<紹介> B・グロスフェルト教授講演「比較法の限界」 : 講演会記録を含む
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(2) なお、今回の学術講演開催の行事にあたっては同僚︵人文学科︶・池田紘一教授、そして学友である青山学院大学法学. 部助教授・関英昭氏ならびに新潟大学法学部教授・小島康裕氏の力添えによるところ大きいのであり、各畏友の参加・翻. 訳なくしては学術講演会の成功はなかったものと思い、ここに紙上にてあらためて感謝申し上げる次第である。. ところで、講演会の準備として、B・グpスフェルト教授の原稿を基にして、聴講者の便宜のために、筆者の責任にな. ることを覚悟して、後述二の通りの要旨︵レジュメ︶を配布した。本稿ではその準備作業もそのまま掲載することにした。. 後述三では講演会における要約を試みて、最後にB・グ・スフェルト教授の略歴と業績目録が掲載されている。. 学術講演会当日は午後二時から午後五時三〇分までの長時間になってしまったが、開会の挨拶にはじまり、質疑応答ま. での長時間を充実してすごすことがでぎたこと、ドイツの知的文化シャワーを耳から、眼から、浴びながら講演テーマを. 学習できたことを心から感謝するものである。以下に大坪稔教授による開会のご挨拶も記録することにした。. 一76一. 介 紹.
(3) B・ゲ・スフェルト教授講演「比較法の限界」一講演会記録を含む一(別府). 学術講演会 の. 稔. 鹿児島大学法文学部法学科主任. 坪. 拶. 鹿児島法学会会長. 大. 挨. 関与し、フランス民法を模範として作成されていたために、英米法系の学者たちから﹁民法出でて忠孝亡ぶ﹂などの猛烈な反対論が. このようにして、外国法典の研究が最盛期を迎えているうち、政府によって明治二二年五月発表された民法草案は、ボアソナードが. 当るのであります。. 他方、英米法を研究する法学者は、早稲田大学の前身東京専門学校、中央大学の前身英吉利法律学校を創立し、岡じくそれの普及に. 法を学んだ者が法政大学の前身東京法学社、明治大学の前身明治法律専門学校を創立し、フランス法の普及につとめたのであります。. たことに始ります。そして、その中心となったのは、東京大学の前身である東京開成学校︵明治六年創立︶でありまして、ここでフランス. 法草案を作成させることにしたことは有名な出来事でありますが、それを懊機として、フランスの法学者がわが国の法律学講義に当っ. とした法典が多いのであります。このことは、幕府を倒して成立した新政府が、例えば民法典はフランスのボアソナードを招き、彼に民. 御承知のように、わが主要法典は、殆んどが英法、ドイツ法、フランス法等にその基がありますが、そのなかで、特にドイッ法を模範. げます。. じます。また、この仲介の労をおとり下さった本学教富別府教授にも、この席を惜り、法学料・鹿児島法学会を代表し、厚く御礼申上. もとで﹁比較法の限界﹂をテーマに、学術講演会を開催できましたことを、ベルンハルト・グロスフェルト博士に感謝申上げたいと存. 本臼は、西ドイツ・ミュンスター大学教授ベルンハルト・ゲ・スフェルト博士を招き、わが法学科並びに鹿児島法学会の共同主催の. 会. 展開され、結局その法案は撤回されることになったのであります。これがいわゆる民法典論争として、ドイツのザヴィニi・テイボ!. 一一77一. 開.
(4) の法典論争に比せられる論争として有名であります。そこで法典調査会規則︵明治二六年三月二五日勅令二号︶によって任命された. 起草委員たちは、主としてドイツ民法第一草案を模範として立法したのでありまして、これがいわゆる明治二九年法律八九号として制. 定された現行民法であります。これを懊機としてドィツ法全盛時代に入ったことも御承知の通りであります。しかし、わが国の外国法. の研究は、ドイツ法一辺倒ではなく、それと並んでフランス法、英米法の研究が行われてきたことは、東京大学法学部に独法・仏法・. 英法等の講座が、現在まで脈々として存在し、法律学界に大きなイン。パクトを与え続けてきたことからも肯首することができます。. ただ、戦後は、学校制度の改革によって、大学における法律学の講義時間数が少くなったこと、また社会が複雑化すると共に実定法. がぽう大な量に及び、そして、判例研究が盛んになると、カリキュラムの関係で、外国法講座を設置することが難しくなってきました。. 例の研究と並んで、共に盛んになって参りました。このような意味で、現在のわが国の比較法学は、やや停滞気味であるといってよい. 特に、わが国の法社会学者が、わが国の﹁生ける法﹂の研究の重要性を指摘したことで、わが国固有の慣習法の研究が、実定法及び判. と思われます。しかし、只今は国際的諸条件の充実で、他国との交流が極めて密接な関係、つまり国際化の時代に入ったのであります。. ここで要求されることは、学問の国際的交流の必要性ということではないでしょうか。本日のベルンハルト・グ・スフェルト博士の講. 演に、私共の今後身につける必要のある国際的法律学の素養形成に極めて大きな示唆をうけるものがあると期待できると思われます。. そうしますと、本日の講演は、極めて重要な意義のあるものということができますので、どうか最後まで御静聴戴き、会員及び学生諸 君の学問的糧にして戴くようにお願い致します。. ︵文責・別府三郎︶. 以上のように、わか国の外国法研究の現状を若干コメントし、本日の学術講演会開催にあたっての挨拶と致します。. 二 講演会の準備レジュメ. 講演の準備として以下のような要旨を私の責任において作成した。実際に講演を聴講後、問題意識なり、その要約なりがどの程度差. 異があるかを実感してみたいと思ったからである。講演当日の原槁のままであることをおことわりしておく。. 一78一一. 介 紹.
