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イギリス石炭庁の価格政策とそれをめぐろ批判(1)吉武清彦

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(1)

一45一

イ ギ リ ス 石 炭 庁 の 価 格 政 策 と そ れ を め ぐ ろ 批 判(1)

吉 武 清 彦

1234567

序 口

第二 次世界大 戦 中の イギ リス石炭統制 の遺産 1945‑1950年 の 石 炭 庁 の 価 格 政 策

石炭庁の価格政策に対す る批判

1950‑1955年 の 石 炭 庁 の 価 格 政 策

噸⊥ 4 0 Q ゾ 3 Q り 4 4 凸

この5年 間の政策批判 結 論一 将来の課題

以下次号 以下次号 以下次号

1.序 言

西 ヨー ロ ッパ諸 国 の エ ネル ギ消 費 は,第 二 次大 戦 後,生 産 の 急 激 な恢 復 とそ の後 の順 調 な経 済成 長 に 基 き,著 し く増 大 し た し,将 来 も な ほ こ の 傾 向

̀1)

は 続 く見 込 み で あ る 。 こ の 予 測 の 下 に,西 ヨ ー ロ ッパ 諸 国 は,現 在 凡 ゆ る種 類 の エ ネル ギ資源 の開発 に努 力 を傾 けて お り,原 子 力 発 電 の如 き もそ の 努 力 の一 つ の表 れ で ある。 し か し原 子力 発 電 は,来 るべ き20年 間 に於 て 世 人 が 期 待 す る程 度 に,エ ネル ギを生 産 す る ことは出 来 ない で あ ら うと推 定 せ られ て

く コ

お る 。 エ ネ ル ギ 消 費 の 増 大 と共 に,西 ヨ ー ロ ッパ は海 外 か らの エ ネ ル ギ 資 源 即 (1)西 ヨ ーPッ パ 諸 国 の エ ネ ル ギ 消 費 総 額 の 将 来 予 測 はOEECの 報 告 に 依 れ ば 下

記 の 如 くで あ る 。

石 炭 換 算(害 万ト箏) 1948

1955

1960

1975

エ ネ ル ギ 消 費 合 計

526.6

730

840 L200

エ ネ ル ギ の 国 内 生 産

459.2 548

645

755

}一

不 足 分 67.4 146

195 445

OEEC,Europe'sGrowingNeedsofEnergy1956,P.24.従 つ て1955年 を 基 準 年 度 と す れ ば,将 来20年 間 に エ ネ ル ギ 消 費 は 約70%増 加 す る こ と に な る 。 イ ギ リ ス

の 将 来 の エ ネ ル ギ 需 要 に つ い て は 後 述 す る 。

(2)Ibid.,p.55.oEEc報 告 で は1975年 に 於 て,原 子 力 は 全 エ ネ ル ギ 消 費 量 の8%

以 上 を 占 め る と は 考 へ ら れ な い と述 べ て お る 。

(2)

ち 石 油 に 益 々 依 存 せ ね ば な らぬ こ と は 明 らか で あ る が,し か し この 石 油 に 対 す る海 外 依 存 度 を 高 め る こ と は,単 に 西 ヨ ー ロ ッパ 諸 国 の 国 防 ・政 治 ・経 済 に危 険 性 と不 安 定 性 と を 増 大 せ し め る の み で な く,将 来 この石 油 価 格 は長 期 的 に は 高 価 に な る こ と が 明 らか で あ る故 に,国 際 牧 支 の バ ラ ン ス に 一 層 犬 きな 負 担 を 課 す る こ と に 他 な らず,従 っ て 西 ヨ ・ 一ロ 。パ 全 体 が こ の点 で 一 つ の ヂ レ ン マに

陥 っ て お る と云 つ て 過 言 で な い 。

将 来 の 急 増 す る エ ネ ル ギ 消 費 を ど う賄 っ て 行 くか に 就 い て,西 ヨ ー ロ ッパ諸' 国 は 既 に 色 々対 策 を 考 へ て お る が,こ の 問 題 に 最 も真 劒 な 考 慮 を 払 は ね ば な ら ぬ の は イ ギ リス で あ る 。 そ れ は 次 に 述 べ る三 つ の 理 由 に 基 く。

i)イ ギ リス の 国 内 エ ネ ル ギ 資 源 は衰 退 産 業 の 石 炭 業 に 専 ら依 存 せ ね ば な ら ぬ 。石 炭 は イ ギ リス 国 内生 産 エ ネ ル ギ の99%を 占 め て お り,他 の1%は 殆 ん ど が 水 力 発 電 に 依 っ て お る 。 第 一 次 大 戦 前 迄 イギ リス 資 本 主 義 発 展 の 原 動 力 で あ っfc石 炭 産 業 は,1913年 に 最 大 の 産 出 額2億9千 万 トン に 達 して 以 後, 次 第 に衰 退 に 向 ひ 第 二 次 大 戦 後 は大 体2億2千 一3千 万 トンの 生 産 を 維 持 し て お るが,著 し い 発 展 は 望 む こ と は 出 来 な い 。 し か し な が ら1955年 に 於 て もイ ギ リス 石 炭 生 産 額 は 西 ドイ ツ の1億3千 万 トンの 倍 近 く 更 に は フ ラ ン ス の5 千5百 万 トンの 約 四 倍 近 くの 生 産 を な し て 依 然 西 ヨ ーPッ パ 最 大 の石 炭 産 出 国 で あ り,埋 蔵 量 も豊 富 で今 後 約100年 生 産 を 維 持 し得 るだ け の 量 が あ る と

され て お る 。 従 っ て イ ギ リス の 国 内 エ ネル ギ 資 源 に 対 す る期 待 は 専 ら原 子 力 を 除 き石 炭 の み に か 〜つ て い る と 云 っ て 過 言 で な い で あ ら う。

2)国 際 牧 支 の バ ラ ンス の 面 か ら見 て,イ ギ リス は 極 力 エ ネ ル ギ 資 源 の 輸 入 を お さへ な け れ ば な らぬ 立 場 に あ る 。 石 炭 業 が 最 も繁 栄 し た1913年 に 於 て は 生

産額 の約3割 を国 外 に輸 出 し(約9千8百 万 トン),国 際牧 支 の 面 で 極 め て

大 きな プ ラス を もた らした が,第 二次 大戦 後 は イギ リス の石 炭 輸 出 は激 減 し

約2千 万 トン程 度 に 過 ぎず,あ まつ さへ1千 万 トン以上 の良 質石 炭 を逆 に輸

入 せ ねば な らぬ現 状 で あ る。 か くの如 く石 炭 業 自体 の バ ラ ンスの悪 化 が著 し

い 。 更 に リ ドレー報 告 が述 べ て お る如 くに,『 石 油 の輸 入 に よって 解放 され

得 る諸 資 源(石 炭 業 の資 本 設備 及 び労働 力 一 一功 ツ コ内著者 註)は 果 して こ

の 石 油輸 入 に伴 ふ支 出に対 応 す るだ け充 分 な 外貨 を稼 ぐの に 役 立 つ か否 か は

(3)

葛 頻 磐繍 価幣 策と(吉 武)‑47一

こ の

疑 は しい 。 』 の で あ るか ら,い よい よ燃 料 輸 入 の 安易 な 考へ に イギ リスは 陥 つ て は な らぬ の で あ る。

3)従 来 のイ ギ リス国 内 に於 け る石 炭 の消 費 が極 めて非 能率 的 で あっtc7cめ, 多量 の石 炭 が浪 費 せ られて 来 た の で あ る。 十 九 世紀 と二 十 世 紀 の初 頭 迄 イギ

リス石 炭 の産 出額 は世界 一 を誇 って い た し,更 に価 格 も低 か った た め石 炭 の

ほ ラ

節 約 に は 余 り関心 が払 はれ なか っ た 。 特 に この見 地 か らす れば イギ リス家庭 で愛 用 せ られて 来 た 伝統 的な媛 炉 は今 日で は そ の 非 能 率 な 石 炭 使 用 の点 で も,又 埃 煙 の 多量 の 発生 で も,家 庭用 媛 房設 備 として は致 命 的 な訣 陥 を有 す るの で あ る。

か くして イギ リス に とって 今 や 国 内 エ ネル ギ資 源 の 合理 的効 率 的 な 使 用 は 緊 急 の 必 要 事 とな っ て お り,政 府 の燃 料政 策 は 各方 面 か らの 批判 の組 上 に のせ ら れ て お るの で あ る。

本 稿 の 目的 は 上述 の エ ネル ギ事情 を背 景 と して,政 府 の燃 料 政 策 の うち最 も 重 要 な一 一環 を な して お る石 炭 価 格政 策 を と りあげ,第 二 次大 戦 後 如 何 な る経 過

を た どっ て来 た か,叉 如 何 な る批 判 を受 けて来 たか を 吟味 し,更 にイ ギ リスの 総 合 燃 料 政 策 との 関 聯 を も考 察 す る こ とを 目的 とす る。 第 二 次 大戦 後 イギ リス 石 炭 業 は 国有 化せ られ,従 って ガス ・電 気 と共 に公 有形 態 を と り,石 油 を除 く 凡 て の エ ネル ギ産 業 は政 府及 び公社 の支 配 統 制 下 に置 か れ て お る。 従 って エ ネ ル ギ総 合対 策 も理 論 的 に は私 企 業の場 合 よ りも容 易な 筈 で あ り,石 炭 の 価 格 政 策 もこの総 合 対 策 の 一環 として 樹立 せ られね ば な らぬ筈で あ るが,現 実 に於 て は必 ず し もか 、る見地 か ら価 格 が決 定 せ られ た訳 で な く,そ の た め色 々 の批判 を 受 け るに 到 っ た ので あ る。

先 づ始 め に 第 二次 大 戦 申 の石 炭 価 格統 制 が如 何 な る遺 産 を残 して 行 っ たか を 述 べ,次 に国 有化 と共 に イギ リス石 炭 庁 が とっ た政 策 を述 べ,更 に この 価 格 政 策 に対 して現 は れ た各種 の批 判 を 吟 味 して 行 きたい と思 ふ 。

(3)H.M.S.0,ReportoftheCommitteeonNationalPolicyfortheUseof FuelandPowerResources(RidleyCommittee)(Cmd.,8674)(1952)p.10.

