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学校における教育研究について(1)

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(1)

学校における教育研究について(1)

関   勤

(1981年10月29日受理)

は  じ  め  に

今までに,「学校における教育研究」という主題に関連する論述を試みたことは二回しかない。

一回目は,昭和52年11月,茨城県教育研究会報に「教育実践の創造性と教育研究」1)という表題 で,教育現場においては,教育の実践活動そのものが不可避的に教師の創造性と教育研究とを要請 するのだ,という趣旨のことを,みじかく書いたのである。二回目は,昭和55年11月,本学部教 育研究所紀要に「公開保育の意義と重要性  幼稚園や保育所の研究発表会はなぜ必要か一「」2)

という主題で,幼児保育施設において,実際保育を公開することを柱とした研究発表会をおこなう ことの意義と重要性(必要性)を述べたのである。これは,特に保育所における公開保育の認識を あらためることを意図していた。

さて,この主題にいうところの学校というものの範疇を,幼稚園,小学校,中学校などに限定す る(大学は別)とすれば,私は,学校における教育の実務経験,教育研究経験にきわめて乏しいも のといわなければならない。昭和21年4月より満3年間の公立小学校教諭(学級担任)の経験と,

昭和51年4月より満4年間の,本学教育学部附属小学校長・幼稚園長のわずかな経験を有するの みであって,あとの相当長い年月を大学の研究室において,いわゆる教育実践・教育現実が要求す る厳しさとはかなりへだたりのある生活をすごしてきた。したがって,この主題について何かもの を書くというには,その素養も経験も認識も,まことに資格不足というほかはないように思う。

にもかかわらず,今回,あえてこの主題に挑戦しようと決意をしたのは,わかっているから書く というのでなく,わかるために書く,という気持にささえられてである。清水幾太郎氏は,「表現 することによって理解する」3)ということについて,三木清の「習作」の例をあげて語られている。

また,哲学者の下村寅太郎氏は,言葉と思想との関係について,「我々は思想があらかじめ存在し ていて,それを言葉で表現するように思っているが,実際は言葉で思想を形成するのである。言葉 によって初めて思想は形をとるのであって,言葉に表わされない思想はいまだ単に渾沌であって,

いまだ思想ではない。言葉は思想の表現の単なる道具でなく,思想を形づくるハンマーである」4)

と述べて,言葉の使用によって初めて思想が形成されることの重要性を説いている。わかるために 書くのであり,表現する(書く)ことによって理解しようとするのであり,自分の渾沌たる想いを 言葉であらわして思想を形成しようとするのである。「学校における教育研究」について,このよ

うな考え方を適用してみようと思う。

1 学校における教育研究について感じる問題点(研究の積み上げということ)

大学の研究室における教育研究とおもむきが異なり,学校現場における教育研究がいかに容易な       

g

(2)

らざるものであるかは,たやすく察しがつく。日中ほとんどの時間は,幼児,児童,生徒にたいす る保育や教育指導に忙殺される。わずかの明き時間を利用して事務的な仕事をする。各種の会議,

打ち合わせが放課後おそくまでつづけられる。いきおい,子どもの各種の作品の点検や家庭への連 絡通信のたぐいは,家庭へ持ちかえって処理せざるをえない,というのが実情であろう。そこへも ってきて,教育研究をするという。考えようによっては,まさに難行苦行である。完全に行われた としたら神業に近いだろう。

最近,その学校現場における教育研究は,まことに活発であり,学校単位で,あるいは,地域単 位で,各種の問題についてさかんに行われている。そのこと自体はのぞましいことなのだが,その 成果について考えるとき,問題を感じる。もちろん,「ないよりはまし」(lt is better than nothing.)

