理科教育における観察の機能に関する 実験的研究(第26報)
一仮説形成に果す観察機能の役割(2)一
理科教育研究室 高 野 恒 雄
(昭和48年10月27日受理)
§1.研究の意味 「この教材の土台は何で,柱が何で… …」式のとらえ 本研究の第22報(1968飼来,筆者は理科授業にお 方,表現を変えると「根幹が何で,枝葉が何で…」式
になることが多い。このような教材構造のとらえ方は・ける観察過程(実験をふくんだ広義の観察が進行する過
重要なものであることは肯定できても,静的なとらえ方程)を記号によって定式化する方法を案出し,それを具
で,このままでは,生きた授業の中で直ちには生かしき体的な授業に適用し,そこにふくまれるプロトコル命 れないところがあることを否定しきれない。もっと力動題・等価次元,関係・概念,多角的観察,変化の観察・
的にとらえる必要があるのではないか。そのためには・集中的観察等の各要素について,質的,量的な比較検討
教材構造を授業構造と結びつけて考えていくことが大切をなし,それではどのような観察がどのように織りこま
ではないかと考える。れた授業が望ましいのかという視点から,効果的な観察
そこで,つぎに,「溝造」についての考えに関するい過程のあり方を提案してきた。
O礁お、貿は躍科授業にお、噂頁麟く出現し,くつカ1鉾例をあげてみよう・まずブルーナーの「鞘
@ の過程」における考え方をあげる。そこでは・第1章序探究の過程において重要な段階である仮説形成の場面に
論についで,第2章「構造の重要性」がのぺられていおいて,観察過程はどんな姿になるのか,また観察機能
る。ここでの基本的な視点は,「非特殊的転移」(nons一のうち,何が効果的に働らくのかなどを明らかにしよう
pecific transfer)つまり原理や態度の転移をねらうためと試みた。つまり,中学校3年の「イオンのモデル形
には,教材の根底にある「構造」に忠実な教育課程を編成」に寄与する観察過程において,プロトコル命題,関
成する必要があるというものである。そして,いわゆる係認識,特定の化合物についてのモデル形成,化合物一
般についてのモデル形成糧的にとらえ,帰腿程と演 「発見的方法」と「翻と翻の方法」を鰍対照し,
縄程,酵の交錯過程,等価性の謝の重要1生を締 繍的には,「酵の間の適切な均衡をどうするかとい
する研究が現在進行中だというものの,さらに研究され本報においては,前報の教材を教材構造・授業構造の
観点か硯直し,仮説形成に至る縣過程備造をとら る必要がある・」としている・したが・て,ここでは・
教材の構造は,かなり明確に打ち出されているが,授業え,あるべき観察過程を追求してみた。
@ の構造については・未だしの感が深い。その後のブルー ナー等の研究の積み重ねがあるものの,この点について
§2.理科における教材構造と は,基本的に大きな研究の余地を残しているといえよ 授業構造 う。
上述の観察過程を考える場合,それが理科の教材構造 理科に焦点を合わせた「構造」の例としては・たとえ とどう結びつくのか,とりわけ授業構造においてどんな ば,Bralldweinの「構造」についての分類がある。
位置をしめるのか・どんな意味をもつのかが大切な考察 それは,つぎの3種である。
点になる。 ①概念指向的構造(ConcePt−oriented structure)
まず教材構造からのべると,ふつうよくいわれるのは ②過程指向的構造(Process oriented structure)
③場指向的構造(Field−oriented structure) ところで,この場合「構造」という概念は,学問領域 この三種の分類は妥当であろうが,われわれがこれか ・文化領域のいかんにかかわらず,三つの基本的性格を ら真に求めていかなければならない構造はこれらすべて そなえているべきであるとする。それは,つぎのようで を包含したような構造ではあるまいか。欲の深い要求の ある。
ようであるが,これら3種が深いところで統一されるこ ①全体性 とが望ましいし,また可能ではないかと考える。もちろ ②変換性 ん,ただ総花的に集めたのではだめで,統一のある構造 ③自動調整
でなければならないが。 ここで全体性というのは・もともと構造という概念が (5)
@つぎに,アメリカのSCISの授業過程段階論をあげて 実在の中にかくされている全体」1生を発見するために手段 みよう。つぎの3段階を考えている。 として用いられるものであることを考えると,まずそな
