スポーツ運動学の理論展開
―マイネル運動学から金子運動学への学問性と実践性に関する歴史的一考察―
佐野 淳
筑波大学
Zur theoretischen Entwicklung der Bewegungslehre des Sports:
Eine historisch-konzeptionelle Betrachtung über die Wissenschaftlichkeit und
die Praxisnähe von Meinels Bewegungslehre bis zu Kanekos Bewegungslehre
Atsushi SANO
Zusammenfassung
Die MEINEL’sche „Bewegungslehre“ wurde im Jahre 1960 veröffentlicht. MEINEL bezeichnete
seine Bewegungslehre als „Versuch einer Theorie der sportlichen Bewegung unter pädagogischem Aspekt“. Diese Bewegungstheorie wurde nach KANEKOs Auffassung auch in Japan gut bewertet. Die
MEINEL’sche Bewegungstheorie hatte einen interessanten methodologischen Standpunkt, der sich
vom naturwissenschaftlichen Standpunkt, wie Sportphysiologie und Biomechanik usw., unterschei-det. Nach KANEKO war die MEINEL‘sche Bewegungslehre zumindest eine hoch gewertete Theorie
aus der Praxis des Sportunterrichts und des Sports, und ihre theoretischen Eigenschaften bestan-den in einer morphologischen Betrachtungsweise. Diese Morphologie wurde jedoch nach und nach im sportwissenschaftlichen Feld aus ihrem nicht-wissenschaftlichen Aspekt und dem subjektiven Charakter abfällig kritisiert. Aus diesem Grund wurde diese morphologischen Auffassung, die für die MEINEL’schen Bewegungslehre die wichtige Methodologie war, nach MEINELs Tod in der von
sei-nem Schüler SCHNABEL und anderen überarbeiteten „Bewegungslehre-Sportmotorik“ verschwunden.
Aber dieser morphologische Standpunkt MEINELs sollte keineswegs kritisiert werden und die
me-thodologische Auffassung der Morphologie sei in der Praxis unentbehrlich. Aus diesem Erkenntnis verstärkt KANEKO heute die Theorie der MEINEL’schen Bewegungslehre.
Der Zweck vorliegender Abhandlung besteht darin, dass der wissenschaftliche Charakter der Theorie der Bewegungslehre des Sports, die in Japan heute als wichtig angesehen wird, aber missverstanden werden kann, durch die Verstärkungsarbeit von KANEKO der Bewegungstheorie
MEINELs ins Klare gebracht werden soll.
Als Ergebnis der Betrachtung wurde klar, dass die „Bewegungslehre des Sports“ in Japan als die KANEKO’sche Bewegungslehre entwickelt, und diese Bewegungstheorie den
phänomenolo-gischen Charakter und den existentiellen Standpunkt hat.
スポーツ運動学研究33:9∼26,2020
Ⅰ.問題の射程
1960年に東独で出版されたマイネルの『Bewegungs-lehre』(運動学)は,わが国では,1981年に『ス ポーツ運動学』の邦訳タイトル名で金子によって 訳出され,それまでのスポーツ科学の運動理論と は異色の内容の全容が日本に紹介された。そして この邦訳がきっかけとなって,1987年に設立され た研究会を経て,1992年には正式に日本スポーツ 運動学会(日本学術会議登録団体)が創設され, スポーツ運動学の研究が全国規模で推し進められ る基盤が構築された。また,この運動理論がもつ 〈現場における実践性〉が注目されて,平成 2 年 にはこの運動理論は教員免許状(保健体育)取得 のための必須科目「運動学(運動方法学を含む)」 として位置づけされた(浦井,2013,p.135)。そ れ以来,我が国では「運動学」あるいは「スポー ツ運動学」はスポーツ科学における重要な運動理 論となっている。しかし,この運動理論に関して は,これまでその理論内容および方法論が誤解な く十分に理解されてきたかというと,必ずしもそ うは言えない現実もある(佐野,2017,p.13)。 少なくとも,今日,免許法で挙げられているこ の「運動学(運動方法学を含む)」は,必須科目 に入れられた経緯からすると,当時,金子が翻訳 したマイネルの『スポーツ運動学』(1981),すな わち,マイネルの「運動学」を意味していた。し かし,正確なところを言うならば,この「運動学」 は今日,金子がマイネルの運動学を継承する意図 で,その理論を現象学的立場で補強する作業に取 り 組 み( 金 子,2002b,p.3; 金 子,2009, pp.356ff.),それが結晶した現象学的運動理論だ と言ってよいと思われる。つまり,誤解を恐れず に言うならば,日本において,今日われわれが 「運動学」といっている運動理論は,金子のその 理論補強作業の結果,金子の著作等で公表されて い る も の で あ っ て( 金 子,2002,2005,2009, 2018),それはすでに金子の運動学(=発生運動 学)(金子,2005,p.83)として体系化され,スポー ツ科学として発言力をもつ運動理論を指してい る,ということである。 しかし,今日,この金子の運動学をマイネルの 運動学と切り離して成立すると考えることはでき ない。金子の運動学はあくまでそのベースをマイ ネルの運動学において成立しているという理解が 必要であって,それ(1960)を理解することなし に,今日金子が展開している運動学を理解するこ とはできない。ただし,この金子の運動学の成立 には,マイネルにない金子独自の「実践性」や「現 場性」への強い思い,強い考え方が働いているよ うに思われる。 しかしこうなると,この今日の「運動学」(金 子の運動学)をどんな運動理論として理解したら よいのだろうか?また,金子によるマイネルの運 動学の継承・発展ということをどのように理解し たらよいのだろうか?少なくとも,運動学あるい はスポーツ運動学が教員免許状(保健体育)取得 のための必須科目「運動学(運動方法学を含む)」 との関係があることも考えるならば,マイネルか ら始まり金子によって今日展開されているこの 「運動学」に関する矛盾のない一貫した理解が必 要であると思われる。