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異性装をめぐる歴史的考察 : 男に扮する『ポリー』のヒロインと伝説の女海賊

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異性装をめぐる歴史的考察 : 男に扮する『ポリー

』のヒロインと伝説の女海賊

著者

加藤 弘嗣

雑誌名

英米文学

55

ページ

39-52

発行年

2011-03-15

URL

http://hdl.handle.net/10236/10106

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異性装をめぐる歴史的考察

──男に扮する『ポリー』のヒロインと伝説の女海賊──

Synopsis: John Gay’s Polly and one of its putative models, Charles

Johnson’s account of two legendary female pirates feature episodes about women disguised as men. In these stories heroines in their breeches exhibit masculine spirits among or against pirates, so they seem to defy the social order based upon gender. But at the end of their Amazonian adventures these women expose their womanhood either as a frail woman begging her lover’s life or female convicts pleading their bellies. Therefore these episodes about cross-dressers eventually rede-fine established norms through their return to feminine roles. In this way these stories reflect discourses about transvestism in the early modern Europe.

エ リ カ ・ ジ ョ ン グ ( Erica Jong ) の 歴 史 小 説 『 フ ァ ニ ー 』( Fanny, 1980)では異性装が主人公ファニー・ハックアバ ウ ト ( Fanny Hack-about)の冒険において重要なモチーフとなっている。孤児ファニーは,好 色な養父との関係を断つため,従兄の乗馬服を身に着け男に扮装し,ロンド ンへと旅立つ。「ロンドンへの街道沿いに出没する追剥ぎ」を恐れたファニ ー(Jong 59)が旅の危険を避けるため用いた扮装は,一時的に「女性たち に自由や特権を謳歌する機会を提供することになった」(Dekker and van de Pol 27)ようで,彼女は「拘束の道具(Instrument of Imprisonment)」で ある「張り骨とペティコートを脱ぎ捨て半ズボンを身に着けることにある種 の興奮を覚え」,「男の子の格好をすることで与えられる女性が有していない 特権」について思いを巡らせる(Jong 59−60)。この後ロンドンの娼館を舞 台に遊女ファニーの波乱に富んだ冒険の物語が描かれ,続く小説の後半で

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は,誘拐された娘をめぐって女主人公が再び男を演じる。そして奴隷船での 過酷な生活や海賊船での勇壮な海の冒険物語が展開されることになる。海賊 船での冒険譚には伝説の女海賊アン・ボニー(Anne Bonny)が登場し,主 人公を乗せた海賊船がこの女海賊に出し抜かれ,金銀財宝を奪われる逸話が 描かれる。 歴史小説『ファニー』では男に扮装した女主人公が八面六臂の活躍を演じ るが,そもそも彼女が変装を思い至った背景には「『半ズボン役(Breeches Parts)』を演じるために男装する」ロンドンの有名な女優たちの存在がある (Jong 53)。半ズボン役は 17 世紀後半王政復古期の演劇で人気を博し,ま たその流行は世紀を超えても続いたといわれる(Rogers 249)。本稿で論じ るジョン・ゲイ(John Gay)の戯曲『ポリー』(Polly, 1729)でも主人公 ポリー・ピーチャム(Polly Peachum)が半ズボン役として登場し,海賊の 一味に加わった男装のポリーと海の荒くれ者たちとの活劇が繰り広げられ る。この海賊ポリーのエピソードは,歴史小説『ファニー』にも登場する伝 説の女海賊アン・ボニーとメアリ・リード(Mary Read)の逸話に着想を 得たものとされ 1 る。また後で詳述するように,チャールズ・ジョンソン (Charles Johnson)の『最も悪名高い海賊たちの悪行にまつわる歴史』(A

