2003年7月
「なぜ韓国では、 これほどキリスト者が多くなっ たのか?」。 現代の韓国の牧師・長老も、 また 1909年の内村鑑三も、 等しくそれは 「神の選び」
だと言う。 しかし内村は、 いまだ韓国キリスト教 の草創期において、 いまだ韓国のキリスト者が2
%前後しかいなかった時代に、 後の韓国キリスト 教の隆盛と、 後の日本キリスト教の衰退とを鋭く 洞察し、 正確に予言したのであった。 「預言者、
内村」 と呼ぶにふさわしい。
(四) 「なぜ韓国はアジアに冠たるキリスト教 国となったのか?」。 もとより、 この問いに対し、
上とは異なるレベルの回答を求めようとする見解 も多い。
例えば、 柳 東植博士はその真の理由・原因を
「韓国の固有文化」 のなかに見出そうとする。 つ まり、 シャーマニズムという韓国の基層文化自体 が、 もともとキリスト教と共通する要素を豊かに 有していた点に、 回答を求めようとする。
あるいは、 政治史的な説明。 つまり、 アジア植 民地化のなかで中国ほかほとんどの国が、 欧米と いうキリスト教国によって侵略され、 そのため反 キリスト教へと傾きやすかったが、 韓国 (および 台湾) だけは欧米キリスト教国ではなく 「日本」
という神道国によって植民地化されたのであった。
さらに上にも関連し、 韓国独立運動とキリスト 教との深い関係分析による説明や、 アメリカとい う国家との関係から説明するものなど、 回答は多 い。
フランスの外相、 ロベ−ル・シューマンは、
1950年5月9日、 「シューマン宣言」 と呼ばれる プランを発表した。 当時、 二度にわたる世界大戦 により、 疲弊したヨーロッパの市民は真に平和を 希求していた。 シューマンは、 世界平和を実現す るには、 紛争、 大戦の原因となってきたヨーロッ パの石炭・鉄鋼産業を、 ヨーロッパ諸国が共同で 管理するという壮大な計画を具体化することが、
最良の方途と提唱し、 フランス・ドイツをはじめ とする6カ国の欧州石炭鉄鋼共同体 () を 創設した。 この 「シューマン宣言」 によって、 今 日の(ヨ−ロッパ連合統合の歴史の幕が開 けたのである。
現在、 加盟国は、 15か国で、 11の公用語を 有している。 2004年には、 は、 25カ国に拡大 し、 その公用語は20カ国語へと、 倍増する。
の言語政策の目的は、 平和と調和、 多言語・多文 化・多民族の共生と発展である。
「の多様な言語は 文化遺産である」 とい う 観 点 か ら 、 は 2001 年 、 2001「ヨーロッパ言語年」
を提唱した。 その新教育プログラムの目標は、
で あ り 、 で ある。 複数言語 「1+2」、 すなわち 「母語プラ スの2か国語」 以上の言語習得と、 多文化教 育を推進することを目的としている。
7
EU:フランスの語学教育
―リセ・インタ−ナショナル訪問記―
法学部
平尾 節子
2003年7月
フランスの教育改革
今回、 2003年3月、 筆者は、 の言語政策の 一環として、 フランスの言語教育に関する調査・
研究のため、 フランス教育省を訪問した。 友好的 な大歓迎をうけ、 3日間にわたって、 初等・中等、
高等教育における教育改革についてのプレゼンテー
ションと資料提供を得た。
が3日間の訪問プログラムを企画して下さった。
初日の午前は、 フランスの教育制度と、 教育改革 全般についてであった。
フランスの教育改革の第一の重点事項は、 外国 語教育である。 「フランス語、 およびフランス語 以外の2言語の習得を教育の基本的目標の一つと する」 として推進している。 「複数言語が使える こと、 文化の多様性に触れることは、 流動的且つ ボーダレス化する国際社会に生きていく若者を育 てるために重要な意義をもつ」 ことが、 教育省か らの通達で強調されている。
第一目標は、 「生徒すべてが、 中等教育修了時 に、 フランス語以外に、 少なくとも2言語を 「聞 く・話す」、 「読む・書く」、 の両面で使えるよう にすること」 である。 そのために、 小学校におけ る外国語教育導入、 および、 中等教育修了時まで の第2外国語学習の必修化を推進している。 高校 では、 第3外国語学習の機会を与える。
現在、 2000年就任のジャック・ラング教育大臣 のもとで、 強力な推進政策が展開されている。
2003年度:小学校第2学年で外国語学習完全実施 2004年度:小学校第1学年対象の外国語学習実施 2005年度:幼稚園年長児クラス対象の外国語学習 実施、 および、 中学1年生の第2外国 語学習の必修化である。
バカロレア
初日の午後は、 による
バカロレアに関するレクチャーであった。
が、 私のために、 フランス語か ら英語への通訳を担当して下さった。
バカロレアは、 リセ (高校) 修了資格、 および 大学入学資格をあわせて認定する国家資格である。
