様である。現 在 、 疵 者の知れ る 疵囲では、平野臨氏が はっきり焚意を表し注1‘ 漱石と楠緒子文学に詳しい 井上百合子氏も肯定し 注 2、 高田瑞穂氏 注 3、 和 田 謹 吾氏 注 4、 松 本槌次郎氏 注 5も既に楠緒子恋人説を主 張している。 ま た 、 柳 田 泉注6‘ 塩日良平注7‘ 瀬沼茂樹注 8 ‘ 伊藤竪 注 9‘ 川副国基 注 10といった諸氏もそれぞれ楠 緒子恋人説に関心を示している。 文壇側では、 芥川竜之介注11、 村 松 梢風注12‘ 楠本 この楠緒子恋人説に対しては、 目下、 毀否烈しい模 明治37年は「水底の感」 日] 歌・俳句を論じ、その意義を究明して行きたい。 漱石の俳句と英文学 (刃・2.8)を寺田寅彦 得ぺく、 現在、 なお未開拓といってよい漱石の恋愛詩 本稿は、 具体的根拠のない感俯的な反対者の納得を , 指 摘した通りである。 ... 15-一方、 反対者は、 現 在 、 美貌の曲秀作家、 大塚楠緒子と漱石が、 恰もダンテ (「文学」47.7)で の如くプラトニックで葉隠的な恋を、 創作活動を通し 相聞歌的に交わすことにより、 実生活上、 克服して行 った事は、 拙稿「ある相聞歌」 伊豆利彦氏は歴史社会学派的立場から、 時代・社会の 俯況を直視する余り、 漱石の恋愛はさして重要でないと 批判的であ る 注190 1漱石の恋を詠んだ詩歌俳句ー 坂
漱石研究の問題点
晋 注 14 小島信夫 といった人たちが楠緒子説を 注 13 、 憲吉 とり、そく聞するところによれば、 中野好夫、 稲垣達 郎といった諸氏も賛意を表してい る と いう事である 注 150 江藤 i 浮Hは投登世恋人説を強力に打ち出したため、 楠緒子は埋想的な涸れの女性であったという意見にと ど め て い る 注 160 ついて」という小文で「神話はやめたい」という痣音を 注 17、 述ぺ . 松山時代の漱石の写真の暗さ、 いたましさは 失恋ではな<、 トラホームを病んだ眼もとの暗さにある 注 8 という従来からの説 lを繰り返している。 . 田中保隆氏が「まなざしにあ る 。 A水 の 底、 水の底. 住まば水の底 9 深き契り、 深 <沈めて、 永く住まん、君と我° . 黒髭の、 長き乱れ。 涵屑もつれて、 ゆるくただよう。 夢ならぬ夢の命か C 暗からぬ暗きあたり0 うれし水底゜ 消き吾等に、 裁り遠く憂透らず。.有耶無耶の心ゆらぎ て、 愛の影ほ の 見 ゆ 。> .. この新体詩が、 教え子の一高生、 藤村採の自殺から 受け た ショククによることは言うまでもない°那珂通 世の甥(実際は実子であったという 注 20)藤村操が華 巌の施に身を投じたのは前年の5月四日であり、.那珂 通世が切々たる衷悼の辞を寄せたのは5月公日の事で あっ た 。 し かし、 「水底の惑」に漱石が欲っているの は、 愛と死 の イメージであり、 江藤氏の いう如く、 哲 学的自殺の背後に失恋の痛手が園されていた芯を漱石 る片思いや失恋を歌ったものでなく・死の世界におけ る永遠の愛を夢みている。 それは「永く住まん、 君と は知っていたと思われる 。 しかも、 この新体詩は単な ているに相迎ない。 しかし、 同時に、 漱石がダンテや口七プチーの如ベ 大塚楠緒子を永遠の恋人に擬し、彼女が創作した「み (明31.2「女学世界」)と「華巌」 なそこ」 7 「心 の華」)を念頭に淑っている事は明らがである。 「みなそこ」は遠い異国に去った恋人.^*口を慕ぅ・ 女主人公が、 横恋悌するグリニルモをいとい、 水の底 深く身を投じ、 亡益となって現われ● 「水の底をば慕 わしとうち慕いつA、 今も浮涵に黒裟や乱れてかAる の乙女、 (明 36 または在天の処女と訳す)からヒントを受け セ.9チーの 「拶十夜」第一夜に歌った歩であり、 後述する如くロ Dar.1oz e 1 The Bl.e _ ssed (浄福 0 f Crea t i on{�造の夜明け.) 一迎の英詩 .や 天国で桁<永遠に結ばれる恋とは、 漱石がDawn なかろうか? つれて 、 ゆるくただよふ 。 」といったイメージは、心 中を思い 、 死をみつめた者にのみ浮かぷイメージでは 宛の葉醤に甚いたように 、 漱石の情熱が晶揚した年で 我。」 「甜き吾等に、 誡り遠く炎透らず9」といった 表現から明白であろう 0 .屈厖の 、 長き乱れ 、 秘屑も
