二宮栄一
On the Cause of Death of Insects by Rotenone By Eiichi NINOMIYA
緒言
ロテノーンの生物の生理に及ぼす影響については古くは久保(1903) , Hasselt (1910),石 川(1916‑17)其他幾多の諸家の研究があり恒温及変温動物に対して,或は神経中枢麻樺を或 は呼吸中枢麻樺を惹起せしめるものと推論され,叉昆虫に及ぼす影響については, Tischler (1935) ,林(1935,1940) ,森山(1941) , Kirjgsiran and Berger Q950) ,山崎・石井 (195】) ,鈴木・山崎・石井(】951) ,大塚(1951) ,其他多くの研究がある。主なる知見に よればTischlerはロチノrソの屋虫に及ぼす影響はその酸素利用能力の阻止にありと推定し 棉, Krijgsman,山崎・石井等は背脈管樽動数の減少或は弛緩性停止を報じ,鈴木・山崎・石 井等はロチノーソは了ズキゾウムシ幼虫のコ‑ク酸,クエン酸,林ゴ酸各脱水素酵素に阻貸作 用なきことを認め,松本・早川(1952)はダリセロ燐酸,グルタミン酸各脱水素酵素に対する 阻害作用を認め,深見・須甲・草野(1952)によれば昆虫のカタラ‑ゼに阻害作用があると報 ぜられている。このようにロチノーソの昆虫に及ぼす影響特に致死因については究明されるべ き幾多の問題がある.著者(1953)は嚢にロテノ‑‑/がカブトムシ幼虫筋肉のコ‑ク酸脱水酵 素の作用力を阻害することを報じたが其後ダイメウパックの筋肉及神経系のコ!、ク酸脱水素酵 素に及ぼすロチノ‑ソの影響について知り得た結果をここに報告する次第である.本文に入る に先立ち,ロチノ‑ソの結晶を恵毒された京大医学部刈米教授及び文献を貸与された九大農学 部江崎教授及安松博士の御厚意に対し深く感謝する次第である。
実験材料及方法
ダイミヨタバック(Locusta migratoria danica L.)の雌成虫を採集供試したO
酵素液の調製:胸部筋肉,後腿節筋肉及び神経組織を秤量し乳鉢で充分磨潰し,組織0.033g につき0.7mlの割合に燐酸′緩衝液(Ph7.18)を加え遠心分離(毎分1500回々転)し,上清を 酵素液とした。実験〔I〕の酵素液調製の場合,バック1個体における胸筋,後腿節筋及び神 経組臆の各全量は個体差が甚しいために前二者においては100頭平均を,後者においては224 頭平均を以て1個体分とし胸筋0.367g,後腿節筋OJ88g,神経組紋0.003gにつき0.9mlの割 合に緩衝液を加えたOロチノ‑ソ処理による酵素液を作る場合には,ロチノ‑ツ液O.8mlを 1回量としノくックの腹部第7及第8環節の間から囲睦血脈貴に注射し虫体の死後直ちに筋肉及
兼この要旨は昭和28年応動・広尾合同大会で講演したq
78 長崎大学学芸学部自然科学研究報告 第6号(1957)
び神経組織の各酵素液を作り,また胸部筋肉の酵素液は・テノーγ0.4mlづつ間隔をおいて 徐々に4回に注射した場合のものをも調製した。対照としての正常酵素液はアセトン・蒸溜水 混液を注射したものから作った。供試神経組織は凡て中胸神経球以下腹部の全神経球及びその 神経索を用い,丁寧に摘出した後,濾紙の間に挾んで軽圧を加え,不要な附着物を除いて最早 櫨紙に材料が附着しないようになるまで数回この操作を繰返した。
・テノーン液:0.1%液(・テノーγ結晶0.19を3m1のアセトγに溶解せしめた後,100ml の蒸溜水に懸濁せしめたもの)を用いた。
緩衝液は燐酸緩衝液(PH7.18),メチレン青液は供試酵素液に応じて,0.02%,0.01%,
M
O・001%・0・0001%の濃度のものを用い・基質は10コハク酸加里液を使用した・叉反応系は 酵素液0・7mI,メチレγ青液0.6m1,コハク酸加里液0.2mIで,温度は30。Cとした。コハ
ク酸脱水素酵素の作用力測定はThunberg管を用いメチレン青の槌色時間の測定によった。
実験結果
〔1) バツタ1個体における胸部筋肉,後腿節筋肉,及神経組織のコハク酸脱水素酵素の作 用力の比較
