「W・R・ランバス著『医療宣教(Medical
Missions)』の意義をめぐって」 (第45回関西学
院史研究会)
著者
堀 忠, 神田 健次
雑誌名
関西学院史紀要
号
22
ページ
121-149
発行年
2016-03-15
URL
http://hdl.handle.net/10236/14333
永田 ただ今から関西学院史研究会を開催させていただき たいと思います。私編纂室の室長をしております文学部の 永 田 と 申 し ま す。 本 日 の 研 究 会 は「 ウ ォ ル タ ー・ ラ ッ セ ル・ ラ ン バ ス 著『 医 療 宣 教( Medical Missions )』 の 意 義 をめぐって」という題ですが、現在関西学院の創立一二五 周年事業の一環として創立者ウォルター・ラッセル・ラン バス先生の代表的著作のひとつである 『医療宣教 ( Medical Missions )』 の 翻 訳 出 版 が 進 め ら れ て い ま す。 全 国 の 医 療 宣教を志す青年たちの教科書ともなったこの著書の内容を 紹介しつつ、その今日的な意義をともに考えたいというの が、きょうの発表者の趣旨であります。 きょうの発表者のお二人の先生方をご紹介しておきたい と思います。向って左側に関西学院大学神学部教授、そし て、学院編纂室の共同研究の主任研究員でいらっし ゃ いま
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・ランバス著『医療宣教(
Medical Missions
)』の意義をめぐって」
講師:堀
忠
小児科医師(大阪市立大学医学部卒業) 関西学院大学大学院神学研究科 博士課程前期課程修了神田
健次
関西学院大学神学部教授 学 院 史 編 纂 室 共 同 研 究・ 主 任 研 究 員 司会:永田雄次郎
学院史編纂室室長 会場:吉岡記念館 2 階 第一研修室第
45回関西学院史研究会
(二〇一五 ・ 一二 ・ 七)
す神田健次先生です。向って右におられますのが、小児科 医師で、大阪市立大学医学部を卒業され、関西学院大学大 学院神学研究科博士課程前期課程を修了されております堀 忠先生です。堀先生は、医療生協・ながほり診療所管理医 師として現在お勤めで、勤務先の大阪市西区新町四丁目と いいますと、浪花百景といいまして、大坂(阪)の浮世絵 に描かれたところでございますが、大阪でも非常に伝統の ある町でございます。 発表は最初に堀先生がなさいます。そのあと神田先生が されるということで、残りの二十分ぐらいを質疑応答とし、 いろいろな意見交換をしていただき、積極的にご参加くだ さることを願っています。それでは最初に、堀先生よろし くお願いいたします。 堀 堀です。一九七八年に 大阪市立大学の医学部を出まし て、あとずっと医者として働いておりました。神学部では、 二〇〇六年から毎年ではないですが、聴講生にさせていた だいて、嶺重淑先生のギリシャ語の講義から始まって、勉 強させていただいています。二〇一三年から二〇一五年に、 前期課程に入学を許していただいて、そのときは土井健司 先生のご指導でカッパドキア教父の古い文献を読みました。 修士を出るのに歴史神学だけではなくて、他のも何単位か 取らないといけないということで、神田先生の、これは宣 教 思 想 史 に 関 わ る ご 講 義 で し た の で、 二 単 位 だ け 講 義 を 取ったのですが、そのときにこういう本があるよと教えて いただきました。今日は、神田先生の方から、後ほどこの 本の宣教史的な位置づけとか、今後のランバス研究につい ての位置付けなど、詳しいお話があると思いますが、まだ 刊行されていない本ですので、最初にどんな本かというの が、共通の認識にならないといけないと思いますので、ご 紹介させていただきます。 私、医者の話というのは、だいたい牧師先生や学校の先 生と違って、クライアントからお尋ねがあったことに、ひ とりひとり話すというのが仕事ですので、大勢の人に、ま とまった話をせよというのは慣れません。慣れませんので、 お手許に一応フルテキストの形にしてあります。 どういうことを書いているか、どういう問題を扱ってい るか、どういう文章かというのを、ある程度、神田先生の お話の前に触れておいていただくのがいいと思うので、原 文の引用が長くなっております。一応それに沿って話させ ていただきます。
書誌的事項、執筆の背景、全体の構成 原題は "Medical Missions :The Twofold Task" 一九二〇 年に南メソ ヂ スト監督教会の宣教局が置かれておりました ナ ッ シ ュ ビ ル と ニ ュ ー ヨ ー ク で 刊 行 さ れ て お り ま す。 版 権 の 所 有 は Student Volunteer Movement for Foreign Missions と な っ て お り ま し て、 キ リ ス ト 教 学 生・ 青 年 の 間での宣教師・宣教医師のリクルートを推進するために書 かれたものと思われます。ランバス自身の序文があり、本 書が南メソ ヂ スト教会監督としての「行政的な責務の不断 の圧迫のもとに書かれた」ということを伝えております。 これは一九九一年に 学院史資料室の方で復刻されました 本ですが、このサイズのコンパクトなものです。 神田 こちらの方がオリジナルです。そちらはコピー版で す。 堀 お回しさせていただきます。 本文は八章で、十二枚の写真があります。付録として索 引、 文 献 目 録 な ど の ほ か、 い く つ か の 当 時 の 統 計 図 表 や、 一九一〇年から一三年にかけての各地の会議で採択された、 インドと極東諸国での宣教方針についての諸文書などが付 けられております。本文の分量としましては、私が試訳し ました範囲では邦文で、十四万八千字になりました。 まず本文各章のタイトルを示します。 第一章必要性 The Need 、 第 二 章 宣 教 師 そ れ 自 身 The Missionary Himself 、 第 三 章 目 的 と 展 望 The Aim and Scope 、 第 四 章 志 願 者 か ら 宣 教 師 へ From Candidate to Missionary 、 第 五 章 練 達 の 働 き 手 と 彼 ら の 装 備 Master Workman and Their Implements 、 第 六 章 女 性 の た め の 女 性 の 働 き Woman's Work for Woman 、 第 七 章 挑 戦 The Challenge 、 第 八 章 力 の秘密
The Secret of Power
。 各 章 の 内 容に は 重 複 も 多 く、 少 し ず つ 素 材 を 変 え な が ら、 あ え て 何 度 も 同 一 議 論 を 反 復 し て、 少 し ず つ 段 階 を 追 っ て 新 し い 概 念 を 導 入 し て い く と い う や り 方 が 採 ら れ て い ま す。 同 じ 話 が 続 く と い う 意 味 で、 連 想 が 完 全に 適 切 で は な い か も し れ ま せ ん が、 教 会 で 毎 週 の お 説 教 を 聴 い て い る よ う な 感 が あ り ま す。 し た が い ま し て、 第 一 章 は こ う い う 問 題 を 扱 っ て い て、 結 論 が こ う で、 第 二 章 は こ う い う 問 題 を 扱 っ て い て 結 論 が こ う で、 第 三 章 は そ れ を 受 け て、 こ う い う 展 開に な っ て、 と い う 形 で の 内 容 の 紹 介 が 非 常に し 難 い の で、 こ こ で は ま ず 導 入 で あ り、 結 論 の 先 取 り で も あ る 第 一 章に つ い て 要 約 をご 紹 介 し ま す。 続 い て 宣 教 医 師 の あ る べ き 資 質 や ト レ ー ニ ン グ の あ り 方に つ い て や や 詳 し く 論 じ ら れ て