①Preliminary exploration えていなければならない性格である。そして,全体性の
②InVentiOll leSSOn 要件とは,構造を構成する諸要素が・たんなる孤立した
③Discovery lesson 集合状態であるのではなく,すべての要素がそれぞれに この3段階は授業過程の面からだけとらえたものであ 不可分のきずなによって結びつけられているということ り,その限りでは妥当であるが,教材内容の構造との結 である・たとえば数学では,孤立した諸要素の「集合」
びつきはない。 に対して,それを「群」(あるいはその結びつき方によ ところで,筆者の求めている総合的で力動的な構造に って「環」,「体」等)とよぶ。
示唆を与えるものに,情報科学とりわけサイバネティッ 変換性というのは,構造のあり方として,実在を生き クスにおける「システム」の概念がある。システムの定 させるものであり,静止した閉鎖的なものではないとこ 義は,一般に,「ある共通の目的に奉仕する複数の要素 うに特徴をもつ性格である。つまり,ダイナミツクで開 と要素間の相互依存関係よりなる複合体」となる。この かれたものであるぺきであるので,構造は同時に,変換 複合体としてのシステムは・単純なものは静的であるが のできるものでなければならないし,変換の構造をふく 高度のシステムは動的なものになってくる。たとえば, むものであるべきである。そして,変換においては,諸 化学の構造式,生物の解剖図・電気回路図等は静的な構 要素を変換していっても,その結合関係の本質は不変の 造を示すが,サーモスタットのシステムは自分の行動を ままで残るようなシステムをもつことができる。
制御する機能をもっており,より高度のシステムといえ 自動調整は,上記の結合関係の不変性をおびやかす諸 よう。 要素が代入することや誤まった結合をつねにチエックし
さらに生体のシステムになると・自己保存と増殖のシ 未知の多数の諸要素から適合するものだけを選択し結合 ステムとなる。つまり,一方では常にホメオスタシスつ していく機能をさしている。この機能があってこそ構造 まり恒常性を維持するための制御システムであるととも が形成されるのである。そして・この修正の機能は・可 に,他方では新陳代謝(物質の交代)と消化を行ない・ 遡生原理と矛盾原理によって行なわれる。つまり,要素 自己を保存し,かつ増殖機能をもつシステムでもある。 の変換が可逆であるか否か・要素間の矛盾が存在するか また,構造主義とよばれる考え方が,フランスを中心 どうかを基準にして,要素の適否を判定し修正する。ま に出ているが,そこに筆者の求める構造に近いものがふ た・時間の経過によって矛盾の蓄積がおこりうるが,こ くまれているようである。構造主義は,数学,言語学な の矛盾の時差的な自動調整機構が「フィード・バック」
ど個別の学問分野にあらわれた分析と総合の方法を,す 機構である。
ぺての学問分野に共通の「構造論的方法」として鍛えあ 以上のような検討と考察をもとに,理科授業の本質的 (6)
ーようとする,ひとつの思想といえる。その基本的な方 な構造をとらえるために・筆者はつぎの三つの基本的性 法は,諸事象を記号としてとらえ,記号を構成する諸要 格を提出したい・
素の関連と,さらにそれらの集合としての記号相互の関 ①全体牲の保持 係とを,ひとつの意味作用のシステムとして分析する。 ②変換のシステム
そのとき,諸々の変換をうちだしている意味作用の基底 ③フィードバックの機構
にかくされているある不変の性質を「構造」と名づける まず第1の全体性の保持とは,前述した全体牲の性格
のである。そしてこの方法は,言語学,文化人類学・音 が一つの単元の授業の流れを通して一貫して通ることを
楽等における深層構造をとらえるのに使われている。 いっている。全体性が大切なだけでなく,それが指導の
流れを通して一貫するところに,単元の教材内容に太い は仮説を立てる前の段階の観察において仮説が典型的に 筋が通るとともに,授業における子どもの学習がたえず 成り立つような観察内容が目の前に現われることが最善 全体性の把握と結びついて・論理的統一に接近していく の方策である。
ことができるのである。つまり,指導を通して全体性が 「論理を見る」という言葉があるが,この場合はもち 保持されることが重要な性格であるといいたいのであ ろん・目で見るのではない。論理を全体的にイメージと る。 してとらえることをさしている。論理を時間的にAなら
