• 検索結果がありません。

  生きていることと存在していること―終焉テーゼ問題をどのような問いとして捉えられるか―   (297.23KB)

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "  生きていることと存在していること―終焉テーゼ問題をどのような問いとして捉えられるか―   (297.23KB)"

Copied!
16
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

はじめに  終焉テーゼと呼ばれる「人間は死ぬと存在をやめてしまう(cease to exist)」という主張は,おそらく一般的にも理解の容易な自然な捉え方で あろう。しかし,この主張を拒否して「人間は死んでもすぐさま存在しな くなってしまうわけではない」と主張する立場がある。本稿では,この立 場をとるソマティック動物主義という考えを批判的に検討し,終焉テーゼ をめぐる問題をどのような問いとしてとらえることができるのかを扱う。 まずソマティック動物主義がどのような根拠で終焉テーゼを拒否するのか を確認し,次いで,この終焉テーゼを拒否する議論が説得的なものである か否かを検討する。最後に,こうした終焉テーゼをめぐる議論をどのよう な問いとして考えることが可能なのか,という展望を示すことを試みる。 1.取り上げる問題の説明 1.1.

(2)
(3)
(4)
(5)
(6)
(7)
(8)
(9)
(10)
(11)
(12)
(13)

問題である。  この問題を「種別概念(sortals)」を用いた表現で言い換えてみると 次のように表現できるであろう13。人間というものを「実体種別概念 (substance sortal)」とみなせるとする。すると,遺体や遺骸の状態を, 人間という実体種別概念の一時的な様態である「局相種別概念(phase sortal concept)」に属するもの(とりわけ本質的な局相概念)とみなすこ とができるのか,それとも,人間とは異なる種別概念の状態とみなすのか, そのどちらかであるのか,という問題である。終焉テーゼの正しさをめぐ る先の争点は,このように表現することができる。これは「ある存在者の 一時的な状態が,その存在者の属する実体種別概念の局相概念であるとは どういうことなのか」というまだあまり論じられていない問題に関わるも のである。  また,解決困難な問題を前にするとしばしば頭をもたげてくるのが「規 約主義(conventionalism)」である。規約主義的な考えによれば,人格は, 少なくとも部分的には社会における個人や共同体のさまざまな価値的な実 践によって規定されるもの,とされる14。そうすると,私たちが「死ぬと 存在しなくなるかどうか」という問題も,私たちの社会における規約が関 わっている,ということになるだろう。つまり,終焉テーゼをめぐる問題 は「私たち人間の存在のありかたというものが,実在論的にのみ扱いうる ものなのか,それとも社会構成的に規約で定まるものなのか」という問題 とも関わりがあることとなる。  このふたつの論点をあわせると「遺体や遺骸というものが人間という実 体種別概念の局相種別概念に属するものとみなせるか否か,そしてそれは 実在論的に定めることができるのか,それとも規約主義的な要素を加えて 定めるのか」という問いとして読み直すことが可能であろう15。当然これ だけでこの争点の問題設定がつきるわけではないが,ひとつの足がかりと することは期待できると思われる。 13 紙幅の都合もあり「種別概念(sortals)」を十分な説明なしに用いる。「実体種別 概念(substance sortal)」と「局相種別概念(phase sortal concept)」については, Wiggins(1980)を参照。また局相種別概念に本質的なものと偶然的なものとの区別をた てることについては福田(2017)を参照。

14 Braddon-Mitchell & Miller(2004, p.457)参照。

(14)

おわりに  「人間は死ぬと存在をやめてしまう」という主張を拒否するソマティッ ク動物主義の立場は一見奇妙なもののように思えるかもしれない。けれど も,ことはそれほど明らかなわけではない。その理由は,この問題が,私 たちがどのような存在者であるのか,という根本的な問いに関わり,他の さまざまな問題と関わるものだからである。本稿では終焉テーゼをめぐる 議論を簡単に検討した後,この議論を他のどのような論点と関連づけて考 えてみることができるのか,そのごくわずかな一端を展望として示した。 参考文献

Ayer, M. 1991: Locke: Epistemology and Ontology, vol.2 Ontolgy, Routledge. Blatti, S. 2020: “Animalism”, The Stanford Encyclopedia of Philosophy (Fall

2020 Edition), Edward N. Zalta (ed.), URL = <https://plato. stanford. edu/archives/fall2020/entries/animalism/>.

Braddon-Mitchell, D. & Miller, K. 2004: “How to Be a Conventional Person” in The Monist, vol. 87, no. 4, pp. 457-474.

Carter, W.R. 1999:“Will I be a Dead Person?” in Philosophy and Phenomenological Research 59, pp.167-71.

Feldman, F. 1992: Confrontations with the Reaper: A Philosophical Study of the Nature and Value of Death, Oxford University Press.

    . 2000: “The Termination Thesis” in Midwest Studies in Philosophy 24, pp.98-115.

Francescotti, R. 2018: “Surviving Death: How to Refute Termination Thesis” in Inquiry 61-2, pp.178-197.

Hershenov, D. 2005: “Do Dead Bodies Pose a Problem for Biological Approaches to Personal Identity ? ” in Mind 114, pp.31-59.

Luper, S. 2009: The Philosophy of Death, Cambridge University Press. Mackie, D. 1999: “Personal Identity and Dead People” in Philosophical

Studies 95, pp.219-242.

Olson, E. 1997a: The Human Animal: Personal Identity without Psychology, Oxford University Press.

(15)

    . 2013: “The Person and the Corpse” in The Oxford Handbook of Philosophy of Death, edited by Ben Bradley, Fred Feldman, and Jens Johansson, Oxford University Press, pp.80-96.

Wiggins, D. 1980: Sameness and Substance, Harvard University Press. Yourgrau, P. 2019: Death and Nonexistence, Oxford University Press. 鈴木 生郎 2011: 「死の害の形而上学」『科学基礎論研究』vol.39,no,1,   pp.13-24.

福田 敦史 2017: 「私の時間性の両立の問題:自我である私と人である私」 『時間・自己・物語』信原幸弘[編著],春秋社,2017年6月,pp.143-177. 横路 佳幸 2019: 「私たちとは何であるか:動物説と構成主義」

  Contemporary and Applied Philosophy, vol.10, pp.114-165.

(16)

参照

関連したドキュメント

自閉症の人達は、「~かもしれ ない 」という予測を立てて行動 することが難しく、これから起 こる事も予測出来ず 不安で混乱

わかりやすい解説により、今言われているデジタル化の変革と

ぎり︑第三文の効力について疑問を唱えるものは見当たらないのは︑実質的には右のような理由によるものと思われ

 今日のセミナーは、人生の最終ステージまで芸術の力 でイキイキと生き抜くことができる社会をどのようにつ

自然言語というのは、生得 な文法 があるということです。 生まれつき に、人 に わっている 力を って乳幼児が獲得できる言語だという え です。 語の それ自 も、 から

・私は小さい頃は人見知りの激しい子どもでした。しかし、当時の担任の先生が遊びを

大村 その場合に、なぜ成り立たなくなったのか ということ、つまりあの図式でいうと基本的には S1 という 場

神はこのように隠れておられるので、神は隠 れていると言わない宗教はどれも正しくな