単に,マイネルの運動学は モルフォロギー的理論であり,金子の運動学は発 生運動学という現象学的理論だという理解による 区別では不十分であり,混乱を招くだけであると 思われる。さらに,「運動学」がスポーツ科学と して,金子が強調している競技の世界や体育領域 や幼児・高齢者領域の運動学(スポーツ運動学) と い う 運 動 理 論 だ と 考 え た 場 合 に は( 金 子, 2018,pp.567ff),この学問の分かりやすい位置づ けのためにも,それがマイネルの理論なのか金子 の理論なのかという議論ではなく,矛盾のない一 貫した「運動学」の理解がなされることが重要だ と考えるものである。なぜなら,金子のマイネル 運動学の継承,復権,再構築を目指した理論の補 強作業においては,マイネルの理論に同調する内 容を述べたり,立場の違いを確認している内容も あるからである(金子,2009,pp.213ff.)。そう したときにはマイネルと金子の理論は別物であっ て,またある意味で,マイネルの理論は古く,金 子の理論がそれにとって代わる新しい運動学の理 論なのだ,という印象を与えることもあるからで ある。確かに,理論の新・旧ということだけなら ば,普通の考え方であれば,「運動学」とは,当然,時代的に最近の新しい金子の運動学で理解されな ければならないだろう。通常,新しい理論は古い 理論を下敷きにして発展してくるからである。し かし,マイネルの理論と金子の理論の関係は,も ちろんそうした側面ももってはいるが,そう単純 な関係ではないと思われる。 例えば,金子はマイネルが展開した運動質の問 題を重視している一方で,その取り上げ方につい ては現象学的立場から素朴な段階にとどまってい て不十分だという評価をしている(金子,2009, pp.213ff.)。また学習位相についてもマイネルが 設定した 3 位相(A−B−C)に対して, 5 位相(原 志向−探索−偶発−図式−自在)となる独自の位 相論を展開している(金子,2002a,pp.417ff.)。 さらにマイネルの『スポーツ運動学』(1981)で は章として取り上げられ詳細に展開されている運 動発達の理論は金子の運動学の体系の中には,そ の内容は独立した章や項目としては取り上げられ ていない。われわれは,これらをマイネルの運動 学の発展型,進化型とみるべきなのだろうか。 金子は確かに,これまでマイネルの運動理論の 修正や問題の指摘をしつつ,夥しい数の論文や論考 や著書を公表し,マイネルの運動学の理論の補強 作業を行い,マイネルの運動学の理論の継承に力 を 注 い で き た( 金 子,2002b,p.2;2009, pp.356f.)。ここで重要なことは,金子が取り組ん できたマイネルの理論の継承ということの意味で ある。確かに金子は,『わざの伝承』の「まえがき」 で,「マイネルの遺稿に託された感性学的運動理 論をさらに発展させ,運動感覚発生論とその促発 方法論を構築して,マイネル教授の果たし得な かった貴重な遺志を継ごうと,おこがましくも決 心したしだいである」(金子,2002a,まえがき .iv) とその意志を表明している。しかし,そこで言わ れていて遺稿に託されたという感性学的運動理 論,すなわち運動感覚発生論や促発方法論という ものは,具体的にマイネルの運動理論のどういっ た内容,どういった視点と関係した理論なのだろ うか,あるいはまた,それらはマイネルの理論を 起点としつつもそこから脱皮した,金子独自の発 想や構想,立場から成長・発展させようとした理 論を意味していたのであろうか。 しかし,これまでの金子の多数の論考等をつぶ さに分析,検討して言えることは,金子によるマ イネルの運動学の継承,あるいは,理論補強の取 り組みは,マイネルの運動理論の〈本質〉に向かっ て,その理論に見られる問題点をひとつひとつ浮 き彫りにし解き明かそうとしたものではなかった か,ということである。つまり,マイネルが 『Bewegungslehre』(1960)の中では,金子が指摘 しているように,イデオロギーの関係から十分に 展開できずに(金子,2002b,pp.1f.),そのこと によって多少の理論的矛盾が出てきたり,科学と いう観点からは問題点が誇張されて批判されるこ と に な っ て し ま っ た が, ほ ん ら い 『Bewegungslehre』に反映されるべきだった「運 動学」という理論の本質に目を向けて,それを展 開することではなかったか,ということである。 ただ,かりにそうだったとしたら,今日,金子が 展開している運動理論はマイネルの運動理論の大 きな枠の中に入る一理論にしかすぎない,という ことになるが,そういうことになのだろうか? 確かに,今日の金子によるマイネルの運動学の 理論補強は,マイネルの理論で不十分であった点 や徹底できていなかった点や矛盾の見られた点, またマイネルが意識的無意識的にも踏み込めな かった点に対してそれをひとつひとつ取り上げ, 整備しようとしたものと考えることができる。し かし,それはマイネルの運動理論の単なるリ フォームではなく,「運動学」としてはマイネル の着想と問題意識を同じくしながらも,金子独自 の発想と構想によって,実践現場の運動理論とし てのあるべき「姿」を追求し,構築され体系化さ れた「運動学」と考えるべきだと思われる。 しかし,この金子の運動学は古いマイネルの運 動学を否定し,それに取って代わる新しい理論だ と考えるべきではないであろう。そうではなく理 論補強の作業の結果,ほんらいのあるべき現場の 運動理論の〈姿〉であったと金子には考えられた 「運動学」の本質を展開したというように考える べきだと思われる。つまり,金子の運動学の構想 の中でマイネルの運動学が成立するという構図で ある。付け加えて言うならば,両者の理論の間に は多少の相違点があるものの,金子の運動学はマ
イネルの運動学成立にも根拠を与える運動理論 だ,ということである。 このように考えると,例えば,免許法で挙げら れている「運動学(運動方法学を含む)」を理解 する場合,マイネルの理論を取り上げることは古 く,金子が取り上げている理論内容が新しい,と いう考え方は避けるべきである。そして,マイネ ルの理論も金子の理論もそれぞれに取り上げる 「運動学」的意義を有しており,いずれも実践現 場において有用性のある理論だ,という理解をす べきだと思われる。 今日におけるこのような運動学の内容およびそ の性格の正しい理解をもたらすためには,金子に よるマイネルの運動学の継承,理論補強の作業の プロセスにおいて,金子にはどんな考えがあり, そこにはどんな着眼点があったのかに目を向け, 理論の補強作業を分析してその内容を浮き彫りに してそれを示すことが必要であると考える。そし てこのことによって,今日の運動学に対する正し い理解を促すことができるとともに,運動学のス ポーツ科学における現場理論としての位置づけに も寄与できるようになると考える。 こうしたことから,以下,本論では,金子がマ イネルの運動学の理論補強をどのように考えて実 行に移そうとしたのか,そしてそこからどんな問 題を導き出すことができたのかを歴史的に辿って 浮き彫りにすることで,マイネルの運動理論と金 子の運動理論の関係を明らかにし,その上で,今 日の「運動学」の理論で押さえておくべきその学 問的性格および運動学が準拠するその方法論的原 則について明らかにしようとするものである。
Ⅱ.『Bewegungslehre』(1960)において不
可欠だった「教育学的視点」
