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分散型リーダーシップ実践に着目した学校改善に関する研究

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Academic year: 2021

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1.問題の所在と研究の目的

 学校現場では山積する学校課題を教育改革の方向性を踏まえながら,積極 的に解決することが求められている。課題の解決も改革の成否も最終的に現 場での実践の改善にかかっているが,多くの学校では複雑化する学校課題の 対応に追われ,教育改革の意義を咀嚼し,効果的な実践を展開しているとは いいがたいのが実情である。これは学校現場の問題であるとともに,学校を 変えていく仕組みや手順の問題でもある。アメリカの教育政策や教育制度を 研究するR・エルモアは「実践を変えることに成功した学校は,まず実践か ら始め,それに見合うように学校の仕組みを修正」していることに着目し, 「学級や学校のような小宇宙における学校改革について具体的に考察するこ とが,方法として,改革政策という大宇宙においても有効である」と指摘す る⑴。このような現場サイドから逆算して政策を考えるボトムアップ型の バックワード・マッピングと呼ばれる考え方は,今日の教職員の実践に着目 したリーダーシップの考え方と共通点を見いだせる⑵  本研究では,今日の教育改革で求められるような形での教育実践の質の向 上には,学校現場からの改革を確実に進める必要性があるという考え方に基 づき,児童生徒と向き合いながら学校改善を進める学校内部のプロセスに着 目し,学校改善の鍵として「教職員のリーダーシップ実践」を位置付ける。 学校改善のためには学校の方向を見定め,舵取りをする校長のビジョンや戦

分散型リーダーシップ実践に着目した

学校改善に関する研究

●自由研究論文

上越教育大学

菅原  至

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略が重要であるが,学校改善が図られるかどうかは最終的に教職員のリー ダーシップ実践にかかっているといっても過言ではない。そこで,互いに補 い合うことによって協働を成り立たせているリーダーシップ実践の分散 (distributed)の様子と,この実践の学校ビジョンへの影響やビジョンが浸 透する様子を具体的な事例に即して明らかにするため,次の5点を柱に論述 する。  第1に,本研究で対象とするスクールリーダーシップに関係する先行の研 究を整理し,分散型リーダーシップ実践の位置付けを行う。第2に,分散型 リーダーシップ実践の視点の特色を明示する。第3に,この視点を踏まえ具 体的な学校改善を考察する枠組みを設定する。第4に,この枠組みをもって 現実のスクールリーダーシップ実践を分析・考察する。第5に,この研究の まとめと実践への示唆及び課題を明らかにする。

2.スクールリーダーシップ研究の課題

 スクールリーダーシップ研究について小島弘道にしたがって整理するなら ば,1980年代から1990年代のスクールリーダー研究は,主として「校長の役 割や力量」の観点を重視したが,2000年前後から文化的リーダーシップ,ミ ドルアップダウン型リーダーシップなどの新たなリーダーシップスタイル論 が展開された⑶。さらに,1998年の中央教育審議会答申「今後の地方教育行 政の在り方について」で示された学校の主体性・自律性の重視や,校長の リーダーシップの強化が実施されたことから,急激に変化する外部環境への 適応を重視した校長による変革的リーダーシップ論が注目された。しかし, 変革的リーダーシップ論についても,校長の在任期間が短く,異動による断 絶がもたらす組織崩壊等の「連続性」の視点,教師集団による主体的な改革 推進が描きにくいという「主体性」の視点等で限界が指摘され,近年におい ては教職員等のフォロワーの主体性やエンパワーメントに焦点を当てたサー バント・リーダーシップ論や分散型リーダーシップ論が展開されている⑷  以上のスクールリーダーシップ研究の鍵が「自発性」の観点である。リー

