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パーリ学仏教文化学 (2) - 003渡辺 文麿「オーストラリアの仏教 : WA仏教会とS僧院の運営」

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全文

(1)

 

オ ー ス

b

ラ リ ア

仏 教

WA

仏 教 会

S

憎 院 運 営

渡  

 

 麿

1

  は じめ に

 

1988

7

31

日, 西オ ー ト ラ リ ア

Western

 

Australia

) の首 都パ ー か ら車で 一時 間

か っ て

っ た

小高

い 丘が点々 と並ぶ 一 画に

存在

する

Serpentine

 

Buddhist

 

Monastery

名 称は  

Bodhinyana

 

Forest

Monastery

。 

Bodhinyana

の 名 称は タ イ国王 が

Ven

Ajahn

 

Chah

に与 えた 称

    (1) 号で 、 「さ と りの

慧 」を

意味す

る。

下、

S

院で 表 記 )に 、 い ま ま で

築 中で あ っ た

しい

Meditation

Hall (

瞑 想堂)が完成 し、 そ の落

慶法

要が厳 修された。 カ ソ ガル ー が 自 由に 飛び交 う

97

エ ー ー と う広 大 な敷 地 一角 に 、 合 掌 造 りの 大 きな 瞑想堂 が完成 す るこ とに よっ て、 今まで以上 に 多 くの ウエ タ ナ ーズ

Westerners

ース トラ リ ア生 ま れ の ヨ ー ロ ッ パ

の 者、 また は ヨ ー ロ 移 住者 、 本 来仏 教 徒でない 老た ち) が こ の 堂に まっ て くるこ とで あろ う。 そ の集ま りは、 決 して物 見 遊山の た め で は ない。

真剣

を求め る た め で ある。  

S

僧院 の七名の 丘、

尼 僧

The

 

Buddhist

 

Society

 of 

Western

Australia

 

Incorporated

(以下 、 

WA

仏 教 会で表 記 )の信 者た ち (殆 ど が ウ ニ タ ナ ーズ

と が 、 各 自の

間を作っ て 、 新 しい 瞑 想堂の 建 築に と りか か っ たの は、 一昨 年 っ た。

林を 切り開 き、 丘陵地 を削 り取 っ て平地 に

る作 業か らは じめ た

らは 、

300

名はゆ っ くりと座れ る であろ う矩 形 型 の 瞑 想堂を遂に完 成 し た の である。 入 口 の 正面に は 石 畳 が 一 敷 き詰 れ、 そ の入 口 の 上に は 大 きな法 輪が取 付 け られてい る。 求 道 者た ちは 、 その

(2)

36       パ ーリ仏教 文 化 学

っ て

合掌

礼 拝し て、 堂

に静かに 入 っ てい く。 当 日の め で た い

に は、 約

250

の ウ エ ス タ ナ ーズの

信者

ま り 比丘 サ ソ ガへ の ダーナが 行な わ れた 。 そ して 、 午

に は

新築

されたその

瞑 想

堂で、 比丘 と信

の メ デ       (2) イ テ ーシ ョ ソ、 そ して法 談 (

Dha

皿 ma −

talk

な わ れ た

 

こ の

で は、

1974

に パ ース 郊 外

し た

WA

教 会の運 営、 

WA

仏 教 会が

1983

年に購入 した

S

院の 運 営

1987

たに

入 し た

WA

仏 教

(広い暝 想堂、 図

書館

事 務所、 比丘ブこちの 宿

施 設が あ る。 そ の 瞑 想堂

lm

理 の

Dhamm

loka

 

Centre

名付

け られてい る)の 運 営 

WA

家信 者の

S

僧 院の 丘サ ン へ の 日

の サ ポ ー ト、 タイ

教 徒 と

W

A

仏 教会 との 関 係な どに

点 を当て て み た い 。

2

WA

仏 教 会と

S

の 運 営

 

WA

教会

則 (

Constitution

は、 第

1

条か ら第

19

条まで あり、 選 挙 や会 合な どに関 す る条項で は か な り細かい 規 定が作 られ て い る。 こ こに その 会 則の べ て を

介する余 裕は ない 、 こ の 小 論で 必 要な もの だ け を

単に 紹 介し て み よ う。 例え ば、 第

3

条は

責務

に 関する条項 で あ る が 、 その 中の 第

4

項で は、

WA

仏 教 会が招へ い した 比 丘 (

Buddhist

 

Monks

尼僧

Nuns

して は

責任

を もっ て 衣

住の 世話をするこ と、 が規 定 して あ る。 第

6

条は

会員

種類

で 、   名

誉会員

 

Honorary

 

Membership

)、   普 通 会 員

Ordinary

 

Membership

  準

会員

Associate

 

Membership

)の 三種 類で

ある。 そ して 、

名誉

会 員は

総会

で 承認される必

が ある こ と、 ま た 、 普 通会

は 三宝に帰 依し、 五戒 を 守るこ と、 な どが規 定 して あ る。

は仏 教 会が 目

とするこ と に賛 同するが 、選挙 権を もた ない 者、 と

る。

第10

条 は 役

構 成で 、

  会

長 (

President

1

名、   副 会 長 (

Vice

President

1

  書記 (

Honorary

 

Secretary

) 1 名

  会

Honorary

 

Treasurer

1

  理事 (

Elected

 

Persons

 whQ  are  

Ordinary

 or 

Honorary

 

Members

 of

the

 

Society

6

、 と な っ て い る。 言 うま で もな く、

委員会

Co

皿 mittee )

(3)

       オー1ラ リ ア の      37

WA

仏教 会の 進 展 も 毎年

委 員

仕方

に大 き く関わ っ て い ると言 える で あろ う。

 

