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村落と共同店: 沖縄地域学リポジトリ

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Academic year: 2021

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(1)

Title

村落と共同店

Author(s)

宮城, 能彦

Citation

沖縄大学地域研究所所報(29): 41-53

Issue Date

2003-03-31

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/8825

Rights

沖縄大学地域研究所

(2)

村落 と共 同店

宮城 : どうもこんにちは。沖縄大学の宮城です。それでは私の発表 をさせていただ きたい と思います。 当初 ご案内では 「村落内の自治機構 と共同売店」 とい うふ うになっていましたけれ ども、 もう少 し広 く 「村落 と共同店」 というテーマでご報告 させて下 さい。

1.1

9

8

0

年頃の共同売店 (

沖縄国際大学調査報告よ り)

まず、約20年前の沖縄 国際大学 による調査が入 った頃の共 同売店 と村落 の状 況 と その後の変化について、簡単 にお さらい してお きたい とお もいます。 例えば、神国大の報告では、1978年頃、国頭、東、大宜味 、 旧久志村 地域 で共 同 売店がないのは4字のみであった、 とあ ります。現在ではだいぶ状況が変 わ ってい る ということは、先程の上原先生が作成 した地図 (共同売店の分布図)で もおわかいた だけると思います。 それか ら、店の収益か ら部落の行政費への何 らかの補助金 を支出 していること。村 落共同 とい う積極的な機能を果た しているのは、公民館 よ りもむ しろお金が直接 に関 わっている分、共同売店の方が強いんだ とい う報告があ ります。 店の収益か ら部落の行政費-の何 らかの補助金の支出 ・・・・ (公民館 は) 「村落の共同 とい う積極的な機能を果た しているとは必ず しもいえないであろう。 それに引 き替 え、区の財政に直接寄与 している共同店の機能は、非合理的な住民 感情の レベルではむ しろ積極的に評価 されよう」(神国大1979年、145頁) そ して、「部落の象徴 としての存在意義」 というのが、神国大 の報告 で はか な り強 調 されています。例 えば、隣に共同店があるのに自分の部落にはない、そのために隣 部落に買い物 に行 くのはけ しか らんか ら、対抗意識で もって 自分の部落 にも共同売店 を作 ろうとい うような事例 などが紹介 されています。要するに、単 に経済的なもので はな くて、部落 (わが村)の象徴 としての共同売店 とい うものが強調 されているので す。 部落の象徴 としての存在意義 (部落統合の要) ・・・・ 「他集落だけに儲か ら せてはいけない とい う部落意識」(神国大1979年、146頁)

(3)

さらに、「村落結合の核 としての共同

」。生活問題の解決 とい う目的実現の前提条 件 として村落の確立があ り、そのために共同売店が共労 ・共益 ・共存の理念の下に組 織 され、かつ現実 に機能 していることが報告 されています。すなわち、村落共同体に おける共同売店の役割 とい うのは、 ものす ご く大 きかった、強かった ということだっ たと思思い ます。 村落結合の核 としての共同店 - ・ 「生活問題の解決」 という 「目的実現の 前提条件 として、村落の確立があった

「そ こに共通 している特質は、共同店が 共働 、共益 、共存の理念の下に組織 され、かつ現実 に村落共同の機能を果た して いる とい うことである。(沖国大1979年、147頁) 実 は、神国大の調査 当時 (1978年頃)、既 にかな り (後でグラフをお見せ します ) 村落の人口はかな り減少 して高齢化 も進んでいるのですが、おそ らく現在 と比べ るな らば、その頃は、「村落共同体」 とい うのがかな りまだ根強 く残 っている、根 強かっ た とい うことだった と思います。

2.

