己が位置していたと認識する。本来は好奇心旺盛で積極性のあるキムだが、当 初は「韓国人一人しかいないんじゃないですか、みんな日本人で、当たり前なんですけど …(カレンダーに)バツつけたんですよ。一日終わった、一日終わった」(I)と、研修が早 く終わって欲しいと願っていた。キムの意欲を喪失させたものは、インターン生の中で唯 一の外国人であることの重圧感やマイノリティとしての疎外感だった。 キム: 外国人私ひとりだから、全員10人で、私ひとり外国人で、最初はあまり接した ことないから、ふつうに『建前』で接したんです。それに接したんですけど、な んかおかしい、なんか、雰囲気とかも、うーん、なんかなめられてる感じ? 筆者: どうして、どんなことでなめられてる感じ? キム: 私が意見言っても、あんまり聞いてくれない感じ?聞いてくれるんですけど、 実際 になんか、心から(笑い)聞いてくれない。(I)
明確な理由がわからないまま、自分の意見を聞き入れてもらえない場面に何度か遭遇し、 キムは「マジョリティの日本人学生」対「マイノリティの私」というカテゴリー分類による 彼我の構図を作り上げてしまう。 2日目のA大学のフォーラムで学生スタッフとして関わった際には、受付でフォーラム に来た顧客に応対するために日本人の漢字名を読む作業があった。日本語の固有名詞の読 み方が得意ではないキムは受付担当を外されてお茶出しの係に回されたことなどから、日 本人学生から自身の日本語能力を低く評価されていることを悟った。キムは大学で自己と 他のメンバーを内外集団に分けた「壁」を再び感じる。 しかし、キムは2日目と3日目の間の週末に、マイノリティ・カテゴリーからの脱却の方 策を考え始める。自分が変わって、他のインターンシップ生に接するべきだと内省したの だ。「私が逆に、勝手に日本人に対して壁を作ったんじゃないかな。あんまりよくなかった かな。壁を私が作って、仲良くしずらくしちゃったのかな。逆に、私から積極的にしようと しなかった。」(I)と。そこで、日本語での意見表明力の不足を自覚しつつも、週明けから は「私はリーダーをする…下手な日本語でも」(I)と決心した。 b)脱カテゴリー化 翌週、自他を隔てた壁による疎外感を払拭するために積極的に意見を述べることを試み たところ、成功の実感を覚えた。「今日、初めて、グループに分けられて、ディスカッショ ンとブレストをやらせて頂きました。ディスカッションについては積マ マ極意見を出すことが できました。」(第3日日誌)。「主張を強く言ったんです。訴えたんです。これじゃダメじゃ ないって、ほとんど私の意見が取り入れられたんです。」(I)。 ただし、日本語力としてはまだ不十分であることの認識は残されたままだった。毎日の ように繰り返されるディスカッション、ブレーンストーミング、プレゼンテーションの機 会に、母語のように話せない自分に対してフラストレーションを感じた。「韓国語みたいに 日本語をしゃべりたいんです、私は。それが、思ったより足りなかったんで。」(I) 特に、不足だと感じたのは、日常会話ではあまり使わない洗練された語彙(「硬い表現」)、 形容詞、複合動詞、文末表現のバリエーション、意見を要約する力だったと言う。その不足 を克服するために、電子辞書で調べる、他の人の発表を聞いて終わり方の表現をメモする などの努力をした。チームの中のディスカッションでは2年生男子学生のリーダー I君が 発言権管理の役割を果たし、キムの意見を要約して言い換えたり、中間報告発表の際にキ ムにプレゼン練習の機会を与えたりして、補助をしてくれたと言う。 研修全体の目標として設定した「日本語での意見表明力をつける」については、毎日の 具体的な目標設定と内省の連続の中で、学びの実践がなされていたことが、研修日誌に記 述されている。 2012/8/6(月) 本日の目標:「積極的に話をする。」 振り返り:「(前略)VTRをみて、まとめる力がまだ足りないと思いました。そして、 ブレストをやらせて頂きましたが、つい、ディスカッションになりましたので、