おり、リクルートを目的とした本書において中心的な内容 を担うものと思われます第四章の要約を述べます。第五章 以降の議論の展開については、この部分で新たに示されま すいくつかの概念についての紹介にとどめ、最後に本書全 体の中でのいくつかのキーコンセプトと考えられる用語に ついて、翻訳方針を述べたいと思います。 「第一章 必要性」の要約 第一章は約三頁の序文と、それに 続く五つの節から構成 されています。すなわち、第一節人間的悲惨の深淵、第二 節非キリスト教世界に見られる諸疾患、第三節救済のため の固有の資源の欠如、第四節医療宣教団の未開拓の宣教地、 第五節医療宣教団の典型的な宣教地、この第一章の序文は 宣教医師ランバスの思想や人となりをよく反映しているよ うに思われますし、本書全体の導入でもあり、また著述の 目的や主題の提示であって、文章としてもよく練られたも ののように感じられますので、以下に冒頭のほぼ全文をご 紹介いたします。 小アジアの未開の村、貧しい隊商宿が見られる。蝋 燭がパチパチと音を立てる薄暗い光のなかで、ふたつ のシルエットが三つめの上に かがみこんでいる。ひと りはイェールのヘンリー・ S ・ウェスト医師、アメリ カン・ボードの宣教師で、馬の背に 乗っての長く厳し い旅の途上で、その村に通りかかっていた。もうひと りは血を見ると失神せん ば かりの、臆病な従者である。 第三の、同じ宿を取ったあわれな異邦人は、絞扼性ヘ ルニアの苦しみに死なん ば かりであった。 ど ん な 躊 躇 が あ り え よ う。 照 明 は み じ め な ほ ど に 乏しく、助手は適性を欠いており、手許に は麻酔薬も なく、敗血症が生じる可能性は大きい。医師は言葉が 話せない。彼は任期の一年目だったのである。もし患 者が死んだとして、この不利な状況というものを、そ この陰の中で後ろに 立って暗い表情で睨みつけている トルコ人たちに 誰が説明できるだろう。だがウェスト は聖なる隊伍のもとにきたのだ。さらに いえ ば 、彼は イェールの人間だ、イェールはすべてを見ている。そ して最後に 、この人は死の苦しみに ある同じ被造物で はないのか。躊躇はなかった。皮切、素早い剥離、絞 扼された臓器の解放、浮腫の圧迫、いくつかの縫合と 包帯で、仕事は終った。 十 八 年 に わ た る 奉 仕 が そ れ に 続 い た。 十 九 人 の 青
年医師たちが彼のもとで学んだ。その仕事ぶりはよく 行き届いたものだったので、医学部教授団に よる試験 を終えた際に は、友好的でない政府も、そこに なんの 欠点もないことを認めざるをえないほどであった。馬 の背に 乗っての、多くの困難で危険な旅があった。高 地から、僻遠の山地から、患者が彼のクリニックに 押 し寄せた。彼は千四百回の眼科手術と百五十回の開腹 術を実施した。多くの贈物や謝礼が支払われたが、そ れらは医師の私的な財布に は一セントたりとも入らな かった。このような人生はキリスト教の弁証と、医療 職の信頼性と、そして祖国の名誉とを確信させるもの である。偉大で傑出した男女の同僚大学人たちが、ヘ ン リ ー・ ウ ェ ス ト の よ う な キ ャ リ ア を 選 択 し て い る。 このような奉仕の有する豊かで戦略的な価値を理解す るために、大きな想像力は必要ない。それは無限なる ものの力に よって起こされる、キリスト教徒の人間愛 の 思 想 で あ る。 そ れ は 今 日 新 た に 認 め ら れ つ つ あ る、 世 界 に お け る キ リ ス ト 教 的 事 業 の 一 局 面 で あ る。 北 米の最良のキリスト教徒学生の多くが、このような生 涯に わたる事業の提供を受ける機会、そのために 要求 される選抜や訓練、教育機関やなされるべき仕事の一 般的背景、このような奉仕と外国宣教事業のその他の 分野との関連性、その他の多くの疑問に関する情報を 求めているということは、驚くに あたらない。本書の 目的はそのような広範な疑問に 答えることであり、今 日の医療宣教事業に ついて、率直かつ知的に 現状を提 示することである。第一章の導入的な記述に おいては、 このような事業の持つ必要性に ついての検討を試みた い。 ソケイヘルニアというのは、主に 男性で、腹腔から陰嚢 内に通じるソケイ管、これは遅くとも出生後早期には閉鎖 しているべきものですが、それが十分に閉鎖せず、立位歩 行そのほかの負荷によってそこに腸管が下がってきてしま う、 そ れ が 脱 腸 と 言 わ れ る 状 態 で す。 現 在 で も も ち ろ ん、 救急外来でソケイ部に張りが出来て痛むという訴えでよく 見 か け ら れ ま す。 痛 み が あ っ て も 早 い う ち な ら 丁 寧 に 圧 迫するだけで腸管を腹腔のなかに戻すことができるのです が、時間が経ちますと腸管が浮腫を起こしまして、ソケイ 部の靭帯によってますます締め付けられる形になる。この 状態が絞扼性ヘルニアです。腸閉塞を起こしますので緊急 に手術しないと死亡に直結します。手術そのものは、腹膜 や腸管に傷を付けるわけではありませんから、比較的安全
とされていますし、馬の背に乗った道具だけで不可能でも なかったでしょうが、発症後時間も経ち、暗いキャラバン サリー、隊商宿の一室で助手もいないという条件のもとで はどうでしょうか。本書中たびたび繰り返される、奇跡的 な英雄物語の最初のひとつに当たるものですが、切迫感と 緊張、書かれてはいませんが、術後の安堵感までがよく伝 わってくる、非常に臨場感のある描写で、おそらくランバ ス自身も同様な経験をしていたのであろうことをうかがわ せます。良くある病状ですから、今も昔も、医学校の上級 生であれ ば おそらく現実に、身近で観た経験があることで しょう。そういうエピソードが導入部の冒頭におかれてい るということは、医学校の上級生を対象にした宣教医師の リクルートという本書の目的にとって極めて効果的であっ たもののように思われます。 この部分ですでに 、必要性とそれに 応える奉仕、それを 理 解 す る た め の「 無 限 な る も の の 力 に よ っ て 起 こ さ れ る、 キリスト教徒の人間愛」という、本書のキーコンセプトが 提示されており、以下の全篇はこれを反復し、説明し、展 開することに費やされていきます。 ち な み に 、 こ の エ ピ ソ ー ド の 主 人 公 で あ る ヘ ン リ ー・ サ ー ジ ェ ア ン ト・ ウ ェ ス ト Henry Sergeant West に つ い て は、 一 九 九 九 年 刊 の American National Biography や 一九八六年刊の『キリスト教人名事典』には項目がありま せ ん。 一 九 三 二 年 か ら 三 三 年 に 刊 行 さ れ ま し た Dictionary of American Biography に は 項 目 が あ っ て、 一 八 二 七 年 の お 生 ま れ で す か ら、 ラ ン バ ス よ り 二 十 七 年、 ち ょ う ど 一 世 代 年 長 の 宣 教 医 師 で あ っ た こ と が 知 れ ま す。 宣 教 地 で の 長 年 の お 働 き の 後、 一 八 七 六 年 に、 お そ ら く 当 時 と し て も ま だ 働 き 盛 り で 亡 く な っ て い ま す。 本 書 に は ラ ン バ ス が 尊 敬 し 心 に 留 め て い た で あ ろ う 多 く の 宣 教 師 や 医 師 が 登 場 し、 本 文 全 体 で 二 二 〇 人 の 固 有 名 詞 が 登 場 し ま す が、 American National Biography ( ANB), Dictionary of American Biography ( DAB), Dictionary of National Biography ( DNB )、 これらはだいたい、図書館の本棚ひとつを占めているよう な事典ですが、それらと『キリスト教人名事典』など、手 もとの主要な事典に項目のある人物が一〇五人、それ以外 に研究書に載っていたり、あるいは各方面にお詳しい先生 方に教えていただいたりして、なんらかの手がかりが得ら れる人物が七四人、いま何の手がかりも得られない人物が 四 十 一 人 あ り ま す。 一 緒 に 配 っ て い た だ い た 三 枚 の「 『 医 療宣教』翻訳完成に向けてのお願い」のなかに出ている人 物は、いま存じ上げている先生方に聞いてもこの人はよく
