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HoymanのHealth Modelの理論的検討

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(1)

HoymanのHealth Modelの理論的検討

一保健教育カリキュラムデザインのための基礎的理論として一

内 山    源

(1979年10月17日受理)

An Examination of Hoyman s Health Model:

As a Basic Theory towards Developing a Health Curriculum Design

Gen UcHIYAMA

(Received October l7,1979)

1.緒    言

1965年のノoπ物σ1σ 30伽1加σ 地ひごHoymanは An ecologic view of health and       1)

??≠撃狽?@education を発表している。この時期はアメリカにおいてはSHESの研究グループが1960 年頃から精力的にConceptual modelについて追求し,ほぼ,まとまりかけモデルの原型は仕上った 時期でもある。一方,我が国では,保健教育面のこの種の研究は皆無に近く,昭和37年にLeave llと

      2)

blarkのモデルを基礎的な根拠においた小倉教授の5領域試案がやっと誕生するといった状態であり,

基本になる第一次的なHealth Model自体とか健康教育とか健康の概念枠組についての研究は全くと いってよいほど無かったといえる。

もっとも,モデルといえぽレビンの式を模倣したような数式的表現・函数関係式を示したものもな かったわけではないが,所詮,数式の函数関係を意味するものであるため,現実の保健現象における 要因・変数の質的関係・作用については説明ができず,そのためオリジナルを必ずしも詳細に反映し ていないこともあって,積極的に保健教育の内容領域の構成に寄与する理論的説明はなかったようで

ある。

このように,わが国では領域構成とかカリキュラム構成を狙ったモデルの研究すらない時期にアメ       3)

潟Jでは,一方においてSHESが共同研究として成果を発表し,それに対応するかのようにアメリカ の有名な研究者であるHoymanがhuman ecologyとepidemiology理論を背景にmode lの必要性と重 要性を執ように提唱しているのである。

Hoymanは明らかにPublic health公衆衛生の基本的理論と実践とを,これらの理論において展開

しようとしているのである。

筆者がこの種の仕事に着手したのは,1967年SHESが出され,その中にHoymanがこの研究の協 力的存在として記されていることに異様さをみたからである。というのは多くの場合,自らが提唱す る理論なり,パラダイムの主張とは別に,改めて新しい理論等が提示されると,新しいものは古いも のを批判したり,それらの欠点を補ったりして,これらを乗りこえる形で出されることになるが,こ の両者の間にはそれがみられず,むしろ協力的存在なのである。

(2)

さらに続けると,新しい理論の誕生に対して古いものは,古いものなりにその理論枠を基準にして 新しいものを批判したり,或は枠組をこえて,残された問題点や欠陥部を指摘したりするものである が,ここでは理論的な面での論争,批判等もなけれぽ,実践面における検証による批判もなかったの である。むろん,他者によるHoymanモデルの批判はあるが,もっともなされてしかるべき関係者間 においてなされていないことは興味ぶかい点である。

それは,どちらの側でもよい,少なくとも新しいSHESは「文献のレビュウ」をしたというからに は,この点を明らかにし,明示すべきであったのである。

先に実践面の評価を反映した理論の検証ということを述べたが,これは理論面でなされなければ,

実践面では,当然ということにもなるかもしれない。しかし,アメリカ風の研究態度・主義とか生活 におけるプラグマティズムをみるとき,実践面での批判・論争がないということは,解せないことに もなる。

つまり,細かい論理とか観念的な枠組の検討はどうあれ,現実の教育の場での評価で,その批判の 基準を得るというアプローチである。むろん,保健教育についてみるなら,ここでもきわめてアメリ 力式で実践的な評価の方法によるデータがもとになるのである。

アメリカの保健教育の内容・方法・評価の研究には「質」に集中した研究は少ないようである。し たがって,筆者らが行なってきた「保健安全認識」に関する研究に似たものは,まず存在しないとい

える。

その代りにといってよいのかは確かでないが,保健知識に関する研究に misconception につい ての研究があり,態度にしろ,習慣にしろ量化,配点,テストに結合しているとみることができる。

このような質的研究にみられる主観的問題が残されるとするなら,比較的簡便な量的評価研究にお いて,それこそ客観的に評価するのがアメリカ方式なのであろうが,現在に至ってもそれはない。

だが,このようなアプローチだけでの批判は一局面的であり,理論の発展にとっては危険でもある。

ところで,現実にはそれらもなくて,アメリカでは2本立モデルや3本立カリキュラム案が存在して いるのであるから,実践面での検討が存在しない理由があって,存在しないとしたら,先ず理論面か らの検討のアプローチがなされて然るべきであろう。

このような健康教育の先行研究・遺産の検討もなしに,直接的に疫学や公衆衛生学の領域における 理論の導入があるとすれば,健康理論の発展にとって先述のSHESに似た欠陥をもたらすことになる のではないであろうか。まして,健康教育ではむろんのこと,基礎となる公衆衛生学の側でその欠陥 が古く指摘されているとすれば,それを基にして展開されるカリキュラムも欠陥をもつことになるわ けで,その修正なしに,カリキュラム側の修正がなされること自体おかしなものとなる。

そのような意味で健康教育カリキュラム構成の基本となる健康教育における「理論モデル」の検討 はきわめて重要と考える。

だが,このような論理の展開の基礎には健康教育のカリキュラム,教育内容はどのようにして構成 されるかという原理なしには,健康モデル自体の位置づけすら不確かなものになるのではないであろ

うか。

このような観点から,筆者は昭和36年頃から「保健認識調査研究」の成果の「位置づけ」を,保健 教育内容の構成と関連させて,どのように展開することが必要であるかを,他教科の教科教育や一般 教育原理において追求してきた。