まず、

1985 年

度の 仏教 会の 歳入、 歳 串の 会 計 報

に 目を

けて み る こ とに     (3) し よ う。 そ れに よ っ て、 上 に述べ た

3

条第 4

項に も関

し て、 上座 仏教が

つ 一

大 切 サ ン ガ と在 家 信 老 との ダ ーナ

関係

が立

立 されてい る か

かが

るか らである。 第

1

表 (

1985

年 度の 入 と

歳出

歳  

入 (

) 歳      出 前

繰越

30

758

の 年

会 費

2

830

      付

52

594

募 金 収入

5

217

明細

不 明 借入金

5

200

雑 収入

1

384

合       計

97

993

97

993

会 員

(学 生 など、

Unwaged

$15

)の三

種類

か れ て い る そ こ で らの

事実

か ら

る こ とは、 既に、 こ の 年に は普 通 会

会 員 と を 合 わ せ て 、

な くと も

100

名 以上 の 会 員がい た こ とに な る。

ご は、 寄 付 金が

非常

に 突 出してい る こ とで ある。 こ の

寄付

金の

くは、 こ の 年に パ ソナ ナ ン ダ長 老

Ajahn

 

Pafifiananda

タ イ

WA

教 会訪 問す る に っ て、 タ イ の 信者か ら集め られた 浄 財で ある, と報

さ れて い る。 では 、 普 通 会

は どの よ うな方法で、

WA

仏教 会 や

S

院を運

し て い るの で あろ うか こ の につ い て は、

で も述べ るが、 普 通 会

は か な り厳し い

立式の 基 金制 度を設 けて い る の である。 そ の こ とは、 上 の 表の

金収入 の

か らも判 断 さ れる。

 

当時、

WA

仏 教 会は 三種 類の n 座を開い て い た。 即ち、

  普

通 口座、  

W

A

教会建

金口

 

S

僧院建

口座で あ る。   は 会

、 寄 付な ど の お金で、

WA

仏教 会の 運 営、

動の た め に

て られ る。   は

1979

年に

民 家

 

左の注 意 すこ とが r 一つ あ 。 第一は、

額で あ る。 こ の 総 額は普 通

会 員

会費

の み な らず、 準 会 員の

も含 まれて い る。 会 員は、 更に、 

人会 員

1

Si

−− ngle  

Members

ip

会 費 $

20

)、   家 族

員 (

Family

Membership

:$

30

 

無職

      (4)       こ れ

(4)

38       パ ーり学仏 教文 化 学       を購入 し て

WA

仏教 会 と 第

2

WA

仏教 會の

$))   普通口

       

し た

月の P 一 ン 返

     

330

ドル を含め て、 会 員       か らの 寄 付と基 金を柱 と

                                    す

る もの で ある。   は

S

                                   

僧院の

理 、 運営、

改築

       

な どの ため の

で あ

                                   

る。 特に 、   と  の 口座  

WA

仏 教

建設基金 口       へ の 寄 付、加入は税 金控

                                    除

対 象るこ とは言        う まで も ない 。 以上 の 予

                                    備

知 識に づい て、

数 年

                                   

閥の

WA

教 会

                                      (

付 ) 報 告に 目を 向け       (5)       て み よ う。  

 

S

僧 院

設 基金 口 座

              

S

森 林 (

Forest

) は

                                    1983 年

10

万 ドル で 購 入       し た もの で あるが、   の      

1984

年の会 員 とタ イ仏教

                                   

徒 との

寄付

割合

は、 会

       

が少 し多い 。 当 時

                                   

会員

は殆 どが ウニ ス

                                   

ナ ーズで り、 タイ

か らの 移民 老

会 員

に なっ て は い ない 。 従っ て 、

S

森林

購入 の

金は、 殆 どウ エ ス タ ー仏教 徒か ら集め た もの で

る 。

当時

WA

仏教

の会 員に タ イ 国 か ら移 民 し た仏 教

がい なか っ た とい うこ とは 、 オ ー リ ア

政府

移 民 受入 れ政

とも関 係 する。

1984 年

に おける タイ国か らの オ ー ト ラ リ       (6) 移 民は

か に

330

名で ある。 こ の

か らは、

WA

仏教

会員

として の 活 躍 年 度 ム        ロ 万      貝 タ イ國仏教

徒  

   

19861987

9

833

22

308

13

786

66

152

23

619

88

460

合 計

32

14

79

938112

079

2

5

7

重.

5

100

年  度 会    員 タ イ國仏教 徒 合    計

i

 

1984

  

1985

  

ig86

  

1987

4

7354

922

20

319

23

559

    

O

    

o

18

739

    

0

4

7354

992

39

058

23

559

合  計

53

605

18

739

72

β

44

74

26

100

年 度 会   員 タ イ國 仏 教徒 合     計

198419851986

987

34

515

22

654

22

838

34

69

26

8098

868

37

000

52

832

61

324i

31

522

59

838

87

526

合  計 ・

1i4

701

125

509240

212

   % 一

47

5

52

5

100

(5)

      オ ース Fラ yアの仏 教       39 は期

ない 。 しか し、 その 反 面、

2 年後

1986

年、 その 翌 年 の

87

年 に は、 タ イ

国仏教徒

か らの

寄付

会員

寄付

凌駕

して い る

事実

を 見 逃 しては な らない 結 果

ig84

か ら

87

年の

4

年 間に タ イ国

か らの

寄付

52

. 