(5) B・グ・スフェルト教授講演「比較法の限界」一講演会記録を含む一(別府). 1 序説 比較法の無力の中で、法に寄与する比較法の限界を知り、それを評価すること。. H 文化と法 比較法の限界は法が一回性のものであることから生ずるもの。あらゆる文化的生活はそれに特有の法をもっており、. あらゆる法がそれに特有の文化的生活をもっているということ。法は代替不可能な個性をもっっているので、重要なことは外国法の社 会的・政治的・文化的背景を知り、外国の法的原則の有機的性質を理解すること。. e鴇︿。員ぴΦの江ユ。且醤矯げΦの=ユΦ且︾日鴇坤一Φ且︵q●o。●︾︶轟鴫ぴ。。 ・瓜ユ①&も団葺。且︾の。馨σ。牙Hざ。叉冑αq訂ロ鄭︶”小曼蒔. 皿 アメリカの例 外国法の体系とその作用を認識し、描き出すことがいかに困難であるかにつきアメリヵを例に考察する。 ラ ー 解釈上の問題 言語上の問題と表現上の問題とがある。例 殉岳害巴㌣309巴7田魯占評・O旨且雪窪R壱擁8Rq富肖 ︵. Oo=8ヨ目壱98Φ9欺8吋・B8ぽ帥巳?碧αqぎ8繋心e欝>¢象巴O?︾ρ黛Φ88他。. 2 私的責任 比較法は不法行為法︵過失責任、危険責任、因果関係、製造者責任など︶を一段と強化することに寄与してきた。し. かし、この場合アメリカとドイッにおける私的責任の経済的・社会的環境の差異とか、社会保障システムの相違とか、私的責任は唯一. の可能な社会操作装置なのではないか、など考えたことがあるか。賛任および責任強化の問題は、債務者保護・強制執行・破産を考え るのでなければ、比較法の有意義な討論はできないのではないか。. 3 結論 比較法と法律学とはひとつの理論から把握できないし、方法論︵機能的比較法・社会科学的比較法・法の経済的分析方 法︶として比較法を把握しない。. W 比較可能なファクター 如何なる文化における如何なる制度が互に比較できるのか、どこからわれわれは法に対してどのような. と法的諸制度の継受可能性のための最大の意義を与える。比較法に看過されているファクターである地理・雷語・宗教を取り扱う。. 寄与を得ることができるのか。法の継受可能性の問題のこと。われわれは文明的・政治的・経済的ファクターに、法秩序の比較可能性. V 地理と法 法の地理的制約性ということが重要となる︵モンテスキュー、パスカル︶。イギリス法のアメリカ法への継受の例・ 菊矯冨&く鴨固g畠RらΦ8一茜實oび一。旨晶①8一濃置・h①8首ひqo葺.. 職 言語と法 比較法における言語というファクターは重要である。. 一79一.
(6) 1 概説 ある一定の言語、その構造および文法が一定の法に影響をあたえるのかどうか、どのような影響を与えるのか、法の構造. は言語構造に結び付けられているのか、どの程度の強さで結びつけられているか。ある法的制度がまったく別の言語に移し変えられる と、どのような効果をもつか。. 2 言語により創造されたものとしての法実定法は養語拘来的である。法と.葺語ということばの問に存する語源学上のつながりを 調査すること。. 3 言語と思索 言語と法、言語と思索、それぞれの結び付きは、影響の流れをどのようなものにしているのかの問題をもたらす。 言語の違いが思索の違いを導くということ。. 4 比較法のための教訓 書語の限界が理解の限界であるが、一定の法思想が過不足なく、他の言語に移し換えられないというこ. と、その法思想が継受に際しては必ず変化を被るということ。例 ㌶琴帥区暁巴吋く一①名ーo一口傷8審畠ぎ巳一99<Rげ鍛言一のω9 ①暮ω買o魯Φ&Φω匹匡︵国Oω︶。. 顯 宗教と法 歴史上、宗教︵内心の希望の原理︶はいたるところで社会的規範を根拠づけてきている。教会はヨ!ロッパに何が近. 代法休系であるかを教えたこと、ヨー・ッパ法の本質を解く鍵は宗教にあること。ある法的制度がある宗教的文化圏から解き放たれ、. 他の宗教的文化圏に移し換えられるか、その法的制笈はいかなる変化を宗教的環境の交換によって被るか。. 唖 結論 考察は法解釈学及び法の適用に直接の影響をもたないが、法、法解釈、そして法の適用の文化従属性を示すものであり、. われわれの行為の地理、言語、そして宗教による制約を示しながら、考察はほとんど無意識に法的思索の枠組を指示するものである。. 比較法は国際的地震計のように、われわれの法的警報装置であり、急迫した社会的変化を認識するための傑出した道具である。比較法. は法文化を外部に向って主張し、民族中心観からわれわれを解放し、われわれに外国の理解力を示すものであり、外国人の耳に達する ようにわれわれを助けるものである。. 以下の内容は講演会当日B・グロスフェルト教授の講演の要約をしたが、これは通訳の関英昭助教授の翻訳を借りて、私が要約した ものである。. 一80一. 人岸. 紹.
(7) B・グ・スフェルト教授講演「比較法の限界」一講演会記録を含む一(別府). 三 講演要旨. ︸ 序説 比較法はドイッ法を形成してぎたし、ドイッ法体系に大きな影響を及ぼしてきたこと。比較法として・ーマ. 法、教会法、北イタリア商法、オランダ法およびナポレオン法典について触れられた。そして、あらゆる国の法はその固. 有の地盤のうえに比較的小さな部分としてしか発展してないことを、アメリカの同僚ワトソソの言葉を借りながら、法は. 主として借り物によって発展するものと、言及された。比較法の力を知ることはもちろんであるが、講演では比較法の無力. に取り組みたい旨を述べ、ドイッ法に寄与する比較法の限界はどこにあるか、と間題提起された。. しかして、比較法は必然的に表面的にならざるをえないので、法学者の鷹の目を語ることによって、比較法の表面的な. ことに荘厳な外観を与えるようなことをしてはならないこと、比較法は体系化されているわけでなく、欠陥が目立ち、つ. ぎはぎ細工であること。これに加えて、以下の間題がある旨をのべられた。すなわち、いかなる法的制度がいかなる法秩. 序において相互を比較できるのか、文化的もしくは文明的な近似性がなければ比較法はできないのか、もしそうだとすれ ばどのような文化的または文明的近似性がなければならないのか。. こ 文化と法 ここでは比較法の限界は、いかなる法も決定的な諸要素のひとつのものの複合体として存在するという理. 由で、一回性のものであることから生じるものであること。つまり、あらゆる文化的生活はそれ特有の法をもっており、. あらゆる法がやはりそれに特有の文化的生活をもっているということから生じること。あらゆる法がひとつのとりかえる. ことのできない特性をもっているということ。それだから、われわれが外国法の社会的、政治的および文化的背景を知る. ということ、外国の法的諸原則の有機的性質を理解するということがここでは重要なことであるという。. ところで、われわれがしばしば経験していることは、法規範は現実を投影するものではなく、むしろ現実を覆い隠すも. 一81一. ( . ( .