ぁA神秘、 神秘のとばり かのほAえみ すぐれた新体詩とはお世辞にも言えないが、 楠緒子 L あまりなる .ゆくぇょ、 飛沫受けし ねたまれし、 物の妬か、 立ちぬるは一ぶ少年 のろわ れ し、 物の呪か 百尺の巨海の上に 花なりし若き齢を こみどりの眉やにほひし、 「くれないの頌ゃ動きし、 楠緒子作「華敲」の二節を左にあげる。 あA、 世は泌し た死の世界しかなかったのである。 語 れ、 語れ 、 女と住む「薄くら がりの安息所」は現世から遠く離れ 安らかに彼れ眠れるや 落ち以前から漱石の心を捉えた生涯の恋人であり、 彼 声たかく何をうそぶく を詠んだに違いない。 楠紺子が秀才、 藤村採のよ らむ」と語り、 恋人.ハオロと共に永遠に水底に住まん と頭う作品である。 漱石は楠緒子の作品、 例えば 「い つまで章」「ひと夜」「折にふれては 注 21 」などから 彼女の意中を知り、 更に、 う折をいとおしんだ新体詩「華巌」から、 彼女のロマ ンチ ・ シズムと母性的な後しさに惑励して「水底の惑」 「理想的」女性棉緒子は、 松山 ぁA華汲、 いみじの儀牲に 蹴はならて入りし水底 うたがひはよ し や招けけん 往き往きて 、 往きにし彼は かえらず この世に 智の血の鍵やあたえし 昆なりし玉なりし ー17
-れから」においては二人が現実で結ばれる時、 死以外 子の住む幻想の卵形世界を壊す衰子、 それを敵とする か結ばれないとした「夢十夜」第一夜や「空浜」の益 夫及び「虞美人草」の桂吾描写でも明らかだが、 「そ 「文烏」や伸六氏の「文烏」からも推測で き る、 楠緒 キング・リアの荒野に叫ぶ孤独と憤激 の 心象に託し、 人として悲しく描いた事は、、百年の後、 死の世界でし 吹き募る」と詠んでいる。 漱石と楠緒子がお互いを死の世界にいる遠い遥かな 漱石は右をレジュメし て、 「雨ともならず 唯凩の イメージである。 同様) く、 ひし々と迫る「心滋」で捉えた生々しい愛と死の 鹿なlI気も狂いそうだ。 (逍並の訳を参照する。 以下 なる頭で考えた観念的な存在の不安や死の恐怖ではな 「行人」の一郎が言う如く、 単 屈しめいたおどけた掛き万の奥には恐るぺき苦悩と不 . 安が秘められている。 いうシャイネスが勘 .いているためであろう。その照れ 彦氏の如く、 寅彦との同性愛的惑情を歌ったものと解 釈する注22のは誤解も甚だしいと思う。明治40年8月 20日の松本東洋城宛の「春の水岩をめぐりて流れけり」 一見、 茶化し、 低徊趣味的に詠ん という俳句と同様、 でいるが、 そ れは寅彦や束洋城に対する小島信夫氏の but 分るのである 以下順番に検討して行ってみよう。 先ず「リア王」の第二稲第四屯である。 I have full cause of weeping , this heart Shall break into a hundred flaws , Or c re I 1 11 we cp . 0 f oo I ! I sha 11 go mad . 涵〕 泣きとうてならぬが、 おのれ、 泣く位なら ば、 この心をこなごなに引きちぎってくれるわ。 なんと馬 形で俳句を作り、 当時、 彼の関心が那辺にあったかが してセクスビアの印象的な文を引用して、 レジュメ の それにしても、 漱石 の新体詩「水底の感」を伊豆利 揚した37年5月には、 小松武治訳「沙翁物語集」序と が好んだ第一高等学校の秀オ青年に対する母性的同情 は行間に溢れていよう。 「水底の感」を歌い、 漱石の情熱が品 はあり得ぬとしたのである。 以上の如く、
i s land:. my prayer , May know if you remain upon On whom these airs attend suRe , the Goddess this Vouchsafe さて、 次に漱石は「テムペスト」第一裕第二場、 石はこれをレジ i メして「がい骨を叩いて見たる堕か 「ハムレブト」第五雅第一褐の語句引用である。 漱 よく歌ったであろうに。」 Most た楠緒子の象傲である。 s ku 11 tongue could sing Once; I 〔沢〕あのドクロにも舌があって、 かつては歌なども That had a
.