という諺どおり,やらないよりはましだ,もたないよりはましだ,という考え方もある。それはそ の通りだが,しかし,やる以上は,よりよく成果をあげた方がいい,にきまっているだろう。

そこで,無理を承知のうえでいうのだが,学校における教育研究について感じる第一番目の(あ るいは,ほとんど唯一の)問題点は,研究の積み上げということに関することである。感じるとい ったのは,実態調査の結果などによる発言ではなくて,なんとなくそう感じる,そう実感している というほどの意味である。学校における教育研究においては,この研究の積み上げということがあ まり配慮されていない,と私は思っている。この点について,以下,1.教育研究について先行の 理論や経験に学んでいるか,2.研究の方法を明確にする努力をしているか,3.研究記録(業績)

や研究資料の蓄積と交流がはかられているか,の三つに分節して叙述してみようと思う。

1.教育研究について先行の理論や経験に学んでいるか 学校の研究史

おそらく,教育研究を実践しているほどの学校であるならば,学校の研究史という記録が保存さ れていて,年度毎にどのようなテーマのもとに研究を実行してきたのか,そのあゆみがたどれるよ うになっているにちがいない。もすこし整備された研究をしている学校では,研究発表会の要項や 研究紀要が保存されていて,その学校の研究の歴史が相当くわしく反省することが可能になってい ることだろう。私が,教育研究について先行の理論や経験に学んでいるか,というとき,どうせ教 育研究をやるという以上は,せめてこのぐらいのことは,ミニマムなこととしてやってほしいと思

っている。自分たちは,どんな主題で,どんな内容を,どんなやり方で研究をつづけてきたのかも,

明白にできないとしたら何が研究だといいたくなる。自分たちの過去のあゆみを確実に,明白に認 識することから研究は初まると思うからである。その学校の研究史をみれば,比較的長期的な研究 の展望をもっていて,年度年度の研究がそれに統一され,研究が積み上げられているかどうか,あ る程度推察できるであろう。

理論的・実践的な教育研究の遺産

しかし,私の本音はそのさきにある。教育研究において,自分の学校の過去の経験の蓄積に学ぶ

のは,もとより当然であるが,さらに拡げて,自分たちの当面の課題について,今までにどのよう

な理論や経験が蓄積されているのかを調査検討して,参考にすべきであると主張したい。この点を

まったく配慮することなしに研究をすすめたとしたら,研究の積み上げという観点からみれば,そ

の研究は,主観的な,恣意的な,試行錯誤的な研究というほかはない。参考にすべきものがないな

らば,ないということを一応確認してから.研究に出発すべきである。先人たちの理論的・実践的

(3)

な教育研究の遺産を尊重し,継承し,発展させることと,自分たちの研究を接続し結合することが,

もっとも多産的な研究結果を産みだすからである。無からの独創性だとか,創造性だとかというこ とを私は信じない。ノーベル物理学賞の湯川秀樹氏や朝永振一郎氏にしても,量子力学に関する先 行理論をみっちりと勉強しきって,あげくのはてに,自分の独創的な発見にたどりついたというの が真相ではあるまいか。このような学界の巨人の例ではなくて,教育界にいるもっと身近かな人の,

理論や経験に学んでいる例をひいてみよう。

大村はま氏

すぐれた女性教師である大村はま氏は,自分の研究授業の体験記のなかで, 『具体的には,私は 毎月一回研究授業をしているのです。それも,今までうまくいったことをやってもしかたがありませ んのでこういうことをやっています。みなさんもお名前をご存じでしょうが,東京教育大学に倉沢 栄吉という教授がいらっしゃいます。そこにたくさんの内地留学のかたがみえています。だいたい 15人ぐらいも来ておられるんですが,私はそのかたがたのためにサービスしているわけではあり ませんけれど,おいでいただいて,毎月研究授業をしているのです。今のテーマは,「読書指導」