これは今後注意したいと思いました。」(第3日日誌) 2012/8/8(水) 本日の目標:「もっと言葉、意見を聞こう!!」 振り返り:「(前略)、発表をやらせて頂きましたが、あまり、話がうまくまとまらない ことを感じ、今後、話す練習をしなくちゃと思いました。」(第5日日誌) 非母語話者ながらも臆さず意見を述べようとし、チーム代表で中間報告の発表をするキ ムの態度は、「外国人なのに、代表して、プレゼンっていうだけでも、みんながびっくりし て。」(I)と、他者からの評価を高めていった。この時点でキムは、ネガティブな「外国人」 カテゴリーを脱し、もはやマイノリティの存在ではなくなっていた。 c)葛藤の克服と協調性の萌芽 キムのポジティブな「外国人」アイデンティティは、日本人学生の価値観を変える力に もなった。B大学の理念にグローバル視点を加えてはどうかという田中氏からの助言があ り、チームでは海外から留学生を受け入れようという案が出された。そのディスカッショ ンの中で、「日本にある大学だから、日本人のための大学を作るべきだ」というリーダー I 君の意見にキムは「一回キレた」(I)と言う。I君の単文化的な価値観に基づいた提案は、 ただ「外国人を利用しているだけ」で、「外国人に対して失礼だし、そのスタンスだと留学 生がここに来る意味がない」と反論した。日本人学生の狭窄的な視野に対して、「その態度 が間違いだ」と論破したのだ。前面に押し出されたキムの留学生アイデンティティは説得 力をもち、皆を納得させた。 キムの「外国人性」を帯びた態度は他のチーム活動でも目立つことがあった。「パワーポ イントができる人?」と言われ、手を挙げるのはキムのみだった。実際できるのに手を挙 げない日本人学生文化ともいえる態度にキムは違和感を覚えるが、「やるしかない」(I)と 思った。パソコン入力のために必要とされる「正確な発音」(長音、濁音など)に関しては 苦手意識があったものの、ITは得意で自信があった。日本語を使用しながらも日本人より も早く入力ができるキムのITリタラシ―に、皆が感服したという。 d)「われわれ意識」への再カテゴリー化 言語能力を基準に自他を乖離させ、自らを実践共同体の周辺に位置づけていたキムも、 日本語能力以外の積極性やパソコン能力などを発揮することで、チームの一員として対等 の位置に立つようになる。同じ目標に向かって協調的に作業を進める中で、自己を他のメ ンバーと共に構築する「チームX」集団に内化していったのだ。 最終日を控えた前日の日誌には、「一日大変だったが、皆と協力して全部埋めることがで きました。本当に嬉しかったです。明日最後一日、寂しい感じしますが、頑張ってやりたい と思います!」(第9日日誌)、また、最終日には、「(前略)10日間私はほんとうに頑張ってき ました。みんなにもありがとうといいたいです。」(第10日日誌)と、「われわれ意識」の発 揚が記されている。
ただ、就職活動を目前に控えて、正社員として参入する日本企業の中での自己を想像し、 「(日本人の中に)紛れ込んで、それが耐えられるかなって、それが心配。」 (I)と、不安が再 び浮上した様子だった。しかしながら、研修後に田中氏から届いたメールには、性格や能 力について肯定的な評価が書かれており、これによってキムは迷いを自信に変えようとす る姿勢をみせていた。 e)研修担当者の認識 一方、研修担当者として、多くのインターンシップ生を受け入れてきた田中氏は多少キ ムとは異なる分析をしていた。まず、キムのように日本語能力が十分に高い場合でも、留 学生がすぐに日本人学生と馴染めないというのはよくあることなので、それほど心配せず に見ていたと言う。特にキムの所属したインターン生共同体には同じA大学の所属者が多 数いた上、大学フォーラムの現場も彼らのホームグラウンドだったために、対比的な関係 性で始まったのだろうと推測した。 ただし、マジョリティ派とマイノリティ派の対峙関係は、例年日本人学生同士にも見ら れることで、地域性(関西対関東)や大学偏差値などによって分かれることがあるという。 マイノリティ側の人間の特質としては、自分が変わろうとするタイプと集団に溶け込めな い原因を相手側に帰するタイプがおり、キムは前者だったとみる。田中氏が描写するキム の特性は「初めのんびりしてて、なんか頼りないなって思わせる部分も無くも無いんです よ。だけど中にある芯は実は凄く強いものがあって、考えてることもしっかりしてて、じゃ あこれなら応援してやろうかなっていうような、ふうにもっていかれる感じ」(I)であっ た。日本人学生にも留学生の良さを理解してほしかったため、「キムさんの目をひっぱろう と」(I)、田中氏は陰になり日向になり、キムの業務・精神的支援をしたのだ。人に「この人 を支援してあげたい」と思わせるような性質をもつことは組織内の人間関係では大変重要 なのだが、キムにはその性質があったと語った。 また、他の日本人学生も同様にキムとの接触によって新たな学びがあったことを指摘す る。「(I君は)いかに自分たちがしっかり学びに取り組んでいないか、流されながらあるい は流しながら大学生活っていうものを捉えているかってことを気づいてくれて、意識チェ ンジをした。」この語りには、参加者同士の相互作用から個々の成員においてアイデンティ ティ変容が起こったことが示唆されている。 5.考察 以上、一人の留学生がインターンシップ生実践共同体内で接触する日本人学生たちとの 相互関係を通して、さまざまなアイデンティティを形成し、再形成しながら自己変容を遂 げていった様態を明らかにした。 インターン生集団が結成された当初、キムの認知内では「日本語能力」を基準にして、「外 国人」「韓国人」である個人と「日本人」の集団を対照させ、自他を峻別するカテゴリー化 が起こっていた。しかしながら、それを内省して「積極的」な個人的アイデンティティを前
