稽古法
小森富士登
第1節 稽古の意義
日本伝統文化である武道や芸道では、練習することを「稽古」と呼ばれている。稽古 とは「 古いにしえを 稽かんがえる」という字義で「古いことを学んだり、習い行い達する」という意 味を持っていて「先人の教えを行ったり工夫・研究する」ということであり考えること が大切である意味が含まれていると思われる。また、歴史的に稽古には、「鍛錬・錬 磨」という訓練的な意味や「修行・修錬」という修養的な意味もある。故に、剣道の稽 古では、技術の上達や身体を丈夫にすること。さらに、「人としての形成を考え真理 の探究」という目的を達成する意味も持っている。このような「稽古」の意味をよく理 解しておくことが大切である。
第2節 基本稽古
剣道の基本稽古は、技術を正しく習得し、技能を高めるためのものである。基本稽 古を積み重ねることにより、高度で洗練された技術が身に着くものである。
1.「切り返し」
切り返しとは、正面打ちと連続左右面打ちを組み合わせた基本的動作の稽古法であ る。初心者も熟練者も欠かすことができない稽古法である。その目的は、剣道の「構 え(姿勢)、打ち(刃筋・手の打ちの作用)、足さばき、呼吸法、体力、気力」などを養い、
気剣体の一致の打突の習得にある。
初心者の段階では、大きく・ゆっくり正確に行うようすることが望ましい。錬度に 応じて工夫し、より高い効果を得られることができる。
□ 方法
気合・発声を入れ一足一刀の間合いから正面を打ち、送り足で前進しながら左右面 を四本(左・右・左・右)、さらに後退しながら左右面五本(左・右・左・右・左)、後
退しながら間合いをとり中段の構えから大きく正面を打つ。錬度に応じて回数を考慮 して行う。
{切りしの段階的稽古法}
1) 連続左右面打ち
中段の構えから大きく振りかぶり左面を打ち、直ちに頭上で手を返して右 面を打つ。左右面の角度は45度で行う。その場や送り足(前進・後退)、開き足
(右・左)の足さばきを伴って行う。
2) 正面~連続左右面打ち
中段の構えから大きく振りかぶり正面を打ち、直ちに連続左右面を前進また は後退しながら打ち、打ち終わったら双方が中段の構えになり、直ちに大きく 振りかぶり正面を打つ。二回以上続けて行う場合は、最後の正面打ちを次の最 初の正面うちとして行う。
<指導上の留意点>
1) 遠い間合いで「姿勢」「構え」「竹刀の握り」などを正しくさせ、一足一刀の間合 いに入るようさせる。
2) 初心者の段階では、「動作」を大きく「正確に」行わせ、錬度に応じて徐々に速く させる。
3) 肩の余分な力を抜いて、左右均等な打ちになるようにさせる。
4) 左右面打ちの角度が45度になるようにさせる。
5) 常に正しい足さばき留意させる。
6) 打ち下ろした時に、左拳が鳩尾の位置になるようにさせる。
7) 左拳は正中線上を移動するようさせる。
8) 息継ぎは、正面打ち、相手に接近したところで息を吸わせ、左右面打ち終わり、
間合いをとり正面を打ったところで息を継ぎ、残心示すようにさせる。
9) 相手の左右面を伸び伸びと確実に打つようにさせる 10) 体の上下動を極端に大きくならないようにさせる。
11) 最後の正面打ちは「一足一刀の間合」から確実に打たせる。
12) 習熟につれて、旺盛な気迫をもって、息の続く限り一息で体制を崩すことなく 連続左右面を打たせるようにさせる。
「切り返しの受け方」
□ 方法
相互に中段の構えから、機を見て剣先を右に開いて正面を打たせる。直に相手の動 きに対応して後退・前進しながら連続左右面を打たせ、打ち終わったら双方が中段の
構えになるように間合いを十分にとって、直ちに剣先を右に開いて正面を打たせる。
□ 連続左右面の受け方 1) 引き込む受け方
特に初心者などの打ちを受ける場合に用いられる。
竹刀を垂直に立てて、左拳を体の中心から「左・右」に寄せて、相手の左右面打 ちを引き込むようにして受ける。
2) 打ち落とす受け方
技量の上達した者の打ちを受ける場合に用いられる。
左拳を体の中心から外さずに、相手の打ちを迎えて手の打ちを働かせて打ち落 とすようにして受ける。
<指導上の留意点>
1) 受け方によっては、掛かる者の技能の向上にきわめて大きな影響を与えるので 十分に工夫させる。
2) 連続左右面打ちは「歩み足」で受ける。竹刀を垂直にして、左拳の位置はほぼ腰 の高さ、右拳の位置は、ほぼ峯の高さにして、両拳が上がりすぎないようさせ る。
3) 気を充実させて気を合わせ、大きな掛け声を掛けて相手を引き立てるようにさ せる。
4) 左面から打ち始めて、右面打ちで終わるように習慣づける。特に最後の打ちを 正確に打つようにさせる。
5) 前進・後退を必ず行わせる。
6) 習熟の程度に応じて、「引き込む受け方」や「打ち落とす受け方」をもちいて、技 能の向上をはかる。
7) 最後の正面を打たせた後の「残心」を正しく示すようにさせる。
2.「約束稽古」
打つ側と受ける側とが約束をして、基本的な打突の稽古をする方法であで、基本の 打ち込みから高度の技の稽古まで含まれる。
<指導上の留意点>
1) 互いに攻め会う気持ちで「気」を充実させて行わせる。
2) 間合いを重視し、有効打突になるように互いに協力させる。