この

20

年間における沖縄の村落共同体をとりまく状況の変化

この20年間における沖縄 、特 に沖縄本島北部の場合 、村 落 は どの ように変 わった か とい うことを簡単 に見てお きたい と思います。 (D人口の減少 と超高齢化 、家族世帯構成の極小化 まず、共同売店が今 も残 っている沖縄本島北部地域の主な村落の、 (市 町村単位で すけれ ども)人口の変化 を見てみ ます と、ほ とん どがお よそ1975年か ら1980年 にか けて急激 に人口が減少 していい ます。その後は横 ばいあるいは微減 というふ うな形 に なっています。恩納村だけは1980年か ら増 えていて、恩納村が増 えている分 、国頭 那 (名護市 を除 く)全体の統計 を取 って しまうと、横 ばい状態みたいになって しまい ます。(詳 しいことは次のは上地 さんか らの報告であ ります) これは (図1、図2)国勢調査人口ですが、例 えば国頭村 、大宜味村 、東村 を見て み ます と、人口は減って ますけ ども、上の白い部分ですね、65歳以上の割合が少 し ずつ、 じわ りじわ りと増 えている とい うことがわかる と思い ます。今度は今帰仁村、 本部町。今帰仁村 と本部町は、現在 ほとん ど共同売店は残 ってないのですが、同 じよ うな状況 にあ ります。恩納村 は北部地域の中ではどちらか とい うと特殊 な例か もしれ ませ んが、いずれにせ よ高齢化率 とい うのは じわ りじわ りと依然 と進んでいるという

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0 す で と こ 図1年齢 帯 級 別 国 勢調 査 人 口1 卿 御 伽 7 6 5 S. Zr M ▲「 「一 2

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図3 一世帯あたり人A 3.50 3.00 250 2.00 150 100 050 000 国耳計 Eg媒材 大宜味村 ★ 村 今柵亡村 本部町 恩納村 伊平立村 伊是名村 図3のグラフは1世帯あた りの家族人月数の変化を示 した ものですが、棒 グラフの 棒が縦 に長い ものですか ら、家族の人数が多いような印象 を与 えて しまっていす。 し か し、そうではあ りません。 家族1世帯当た りの人月でを見てみます と、お よそ3人 とい う線が基準 になる と思 います。1世帯当た り3人 というラインを、1990年、すなわち10年前までは何とか守っ て きたのです。 ところがこの10年でほとんどの地域で3人を切 って しまい ま した。1 世帯あた り2人代 になって しまいました。 要するに夫婦がいて子 ども1人いたら3人ですか ら、3人を切るということはかな り 大 きな意味を持つ と思います。家族が どんどん小 さくなっていって しまっているとい うことですね。 それ らのことか ら、少 し大げさに言 えば、現在 は村落存続にとっての分岐点にきて いるような気が します。要するに、村落機能が今後 とも維持で きるか、それともその まま機能不全 になって しまうのか ということです。 (診 「生産の場」 と しての村落の衰退 この20年間の変化の特徴のひとつは、細か く説明す る時間が ないのですが、 ご存 じのように、農村あるいは漁村 としての村落、いわゆる 「生産の場」 としての村落が 衰退 してきていることだとお もいます。

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③道路交通網の整備 それか ら、何度 も話題 にでていますが、道路交通網が整備 されて きた ということは 大 きな変化だと思い ます。具体的に言 うと、例 えば沖縄本島北部地域場合、名護の大 型スーパーまで車で何分で行けるか とい うことです。 現在では、北部の どの地域か らもお よそ30分、あるいは遠 くて も1時間以内で行 く ことがで きます。 ④公共工事の 日常化 と減少 それか ら公共工事の 日常化 とい うことです。それは神国大の報告 に も少 しだけあ り ますけれ ども、その後公共工事 はます ます 日常化 していると思います。主に道路関係 ですが、いつ もどこかで何か工事が行われているとい うのが、当然の ようになってい ます。そ して、地域 によっては、そこで働いている人が買って くれるとい うのがかな り大 きな比重 を占めた りしますが、これはご存 じの ようにご く最近は減少 しているよ うです。

3.