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ダーシップを目標達成に向けた自発的活動による影響過程という観点で押さ えたとき,管理職のような特定の地位や役割を与えられた人だけの資質や能 力のことではなく,組織を構成するすべての人々に期待されているという視 点が重要になる⑸。そこで,本研究では組織の多様な状況において多様な リーダーがリーダーシップを行使する現象に着目するスピラーンの分散型 (distributed)リーダーシップ実践の考え方に注目する。篠原岳司はこの考 え方について「学校改善の組織的なダイナミズムを摑むため,静的な個人の 役割や業務形態ではなく,動的な『実践』(practice)を分析単位」に位置 付けていると指摘する⑹。リーダーシップ研究において動的な「実践」を対 象とする意義は大きく,現実の学校改善の姿を教職員の実践の視点から明ら かにすることが可能な理論と位置付けられる。

3.分散型リーダーシップ実践の視点

 以下においては,本研究の基本的視点となる分散型リーダーシップ実践に ついて先行研究の検討を通して明らかになった5つの観点を提示する⑺ ⑴ リーダーシップを1名のリーダーの行動現象としてではなく,集団的・ 協働的な組織現象ととらえ,リーダーシップ実践を多様な行為主体(actor) と様々な状況が,一つの目標に向けて関係を結び,作用し合うことに注目 している。 ⑵ リーダーシップ実践はリーダー,フォロワー,状況という三要素の相互 作用より形成される(図1のスピ ラーンの「リーダーシップ実践の 構成要素」参照)。状況とは人工 物(designedartifacts)と組織構 造(organizationstructure)であ る。 ⑶ 人工物とは教材,教具,テキス ト,年間計画,行事計画,会議, 図1 リーダーシップ実践の構成要素 ⑻ Situation Leader(s) Follower(s) Leadership Practice

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議事,教師評価プロトコル等であり,これらの人工物は,人との相互作用 を通して構成されるとともに,人に対して影響を及ぼすものである。また, 個業と指摘されるような組織構造も人との相互作用を通して構成され,ま た,人に対して影響を及ぼす状況である。 ⑷ 分散型リーダーシップ実践は目標達成に向けた分散共有リーダーシップ 実践につながり,学校の様々な場所で行われている。学校改善プロセスに おいてリーダーシップ実践の分散と統合の両面がみられる。 ⑸ リーダーシップ実践のリアリティを記述し解釈する研究は,実践的知見 を生成するうえでも有意義である。

4.本研究の枠組み

⑴ リーダーシップ実践の分散の状況へのアプローチ方法  本研究は学校改善の当事者である実践者による研究であり,課題解決に向 け課題を整理し,ビジョンや戦略を再構築しながらアクションリサーチを進 めた⑼。こうした実践的研究であることを踏まえ,リーダーシップ実践を 「目標達成に向けた自発的で集団的・協働的な,リーダー,フォロワー,状 況から構成される相互影響過程」と位置付けて,その分散の状況に注目する。 本研究で示す事例は2つであるが,このような実践は場所や時は違ってもそ の実践の性格において繰り返し表示され,語られ,実践されることによって 当然のこととして自明視されるような文脈状況表示性(indexicality),文脈 状況再帰性(reflexivity)を表しているといえる事象である⑽。この事象の 概念化と概念間の関係からリーダーシップ実践の分散の状況に迫りたい。 ⑵ 学校改善の鍵としてのリーダーシップ実践の分散の概観  教員の実践はアーティファクト(教材,年間計画等)や組織文化,他の教 員や生徒等(諸アクター)との相互作用から構成される複雑で重層的な相互 作用から成り立っている。リーダーとフォロワーや状況との相互作用が, 様々な場で影響し合い,変化を伴いながら展開する。もちろん,校長等の職 位が上位のメンバーの影響の度合いは大きいが,実践においてはフォロワー

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が常に従属的な存在であるわけではなく,情報へのアクセス能力や専門性を 行使してリーダーに影響を与えている。管理職のリーダーシップ実践のみで 実質的な学校改善は図れるわけではなく,リーダーシップ実践が分散してい てこそ,効果的な学校改善が図られるのである。そこで,学校運営上の障害 を埋める主任層のリーダーシップ実践と特定の日に断続的に続いた校長と関 係教員のリーダーシップ実践の事例を提示する。

