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英語が主体的に話せるようになるプレゼンテーション教育

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Academic year: 2021

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(1)【招待論文】. 英語が主体的に話せるようになるプレゼンテーション教育 A new way of English Education based on Presentation Training 野中アンディ コミュニケーションスキル協会 Andy Nonaka Communication Skills Association キーワード:英語教育 評的思考. プレゼンテーション ブレインストーミング 論理. 語彙. 批. ストーリーテリング. Abstract Japan faces significant challenges in education. National Curriculum Guidelines and Center examinations are being reframed, but ambiguity toward future education is still prevalent among our citizens.. As technology shows swift development in an. increasingly global society, Japan must adapt to these changes and adequately respond to social needs. In 2020, English, as well as programming and presentation, becomes a mandatory subject, which highlights the emergent demand to revolutionize schooling. The trend also emphasizes the output of knowledge in line with critical thinking, in light of the failure of legacy systems based on cramming data and simply regurgitating it. This is an excellent opportunity to shift our learning style to a more practical manner aside from exam-based learning.. This paper argues the importance of employing. presentation training in English education because it helps students to participate in productive conversations in their direct pursuit of knowledge.. 1. 日本におけるプレゼンテーション 日本ではプレゼンテーションはパワーポイントとほぼ同義語であると言ってよい。プレ ゼンテーションを任せられるとまずパワーポイント資料の作成からその準備が始まる。そ の資料には細かな文字や数字が書かれており、当日はそれを読み上げるだけでいい、という 段階まで作り上げられる。当然、プレゼンテーションの実践の場面では原稿を手に会場に現 れ、原稿または同じ情報が書かれたスクリーンを読み上げ、しばしば全く同じ内容の資料が. 1.

(2) 聴衆に配られる。そのため、日本ではプレゼンテーションは話し手と聞き手が同時に資料を 読む場となっている。 プレゼンテーションは古代ギリシャ時代のアリストテレスなどが作り上げたレトリック に通ずる。パワーポイントなどの文明の利器がないころから行われている研究であるため、 言葉によるメッセージ伝達を追究してきた。レトリシャンとしても知られた西洋の哲学者 たちは、人間の言葉の使用を科学的に分析し研究した。文章の①構成、②配置、③修辞、④ 記憶、そして⑤実践的振る舞いに関する一連の流れを整理し、今日への遺産として残してく れている。所謂 Rhetorical Canon である。 プレゼンテーションの目的は情報伝達と説得の二つである。情報伝達は聞いた相手が「学 んだ」ことを実感し満足することを狙う。しかし説得はその先を行き、相手の意識に刺激を 与え、行動までも変えることを目指す。そしてこの考えがコミュニケーション学の原点とな り、対人コミュニケーション、組織コミュニケーション、異文化間コミュニケーションなど の研究領域を生み出した。そう考えるならば、人間の生活は情報伝達と説得の繰り返しであ る。同時に、プレゼンテーションはコミュニケーションである。 日本にはこの感覚が欠如している。にもかかわらず、2007 年にアップル社の CEO であっ たスティーブ・ジョブズの iPhone を発表するプレゼンテーションを見てしまったのである。 日本中がその振る舞いと見せ方に驚愕した。彼は優雅にステージ上を動き回り、聴衆に語り 掛け、その背後ではアニメーションや写真が躍った。これを見た日本人は「これこそがプレ ゼンテーションだ」と考えることになった。ただ、日本人は彼の話がいかに論理的に構成さ れているか、そして聴衆に訴えるだけの説得力があるかまでは分からず、見た目から入った のであった。話し方を科学的に考えたことがなかった日本人は、手っ取り早く模倣できるス クリーンからプレゼンテーションに取り掛かった。資料にあふれ、小さなフォントの文字を 多く書き、それらを読み上げる。資料から作るから論理的に構成された話などできるわけが なく、彼らにとってはプレゼンテーションがコミュニケーションであることを理解するこ とすら至難の業である。それが今日まで続いているのである。 英語では”Death by PowerPoint”と呼ぶほど避けられているこの手法に終焉の日を迎え る兆しはなく、現在でも最新バージョンのプレゼンテーションツールのお披露目大会が連 日全国で行われているのである。スクリーンを見ているのだから聴衆には背中を見せてい る。聴衆がどんな表情で自分を見ているかなどに注意を払うことがない。そこに欠けている のはプレゼンテーションがコミュニケーションであるという意識である。聴衆に対してメ ッセージを発していると、そして欧米のプレゼンテーション教育はコミュニケーション能 力を鍛えるという意味合いが強いということを考えることさえできれば、日本人のプレゼ ンテーション能力は大きく変化するであろう。. 2.