で,今年で5年目になりますが,こんなふうにやっています。倉沢先生のような忙しいかたや,地 方のベテランをお迎えしての授業ですから,今までやってみたことはけっしてやらない。それから 既存の教材はけっして使わないんです。目標に対して,どこかの何かの本にある一行のことを実践 に移してみるわけですが,たいてい倉沢先生などの著書から一行とって,「そこにこう書いてある ことを実践しますと,こうなりますが,いかがなものでしょうか。」というのが私の研究なんです。

かならず教材は新しく発掘して使います。だれも使ったことがない,教科書なんかにはもちろん載 っていない,そういう新しい教材を用意します。方法も,自分として今まで一度もやったことのな い方法を開拓してやるわけです。ひと月の間の苦しみはたいへんなものです。』5)と語っている。

この引用をかりて,私が特にいいたいことは,大村氏が, 「そこにこう書いてあることを実践しま すと,こうなりますが……」というように,自分の研究授業の実践と学者(この場合は倉沢栄吉教 授)の理論とを結びつけようと努めていることである。理論を学び,理論を仮説的な出発点として,

実践を展開し,理論と実践とを相互作用させようとしていることである。

高田亘氏の尊敬するK校長

つぎに,高田亘氏は,「校長へのひとこと」という連載のなかで,自分がかって仕えたK校長が いかに理論のうらづけをしっかりやった人であったか,という思い出を,『学校で研究のテーマを きめる時などは,そのテーマだけに一,二か月はかかった。「自主性」そのひとことに,各界の見 識者の解釈を,ほとんど集めてこられるのである。しかも,その解釈を通して,現在では,どこが まだ解明されていないか,心理学的には,どう扱われているかなど,その理論のうらづけをしっか りしたあとでないと,研究を進められない。この慎重さはなみのものではない。時にはへき易して しまうこともあった。けれども,今になってみると,安易に取組み,はいまわった末に,徒労に終 わるよりも,基礎をきちんと固め,値打ちある研究をつくり上げたいという高い理想から生まれた

ことに気づく。』6)と述べている。K校長は,さぞやすぐれた教育者であったのだろうし,そのよ うに理論のうらずけをしっかりやる校長に指導された学校の教育研究は,きわめて水準の高い成果 をあげたにちがいない。

倉橋惣三氏

なお,百年以上におよぶわが国の幼児教育の歴史のうえで,最大のかがやかしい名前7)として称

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揚される倉橋惣三氏は,その著作『子供讃歌』において,われわれがペスタロッチやフレーベル等 の大教育者に学ぶものはなにか,ということについて,「大教育者に感謝するのも同じではあるま いか。われらが自分で見つけることのできない『子供』を見つけさせてもらうのである。そこで,

大教育者への礼讃はその奥底においては,子供への礼讃に至り着くものでなくてはなるまい。大教 育者たちは,いわば偉大なる『子供讃歌』の歌い手,歌の主である。われらが大教育者の言を借り るのは,われわれの独力では歌えない詩を,大詩人の詩で,歌わせてもらうのと同じことであろう。

つまり子供の見方,子供の感じ方を教えてもらい,助けてもらうだけ(そのだけが大きいが)のこ ●  ●

とに他ならぬではなかろうか。われらは謙虚に大教育者に学ぶが,いつまで人の力によるのかと,

大教育者たちに叱られるかも知れない。一が学ぶべきこと,感謝すべきことが,古人の古くして 新しいものに多く存在するのを忘れることはできない。」8),とこう教えている。この倉橋氏の叙述 には,われわれがペスタロッチやフレーベルなどの大教育者の業績に学ぶべきことの根本義が,こ のうえなく美しく明確に示されている。この人たちは教育における天才,稀有の洞察力のもち主で,

生きた時代の古さとはかかわりなく,子どもとは何かの真実を,把握していた人たちである。その 業績に触れ,その真意を把握することによって,われわれは,自分の貧しい力で見つけえない,子 どもを,子どもの見方,感じ方を教えてもらうのである。われわれは,おそらく,今後何百年の後 までも,あるいは,永遠に,かかる天才から学びつづけねばなるまい。