1 n.
i t an d 子との幻想的恋を詠んでいるのだ。 を示唆深くうかがった。 この女性は漱石が煙慈を張っ .から殆ど十数年にわたる漱石の苦悩を見落してはなる まい。 この俳句には36年6月から再発した漱石の神経 衰弱と妻との別居などの悲惨な生活が災打ちされてい い出していじめる」旨の、 生前語った鏡子夫人の言莱 訪問し、 漱石が神経衰弱の際「井上眼科病院の女を思 で金権(岩崎)を攻翠し、 大臣の招待や博士号を辞退 筆者は過日(グ ・11.9)荒正人氏と長女筆子氏を 漱石の当時の憎人厭世と、 「野分」 「二百十日」など した行為にみられる天オの一面である権力意識を示し ているが、 同時に、 無人島でなければ成立しない楠緒 ー·\19 -る゜
年のぉ年作の「燕人島の天子とならば涼しかる」は、 無人品に女神楠緒子と住みたい願組を詠んでいる。iniJ 「見るからに涼しき島に住むからに」と幻想の世界 ・ 以上を引用して、 女神ミランダに楠絡子を擬し、 うかお教え下さいまし。 表現に迷わされ勝ちだが、 前述の如く松根東洋城宛の 自己を戯画化し、 冗談めかした俳句の底に松山落ち前 にお鎮りなされるお力でござりますか?私 の祈りでど 詠んだものであろう。 我々は俳句の持つ低徊趣味的な いる女神であろう。 家庭内における孤絶と狂気に耐えて い る漱石の心象を (脆き)祈願し奉ります。 この島 〔訳〕きっとあれ(ミランダ)は先刻の音楽が仕えて ’ 9, 4 ·· · ·t. l j91 , ' f · ·・萩(可憐) メージで捉える。 「思い出す事など」9掌に描かれた 罪もうれし二人にかAる璃月」 (淡白な性裕) :白 菊(土品)'.といった白い梱物性のイ が後に続く) たり隠れたりするわ」という 彩っているあの月に怪いをかけて。 (「月はでもかけ ジュリエプトの言葉 Ga.2) という俳句は楠緒子を詠んだもの .ている 。 開いた芙蓉J「初冬の垣根に咲いた山茶花」とたとえ ...呼ぶ楠緒子を蘇のイメー・ジによって捉えたものと思わ がする。」と記している。 そして更に、 み 、 「消く咲いた白萩が露とともに散ったような感じ 石を「わが身の恋のたえしより いまは落第にまかすなる みず涸れはてし 池のごと」と歌ったように、 惜熱や夢を失い水湿れは てたがい骨(漱石)に対じ、 浪没的特歌や小説で再び れる 。 楠緒子はすみれ会を起し、 例えば「国の中にはさみ し斑にほひ失せぬ なさけかれにしこひ人に似 て 」. .(
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「折にふれては」)といった星策調の歌を詠 んでいる。 漱石 の 有名な「すみれ程の小さき人に生ま れたし」 ではなかったか?ほっそりとした華奢で可憐な楠緒子 . が座のイメージで捉えられた弗は充分考えられ る 0· 恋 する女性をいろいろ●花によ.ってたとえ、 その美点を 節る心理は芸術家によくある事で、 漱石は哺緒子を更 .芙蓉盆哀雅) に「一筑磁きの朝貌」 薄閥の中に は「硝子戸の中」る紅に雨の中ぽんや.りと浮き上がる 「文烏」の白い頸が印象的に 楠緒子像が描かれたり、 描かれる事と通じる 。 近松秋江は楠緒子のよう折を悼 「初秋の庭に (「早稲田文学」 明43.12 ) さて、 欧石は「ロメオとジュリニフト」第二碓第二 褐の印象的場面 を 次の如く引用する。 Lady ,by yonder blessed moon I swear , That tips \�ith silv er a ll th e s e · fruit...:..tree tops , 〔訳〕姫よ、 あの空を結ぷ樹々の梢の先々を白銀色に た まじと 称おうのふすまをね を象徴する共通した白の菰物的イメージである。 それ な」と詠んでいる。 