以 下R量dleyReportと 略 称 す 。

(4)『 英 米 生 産 性 協 議 会 』 の 報 告 に 依 れ ば,イ ギ リ ス は,現 在 の 生 産 活 動 を 何 ら 害 す る こ と な し に,年 間3千 万 ト ン の 石 炭 を 節 約 す ち こ と が 可 能 で あ る と 云 ふ 。 な ほ LaboulPartyReseaichDepartment,Speaker'sHandbook1954P.47.参 照 。

(4)

商 学 討 究 第10巻 第1号 2.第 二 次 世 界 大 戦 中 の 石 炭 統 制

政 府 は 戦 争 の 勃 発 後 直 ち に 労 働 力 の 統 制 と 石 炭 の 配 給 統 制 を 行 っ た が,更 に1942年 石 炭 統 制 を 全 国 民 的 見 地 よ り行 ふ べ く石 炭 業 調 停 委 員 会(National ConciliationBoardforthecoalminingindustry)を 設 立 し ,石 炭 所 有 主 と 石 炭 労 働 者 の 代 表 を 以 て 構 成 し,主'と し て 賃 金 並 び に 労 働 条 件 に つ い て の 統 制

を 行 っ た 。 之 は 比 較 的 ゆ るい 統 制 方 式 で あ っ た 。 し か し 政 府 は 戦 争 が 激 烈 に な る に つ れ て 石 炭 増 産 に 拍 車 を か け る べ く,1942年 全 面 的 な 統 制 を 行 ふ に 到 っ た 。 この 目的 の た め に 戦 時石 炭 庁(War‑timeNatinalCoalBoard)が 設 立 さ れ た 。 更 に 地 区 別 に 石 炭 統 制 官(RigionalController)及 び 地 区 石 炭 庁 (RegionalCoalBoard)カS設 立 され,各 炭 坑 は 生 産 。経 営 の 全 責 任 を 負 ふ べ き 責 任 者 を 選 出 す べ き こ とを 要 求 さ れ,彼 は 申 央 の 要 求 す る生 産 割 当 額 を 生 産 す

く の

る義務 を有 した ので あっ た 。

政 府 は,戦 争 開始 後,以 上 の如 き統 制 に拘 らず石 炭 業 の財 政及 び価 格 の統 制 に就 いて は極 めて慎 重 で あっ た 。 第 一次 大戦 中 政府 は石 炭 業 に直 接 的 な統制(

炭 坑 の強制 吸 用,炭 価 の設定)を 全 面 的 に加 へ た めに,戦 争終 了後石 炭 業 の経 営 が極 めて悪 化 し,慢 性 的 な 赤 字財 政 と険 悪 な 労使 関係 が必 然 的 とな っ た 。 こ の苦 い 経 験 か ら,政 府 は今 度 は石 炭 業 の直 接 的 な全面 統 制 を 極 力避 け るや うに 最 初 は努 力 した ので あ る。 従 って戦 争 当初 政府 が とった価 格 政 策 は,戦 争 勃 発 当時 に存 在 して い た石 炭価 格 構造 を な るべ く変へ る ことな く,そ の範 囲 内で 胤

(6)

接 的 な統 制 を加へ る こ とに主 眼 が 置 か れた ので あ る。 その 内容 は即 ち次 の如 く で あ る。

石 炭 業 は既 に1930年 に於 け る石 炭 業 法(CoalMineAct)に よっ て カル テル 化 せ られ,価 格 カル テル 及 び割 当 カル テル が実 施 せ られて お り,大 戦 の 勃発 時 に もこの機 構 が存 在 して お っ た 。 政府 の戦 争 勃 発直 後 の間接 統 制 は この カル テ ル を 通 じて な され た ので あ る。 戦 前 の カル テル の 目的 は最 低 価 格 を定 め各 炭坑 毎 の最 大 限 許容 生 産量 を定 め る こ とに あっ たが,戦 争 と共 に この カル テルの使

(5)Townsend‑Rose,TheBritishCoalIndustry(GeorgeAllenandUnwin Ltd.,1951)p.32.

(6)W.H.B.Court,Coa1(London,HMSO,1951),P.180.

(5)

舗 易訴 親 禦 幣 策と(吉 武)一 一49一

命 は 石 炭 の 最 高 価 格 を 定 め,生 産 量 の 増 大 を 計 る こ と に 変 っ た の で あ る。 政 府 は 既 に戦 争 直 前,戦 時 イ ン フ レ防 止 の 見地 か ら カル テル 実 施 機 関 で あ る中 央 石 炭 業 主 聯 合 会(CentralCouncilofCollierYOwners)よ り 『戦 争 開 始 と共 に 石 炭 価 格 の 一 般 水 準 を 政 府 の承 認 あ る場 合 を 除 い て,上 昇 せ し め ぬ 』 と の 確 約

ぐアノ

を とっ た ので あ る。 更 に は 大口消 費 者 との 間 に介 在 す る卸商 人 並 びに 小 口消 費 者 との 間 に介 在 す る小 売 商 人 の 販売牧 益 も一 定 に制 限 し,か くして卸 価 格 並び

くお 

に小 売価 格 も政 府 に よって統 制 せ られ据 置 か れ た 。 この政 府 の戦 争 開 始 当時 と っ た石 炭価 格 据 置 政策 は,戦 争前 に成 立 して い ナ こ石 炭 の価 格 構造 を そ の ま ㌧温 存 しや う と云 ふ根 本方 針 か ら出 た もので あ る。従 っ てか ㌧る政府 の方 針 は,カ ル テル に よ って人 為 的 に生 み 出 され た価 格 吊上 げ政 策 を是 認 し これ を戦 時 中 もな ほ温 存 しや うとす る もの に 他 な らなか っ た の で あ る。1930年 に制 定 せ られ た CoalMineActは 始 めは生 産制 限 の み を 目指 した ので あ るが,次 第 に炭価(山 元 発送 価 格)の 最 低 限迄 も統 制 す るに到 った が,之 は戦 前 既 に石 炭 業 の 合理 化

を妨 げ,高 炭 価 低 能 率 の炭坑 を閉鎖 す る ことを妨 げ,又 高 能 率低 炭価 の炭 坑 を 開 発 増産 せ しめ る こ とを 阻止 したの で あ った 。この ことは,必 然 的 に 各炭坑 の生 産 コス トを平 均 コス トよ り一 層 背 離 せ しめ る結果 を生 む 。 戦 争 開 始 と共 に 政府 に よって と られ た石 炭 価 格 温存 政策 は,炭 価 抑制 に よって極 力 イ ン フレ傾 向 を 抑 止 せ ん とす る配 慮 か ら出 た もので あっ たが,之 の方 針 は戦 時 申 も一 貫 して っ

らぬ か れ,従 っ て炭坑 の合 理 化 は い よい よ阻止 せ られ ざ るを得 なか った 。之 の 第 一 表 イ ギ リス 石 炭 コス トの 分 散 度

平 均生 産 費の上下12.5%以 内 上 記 範 囲 を 上 廻 る も の 上 記 範 囲 を 下 廻 る も の

E

全 生 産 額 に 於 け る 割 合(%)

1930

84

5 11

100

1938

6}47}2

100

1948 52 22 26 100

(出 所)PlanforCoal,N.C.B.1g50p.1g.

(7)Court,ibid.,p.182.

(8)Coult,ibid.,p.183.