富田竹三郎氏

教育学者の富田竹三郎氏は,芸術教育における模写が,当時,無視されていた現状に疑問を感じ,

つぎのように書かれているが,それは,われわれが古典を学ぶことを軽視したり,先賢の業績から 学ぶことを無視したりすることに疑問を感じることと,同じ道理のことのように思われる。「疑問

の一つに模写ということがある。以前からそうではあるが,敗戦後の新教育では,模倣ということ を全く否定してきた。そして,子どもが何の気なしに書きなぐった,いびつな形が,芸術的ねうち をもつもののように言っているようだ。このことがわたしには,どうしてもわからない。二十四年の秋 に大観の画を見た。この巨匠は若いとき,おびただしい古画の模写をやっていた。狩野派などの山 水のものもあったが,とくに仏画の模写の多いのには驚いた。今の日本画では,この模写というこ とが無意味なことになっているのだろうか。博物館などで時々ガラス越しに古画をうつしている画 学生をまま見受けたものだが,これはどういうつもりのものであろうか。もちろん私は,それでも

って,創作の代りをさせるなどというのではない。ただ私は,鑑賞のための模写をさしてもいけな いのだろうか,と問いたいのである。普通の人にとっては,芸術は鑑賞理解という面での接触が特 に多いことを思うと,特にそういう考えになるが,どういうものであろうか。」9)。芸術教育にお いて,創作の基礎として模写が大切ではないかと富田氏は説いているのだが,教育学者の氏のこと だから,教育実践・教育研究においても,先行の理論や経験に学ぶことの重要性を,ちゃんと意識 されての発言に思えてならないのである。

北尾倫彦氏

「自ら考えることの心理学」において,北尾倫彦氏は,論文原稿の書き方における創造性と借り

ものの知識との関係を,「われわれが実験を企画したり,論文を書いたりする場合には,この創造

的思考が特に必要となる。筆者がこの原稿を書いているときにも,自ら考えながら筆をとっている

ことは間違いなくいえるが,どこまで創造的思考の産物であるかは疑わしい。第一に,この原稿の

テーマは編集部から与えられたものである。また第二には,本稿でとりあげた研究や理論は筆者自

(5)

身のものではなく,借りものである。ただ,筆者が自ら考えたことは,それらの借りものの知識を どのように配例し,いかにしてテーマに添った論旨をつくりあげるかという点にすぎなかった。」10)

と述べている。ここには,論文原稿を書く際における創造性と借りものの知識との関係が,リアル に描き出されていて,著述のメカニズムを示すものとしておもしろい。自ら考えたことは内容の配 列と論旨の構成だけである,と明言されているが,これは私の論文原稿の執筆のときも全く同様で ある。先人たちの残してくれた貴重な文化的・歴史的遺産に学ぶことをしないで,独創性だ,創造 性だと叫んでも,徒労におわるにきまっていると思う。

教育研究における歴史的意識(感覚)の重要性

これまで,私は,学校における教育研究の場合でも,研究の積み上げということを本気でいうな ら,先行の理論や経験に学ぶべきだ,と述べてきた。そのことは,一般化すれば,教育研究におい て,歴史的意識を重視すべきだ,ということにつながることであろう。

ジョン・デューイ(アメリカの経験主義の教育学者1859−1952)は,学校における歴史教育の 意味について,「過去の知識は現在を理解する鍵である」11)と述べたり,また,「過去を知ること によってのみ,現在を知りうる」12!あるいは,人間の「経験は,それが,過去に関連し拡大され るその度合に応じてのみ,将来に拡大されうるのである」13)といっている。現在を認識し,未来を 予測するために,過去の歴史の把握がどれほど重要な意味をもつことか。われわれは,過去につい て知る拡がりと深さとに応じてのみ,未来について知る拡がりと深さとを獲得するのである。また デューイは,「過去の事件は生きている現在と切り離すことができないし,また,現在においてこ そ,その意味をもっている」14)という認識から,歴史というものの真の出発点は,常に問題を抱え た現在の状況であるというのである。さらに,かれは,発生学的方法(genetic method)の原理に ついて,「ある複雑な結果を洞察する方法は,その結果の形成の過程を追究すること  その結果 の成長の連続的諸段階を通して,その結果をたどりゆくということ  である」15)と説明しでいる。