(8) のであるということ。政治の分野では・シアの選択および人民民主義という言葉を持ち出す必要があり、法もまた意図的. な社会的・政治的プ・パガンダの手段でもあることになる。実際に法として意図されているものの多くですら、実行がで. きないことがあるし、法それ自身最良の解決とはみなされていない別の考え方に譲らなければならない場合がある。例え. ば右のことはアメリカでは各州間の競争のためにしばしばあり、連邦国家の管轄権が欠けている場合には、一般にもっと. もゆるやかな取締りをする法が勝利するものであるとして、デラウェア州における会社、ネバアダ州における離婚、そし. てニューヨークにおける堕胎のことを指摘している。もともとは暫定的要件、応急的解決方法︵緊急避難︶とみなされた. 法則がしばらくたつと独立して、もっとも適切な解決方法として受入れられ、外国の模倣のために推薦される。それは、. それらの法則の臨時的性格が忘れられてしまったからであるという。このことの例としてアメリカにおける投資者保護法. 一82一. を指摘して、この法律がアメリカにおける各州の会社法の弱点に対する回答であると理解されなければならないことがし. ばしば見落されているという。しかし、以上のようなことばはよそ者︵講演では外人、さらにはへんな外人かもという﹀ にとってはそのベールを突き破ることはなかなかできない旨をのべられた。. 同じように法的諸概念でも思い違いをさせられるとして、ドイッにおける土地税︵○唇&卑窪段︶とアメリヵにおける. あるスポーツのこと、他方アメリカでは女学校の典型的スポーツの意味になることが指摘された。. 現として理解されるものだという。ドイツの意味の男場。。げ巴一︵の089︶は、ドイッでは少年の夢であり、男の子に人気が. るが、しかし、両国におけるその二つのスポーツは相互に関係がなく、そのうえ二つの異なる日常の生活態度の典型的表. e 翻訳上の間題 なるほどドイッにおける蜀拐菩巴一とアメリヵにおける809はとは、同じスポーツの言葉ではあ. 説明された。. ここで外国法の理解において比較法がいかにむずかしいかを堀り下げて、まず翻訳上の間題を以下のような例をあげて. 三 アメリカの例. ( . 介 紹.
(9) 13・ゲロスフェルト教授講演「比較法の限界」一講演会記録を含む一(別府). 財産税︵汐o需蔓雷図︶をとりあげて、アメリカのような課税査定官により確定される税金はドイッの評価法に従って決 定される課税額とは比較できないことを例示された。. 以上のような若干の例からわかることは、われわれの翻訳上の概念はアメリヵとはいろいろと︸致しないこと、法律家. が理解している社会的および国家的諸制度とは一致しないものであるということ、一定の基準がないところや、それが違. うところに多くを期待するという失敗をくりかえしている旨を述べられる。われわれは比較法におけるこのような言語の. 領域における注意やよく疑ってみるというようなことをやらないが、それは言語の魅力に負けてしまうことであり、とり わけアメリヵ法のイギリス法に対する関係をみると惑わされることが多いという。. しばしば用いられるアングロ・アメリヵ法という概念は、もはや存在しない関係を偽っているようなものであり、ドイ. ッ人にとってはイギリス法がより身近なものであり、むしろアメリヵ法が遠い旨を指摘して、こんにちではイギリスとア. メリヵとは﹁共通の言葉によって隔てられている二つの国である﹂というショーの表現が適切にあてはまるように理解さ るべきことを展開された。. こうして共通の言語をもっていても完全に一致するわけではないとして、アメリヵとイギリスでは生活および法におい. て同じ表現が別のことのために存在することを述べられた。よく観察すると、アメリカの表現は常にイギリスの表現より 幅段階強調されているとして、以下のような表現例をあげられた。. ①アメリカではヨ矯<oqげΦ。。什ぼδ&i←旨矯富馨鼠。ロαー←e︾ま。且となるが、それらがイギリスでは 導団び09ぼ一窪qf←ヨ団ヰ一窪αi←ωOヨ魯&団一犀ぎ揖となること。. ②イギリスはケンブリヅジまたはオックスフォードで勉強したものだと話すが、アメリヵでは母校、それは心のうちな る最愛のものと語る、など。. ③アメリヵ東部諸州のフォルクスワーゲン製造所の販売会社では白9置名置Φ<o一寄名甜窪となり、アメリヵでは普. 一一83一.
(10) 通の毛布がキングサイズやクィーンサイズとなり、普通のものは買わない,など。. ④倫理ということばが日常の生活原則として使われていること。. ⑤イギリスの冒一一8日墨はアメリカでは讐ほ86窪8墜となり、職人︵箆o。冨巳。︶は技師︵霧ひqぎo段︶となり、村. の観光協会が商工会議所に格上げされたりしていること、アメリカでは一人企業でも社長︵實霧置①算︶と副社長︵<一8− 鷺Φ巴号導︶を有している、と言葉を使うこと。. ⑥ドイッの鏡&一株式会社の自動車︾&一さ○をアメリヵでは︾&一98と表現すること。. 以上のことから明白なことはアメリカ語は言語の面からイギリス語ではないということ。アメリカ地方の劇的な自然が. イギリスの温和な風景と気候より一層の強力な人間的反応を挑発すると考えると、各々のことは不思議ではないという。. むしろ誤りは自分達のところにあり、ドイッ人は、イングリッシュの言語の面から出発して、それをアメリヵに移し変え. るので、誤った翻訳をすることになるのだといわれる。、言語上のべールを打ち破り、何に関してその言語があるのかを認. 識するためには、より正確な観察と長い経験とを必要するものだ、と強調された。. 口 私的責任 比較法がわれわれを欺くものであることを、アメリカの不法行為法をとりあげて説明された。しばしぽ. 具体的に追求されている法制度の一般的枠組が、その規模およびその全体が自分達のところのもののように見るところか. ら、外国法の独自性を看過することになると指摘された。他方、比較法がアメリカ不法行為法における過失責任、危険責. 任、因果関係、製造者責任、等々を好んで取り組んできて、比較法が一層の責任を強化することに役立ってきたことは認 められる。. そしてドイッにおけるよりも、アメリカでは、厳しい責任が負わされるが、その理由は債務者保護法が強化されている. ところにあるという。アメリカの各州では自ら居住している家は︵担保付債権者に対する場合を除いて︶差押財産から除. 外されていること、多くの州では給料は差押えることはできないこと。テキサスを例にあげると、決定的なことは、破産. 一84一一. 介. 紹.
