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ウイグルの現代教育について

一小学校算数科を中心に日本との比較一

依馬木伊力吟木 鯨 井 俊 彦

はじめに

 新彊ウイグル自治区は中国の西北に位置し,東経73度40分から96度18分,北緯43度25分 から49度10分の間にあり,面積は160万平方,ロシア,カザキスタン,キリギスタン,モ ンゴル,アフガニスタン,インド,パキスタンなどと国境を接する中国最大の省区である。

 新彊ウイグル自治区において,最も多いウイグル族は813.9万(46.9%)を始め,カザ フ族は128.7万(7.45%),モンゴル族は15.9万(0.92%),キリギズ族は16.4万(0.95%)

など,主要な13民族が居住している。全体では漢族が674.1万(38.・58%)であるから,ウ イグル族より少数である。

 どの社会においても,子供は親たちが保持してきた文化を継承し,発展させる役割を持 つものとして期待され,そのような方向を目指して教育されてきた。

 ウイグル族の教育は1870年から始まり,全国ではもっともはやく教育改革を施行したの である。これは兄弟ムサバイと緊密な関係がある。

1.新彊ウイグル自治区ウイグル族の教育の紹介

 兄弟ムサバイはすなわちフセイン・ムサバイ(注1)とバウドン・ムサバイ(注2噺彊に始めに ヨーロッパから工業化を導入した有名な人物である。

 ウイグルの現代までの教育史はヨーロッパの新学校教育から2百年後の事だった。でも 中国で1898年に行われた「戊戌改革」,すなわち「西欧から学ぶ」,「工業によって祖国を 救う」,「教育によって祖国を救う」行動から20年前のことであった。

 ヨーロッパで17世紀の半ばには教育改革が幅広い展開をした。カリキュラムの内容で理 科の方が大いに発展したのである。カリキュラムは生産と結びつけるように向かった。そ れからカリキュラム編成で突破的な改革が生まれた。これこそ新学校教育であって,数え きれない人々に年齢層と知識をもっているかいないかによってクラスが分かれたカリキ ュラム編成であった。このカリキュラム様子にはチュコスロバキアの教育家ヤン・アモ ス・コメンスキー(注3)によって提出された。

 1870年バウドン・ムサバイはロシアのカザン都市から三名を先生に招き,ハンリッキュ マデリスで宗教授業のほか,母語,算数文学,理科,とアラビア語,ペルシャ語の授業 を行った。当時(1870年)バウドン・ムサバイはイリバイトッラモスク(イスラム教の人 たちが集まってお祈りする部屋)側のマデリスで四個のクラスがある学校を建てて,母語,

算数,アラビア語,ペルシャ語と歴史課などの科目を設けた。その後さまざまの原因のた

(2)

め学校をアトシ県のエキサッキ村(新彊の南に位置する)に移動したのである。1885年エ キサッキ村でウイグルのはじめての現代科学全日制の基礎知識を学ぶ小学校ができた。そ の時この学校は「フセイン学校」と名付けられた。

 1907年にエキサッキ村で「アイビッビザデ師範学校」,1905年にイリで(新彊の北部)「技 術工学校」と「手芸学校」,1913年に「ヌラニヤ学校」と「サイラミヤ学校」,1916年に「ヌ

ー ル学校」と「アラバイコーロ学校」,1924年に「ダリネッキ学校」,1938年に「ムラト学 校」が成立した。

 1934年にウイグルの新学校教育は更に発展し,普及し,繁盛する時期であった。ウイグ ル族の粘り強い息子であり,教育家であり,愛国主義詩人であるマイマイテ・アリ(注4)の 努力のもとでアトシ県の24個の村で6ケ月内で24個の学校が設けられた。そしてこの事は ウイグルのほかの地域にも影響を与えて,その後もイリ,カシェガル,アキソなどの地域 に学校が設けられ,ウイグル族の学校教育の序奏が開かれた。

 中華人民共和国が成立するまでウイグルの社会では三回の教育復興活動が行なわれた。

そのうち第一回目としては19世紀の後半に成立した「フセイン学校」と20世紀の初期に成 立した「メキソデヤ」,「テリミア」,「マッテリャイヤン」などの教育部門が代表したので ある。バウドン・ムサバイ,マキソテ・ムヒチェ,アブドカデル・ダモラ,フセインハン・

テジェリ,モラームサ・サイラミなどという人たちは当時教育界の典範として有名である。

それらの中の何人かは国外で知識を学んだ学者である。何人かが国外から技術と設備を導 入して,民族工業の基礎をうちたてた人物である。

 第二回目の教育復興活動が20世紀の34年であった。クトロック・シェヒキ,マイマイテ・

アリ,アブドハリキ・ウイグル,ジェリジェス・アジ,マイマイテミン・ソプゼなどの人 たちはこの年代の教育の指導者であった。

 第三回目の教育復興活動が20世紀の35年からはじまる「ウイグル文化教育学会」の指導 者で,更に一歩進んだ。この時期に学校の数は2,463校に生徒の数は18.9万に達した。

