秋 田大学教育文化学部教育実践研究紀要 第25号 2003年
批判的思考力を育てる教師教育教材の開発 と実践 I
〜 「障害がある」・「障害をもつ」の是非をめ ぐって〜
井門 正美 * 秋田大学教育文化学部
民主主義社会 における主権者育成を担 う教師は,「それは本当に事実 なのか」 と真偽 を 正 し,事実を究明す る姿勢, 自らの在 り方や行為を自省す る姿勢が欠かせない.批判的思● 考力 とは, そ うした姿勢を支えるものである.特 に,情報過社会の今 日にあっては,教師 にこの批判的思考力が強 く求め られ るのである. それゆえ,教員養成 において も学生 に対 して批判的思考力を培 う教育を実施す る必要がある.本論稿では,批判的思考力を育成す るための教材開発並 びに実践 について論述す る.
具体的には,筆者 自らが遭遇 した 「障害がある」・「障害を もつ」 という言葉使用の是非 をめ ぐる議論を もとに,批判的思考力を培 い批判的態度形成を促す教材 を作成 し, この教 材を用いた講義を実施 した.すなわち,「障害がある」が正 しく 「障害 を もっ」 が不適切 とす る文章が書かれたア ンケー ト (様式1) と 「障害を もつ」が正 しく 「障害がある」が 不適切 とす る文章が書かれたア ンケー ト (様式2)を準備す るが,受講者 には二種類の様 式があることを伏せたまま半分ずっ配布 し回答を求める. いずれのア ンケー トにも回答者 に適切 ・不適切 の記述 に対す る見解を求めている.回答終了後,受講者 には自己の見解を 発表 させ る.
実践の結果,受講者 はア ンケー トの見解 に比較的従順 に同意す る傾向が確認で きた.そ れゆえ,各 々が 自己の見解を発表 してい く過程で,「障害がある」・「障害 を もつ」 の言葉 使用 に対す る対立的な見解が示 され, それぞれの見解 は正当性を持たせ るための理由付 け や根拠が提示 されていた. この段階に至 り,筆者 は, ア ンケー トの トリックと真 のね らい を説明 して,受講者 に感想や意見を記述 させた. ア ンケー トの文章 に左右された受講者は, 自省的 ・反省的にな り,批判的思考力や批判的態度 の必要性を感 じ取 っていた.
キーワー ド:批判的思考力, 自省的 ・反省的態度,教師教育, トリック教材
1. 問題の所在
筆者 は, 日本社会科教育学会第50回大会 (2000年) で 「村野光則実践 における 『役割体験』の意義 一役 割体験学習論か ら捉えた教師の問題意識 と授業づ く
りの過程 ‑」l)を発表 した. 考察対象 と した村野実 践 は,体験的な学習方法を活用 して,学習 に意欲を 失 っている高校生 に社会問題 を理解 させ,社会参加
2003年1月22日受理
IDevelopmentofMaterialsandMethodsforTeach‑
1ngCriticalThinkingSkillstoTeacherTrainees
*MasamiIDO,Faculty ofEducation and Human Studies,AkitaUniverslty,Akita
を促そ うとす る意欲的な実践であ った.
この発表で筆者 は,特 に,村野実践 における障害 者問題 に関わる体験学習を焦点化 してその意義 につ いて述べたが,質疑応答の際に,司会者の一人か ら 筆者が使 った 「障害を もっ」 とい う言葉 に対 して, その言葉 は差別 にな りかねず 「障害がある」を使用 す るようにという指摘がなされた2).筆者 は この見 解 に対 して疑問を感 じたため,その用法が本当に一 般化 されているのか どうかを確認 したが,司会者 は NHKの放送や文部省 (現文部科学省) の文書 で は
「障害がある」 に統一 して い るとい う論拠 を示 し, それが一般化 しているものだと断言 した. そこで筆
者 は,発表意図や文脈か らして も障害者の方々を差 別す るつ もりは‑切ないことを述べ,一般化 されて いるということを前提条件 とした上 で, 「障害 を も つ」を 「障害がある」 に訂正 し発表を終了 した3).
