言語能力の育成を図る中学校国語科学習指導の研究 : 到達目標と学習の主体化からのアプローチによる授業構想を目指して
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(2) はじめに. 孔子の言葉に、﹁中庸の徳たるや、其れ至れるかな。民望なきこと久し。﹂というのがある。この言葉の本質 は、どちらかに偏ることなく、中立性を保つことの大切さを説くものである。. 筆者は、これまで、授業に対する二つの思いを抱いて、国語科の学習指導に取り組んできた。 一つには、﹁授. 業の楽しさを実感させたい﹂という思いであり、二つには、﹁このことだけはどうしても理解させたい﹂という. 思いである。前者の思いを意識しすぎると、﹁活動あって、学習なし﹂という結果を招いてしまい、﹁何を学習. したのか分からない。しかし、なんとなく楽しかった。﹂という学習者の反応を呼び起こす。 一方、後者の思い. を意識しすぎると、﹁学習あって、活動なし﹂という結果を招いてしまい、﹁なんとなく分かった。しかし、ぜ んぜん楽しくなかった。﹂という学習者の反応を呼び起こす。. このように、これまでの筆者の授業は、どちらかに偏りすぎてしまうか、どちらにもあてはまらない、すなわ. ち、﹁学習もなければ、活動もない﹂というものが多かったように思える。このような授業を展開してきた背景. には、国語科の学習指導を通して、どんな国語の力、すなわち言語能力を育成するのか、といった極めて本質的. な認識が薄れていたのではないかと考える。また、たとえば、﹁読むこと﹂の指導は﹁読むこと﹂を通して、﹁書. くこと﹂の指導は﹁書くこと﹂を通して、といった考えが強く根付いており、﹁読むこと﹂と﹁書くこと﹂とを 一体的にとらえるという発想がなかったのも反省点の一つである。. そこで、学習者が、国語科の授業に対して楽しく意欲を持って主体的に取り組み、﹁話す﹂、﹁聞く﹂、﹁書く﹂、. ﹁読む﹂、といった総ての言語活動を経験する過程において、確かな国語のカ、すなわち言語能力の育成を図る. ことができるような授業を構想したい。しかも、国語科の授業を通して、普遍的な価値形成への志向も意識させ. たい。このような授業に対する理想像を思い描いている。これが、本研究に取り組むこととなった動機である。.
(3) 目 次 はじめに. 序 章 研究の目的と方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・⋮9・・・・⋮. ● 可⊥. ・ QU. 第一章 国語科における”あるべき言語能力〃. 第一節 言語能力明確化の意義・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・⋮. ・ QV. ・45. ・27. 第二節 言語能力のとらえ方の諸相・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・⋮ 第二章 到達目標としての言語能力. 第一節到達目標設定の光と影・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・⋮. 1到達度評価との関連を中心に一. 第二節 ﹁到達目標研究委員会﹂の作成による到達目標の検討・・・・・・・・・・・・・・・⋮.
(4) 第三節 授業構想に機能する到達目標・・・・・・・・・⋮. 1中学校国語科到達目標の系統化を目指して1. ・・・・⋮63. ・55. 第一節 学習の主体化の原理・・・・・・・・・・・・・⋮. ・・・・⋮69. ●. 第二節 第一学年単元﹁届け!森からのメッセージ﹂の実際 ・. ・・・・⋮79. 第三章 到達目標と学習の主体化からのアプロ⋮チによる授業構想. 終 章 研究のまとめと課題・・・・・・・・・・・・・・⋮ おわりに. ︽資料編︾. ※ 引用資料中の仮名遣いは、原文通りとした。. ※ 引用資料中の傍線・︵中略︶は、特に断りのない限り引用者による。.
(5) 序章 研究の目的と方法. 国語科学習指導の本質的な営みは、言葉のカを育むこと、すなわち言語能力を育成することである。﹁話す﹂、. ﹁聞く﹂、﹁書く﹂、﹁読む﹂、という言語活動を通して、言語能力の育成を図ることが、国語科教師としての使命. である。学習指導要領においても、﹁言語の教育﹂としての立場を重視し、国語による表現力や理解力、すなわ. ち言語能力の育成に主眼をおいた目標を定めている。また、言語能力としての表現力や理解力、言語事項に関す. る内容が、指導事項という形で明確に示されている。﹁国語科﹂と﹁言語能力の育成﹂とが、不離一体の関係と. して存在する事実に異論を唱える余地はない。国語科の学習指導は、言語能力の育成を目指して展開されるべき. である。したがって、指導者は、この言語能力を明確にとらえて学習指導を展開させなければならない。. ﹁新しい学力観﹂が教育界に登場して以来、学習者の﹁関心・意欲・態度﹂といった情意的側面の能力の育成. が重視されるようになった。﹁生きる力﹂も、基本的には、この﹁新しい学力観﹂の理念を継承させている。. このような背景の下、学校現場においては、視聴覚機器を多用しての発表活動や、情報通信ネットワーク等を. 活用しての調べ学習及び、体験的な活動が多く見られるようになった。これは、学習者に学ぶ意欲を持たせ、主 体的に取り組ませることのできる場を保障したいという思いの表れを意味する。. 学習者に対して、学ぶ意欲を持たせ、楽しく、主体的に学習活動に取り組ませていくことは極めて重要である。. しかし、学ぶ意欲を喚起させたり、主体的な学習へ取り組ませたりすることと、言語能力の育成を図ることとは、 一体的にとらえられるべきものである。. 言語能力の育成を重視しない授業構想は、学習者に到達させる目標を曖昧にさせることとなり、 一方、学習の. 主体化を重視しない授業構想は、学習者の学ぶ意欲や主体的な学習への取組を阻ませることとなる。. 本研究では、言語能力の育成の視点、すなわち到達目標の視点に立った授業の在り方に関する考察と、学習の. 一. レ.
(6) 主体化の視点に立った授業の在り方に関する考察とを通して、到達目標と学習の主体化からのアプローチによる 授業構想を提案することを目的とする。. そこで、まず、第一章において、言語能力を明確化することの意義を述べ、言語能力のとらえ方の諸相につい. て、諸氏の論を検討して考察を加え、国語科における“あるべき言語能力”を導出する。. 次に、第二章において、授業を構成する要因について﹁目標論﹂の視点から考察を加える。それをもとに、言. 語能力を到達目標としてとらえ直すことの意義と、到達目標としてとらえ直す言語能力の限界について述べ、理. 想的な到達目標が備える条件を提示する。そして、その条件を観点にして、﹁到達目標研究委員会﹂が作成した. 到達目標について検討し、授業構想への結び付きを可能にする﹁中学校国語科到達目標﹂を試案として提案する。. さらに、第三章において、授業構成の成立要因としての﹁内容﹂や﹁方法﹂、また﹁学習者の実態﹂といった. 視点からアプローチしていく授業構想についての考え方を﹁学習の主体化﹂という立場から考察し、中学校国語 科第一学年単元﹁届け−・森からのメッセージ﹂の実際を提,案ずる。. 以上のような構成で、到達目標と学習の主体化からのアプローチによる授業構想を提案していきたいと考える。. 授業構想に当たっての﹁到達目標﹂と﹁学習の主体化﹂という二つの視点は、言語能力の育成を図る中学校国. 語科学習指導の研究における柱であることは言うまでもない。国語科教師の使命は、言語能力の習得を図ること のできる学習指導を展開させていくことであると前述した。. この使命の中に、言語能力の育成を図る国語科学習指導の展開過程において、普遍的な価値形成への志向を意 識化させることのできる国語科教師としての使命も内包させたいと考える。. 一. 一. 2.