5

数 字を 示す 結 果 っ た の である。 次に 、   の

WA

建 設 基金に注 目 して み よ う。

 

現在

仏教会

1987年

16

2

ドル で

入 した もの で ある が、 会

とタ イ仏教

との 寄 付割合は、 明らか に会 員か らの もの が多い 。 特に 、

1986

7 年

寄付

は、

70名

会員

老が、 毎月

12

ドル の 寄 付を

て、

しい       (7)

WA

仏教会

基金

に した

財が

まれて い る。   で は、 タ イ

国仏教徒

寄付

71

5

%とい う高い

を 示 し て い る。 これは、

S

僧 院の 開 所 以

2

の オ ース ト ラ リ ア が は じめて 丘に な っ た年であ り、 タ イ国

たち が おい の

寄付

を した か らで ある。

1986

5

24

日 (

Vesakha

 

Day

に は、 ア リャ シ ロ

 (

Ariyasilo

) 比丘 が 、 翌 年の

87

5

17

日に は、 ヴ ィ サ ラ ド (

Visarado

) 比 丘が、 そ れ ぞ れ得 度、 受 戒し て い る。 なお、

参考

ま で に

1986

年度

WA

仏教会

全 体

状 況を示し て お こ 。 言 うまで もな く、 この

は新 仏

教会

入する

1 年

前である。 第

3

表 (ヱ

986

年 度の

WA

仏教 會の 財政 状 況 ($))   普 通 口座  

WA

仏教 倉建   設 基 金口座  

S

僧 院建 設基  金 口 歳  入 歳

 出

51

849

75

55

14458

49

78a

 

54

17

651

89

81

08826

50

49

τ

38

残  高   

4

90

α

67

34

63a

 

10

40

23559

 

こ の

、 残

入、 歳 出の バ ラ ン ス を示 し た の で は ない 。 既 に、

第 1 表

19

85

度の歳入 と

歳 出)

で も

た よ 、 こ の 残

の 中には、 普 通 会 員 の 積 立幕 金

度に よっ て得 られ た、 所 謂、 募金収入や借入 金などが

え られ       (8) てい るの で ある  以上、 数 年にわた る

WA

仏教 会 の 財 政状況 を、 私が 入手 し た 資 料に 基づい て

介し た が、 それ らの 特 徴を要約 す れば、 大 体 次の よ うになる で あろ う

 

1

仏 道一 メ デ ィテ ーシ ョ ソ ー の 実 践に励む会

た ちの

立式の

金餾

(6)

40      パ ー教 文 化 学

 

が、

WA

運 営の 基 盤にな っ て い る。 特に、 こ の

財源

は 、 土地の

 

入、

物の 確

と改築 な どに 生か されてい る。 換言す れぽ、 会

た ちの

 

基 金の

立 が、 金融 機 関 などか らも信 頼 され、

WA

仏教 会の 運 営を よ り

 

円滑に して い る。 こ の よ うな

運営

を 「フ ァ ン ド型 運

」、 と呼ぶ こ と が

 

る で あろ う。

2

 

寄 付の 制度が広 く

り、会

た ちは 五

精 神

に 基づ き、 できる

 

限りの 寄 付 行

加 し よ うとし て い る。 その 事

は、

が とて も

 

い こ とか らも判 断で きる。 つ ま り、

は 仏教

と し て の 一

  粛

約の で ある か ら、 年会

を増 額 する こ とに よ っ て、 その 収入 を

 

WA

教会

の 主 た る財 源に るつ も りはない そ れ故、 毎回の 仏

に必

  要

な経

は、 殆ど

寄付

に よっ て まか な わ れる。

員の 無心 の 寄

行 為

 

が、 サ ンガ と信 者 とに お け る法 施 と財 施の 関 係を円滑に して い る。 こ の

 

よ うな運

を 「ダーナ型 運 営 」、 と言 うこ とがで きる。

3

. 信

丘、

尼 僧

に 対

尊崇

けれ ぽ

い ほ ど、 財

 

大 き く

らむ。 逆の 言 い

れぽ、 比丘 が信 者に

え る法 施に

い 浸

 

潤 力が あ }zeX 、 信 者は財 施に 励 むこ と を最 大の

び とする。

4

WA

仏教 会が は じめ て

S

僧 院比 丘た ちを 迎 えた

とその 翌

年 (

1984

 

は、 ウ エ ーズ

5

. タ イ国か らの 長 老比丘 が、 タ イ 国仏 教 徒と一緒に

S

院を訪 問 した年

 

1985)

は、

寄付

が大 きい 。 こ の こ とは、 上の

3

との

関係

に おい て

 考慮

さ れ るべ の で Q       (9)

6

 

S

院の

ジ ャ ガ ロ 長 老

Ajahn

 

Jagaro

タ イ国訪 問か ら帰 国

 

した

年 (

1984 年

86

87年

)は, タ イ

国仏教徒

た ち か らの

S

僧院

へ の

 

付 が多い 。

7

. 西オース ト ラ リ ア で 生まれ, 育 っ た ウ ヱ ス タ ナ ーズが

S

僧 院で は じめ

 

得度

受戒

し た 年は , 会 員か らの 多

の 寄付に加えて , タ イ国仏 教 徒

 

た ち か らの 寄 付

非 常

い 。 特に , タ イ国仏 教

か らの 寄 付が多い と

 

言 うこ は, タ イ仏教の オ ー ラ リ へ の 輸 出 す なわ タ イ

仏教

(7)

      オ ース トラ リ アの仏 教      41

 

の オ ース

F

ラ リア 化を

慶賀

する タ イ国 仏教

た ちの 意 志 表示で もある。

8

1985年

の タ イ国か らの オ ース トラ リア

は, 漸

加の 傾 向

 

を 示 し, 西 オ ース ト ラ リ ア に も

住する よ うに な り,

WA

仏教

会員

 

に な る もの もい る が,

らは 財政 面で の寄 付よ りも, む し ろ

S

僧院 で の

 

動に専 念 する場 合が

い 。

らの

奉仕活動

が,

WA

教 会

 