(6)

一50一 商 学 討 究 第10巻 第1号

傾 向 は第一 表 を見 る時 明 らか とな る。 即 ち イ ギ リス の平 均 生 産 費 以 下 の下位 炭 坑 は その数 に於 て1930年11%か ら1938年 に は そ の倍 以上 の24%に 増 加 して お る の で あ る。

戦 争 当初 は この価 格 構造 で 石炭 の市 場 均 衡 は維 持 せ られ る ことが可能 で あ っ た 。 し か しな が ら戦 争努 力 が次 第 に高 調 し,特 定地 域 の軍 需工 業が急 激 に 膨脹

して 来 るに つ れ,更 に は イギ リス本 土 の 空爆 に よる輸 送網 が破壊 せ られ るに つ れ,次 第に この 市場 の 均 衡 は破 壊 せ られ るに到 っ た 。 この変 化 が著 し く現 は れ 始 め た の は1942年 で あ る。 更 に この需 要 の構 造 の 急変 に劣 らず,生 産 の構 造 も 著 し く変 化 した 。 生 計 費 の上 昇に伴 ふ賃 金 の増 加,更 に は石 炭 採 掘 に必 要 な各 種 資材 の価 格 上昇 等 は 各炭坑 の生 産 費 の上 昇 を一 般 化 した ので あ る 。

政府 に とって 需 要構 造 の変 化 に対 す る対 策 もさる ことな が ら,生 産 コス トの 上 昇 に伴 ふ生 産 構 造 の変 化 に 如何 に対 処 す るか は,よ り一層 重 要 な 緊急 事 とな っ た 。 一 方 に おい て 各炭 坑 の勝手 な価 格 上昇 を お さへ な が ら,他 方 低 能 率 の 炭 坑 の生 産 を 維 持せ し めて 石 炭 生産 水 準 を 出来 るだ け高 く維 持 す る こ とは,戦 時 経 済 の不 可訣 の要 請 で あ り,か ㌧る 目的 に沿 ふた めに生 れた の が戦 時石炭 特 別 課 税 法CoalChargeAccoant1942で あっtc。 この戦 時石 炭 特 別課 税 法 は次 の四 つ の財 政 的 要求 を 満 たす た めに 設定 せ られ た もので あ る。

(a)賃 金 増'加 (b)地 区 間の 価 格調 整

(c>戦 時 緊急 労 働法(EssentialWorkOrder)に 基 く保 証 賃金 の支 払 ひ

く の

(d)財 政 的 に困 難 な石 炭 企 業 に対 す る資 金援 助

即 ち この戦 時石 炭 特 別 課税 法 は,賃 上げ に対 す るFundを なす と共 に生 産 コス トの上昇 に伴 ふ各 炭坑 の経理 面 の不 平 等 を調 整 す るの が 目的 で あ り,そ れ は石 炭 の値上 げを行 ふ事 に依 って,低 コス トの炭 坑 か らの牧 益 従 っ て 差 益 を 増 加 し,こ の牧 入 を以 て賃 金 フ アン ドを形 成 し,赤 字経 営 の炭 坑 の赤 字補 償 を 行 ふ 事 で あ った 。 政府 は始 め石 炭 業 の財 政 に就 い て は極 力 その責 任 を 負 は ぬ こ とを 基 本 方 針 とした の で あ った が,こ の戦 時石 炭 特 別 課税 法 の制 定 と共 に政府 は再 び 第 一 次 大戦 場 合 と同 じ く 石 炭 業 の財 政 を も全 面 的 に統 制 し責任 を負 はね ば な

(9)Court,ibid.,p.339。

(7)

イギ リス石炭庁 の価格 政策 と(吉 武)‑51一 それ をめ ぐ る批判(1)

らな くな っ た 。 し か し こ れ は 戦 時 経 済 が 長 期 化 す る と共 に 政 府 が と ら ざ るを 得 な い 方 法 で あ っ た と云 へ よ う。 そ れ は 次 の 如 き事 情 に 基 く。 戦 争 当 初 政 府 は, 炭 坑 に 於 け る生 産 コス トの 上 昇 に 基 き,全 国 一 率 の 石 炭 価 格 上 昇(flat‑rate increase)を 許 可 し た が,(1939年11月,1シ リン グ)之 は 炭 坑 毎 の 自然 的 条 件 に 相 違 力{あ る こ と並 び に 賃 金 率 に 相 違 が あ る た め に 生 産 コ ス トが 炭 坑 毎 に 異 る こ と を 考 慮 し な か っ た 単 純 な 一 率 値 上 げ で あ っ た た め,コ ヌ ト高 の炭 坑 は蔵 ち に 財 政 的 困 難 に 陥 らぎ るを 得 な か っ た 。 従 っ て こ れ らの 炭 坑 は コス ト減 を 覗 っ て 洗 炭 作 得 や 選 別 作 業 に 手 を 抜 き始 め 炭 質 の 悪 化 が 市 場 に 見 られ る や う に な っ た 。 更 に は こ の 全 国 一 率 の価 格 上 昇 は,石 炭 の 需 要 構 造 に も悪 影 響 を 与 へ た 。 即 ちflat‑rateincreaseは 高 価 良 質 の石 炭 価 格 を よ り少 く増 加 せ し め る 一 方 ,低 価 格 低 品 質 の 石 炭 価 格 を よ り多 く増 加 せ し め る結 果 を 招 い た た め,消

ごヱの

費 者 は 良質 の石 炭 に殺到 し低 品 質 炭 はな か なか需 要 が無 か っ た の で あ る。

更 に,か \る悪 影 響 を避 け るた めに,そ の後,特 定 地 域 に限 っ て石 炭価 格上 昇 を 許 可 し た が(1940年5月8ペ ン ス),之 も又 コ ス ト高 の 炭 坑 の 石 炭 価 格 を よ り高 くせ し め た た め に,消 費 市 場1と於 け る需 給 ペ ラ ンス が 崩 れ,強 い て 高 価 格 の石 炭 を 消 費 せ し め る こ とは,あ る特 定 の 消 費 者 に 不 利 益 を 甘 受 せ し め る こ と に な ら ぎ る を 得 な か っ た の で あ る 。 以 上 の 戦 争 当 初 に 於 け る 苦 い 経 験 が,各 炭 坑 の 経 理 調 整 を 主 眼 す る戦 時 石 炭 特 別 課 税 法 を 生 ん だ と 云 ふ こ とが 出 来 る 。

こ の 戦 時 石 炭 特 別 課 税 法CoalChargeAccountは,生 産 内 部 に 於 け る ア ン バ ラ ンス を 調 整 す る役 目を 果 し た 訳 で あ るが,コ ・ 一ッ に 依 れ ば こ の 法 律 は 大 体

て  ラ

成 功 で あ った と云 は れ る。 しか し戦 争 が終 了 し,経 済 が戦 時体 制 よ り平 和 体制 に転換 す るに 至 っ て,こ の戦 時 石 炭持 別 課税 法 は戦 時中 イ ギ リス 石 炭 業を 次 の 三 つ の点 に於 て極 めて 大 きな影響 力 を及 ぼ した こ とが 次 第 に明 らか に な った の で あ る。

第 一 に は1930年 の カル テル実 施 以 来 の傾 向 即 ち合 理化 の阻 止 の 傾 向が 依然 と して継 続 した こ とで あ る。 戦 時 石 炭特 別課 税 法 は,実 質 的 に低 コス トの炭 坑 に 課 税 し高 コス トの炭 坑 に 補助 金 を与 へ た結 果 にな っ た の で あ るが,(第 二表 参

(10)Court,ibid.,p.194.

(11)Court,ibid.,p.351.

(8)

照)そ れ は必 然 的 に 高 コス トの 炭 坑 の コス トを 一 層 大 に な らし め,炭 坑 毎 の 又.

は 地 区 毎 の コス トの 開 きは 益 々 大 きな もの と し た の で あ る 。 例 へ ば1938年 イ ギ リス で最 低 コス トの 地 域 は レス タ シ ア ー地 方 で トン 当 り13s.8d.で あ っ た が,最 高 コス トの 地 域 は カ ン ベ ラン ド地 方 で20.s3d.で あ り,そ の 当 時 の イ ギ リス の 平 均 コス トは16s.で あ っ た 。 最 低 と最 高 の 差 は6s.7d.に す ぎ な か っtc。 然 る に

第 二 表 一 トン 当 りの コ ス ト(地 域 別)並 び に 戦 時 石 炭 特 別 課 税 法 に 依 る各 地 域 の 補 助 並 び に 支 出

ll945 1938 1945

1945

1

薦 麗 労鵬 一i 禦 編 人 当 りの

一 ト ン 一一 ト ン 戦時石炭特別課 税法による 石炭生産 り の 当 り の

る割合

(%) 額

総 コ ス ト 総 コ ス ト

負 担(+)扶 助(一)

ll㎞ 己i・ ・d・1・ ・d・1・ ・d・

ユ2.・6 1.00 152 340 321

ン バ ラ ン 5.62 O.95 1410 352 2

12.84 O.84 155 402 32

南 ウ ェ ー ル ズ 及

モ ン マ ウ ス

ll.67 0.75 183 494

87

ヨ ー ク シ ア

20.74 1.lo

156 328

30

7.20

1.33 148 296

40

ノ ツ テ ン ガ ム シ ア1 8.51 L45 14'1

288

52

南 ダ ー ビ シ ア!