(7) 第一章 国語科における“あるべき言語能力〃. 第一節 言語能力明確化の意義. 国語科の学習指導要領が改訂されるたびに言われ続けてきたことがある。それは﹁言語の教育﹂としての立場 の明確化や重視である。. 改訂にともなっての、いわゆる目玉的なキーワードはあるにせよ、国語科が﹁言語の教育﹂としての立場を重. 視しようとしていることは、次に示す教育課程審議会の各答申内容から明らかである。. 小学校、中学校及び高等学校を通じて、児童生徒の発達段階に応じて、内容を基本的な事項に精選する. とともに、言語の教育としての立場を﹁層明確にし、表現力を高めるようにする。三一. 小学校、中学校及び高等学校を通じて、言語の教育としての立場を一層重視しながら、国語に対する関. 心を高め、国語を尊重する態度を育てるようにする観点から、音声言語と文字言語にかかわる表現及び理. 解の内容について、児童生徒の発達段階に応じた基礎的・基本的な事項を取り上げて構成する。注二. 小学校、中学校及び高等学校を通じて、言語の教育としての立場を重視し、国語に対する関心を高め国. 語を尊重する態度を育てるとともに、豊かな言語感覚を養い、互いの立場や考えを尊重して言葉で伝え合 う能力を育成することに重点を置いて内容の改善を図る。注三. 学習指導要領改訂のたびごとに﹁言語の教育﹂としての立場が重視され続けてきた背景について、飛田多喜雄. は、昭和五一年一二月の教育課程審議会答申に注目して、﹁これまでも、言語の教育を目指さない国語科教育は. 無かったはずであるが、それが、いろいろな事情によって、指導のねらいが不明確になったり、 取扱いが不徹底. になったりして、必ずしも国語科本来の目標が十分に達成されていなかったという現実から、 改めて一層の明確. 3. 馴. 一.
(8) 化が強調されたものと思われる﹂茜と述べている。指導のねらいが不明確になるということは、国語科が陥り. やすい欠点である。国語科が﹁言語の教育﹂としての立場に立つことの認識は、理念として指導者の意識の中に. 内在されていたとしても、国語科で達成させるべき目標が明確にとらえられていないために、理念が具体化され ていかないのである。. また、昭和五﹁年教育課程審議会の委員の∼人であった岩淵悦太郎は、﹁言語の教育﹂としての立場が重視さ れるに至った必然性を次のように述べている。. 本来、国語科では内容をいかに言語で表現しているか言語で表現されたものから受け取られる内容は何. か、言語表現を通じて内容を受け取るための力をつけるのにどうしたらいいかということが目的のはずで. ある。場合によっては社会科的、理科的になるのもいいとしても国語教育の教室は言語教育の場であるこ. とを忘れてはなるまい。あくまでも、言語で表現されたものから、どのようにして内容をとらえ、あるい. は内容をどのようにして言語で表現するかを考えるのが国語科の目的ではないか。注五. この指摘の背景には、国語科が、﹁言語の教育﹂を目指すものであるという確固たる目標観が存在している。. ﹁内容をいかに言語で表現しているか﹂の﹁いかに﹂の意味するところは、﹁内容﹂そのものの理解が直接的に. 目指されているのではない。そのような﹁内容﹂を﹁言語﹂で表現させ得た﹁表現力﹂そのものを学習すること. を国語科として目指すことの必要性を説くものである。また、そうして身に付けた﹁表現力﹂を使って、他者へ. 伝えるための﹁内容﹂を自分自身の中に構築させていき、目的的な営みの中で具体的な﹁言語﹂となって表出さ ヘ ヘ へ. れていくのである。﹁内容﹂を﹁内容﹂で学習することが目的ではない。﹁内容﹂を﹁言語﹂で学習することが. 目的となるところに国語科の本質がある。しかし、国語科本来の目的が、諸般の事情により十分には達成されて いなかった現実も一方では存在する。. 飛田多喜雄は、この諸般の事情を次のように述べている。. 幽. 一. 4.
(9) いろいろな事情とは、指導に当たる当時者の立場や観点によって、. る思想内容にのみ傾斜をかけて形式面の指導をおろそかにするとか、. 人間形成の名のもとに、教材の蔵す. ﹁活動を通して言語を学ばせる。﹂. と称しながら、豊かな経験や活動の広がりだけに心を奪われて言語面の指導を手薄にするなど、国語科の. 特質や固有の使命に対する考え方や方法観にかかわる見解の揺れということである。具体的には、表現指. 導︵話し方と作文︶や理解指導︵聞き方や読解・読書︶の全面にわたって、教材の吋容的価値による教育. 性︵陶冶価値︶や学習の経験的価値による教育性︵同上︶を重視するのに対して、それを支え、表現の契. 機となっている言語の機能への着目や指導が極めて手ぬるかったということである。注占ハ. 飛田多喜雄が指摘する諸般の事情を総体的に述べれば、﹁教材の内容的価値による教育性や学習の経験的価値 による教育性の重視﹂ということになるであろう。. 教育基本法にも示されるように教育の究極の目的は、人格の完成を目指すところにある。各教科の学習指導が、. この目的達成を目指して行われることに異論はない。国語科としても当然である。また、学習指導を主体的な学. 習活動を中心に展開させることによって、学習者の自ら学ぼうとする意欲を育てたり、自らの力で課題を解決す. ることのできる力を育てたりすることも、当然重視されなければならない。このことから、国語科の学習指導に おいても、次のような授業展開が成り立つことは容易に想像できる。. たとえば、価値ある文学作品を読んで主人公の生き方やものの見方、考え方に触れることによって、自分の生. き方に対する自覚を深めたり、ある対象に対する自分のものの見方や考え方を深めたりすることをねらいとした. 学習指導が展開されることがある。また、主題や主義・主張に関するテーマでの討論会と称して、学習者が活発. な意見を述べ合う。そして、その討論会を通して深まった自分の考えを、視聴覚機器を多用して第三者に向けた. 華やかな発信型の学習活動の場に学習者を立たせることのみを意識した学習指導が展開されることもある。もち. ろんこのような授業展開の総てを否定しようとは思わない。むしろ、国語科の学習指導を通して、人間形成を図. 咽. づ.