 この教育は全国で初めてウイグルのエキサッキ村で始まったために「エキサッキ新学校 教育」と名付づられた。これは現在のウイグル新学校教育の基礎を打ち建てただけでなく,

ウイグル教育の発展に影響を強くあたらえたためにウイグル新学校教育と呼んでいる。

 要するに,ムサバイ兄弟は1870年代から中国の中で初めて教育改革を行って,ウイグル の現代教育のためにたいへんすばらしい貢献をした。

2.ウイグル教育の現状

 ウイグル族の教育事業は中華人民共和国成立から現在まで(1949年一2001年)巨大な発 展を遂げた。しかし,1966年から1976年まで中国の中で起こった「文化大革命」では中国 の別のところすなわち省,市,区と同じようにウイグル族の学校教育もマイナスの影響を 受けた。その当時ウイグル族が最初に用いていた老文字(今っかわれているアラビア文字)

を廃止された。新文字(ローマ文字)を用いることを新彊ウイグル自治区に全面的に施行 した。これは1980年まで続いた。1981年から再び(もう一度)老文字の使用が回復された。

そのために1966年から1980年までに入学した生徒たちは文盲になりました。私もその時期

(3)

の影響を受けた一人です。このマイナスの影響は未だにまだ終わってないである。これは 戦後中国小中学校教育史上最も暗い一ページと言われた。

 1978年開催された11届三中全会議,特に改革開放の政策を施行した後は全国でどの領域 でも天地がひっくり返るほどの変化が現れました。

 現在の新彊ウイグル自治区の学校教育事業は教育について一連の措置を公表した後,た とえば教育法,九年制義務教育法,教師教育法など目ざましく発展した。

 2000年新彊ウイグル自治区の小学校生徒の入学率は97.03%,中学校の生徒の入学率は

78.73%に達した。

 以下は新彊ウイグル自治区小学校,中学校の大体の状況である。

区分 小学校の総数 ウイグルの数 中学校の総数 ウイグルの数

学校の数 6,718 3,727

1,227

663

(校)

入学生徒の数

364,193 195,441 342,046 172,661

(人)

卒業生徒の数

371,758 194,493 253,240 136,130

(人)

在学者の数

2477,413 1348,130 934,273 489,570

(人)

教職員の数

149,686 68,043 94,502 37,305

(人)

教師の数

(人)

131,259 60,381 59,826 26,682

(注)新彊ウイグル自治区教育事業統計(2000年から今まで)

 新彊ウイグル自治区では,小学校段階で少数民族の子弟を中心とする民族学校と漢民族 を中心とした一般的な小学校とがある。「一般的」という意味は,全国どこでも見られる ような「標準語」による教育が行われる小学校という意である。

 以下では代表的な一つの民族小学校(ウルムチ市第十九小学校)5年生の時間割。

曜日

1

2 3 4 5 6 7

月 数学 文法 音楽 社会 漢語 理科 学級活動

火 文法 数学 電脳 体育 漢語 図画 社会

数学 母文学 漢語 工作 数学 図画

木 母文学 数学 音楽 社会 体育 健康

金 数学 母文学 漢語 道徳 書法 体育

(ウルムチ市第十九小学校五年生の時間割)

(4)

 一週間の時間割を見ると,数学が六時間で最も多い。漢語が合せて四時間,そのほかに 母文学三時間,文法二時間など,言語関係が合計九時間となっている。全体の約三分の一 を占めていることがわかる。そのうち,母文学や文法などは民族語としてのウイグル語で あり,それなりに民族語を重視しているが,ウイグル語はこの地域の日常用語であるので,

それは当然のことといえる。授業用語はもちろんウイグル語である。新彊ウイグル自治区 では主要な少数民族が13生活しているので教育も少数民族が与える影響を考える必要が ある。学校では漢民族と少数民族学校(ウイグル族学校,カザフ族学校,キルギス族学校,

モンゴル族学校など)が分けられてあり少数民族学校では小学校三年生から漢語(標準語)

の勉強が始まるから少数民族の学生はどちらかの学校に入学し勉強することができる。

3.教育内容について

 以下の表は新彊ウイグル自治区ウイグル小学校と日本小学校間の共通点と差異点をと りだしてその内容を比較したものである。

 日本の算数科の目標 第一学年

 (1)具体物を用いた活動などを通して,数についての感覚を豊かにする。数の意味や表   した方について理解できるようにするとともに,加法及び減法の意味について理解し,