村落の自治組織と共同売店

①直営 と請負 「直営」-村落 と共同売店が一体、共同売店 に主任 をお き、その主任が村落の 三役であった り、区長や村落の役月が共同売店の理事である場合がほとん ど。共 同売店の規約が有る場合 と村落の規約の中で明記 されている場合等がある。 「請負」 一基本的に村落内の個人に委託する。村落は共同売店か ら家賃 などを 徴収する。 続 きまして、少 しおさらい とい うか基本的なことを押 さえてお きます。 まず、村落 と共同売店の関係は、大 きく 「直営」 と 「請負」 とい う形 に分類で きる と思います。 直営 とい うのは、沖国大調査報告の言葉 を少 し借 りて言えば、村落 と共同売店が一 体であるとい うことです。共同売店 に主任 を置いて、その主任が経営 してい くのです が、その 「主任」が同時に村落の三役であった り、あるいは区長や村落の役員が共 同 売店の理事であった りする場合が多いです。 ただ しその場合、先ほど金城先生の報告であ りましたように、誰で もいい とい う訳 ではない とい うことです。やは り、村落の中で最 も信頼のおけるとい う人が選ばれる 訳です。

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共同売店の規約が独立 してある場合 と、それか ら村落の規約の中に共同売店が位置 付 け られている場合があ ります。(規約がない場合 もあ りますけれ ども) これ らが、 「直営」 とい う形態です。 もう一つは請負 とい う形態です。これは部落か ら委託 を受けてやるんですけれ ども、 この場合 もや りたい と言 えば誰 にで もさせ るわけではあ りません。やは り、かな り信 頼のおける人に しか委託で きない訳です。 我 々が調査 した範囲では、「請負」の場合 、ほとん どが家賃 を徴収 してい ます。水 道光熱費 も部落 に対 して支払 っている場合がほ とん どですが、中には売 り上げが芳 し くないので家賃 を免除 して もらう例 もあるようです。

4.

村落の変化それにともなう共同売店の変容

①共同売店の多様化 と2極分化 A.立地条件 ・経営努力等 による比較的安定 ・積極的経営の共同売店 (例 えば国 頭村奥 ・浜 ・安波、大宜味村喜如嘉、東村高江 ・慶佐次、恩納村恩納、名護 市嘉陽 ・伊是名村勢理客、石垣市星野 など)-村落 (自治)-の貢献 (各種 行事-の寄付や株主-の配当等の経済的貢献 、村落の象徴 としての機能、等) B.存続事態が非常 に厳 しい状況にある共同売店 (大宜味村 ・石垣市の大部分、 国頭村、東村 、名護市の一部 など)-村落 による家賃その他の補助 (免除) 等、経営状況打開のための試行錯誤 (直営か ら請負へ、請負か ら直営へなど 様 々) 先程 の上原先生の レジュメにもあ りましたけども、共同売店は細かな点では、多様 化 しているとお もい ます。先 ほ どお話 した ように、経営 形態 で言 えば、「直営」 か 「請負」 とい うことになるわけですが、どち らの場合 にせ よ、村落の実情 にあわせて、 経営方法 とか、家賃の支払い とか、主任や請負人の決め方 とか、村落 との関係等、そ れぞれの地域で、様 々な共同売店経営が展開されているのです。 しか し、大 きく分ける と二極分化 しているとい う印象 を受けます。 ここは 「比較的」 とい うのを強調 しておかな くてはな らないのですけれ ども、その 一つは、比較的経営が安定 している共同売店です。あるいは、む しろ積極的に経営 を 展開 している共同売店。例 えば有名な国頭村の奥 とか浜 とか安波 とか、あるいは大宜 味村の喜如嘉 とか、東村の慶佐次 とか、高江 とか とい うところです。 それは、一番 に立地条件 によるものだ と思い ます。す なわち、名護市街か ら比較的 遠いか不便 な位置にある。そ して、村落 自体の もつ経営意欲 と、その努力によるもの