(3) 2. 日本のコミュニニケーション 日本では他者に考えを伝える際、欧米と比較すると論理や表現を重視してこなかった。こ れは日本の高コンテクスト文化がその原因である。浜口(1982)は日本を間人主義だと分類 し、その特徴を人間関係重視の文化だと説明した。相手との関係性、場面、文脈、話の流れ などがコミュニケーションに大きく影響し、振る舞い方や話題、また自己呈示の程度が変化 する。また、コンテクストに頼る度合いが高いと非言語を重視する傾向があるため言語コミ ュニケーションの優先順位は高くない。人間関係を考慮して話題の種類を選択し、踏み込む 範囲にも細心の注意を払う。「角が立つ」という表現はそれを象徴している。 高コンテクスト文化は非言語に頼る度合いが高いため、読み取る力を要求される。試験で も、「長文」と聞けばその後にはほぼ自動的に「読解」や「解釈」が続き、長文発話という 発想はない。「作者の意図は何か」を問う問題で受け身のコミュニケーションはさらに強化 される。修辞に富んだ文章を書きそれを覚え発表する訓練をしないため、どこかで聞いたこ とのある語彙しか使わない。挙句の果てには年末にはその年の流行語を表彰する。独創的な 表現を使って話すことに意義を見出していないようである。 会話の中で語彙が少ないのもその特徴である。何度も同じ単語を繰り返すこともあり、修 辞の美しさはあまり考慮しない。言わば、言葉に対しては無頓着である。流行語を追う傾向 もあり、独自性のある表現を発しようとはしない。相手が分かりやすいように、ではなく、 不完全な文章であっても相手に分かってもらうことを期待する。読解力や聞く力が高い人 材がもてはやされる理由である。 日本経団連は 1997 年より新卒採用に関するアンケートを実施している。「選考の際に重 視する要素」に関する調査であるが、毎年コミュニケーション能力が一位に選ばれている。 興味深いことに、開始以来 16 年連続でトップに挙げられている。ただ、16 年間手をこまね いているだけで、決定的な打開策はまだ講じられていない。 この理由は、日本にはコミュニケーション能力の深い理解がないのにもかかわらず、この 単語だけが独り歩きしていることにある。また、日本人にコミュニケーション能力を説明す るよう求めると、定義ではなく単なる例しか挙げられないのである。それらは、空気を読む、 No と言わない、場の雰囲気を壊さない、先を読む、そして聞く力、などであり、人間関係重 視の文化的背景が見え隠れする特徴である。これらは全て二次的、受動的であり、相手に合 わせて、関係性を保とうとする行動である。そしてこうした表面的な小手先の特徴を伸ばす セミナーが巷にあふれている。そこでは空気の読み方、相手への合わせ方などを教えており、 上に挙げた表面的なコミュニケーション能力のイメージに基づいた、場当たり的対応であ る。 本来のコミュニケーション能力は小手先だけの対策では対処できない根本的なスキルで ある。欧米では「効果的、かつ適切なコミュニケーションができる能力」と定義される (Spitzburg & Cupach, 2009)。効果的なコミュニケーションとは無駄をしないということ. 3.