General History of the Robberies and Murders of the Most Notorious

Pi-rates, 1724)(以下,海賊史と記す)が伝えるこの女海賊たちの半生にも異 性装というモチーフが深く関わっている。 『ファニー』の女主人公は男に扮することである種の解放感を覚え,男の 格好が与える特権について一考する。そして彼女の批判の目は不平等を生み だした社会構造へと向けられていく。ここでは異性装がある意味女主人公に フェミニスト的思考への契機を与えることになるが,それではゲイの戯曲 『ポリー』の男装のヒロインやジョンソンの海賊史の女海賊たちの場合はど うか。歴史小説『ファニー』が執筆されたのは 20 世紀も残り十数年で終わ りを告げようという時であり,女海賊アン・ボニーとメアリ・リードが活躍 し,ゲイの戯曲『ポリー』が執筆された時代とでは,異性装をめぐる認識も かなり異なっていたと思われる。作者ジョングが小説のあとがきでも触れて 40 加 藤 弘 嗣

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いるように,『ファニー』の女主人公は,現代的な感覚を身に着けた女性と して描かれている(Jong 525)からだ。そこで本稿では歴史小説『ファニ ー』で現代的な視点で捉えられる異性装というテーマが,ゲイの戯曲『ポリ ー』やジョンソンの女海賊たちの物語でどのように描かれているかについて 論じ,近代初期における異性装をめぐる歴史的状況を明らかにしていきた い。

Ⅰ 男に扮する『ポリー』のヒロイン

『乞食オペラ』(The Beggar’s Opera, 1728)の続編『ポリー』は,島流し となった夫マクヒース(Macheath)を追い求め,海賊たちが猛威を振るう 西インドへ渡った女主人公ポリー・ピーチャムの冒険物語である。無事ジャ マイカに到着したポリーは,同郷のトレプス夫人(Mrs. Trapes)に出会う が,彼女に騙され,植民者のダカット(Ducat)に情婦として身売りされ る。妾になることを拒絶するポリーに対しダカットは「頑固者のあばずれ よ。はっきり言っておくが,私の楽しみに貢献するか,私の利益のためにな るか,そのどちらかだな。もし寝室で楽しむのを拒むなら,農園へ出て,や つらと一緒に働け」(93)と過酷な現実を突きつける。「自由は剥奪されて も,私の美徳や高潔さまで奪い取ることはできない」(93)と気丈に振る舞 うポリーは,夫人に対してこれまでの経緯を話し,夫の浮気に憤る彼女を説 き伏せ,屋敷から逃がしてもらう。ダカット夫人はポリーの容姿に激しい嫉 妬を覚えていたが,海賊たちが跋扈する無法地帯に放り出される彼女の身を 案じ,「男の格好をすれば,危険にされることも少ないだろう」と甥の古着 と僅かばかりのお金を与える(99)。そしてポリーは「周囲は危険だらけ だ。この衣装を身に着ければ,男の勇気と決断力も必要になる」と意を決し (100),夫マクヒースを探し無頼たちが跳梁する荒野へと分け入っていく。 『ファニー』の女主人公が街道筋の追いはぎを恐れ男に扮装したように, ポリーも自分の身を守るため男を演じる決断をする。彼女らが男に姿を変え たのは,「長く危険な旅において女性が男の衣装を身に着ける」ことが「煩 異性装をめぐる歴史的考察 41