恐らく 、 楠緒子が・「ひと夜 」 で漱 白く浮かぶ百合の描写などすべて楠緒子小夜時雨成るなかれと鈍を撤< えた)「もう安眠は出来んぞーマクペスは眠りを殺し 右は楠緒子が「そらだき」16回で郎一と泉子の悲恋 をロメオとジュリニットにたとえた如く、 漱石も楠緒 子との未了の恋を念頭に詠んだものと思われる。 この 一見、 余裕を祉いた低徊趣味的な詠みぶりは、 俳句特 有のものでもあるが、 よ」と詠んだ句が、 実は「無慈恕な美女」を歌った英 詩にみられるように、 災に恐ろしい嫉妬と狂気、 孤絶 ソナであったのだ。 「彼岸過迄」 Methought no morel 〔訳〕 「行人」の嫉妬は他人事ではな heard a voice _ Cry i令1 c b e t h d o e s mu r d e r ·s l e e p' 令acb e th Act.II.Sc .II . ) · (どこかで怒嗚っている声が聞えるように思 っちまった」と CJ
....
• Sleep かったのである。 次は「マクベス」を引用した俳句である。 「 心 」 の内面的嵐を秘めていた如く、 漱石のさりげないペル 「二人して雛にかしづく楽しさ ナリ度ナイ人間ハ食ッテ居レ.^ソレデヨロ・ソイノサ大 (沈黙 ) と同様に、 不眠と幻認の苦悩を詠んでいる琳 は明らかであろう。 鏡子夫人は「漱石の思い出」の中・ に、 漱石の不眼と幻聴を描いている。.この分裂気質的v. 神経衰弱の除、 異常に鋭敏な漱石の聴党は外界(夫人 下女・近所の学生)から聞える敵泡を感じており、 芥 川の「歯単」程でないにしても、 確かに漱石ば被皆意 識を抱いていた。その証拠 は、 ロソドソ留学中の神経、 哀弱峙の断片「 0 池がアルカイ、 ア、有ルヨ、 魚が居 るか居ないか受合はないが池はたし か にある よ・・中 略・・ 9.0 こう見えても亡国の士だからな、 何だい亡 国の士というのは、 国を切ぐ武士さ」によく似た感じ の「近来昼寝病再発グーグウ疫ルヨ禅士ニモ教授ニモ 著述モ時卜金ノ間迅ダカラ出来ナケど^出来ナイデモ 溝ハナイ・・・・中略・・・近来南隣ノハッチャン北隣 ノ四郎チャソ背後ノ学校ノ生徒諸君日森ヲ定メテ色々 ナ甘r・ヤッテ居ルヨ・・・中略・・・・大塚ノ==女 が先逹テ病気デ死ソダ侯^見舞二糾ヲヤッテ笑^レク」 右が、 江藤氏の指摘した如く、 英詩 Si le nee :__ 21-している。 秘めたる恋でやつれる「彼女」は、 家庭的 もすまい。 雪花石粁に劣らぬ程滑らかな彼女の膚を傷つけること 漱石は「伏す萩の風情にそれと覚りてよ」とレジュメ than 右は「十二夜」第二禅第二濁からの引用であるが、 Nor scar th a t whiter skin of hers れこそ真の恋) Yet I l l not shed ·her blood; い る 。 に住む学生たちに対する被害意識は明らかである。 こ れは'「吾が輩は猫である」にも描かれている。 病みやつれ、 に悲しみの中、 But I et She never 蒼ざめ、 told her concealment 笑い声して、 疇 love a プ ;vorm I 11ce t he b u d Fe e d on he r d ama s k1cheek” 〔訳〕何にもロベ出しませんで、 バラのような頌を 腎虫同然のその秘め耶に食わせ、 食わせ(憂き思いに ふさぎこんで、 忍耐の像のよう じっとしていました。 こ 不幸と代助への愛によって宵ざめ倒れる三千代を想起 させるが、 漱石と楠紺子は現実においては一首半句も 態度で示す事なく、 詩歌、 小説を通し、 星の瞬きのよ うにしか相聞を交わさなかったた め、 恋するものの不 確さ、 疑心暗鬼が両者に拗いて、 漱石食伏す「萩の風惰」 .In という投げやりな菅宛の手紙をみれば、 漱石の、 近所 に楠緒子の意中を推し菌ったものであろう。 漱石の愛 なる. 因に「三四郎」 (41 .9) の末尾は、 恋を「森の雪」という新体詩に託そうとするのに対し 漱石は背春時代、 楠緒子の.アンコンシアス ・ヒボクラ シイーに振り回された思いを「森の女」の絵に託して・ snow And smooth as monumental alabas _ tcT . 〔択〕しかし、 彼女の血は流すまい。 又、 雪より白く、. この「*セロ」第五絲筋二褐の印象的語句を漱石はゞ 「白菊にしばじためらふ欽かな」と詠んでいる。 右の 楠緒子が「総」の末尾で、 現時点における隊石への失 (O .71心 .9)の末尾に応えて褐いた相聞である。 「器 」 神坂旭士(漱石がモデル)に対する疑いを描くように に対し 、 自信諾々であった涌緒子もやがて「謀」では