(11) B・グ・スフェルト教授講演「比較法の限界」一講演会記録を含む一(別府). ば負担ではなく、利益であるということ、六年毎に要求できる特権であるということ。破産によって破産者は、若干の例. 外を除き、その責任からのがれうるということ。ドイツでは破産は強制執行の手段であるが、アメリカではその当時の財. 産に限定するための手段であること。ドイツでは負担が将来におよぶということは責任の重要なメルクマールであるが、 アメリカではちがうという。. さらにこれに加えて、アメリカではいつでも氏名の変更により、あるいは引越をすることにより強制執行を免ることが. できるという。アメリカの住民の一六パーセントから二〇パーセントにあたる住民が毎年住所をかえている事実を考えて. 下さい。ドイツでは三ないし四パーセントにあたる。さらにアメリカでは住民登録制度がないということ、このことによ. り破産者は簡単に地下にもぐることができるということも考えて下さい。こうしてアメリヵでは判決から強制執行への途. 一85一. はドイツにおけるよりもはるかにむずかしいこと、債権者は債務者が消えないようにするためにはあまりあくどい取立を. することは許されないことがわかるという。強制執行に関する法がこれほど差異があるとすると、ある国における諸債権 と他の国における諸債権とを同列におくことができるかという問題がある。. 以上の通り、アメリカの例は外国の制度とその作用を認識し、描き出すことがいかにむずかしいことかを物語るもので あるという。. 可能にする説明はできないと主張されて、もっと広い観点を考えに入れる必要があることを強調された。. かわらず、この見解はアメリヵと日本とイギリスとでさえも比較法がなぜこんなに骨が折れるのか、一般論として理解を. 的ファクターに法秩序の比較可能性と法的諸制度の継受可能性に関する最大の意義が与えられることになる。それにもか. 四 比較可能なファクター ここでは法の継続可能性の予測は非常に困難であるが、こんにちでは文明的・政治的・経済. ( .
(12) そのような比較可能なファクターとして地理、言語および宗教というファクターに簡単に言及され、 ここで野田良之先 生の論文﹁日本人の生活とその法観念﹂︵一九七六年︶がある旨を指摘された。. 五 地理. e 概説 モンテスキューは地理の法に対する影響を強調し、法の地理的・気候的性格のなかに法継受の主たる障害を 見ていたこと、それ以前にバスカルは法の地理的性格をつぎのように描いていたという。. すなわち﹁気候によってその本質を変えない法もないし、不法もない。三度緯度が北極に近づくとすべての法学は逆様 になり、一度の経度は何が真実かを決定する﹂と。. 実際に地理は宿命であり、これは国に関してだけではなく、その国の文化およびその国の法に関しても妥当するもので. あるといわれた。そして法の地理的制約性はイギリス法がアメリカ法へ継受される時に経験した変化に典型的にあらわれ ているとして、以下の例を述べられた。. 口 例 閃口鋤昌<●毘99R判決によるイギリスの責任原則がなぜアメリカのテキサスに承継されなかったかの理由. は地理から明らかになるといわれる。その原則によれば、土地の所有者は自分の所有地上の貯水池に関する危険責任を負. うが、一九三六年テキサス最高裁判所は以下のように述べて、その原則を認めなかった。すなわち﹁このテキサスという. 土地にはほとんど河川がない。雨水かポソプアップされた水を適当な溜め池に貯蔵しなければ西部テキサスにおける牧畜. は潰滅させられただろう。そのような諸条件はイギリスには存在しない。われわれのところでは水の貯蔵は当然の、もし. くは不可欠の、または一般的なかつ慣行的な土地利用である。これと異なる条件に関する勾≦導α<・毘簿9震による原 則は、したがって本 件 に 適 用 で き な い ﹂ と 。. 一86一. ( . 介 紹.
(13) B・ゲ・スフェルト教授講演「比較法の限界」一講演会記録を含む一(別府). さらに、柵囲い問題︵害蓉言αqら8乞①目︶に、法の地理的制約性を見ることができることを指摘された。この問題は. 囲い込む︵♂馨ぎ咋ぎ︶か、締め出す︵富糞ぎ咋o暮︶かという間題に帰着するが、一九世紀の中頃からアメリカの中西 部および南西部︵テキサス︶で提起されたものである。. つまり伝統的なコモン・・1によれば動物の飼い主は牧場を柵で囲い込む義務があったのである。飼い主がこの義務を. 怠ったならば、飼い主は動物が隣人の畑で引ぎ起こした損害を填補しなければならなかったのである。この㎞窪9凝−ぎの. 理論はアメリカの地理的条件のもとではその理論とは反対に、3馨ご咋o暮の原則に変わったのであるという。このこと. は同時に畑の耕作者は自分が損害から保護されたいならば、自分の耕作地を柵囲いする義務があることを意味するわけで ある。. 一八九〇年アメリカ連邦最高裁判所は、以下のように結論づけたのである。. すなわち﹁動物の買い主の責任は当時の事情に適さなかった。土地を柵で囲む可能性がないこと、州の牧場の価値が高. いことから、このぼ蓉ぎ咋置の原則はこの地方の法としては受け入れられたり、承認されたりはしなかった﹂と。. しかし、再び法律状態は変化して、8蓉一躍6§から献窪oご咋汐になっていくことを、以下の理由で根拠づけられた のである。. 第一は入植が盛んになったこと、牧場地と耕作地との関係が変化したごと。. 第二で決定的なことは、鉄道が柵の用材を大草原に運搬できるようになったこと、有刺鉄線の発明が広大な地域の柵囲. いを可能にし、アメリカ野生牛の力にも耐えられる柵を可能にし、牛類が次第に飼いならされてぎたこと、そして風車が. 発明されることにより、風車によって水は牧場まで汲み上げられるようになり、他の飼い主の柵は水路を妨害しなくなっ たこと。. 以上のような例示により、地理と法というデーゼを立証できたことを主張された。さらに加えて、比較法学者には、法. 一87一.
(14) が違った地理的環境に、とくに人口密度の高い地域に継受されると、どのようにかわるのかという問題もあることを提起 された。. 六 書語. ここで言語と法ということについて新潟大学の小島先生に影響をうけていることや大東文化大学の吉永先生にコ菖語と 法﹂に関する論文があることを知ったことなど挿話された後に、以下のように概説された。. e 概説 比較法においてやっと言語というファクターを発見したこと。おそらくは首をふられる人もであるでしょう. が、比較法には言語上の知識が必要であり、法と言語は一対になっており、言語は法律家の道具であるということを当然. のこととして知っているからであるという。ところが、われわれはある一定の言語、その構造および文法がある一定の法. に影響をあたえるのかどうか、あたえるとすればいかなる影響をあたえるのかを追求し、間題にしなければならない旨を. 述べられる。そして、法の構造は言語の構造に結びつけられているか、どのくらいの強さで結びつけられているかの問. 題、ある法的制度がまったく別の言語に移し変えられると、どのような効果をもつのかという間題を提起された。. この問題はアフリヵやアジアにおいて、植民地撤退後自国語が法律用語となり、英語が排除されるようになったとき、. それぞれの法体系にいかなる変化が生じたかの研究でしばしば言及されてきていることを指摘された。. そしてウィーンの著名ジャーナリストであるヵール・クラウスの﹁言語は思想のメイドではなく、その母である﹂との. 表現、あるいはステファソ・ゲオルグのいう﹁言葉が欠けているところには何物もない﹂という言明、そしてさらにコロ. 語のなかに、言語を通じてはじめて物事が成り立つし、存在する﹂というハディッガーの命題を展開しながら、言語と思 索に言及された。. 一88一. ( . 介 紹.