1960年 に 誕 生 し た マ イ ネ ル の『Bewegungs-lehre』の運動理論の学問的性格と方法論の特徴づ けに関する金子の分析には,大きく 3 つの観点が あると言える。その一つ目の観点は『Bewegungs-lehre』に添えられていた副題の意味に関するも のである。 マイネルの運動学は,日本には当初,金子によ る『Bewegungslehre』(1960)の邦訳(1981)前 には,岸野によって『序説運動学』(1968)の中 で取り上げられ,その異色な理論の概要が紹介さ れていた(岸野,1968)。そして,この本の出版 に合わせて,「運動学」という理論について雑誌 出版社が企画して座談会(「新しい運動学の問題 をめぐって」:笠井,1968,pp.38ff.)が開かれて, それが雑誌に掲載されるなどして,運動学の日本 における啓蒙,浸透を図る取り組みも精力的にな されていた。 岸野はこの『序説運動学』の中で,運動学と呼 ばれる運動理論には,大きく英語圏における理論 とドイツ語圏における理論の 2 つの流れがあるこ とを指摘した。つまり,そこで挙げられたのはキ ネシオロジー(Cinesiologie, Kinesiology)(英語 圏)とベベーグングスレーレ(Bewegungslehre) (ドイツ語圏)である。キネシオロジーは,いわ ゆる,力学や生理学などの観点からの運動科学で あり,他方,ドイツ語圏のベベーグングスレーレ ももちろんそうした生理学や力学などの立場を総 合した運動理論という立場は依然としてあるもの の,岸野はドイツではそれとは区別される動きの 質,運動発達,運動学習などを取り上げた運動理 論がその当時台頭してきたことに目を向けてい る。そして,岸野はドイツ語圏に台頭してきたこ の後者の理論にはドイツ特有の考え方が反映され ていることに注目し,その代表格の運動理論がマ イネルの運動学であることを強調した。このよう な分析・考察を通して,岸野は,このマイネルの 運動学をドイツ語圏特有の運動理論として,その 内容の概要を『序説運動学』の中で紹介したので ある。なお,後に金子は運動学という学問につい て詳細に検討して広義の運動学の存在を指摘し, その代表としてウンゲラーのいう運動学を挙げ た。そして広義の運動学と呼ばれるものには,現 象記述学的―形態学的立場,バイオメカニクス的 立場,人間学的―現象学的立場,感覚運動理論的 立場,社会文化的立場があることを指摘した。他 方,マイネルの運動学はそうした広義の運動学と 区別される人間学的立場に立つ運動学であること も指摘し,それはバイオメカニクスや感覚運動理 論の立場の運動学とは異なる系譜に属して発展してきた理論であることを述べた(金子,1977a, p.280)。 このマイネルの『Bewegungslehre』(1960)の 運動理論の本質が分かるには,副題の内容および その副題が添えられている意図を理解することが 必要である。副題は,「教育学的視点をもつスポー ツ 運 動 理 論 の 試 み(Versuch einer Theorie der spor tlichen Bewegung unter pädagogischem Aspekt)」である。それでは,1960年のマイネル の『Bewegungslehre』の副題にある「教育学的 視点」にはどんな意味があり,その副題からわれ われはマイネルの運動学をどう理解すべきなのだ ろうか? この副題のもつ意味の解釈について,岸野はこ の『序説運動学』の中で,ドイツの生理学者シュ ミートの論法を持ち出して説明している(岸野 , 1968, p.15)。それは,〈Lehre der Bewegung〉と 〈Bewegungslehre〉を区別し,前者は運動の教授 や指導についての教育的問題(Pädagogisches Problem)に関係する研究,後者は運動の生理学 的研究とし,前者は教授や指導の意味に,後者は 科学の意味に解したというもので,その論法を根 拠として岸野は「学問」と「現場」の深い関連性 に言及し,「運動学は,科学的研究でありながら も,とくに教育の場(=体育の現場)と密接な関 係」(岸野,1968,p.15)にあることを指摘してい る。 かりにこの論法で考えた場合,この副題にある 「教育学的視点」という文言で理解されるべきこ とは,あくまでそれは陶冶と教育のための現場に おける「実践的教育活動」の視点,つまり,まさ に人間形成の上で学習者が実際に動き,指導者が そこに直接働きかける,その〈現場〉の視点,と いう点に目を向けるということである。具体的に 言うならば,運動場や体育館や公園や広場など, 身体を動かす具体的な場面(教育現場)において, 人間形成という立場で,指導者(体育教師やス ポーツ指導者など)が体育の時間やスポーツ活動 の時間やトレーニングの時間に,児童や生徒,選 手に手ぶりや身振り,言葉を使うなどして「その 動きを教える」というごく普通の活動ないし行為 に目が向けられるということである。マイネルが 意図した運動学はまさにそうした実践的教育的活 動をするときに機能しなければならない理論だ, という理解が必要になるのだと思われる。 このようにマイネルの運動学がこうしたスポー ツの現場に問題意識をもっていること,つまり, 現場に役立つ有用性という立場を強調しているこ とで,バルライヒはこのマイネルの運動学に応用 科学(angewandte Wissenschaft)的な性格があ ると見ている(Ballreich, 1975, S.171)。金子もこ のバルライヒの指摘に同調し,このような性格を もつマイネルの運動学は理論と実践の断層を克服 するために,「常に現場の悩みや要求から出発し, 現実の運動の研究に多角的な考察を加えて」いる ことに注意を促している(金子,1977a,p.277)。 マイネルは『Bewegungslehre』(1960)の「ま えがき」で,以下のように述べている(Meinel, 1960, S.12; 1981, i): ・ 体育において,豊かな実りが期待できるよう な指導をするには・・・深い認識がきわめて 大切な基礎を提供している。 ・ 教育学的視点をもつ運動学は・・・運動発達 の過程に対してさらに積極的に働きかけてい けるように,このような認識を伝えようとす る。 ・ このような運動学は教育実践における諸々の 要求や問題から発生したのである。運動学は 教育の実践を促進し,それをさらに高い段階 に引き上げるために,スポーツの運動理論と して寄与していこうとするものである。 ・ 教育学的活動は多岐にわたる個別諸科学から 得た諸認識の統合に常に頼ってきた。この運 動学もこのような統合と必要な補充を果たそ うとするのである。 ・ 運動学はスポーツの運動理論として,ばらば らに分散している種々の事実資料を陶冶と教 育の視点からまとめ,補充し,体育の授業や トレーニングの方法論のために役立てようと する試みなのである。 また,生理学や物理学といった自然科学の方法 によって得られた事実をスポーツ教育の実践に生 かそうとすると,どうしても統合や変換が必要に なる点を指摘するとともに,現実の運動経過の理
解にはモルフォロギー的考察や史的・社会的考察 こそがその本質的な補充をしていることを強調し ている。 このようなことから,副題をつけたマイネルの 意図には,運動学は体育方法学とは違い,「ひと つの全体的な体育の科学的基礎付け」という役割 を担う(岸野,1968,p.15)という考えがあった からであり,また,現場からの基礎付け,という 意図があったと考えることができる。つまり,マ イネル自身,自らの運動理論(「運動学」)は,そ れまでの既存の生理学や心理学,力学などのス ポーツ科学の学問とは違う次元の学問的性格をも つことを自覚していたからこそ,「教育学的視点」 という副題を添えたのだ,ということになるので はないだろうか。そうでなければ,運動学もス ポーツ生理学やバイオメカニクスなどの自然科学 的諸学問と同列の位置づけがなされる運動理論, あるいは,スポーツ科学の一学問という理解で十 分であったはずである。 このような理由から,マイネルにとって「教育 学的視点」というのは,他のスポーツ科学とは違 い,自らの運動学を展開するには不可欠の視点 だったのである。あくまで「現場」で学習者に対 して指導者が行う〈動きの指導〉を実り多きもの にするための「理論」を構想したのであり,それ は単に〈(人間の)運動〉を研究対象とした運動 の学問,運動の理論というものではなかったと思 われる。 このような教育学的視点をもつマイネルの「運 動学」の理論はスポーツ科学における位置づけが 言及されるとともに,その理論的意義が多くの論 文や著作等で取り上げられるなどした(Grosser, 1977; 1978(a,b); Göhner, 1980, 1983; Rostock/ Kirchner, 1992, Krug /Hartmann / Schnabel, 2001, 2002)。最近では,金子はこの副題のもつ意味に ついて,次のような独自の視点からその意義に言 及している:「マイネルの『運動学』における「教 育学的視座からのスポーツ運動理論への試み」と いう副題の意味はその後の研究によって,身体知 という新しい現象領野が浮かび上がり・・・」(金 子,2009,p.3)。すなわち,金子は,「教育学的 視点」という副題が付けられたということの意味 は,マイネルの「運動学」はその深層にほんらい 身体知という問題圏を含ませていた理論として理 解されるべきことを指摘していると思われる。 マイネルの運動理論を理解するには,まずはこ うした副題のもつ意味を十分理解した上で,運動 学は〈現場の理論〉である,ということの深層理 解や認識が必要であると思われる。