同じ原理は,また,「すべての係争点(問題)の本質は,それがいかにして生じたかを知るのでな い限り,理解されえない」16)ともいわれている。今日,われわれが当面する教育問題も,突如とし て無から生じたものではない。基因と条件と過程があって今日の姿にいたっている。形成過程を知 ることなしに,問題の本質を把握しえないのは当然である。また,「既知の知識を整理して未知な るものの所在をあきらかにする」17)ことは,研究の過程の出発点・第一歩である。

教育研究における歴史的方法のもたらす利益

宗像誠也氏は, 『教育研究法』において,上記について,グッド(Good)らからの引用として,

一.歴史的知識は先入見から解放する。すなわち,学校の仕事はともすれば伝統になずみ,教師 や教育行政官の仕事の性質は,慣習的なしきたりに捉われ易いが,正しい歴史的知識はそれへ の批判を可能にする。

二.歴史的知識は一時の流行から守ってくれる。したがってそれは正しい教育改善の前提である。

三.現在の多くの教育問題は,その起源と沿革とが明らかになった時初めて偏りなく眺められ得

る。

四.歴史的知識によって,今日複雑に発達・した教育の構造を,その簡単な元の形からの発展とし て理解することができる。

五.歴史的研究は,教育を,過去の失敗から救い,過ちを再度犯さないように守るものである。

六.歴史的研究は,過去の偉大な研究者や教育者の仕事に対する尊敬を呼び起す。18)

(6)

と叙述している。宗像誠也氏の説くところも,デューイの説くところも,その本質においては,ま ったく異なるところはない。犬養道子氏がいわれるように,「その歴史を知ることかくも乏しく,

なお,自分は今日を語ろうと言うのか。愚の極み。」19),ということは私の実感でもある。専門の 研究者でない,実践者としての教師の歴史研究は,自分の教育実践にかかわる課題の解決のための 補助としてであることは,あらためていうまでもないことである。

2.研究の方法を明確にする努力をしているか

私は,研究の積み上げということを意識した教育研究ならば,積み上げを可能にする条件づくり のためにも,研究の方法をできるだけ明確にしておく必要があると考える。しかし,方法論の必要,

不必要ということについては,種々の論議がある。「歴史研究入門』の著者,シャーマン・ケント は,率直に,「研究の最良の方法を論ずることは無益である。研究者が各自,自己流のものを伸ば すべきである」20)と述べており,また,川島武宜氏も「しかも,当時の私のような若い者には,ま ず方法論を考えてそれからこういう具体的な問題を研究するということはなかなかできないわけで して,むしろ,こういう具体的な問題を研究するうちに方法的なものもだんだんわかってくるとい うのが,実際だと思うのです」21)といわれて,方法論に特に留意していない態度を示されている。

また,湯川秀樹氏も,大塚久雄氏との対談において, 「そこで研究法論というか,方法論という ことになりますが,実は私自身は,ほとんど方法論ということを,考えませんでしたね。つまり方 法論というものだけでは,何事もなし得ないという意識が強かった。……研究をやっている以上,

そこにおのずから方法論があるだろうし,また方法論を整備しておくのはけっこうだけれども,し かし確実なのは,方法論だけが独り歩きするということはけっしてない,立派な方法論をおっしゃ る人は,研究者としての,その人の体験がそこにあるから,その方法論も立派だということでしょ う」22)と話されている。