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だとお もいます。 そ ういった所は、村落 に対する共同売店の貢献度 もかな り高い。売 り上げか らの世 帯への配当のみならず、村落行事への寄付行為 など。そ して、神国大の報告 にもあっ たように、む しろお金 を扱 っているとい う部分で、村落の 自治組織 (公民館 )よ りも ある意味深いつなが りがあると言 えるか もしれ ません。 しか し、私の方で特 に問題提起 したい というか関心があるのは、 もう一方の極の方 です。外の我々か ら見ると、こんな小 さな村落で、あ ま り商品 もおいていないのに、 なぜ共同売店の経営が続け られるのだろうか、なぜ潰れないんだろうか とい う疑問を もって しまうような、零細 な共同売店です。そ うい う共同売店の方が私 にはより興味 があ ります。 そういう所は経営状態が よくない し、村落 自体の過疎化 も進んでいますか ら、試行 錯誤 を しなが ら、共同売店の経営 を続けています。先程話 した、家賃の補助等 もその 例です。「直営」だか らうまくいかないのではないか と 「請負」 に してみ た り、逆 に 「請負」だか らうまくいかないか ら 「直営」に してみた りとか、 そ ういった もの も見 られます。

5.

村落の共同性と共同売店

①経営が困難であるにもかかわ らず存続 させている理由 次に村落の共同性 と共同売店 とい うことを考えてみ ましょう。まず、経営が困難で あるのにも関わらず存続 させている理由はどこにあるんだろうと考えま した。回収 し た調査票で も、あるいは直接訪ねて行 って聞いた話で も、必ず出て くるのは 「お年寄 りのため」です。 若い人や車がある家庭では、北部だった ら名護、石垣 だった ら石垣市街 に買い物 に 行 くことがで きるけど、年寄 りは行 くことがで きない。共同売店がな くなって しまう とお年寄 りが困って しまうか ら続けている、とい う話 をほとん どすべての共同売店で 聞 きました。 それか ら日用品ですね。我々 もそ うですけ ども、例 えば週末に大型スーパーで買い 物 して も、必ず買い忘れる物があ りますね。ち ょっと醤油が切れたとか トイレットペー パーが切れたとか といった時に、那覇 とか沖縄市周辺 に住 んでいる我々の場合だと、 ちょっと近 くのコンビニに行って買って きます。大型スーパーよ りは少々値段 は高い けども、便利なので近 くの コンビニに行 くとい うことにな りますけ ど、それ役割 を共 同売店が担 っているわけです。 お年寄 りだけで住んでいる人の中には、お子 さん とかお孫 さん とかが週末にやって 来て、大型スーパーなどか らごっそ り買い物 してきて冷蔵庫の中にいっぱい入れて帰っ

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て行 くとい う方 も沢山い らっ しゃるようですが、それで もやは り、醤油が切れたとか、 お豆腐が食べたい というときに、近 くの共同売店がな くては困るのです。あ と面白い のは線香 を切 らした時にす ぐ買えない と困るとかですね、ウチ ャ トー (仏壇のお供え 物 )のお茶がない と困るとか、そ ういったのがあ りました。 いずれにせ よ、共同売店 を経営 している人 も区長 さん も、それか ら買いに来た人 も、 口を揃 えたように 「お年寄 りのため」 にやっている (ある)のだと言う。それが、細々 と経営 している共同売店の最大の共通点です。 とい うことは要するに、村落 を維持 してい くために、特 に高齢化が進んだ村落を維 持 してい くためには共同売店 とい うものが非常 に重要であるんだという共通認識があ る訳です。 ②請負 または主任のな り手がいない とい う現実 ところが実際には採算が合 わない とか、共同売店でやるよりもどこかにちょっとパー トとか出た方が収入が多い とか とい う現実があるわけです。 あるいは収入はそ こそこあって も、やは り村のみんなの共同売店ですか ら、例えば 営業時間でな くて も開けて くれ と言われた り、行事 とか法事 とかで臨時休業 したいけ れ どもで きない とか、か といって人 を雇 えるわけで もない、そ ういった時間的 ・精神 的な拘束があ ります。だか ら責任が非常 に重い ということでや り手がなかなかいない わけです。 ただ し、神国大の報告で もすでに共同売店の 「担い手」の問題は報告 されています。 しか し、現在 は、担い手 「不足」 とうよ りも、担い手が 「いない」 と言 う方がいいの か もしれ ません。 規約ではほ とん どの場合 には選挙 による選出です。ただ しこれは前提 としてな り手 が複数いるとい うのが前提 にな りますけ ども、実際は誰 もや りたが らないというかで きるな らばや りた くない と言 う人が多い訳です。だか ら区長 さんな り村の人達が 「も うあなた しかいないか ら何 とかやって くれないか」 とい うような形で、根回 しになる 場合が多い ようです。 あるいは、これ もよく聞いた話です。「自分 は本当は去年で任期 を終 えているのだ けれ ど、次の人がいないか らまだ辞め られない」。 ③共同売店経営者の苦悩 この ような話 を聞 くと、共同売店 を主任 な り請負な りでやっている人の苦悩 とい う のが見 えて きます。現在主任や請負 を引 き受けている方の話 を聞いていていると、非 常 に責任ある人だなとか、非常 に献身的な人だなとい うような印象を受けます。本当 に頭が下がるような方が多いのです。 だか らこうい う話 もよく聞 きます。みんなのお金だか ら1円で も間違 うと申 し訳 な