Ⅲ.実践的教育活動という「現場」視点と
モルフォロギーの関係づけ
副題において,このように教育学的視点に立つ ことが表明されているマイネルの『Bewegungs-lehre』の運動理論の特徴については,すでに述 べたように岸野が指摘していたが,金子もこの時 期,このマイネルの運動学について,岸野とは 違った立場や観点から,その理論の性格と価値に ついて紹介していた(金子,1970)。 そこでは,このマイネルの運動理論(『Bewegungs-lehre』)との衝撃的な出会いについて自ら語ると ともに,マイネルの運動理論がモルフォロギー (形態学)という学問的立場に立って展開された, 実践現場に生きる運動理論であることを強調し, マイネルの「運動学」の学問的性格の意義を高く 評価した。金子にとっては,マイネルの運動理論 はその実践的な現場の運動の学問としてスポーツ 科学において不可欠で重要な位置を占めるものだ と確信できるものだったと思われる。ただ,その 邦訳に際しては,岸野から忠告を受けていたとい う(金子,2002b,p.5)。それは,マイネルは当時, 東独という共産圏国の学者であって,その運動理 論の内容に関しては,マルクス=レーニン主義の 立場から強い検閲を受けていたことが推察された からである。マイネルの運動理論はある面ではそ うした政治的側面をもつと言える側面があったも のの,金子には,当時,オリンピック団体優勝 (1960 ローマ大会)を果たした体操競技の日本代 表監督という立場で,次回オリンピック(1964東 京大会)でもその王座を守るための選手の競技力 向上およびそのコーチングという観点から,マイ ネルの運動理論にはそれに答えるだけのふさわし い知見があると思われたことが述懐されている。つまり,イデオロギー的な政治的壁があったもの の,それ以上に,運動現場に立つ者として,マイ ネルの『Bewegungslehre』(運動学)は邦訳する に価値のある本であることを確信していたと思わ れる。マイネルが強調したモルフォロギーという 特徴的視点からの内容に金子は価値を見出すとと もに,マイネルがその運動理論に込めた「実践理 論」の思考の深さとその魅力に惹かれたという (金子,1970,pp.44ff.;2002,p.5)。金子は当時, 少なくとも競技という点から,マイネルの運動学 の理論吸収にのめり込んでいったことが述べられ ている。 マイネルがその運動理論で前提としていたモル フォロギーについては,その学問的立場や方法 論,またその価値について論じる論文等が発表さ れるなどして周知され,スポーツ科学において市 民権を得るようにはなったと言える(Buytendijk, 1956; Grosser, 1977, 1978a,b; Göhner, 1980, 1983; Kohl, 1961; Petersen, 1982; Roth, 1983; Ungerer, 1975)。例えば,Fetz によれば,「運動モルフォ ロギーは感覚によって知覚できる(とくに見るこ とで)運動の現象形態とその徴表を取り上げる。 われわれの感覚器官の限られた能力は技術的な補 助手段(例えば,高速撮影)を用いることが必要 になる。・・・モルフォロギーは体育運動の運動 学の非常に重要な領域である」(Fetz, 1969, S.53)。 他方,1975年以降からはマイネルのとったこの モルフォロギーという立場と方法論に対しては, 科学的立場から批判の目が向けられ問題点等を論 じ る 論 文 等 も 数 多 く 見 ら れ る よ う に な っ た (Autorenkollektive, 1976, S.525f.; Göhner, 1983, S.86; 金子,2009,p.356)。すなわち,生理学や バイオメカニクスなどのスポーツ諸科学あるいは 自然科学の〈基準〉で,運動学の学問性,科学性, 客観性に対して批判の目が向けられるようになっ たのである。 例えば,当時のマイネルの母国の東独では,マ イネルの「運動学」の理論対象が知覚可能な側面 (運動モルフォロギー)に制限されてしまってい ること,マイネルの取り組みは当時の西側の運動 理論に対する批判が不十分であったということ, 副題で謳われている「教育学的視点に基づく理 論」というのは,一部では個人的な性格をもつ理 論になっているということ,運動の質概念が哲学 的概念と日常的な意味の境界を曖昧のまま使用さ れていること,そして,モルフォロギー的考察法 が本質的には現象学的に認識されていて,厳密な 因果分析と比べて強調されすぎているということ である。そして,マイネルがモルフォロギー的研 究と考えている運動形態の可視的な研究が体育教 師やコーチの現場の目を養う上でどんなに重要な ものであっても,それが因果的な研究でなければ 研究としては不十分だとして批判されたのである (Autorenkollektiv, 1976, S.524f.)。 しかし,すでに述べたように,マイネルの運動 学が「教育学的視点」をもち,それはそもそも純 粋な自然科学的運動理論として構想されたもので はなかった点を考えると,マイネルの運動学に向 けた当時の批判は〈的外れ〉な批判ないし価値づ けや評価をしていたと言えるのではないであろう か。少なくとも,副題で意味される教育学的な次 元の問題は自然科学的な基準でその真偽,有効性 を言うことはできないと思われる。こうした批判 は,プラトンのテクネーをエピステーメーと結び つけた「テクネー=エピステーメー説」から,ト リベー(職人的技術)を低く評価した論と同じだ と言えよう(村上,1986,pp.73ff.)。 このような中で,マイネルが大学を退官した 後,シュナーベルらの後継者たちは,マイネルが 『Bewegungslehre』の理論の前提としていた特徴 的なモルフォロギー的認識を払拭し,時流に合わ せるかのように,サイバネティックス的立場から マイネルの運動理論を整理し直した。つまり, シュナーベルらによるマイネルの「運動学」の改 訂版(1976)では,岸野が日本に紹介し,金子が 高く評価していたモルフォロギー的理論は跡形も なく消し去られていたのである。すなわち,マイ ネルの初版(1960)の『Bewegungslehre』は,そ の後,何回か内容の変更のないまま版を重ねた が,1976年以降はマイネルは第 1 章を担当しただ けで,それ以外の章は複数の弟子たちが担当し, その改訂版では,初版でマイネル自身が重視して いた運動問題や歴史的内容が削除された(Göhner, 1978a, p.372)だけでなく,サイバネティックス的
立場で書かれたものに変わっていた(Meinel/ Schnabel, 2007),ということである。 それでは,マイネルの『Bewegungslehre』に おいて学問的方法であったモルフォロギー的考察 法とはどんなものであり,それは他のスポーツ科 学の方法論と比してどこに特徴があったのであろ うか? それは現場を視野に入れた実践性(Praxisnähe) という点にあった。マイネルは,モルフォロギー 的考察法の説明において,「モルフォロギー的考 察法の特性を明らかにするには,最後になお,そ の強い実践性に触れておかなければならない」 (Meinel, 1960, S.108; 1981, p.108), ま た,「 モ ル フォロギー的研究法の即実践性は体育指導者に とってとくに大切である」(Meinel, 1960, S.108, 1960; 1981, p.108)として,その「実践性」を強 調している。 マイネルによれば,運動学は,教育学的視点に 立ち,現場の運動指導者に,スポーツ運動の本質, またその発達やモルフォロギー的現象形態,さら にその因果的な,また体力との関係性に関わる重 要な知識を提供する目標をもっている(Meinel, 1961, S.1030)。