知らないという人です。今日はこれだけの先生方がいらっ し ゃ るので、この方面について、この人であれ ば 知ってい るという方がいらっし ゃ ったら、ぜひ教えていただきたい と思います。 というのは、こんな大発見をしたとか政治史上に こんな エポックをつくったとか、学者や政治家のことは、名前が 大きな事典に残っていきますが、どんなに立派なお働きで あってもそれが限られた土地の限られた学校とか病院での 仕事になりますから、医者や牧師の仕事というのは残りに くい面がある。仕事は残るんですが、けれど名前は辞書に は残らない。あなたの尊敬する人物について語ってくださ いというのは、だいたいどこの面接でもどこの小論文でも、 想定される問答で一番多いものですから、ランバス先生が、 どういう人を尊敬していたかということがわからなくなっ ていくのは、お人柄を残していく上でも寂しいことだと思 います。 以下、本文に沿って第一章の内容を紹介していきます。 第一節では、医療宣教の対象となるべき地域の範囲が明 示されます。それらの地域では感染症の流行による高い死 亡率が主要な問題であることが示されますが、一方でラン バスは「キリスト教諸国におけるような、死にいく人の苦 しみの緩和は、異教徒には知られていない」ことを重視し、 それをこそ「人間的悲惨の深淵」ととらえているようです。 以下引用です。 医療的援助に 最も貧しい状況に 置かれている人々は、 あらゆる非キリスト教世界、なかでもとくに熱帯・亜 熱帯地域に 見出される。シリア、アラビア、ペルシャ、 インド、タイ、ビルマ、中国、韓国、太平洋・インド 洋諸島、アフリカの大部分、メキシコの熱帯地域、中 央アメリカ、南アメリカ内陸部、これらの地域の大部 分は、 コレラ、 天然痘、 ペスト、 レプラ(ハンセン病) 、 マラリア、赤痢、眠り病や黄熱病の猛威のもとに 置か れている。同時に 、資格ある医師たちの供給は不均衡 であり、病者に は知的なケアが不足しており、病気の 予防手段も欠けている。…このようなすべての悲惨の なかに あって、非キリスト教徒の民衆の間に は同情的 な関心、緩和の試みが驚くほど欠落している…「イン ド洋諸島、ニューギニア、南洋、アフリカ、異教世界 のどこに 行っても、人間性、慈悲心、愛や優しさに 出 会 う こ と は な い だ ろ う 」。 著 者 自 身 の 観 察 か ら … ア ル ウィミ川の流域に 沿う異教は、描ききれないほどに 暗 く、絶望的で、惨めなものである。私は、病者が無視
され、弱者が抑圧され、不運なものがからかわれ、老 人が耐え難い厄介者とみなされているのを見た。役に 立たなくなると、老人たちはほとんど通行不能な森に 深みのなかで死ぬままにされる。 例え ば 、異教という、ヘレシ ― heresy と書いてあります ので異教と訳さざるをえなかったのですが、こういう訳語 についても後ほど神田先生からご説明なりご提案があると 思います。 第二節では、第一節に 例示された「非キリスト教世界に 見られる諸疾患」のうちから、主にメソポタミアの精神障 害者、台湾のマラリア、インド、キューバ、韓国における レプラについての見聞に紙幅を割いており、 「身体と同様、 霊的なミニストリーに欠けている」現状に注意を促してい ます。本書中ミニストリーの語はここが初出です。本節の 記事の中でランバスが自らの体験として語っているのは廃 屋に押しこめられて「故郷を遠く離れて死を待って 」 いる キューバのレプラ患者についてのみで、他の記述について はそれぞれの宣教地における宣教医師からの伝聞や政府等 の統計に基づくものであることが示されています。 第三節では、現状を克服する上での「救済のための固有 の資源の欠如」 、特に医療技術の問題が論じられ、 「アニミ ズ ム に 基 づ く 」「 思 考 停 止 と 運 命 論 」 を 克 服 す る た め に は まず「哲学体系、宗教的信念」 、「キリスト教の自由主義的 影響」が必要であることが論じられます。 非キリスト教諸国固有の臨床家たちに おける、外科 的 な 原 理 と 実 践 に つ い て の 無 知 と ま っ た く の 救 い が た さ は、 緊 急 事 態 に 向 か い 合 っ た と き に 顕 著 に な る。 痛 み を 消 し 去 っ て シ ョ ッ ク を 予 防 す る た め の 麻 酔 剤 を 持 た ず、 駆 血 帯 や 動 脈 の 結 索 で 出 血 を 抑 制 す る 知 識 も な い( 中 略 ) 解 剖 の 知 識 が な い ま ま、 骨 折 端 を で き る だ け 良 好 に 再 接 合 さ せ よ う と す る が、 四 肢 は し ば し ば 曲 が っ た り 短 縮 し た り し て し ま う。 同 様 に、 脱 臼 は し ば し ば 硬直する。 彼には症候に ついてのいくらかの知識はあるが、科 学 的 な 診 断 法、 予 防 法 や 治 療 手 段 に つ い て は ほ と ん ど ま っ た く 知 ら な い。 こ の こ と が、 い か な る 外 科 手 術 の 実 施 に 対 し て も、 し り 込 み が い き わ た っ て い る こ と を 説 明 す る。 そ の 一 方、 中 国 人 と 韓 国 人 に よ る 針 ( acupuncture ) の 使 用 法 は、 「 怖 い も の 知 ら ず 」 と い う こ と の 実 例 で あ る。 そ の 結 果 は 時 に は 致 死 的 で あ っ た り 感 染 を 引 き 起 こ し た り、 ま た 長 い 鉄 の 針 を 関 節 や、 腹 部 や、 身 体 の 重 要 な 臓 器 に 刺 し こ む こ と で、 苦 痛 を
悪 化 さ せ る。 ( 中 略 )「 中 国 医 学 は、 私 た ち の 医 学 が 医 学 校 や 系 統 的 教 育 を 欠 い て い れ ば そ う で あ っ た で あ ろ うところに、留まっている」 。 彼 ら が だ ま さ れ や す い の は、 信 仰 の 不 在 が な に ご と に お い て も、 い か に 不 条 理 な こ と を も 信 じ る 道 を 開 い て い る か ら で あ る。 彼 ら の 思 考 は 子 ど も じ み て お り、 原 因 と 効 果 の 連 続 を 理 解 で き な い。 ア ニ ミ ズ ム に 基 づ く 彼 ら の 悪 霊 へ の 恐 れ は、 思 考 停 止 と 運 命 論 に 行 き 着 く。 彼 ら が 時 代 に つ い て い く こ と が で き な か っ た の は、 知 性 に 欠 け て い た か ら と い う よ り は、 彼 ら の 哲 学 体 系、 宗 教 的 信 念 の 性 質、 キ リ ス ト 教 の 自 由 主 義 的 影 響 の 不 在 の 影 響 で あ る。 ベ イ コ ン や ハ ー ヴ ェ イ が、 そ し て 彼 ら の 理 論 化 や 実 験 の 方 法 が 中 国 に 知 ら れ て い た な ら ば 、 結果は大きく異なっていたかもしれない。 これまでにも、今日省みて相当問題のある議論もそのま まにご紹介してまいりましたが、もちろん中国医学におけ る針治療が、直接肝臓や腎臓に針を刺すものではなく、そ の 臓 器 の 経 け い ら く 絡 で あ る 皮 膚 の 箇 所 に 刺 す も の で あ る こ と は、 極 東 の 人 間 に と っ て は 医 師 な ら ず と も 自 明 の こ と で す が、 一旦ランバス医師の中に出来上がった誤解が六十七年の生 涯にわたって解かれる機会を得られなかった、そのような 時代であったことが理解される必要があります。 第四節では、第一節で示された「医療宣教団の未開拓の 宣教地」の個々の現状が論じられ、事実上無数の医療宣教 団に活躍の余地が残されていることが示されます。そして 福音宣教に対する 「猜疑と反対」 に 対して 「扉を開かせる」 医療宣教師の「任務」が明示されます。もっとも、示され る個々の数字には今日ただちには理解しにくいものがあり、 なんらかの誤記であるのか、あるいは当時の宣教団の抱い ていた世界像を反映するものであるのか、今後検討が必要 であると思われます。とりあえずは書いてある通りに訳し ておきました。 一九一〇年のエディンバラ世界宣教会議の第一委員 会は、総計一億二千二百万人に 及ぶ巨大な人口が、キ リスト教宣教団にもその他の人々に も、足を踏み入れ られたことがない地域に居住していると報告している。 計算されたわけではないが、それは「開拓済み」の領 域 の 居 住 者 の 数 よ り は る か に 大 き い。 ( 中 略 ) こ れ ら の苦しんでいる人々のための医学的救済も、当然なが ら存在しない。福音宣教はこれらの国々のいくつかへ の入国に 困難を見出しており、その多くで猜疑と反対 に 直 面 し て い る こ と を 感 じ て い る。 だ が そ こ に こ そ、