(10) つたり、主体的な学習者を育てたりすることは、極めて重要であり、大いに奨励されなければならない。. しかし、実際の国語科学習指導においては、文章表現とはまったくかけ離れて恣意的に主題を考えたり、要旨. をとらえたりすることや、自分のものの見方や考え方を、文章の叙述に即した理解を基盤にして深めていっては. いない場合が見られる。また、討論会での発言内容がそれぞれ単発的であったり、相手の考えや確かな根拠に基. づくものでなかったりして、ただ思い思いに好き勝手なことを述べ合っている。さらには、目的意識や相手意識. が希薄な発表だつたり、やたらに手段としての視聴覚機器の活用が目的化したりしてしまっているといった場合. が見られることもある。このような授業では、﹁言語の教育﹂としての国語科の学習指導が、どこにどういう形. で存在したのかという、国語科学習指導の本質論的立場からの客観的な問いかけに対して、もはやその答えを見. つけ出すことは不可能に近い。客観的にその答えを見つけ出すことができなければ、学習者にどんな言葉の力、. すなわち、どんな言語能力が育成されたのか評価することは困難なことである。評価に曖昧模糊とした温床を植. え付けさせているということは、裏を返せば﹁どんな言葉の力を国語科においては育成していくべきなのか﹂、 という学習目標の曖昧性を露呈させてしまっていることをも意味するものである。. このように、国語科教育としての学習指導が、到達すべき目標の設定を曖昧にして展開されること自体あって. はならないことである。しかし、日常の国語科学習指導を総体的に冷静に見つめ直してみると、﹁言語の教育﹂. としての立場の重要性は認識していながらも、飛田多喜雄の指摘する諸般の事情が結果としては、授業を構築し. ていく際の最重要事項として意識化されているのである。そのような意識の下で展開される学習指導においては、. 言葉の学習を二次的に考えた学習指導、つまり、初めに価値内容の追求や主体的な活動があり、結果として言葉. の力が身に付くであろうと考える希望的観測による学習目標到達観が推察できる。もちろん、価値内容の追求を. 通しての人間形成や主体性の育成を目標に置くことは重要なことであるが、それらの目標は、国語科独自のもの. ではない。国語科以外の各教科やその他の教育活動の総てを通して達成されるべき性質のものである。このよう. 葡. 一. 6.
(11) に考えると、国語科が本来担わねばならない学習目標が何であるのか、この具体的な解明が何よりも重要となっ てくる。. ﹁新しい学力観﹂や﹁生きるカ﹂に象徴される﹁自ら学ぶ意欲﹂や﹁主体的な問題解決能力﹂の育成も、国語. 科の学習指導においては、必ず﹁言語の教育﹂が内在されなければならない。言葉を通して自ら学ぶ意欲を育て. たり、主体的な問題解決能力を育てたりすることができてこそ初めて、真に国語科の学習指導として評価できる. のである。国語科における、あるべき言語能力”を育成するために、教材の開発や教具の活用を通して学習への関. 心・意欲を喚起したり、主体的な学習活動を展開したりするのである。まずは、明確な学習目標が存在し、その 目標達成の手段として学習方法が工夫改善されるのである。. したがって、指導者の立場としては、﹁何を指導するのか﹂という目標論と、﹁何を指導するのか﹂の﹁何を﹂. を、﹁何を用いて、どのように指導するのか﹂という教材論も内在させた方法論とを授業構想の視点として持つ. ことが要求されてくる。目標論を欠いた授業構想は、国語科本来の使命である言語能力の育成を図ることを遠ざ. け、方法論を欠いた授業構想は、学習指導の形骸化や硬直化を促進させるばかりでなく、学習者の主体性を妨げ. るという、そのいずれもが負の作用として機能することが推測できる。また、明確な目標が設定されないまま方. 法論ばかりを追求していく授業構想は、いわゆる﹁はいまわる学習指導﹂となる危険性をともなう。. しかし、国語科の学習指導を通して育成するべき言語能力が明確にされており、その言語能力の育成を目指し. た教材の開発や教具の活用、また、主体的な学習者を育成するための学習方法の工夫改善がなされるとするなら. ば、そこには、﹁言語の教育﹂としての立場が重視された国語科学習指導が存在することとなる。. なお、学習指導方法の工夫改善に力を入れた授業構想の裏には、藤原宏が、﹁授業者は皆だれもが、自分の指. 導によって子どもたちに付与したい国語の能力を心に描いているはずである。もちろん、その描いている能力に. 客観性が伴うよう努力し研修もすることであろうが、付与しようとする国語学力に対してなんの定見もないまま. 一. ■. 7.
(12) に授業はしていないはずである﹂注七と述べるように、指導者としての国語能力観、すなわち言語能力をどうと らえているのかという言語能力観が存在しているであろう。. しかし、指導者によってこの言語能力のとらえ方が曖昧であってはならない。言語能力のとらえ方が曖昧であ. るということは、前述したように学習指導を通して達成させたい学習目標が曖昧であることを意味する。学習目. 標を明確にした学習指導を展開し、学習者に対して、国語科における,あるべき言語能力”を確実に習得させると. いう国語科本来の使命を達成するためにも、言語能力の明確化は最優先課題として国語科の授業構想に位置付け. 注一. 昭和六二年一二月 教育課程審議会﹁幼稚園、小学校、中学校及び高等学校の教育課程の基準の改善に. 昭和五一年一二月 教育課程審議会﹁小学校、中学校及び高等学校の教育課程の基準の改善について﹂. られ、その内実が解明されなければならないと考える。. 能訳 ついて﹂. 平成一〇年七月 教育課程審議会﹁幼稚園、小学校、中学校、高等学校、盲学校、聾学校及び養護学校. 飛田多喜雄﹃国語科教育方法論大系1 国語科教育の実践理論﹄明治図書 一九八四年五月三四ページ. 注三. 注幽. 岩淵悦太郎﹁空気と水と言葉と1国語教育はこれでよいか一﹂﹃日本教育新聞縮刷版﹄︵昭和五一年版︶. の教育課程の基準の改善について﹂. 暗五. 注六. 藤原宏﹁今、なぜ国語学力なのか﹂﹃教育科学国語教育﹄三〇〇号 明治図書 一九八二年四月 =一〇. 注四に同じ。三四ページ 引用文中の傍点は、飛田多喜雄による。. 日本教育新社 一九七六年二月 七五ページ. 二七. ペ ージ. 8. 闘. 噌.
(13) 第二節 言語能力のとらえ方の諸相. 第一節において、すでに、国語科学習指導における本質的使命は、言語能力の育成を図ることであると強調し、. 言語能力の内実を解明していく営みが、国語科学習指導で達成すべき目標を明確にすることであると述べた。. そこで、本節においては、国語科学習指導における到達目標の明確化に当たっての前提に位置する言語能力の. とらえ方について、諸氏の論を検討して考察を加え、国語科における、あるべき言語能力”を導出する。. ︵. D 発達的構造側面からとらえる言語能力. 次に示す︿表﹁﹀注一は、宮川利三郎が作成した﹁国語基礎学力表﹂である。. 第三段階︵上層︶. 第 二 階 級︵中 層︶. 支持的言語能力. 第一段階︵下層︶. 1 考えをまとめて話す. 1 正しくききとる2 相手の意図をつかむ3 批判的にきく. 要 素 的 言 語 能 力. 1 会話2 討議. 1 談話2 講話3 ラジオ. 生活的言語能力. ︿表一﹀宮川利三郎作成による﹁国語基礎学力表﹂. 能力段階種 別. 聞く. 話. 一. 一. 9.