(3)

本研究では以上の観点から健康教育内容構成原理における健康モデルとか健康教育モデルの位置づ けにおいて,Hoymanのモデルの主なものについて,発表順に従ってその特徴をみることにした。

もっとも,モデル自体の特徴なり問題点をみるとしたら,それなりの健康モデルとして必要な基準

       6)7)8)9)10)         5)

ネり観点が必要となるが,これについては既に述べているので,ここではあらためて取り上げないこ とにする。

Z HoymanのHealth Modelとその特徴

Hoymanは健康を「十分な実りがあって,たのしむことのできる生活への個人的な適性能力である」

と定義しており,三つの次元が示されている。即ち,身体的適性・体力,精神健康と超自然的信仰で

ある。

Hoymanは健康をfitness・適性・適応能力としている点が特徴であり,また, Spiritual Faith を三次元の一つとしている点も大きな特徴といえる。ここはWHOの定義では「社会的に良好な状態」

となっており,丁度,これと置換した形でSpiritual faithが位置している。

先ず「身体的適性能力」であるが,これは最高の身体的成長発達であり,それは器官組織の健常さ と機能的な活力であり,またそれは,力動的な運動適性即ち活動のキャパシティ・容力である,とし ている。

ここで彼は面白いことをいっている。即ち Exercise alone is no panacea! であり,今はやりの

「体力づくり」とか「健康法・運動健康法」を15年前に皮肉っているといった感じである。

次は「精神健康」についてみるとしよう。彼はmental healthを,その人の環境における全人的 存在を意味するとし,その人の精神だけではなく,即ち,広い個人差を包みこむものとしての全人的 存在である,としている。

そして具体的には,意味のある満たされた人間生活は次のような礎石の上に築かれるものであると して6つの例を上げている。即ち(1)有用で満足しうる仕事,(2)たのしみ得るレクレイシ。ンと余暇の

価値ある使い方,(3)たのしい明るい家庭と家族の生活,(4)良い人間関係と市民としての生活,(5)満た

された豊かな審美的体験と自然の美の体験,(6)愛・希望と信仰といったものが,精神的健康と結びつ いた生活の内容となっている。

第三に「超自然・心霊的信仰」である。人間は進化したものであるとしても猿以上のものであると して,ただ生存のために生活闘争をしているのではなく,宗教上の疑念とか懐疑主義の台頭にも拘ら ず,人はより心霊的人生観に対する渇望にじりじりとした悩みをもっている,とし,健康な人間のこ のような飢を満たすには,何のために生きるか,生きる意味とか生かされている何ものかが必要とな っており,そしてDobzhanskyを引用している。

このようにしてみてくると,W且0の「社会的良好さ」とかSHESのTriadの第3次元はHoyman

の場合は2番目のMental Healthに含まれ,しかも,第3番目に自然界の合理性を超えた「心霊的 信仰」を置いている面はきわめて大きな特徴であり,注目したいところである。

さて,このような健康の3次元を構成し,そのOptimal Healthを求めて,「健康と病気の生態学 的モデル」を示している。図1はそれを示したものである。ここでは先ず健康水準を6段階にわけて いる。最下位は死であり所謂臨床的死から生命の停止(ゼロヘルス)から重篤な病気・重大な病気,

軽度の病気,良好な状態,最適な健康状態の6つである。

ここでもHoymanはlife span 寿命について言及し,人口増大と健康の問題にもふれ,生きるこ

(4)

u AN

ECOLOGIC I町E舩CηO〜

∫峯島蕊  ノ

@   〆歪

《転  OPTIMAL  HEALTHPHYSICAL FITNESS

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PERSONALSOCIAL FULFILLMENT kOV耳HOPE, FAITH, SHARING

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歪↑ ADEQUATE MEDICAL CARE

nPTIMAL NUTRr『10N&EXERαSE WEL田ESS SE乙FREGULATION&HOMEOSTASIS nPTIMAL GROWTH DEVELOPMENT

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詫9 LIFE SPA(氾FREEDOM, PRlVACY

bHALLENGES団SKS,00MMITMENTS

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害ヨ

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9

POOR HEREDITY ↓    ↑ DEFICENCIES&EXCESSES

6

8Ψ POOR ENVIRONMENT

kACK OF COMMITMENTS&VALUES

MAJOR

DEPRIVAT10NS

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当 PSYCHOGENIC・EMOTIONAL FACTORS

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RADIATION HAZARDS 聾

ぎミ LOW−LIVING STANDARD

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CRITICAL

PATHOGENIC ORGANISMS DACCrDENTS&TRAUMATIC INJUR鵬

婁口

生 ENDOGENOUS FACTORS

ILLNESS

PATHOLOGIC OONDITIONS

F

, NDOPLASMS

l    l

AGING&SENESCENCE

DEATH

図1 ホイマンの健康と疾病の生態学的モデル

との意味の重大さをトルストイの小説を持ち出して,最大の人間的悲劇は真に生きるこ

才で尽きようと150才まで長生きしようと,真に充実した人生をもたないで死ぬことであると述べて おり,ここでも,彼の第3のディメンションのSpiritual Faithの位置づけにおわれている。

そして,いよいよ生態学的モデルであるが,ここで Human ecology utilizes

tual model and experimental design involving the use of clinical, laboratory and epidemiological field studies and is forced on synthesis as well as analysis ととら

えており,人間生態学の広範な概念枠の中で疫学的,多層複合原因的アプローチは明らかに正しい方 向への歩みであると述べているQ

そこでHoymanは健康水準を死から最適健康状態までの連続的変動変化態の水準を決定する要因・

条件として,面白い表現を用いている。すなわち,Favorable factors and conditions

ableなものの2つであり,いわば健康状態へ働く(プラス)要因条件と(マイナス)要因条件と考

(5)