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わしい男たち」から逃れ「盗賊たちの標的となること」を少しでも回避でき るある種の防御手段であった(Dekker and van de Pol 27)からである。 しかし同時に,養父の慰みもの,あるいは植民者の妾となることを拒絶する 彼女たちの姿は,異性装の女性たちをめぐる厳しい現実をも想起させる。例 えば,17 世紀から 19 世紀初頭にかけてのオランダの異性装者の事例につい て分析したルドルフ・M・デッカー(Rudolf M. Dekker)とロッテ・C・フ ァン・ドゥ・ポル(Lotte C. van de Pol)は,売春婦と女性の異性装者た ちの年齢や階層,そして社会的背景の類似性に着目し,当時のヨーロッパに おいて困窮した女性たちによる異性装という選択は「売春というもう一方の 選択肢(the alternative of prostitution)」の明らかな拒絶を意味していた のではないか,と指摘している(Dekker and van de Pol 39)。『ファニ ー』や『ポリー』における男に扮装した女たちの逸話は,異性装にまつわる こうした歴史的事情を比喩的に物語るのではないか。 さて植民者ダカットの情婦になることを拒み男に姿を変えたポリーである が,その後彼女は,海賊モラノ(Morano)の手下たちと遭遇することにな る。そしてトレプス夫人から農園より逃亡したマクヒースが海賊たちの一味 に加わったとの噂を伝え聞いたこともあり,夫の行方を探るべくモラノの仲 間となることを申し出,この海賊たちの巣窟へと向かう。ポリーはモラノら 海賊たちに取り入るために,海賊のように「世界全体を相手に公然と戦うこ とは勇敢なことであり,名誉なことである」(110)と最大限の賛辞を贈 り,彼らのお気に入りとなる。中でも浮気心のあるモラノの情婦ジェニー・ ダイバー(Jenny Diver)は「非常にこぎれいな男」(111)であるポリーを 一目で気に入り,彼女に色仕掛けで言い寄ってくる。これに対しポリーは 「もっと大胆に振る舞わなければ,正体がばれてしまう」とジェニーの求愛 に懸命に応えようとする( 2 112)。 男装のポリーに対するジェニーの誘惑は,ジョンソンの海賊史のメアリ・ リードとアン・ボニーをめぐる逸話の中のある一幕を連想させる。男に変装 し大海賊ジョン・ラッカム(John Rackam)の一味に加わったメアリは, ラッカムの愛人アンと出会う。そして恋愛に関し「非常に控えめで慎み深 42 加 藤 弘 嗣

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い」(Johnson 132)彼女とは対照的に「貞節という点で慎ましいとは言い 難い」(Johnson 133)アンから言い寄られ,女であることを打ち明ける。 こうした展開や,ジェニーがアンのように海賊船の船長の愛人であること, またポリーが色恋においてメアリのように控えめで高潔であることなどを理 由に,女海賊たちの冒険譚の『ポリー』における人物描写への影響が指摘さ れる(Rediker, Villains 121)。それでは次に「歴史上数多の成功した恐る べき海賊の船長よりも多くの関心を集め」,「海賊の黄金時代において我々の 知ることのできる唯一の女海賊」であった(Cordingly 77)メアリとアンの 半生についてジョンソンの海賊史に基づきながら触れてみたい。

Ⅱ 女海賊たちと異性装

メアリ・リードとアン・ボニーの共通点は,私生児としての生い立ちのた めに,彼女らがともに男になりすます術を身に着けなければならなかったこ とである。母親の不実の子として生まれたメアリは,夭死した異父兄の替え 玉として幼い頃より男の子として振る舞うべく育てられる。これは夫を亡く したメアリの母親が,夫の母親から養育費を得るための窮余の策であった。 しかしやがてこの経済的援助も途絶え,男勝りの女性に成長したメアリは, 生活の糧を得るため,また彼女の冒険心も手伝って,男に変装し,兵士や船 乗りの生活を送ることになる。 ダイアン・ドゥゴー(Dianne Dugaw)は,近代初期の女性戦士をテーマ としたバラッドについて,これらは荒唐無稽な絵空事ではなく,慢性的な戦 争のために軍隊に関わることが稀でなかった女性たちの社会的現実を反映し ているのではないか,と主張する。というのは,出征した夫や恋人に連れ添 った女性たちの例については言うまでもなく,社会的に追い詰められた女性 たちが様々な非公式であるが認可された役割で従軍することにより,軍隊生 活を直接体験した事例が多くみられるからだという。また彼女たちが男に扮 する動機について,「変装せずに軍事的環境に身を置けば,独身の女性なら 性的嫌がらせや暴力に晒されたであろうし,また兵士の妻であっても貧困に 異性装をめぐる歴史的考察 43