しか しなが ら,筆者 には 「ある」 と 「もつ」を議 論す る前 に, そ もそ も 「障害」「特殊」 とい う言葉 の是非が問われ るべ きではないのか, とい う疑念が 残 った. そこで,司会者が論拠 と して示 したNHK
と文部省 に電話 による調査 を実施 した.NHK (放 送文化研究所)の担当者 は,「ある」「もっ」のいず れを使用 して も視聴者か らクレームが寄せ られて串 り,「ある」 に統一 は していない. アナ ウ ンサーが
「障害を もつ」をあまり使用 しない とすれば, それ は 「会議を もつ」 といったように翻訳語的な雰囲気 があるためで はないか と回答 した. また, 文部省 (特殊教育課)の担当者 は,文部省 の文書等 で は確 かに 「障害がある」 に統一 しているが,その用語の 使用を定める内規 はな く,学校への指導 も行 ってい ないと回答 した4).
以上の調査 により,司会者の指摘やその論拠 は主 観的な判断にす ぎないことが判明 した5). ここで重 要 なことは,「障害がある」「障害を もつ」のいずれ もその使用 に対 して批判がなされるという事実であ る.すなわち, これ らの言葉の使用 については社会 的な合意がなされていないとい う事実 なので あ る.
差別発言 はいかなる人 に対 して も許 されるものでは ない. しか し, ある言葉が差別的だ と指摘 されただ けで,その真偽 ・是非を議論す ることな く言葉の使 用が控え られ,無難な方向へ と回避 されることには 大 きな問題がある6).
すなわち, このような事態 は,やや もすれば,無
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差別な言葉狩 りにな りかねず, このことは表現の自 由を侵害 し,言葉の使用 という文化の根底を制限す ることにな りかねないか らである.議論をせず して, ある言葉の使用を抑制 ・禁止 した り勧めた り,それ に従 った りす る姿勢を許容 し蔓延 させ ることは,義 論や合意を根幹 とす る民主主義を否定す るものにな りかねない.筆者が学会の場で体験 した こうした類 の問題 は, 日常的に発生 しやすい問題である.学校 教育を担 う教師は, このような言葉使用や言説 に対 して,その真偽 ・是非を問い正す批判的思考や批判 的態度を育成す る必要があろう.
そこで,本稿では,筆者 自らが体験 した 「障害を もつ」 と 「障害がある」の是非をめ ぐる問題を事例 として取 り上 げ,批判的思考や批判的態度を育成す るための教材開発を行 い,実践を通 した上で本教材 の意義 について考察 したい.
2.「障害がある」・「障害をもつ」問題の教材化 筆者 は,司会者の発言がなされた学会発表の場を シ ミュレー トして 「権威ある者が しかるべ きデータ を提示 してある見解を述べたときに,人々はどのよ うに受 け止めるのか」 という観点か らアンケー ト形 式の教材を作成 した. ア ンケー トは表1に示 したと お りである. アンケー トには質問項 目1の記述内容 の相違か ら様式1と様式2という2つの様式がある.
① アンケー ト調査項 目
ア ンケー トの様式1の質問1は 「障害を もつ」が 不適切で 「障害がある」が適切 とす る記述 内容 で, 様式2は,その逆の 「障害がある」が不適切で 「障 害を もつ」が適切 とす る記述内容である.質問1の
表1 「2つのアンケー ト」
アンケート【様式1】 質問1
障薯児 (者)教育においては 「障害をもつ」 は不 適切な言葉 とされ,「障害がある」が適切な言葉 と
されています (NHKの放送や文部科学省の文書 等).では,なぜ 「障害をもつ」 は不適切で,「障 害がある」が適切なので しょうか.その理由を書
いて ください.
質問2
このように区別 して使 うことについてあなたはど う思いますか.
質問3
話を聞いた感想や意見を書いて ください.
アンケート【様式 2】 質問1
障薯児 (者)教育 においては 「障害がある」 は不 適切な言葉 とされ,「障害を もつ」が適切な言葉 と されています (NHKの放送や文部科学省の文書 等).では,なぜ 「障害がある」 は不適切で,「障 害を もつ」が適切なので しょうか.その理由を書 いて ください.
質問2
このように区別 して使 うことについてあなたはど う思いますか.
質問3
話を聞いた感想や意見を書いて ください.
秋田大学教育文化学部教育実践研究紀要
()内には文部科学省 とNHKとい う用語 によ り 質問内容 に対す る権威付 けを行 って い る. 筆者 は,
この異 なる様式 に対す る受講者の回答が権威 に従 う 記述が多 くなると予想 している. なお,調査者であ る筆者の立場 (大学教官) も権威付 けの一役を担 う ことになろう.
質問2については,用語使用の区別 に対す る是非 について問 うものである. この区別を肯定的に捉え る者,否定的に捉える者, あるいは態度保留や条件 付 き肯定,条件付 き否定等が予想 され る.
