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(1)

小売企業 の国際化行動分析

フ ラ ンス ・‑ イパ ーマーケ ッ トの事例研究‑

高 宮 城 朝 則

は じめに

1節 ‑イパーマーケ ッ トの国外進出状況 2節 要因分析の枠組

3節 国外進出行動の要因分析 むす び

文献一覧

は じめに

小売業 の国際化が90年代 の成長戦略 として注 目を集 めている。 た とえば,日 本 の ローカル ・スーパ ーであ った八百半が1990年春 に香港 に本 部 を移 し

,

「国

際流通 グループヤオハ ン」 と して新 たな国際戦略 に着手す るまでに飛躍 した こ とが新聞紙上をにぎわ した1)。 また,大手 の総合 スーパ ーや百 貨店 の国際化 の 動 きも,従来 の海外出店や開発輸入だ けでな く,それ らを統合 した形 態 や、 国 際的 ロジステ ィクスの形成な どに見 られ るよ うに,きわめて積極的 にな って き ている2)

一般 に,小売業 の国際化行動 には2つの側面 がある 1は商品の調達 や開 発輸入 などの輸入 プロセスに関わ る事業活動 であ り,第2は国外市場へ の進 出 とそ こでの店舗運営 に関わ る事業活動 であ る3)。 日本 の小売業 の場 合,百貨店 系の企業 はこれ まで国外 出店 と商品調達 の どち らに も積極 的であ ったが,ス‑

1) 日本経済新聞,1989916日付,日経流通新聞,1990130日付。

2)向山 1990〕,和田 1989〕,を参照。

3)花田 1988,p.20

77

(2)

78 41 3

パ ー系 の企 業 の国 際 的 舞 台 で の活 動 は どち らか といえ ば商 品調 達 が 中心 で あ っ て ,国外 出店 の動 きで積 極 的 な の は前 述 した八 百 半 な どの少 数 の企 業 に限 られ て い る。 大 手 の総 合 ス ‑パ ー で は最 近10年 間 は どの こ とで ,これ まで の と こ ろ

そ の動 き は緩 慢 で あ る4)0

これ に対 して ,欧米 の小 売 業 はか な り古 くか ら国 際化 の道 ,特 に 国 外 出 店 に 踏 み 出 して い る5)。 本 稿 で 取 り上 げ る フ ラ ンス の ハ イ パ ー マ ー ケ ッ ト (以 下

「‑ イパー」と略称 す る) は早 くも1969年 に国 外 進 出 を 果 た し, そ の後 多 数 の 地 域 に積 極 的 に出店 を行 って い る

‑ イパ ー とそ の 日本 にお け るカ ウ ンターパ ー トと見 なせ る総 合 ス ーパ ー の国 1 ハイパーマーケ ッ ト/総合 スーパーの国外進出状況

フランス

103店 (1989年) 50 (1988年) 進 出 地 域 ・南欧,西 欧,南米,米 国,アフ リカ ・東南 アジア中心,米国 進 出 企 業 ・国外進 出初期 は‑イパーの ・初期 は中堅 スーパ ーが活発

最大手企業が積極的○ に進 出o

・その後‑イパー大手,中堅 ・総合 スーパーの大手 はかな

企業が模倣o り遅れた進出開始o

進出開始時期 ・‑イパ ーの国内成長期 ・総合 ス‑パ‑の国内成熟期 カル フール (1969年) 八百半ダイエー(19(71918年)0年) 進 出 形 態 ・本国の小売 ノウ‑ ウの直接 ・本国の本業態 と比べてバ ラ

(注) フランスの出店数 はフランス小売企業 によって国外で運営 されている ハイパーマーケ ッ トであ り,フランス系のスーパーマーケ ッ トは含 ま れていない。 ス‑パーマーケ ットを含 めれ ば,1989年時点 で総計260 余 店 に な る (LSA,"AtlasHypers/Supers",no1189‑1190, 1989)。 これに対 して,日本 の数値 は大手総合 スーパーのみでなくスー パー企業全体の概算店舗数である (日経流通新聞 1988)。諸特徴 に ついては本論を参照せよ。

4)和田 (1985〕,浜 口 1989〕,日経流通新聞 1988〕,を参照。

5)Hollander〔1970〕参照。

(3)

小売企業の国際化行動分析 79 外進 出行動 について対比 させ よ う6)。表 1は両者 の国外進 出状況 の概 略 を整理

した ものであ る。 これを見れば,出店数 において も進 出地域 の範囲 について も, ハ イパ ーが国外進出で勝 っていることがわか る また,進 出開始時期 につ いて