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苛まれることになる。男になりすませば,女たちはこうした世界を安全かつ 自由に動き回れるだけでなく,報酬を得ることもできた」と指摘している (Dugaw 127−130)。メアリ・リードの冒険談にもこうした異性装にまつわ る社会的現実が投影されるのであ 3 る。 さてその後男装のメアリは,戦地で一人の兵隊に恋をし,この男に自分が 女であることを明かす。そして兵士と結婚し,夫婦で食堂を営むことにな る。しかし夫に先立たれ生活に困窮したメアリは,再び男性の衣装を身に纏 い,歩兵部隊の一員となる。その後西インドへ向かう船へと乗り込むが,こ の船が海賊ラッカムの船に拿捕され,そこでこの海賊の情婦アン・ボニーと 出会うことになる。 波乱に富んだメアリの物語に対し,アンの物語では彼女の出生にまつわる ドタバタ劇がその 3 分の 2 程を占めることになる。アンはある弁護士とそ の女中の間に生まれた私生児である。幼少時に父親の弁護士と暮らすように なるが,妾の子という複雑な事情のためか,メアリの場合のように男の格好 をさせられ育てられる。その後父親の家業の失敗により新大陸へ移住したア ンは,気性の激しい男勝りの性格のため,彼女の破天荒な振る舞いにまつわ る醜聞が絶えなかった。そして父親の意に反し,文無しの船乗りと結婚した アンは,家を追われることになる。夫とともに西インドへと赴くが,その地 でラッカムと知り合い,この海賊と駆け落ちする。そして「男の衣装を身に 着け,ラッカムとともに海の男となる」(Johnson 140)。 このような冒険談に関し異性装者をめぐる社会背景との関連で注目される のは,女海賊たちが男に扮した動機についてであろう。メアリ・リードは主 として経済的な困窮のために男を演じることになり,一方アン・ボニーは父 親の財産に背を向け,愛と冒険に対する彼女の性向に従うべく,男に姿を変 える(Rediker, Villains 113)。メアリの逸話は,すでに論じた異性装をめ ぐる典型的な事例,つまり生活に窮した女性たちが「売春というもう一方の 選択肢」を拒絶し,生活の糧を得るため男になって生きる,女性兵士や女船 乗りたちの現実を如実に物語る( Dekker and van de Pol 39, Dugaw 130)。そしてメアリが典型的な「異性装の女船乗りや兵士(a transvestite

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seaman-soldier)」として描かれるのに比べると,アンは海賊たちに魅了さ れ,彼らに随行する女たちの姿を連想させる(Druett 96)。このように海 賊史の女海賊たちの逸話では,彼女たちの異性装をめぐる動機の相違が浮き 彫りにされる。 しかし男を演じた女海賊たちの動機は何であれ,当時の女性たちにとって 変装は社会的束縛から抜け出すための一種の便宜的手段となっていた。近代 初期における女性たちの日常生活における制限のために,女性たちは何をす るにしても,女性であることの記号から解放されなければならなかったので あり,異性装がこのための選択肢の一つとなっていたのである(Dugaw 135)。こうした異性装による社会的束縛からの解放が,ジョンソンの海賊 史では,「拘束の道具」である「張り骨とペティコートを脱ぎ捨て」(Jong 59−60)男の衣装を身に纏った女海賊たちの烈女ぶりを通じて,戯画化的に 描かれることになる。