医師に とってキリスト教のメッセージに 触れるための 扉を開かせるというチャレンジが与えられているのだ。 とくに 紙幅を割いて例示される宣教地は、モンゴル、中 国、アルメニア、メソポタミア、ペルシャ、ナイジェリア、 ベルギー領コンゴ、インドですが、インドについては特に 女性に対する特別な抑圧に対しての注意が喚起され、のち に「第六章女性のための女性の働き」で展開される議論を 予告する内容になっています。 ペストとアジア・コレラの流行が反復し、しかも医 療支援に 絶対的にアクセスできない人口の割合は大き い。このことは 「パル ダ (女性隔離制) の影」 でゼ ナー ナ(女性部屋)の囚人となっている四千万人の女性た ちに とくによくあてはまる。隔離と放置、非道徳と病 気が、恐るべき荒廃をもたらしてきた。インドでは読 み書きができる女性は千人のうち七人に すぎない(中 略 )「 幼 児 結 婚、 寡 婦 の 再 婚 禁 止、 刑 罰 的 監 禁 以 下 の 妻に 対する終身的禁固、あらゆる理性的存在としての 教育からの排除、これらが続く限り、この国はステッ プを上がることはできない。基礎が腐敗している、完 全に 腐敗している、ひどく腐敗しているのだ。男たち は自らの権利と特権について論じたて、私の見た女た ちはそんな男たちに 耐えている。神よ、男たちを許し たまえ」 。 第五節では「医療宣教団の典型的な宣教地」として中央 アフリカが取り上げられ、地域固有の破壊的要素「魔術医 師、 眠 り 病( ト リ パ ノ ゾ ー マ 感 染 症 の こ と で す )、 毒 性 薬 物(ここではアルコールのことです)の問題が論じられま す。内容的には、非キリスト教世界の後進性や生活環境の 劣悪さを強調する、前節までの議論の反復・要約にすぎな い面もありますが、アルコール問題については母国アメリ カを含む「文明」諸国の果した犯罪的な役割にも率直に目 を向けている点が注目されます。たとえ ば ランバスが医療 宣教の良き理解者・後援者として本書の中にもたびたび言 及しているほぼ同時代の紀行作家イザベラ ・ バードは、 『中 国奥地紀行』のなかで中国におけるアヘン中毒の蔓延につ いて、特に一章割いて論じていますけれども、アヘンその ものが彼女の母国イギリスによって半世紀前に戦争に訴え てまで持ち込まれたものであることにはまったく言及され ていません。 著者はさらに 最も極悪な通商の罪を犯す国々として オラン ダ 、ドイツ、グレート・ブリテン、合衆国を付 け加える。イギリスの宣教局は、一九一六年四月に 終
る一年間に 、英領西アフリカでは三百八十一万五千ガ ロ ン の ス ピ リ ッ ツ が 輸 入 さ れ た と 報 告 し て い る。 ( 中 略)すべての宣教組織、文民統治当局が、そして自分 の国境内では禁止に向けて憲法修正を通過させたアメ リカ政府が、このことに 注意を向けるべきであり、よ り弱く依存的で、医療援助に われわれが宣教団を派遣 しようとしている人種の扱いに おいても、同一の立場 に立つべきである。 そ し て、 結 論 と し て 召 命 の 問 題 が 示 さ れ ま す。 「 人 間 の 叫 び 」「 神 の 声 」 の う ち に 示 さ れ る「 必 要 性 」 に「 応 答 」 する「能力」という文脈で、本書のキーコンセプトのほと んどがここで出揃うことになりました。第四章では、召命 に関して議論がさらに進められ、第五章以降では、さらに 「 召 命 」 に「 応 答 」 し て 生 涯 を 捧 げ た 多 く の 先 達 の 実 例 の 中に、 「奉仕」に「練達」し、 「偉大な医師イエス」へと近 づいていく道が求められていきます。第一章全体を締めく くる結論の文章は、なかなか味わいのある文章のように思 われますが、ややひねった文章で、私の力ではあまり上手 な日本語にならないのが残念です。ただ、ランバスの文章 の特徴が良く現われている部分でもありますので、原文に 目を通していただきながら、試訳を聴いていただいて、も う ち ょ っ と 分 り や す い 文 章 で 書 け よ と 私 は 思 う の で す が、 ご教示いただけれ ば と存じます。 T he w or ld fi eld s an d th eir n ee ds li e be fo re u s. It is a va st ex pa ns e an d ab ys m al de pt h. It is a ca ll with the cry of humanity behind it, on the one hand, an d th e vo ice o f G od a bo ve it , o n th e oth er . I t w as Ion Keith Falconer who said, "A call is a need made kn ow n an d th e po w er t o m ee t th at n ee d." H as no t ou r ble ss in g of he alt h an d of th e go sp el m ad e us d eb to rs to th e ra ce ? H as it n ot ro lle d a bu rd en upon us ― the burden of broken bodies among less fa vo re d pe op le s an d th e po ss ib ilit y of ne w la rg er life for them? With this comes another burden: "The bu rd en o f p ro of to s ho w th at th e cir cu m sta nc es in w hic h G od h as p la ce d yo u w er e m ea nt b y H im to
keep you out of the foreign field."
世界の諸領域とそれが必要としているものが、われ われの前に 示されている。それは大きなひろがりであ り、深い淵である。それは召命であり、一方ではその 背後に人間性の叫びがあり、他方ではその上に神のみ 声がある。 「召命とは知られるに 至った必要性であり、
必 要 性 に 応 答 す る 能 力 で あ る 」、 と 言 っ た の は、 ア イ オン・キース・フォークナーであった。われわれに 与 えられた健康と福音の恵みが、われわれにその人種へ の 負 債 を 負 わ せ て は い な い だ ろ う か。 わ れ わ れ に は 重荷が負わされているのでないだろうか。私たちに ま といつくその重荷とは、より恵まれない人々の打ち砕 かれた肉体であり、彼らの新しく大いなる生活への可 能性なのではないだろうか。ここに、もうひとつの重 荷がもたらされる。 「神があなたを置いたこの状況は、 あなたを外国のフィールドに とどめ置くために神が示 されたものであったということを、証明してみせると いう重荷」が。 「第四章 志願者から宣教師へ」の要約 第四章には序文に あたる部分がなくて、以下の五節で構 成されており、各章の中で最も長く、内容的にも中心的な 部分に当たるものと思われます。第一節召命 The Call 、 第 二節資質 The Qualifications 、 第三節準備 The Preparation 、 第 四 節 直 面 す べ き 諸 問 題 Problems to be Faced 、 第 五 節 宣 教 地 に お け る 身 体 的 能 力 Physical Efficiency on the Mission Field 。 第一節では「召命」とはどのようなものであって、それ は人にとってどのように訪れるものであるのか、ランバス の召命感が語られる、全篇中の核心的な部分と思われます。 それに続いて、医療宣教師の働きの背景になるべきものは、 「キリスト教文明」の物質的 ・ 技術的な優位性ではなく、 「神 のご計画に関与している」という意識でなけれ ば ならない、 ということが明らかにされます。 必 要 性 は 召 命 を 構 成 す る ひ と つ の 要 素 で あ る。 何 百 万 の 仲 間 が 死 の 病 に あ っ て、 薬 も な く、 手 術 も な く、 病 院 も な く、 医 師 も な く、 看 護 婦 も な く、 さ ら に 加 え て 福 音 の よ き 喜 び も う ば わ れ て い る と い う 明 白 な 事 実 か ら は、 誰 も 逃 れ ら れ な い( 中 略 ) 必 要 性 に 応 え よ う と い う 願 い は、 召 命 の 第 二 の 要 素 で あ る。 こ の 衝 動 は 神 か ら の も の で あ る。 苦 難 す る 人 類 の 要 求 を 理 解 し よ う と す る こ と は、 す べ て の 本 当 の キ リ ス ト 教 徒 の 心 に、 そ の 必 要 性 か ら 解 放 し よ う と い う 持 続 す る 願 い を 生 み 出 さ ざ る を え な い( 中 略 ) 神 の ご 意 志 へ の 人 格 的 な 関 与 は、 召 命 の 最 も 重 要 な 要 素 で あ る。 生 涯 の 使 命 に 関 し て、 神 は す べ て の 男 女 に 等 し く 明 瞭 な こ と ば で は 語 ら れ な い。 し か し 召 命 の 感 覚 無 し に は、 誰 も 生 涯 の 仕