バカロレア資格試験は、 1808年に始まり、 当時は、
ギリシャ語、 ラテン語の修辞学、 歴史、 哲学の口 答試問の形式であった。
現在は、 次の3種類のバカロレア試験が、 筆記 と面接で、 毎年、 6月、 全国一斉に実施される。
1) :普通バカ
ロレアは、 1993 以来、 (1)経済・社会学系 (2)文学・語学系 (3)科学系の3つのカテゴ リーで実施され、 合格者は大学への入学資格 が得られる。
2) :技術
バカロレアは、 1968年に創設された。 合格者 はポリテクニックへ進学する。
3) :職業バカ
ロレアは、 1985年創設の職業資格である。
バカロレアの外国語試験は、 フランスの地方言 語も含め、 40か国語以上から選択可能である。 特 に、 バカロレア資格試験の特徴は、 文章による表 現力と口答試験が重視されることである。 筆記試 験は、 どの科目も論文形式で、 文系では作文、 理 系では論理の構成力が重んじられる。 合格すれば、
教育大臣からバカロレア資格という国家資格が与 えられ、 全国の国立大学のいずれにも入学できる。
バカロレア試験は、 受験者の数と関係なく、 決 められた水準に達していれば、 合格できる。 1999 年のリセ (高校) 3年生の受験者は63万3千人で 8
フランス教育省:メゾン・デ・ラング
2003年7月
あった。 合格率は、 1945年3%、 1975年に、 25%、
2000年には、 615%になったが、 2004年までに 同一年齢層 (18歳人口) の80%が目標であるとい う。
バカロレアに合格すれば、 国立大学への入学資 格を得る反面、 失敗した場合には、 大学へ進学で きないばかりでなく、 3年間のリセ (高校) の卒 業資格が認められないことになる。 リセの最終学 年には、 1年しか留年できない。 また、 バカロレ ア試験は、 2回しか受験できないという。
は 「バカロレア・イン ターナショナル」 () の重要性も強調された。
新たに、 フランス教育省と日本の文部科学省が合 意に達し、 実施されることになったものである。
普通バカロレアの 「第1外国語」 に代わって、
「当該国の国語」 で受験する。 しかし、 バカロレ ア合格のための点数の割当ての中で、 係数が高く なる。 文学・語学系 の普通バカロレアでは、 「第 1外国語」 の係数が4であるのに対し、 の 国語は10となる。 バカロレアを国際化しようとす るフランス教育省の意欲的な政策である。
バイリンガル・バイカルチャー教育
の紹介で、 リセ・イン ターナショナル校長、 を訪問した。
サン・ジェルマン・アン・レイを訪れたのは、
パ リ で は 、 珍 し く 晴 天 の 日 で あ っ た 。 は、 明るく、 にこやかに、 突然の訪問客を 快く迎えて下さった。
リセ・インターナショナル校は、 今年、 創立50 周年を迎える。 幼稚園から高校までの一貫教育の 国立の学校で、 徹底した二か国語教育・二文化教 育に取り組んでいる。 共通言語が、 フランス語で、
そのフランス語を基軸として、 12の外国語のセク ションがある。 英語、 ドイツ語、 スペイン語、 イ タリア語、 オランダ語、 スエーデン語、 デンマー ク語、 ノルウエー語、 ポーランド語、 日本語。 実 に、 多言語・多文化教育である。 バイリンガル・
バイカルチャー教育を実現していくための大切な
ポイントは、 という質問に、 「小学校で学習する ことが一番の基本・土台です」 ときっぱり即答。
「十分な表現力、 それも書く能力まで含めた十分 な表現力を養うことは、 並大抵のことではありま せん。 子どもが、 モーテイベーションを持ち続け、
深めていくためのバックアップも必要でしょう」
「二か国語教育・二文化教育を通して、 若いヨー ロッパ市民、 世界市民を育てることが目標です」
と、 の瞳は、 輝いていた。
授業参観にも快く応じ、 教室に案内して下さっ た。 まずは、 小学校3年生の英語の授業。 洋の東 西を問わず、 子どもたちは可愛い。 みんな元気溌 溂としていた。 自分の好きな本を選んで、 読後、
そのストーリーのサマリーと、 感想をクラス全員 の前で発表する。 そして、 クラスメートからの質 問に答える姿は、 真剣そのものであった。 先生か らの指名ではなく、 児童たちが自発的に積極的に 進んでプレゼンテーションをする姿に感動した。
次は、 中学1年の日本語の授業。 やはり、 一人 ずつ、 教室の前へ出て、 発表する。 大きな声で、
朗読、 暗誦し、 誇らしげであった。 外国語として の日本語の授業を、 リセの予算で開講し、 第二外 国語、 第三外国語のステータスで、 バカロレアの 外国語として選択する。 フランスと日本の関係は さらに緊密なものになるであろうと期待して、 夕 暮れのサン・ジェルマン・アン・レイの町を後に した。
「愛知大学 研究助成」 による 9
リセ・インターナショナル