これら学問の各分野の碩学たちの,具体的な問題を研究することとはなれて,別個に方法論のみ をあげつらうことの不毛性,無意味さの指摘は,よく理解できるし,私もその通りだと思う。具体 的な問題の研究と,その研究方法とは不離不即に結びついているのだ。しかし,そのことは,研究 の方法について無関心であっていいとか,そのほうが望ましいとかは決して意味していないと思う。

むしろ,私は具体的な問題の研究を本気で,みのりあるものにする心がまえで実行するなら,研究 の方法をどう工夫したらよいかということが,自発的に出てくるはずだと思う。無関心でいられな

くなるはずだと思う。

桂寿一氏は,常識的な知と科学的な知との区別について, 『常識的もしくは科学以前的な知と科 学的知とは,いかなる点で区別されるかを考えてみようと思う。これも厳密には「認識論」や「科 学論1で扱うべきことがらであろうが,ここでは簡単に次の点をあげることができるであろう。常

      ●   ●  ●   ●      ●   ●

ノ或る心構え,用意が準備され,かつそれを意識している知であるということである』23)と述べら れている。この所説は,さらにつづいて,『常識的な知もやはり何らかの準備があると言わなけれ

       ●   ●   ●  ●

ホならないであろう。しかしそれはこの心構えや準備を意識して,これに従って知ろうとすること

とは同一ではない。現実のどこに注目し,どのような方針,どのような手続きで知るかを,あらか

じめ心得て知る,そこに極めて広い意味で科学的な知の特質があると思われるのである。このよう

に観点・方針・手続きを意識している知を,仮りに「方法的な知」と呼ぶことにする』助と展開せ

られ,科学的な知,すなわち,方法的な知の特質を明らかにされている。氏は結論として,「肝心

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なことは,それらの観点や手続きがそれぞれの科学にとって,ほぼ一定しているということである。

と言って言いすぎならば,少なくとも一定していることを理想とする。そして実はかように観点や 手続きが一定していること,即ち広義の方法が定まっているという点に,科学的知識の長所が成り 立つと考えることができるのである」ゐ)と述べられ,科学的知識のもつ客観性は,この科学の方法 性ということと深い関連をもっており,逆にいえば方法が不安定の場合には,その科学の知識がも つ客観性は,劣るものだということができるとされている。

教育の研究が,いつまでも常識的な水準,しろうとの水準にとどまっていてよいというなら,問 題はない。しかし,科学的なものに,少なくとも科学的なものにより近いものに,したいというな

ら話は別である。方法の問題を意識し,明確にする努力が,いっそうなされるべきだと思う。

3.研究記録(業績)や研究資料の蓄積と交流がはかられているか

私は,記録は研究の生命だと思っているが, 『知的生産の技術』で有名な梅樟忠夫氏も,研究に おける記録の意味について,「しかし,とにかくもそれが記録にとどめてあったことによって,無 意味な二重発見をチェックすることもできるのである。もしこれが,なんにもかいてなかったら,

わたしは毎日大発見をしたような気になっても,じっさいのわたしの知的活動の内容は,何年もま えとおなじところで足ぶみしているのかもしれないのだ。かいておきさえすれば,まえの発見が,

つぎの発見のためのふみ石になって,しだいに巨大な構築物にまでつみあげることも可能なはずで ある」%)と記されている。さらに,氏は,どんな経験も「記録」がなければ,それはまったく無価 値だ一すくなくとも科学としては無価値だ一という思想のこと,科学の手順のなかには,いさ

さかこっけいなほどの「記録」の尊重がみられることの事実にっいて述べられているが,教育の研 究においても,この点は重要であろう。

前記の宗像誠也氏は,「教育研究の業績の集積が重要であるということ。つまり証明された知識 或いは少くとも役に立つ知識が,みんなの努力で少しでも増して行き,それがまたみんなの共有の 財産になるようにしなければならない。研究が無意味に重複したり,または共同してやれば解決の 早い問題がばらばらに孤立的に不生産的にやられていたりするのはつまらないことである」勿と,