第2の変換のシステムとは,単元の全体的な構造の部 ばB,BならばCといった風にたどっていくのではなく 分をなす要素が他のものに変換するとき,その変換の仕 一挙にイメージとしていわば空間的にとらえることであ 方にシステマティックな傾向が存在することである。 る。
第3のフィードバックの機構とは,前述の自動調整の 仮説の場合もやはり1種の論理である以上・これと通 性格のうち,授業においてもっとも大切なものはフィー ずると思われる。いや仮説こそ・事実からじわじわと段
ドバックではないかと考えたわけである。前に学んだ内 階を追って積み上げていくだけではつかみにくく・「仮 容を後から知った内容によって修正し,意味の転換を行 説を見る」ことが必要になる。特に本報で問題にしてい なうことは,授業において,効果的な学習とその定着を るモデルの場合は,余計にそのようなことがいえる。つ ねらうために欠くことのできないものである。 まり「イオンのモデルを見る」ことができるような観察 以上の3っの要素(構造の性格でもある)をふまえて と思考の場が,授業において構成されることが望ましい 授業を綜合的にとらえることによって・理科授業におけ のである。
る観察の位置と機能を明らかにすることができると思う そして,いったんたとえ不完全な姿でもイオンのモデ のである。後で具体的な指導の流れの中で考えることに ルが形成されると,その見方が,つぎの新しい観察事実 する。 を見るとき影響を与え・その場合のモデルを発見するこ
とを容易にするはずである。したがって・イオンのモデ
ルを典型的に表現しているような観察によって,不完全§3.イオンの仮説形成における ではあるがモデル形成を行ない・つぎに別の観察事寧の
@ 観察の意味・構造 中にモデルを発見し,そのことによってモデルの姿は次
仮説形成につながる観察はどのような意味や構造をも 第に明瞭になる。このような過程をたどるときこそ・モ つのかを考えるために,まず観察それ自身について少し デル形成は理想的に達せられる・
考えてみたい。観察という行為は,対象のあるがままの
姿をすべて眺めとることではない゜われわれは 眺めて §4.イオンのモデル形成の授業
いるものをすぺて観察しているわけではない。半醒半睡 における観察過程4種の状態のときなどは,何かが見えているのは確かだが,
何が見えているかはわからないことがある。 前述したイオンのモデル形成時の観察の位置と意味を 明瞭に観察を行なうということは,実は一種の選択で ふまえた上で,また授業構造の3要素をおさえた上で,
ある。感覚の上に投影された観察可能な像の中の何かに 数種の授業過程を検討し,そこにふくまれる望ましい観 着目して,それを明瞭な観察対象として抜き出すこと 察過程を論じてみたい。まず過程のあらすじをのぺる。
は,つまり選択である。
また,われわれは,多かれ少なかれ,あるすでに獲得 過程A
されたものの見方でものを見ている。つまり,すぺての ω電解質と非電解質を明らかにするために・固体や 観察事実は,多かれ少なかれ,観察者のものの見方の束 液体の状態では電気を通さないのに,水にとかすと電気 縛を受けている。観察事実はものの見方に束縛され・も を通すようになる物質があることを,硫酸銅゜水酸化ナ のの見方は観察事実に束縦れる.このようなからみあ 同ウム等でしらべ,水に溶1ナて縄気樋さないもの いが成り立っている。そして,事実に客観性を与えるの として氷砂糖・アルコール等をしらべる。
は,事実に附随するこのものの見方である。 (2)塩化銅CuCl2水溶液に電気を通し・一極に銅と われわれがねらっている仮説の形成を実現するために 思われる被膜ができることを観察し・銅に関係した何か は,このものの見方が極めて重要である。仮説の方向に が,一極の方へ動いていったことを推理する。
向いたものの見方ができなくてはならない。そのために (3》塩化銅水溶液を入れた二つのビーカーを用意し・
9 一
その間に炉紙をわたして溶液を連結し・炉紙上の一点に (5)食塩をるつぼに入れ,800°Cで融解させ,電気 あらかじめ塩化銅を濃アンモニア水に溶かした溶液を1 分解を行なう。またヨウ化鉛についても行ない,固体の 滴(青色)落として回路を閉じ・炉紙上の青色が一極 ときからイオンがあり,それが液体になってイオンが移 の方へ移動することを観察する。またフェリシアン化力 動できるようになったことを説明する。