も,‑ イパ ーの1969年 (カル フール) に対 して大手総合 スーパーは1980年 (ダ イエー)であ り,10年以上の開 きがあ る このような 日仏 における差異 が なぜ 生 じて いるのかが,本稿 の出発点 と しての問題意識 である。

フランスのハイパ ーの国際化 を促 した要因 として,これ までに様 々な ことが 指摘 されて きた。最 もしば しば強調 されて きたのは,ロワイ工法 に代表 され る 大型店規制政策 の影響である7)。 つま り,ロワイ工法 によ って国 内 で の出店 を 6)ここで,‑イパーと総合 ス‑パーの位置関係を明 らかに してお こうO周知 のよ うに,

‑イパーは1960年代前半 にフランスに出現 し,その後70年代を通 じて急成長 を遂 げ, ス‑パーマーケ ッ トとともにフランスの小売業全体 に大 きな変革を もた らした小売革 新業態である。小売業態 としてのハイパ ーの特徴 は,食料品を中心 に非食料 品 を含 む 幅広 い品揃えをもち,低価格 を訴求す る郊外立地の大規模 な独立店舗 で あ るとい うこ とである。 その成長を もた らした先導的企業 は既存小売企業ではな く,.ほぼゼ ロか ら 出発 した独 立 単 体 の 企 業 で あ る (以 上 は主 と して.Smith 〔1973〕,Dawson

1976,1979,1982〕, 日経 ビジネ ス 1973〕,白石 1979,1980〕, な らび に糸 園

1981〕 に拠 った)0

このような‑イパーの日本 におけるカウンターパー トを探せば,それは総合スーパー である。両者 は厳密 にいえば異なるものである.たとえば,‑イパ ーで は郊外立地 で 広い駐車場を持っのが普通である。 これに対 して,日本 の総合 スーパ ーの場合,立地 場所 は多様であ り,都市の中心部 に立地 し,駐車場を持たない形態 で も展 開 されて き た。両者の形成 に至 るまでの過程 にも相違がある.総合 スーパーの場合,食料 品 スー パーや衣料品スーパーの企業がその品揃えを拡大す る過程 において大型化 して形成 し たのであ り,スーパーマーケ ッ トの発展形態 ない しはその増殖的拡大 で あ ると言 え る (以上 は主 として,佐藤 1974〕,宇野 ・鳥羽 1979〕,な らびに建野 198287〕 に拠 っ た).一万,‑イパーは既存 スーパーマーケ ッ トが業容を拡大す ることで形成 された,0 ではな く,スーパーマーケ ッ トとは異なる独立 した業態 として生成 し,発展 を遂 げて

きている

このように,両者の間には幾っかの側面で相違があるものの,小売業態 の基本 的側 面,つまり小売 ミックス戦略 に関 して,デ ィスカウン トを訴求 して,食料 品 ・非 食料 品の幅広 い品揃えで ワンス トップ ・シ ョッピングを可能 にさせ る大型店 で あ る とい う

ことで,共通 した性格を有 している。 さ らに,より重要な ことは,両者 が はば同時期 において生成 し,小売業 の革新 の担 い手 として急激な発展 を遂 げたとい う点である。

また,両者 はその置かれた環境の面で も類似性を有 している。小売商業構造 につ い て,欧米先進諸国のなかでは,零細性,過多性 などの点で他 の国 に比 べて 日仏 は類似

している (鶴 田 1980,p.139142,および田村 1986〕,第2章,を参照)0

(4)

80 41 3

制約 されたために,成長 の余地 を国外 に求 めた とい うことである 確か に この ことは1970年代後半以降 に‑ イパーが国外進 出を加速 させた ことに影響 を及 ぼ したか もしれないが,しか しなが ら,既述 のよ うに国外進 出の開始 は ロワイエ 法制定 (1973年末) よ りも以前 の ことであ る。す ると,‑イパ‑の国際化 はど のよ うな初期条件 の下で開始 したのだろ うか。 それに対 して どのような要因が 作用 したのだろ うか。 この ことが本稿 の問題意識である。

以上 の ことか ら,本稿 はハ イパ ーの国外進 出開始 の要因を分析す ることを 目 的 とす る しか しなが ら,本稿 で は最初 の問題意識 のために日仏 の全面 的 な比 較分析 を行 うわ けで はない。 その理 由は主 としてデータの入手可能性が制約 さ れてい るか らである ここで は,フランスのハイパ ーを分析 の焦点 と し,日本 の総合 スーパ ーを適宜参照対象 とす る 「部分比較 8)を行 う