研究の組織と連絡の必要,研究の結果や情報の交換の緊急的な重要性を主張されている。氏は,さ らにまた,「現場の教師の貴重な工夫や経験が大切に記録され,それが組織的に集められ,その情 報が交換され,こういうようにして共有の知的財産が殖やされねばならない。私は実際よく考える のだが,現在だけでも数十万,代を重ねれば直ちに数百万にも数千万にも達するはずの教師が,程 度の差こそあれ各々工夫し研究した貴重な結果が,注意深く集積されていたら教育は非常に進歩し ただろう。それが単なる孤立した体験として個人と共に散逸してしまうのは思えば恐ろしい程の損 失だ」捌と述べて,日本において研究の組織化が行われないために,研究結果がいつまでも集積さ れず,また共有の財産にならず,さいの河原の石積をくり返さなければならぬことを嘆かれている。

氏は,この仕事を,文部省か,教育研究所連盟か,教育学会かがやることを願望しておられたが,

私は,とりあえずは,このことの必要性を,現場で教育研究にあたる一人ひとりの教師が自覚する ことが前提だと思っている。各学校において研究にあたる教師集団が自覚することが基本だと思う。

そして,実践しつつ研究する教師の一人ひとりが,各学校の教師集団が,みずからの能力でできる

範囲で,このことを実行すべきだと思っている。

(8)

1)拙稿「教育実践の創造性と教育研究」『茨城県教育研究会報』第29号,1977,pp.2−3。

2)拙稿「公開保育の意義と重要性」r茨城大学教育学部教育研究所紀要』第13号,1980,pp.113−120。

3)清水幾太郎『わが人生の断片(上)』 (文芸春秋,1975),p.253。

4)下村寅太郎『西東心景』 (北洋社,1977),p.213。

5)大村はまr教えるということ』 (共文社,1973),pp.22−23。

6)高田亘「校長へのひとこと」r学校運営研究』Nα186(明治図書,1977),p.98。

7)坂元彦太郎『倉橋惣三・その人と思想』(フレーベル館,1976),p.176。

8)倉橋惣三「倉橋惣三選集第一巻(子供讃歌)』 (フレーベル館,1965),pp.224−225。

9)富田竹三郎「模写」『東京教育大学教育学会会報』Nα10,1954,p.4。

10)北尾倫彦「自ら考えることの心理学」『児童心理』第32巻第2号,1978,p.12。

11)よDewey,加mocrαcッ飢d E伽cαεεoη(The Macmillan Company,1916),p.251。

12)よDewey,翫pθr eηcθαπd E伽cα oπ(The Macmillan Company,1938),p.93。

13)Ibid., P.93。

14)Dewey,1)εmocrαcンαπ4 Edωcα oη1, p.251。

15)Ibid., P.251。

16)Dewey, Eκper eπcθαηd Edαcαε oπ, p.94。

17)梅樟忠夫「現代の学問の諸分野の見取り図」『筑摩総合大学内容見本』 (筑摩書房,1969),p.7。

18)宗像誠也r宗像誠也教育学著作集第1巻』 (青木書店,1974),p.144。

19)犬養道子『マーチン街日記』 (中央公論社,1979),p,17。

20)シャーマン・ケント著(宮崎信彦訳)『歴史研究入門』(北望社,1970),p.3, p,49。

21)川島武宜「ある法学者の軌跡」『書斎の窓』(有斐閣,1972,9月号),p.2。

22)大塚久雄『生活の貧しさと心の貧しさ』(みすず書房,1978),p.291。

23)桂寿一r哲学概論』 (東大出版会,1969),p.15。

24)同書,P.16。

25)同書,P.20。

26)梅樟忠夫『知的生産の技術』 (岩波書店,1969),p.28。

27)宗像誠也『教育研究法』(新評論社,1954),p.36。

28)同書,P.38。

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