えることができる。

そして主な要因条件としては「遺伝的」と「環境的」と「個人的」なものの3つを上げている。こ こで病気について論及し, 「病気とは身体或は精神,または全人の安らかでない,かく乱された,機 能不全の,何らかの病的な状態とも関係する力動的な過程である」とし,さらに「病気とは生態学的 な一つの成り行き・結果であり,それは多くの錯綜した素因とか突発要因,永続要因,たとえぽ,不

良な遺伝的素因とか不健康,不安全な環境,個人的な経験とか行動,精神病発生的要因,生活の不適      」

切な基準,不十分な医療,公衆衛生活動とか教育……などといったものの相互作用の合成的な結果で

ある」としている。

この点は,筆者のとらえ方と全く一致する点であり,また,これはクラークらのモデルでもあるの である。終りにまた「病気とは一般的な現象であるとし,複雑な相互作用をもつ多くの要因変数が原 因であり,単一要因によって惹起されるものではない」としている点も注目したい。

疾病の発生要因・条件について教育・教材化する場合,この観点はきわめて重要であり,基本的で さえある。保健認識調査で子どもに「赤痢の原因・もとは何ですか」ときくと,調査結果から明らか なように「赤痢菌」と答えているが,これでは「イタイイタイ病の原因は何ですか」の質問に対し,

「カドミウム」と回答するのと同じであり,水俣病に対して「水銀・有機水銀」とするのと同じであ

る。

疾病の「原因」をとらえることと,疾病現象の生起・発生「条件」について認識をもつことは,低 次の認識,子どもの認識の場合は同一にはならないのである。だから短絡的・直線的な因果思考が大       11)

lの世界でも,時には研究者の世界ですらまかり通るのであろう。

子どもの生活的保健認識の中には,必然的,必要条件としての要因であるとか,そうではないもの の識別など殆んど存在しないのである。したがって要因と条件との関連など理解されていないことか ら問題はおきてくるといえる。

赤痢にしても水俣病にしても,多要因の複雑な相互作用の結果として生ずるのであり,そのような 保健教育内容・教材の構成や授業の展開が望まれるわけである。

    一

ウに論を戻して,Hoymanはもう一つ興味深いことを述べている。それは Stri ctly speaking

the whole pers㎝is always ill or diseased, not just part of his body or mind or

personality である。

この内容は,空想的な健康の理念とか定義に対比して現実の健康の基準を考える時にきわめて有効 であり,示唆的であると考える。彼はまた健康成立にプラスする要因について説明している。ここで は,先にみたごとく健康を死・疾病の対極に置いて,水準づけをしているため,展開の論理も同一で あり,疫学的,生態学的多要因・条件的な把握であることはいうまでもない。

以上がHoymanのモデルの概略であるが,ここでは教育内容やその領域構成とかカリキュラムのデ ザインについては全くふれていない。

しかし乍ら,この時点ではまだ健康や健康教育の生態学的な枠組を追究することはなされていても 未だ,これらの枠組が何であるかについては,後に追究される理論モデルとかモデルとしての考えは

さして鮮明ではないようである。

また・精神的健康についての捉え方も特定の研究者の引用に止まり,精神的健康についての論及は 不明瞭であるのみならず論拠も整然としない。もっともこの点はWH Oのそれもほぼ同様でありHoy一 manもその辺を踏んでいるのかもしれない。しかし概念の定義や整理はなされてよさそうなものであ

る。

(6)

さらに健康教育の生態学的な見方といっていっも教育内容論に直接的に結びつける理論的展開はみ られない。健康教育内容の生態学的な構成を求めているのか,活動やその存在,成立条件の生態学性 をいっているのかはっきりしない。特に留意すべき点は健康の生態学的見方とか捉え方としておいて,

健康の概念なり次元と健康の成立要因・条件への生態学的把握がはっきり論及されていないのではな いだろうか,生態学的見方がなされるのは明らかに後者に関してであって,その関係の論及がないこ とには生態学の考え方の適用も曖昧になるものと思われる。

3.健康の次元・3次元から4次元へ

その後,・971年に彼は・H。man ec。1。gy andH餓lth Ed。,ati。nf㌧を撒している.ここで も「健康と疾病の疫学的モデル」を図示し,その内容についての説明を詳細に行なっている。ここで は初めに Man s Ecological Coexistence があり,現代の生態学は比較的新しい科学の分野で,

その時代がやってきている,とし,生態学的危機にわれわれは直面しており,人間の適応能力や宇宙 船である地球の生命保存系にも限界があることなどを述べ,人間の全生理は自然環境とつながってお り,単独に生存することはできないことなど生態系と人間生活との関係を説明しながら,人間生態学

の重要性を説いている。

次の Ecological Models では,先の論文とほぼ同じ内容でEcology of HealthとEcology of Diseaseについて説明している。

健康の定義についてもほぼ同様で Health is personal fitness for survival and self−re一

newal, creative psychosocial adjustment, and self−fulfilment となっており,さらに生 態学的に Health is a multidimensional unity となっている。しかし,先の論文で3つのデ

イメンションは,ここでは4つになり, It has dimensions such as physical fitness, men一 tal health, psychosocial well−being, and ethical and spiritual out−look となって いて,WHOのsocial well−beingに似た psychosocial well−being 力噺しく含まれている。

そこで,健康というものは単なる身体や精神の良好な状態・生活よりも以上のものである,となる

わけである。

続いてEcology of Longevityについて説明し, Our great world need today is to increase man 刀@health span, not his life span と述べているところが興味深い。それこそ健康で あることの意味ともいうべき叙述である。 life span ではなくて, health span なのである。