事に入っていくことはできない。 「 い か に す べ て の 人 間 的 外 観 が 完 全 で あ っ て も、 神 の 聖 な る 霊 の 影 響 力 に 活 性 化 さ れ て い な け れ ば 、 そ れ は 動 力 を 欠 い た 立 派 な 機 械 以 上 の も の で は な い 」。 だ か ら 宣 教 師 が 前 進 す る の は、 非 キ リ ス ト 教 徒 に 勝 る 物 質 資 源 の 大 き さ に よ っ て で も な け れ ば 、 彼 の 代 表 す る 社 会 秩 序 の 優 越 性 に よ っ て で も、 よ り 高 度 に 組 織 化 さ れ た 信 仰 や よ り 知 的 な 指 導 性 に よ っ て で も な い。 こ れ ら は そ れ ぞ れ の と こ ろ に お い て 中 軸 的 な 要 素 で は あ る が、 二 義 的 な も の で あ る。 た だ キ リ ス ト だ け が 私 た ち の キ リ ス ト 教 文 明 の、 仲 間 た ち を 助 け る こ と の で き る 能 力 の 尺 度 な の だ。 主 を 離 れ て は、 私 た ち の 文 明 も 東 洋 の そ れ 以 上 の も の で は な い( 中 略 ) 主 が 医 療 宣 教 師 の 個 人 的 経 験 や 生 活 の 中 に 存 在 し な い の で あ れ ば 、 宣 教 師 な ど 家 に 留 ま っ て い る 方 が 良 い。 宣 教 師 の 強 さ は、 彼 が 神 の ご 計 画 に 関 与 し て い る、 彼 の な さ ん と す る 働 き が 神 の み 力 で あ る、 彼 が 応 え よ う と し て い る の が 神 の召命であるという意識の内にあるのだ。 第二節では、医療宣教師として召命に 応えようとするな ら ば 、どのような「資質」が要求されるのかが、順を追っ て、かなり詳細かつ具体的に論じられます。 第 一 に は「 身 体 的 資 質 」。 す な わ ち「 壮 健 さ、 強 い 筋 肉 と良い消化力」 。第二には「知的な適性」 。すなわち「訓練 さ れ た 観 察 力 を 持 つ 鍛 え ら れ た 精 神 」「 知 的 注 意 力、 良 い 記 憶 力、 語 学 に お け る 少 な く と も 中 等 度 以 上 の 能 力、 公 平 な 感 性 」。 第 三 に は「 年 齢 」。 「 三 十 歳 以 下 で 身 体 的・ 知 的 準 備 が 整 っ て い る 人 は 少 な い 」「 確 か に ヘ ボ ン 博 士 は 二十六歳のときにシンガポール、二十八歳のときに中国で 働 い て い た が、 最 高 に し て 最 も 持 続 的 な 日 本 に お け る 働 き を 始 め た の は 四 十 四 歳 の と き で あ っ た 」。 第 四 に は「 気 質」 。すなわち「緊急時における沈着さと自己抑制」 「忍耐 力、 焦りのなさ」 そして 「試練のもとでの快活さ」 と 「ユー モ ア の セ ン ス 」。 し か し「 最 も 重 要 な こ と は、 宣 教 師 志 願 者の霊的な適性」 「祈りに満ちた精神」である。 神に対する揺らぐことのない忠誠は……恒常性と成 功 の 保 証 で あ る。 そ れ は 困 難 さ を 認 識 は す る が、 意 気 消 沈 し た り、 敗 北 し た り す る こ と を 容 認 し な い。 神 は 決 し て 意 気 消 沈 し な い の で あ る。 神 が 意 気 消 沈 し た 男 女を用いることはありえない。 資質として、動機としての愛は、そこからすべての 真 実 に し て 援 助 で あ る 宣 教 が 前 進 す る 永 久 の 源 泉 で な け れ ば な ら な い。 キ リ ス ト の 愛 に 捕 ら え ら れ て い る の
で な け れ ば 、 い か な る 志 願 者 も 真 の 宣 教 師 に は な り え な い( 中 略 ) こ れ ま で 医 療 宣 教 師 が 見 落 と し て き た の は、 多 く は こ の 点 で あ る。 い か に 大 き な 天 性 の 才 能 も、 科 学 的 な 訓 練 も、 彼 を 神 の み も と に 連 れ て 行 こ う と す る 真 実 に 兄 弟 的 な 感 覚 に ま で す べ て の 人 を 引 き 上 げ る、 優しく共感的な愛の代わりにはならない。 祈 り は 習 慣 に 、 態 度 に 、 働 く 力 に な ら な け れ ば な ら な い。 彼 は 自 ら が 作 り 出 す 祈 り の 雰 囲 気 の 中 で、 働 き、 生 活 す る べ き で あ る。 彼 に と っ て の 祈 り は、 一 方 で は 神 的 な 恵 み の 源 泉 に 対 し て 鍵 を 開 け る も の で あ る し、 一 方 で は 最 も か た く な な 心 に 対 し て 扉 を 開 け る も のである。 聖書については、それを力の源泉として直接に 認識 し た 経 験 と、 彼 を あ ま り に 狭 く あ ま り に 字 義 的 な 観 点 か ら 遥 か に 遠 ざ け て お く 聖 書 翻 訳 の 最 新 の 知 識 と、 今 日 に お け る 特 徴 的 な 諸 問 題 に 用 い る 際 の 助 け と な る 現 代 思 想 と の 関 係 に つ い て の 広 範 な 知 識 と、 聖 書 を 効 果 的に教える能力とを持っていなけれ ば ならない。 第三節では、このような要求に 応えるために はどのよう な「準備」が必要とされるのかが、ようやく具体的・技術 的なかたちで示されていきます。 医師たちが教養教育から利益をうけることのないま ま、宣教地に 送られた時代があった(中略)医療宣教 師に ついてはできる限り、医学を始める以前にカレッ ジの完全な課程を習得しておくべきである。 志願者の医学的な準備に ついては、完全すぎるとい うことはありえない。第一級の医学校における全部の 課程は絶対に 必要であり、これに 満たないということ は 一 瞬 も 考 え ら れ な い。 ( 中 略 ) 少 な く と も 四 年 間 の 専門教育を受けていないものが医療宣教師に 任ぜられ ることがあってはならない。 四年間の医学課程に 続いて、少なくとも一年は、認 められた地位に ある総合病院で過ごすべきである。そ の一年の間に、将来の宣教師はできるだけ多くの時間 を母子病棟で過ごしながら、外科と産科の技術に 親し むべきである。ここで経験をしすぎるということはあ り え な い。 宣 教 地 に お け る 宣 教 の ま さ に 第 一 例 か ら、 彼の熟練が最大限に 要求されるかもしれないからであ る。 第 四 節 で は、 周 到 な 準 備 を も っ て し て も 避 け ら れ な い、 宣教地での「直面すべき諸問題」が概観され、言語習得の 困難、文化や生活習慣の相違、多忙さや環境の劣悪さなど、
これまで指摘されてきた諸困難が、ふりかえられます。 第五節では一転、そのような困難に 対してどのように し て 宣 教 師 た ち の 健 康、 「 宣 教 地 に お け る 身 体 的 能 力 」 を 保 全していくべきかが論じられます。いかに多忙で、困難な 環境のなかであっても、宣教師の健康が損なわれれ ば 、多 大な経費を費やして開始された宣教事業が中断・挫折して しまう。ここでは英雄的自己犠牲の精神などには一切論及 されず、ランバスの実務家としての周到さとバランス感覚 が示されています。 働く力は健康に よって測られる。すべての宣教団は 高価な要員を必要とする。宣教地に向けての準備には 数年が費やされている。彼は多額の出費に 向けて遣わ されているのであり、宣教局は彼の特別な装備に 投資 してしまっている。そこに さらに 、俸給と宣教地への 旅行費用の問題がある。これらに 加えて、建設や賃借 のため、教育や医療活動の場合に は書籍の準備や器具 や設備のための相当な金額というものが存在する。だ から、経済的観点のみからも、宣教団の健康を保全す ることは重要なのである。さらに 、彼の働きのために も、このことを意識的に問題に し、あらゆる合理的な 注意を払わなけれ ば ならない。 「合理的な注意」としては、 休暇、 定期健診、 食材の確保、 飲料水、虫害、獣害、睡眠、リクリエーション、そして住 居などの問題が論じられ、本国の宣教局の役割が強調され ています。 宣教団の構内では全面的な下水工事が行われていな け れ ば な ら な い。 表 面 は 排 水 さ れ、 排 泄 物 と 下 水 は 避 け ら れ、 清 潔 な 水 が 十 分 に 供 給 さ れ、 あ ら ゆ る 種 類 の 昆 虫 や ラ ッ ト や ネ ズ ミ に 対 す る 絶 滅 戦 争 が 宣 言 さ れ な け れ ば な ら な い。 構 内 全 体 の 定 期 的 な 医 療 査 察 が、 本 国の宣教局によって強調されるべきである。 「第五章」以降における議論の展開 「 第 五 章 」 以 降 の 議 論 を 要 約 し ま す。 「 第 五 章 」 で は service, ministry に お け る master, mastery と い う こ と が 語 ら れ ま す。 中 国 の ギ ュ ツ ラ フ、 パ ー カ ー、 日 本 の ヘ ボ ン、アラビアのヴァン・ ダ イク、クルディスタンのジョセ フ・コクラン、インドのワンレスらの事績と生涯が語られ、 宣 教 医 師 の 目 指 す べ き 模 範、 「 練 達 の 働 き 手 た ち Master workmen 」として紹介されます。 彼らの働きによって、 「科 学が打ち立てられ、文学が豊かになり、美術館は彼らの貢