(4) である。つまり話を論理的に展開し、結論が初めから見えている話し方である。また、適切 なコミュニケーションとはルールから外れないことを意味する。少ない語彙でしか話せな いよりも、自分の考えを最も的確に話し、かつその場に合った話ができることが求められる。 今日では幅広い世代で使われている「やばい」は肯定的にも否定的にも使用されるがその解 釈は文脈次第である。同時にどの程度「やばい」かは表情や話の流れなどで推測せねばなら ない。当然、公の場で話す際には不適切である。 本来のコミュニケーション能力とは自発的で能動的なメッセージ交換ができる能力であ るが、問題はこうした論理的で豊富な語彙を用いて話すことができる人材が周りに少ない ことである。だからこそコミュニケーション能力の高さを説明できない。それどころか、日 本の文化的背景からコミュニケーションが人間関係そのものだと誤解され、その場の雰囲 気を読むのがコミュニケーション能力の高さだと考えられている。しかし、説得力ある話が できる人物がいたとしたら必ずコミュニケーション能力が高いと評価されるはずである。. 3. プレゼンテーションを英語教育へ 広い語彙を使って論理的に、かつ自発的、積極的に話すのを可能にするのはプレゼンテー ション教育である。当然それはスライド資料から作り始め、当日それを読み上げるタイプで はなく、アリストテレスの主張に沿った、本来のプレゼンテーション教育である。そこには 人間関係の過度な配慮などは必要ない。いかに論理的で多くの情報を、そしてどれだけ美し い言葉を使うかが求められる。そしてそれらはいずれも英語教育に必要な要素でもある。 英語文化は日本と違い、関係性よりも言語でのメッセージ交換を重視する。つまり、まず 日本人の英語学習者が知るべきことは、英語でのコミュニケーションの際は聞く姿勢より も話す姿勢が要求されることである。実際、英語がある程度話せるという日本人を観察して いると、実は単純な質問をして、相手の反応を理解するだけで満足している場合が多いので ある。どこから来たのか、自分がそこに行ったことがあるとかないとか、日本が気に入った かどうか、など。その後は話が盛り上がらずに会話は終わる。相手からしたら自分だけ情報 を与えることになるため、疲れたとしても仕方がない。 一般社団法人コミュニケーションスキル協会 (CSA) では、プレゼンテーションスキルの 習得に基づいた、話す英語に直結する教育を展開している。これまでの相手の発言に対する 反応を覚えるのではなく、相手が聞いてきた質問に対して長い間答えられる英語を話すこ とができる。なぜなら英語で話す際には論理性と語彙が求められ、コンテクストに頼る度合 いが低いため、言葉による説明が求められるためである。これを可能にするのがプレゼンテ ーションのスキルである。 英語で話すよりも先に母国語で論理構築を学ぶことが有用である。日本の英語学習では 長文と言えば読解するものという意識がある。これを長文発話に発想の転換を図ると、真の. 4.

(5) 意味で英語を話す姿に近づく。そして長く話す題材を選ぶのであるが、まずは自分のことか ら話すようにする。なぜなら自己紹介は人生で最も頻繁に行うセルフプレゼンテーション だからである。初対面であれば必ず話すのが自分のことであるため、1 分間の自己紹介から 始めて、喋る時間をだんだん長くする。そうした教育法は今までなかった。なぜなら長時間 話すためには英語の構造を根本的に理解する必要だからである。. 4. 言葉を鍛える原稿作り 論理的な文章を作るためには、欧米で指導されているブレインストーミングが効果的で ある。日本の学校教育では体系的にまとめられた作文方法がない。元来、漢詩の文字の順番 である起承転結を未だに論理として教えている国語教育でも、内容をどう描くべきかを教 えてはいない。Introduction / Body / Conclusion に似た、序論/本論/結論という構造 はあるが、Thesis statement や Topic sentence などの概念がなく、その働きも理解されて いない。 CSA では Introduction / Body / Conclusion をそれぞれ導入/本体/結論と訳し、Thesis statement/Topic sentence をそれぞれ主題文/話題文と訳している。これらを抽出し、原 稿を作り、プレゼンテーションを実行するための過程が Rhetorical canon (構想、配置、 修辞、記憶、実践)である。 まずはブレインストーミングによって Rhetorical canon の構想を行う。頭の中にある考 えを言葉に出すのであるが、ここで抽象名詞を使うことが重要である。日本語は抽象名詞を 会話の中でほとんど使わないが、言語に自由度を与えるという点で大きな利点がある発想 である。紙に書きだす段階で抽象名詞にしておくと、文中で使いやすい。 それを 3 つのグループに分ける。3 はマジックナンバーだと CSA では教える。2 では少な く、4 では多すぎる。3 つの話題は人間の頭が最も容易に処理できる数だと教えている。そ れをどの順序で話すかが配置である。つまり、論理的な順番が要求される。例えば、そこに 因果関係があるのなら原因と結果の順番で書くべきであり、時系列なら物事が起こる順番 通りに書く必要がある。すべては聞き手が理解しやすいように話を展開するためである。プ レゼンテーションがコミュニケーションのための訓練である所以の一つである。 この段階で主題文を作り、プレゼンテーション全体のテーマを伝える。同時に話題文も作 ることができる。あとはブレインストーミングで得られた単語を使い、枝葉をつけるように 文章を作るだけで各段落が出来上がる。欧米では中学校から教えられているこの考えが、日 本の教育には未だに採用されていない。国際的には広く知られている書き方のため、英語を 学ぶ前にこれを身に着けることは今後の国際社会に必須スキルである。 しかし言葉は論理だけでは無機質な印象を与える。そのため、より人間的な要素を加える のが修辞である。修辞は言葉を美しくする役割があり、言葉を芸術にまで高めることすらで. 5.