(14) 読. 書. く. す. む. 3 会議. 3 記録. 2 随筆. 1 新聞. 5 電話. 4 文脈をたどってよむ. 3 文の要点をつかむ. 2 文のあらすじをつかむ. 1 文を正しくよみとる. 3 順序よく話す. 2 正しいことばづかいで話す. 4 論文 5 文意をつかむ. 4 演説︵報告︶. 5 文学作品. 3 掲示. 2 記録. 1 通信. 4 適切なことばでかく. 3 順序正しくかく. 2 考えをまとめる. 1 物をよくみる. 6 文を鑑賞する. 4 創作. ︵発音︶. 3 発音. 4 素読. 5 漢字. 6 語い. ︵語法︶. 7 書写. 宮川利三郎は国語基礎学力としての能力を、下層、中層、上層の三層構造から分析し、各層を、支持的言語能. 力、要素的言語能力、生活的言語能力というようにとらえている。そして、三層構造として示されている各言語. 能力の中で、下層に位置する、聴取、発言等の七事項を基礎学力として位置付けている。なお、この表から、中. 層としての要素的言語能力は、基礎学力である下層の支持的言語能力を基盤にして育成されていくものであり、. 育成された要素的言語能力は、談話、討議といった言語活動︵経験︶や、論文、記録といった文章形態を用いて. 行われる言語活動を通して、実生活に生きて働く生活的言語能力へと発達が期待されていくものであるという構. ロ. 一. ー〇.
(15) 図が読みとれる。 注二として示す。. 下 層. 基 礎 学 力. 次に、望月久貴が分析した言語能力を︿表二﹀. 発 達構 造. 中 層. 感 性 的. 言 語 技 能︹螺醤. 知 性 的. 意 識 化. 言 語 知 識︹螺醤. 実 践 的. 標 準 化. 言語態度. 認 識 面. 効 率 化. 学 力. 上 層. ︿表二﹀望月久貴による言語能力の分析表. 性特の層各. 用語心理面. 望月久貴は、言語使用の基礎的な一般能力を支える基底的な能力として、﹁理解力﹂、﹁表現力﹂、﹁音声力﹂、﹁文. 字力﹂、の四能力をとらえ、下層に言語技能を、中層に言語知識を置いて、この二層を基礎学力として位置付け. し. d.
(16) ている。上層に位置するのが言語態度ということになる。. なお、﹁理解力﹂、﹁表現力﹂、﹁音声力﹂、﹁文字力﹂、の四能力を、望月久貴は、次のようにとらえている。. [理解力]. 聴き取りや読み取りに当たって、内容に関する理解をうながす能力である。. ・叙述︵表記︶がわかるカ ・文脈をたどるカ ・大意︵要点︶をまとめる力 ・主題をつかむカ [表現力]. 談話や作文に当たって、それを可能にする能力の要素的な内容分析で、それらの言語活動の心理的 過程を重視する立場で行う。. ・問題をつかむ力 ・主題をまとめる力・構想をたてるカ ・叙述︵表記︶するカ ・推考するカ [音声力]. 言語の媒材である音声を使いこなす能力で、次,のような三要素を設定することができる。 ・発音力・発声力 ・調音力 [文字力]. 言語の媒材である文華を使いこなす能力で、次のように二要素を分析することができる。 ・認知力 ・想起力 注三. この、﹁理解力﹂、﹁表現力﹂、﹁音声力﹂、﹁文字力﹂、の四能力は、︿表二﹀によると、基礎学力としての言語技. 能や言語知識の双方に位置する。これら四能力は、言語能力を発達的構造側面からとらえて総括的に示したもの. である。そして、それら四能力の中身を分析的にとらえた結果を、たとえば、﹁叙述︵表記︶がわかる力﹂や﹁問. 題をつかむ力﹂という形で示している。これは、望月久貴が言語能力をとらえるに当たり、そのとらえ方の基盤. に発達的構造側面を置こうとしているものの、﹁理解力﹂や﹁表現力﹂等の能力を学習指導上の具体的な指導目. 一. 一. 12.
(17) 標とする場合には、後述する、要素的構造側面からの言語能力のとらえが不可欠となることを意味する。. また、基礎学力を、﹁理解力﹂、﹁表現力﹂、﹁音声力﹂、﹁文字力﹂、として総括する背景には、言語能力を単に、. ﹁聞いたり読んだり﹂、﹁話したり書いたり﹂することができるようにするために作用する能力としてとらえる. だけではないとする考え方を読みとることができる。﹁理解力﹂、﹁表現力﹂、﹁音声力﹂、﹁文字力﹂、といった各. 能力の育成の総てに作用する﹁認識力﹂といった言語機能的側面をも、言語能力をとらえるに当たって内包させ. ているといえよう。望月久貴は、学力を発達鋼構造側面からとらえるに当たり、各層の特性として、﹁認識面﹂、 ﹁用語心理面﹂という観点を設けて、言語能力をとらえている。. なお、ここで、注目される点は、三層構造としてとらえられた言語能力の各階層の位置付け方の違いである。 望月久貴の言語能力の各階層の位置付け方は、表面上は他と異なる。. この表面上の違いを比較して説明するために、蓑手重則の分析する言語能力を次に示す。. 国語の学力とは、日常生活に必要な言語経験を適切に処理して、生活を切り開いていく言語の知識・技. 能・態度の能力である。この言語能力のなかでは、言語技能の側面が中核になる場合が多いので、一般に. 言語技能とも呼ばれるのであろう。言語能力は、談話、文章を聞く、話す、読む、書く能力であるが、そ. れは上層をなす言語活動能力と、中層をなす要素言語能力と、下層をなす言語要素能力の三層構造として とらえることができよう。. そして、直接には中層の要素言語能. まず、言語要素能力は、たとえば、発音を聞きとる、文法に即して話す 、 文字を読みとる、語句を書く など、発音・文字・語句・文法の言語要素に関する言語能力である。 力を支える最も基礎的な要素的な言語能力である。. 次に、要素言語能力は、たとえば、要点を聞きとる、 組み立てをくふうして話す、主題を読みとる、材. 料を選んで書くなど、言語技能に関する言語能力である。 そして、直接には上層の全一的な言語活動能力. 鱒. 一. 13.
(18) を支える基礎的な要素的な言語能力である。. 最後に、言語活動能力は、たとえば、発表を聞く、話し合いをする、物語を読む、手紙を書くなど、全. 一的な言語経験に関する言語能力である。直接には、この全一的な言語活動能力によって、現実の生活を 適切に処理して生活を切り開いて行くのである。注四. 蓑手重則は、﹁生活を切り開いていく言語の知識・技能・態度の能力﹂の総体を国語学力と規定し、これを言. 語能力という言葉で置きかえている。﹁言語の知識・技能・態度﹂の各能力は、﹁生活を切り開いていく﹂力を. 育成するために機能するべき言語能力である。学力のとらえ方に対するこのような立場を基本的に示した上で、. 各言語能力を発達的構造側面からとらえて、下層、中層、上層の三層構造を設定している。学力の発達的構造を. 三層として設定する設定の仕方は、前述した望月久貴と、階層数の視点から同じである。. しかし、蓑手重則と、望月久貴とでは、下層、中層に位置付けられる言語能力の具体的中身が異なる。蓑手重. 則は、言語技能を中層に位置付け、その技能は、下層の要素的な言語能力によって支えられているという構造関. 係を示している。この場合の言語技能とは、﹁要点を響き取る﹂とか、﹁材料を選んで書く﹂などのような概念. としてとらえられ、一方、要素的な言語能力は、発音や文字、語句、文法といった言語要素的な知識というよう にとらえられている。. これに対して、望月久貴は、下層に言語技能を、中層に言語知識を置いて、言語能力の構造化を図っている。. ただ、望月久貴が下層に位置付けている言語技能は、要点を聞き取ったり、材料を選んで書いたりすることがで. きるような水準としてとらえられる技能概念ではない。︿表二﹀には、各層を認識面からとらえる言語能力のと. らえ方が示されている。これは、下層を﹁感性的﹂ととらえ、中層を﹁知性的﹂ととらえる言語能力のとらえ方 である。. 言語技能を﹁感性的﹂ととらえる意味は、次のように説明できる。. ■. 一. 14.