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い とい うような話。あるいは年寄 りが頼 りに して くれるか ら本当は辞めたいんだけ ど 辞め きれない という話。要するに責任感が とて も強い。 しか し、そ ういう責任感 を抱 えつつ も、矛盾 も感 じているようです 0 「み んなが大 切、大切 とい う割 りには買いに来ないよ」、とい うな話 もよ く聞 きました。 面白い例 としては、ある地域では、年寄4人位で車 をチ ャー ター して名護 に週 に1 回買い物 に行 くとい うことがあ りま した。「だか ら、車がないか ら全部買 って くれ る わけではないんだよ、チ ャーター して まで も買いに行 くのに、だった らもうち ょっと うちで買って くれて もいいのに」 とい う話 もあ ります。 ただ、こうい う報告 を聞 くと、どうして も共同売店の人にシンパシーを感 じると思 います.私 も、共同売店の人か ら話 を聞いている時は、一緒 になって 「け しか らん」 と思います。 ところが少 し考えればわかると思 うのですが、先程 フロアの方か らもあ りましたけども、やっぱ り共同売店は値段が高い し、品数 も少 ない訳ですか ら、村の 人か らすれば逆 も言えて しまうわけですね。みんなのために共同売店 を存続 して欲 し いか ら、で きるだけここで買いたいんだけ ども、「欲 しい物がない」。やっぱ り名護 と か石垣 とか行った時についでに買った方が 「安い」。我 々が100円 シ ョップで買 う心 理みたいなものがあると思い ます。だか ら安易 に、「村の人が もっ と共 同売店 を利用 しない といけない」、と怒 った ところで何の解決 にもな らない と思います。 (む 「共同性」が足 かせになって しまうとい う皮肉 (これは言い過 ぎか もしれないなと思っていますが、)む しろ 「村 の共 同性 が足 か せになって しまう」 とい う皮肉な現実 もあるわけです。 例えば、積極的に経営 したい、アイデアも自分はた くさんあるのだけれ ども、経営 に関 しては、一々村の了解 を得ない といけない。だか ら自主的な経営がで きないジレ ンマを抱 えているのだとい う話 を幾つか、そんなに多 くはないけれ ども聞 きました。 例 えば、開店や閉店の時間す ら自由にで きない。仕入れする商品 も自由が利かない。 「請負」だが、部落か ら家賃 を補助 して もらっているので 自分勝手にで きない等。 自由に経営で きないので共同売店の主任 を辞めて、個人で店 を出 した例 もあ ります。 共同売店 を維持 してい くためには、積極的な経営 をやろうとして も、あるいは消極的 な経営であって も、どうして も個人に献身的な努力を求めざるを得 ない という現実が 村落にはあるように思えます。 ⑤経営者の自負 とや りがい ただ しそ うい うふ うに報告 します と、非常 に悲観的聞 こえて しまって困るのです。 というのは、一方で面白いなと思 うのは、色々不満 などを話 したあ と、多 くの共同売 店経営者が 「で もね」 と言 うのです。で もいろいろ大変だけ ども、みんなのために 自 分は頑張 っているんだよとい う、そ うい うや りがいみたいなものは感 じられます よと