全 体の運 営に大 きな役

を果た し てい る こ とは言 うまで もない 。 こ の よ   うな運営を 「奉 仕 型 運営」, と呼ぶ こ と がで きるで あろ う。

3

. 信 者の ンガへ の 日常の サ ポー ト

  1984

年の計 に よれば, オ ー ア の人 当た り

GNP

(国民

)は

11

890US

ドル で り, タ イに おける 一 人 当た りの そ れは

850US

ド         (1D) ル で あ る。 一般 論 と し

数字

は 一

魔術

と を

て は な らな が, 数

の上 だけで オ ー ト ラ 比 較す , 前 者は

者 よ り も

13倍

も裕

な こ とにな る。

当時

の 日本は, 一 人 当 た り

GNP

10

0390US

ドル , と報

されて い るか ら, オ ー ト ラ 本 人 も裕 福 なこ とにな る。 しか し, これらの 数 宇 だ けで, その 国の 一一 人の 布の 中身 を判 断す はで きない 。 否, 判 断 して はな らない の で ある。 そ の こ と は , 前 述 した よ うに , タ イ国の

た ち が オ ー 仏 教 徒 た ち よ り も, 多

の 寄 付を申 し嵐て い る 一

か ら も

。   し か し, オ ー も経 済 状 態 良 くい タ , 多 く の

た ち が一

な くとも一

は巡 礼 グル ープ を

っ て, オ ー リア の タ イ仏 教の 僧 院 や寺 院

し, 高

な寄 付を申し出て い る こ とは, オ ース トラ リア よ りもタイ人が逆に裕 福に さ え見え るの で ある。 こ の点に 気 付い た一人の ウエ ス タ ナー仏 教

が, タ イ仏

へ の 関心か ら

次タ イ 人気 質の 研 究へ と学 問 領 域を

て い るが , 今

は こ の よ うな人類 学

研 究か ら の ア プ ロ ーチ も大切であろ う そ の よ うなア ブ Pt 一一チ は ともか くとし て , こ こ で短 絡

な言い

れ ば, 仏 教国の 長い 伝 統の 中で 育て られた

寄付

と奉 仕の 生 活が タイ人を

精 神面

裕福

に させて い る, と言え るの で

る。 以 下,

(8)

 42       バ ー学 仏 教 文

仕 型運

」を中心に ,

S

僧院 と

WA

仏 教

との 関 係を

べ て み たい 。

 

1984

の タ イか らの オ ース ト ラ リ アへ の

は,

か に

330 名

っ た, とすで に 述べ た が , その

の 移 民 者の

は次

加 して い っ た。 だ が,

米 諸 国か らの 移民の

に 比べ , ア ジア

国 か らの 移 民の

は 非 常に

な い 。

1988

7

在, パ ー

500

の タ イ

ん で い る。 その

約 100 名

は , オ ー ト ラ 政 府

P グ ラム に基づ い て

西 オ ース ト ラ リア大 学 (

The

 

University

 of 

Western

 

Australia

勉 強

    (11) て い る。 また , 最 近は特に タ イ女 性の移 民が多 く, オ ー ト ラ リ ア

して, 西オ ース トラ リア北 西部に住ん で い る。 殆どの タイ人は 「タ イ ・ オ ー

ス トラ リ ア

会」 (

The

 

Thai

Australia

 

Association

に所

し, タ イの

的行

に参加 し てい るが, 彼 ら全 員が

WA

仏 教 会の会 員に な っ てい るわけ で はない 小 数た ち が仏 教 会会 員で ある。 しか し, 奉

活動に は非 常に 熱心で, 約

2

30

家 族がそ れ ぞれ交 替で

S

僧 院 を訪ね , 食 事の 準 備 を は じ. め, 生 活に おけ る色 々 な面で サ ソ ガを支えて い る。 こ の よ うな奉 仕 活 動 もダ ーナ の

, 毎日の

食事

に 必要 な材 料が

S

僧 院 に ない 場合に は, 奉

活 動は

分に生か さ れ ない 。 そ の 意 味で は, 「奉 仕 型 運

」 は常に ダ ーナ型運

」と共

しな くて は な らない 。

事を

心に,

信者

の サ ン へ の サ ポ ー トを

箇 条書

れば

大体

, 次の よ うに なる。

 1

. 信 者の 族 が

S

み 込 んで お り, 日頃はその 家族が

  

サ ン

料 を調

する。

 

2

 

し か し, パ ー

市 内

信 者 , 必

主に , 早

  

朝 ),

S

僧 院 内に 住む信 老に 電 話を 入 れ, 院

料 事 情, 特 に, 新 鮮

  

な野菜 類, ミ ル ク, 油な どの保 有 状 況を尋ね る。

 

3

. その 状 況に よっ て , 必 要 な もの があれぽ,

信者

の 一

が そ   うち に必ず

S

僧 院に届け る。

 4

. 上 の

1

2

以 外に も, 信 者た ち は , 不定 期に

S

僧 院を

問す る時に は

  

必ず生

類な ども含 む)を持

し, 所 定の 場所に置い て お

  

く。 また, その 際, 次回訪問 時に は どん な もの が必 要で あるかに も よ く

(9)

       オ ース ト ラ リ ア の仏教       43

  

注 意 し て お く。 ただ し,

衣 な どは雨 安 居終 了

の 大

なイベ ン トが行

  

な わ れ る時に , 信 者た ち か ら

施 され る。

 

5

. サ ン い か な るダーナ も

戒律

に基づ い て受 け取るだ けで あっ て、 自

  

分た ちの

か ら必 要な もの を要 求 しない。 だ か ら、 こ の

し て は、

  

信 者が

に気を配る必 要が あ る。

 

6

日の

食事

準備

は信 者とア ナ ガ ー リカ

新 参

出家 者 ) と が

  

一緒に

な う場

が多い 。

 