(19) たとえば、要点を聞き取るという言語能力の習得過程において、本来は意図的に表出された音声言語であるに. も関わらず、それを意味を持ったひとまとまりの言葉として認識しようとする働きが営まれず、表出された音声. 言語を、無目的的な音声言語として経験的かつ感覚的に処理してしまう認識作用である。それは、要点を聞き取 るということの意味を意識化する段階でもある。. このように考えると、望月久貴が下層に位置付けている言語技能の一例としての﹁要点を聞き取る﹂言語能力. は、蓑手重則が下層に位置付けている言語要素能力の一例としての﹁発音を聞きとる﹂言語能力と概念的には同. 一次元に立たせることが可能となる。また、望月久貴が中層に位置付けている言語知識は、単なる言語要素的な. 知識概念ではない。それは、たとえば、要点を聞き取るという言語能力の意味を目的的に認識する、つまり、何. らかの実践的な言語活動を行っていく上において必要な言語能力であると認識され、その認識が目的的な言語活. 動へと転化される状態にまでなった言語能力のことなのである。実践的な言語活動の基盤となって存在する言語. 能力であるので、この中層の言語知識は、蓑手重則が指摘するところの﹁直接には上層の全一的な言語活動能力 を支える基礎的な要素的な言語能力﹂と通じる言語能力ということになる。. これまで検討してきた三飯の言語能力のとらえ方における共通点は、言語能力を階層構造としてとらえている. ことである。各階層に位置する言語能力は、下層としての言語要素的な知識、中層としての言語技能、上層とし. ての実践的、生活的な言語活動能力という三層構造によって発達的構造側面からとらえられた言語能力を意味す るものである。. しかし、三層構造によって発達柔構造側面からとらえる言語能力のとらえ方を基盤としながらも、そのとらえ. 方の背景には、もう一方で、各階層に位置付けられている個々の言語能力の中身を要素的に分析してとらえよう とする要素的構造側面からのとらえ方が内包されている。. 発達的構造側面からとらえる言語能力のとらえ方に、要素柔構造側面からとらえる言語能力のとらえ方を内包. 嘲. 一. 15.
(20) させることは、言語能力を、具体的な授業レベルとの関係においてとらえることの必要性を説くものであるとい. えよう。言語能力は、要素的構造側面からとらえられることによって、その具体的な中身が明らかになる。具体. 勿 要素的構造側面からとらえる言語能力. 化されることによって、学習指導における指導目標の位置付けが明確となる。. ︵. 前項において、発達的構造側面からとらえる言語能力のとらえ方について述べた。このとらえ方は、言語能力. の全体構造を発達的側面から解明するための巨視的アプローチである。しかし、言語能力を、発達的側面からと. らえてその全体構造を明らかにするだけでは、言語能力の育成を明確にした授業構想へと結び付いていかない。. また、言語能力を、学力という大きな枠組みの中に置いてとらえようとする場合、態度面の学力、すなわち情. 意的側面に関する学力についても、学力概念の範疇に含めるのかという問題がある。前項で検討した三氏の言語. 能力には、言語態度や、それと同質の生活的言語能力、また、言語活動能力といった態度面の能力が含まれてい. る。このような能力は、能力階層の最上層に位置付けられているので、そこには、最上層を支える言語能力、す. なわち、言語知識や言語技能に関する能力が要素として存在するという前提が成り立つ。このことが、授業実践. 者や研究者たちに、言語能力を要素的構造側面から詳細に分析する必然性を生み出した。特に、言語活動能力を. 支える基礎や基本となる言語知識や言語技能の具体的解明については、これまでに多くの分析が試みられている。. そこで、本項においては、国語科で育成すべき言語能力を、詳細に分析して要素的構造側面からとらえていく. 微視的アプローチによる言語能力のとらえ方の実例を示し、その特質について考察する。 まず、考察の対象とする言語能力の分析表を次に︿重三﹀注置として示す。. ︿表三﹀輿水実が示した﹁国語基礎学力の発展的系統﹂を菅沼が改編した表. 昌. 馴. 16.
(21) 発 音. 分 類. 解理●識知. 文 字 ●表 記. 語 句. 番 号. 具 体 的 能 力. 一七一八l l 圏 圏 し ■ 匪 語■ 彙の能力語句の意味・用法の能力I I ■ l l l ︻ ︸ 圏 − 圏 I l I l 一 ■ 闘 1 ■ 一 l l l , 1 一 ■ l l 巳 邑 ‘ 算 ﹁ 8 , 1 8 1 轟 ■ , 8 ■ ■ , ■ 闘 9. ○. ○, ﹁ 一 巳 ■ 一. α,圏 圏 1 σl l l. O1 5 1. ,御,釧. ○. ぺ、α,. , , 8d. ◆り. ‘ 5 軍q. ◆P. I I lα,. 2 3 4 5 6 7 8 9. ○脚 , 1. ゆ−け. 1 め−P. ○. ﹁. 一. 17.
(22) るす対に語言. ●語 彙. 文 法 ●用 法. 一. 一. 18.
(23) 能. 自. 作 文. 五七五八l l 圏 圏 幽 圏 ■ 幽. 字形を整える能力文字美鑑賞の能力‘ ︸ ︸ 鳳 e ■ ■ 圏 圏 − 幽 一 ■ I I ■ 1 ■ 一 ■ ■ 1 圏 圏 圏 一 ﹂ ● 5 蓼 輩 犀 ﹁ 一 1 [ 匡 膨 菖 一 5 1 邑 ■ 1 ■ 圏 ■ ■ 1. ○. ○﹁ 脚 1. ◆1 ■ 1 犀 1 ■. ○. ○. り. , 圏 I l I l. ■ 1 ■. ρ. 職. 幽. 19.
(24) の二二. 書 写. 話 し 方. bd■ 一 1. び一 置 Oσ沿. 一. 扁. 20.
(25) 能. 技. 理 解. 鑑 賞. ℃沿圏 − 幽. α σ , σ α び、 幽 α l , I I ■ ■. 釧■ 1 圏釧り. ト. 2.
(26) の解理. 読 書. 聴 解. 九九1 ﹁ l l I l l I一〇〇. 1 ﹂ 一. 一 一 1. ‘ ﹁ 憂. l l 、. ,肺−. P. ■ ﹁ 1. PO り. ■. 口. 22.