1.60 1.50

148

274 58

ア! L81 1.60 138

246

78

キ ヤ ノ ク,チ ェ ー ス

2.43 1.97 167

320

410

ワ ー ス ウ イ ツ シ ア ー

2.48

1.22

162 299 510

略ラ ン カ シ ア ー 及

チ エ シ ア ー

5.82 0.85 1810 4210

7

北 ス タ フ オ ー ド シ ア ー 3.ll

1・14

167 374 17

0.58 O.67

203

5610 108

北 ウ エ ー ル ズ

1.04 0.84 167 395

南 ス タ フ オ ー ド シ ア O.54 0.99

158

3110

44

0.33

1.Ol 178 3610 10

0.51 0.82 150 383 4

ブ リ ス トル 及 サ マ セ ツ ト 0.35 O.73 187 418 111

0.66 0.89 189 439 30

イ ギ リ ス 合 計

lOO.00 LOO 160 3511 ll

Court,Coal,p.346.

(9)

イギ リス石 炭庁の価格 政策 と(吉 武) ‑53一 それ をめ ぐる批判(1)

ユ945年 に於 て は 最 低 コス トは や は り レス タ シ ア ー 地 方 で24s.6d.で あ り',最 高 コ ス ト もや は りカ ン バ ラ ン ド地 方 で あ っ た が,そ の コ ス トは レ ス タ シ ア ー地 方 の 倍 以 上 の56s.10d.と な りそ の 開 きは 極 め て 大 きな もの と な つiの で あ る。 更 に 平 均 コ ス トも トン当 り35s.11d.と な り,1938年 の13s8dに 比 較 して 三 倍 近 くと

な っ た が,之 は コス ト高 の 炭 坑 の数 が 戦 前 よ り遙 か に 増 加 し た こ とを 物 語 る に 他 な らな い 。 従 っ て こ の戦 争 に よ っ て 阻 止 せ られ た 合 理 化 を 促 進 す る こ と が 戦 後 の石 炭 庁 の 大 きな 課 題 とな ら ざ るを 得 な か っ た 。

第 二 に はflat‑rateincreaseに よ っ て 石 炭 の 価 格 構 造 が 歪 め られ た こ とで あ る 。 上 述 し た 如 く戦 争 直 後 に 行 は れ たflat‑rateincrease(1939年11月)は 全 国 一・ 率 の もの で あ っ た た め

,生 産 の み な らず 消 費 に 悪 影 響 を 及 ぼ し た 。 後 に な っ て 戦 時 石 炭 特 別 課 税 法 が 適 用 せ られ,財 政 困 難 な 炭 坑 に は 補 助 が 与 へ られ そ れ に 依 っ て 生 産 面 の 困 難 の大 部 分 は 除 去 せ られ る こ とが 出 来 た が し か し こ の法 律 は そ の 後 も依 然 と し てflat‑rateincreaseを 行 ふ こ とが 多 く,品 質 な らび に コ ス トの 相 違 に 比 例 し た 価 格 上 昇 は 余 り行 は れ な か っ た た め,消 費 面 に お い て は 依 然 と し て 価 格 構 造 は 多 くの 不 合 理 な 面 を 残 さ ざ るを 得 な か っ た 。 例 へ ば 低 品 質 の石 炭 は 戦 時 申 に 二 倍 乃 至 三 倍 価 格 上 界 し た の に対 し,高 品 質 の 石 炭 は せ い ぜ

く  ウ

い75%程 度 の価 格 上 昇 を 見 たに留 るので あ る。

第 三 表 イギ リス 石 炭 業 に 於 け る賃 金 ・コス ト 並 に 売 上 げ 金(石 炭1ト ン当 り)

賃 金

他 の コ ス ト

総 コ ス ト

売 上 高

1939

s.d.

1011 56

165

ll・ ・

1942

s.d。

181 75

s.d.s.d.

203238 71197

25612S2333

[265129・13・5

1945

s.d.

255 106

3511

1939年 に 比 した1945年 度 の 増 加 率

% 133

92

119

38・1・ ・3

出 所.Court,Coal,p.344.

(12)S.R.Dennison,̀̀ThePricePolicyoftheNationalCoalBoard,"Lloyds

BankReview,October,1952,No,26,p.21.

(10)

第 三 に は 戦 時 中 の 賃 金 上 昇 は 著 し く,そ の た め に 石 炭 価 格 水 準 も著 し く上 昇 し1939年 に 比 し て1945年 に は 倍 以 上 に 上 昇 し た の で あ る(第 三 表 参 照)又 石 炭 価 格 の 上 昇 が 戦 時 中flat‑rateに 依 っ て 行 は れ た 如 く,賃 上 げ も又flate‑rate

increaseに 依 っ て 行 は れ た た め,従 来 の 賃 金 構 造 を 歪 め る結 果 を 招 い た の で あ

の レう ノ

る◎

な ほ戦 時 申 の石 炭 業 の賃金 水 準 上 昇 率 は,他 産 業 よ りも遙 か に高 い(第 四表 参照)。 賃 金 引上 げ は戦 時 申 よ り,地 域 別 の 賃金 格差 を考 へ る こ とな しに,全 国.

的 基礎 の上 に立 って 行 は れ始 め たが,之 は石 炭 業 の歴 史始 ま って 以来 無 か った 第 四表 生 計 費 並 び に各 産 業 の賃 金 上 昇

(1939‑1946)

︑̀'﹁﹂,し

業 績

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鉄 5232453

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業 炭 石

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90123456344444449999999911111111

出所.Court.Coal,P,328.

事 で あ り,こ の 新 し い 賃 金 交 渉 の 型 は 国 有 化 以 後 も引 継 が れ,石 炭 庁 の価 格 政 策 に も反 映 を 示 す こ とに な っ た の で あ る 。

約 言 す れ ば 第 二 次 大 戦 前 既 に イギ リス 石 炭 業 が 有 し て い た さ ま ざ ま の 矛 盾 は,戦 時 申 に 消 滅 せ られ る所 か 一 層 激 化 せ られ,そ の 解 決 は 最 早 個 別 資 本 の な

し得 る こ とで な く,戦 後 な さ れ た 国 有 化 に 期 待 さ れ るべ きで あ っ た 。

5.1945‑1950年 の イ ギ リ ス 石 炭 庁 の 価 格 政 策

1946年7月 イ ギ リ ス 石 炭 業 の 国 有 化 が 議 会 で 裁 決 せ ら れ,『 石 炭 庁 』(Nationa1

(13)G.B.Baldwin,BeyondNationa]ization(HarvardUniv.Press,1955) p.124.

(11)

舗 差訴 磐鵬 価幣 策と(吉 武)‑55‑

CoalBoard)が 設 立 せ られ た 。 この 石 炭 庁 が 国 有 化 以 後 如 何 な る価 格 政 策 を 取 っ た か に 就 い て 述 べ る前 に,『 炭 鉱 業 国 有 化 法 』(TheCoalIndustryNation・

alizationAct)が,価 格 政 策 に 就 い て 石 炭 庁 に 対 し如 何 な る 規 定 を 課 し て あ る か に 触 れ て お く必 要 が あ る 。

石 炭 庁 が 価 格 政 策 に就 い て 守 るべ き原 則 は,非 営 利 性 動 機(disinterestedness・

ロの

motive)で あ る 。 炭 鉱 業 国 有 化 法 で は 次 の 如 く規 定 せ られ て お る 。 『石 炭 庁 は 石 炭 を 消 費 者 の 凡 て に対 し そ の 供 給 す べ き 石 炭 の 量 ・質 ・型 ・価 格 に 於 て 公 益 が 一 層 大 に な る や うに,供 給 す べ きで あ り,特 定 の 消 費 者 に対 し て 差 別 的 取 扱

ひ を す る こ とは 許 さ れ な い 。 』 更 に は ま た 『良 い 年 と 悪 い 年 とを 平 均 し て(on anaverageofgoodandbadyears)数 年 間 の う ち に敗 支 相 償 ふ よ うに 経 営 一9

くカ の

れ ば よい』 とされて お る。

従 っ て以 上 の規 定 か ら,石 炭 庁 は如 何 な る場 合 で も 敗 益 を あげ る こ とを要 求 され ない訳 で あ り,要 は一期 間を 通 じて牧 支 バ ランス が とれ るや うに 価 格 を設 定 す れ ば よい の で あ る。 他 方 に於 て,石 炭 庁 は経 営牧 益 を あ げ る こ とは少 し も 妨 げ られ ない し 又 そ の牧 益 の限度 も決定 され て い ない 。 そ して この牧 益 の あ る 場 合,こ の牧 益 は事 業 に再投 資 され るか,価 格 引下 げ,サ ー ビ ス改善,又 は従

(1留 業員 の賃 金 その 他 の労 働 条 件 の改 善 に用 び られ る こ とに な っ て お るの で あ る

以 上 の規定 は,国 有化 産 業 の ずべ て に通 ず る規 定 で あ った 。.『 炭 鉱 業 国有 化 法』 を始 め とづ る一 連 の 国有 化産 業 に対 す る法 律 案 が,戦 争 終 了後 議 会 で審議 せ られ た時,こ れ らの 法案 に見 られ る価 格 設定 の規定 が 論議 せ られ た が,当 時 は専 ら 『よ り多 くの供 給 と よ りや す い価 格 』 が 国有 化 産 業 の 目標 と考 へ られ,

それ以 上 の詳 細 な討議 は殆 ん ど見 られ なか った の で あ る。 当 時 の燃 料 動 力 相 で あ っ た シ ン ウエル は,価 格 水 準 は生 産 費 に 関聯 せ し め るべ き で あ る と述 べ た が,こ の生産 費 が如 何 な る内容 を有 す る もの か に就 い て は 言 明を避 け た の で あ っ た 。 しか しD.N.チ エ ス ターに よれ ば,当 時 の法 案 は 明 らか に平 均 産 用費 を

(14)W,A.Robson(Editor),ProblemsofNationalizedIndustry(London, GeolgeAllen&UnwinLtd.,1952)p.28.