質問3は,筆者がア ンケー トの種明か しを行 い用 語使用 に関わる事実関係 の話を行 った後 に受講者 に 回答 させ る. この質問 は,受講者 自身が質問1と2 への回答をメタ評価 し,彼/彼女 らに批判的思考や 批判的態度の必要性 について考えさせようとす るも のである.受講者 による本教材 の評価 につ いて は, この質問に対す る回答か ら確認することができよう.
② アンケー ト教材を用いた講義の進め方
この講義 は,筆者が簡単な自己紹介やオ リエンテー ションを行 った上で,教室 (一室) に集 まっている 受講者 に2種類 のアンケー トを半分ずつさりげな く 配布す る. そ して,受講者 による回答が終了 した時 点で,筆者が指名 して双方の見解が提示 され るよう
にす る.
筆者 は,双方共 に質問文の文意 に従 った回答を示 す ものと予想 している. それゆえ,異 なる様式への 回答 は,各々対立的な見解であ るに もかかわ らず, それな りに説得的な理由や根拠 により補強 されて提 示 されるものと考える.恐 らく, その時点 において 教室内では各々の主張 に対す る反省的 ・批判的な思 考が働 くことになろう. そ して最後 に,調査者がア ンケー トの真のね らいを説明 して,回答者 には自分 自身の回答 に対す るメタ評価を行わせ, また,講義 (教材)への感想や意見を記述 させ る. こう した学 習活動を通 じて回答者の批判的思考力を育てようと す るのが本教材のね らいである.
このア ンケー ト教材 による講義 は,大学 の場合 に は講義科 目の初回に実施す る. この ことは,筆者の 考えや主張を知 らない状態で受講者 に回答 させ るた めであ り,加えて,一連 の講義の中で本教材が批判 的思考や批判的態度を育て るための導入的位置付 け とな っているか らである. また,一回限 りの講義や 教師対象の研修会の場合 には,適宜,時間内で完了
させ るようにす る.
3. アンケー ト教材 による実践 と結果の考察 では,本教材を使 った実践 について統計結果を中 心 に論述す る.筆者 は,2001年4月か ら同年9月ま でに,大学 における講義 (教科教育実践論,社会科 教育学概論,社会科教育研究) と教員研修会 (生活 料,公民科,附属小学校) において実施 した.受講 (回答)者数 (276名分)であった.様式 1の回答者 は168名 (学 部 学 生85名 , 大 学 院生20名 , 教 師 33名),様式2の回答者 も168名 (学部学生77名,大 学院生20名,教師41名)である7).
ここでは, ア ンケー トへの回答傾向や記述内容の 分析を行 い,本教材の意義 について考察 し,講義や 研修会の様子 については補足的に述べ ることに した
い.
①質問1に対する回答の考察
まず,質問1の回答 については,様式1及 び様式 2のいずれに対 して も,「解釈 ・肯定」「文脈的解釈」
「解釈不能」「解釈 ・否定」「その他」 の5つ に分類 した.すなわち,第 1の 「解釈 ・肯定」 は,質問文 の記述内容 に対す る解釈を記 した上で,文意 に肯定 的に回答を示 した記述である.第2の 「文脈的解釈」
は,質問文の記述内容 に対 して文意 に即 して解釈の み示 した回答である.第3の 「解釈不能」 は,質問 の記述内容 に対 して解釈で きないとする記述である.
第4の 「解釈 ・否定」 は,質問文 に対す る解釈を示 した上で, その文意を否定 した記述である.第5の
「その他」 は,質問内容 に対す る回答 にはな って い ない,回答者個人の思 いや関心が書かれた ものであ る.
質問1の回答結果を図1に示す.第1分類の 「解 釈 ・肯定」 は57名 (学生31,院生 8,教師18),「文 脈的解釈」 は201名 (学生122, 院生30, 教 師49),
「解釈不能」 は12名 (学部5院生 1教師6),「解釈 ・ 否定」 は3名 (学生3),「その他」は3名 (学生 1, 院生1,教師1) という結果 にな った. 「解釈 ・肯 定」 は全体の約21%,「文脈的解釈」 は全体 の約73
%, 「解釈不能」 は全体 の約4%, 「解釈 ・否 定 」
「その他」 は共 に1%という比率 であ る. この結果 を考察す ると,全体 の 1/5の者が 「解釈 ・肯定」 で あ り,質問文の文意 に対 して肯定的な立場を とって いることが確認で きる.