the -down Y pi 11 ow alabaster arms soft 〔訳〕彼女は私の熱い禎をその腕の羽根枕でささえ た. 澄んだ色合の柔い石奇のような腕だ。 (江藤遮比氏 訳による。 以下同様。)に緊がる。 この英詩は楠緒子に対する官能的イメージを伴う唯 一の 英詩といってよい。小林函氏は 漱石 の鋭子夫人に 注 硲 » 対する禁欲について示唆深い文を得いている。 事 実、 漱石は大正5年4月20日頃の日記及 固片 に ・ 「 0 け んか、不快、・リパルジョソが自然の偉大な力の前に畏 縮すると同時に相手 は 今迄の相迎を忘れて抱擁してい る 0 けんか° 細君の病気を起す。 夫の肴病。[E々両老 の 接近。 それが acti o nにあらはるA時。 細君はた ゞ致笑して カレシングを受ぐ。 決し て 過 去に 洲 .っ て 薙 詰せず。 夫はそれを愛すると 同時 に 、 何時でも又して やられたという惑じにな る 。」と沿.いている。 これは 明らかに「逍点」 a 章と55章の冒頭部及び「夢十夜」 of serenest Of h u e her soft 英文は半年程前のお年11月ぉ日付の英詩 She supported my · feverish head on を紺しているc しかしここに描かれている 「黄昏」の ところで江藤氏は前述の官能的イメージを伴う英詩 つ。 として鏡子を豚に(勿論イリクプルな神経衰弱の際) 第十夜に関辿する。 第一夜で夢の幻想女性を描いた彼 .0 ... 。 は、 第十夜において白け渇いたぶよぶよする日常性の 象数として豚を抽き、 豚 に なめられて倒れる。 鏡子の 中の勅物性、 小刀細工(赤シャツ)性、俗物性を嫌悪 していた彼は、 それから逃れて第一夢の幻想女性との 夢幻世界に入るが、十夢では現実に妍り、 彼に映じた 縦子の中の勅物性 ・俗物性 ・小刀細工性と戦う。 しか し、 遂に本能に破れ、 「道 床」54章5箪と「要十夜」第十夢との関述は拙稜 注 24 >ノポル ぷ じたのでこれ以上 融 れないがー日常的現哭の象致 . 「してやられた」と思う。 描いた砥石は、 恰も幻想世界に生きた鏡花が「高野聖」 などで、 魏悪な現実(例えばブルジョアの卑俗さや俗 人)を蛇 ・馬 ・蛭 ・藤として捉えたのと通じる面を持 について『ここでも女は「金色の髭」に姿を変えさせ られ 、 「私」も``、スティフィケイシ"ンによって正体 -
23-女が「金色乃娑一に姿を変えているのは、 に迎合して作られたイメ ー ジであると思う。 0 セブチ 例えば「神曲」 ばしば描かれる百合の花(一例をあげれば「クララ姫D 「お 互いの抱揺のなかに魂を結びあわせ」たやすらぎに通 じるものであることはほとんど脱いをいれない 6 』ど 「登世の投彰を受けたと冗しい幻党の女は、こ のような彼の前に 、 「生」の持続を証明する救済者で あり、受容者であるもののイメ ージとして立ちあらわ 「罪」の忍立を、ある甘美さとともに思い出させてい た」と論じ、更に致石文学の百合のイメージと結びつ 漱石文学全集の9巻の月報で面単に述ぺたが、要する に大塚楠緒子の、雨の中、白く浮かび上がる美しい顔 やえり首 ー 特に漱石文学に頻出するすらりと揺ぐ百合 のような細長いえり首から来ており、それは更に・ロセ ッチ ー の英詩「在天の処女」の百合や楠堵子の作中し 「在天の処女」と「創造の夜明け」