だから,次の Who wants to survive as a human vegetable? となるわけで,先の論文に

も述べられたように the real tragedy is to die without having really lived, be it at

500r 150 となるのであるQ

では,このような健康や疫病の疫学的モデルは健康教育とどのように結合するのであろうか,次に それをみるとしよう。即ち, Helth Education Implications and Opportunities の項で初め に health is the goal and  education is the process であることを,健康教育の枠で

おさえている。

そして,14の保健教授の内容領域を示している。それは,

(1)人間生態学と健康,病気,寿命

(2)人間生態学と成長,発達,成熟,老化

(3)健康な生活と体力

(7)

(4)栄養と個人的適性力

(5) アルコール,タバコとドラッグス

(6)疫病の予防とコントロール

(7)地域社会と環境の健康

(8)消費者保健

(9)現代科学的医学の進歩

⑩ 安全教育

ω 救急処置と家庭看護

⑱ パーソナリティの発達と精神衛生

⑬ 家庭生活と性教育

(1の 健康保菌者

そして,我々は健康教育の主根を健康や病気,老化,寿命の生態学の中に,また,人間の漸次分化 発達していくという全ラィフサイクルの妊娠から死に至るあらゆる段階の中に置き,より深く根づく なけれぽならない,主要な健康教授の内容領域と単元は生態学的観点で教えられるべきとして3つの

領域について,つまり上記の(1),(2),(7)について詳しく説明している。

この教材内容をみると,Hoymanが健康の生態学的モデルに基づいた1年から12年までのカリキュ ラムとした,米国では最初のものであるとしているのであるが,どうして,このような内容領域に構 成されたかという論理的・理論的結合の説明がないので,解せないことが少なくない。だからこそ,

両立するように,また並立するように幾つかの,たとえば,Oregon s Four Cycle C皿rriculum,

New York State Health Curriculumなどが誕生するわけであろう。

なるほど,Hoymanのモデルには時間的次元や空間的次元の諸現象過程の記述や説明項が組み入れ られていて,優れたものの一つといえよう。特に先駆的業績として高く評価すべきであろう。

しかし,モデルと教材とを結ぶ論理が薄弱なのである。事実,この14領域から,逆に帰納的に論理 をたどっていくと,モデルに達するかということである。どうもそのようには運ばないで,むしろ,

アメリカ教育一般の伝説的歴史的思想傾向であるプラグマティズムが底にあって,問題中心主義的

(Ploblem centered)領域構成と領域構成とブレンドしている印象が少なくない。

興味あることは,HoymanがSHE Sの中で謝辞を受けるような関係にあり乍ら,独自の保健教育力 リキュラムを並立したごとく作成しているのである。というわけもあって,自己カリキュラム構成は 提示するものの,これを基準にしてSHESを批判したりすることはない。

むしろ,SHESを紹介したり,好意的評価を与えたりしているのである。やはり,こうなってくる と前述したように実践を通じて,両者とも実証的評価は免がれないのであるが,その前に理論レベル での相互の批判が必要と考えるのである。

そして,彼は健康カリキュラムを開発する際は,危機問題指向的であったり,断片的ぽらぽらなア ブローチは避けるべきであると述べ,綜合的なカリキュラムの例をあげている。

その中にSHESがあり,これを Which is by far the best example of a concept apProach

intheUS. とべた褒めに評価しているのである。

したがって,先述したごとく関係もあることから,HoymanのSHESに対する評価はこのような 姿勢からも期待するわけにはいかないようである。

しかし,そうはいっても,これらのカリキュラムに対する取扱い方,見方についてきびしい注文を つけている。即ち 聖牛 のごとくみるな,ということである。つまり絶対的なものではなくて,ど

(8)

しどし批判すべき対象であることは彼はいっているのである。

続いて,concept approachは正しい方法であるとして,巧いことをいっている。即ち Man makes his conoepts and his concepts make man まさに,概念・認知枠組の機能は, Hoyman

の述べる通りであるからこそSHESでは End Result としての主要な概念を目標として,提示し たわけである。物を見たり,考えたり,現象の本質を捉えようとしたりする場合,人間は,この認知 の構造において見たり,判断しているわけで,これらについてはピアジエ等の著名な心理学者,認知 論の研究成果が示す通りであろう。

保健教育の場合も,保健現象,健康とか事故災害,疾病という対象をとらえようとする場合,その 人の認識構造の枠の中で行われるわけで,非科学的な生活的概念枠しか持ち得なかった古代人たちは 病気を神の罰とか悪霊のせいにしたのであり,現代人,健康の疫学を身につけたものは,この概念枠 によって健康の諸現象を見たり,考えたりすることになるのである。

そこで,Hoymanは保健教育の概念の例を7つほどあげて説明しているが,特に新しいものはない。

この後は,内容の構成についてはふれず Flunctional Health Teaching and Learning , More       ・

Realistic Teacher Preparation , Improved Research Needed と続いている。

教員養成の項では,field work・教育実習を強調し,実習体験の拡大充実を強調している。・また,

教授内容を軽視し,方法・技術に目を向け,力点をおくことを戒めている点も興味をひくところであ るが,その後も生態学の必要性と重要性を論ずることに終っている。

4.ヘルスモデルの必要性とそのオリジナルとしての第4次元におけるHealth Ethics

       13)1972年,続いて Health Ethics and Relevant Issues を発表し, Hoymanならではの健康

のディメンシ・ン・Ethicsについて説明している。これは先の論文で,健康というものは単に病気 がないとか身体や精神が健康であることを超えるものであったといった側面を指すものといえよう。