  それらの計算の仕方を考え,用いることができるようにする。

 (2)具体物を用いた活動などを通して,量とその測定についての理解の基礎となる経験   を重ね,量の大きさにっいての感覚を豊かにする。

 (3)具体物を用いた活動などを通して,図形にっいての理解の基礎となる経験を重ね,

  図形についての感覚を豊かにする。

第二学年

 (1)具体物を用いた活動などを通して,数についての感覚を豊かにする。数の意味や表   し方についての理解を深めるとともに,加法及び減法についての理解を深め,用いる   ことができるようにする。また,乗法の意味を理解し,その計算の仕方を考え,用い   ることができるようにする。

 (2)具体物を用いた活動などを通して,長さの単位や測定について理解できるようにし,

  量の大きさについての感覚を豊かにする。

 (3)具体物を用いた活動などを通して,図形についての理解の基礎となる経験を一層重   ね,図形についての感覚を豊かにする。

第四学年

 (1)除法についての理解を深め,適切に用いることができるようにする。また,小数及   び分数の意味や表し方について理解できるようにするとともに,小数の加法及び減法   の意味について理解し,それらの計算の仕方を考え,適切に用いることができるよう   にする。

 (2)面積の意味について理解し,簡単な平面図形の面積を求めることができるようにす

  るとともに,角の大きさの意味について理解できるようにする。

(5)

 (3)図形の構成する要素に着目して,基本的な図形にっいての理解を深めることができ   るようにする。

 (4)数量やその関係を式やグラフを用いて表したり考察したりすることができるよう   にするとともに,目的に応じて依存関係を調べたり分類整理したりすることができる   ようにする。

第六学年

 (1)分数の加法及び減法についての理解を深め,適切に用いることができるようにする   とともに,分数の乗法及び除法の意味について理解し,それらの計算の仕方を考え,

  適切に用いることができるようにする。

 (2)体積の意味にっいて理解し,簡単な立体図形の体積を求めることができるようにす   るとともに,速さの意味などについて理解し,それらを求めることができるようにす

  る。

 (3)図形を構成要素及びそれらの位置関係に着目して考察し,基本的な立体図形にっい   ての理解を深めることができるようにする。

 (4)比や比例の意味について理解し,数量の関係の考察に関数の考えを用いることがで   きるようにする。

 以下は新彊ウイグル自治区小学校の算数科の1年生と2年生と4年生と6年生の授業内容

と比べて共通点と差異点を紹介します。

(6)

A 数と計算

(1)数の意味や表した形にっいて理解し,数を (1)2位数と2位数の加法及び減法。

用いる能力を伸ばす。

(日本・三年生)

(2)加法及び減法についての理解を深め,それ (2)乗法及び除法の初歩的な理解ができるよ

らを用いる能力を伸ばす。

うにする。

(3)乗法の意味について理解し,それを用いる (日本・三年生)

ことができるようにする。 (3)四則。

二 B 量と測定 四則の混合した式や()を用いた式にっ

年 (1)長さについて理解し,簡単な場合につい   て,長さの測定ができるようにする。

いて理解し,正しく計算すること。公式に ついての考え方を理解し,公式を用いるこ 生 (2)日常生活の中で時刻をよむことができる

と。

ようにする。

(日本・四年生)

C 図形 (4)日,時,分及び秒について知り,それらの

(1)ものの形についての観察や構成などの活

関係を理解すること。

動を通して,図形についての理解の基礎と (日本・三年生)

なる経験を一層豊かにする。

「用語・記号」

たんい 直線 × A 数と計算

(1)整数が十進位取り記数法によって表され (1)四則に関して成り立つ性質についてまと ていることについての理解を一層深める。 める。交換法則,結合法則や分配法則につ

(2)概数について理解し,目的に応じて用いる いての計算方を理解することができるよ

ことができるようにする。

うにする。

(3)整数の除法についての理解を深め,その計 (日本・五年生)

算が確実にできるようにし,それを適切に (2)統計の意味についての理解することがで

用いる能力を伸ばす。 きるようにする。

(4)小数の意味とその表し方につい理解する (3)計算順序について理解することができる とともに,小数の加法及び減法の意味につ

ようにする。

いて理解し,それらを用いることができる (日本・五年生)

ようにする。

(5)分数の意味とその表した方について理解

できるようにする。

B 量と測定

四 (1)面積の意味について理解し,簡単な場合に   ついて,面積を求めることができるように

する。

年 (2)角の大きさについて理解し,それを測定す 生   ることができるようにする。

C 図形

(1)図形についての観察や構成などの活動を 通じて,基本的な図形についての理解を深

める。

D 数量関係

(1)伴って変わる二っの数量について,それら の関係を表したり調べたりすることがで

きるようにする。

(2)数量の関係を式で簡潔に表したり,それを よんだりすることができるようにする。

(3)目的に応じて資料を集め,分類整理した り,特徴を調べたりすることができるよう にする。

「用語・記号」

和 差 積 商 整数 数直線 小数点

分母 分子 帯分子 真分子 仮分子

(7)