西 オ ース トラ リア大 学で学ぶ タ イ学生も 、

S

僧 院で の 奉 仕 活動に は

極 的 で ある。 パ ー

か ら

S

院まで は、 ど うして も車を 必要 とする た め に 、 彼 らの 奉 仕 活動はある程 度 限定 されるが、

S

院で の

事は か な り多い の で 、 彼らの奉 仕は充 分に可能である。 また、

S

僧院 を訪問 す る 限 り、奉 仕

動だけで

わ るの で は な く、 その 奉 仕は必

法 施 として

元され る よ うに プロ グラ ム ま れて い る。

間を通じて の 大 きな

事は、 四 ま たは 五

種類

ある。 す なわ ち、   聖 者 祭また は

2

月祭 (

Magha

 

paja

 

Day

),   花 祭 り

Vesakha

 

PUja

 

Day

 

入雨

安居祭

また は

7 月祭 (Asalha

 

P

α

ja

 

Day

),  

安居 中間法 談 祭 (

Dhamma

Day )

 

ま たは

10

月祭 (

End

 of the 

Rains

 

Day

) な

。 これ らの 大 行 事 以外に も色 々 な行事が 日曜

日に

なわれる か ら, 信 者た ちの僧 院の 出入 は か な り

頻繁

にな る。 ま た , 毎

月, 八戒

Eight

Precept

Observance

 

Days

)を

4

日間 もうけて い る。

八戒 斎 日は ウ イー ク デ ーに当た る 日が多い の で

仕 事

を もっ て い る信 者の 参

で ある が, 一 部の信 者た ちはそれ な りの 奉 仕活 動を行な っ て い る

 

すで に

よ うに ,信 者た ちの 奉 仕 活 動を含め た比丘た ちへ の 財 施は必 ず 法 施とな っ て

らに 返 っ て くるが, 法 施の

心 にな るもの は, 特に

S

僧 院 に おい て は,読 経 (

Chanting

),メ デ ィ テ ーシ ョ ソ 法談の 三 施で ある。 読

に は 晨潮 勤行と 日没勤行の 二 種類 があ る。 信者 た ちは これ らの読 経に参 加し, また, メ デ ィ テ ー シ ョ ン の

指導

を受 け,

法談

に 耳を 傾 ける こ とに よ っ て, 清 浄な 心 を 日指 すの で あ る。       (12)

 

近イ ギ リス ら , パ ー一 英 訳 勤 行 集

。 カ ン テ ィ

(10)

  44      /sL一教ざ ⊆イ匕学 パ ー 卩 一長 老 (

Ven

Khantlpalo

ー ・ ・ ウエ ール

 

以下、

NSW

の 仏法

で は 英 訳の 違い は あるが , その 勤 行 集 と                        (13) 伺 じパ ー の ガ ん で い る。 し か し,

S

院で は, パ ー に タ イ語 も加 え られて い る か ら, ウエ ス タ ナ ーズ の 仏教

た ちに とっ て は, 学 習の

が るこ とに なる。 勤行は晨 朝, 日没 共に 「供 物献 呈 (

Dedica

− tion of 

Offerings

か ら始 まっ てい る。 以下, その 一部 を紹 介 して お こ う。

 

To

 

the

 

Blessed

 

One

, 

the

 

Lord

 who  

fully

 attained  perfect  enlighten −

      ment ,

  

To

 

the

 

Teaching

 which  

he

 expounded  so well

  

And

 to the 

Blessed

 

One

’s 

disciples

 who  

have

 practised  wel1

  

To

 

these

the

 

Buddha

, 

the

 

Dhamma

 and  the 

Sangha

  

We

 render  with  offerings  our  rightful  

homage

  

It

 

is

 well  

for

 us , 

Blessed

 

Olle

, 

that

 

having

 attained  

liberation

  You

 still 

had

. compassion  

for

 

later

 

generations

  

Deign

 

to

 accept  

these

 simple  offerings

  

Fo

セ our  

long

1asting

 

benefit

 and  

for

 

the

 

happiness

 

it

 

gives

 us

  

The

 

Lord

, the 

Perfectly

 

Enlightened

 and  

Blessed

 

One

  

Irender

 

homage

 

to

 the 

Buddha

, 

the

 

Blessed

 

One

     −

bow

  

The

 

Teaching

 so completely  explained . 

by

 

him

  

Ibow

 

to

 

the

 

Dhamma

.      −

bOW

  

The

 

Blessed

 

One

’s 

disciples

 who  

have

 

practised

 wel1 −

  

Ibow

 to the 

Sangha

     −

bow

 

上 は 「供 物 献」 の 英 訳で あるが, 信者た ち は 比丘 た ち と 一 こ の 偈をパ ー

え た

, 日

没勤行

で は, 念三 宝 (

Recoliection

 of 

the

(11)

      オ ース トラ リア の教      45

Buddha

, the 

Dhamma

 and  

the

 

Sangha

)の 偈,

三 宝 (

Supreme

 

Praise

of 

the

 

Three

 

Gems

)の

を唱え, 晨 朝 勤 行で は , 帰三 宝

Homage

 to

the

 

Three

 

Gems

な ど を唱え る こ とになっ て い る。 法 施の 具

内容

と 共に在 家 信 者の 財施 の

に つ い ての 詳 細は, 『ウパ ー カ ジ       (14) カ ーラ』に 述べ られ て い るが, 本

で問

に し てい るこ とは , 法 施 と財施の

身で はない 。

WA

仏教 会の 信者た ちが, 

S

院や

WA

教会

に対 し て, ど の よ うに ダーナ 活 動を 展 開し て い る か , また, サ ン ガ は彼 らの 活 動 に 対 し て, どの よ うに答えて い る か, に

焦点

て て い る。 そこ で,

に は ,

信者

の 「

奉仕型

1

ダ ーナ 型 運 営」 を通 して , 比 丘サ ン ガ と

WA

仏教 会と の 関 係を見るこ とに しよ う。

 