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「夢+夜」第一夜に共通する天上の乙女と地上の男と この百合のイメ ー ジがどこから来たかは、巣英社版 け蚊蛭世との罪(肉体関係)を俎定している。 れていた O · それはまた彼の存在の奥底にひそむ陪い (前川俊一氏訳による。以下同 述 べ、 hair that なかの安息が、 D aw n of Qrc:atio nの
ヽ'
ーの英詩「在天の処女」の一節 q、 He _r 1 ay a long lik e ·r.ip e corn.» 〔訳〕彼女の打を流れくだる生の毛はみ.のった小麦の yellow ように黄色であった。 籾 9) と いう郎く金俣から来ている。ほ石がロセフチ ーを説んでいる事は「文学評論」 (政石全集第十巻咆 に、、「 Dante の極楽は paradise , i<ossetti かの Blessed Damozel ころなるべし。」と述ぺているので明らかである。石 の極 楽は、 井和夫氏は「歩十夜」第一夜と・「在天の処女」の関迎 を指摘した 注 25が、 「夢十夜」第一夜の先行作品と思 われる「創造の夜明け」一述の英詩は「在天の処女」 に更界節似している。隊石はロセッチーの英詩やグソ テの「神曲」を参照して、楠緒子を幻想化しつつへ 「創迎の夜明け」一辿の英詩を作り 、 更にそれを発展 させて「松十孜」坑一夜を作ったのだ。 was の住むと her back今r--.'択 ..1J 要ビ哀ヰ 1(l 逹困也1\,1..; 如 1侭⇒ャニ tQ ° 以以 「苺#訳渾率こ」 ..1J 「森+総」踪l�t1.:ii(啜ヤ心:e ざ 「池也幻匹」「認水Q園」忍逗心栄 O' 「Kぷ 這」 壼匹 (I V記疇 Cl y* . {心→ト A
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巽〕走賭 Q 団収社以→e菰領Q芸+全ヽ釦汰如Q ""33 牧 ゜笛邸奴 困 旦 ’ゞ四砂環咋年心3 恕 � �-ゃ竺 °器収辻lII忙 Qf!!14砂壮四 ' 翠出心 〇丑全ど閾社や廻·どn ど ゜ (B) Once I was young: I saw a st r earn of gold, Bursting open the Gate of Heaven F l o o d _ i ng a I I t he· ear t h w i t h _ amber light 1 〔函〕全〇ド涵竺洪全•,\ど っ涎吐拭俎e恙ヰ冶以国 Q巨合、3屯4也」033V ’我→以案臼心Q采如せ之胡 杓が心Q 如 成ど ゜ (B) The n c ame t he s t a r s : t h e y s e eme d to light on her golden head. They seemed _to move on _her golden _ he � d.-one-two-and th ree, The three stars mo ved and g I i t t e r e d t he r e o n· h e r go I de n he ad. And lit her dr ea my hair, d r e a m i 1 ·y f 1 o w i n g i n t h e dar kn es s 〔起)ギ#条ふ固ど虹砂n臼知び喝ど心忠gぶ
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flow ing like dreams. And I ? Ask me not who I am: for l am not What was· once thought to be nor could ever be! 〔%〕器如廷送紫4...)出琴)や ' 痴杜心辻S O-,;>111 C'0湿ぷe翌也器ふ心oソた ’器点e式安杜令やや-IIl :;.o器汰·0翠せ$〇叫やや俎t!!]ャ '乱ぃ