(6) きる。まず基本は同じ単語を繰り返さない。これは聞き手が飽きないようにする働きがある。 また、語彙の少なさが露呈されると話し手の信頼度の低下にもつながる。加えて、修辞的な 手法を取り入れることで、話そのものの価値を高める。それには比喩や対句、倒置、反語な どが含まれる。国語の授業で学んだこうした技法を使うのは読むだけではなく、自らが発す る時であると、学習者は初めて理解できることであろう。 こうした考え方は欧米文化の産物であるため、英語を話す際には欠かせない。これまでの 日本の英語教育にはこの①コミュニケーションにかかわる文化理解、②言葉の生産、そして ③考え方という三つが欠落していた。では何をしてきたかというと、読む力と聞く力という 受動的能力、そして短絡的な質問形式の対話文であった。日本の英語教育には「長文発話」 という新しい捉え方を広める必要がある。英語で話しかけるために何か質問しようとする。 でも発想が日本語であれば最初の質問が“How old are you?であったりする。そして文化 的に照らし合わせるのであれば、年齢の差がコミュニケーションに影響を与えない英語文 化ではあまり意味をなさない質問であり、人によっては気分を害すであろう。長文発話のた めには長い作文が必要であるが、そうした間違いを実践の前に指摘されることで実践的な 英語表現を学ぶことができる。ただ、今でも中学校の教科書では年齢を聞く表現が教えられ ているので、指摘の必要がある。これも短絡的な会話文を教え込まれる学習法の弊害である。 TOEFL や IELTS には writing test があり、その書き方は上記のルールに従わなければな らない。つまり主題文や話題文がなければ大きく減点され、文法的な間違いがいくつもある と致命的になる。これらは人間が話を聞く際、または読む際に最も効果的であるという欧米 における長年の分析に基づいており、理解が深まる適切な話の展開法なのである。 ここにもコミュニケーションに対する捉え方の違いが表れる。日本は元来コミュニケー ションの存在すら改めて考えてこなかった。実際今でもコミュニケーションを定義できる 人は多くないであろう。この国ではコミュニケーションとは人間関係を指すカタカナ単語 であるかもしれない。ただ、英語で言う本来のコミュニケーションとは、メッセージ交換を 意味するため、人間関係という要素を含めない。人間関係とはコミュニケーションに影響を 与える要素の一つなのである。メッセージの発信の際、最大限にその効率を発揮するために、 どんな言葉を学び、どう組み立てるか、何が目的なのかの基礎を習得できる。そのため、文 脈に頼る流動的、不確定なものではなく、系統立てて学ぶことが可能なのである。一方日本 はコミュニケーションとは社会勉強のようなもので、荒波にもまれる中でいつの間にか身 につくものの一つだと考えられているようである。 しっかりと自分の考えを言葉にするとコミュニケーション、つまりメッセージ伝達が効 果的になる。そしてその姿こそがコミュニケーション能力の高さである。プレゼンテーショ ンはそれを習得する教育なのである。これを学ぶと論理と語彙を学べる。何度も書き換え、 校正する。自らで言葉を作り、他者に効果的にメッセージを伝えるから誤解や間違いが減る のである。. 6.