3) 初歩の段階では「ゆっくり・大きく・正確に」打突するように指導し、次第に「速 く・強く・正確に」できるようにさせる。
3.「打ち込み稽古」
元立ちの与える打突の機会をとらえて正しい姿勢・適切な間合いから大技で一本打 ちや連続技、体当たりや引き技などを正確に打ち込み、打突の基本的な技術を体得す る稽古法である。
<指導上の留意点>
1) 初心者には近い間合いから正確に打ち込ませる。次第に間合いを遠くして一本 打ち連続技、体当たりや引き技など変化して打ち込ませる。
2) 一打・一打を確実に、充実した気勢と適正な体勢で「気剣体一致」の打突ができ るようにさせる。
3) 次の打突に素早く備えさせ、「残心」を意識させる。
<元立ちの留意点>
1) 気を抜かず、気を合わせて対するするとともに、相手の気勢や体勢が崩れない よう大きな声を発して、励まし引き立てるようにする。
2) できるだけ身体を動かし、適正な間合いから打ち込むようにさせる。足さばき に留意して指導する。
3) 一本打ち連続技、体当たりや引き技など変化のある内容になるよう工夫する。
4) 打突させた後は、素早くつぎの打突に備える。
4.「掛かり稽古」
掛かり稽古は、元立ちに対して、打たれたり・いなされたり・かわされることなど を考えず習得したしかけ技で短時間に気力を充実させ体力の続く限り全身で打ち込む 稽古法である。
<指導上の留意点>
1)「気剣体一致」の打突を心がけさせる。
2)体勢が崩れやすく、常に適正な姿勢や構えで動作をさせる。
3)できるかぎり大技で打ち込ませ、次第に小技・連続技など変化をもたせる。
4)足さばきに注意させ、様々な間合いから正確な打突動作ができるようにさせる。
5)充実した気勢で、短時間で息があがるまで間断なく激しく掛からせる。
<元立ちの留意点>
1) 間合いや打突の機会などに十分に留意する。
2) 相手以上の気迫をもって相対する。
3) 掛かる者が疲労し、気迫・気力に欠けてきたら声を掛けて励ます。
4) 無理な打突は打たせずその非を悟らせ、正しい打突を覚えさせる。
5) ただ打たせる出なく、応じ技や出ばな技などを学ぶ機会であることも認識する。
6) 掛かる者の状態に応じて、より効果的な稽古になるように工夫する。
第3節 互
ご格
かく稽古
互ご格かく稽古は地じ稽けい古こ・歩ぶ合あい稽けい古こともいわれている。互格(技術・気力)な者或いは互格 (ごかく)に近い者同士が全てを出して勝負を争う稽古法である。また、実力の相違が あっても、間合いや機会を重要視して対等の気持ちで行えば、互格稽古と考えられる。
勝負の判断は自己判定の方法で、剣道の稽古の大部分はこの方法でなされている。
<指導上の留意点>
1) 習得した打突の動作や姿勢を崩すことなく、充実した気迫で真剣に稽古をさせ る。
2) 初太刀技を大事にして、技をおろそかにしないよう稽古させる。
3) 不得意な技も習得させる。
4) いかなる相手に対しても対等の気位で稽古させ、数多くの相手と稽古をさせる。
5) 指導者や上手には、懸かる気持ちで積極的に技をしかけるようにさせる。
第4節 引き立て稽古
引き立て稽古は、元立ち稽古ともいわれ、指導者が元に立ち初心者や下位の者が上 達するように引き立てて行う稽古法である。
<元立ちの留意点>
1) 気を抜かないで正しい技は打たせるようにする。
2) 打突の機会を与えて、上手に打たせ成功の喜びを味合わせる。
第5節 試合稽古
試合稽古は、習得した技を試合においても自在に発揮できるようにするために、実 際の試合と同じように勝敗を争う会う稽古法である。第三者が審判を行い勝敗を判定 する場合と互いの申し合わせにより自己審判して行う場合がある。
<指導上の留意点>
1) 試合稽古は、勝敗にとらわれず正しい姿勢・動作・態度に十分注意して行わせる。
2) 自己審判の場合は、互いの気持ちを謙虚な気持ちで公正な判定ができるように させる。
第6節 稽古の仕方や形態
1. ひとり稽古
ひとり稽古は、基本動作や対人的技能の向上をはかるために一人で工夫・研究 する稽古法である。
2. 見取り稽古
見取り稽古は、他の人の稽古を見ることによってその人の良い点を学び、自分 の剣道を反省し改善するのに役立てる稽古方である。
3. 立ち切り稽古
一人が一定の時間、継続して稽古を行う稽古法ある。また、試合形式で行う場 合もある。
4. 出稽古・武者修行
他の道場の剣士達と稽古や試合をするために、自ら出かけてゆくことである。
5. 合宿
寝食を共にしながら、短期間に集中して技能を高めるために行う稽古法である。
第7節 伝統的な稽古法
現在、行われているものには「寒稽古」や「暑中稽古」がある。
1. 寒稽古
寒気の厳しい時季に、一定期間継続して激しい稽古を行い、精神的鍛錬をかね て技能の向上をはかることを目的とする稽古である。
早朝行われることが多い。
2. 暑中稽古
土用稽古ともいわれている。最も暑さが厳しい時季に一定期間継続して激しい 稽古を行い、精神的鍛錬をかねて技能の向上をはかることを目的とする稽古で ある。
<指導上の留意点>
寒稽古や暑中稽古は、特殊な環境下で行われるので健康管理に留意させる。特 に暑中稽古においては適切な水分補給の必要がある。
≪ 参考・引用文献 ≫
1)(財)全日本剣道連盟:剣道試合・審判規則。