さて,質問1の回答 について全体及び所属別 (学 坐,院生,教師)に回答分類の百分率を示 したもの が図2である.所属別の回答分類を見 ると,故師の 回答において 「解釈 ・肯定」が約24%となっており, 学生 と院生に比較す ると約4%も多いことが確認で
きる.教師が権威付 けに従 う傾向が強いことを示 し ていると捉え られる. また,教師の 「解釈不能」 と す る比率が8.1%となってお り学生や院生 における 比率よりも5%はど多いが, この点 も注 目すべ きと ころである.記述を確認 したところ,文部科学省が
「障害がある」に統一 していることを知 っている教 師が,「障害をもつ」が正 しいとす る様式2を受 け 取 ったために 「解釈不能」としたものや,質問自体 への批判的な記述が読みとれる回答等であることが 分か った.
では,回答記述をい くつか紹介 したい. 例 えば, 様式1で 「解釈 ・肯定」の記述を行 っている院生 は
「『もつ』は所有で持ちた くて持 っているというニュ アンスが強いため 『障害』を 『もつ』 という言い方
図1 質問1回答分類別人数構成
○ SO 100 150 200人牡
榊文脈的解釈解釈不鹿瀬熊 .管長その他.甘食‑分有 i 海をi留軌 」事大学繭晩薩生1暑i
酬 刺 酬 榊 狩照托L'EIm zB!班H
挿 暦 章樽乱 琵 J i i
ii i
図2 質問1所属別回答分類構成比
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が不適切である.『ある』 は存在 で 自分 の意志 に関 係な くあるという意味 なので, 『障害』 が 『あ る』
という言い方の方が適切である」 と記述 している.
これに対 して様式2で 「解釈 ・肯定」の記述を行 っ ている教師は 「障害 も個性の一つと捉える.『ある』
という受 け身でな く,積極的にそれを生か してい く 意味か らも 『もつ』 という言葉が適切だと思われる」
と記述 している. この2つの記述 は肯定する内容 は 対立的ではあるが,双方の言い分 はそれな りに論理 的で説得的な内容である. この対立する2つの記述 は,それぞれの様式 における 「解釈 ・肯定」の典型 例であるが,「文脈的解釈」に当た る記述で も, 秤 価 はしないものの同様の傾向が見 られる.
こうした対立的記述 は,実際の講義や研修会の場 において双方か ら提示 されている.それぞれ対立的 ではあるが論理的かつ説得的な見解が示されており, 受講者 は,一体,本当はどち らが正 しい主張なのか 考究せざるを得ない状況 になっていた. す なわち, 受講者には 「一体,何が本当なのか」「本 当にそれ
図3 質問2回答分類別人数構成
○ 20 40 60 80 tOD人魚
tt的■定 点件付せ元 帥 付着尭
香麦その他分有i1E附拒…tEEZEWZZZEEEEEEZEEaZEZZEZh耶r琵mⅧ l l 寮
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壬 l 妻 …
一 書 至 妻
図4質問2所属別回答分類構成比
秋田大学教育文化学部教育実践研究紀要
で よいのか」 とい う根本を正 そ うとす る批判的な思 考や態度形成が確認で きた.
②質問2に対する回答の考察
質問2に対す る回答の記述 を考察する.質問2は,
「障害がある」「障害を もつ」 とい う言葉 を区別す る ことの是非 につ いての質問である.質問2について は,回答記述 を 「積極的肯定」「条件付肯定」「条件 付否定」「否定」「その他」 の5つ に分類 した.第 1 の 「積極的肯定」 は,区別す ることを積極的に肯定 す る回答である.第2の 「条件付肯定」 は, ある前 堤 (前置 き)や条件 を述べた上で,最終的に区別す ることを肯定す る回答である.第3の 「条件付否定」
は, ある前提 (前置 き)や条件 を述べた上で,最終 的に区別す る ことを否定 す る回答 で あ る. 第4の
「否定」 は,区別す ることに対 して真 っ向か ら否定 す る回答である.第5の 「その他」 は,質問 に対 し て回答す るもので はな く,回答者 の思 いや関心 を述 べた回答, あるいは判断を保留 した回答などである.
まず,図3を ご覧 いただ きたい. 「積極 的肯定」
は83名 (学生50,院生15,教師18), 「条件付肯 定」
は63名 (学生33,院生5,教師25), 「条件付否定」
は28名 (学生14,院生8,教師6),「否定」 は52名 (学生36,院生9,教師7),「その他」 は50名 (学 生30,院生3,教師17)とい う結 果 にな って い る.