(15) B・グ・スフェルト教授講演「比較法の限界」一講演会記録を含む一(別府). 結局、言語は叙述の手段であるばかりでなく、認識の手段であるということ、言語を通してわれわれは自分達の世界を 認識し、秩序づけられるものと明言された。. 口 言語により創造されたものとしての法 このことは法にとって特別の意味を有するといわれた。なぜなら、言語な. くしては法的概念は何も存在しないからであるとして、いずれにせよ実定的に制定された法は﹁言語に拘束されたもの﹂. という。法的概念および法的観念は実際の世界には対応物をもっているものではなく、、言語なくしてはほとんど叙述不可. 能であるということ。それらは言語によって存在し、言語のなかに存在するものという。このことがわれわれに言語それ. 自体を教え、法は語られるもの、判決において、評決のなかで、裁判のなかで明らかになるものと、明言された。. ここで、例えば通訳の関氏との会話で、契約という概念をとりあげ、自分と関氏との間には契約という言葉はあるが、. 実際にこれに対応する現実のものはない。対象物として、におうとか、見ることとか、動かすということは二人の契約と いう言葉にはないので、契約は言語によって創造されるものであるという挿話がなされた。. その後、時間の都合により講演原稿の省略がなされた後、以下のように比較法のための教訓が述べられた。. 日 比較法のための教訓 ここで言語と法の関係を追究していくと、比較法学老に不安の種を与えることが述べられ て、以下のような論旨のほかに、挿話をつけ加えられた。. すなわち、言語によって、そして言語のなかに生きている法という対象が、他の言語に移し変えられると、法という対. 象に何が起こるかという間題。ある言語の構造が思考の種類と内容を規定したり、あるいはいずれにせよ影響を与えるな. らば、ある言語が﹃定の文化的にことなる思考を表現できるだけだということもある。しかるに、しばしばある文化の中. 心的表現を適切に翻訳することは不可能ともいわれているし、従来の検討結果ではこのことを考慮に入れておく必要があ. ることを強調される。なぜならば、われわれの言語の限界が、すなわちわれわれが理解することの限界だからであるとい うのである。. 一89一.
(16) ここで、例えば日本における﹁甘えの構造﹂の甘えとか、﹁行政指導﹂という二つの言語はドイッ語に翻訳不可能ではな. いかと指摘され、さらに講演で付け加えられたのは﹁法と文字﹂との関係も考えてみる価値があることを挿入された。法. と日本語の表現形式との関係ということになろうが、ここではグ冒ースフェルト教授の漢字に対する研究意欲が紹介され たQ. 七 宗教と法. ここで比較法の限界というテーマの三番目のファクターに入り、以下のように簡略に結論づけられた。. すなわち、宗教と法との間には緊密な結びつきがあることは周知の通りであること。明白なことは﹁歴史上、宗教ある. いは内心の世界の希望の原理はいたるところで社会的規範を根拠付けたのであり、現在まで影響を及ぼしているというこ. と﹂であるという。ここでドイッ法を一瞥すると、宗教的特徴がいっぽい詰まっていることに出会うのであり、とりわけ. 次のことばがあるという。基本権、平等、契約法、信義誠実、婚姻法、相続法といった見出し語が指摘された。ドイッの. 法は聖書によってユダヤーキリスト教的伝統によって、とりわけキリスト教的思考によって特徴づけられるという。そし. て教会はヨーロッパに、何が近代法体系であるかを教えたのであり、ヨーロッパの法体系はまずは教会の内部で基礎づけ. られたということが重要である。しかるに、ヨi・ッパ以外の観察者は西欧はキリスト教なしには理解でぎないといって. いるし、キリスト教のなかに西欧法の本質を解く鍵があることを、日本人との会話、とくに関氏との会話で十分に知るよ. うになったことを述べられた。そういったことも比較法にとり重要なことがらであるとして、つぎのような問題を提起さ. れた。すなわち、ある法的制度がある宗教的文化圏から解かれて、他の宗教的文化園に移植されうるのかどうか、その際. いかなる変化をその法的制度が宗教的転換によって被るのかどうかの間題が生ずる。宗教がモラルに対しいかなる影響を. 一90一. ( . 介 紹.
(17) B・グ・スフェルト教授講演「比較法の限界」一講演会記録を含む一(別府). もっており、そしてモラルが再び法に対していかなる影響をもっているかを考えなければならないこと。宗教的環境の変. 化は多くの場合道徳的環境の変化であるという。この変化が法的規制を強化したり、反対に無効とする程度にゆるめるこ. とができる。例えぽ離婚法をある国の法から他の国の法へ移植することを考えてもわかるはずであるという。. すなわち、同じような法律であるに拘らず、離婚率はそれぞれの国で違うのであり、さらに重婚の禁止の例も考えてみ. る必要がある。この禁止は多くのアフリカの国々でもおめにかかるが、実際には意味なく、判決を職務とする裁判官がア. フリヵでは重婚している例がある。このことを鼻であしらうようなことは比較法学者としてはしてはいけないことだ、と 述べられた。. 一91一. 八 結論. るという。ドイツの法律家はアメリカで生じている﹁損害としての出生﹂という問題などに遭遇していなかったが、ドイ. より新たな展開が換起され、ある一国の法律学の限界を打ち破り、法律学に普遍的な性格を呼び戻してくれるものでもあ. 刺激を与えるものであり、そして想像力を活発にし、われわれの手かせ足かせをゆるめてくれるものともいう。比較法に. しかし、比較法は法の条件規定性だけを示すものではなく、われわれの視野をひろげ、反省とか、新たな論証のための. し、それらを言葉で把握するならば、そこからいろんな効果が期待されるものである、という。. り、それらが法的思考に関する無意識の枠組を創ることを指摘したものだという。われわれがこれらのファクターを自覚. 示したものであること。そしてこの考察はわれわれの行為の地理、言語および宗教に条件づけられることを示したのであ. こと。とは申しても、以上の考察は重要であり、われわれの法、法解釈学、そして法の適用が文化に従属していることを. 結論として、以下のような要約をされた。この考察は法解釈学および法の適用に直接の影響をもつものではないという. ( .