また,モルフォロギー(運動形態 学)の意義について,次のように説明している: 「運動形態学は教師にとって理論的にも実践的に も大きな意義をもつ。教師は多かれ少なかれ,毎 日生徒の動きを見ている。教師はまずそうして見 た動きをモルフォロギー的に把握する。・・・例 えば,運動がうまくいっているのか,失敗なのか, 動きがなめらかなのか角ばっているのか,あるい はまた,リズム良く動いているのか,固くなって いるか,やわらかな動きなのか,硬直した動きな のかを確認するのである」(Meinel, 1963, S.112; 佐 野,2007,p.47)。 マイネルは,例えば,指導者が生徒の動きを直 接見て印象分析して,動きの良し悪しを確認・判 定する,というような現場で行われる運動分析や そこから出される具体的な助言こそ重視してい て,運動学や運動モルフォロギーはそうした現場 の指導行為に寄与する,すなわち,実践性を有す る学問だという認識だったと言える。 要するに,マイネルの立場は,自身の長年の実 践から出てきたというだけでなく,自らの実践活 動を通して出てきた確信的な学問の立場なのであ り,この原則を貫くためにモルフォロギーという 立場を強調しなければならなかった,ということ である(Göhner, 1983, S.87)。 また,岸野はマイネルが説明するこのモルフォ ロギー的考察法に関して,それは「実際に感覚を 通して認知していく」方法であることを指摘する とともに,マイネルが挙げたモルフォロギー的考 察方法の具体的方法としての自己観察と他者観察 の方法にすでに注目していた。例えば,次のよう に述べて,運動学を特色づけていた:「自己観察 とは文字通り自己の運動をみずから観察すること で,学問とは関係ない全く陳腐のことのように思 われる。だがこのような運動の経験なしに運動学 は成立しないし,その体験の深さなしに運動学の 各論的研究は実を結ばない。別言するなら,運動 学はアプリオリに上から理論的につくられる研究 ではなく,体験を通して実験を生かしていくユ ニークな経験科学なのである。われわれの運動に 対 し て の 基 本 的 理 解 は, そ の 自 己 経 験 に よ る。・・・一流選手の供述が示すように,長期の 訓練と豊かな運動経験をかさねた者のそれは,高 い価値を有している」(岸野,1968,pp.44f.)。 こうしたことから導かれることは,マイネルが 取り上げたモルフォロギーは,まさに運動を直接 行う「場」(学校体育やスポーツのトレーニング で行われる実践的教育活動)にいて,そこにいる 〈人間〉がその場で取り上げる動きかたやフォー ムに関する学問的立場だったということである。
Ⅳ . 金子のモルフォロギー的研究
このマイネルのモルフォロギー的立場に立つ研 究を金子は現場の運動理論の立場から高く評価 し,その考え方と研究手法を積極的に自身の体操 競技の研究に取り込み,体操競技の世界でその有 効性を主張し,体操競技の技を対象としたモル フォロギー的研究を次々と発表するとともに,モ ルフォロギー的考え方を国内外に浸透させていっ た。例えば,日本体操協会の競技部報に出した 「 技 の 発 展 に お け る モ ル フ ォ ロ ギ ー 的 研 究」(1966)や国際雑誌 Olympische Turnkunst に掲載 された「Zur Morphologie der Turnkunst」(1967), 「競技体操の安定性に関する運動形態学的研究」 など,モルフォロギー的研究,あるいは,運動形 態学的研究と称して,モルフォロギー的立場に立 つ動きや技,技術の研究を次々に発表していっ た。 またそうした体操競技の研究をベースに,さら に,体育やスポーツの商業雑誌,例えば,「体育 の科学」に掲載の「運動の概念の問題性」(1968) や「 倒 立 と は 何 か ∼ 運 動 形 態 学 の 立 場 か ら」 (1977)などでモルフォロギーという学問的立場 を主張した。また,大著『体操競技のコーチング』 (1974)の中で取り上げられた技術因子の確認, 個人技法の促進,技術抽出の実験という「技の技 術開発の方法論」(金子,1974,pp.224f.)も,基 本的にこのモルフォロギー的立場からの技の研究 法である。さらに,そのモルフォロギー的立場か ら,筑波大学の紀要論文として「Zur Problematik um die Formgenese der Turnkunst(体操技術の 開発に伴う問題性)」(1984),「Prolegomena zur Methodik der sporttechnischen Neugestaltung(技 術創作方法論序説)」(1985)や「運動観察のモル フォロギー」(1987)を発表した。著書においても, 例 え ば,『 序 説 運 動 学』 の 中 で「 運 動 技 術 論」 (1968),また,『スポーツの科学的原理』の中で 「運動学からみたスポーツ」(1977)などを執筆し, マイネルの「運動学」理論ないしモルフォロギー や運動形態学という運動の学問の立場を精力的に 普及させていった。 金子のこれらのモルフォロギー的研究で取り上 げられたのは,とくに,体操競技の〈技〉や〈技 術〉の問題であった。言い換えれば,それは,〈ゲ シ ュ タ ル ト(Gestalt)〉 と し て の“ か た ち (morphe)”や“フォーム(Form)”といった「動 き」や「動きかた」に関わる問題であった(金子, 1987)。なおここで言われているモルフォロギー の対象となるかたちや形態は,本論の後で言及さ れることになるゲーテ形態学での形態認識や現象 学的意味をもつものであって,動的なもの,まと まりあるもの,可視的なもの,非可視的なもの, 意味的なもの,あるいはまた,メロディーのよう に消えてなくなってしまうが(Buytendijk, 1956, S.41),それでもそこには‘かたち’が取り上げ られる,という認識が要求されるものである。 このように金子はモルフォロギーや運動形態学 的立場に立つことの意義について,国内外の発信 力のある研究誌や雑誌,論文,著書等で,自らの 研究等を通して具体的に,そして,精力的に主張 していった。 金子は,マイネルの運動学の特徴が副題にある ことだけでなく,さらにこのモルフォロギーとい う学問を核にして成立していることにも早くから 注目していたことが伺われる。つまり,マイネル がモルフォロギーという学問を背景にして運動学 を構想し,体系化していることの意義に注目して いたとともに,現場においてはモルフォロギーと いう学問の存在は不可欠であることを,1960年に マイネルの本を手にしたときから,すでに確信し ていたことが多くの著作から読み取れる。
Ⅴ . モルフォロギーの原点遡及
このようにマイネルが強調したモルフォロギー は現場理論としてその存在の意味と価値のある学 問であることは早くから金子の知るところであ り,雑誌の論考にもすでにそのことを述べていた (金子,1977b,pp.94f.)。 しかしその後,モルフォロギーはそもそもどん な性格で,どんな意義やどんな価値をもつものか という,その学問の「本質」を探るために,今一 度,モルフォロギーという学問の成立の起源ない し源流まで遡り,マイネルの運動学の理論の「本 質」を仔細に問う,という作業に本格的にとりか かった。金子にとって,この作業はマイネルの 「実践性」の理論を根拠づける,あるいは,理論 補強する上で不可欠であると考えていたと思われ る。マイネルの運動学の金子のこうした理論補強 の作業の第 2 のポイント(観点)は,このモルフォ ロギーという学問の原点遡及にあると考えること ができる。 そして,この作業の成果が学会誌「スポーツモ ルフォロギー研究」の創刊号に結晶した(金子, 1995)。学会誌の創刊号で21頁にも及ぶスポーツモルフォロギーについて論じたこの論文で,金子 はマイネルが運動学の中で大前提としたモルフォ ロギーのゲーテ的解釈を徹底して展開するととも に,モルフォロギーのスポーツ科学における運動 理論としての存在意義を強調した(金子,1995)。 すでに述べたように,金子はマイネルの学問的立 場であったモルフォロギーを単なる形態学,ある いは一般的な意味での生物学的な形態学の理解で 取り入れたと解されてはならず,動的で,変化す るもの,直観に与えられるもの,形成されるもの, さらには意味的なものといったかたちや形態のと らえ方をするゲーテ的意味をもつモルフォロギー であることに注意を促し,その内容を『スポーツ 運動学』(1981)の訳注の中でもすでにある程度 解説し,ゲーテのモルフォロギーの視点の重要性 を強調してはいた(マイネル,1981,pp.450ff.)