Ⅲ 戯画化される猛女たちと海賊たちの醜態

海賊史は女海賊たちの武勇伝について海戦時に彼女らほど意思堅固に振る 舞い,危険を顧みなかった者はいなかったと伝える。この彼女らの猛女ぶり は戦いの場面での海賊ラッカムらの失態により強調されるようで,例えば海 賊史は,捕獲される前の接近戦において彼女らを除いて甲板には誰もおら ず,船倉に隠れる仲間に向かって「甲板に上がって男らしく戦え」と鼓舞す るメアリの様子を目撃者の証言として伝えている(Johnson 4 133)。またメ アリと思わしき若い海賊と言葉を交わしたという人物の証言に拠れば,生き たまま捕えられ,死罪に処せられることへの恐れについてメアリは,「絞首 刑はそんなに大した問題ではない。もしこれがなければ,臆病な連中も皆こ ぞって海賊になるため,海が海賊で溢れ,本当に勇気のある者が飢えに苦し むことになるからだ。海賊たちに自分たちの量刑を自己申告する自由がある なら,彼らは死以外の刑罰を望まないであろう」とまで豪語したという (Johnson 135−136)。一方アンについても,捕えられ獄中にあった情夫ラッ 異性装をめぐる歴史的考察 45

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カムに面会し,その哀れな様子に「男らしく戦っていれば,犬畜生のように 縛り首になることもなかったのに」と憤る彼女の様子が伝えられる(Johnson 141)。このようにジョンソンの海賊史はメアリとアンの烈女ぶりについて 物語り,同時に海賊ラッカムらの醜態についても冷笑的に描くことになる。 『ポリー』ではさらに露骨な形で海賊たちの無様な有り様が,アンのパロ ディーとされるジェニー・ダイバーに翻弄される海賊モラノの姿などを通じ て諧謔的に描写される。「まさにクレオパトラ(an arrant Cleopatra)」み たいな女であるジェニーは,親分モラノの「野望に対する足枷」で「あの女 さえいなければ,インドの島々は俺たちのものになっている」と海賊たちか ら陰口をたたかれる(103)。戦いにおいて男勝りの活躍をしたアンとは対 照的に,先住民たちとの一戦を前に臆病風に吹かれ,仲間を見捨てて海賊船 へ逃げ帰るようモラノを唆す。そしてモラノはジェニーの誘惑と海賊の総大 将としての誇りとの狭間で,愛か栄誉かという英雄的葛藤を演じることにな る。しかし結局「他のお偉方のように名誉について語るのはご自由に。しか し利害が絡んできたなら,お偉方のように行動すべき」というジェニーの言 葉に説得され,敵前逃亡を決め込む(120)。また手下の海賊たちはと言え ば,戦いを前にしながら賭け事に興じ,酒に酔った揚げ句に,仲間割れをす る有様である。こうした形で「兄弟たちよ,俺たちの仕事は立派なものだと 思うぜ。なにしろこの世界全体を相手に戦いを挑むことほど勇ましいことは ないからな」(102)と息巻く海賊たちの堕落した実態が浮き彫りにされ, 揶揄嘲笑され 5 る。結局物語の終幕で海賊たちは西インドの先住民たちにより 撃退されるが,これには海賊たちを裏切り,女戦士となった男装のポリーが 一役買うことになる。

Ⅳ 女性へと回帰する男装の猛女たち

『ポリー』の海賊たちは物語の最後で女戦士ポリーや先住民たちによって 撃退される。海賊の首領モラノは処刑され,情婦ジェニーは農奴としてプラ ンテーションへ送られる。それではジョンソンの海賊史に登場する女海賊た 46 加 藤 弘 嗣