「積極的肯定」 は全体 の約30%,「条件付肯定」 は約 23%,「条件付否定」 は約10%,「否定」 は約19%,
「その他」 は約18%とい う比率で あ る. この結 果 を
考察す ると,全体 の約 1/3の者が 「積極的肯定」 で あ り,「条件付肯定」 と合わせ ると, 実 に半数以上 (約53%)の者が肯定的立場 を とって い る. これ に 対 して否定的立場 は80名 (約29%)で あ る. なお,
ここで質問1と質問2との関連 を考察す ると,質問
1で価値中立的な 「文脈的解釈」 だ った201名 の う ち106名が質問2に対 して肯定的立場 (「積極的肯定」
が58名,「条件付肯定」が48名) にな って い る こと が確認で きた. ちなみに,「文脈 的解釈」 か ら否定 的立場 を とった者 は56名 (「条件付否定」が21名,
「否定」が35名) とな っている.
さて,質問2の回答 について全体及 び所属別 に回 答分類 の百分率を示 した ものが図4である.所属別 回答分類 を見 ると,院生 の回答 において 「積極的肯 定」が約38%とな ってお り,学生 と教師 に比べ ると 大幅 に比率が高 い ことが確認で きる. さ らに, 「条 件付肯定」 について は,教師の回答比率が34.2%と 学生 と院生 に比べ ると高 い比率 にな って お り, 「積 極的肯定」 と 「条件付肯定」 を合わせて考察すると, 教師の比率が約60%と,学生や院生が50%程度であ
るのに比べると高 い比率 になっている. このことか ら も教師の権威 に従順 な姿勢 を読みとることができる.
で は質問2に対す る回答記述 を 1例ずつ まとめた もの と して表2を提示 す る. 「積極 的肯 定」 で は,
「NHKが そ う言 って い るのだか ら正 しい と思 う」
とす る記述 に見 られ るよ うに,質問文の権威付 けに 従 った見解や質問文 の文意 に従 った 「障害 が あ る」
と 「障害を もっ」 の評価 を回答 しているものもある.
表2 質問2の回答記述抜粋
分類 回答記述
積極的肯定 ○良いと思う.私は意識 して区別 したことがないのでよく分からないというのが本当だ が,NHKなどがそう言っているのだから正 しいと思う.(様式 1.学生)
条件付肯定 ○いかにも健常者的な論理だとは思うが (障害者がどういうような表現を望んでいるの
か根拠はないので)必要な配慮だと思う.(様式2.教師)
条件付否定 ○私は,星野富弘さんの 『かぎりなくやさしい花々』という本を読んだことがあります
が,その中で,星野さんは 「障害を持っているということよりもそれによって特別視さ れ,かわいそうだと思われることが一番つらい」と言っていました.そういうことを踏 まえて考えてみると,そういった方々は自分達をどのように呼称するかで議論 している 私達をきつと冷ややかに見ていると思います.こういうことで議論 している人々は,障 害を持つ方々を絶対特別視 しているし,だからこそ区別をつけることにこだわっている のだと私は思います.(様式2.学生)
否定 ○ 「もつ」「ある」の区別をつけることが必要かどうか分か らない.ただ,その前に
「障害」という言葉の表現自体が正 しいのかどうか考えてしまう.「害」 という表現は, 私はするべきではないと考える.(様式1.学生)
その他 ○とても難しいです.私自身何気なく使っている言葉が不快な思いをさせたり傷つけた
ここで は一部 しか紹介 で きな いが, この よ うな タイ プの回答 は多 い. 次 に, 「条件付肯定」 で は, 「いか に も健常者 的 な論理 だ と思 うが」 とい う記述 に見 ら れ るよ うに, まず,前 置 きを して様 々な配慮 を示 す が, 最終 的 に は文意 にそ った回答 を示 して い る. こ の タイ プの回答 は教 師 に多 い回答 で あ る (34.2%).
教 師 に は,一旦,対立 的見解 な どに も配慮 す る もの の文意 に従 った肯定 的見解 を述 べ る傾向が見 られ る.
「条件付 否定」 で は, 障害 が な い人 間 が本 当 に い る のか と疑 問 を呈 した回答, 「否定」 で は, 星 野 富 弘
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の著書 8)を例示 して 「あ る」「もつ 」 につ い て議 論 す る人 々を批判 す る回答 が注 目され る.否定 的見解 を述 べ た回答 の中 に は障害 を もつ方 々の著書等 にあ る記述 を取 り上 げた回答 や障害 を もつ 自分 の家族 の 例 を挙 げた回答 な どが散見 で きた.