以下で は,第 1節 においてハ イパーの国際化行動 の概況 を整理 し,その後, 国外進 出の主導的‑イパ ー企業 に焦点 を当てて,その行動を跡づ ける 続 いて 2節 で は,まず‑イパ ーの国外進 出に関 して従来指摘 された要因を整理 ・検 討 した上 で,要因分析 のための概念枠組 の構築 を行 う 3節で は,構築 した 枠組 に従 って諸要因を検討す ることで,‑ イパ ー国外進 出の要因を解 明す る

最後 に論点 の要約 と今後 の研究課題 の言及 によってむすび とす る。

1 ハ イパ ーの国外 進 出状 況

本節 で は主 としてLibreServiceActualitS (LSA)誌 の資料 に基 づ き,‑

イパーの国外進 出の動 きを概観 す る9)。 ・

フランズの‑ イパ ーが国外進 出を開始 したのは1969年であ り,以後今 日まで に多数 の流通企業 グループが多 くの国 に‑イパ ーを出店 している 1は国外

7)ロワイ工法に関して,邦文献では糸園 1981〕,坂井 ・堀 1985〕,白石 1981〕,横 1986〕,などを参照。

8)田村 1986,pp.2728 参照。

9)本節における叙述は特記 しないかぎり,以下の文献に拠っている。

LSA各 年 末 号 ;Waldman 〔1978〕 ;Burt 〔1986〕 ;Euromonitor 〔1987b, 1988〕 ;SalmonandTordjman 〔1989〕・

(5)

小売企業の国際化行動分析 81 の店 舗数 の推 移 を示 して い るが,20余年 間 に国 外進 出 が着 実 に増 加 して い る こ

とが わか る

1989年 末 時点 で国外 にお いて営 業 して い る店 舗 は103店 あ り,そ の総 売 場 面 積 は801,591平 方 メ ー トル に及 ぶ。 これ は フ ラ ンス国 内 の ‑ イパ ー マ ー ケ ッ ト

の それ の ほぼ2割 に相 当す る。 平 均売 場 面 積 は7,782平 方 メ ー トル で あ り,国

1 ハイパーマーケ ッ トの国外店舗数の推移

店舗1数00

90

80 70 60

50

40

30

20 10

1 0 3

9

0

85 74

全体 61 68 59

52 57

43 43 45 48

40

3435 3732 37 35 3134 38

21 2527 29 カルフール

16 9 11 14 17

6

1 2 2

1969 7071 7273 7475 76 7778 79 80 8182 83 8485 86 87 88 89 年

(注)各年末の営業店舗数である。LibreServiceActualitbs(LSA)誌ではオー シャンやプロモデス,SASMが アメ リカで展開 してい る ̀CubFoods' ハイパーマーケ ッ トに含 めて集計 してい るが (LSA,no988,1985,p.175 参照),̀CubFoods'は米国の卸売企業SuperValue社が開発 したスーパー ・

ウェア‑ ウ不 ・ス トアのフランチャイズ ・チェーンであり,フランス企業 はそ のフランチ ャイジーである (竹林祐吉 1989,p.32)。 このため本図ではこれ

らを除外 している。

(出典)LSA,"AtlasHypers/Supers",各年末号 ;Smith 〔1973,p・293, Table8.

(6)

82 41 3 2 ハイパーマーケッ トの国別進出店舗数

(198912月現在)

進出国 店舗数

スペイン 58 ブラジル 16 アメリカ合衆国 5

西 ドイツ 5

アルゼンチン 4

ギリシャ 4

イタリア 3

ポル トガル 3

スイス 2

アンドラ 1

ガボン 1

トルコ 1

103 (出典)図 1に同 じ。

内の平均規模 を約2,000平方 メー トル上回 って い る また,進 出地 域 で は スペ イ ンや ブラジルな どの ラテ ン文化圏 を中心 に世 界 中 に広 が って い る ( 2 照)0

また,表 3は企業 グループ別 の国外進 出状況 を示 している 国際化で常 に リー ダーで あ るカル フール (Carrefour)が総店舗数 の半数近 くを 占めて い る 業 グループの中で,これ まで国外進 出の中心 的担 い手 であ ったカル フール,プ

ロモデ ス (Promod'es),オー シャン (Auchan)な らびにユー ロマル シェ (Eu‑

romarchb) の4社 はともに比較的若 い企 業 で あ り,前 3社 は1960年 代 以 降 に

‑ イパ ー専業企業 と して成長 した独立単体店系 の企業 であ る10)。 既 に述べ た よ うに,これ らの企業 は フランス国内にお ける革新業態‑ イパ ーの成長 の担 い手 で もあ ったのであ る。 つ ま り,ハ イパ ーの成長 は国内で も国外 で も同 じ担 い手 によ って果 た されて いることにな る これ は興味深 い特徴 であ る

これ らの‑ イパ ー専業系 の グループ以外 の企業 も‑ イパ ーの国外進 出 に関与

10)白石 1979,p.345.