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ちのその後の運命はどうであろうか。海賊船で孤軍奮闘するメアリとアンで あったが,結局海賊ラッカムとともに捕えられ,死罪を言い渡される。しか し妊娠の事実を訴え,死罪だけは免れる。メアリが身籠った背景には彼女が 献身的な愛を捧げた男の存在があり,メアリはこの恋人の身代りとして決闘 に臨み,彼の命を救ったという。このように物語の結末で女海賊たちの末路 について伝え,「勇ましい海賊の掟の権化のような女海賊たち」が「子供を 宿し,あるいはメアリのように恋人のために犠牲を払う女性としての本性」 を露わにし,彼女らもまた「身体的な存在としての女性であることが強調さ れる」(Bold in her Breeches 184)。つまり男に姿を変えた勇ましい海の女 たちも,最後には自己犠牲的な女性や母親の役割へと回帰していく存在であ ることをジョンソンの海賊史は物語るの 6 だ。そしてこうした幕切れを反映す るかのように,『ポリー』における女戦士の物語も,主人公の女性への回帰 という予定調和的な展開をみせる。 海賊モラノの仲間入りをしたポリーであるが,彼女は伝説の女海賊たちに 負けず劣らずの活躍を見せる。ただし彼女らのように海の無法者としてでは ない。海賊の捕虜となった先住民の王の息子カウアキー(Cawwawkee)を 助け出し,今度は打って変わって,男装の女戦士ポリーとしてならず者たち を討伐する。海賊討伐に貢献したポリーは,武勲を称えられ,カウアキーの 恩人として褒賞すべく,王より彼女の願いを述べるよう求められる。返答に 窮しポリーは,思い余って女であることを打ち明け,夫マクヒースをめぐる 不幸な身の上話について語る。そんなところへモラノの情婦ジェニーが王の もとへと連行されてくる。ジェニーは絞首刑を言い渡されたモラノの命乞い をし,この黒人の海賊の領袖の正体がマクヒースであることを明かす。これ を聞いて動転したポリーは我を忘れて「マクヒース!こんなことってあるの かしら。彼のことを勘弁してやって下さい。助けてやって下さい。他に何も 要りませんから」と叫び,自らの手でマクヒースを死に追いやろうとする皮 肉な運命を呪う(142)。しかし物語の結末では,やがてポリーがこの悲し みを乗り越え,王子カウアキーと結ばれるであろうことが仄めかされる。ゲ イの『ポリー』はこのような展開をみせ,女性へと回帰する女戦士ポリーの 異性装をめぐる歴史的考察 47

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姿を浮き彫りにす 7 る。 ジョンソンの海賊史やゲイの『ポリー』の例にみられるように,あるいは 帰還したヒロインの結婚と回想という典型的な結末を迎える女戦士のバラッ ド(Dugaw 139−140)の類にもみられるように,男に扮した勇ましい女た ちの物語は,彼女たちが再び女性の姿へと回帰することで幕を閉じる。そし てこのような物語の展開により当時の異性装をめぐる社会事情が浮かび上が る。 男の姿をした女たちの冒険談は,近代初期において女性(あるいは男性) であることの意味がどの程度外的要因により決定されていたかについて物語 る(Dugaw 139)。そして男に変装した女たちの活躍を描くことで,生物学 的性とは乖離したジェンダーという社会的文化的コードを基軸とする社会構 造を前景化し,その不変性に疑問を投げかける(Dugaw 3−4)。ただし異性 装が反抗の象徴であり,社会の秩序を転覆させるものと考えられた初期近代 において,男になりすました女性たちは,不正な方法で男性の特権を不当に 奪う者とみなされた(Dekker and van de Pol 101)。そのため異性装の女 性たちへの反応は否定的であったが,兵士や船乗りとして名を上げた女たち の中で,男として生きることになった動機が容認できるものであり,その後 女性としての立派な生活を再開した者たちは,肯定的に受け入れられること もあったという(Dekker and van de Pol 97−98)。ジョンソンの海賊史や ゲイの『ポリー』の女海賊たちの逸話は異性装にまつわるこうした時代状況 を反映する。

ジョンソンの海賊史やゲイの『ポリー』の冒険談では,物語の中で男装の 女たちが男勝りの活躍を演じ,ジェンダーという概念が一時的に反転される かもしれない。しかし劇の大団円や物語の結末で女性の役割へと回帰してい く彼女たちの姿は,彼女たちの扮装が,身を守るため,生活の糧を得るた め,あるいは恋人と一緒になるために便宜的に演じられたにすぎないことを 48 加 藤 弘 嗣