献によって満たされた」 。 真の偉大さを測るものは、人格の統合、高潔な理想、 英雄的な精神、そして個人に、共同体に、国家に 、文 明そのものに 及ぼす影響力である。この観点から、こ こで検討してきた練達の働き手たちは世界の善のため に す ば らしい貢献をしたのだし、またしつつあるので ある。神の栄光と人間性の獲得に 向けた、高く実りの 多いキャリアを望む男女の学生で、彼らのような練達 の働き手の中に 加えられることを喜びとしない人がい るであろうか。名簿はいまだ作成中である。 「 第 七 章 」 で は 世 界 戦 争 後 の 時 代、 医 療 宣 教 団 に 与 え ら れた当面の 「挑戦 Challenge 」の数々が論じられますが、 個々 の 医 療 宣 教 師 に と っ て の 最 大 に し て 究 極 の「 Challenge 」 は 大 文 字 の Master Workman イ エ ス・ キ リ ス ト に 近 づ く ということに他ならないとされます。 医 療 宣 教 の 活 動 は、 す べ て の キ リ ス ト 教 的 活 動 同 様、信仰への挑戦である。不信仰という流砂の上に 立 てられる活動は、これほどに 力強くはありえない。か つて祈りと信仰において偉大でなかったような男女の 医療宣教師で、真に成功しえた者は誰もいない。すべ ての準備、すべての科学的装備、すべての人間的熟達 も、信仰という要素が欠けていれ ば 一瞬で危機に 陥る。 だからその偉業が最高の達成に いたるためには、人間 の意志が神的なものに 高められていなけれ ば ならない ように、人間の信念は神の子への信仰に結び付けられ、 それと一体のものに なっていなけれ ば ならない。これ こそが偉大な真理、偉大な神秘であるが、あくまでも 神の行われることであり、神の行われることは、私た ちのそれよりも高みにある。神の御子への信仰の力の 中に進む医療宣教師は、 かの Master Workman が「あ なたたちはさらに 偉大なわざを行う。わたしが父のも とに 行くからである」と言われた、その権能を持って 進むのである。神に 遣わされる人は、ひとりで働くの ではない。 翻訳方針、特にいくつかの訳語について 最後に翻訳の方針、訳語に ついて述べます。 の ち ほ ど 神 田 先 生 か ら 詳 し く お 話 が あ る と 思 い ま す が、 まず、本書の性格として、神学的・学術的著作というより は、医学生に向けた宣教医師の生活や生きがいを紹介する 啓蒙的なエッセーとしての性格が強いことから、古風な英
語表現を逐語的に保存するよりは、ランバスが、今日の日 本で医学生や神学生に語ったなら ば 、そのように述べたで あろうような、平易な日本語に移し替えることを重んじた いと考えます。 非キリスト教世界の現状や歴史に ついて散見される、今 日 で は 容 易 に 許 容 し が た い 誤 解 や 差 別 的 な 表 現、 「 悲 惨 の 深 淵 」 を 語 る に あ た っ て の 実 例 の 選 択 の 偏 り に つ い て は、 それが植民地時代に西洋世界で普遍的であった語彙を背景 に語られたものであり、とりわけヴィクトリア朝とそれに つづく時代の文学的・社会的思潮を反映する歴史的な所産 である以上、記述・表現としてはそのまま保存しつつ、必 要に応じてしかるべき訳注を施していくべきと考えます。 学 生 に 対 す る 呼 び か け と し て 、 本 書 の 中 核 的 な 論 旨 は 、 このように要約されるでしょう。すなわち、 「悲惨の深淵」 にある被造世界に満ちた needs の叫びと、 上なる神の声と を 聞 き 取 り、 理 解 し、 そ れ が call, vocation で あ る こ と を 知り、自分がその資質に恵まれているのであれ ば 、それを 生涯の仕事とするため、召命に応えるためによく準備して service, ministry に 赴 き、 master workman の 一 人 と な る こ と を 目 指 し な さ い、 そ の 究 極 の 模 範 は 大 文 字 の Master Workman 「すべての宣教団の主」イエス ・ キリストである。 ランバスの著作に ついては、すでに コール・レクチャー を全訳されました山内一郎先生のご訳業が広く知られて読 まれておりますし、また service, mastery に つきましては いうまでもなく 「奉仕のための練達」 としてスクール ・ モッ トーに長く定着している訳語がございます。本書において は学術書の場合のように必ずしも同一の英語に同一の日本 語を当てはめて翻訳することは適当ではなく、また不可能 の よ う に 思 わ れ ま す。 従 っ て 日 本 語 と し て 無 理 の な い 範 囲 で service に は 奉 仕、 mastery に は 練 達 の 語 を 当 て つ つ、 た と え ば service に つ い て は 文 脈 に よ っ て 職 務、 礼 拝、 お 世話、仕事、公務等の訳語を当てることがあってもよいか と考えます。 一 方、 ラ ン バ ス は 本 書 で need, shortage, poverty, lack, insufficiency, requirement な ど と 書 き 分 け て あ れ ば 分 か り や す い と 思 う と こ ろ で、 す べ て need, needs の こ と ば を 用 います。その意図は一読の範囲では分りませんでした。今 回は日本語としては無理のない範囲には、必要、必要性と 訳語を当てて、今後の研究課題としたいと考えます。 ministry は service と は 違 う 訳 語 も 思 い 当 た ら な い し と い う こ と で、 そ の ま ま ministry に し て あ り ま す が、 こ の 点につきましては神田先生の方からお願いします。
に詰めてきています。明らかにならなけれ ば 、そのまま名 前を記す以外にないのですが、もしここにいらっし ゃ る方 で、ご存知の方がいらっし ゃ ったら、ぜひ教えていただき たいと思います。とにかく最善の努力をつくして、山内一 郎先生が訳されました 『キリストに従う道』 というコール ・ レクチュアと並んで、ランバス先生の主著のひとつである この著書の翻訳・刊行を進めつつあります。 こ の よ う な 重 要 な 著 作 が、 な ぜ い ま ま で 訳 さ れ て こ な かったのかという疑問がありますが、日本のなかで医療宣 教をランバス先生が行ったわけではないので、直接関係が なかったということがひとつの要因だろうと思います。も うひとつは、医学用語が結構出てきますので、医学用語の 翻訳というのが、ハードルが高かったのかなということを 感じています。そういう二点ぐらいから、これまで翻訳が 行われてこなかった理由かなと推測しております。 それで、もう内容はお聞きいただいたので、この本書が 世界のキリスト教宣教の歴史においてどのような位置付け にあるかということと、今日どのような意義があるかとい うあたりを、私なりに考えているところを少し述べさせて いただきたいと思います。 神田 この度、 W ・ R ・ランバス先生の『医療宣教』の翻 譯に際して、適切な訳者が与えられ、大変嬉しく思い、ま たそのご労苦に感謝しています。 翻訳・出版への経緯 最初は翻訳原稿を『関西学院史紀要』に 連載していこう という計画で、いずれ出版の可能性ということを考えよう ということでスタートしました。ある時、村田学長と学内 でお会いした折、この『医療宣教』の翻訳・出版の可能性 について話をいたしましたら、積極的に受け止めてくださ いました。色々と調整して下さり、一二五周年の記念出版 事業として位置づけて下さり、本当に心強く思い、感謝し ております。 こ こ に 翻 訳 原 稿 が あ り ま す が、 ほ と ん ど 出 来 て い ま す。 関学出版会に手渡したらいいだけの状況です。あともう少 し丁寧に読みなおして、韓国、中国、アフリカ、インド関 係 の 名 前 や 地 名 等、 私 が 知 っ て い る そ れ ぞ れ の 専 門 家 に、 もう少し調べていただいて、また古い百年前の英語ですか ら、 ことわざとかなかなか分らないものがあって、 ネイティ ブの方に教えていただいたり、そういう細かい作業を一緒