(7)

小売 企業 の国際化行動分析 83 している 最 も早 くか ら進 出 したのは貿易商社 のS.C.0.A.であ り,同社 は貿 易業務 の傍 らで以前 よ りアフ リカにおいて小売業の経営 に関与 している企業で ある ‑ イパ ーについては1975年 に1店舗 を進出させているだけである これ ら以外 の グル ー プに よる進 出 は80年代 以 降で あ る DocksdeFrance,Com‑

ptoirsM odernesはスーパ‑マーケ ッ ト系 の連鎖店 グループで あ り,ハ イパ ー とともにスーパ ーマーケ ッ トをスペイ ン中心 に各国 に出店 させ て い る。 Pris unicは百貨店 Printempsグループ傘下 のバ ラエテ ィス トアで あ り,他 の企 業

と比べて進 出地域が独特 である 3に表れているのは89年時点で国外営業店 舗 を有す る企業であ り,‑イパ ーの国外進 出にはこれ までに他 の多数 の企業 が 関わ っていて,進 出 と撤退 を繰 り返 しているケースもある 以上 のよ うに現 在 では‑イパ ーが本業 の企業以外 に も,多様 な業態を母体 とす る企業 グル ー プが 国外進出に関与 している。

3 ハ イパ ー マーケ ッ トの企 業 グループ別国外進 出店舗

(198912月現在) 企業 グル ープ名 店舗名 店舗数 進 出国 (店舗数)

Carrefour PrCarryceafour 2253 スイススペイ ンブラジル(2)((25)16ア メ リカ() アルゼ ンチ ン1) (4) PromodEts Continent

*

24 ポル トガルスペイ ン(15)(2)西 ドイ ツイ タ リア((5)2)

Auchan Alcampo 15 スペイ ン(15)

Auchan 3 アメ リカ(2) イ タ リア(1) Euromarch6 BiggsI 2 アメ リカ(2)

DocksdeFrance Mamut 1 スペイ ン(1) ComptoirsModernesMercaPlus 1 スペ イ ン(1)

Prisunic ModeHyperloPrisunic 41 ポル トガル(ギ リシ ャ(4)1) Escale 1 ア ン ドラ(1) Prisunic 1 トル コ(1)

(注)

*

:スペ イ ンとポル トガルで の店舗名 は ̀Continente'で あ る0 (出典)図1に同 じ。

(8)

84 41 3

次 に,‑イパ ーの国外進出の展開過程 を見てみよ う ‑イパ ーの国際化 の展 開 は大 きく3つの段階 に分 けることがで きる11)。まず,第 1段階 はカル フール 1969年 にベルギー,イギ リス,スイスに進 出を開始 してか ら,ロワイエ法 や 石油 シ ョックの影響が出始 めた と考 え られている1970年代半 ばまでの期間であ この段階での国外進出の特徴 は,カル フールが中心 で国外進 出 を行 い,模 倣者 はユーロマル シェのみであるとい うことである。店舗数 でみれば1974年 ま で模倣者 はいないが ( 1参照),実際 にはユー ロマル シェが進 出決定 を行 い,

1972年 にイギ リスとイ タ リアで現地市場 のプロジェク トを開始 している もう 1つの特徴 は,その進出先がベルギー,スイス,イギ リスな どの近 隣諸 国 で あ るとい うことである

2段階 は1970年代中半か ら1980年代初頭 までの期間である。 この段階になっ て,国外進 出に多 くの企業が参入 し始 めている。75年 にS.C.0.A.Radarが, 翌年 にはプロモデス ・グループの‑ イパ ー Continentが国外 に出店 を行 って

いる しか しなが ら,その後 プロモデス以外 の企業 の動 きはきわめて緩慢 で あ 一方 ,カル フールは最初期 の進出国か ら進 出先 の転換を図 って お り, この 頃よ りスペイ ンとブラジル‑の集中的な進 出を始 めている。他方でユーロマル シェはまだ初期 の苦戦 か ら抜 け出 ることがで きず に,進出 と撤退 を繰 り返 して いる

3段階 は1980年代 に入 ってか ら以降であ り,特徴的なのは第1に,‑イパー 専業企業 として成長 して きたオーシャンが本格的に国外進 出を開始 した ことで ある オーシャンの参入 はカル フールに10年以上遅 れた ものであるが,そ の後 の出店 ペースはカル フールや プロモデスに劣 らない もので ある さ らに,オー シャンはスペイ ンに集 中 して進 出 していることも大 きな特徴 である 2に, 既述 のように‑イパ ー専業企業以外 の多様 な業態の企業が国外での‑イパ ー経 営 に乗 り出 した ことである 3に,カル フールが,イギ リス,イ タ リア,ベ

ルギーな どの初期 に進 出 した市場か ら撤退 し,スペイ ン,ブ ラジル,アルゼ ン

ll)Dupuis1988,p.150;SalmonandTordjman1989,p.9.