③ 質 問3に関す る回答 の考察
質 問3は,筆者 が ア ンケー ト調査 の トリックにつ いて解説 した後 で, 受講 者 に感想 や意 見 を求 め た も ので あ るが,表 3は, その回答 を質 問1と質 問2の 表3 質問3の回答記述抜粋
回答記述 解釈 ・肯定
積極的肯定 解釈肯定 条件付肯定 解釈肯定 否定 文脈的解釈 積極的肯定 文脈的解釈 条件付肯定 文脈的解釈 条件付否定 文脈的解釈 否定 文脈的解釈 その他
解釈不能 条件付否定 解釈不能 積極的肯定 解釈否定 否定
その他 否定
①私はNHKという言葉だけで区別するということに賛成 したが,′実際話を聞いて本 当に問題なのは, "障害" という言葉にあることを改めて知 った.(様式1・学生)
②なるほど‑と思いました.文にそって解釈 しようとしていた自分の本心が出せない考 考方で した反省.(様式2・教師)
③大切なのは言葉の使い方ではな くどのように接するかである.障害者は必ず しも弱者 ではない.そう言われて私の中にある先入観の存在を知 った. もっと広い視野を持たな
くては.(様式1・学生)
④ どのような事柄に対 しても疑問や問題意識を持 って,向き合 うことが大切だなと感 じ ました.先入観に大 きく左右されることにも気づきました.(様式1・院生)
⑤ このアンケー トのシステムにまず驚いた.話を聞いて私達は流された教育受けている 場面があるか もしれないと思 う. これか ら教える側に立っことを希望する私達は,根本 的な理論を追求することが必要ではないだろうか.(様式2・学生)
⑥権威に惑わされたくないと常々思 っているのにア ンケー トに簡単 にひ っかか って し まって くや しいです.(様式2・院生)
⑦ この講義は本当に出てよかったと思 う.ま一先生のワナにはまった意見を書いたか も しれないが,考えがすごく共感できた.ありがとうございます (様式1・学生)
⑧先生の説明を聞いていて 「や られた」 という感 じが します.文部科学省やNHKとい いう公共性や権威のある機関に疑 うことな く信 じ込む典型例だ 私も現職である以上誤っ たことを教えるとたぶん生徒はその通 りだと何の疑いもなく覚えることで しょう.本当 かな,遵 うん じゃないかな,物事を批判的に捉える能力 と論理的に思考する力を伸長で きるように私自身がまず疑問を持 って対応することが必要であると感 じました.今 日の アンケー トはまさに言葉による錯覚で した.(様式2・院生)
⑨アンケー トの文を読んだときは,そうなんだと思 ったが先生の話を聞いて試 されてい ることを知 った. こんなことは初めてのことだ し,おもしろい授業の進め方だと思った.
(様式2・学生)
⑩ 日頃私たちがいかに先入観にとらわれているかが分かった.マニュアルが全て正 しい こととは限 らないことを学んだ. この経験をこれか らの生活に生か し,発想豊かな教師 になりたいと思 う.(様式1・学生)
⑪今までアンケー トというと質問の字面よりも内容のほうが大切で,質問の書 き方を気 にしたことはなかった. しか し,今回の2種類のアンケー ト用紙でほんの少 し表現を変 えただけで,答えの方向が変わることを知 り,驚いた.アンケー トは作 り方によっては 誘導尋問の様に答えを作 り上げることもできて しまうのだと分かった.そうなるとアン ケー トは一般の人の意見を広 く知るために有効な手段だと思 っていたが,それもあまり にもあてにならないものなのか もしれないと思えてきた.アンケー トは作 るよりも答え る方 も慎重にしなければならないと思 う.(様式2・学生)
⑫私は,井門先生が根本的に 「障害児」や 「特殊」 という言葉の意味を見直すべきだと 言 ったことに対 して 「そうだな‑」 と思いました.やっぱり, こういった議論の意義に 疑問を持ちました.(様式2・学生)
秋 田大学教育文化学部教育実践研究紀要
組合せによ り分類 した上で代表的な回答例 を抜粋 し た ものである9). これ らの回答 を一覧す ると,「障害 がある」・「障害 を もつ」 とい う区分 を肯定 した受講 者 も, これ とは逆 に否定 した受講者 も反省的かつ 自 省的な記述 にな っていることが分か る.