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い う話はよ く聞 くことがで きます。 それか ら、こうい う話 もい くつか聞 きま した。共同売店で店番 している人、この人 も高齢者 なのですが、「自分が ここに座 っているだけで、みんなが買 い物つ いでにユ ンタク (お しゃべ り) して くれる。 自分ははユ ンタクが生 きがいみたいなものだか ら、 得 しているん じゃないかな」 と言 うのです。そ ういうことは次の上地先生の報告にも 出て くると思いますけ ども、共同売店のある種の可能性みたいなものがそこに潜んで いるん じゃないか とい うふ うに思い ます。

6.

村落の鏡としての共同売店

①共同売店 か ら見 えて くるもの 最後 に、共同売店 をどう考 えるか とい うと、それは、村落の一つの鏡であるとお も い ます。 一つは、今報告 しましたように社会状況の反映 としての共同売店。それか らライフ ス タイル、消費行動、その他生活様式の変容の鏡 としての共同売店。そ して、個人 と 村落の関係の鏡 としての共同売店。非常 に有能で非常 に責任感あふれる個人が、どう して も献身的な努力 をせ ざるを得 ない とい う現実 を映 し出す共同売店。 村落の人間関係が、例 えば共同売店 に1時間で も2時 間で もいるだけで、何 とな く 見えて くる とい うような気が します。 ②共同売店の意味 と可能性 それでは、「む しろ存続 している方が不思議」 とい う零細共同売店の状 況 を我 々は どう考えた らいいので しょうか。おそ らく、そこには市場原理 とは別の何かが働いて いるのではないか と思います。 農村 とい うと、(私 も農村社会学出身ですけ ども)どうして も生 産力 とかそ ういっ た もので農村 を見て しまいます。 しか し、今回、共同売店を調査することによって、 目か らウロコが落ちるような気が しました。 それは、やは り農村 は 「生産」だけを しているのではな く、「消費」 の場 で もあ る とい うことが、共 同売店 を通す とよ く見 えて きます。 農村 を 「消費」 という場か ら見るとまた別の ものが見えて くるのでないか。あるい は 「生活の場」 としての村落 とい う姿が、共同売店を通 して見えて くるのではないか。 熊本大学の徳野先生が、こうい う事おっ しゃっています。年寄 りが 自分の村で人生 を 全 うで きることが農村が存続す る第一条件であると。私は、それにとて も共感 しまし た。お年寄 りが安心 して友達 とお喋 りしなが ら仲良 く暮 らしていける環境 を考えると き、共同売店 とい うのは非常 に大 きな意味 とい うか可能性 を持っていのではないかと