5.学校におけるリーダーシップ実践の分散状況

 次の2つの事例はA中学校(以後「A中」)の以下のビジョンの実現にか かわるものである。《学校経営方針》「目標を持って自学に取り組む生徒の育 成」,《重点施策Ⅰ》学力向上につながる校内研究・校内研修の活性化,《努 力事項》①ねらいを明確にしたわかる授業と授業のまとめを大切にした授業 展開(以下略),《重点施策Ⅱ》学力向上のための諸施策の効果的な実施, 《努力事項》①各種学力調査の分析と結果の活用,②朝読書,校内漢字テス ト,自学キャンペーン等の実施(以下略)である。A中では各種調査の結果 や教員の観察から学力に課題があることは明らかであった。調査から家庭で のスマホ等を利用する時間が他校と比較して長く,家庭学習時間が短いとい う結果がでていた。その背景には家庭環境の変化と,入学予定の小学校の卒 業生が10年ほど前から隣接する市に相次いで設立された県立中高一貫教育校, 私立中高一貫教育校に,多い時で15パーセント程度流失する状況も影響して いた。学力の底上げはどの学年でも必要とされ,生徒像にもある「自学」を キーワードに取組を進めていた。事例Ⅰは【校庭のライン引き】にかかわり, 表面的には学校のビジョンである「学力の向上」との関係が薄いように見え るが,その後の展開がビジョン達成に向けた取組と関連することから取り上 げた。事例Ⅱは【学習シートボックスに関係する会話】である。間接的では あるが学校ビジョンの達成に結び付く養護教諭等と校長の相互作用を中心と する時間の流れに応じた断続的な会話である。この2つの事例から「リー ダーシップ実践」の分散状況と,学校が組織としてある一定の方向に動いて

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いくプロセスを説明する。 ⑴ 事例Ⅰ【校庭のライン引き】―必要に応じたミドルリーダーのリーダー シップ実践― 事例データの背景 2学年主任(A先生)がライン引きをしている。保健体育担当者の1名が病気で休んでいるため, 3校の中学校を兼務している非常勤講師が陸上競技の授業を実施するには最初の授業の前にライ ンを引き終えなければならない。しかし,3校兼務のため時間的に困難である。校内を見回り, プール清掃の確認をしに行った校長は,A先生がライン引きをしているのを見つける。3校兼務 のY先生は1・2組の男女生徒に指示をだし,体操を始めている。 主な会話 番号 校長  学年主任(数学A先生) 1 いや…ご苦労様です。 3校兼務なので時間がないんでY先生は… 2 A先生ありがとうございます。数学も使っ ているんですか。 ちょっと使っていますが…  4月のあわただしさから落ち着きを取り戻しつつあった5月に,日常に埋 もれてしまいそうな表面的には学校のビジョンと無関係に見える事例である。 A先生は2学年主任であり,数学を担当している。日ごろからこの学年の生 徒を「いい子たちなんですけどね……」と話している。この言葉の言外には, 「学力」が低いことが暗に示されている。近年,学力が向上しつつあったA 中のなかで,この2年生の「学力」が落ち込んでいた。1年生のときから学 年主任であったA先生は,学校全体で取り組んでいる「自学」にかかわる キャンペーン活動以外に,週末課題として新聞社説を読ませ,活用したりす るなど学級担任と一緒になって取り組んでいた。学校としても教員の「授業 力の向上」と生徒の「学力の向上」がビジョンとして提示され,学びをしっ かり保障しようとしていた。この場面は休んでいた担当者に代わりA先生が 陸上競技の授業の環境整備を行った事例である。ごく普通の助け合う実践の ように見えるが,近年の多忙な校務や余裕のない時間割の中でこうした実践 を行うことは容易ではない。しかも,「ライン引き」によって1時間の授業 の中身を保障しようとすることに象徴されるA先生の「生徒に力を付けさせ たい」という願いに裏付けられたリーダーシップ実践(図2)は所属学年以 外にも波及していった。3学年主任のB先生は2年生が取り組んでいる週末 課題や2学年独自の「自学」の取組とその価値について校長との会話の中で