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サ・へ旦謀ヰ ヤ シQ-ギ...)ヤ涎缶←涎生器や全心全心索g心や心好' 函岱全0い い改祖 砂ヰヤニ足む 砂也足v'悩ど ふ沿 碩t如が3 ・ Se謬ふー(リか噂i鯰 哩足逍茸ぎ1lギ ‘ トーe
部誤9知俎釘ヤニ{ ま荊出-) ('f9 and no 響 w she spoke as when The stars sang in their spheres. 〔器〕,v...) \-' :;. 悩 &器如導 g-年ら咋 ゜ 国が 砂 #や 、 亡Q困や活心堂s..L-6いは ゜ She spoke through the still weather. Her voice was like the voice the stars Had when they sang together, 〔苓〕 ニ畔和知 巽 心 心 ” 啜 拉;乱g (\ �茶 ' ギ e虹 Ill 也 ' 認々茶4呼託 )�.lJ 的 Q祉Q サ・へ や s n足 ゜ WJ And t11en sh e ca_st her arms along Tile golden barriers, And laid her face be tween her ha nds,And wept. (I heard her tear.s. ) (者〕が0遥ぷ 竺 宅豆咋ぷ緊的印 廷苺 を全た^理洲i且器心・ヘヤ念ャ ' 吋サ心姐ニ俎 ゜ (涵廷 岩収 Q 俎v憐心切 ニ心 ° ) 侶) T hough all the stars wink and beckon night after night, Though all tile t�ars. fall mute and fresh.to Crysta _ llise her sorrow on every blade, 〔髯〕疱出e叫辻悩どどSv洛 ' A 尺J U潟全&全足4[l 弓如ヤ心た ヰ囚ぷ訳Qi森廷荏各と世 O' 涵俎出器収 e淫⇒ ぺ如裸·iJ -'J 出迎哩和如内たヰ囚ぷ 叫 J>() や r 「日媒以⇒吐⇒足Qふ令蚤各 ⇔」 .>J :-;. IS珍しく幻想の恋人、 天女楠緒子の無慈悲さ、 残酷さ った 。 殺 害にあたって女は一滴たりとも自分の血を流 目されるが、 祗栂の都合上、 他日に譲る。 さなかった。 sne shed p both • In Loved was return , s h e: 邪ではなかったのである。 それは右の英詩が作られた and She ldlled tnern Each sword drank b Io od . a I I th i ·s Io ve d . 「彼岸過迄」 「行人」に描かれた主人公の嫉妬はよそ f o r he r whom う俳句は、 二人の男が剣を持って争う「無慈悲な美女」 T h ey had words T h ey measured t ·h ·e y never d1< a r -ly I'I\ kJ l ling t ·hem drop of her blood . 〔訳〕彼らは言葉をかわ し、 刀の刃先をあわせた。 刃はたがいに敵の血を深々と吸い込んだ。 これはすぺ て二人がはげしく愛した女のためであった。 女は愛さ れていた。 その返礼に女は男を二人とも殺したのであ を歌った英詩である。愛と伽しみは紙一璽にある。 ● enemy s 「心」のお嵌さんにつき、 筋つかない女は好惑が持てぬ」旨述べているが、 「二人の脊年を自殺させて においてお娯さんー要 ・静を純白のままに姐き、 三角 関係の醜さを知らせたく ないと描いた漱石 も 、 時 には 楠緒子と保治に激しい嫉妬を燃やしていたのだ。 