(9)

小売企業の国際化行動分析 85 チ ンに進 出先 をよ り一層集 中 させて いる。図 1にお いて,1983年 と84年 に店 舗 数 の落 ち込 みがみ られ るのは このためであ る しか しよ り大 きな特徴 は,‑ イ パ ーのアメ リカ進 出が試 み られた ことであ る。1984年 にユ ーロマル シェが フィ ラデル フィア郊外 に第 1号店 を進 出 させて以後 ,数社 が アメ リカでの‑ イパ ー 経営 に着手 して いる しか し,アメ リカでの事業 の業績 は芳 しくな く苦 戦 して

いる模様 であ る12)。

さて,主導 的企業 であ るカル フールの行動 を概観す ることで,‑ イパ ーの国 外進 出方法や国外店舗経営方法 の特徴 につ いて見てみよ う

1959年 に創業 されたカル フールは,4年後 の1963年 に国内‑ イパ ー1号店 を 開設 して いる その後国内で はぼ毎年各地 に出店す る戦略を展開 して い る13)0 1960年代 の‑ イパ ー市場 はほぼカル フールの独 占状態 にあ り,同社 は無競争 下 での成長 を享受 す るとともに,‑ イパ ーの小売 ノウ‑ ウを形成 し,蓄積 していっ たのであ る14)。

国外進 出は既 に述べ たよ うに1969年 であ り,同時 にベル ギ ー,イ ギ リス,ス イスの3ヶ国 に,またやや遅 れてイ タ リアに進 出 して いる この うちベ ルギ ー の店舗 は同年 中 に開設 に こぎ着 けたが,イギ リスで は開店 まで に数年 を要 して いる これ は進 出先 に厳 しい出店規制 が存在 し,建設許可 を取得す るのが困難 であ るか らであ る。70年代 に入 ってか らのケースで,カル フールはイギ リスの Eastleighへの出店 に4年 と7万 ポ ン ドを費 や して い る15) 。 これ らの諸 国‑ の

出店がその後 も緩慢で あるの は主 と して この影響で あ る

以上 の初期 の進 出を第 1段階 とすれば,第 2段階 はスペイ ンおよび ブ ラ ジル へ の進 出を開始 した70年代半 ば以降で ある 1段階が同時多発的な進出であっ たのに対 して,この段階 よ り以後 は2国‑ の出店集 中化傾 向を示 して いる。 特

70年代後半 には他 の時期 には見 られ ない多数 の出店 を この2国 において達成

12)Tordjman 〔1988〕 ;LSA 〔1989a〕 ;角田 1990〕参照。

13)Smith 〔1973〕;Burt〔1986〕参照。

14)Smith 〔1973〕;白石 1979,pp.346347参照。

15)Philpott〔1977,p.32.

(10)

86 41 3 4 カルフール ・グループの国外出店状況

(開設店舗数)

ベル半‑ スイス イギリス イタリア オーストリア 西ドイツ スペインブラジル アンチン アメリカルゼ

(症)印 は当該国か らの撤退 を示す。

(出典)図1に同じ。

している。 とはいえ,他 の国‑の新規 の進 出が全 く試 み られなか ったわ けで は ない。 1973年 にはアメ リカ進 出を計画 し,70年代後半 にオース トリアと西 ドイ ツに進 出 している しか し,アメ リカ進 出は74年 に中断 され,ベル ギ ーの事業 か らの撤退や,進 出後 2年 を経 な い西 ドイ ツか らの早 々の撤 退 が な されて い 16)。 したが って,この段階を全体 と してみれば国際事業 に習熟 した り,その ノウ‑ ウを確立す るに至 る試行錯誤 の過程 の様相 を呈 しているといえる

16)西 ドイツにおける事業 は,現地での競争条件 の厳 しさに もかか わ らず,開設 直後 に 好業績 を達成 してい る (Dickson 〔1979,p.257)0

(11)

小売企業 の国際化行動分析 87 カル フールの国外進 出の第3段階 は,スイスを除 き初期進 出国のすべてか ら 撤退 し,新 たにアルゼ ンチ ンを加 えて前段階 に続 くラテ ン諸国への集 中化 の方 向をよ り明確 に示 している さ らに,最近 にな って アメ リカでの店舗開設 を果 た している。 アメ リカ進出は既述 のよ うに国外進 出初期か ら模索 されて お り, 80年代 の初頭か ら現地企業 との合弁でディスカウント・ウエア‑ウス事業を行 っ ている これ はアメ リカ市場への足掛 りの事業 としての性格 を持 っていた と言 われている