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再確認させる。ジュリー・ホイールライト(Julie Wheelwright)に拠れ ば,男装の女性兵士や船乗りたちは,便宜的に男を演じ「女が男の領域でも 同じように優れた能力を発揮できることを証明する」が,これらは「屈強な 女性という個々の事例」にとどまり,また「こうした女性たちの大部分が不 平等を生みだした社会の変革には無関心であるように思われるので,彼女た ちの行動が既定の秩序への脅威となることは殆どなかった」とみられるとい う。要するに異性装の女たちの事例は「専ら男性にのみ与えられた社会的権 威に対する意識的要求ではなく,単なる模倣の一過程にとどまる」ものであ ったのだ(Wheelwright 11−12)。またジョー・スタンリー(Joe Stanley) も女海賊たちの逸話を例に挙げ,「男のふりをした女海賊たちは,新たな価 値観を求めるフェミニストの先駆けというわけではなく,ただ単に女性とし ての立場に不満を感じ,男になりすましただけである。確かにそれはある種 の自己解放の試みといえるが,その意図は利己的なものであり,非常に限定 的である」と指摘する(Bold in her Breeches 41)。異性装者たちの動機に 関するこうした指摘は,ジョンソンの海賊史の女海賊の物語やそれをモデル にしたといわれるゲイの『ポリー』が書かれた歴史的な文脈について再認識 させてくれるのではないか。 エリカ・ジョングの歴史小説『ファニー』において,男の衣装を身に着け た主人公は,男性の格好が与える特権について思いを巡らせる。そしてやが て彼女の批判の目が社会的不平等を生み出す社会構造へと向けられるが,近 代初期という歴史的文脈において,異性装者におけるこのようなフェミニス ト的思考の萌芽は果たして可能であったのだろうか。この問に対してジョン ソンの海賊史やゲイの『ポリー』の男に扮した女たちの物語はある種の答え をもたらしてくれよう。 註 1 1721 年にアン・ボニーとメアリ・リードの裁判に関する記録が出版され,ま た 1724 年に出版されたチャールズ・ジョンソンの海賊史では彼女たちの半生につい て描かれる。こうした事実を踏まえ,マーカス・レディカー(Marcus Rediker) は,彼女たちの「裁判の数年後に女海賊を扱った芝居を書くという行為は,ゲイが実 異性装をめぐる歴史的考察 49

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在する女海賊の冒険談について知っており,これをネタにしたことを示唆する。また こうした可能性は芝居と 1720 年代初めのカリブ海の海賊行為をめぐる実情との類似 性によりさらに高まる」と指摘している(Rediker, Villains 121)。

2 このような戯画化された求愛の場面は半ズボン役の登場する芝居にはお決ま りのパターンと思われる。男に扮した女兵士や船乗りが登場する芝居を例とするな ら,ウィリアム・ウィッチャリー(William Wycherley)の『嘘のない人』(The Plain

Dealer, 1676)やジョージ・ファーカー(George Farquhar)の『徴兵官』(The

Recruit-ing Officer, 1706)が挙げられよう。ウィッチャリーの『嘘のない人』では,海軍大 尉マンリー(Manly)を一途な思いで慕うフィデリア(Fidelia)が,水兵に変装して この男に仕える。しかし皮肉にも,この男が熱を上げる女性オリビア(Olivia)との 「美人局(pimp)」(Wycherley 335)をする羽目になる。浮気性のオリビアは,男装 のフィデリアに色目を使い,「そんなにも不実で破廉恥になれる」(Wycherley 356) 彼女の正体が明かされる。またファーカーの『徴兵官』では,「ペティコートを卑し いものとみなし,女であることに心底飽き飽きした」(Farquhar 24)勝気な女性シ ルビア(Silvia)が,悪戯心から男に扮し,恋人である徴兵官のプルーム(Plume) に志願し,彼の本性を探ろうとする。そんな中プルームと田舎娘ローズ(Rose)との 仲を邪推したシルビアは,恋人の真意を確かめようと,彼の目の前でこの娘と悪ふざ けを演じる。 3 実際女性兵士や女船乗りの中には男勝りの活躍をしたものがある。自らの波 乱に富んだ半生を舞台で演じ人気を博したというハンナ・スネル(Hannah Snell) などはその代表的な例である。不実の夫に見捨てられたハンナは夫探しを口実に放浪 の旅を始める。そして男に姿を変え,歩兵連隊や海軍などを転々としながらインドの 激戦地へと赴く。身なりだけでなく「心に真の男の気概」を秘めた(Hannah Snell 22)ハンナは,激戦の最中,「まさに勇敢なイギリス兵らしく」振る舞い(Hannah