(27) 輿水実は、昭和二六年度及び三三年度版学習指導要領の不備を、指導事項の﹁学年系統の不明確さ﹂﹁体系的. な分類法の欠如﹂﹁内面的構造化の不十分さ﹂といった視点から指摘する。塗ハその指摘した不備に対応するた. め、新しい国語学力表の作成を試みている。その後、改訂された昭和四四年度版及び、五二年度版の学習指導要. 領までを総てふまえた形での﹁国語基礎学力の発展的系統﹂を示した。その系統を、表形式に改編したものが右 の︿表三﹀であるQ. 飛田多喜雄は、輿水実が示した﹁国語基礎学力の発展的系統﹂を、﹁学習指導要領の昭和二六年版から同五二. 活版までの指導内容を見通し、さらに小・中の一貫性︵一年一九年︶をふまえ、氏の識見でまとめられたものだ けに資料的価値が高い﹂注七と、評価している。. 学習指導要領は、社会情勢の変化や、児童・生徒の実態の推移などをふまえ、また、その実施状況を見極めな. がら改善が図られていくものである。したがって、このような性格をもつ学習指導要領の指導内容を見通して、. ﹁国語基礎学力の発展的系統﹂が作成されたとする価値の置き方は尊重されるところである。また、輿水実は、. 言語能力を要素的に分析しただけでなく、個々の言語能力が、基礎学力における学年の発達段階とどのように関. わっているものであるかということを意識した分析を行っている。輿水実の﹁国語基礎学力の発展的系統﹂が、 基礎学力における小・中の一貫性という観点から評価されることの価値は高い。. ︿再三﹀からも分かるように、輿水実は、言語能力を大きく﹁言語に対する知識・理解﹂、﹁表現の技能﹂、﹁理. 解の技能﹂の観点から分類し、全部で一一七に及ぶ能力を示している。その能力の総てが、言語知識や言語技能. の側面から要素的に分析された言語能力である。この事実は、﹁わたしは、国語に関しては、特に言語活動に関. しては、言語体系そのものの知識・理解よりも、これを使用して行く実際的なわざ︵スキル︶というものが、も. っとだいじだという。スキルすなわち﹃わざ﹄、あるいはそれに今のコンビタンスすなわち﹃うで﹄を加えて、. そうしたものが、国語能力の中核であると考える﹂注八という輿水実の言語能力観が具体的な姿となって表出さ. 嘲. 一. 23.
(28) れたことを意味する。. このように、言語能力の中核を﹁わざ﹂に加えて﹁うで﹂というようにとらえるとするならば、﹁国語科は単. なる技術、技能の習得を目指すだけでよいのか﹂、という批判が、多分に生じる恐れがある。現に、輿水実自身. も、国語科教育の目標に対する一般的な考え方を述べて、﹁﹃形式的な方面﹄を主にするか、国民的思考感動を. 養う、文学的趣味を養うというような﹃内容的な方面﹄を主にするかによって、いわゆる﹃形式主義﹄・﹃内容. 主義﹄の対立がある﹂注九というように指摘している。このような、形式と内容のどちらを優先するのかといっ. た対立は、国語科教育の実践史上、絶えず問題となった。仮に、輿水実の考え方を、この対立場面に立たせるな. らば、﹁形式主義﹂に立つことになるであろう。しかし、言語能力を﹁わざ﹂や﹁うで﹂ととらえるところの本. 質はもっと違うところにある。安易に﹁技術主義﹂だの﹁技能主義﹂だのという判断を下すべきではない。 輿水実は、﹁読み﹂の学習を例に挙げて次のように述べている。. 日本の国語教育界では、﹁経験主義から能力主義へ﹂という標語で、能力主義といっても実は知識主義. が強調されようとしていた。教科書教材の読みにおいても、技能と知識を主として、意味内容、価値内容. を読みとるということが、無視されそうになっていた。今も、いわゆる﹁技能主義﹂の取りちがえで、そ. うした傾向がないとはいえない。そこで、国語科学習には価値目標というものがあり、特に教材文の読み. 取りにおいては、内容的価値の読み取りを無視しては、﹁読み﹂という事実はないという立場で、わたし は、当時、この﹁価値目標﹂というものを強調したのであった。注一〇. ここには、﹁価値目標﹂が強調される必然性が述べられている。﹁読み﹂は、読むことの﹁技能﹂を通して実. 際に何かを読みとって成立するものである。その何かを読みとるためには、読むための﹁知識﹂や﹁技能﹂が身. に付いていなければならない。しかし、何かを読むことを通して﹁読み﹂の﹁技能﹂が、ただ身に付けばそれで. よいということにはならないのである。﹁読み﹂の﹁技能﹂を、内容的に高い価値が読みとれるようにすること. 一. 一. 24.
(29) に、﹁読み﹂の﹁技能﹂の本質が内在しているといえよう。この考え方に立つと、﹁聞く﹂、﹁話す﹂、﹁書く﹂、と. いった言語活動においても、内容的な高い価値を目指して、﹁聞く﹂、﹁話す﹂、﹁書く﹂、ことの技能を身に付け. る国語科教育の在り方が求められることになる。したがって、輿水実が、言語能力の中核としてとらえている﹁技. 術﹂や﹁技能﹂は、﹁内容﹂概念とは対立的な立場に立って存在しているものではなく、﹁形式﹂と﹁内容﹂と を止揚したものとして存在する概念であると考えられる。. 言語能力を要素的に詳細に分析してとらえるとらえ方は、﹁言語の教育﹂としての国語科の立場を明確にして. いく根幹として極めて重要な価値をもつものである。読んだり書いたりするといった言語活動を通して、ある対. 象について深く考えたり、言葉を介して考えた事柄を表現したりする。そのためには、対象を言葉で認識するた. めの言葉に対する知識や理解とともに、それらを基盤として存在する何かを読んだり書いたりすることのできる. 言葉のカ、すなわち言語技能が身に付いていて初めて、より正確な理解や、より適切な表現が可能となるもので あると考える。. 国語科学習指導が、言語に対する知識や理解、また、言語技能といった言語能力を、内容的な価値の追求をま. ったく蚊帳の外に追いやって、ただ形式的に育成していく営みに傾斜していくとするならば、それは痩せた国語. 科教育の姿を物語るものであるといえよう。 一方、対象に関する価値内容の追求のみに力点の置かれた学習指導. が展開され、言葉の介在を通しての理解活動や表現活動が存在しないとするならば、﹁言語の教育﹂としての国 語科教育とはなり得ない。. 国語科における.あるべき言語能力”とは、表出された対象として存在する具体的抽象的内容を言語を通して理. 解したり、理解活動によって認識された内言語事項を、目的的な営みとして言語を通して表現したりするために. 機能する言語要素に関する知識体系の習得であり、その知識体系を基盤にして習得される言語技能のことである。. 剛. ■. 25.
(30) 全国大学国語教育学会編﹃国語教育科学講座 第3巻 国語学力論﹄明治図書 一九五八年五月 三八. 注二. 同右 四七∼五四ページ. 同右 四四ページ. 二一. 注三. 蓑手重則﹁言語能力育成の原点﹂﹃教育科学国語教育﹄一二七号 明治図書 一九七六年四月 二八ペ. ぺ⋮ジからの引用。なお、この﹁国語基礎学力表﹂は、輿水実の指導の下、昭和三二年に発表された。. 二四 ージ. 国語教育研究所編﹃教育科学国語教育﹄﹁六月号臨時増刊 国語教育研究年鑑八二年版﹂ 明治図書. 注六. 飛田多喜雄﹃国語科教育方法論大系5 理解教育の理論﹄明治図書 ﹁九八四年五月 五九ページ. 輿水実﹃明治図書講座 国語学力診断指導法体系﹄明治図書 一九六六年三月 一五一ページ. 注五. 一九人二年六月 二九五∼三三五ページに輿水実が﹁国語基礎学力の発展的系統﹂を示している。. 一. 26. 一. なお、この︿表三﹀の﹁123456789﹂の数字は、学年系統を意味するものであり、﹁789﹂. は中学校一学年∼三学年のことである。また、その学年系統の欄に付されている﹁○﹂の意味するとこ. ろは、その学年で取り上げる基礎学力のことである。﹁◆﹂は、その学年の基礎学力ではないが、基礎学. 注七. 注六に同じ。二〇ぺ!ジ. 力に準ずるものである。﹁○﹂や﹁◆﹂の符号は菅沼が便宜上、用いた。. 注人. 輿水実﹃輿水実独立講座 国語科教育学大系 第5巻国語科教育計画﹄明治図書 一九七五年六月 九. 同右 =二二ページ. 二ページ. 注九. 注一〇.