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話題としていた(図3)。そして,校長はこうした取組のさらなる促進を目 指し「……自学キャンペーン等の実施」としていた「重点施策」を次年度に 「……自学キャンペーン等による家庭学習の充実と『基礎力の向上』」(下線 部が付加された部分)に修正した(図4)。このように相補的な実践がス ムーズな学校運営や教育実践の質を確保するだけでなく,実践主体の考え方 が多様な相互作用を通して学校の重点方針(重点施策)へ影響を及ぼしてい る事例である。スピラーンの図を参考にして鍵になる場面を図式すると次の ようになる。 陸上のライン引き(5月) リーダーシップ実践 A2学年主任 非常勤講師・校長 図2 2学年の取組(10月) リーダーシップ実践 B3学年主任 校長 図3 学校の重点方針(2月) リーダーシップ実践 校長 教員集団 図4 ⑵ 事例Ⅱ【学習シートボックスの活用に関係する会話】  次の事例は,校長・養護教諭の相互作用を中心としながら長い時間をかけ て徐々に校長のリーダーシップ実践が分散していく過程の一つの場面を切り 取ったものである。背景には学力向上のため前年度から定期テスト前に「自 学キャンペーン」が行われ,生徒自らが家庭学習を積極的に行う仕組みづく りが模索されていたが,校長は学習シートボックスの活用が不十分であると 感じていた。この「ボックス活用」が「学力向上」というビジョン達成の鍵 になると校長は考えていたが,この段階(6月の自学キャンペーン)では校 長のリーダーシップ実践が十分には分散していない。この時点では国語科が ボックスを積極的に活用していたものの,教科ごとの担当者の意識によって 活用度に差があった。仕組みとしては,教員が用意した学習シート(プリン ト)を「生徒が各自必要に応じて」昇降口の教科ごとのボックスから取り, 家庭学習を行いノートに貼り付け,学級担任に提出し,教科担任がチェック

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しカードに教科スタンプを押し,学級担任が確認し,返却するものである。 ●繰り返される昇降口のボックス活用についての会話(6月の同じ日に展開 した事例) 場面Ⅰ 8時45分(校長と養護教諭との会話。昇降口のボックスを校長が見ている) 番号 養護教諭 校長 1 最近,生徒がここにくるんですよ。 そう。(目立つ教科表示を指さして)これがあるからかな。これ前からあったかな? 2 (ボックスの前のテーブルへの教 科表示を指さし)これは前からあ りました。こっちの方(ボックス への表示)が新しく貼られたんで す。1年生なんかは…よく来て チェックしています。 これは…(なにも貼られていない別の教科のボックス を指して)。かえって目立っていいね。 3 ふふ‥ そうですね… 4 …ああ,今度学校評議員会があるんだけれど,先生(養護教諭)にも参加してもらいたいなあ。生徒の健康面 など気付いていること話して… 場面Ⅱ 9時5分(教頭が検診で不在のため,校長室の校長に直接,養護教諭が依頼に来る) 番号 養護教諭 校長 5 出張についてご相談があるんです が…。8月のこの(文書を出す) 研修会に参加したいのですが… んー。ああ,これK医療センターの先生が来るんだ。今 日の職員会議の校長資料にこのKのネット依存に関する 資料,入れてあるよ。場所が近くだし夏休みだし,い いんじゃない。教頭先生にも話して。 6 …あのさっきの話だけれど,生徒はいつプリントとり にきてるの? 7 私が見ている範囲では…帰りが多 いような。んー。あの…家で勉強 するためのようですよ。家庭学習 のためにこれやろうというような こと話しています。 何年生が多いの? 8 1年生…,3年生も多いような? 2年生は少ないんだ。 9 …そうかも…… いいの,いいの,それで…。ただ,すごいね自分でプ リントもっていくんだよね。そして勉強する。自主的 だね。これ大事だよね。それぞれ,それでいいんだよ。 ああ,それと評議員会の話だけれど…