(18) ツでは見たこともないような問題が明日にでも生ずるかもしれず、比較法は重要であると結論づける。ちなみにその損害. としての出生という問題︵O魯ξ富ω9呂窪︶とは、薬局にピルを買いに行った者に、その避妊薬を売らず、間違って別. の薬を売ったため、それを飲んでいて子供ができたというような場合、その薬局に対して損害賠償請求ができるかといっ た間題である。. こうして比較法はますます重要な役割を含むのであるが、われわれの法文化を外部に向ってより説得的に主張し、法文 化に新たな輝きをもちこむ能力をもっているともいわれた。. そして、最後に比較法学者に教訓を残しながら、ドイッの詩人ツックマイヤーのことば﹁人生の半分は運であり、他の. 半分は訓練である。しかしこの半分は幸運をともなう訓練がなけれぽ何事もはじめられないから、より一層重要である﹂ を引用された。. 比較法の限界を自覚し、同時に自信と勇気を胸に立ち向かうこと、チャンスと危険には同じ程度に立ち向いながら、比. 較法の限界を学び、その無力のなかで正しい評価を知ること、それは法という不思議に出会うと、驚きを知るから、常に 訓練を重ねる必要があるという。. ※なお以上の講演は要約されたものになったが、同教授の最近の著書﹃蜜8簿§αO言筥碧窪α霞園8辟ωぎお一29 =ロ豊︵ωδ富畠這oo藤︶にその全容が掲載されている。. ー講演後記ー. 講演会終了後、直ちに質疑応答に入り、活発な意見交換がなされた。聴講していただいた中に一般市民の方々もあり、. 百名近く聴講者が集まる盛会であったこと、ここで紙上にて感謝申し上げるほかないと思う。あらかじめ講演会用の準備. 一92一. 介 紹.
(19) B・グロスフェルト教授講演「比較法の限界J一講演会記録を含む一(別府). レジュメを配布して聴講していただいたが、講演内容のひろがりを正確にフォローしていくことのむずかしさ、そしてド. イッ語と日本語との相違点を耳から聞き分けるむずかしさをあらためて痛切に感じたことは申すまでもない。質疑応答の. 中でB・グ・スフェルト教授は言語の限界は思考の限界であるという含蓄ある内容に再度言及され、そして比較法にとっ. て重要なことは比較法を通じて自国法をもっと深く知ることであると繰り返された。同教授の研究所には﹁遠くへ行く者. は最後は自国へ戻ってくる﹂という意味の格言がかかげてあることをいわれた。これは比較法を知るために、他国を調. べ、他国へ行くけれども、結局は自国へ戻って、自国法を知り、自国法をよりょくするために、比較法が重要である旨、. などが解説された。ここで質疑応答に参加していただいた網屋喜行氏︵鹿児島県立短大教授・労働法︶、中村雅麿氏︵本学. 教授・民事訴訟法ご、山原芳樹民︵本学教養部助教授・ドイッ語︶、梅田幸信氏︵本学人文学科助教授・ドイッ語︶、そし. て法学科の学生︵塚田裕之君、福山晴美君︶に感謝申し上げ、講演会記録を閉じたいと思う。. 最後にB・グ・スフェルト教授のご研究と教育、そしてご業績の一層の発展を祈りながら、同教授との別れを無事に終 えたことを記しておぎたいと思う。. 一93一.
(20) B・グ・スフェルト教授講演「比較法の隈界」一講演会記録を含む一(別府). B・グロスフェルト教授の略歴と業績目録 ︵資料︶. λv7>眠卜︵閃①§冨一日︶ ︵蔑B×7刈唖ーマ冥達︶餅. 四・黛ロ×qHき7薄藺鵡國 一8Go禽. 問お3自αq勢頃鋤臼げ蕪αq計野q竃山房貯段頃蕗樽韓轟蟷. 一〇8描. お爲腐. 郎磁繭昨︵鴫巴¢︸dω︾︶. 踏韓轟睡︵鼠薗ロのけR︶. 画 譲口涛翼甥吟譜. 酬錦跳螂檎ー涛翼螂ゆ欝. 一〇爵甜. 国簿獣獣3江oロ︵↓蛛げ言αq曾︶︵増蕗一醸蕗︾繭璃蕗”導欝踏︸ 囲鰯興踏︶. 一〇㎝刈禽. 一り①①禽. おOO禽. ○●℃8n ︵竃麟房一g︶︵壌圖露・圖購弾郎”繭璃郎鶉湖蝋漁︶. 韓喪漁︵の9瓜薦oε. ρ剛8暁●︵Oα辞ぎαq魯︶. ごお禽. 糠雲漁︵家言斡震︶ー蜘酎蛛磯. 這8岳∼お岳. ごo。。 G禽. O騨9. おお禽 O飴Bぼ箆晦Φ︵q溶︶. 勺﹃Oh①¢o 一〇$禽i謹岳−認廊 ︾暮︾き9︵qω>︶ o O繋. おooN岳 ωo瑳芸R竃o窪o象の栓︵dω諺︶ ごooω禽 U口犀Φ︵qω︾︶. 一95一. 四.
(21) 資料. 田・黛ロNqH︾7薄満藩欝凹難. ωo耳一坤○薯Φ嵩Φ凶9巳ω噂﹃ohU戦●ω●O容ω駄Φ箆. 田昌9く①呂陳①葺=oどp鵬曾. U一Φ即ぞ緯ω窪臥①一〇①ど一愈ω●. 卜葬一Φ謁①ω①=ω9織詳d.暮。旨筈β8舞8NΦ導声ぎpq&困Φ言畏瓜。鼠さ一8。。鳩罐q9. 。富冨O。B冨巳①の︸嘗H暮Φ鴇跨凶8巴曽亀98&ご。隔9暑巽暮守Φ い餌ヨ 竃き謎①BΦ算餌&○。葺巨。眺竃餌詩①鑓三Φq. 。黛8ζ︸. 一96一. ご犀︸嶺Ooっ● 田巴ω。。 。αqΦ=の9臥けg一旨一昇R畠江8巴①pω酔①琴践①。算堕る翼お。ω。. ギ罠ω侮。ω買①旨畳8”一8窪藁占民誰議。反霞①身p一。刈9謡。の の窪oω器房9鋤津巷α更鴨9離βお誤︾鰹ψ. O①8のωΦ房。ご津。F凶震3=の8Φg賃&窯一g9の5呂ω昏風①巳巨αqΦp一零ρ漣¢︵巨什蜂昌pも①ε N一く鮮Φ。窪巴。 りOΦω雷一葺紹ω程凝p⊃σρごミ︸8ω・ ︸ ︶. 閃一鼠ロ貸8窪 一Scooo麻ooω、. 。P80ψ ω富包言閃8冒け①冨魯一。p巴ΦωO①ω①一一の。鼠即段Φ9“おo. 9①曽爵。ヨ旨Φ房什雲震ー○。の畠凶9≡09の疑&冨αq①蔭&お。耳ωくΦ茜一①一魯。区段︾房拶貫一◎o。ご認ω。. 。げ磐09Φ8ωω①房9臥$p巨≦①gげ睾Rダεo。ご臨ω●︵巨貯寡ωq巽︶ ≦。冒琶αQ。. 。ど巴ω窯帥雲鴇ユ讐 ω〇一茗①巻毒耳①像。ω一曇段p葺一〇尽一魯<①二鍔αqω冨。げけω冒α段&旨ω畠臥島oび曾マ畏一9ごc. 8ψ︵巳け2窪臼きp︶. αq.