同じ8年6月、 神経哀弱中、 親友大塚保治 ・桶緒子夫 妻の三女が亡くなった時、 糊を送るというデスベレー トな行為となって現われる 0 それは、•前に掲げた漱石 困筒ー漱石の松山沼ち前の秘密を知っていた唯一の視 友と思われる菅虎雄宛搭箭が示している。 以上いくつかあげて説明した、 一見さりげない.低徊 返味的な俳句の奥には、 欧石の恐ろしい苦悩と、 それ を超克せんとする心の総藤が秘められていたのである 。 この漱石の俳句 ・英詩に照応する楠緒子の詩歌も注 「心」 d eep of hi s th e i r - sw o r d - s . 「心 」 together: という同じ日付の英詩と密接に緊がっ て いる。 愛と嫉妬は背中合わせとな・ニている 0 円地文子氏は 漱石は「心」に「恋愛は神堡にして罪悪」と描いた。
モラルな美的エピキ d ーリアンの面(不倫の恋)を痛 注9 「日本文壇史第78回」ー夏目漱石と上田敏ー 漱石は代助や津田の批判を通し、 草平と自己のアッ 注8 「一以目漱石」 (昭37) に煉われた理由が分らないと述ぺている。 注7 「明治女流作家」 (昭17) クスから来ていると思う。草平は「煤煙」以後、 漱石 会 明治文学史 夏目漱石」 知っているかも知れないという漱石の探偵コンプレッ 注6 「物故文人独器芭昭9 .ll「伝記」及び「座談 ゴを批判したもの)の秘密である恋人浦子の件をネク に、 小林が津田を強諮る着想は、 草平が自分の意中を 3) 報」) 「漱石と大塚稲緒子」 を「明暗」の小林の中に拡大して描いた。津田(漱石 の美的工 ' ピキューリアソの而とェゴだけを顕微成で拡 大し、 同時に大正知識人の美的ニビキューリアソと= 注5 第十二号 「漱石と大塚保治夫衷」 (46 .12「日本医事新 (「日本医事新報」47 . 注4 「野分」の構図(「言語と文芸」46 .3) 昭32 .11) 極度に妹い、 草平の純心だがラフな面も邸悪し、 それ 注3 「有る程の菊なげ入汎よ」小考(「成城文芸」 妓良の理解者であったと思うが、 その次の良き理解者 森田草平もうすうす感じていたらしい。 漱石は探偵を 注2 日本近代文学会秋季大会発言(47 .10 .22) なのである。 芥川龍之介と大塚稲緒子は漱石の哀情を知っていた 段階において漱石文学のなぞを排くため の 必須の作業 ゅくを買うかも知れない。 しかし、 この試みは現研究 敢後に、 漱石の葉隠的なブラトニック ・ラヴを白日
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。 の下に直こうとする試みは、 通俗的な見地からひんし 注 1 「文学界」47 .10 丸谷才一との対談 表の一部を文章化したものである。) 理解のため、 必須なのである。 漱石が腺うであろう探偵的研究は、 以上の如く作品 (47 . 11.20稿了。 本 稿は47年10月22日「日本近代文学会秋季大会」口顕発 烈にえぐっていたのだ。 29-春秋」 注 •24 47 4
、-(「文学」41 .7) 注 23 「人間を段きたいー夏目漱石夫人ー」 注 22 「明治大正文豪研究」 「日本近代文学」5梨「漱石と恋愛」41 .11 (「夏目漱石研究」新酒 「近代作家伝(下)」所収)夏日漱石! 作家評伝統 夏目漱石 「 多佳女の約束」 「漱石とその時代」 「日本近代文学」17集1視座ー 「写真作家股掛4夏目漱石」44.11 「日本近代文学」17集I視座ー 「 日器戦争と作家への道」 「ある相聞歌」 (日本文学」47 .6) (「文芸 注20 . 岡山県立短大学長高山綾氏の話 注 21 明34 .2「竹柏固媒邸一品」 注 19 注18 注17 注16 注15 の将来」所収 荒正人氏に直接うかがう。 47 11 潮出版社 注 14 「日本 注 注 社 13 12 林原耕三「傲石山房の人々・」46 .9に指摘 昭11 •9所収)中の中村武遥夫発言 注 11 「群像」33 .6 注 10 注 25 「嗽石とダンテ」 (47. 11.20) ー岡山大学教菱部助教授ー (「困文学」学俎社46 .• 9)