ここでは,

Human Nature and Ethical Behavior bhristian Ethics

rituation Ethics  dxistential Ethics Humanistic Ethics

Behavioral Ethics などの各側面について論述し,何故,人は道義的生活を目指さなくては ならないかを論じその後の腱財育の内容領域と生徒たちの興味の問題点」で領域を示してい潔

内容領域は前述論文とほぼ同様であるが,やはり,若干の修正とみられるものがある。即ち,

A.生活の原理・生きる意味の展開 B。健康,病気,寿命の生態学 C。成長,発達,老化,死の生態学 D.パースナリティの発達と精神衛生 E.体力の発達と維持

F.栄養と健康と病気と寿命 G.疾病の予防とコントロールの疫学 H.消費者教育と健康管理・保障システム

(9)

1.環境,地域社会及び地球全体の健康 J.家庭生活と性教育

K.アルコール・タバコ・ドラッグ

 L.安全教育,救急処置及び災害予防      15)その後,1974年にModels of Human Nature and Their Impact on Health Education

を発表し,ここでモデルの必要性と重要性について論じ,各種のモデルを紹介し乍ら,終りに「生態 学的モデル」を強調している。

即ち,「システマティクなモデルは有用な概念的な用具であり,その価値はいろいろな分野で広く 認識されている」そして,「我々は健康や健康教育の関連モデルを人間本質の現代的モデルの観点が

ら開発せねばならない」としている。

ところで,これまでの論文からわかるようにモデルに対してのオリジナルを規定することは余り精 力的に行われていなかったが,この論文ではその点が,より明らかになったといえる。つまり,対象 は「人間の本性・Man s native」ということになっている。

というわけで人間をとらえようとする場合,

The Christian Model The Behavioristic Model The Humanistic Model The Existential Mode1

最後に, The Eeological Model があるとし,この生態学的モデルの主要概念について述べて いる。すなわち,         

「人間は進化するものである。」

「人間は適応するものである。」

「人間は行動するものである。」

「人間は共存するものである。」

「人間は自己実現するものである。」

「人間は人間の自然的存在を超越するものである。」

1975年に Rethinki㎎an ecologic−systemic model of man s health, disease, aging,

d。a認を発表している.ここでは初めから「モデルとは何か」で始っており,前年論文と同様モデ ル論の重要性の強調とモデルにおけるオリジナルの対象の明確化が論及されている。

1971年論文でHealthの次元が第3次元に Psychosocial well−being として述べられているが,

この辺の捉え方・推移については,ふれられていない,ところがこの論文ではモデル論の必要性を述 べた後は直ちにHuman HealthのDimensionについてかなり多くの叙述がなされている。

そして,第3次元は Social well−being と表わされている。第2次元のmental Healthは 次前のものとあまり変容していないところをみると,この第3次元は,オリジナルの把握が変ったの か新しい理念としてモデルの中に強調するようになったのか等は不明な点が少なくない。

内容はさして改めてとり上げるほどのものはなく,先述のごときWHOのものに特に変るところは ないようである。ただ,ここではDimensions of Human Healthに時間的次元の説明が強調されて

いるように思われる。

この点に関して,我が国の保健教育のカリキュラムやその基礎になっているモデルをみる時,提示 されたモデルとカリキュラム内容との論理的関連が明確にされないまま,カリキュラムの方には時間

(10)

的次元が部分的に編成されているものの,モデルには補足的説明も欠落したまま用いられていたりす ることがあることから,この面の理論的追求が課題とされなくてはならないだろう。その意味でHoy一 manの主張はきわめて多くの示唆を与えているといえる。

続いて健康及び疾病の決定要因ないし「成立要因・条件」について説明されている。これまでのも のは,次元と成立要因との間の明確に区分された論述が殆んどみられなかったので,ここではそれを 明示したもののようにみることができる。

この点もきわめて重要なことなのであるが,わが国の場合も健康の概念とその決定要因・成立要因・

条件との関連的認識が漠然となされていたり,或は殆んどなされていないためか,これを教育内容・

教材化する場合の混乱とか児童生徒の保健認識内容の混乱が少なからずみられている。

      17)

注Nの定義において理念を強調する前に教育内容として,この面の整理が必要かと思われる。

5.健康教育カリキュラムデザインに向けて

、  そして,・977年に・ASy。th。ti, H。alth Curri,ul。m Desig。 i。 E,。1。gi, Persp,,ti。撃

を発表している。ここでも一貫して,Ecologic Health Modelの必要性と重要性を強調している。

この点は,Hoymanの優れた特徴であり,高く評価したところである。

「3次元カリキュラムの構成」では「生態学的アプローチ」と「ライフサイクルアプローチ」及び

「概念的アプローチ」の3つが最終的に統合されることがねらいとなっている。

そこで第1のEcologic approachであるが,ここでは前述の論文にみた内容がほ父同じように踏 まれているが,本論文での特徴は,「何故,保健教育のカリキュラムにおいて生態学的アプローチを するか」という問に対して,その論拠を上げている点である。

その主なものをあげると,これらは各々,優れた保健教育の基本的概念になると考えられるもので あり,保健教育のカリキュラム構成の面で参考になるものである。

すなわち,

(1)人間は他の生物と同じくして,その環境の中で適応過程を通じて機能をしている。だが,他の 生物とは違って人間だけが人間生存や生活の実現,意味を見出すために人間独得の手段としての 文化を発達させてきていること。

(2)人間の健康・疾病・老化・死の生態学・疫学・人口統計学を個人や家庭,地域社会及び地球全 体の保健と結びつけて理解すること。

(3)我々の宇宙船地球に関して生態学的良心との生態学的共存観によって導びかれた自然における 位置空間や役割とか自然に対する責務の生態学的見方・考え方を発達させること。