例えば,④ の回答では 「どのよ うな事柄 に対 して も疑問や問題意識 を持 って,向 き合 うことが大切だ な と感 じま した.先入観 に大 きく左右 され ることに も気づ きま した」 と記述 しているが,批判的思考や 態度 の必要性 を述べ, 自己の持っ先入観 について 自 省 していることが確認で きる. また,⑧ の回答か ら ら,「文部科学省」や 「NHK」とい う言葉 を権威 と して受 け止 めて,記述内容 を信 じ込んで しまった自 分 自身 を反省 す る もの とな ってお り, 「本 当か な, 連 うん じゃないかな,物事 を批判的に捉 え る能力 と 論理的 に思考す る力を伸長で きるよ うに私 自身が ま ず疑問を持 って対応す ることが必要であると感 じま した」 と,批判的思考 の必要性 を述べている. この 他,回答⑪ に見 られ るよ うに, ア ンケー ト自体 に対 す る批判的な見方 の重要性 を述べた もの もあ る. こ のよ うな気づ さは講義 のね らいか らして重要 な気づ
きである.
表3は回答 の一部 を提示 した もの に過 ぎな いが, 全回答を確認 して も,後述す る一例 を除いて,すべ ての回答 に批判的思考 ・態度や 自省的 ・反省的態度 の必要性 を記述 していることが確認で きた.
4.結論
以上,本論で は,教師の批判的思考力を育成す る ためのア ンケー ト教材 の開発 と実践について論 じた.
本教材 は トリックによ り,暗黙 の前提や 自明性への 問いを促す教材であ り,認識 の相対化 を行 わせ る教 材で もある. この教材 による学習で,受講者 にはい かなる権威的発言 も鵜呑みにす ることな く,物事 を 本当にそ うなのか と問 い正す思考力や姿勢 を身 に付
けさせ ることをね らいとした.
これまでの論述 によ り,筆者 の開発 したア ンケー ト教材が反省的で批判的な思考力や態度形成 を促 し ていることが理解で きよ う.本教材 はあ くまで も批 判的思考力や態度形成 を促すための導入的教材であ る. それゆえ, その後 の講義 において も批判的思考 力や問題解決力等 を育成す る教材が必要 な ことは言
うまで もない.
さて,本教材 による講義 に対 してた った一人 だけ
「気分 を害 された と思 う人がいるのではないかと思 っ た」 と記 している学生がいた. この学生 は質問1及 び2に対 して図を交えなが ら積極的に肯定す る記述 を していた.恐 らく,一所懸命 に回答 したのに, と い う思 いがあ ったのだろう. こうした トリックによ る教材 は, いわば編 しのテクニ ックであるか ら,多 分 に倫理的問題 を含 んで い る. しか し, 医療 で は
「偽薬」 の効用 もある.教育 の分野 で もジェー ン ・ エ リオ ッ トの 「青 い目 ・茶色 い目」の授業のように, 差別 と闘 う子 ども達 を育成す るために, あえて 目の 色 による差別体験 を実施す るとい う方法 もある.本 教材 もこうした系列 に属す る.筆者 は講義 の初回 に 本教材 を用 いているが, その後 の講義 において は批 判的思考や問題解決力を育成す るための教材 を配置 し,受講者 に講義 のね らいを充分 に説 明 して い る.
また,受講者 との対話 を大切 に し良好 な関係づ くり を図 っている. こうした手続 きによ り,倫理的問題 を ク リア しているのである.
本稿 の内容 につ いて は, 日本社会科教育学会第51 回大会 において発表 した9). その時 の質疑 で, 前 回
も筆者 の発表 を聞 いた とい う学生 が意 見 を述 べ た.
障害 を もっ家族がいるとい うその学生 は,司会者 の 言 によ り 「障害を もつ」 は差別語 だ と思 い込んで一 年間を過 ごして きた との ことだ った. あの発表 の場 にいた人 々が どのよ うな理解 を したのか懸念 される.
それだけに,筆者 の責任 と して,本教材 の開発 と実 践 の公開を広 く行わなければな らないのである.
註
1) この発表内容 の概要 につ いて は, 『日本社会科 教育学会第50回全国研究大会発表要 旨集録』(2000 年)参照の こと.筆者 の発表 は,2000年10月15日
に行 っている (於 :筑波大学).
2)当 日の司会者 は2名 いた.当該司会者 は高野尚 好氏 (当時 :筑波大学,覗 :帝 京大学) で あ る.