以上 のような国際化 の展開過程 を進 むに したが って,国外事業 の経営規模 も 増大 している。 1970年時点で国外店舗 の売場面積 はカル フール ・グループ全体

の10パ ーセ ン ト程 を占めていたが,1975年で は26パ ーセ ン トに,さ らに85年 に 32パ ーセ ン トにまで上昇 している また,売上比 率 も7.8パ ーセ ン ト (1976 年)か ら15.2パ ーセ ン ト (1980年),さらに20.2パ ーセ ン ト (1985年)へ と同様

な上昇 を示 している17)。一方,国外事業 の利益貢献 につ いて は限 られ た デ ー タ しかないが,85年前後で約30パ ーセ ン トであ り,売上 よ りも国外 の比 重 が大 き くな っている18)

さて,同 グループの国外進 出の方法 と現地事業 の経営方法 について要約 的 に 示 そ う まず,国外市場への参入では,基本的 に現地 におけるパ ー トナー との 合弁 によって子会社 を設立 し,その子会社が店舗の開設 ・運営 にあたる とい う 方法が採用 され ている19)。 ただ現地 に適 当なパ ー トナーを得れない場 合 に は完 全所有 の子会社 を設立 しているが,このケースは少数 である20)。 現地子会社 へ の出資比率 は経時的に上昇す る傾向 にある21)。 これは同社が名 目だ けの共 同経 営で はな く,国外事業 において実質的な主導権 を確保す ることをね らっている

17)Burt〔1986,pp.6465.ただ しWaldmanの推計では,1976年 の売上比率 は21%

とな って い る (Waldman 〔1978,p.33)

18)LSA 〔1984a〕;Dupuis〔1988,p.154.

19)Waldman 〔1978,p.33andp.63.

20)初期 の ブラジル進 出時が このケースである。

21)LSA,各年末号 ;Burt〔1986〕p.63.

(12)

ββ 41 3 か らである22)0

現地市場への進 出の際に,カル フールは国内の事業 とはぼ類似 した事業 コ ン セプ トでハイパ ーを開設 し,運営 している Waldmanによれ ば,国外 の‑ イ パ ーは国内のそれの複製であ り,事業 (小売 ミックス) の標準化度 はか な り高 い23)。若干 の例外 はあるものの,同社 の‑ イパー運営 の基本 コ ンセ プ トは進 出 開始当初か ら近年 の進 出事業 において も一貫 して堅持 されている。

こうした進 出方法を ささえているのが,同 グループの経営哲学 ともいえ る分 権化政策である24)。 これ について もここで詳述す る余裕がないが,現地 の店舗 レベルに対 して大幅な権限委譲 を行 ってお り,これ も初期段階か ら一貫 して と られている政策 である

2 要因分析 の枠組

(1)国外進 出に関す る諸要因

フランスの‑ イパーマーケ ッ トがなぜ活発 に国外進 出を果 た しているのか に 関 して,これまでに多数 の要因が多 くの論者 によって提示 されて きている れ らを フランス国内における諸条件,‑ イパー企業 の内部 におけ る要 因,な ら びに進 出先 にお ける要因 に分 けて整理すれば次 のよ うになる。

国内条件

・ロワイ工法 による出店規制 によって大手小売企業 は国内市場での成長が制 約 された25)

・石油 ショックを契機 として経済全体が停滞 した26)0

・ハイパ ーの国内市場飽和,または競争激化27)。

企業内部要因

22)LSA 〔1984a,pp.1718;Burt〔1986,p.63.

23)Waldman 〔1978,pp.7072.

24)日経 ビジネス 1973),pp.5556;Burt〔1986,pp.6769参照.

25)Dawson 〔1976a,p.261;SalmonandTordjman 〔1989,p.9.

26)Dupuis〔1988,p.150.

27)Dupuis,op.cit.;竹林 1989,p.17.