W ・ R ・ランバスの宣教活動と医療宣教 レジュメにそって、まずランバス先生の宣教活動と医療 宣教について述べたいと思います。ご存知のように、日本 での宣教活動は、ほんとうに四年ほどの、短い期間しかお られなかったなかで、主たる活動は、瀬戸内宣教圏構想と いうヴィジョンの下で、瀬戸内海沿岸の陸路、あるいは海 路を存分に活用して展開したその働きにより、たくさんの 教会と学校が設立されたわけです。ただ医療宣教に関して は、例外的な形でしか行いませんでした。よく知られてい る代表的な例は、宇和島の城主が重い病気になっったこと で要請を受け、船で治療に行かれたという記録が残ってい ます。よく知られた例です。それ以外の記録はあまりない です。ちなみにそこで、城主を治療されてよくなったとい うことで、福音の種がまかれ、現在の宇和島中町教会が生 れています。日本で明治期の最初の頃、代表的な医療宣教 と い う と、 こ こ の な か で も 出 て き た ヘ ボ ン 式 ロ ー マ 字 を 作った、横浜のヘボン宣教師ですね。それからカナ ダ ・メ ソ ヂ ストで、マクドナルド宣教師が静岡にいます。当時は、 東京にベルツあり、静岡にマクドナルドありと言われてい た名医だったそうです。いまの静岡大学とか静岡の県立の 病 院 な ど、 マ ク ド ナ ル ド 宣 教 師 が Medical Mission と し て 展開して、そのベースを築いたと言われています。関西学 院とカナ ダ ・メソ ヂ ストということで関わりの深いところ で、 マクドナルド宣教師が、 早くから静岡で展開しています。 ランバス先生が来られた神戸ではどうかというと、アメ リカン・ボード、神戸教会とのつながりですが、ベリー宣 教 師 と い う 方 が、 Medical Mission を 展 開 し て、 今 日 の 神 戸大学の医学部とかにつながっていくような、神戸の医療 的なベースを築いたと言えます。 ランバス先生は、主に 医療宣教ということでは、中国と アフリカのコンゴなどで展開されました。アフリカの働き については、亡くなられた中西良夫先生によってずいぶん 前にランバス先生のアフリカの宣教活動に関する著書が翻 訳されています。中国のことについて私も十年くらい前で すが、上海、蘇州、北京、東北部の吉林あたりまで、ラン バス先生の足跡を歩いたことがあります。蘇州では、ラン バス先生が設立された博習医院が、蘇州大学や蘇州の大き な病院のルーツになっています。また現在、中国を代表す る病院と呼 ば れる北京協和病院も、ランバス先生が貢献し た病院がその前身のひとつとなっています。 一 年 間 北 京 に お ら れ て、 医 学 部 の 学 術 書 と か 設 備 と か、
基本的なベースを築かれ貢献をされて、そのあと日本に来 られました。そして、晩年にも、中国北東部の、非常に厳 しい飢餓状況にあった地域に関わることになりますが、医 者であるランバス先生に是非にと、大統領令により、そこ に二年続けてリサーチに出かけ、救援活動に貢献されます。 ちょうどこの著書を書いていた時期で、ドクターストップ が出るような状態だったと思うのですが、無理して行かれ て亡くなられました。そういう意味でいち ば ん最後の働き も、 Medical Mission と し て の 側 面 を 発 揮 さ れ た 働 き だ っ たと思います。 このような経緯に ついては、最近『 W ・ R ・ランバスの 使命と関西学院の鉱脈』という拙著を刊行させていただき ましたので参照して下さい。 エディンバラ世界宣教会議での貢献 私 の 専 門 は、 分 裂 を 重 ね て き た 世 界 の キ リ ス ト 教 界 が、 二十世紀になって、お互いに歩み寄ってきたエキュメニカ ル運動の歴史や課題を研究テーマにしてきています。現在 で は、 カ ト リ ッ ク な ど も 一 緒 に な っ て、 世 界 の い ろ い ろ な問題を考えたり、共同で担うという働きについて研究を し て き て い ま す。 歴 史 的 に 大 き な エ ポ ッ ク に な っ た の は、 一九一〇年のエディンバラで開催された世界宣教会議と言 えます。 こ の よ う な エ キ ュ メ ニ カ ル 運 動 の 草 創 期 の 中 に、 私 は、 ランバス先生の働きを位置付けることができると思ってい ます。一九一〇年の六月に、エディンバラで、世界中に展 開 し て い た 宣 教 師 た ち が、 多 様 な フ ロ ン ト の 問 題 を 持 ち 寄って協議したというのが、いわゆるエキュメニカル運動 の始まりと言えます。このエディンバラで、ランバス先生 は、非常に重要なセクションである第二分科会「宣教地に おける教会」の副議長として、重要なリー ダ ー・シップを 発揮しています。 実は前身として、 一九〇〇年にニューヨー クで大きなエキュメニカル宣教会議があり、そこでも大き な貢献を果しています。エディンバラ宣教会議にランバス 先生が関わった事は知られているのですが、具体的に何を されたというのが、意外とあまり明らかにされていなかっ たので、少しそういうあたりを、拙著の中でも明らかにし たわけです。欧米中心の時代ということは変わりないので すが、その宣教地であるアジアやアフリカ、ラテンアメリ カに対して、そこの現地の人たち、現地の教会の主体性を 大切にすべきだという考え方を、ランバス先生は早くから
もっておりまして、一九〇一年の会議ですでに提案してい ます。それは、とても優れたアイデアで、宣教地の文化を むやみに破壞したりしないで、新しいキリスト教理解を展 開したり、新しい自立した教会のあり方を目指すべきだと いう方向性を提起していました。エディンバラの世界宣教 会議という歴史的な宣教会議を提唱したのは、 YM C A な どでも重要な指導力を発揮した J ・ R ・モットという方で、 アメリカのメソジストの信徒の方です。この方は、ノーベ ル平和賞をいただいた方です。その意味では、ランバス先 生の貢献もノーベル平和賞級の働きだと思っています。 そして、日本メソ ヂ スト教会の初代の監督で関西学院の 理事も務めた本多庸一先生、この方も、ランバス先生との 関わりでエディンバラ宣教会議でスピーチを行い、またラ ンバス先生と米国留学時代に同級生だった韓国の尹致 吴 先 生もスピーチを行い、貢献しています。 そ の エ デ ィ ン バ ラ 宣 教 会 議 の な か で、 医 療 宣 教 会 議 ( Medical Missionary Conference ) が 開 催 さ れ て い ま す。 この医療宣教会議には、五七名の代議員を含め一三〇名の 参加者がありました。ランバス先生は第一セッションに参 加 し て い ま す が、 そ の 報 告 で は、 「 キ リ ス ト 教 会 の 宣 教 活 動 の 統 合 的・ 本 質 的 な 部 分 と し て Medical Mission は 位 置 付 け ら れ る べ き だ 」 と、 非 常 に 重 要 な 文 言 が 刻 ま れ ま す。 そ の な か で、 「 わ れ わ れ は、 癒 し の ミ ニ ス ト リ ー( healing ministry )」 を、 「 人 間 に 対 す る 神 の 啓 示 の 手 段 と し て 用 い る キ リ ス ト の 例 証 と 命 令 に よ っ て 導 か れ て い る。 」 と 述 べ ら れ て い ま す が、 こ こ で、 「 ヒ ー リ ン グ・ ミ ニ ス ト リ ー」 という言葉が用いられている点が重要です。 も う 少 し あ と の 付 録 C を み て い た だ き た い と 思 い ま す。 先 ほ ど お 回 し い た し ま し た 原 文 の "Medical Mission" の 本 文 の あ と に つ け ら れ て い る 付 録 A 、 B 、 C の C で す。 こ れ が エ デ ィ ン バ ラ に お け る Medical Conference の 細 か い 内 容 に な っ て い く の で す が、 念 の た め こ の よ う な も の も あ る と い う 程 度 で 付 け さ せ て い た だ き ま し た。 何 を 書 い てあるかというと、一八九〇年以降、死亡した宣教師の死 亡原因の六十パーセント以上は、宣教地におけるいろいろ な病気に罹っていることが強調されています。やはり衛生 的に困難なところに行きますので、だからそういうことが 起こらないように、少しでも防げるように、どうするかと いう具体的な提案がここでなされています。長続きして展 開していくためには、宣教師自身が、きちんと健康管理と いいますか、予防すべきことは予防すべきであると、そう いう面でこれは貴重な資料なんです。たぶん、医学の歴史