(15)0.N.Chester,TheNationa】izedIndustries(London,GeorgeAIIen andUnwinLtd.,1eviseded.,1951)p.66.

(16)W.R.Robson,ibid.,p.30.

(12)

ほ アラ

目指 してい た ので あっ た 。

以上 の 『炭 鉱 国有 化 法』 の規 定 か らす れ ば,石 炭 庁 は政府 の裁 可 を 経 ずに, 自由 に石 炭 価 格 の設 定 が行 ひ得 る筈 で あ っ た が,戦 争 終 了 後 成 立 し た 戦 時 統 制 経 済 立 法 の 延 長 で あ る 『物 資 供 給 並 び に サ ー ビス法 』(TheSupPlies andServiceAct1945)に 基 き,石 炭 庁 は,価 格 に 関 する政府 の指 示 に従 は ね

ば な らな か っ た 。 ま た之 は所 管 大 臣が価 格 を以 て 当該 国有 産 業 の方 向 を決 定 す

ロ  ラ

るた めの手 段 と考 へ て お った の で あ る。

撫,国 有 化後 に石 炭 庁 が 行 っ た価 格 政 策 を 述べ る前 に,価 格 政 策 に関聯 して

ビユ の

一 般 に石 炭 業 が有 す る若 午 の特 徴 に注 意 を払 ふ必 要 が あ るで あ らう。

第 一 に は石 炭 は その サ イズ ・物 理 的 並び に化学 的性 質,に 於 て極 めて 多種 多 様 で あ り,従 って それ らの特 性 に応 じて さま ざま の特 殊 な需 要 が あ る こ とで あ る。 厳 密 な分 類 に 依 る と イギ リス の石 炭 は8000種 の異 った石 炭 よ り成 る と 云 う。

第 二 に は,各 炭 鉱 に於 て それ ぞ れ生 産 能率 に著 しい相 違 が存 在 し,従 っ て コ ス トに於 て も各 炭坑 ・各地 方 毎 に大 きな開 きが存 在 す る こ と。

第 三 に は,運 送 費 が石 炭 業 に於 て 可成 りの額 に及 ぶ こ とで あ る。1951年 イギ' リスに 於 て石 炭 の鉄 道 運 賃 は平 均10s.(ト ン当 り)と な り,山 元 炭価 のY5を 占 め て お っ た 。 消 費者 は従 来 山元 炭価 に加 るに輸 送 費を 支 払 つ て お った た め,消 費地 に 近接 して お る炭 坑 は遠 隔 の地 に あ る炭 坑 よ りも 有 利 な立 地 条 件 を有 して い た の で あ る。従 来 能率 の低 い炭 坑 の 多 くは,こ の有 利 な立地 条 件 に 依 っ て存 立 し得 たの で あ る。

これ らの三 つ の特 徴 は,イ ギ リス石 炭 庁 が 合理 的 な価 格政 策 を樹 立す る際, 必 ず考 慮 しな け れ ば な らぬ要因 で あ るが,之 等 は イギ リス経 済 の 安定 が確 保 せ

られ,石 炭 需 給 の長 期 的 な 見透 し が 確 立 せ られ て か ら始 めて計 算 に 入れ な けれ ば な らなか っ た 。 従 って これ らはむ し ろ1950年 以降 の石 炭 庁 の課 題 として 取 上 げ られ た ので あ る。

(17)D.N.Chester,ibid.,P.67.

(18)WorswickandAdyed.,TheBritishEcono皿y1945‑1950(Oxfold, 1952)p.435。

(19)S。R.Dennison,ibid.,P,17,

(13)

イギ リス石炭庁の価格政策 と(吉 武) それをめぐる批判(1) ‑57一 1947年1月1日 に,イ ギ リス石 炭 業 の 国有 化が 発足 し,石 炭 庁 が従 来 の私 的 企 業 に代 って運 営 管理 を担 当 した の で あ るが,こ の47年 よ り50年 に到 る4年 間 に 於 て,イ ギ リス石炭 庁 は,戦 時経 済 の遺 産 処理 と新 しい 組織 の成 立 に伴 ふ さ ま ざま な変 化 に対 応 す る こ とに,エ ネル ギの大 半 を費 し,従 って石 炭 庁の価 格 政 策 は ま だ この時期 に於 て 国有 化 に対 応 す る 新 しい 型 を示 す に到 らなか った と 云 ひ得 るで あ らう。 この時期 の価 格政 策 は,戦 後 イギ リス経 済 の相 互 に矛 盾 す

る さま ざま の要 素 の 間 に は さま れ,焦 眉 の急 を要 す る問 題 の解 決 に精 一杯 で あ り従 って 極 く短 期 的 な応急 手 当的 な性質 の もの で あっ た 。 しば らくこの価 格 政 策 に影響 を及 ぼ した諸 要 因 を考 察 して 見 よ う。

第 一 の要 因 は,労 働力 の不 足 が原 因 とな って戦 後 の石炭 業 の生産 が極 めて緩 第 五表 イギ リス石 炭 業の生 産,輸 出及 び雇 用

)用oo

⑩1

雇蝉 770832699980949063238708648001022542107787776777777777

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1

1

陶﹂餌

引 用.G.C.AIlen,BritishIndustriesandtheirOlganigation1951

3rdEdition)P.59.

(14)

、 第10巻 第1号

慢 で あ っ た こ とで あ る。 第 五 表 に 明 らか な 如 くに1946年 か ら1950年 の 間 の 石 炭 の 生 産 上 昇 は 僅 か2,300万 トン程 度 で あ っ て,総 生 産 額 の15%を 越 え な い 。 更 に

『炭 鉱 労 働 者 総 数 が,700,000人 以 下 に 下 る時 に は,ス トそ の 他 の 特 殊 な 事 情 が 発

く の

生 す る と,イ ギ リス 産 業 全 体 が 危 機 に 陥 る 可 能 性 が 生 じ て 来 る』 と云 は れ て お る に も拘 らず,雇 用 は720,000人 を 遙 か に 超 え た の は1948年1949年 に 過 ぎ ず (こ の 両 年 は 復 員 軍 人 の 炭 坑 へ の 復 職 に 基 く)多 くは720,000人 を 前 後 し て お り,1950年11月 に 於 て は686,000人 と1900年 始 ま っ て 以 来 始 め て の 最 低 限 に 迄 低 落 し た の で あ る 。 この や うな労 働 力 不 足 が生 じた 最 大 の 原 因 は,戦 後 イ キ リ

ス 経 済 に 於 い て 完 全 雇 用 が 実 現 され,労 働 市 場 に お い て 労 働 条 件 の 不 利 な 石 炭 業 が 他 の 諸 産 業 に 比 し て 著 し い 遅 れ を とっ て い る こ と に 基 くの で あ る 。 この 労 働 力 の 不 足 に 基 く緩 慢 な 生 産 の恢 復 は,戦 後 の急 増 す る石 炭 需 要 を 満 た す こ と が 出 来 ず,1950〜1951年 迄 ・fギ リス経 済 は慢 性 的 な 石 炭 不 足 に 悩 ま され ざ るを 得 な か っ た 。特 に1947年2月 よ り始 ま っ た石 炭 危 機 は ・ 一 時 イギ リス産 業 を 全 面 的 麻 痺 に 陥 し入 れ 数 週 間200万 に 及 ぶ 失 業者 を 発 生 せ し め,.更 に は 家 庭 用 消

く  り

費 も大 幅 に削減 せ し めtcの で あ る。 更 に は1950年 の11月 か ら,労 働力 不 足 が顕 著 とな り,再 び石 炭 危 機 が訪 れ る危 険 が増 大 す るに到 っ た が,ア トリー首相 の 炭 坑 労 働 者 に対 す るア ピール や賃金 の大 幅 引上 げ,石 炭 の使 用節 約 に依 って辛 うじて危機 は回 避 す る こ とが 出 来 た の で あ る。 この緩 慢 な生 産 の テ ンポ を早 め