(4)戦争反対や人口調節,公害抑制,自然資源,エネルギー保存,環境質コントロールや地球全体 的な規模での公衆衛生の改善を目標とした開発,運動に参加すること。

次の「ライフサイクルアプローチ」では,人間は通常,妊娠から死に至るまで,生活圏や限定圏の 心理社会的,心理霊的マトリックスの中でダイナミックな生態学的過程として概念化されるものであ る。そしてその変化する成長発達の過程系や,そこに内在する過程とか漸次分化成長発達のライフサ イクルの段階を進んでいくものである,としている。

このような人間のライフサイクルの主な段階の研究は健康とか健康教育にとって基礎となるもので あるとし,「何故,ライフサイクルアプローチが必要か」を説明している。

その中のいくつかを上げると,

(11)

(1)人間生活サイクルの主要な段階は普遍的で予測し得るものであるが,個人の成長発達は次第に 分化し,個人差を含むものである。そしてある面についてみるなら,独自性があって予測しえな

いことを理解させること。

(2)子どもや青少年に対して,大きく成長し何ものかになるのだという最高に説得力のある動機づ けをより効果的にさせること。

(3)健康危険や疾病,主要な健康安全の破壊者とか阻害要因及び健康と寿命延長の潜在能力そして 各々の主要なライフステイジの目標点に,ぴったりと焦点を合わせること。

などを健康教育者が生徒にわからせたり,支援したりする場合に,このライフサイクルアプローチは 可能であるとしている。これらをみると先述したように,保健教育の基本的概念と考えられるものも あり,有力な参考になるものであるが,必ずしも論理的な関連が明確になっているようでもない。エ コロジックアプローチが多要因・条件的で,空間次元において保健安全現象をとらえようとしている とすれば,ラィフサイクルアプローチは主として時間的次元の強調とみることができよう。これは主 体を時間的系列においてみることであり,そこにおける変化,変動の主要な特徴を「発育・発達」と いう概念でとらえることができるのである。

このようにみてくると新しい用語を用いて説明するよりも既に確立した分野の知識を反映した概念 や用語による整理とか連関の検討がなされる必要性を感じる。しかし,そうはいっても健康教育の面 でヘルスカリキュラムのデザインに向けてこのような研究はなされていなかったことをみると,さら に提示されたいくつかの理由をみると,やはり重要な示唆を含んでいるものと考える。

さて次は,概念的アプローチであるが,ここではこれが知識やコムニケーシ。ンの一つの機能的な 分野として保健内容を構造化する有用な方法であるとして組織化された保健知識や経験は健康教育過 程の基礎あり,またそれは事実とか概念や価値に基づいていると述べて,「何故,概念的アプローチ を用いるのか」について,同じように説明している。

その中のいくつかを上げると,

(1)人間は保健概念をつくり,また善きにつけ悪しきにつけ,その人のもつ健康についての概念が 彼なりの生活とか行動をうみだすようにはたらいていることを理解させること。

これは先述の論文においても述べられたもので,コンセプトアプローチにおける鍵になる概念をい

うことができよう。

(2)個人や家族,地域社会や地球全体の健康の改善をねらって健康概念の枠組構成とが使用に参加

するようにすること。

(3)健康概念の使用は健康知識やコムニケーションの爆発的増大に関わって一つの効率的な方法で あることを認識させること。

(4)重大な健康問題とか挙点,選択,目標に関連した健康の価値判断や意思決定と選択する際に健 康に関する事実とか概念を使用するようにすること。

しかし乍ら,コンセプチュアルアプローチの必要な理由と用語の使用とか意味を考えると,確かに knowledge and communication explosion という事実に対して保健安全に関する情報知識を 整理し秩序づけ組織化・構造化する必要性は,これまで多く指摘された通りであろう。だが,それが 何故,概念的アプローチという用語を用いるのか,となるとどうか明瞭ではない。保健教育に限定され ることなく,われわれがこれまで保健安全に関する科学技術の知識等を教育内容として採り入れてき たものは,それでは,概念ではなかったのか,概念的ではなかったのか,という疑問である。また

「概念的」ということばは教授・学者過程において用いられる場合,さらに広く一椴の教育活動の過

(12)

程において用いられる場合,必ずしも良い優れた評価を意味しないことがある。

子どもたちの反応が「あまりにも概念的で,よくわかっていない,本当にとらえていない」という ような授業場面が少なからずみられることがあるが,「知識の構造化」とか「認知構造」「理論モデ ル」などといった用語と共にさらに検討される必要性を考える。これはSHESにおける概念的モデ ルについても同様である。 「概念的でないモデルとは何か」「概念的でない保健のカリキュラムとは 何か」「具体的な事実の存在として何を指すのか」などといった諸点についてである。この点につい ては別に述べてあるのでここでは評論せずに先にすすめることにしよう。

次に前論文に示したAn Ecologic Mode1の主要概念についてみることにしよう。というのはほゴ 同じように述べているが,内容がいささか変っているので取り上げてみよう。

(1)人間は進化するもの,(2)人間は適応するもの,(3)人間は経験するもの (4) 人間は行動 するもの (5)人間は創造するもの, (6)人間は自己実現するもの, (7)人間は道徳的判断や 行動するもの,(8)人間は情愛から隣人愛とか神の愛までの経験をもつもの,(9)人間はコムニケ