高野氏 は, 旧文部省 に在籍 した経歴がある.
3)特 に,社会的弱者 とされ る人 々に対 して差別的 発言 を行 ったので はないか と疑念 をかけ られた場 合, その段階で,疑念をか け られた者 は社会的な 非難 を浴 びやすい.発表 の場で筆者が真 っ向か ら 反論 しなか ったのは,確固たる証拠 を持 ち合わせ てお らず,事実確認がで きないか らであ った. こ
うした対応 は,危険性 を避 けるための防御であり,
「条件付 き訂正」 を行 ったの も, その場 にお け る
最善策 と判断 したか らである.
4)NHK及 び文部省 については, 学会発表 の翌 日 2000年10月16日に電話 による調査を行 った.文部 省の担当者 の話 によれば, 文部省文書 におけ る
「障害を もつ」 に批判が寄せ られたために 「障害 がある」に統一 したということだ った. また,筆 者 は,本校の障害児教育及 び国語教育の研究者 に も見解を求めた (同16日).障害児教育 の研究者 は,障害児教育ではそ うした議論 は多 くはない も のの 「ある」を使 う傾向にあると述べた.ただ し,
「障害」 については,「障碍」(「碍」 は支え持っ と いう意味)を使用す る研究者がいるとの ことだ っ た.国語教育の研究者 は,「もつ」 は所持 す ると いう意味があるため,障害を意図的にもつ という 意味で問題 とされるのだろうと述べつつ も,言葉 狩 りにな りかねないとの見解を示 した.
5)学会の研究発表 という場 において, このような 根拠のない誤 った見解を一般化 させようとした司 会者 には,研究者 としての責任 と資質が問われる.
筆者 は, この一件 に関 しては日本社会科教育学会 に対 して司会者 に発言の訂正 と謝罪を求める要望 書を提出 した.
6)「『障害がある』が正 しい」とす る見解 は,特 に 教育現場 の指導的立場 にある教師に流布 している ようである.筆者 自身, この件 について多 くの教 師に話を聞いているが,指導的な役割を果た して いる教師は,「ある」が正 しい と考 えて い る場合 が多 い.恐 らく,文部省文書や研究会の場などか
ら, そ う判断 しているもの と思われる.
7)データは全 て コ ンピュー タ (使用 ソフ ト 『桐 ver.8』)で処理 している.
8)星野富弘,1986年,『か ぎりな くやさ しい花々』
借成社. この他,否定的見解を示 した者 は,乙武 洋匡の 『五体不満足』 など障害者の方々が執筆 し た本を読んでいる場合が多中 った.
9)質問1と質問2の回答を組合せ分類 したところ 以下の16分類 となった.「解釈 ・肯定」「積極的肯 定」,「解釈 ・肯定」「条件付 き肯定」, 「解釈 ・肯 定」「否定」,「解釈肯定」「その他」,「文脈的解釈」
「積極的肯定」, 「文脈 的解釈」「条件付 き肯定」,
「文脈的解釈」「否定」,「文脈的解釈」「その他」,
「解釈不能」「積極的肯定」,「解釈不能」「条件付
き否定」,「解釈不能」「否定」,「解釈不能」「その
他」,「解釈否定」「積極的肯定」,「解釈否定」「否
16
定」,「その他」「積極的肯定」,「その他」「否定」.
10)筆者の発表 は,当学会で2001年9月23日, 自由 研究 Ⅱ ・第4分科会で行 った (於 :上越教育大学).
Summary
Thepresentpaperisaninterimreportofapro‑ jectdeveloplngaSetOfteachingmaterialsand methodsofcriticalthinking skillsforteacher traineesofAkitaUniversity.Thepaperisdivided intofoursections.Thefirstsectionexplicatesthe importanceofteachingcriticalthinkingskillsto thosestudentswhowishtobecomeschoolteachers inthefuture.Thesecondsectionpresentsasetof materialsthatwerespecificallydesignedforthis purpose.Thethirdsectionreportsanattemptto employthematerialstothestudentsonanexperi‑ mentalbasis.Thefinalsectionconcludesthepaper byposlngaVarietyofproblemsthatwereidenti‑ fiedintheprocessoftheexperiment,alongwith asetofsuggestionstohelpsolvetheproblems. KoyWords:TeacherEducation,CriticalThinking,
ReflectionTrick
(ReceivedJanuary22,2003)
秋 田大学教育文化学部教育実践研究紀要