面に出すという意思をもち、日本語能力以外の能力を発揮していくことで、マイノリティ からの脱カテゴリー化する。その後、日本人学生の偏狭な視野によって、キムの「留学生」 としての社会的アイデンティティが顕現化され、成員間の葛藤を生むが、結局それは日本 人学生側の「日本人」としてのステレオタイプ的な思考を打破することになった。チーム での協働作業を続けるうちに、キムは彼我を隔てていた「壁」を撤廃することに成功し、最 終的には協調的で一体化したインターン生実践共同体が構築されて、「われわれ」意識によ る再カテゴリー化がなされていった。キム個人のアイデンティティの生成過程が協調的な 実践共同体という社会構築の過程と重なり合い、その経験は将来就職するだろう日本企業 実践共同体の中での自己像を明確化することにつながった。 このように本研究でみられた個人と集団のアイデンティティ形成過程は、集団間関係を 前提にした「社会的アイデンティティ理論」と同様の原理によって進行したわけだが、そ の主な要因は「接触仮説」の諸条件がほぼ満たされたことにあると考えられる。まず、条件 の一つである「共通の目標」下での協力体制については、課題達成という共通の目標に向 けて協働作業をすることで、自己を他者と過剰に乖離させていた「外国人」アイデンティ ティに代わり、「チームメンバー」というアイデンティティを新たに生成する効果をもたら したことが明らかになった。 研修開始当初は「日本人」とは非対等な位置で自己認識をしていたキムが、「対等な地位」 を得る原動力となったのは、自己を客観的に分析する力と、他者との良好な対人関係構築 を目指して自己変革しようとする意思だった。キムが感じた集団内の地位格差は、実は同 大学所属者の集団サイズや集団内成員の役割としてリーダーがチームの発話権を管理する ような優位性によって発生した可能性もあるのだが、キムの中では過去において大学で経 験した同様の疎外感が想起されたことから、「外国人」カテゴリーが前面に押し出されたの だろう。キムの内省力は、毎日の意識的な課題化と目標化の中でも発揮された。日々課題 を遂行するうちに日本語能力の向上が自覚され、それが自己効力感につながったことも「対 等な地位」を獲得できた一因だったと考えられる。 また、日本語力不足を補うため、「積極性」、「率先力」、「ITリタラシ―」などの言語能力 以外のアイデンティティを有機的に機能させたことも、地位格差を解消するに至った要因 だ。公的役割である「リーダー」としての社会的アイデンティティはないものの、それと等 価値をもつ「リーダー的な存在」を指標する個人的アイデンティティが代替された現象に よるともいえる。 各成員がもつ有益なアイデンティティ資本の結節は、実践共同体内の多様なアイデン ティティを相補的に活性化し、協調的な「チームX」としての集団アイデンティティを形 成する効果をもたらした。つまり、接触効果促進に必要な条件である「相互の協力」が満た されたのである。また、メンバー間の互恵的関係性を支えたのは、キムの外国人性のメリッ トを引き出そうとする外在的な力の存在だ。メンターとしての田中氏による業務・精神的 支援は、接触仮説のもう一つの条件である「制度化された支援」としての機能を果たした。 留学生、日本人学生両者の自己変容は、異質で多様なアイデンティティの混在によって相
乗効果が生まれることを示唆しているが、これを集団の利益として客観的に評価できる人 物が介在することの意義は大きい。 しかしながら、本研究では相互協力をもたらしたものが、必ずしも各成員の「類似性の 知覚」だったとは言い切れない事象がみられた。キムは「外国人」アイデンティティをすべ て放棄することで集団に自己を同一視させたわけではないのだ。グローバルな思考を必要 とする議論では、「外国人」アイデンティティをポジティブかつ戦略的に駆使しながら、「留 学生」視点で意見を主張し、他の日本人学生を説得させたのである。キムは日本人学生よ り年齢が高い上、海外生活経験者として自立していることも、主体性を顕現化させた背景 にあったと考えられる。人前では自身の能力を誇示しない傾向をもつ「日本人学生」文化 に同化せず、「韓国人学生」文化を貫いて手を挙げる行為からも、キムは「留学生」らしさ の度合いを適度に調整しつつ社会的行動をとっていたことがわかる。 