イトするもの,⑩ 人間は冒険するもの,ω 人間は共存するもの,⑫ 人間は自然的存在を超え

るもの

と人間の生態学的モデルの概念が倍増されている。

そして Comprehensive Health Curriculum Designs でウま「このアプローチは個別的に対応 したニードや目的及びスコープとシークェンスの慎重な配慮を必要とする」として簡単にヘルスニー ドにふれ,ついで保健の目的の例を17あげている。また Ecologic Health Curriculum Scope のところでは「このスコープは人間の生態学的モデルや人間の健康とか疾病の生態学的疫学的モデル 及び生態学的ヘルスニードと関連目標に基づいている。だから生態学的ライフサイクル概念的アプロ 一チを根拠に置いている」としている。

これはカリキュラムデザインへ向けてのスコープであるから,筆者の何度となく示した保健教育内 容の選択・構成原理・基準に関係づけることができる(図2参照)。この原理・基準においてみると

Cの①,②,③の6の一部に相当するものとなるだろう。しかし,Hoymanは保健のカリキュラム構 成についてはここで深く論及していないので詳細は不明であるが,たとえば図2−Cの②にしても,

「学習者の条件」というのは単なる学習者の心理的な健康へのニードを意味しているのではない,内 的,外的に多くの条件があってこれらが教育内容の設定に,構成に関連しているのである。

もっともここでいうニードを「ヘルスニード」という保健学的意味においてとらえるなら,④の分 野も含まれることが考えられないことはない。しかし,これだけでは整理されたことにはならないだ

ろう。検討を要するところであるQ

さて,生態学的保健カリキュラムの領域であるが,これは以下に示す12の領域からなっている。

(1)人間生態学と健康 (2)人間疫学と人口統計学 (3)人間の成長と発達 (4)人体の健康管理

(5)栄養と人間適性(6)パーソナリティ発達の生態学(7)アルコール,ドラッグス,タバコと 健康 (8)消費者保健の生態学 (9)人間の性的生活文化行動の生態学 ⑩ 生活の生態学的危険 のコントロール QD 健康な地域社会環境生態学 ⑫ 世界保健と地球全体の生態学

しかし乍ら,ここでもいえることはHealth ModelからCurriculum designへの「導出の過程」

やそこに「内在する論理」そしてCurriculum designからCurriculum scopeまでのそれらは鮮明 になっているであろうか,ということである。これを逆にスコープの方から収蝕的にモデルの方に論 理をしぼって向けていくとHealth Modelへたどりつくか,ということにもなるだろう。

だが,どうみてもスコープにみられる領域の構成は健康問題中心的な面がなくはなくて,全体的構

(13)

Aレベル       Bレベル      Cレベル      Dレベル

①保健・安全に関する科学知識と その論理      (c)

↑騰騰欝懇

除写繍]一[現代の科学技術の成果]一

②学習者の条件・心身発達 造

@段階への対応

↑l a)保健認識・学力,興味,態度等 切主体以外の学習条件

中→賴イ

③教育理論

《講羅うめ)《羅構造化)  a)教授・学習理論ェ↓ ◎教育価値,目的論

④国民的,人類的課題からのニード

↑l a)Social needs b)Social relevance

時 間 的 縦 軸

(保健教育内容のTime lag)

図2 保健教育内容の選択・構成の原理

造が把握し難い。生活空間的拡大の方向に構成した領域もみられるが,これとてもつながらないよう である。領域を個人の生活から地域社会へと拡大する方向での構成は何も新しいものではなく,古く から生活空間的モデルとして用いられているものであるが,わが国の学習指導要領の解説にもよく用 いられるところである。わが国の場合でもこれをよく同心円的拡大と称したり,図式モデルを示した りしている場合が,これとても「何故同心門的なのか」「何が同心円なのか」理解し難いところが少 なからず残されているように考える。「これがモデルであるとしたら何のモデルか」「そのオリジナ ルは何を指しているのか」が説明されなくてはならないであろう。

したがってHoymanの場合にも,これらに似た諸点が明確にされる必要があるのではないだろうか。

6.結    語

以上でHoymanのHea lth Modelの概略について主な論文についてみたのであるが,筆者がこれま でHoymanモデルに限らず検討しようとした点は,(1)モデル自体はどのような考え方で,どのような 要素から,どのように構成されているのか,(2)これらのモデルに基づいて展開構成される保健カリキ

ユラムのスコープ等はどのような内容がどのように構成されているのか,(3)(1)と(2)を結ぶ過程と導出

の論理は何か,ということであり,論理に整合性,一貫性がどれほどあり,(筆者の原理・基準,図

1Cの①参照)合理的に構成されているか,ということである。

しかし乍らHoymanモデルでは具体的なシークェンスやスコープの細目に至るまでのカリキュラム      9

が明示されていないので(2)から(3)の問題は残されることになる。したがってこの面からも当初に述べた

実践面での評価,批判が存在しない理由をここにみることができるわけである。むろん,細目にわた るカリキュラムが無いからといってヘルスモデル自体の価値が下るわけではない。カリキュラムはへ

(14)

ルスモデルからのみ直接的に構成されるものでもないので,モデル自体は丁度クラークのモデルと同 じようにそれだけで独立に検討されてよい。

       19)このような視点において以上の論究を要約すると,

(1)一般的健康教育理論モデルの追求について

1)健康教育カリキュラム構成の基礎理論となる理論モデルの構成と提示は,きわめて常識的なご とであるが,先行研究や並行研究間で,常に妥協的関係において並立するのではなく,批判的検討評 価のもとに継承されたり,新しい理論の創造がなされるべきである。

2)その検討,評価は現場での「実践レベル」での評価も必要であるが,特定の条件で,実験的条 件で量化されたデータからのみではなく,健康教育・授業の自然態において長期的観察とか調察によ