バッタ1個体の胸筋,後腿節筋及神経組織平均量0.3679,0。1889,0.039の全量が示す酵 素の作用力を同一濃度0.02%のメチレγ青により測定した結果(第1表),胸筋酵素液のメチ
レγ青完全槌色所要時間は平均1分4秒,後腿節筋酵素液のそれは平均11分23秒を要したが,
神経系のそれは5時間を経過するもメチレγ青は僅かに槌色の傾向を示すかに過ぎなかった。
第1表 バツタ1個体の胸筋,後腿節筋,神経系の
コハク酸脱水素酵素の作用力比較
胸筋正常酵素液
試料 番号
1 2
3 4
5
6 7 8 9
10 平均
完全腿色所要時間 l l5 分 秒
1 00 1 00 1 10 1 00 1 00 1 10 1 00 1 00 1 00
1 3.5
後腿節筋正常酵素液 試料
番号
工
2 3 4 5 6 7 8 9
10 平均
完全腿色所要時間
12 11 11 11 11 11 11 11 12 12 11
分 秒
0000 00 00 00 30 00 20 00 00 23
神経組織正常酵素液
試料番号
1 2 3 4 5 6 7 8 9
10
完全腿色所要時間
分 300 く 300 く300<
300 く 300 く
300<
300 く 300 く
300く
300く
即胸筋の同酵素力は最も大きく,後腿節筋のそれはこれにつぎ,神経系のそれは前二者に比し て極めて小なることが認められた。
(H〕 ベッタの筋肉のコハク酸脱水素酵素に及ぼす・テノーγの影響
甦の実験(1953)におけるカブトムシ幼虫筋肉のコハク酸脱・水素酵素に及ぼす・テノーンの 阻害作用の確認とバッタ自身の筋肉に対する・テノーγの作用を検するため,所定酵素液を作 り胸筋の酵素液,後腿節筋の酵素液に対し夫々0.01%,0・001%濃度のメチレγ青液の槌色所 要時間を測定した結果(第2表),胸筋の場合は正常酵素液のメチレン青完全槌色所要時間は 平均3分34秒,・テノーγ処理の場合は,一度に・テノーγ0・8m1を注射した場合平均4分 27秒,0,4m1宛2回に注射した場合は平均6分16秒,0・2ml宛4回に注射した場合は平均8 分32秒で,正常の場合に比しそれぞれL2倍,1・8倍,2・3倍の時間を要した。後腿節筋の場合
(第3表)は正常酵素液のメチレン青完全槌色所要時間は平均7分15秒,・テノーγ処理酵素 液のそれは平均11分31秒であって後者は前者の約L55倍の時間を要し胸部及び後腿節筋肉のコ ハク酸脱水素酵素はいづれの場合でも其作用力は虫体の麻痺死時においては或程度の阻害を受 けるが尚作用力を残し,全面的な阻害を受けていないことを知る。
第2表 バツタ胸筋のコハク酸脱水素酵素
に及ぼす・テノーンの影響 第5表 バツタ後腿節筋のコハ
ク酸脱水素酵素に及ぼ正常酵素液1 ・テノーン処理酵素液 す・テノーンの影響試料 番号
1 2 3 4 5 6
7 8 9
10 平均
完全襯色試料 所要時間番号
3 30
分秒3 30 3 35 3 30 3 25 4 00 3 30 3 35 3 35 3 30 3 34
1 2 3 4 5 6 7 8 9
10 平均
ロテノーン 0。8m1 注身の場合
完全槻色
所要時間 4 30
分秒4 50 4 00 4 30 4 30 4 20 4 00 5 10 4 00 4 35 4 27
試料 番号
1 2 3 4 5 6 7 8 9
10 平均
0.4ml 宛2.回注 身の場含 完全偲色 所要時間
6 40
分秒6 30 6 30 6 10 6 00 6 00 6 00 6 30 6 00 6 20 6 16
試料 番号
1 2 3 4 5 6 7 8 9
10 平均
0.2ml 宛4回注 身1の場合 完全銀色
所要時間 8 25
分秒8 00
8 409 00
9 00 8 308 00
8 308 40
8 30 8 32正常酵素液随壷難
醐議舗騨隣妻舗
:L
2 3 4 5 6 7 8 9
10 平均
7 7 7 7 7 7 7 7 7 8 7
分 秒00
00 30 30 00 00
00
30 15 00 151 2 3 4 5 6 7 8 9
10 平均
12分 秒
11
ユユ
12 12 11.