(13)

小売企業 の国際化行動分析 89

・ハ イパ ーマーケ ッ トの小売業態 としての革新性 の高 さ28) 0

・小売技術 とノウ‑ ウに習熟 したため またそれによって満足 出来 る成果を 得 たために,国外で も十分 に通用す るとい う自信 を持てた29) 0

・企業経営者 の経営姿勢が国際化志 向であ った30)。

進 出先 の市場条件

・同質的な市場 の存在31)0

・未開拓市場 の存在32) 。

しか しなが ら,これ らの諸要因の幾っかには容易 に反証 を挙 げる事ができる たとえば,冒頭で述べたようにロワイ工法 の制定以前 にカル フールやユ ー ロマ ル シェの国外進 出は開始 されている。 1970年代初頭か らロワイエ法制定 に至 る 期間 において も‑イパ ーな どの大型店 を規制す る政策的措置が とられているが, それ らは‑イパ ー企業 の出店 を決定的 に制約す るもので はなか ったのであり33), かっカル フールの国外進出はそれ以前 に意図 され実行 されているのである た,石油 シ ョックを直接 の契機 とす る経済停滞 はフランスのみで な く,国外 の 見込 み進 出先 において も生 じているのである さ らに,市場飽和 につ いて,市 場飽和 とい う言葉 自体概念的 にはきわめて唆昧であるが34),それ は別 に して も,

フランス国内において‑イパ ーは,ロワイエ法や経済停滞の影響で一時的 に鈍 化 した とはいえ,70年代 を通 じて着実 に成長 しているのであ る35)0

これ らの他 に,並置 された諸要因 には重要 な問題がある 1に,前節 でみ たようにハイパ ーの国外進 出には幾っかの段階があ るが,諸要因 はどの段 階 に ついて妥 当す るのか,あるいは全ての段階 につ いて等 しく妥 当す るのか,明 ら かにはされていない。 カル フールが1960年代末 に最初 の進出を行 った時に作用

28)井上 1986,p.21.

29)Ibid.,p.231;SalmonandTordjman l1989],p・9・

30)SalmonandTordjman,op.cit. 31)Waldman 〔1986,p.51,.

32)Burt〔1986,p.61;Dupuis〔1988,p.150・

33)白石 1990,p.231参照。

34)TreadgoldandDavies,1988,p・9参照0

35)白石 1979,pp.341347;Burt〔1986,pp.5560参照o

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した要因 と,1970年代半 ばにな って同社 がスペイ ンとブラジルに集中的 に進 出 しは じめ,他 の企業 も国外進 出に参入 を開始 した時 に影響を与 えた要因 は異 な るとい うことが考 え られ る。

2に,諸要因 は しば しば並列的に述べ られ るにとどまり,何 らか の枠組 の 中で整序 されているわ けではない。 このためある1つの段階を取 り上 げて も, ある要因がその段階 における進 出行動 のどの側面 に,どの程度 の大 きさの影 響 を,どのよ うな脈絡 において及 ぼ したのか,につ いて も明 らかで はない。

3に,多 くの論者が フランス国内 において‑イパ ー企業 の置かれた環境 の 諮条件 ,特 に政府 による大型店規制政策 や経済停滞の影響 を強調 して い る36) 0

しか しなが ら,これ らの環境条件 は企業 の進出決定 に至 る過程 のすべて に直接 的で決定 的な影響 を及 ぼす もので はないだろ う それ らは主 として進 出意図の 形成や強化 に作用す ると見なすのが適切であ り,実際の進出決定 に関 して は, む しろ進 出行動 を支え る企業 の 「能力」 に相 当す る内部的条件 の考慮が不可欠 である

(2)要因分析 の枠組

以上 のような諸問題 を解消 し,‑ イパ ーの国外進出がなぜ,どの よ うな条 件 の下で行 われたかを明確 にす るためには,諸要因を関係づ ける枠組 に基づいて, 指摘 された諸要因を再構成す る必要がある

小売企業 の国際化 に関す る要因分析 の枠組 は,既 に幾人かの研究者 によ って 提示 されている。Treadgold Daviesは一般 に小売業 の国際化 を拡大 させて いる主要 な要因をプ ッシュ要因 とプル要因 に分 けて整理 している37)。 ここで, プ ッシュ要因 とは小売企業 の国内市場 を魅力的でな くさせ る諸力であ り,市 場 の成熟,競争圧力,規制的な事業環境 などの国内条件を含んで い る 一方,プ ル要因 は国外市場 の相対 的な魅力を高 める諸力であ り,未開拓市場やニ ッチ市

36)カル フー ルの創始者 マ ル セル ・フル ニ エ 自身 も,ロワイ 工法 の影 響 を指 摘 して い る (LSA 〔1977,p.19)0

37)TreadgoldandDavies〔1989,pp.911

(15)

小売企業 の国際化行動分析 91 場 の存在 などの国外市場 の条件 と,国際化志 向の企業哲学 や企業 の諸資源 の有 効利用 な どの企業 の内部的条件か ら成 っている 小売企業 の国際進出の意思決 定 はプ ッシュ要因 とプル要因 の何 らかの結合の結果であ るが,彼 らに よれ ば, 進 出意図を導 きだす のは経験的 にプ ッシュ要因である