。 ただ,1995年発行のこの「スポーツモルフォロ ギー研究」の創刊号では,ゲーテのモルフォロ ギー自体のさらに深い考察とスポーツ運動学との 関係性について論究されており,この時点で金子 が考える運動学の理論の実践的性格,あるいは, モルフォロギーは現場に身を置いて現象と関わる 理論,ということがまずもって浮彫りにされ強調 されたと言える。 こうして,とくにゲーテ形態学において重要な 意味をもつかたち,形態,対象的思惟,直観,メ タモルフォーゼ,原形象といった概念が運動学 (スポーツ運動学,スポーツモルフォロギー)に も取り込まれることになった。すでに見てきたよ うに,マイネルが強調した運動学におけるモル フォロギーの実践性とは,ゲーテ形態学と同様, 体育教師などの運動指導者が直接的な観察や運動 現場で運動を見て指導することの問題性を意味す る。こうしたことから,金子は現場における運動 の指導や研究では,まず人間が運動を直接に見る ということを,ゲーテのモルフォロギー的方法論 と重ね合わせて強調したのである。 こうして,方法的なことは論じたとはいえ,モ ルフォロギーという学問の本質までは言及し得な かったマイネルに対して,金子はその原点(ゲー テ形態学)を遡及し,1960年当時,スポーツ科学 (自然科学)隆盛の中,敢えてマイネルが強調し たモルフォロギーという学問の立場は,運動学に おいてどうして必要だったのかを,金子独自の視 点から問い,現場の運動理論において,モルフォ ロギー的立場に立つことの意味を明らかにしよう としたのである。しかし金子は,このモルフォロ ギーの原点遡及で運動学理論の本質追求作業が 終ったと考えていたのではなく,現場の運動理論 の構築には,このモルフォロギーの本質探究を きっかけに,さらにより強力な理論補強が不可欠 だという考えから現象学の採用へと向かっていっ た。 金子によれば,ゲーテの形態学思想は20世紀に 入ってフッサールによって現象学的な考察がなさ れ,現象学的形態学として,形態に関する深い問 題性が取り上げられるようになったという(金 子,2009,まえがき i;p.99;p.110)。また,ゲー テの形態学思想(ゲーテ的現象学)とフッサール 現象学との関係はビンスワンガーによって論じら れ,そこでは少なくとも,形相(フッサール)と 形態(ゲーテ)の概念の類似性と差異に言及され るなどして,ゲーテとフッサールの関係が指摘さ れているように,ゲーテの形態学は現象学へと深 められる学問性をもっていたと言える(高橋, 1982,pp.98f.;Binswanger, 1942, S.631ff.)。 このように金子はこのモルフォロギーの本質を ゲーテにまで遡って追求しマイネルの運動学の理 論補強の作業を進めたが,それはこうして,さら に現象学へと方向づけされることになった。こう した流れは,運動学におけるモルフォロギーの学 問的価値を保証するとともに,スポーツ科学にお ける運動学理論の学問的な存在価値を一段と堅固 にすることを意味していると思われる。
Ⅵ. フッサール現象学による運動学の理論
補強
金子によるマイネル理論の補強作業によって, マイネルが拠り所としていたモルフォロギーは, こうして,今日,フッサール現象学との関係にま で広げて理解することが重要になっている。た だ,金子はマイネルの運動学ないしモルフォロ ギー的方法論に触れた当初から,「現象学的立場に立った運動形態学こそスポーツ運動学に不可 欠」(金子,1977a,p277)だとして,現象学的な 見方の重要性を主張していたが,現象学との具体 的な関係性ないし接点については,上記で述べた モルフォロギーの原点遡及作業によって確信でき るものになったと思われる。 こうして,マイネルの運動学の金子による理論 補強の 3 つ目のポイントは,運動学の方法論とし て,この現象学を徹底させるという構想,あるい は,現象学の中で運動学の理論を考える,という 点にあると思われる。 現象学の理解を運動学の立場から深めていく過 程で,金子は,現象学が追及している内容および その視点は運動学の理論にとって有益な視点であ ることに注目したと思われる。それは,現象学が まずもって意識の志向性ということを前提とし て,心理学とは違う次元の意識の問題を取り上げ ようとしているのと同じように,運動学も単なる 心理学で扱われるものとは違う心的現象としての 運動者の運動する意識,運動に関わる意識という 点をまず起点として,人間の運動ないしスポーツ の運動を考える側面があるからである。例えば, 人間が自ら運動をしようとするときに関わってい るものとして,映像的直観や固有運動直観とよば れるもの(Mattig, 1968),運動投企(Bewegungs- entwurf),先取り(Vorwegnahme),予測(Anti-zipation),プロレプシス(Prolepsis),潜勢運動 (virtueller Bewegung),運動表象(Bewegungsvor-stellung),観念運動性反応(ideomotorischer Re-aktion)などの心的現象(Psychische Vorgänge) が挙げられるが,これらの心的現象は言うまでも なく日常運動でも運動学習時でも現れるが,ス ポーツ時にはとくに顕著に問題になってくるもの であり,これらの研究は,運動指導者としての コーチにとって重要な意味をもっている(Kohl, 1972, S.123)。 さらに,マイネルが取り上げ強調した自己観察 や他者観察という方法も,自分のあるいは他者の 運動を見る(感じる,知覚する)ということの意 識に関わる学習や指導上の方法論であり,現象学 的立場で取り上げられる「見る」,「読み取る」,「推 測する」などの意識問題ときわめて深い関連性を もつものと思われる。対象を「見る」(超越)や 内的に「感じる」(内在)とき,主体にとって心 的な体験内容はどう構成されるものなのかという 点では,どちらも問題性を共有していると思われ る。 心的現象のこのような問題意識があってはじめ て,運動学においても意識の志向性,能動性,受 動性といった概念,またキネステーゼと呼ばれる 運動感覚意識が「動感」という概念として出てく るのである。また,学習位相として金子が特徴づ けた運動形成の五位相も,意識の志向性,能動性, 受動性という現象学的な意識状態が起点になって いると思われる。 このように現象学的立場でスポーツ的な心的現 象としての運動意識を分析していくと,その意識 は主体にとっては〈意味〉(今の実施は「け上がり」 だと判断できること)や〈価値〉(こういう感じ が良く,その感じは良くないと思うこと)として の問題になるが,そうしたスポーツ運動や技の意 味や価値(金子,1984,p.13)が行為や活動の中, あるいは,その過程でどのように生まれ(発生) てくるのかという現象学的な発生問題に,金子の 関心は向けられたと言える。金子がマイネルの運 動学を理論補強する際,こうした現象学から持ち 込まれた「発生」概念が「運動発生」の概念とし て,その運動理論の中核に据えられたと思われ る。学習者の創発および指導者の促発といった運 動学の専門概念も,学習者や指導者という主体が 運動に関わって知覚したり感じたりしたときの動 きの意味発生(例えば,できそう,むずかしい, やりにくいなどの感じ(動感≒キネステーゼ)が 出てくること)をベースに生み出された概念だと 思われる。 また金子は運動の意識を現象学的な分析対象と する際,それをコツやカンといった“できる”に 関わる意識現象の問題として位置づけたと言える . このコツやカンという,動きが“できる”に関わ る意識現象ないし心的現象は,少なくとも,有体 性(Leiblichkeit:ありあり感),顕在性(Aktualität: いまの感じ)および現実性(Wirklichkeit:実際の 存在感)を内在させている現象学的立場から解明 されるべき問題である(Husserl, 2005, S.109)。