(22) B・グ・スフェルト教授講演「比較法の限界」一講演会記録を含む一(別府). 。 噛5①ρ q葺。霜魯馨房げΦ名①旨琶αqぎO。ωΦ一デ。訂h房冨・算レOo。。. 鼠8窪琶山Oぎ日呂g傷忠寄9$く。﹃oq一Φ凶9目酋ω凶。げ①畠一〇灌. <Φほ器ω琶αq零。魯二一9Φ望8爵8ひq①αq魯①言Φ諏且g猛αq留ω≦。ぎ轟ひQ路。馨置呂鼠嗅a耳8算即 国α冨おooN. ︾鼠鼠訂Φ. 。boO. 寓8亀ω磐o江o房h9醇。鋤魯o門08π8費言餌OoBβ§凶斡問88βざ鳶帰亀①ダい一〇. 国8算α霞図昌o℃巴ω昌8≦一旨の。富津甜。BΦ一房9臥鹸目α冨葛o冨一Φω寄o算”冒の一8ρω焦. 一97一. 9Φ︾3爵Φ召唇αQ留吋閑8耳臥晋蒔ぎざ︸畦一ω鉱の畠窪評窃8g︸菊きΦ一ωNoo一︵ご爲︶一. 国αo訂ε①携α三一。耳o詳山角閏3。呂8甑日5琶αq器山訪拐≦昏ぎ鉱薦巳ωUユ#oび︸N一80。い二ω. 7習一窪寄旨&。言画RくΦ誘一9興猛αqの&答ω9織“嘗名。客ぴΦ名Rげ緯。。>焦αq筈Φ︵おOoo︶ω●一8 U一Φ℃&江鴇ぽ↓鍔oq名①即o儀①﹃名93。≦Φ誉呂o一三ぎ一讐名露名一80。”認O. 一巳餌巳房90>易屏昌津亀旨o鐸曾瓢&繋巴9象8冨︾誘ざ鼠房奉吾o魯Φ首冒審旨碧δ艮一鶏ω3ま貸8拝︸冒”男霧房oξ一坤h 国一9器房︵ぢ鳶︶ω●嵩o. ︵一〇濾︶ψ一8. 踏駄εh一一。耳く。お一9。歪βぎ≦節民。ど<①議幽魯。建謁ω&ほの。ぎ#ご刈♪80. ギ〇三①幕傷段響9冨奉茜一。一9暑αq言く巽。三αQ3ω富舞魯く8︾呂oユ冨ーO・昌の。ε帥鼠讐ぎ”蜜ぴ9のNωO︵這胡︶㎝. 。. N舞曽δ&o匹琶αqα段︾需鼻o参・彰α唾の夢8ユ曾5一g①3碧一〇3一窪O¢ω。房o訂㎞房39fす司Φの冨9ユ津い≦8けΦ言四召. N畦O①繋ぼ9びαR︾8旨①召旨ひqの箕。三。旨舞涛げ。︸奔算一魯ひqΦωΦ=のo訂津oo︸寄び。一のNωQ。︵ご謬︶oo魔. U一巳oB鉾一ω9Φ醜ω9暮Nh欝>蓉一窪αq・器胃の9臥け魯琶島︾算一〇鼠吋p空名お趨”0曽. 。.
(23) 資料. 鼠巳江墨江8巴Φq暮。醤魯臼霧魁ω幻罐9昏αqω冨o望Φβ︾O一〇胡”一 ︾隔蒔①目Φ営Φ<霞巴魯輿替αqo。σΦら轟琶αq鍔仁且O。ωΦ冒凶轟雪≦g9①暑Φ旨。。ー. げΦのo年習ざ轟ΦP陣貸舅oω冴oξ陣津晒●国①ぼ賃ω9且隻︵おお︶ω・O鴇. 頃窪℃ε暮葬①伽段内餌冨①浮8窪ωω口け&。巴暮凶くgα竃騨ωけ①p名。=寄δ聾N国ゆ一鼠︵這ミ︶&N. 幹跨93三弩。幕ω︾蕊①島け窪ω吋お。算9冒耳ゴ9眺●固g震器瓜。畠一①の寄9けご︵一箋O︶一ミ. 汐。菖①幕山Rq暮Φ旨魯幕房謡焦器ω騒四冒器。算ω三ω8ユω魯段唇山お。鐸のく。茜蚕魯Φ且gω8算”. ︾O一〇ミ噂零︵ 息 酔 国 σ 闘 。 ︶ 。g9αRO。8のの魯臥誘8<&Φくgお刈ω︸ ∪一。ω$=轟αq留ω<o﹃ωg且Φ。 霧切。Φ馨冨同︵浮のαq”y男昏毒pαqの篭。三Φ語置o㊤きω鴇房9畳3ω.一。。駅”一〇ミ︵巳け君。一︶. U一ΦOBげ悶節9凶089α①吋丙α6①諾oざ津ω$8誕臥o吋B︾出”且ビ9”. U①葺ω9訂&\Z一aΦユ騨区Φ︶N巳爵魯ご罫.趨総︵お刈。。︶ 蜜巳貯冒象一。墨一Φロ且g瓜g巴①ωo箋。凪風鼠“冒ωご刈o。”お. 国詩菩・おβ且冨凶畠響N①8憎O国Oo厩賛ヨ出江昌畳8鈴①ぎ審旨筈gの9NO殉一Ro。℃温①︵邑け山魯琶吋︶ <①冨一9Φ盆凋影幽ω魯器窪ωく①筈馨醤ひQ”N<Φ冴≦房ω。一零o。りω8︵巨け国啓8吋︶. U一。冒葺一鍔酔一8巴曾昏起曾舞言gぎH暮Φヨ蝕8巴窪ら 。$垢垢霞。。算セ“望膏鐸。延角U碧房。ぎpO霧色鴇富津噛宥 <α穿①旨g茸一〇。︵ご刈o。︶︶お. 9g三膏ひq魯。竃&Φ揖9ぞ。冨江。紐>09嵩畦畳く⇔≦署。︷O。8。鐸8ぎ語﹃言9。α巳け&ω鼠帯ω餌&曽8℃ρ >臼畳。曽︸。畦鋸一。hO§冨声江く①ピ累N。︵お刈。。yωS︵昌砂宰ぎ︶. N畦凶賃琶一冨9房象ωざω。。一。pく貫山g国肖警2≦ω犀ξぎ響藝詞一ωの岩ω。訂坤仁&尿&5ぎ瓜9α8評一く讐器3房ぢ一。・ 密穿ぽ§αΦ旨僻︵一鴇o。︶b。3. 一98一一.