って得られた質的データ・経験側からの評価も含められることが望ましい。だが,これとは独立に

「理論レベル」での検討が先ず重視され,行われることが求められる。

3)現行,現存のカリキュラムにおいて基礎理論となっている理論モデルが,他の学問分野及び健 康教育の分野でも既に批判されている場合,これにそのま工依拠して新しいカリキュラムの修正や展 開は論理的に進められないから,カリキュラム展開以前に理論モデルの修正なり補足,新理論の構成 が求められる。この観点でみると学習指導要領は批判・修正されるべき基礎理論を自覚的に追求しな い,或はぬきにしたカリキュラム指針ということになる。改訂とか修正は論理的に理論レベルから崩 れており,したがって上向的な現場実践における正当な評価が,仮りになされたとしても理論には結 合しないという問題を内蔵していることになる。

(2)ホイマンのヘルスモデルについて

1)健康の概念にSpiritual Faithの次元を置いていることが彼の特徴である。この概念モデルは 人間の全人的存在をオリジナルとして追究されており,この次元について如何に健康教育の目標,内 容化するかは,つまりカリキュラム化は困難であるが,単に理念的な次元としてではなくモデルとし て構成しているところは優れた点である。

2)健康の概念におけるこの他の面の考究は,従前の諸定義とさしてかわることはなく,特に論及,

検討もない。殊にmentaI healthやSocial well−beingにはWHOのものに類似し,説明も精細で はなしbさらにこの両者の関係については特にふれることなく,これを示している。

3)健康の概念と決定要因とが明確に区別され,これらは健康教育のカリキュラム構成にとって示 唆的である。しかし,この両者の関係については特に論及されていない。それにしても生態学的な視 点で疾病とか加齢,死などの保健安全事象を明確にとらえている面はカリキュラム構成にとって有効 であり,高く評価しなくてはならない。

4)健康の概念モデルの中に,時間的次元と空間的次元がほぼ明確に位置づけられており,殊に後 者の中には,その有限性・キャパシティの有限性を述べている点もカリキュラム構成にとって重要な

示唆となる。

5) しかし,健康の概念モデルとして,健康水準のモデルとなる評価基準を組み入れた点は,健康 に関する人間固有の諸行動の一部を反映したものととれないものではないが,これは健康の諸現象・

事実の中の重要な一側面,健康に関する諸行動の全体的構造的モデルが欠落したものとみることがで きよう。

6) また,その中で最も重要な健康安全への科学的問題解決行動,例えば健康管理行動の概念モデ ル化は欠けてはならぬ重要な領域と考える。これは動・植物におけるがごとき単なる環境要因として 構成するわけにはいかない。

(15)

7)健康の概念モデルにおける時間的次元は単に静的な成長発達にのみ組みこまれるのではなく,

動的な人間の固有の人間的行動面等にも考えられなくてはならない。

8)保健教育におけるカリキュラム論的観点にたつと,概念モデルと「教育内容構成の原理」との 理論的な追求がなされておらず,カリキュラム構成への難点となっている。したがって1SHESに若 干みられるが,この面の,カリキュラム「般理論との関連についての追究がなされる必要がある。

注

1)Hoyman, H.S  An Ecologic View of Health and Health Education.ノ{ヅS襯1琵.      ■

March, pp.110 ff.,1965.

2)小 倉  学, 保健教材五領域試案の構成, 教育,No.12.増刊号,1962.

3)S襯oo11髭α1漉E伽oα ゴoη S劾の:1髭α1漉E伽o魏oη.3M Education Press,1967.

4)内 山  源, 保健教育内容の現代化, 日本学校保健学会(シンポジウム)講演集,

pp.115 ff.,1972.

5)内 山 源, 保健教育内容の選択・構成原理における横軸基準①の科学技術の成果・知識 体系に関する原理についての検討 日本学校保健学会講演集, P.3,1975.

6)内 山  源, 保健教育内容現代化の視点,体育科教育,Vol.20, No.8,1972.

7)内 山 源, 保健教科書内容批判のための基本的視点,茨城大学教育研究所紀要,No.8.

p.83,1975.

8)内 山  源, 保健教科書批判の問題点,学校保健研究,VoL17, No.8,1975.

9)内 山 源, 保健学習をすすめる前にふまえておくべき諸観点,健,No.53, p.64,

1977.

1① 内 山  源・ 保健教育内容の選択・構成原理基準における理論モデルの必要性とその検討,

茨城大学教育研究紀要,No.9, p.23,1976.

ll)セイラー・小林訳 組織と人間行動, PP.2ff.丸善,1969.

1⑳ Hoyman, H.S  Human Ecology and Health Education IIゼ ノ〔ゾS6乃1Za Vol XLI,

No.10,1971.

      

゙ Hoyman, H.S  Health Ethics and Relevant Issues ㌃  ノ{ゾS肋1琵. Vol XLII,

No.9,1972.

14)Hoyman, H・S  The Spiritual Dimension of Man s Health in Todaゾs World .ノqプ S漉1砿a No.2 February,1966.

15)Hoyman, H.S  Models of Human Nature and Their Impact on Health Education,

ノげS漉、磁.Vol. XLIV, No.7, 1974.

1⑤ Hoyman, H.S  Rethinking an Ecologic・systemic Model of ManもHealth Disease Aging Death ・ノ(〜〆S6ぬ、碗. Vo1, XL鷲 No.9,1975.

17)内 山  源, 現代学生と健康観〜健康観の構造的把握の必要について〜デ学校保健研究,

p.213,Vol.19, No.5,1977.

1⑳ Hoyman, H.S  A Synthetic Health Curriculum Design in Ecologic Perspective . 16ゾS6〃飾. Vol. XLVII, No.1,1977.

⑲ 内 山  源, 保健科教育内容の構成原理とその理論的検討の必要,学校保健研究 No.12,1979.

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