Kacker1970年代 のは じめ頃か らヨーロッパの大手 小売 企業 によ る対米進 出が増加 していることに着 冒して,その要因分析 を試みている38)。 彼 の示 す枠 組 は,プ ッシュ要因,プル要因および促進要因か ら構成 され て い る ここで, プ ッシュ要因 は ヨーロッパ側 の市場条件 と企業 の内部条件 を含 み,前者 は後者 に影響 を及 ぼす とい う関係 にある 他方で プル要因 は投資先であ るアメ リカ合 衆国側 の条件 であ り,そ こで はマクロ経済的環境条件がアメ リカの市場条 件 に 作用す るとい う関係づ けがな されている。 ヨーロ ッパか らの対米進 出はこれ ら 2組 の要因の適合 において生 じ,さ らに,この適合過程 は両地域 の間 の社 会文 化的な一致度 (compatibility)によって促進 され るのである

以上 2つの枠組 は本稿 の 目的か らみて若干 の難点 を含んでいる まず,どち らの枠組で も諸要因をプ ッシュ要因 とプル要因な どに大 きくグループ分 け して いるが,グループ内において レベルの異 なる要因が混在 していて,要 因間 の関 係を捉 えづ らいきらいがある。Treadgoldらのプル要因 には国外市場 の条件 と 企業 の内部的要因 とが並列 されている Kackerにお いて も,その促進要 因 の 中に雑多な要因が含 め られて いる また,どち らの枠組 も各 々の研究 目的上, 小売業全体 の レベルで作用す る要因の枠組 としての性格 を有 してお り,企 業 レ ベルにおいてその国外進 出の意思決定 に則 して組立 て られてはいない。前節で みたよ うにフランスの‑イパ ーの国外進 出 は,特 にその初期段階 にお いて,カ ル フール とい う1企業 によって先導 された ものであるため,要因分析 は‑イパー マーケ ッ トという業態 の レベルや小売業全般 の レベルではな く,企業 の レベル において行 う必要がある

これに対 して,Waldmanはここでの分析上有用な枠組 を示 して い る39) 。 38)拡acker1985,pp.5974.

39)Waldman1978,pp.4367.

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は ヨー ロッパ における多国籍小売業 の戦略分析 にお いて,Aharoni40)の概 念枠 組 を利用 して,国外進 出決定 に作用す る諸力を企業 の意思決定過程 に則 して位 置づ けている。諸力 は開始要 因 と促進要因,な らびに市場機会の調査 に区別 さ れている 開始要因 はいわば 「きっか けに相当す るものであ り,企業 トップ の経営姿勢,企業 の外部環境 に発す る要 因 (た とえ ば国外 か らの進 出要請), 競争企業 の動 きの模倣 などが挙 げ られている。開始要因が進 出意図の形成 に貢 献 す るのに対 して,促進要因 は進 出意図の実行可能性 に関す るもので あ り,企 業資源 の利用可能性 と国内市場 の魅力度 の2つが含 まれ る さ らに,市場機会 の調査 は見込み進 出先 の市場条件 に関す る情報 の取得 ・分析活動である これ は意思決定過程 の1段階を形成す るものであるが,彼 はこれを進 出決定 に作 用 す る要因 として位置づ けてい る 従 って,彼 の示す枠組で は,まず,開始要 因 と促進要因 とが結合 して進 出意図の形成 を もた らし,次 に,形成 され た意 図 に 基 づ き見込 み進 出先 の市場条件 の調査 が行 われ る。最後 に,これが要因 とな っ

て進 出決定がな され ることになる。

Waldmanの枠組 で は諸要因が意思決定過程 に関係づ け られて い るため に, 各要因が作用を及 ぼす方向を明 らか に しやす い。 さ らに,彼 の分析 で は,要 因 間の関係 づ け も試 み られている た とえば,開始要因 の内容 と強 さが市場機 会 の調査 の範囲や深 さに及 ぼす影響が分析 されている しか し,幾っかの難点 も 有 している。TreadgoldらやKackerと同様 に,彼 の枠組 で も,促進 要 因 の グ ループの中に,企業 の外部環境 と企業 内部 という異 な る次元 の要因が混在 して いる。外部環境要因 と内部要因 は別個 にグループ化す る方が要因間の関係 を捉 え るうえで便利 である また,開始要因 は独立 した要因 グループと して位 置 づ け られているが,その内容 は多種多様 であ り,単 なる 「きっか け」 にす ぎない 偶発的な事象 も含 まれているために,Jefferysが示 唆す るよ うに41),それ を識 別す ることはあま り有益 とは考 え られない。

40)Aharoni〔1966〕.

41)K礼cker〔1985,pp.141144所収。

参照

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