るのに は,短 期 的 に は労 働 力 の確 保 と培 養以 外 に はな く,そ の た めに は炭 鉱 労 働 者 の賃金 を 引上 げ ざるを得 な か った の で あ る。 この労働 力 不 足 は石 炭 庁 の将 来 の計 画立 案 に深 い影 響 を及 ぼ す に到 った 。 石 炭 業 の 再建 の 長期 的 計 画 は,労 働 力 を 大幅 に増 加 せ し め るこ とが 将 来甚 だ困 難 に な る と云 ふ 見透 しの下 に,機 械化 に 依 る以 外 に は その方 法 が ない と云 ふ こ とが 明 らか に な っ た が,之 と同時 に エ ネ ルギ ー産 業 に対 す る綜 合 的 施 策 の確 立 に 依 っ て,石 炭 の使 用 の効 率 化 が 緊 急 の必要 事 とな って 来 た の で あ る。 ここに国 有 化 当初期 待 され て い た低 価 格 政 策 が 再検 討 せ られ るべ き要 因が あ る と云 は な け れ ばな らぬ 。

第二 の要 因 は賃 金 コス}の 増 大 で あ る。(第 六表 参照)労 働 力 不 足 に 基 く慢

(20)G.B.Baldwin,ib五d.,P.185.

(21)WolswlckandAdy,ibid.,pp.342‑343.

(15)

舗 揚 磐 繍 価幣 策と(吉 武)‑59一

牲 的石 炭 不 足 を克服 す るた めに は,労 働 組合 の賃 上 げ要 求 を政 府 は 認 め ない訳 に,は行 か なか っ た 。 事 実 国有 化後 の炭 坑 賃金 の上 昇率 は著 し く,他 の如 何 な る 産 業 の平 均 賃金 を もオ ヴ ア ー 一して いた の で あ る。 政府 は1951年 春 迄石 炭 業 に お け る賃 金 上 昇 に対 して厳 重 な抑 圧 政 策 を とって 来 たた め,絶 へ ず賃 上 げ要 求 を 抑圧 す る こ とに努 力 した の で あ るが,石 炭 不 足 に 依 る産 業 の麻 痺 を恐 れ て しぶ

第 六表 イギ リス石炭業 の平均週賃金額

平均週賃金(諸 手当を含む){IZ擁 璽 纏 塑 ̲

1947 1948 1949 1950

£618s.9d.

£83s.IQd。

£814s.7d.

£92s.…

0 8 1 4

0 0 1 一⊥

■ ⊥ ‑ 占 ‑ ← ‑ ⊥

(出 所,W.W.Haynes,NationalizationinPractice,1953.

pp.145‑一 一146.

しぶ賃 上 げ を認 めな い訳 に は行 か ず,1946〜1950年 に於 け る石炭 値 上 げ は常 に そ の背後 に賃 上 げに基 くコス トの上 昇 が あ った の で あ る。 賃金 コス トは石 炭 の 生 産 コス トの%を 占 め るた め,賃 上 げ は大 幅 な石 炭 コス トの 増 大を 伴 ふ の で あ

る。

第三 の要 因 は 政府 の イ ンフ レ抑 制 政策 で あ る。 政府 は出来 る限 り石 炭 価 格 の 上昇 を抑 制 しや う と試 み た が,之 は戦 後 イ ンフ レ克 服 の た め政 府 が と らぎ るを 得 ない処 置 で あ う た 。1947年 の石 炭 庁 の年 次 報 告に は次 の如 く記 され て お る。

「政 府 の所 管大 臣 は,石 炭 庁 が 必 要 と認 め た石 炭価 格 の増加 額 を 割 引 い て認 め た。 従 って週 五 日制 の影 響 を補 ふた めの価 格上 昇 は,石 炭 庁 が希 望 して い た如

び タ

くに は速 か に 容 認せ られな か っ た の で あ る。 』従 って石 炭 庁 が 国有 化 の 第一 年度 に 於 て £23.3millionに 及 ぶ 名 大 な損 失 を生 じた こ とは,必 ず し も石 炭 庁 の不 手際 で は な く,政 府 の価 格抑 制 政 策 に む一つ の原 因 が あ る と 云 は ざ る を 得 な

い 。

第 四 の要 因 は,石 炭 増産 が戦 後 イギ リス経 済 の絶 対 的 要請 で あ つた た め ジ非 能 率 な炭 坑 を閉鑛 して生 産 の 合理化 を 行 ふ こ とは戦 後 もな ほ依然 として 許 され

(22)AnnualReportoftheNationalCoalBoardfol1947,P,124.

(16)

な か っ た こ とで あ る。 従 っ て 非 能 率 な炭 坑 に 対 す る補 助 金 制 度 は,戦 後 もな ほ 続 継 し て お っ た 。 重 点 的 な 生 産 に よ る石 炭 業 合 理 化 は1950年 迄 は到 底 な し 得 る

こ とで な か っ た の で あ る 。

以 上 の 諸 要 因 に 影 響 され つ つ 石 炭 庁 の 価 格 政 策 は1946〜1950年 に 次 の 四 つ の 方 向 を 歩 ん だ と云 ふ こ とが 出 来 る 。A)石 炭 価 格 水 準 の 上 昇 。B)石 炭 価 格 構 造 の 是 正 。C)輸 出 石 炭 価 格 の 上 昇 。D)将 来 の 価 格 政 策 に 対 す る準 備 と そ の 構 想 。 石 炭 価 格 の 一 率 値 上 げ は こ の 四 年 間 に 於 て 二 回 行 は れ た 。 即 ち1947年9 月 の4s.pertonと1948年1月 の2s.6d.pertonで あ り,前 者 は 週5日 制

採 用 に 基 く生 産 コ ス トの 増 大 の た め,後 者 は主 と し て 労 働 時 間 の 延 長 と最 低 賃

こお ラ

金 額 あ 増 加 に よ る コ ス ト増 大 の た め に な さ れ た 。 これ 等 は 戦 時 中 の 一 率 価 格 上 昇(flat・rateincrease)と 同 じ で あ る た め,石 炭 価 格 の 構 造 を 歪 め る 結 果 を 伴 は ざ るを 得 な い 。 従 っ て こ の 是 正 は 石 炭 庁 に と っ て 緊 急 の 課 題 とな っ た 。 事 実 1948年 の 夏 に低 品 質 の 石 炭 が 売 れ残 り,高 品 質 の 石 炭 の 需 要 が 供 給 を 超 え る に 到 っ た 。 か くし て1948年 に は低 品 質 の 石 炭 価 格 を15s.値 下 げ,高 品 質 の も の

く ヨわ

を3s値 上 げ し更 に1949年 に は 低 品 質 に対 し て15s.の 値 下 げ,高 品 質 の もの に

ぐ の

対 して13s.の 値 上 げ を行 った の で あ る。 石 炭 庁 自身 が 述べ て お る如 く,之 等 の価 格 訂 正 は合理 的 な価 格体 系 が 導 入確 立 せ られ る迄 の臨 時的 処 置 に 過 ぎ なか っ た の で あ るが,価 格 構造 に於 け る歪 み を可成 り改 良 した事 は認 め られ る。

次 に輸 出 石 炭価 格 の上 昇 で あ るが,石 炭 庁 は1947年12月 よ り同一品 種 の石炭 に対 して 国 内 国外 と差 別価 格 政 策 を と り,国 外輸 出 向 並 び に外 国 航 路 のバ ン カ

一 向 の 石 炭 価 格 を 国 内 価 格 よ り も25s .高 くし7C。

(26)

之 は 当 時 イ ギ リス の 国 際 牧 支 が 極 め て 劣 悪 で あ っ た た め,石 炭 価 格 の 上 昇 に よ っ て,若 干 で も貿 易 牧 入 を 増 加 せ し め や う とす る意 図 か ら出 た もの で あ っ た 。 事 実1947年 当 時 イ ギ リス 石 炭 価 格 は,ポ ー ラ ン ドの石 炭 よ り高 か っ た が,な ほ ア メ リカ の 石 炭 よ り も低 く 従 っ て 価 格 上 昇 を25s.程 度 行 っ て もな ほ 当 時 石 炭 不 足 に 悩 ん で い た ヨ ー ロ ッパ

(23)Ibid.,p.67.

(24)N.C.B.,RepoitandAccountsfor1948,P.71, (25)N.C.B,RepoltandAccountsfor1949,P.46.

(26)Ibid.,p.67.