(31) 第二章 到達目標としての言語能力. 第︸章において、国語科における.あるべき言語能力”を導出した。言語能力の中核的な能力は、言語要素に関. する知識や理解であり、﹁話す﹂、﹁聞く﹂、﹁書く﹂、﹁読む﹂、といった言語活動を支える言語技能である。この. 言語要素に関する知識や理解、言語技能の中身を、学習指導要領の分析を中心に学年の発達系統を考慮して体系. 的に整理したのが輿水実である。整理の結果は、﹁国語基礎学力の発展的系統﹂として示されたのであるが、こ. の﹁国語基礎学力の発展的系統﹂の資料的価値については前述のとおりである。また、輿水実が言語能力の中核. として位置付けている言語に対する知識や理解、また、理解したり表現したりするために必要な言語技能は、あ. る対象に関する内容的価値の追求を目指すことを内包する概念としてとらえられているものであるという、その. 特質も明らかになった。以下において、国語の基礎学力、すなわち基礎的・基本的な言語能力を授業レベルで検 討していく必要がある。. そこで、本章においては、まず、授業を構成する要因について﹁目標論﹂の視点から考察を加え、それをもと. に、言語能力を到達目標としてとらえ直すことの意義と、到達目標としてとらえ直す言語能力の限界について述. べ、理想的な到達目標が備える条件を提示する。次に、その条件を観点にして、﹁到達目標研究委員会﹂が作成. した到達目標について検討する。そして、授業構想への結び付きを可能にする﹁中学校国語科到達目標﹂を試案. 到達目標設定の光と影. として提案する。. 第一節. −到達度評価との関連を中心にー. ﹁. 一. 27.
(32) D. ︵. ﹁目標論﹂からの授業構想の意義. 平成一〇年度版中学校学習指導要領の第一章﹁総則﹂の第六﹁指導計画の作成等に当たって配慮すべき事項﹂ に、次のような記述がある。. の 学校生活全体を通して、言語に対する関心や理解を深め、言語環境を整え、生徒の言語活動が適正 ︵ に行われるようにすること。注一. この記述は、繰り返すが﹁指導計画の作成等に当たって配慮すべき事項﹂として位置付けられているものであ. る。この場合の指導計画とは、もちろん国語科の学習指導計画のことではなく、学校における教育課程の編成を. 意味するものである。なお、1と同義的な文言は、昭和四四年度版中学校学習指導要領以降、現行版に至るまで、. 多少の表現上の違いはあるにせよ、繰り返し取り上げられている。注二各年度版の学習指導要領に記述されてい. る﹁学校生活全体﹂という文脈から、﹁言語﹂が総ての教育活動における対象として明確に位置付けられている. ことが分かる。﹁言語﹂は﹁国語科﹂に限らず、﹁数学﹂や﹁体育﹂等といった﹁各教科︵必修教科・選択教科︶﹂. や﹁道徳﹂、﹁特別活動﹂及び﹁総合的な学習の時間﹂等の総ての教育活動を営んでいく上において欠かすこと. のできない記号体系であり、またそれを用いる行為でもある。この事実を、今改めて力説するには及ばない。し. かし、国語科としての﹁言語の教育﹂と、国語科以外で行われる言語を意識した教育との質的差異をどこに見出 すことができるのかという根本的な疑問への解決が求められる。 湊吉正は、教科としての国語科の位置を次のように述べている。. 意図的計画的教育の重要な一環をなすものとしての国語教育は、さまざまな形態において営まれている。. しかし、専門の指導者が、特定の機関の中で特定の学習者に対して特定の目標の下に特定の内容について. 特定の方法にしたがって指導し、また一方学習者はそれに対応しつつ学習するという、意図的計画的教育. 一. 一. 28.
(33) の典型的な形態は、学校という教育機関における﹁国語﹂という教科のわくの中で営まれる国語教育の形. 態以外には考えられないことになる。国語教育全体の中で、特にそのように意図的計画的教育の典型的な. 形態をなす分野に対しては、 一般に、国語科教育という名称が与えられている。注三. この指摘は、教科教育としての授業の構成要因を、﹁指導者﹂、﹁学習者﹂、﹁[日標﹂、﹁内容﹂、﹁方法﹂、に置く. ことを意味する。この授業構成の成立要因は、ある意味において皿般論的な設定の仕方である。しかし、 一般化. されているから、国語科に限らず他教科やその他の教育活動においても、それらの授業を構成するための成立要 因が原理として存在する。. ところで、人間と他の動物との根本的な違いを特徴付けるのは、﹁言語﹂を有しているのか、いないのかであ. る。このことは、極めて当たり前である。言葉で考え、言葉で表現する能力を与えられた動物は人間以外に存在. しない。人間生活において、﹁言語﹂を媒体とした﹁言語生活﹂の営みは、その中心をなす。﹁意図的計画的﹂ な営みとしての学校教育が、﹁言語﹂を媒体として行われるのも当然である。. 国語科においても、もちろん﹁言語﹂を媒体として学習指導を展開させていくのであるが、国語科は﹁言語﹂. の教育そのものが﹁目標﹂となるところに﹁独自性﹂がある。しかし、この﹁独自性﹂に反して、ある単元での 国語科の目標を、他教科の目標や指導内容と錯覚してしまうことも考えられる。. たとえば、国語科の学習指導において、環境問題をテーマにした文章を教材として取り扱った場合、言語に関 する知識や技能面の目標とは別に、次のような目標を設定することが考えられる。. .文章に表れている筆者の環境問題に対するものの見方や考え方をとらえ、環境を大切にすることの重要性を. 認識して、環境問題への関心を高め、積極的に地球環境を保持していこうとする態度を養う。 なお、次に示すのは、中学校社会科の公民的分野の目標の一つである。. . 4 現代の社会的事象に対する関心を高め、様々な資料を適切に収集、選択して多面的・多角的に考察. 殉. 一. 29.