(24) B・ゲ・スフェルト教授講演「比較法の限界」一講演会記録を含む一(別府). U一Φ﹃⑦9房唱。一三の9①o じ 窪博Φ昔茜画g距ド瓜Φ凝3①房g鉢ζ影︸帥ぼど且①芦嘗箸一のω磐ω。富津“民国&5鼠ぎ・号の. 汐ぞ暮冨9♂言一〇■冒ぼど且。答蒔︵一鷺O︶認O. Uδ↓①ぎ魯暮げ段8耳蒔葛㎎3。ξ巽RαQ畠魯昌魯累≦耳ψ冨門ぎロO霧Φ冴昌轟豊陣p猛茜籔島話3置巨唇αq窪く8 溶碧搾巴鴨のΦ一訂。訂即窪ロ&O窪8器房。鼠坤β︾〇一りβ一鵠︵巳けoo℃。目弩帥目︶ 080器Φ房9織けロ&国げ戦8餌臼“Nαq20①3<ごお”鴇﹃. 臣。馨孟鋸江b巴魯ぎ冨旨。ζきp器曽。。8恥N自軍。3弾江。琶互窪藷紆。。誰旨ωg聾器。耳伊ヨ誹ωg帥津鐸巳 。ρ一8 則。o鐸︸一〇〇. 謁d房審芒ぎ宴。津3呂侮︸畦δ箕&。冒育頴の房いギ弾軌・内麟g馨﹃︵おo。O︶ω.ω. 弓?田魯二一巳ρNO國あ。且。讐。津卜。”ψ謡一︵藍け冒8脚震︶ 9①℃昆厩轟αq留ω冒ぼo器房9冒霧Φのぎ鴬。算・儀g軒じ. a98. 。。鼠諄&器①p。。。富P冒“o。嵩冒騎霞︵ご o①霞σ。︶卜匿匙窒誓げΦ閃霧幕伽霧 臣①箒暮一αq窪ぎ凝9ρげ魯αg寄gけの−養“O畠Φ一一。. 旨B冒ぴ養賃召5。。O︵ご。。O﹀S ω6窪鳥ぴ。馨美藝αQ①づ霊ω置ユω江ω9gωざ鍔乏擢ぢ。。oOO㎝. 9費三鴨篤9①9g凝仁&ご貰魯讐蕨“9ωギ〇三①5傷霞ロ8算o諺g圃aω9窪>器鼠F電留図ごo。ど鷺① ︾o簿。葺塁αq窪○いの鎖餌旨言茜い︸Nお。。どN鷲. 沁8拝一協9。○茜塁一霧瓜8山輿dg①醤魯馨p蓉伽山亀d艮¢霧3需房く震y呂ρ一簿Oo馨ω9㊤ωq&ω。&Φ江。. o“卜搭o。どoり・認 嬢凶旨ω。冨津巽①。耳︾ωg象2N§窪ω鼠&謬9雀琶傷一轟Φ醤鴇一8巴窪ギ一毒貫8算サo q葺。露簿§房ぴ。蓄講養験巴。。湘。。算ω鷺。三。β思おo。押90・①蒔一. 冒3鐸象一8巴①の一房o窒窪巽8簿ぎ詞鶏傷窪鴫Nモおoρど露㎝ ωo名R讐夷<o嵩︾纂o諸8目q暮。容魯ヨ・P葛一。o。どω・刈8. 欝津麩oq磐Φ邑さ鶯暮@q博曽坤醤αqψσ窃9憲畏猛αqサ<。議一9Φ凄轟”dBく⇔一,け。冒躍”哨窪房房畠ユ即9一凝︸じoα.・︵お。。⑩︶一一一. 一・99一.
(25) 資料. U一Φ︾叢&琶鐙げ。一侮震︾5ω。露一&轟αq窪ω①貯段頴3。8護①の&の9臥“NO沁ξ。。帥噂に一. 曽Φ30葺ΦαRd鼻Φ旨魯β①房富名霞言躍”頃。の訂。年寮竃。器で国塁。N︾ぢo。僧ω・おo ∪島∪声蓉餌”OΦBΦ一馨9N蒔ぎ一依Nお①3<ぢo。卜。”一①ω︵鼠酔鼠。鼻富霧︶. U一の︾ぎ一8㌶。 。ざ轟o−p唇器9首号葺。。9魯寄。算︸葛おo。鱒㎝o。O︵且け鯨o&一8︶. ω富奉注9Φ距島且鱒毯㎎魯αRO旨ぴ山売既o村β一貸ω8ぎ段鮮鋤ご9①N艮§津山霞Oヨげ餌一〇〇。ρω●o。刈. ωけ建闘εeユ震百窪山窃切賃&h暮5目α℃ユ毒貫①魯二一9①O渥普δ讐ご易♂§魯一菖国?ω貫①一。ダぎ出啓器鴎. ω暮。一毎R黒R3魯象ロ&山①三鴇冨¢菊暮段旨汀器冨3おo。ω︵B詳国9Φ︶. 9冨90q&肉8 算 ︸ 養 一 〇 禦. N器︵お譲︶認O. 偉・餌・︸. 一手00一. 。. 浮ヨ一舞o旨讐一8巴窪℃ユ奉葺8耳号ω臼o一魯8身暮窃ぎ言窪声語国翼おo。ω”①ρ︵g答区ひ茸R︶. 誓9び窃箕Φ魯昌鴨昌. Oo臼℃g霞縄且菊89︸︸Nおo。群. O鳥恥段Φ. ≦。。9Φミ国娼pN房2①罐。ω鼠洋呂αq山Φωω9≦。一器ユω98︾器一Φp賠魯β蜜げ巴ω. 図羅。馨一ρ9旨α坤甜臼山Φの一箕。旨讐一。β一。pω一。8賃8算9N国沁犀ρ器刈. Oo尽&uOoらo審戯o房岡p男段呂8瓜くρ国3ω一のNβ︵一〇蔚︶か8. 贋淳⑦boΦ邑魯震暑鴇く。旨。8臣幻一sρ禦. 切冨ξ8ぎd舞。3gΦ二一㎎琶㎎段&げ。魯簿&博鴇εo。N︸50 。O 男oω房。日一津N名。蒔Φ“閃き。冨N癖刈︵一〇〇。o 。︶一。. 。. 』o篇言.
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