リウムの水溶液についても同じように実験すると,黄か
っ色の点が+極の方へ移動する。この場合,塩化銅のア 過程C
ンモニア溶液も,フエリシアン化カリウムの水溶液も・ ω電解質と非電解質を明らかにするために,砂糖や 全体としては電気的に中性であるのに・一方の電極に引 硫酸銅・塩化第二銅などの結晶に電極をつけても,電流
かれるものがあることから,+極の方へ動く粒子と一極 は流れないが・硫酸銅や塩化第二銅の水溶液は,電流を の方へ動く粒子とがあることを想像する。ここで,イオ 通すことを観察する。
ンという命名をし,陰イオンと陽イオンを定義する。 (2}希塩酸に電流を流し・両極に発生する気体をしら ω塩酸に電流を通し,一極にたまった気体に点火し べる・また塩化第二銅の水溶液に電流を流し,両極の変
+極にたまった気体のにおいをしらべ,インクを1滴落 化を観察し,特に一極の銅の析出を濃硝酸をたらしてし として・色の変化をしらぺる。長時間たっと,電気が通 らべる。
りにくくなることから塩酸が少なくなり,その分が水素 (3}上の電気分解を説明するには・銅・塩素・水素の と塩素に分解したことをつかむ。 各原子が電気をもった粒子として動くとしなければなら
㈲ 上の事実から,原子とイオンとの間の電子のやり ないことを導き・ここに,イオンのモデルを導入するの とりを説明し,イオンのモデルを形成する。 である。
(6)このあと,金属とイオン・酸とアルカリ。中和と (41このあと,水溶液中でのイオンの反応を学び,融 塩と学び,塩の性質としてヨウ化鉛Pbl2を融解し,電 解した塩化鉛の電鼠分解は,この単元のあとの単元「物 気分解し,ヨウ化鉛は固体のときから,イオンがあった 質の構造」において扱うのである。
のであり,液体になってイオンが移動できるようになっ
て電気が通ったことを説明する。 過程D
(1)電解質と非電解質を明らかにするために,塩化ナ 過程B トリウム・塩化鉛・砂糖・アルコール。氷酢酸・水酸化 ω 電解質と非電解質を明らかにするために,固体や カルシウム等をしらぺる。特に塩化ナトリウムや塩化鉛 液体の状態では電気を通さないのに・水にとかすと電気 は固体のままでは電流を通さないのに,水溶液は通すこ
を通すようになる物質があることを食塩・塩化第二銅・ とを認める。
水酸化ナトリウム・ヨウ化鉛等でしらべ・水に溶けても (2)塩化鉛の水溶液に電流を流し,一極に銅が附着し 電気を通さないものとして・氷砂糖・アルコール等をし +極から塩素ガスが出ることを観察し,電気分解の起こ
らべる。 った事実を認める。針金の場合は,自由電子が移動する
(2)塩化第二銅の水溶液に電流を流し,一極の銅の網 だけで,針金の物質そのものの原子の移動はなく・化学 の質量が増加することを観察し,これは電極の銅が移動 変化は起こらないのに対して,水溶液では原子が動いて
したためか,水溶液の中の銅が移動したためかを疑問に 化学変化が起こると考えると都合がよいと考える。
もつ。 (3》原子が本当に動くかどうかをしらぺるために,前
(3)今度は塩化第二銅の水溶液に炭素棒を電極にして の塩化鉛の実験において,途中にじやまものを置いてし 電流を流し,一極に銅と思われる被膜ができること,+ らぺてみる。このことから,じゃまものがないときには 極では気体が発生し,においがすることから,塩化第二 原子がほんとうに動くことを認め,上述の観察内容全部 銅が二つの成分に分かれて,それぞれの極の方に移動す から,原子のしくみを出すことによって・イオンを導入
ることを認める。 する。
(4}上の事実をもとに塩酸の場合,電流を通すとどの ω 塩化鉛をるつぼに入れて融解し,電気分解される ような両極上の変化が起こるかを予想させ・つぎに実験 ことを観察する。
をする。さらに硫酸銅,塩化第一鉄についても研究の余 (5)固体でもイオンが存在することを塩化鉛と食塩に 地を残す。以上から,イオンという命名をし,電離電 っいて説明し,その検証としてガラスをバーナーで熱し 気分解について説明する。 軟かくすると電流が流れることを観察する。
●
{6)真空放電,グロー放電等を例にしながら,気体に るのは過程Dである。塩化鉛で水溶液と融液との両方の おいても,イオンが存在することを認める。 電気分解を行なっている。この点は高く評価しなければ