そして,その意識はある意味では,一見,単純な 意識現象であるようにみえても,それはきわめて 高度で複雑で多層的な意識なのである。 金子が運動学に対して行ってきたこのような現 象学による理論補強の意義と価値は,すでに心理 学領域においても同様に主張されていた。例え ば,心理学領域で,マックレオード(MacLeod, R.B., 1947)がすでに現象学的にアプローチする ことの重要性について述べていたことを,谷口は 次のように説明している。すなわち,マックレ オードは「人間の行動科学として進展してきたは ずの心理学において,現在,研究者達が,あまり にも客観主義的な科学主義に走りすぎ,その結 果,様々な偏見に陥っていることを指摘し,それ を克服し,生きた社会的存在としての人間を具体 的にとらえてゆくためには,『現象学的接近』が 大変重要な役割をになうであろうことを強調」 (谷口,1967,p.155)していたという。 こうしてマイネルの運動学の理論補強の作業を 通して金子が到達したのは,マイネルが構想して いた「運動学」あるいは「スポーツ運動学」とい う運動理論は,本来,現象学によって構築される べき理論である,という認識であったと思われ る。すなわち,マイネルの教育学的視点の運動学 にはすでに,その深層にもともと現象学が扱うべ き理論的な運動現場の「実践性」の問題がその本 質にあった,という認識に達したのだと言える。 それが金子が,これまでに一連の著書,論文,論 考において,運動学と現象学の関係を強く強調し てきたことの意味であると思われる。 こうして金子は,1998年,マイネル教授誕生百 年祭で開催されたシンポジウムにおいて基調講演 し(Kaneko, 1998),その中で,マイネルが改訂 を目指していた運動理論は,その遺稿からも読み 取れる「感覚論としての運動学」,すなわち,発 生論的地平における実存的な運動分析という,現 象学的性格を浮き彫りにした運動学であったこと を強調した(金子,2009,p.357)。
Ⅶ.現象学的運動理論としての「運動学」
に不可欠な「人間存在」の視点
このように,金子は確かに運動学をほんらい現 象学的に基礎づけられるべきゲーテ形態学,すな わち現象学的形態学を基底に据えた運動理論だと いうことを主張し(金子,2009,p.110),今日, 運動現場の運動現象をフッサール理論に立って説 明することの意義を強調する。では,金子の真意 はそこに,すなわち,運動学を理解し,運動学的 に研究していくためには現象学そのものを理解す ること,あるいはまた,〈運動〉を現象学的に研 究することこそが運動学のためになる,というこ とにあると考えるのだろうか。 これまでに指摘した金子によるマイネルの運動 学の理論補強の観点,すなわち,教育学的視点, モルフォロギー的視点,現象学的視点という視点 は,確かに最終的には,現象学という学問的立場 に立つことに収斂していくものであったと言える が,しかしその本質は,すでにマイネルが純粋に 主張していた「教育学的視点」に立ち帰ることで あり,またそれは運動学はあくまで「実践現場の 理論」であることの再認識ではなかったのではな いだろうか。言い換えれば,金子による理論補強 の結果として出てきた運動学と現象学の関係で言 及したかったことは,「運動学は自然科学的学問 ではない」という主張と,「方法論的に言えば, それは現象学的な立場に立つこと」,ということ ではなかっただろうか。 また,理論補強作業の結果,このような運動学 と現象学の関係が指摘されたことの〈根底〉にあ ることで忘れてはならないことは,次のことであ る。それは,運動学で対象となる「現場」はあく まで〈生きた〉人間が活動する「場」なのであり, 運動学は「実存」,すなわち,「人間存在」の視点 を欠くことができない理論である,ということで ある。つまり,運動学の理論はその根底に〈実存〉 的認識をもつことが不可避であるという認識,あ るいはまた,運動学は実存の運動理論だ,という 前提的認識をもつことが重要なのではないだろう か。 それでは,この人間存在や実存と言う視点をもつことは,運動学の運動理論では,どんな意味を もつことになるのだろうか。 敢えて人間存在や実存などという視点を導入す るということは,人間をわざわざ哲学的にむずか しく取り上げようとしているように思われるかも しれないが,決してそうではなく,これまで述べ てきた運動学の学問的性格から,このような視 点,また人間らしさの視点(Buytendijk, 1957), あるいは,人間学の立場(Petersen, 1983)や反 実証主義的立場(佐野,2014)に立つことが不可 欠だ,と考えるからである。すなわち,「生きた 人をその視野からまったくはずしてしまう自然科 学的思考と方法に対して,生きた実存に接近する 方法」(谷口,1967,p.31)と,研究対象があくま でその〈生きた人間〉であることの認識を徹底さ せるためである。 この〈生きた人間〉を実存と言うが,成川によ れば,「実存という概念は現実的自覚的主体的な 人間存在を意味する」(成川,1977,p.4)。成川は この実存という人間の意味をハイデガーの実存カ テ ゴ リ ー を 手 掛 か り に 説 明 し て い る( 成 川, 1977,pp.4f.)。それによると,実存(人間)は「世 界の中に,特定の時代,特定の環境に,特定の人 間として,男として,女として」投げ込まれてい るという「被投性」,自分が自分の外に抜け出て いる,つまり,自分を意識対象化できるという 「脱自」,現に存在する自分から未だ存在しない未 来の自分へと越え出てゆくという「企投」で特徴 づけられる存在であるという。さらに,この実存 の構造には常に感情(気分)がつきまとっている といい,ハイデガーの場合,実存の主要な感情を 「不安」としているという。 このような実存は,当然のごとく“からだ”と して存在する。谷口によれば,この実存としてあ る“からだ”は,例えば,‘み(身)を清める’‘み (身)が入る’‘み(身)が入らない’‘み(身)をもっ て知る’‘み(身)に染みる’などとして理解さ れるときの‘からだ’であり,実存はまさにその 「‘み(身)をおいて在ること’」(谷口,1976b, pp.732f.)であり,この実存が悩み,考え,感じ, 工夫し,憧れるのである。そして,それこそが人 間存在という概念であり,運動学でも不可欠で重 要な視点になる。なぜなら,「この人間存在とい うことへの準拠なしに,いかなる心的現象もけっ してその真の意義において理解することはできな い。生きた実存を無視して,いかに不安を論じ, 抑圧を論じ,知覚を論じ,またさまざまのメカニ ズムを論じても,それらはまったく一般的な抽象 的な,論議にしかならない。人間にそなわってい るあらゆる機能やメカニズムは,それらの基盤と なっており主体となっている実存を前提とする働 きである」(谷口,1967,pp.31f.)からである。 これまで述べてきたことから性格づけられる運 動学理論の学問的性格としての現象学的性格は, 暗黙の内に,その理論の根底にこのような人間存 在という認識,実存という認識を前提にしている ことを意味している。
Ⅷ .「運動学」の方法論が準拠する原則
最後に,以上,歴史的視点に立って考察してき たマイネル運動学から金子運動学への理論展開か ら導かれる「運動学」が準拠すべき方法論的原則 について考察する。 運動学の方法論は,客観的立場をとる(自然) 科学で準拠されているいくつかの原則とは異なる 現象学的な原則をもつものであり,そのことを十 分に認識しておく必要がある。 一般に,科学的であると言われるためには客観 性や検証可能性などが持ち出されるが,その議論 の例として,ここでは心理学の議論を取り上げて 考えてみたい。例えば,小笠原は科学としての心 理学が準拠すべき諸原則として以下のものを挙げ ている(早坂,1987,p.48): ① 経験的に与えられているものと,それの論理 的操作を根拠とし,それ以外のものをみとめ ない。 ② 公共性をもったものでなければならない。 ③ 客観性をもったものでなければならない。 ④ 検証可能なものでなければならない。 ⑤ 概念の定義は操作的定義によらなければなら ない。 ⑥ 命題の真理性の根拠は,経験の全体と最もよ く合致し矛盾のないことに求めなければならない。 ⑦ 心理学の観察はすべて,他者についてなされ たものでなければならない。 これらの原則は科学的立場に立つのであれば, ごく一般的にきわめて当たり前の原則として受け 止められるものである。