1987 年

16

2

千 ドル で

入 し た

WA

仏 教 会は, 暝 想堂に 加 えて , 図 書 館 と

丘た ちの宿 泊 施設 を設け る な ど, かな りの 改 築を行なっ た。 そ の お 陰 で ,

1 年後

に は

50

万 ドル の 資産

評価

こ の

WA

仏教 会の 基 本 的

運 営

は, 前 述の通 り, 「フ ァ ン ド型 運 営」 に よるが,

花祭

りの よ うな年 中 行 事,

週,

月の 色々 な行

はすべ て 「

奉仕

型 運 営」 と 「ダ ーナ 型 運 営」 に依

してい る。 毎 週の 行 事で , 水, 金, 土 , 臼の各 曜 日 は , 少 な くと も 長老比 丘

1 名

添い 比丘

1

名を

WA

で必要 とし, ま た , そ れに 伴っ て 比丘た ちへ の ダ ーナ も行 なわれる。 こ の 場合, 毎 週,

S

僧 院か ら

WA

仏 教 会 まで 車 で り迎 えするの は , 言 うまで もな く, 信 老た ち で ある。 さ らに , 月 曜 日 と

火曜

日の

か らは タ イ ・

Thai

 

Chi

T

’ai 

C

hi

の ク ラス が開かれ るよ うに なっ た。 タ イ ・ イ と , 中 国の 宗 代に は じ まっ た大 極 挙に似た 運 動で るが,

108

種 類の ゆっ くり した

休の 勁 きに よ っ て,

住 坐

の 行 に 力

置 く

メ デ ィ テ ーシ ョ ン で ある。 これ らの

期 的な行 事 とは別に, ベ ト ナ ム カ ソ

め の

, 色々 な国の 料理試 食 会な ど 盛 りた くさん の 行 事が, 毎週, 毎月,

WA

仏 教 会で繰 り広

られて い る これ らの 諸 行 事は , と うて い 小 人 数の 信者 の 奉

だけで ま か な え る も の で は な い。

くの 信 者の 奉仕が結

して , は じ め て諸 行 事が

成されるの で あ る 信者た ち の 奉仕の 結

は, 比 丘サ ソ ガの

法施

か ら生 まれるの で あ る だ か

(12)

  46       パ ーリ学 仏教 文 化学 ら, そ こ に は, 特別 の きま りが存 在 し て い るわ け で は ない 。 信者た ち は, 他 人のため で は な く,

分の ため に 奉 仕 してい るの で ある。

 

以 上の こ とか ら, 信 者た ちは奉 仕 型 運

に して も, また, ダ ー 型 運

し て も, その 運 営に は 一 規 興 , 厳しい

度な ど は な く, ま た , なに か に

られて い るこ ともな く,

自由

方法

S

院や

WA

教 会を運

し て い る, と言え る であろ う。

れ ぽ, 信

た ち と

S

院,

WA

仏教 会との 関 係は, 厳 しい ル ー い こ , そ の ま ま 一 , 決 定

制度

た ない こ と が, そ の ま ま 一

度に な っ てい るの である。 こ の ような 「

無規

則の 規 則, 「無

制度

制度

」の 閣

こ そ,

者と比丘サ ン ガ の 係で あろ う。

 

こ の

は, 西 オ ー ト ラ 州 政 府 要 人た ち も当然 伝 っ た。

1987

11

14

 

H

WA

仏 教 会の 瞑 想 堂 「

理の

で , お

い の 言

州 知 事

Sir

 

Gordon

 

Reid

教 授は, 仏 教が説く人 類

理 の 探 求, 寛 大さ, 調

な どを

認識

し た上 で, 今

の オ

ラ リ 民 族 多 様 性

その一 の

を仏教の 中に

め るぺ

, と言 及 し てい る。 以下,

祝 辞の 一部 を紹 介 し て お こ う。

 _

lt

 

is

 

fitting

 that  

in

 the midst   of  a  multi −cultural  

Australia

  of

the

 

1980

s 

in

 

the

 midst  of a 

growing

 awareness  and  recognition  of

the

 

great

 

depth

  of  

human

 

talent

  of 

faiths

  and   of 

the

 

human

endeavour  

that

 surrounds  us

,  we   should  welcome  this  evidence   of

spiritual  and  ethical  

depth

 within  our  community .

  

According

  tQ  the 

1986

  census  

there

  were

 

7

178

 

Western

 

Australians

 of 

the

 

Buddhist

 

faith

O

5

% of the  total 

population

. 

Yet

 

that 

O

5

represents  a remarkable  

diversity

 of   ethnic  groups . 

It

 

includes

 members  of our  community  

from

 

South

 

East

 

Asia

from

 

Thailand

, 

Cambodia

 and  

Sri

 

Lanka

and  

it

  also  

includes

  many

  “

Westerners

.1,

   

The

 noted  

Aus

 tralian pQet  and  writer

(13)

      ナース トラ リ アの仏 教      47

 

that

:‘ ‘

The

 unity  of man  

is

 

based

 on  

his

 

lnfinite

 

diversity

”. 

And

 so  

in

 this wealth  of  race

,  nationality ,  culture   and  

professional

 

background

 

that

 

is

 modern  

Australia

, 

in

 

these

 closing  

decades

  of  the  twentieth  century − we   must   surely   admit   ourselves  

to

 

be

 

enriched  

by

 

the

 

human

 

diversity

 we  now  

have

 

In

 

the

  words  of

 the 

Indoneslan

 national   motto − “

Unity

 

in

 

Diversity

 − we  as

 modern  

Australians

 should  

find

 similar  

inspiration

, 

We

 are  unified

 

in

 the realisation  of every  

person

’s ultimate  

individuality

− and  yet ,

 we  are  unif 圭ed 

by

 the  

fundamental

 accord  of 

the

呈r 

interest

,  and  

through

 

the

 similarity  of  

their

 

hopes

, 

fears

 and  aspirations  as  

human

 

be

呈ngs . 