ll ll ll l2
!1
oo OO
OO OO
OO OOOO
45 00 20 31(皿〕 バッタの神経系のコハク酸脱水素酵素に及ぼす・テノーγの影響
濃度0.0001%のメチレγ青液の完全槌色所要時間は正常酵素液では平均5分32秒であったが
。テノーン処理酵素液では5時間を経過するも(肉眼を以てしては)些もメチレγ青は槌色さ
れず・テノーγにより後者のコハク酸脱水素酵素は阻害されたものと認められる。 (第4表)
80
第4表
長崎大学学芸学部自然科学研究報告 第6号(1957)
バツタ神経系のコハク酸脱水素酵 素に及ぼすロテノーンの影響
正 常 酵 素 液
試料番号
1 2 3 4 5 6 7 8 9
10平均
完全銀色所要時問
5 6 6 5 5 5 4 5 6 5 5
分 秒30
30 00 30 40 40 30 00 00 00 32
・テノーン処理酵素液 試料番号
1 2 3 4 5 6 7 8 9
10
完全銀色所要時間
分く
く くく く く く く
く く考
察
・テノーγによるダイミヨウベッタの中毒症徴は一般に顕著且連続的な筋強直を伴うことな く,漸次呼吸器官,運動器官等を麻痺せしめ基節筋の震顛痙攣を最後として完全に麻痺して死 に至るが,このような麻痺死直後のグイミヨウバッタの筋肉及神経系のコハク酸脱水素酵素の 作用力に対する・テノーγの阻害作用の有無を検すると,胸部及後腿節筋肉のコハク酸脱水素 酵素は実験〔∬)に見る如く・テノーγにより或程度の阻害は受けているが,尚同酵素の作用 力を残有せしめている。これに反して神経系のコハク酸脱水素酵素は実験〔皿〕に見る如く・
テノーソにより全く阻害されていて作用力を残存せしめない。バッタ1個体における胸筋,後 腿節筋及び神経系のコン・ク酸脱水素酵素の作用力を比較して見ると,胸筋,後腿節筋,神経系 の順にその作用力は小さくまた筋肉の同酵素の作用力と神経系のそれとの差は甚だ大きい。こ の差異は,同一濃度の・テノーン液がベッタの体内を循環し作用するとき最も作用力の小さい 神経系のコハク酸脱水素酵素が早く全面的に阻害を受けるであろうことが推測されるが,実験 の結果は・テノーンによる麻痺死直後の筋肉のコハク酸脱水素酵素よりも神経系の同酵素の方 が致命的阻害を受ける結果をもたらした。林(1935)は・テノーγをマツヶムシの背脈管に適 用することにより電気曲線の振幅と搏動数の顕著な減少を報じ,Krilgsman and Berger(19 50)はゴキブリの背脈管搏動の弛緩と搏動数の減少に伴う弛緩性停止を報じ叉山崎・石井(19 51)はカブトムシ幼虫の背脈管搏動の振幅と搏動数の減少を報じているが,いづれも(・テノ
ーンの適用濃度にもよることではあろうが)一般に背脈管の麻痺の状態はあまり顕著ではなく
且長時間持続的である。叉昆虫体の一股的中毒症伏は森山(1941)のウリハムシ,イネトゲト ゲ,及びカィコを用いた実験では概して強直を伴わない筋の漸進的な弛緩性麻痺でありこの点 著者の実験結果(1952)とも同様である。Tischler(1935)はデリス剤の運動神経及び之に附 随する筋肉に対する作用は顕著でなく,之によって顕現する反射作用及び筋強直は二次的現象 であり背脈管及循環系流に対する作用は一次的ではなくその主要な生理作用は酸素利用能力の 阻止であろうと推定している。又・テノーンの昆虫体酵素に及ぼす影響に関し既に松本・早川
(1952)はアズキゾウムシのグリセ・燐駿及びグルタミγ酸脱水素酵素に対する阻害作用を認 め,深見・須甲・草野(1952)はアズキゾウムシのカタラーゼに対する阻害作用を報じ,二宮
(1953)はカブトムシ幼虫の筋肉のコハク酸脱水素酵素に対する阻害作用を認めている。この ように・テノーγの昆虫に対する麻痺作用には諸種の因子が関与しているものと考えられるが 以上を綜合し本契験の結果から考察するにコハク酸脱水素酵素に関する限りにおいては,・テ ノーンによるバッタの麻痺作用乃至麻痺死は,T C Aサイクルにおけるコハク酸脱水素酵素の 与る組織呼吸の阻害がその一因をなし,而もそれは筋肉のコハク酸脱水素酵素の阻害ではなく て,神経系のそれであるように考えられる。
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