(7) 5. 考え方 古代ギリシャのレトリシャンが作り出した文章の書き方は、常に聞き手の理解が優先さ れているため、分かりやすい話の流れの作成をその目的とする。この「理解しやすい話の展 開」には考え方に関する秘密が反映されている。それは批評的思考とストーリーテリングで ある。 批評的思考は、今自分の周りで何が起こっているかを冷静に分析でき、何が問題かを把握 できるようになる考え方である。それを引き出すのは why という疑問詞であり、人々は理由 を考えることで物事の因果関係を客観的に考え始めるからである。ビジネスが上手くいっ ていない経営者は従業員を集めて、どんな解決策があるかを求めるかもしれない。しかしそ れは結果のみに焦点を当てるのであって、間違っていたら別の解決策を試みることになる。 何度も行うのであれば時間の無駄であるし、ビジネスの問題の包括的理解にはたどり着け ない。しかし原因を突き止めそれを解決するという視点を得るのであれば、流れが見えてく る。説得力ある説明にもこの考え方が必要となる。 日本ではこの教育が一切行われていないために、話をする際に断片的な情報を無理やり つなげる表し方を見せる。例えば自己紹介をするのであれば、自分の名前を告げた後、出身 地、趣味などを列挙する。これでは聞き手にとってその人物が必要であるという情報にはつ ながらない。もし自己紹介を各自のアピールの場だととらえ、少なくとも自分のことを聞い てもらいたいと考えるのであれば、自分がどれだけその聞き手に対して有用であるかを説 明する。そこには相手が分かりやすい話の流れが必要となる。CSA で教えているのは①自分 の背景、②問題や悩み、③解決策、そして④改善された未来、へと続く話の展開である。話 をするのは全て聞き手のためだと考えるのであれば、自分が話したいことから、相手が聞き たい話へと意識の変化が可能となるであろう。 また、原稿を書く際に「上手い」表現を用いることが重要である。例えばアップル社が iPod を発売した際には“One thousand songs in you pocket”という触れ込みを用いた。 この表現が優れているのは、この機器の容量と寸法を教えている点である。5GB と 102mm× 61.8mm×19.9mm と表記しても正しいのであるが、それでは消費者が理解しにくい。簡潔に 表すためにアップル社が深く考えた痕跡すら見えてくる描写である。 相手が分かりやすい話にするためにはストーリーを語るかのように流れが必要になる。 映画や昔話などが分かりやすく展開されるのは出来事がそれぞれつながっており、道筋に 沿っているからである。 話すのは一瞬の動作であるが、書く際には時間をかけることができる。そこで表現に磨き をかけ、違う語彙を用い、記憶をしたものをプレゼンテーションとしてアウトプットするこ とで初めて習得できる言葉の巧みさが今後の日本人には必要である。それは日本語であっ ても外国語であっても同じである。 また、CSA では 3 分程度のエレベーターピッチを訓練する。エレベーターピッチとはシリ. 7.

(8) コンバレーなどで使われる投資家向けのプレゼンテーションである。デザイン性や世界を 動かすだけのアイディア、価値提案などを提示する。ただ、普段の生活では投資を求めるこ とは少ないであろう。そのため、ヒト・モノ・カネと分けるのであれば、人脈拡大に同じ手 法が利用できる。同一の目的を持つ人たちを集める際には、一緒に行動したらどんな利点が あるか、どんな未来が待っているかなどを想像しやすい。ここにも話の流れと表現、つまり 論理と語彙が求められる。 英語の授業で自己紹介を行うのは効果的である。なぜなら人生で何度も使える情報内容 であり、初対面で必要だからである。これを英語で行う際には脈絡もない内容を英語に変換 するのではなく、聞き手が分かりやすい話し方が何かを深く理解することも求められる。 6. 英語学習のこれから これまで述べてきた文化的違い、言語コミュニケーション、そして考え方は全てアメリカ の教育で教えられている内容である。まずは日本語文化と英語文化の違いを理解する。日本 の文化が言葉よりも関係性を重視すると分かれば、言語コミュニケーションの捉え方も変 化する。そして言葉に見え隠れする考え方を見直すと、聞き手の納得につながる表現が生ま れる。 これまでの英語教育は、対話形式ができれば多少話せるようになるという程度を目指し ており、長く話すことは難しかった。ただ、長文発話という発想に切り替えることができる のであれば、英語はプレゼンテーションであることが分かる。今後日本の英語教育が目指す のは、相手が質問してきたことに対して英語で論理的に豊富な語彙で説明できる人材を育 成することである。 2020 年から小学生から英語を学び始めることとなったが、自己紹介は誰に出会っても行 うプレゼンテーションの基本である。さらに深いコミュニケーションの引き金となると考 えるのであれば、会話文を教えるよりも自らの情報を最低でも 1 分間話し続けることがで きる方が生産性の高いコミュニケーションが期待できる。これまでの英語教育でできたこ とは簡単な質問をして、同様に答えるだけであり、読解力に偏重した方法が失敗しているこ とは明らかである。試験に対応できることのみが英語学習の目的となっている日本で、将来 実践的に使うことを目的とするなら、パワーポイントを使わないプレゼンテーションは最 も効果的な学習法であると考えられる。日本の英語教育が単語を覚え、文法を理解し、長文 を読み筆者の意図を理解することで終わっているために、英語を実践的に話すことができ ないビジネスピープルの悩みは、プレゼンテーションを身に着けるだけで大きく変わるの である。 注:本稿は 2020 年 6 月 15 日に JACET 中部支部大会において行った講演に基づいている。. 8.

(9) 参考文献 浜口恵俊(1982)『間人主義の社会日本』東洋経済新報社. Spitzberg,W.R.. & Cupach,B.H.(2009).. dispositional. and. situational. Trait versus state: A comparison measures. of. interpersonal. competence. Western Journal of Communication. 47, 4 364-379. 9. of. communication.

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