As

 the 

Buddha

 

himself

  noted

,  we  are  ali 

born

,  we  must  aZI 

grow

 old

, we  must  a11 

die

._

 

州知

引用が少 し長 くな っ たが,

の 祝 辞か ら, こ れか らの オ ー ス トラ リア仏 教が, オ ー

精 神文

化 形成 , か な り期

さ れ てい る こ とが判る。  また ,

S

  ト ラ リア の

ABC

テ レ ビ , 多 くの 時 間を費や し て , 

S

僧 院 や

WA

仏教 会の 活 動 状 況を テ レ ビに撮 り,

1988

2

21

日,

1

時 問番 組でそ れを放

した。 こ の 時 間は, い つ もキ リス ト教 関 係の テ レ ビを

映 す るため に ,

回の

組 も ‘

Divine

 

Worship

’とい タ イ トル に な っ たが , テ レ ビ の 中で ジ ャ ガ ロ 長 老が説 く法 話耳 傾 け 視聴 者

パ ー か は , 仏教が 目指 す もの が一体 何であるか と言 うこ は理

た は

である。

4

WA

会とタ イ仏 教 徒 との 関係

 

オ ース トラ リア 政 府は今か ら凡 そ

2D

年 前か ら, 白

主義政 策を放 棄 し, ア ジア諸 国との

好 関

を重 視 し てい るが, 移

に 関す る限り, とて も慎 重で あ り,

しい

類 審 査を行 なっ て い る。

1985 年

は, タ イ国か らの ナ ー ト ラ リ ア移 民は か な り

大 した , とすで に述べ た が, タ イ 国に住む 比 丘 が オース トラ リア で

永住権

る場 合で 複 雑 な手 続 き とか な り月 を

(14)

 48      パ ーり学仏教 文 化 学 必要とする よ うである。

  1988年

1

WA

仏數 会の シ ー

Kathy

 

Shiels

)会 長 む ユ

の イ ギ リス まれの丘 ・ ニ ャ ダ ッ シ (

Nyadassi

S

院に招へ い し, 常 駐で きるよ うに オ ース

1

・ラ リ ア移 民 局に 要 請 し た。 移 民 局は, 仏教 の

教義

仏教会

の歴史, 活

産, さ らに ,

WA

教会

とタ イ

仏教

との 関 係,

S

院とタ イ国の比丘 との関 係な ど,

細 な

類を

出する よ うに求 め た。 何 故な らぽ, オ ー ト ラ リ ア政 府

k

分 野 技 術 移 民 者 て い るか らで

る。 そ して , 移 民局が要 求 した通 りの 書

を提 出した

, 正 式な

可が

るまで に 凡そ半年か か っ た, とシ ー 会 長 た。 ま た , ニ ャ ダ ッ シ比 丘 は イ ギ リス 国

を持っ て い た の で , 約 半 年で 移民 許可 が 出た の だ, とも言っ てい た。

 

⊥の 一

か ら

ース ト ラ リアへ の 移 民は 決し て簡 単な もの で はない こ とが

る。 「

単に は い か ない 移 民」 が よ うや く許可 された タ イ移 民

は, すべ 。 こ の ニ リ ー 移 民 者 , とりわけ,

心 な

仏教徒

た ち が西オ ース トラ リ ア に

住 す る場 合, 彼らは, ある

意味

で,

WA

仏 教 会とタ イ仏教 との 関 係を結び

け る役 割を果たそ う とし て い る。 と言 うの は, 難し い

を経た

, よ うや く移 民 許 可 を 得て オ ー

住し た 彼 らに は , 早 くオ ー ラ リ 社 会

も うとする

気持

と自国の 仏教 文 化 を他 国で も保 持し よ うとする気 持 とが, 強 く働 くか らで ある。 こ こで言 う仏 教 文化 とは , 主に 仏教

礼 ・

式の

 

私は

オ ース ト ラ リア に お ける ウエ ス タナ ー

た ちは, タ イ仏

か ら

入 され たメ デ ィ テ ーシ ョ ン 仏 教は

け入 れる が,

信 仰

, 迷       (15) 信, 占い な どに は 一切触れ な , 取 り入れ ない , と決めて い る, と述べ た 。 そ の英 文を再

度紹

介 して お こ う。

 

There

 

is

 no  use  of sacred  cord , no  spirit  

houses

, 

palmistry

, astro −

 

logy

, occult  or alchemy , no  use  of 

gold

 

lleaf

 

for

 

images

,  offerings  to spirits  or special  shrines .

(15)

      一オース ト ラ リア

Lq

仏 教        49 トラ リア の 地で

を 上

た の は

15

年 前で るが,

日 に至る ま で ,

WA

仏       (16) 教 会 及び

S

僧院に おい て は , 上 の決 定

項は守 られてい る。 しか し, その 決 定 事 項の 最 初文 面に , 「聖 な る

sacred  CQrd ) と言 う

が見られ る。 こ の 聖な る糸 とは , パ ー ッ タs (

Paritta

) と呼ぼ れ る経

      (17) を読 諦す る伝 統 的な

礼 ・

式で用い る もの で ある。 オ ー ラ リ ア の ウ ス タ ナ ー仏教 徒た ちが, タ イ

の 民 間に 存在 す る迷 信, 占い な どに

関心で ある こ とは, そ れな りに理

で きる。 し か し, タ イ仏 教の

儀礼

儀 式

極 的に

け 入 れ ない こ とはあっ て も, 完全に否定す るこ とはな い 。 そ の 理

は , 仏 教に

対す

敬虔

度, 上座 部系の タ イ

教の

入 な ど, 色々

え ら れ るが, すで に 述べ た よ うに , 現 実 的に は, タ イ仏 教

の巡 礼 グル ープが

W

A

仏 教 会や

S

僧 院を訪 問する こ とに も関係して い る か らで ある。 だ か ら, 現 時点で は , タ イ

教 と

WA

仏教 会

S

僧 院

との 関

せ ない 。 その あ た りの 気配 りを してい るのが, タイ国か らの移 民

た ちで ある。 つ ま り, 彼 らはタ イ国の 仏 教 儀 礼

オ ース トラ リア の

入 し よ うと るの で ある。 その 一 , パ リ ッ タ

礼 ・ 儀 式である。 こ の

儀礼

儀式

は,

通,       (18) 仏教

な わ れ る。 以 下, 簡 単に その

礼 ・

式を

介し よ う。

 