研究などにも、少し貢献するのではないかと思うのですが、 Medical Mission と い う の は、 日 本 に も 明 治 期、 か な り 展 開されたわけですから、その事柄が、世界ではどのような 議 論 が 行 わ れ て い る か と い う 資 料 と し て 貴 重 か と 思 い ま す。 そ れ か ら 中 国、 イ ン ド の 各 レ ベ ル の 資 料 も 全 部 付 録 という形で、貴重な歴史的資料として付けられております。 "Medical Mission" の内容については、 先ほど詳しく語っ ていただいたので、そこに付け加えるものは何もないわけ ですが、ひとつだけ、添付の資料の中で、英文の裏表の資 料が入っています。実はこれはマニュスクリプトです。こ れは、亡くなられた小林信雄先生と山内先生に私も同行し て、三〇年前ですが、アメリカ、カナ ダ へ資料収集に行っ たときに、プリントしてきたものです。このマニュスクリ プ ト と 最 終 稿 を 比 較 し て み る と、 第 一 章 と 第 二 章 が 逆 に な っ て い た り、 細 か い 点 で 結 構 訂 正 箇 所 が 散 見 さ れ ま す。 両者の比較研究することも興味深いですので、今後の研究 課題にしたいと思います。 『 医療宣教』の意義 最 後 に、 『 医 療 宣 教( Medical Missions )』 の 意 義 に つ い て言及したいと思います。最初に述べたい点は、エキュメ ニカル運動、世界のキリスト教の大きな流れのなかで、先 ほ ど の エ デ ィ ン バ ラ 宣 教 会 議 に お い て 提 示 さ れ た「 癒 し の ミ ニ ス ト リ ー」 と い う 言 葉 が、 世 界 教 会 協 議 会、 戦 後 の 一 九 四 八 年 に 成 立 し た 世 界 教 会 協 議 会( WCC ) の 中 に、 キリスト教医療委員会というものが位置付けられ、新たに 展 開 さ れ た 点 で す。 一 九 六 四 年 と 一 九 六 七 年 の 二 回 に わ た っ て、 そ の 委 員 会 は、 ド イ ツ の チ ュ ー ビ ン ゲ ン の ド イ ツ医療宣教研究所で協議会を開催し、この「癒しのミニス トリー」に、非常に重要なフォーカスがあたりました。そ の 後、 二 〇 〇 〇 年 に は、 ハ ン ブ ル グ で「 健 康、 信 仰 と 癒 し」に関する会議が開催され、そして、二十一世紀に入っ て、 二〇〇五年にアテネで開かれた世界教会協議会 ( WCC ) の 世 界 宣 教 会 議 で は、 「 癒 し( healing )」 が 重 要 な 世 界 の キリスト教会のテーマ、 課題になりました。 「和解」と「癒 し( healing )」 と い う キ ー ワ ー ド が 重 視 さ れ ま し た。 肉 体 の癒しというのも、もちろん含まれますけれども、心や魂 の 癒 し と い う 内 容 で す。 そ の ル ー ツ は、 ラ ン バ ス 先 生 も
貢 献 さ れ た Medical Mission の 流 れ に あ る と 言 え ま す。 こ の著書は、当時のアメリカでは、若い人たち、青年たちが、 志を抱いて医療宣教に出かけて行く準備教育のための教科 書として用いられていったわけです。 日本に おけるキリスト教主義の立場から医療の働きを展 開している淀川キリスト教病院や聖ルカ病院などは、やは り医療宣教の流れの中に位置づけられます。また、日本に お け る NGO と い わ れ て い る グ ル ー プ で、 パ イ オ ニ ア 的 な 存 在 と し て、 JOCS と い う グ ル ー プ が あ り ま す。 ア ジ ア に キリスト教そのものというよりは、むしろ医療の働きにお いて共に仕えるキリスト者の医者たちがアジアへ、その代 表 と も い え る 岩 村 昇 先 生 は ネ パ ー ル に 行 か れ ま し た。 そ の 後 次 々 に 続 い て い ま す。 関 西 学 院 大 学 神 学 部 を 卒 業 し た 宮 川 眞 一 さ ん も 卒 業 し た 後、 医 者 に な っ て バ ン グ ラ デ シュにし ば らく行って、大変よき働きをしてこられていま す。こういう流れも、ランバス先生などによって担われて き た Medical Mission の 世 界 的 ネ ッ ト ワ ー ク に つ ら な っ て い る わ け で す。 そ う い う 一 環 と し て、 日 本 の な か の JOCS ( 日 本 キ リ ス ト 教 海 外 医 療 協 力 会 )、 あ る い は 神 戸 に PHD ( Peace Health Development ) と い う 組 織 が 生 れ て い ま す。 これも岩村先生が提唱されて関西学院同窓の草地賢一先生 が、その総主事になって働きを推進してこられました。 最後に関西学院との関わりに ついて言及したいと思いま す。以前、兵庫医科大学と合併しようかと話として出たこ とがあります。それは途切れましたが、しかし、科目履修 などの関係で交流していることはよく知られています。私 も十数年前、医療関係者以外の人材を加えて開かれた医療 の場にするようにという厚生省の要請もあり、兵庫医科大 学の治験委員として三年ぐらいドクターの人たちとの委員 会に、加わったこともあります。兵庫医科大学とはいろん なレベルで交流があると思われますが、そういうコンテキ ストでこの Medical Mission を理論的・実践的に推進され たランバス先生を再評価することは、大切な意義がありま す。 もうひとつ、理工学部だけでなく、人間福祉学部や文学 部等も、やはり治療とか医療・教育、いろんな分野で医療 と か 健 康 に 関 わ っ て い る、 そ う い う た め に 貢 献 で き る 学 問・研究の新たな展開が見られます。そういう意味で関西 学院を創始したランバス先生は、本来そういう願いを持っ て、そのために命を懸けてミニストリーを展開されたと言 えます。そして、その活動を理論付けて、方向性を示した という意味では、この翻訳の今日的意義というのがあるか
と思います。ただこれは、百年前に書かれたものですから、 先程も指摘があったように、限界があります。当時の状況、 限界性を、歴史に残された書として、きちっと受け止めて、 施すべきコメントなり、注解を付けながら公にすべきかと 思います。 神 学 部 も 去 年 一 二 五 周 年 と い う こ と で、 デ ィ ア コ ニ ア・ プログラムというのを、人間福祉学部の先生方ともジョイ ントをするような方向で、どうすれ ば いろんな領域に、仕 えていけるワーカーを出していけるかというプログラムを 展 開 し て い ま す の で、 ま さ に こ の "Medical Missions" と いう翻訳も、そこに生かされていくのではないかなと、期 待と希望を持っています。創立一二五周年記念の出版とい うことですので、できるだけ、多くの方々の知恵をお借り して、公刊していけれ ば いいなと思います。どうもありが とうございました。 永田 ほんとうに堀先生、神田先生ありがとうございまし た。われわれ伝道と申しましても、学校の伝道、いわゆる 教育伝道と、教会伝道と医療伝道が大きな柱になっており ます。そのうちの医療伝道について、堀先生が、ランバス 先生の実践的な、そして、神田先生が、関西学院につなが る 精 神 的 な 面 の 係 わ り と い う 深 い お 話 を い た だ き ま し た。 少し時間がございますので、どうぞご質問、ご意見があれ ば 受けたまわりたいと思います。 質疑応答 西垣 引退牧師の西垣でございます。今日はどうも、あり が と う ご ざ い ま し た。 福 音 書 の イ エ ス の 活 躍 の 要 約 と し て、プリーチング、ティーチング、ヒーリングとあります ね。これは福音書にこと ば として出てくるわけですね。そ の中で、ヒーリング、この前の堀先生の修論のなかに、五 世紀の頃のヒーリングは、教会なんかで非常に重んじられ ていたという発表が、あったのでそうなのだろうなと思う の で す が、 十 八 ・ 九 世 紀 に な っ て ア メ リ カ に お い て、 と く に外国伝道の熱が盛んになってきて、宣教師に医療の必要 がある、ランバスのお父さんはお医者さんですから、医療 が 必 要 で あ る と い う こ と の 一 般 的 な、 先 端 的 な 意 見 が 高 ま っ て く る 背 後 に は、 ア メ リ カ の 医 療 事 情 の 発 展 と い う か、われわれ神学の方は発展史的に多少のあれがあります が、医学の発展が、宣教とが結びついてくる、医学がどの ように発達してきたのか。そのあたりのことはまったく無 知なものですから、堀先生はお医者さんでもあり、医学的