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場面Ⅲ 10時50分(職員室での校長,英語担当者2名,養護教諭の会話) 番号 校長 1年英語担当者,3年英語担当者(研究主任),養護教諭 10(1年英語担当者に)「○○先生,まだかぜ直らないようだね。病院 行った?」 1年英語担当者「病院に行ったんですが,まだ直りま せん…」 11 (2名の英語担当者。養護教諭が 近くにいる状況で)「なんか英語 のプリント,生徒が活用している ようだね」 3年英語担当者(研究主任)「テスト範囲のプリント入 れたよと生徒に伝えたり…」 12 「生徒が選んでいるんだ…すごい ね。与えすぎてもだめで,自分か らというのがいいね。仕掛けが大 事だね」 養護教諭「○○くんは,これだこれなんだと選んでま したよ」 13 「やらせることも大事だけど,自 分からということはもっと大事だ よね。やらされ感から自分から… これだね」 3年英語担当者(研究主任)「国語の○○先生など…□ □のプリント入りましたと表示したりしているのを参 考にしてます」 《場面Ⅰ》昇降口の隣に保健室があり,昇降口での生徒のボックスの活用状 況について養護教諭がよく観察できる状況にあった。番号1は校長がボック スを眺めている様子を見て,養護教諭から会話が切り出されている。2では 教科名シールに注目した校長に対して養護教諭から「前からありました」, 「こっちの方が新しく貼られたんです。1年生なんかは……よく来てチェッ クしています」と観察している様子が語られる。それに対して校長が何も貼 られていない教科に対して「かえって目立っていいね」と切り返している。 4で校長は話を転換し,養護教諭に学校評議員会に参加するよう促している。 《場面Ⅱ》5は研修会に参加したいと養護教諭が校長に相談にきたときの会 話である。6では校長が場面Ⅰの話に切り替え,生徒の学習シート(プリン ト)の活用状況についてボックス付近での生徒の会話の様子を養護教諭は校 長に説明している。校長は学年ごとの活用状況について確認し,学校評議員 会の話題に再度転換している。 《場面Ⅲ》職員室で2名の英語担当者と養護教諭,校長の4名でボックスの 学習シート活用について話が続く。10にあるように話の切り出しは校長で, 体調が悪かった1年英語担当者への問いかけで始まっている。11で校長が英 語の学習シート活用状況についての感想を述べ,それに3年英語担当者(研

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究主任)が答えている。12ではそれに対して校長は生徒の自主性の大切さを 説き,それに応じて養護教諭が「○○くんは,これだこれなんだと選んでま したよ」と会話に入り込んでいる。この養護教諭の発言は,その場の会話に とって重要であり,全体の流れを方向づけている。伏線として場面Ⅰと場面 Ⅱがあるが,13の3年英語担当者の会話に見られるように,ここにはいない 国語教諭の話題などを展開し,昇降口前のボックスと生徒の学習にかかわる 会話はしばらく続いた。これらの展開を図式化すると次のようになる。 図5 事例Ⅱの図式化⑾ 《場面Ⅰ》 《場面Ⅱ》 《場面Ⅲ》 校長 英語担当者・養護教諭 ボックス 養護教諭 校長 学習シート 校長 養護教諭 ボックス・学習シート リーダーシップ実践 時 間  場面Ⅰの養護教諭「生徒が最近よく来るんですよ」という文脈状況表示は 昇降口のボックス活用をめぐる教員の工夫とそれに対する生徒の反応を踏ま えたものである。場面Ⅱと場面Ⅲに見られるように,語り続けることによっ て,学習シートボックスの活用という現実がつくられ,リアリティをもって くるという文脈状況再帰性の側面がある。  リーダーシップ実践の観点からはリーダーシップ実践が3つの場面で断続 的に展開している。最初の昇降口でのシートボックスの活用(養護教諭と校 長との相互作用),次に校長室(校長と養護教諭の相互作用),さらには,職 員室(養護教諭,校長,1学年英語担当者,3学年英語担当者(研究主任) の相互作用)というように,学習シートボックスというアーティファクトに 関係した相互作用が広がり,分散している。リーダーとフォロワーが入れ替 わりながらアーティファクトをめぐる相互作用が行われリーダーシップ実践