「チームX」内の互酬的関係性は、キムが実践共同体の中で正統的なポジションに立って 自尊感情を含んだ意見を述べる機会と権利をもてたことと、日本人学生がそれを聞き入れ る柔軟性をもっていたことによって構築できたと考えられる。それまで日本人学生自身で は気づかなかった固定的な価値観やマジョリティとしてホスト文化に埋め込まれた権力 が、異質な文化的価値観によって揺さぶられたことで、日本人学生の中にも複文化主義的 なアイデンティティが形成される結果となったのである。このことから、協調的な実践共 同体を構築するためには、必ずしも成員たちが同質的・類似的な社会的アイデンティティ をもつ、あるいは知覚する必要がないことがわかる。むしろ必要なのは、相互の相違性を 認め合えるような知覚と平等な承認であるといえるのではないだろうか。 大学での日本人学生との対人関係が不成功だったと感じたキムの体験は、インターン シップで構築しようとする人間関係にも抑制的な予期展望をまねいており、先行経験が後 続の心理に影響していたことを示唆している。逆に、インターンシップを通して自分が日 本社会によって受け入れられるだろうと思えた実感は、将来の日本企業で働く自己像に投 影されていた。その実感を確実化するためには、さらに同様の成功経験を積み重ねる必要 があるだろう。 これらの考察から、次の2点の重要性が指摘できる。一つは、個人が多くのアイデンティ ティ資本の資源レパートリーをもつことだ。本研究で示唆されたとおり、相手や場面に応 じて適切で柔軟性をもったアイデンティティを表出することは、円滑な対人関係の構築や 目標・課題の達成につながる。あるアイデンティティの選択が失敗だったり、選択自体が 不可能だったりする葛藤に直面した場合でも、別のアイデンティティを代替させることで 問題解決を図ることができるのだ。つまり、豊かなアイデンティティ資本をもつことは、 選択するアイデンティティの幅を広げることになるため、交換可能なアイデンティティを より多く蓄積することで、より確かな自己概念の感覚をもつことができるようになると考 えられる。 もう一つ重要なことは、多様で多元的なアイデンティティの選択肢の間を有機的に統合 し、社会的文脈に合致するかたちで操作・調整する力をつけることだ。その場その場で有
効と考えられるアイデンティティを資源在庫から引き出し、自分の行為の正しい方向づけ ができたときの成功体験は肯定的な自己概念を形成させることが明らかになった。同様の 経験を典型事例として重ねることで、さらに明確な自己概念を確立できるようになるに違 いない。 6.おわりに 本研究では、日本企業でのインターンシップに参加した一留学生の事例から、チーム内 の他者との協働的な課題遂行を通して、個人と集団のアイデンティティが変容していく様 相を明らかにした。しかし、自己変容の在り方は個人によって一様ではなく、実践共同体 の成員によって集団アイデンティティの様態もまた異なると推測される。今後はさらに多 くの事例を検証し、留学生の職業選択文脈におけるアイデンティティ資本の獲得や形成に ついて探究していくことが課題である。 謝辞 本稿の執筆にあたり、調査にご協力を賜りましたキム様、田中様、また、ご指導とご助言 を賜りました桜美林大学大学院の宮副ウォン裕子教授および査読の先生方に深く感謝いた します。 参考文献 大和田智文(2013)「若者カテゴリの知覚に伴って生じる若者カテゴリへの同化」『関西福 祉大学社会福祉学部研究紀要』16(2), 49-5, 関西福祉大学社会福祉学部研究会. 尾関美喜・吉田俊和(2009)「集団アイデンティティが集団内における迷惑の認知に及ぼす 効果―成員性と誇りの機能的差異に着目して―」『実験社会心理学研究』 49(1), 32-44, 日本グループ・ダイナミックス学会. 経済産業省(2006)「社会人基礎力」http://www.meti.go.jp/policy/kisoryoku/index.html (2015年1月11日閲覧) コテ・ジェームズ(著)・松下佳代・溝上慎一(訳)(2014)「アイデンティティ資本モデル― 後期近代への機能的適応―」溝上慎一・松下佳代(編)『高校・大学から仕事へのトラ ンジション―変容する能力・アイデンティティと教育―』141-181, ナカニシヤ出版. 佐藤博樹・堀有喜衣・堀田聰子(2006)『人材育成としてのインターンシップ: キャリア教 育と社員教育のために』労働新聞社出版部. 三好智子(2001)「“個”-“集団”間葛藤の観点からみた青年期後期の自我同一性の形成過 程心理學研究」『心理學研究』72(4), 298-306, 日本心理学会.
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