(17)

乏粥 警 鵬 価幣 策と(吉 武)‑61一

諸 国 に対 し て輸 出が 可 能 で あった の で あ る。 之 は 国外 に 於て 好 ま し くな い反 響 を生 じたけ れ ど も,な ほ £15millionに 及 ぶ牧 入増 を もた らし従 っ て 石 炭 庁 の 牧 支バ ランスの上 に大 きな貢 献を した の で あ る。

以 上 の石 炭庁 が 行 っ た価 格 政策 は,い つ れ も臨 時的 な措 置 に す ぎ ず,石 炭 庁 と して は将来 合理 的 な価 格 政策 を樹 立 す る こ とを 念頭 に 置 い て お った の で あ っ て,こ の1950年 迄 のAnnualReportに 於 て は そ のfCめ の 準 備 が 次 錆 に な さ れ つ つ あ るこ とを認 め るこ とが出 来 る。 石 炭 庁が 合 理 的 な価 格体 系 を樹 立す るた め に第 一 に直 面 せ ね ば な らな か っ た課 題 は,8000種 に及 ぶ異 った石 炭 一 一 カロ リー量,灰 分,硫 黄 分,揮 発 性分,形 状 等 にお い て を如 何 に 分 類 し,如 何 な る基 準 又 は要 素 に 従 っ て価 格 を設 定 す るか であ っ た 。 戦 前 の カル テル価 格 に ・ 於 て は,勿 論 そ れ は人 為 的 に設定 せ られた価 格 で はあ っ たが,市 場 の需給 関係 が消 費 者 の合理 的 非 合理 的 な選好 と結 び付 い て,そ れぞ れ の石 炭 に,生 産 地 を 中心 とす る大 小 さま ざま の市 場が 成 立 し,そ れ ぞ れ の 市 場 の 申 に 均 衡 な 価 格 が成 立 して お っ た ので あ る。 しか し国有 化 と共 に,か \る価 格 の 多様 性 は克 服 され ね ばな らない 。 さ もな くば管 理 上 重 大 な支 障が生 ず るで あ らうし,生 産 と消 費 の構 造 が戦 後 著 し く変 化 した こ とに対 し 積 極 的 な適 応 を な し得 な い で あ らうか らであ る。 石 炭 庁 は1947年 頃 よ り石炭 を技 術 的特 性 に基 い て分 類 す る こ とに従 事 して お り,1948年1949年 の石 炭価 格構 造 の改 良 の 際 に は,専 らこの技 術 的特 性 に依 る評 価 に従 って な され た。 しか しなが ら単 に技 術 上 の特 性 に 基 く 分 類 と評価 とは不 充分 で あ る こ とが 明 らか に な り,次 第 に商 業的 な要 因一一 一石 炭 の大 き さ,か た さ及 び さま ざまの消 費 者 の 非合理 的選 考,等 一 も加 味 せ られ

く  の

る に 至 っ た 。1950年 以 降 の 価 格 体 系 樹 立 に 於 て は,技 術 的 特 性 を 評 価 分 類 の 際 の 基 準 と し,そ れ に 商 業 的 要 素 を 加 味 し て お る と云 ふ こ とが 出 来 る で あ ら う。

次 に 石 炭 庁 が 将 来 の 価 格 政 策 に 関 し て 考 慮 せ ね ば な らな か っ た の は,運 送 費 用 で あ り,山 元 価 格(pitheadprice)か 消 費 地 運 送 価 格(deliveredprice)か

そ の ど ち らか に決 定 せ ね ば な らな か っ た 。 山元 価 格 の 場 合 に は,消 費 者 は,そ の 生 産 地 か らの 距 離 に 応 じ 又 運 送 の 方 法 に 応 じた 運 送 費 を 山元 価 格 に 加 へ て

(27)S.R.Dennison,op.,cit.,p,24.

(18)

一62‑一:一 商 学 討 究 第10巻 第1号

支払 は な けれ ば な らぬ が,消 費地 運 送 価 格 の場 合 に は,生 産地 が 何 処 で あ るか を問 はず,又 運送 の方 法 の 如何 を 問 は ず,消 費 者 は一 一定 の平 均運 送 費 を含 めた 石 炭 価 格 で石 炭 を購 入せ ね ば な らな くな る。 私 有 時代 に於 て は勿 論 山元 価 格 が 基 礎 をな し・ て お り,国 有化 後 も1950年 迄 は その延長 に 過 ぎ な か った が,石 炭 庁 は 山元 価 格制 度 は複 雑 多岐 な石炭 価 格制 度 を生 み,従 っ て管理 上 さま ざ まの困 難 を伴 ふ こ とか ら,山 元 価 格 制 度 を放 棄 して,次 第 に消 費地 運送 価 格制 度 に傾 くに到 った 。1948年 並 び に1949年 の年次 報 告 に於 て この両制 度 の優 劣 を検 討 し

ぐ   す

た が,1950年 の そ れ に お い て は 後 者 が 決 定 せ ち れ た の で あ る 。 即 ち ・fギ リス全 土 を 数 十 の 地 域 に 分 け,そ の地 域 に 於 て は,生 産 地 か らの 距 離 如 何 を 問 は ず, 山 元 価 格+平 均 運 送 費 を 以 て石 炭 価 格 とす る原 則 が 確 立 され,1%1年 よ り家 庭 消 費 用 の 石 炭 に就 い て は 之 が 導 入 せ られ た の で あ 。 る し か しな が ら石 炭 庁 は, 消 費 地 運 送 価 格 制 の 採 用 が 産 業 用 石 炭 の 需 給 構 造 に 急 激 な 変 化 を 与 へ る こ と を 危 惧 し,1961〜65年 迄 に こ の価 格 体 制 を 確 立 す る こ とを 目標 に 長 期 的 計 画 を 検 討 し,産 業 用 石 炭 に 対 し て は 単 に 臨 時 的 なCoalfield‑adjustmentカS1951年 に

ぼの

採 用 され た に す ぎ ず な か っ た 。

,石炭 庁 が1951年 以 降 の価 格 政 策 に対 し て 樹 て た 他 の 一 つ の 原 理 は,袖 助 金 制 度 の 漸 次 的 廃 止で あ る 。 戦 時 中 は 戦 時 石 炭 特 別 課 税 法CoalChargeAccount

に 基 き,イ ギ リ ス石 炭 業 全 体 が,財 政 的 に 一 つ の プ ー ル を 形 成 し て お り,赤 字 企 業 は 他 の 牧 益 性 あ る企 業 か ら財 政 援 助 を 受 け て お っ た の で あ るが,こ の や う な 補 助 金 制 度 は 戦 後 も石 炭 増 産 の 目的 か ら 到 底 廃 止 す る こ とが 出 来 な か っ た の で あ る 。 し か し な が ら この 補 助 金 制 度 が 経 営 合 理 化 に と っ て著 しい マ イ ナ スを もた らす こ と も否 定 し得 な い の で,石 炭 庁 は 可 及 的 に これ を 廃 止 す る原 則 を た て た 。1950年10月 に石 炭 庁 は"PlanforCoal"を 発 表 し,1961〜65年 に 迄 及 ぶ 長 期 の イ ギ リス 石 炭 業 再 編 成 の た め の プ ロ グ ラム を 述 べ た が,そ こ で は 「炭 田 』(Coalfield)を 単 位 と し て 独 立 採.算制 を 採 用 す る こ と を 明 らか に し て お る 。 即 ち 「長 期 的 に は 各 炭 田 は 再 編 成 計 画 に 基 い て そ れ ぞ れ が 自給 自足 又 は そ れ に

(28)N.C.B.,AnnualRepolt,1950,pp.28‑29.

(29)N.C.B.,PlanfolCoal,1950,P.33,及 びN.C.B.,ReportandAccounts

1951,p.38.

(19)

老粥 霧 鵬 価幣 策と(韻)」63一

ぐ  う

近 い もの で な け れ ば な らぬ 。』 し か し既 に 第 一 表 で 明 らか な 如 くに イギ リス 石 炭 業 の 生 産 費 の 格 差 は 一 層 大 き くな っ て お るの で あ っ て,石 炭 不 足 の 現 在 こ の 祷 助 金 廃 止 の 原 則 を確 立 す るた め に は,前 提 と して 非 能 率 高 炭 価 の 炭 坑 の 閉 讃 並 び に 新 炭 坑 の 開 発,更 に は 従 来 の 炭 坑 の 機 械 化 等 に 依 る 生産 費 低 下 の 生 産 計 画 が 成 立 して お らな け れ ば な らぬ 。PlanforCoalに 依 れ ば,1961〜65年 の 目標 生 産 額 を240百 万 トン(1950年 の 生 産 額 は204百 万 トンで あ り従 っ て 約20%増)

と 置 き,現 在 の 全 炭 坑 数950の う ちの250の 炭 坑 を機 械 化 に よ っ て徹 底 的 な 合 理 化 を 計 り,依 っ て こ の 目 標 生 産 額 の70%を こ れ ら250の 炭 坑 で 生 産 せ し め,

目標 生 産 額 の 他 の30%の うち20%は 残 りの 炭 坑 の 内 の250炭 坑,10%は70の 新

ぐ  う

坑 の 開 発(縦 坑20,斜 坑50)に よっ て補 は うとして お る。即 ち現 在950の 炭 坑 で行 っ てお る生 産 を570炭 坑 で行 はせ,残 り約400炭 坑 は閉鎖 叉 は他炭 坑 へ 吸牧 す る訳 で あっ て,思 い切 っ た集 中生 産 と云 ふ こ とが 出来 る。か くの 如 き長 期 的生 産 計 画 を背後 に して 始 めて石 炭 庁 の 自給 自足 原 則 が可 能 であ っ たの で あ らう。