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思いました。 私の報告は以上です。あ りが とうございま した。 司会 どうもあ りが とうございました。非常 に的確 なご報告 を していただきまして、 だいぶ共同売店あるいは共同売店が現代社会 に置かれている状況 とい うのがクリアに 見えて きたのではないかなと思い ます。 また レジュメの方にも参考文献 とか きちんと 示 していただいてあ りが とうございます。今の報告いろんな問題提起がなされてた と 思いますが、フロアか らのご質問 もしくは後半部分に続ける意味での問題提起 を して いただきたいと思い ます。 はい、 じゃお願い します。マイクを-渡久地 公務月 をやってます渡久地 と申 します。よろ しくお願い します。個別的な話 にな りますけれ ども、石垣の伊野田の方の売店に以前行 ったことがあ りまして、実は 伊野田 という部落には共同売店の他 に個人経営の商店 が2ヶ所 ある。つ ま り3ヶ所の 売店があ ります。 とい うようなことで、今お話の中には共同売店の公共性だとかとい う意義がいろいろ出て きたわけですけれ ども、村落において個人の市場原理 と言いま すか、商売をやるとい うところで少 なか らず共同売店 よ りも規模的店舗の大 きさだと か対 して変わらなかったんですが、商品の数だ とか 自分が 自助努力 されている個人の 方が営業 としてやっているとい うところでずいぶん違いがあったのかなという部分が あって、売店の利用者 も減 って きた。で集落の中での公共性だ とか とい うのが、要は 村 自体が一枚岩 じゃない とい うところか らも、店が閉鎖 に追い込まれるという場面が 伊野田の場合はあった とい う気が します。ですから、これ とい うならば今の話だと、 役割 というか機能 とい う部分 と村の中での認識だ とか約束事 を守っているか とかいう、 ちょっとしたことなのか も知れませんけ ども、微妙 に影響 し合ってるところかなとい う気が します。そこら辺の見方あるいは閉鎖 に追い込 まれる場面 とい うのはいろいろ あると思いますが、そこら辺 を個別的に見ていかれたのか どうか という疑問をちょっ と伺いたいなと思います。 司会 お願い します。 宮城 今 、伊野田の例 を出 してもらったんですけ ども、伊野田の場合 は共同売店が3 あ りましたが、今は1つ しか開店 して ません。一方で個人商店があ ります。 その個人 商店やっている方は、かつて共同売店 をやってた方で、今 ご報告 申 し上げた典型的な 例です。共同売店でいろんな工夫 を してやっていこうと思ったけども、非常 に足かせ が多 くてそれなら辞めちゃえと。辞めて個人で商店やった方がいいん じゃないか とい うふ うな事例になると思います。今おっ しゃいま した、相が一枚岩でないということ

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については、だか らこそ共同売店 を見 ることによって、単純 に市場原理ではないもの、 村の人間関係その他のことが絡 ま り合 っている現実 を理解 してい くことがで きるので はないか と考えてお ります。 伊野田の場合 にはまだいいのですけ ども、他はですね、例 えば

○村の

○共同売 店 にはこんないざこざがあって、だか らどうだ とい う話 は、この場ではかな り申し上 げに くいんで きついんですが、ただやっぱ り個別的な調査 を続けてで きるだけ聞 き取 りして事例は一つ一つ積み上げてい きたい と思 っています。現在の ところ、中間報告 とい う形で聞いていただければいい と思 ってお ります。以上です。 司会 他の方はいかがで しょうか。 どうぞお願い します。真 ん中の後ろですね。 山里 -・・・さっ きもち ょっと出ま したが機能 とい う点ですね、私は重視すべ きじゃな いかなとい う気が します。 とい うのは例 えば呉我山の共同売店、別に優秀 ともなんと も書いてませんが、安定的経営 とも書 いて ませんが、朝の7時か ら開店 しま して晩の 8時 まで開 くんです よ。奥 はそ うでないんです よ。その他70戸の戸数ですけれ ども、 伊豆味 とか奥 とかに比べ ます とず っと小 さいんです よ。面積 も売 り場面積 としては小 さい、商品の数 も少ないか も知れ ませ んが、従業員 は常時2人いるんです よ。店月 は、 売 り子が。そ うい う梯能面ですね、その他新聞は朝売店に行かない と、売店に行って 受 け取 るとか。ですか らみんな部落の人はそこに集 まる。 その他 自治会が小 さい部落ですので、奥 は違 うか も知れませんが、大宜味あた りは 同様 だ と思い ます。書記や区長が区事務所 にいるのは午前 中だけなんです よね。場合 によっては月 ・水 ・金 とかになった りしますが、呉乾山 も午前中だけです よ、書記や 区長が区の事務所 にいるのは。 しか し共同売店は7時か ら8時 まで常時2人い るんです よね。相談事みんなそこに行 くんです よね、連絡事項 も。誰々さんが来たら一つこう い う伝言 して くれ と、誰々さんにこの資料 を渡 して くれ。そ して訪ねる人が来たら、 案内 して くれ、教 えて くれね とか。非常 に部落の何 と言い ますか、集合場所で もある し、また案内先で もある。そ うい う多面的な機能 もあ りますが、そ うい う機能 も見な が ら共同売店 を評価 していただ きたいなとい う気が しますが、その点 どうで しょう。 司会 はい、お願い します。 宮城 その点につ きま しては、報告の中で も申 し上げま したけれ ども、共同売店の主 任 さん とか売 り子 さんには本当に頭が下がる思いがすることが多いのです。私の話は、 この ことを大前提 に してお りま した。神国大の報告 にもあ りましたように、共同売店 が うま く機能 している所 においてはむ しろ公民館 よ りも重要 な役割 を果た していると い うことは基本的な認識 として、その部分は置い といて次の話 を しま した。だから、