しかし,現象学的心理学 者である早坂はこれらの原則に自身も一人の心理 学者として矛盾を感じて,これらの原則の問題点 を一つ一つ指摘し,心理学においてはこれらの原 則は矛盾を孕んでいるとして批判ないし反論して いる(早坂,1962;1987,pp.48ff.)。例えば,上 記の原則の中にある「経験的に与えられるもの」 というものの解釈をめぐって,それは誰もが同じ なのだろうか?という反論,「主観性を排除して いるように受け止められる客観性」の理解をめ ぐって,客観的と主観的は対立も矛盾もしない。 客観的とは私的主観が共同主観化されていくこと だ,という批判などである。また,上記の 7 番目 に挙げられている原則については,例えば,自分 の感性経験を自分が報告することは科学的発言に はならないとされてしまうが,それは心理学はほ んらい他者の心理学や一般の心理学であるべき で,自分の心理学や固有名詞の心理学,あるいは 少数特殊者の心理学ではないからだ,という心理 学者高木の説明に対して,そこに矛盾や混乱があ ることを指摘している(早坂,1987,p.51)。そ して,「科学とは,事物と「出会い」の営みなの であり,技術はその所産である。学生たちに,「科 学的方法とは,誰にとっても,いつでもどこでも, 同じ結果が得られる手続きだ」と教える心理学者 は科学と技術を混同しているのだ」(早坂,1987, p.64)という。 こうした一般的な科学的諸原則の対局にあるの は,端的に言って,個人の現象,私の現象,自分 の現象を取り上げる,という現象学的な原則とい うことになる。谷口は人間存在(実存)の理解を 目指すというとき,それは「ひとりの‘ひと’を 知るということ」(谷口,1976a,p.454),「人間理 解の基礎資料を,あくまで一人の実存から得よう とする」こと,「・・・一人の実存を,より深く 掘り下げる」ことを意味し,また,人を知るとき のその知り方は「個別的であり,参与的であり, 理論的であるよりは体験的であり,部分的である よりは全体的である」(谷口,1967,pp.28f.)こと を強調する。 こうした視点は,運動学にとってもきわめて重 要である。われわれが現場の運動の問題,例えば, 自分が逆上がりができるようになりたい,とか, この選手のシュートフォームを修正したいなどの 学習上,指導上の問題解決をしようとするとき は,そもそも〈私〉や〈私たち〉,あるいは,〈こ の子〉〈あの選手〉の運動の問題に向き合ってい るのであって,単なる無色透明な一般論的,ある いは平均的な運動の問題に向き合っているのでは ない。 こうしたことについては,心理学者のオール ポートも同じような問題意識をもっていることが 伺われる。それは以下の 2 つの表現の違いに表わ れている(Allport, 1962, p.405): ・ 私は人間のパーソナリティーの問題に関心を もつ ・ 私はビルのパーソナリティーの問題に関心を もつ ここに挙げた 2 つの表現は似ているが,問題の 関心が向けられる方向性は全く正反対である。前 者は一般論に向かい,後者は個人の独自性に接近 するという方向性である。ただ,論文の数では, 前者の一般化に関するものが圧倒的であるという (森岡,2002,p.108)。 この関心の方向性の違いは,次のような問題に つながる。例えば,ある事象,現象を起こす要素, 素材を抽出し分析することはできるし,またそう した素材に注目することはできるし有益なことで はある。しかし,分析し抽出した後に,それらか ら,すなわち,一般論的,平均的,客観的立場か ら取り出された要素要因や素材から,再び元通り の個性ある独自の個体や事象を組み立て再現する ことができるかどうか,という問題である。この 場合,それが人間や生命ある個体の問題(人間の スポーツ運動も含まれる)のときには,それは不 可能といってよいであろう。言い換えれば,全体 から分離してしまった部分としての素材や要素や 要因が再び揃い,それらを組み合わせても,それ で再びいつでもどこでも同じ全体性という独自性
のある個人や人の動き(ゲシュタルト)を生じさ せることはできない,ということである。なぜな ら,一般化方向に進むことと個人へと接近しよう とすることはイコールではないからである。 こうした中で,森岡は,心理学は「認知科学や 生物科学のような精密科学を目指していく志向性 を強く」もっている一方,その心理学の「臨床や 対人援助場面での実践的要請から個人の全体に接 近しようとする個性記述の方向性」(森岡,2002, p.109)を探ろうとしている。こうした取り組み は,われわれの運動学の状況と似たところがある と言える。森岡の個性記述の方向性も運動学の方 法論も,そこには,いわゆる客観性とか客観的と いった視点ではなく,最初から〈私〉の問題,〈私 たち〉の問題,〈この子〉の問題,〈あの子〉の問 題として,すべて主観的な立場の分析をして,そ こから出てくる意味と向き合うことを前提とする 方法が不可欠だからである。運動学が準拠すべき 原則で重要なのは,自然科学的立場から区別され る,こうした〈私〉の問題,〈私〉の視点を重視し, しかもそこに学問性を主張しようとする現象学的 立場をとることである。 人間(実存)が運動するとき,その運動がただ 単に身体を動かしている物理的運動でないことは 今更言うまでもない。このことはこの運動がすで に自然科学的対象以外の性格をもっていることを 意味している。運動するとき人間(実存)は,何 とかできるようになろう,うまくなろう,もう少 し楽にやろう,こわがらないようにやろう等々の いろいろな意識で運動をしているが,このときの 意識は人間の活動や行動,振る舞い,行為の目的 になっていると言ってよいであろう。つまり,わ れわれのスポーツ運動は,少なくとも,このよう に何かを目的として行われる運動(目的運動)だ と言えるのである(現象学的には,この運動はさ らに複雑な構造を有していることは言うまでもな い)。 ここでいう目的とは,ギリシャ語で言う「行き 着く先:目的因」(telos)のことであり,目的論 (目的因からの説明:teleology)で取り上げられ る意味の目的である。自然科学はこの目的論的発 想を嫌うものであり,「科学における説明や記述 に,目的が登場することは許されない」(村上, 1976,p.727)ことは一般的に知られたことであ る。村上によれば,ギリシャ人の考えた説明概念 としてのこの目的因による説明は,例えば,次の ような説明である:「落体の加速度の原因は,そ の物体の故郷が近くなるにつれて,その物体はよ り早く戻り着きたいと思うためである」(村上, 1976,p.728)。 こうしたギリシャ的な目的因的説明,すなわ ち,目的論に関して,村上は,生命現象の説明か ら完全に目的論的説明を排除できるかについて疑 問を投げかけ,そして,「生命現象を説明する際 に,この目的論的大前提である‘生存’を排除す ることは,不可能と言わなければならない」(村 上,1976,p.729)とし,生命現象には目的論的 性格のあることを指摘している。そして,次のよ うに述べて,生命現象の説明には目的論が前提と なる根拠を示している:「目の構造が記述され, 神経組織のなかでいかなる生化学上の変化や現象 が起こっているかが,克明に描写されたとして も,われわれは,目の‘機能’とりわけ生体とし ての人間という個体における‘機能’が説明され なかったとしたら,不満足であるほかはない」(村 上,1976,p.729)。 このような村上の指摘から言えることは,実存 (人間)が行うスポーツ運動も言うまでもなく生 命的運動なので,このような目的論によって説明 されるべきものだ,ということである。金子はこ うした点も踏まえて,運動学では,因果律的な説 明ではなく,目的論的立場に立つことを強調した と思われる(金子,2009,pp.127ff.)。 そしてこのような目的論的立場に立つ運動学で 重要な認識は,これまで考察したように,運動学 はモルフォロギーを起点とした運動の学問であ り,その本質はゲーテ形態学にあるという認識を もつことである。そして,その上で,運動学は‘か たち’を研究対象とするという認識をもつことで ある。したがってこの場合,‘かたち’というも のは,いわゆる,可視的な客観的な,あるいは, 自然科学的な客観的に対象化される動作や運動経 過という認識ではなく,意味として把握されるゲ シュタルト,モルフェ,フォーム,あるいはまた,