以 上 が1950年 当時 石 炭 庁 が将 来 の価 格政 策 に就 い て 抱い ていtces想 で あ る。

ここで注 意 すべ きは石 炭 庁 の消 費地 運送 価 格 は決 して 固定 的 な もの で な く,市 場 の需 給 関係 の変化 に基 い て変 化す る もの で あ り,又 この消 費地 運 送価 格 はい は ば炭 坑 に とって は炭 価 の最 高価 格 と云 ふべ き性 質 の もの で あっ て,こ の 価 格 以 下 の コ ス トで生 産 す る こ とが 凡 ての 炭 坑 に要 求 され て,個 々 の 炭坑 の将 来 は

く   

こ の 価 格 を 基 準 に し て 決 定 さ れ る もの と な る 。 か くの 如 く考 へ て 見 る時,石 炭

く    

庁 の 価 格 政 策 は,H.A.Cleg9が 指 摘 して お る如 く,そ の 根 本 性 格 に お い て 『手 に 負 へ な くな っ た 価 格 構 成 を 合 理 化 す る こ と に あ っ7cの で,planningに よ っ て 自 由 市 場 を 置 き喚 へ よ う と し た の で な か っ た 。 』 と云 ふ こ と が 出 来 る で あ ら う。

4.石 炭 庁 の価 格 政 策 に対 す る批 判

1950年 迄 の 石 炭 庁 の 価 格 政 策 は,一 方 イ ギ リ スの 戦 後 イ ン フ レの 申 に あ っ て

(30)Ibid.,p.19.

(31)Ibid.,p.3.

(32)Ibid.,pp.33‑34.

(33)NationalizedIndustrybyH.A.ClegginWolswickandAdy,op.,cit., p438.

(20)

出 来 るだ け 石 炭 の 低 価 格 を 維 持 し政 府 の イ ン フ レ対 策 に 協 力 し た と 同 時 に,他 方 賃 上 げ に 対 す る 最 少 限 の 譲 歩 に 依 っ て 炭 坑 労 働 者 の 不 満 を お さへ つ っ 可 及 的

増 産 を計 り以 て 戦 後 の 石 炭 不 足 に対 処 す る こ と を根 本 方 針 と し た の で あ り,従 っ て イ ン フ レ 防 止 と増 産 との ヂ レ ンマ の 産 物 で あ っ た と 云 ふ こ とが 出 来 る で あ

ら う。 し か し前 述 し た如 く1950年 迄 の 生 産 実 績 は 芳 し くな く,石 炭 不 足 が 慢 性 的 と な り幾 度 か 石 炭 危 機 が 叫 ば れ た の で あ っ た 。 石 炭 庁 に 対 す る批 判 は,さ ま ざ ま 生 れ た が,そ の 中 で 政 策 の 最 も基 本 的 な線 に 触 れ る批 判 は,こ の 危 機 感 か ら生 れ た もの で あ る 。 そ れ は 石 炭 価 格 水 準 に 対 す る批 判 で あ っ た と云 は ね ば な らぬ 。 そ れ は 即 ち石 炭 価 格 水 準 が 低 す ぎ た と云 ふ 批 判 で あ る 。換 言 す れ ば 『よ り多 くの 供 給 と よ りや す い 価 格 』 と云 ふ イギ リス 国 有 化 産 業 の 最 初 の 基 本 方 針 に 対 す る批 判 で あ る と も云 ひ 得 るで あ ら う。 稀 少 な 燃 料 資 源 と し て の 石 炭 の 合 理 的 配 分 を行 ふ た め の手 段 と して の 価 格 政 策 が1952年 頃 か ら従 来 の 低 価 格 政 策 に 代 っ て 主 張 せ られ る に 到 っ た 。 この 新 し い 主 張 は,個 々 の エ ネル ギ産 業 一一 石 炭 ・電 気 。ガ ス ・水 力 ・原 子 カ ー の 間 の 調 整(Coordination)を 計 り依 っ て 綜 合 的 エ ネ ル ギ 政 策 を 確 立 す る こ と を 目的 と し て な さ れ た リ ッ ドレ ー 委 員 会 RidleyCommitteeの 調 査 報 告 書ReportofTheCommitteeonNational

PolicyforTheUseofFuelandPowerResources,1952の 申 に,更 に は こ の リ ッ ド レー報 告書 の 結 論 を敷 術 し一 層 徹 底 せ し め た1.M.D.Littleの 著 書 ThePriceofFuel,1953.の 中 に 見 る こ とが 出 来 る で あ ら う。以 下 こ の リッドレ

ー委 員 会 並 び にLittleの 石 炭 価 格 に 関 聯 す る批 判 に 触 れ て 見tcい 。

こ の 両 者 が 石 炭 庁 の 低 価 格 政 策 の 帰 結 と し て 挙 げ て お る 諸 弊 害 は 次 の 如 くで あ る 。

イ)石 炭 の 需 要 が 供 給 を 遙 か にoverし た た め,石 炭 の 配 給 統 制 が と られ て 来

た の で あ る が,そ の統 制 は 専 ら 家 庭 用 石 炭 の 消 費 抑 制 と輸 出 用 石 炭 の 制 限 に

限 定 さ れ,他 の 石 炭 消 費 部 門 に 対 し て は 統 制 は 行 は れ な か っ た 。 従 っ て ガ ス

と電 気 の 消 費 は統 制 か ら除 外 せ られ た た め,ガ ス と電 気 に対 す る 家 庭 の 需 要

は 激 増 し,従 っ て ガ ス ・電 気 の 資 本 設 備 の 急 速 な拡 大 に 拍 車 を か け るに 到 っ

た だ け で は な く,ガ ス ・電 気 部 門 に於 け る石 炭 消 費 額 も増 加 し,結 果 的 に は

家 庭 用 石 炭 の統 制 が 石 炭 の 消 費 抑 制 に 余 り役 立 っ て お らぬ こ と で あ る 。 特 に

(21)

舗 頴 磐鵬 価幣 策と(吉 武)‑65‑一

電 気 の家 庭用 消 費 は激 増 し,1951年 に於 て は1938年 当時 の 三 倍 と な っ て お り,電 気 消 費総 額 の 中 で 家庭 用 。農 業 用 の 占 め る割合 も1938年 に は%で あ っ ア この が1951年 に は%と 増 加 してお る(第 七表 参 照)。 然 もそれ は照 明用 ・加熱 用 に使 用 され る よ りはむ しろ室 内暖 房 用 に 使 用 され るこ とが 多 く,戦 前 暖房

第七表 用途別電力需用量(電 気事業者供給分) 需 要 電 力 量(聯KWh)

年 度 家 庭 用

農 業 用 商 業 用 工 業 用 公共電灯用 運 輸 計 (商業 用兼)

1938

5,361 3,IO7

lO,320 367 1,249 20,404

(IOO) (100)

(ユOO)

(100) (100) (10b)

1951 16,939

6,354

25,746

441

1,429 50,909

(316) (204) (249) (120) (114) (249)

1955 22,260

8,740

34,900 630 1,660 68,190

(415) (281) (338) (172) (133) (334) (註)括 弧内数字 は1938年 度 を基準 に して見 た各 用途別 の需 要増 加率

一米英仏 独電 力管理 機構 お よび法規 の変遷 と現状一p .143.

用 電 熱 ヒー タ ーを使 用 して い た 家庭 の数 は,全 体 の1%以 下 で あっ た のに対

くむ 

し,戦 後 は6%に 及 ん で お る 。 ガ ス の 消 費 量 の 増 大 も著 し く1938年 に は1,500 万B.T.U.で あ っ た の に対 し1951年 に は2,500万B.T.U.と 約70%増 加 し て お り,家 庭 用 消 費 の 増 加 が 之 の 一 因 で あ る こ とは 疑 ひ 得 な い 。

家 庭 内 の 電 気 消 費 量 が 激 増 し た こ と は,電 力 不 足 に 拍 車 をか け だ が,之 の 電 力 不 足 の 問 題 は ピ ー ク時 の 電 力 不 足 に 他 な らず,ピ ー クの 電 気 容 量 を 増 大 せ し め るた め に は彪 大 な 資 本 設 備 を 必 要 とす る 。 事 実 電 気 事 業 に対 す る戦 後 投 資 は 他 産 業 に 比 し て 不 当 に 大 き く,1948年 よ り1951年 迄 の4年 間 に お い て 電 気 事 業 は 石 炭 ・ガ ス の4〜5倍 に も及 ぶ 投 資 が な さ れ,製 造 工 業 の 投 資 総 (34)1.M.D.Little,ThePriceofFuel(Oxford;AttheClearendonPtess,

1953)p.91,

参照

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