ならない。D以外の過程では・皆異なった物質を水溶液 以上の四つの過程を・先述の教材構造・授業構造・仮 と融液の電気分解にあてている。A〜Cの過程において 説形成の観点から比較し,望ましい観察過程を論じてみ 素材の一貫性を最も実現しやすい可能性をもっているの
よう。 は,塩化第二銅CuC12であろう。それでは・なぜ塩化 第二銅を使って一貫させないのであろうか。その理由は
§5.イオンのモデル形成に寄与す 塩化第二銅と塩化鉛との性質のちがいにあると考える・
つぎに,その性質をあげてみよう。る観察過程の構造の比較検討
上述のA〜Dの過程を比較するにあたって,前述の構 塩化第二銅
造の立場に立って考えることにしよう。 CuC12・2H20,っまり結晶水をもった縁色の結晶であ
る。
(1) 全体性の保持の立場からの比較 融点:110°C
この教材において,イオンのモデルを形成するための 沸点:分解してしまうため存在しない。
観察過程の全体性とは何であろうか。それは,水溶液・ 溶解度:1009の水に110.49溶ける。
融液,固体,気体のいずれにもイオンが存在し,それら
の現象をイオンのモデルで説明できることを認識するこ 塩化鉛
との中にあるといえよう。ここで,水溶液や三態のすべ PbCI2,無色結晶 てにおいて,同一物質の同一イオンを認識することは, 融点:501°C 観察と直接的に結びつける限り事実上,授業の中では不 沸点:g54°C
可能である。しかし・できるだけ同一物質について,そ 溶解度:1009の水に0.679溶ける。
の状態が変化しても,イオンが存在することを認めさせ
ることは,イオンの普遍性を高め,イオンについての全 以上の性質を比較すると,塩化第二銅は融点が低く融 体性を把握することになるはずである。 液にしやす、点にすぐれているが,結晶水をもった結晶 このことは,表現を変えれば「素材の一貫注」の視点 を熱するので初め水分が蒸発するとき・余計な現象が見 が大切であるということである。できるだけ素材は一貫 えることになる点は欠点となる。また沸点がなく加熱に しているべきである。たとえ,同一物質でない場合でも よって分解してしまう点も融液の安定性に欠陥をもって 類縁の濃い物質をとりあげることによって,一貫性を考 いる。
えていくべきであろう。 塩化鉛は融点はやや高く,塩化銅に比ぺると難点とい いま,各過程を比較するのに,表を作ってみると,つ えば難点といえるが,結晶水はもたず,また融液は安定 ぎのようになる。 である。しかも融点はやや高いといっても・教室でじゅ
表1. 素材の一貫注の比較 うぶん可能な実験条件であるので,さほど問題とはなら
過程1水液液陣液陣倒気体 ないといえよう。また溶解度においては塩化銅よりずっ ニ小さいが,電気分解に使う水溶液の濃度は,それほど
A
CuC12 Pb引なし な し 大きな必要はないので,これも特に欠点というにはあた
1
らない。
iB CuC12 buSO4 NaC1 な し な し したがって,水溶液と融液において同じ素材を用いて
1
FeCl2 「イオン」を追求するのには,素材として・塩化鉛の方
C HCl buC12 PbI2
な しな し がすぐれているといえる。
したがって・塩化鉛でこそ,水溶液と融液において,
一
D PbCl2 PbC12 ガラス 放 電 電気分解の素材として一貫できるわけであり・過程Dの 場合がすぐれているといえよう。
もちろん,水溶液・融液・固体・気体のいずれも一貫 また過程Dにおいては,固体のガラスを熱することに
することのできる素材はないのだが・比較的一貫してい よって固体でもイオンの存在することを示し,気体にお
いては,放電現象を利用してイオンの存在の証としてい によってイオンの動き方は異なっている。このちがいを る。この点でも・素材は同一物質ではないにしても,な 認めた上で,学習者の認識を効果的に深めるには,各状 るぺく一貫した考え方を通そうとしていることは,まち 態の出し方をどんな順序でしたらよいかが問題になる。
がいないのである。 ここに変換のシステムが要求される。
つぎに,「素材の一貫性」とは別の,もう一つの全体 先にのぺた四つの過程で,全く共通しているのは,つ 性に関する視点が存在することを考えてみよう。それは ぎの順序である。
「イオンを見る」ことが,どれだけできるかという点に