Snell 21),王室から「アマゾンのような女性(an Amazonian lady)」(Hannah Snell 43)と称えられるまでの活躍をする。「船上の頼れる乗組員」(Hannah Snell 12)で 「小柄な水夫」として名を馳せた(Hannah Snell 10)ハンナの活躍の舞台は主に海 であったが,イギリスの海事史には彼女のように「男に首尾よくなりすまし,数年間 正体が明かされないまま男たちに交じって働いた女性たちの事例が散見される」 (Cordingly 84)。 4 ジョンソンの海賊史のアンとメアリにまつわる逸話の真偽はともかく,この 女海賊たちが実在していたことは彼女らの裁判記録により明らかである。裁判記録は 目撃者たちの談として,アンとメアリが彼女らの様子から強制的にではなく自らの意 思で海賊船に留まっていたこと,そして平時には女性の格好の彼女らが海戦の時には 男性ものの上着とだぶだぶズボンを身に着け,髪の毛をハンカチで結わえ,手に刀と 短銃を携え,海賊たちを叱咤激励していたこと,さらには彼女たちの猛者ぶりなどに ついても伝えている(The Tryals 27−28)。 50 加 藤 弘 嗣

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5 海賊たちの諷刺的描写は 1720 年代半ばにおける海賊数激減の一因となった 海賊撲滅のための宣伝活動がその背景にあるのではないか。海賊たちの活動はある意 味彼らの成功談をめぐる噂や伝説などに支えられた部分もあったことから,海賊掃討 作戦の一環として,説教や布告書やパンフレットや新聞などにおいて,海賊にまつわ る誇張されたイメージを解体しその撲滅を正当化するための宣伝活動が繰り広げられ る。こうした活動は,海賊たちの公開での処刑などによる抑止効果と相まって,海賊 凋落の原動力となる(Rediker, Between the Devil 285, Cordingly 264)。

6 確かにメアリとアンの妊娠,そして極刑の回避という点については,彼女ら の裁判記録でも事実として指摘されるところである(The Tryals 29)。しかしジョー ・スタンリーは,ジョンソンの海賊史における女海賊たちの描写に男性社会の論理を 読み取り,この物語には女海賊らのように「振る舞った女たちは捕えられるべきであ り,その視線は調整されるべきである」という「ある種の警告」が含まれるとし, 「男性たちはおそらく女盗賊や罪人について描く場合,比喩的にいえば彼女たちを飼 いならし,容認された調和を回復させるのだろう」と主張している(Bold in her Breeches 58−59)。 7 ポリーのような半ズボン役が登場する芝居では,男装の女優たちが扮装を解 いて豊かな胸と長い髪を露わにするという大団円が人気を博することになった。ただ し半ズボン役はある種の趣向として「数の上で圧倒的に男性が多かった観客の楽しみ のために」,あくまで彼らの「気まぐれなスリルを提供するために」演じられたとい う(Jones 148−149)。また半ズボン役の「存在理由」がこの役柄を演じる女優たち の「不完全な男らしさ」にあったと主張するパット・ロジャース(Pat Rogers)は, 男を演じる女たちは,一見男性女性に慣例的に割り当てられた社会的役割を歪曲させ るようにみえながら,結果的には「こうした慣例の不確かさを示すよりもそれらを再 確認させることに寄与する」と指摘している(Rogers 257)。 引用文献

[Anon.]The Female Soldier or the Surprising Life and Adventures of Hannah

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参照

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