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が分散しているのである。こうしたリーダーシップ実践の積み重ねが,ビ ジョンの共有につながったと考えられ,3ヶ月後の10月の定期テスト前の自 学キャンペーンは全校での盛り上がりが見られた。こうしたことから事例Ⅱ はリーダーシップ実践の統合のきっかけになった一つの事例と位置付けられ る。

6.研究のまとめと課題

⑴ リーダーシップ実践の分散とビジョンの共有  今日,様々な原因によって子どもたちの生活・学習の基盤が揺らいできて おり,新たな学校像,新たなビジョン構築と学校経営力の向上が求められて いる。こうした中で敢えて日常の学校生活において自明視され,忘れ去られ てしまいそうな授業成立のために「校庭にラインを引く」事例,「昇降口の 学習シートボックス」活用を通した「自学」の推進の2つの事例に注目した。 そこにはリーダー,フォロワー,状況という観点での相互作用が見られ,状 況とリーダー,フォロワーが入れ替わりながら成立しているリーダーシップ 実践がみられた。事例Ⅰの必要に応じたミドルリーダーによるリーダーシッ プ実践に見られるラインを引くという実践の背後にある「生徒の学習を確実 に成立させよう」という考え方がその後の相互作用によってビジョンの修正 に影響を及ぼしていることを明らかにした。もちろん,ビジョンの修正には, 様々な要素が絡み合っている。しかし,少なくともA先生が「この生徒たち のため」と思って実践していることに校長やB先生をはじめとする多くの教 員が気付き,学校に影響を与え,ビジョンの修正という形で統合されていっ たと位置付けられるのである。また,事例Ⅱにみられるようにビジョンの実 現のためには,ビジョンの共有を図る校長のリーダーシップ実践が不可欠で ある。学校では多様な課題を同時に解決することが必要であるが,その中身 が多様化・複雑化するにしたがって,優先すべき重要なビジョンを確実に共 有することが難しくなってきている。こうした状況下で見られたビジョン共 有のためのリーダーシップ実践の一つが,様々な場での学習シートボックス

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活用に関する会話の繰り返しであった。前述のようにリーダーとフォロワー が入れ替わりながら学習シートボックスというアーティファクトに関係した 相互作用が生じ,リーダーシップ実践が分散していることに見られるように ビジョン実現に向けた協働化には,校長等によるリーダーシップ実践をいか に分散させるかという視点も不可欠である。  本研究においては,学校のビジョンの実現のために,ライン引きやボック ス活用といった「状況」を活用しながら学校改善を図っていったリーダー シップ実践に着目した。このように相互影響過程という観点からいえば,2 学年主任や養護教諭等も潜在的なリーダーといえ,こうしたリーダーシップ 実践の積み重ねとトップリーダーの校長のリーダーシップの統合化が学校改 善に大きな影響を与える側面を明らかにできたといえる。 ⑵ 学校改善の鍵となる実践的課題  ―分散型リーダーシップ実践の視点から―  E・ハッチンスは船の操舵室や飛行機のコックピットのエスノグラフィー から,組織の「冗長性」に注目し,協働的行為における相互に補い合う「糊 しろ」の重要性を指摘している⑿。本研究においては,「ライン引き」に見 られる隙間を埋める必要に応じた実践や職員室等での会話に見られる「糊し ろ」で展開する分散型リーダーシップ実践がビジョンの形成や浸透に影響を 与える様子を考察してきた。学校現場においてこの「糊しろ」という時間や 場の持つ重要性については経験的に語られることはあっても,その意味付け は十分されてこなかったといえる。学校改善においては教職員が相互に補い 合い,創意工夫のためのアイディアを出し合う上でも,管理職がビジョンを 浸透させる上でもこの「糊しろ」が重要であり,その役割を再認識する必要 がある。しかし,周知のように今日の学校では,こうした「糊しろ」が成立 しにくい状況があり,こうした状況をどのように解決していくかということ が学校経営上の重要な課題の一つといえよう。 [キーワード]  分散型リーダーシップ実践,分散と統合,ビジョンの共有,組織の冗長性