ついてである。もちろん,イオンは直接見ることのでき 水溶液におけるイオンの存在一一→融液におけるイオン るものではないことは当然であるが,電気をもった粒子 の存在
それを電子ではなく,もっと大きく重い,物質としての
実体をもった粒子が確かに動いて電極に達したという証 また,過程Dにおいては,このあとに固体,気体にお 拠がほしいのである。それが明瞭であるほど,学習者の けるイオンの存在が続くので,つぎのような順序にな 頭の中でイオンのイメージが形成されやすく,したがっ る。
て「イオンを見た」という実感をもつに至るのである。
上述の素材を,この点から検討してみると,塩酸HCI 水溶液におけるイオンの存在一→融液におけるイオン はまず落第である。電気分解によって両極に生ずるの の存在一→固体(結晶)におけるイオンの存在一→気 は・いずれもガスである。それだけでも欠点であるのに 体におけるイオンの存在
水素ガスは,無色。無臭の気体なので,これでは人間の
五官でとらえようがない。わずかにもう一つの塩素ガス ところで,この順序は・何を基準にして決められたも がにおいをもっているので,感覚でとらえられるという のなのだろうか。ふっう一般に行なわれている授業にお だけである。人によっては,水素ガスは水溶液中から泡 いては,大体この順序で学ばれているはずであるが,そ となって発生するので,じゅうぶん認知できるというか れは,どんな教材の論理と授業における現実的要因によ もしれないが,しかし,泡は物質の種類を問わず,同じ って決められているのだろうか・筆者は,その理由をつ ようなものに見えるので,分解を示すものとしては,甚 ぎのように考える・
だ不確かなものである。 ①現象の明瞭性
つぎに,塩化第二銅CuC12と塩化鉛PbC12の二っは イオンが極に達して析出することがわかりやすいため
一応合格といえよう。一極に析出する銅Cuや鉛Pbは には・極板上の析出が,できるだけ明瞭であることが望 ,
金属の実感をもって観察できるものであり,+極に発生 ましい。その点で水溶液の場合は,最も明瞭である・水 する塩素ガスは・ガスである以上欠点はもっているもの 溶液は着色はしていても澄明であるので,ひたされてい の陰イオンの析出物としては,止むをえないといえる。 る極板上の変化は観察しやすい。金属が析出することや このように検討してくると,塩化第二銅と塩化鉛は, ガスが発生することを,透視できるので・都合よい。
すぐれた物質であり,塩酸は不適であることがわかるの これに対して,融液は不透明であるので・観察はしに である。 くい。ただ固体に比べれば,極板上の変化は,極板を融
このほか,全体性の保持については,もう一っの視点 液から取り出すことによって,観察できる点で,現象の が存在するが,後述の「フィードバックの機構」に関係 明瞭性はより大である。
しているので,後でのべることにする。 固体は融液より不明瞭で,たとえばガラスの中を電流 が通するという事実だけで・イオンの存在を推定するこ
(2) 変換のシステムの立場からの検討 とになる。
この教材において,変換のシステムとは,何を意味す 気体の場合は,放電という二次的な現象,すなわち,
るだろうか。それは,イオンの挙動が水溶液・融液・固 まず放射された電子の衡突によって二次的にイオンが発 体・気体の各状態において本質的に同一であるという 生するわけで,固体以上に不明瞭といえよう。
面,すなわち・イオンのモデルの連続性の上に立って, こう考えてくると,上述の順序は,現象の明瞭性の大 なお各状態において異なった面を見せるという不連続性 きい場合から小さい場合へと並んでいることと解される を認識することの中に存在しているシステムであろう。 のである。
イオンという点では・本質的に同じでありながら,状態 ② 実験の容易性
実験のしやすさであるが,水溶液における電気分解の は・いけないことになる。それでは最早フィードバック 実験は装置の設置からも,危険の少なさからも,最も実 をなしていく余地が少なくなっているからである。
験しやすい場合といえる。ついで融液,固体・気体と, 初めは,たとえ少々不完全であっても,漠然とした姿 実験は次第に特殊なものを必要とし,それだけしにくく であっても,いったんイオンのモデルを形成し,そのモ なるのである。 デルをその後の観察過程で何回か修正し・補強していく
ことが望ましいと考える。