77

六 年 生

A 数と計算

(1)整数の性質についての理解を一層深める。

(2)分数についての理解を一層深めるととも   に,異分母の分数の加法及び減法の意味に   ついて理解し,それらを適切に用いること

  ができるようにする。

(3)分数の乗法及び除法の意味について理解   し,それらを適切に用いることができるよ

  うにする。

(4)概数についての理解を一層深める。

B 量と測定

(1)身近にある図形について,その概形をとら   え,およその面積などを求めることができ

  るようにする。

(2)体積の意味について理解し,簡単な場合に   ついて,体積を求めることができるように  する。

(3)異種の二つの量の割合としてとらえられ   る数量について,その比べ方や表した形を   理解し,それを用いることができるように   する。

C 図形

(1)図形にっいての観察や構成などの活動を   通して,基本的な立体図形についての理解   を深めるとともに,図形の構成要素及びそ   れらの位置関係に着目して考察ができる

  ようにする。

D 数量関係

(正)簡単な場合について,比の意味を理解でき   るようにする。

(2)伴って変わる二つの数量について,それら   の関係を考察する能力を伸ばす。

(3)平均の意味について理解し,それを用いる   ことができるようにする。

「用語・記号」

  最大公約数 最小公倍数 約分 通分   平面 底面 側面 :

(1)分数についての四則の混合した計算をす

  ること。

(2)統計の意味について理解することができ

  るようにする。

上述した教科書内容のうち,日本の小学校算数科と新彊ウイグル自治区の小学校算数科 とを比べると日本の小学校の教科書は以下のような特徴がある。

 (1)教科書の内容は生徒たちの年齢層によって配分している。

 (2)教科書の内容は詳しく説明してあるので,子供には理解しやすくなっている。

 (3)教科書の内容にっいてのいろいろな解説書が発行されている。

 (4)教育課程がしっかりと決められている。すなわち,各学年の目標及び内容,指導計   画の作成と各学年にわたる内容の取り扱いなどがのべられている。

おわりに

 ウイグルの教育は1870年から学校教育が導入された。しかし中華人民共和国が成立する

まで,いろいろな苦しいプロセスを経てきたのである。その当時中国は半封建,半植民地

(8)

状況であったが,三つの大山(注5)によって動きがとれなかった。そして新彊ウイグルは宗 教神秘主義(mysticism)という第4の重圧にもより中国の他の省と比べ大きな問題とな

っている。

 中華人民共和国が成立したあと,「文化大革命」の10年間の大混乱を除いて,全国で教 育は目ざましいほどの発展を遂げた。新彊ウイグル自治区も教育体質は同じように変化し ていった。1994年から素質教育が実行されて以後,教育制度,教育課程内容などの方面も 改革なされてきた。そして今現在も発展しつづけている。

 現在世界の先進国,たとえばアメリカ,日本,イギリスなどの国々から教育体質及びそ れらの進んだ部分を学び導入するのは大変必要である。

注:

1)フセイン・ムサバイは1844年新彊ウイグル自治区のアトシ県(現在市)エキサッキ村で生ま   れた。1926年亡くなった有名な商人である。

  1921年にフセイン・ムサバイはイタリアで開いた国際貿易会議に招待され参加した。

  1903年にフセイン・ムサバイはモスクワで開いた国際貿易会議に招待され参加した。

2)バウドン・ムサバイは1851年新彊ウイグル自治区のアトシ県(現在市)のエキサッキ村で生   まれた。1928年亡くなった有名な商人である。

  1904年にバウドン・ムサバイはドイツと工業公社から皮革工場の設備を輸入する契約をし

  た。

  1923年にバウドン・ムサバイはモスクワに行ってソ連のリーダーであるカリンニンと会っ   てソ連と貿易関係を結んだ。

3)ヤン・アモス・コメンスキーはチエコスロバキアの教育家である(1592〜1670)。

4)マイマイテ・アリはウイグル族の粘り強い息子であり,教育家であり,愛国主義詩人であ   る。1901年アトシ県で生まれた。中学校,高学校にはウズベキスタンとトルコに行って学   ぶ。1937年当時の国民党の監獄で亡くなった。

5)帝国主義,封建主義,地方官僚主義

「参考文献一覧」

1.『フセイン精神一タクラマカンのよみがえる』2000年ウイグル語版イブライン・アリプテキ   ン「著」日本語訳は依馬木 伊力恰木(本論筆者)

2.『ウイグル教育史概説』1986年ウイグル語版アブラ・タリフ「著」

3.『新彊ウイグル自治区の教育状況』教育庁 2000年一2001年 4.『小学校学習指導要領』平成10年12月 文部省

5.『小学校学習指導要領算数編』平成11年5月 文部省

参照

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