L

 

生児とその 母 親

せ を願 う とき, 農 作 物の 実 りを願 うとき, 新婚

  

に 好 運を願 うとき,

新 築

を祝 うとき, 法 事の とき, な どに 行な う好

  

運 招来 とその 守 護の 儀 式で ある。

 

2

. 一丘を 家に

招待

し, パ ー り語 聖

の パ リッ タ読 経を依 頼 す る。

 

3

. そ れ まで の 準 備 として , 仏 壇を安 置し, ロ ー , 香な どを

え る。

  

また , 仏壇 の 前に は, 比 丘 た ち を歓迎す る意 味で, マ ヅ ト,

壷,

  

飲料

水, コ ッ プ な ど も用

す る。

 

4

. 仏 ・ 法 ・ 僧 三宝を象

する本 また は 倍 数 白 い

綿糸

  

に捲 きつ , そ れ を壁か ら家の

き込み, 仏

に 安 置し て ある仏像

  

る。 さ らに, そ の 綿糸は水瓶の 中へ , ま た, そ こか ら長老 比丘 の と

  

ころ, そ し て更に, 比丘 た ち の 列へ と, 伸 ばさ れ る。

5

読経

丘 た ち綿 糸を親 指 と人差 し指で

保持

し, 合 掌の 状

(16)

 50      パ ーり学仏教 文 化学

  態

げる。

 

6

を 通 じて , そ の 綿

に電流の よ うに 聖 な る力が伝わ り, 好運 招

  

の水

に もそ の がみ な ぎる。

 7

 

さ らに, そ の

綿糸

わ る力は

仏像

に よ っ て倍 加 され, 家 全 体が 一 時

  

的に聖化され る。

 

8

. 読

,長 老 比丘 は聖 なる力が加え られた 水 瓶の を, そ の家の人

  

々 の りか ける。 また , その 家の 主 入は その 水の い くらかを

  

器に移 し, そ の水を 自

の 頭にす りつ け る。

 

現在, 西オ ー ト ラ リ ア に 仏 教 徒 こ の よ うな儀 礼

儀式

, 行 なっ てい る と言 うニ ュ ース は

か ない し か し こ の よ うな

儀礼

儀式

めて 儀 礼 ・ 儀 式が オ ース ト ラ リア の 地 に お い て ,

将来

どの よ う に 展開され る か は, タ イ国か ら移 民 し た エ 仏 教 徒た ち ラ リ ア での

儀礼

式の 強 調の 仕 方に もよ るが , む しろ,

後の ウエ ス タ ナ ー仏教

た ちの に よる方が大 きい で あろ う。

 

1988

4

月末 日に タ イ国か ら

140

名の巡 礼グル ー プが

WA

仏 教 会

S

僧院

を訪

し,

多額

寄付

なっ た。 また ,

5

29

VesEkha

 

Day

)に は,

130

名の ウエ ス タ ナ ー

S

ま り , 女 性 た ち は白衣を身に 纒い ,       (19) タ イ仏 教の 儀 礼 e 儀式基づ い て , 五戒の 遵 守を

っ た とい う。 しか し,

らや彼女た ち は 「

仏 教

に な っ た の で あるが, 「タ イの

仏教 徒

」に な っ たの で は ない , と自覚 し て い る ウ エ ー仏教 徒 も な り る 。

 概

して,

WA

仏教 会に 所 属 す る仏教 徒た ち は, タ イ仏 教 との 関係を大切に し てい る。 だ が,

後, 第三次, 第四次の ウ エ タ ナ ー仏 教 徒た ちが増え な らば, タイ仏 教 との 関 係は か な り変わ り, ま た, オ ー ラ リ タ イ仏 教の

形態

も当然

変化

るで ろ う。 その

程に お い て , ウ エ タ ナ ー 仏教徒た ち は, 儀 礼 ・

儀式

め て , タ イ仏

との 葛

合, 対立 と調 和 の 歴史を築 きな が ら,漸 次, 「ナ ー ロ 仏教 」

Austro

Buddhism

)を 石

立 して い くで あろ う。 その よ うに 考え られる第 一 根拠 , 前 述の 通 り, タ イ 仏 教の 儀 礼 ・ 儀

い なが ら も , 「私は タ イ

に な っ た の で は な く,

参照

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また、チベット仏教系統のものとしては、フランスのド ルド ーニュにニン マ派の Dilgo Khyentse Rinpoche

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突然そのようなところに現れたことに驚いたので す。しかも、密教儀礼であればマンダラ制作儀礼

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1991 年 10 月  桃山学院大学経営学部専任講師 1997 年  4 月  桃山学院大学経営学部助教授 2003 年  4 月  桃山学院大学経営学部教授(〜現在) 2008 年  4

2011 “Key Features of Dharmakīrtiʼs Apoha Theory.” In: Apoha: Buddhist Nominalism and Human Cognition, Mark Siderits, Tom Tillemans, Arindam Chakrabarti eds., Columbia

1951 1953 1954 1954 1955年頃 1957 1957 1959 1960 1961 1964 1965 1966 1967 1967 1969 1970 1973年頃 1973 1978 1979 1981 1983 1985年頃 1986 1986 1993年頃 1993年頃 1994 1996 1997