筆者は,以上の二つの理由から・一般に行なわれてい そして,このような考え方は,(1)の全体性の保持の視 る上記の順序をとらえ,理解できるのであるが・しかし 点からも,望ましいことである。つまり,早めに,イオ 別の理由から・別の順序を設定しうることを示しておき ンのモデルをづかみ,それを発展させていくことは,教
たい。 材全体の中核をなすイオンのモデルが学習を通して一貫 それは・イオンの存在状態において・イオン以外の できるようになるので,全体性は保持されるようになる
「狭雑物」があるかないかの点からの考えである。つま のである。
り・イオン以外にじゃまものがあるか,ないか・多いか また(2)の変換のシステムの視点と関係づけて考えると 少ないかによって・学習者の認知にちがいがでてくるだ (2)の最後に・筆者が提示した順序,つまり,融液・固体
ろうと考える。狭雑物のない状態というのは,イオンの ・気体におけるイオンの存在から水溶液におけるイオン モデルをずぱりと認めるのに適切ではないかと考える。 の存在へと進む観察過程が有効であると考える。
観察からモデルへの過程で「直接性」が高いのではない この場合考えなくてはならないのは,融液・固体・気 か。 体の中,先行経験として気体の放電についての学習があ
この点から考えると,融液の方が水溶液より純粋であ ったとすれば,それをひき出し・それに融液の実験の観 り,固体,気体も水溶液よりは純粋である。この場合の 察を行ない・その上にイオンのモデルを,まずつかみ,
固体は,イオン結合によってできている結晶であるので さらに水溶液についての電気分解実験によって,前につ 文字通り+,一のイオンの間の電気的引力によって構成 かんだイオンのモデルにフィードバックさせ,モデルの されており,イオンという点では純粋である。また気体 一般化を進めることが大切である。固体の場合は,現象 はイオンにとって,かなり広い空間に分散しているので の明瞭性の点で,前述のように多少問題が残るので,む あり・イオンの存在状態としてはやはり・純粋なものと しろ水溶液の後で扱いたいと考える。
いえる。これに対し,水溶液は,何といっても多量の水 以上を図式的に順序づけると,つぎのようになる。
分、が介在しているわけであり,イオンに附着する水分
子の状態は・なかなが複雑である。この考えから順序づ 気体の放電(先行経験)
けをすると ↓ フィ_ドバック
@ ↓ 1
@ 融液の電気分解→イオンのモデル→水溶液の電気分解
→イオンのモデルの一般化→イオンの反応 この考え方は,つぎのフィードバックの機構にも関連
しているのである。 このような過程で,イオンのモデル形成がなされう
る。
(3) フィードバックの機構の立場からの検討
§6.結 論この教材におけるフィードバックとは・何についての
フィードバックであろうか。それは,イオンのモデル, (1)仮説形成に果す観察機能の役割りをしらべるため それも初めはイオンについての漠然としたイメージが, に・イオンのモデル形成に寄与する観察過程を・教材構 つぎつぎに観察する事実に接して修正され,確立してい 造・授業構造の観点から,①全体性の保持・②変換のシ
くことである。そうなると,じゅうぶんにフィードバッ ステム・③フイードパックの機構の3要素について・検 クの機構がはたらくためには・初めつかむイオンのモデ 討した。
ルは・単元全体の中で,あまり後の方で学習したので (2}イオンのモデル形成のための観察過程4種をあげ
その構造を比較検討したところ・まず全体性の保持につ 文 献
いては,水溶液と融液の電気分解における教材の一貫性 (1)高野恒雄:本研究(第22報)一観察過程の論理構造一,
が保たれるべきであり,塩化鉛が妥当な化合物であるご 本紀要,18(1968),193〜.
ことがわかった・また「イオンを見る」ことを可能にす (2)同 上:本研究(第25報) 仮説形成に果す観察 るためには・塩酸等}ホ不適な素材で,金属の塩化物が適 機能の役割(1) ,本紀要,21(1971),
している。 13〜,
(3)変換のシステムの視点からは,イオンの存在を認 (3)J・S・Bruner:The Process of Education(1960)・
識する順序として,ふつうの場合とられている水溶液 Rarvard Univ・Press(鈴木祥蔵・佐藤
→融液→固体→気体の過程を分折し,有力な過程として 三郎訳「教育の過程」岩波書店)・