(34) また、. し、事実を正確にとらえ、公正に判断するとともに適切に表現する能力と態度を育てる。注四 次に示すのは、中学校理科の第二分野に示されている指導内容の一つである。 ア 自然と環境. の 学校周辺の身近な自然環境について調べ、自然環境は自然界のつり合いの上に成り立っているこ. とを理解するとともに、自然環境を保全することの重要性を認識すること。割判. 国語科の目標の例示と他教科の目標や指導内容の例示との比較は、国語科の目標を価値目標を意識して設定す. る場合、他教科との目標の同質性の具体例を示すことを意味する。これは、社会科の目標や理科の指導内容に関. する文言をつなげていくことによって、国語科の目標が設定されるという一例を示すものである。. 先に国語科の目標例として示した、﹁環境問題への関心を高め、自然の中で生きる人間として、環境を保持し. ていこうとする態度を養う。﹂という価値形成に関する目標の設定は尊重されなければならない。しかし、教科. の学習指導を通して主体的な価値形成を図る営みは、国語科のみに与えられた使命ではない。各教科に位置付け. られた教科目標の達成を目指すことによって、人間としてのあるべき価値を形成していく力となり得る能力や態. 度の育成が図られる。到達目標の設定に当たっては、このような、教科目標に秘められた理想像を描いて設定す ることが望ましいと考える。. このように考えると、国語科教育を通して主体的な価値形成を図るために設定された価値目標は、教科目標と. しての最終的な姿として設定されるべき性質のものである。価値目標が、国語科教育の目標において、このよう. に位置付けられることを理想とするならば、その他の目標、すなわち、﹁話す﹂、﹁聞く﹂、﹁書く﹂、﹁読む﹂、と. いう言語活動を支えるための言語知識や言語技能の習得に関する目標は、基礎的・基本的なところに位置付けら. れる必要がある。この基礎的・基本的な位置を、階層構造の視点から示すとするならば、最上層を支える下層、. または、中層段階の各層が、基礎的・基本的な位置ということになる。なお、最上層には、価値目標が位置付け. ■. ■. 30.
(35) られる。. 国語科の目標が、このように層的に位置付けられれば、二項対立の目標観を存在させるべきではない。つまり、. ﹁言語技能目標か価値目標力﹂といった論理ではなく、﹁言語技能目標も価値目標も﹂という目標観に立って授. へ や へ. 業構想に取り組むことが大切であると考える。. しかし、この場合、価値目標の追求をあまりにも意識しすぎて学習指導が展開されていくとするならば、国語. 科の﹁独自性﹂を鈍化させてしまう。国語科が、社会科や理科と根本的に異なるのは、言葉の力の育成そのもの. を学習目標や内容とすることである。教科教育全体の枠組みにおける国語科の﹁独自性﹂は、﹁言語の教育﹂と しての立場に立った﹁国語科﹂が存在することによって見出せる。. 前章において、﹁三層構造によって発達的構造側面からとらえる言語能力のとらえ方を基盤としながらも、そ. のとらえ方の背景には、もう﹁方で、各階層に位置付けられる個々の言語能力の中身を要素的に分析してとらえ. ようとする要素的構造側面からのとらえ方が内包されている﹂と述べた。したがって、言語能力を到達目標とし. てとらえ直す営みにおいても、要素的分析という観点を目標の設定に当たって内在させなければならない。. すなわち、国語科における,あるべき言語能力”が、実際の授業構想へと結び付くためには、授業構成の成立要. 因としての﹁目標﹂に力点を置き、言語能力を﹁目標論﹂の視点からとらえ直すことが必要となる。授業は、あ. る目標達成を目指して展開される目的的な教育活動である。価値目標への最終的な到達を理想としながらも、そ. れらの価値目標に到達する過程に位置付けられている言語要素に関する知識や理解、言語技能としての言語能力. を、到達目標としてとらえ直すことが求められる。言語能力を、到達目標としてとらえ直すことによって、国語. 科が、﹁何を﹂指導するのかという﹁目標論﹂に関する曖昧性の払拭に貢献することができるのではないかと考 える。. ト β.
(36) ︵. 勿 到達目標設定の意義. 到達目標という言葉と並んで使われる言葉に到達度評価がある。到達度評価に関する最近の学校現場での課題. は、より客観化された到達度評価を可能にするための﹁評価規準︵基準︶﹂の作成の在り方である。この課題へ. の対応の背景には、今回の指導要録の改訂において、﹁評定﹂欄を目標に準拠した評価によって記入するように なったことが前提にある。. 平成一二年一二月、教育課程審議会は﹁児童生徒の学習と教育課程の実施状況の評価の在り方について﹂と 題する答申を出している。. 次に示すのは、この教育課程審議会答申の中の﹁これからの評価の基本的な考え方﹂の一部分である。. ア学力については、知識の量のみでとらえるのではなく、学習指導要領に示す基礎的・基本的な内容. を確実に身に付けることはもとより、それにとどまることなく、自ら学び自ら考える力などの﹁生きる力﹂ がはぐくまれているかどうかによってとらえる必要がある。. イ これからの評価においては、観点別学習状況の評価を基本とした現行の評価方法を発展させ、目標. に準拠した評価︵いわゆる絶対評価︶を一層重視するとともに、児童生徒﹂人一人のよい点や可能性、進 歩の状況などを評価するため、個人内評価を工夫することが重要である。. ウ学校の教育活動は、計画、実践、評価という一連の活動が繰り返されながら展開されるものであり、. 指導と評価の一体化を図るとともに、学習指導の過程における評価の工夫を進めることが重要である。ま. た、評価が児童生徒の学習の改善に生かされるよう、日常的に児童生徒や保護者に学習の評価を十分に説 明していくことが大切である。注六. この中で、注目すべき点は、目標に準拠した評価︵いわゆる絶対評価︶の重視である。目標に準拠した評価を. 幽. ■. 32.
(37) 行う際には、当然のことながら何を規準に評価すればよいのかという指標が必要となってくる。 ﹁般に、この指. 標は学習指導要領に位置付けられている教科の目標や指導内容と認識されている。しかし、それらを、評価する. ための指標として学習指導における目標として位置付けようとするならば、教科の目標や指導内容は、到達目標. の観点からとらえ直すことが要求されてくる。なお、この到達目標は、﹁すべての学習者が目標に到達するよう. に、授業の過程において到達の度合いを確かめながら学習指導を進めていこうという考え方に基づく目標﹂注七. と概念付けられており、ここには、到達の度合いを確かめるという、つまり学習者が目標に到達しているかどう. かの評価をしながら学習指導を進めていくという到達度評価の考え方を内包させることの必然性が読みとれる。. この到達度評価とは、﹁すべての児童生徒に保障すべき学力を到達目標として具体化し、それに照らして、その. 到達度を評価する評価方式﹂注八というように説明されており、到達目標と到達度評価とが、不離一体の関係と して存在することを意味する。. このように、到達目標と到達度評価との不離一体の関係が浮かび上がったのであるが、この到達度評価という. 用語の文献上への初出は、一九七五年である。注九また、その五年後の一九人○年には小中学校の児童・生徒指. 導要録が改訂されており、このとき初めて、﹁観点別学習状況﹂欄が設定され、このような評価に対する新しい. 動きが、到達度評価に関する組織的な研究を全国的に広めた。中でも、京都府での取組を基盤にした﹁水川隆夫. による到達目標﹂注一〇や、同じく京都府で研究に取り組んだ﹁塩尻幸雄による到達目標﹂注=、また、﹁寒川道. 夫他六名による到達目標研究委員会が作成した到達目標﹂注≡は、後述するが、いずれも明確な基本的な考えの 基に設定されたものである。. なお、橋本重治は、目標の達成度に準拠した絶対評価が登場してきた背景を、四つの観点から、次のように述 べている。. 第一の背景は、 ︸九五〇年代から一九六〇年代にかけて、ティーチング・マシンやプログラム学習が導. 閂. 一. 33.
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