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〈注〉 ⑴ リチャード・エルモア(神山正弘訳)『現代アメリカの学校改革―教育政策・ 教育実践・学力―』同時代社,2006年,4-5頁。 ⑵ 校長・教頭だけでなく第一線で活躍している教職員の潜在力に着目した西穣 司の「リーダーシップと権威」大塚学校経営研究会編『現代学校経営論』2000 年,19-27頁は注目に値する。 ⑶ 小島弘道「学校経営の思想とリーダーシップ論」小島弘道他著『スクールリー ダーシップ』学文社,2010年,28頁。 ⑷ 露口健司「スクールリーダーのリーダーシップ・アプローチ―変革・エンパ ワーメント・分散―」小島弘道他著『スクールリーダーシップ』学文社,2010 年,137-163頁。 ⑸ 新井郁男「学校におけるリーダーシップとは―リーダーシップは管理職だけ の問題ではない」新井郁男編『特色ある学校の創造―21世紀型課題への対応』 教育開発研究所,1998年,7-12頁。 ⑹ 篠原岳司「教師の相補的『実践』に着目した学校改善理論に関する一考察: J・スピラーンの『分散型リーダーシップ(distributedleadership)理論』の検 討」日本教育経営学会編『日本教育経営学会紀要』第49号,2007年,52-66頁。 ⑺ 篠原岳司「前掲論文」,露口健司「⑷掲論文」,露口健司『学校組織の信頼』 大学教育出版,2012年,第10章「授業改善のためのリーダーシップ実践」,第11 章「データ活用型リーダーシップ実践」。佐藤博志「日本の学校経営」佐藤博志 編『学校経営の国際的探究―イギリス・アメリカ・日本―』酒井書店,2012年, 63-104頁。浜田博文「教師のエンパワーメントとスクールリーダーシップ」浜田 博文編著『学校を変える新しい力』小学館,2012年,228-249頁参照。 ⑻ 篠原岳司「前掲論文」,p.56より引用。 ⑼ 本研究は中学校在職時にアクションリサーチの方法を用いて学校改善を進め た実践についての研究である。さらに,事例の収集・分析に際しては次の文献 を参考にした。小泉潤二・志水宏吉編『実践的研究のすすめ―人間科学のリア リティ―』有斐閣,2007年。また,フィールドノーツ,関係資料等から本研究 にかかわる事例を分散型リーダーシップ実践の観点から選択した。なお,対象 者の承諾をとるとともに匿名性を高めるため,時期や属性を明示しない等の工 夫をしている。 ⑽ K・ライター(高山眞知子訳)『エスノメソドロジーとは何か』新曜社,1987 年参照。 訳者の高山は「indexicality(文脈状況表示性)」とは,文脈状況が与 え ら れ な い と 意 味 が 決 ま ら な い と い う 不 確 実 性, 多 様 性 の こ と で あ り, 「reflexivity(文脈状況再帰性)」とは,ことばの意味が不確定・多様であるにも かかわらず,語られれば語られるほどリアリティを増す,リアリティと叙述と

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の相互依存関係,相互増幅関係を「reflexivity」であると指摘している。 ⑾ Spillane,J.P.(2006)“Distributed Leadership”Jossey-Bass.p.3の図を参考 に筆者作成。八木真也「統合再編高校におけるリーダーシップ実践の研究―分 散型リーダーシップの視点から」でも時間軸を踏まえたSpillaneの図を用い高校 再編事例の考察の発表が行われている(日本教育経営学会第55回大会発表,東 京大学,2015年6月20日)。 ⑿ エドウィン・ハッチンス(宮田義郎訳)「チーム航行のテクノロジー」安西祐 一郎他編『認知科学ハンドブック』共立出版,1992年,21-35頁及びエドウィン・ ハッチンス(高橋和弘訳)「社会分散認知システムにおいて知はどこに存在して いるか?」日本認知科学会編『認知科学の発展』Vol.7(特集「分散認知」),講 談社,1994年,67-80頁。

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