イオンの純粋性の視点から,水溶液の前に融液・気体に (4)P・F・B「andwein:T「ends and Issues in Scien鞠
ce Education, in P. M. Halverson,おけるイオンの存在を認識する順序があることを提案し
ed:Curriculum InnQvations(1966):
ス。
Trends and Issues(1966),
ω フィードバックの機梅の視点からは,まず先行経 (5)R.Karplus and H. D. Thier:ANew Look at 験としての気.体の放電と融液の電気分解実験をもとに, Elementary School Science(1967).
いちおうイオンのモデルを形成し・水溶液の電気分解に (6)J.ピアジェ:滝沢武久.佐々木明訳,構造主義,白水 よってモデルの一般化をなし・固体の通電現象によっ 社(1970).
て,さらに一般化をなし・確かなモデル形成をなす過程 田島節夫:構造主義と弁証法,せりか書房(1970).、
を提案した。 北沢方邦:構造主義, 講談社(1968)・
Experimental Studies on the Function of Observation ill Science Education. XXVI 一Role of the function of observation in
the formation of hypothesis(2)一
Tsuneo Takano
(Faculty of Education, Ibaraki UniVersity)
Abs缶act
The author has tried the analysis of the structure of observation processes in the learning of the subjects Formation of Model for Ion .
In this work he has obtained four sets of the observation process respectively.
The viewpoints of analysis for the structure of observation process were 出e following three elements.
1.Maintenance of whole character of the subject.
2.System of transformation as to the element of subject materiaL 3.Mechanism of feedback as to the main concept.
For the rnaintenance of whole character of subject, the superiority of lead chloride PbCl2 related to the consistellce of material of observation in both experimeDts of aqueous solution and meltiDg substance was confirmed.
For the system of transformation as to the element of subject material, the observation process, that is,①lon of gas,②Ion of melting substance,③lon of aqueous solution,④Ion
of solid, was evaluated highly. 、
For the mechanism of feedback as to the main concept, the effectiveness of the feedback
procesβes as to the model of ion by the following observatiol1, that is, electric discharge,
electric disintegration of melting substance, electric disintegration of aqueous solution,