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少 しは しょって しまったみたいになって、どうも申 し訳あ りませんで した。 我々が調査する時 も公民館の調査 と並行 してやったんですけれ ども、公民館 に行 っ て も誰にも会 えないことが多いのです。自宅に行 って も畑行 ってるとか仕事行 ってい るとか。ところが共同売店はよっぽ どのことがない限 り年中無休の所が多いです し、 今、朝7時か ら夜8時 まで とおっ しゃいましたけども、結構多いんです、朝7時か らだ いたい夜7時 とい う所が、まだ集計は してないのですが、私の印象 と して は多 くあ り ました。ほとん どが12時間営業です よね。これはす ごい こと、大変 な こ とだ と思 い ます。 ただ、呉我山の共同売店 については調査不足で して、今、貴重 な情報いただいので、 実は、報告 を放 っぼ り出 して直接お話お伺い したい心境 なんです (笑 )。本 当 に共 同 売店の方がご苦労なさっていろんな村の機能を果た しているとい うのは、重 々理解 し ているつ もりです。どうもあ りが とうございました。 司会 他にい らっ しゃいますで しょうか。 どうもあ りが とうございました。今のご質 問 とかご意見 も次の上地先生のご報告 ともつながることだ と思いますので、さらに上 地 さんの報告 を聞いた後、第2部の議論 を掘 り下げてい きたい と思います。 ただ今の宮城 さんのご報告 を聞いていて私 も村落社会学で強 く思いま したのは、共 同売店を通 して とくに沖縄の状況ですけど、現代社会の何が見えて くるのか。共同研 究する場合に、各デ イスプリングごとに当然それが出て くるだろうと思います。その ことが大変重要ではないか というふ うに考えています。 どうもあ りが とうございま し た。 宮城 どうもあ りが とうございました。 参考文献 徳野貞雄,2001,「農村社会の持続 と定年農業

『農業 と経済』67巻12号. 来間泰男 ・波平勇夫 ・安仁屋政昭 ・仲地哲夫,1979,「共同店 と村落共同体 一沖縄 本 島北部農村地域の事例 (1)

F南島文化創刊号』沖縄国際大学南島文化研究所. 安仁屋政昭 ・玉城隆雄 ・堂前亮平,1983,「共同店 と村落共同体

『南島文化第』5号 , 沖縄国際大学南島文化研究所. 玉野井芳郎 ・金城一雄,1978,「共同体の経済組織 に関す る一考察一沖縄県国頭村奥 区の 「共同

」を事例 として-

F商経論集』第7巻第1号,沖縄国際大学 商経学部 . 川本彰,1976,「"むら"づ くりの伝統の上 に茶の主産地 を確立 沖縄 県 国頭郡奥 区」 『新 しい農村'76』朝 日新聞社編.

図 1年齢 帯 級 別 国 勢調 査 人 口 1
図 3 一世帯あたり人A 3. 50 3. 0 0 250 2. 0 0 150 10 0 05 0 0 0 0 国 耳計 E g媒 材 大宜味村 ★ 村 今柵亡村 本部町 恩納村 伊平立村 伊是名村 図 3 のグラフは1 世帯あた りの家族人月数の変化を示 した ものですが、棒 グラフの 棒が縦 に長い ものですか ら、家族の人数が多いような印象 を与 えて しまっていす。 し か し、そうではあ りません。 家族1 世帯当た りの人月でを見てみます と、お よそ3 人 とい う線が基準 になる と思 い

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