[資料紹介] 戦后におけるアメリカの市場構造
その他のタイトル [Material] The Study on the Structure of
American Pos‑war Market : A critical analysis of 1955 dt
著者 瀬尾 芙巳子
雑誌名 關西大學商學論集
巻 1
号 4
ページ 380‑413
発行年 1956‑11‑10
URL http://hdl.handle.net/10112/00021866
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の委嘱を受けて執筆し︑一九五五年に同基金
より発行せられた
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の権威ある北米合衆国の公式統計浚料を収録し︑一︱四八
頁に上る湛大な統計集であって︑一七六頁の
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の表
たちのある程度の理論と主張・展菫を含んでいて極めて多岐に
わたる総括的で便利な書物である︒本書は︑ケインズ的思考の
影響の下に書かれているが︑特殊な問題についての研究書では
なくてむしろ経済部門の百科全書的な概説書である︒にも拘ら
ずそこに収録された豊富な資料と執筆者たちの一定の主張は読
者にとって興味ある分析の対象となり得る︒一言でいえば︑本
書の意図するところは︑北米合衆国の九大な生産力の誇示であ
り ︑
﹁その生産を大きく増大させて充分な生活手段を誰にでも
(2 )
充分に利用しうるようにする﹂という第一目的が既に達成され と︑三五1
一の
本文
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表と
一
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五の図表を含み︑しかも執筆者瀬 尾 芙 巳 子
戦后におけるアメリカの市場構造
一 資 料
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紹
介
戦后におけるアメリカの市場構造︵瀬尾︶
七六
381
戦后におけるアメリカの市場構造︵瀬尾︶ 珊
家 恵 労 働
珊 住 宅
IV V
第二部消費需要
袋料︑煙草︑及び飲料 衣料︑及び附属品︑日用品
自然資源
VI 1[
人口成長 産出高︑所得︑及び支出
I I ー 第一部 たことについて︑戦後一
0
年におけるアメリカの地位の決算を しようということであった︒本稿では本書の内容︒資料の紹介 をかねてこれらの点につき分析を試みたい︒
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在の社会経済的問題についての﹁科学的研究と公衆教育﹂
を目的とし︑﹁賢明で有利な﹂政策形式に資しようとする︒
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による本書の序文より︒
本書の構成は左の通りである︒
基礎的趨勢 戦争とその余波 趨勢と計画
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によって創立されたもので︑現
は一九一九年
農業生産能力 工業生産能力
技術:•主要な資源
生産性⁝福祉への鍵
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第 第 第
:xxV XXlV X.Xill XXII XXI:XX五 XV][入"四 XVIXv IXV三 XIVXIII XI[
部 部 部
労 対 政 土 都 民 福
働 資 外 府 政 地 市 間 資 祉 力 源 貿 支 府 と 再 生 本
及 易 出 及 水 発 産 需
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生 金 対 の 備
産 融 外 保
能 取 護
力 引 及
賃
展
宗 教育 教
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保健と医療
リクリエーツョソ
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輸送
七七
( 4 )
一九三六年六月に発表された
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アメリカ経済における﹁要索費用の配分﹂ないし﹁国民所 ソシャル・アカウソティングの如き静態的なバラソスの考察に 戦后におけるアメリカの市場構造︵瀬尾︶
第 六 部 摘 要 寧 必 要 対 査 源
このように︑本書の構造は多岐にわたる追大なアメリカ経済
の諸側面を
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の必要ー需要に対するさ
Tーさ(<の供給能
力という二つの局面の対応から考察している︒本書ではこれを
とどまることなく︑動態的な﹁長期の上向波動﹂
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(3
)
の分析をとりいれているゆえに極めて興味深いものである︒し︑︑︑︑︑かしながらその場合︑本書の盲点は︑必要
1 1需要という理論面
でのいわばa
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r i な前提である︒この前提が︑アメリカに
おける資本主義研究の従来の理論的成果より︑本書を一歩後退
(4
)
せしめているものといわねばならない︒
一九四七年の
( 3 )
同時期の同様の資料を取扱ったJ.
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得﹂の表を作成しているが︑そのソシャルアカウソティン
グという静態的方法のゆえに︑長期的波動に対する興味は
本書に譲るものである︒ 潜在的市場は十分 を指導者とする国家資源計画委員会
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の手による
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ほ︑﹁消喪者
の必要は相対的に消鑑されていない﹂
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とし
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であるにも拘らず︑
完全に機能しえないこと﹂︑このようにして︑そうした条
件のもとでの﹁経済後退﹂
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の事実を分折した
心とする のであった︒一九三四ー五年に
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の刊行した著作︑
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1935 ~、H国i毘{の消~
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費要求は決して満足的状態にはなかった︒︵経済的成果の最
高の時期においてさえも︶口にも拘らず消費財に対する市
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場需要は供給能力よりも少かっ︑たという必要と需要との
の矛盾を明らかにし︑ここに一九一
1 ‑ 0
年代の大恐慌の実証
︑︑
︑
的基礎︵相対的過剰生産恐慌についての︶を据えたのであ
った︒国民所得の分配の不均等に基く消費性向の停滞︑す
なわち﹁過少消費﹂
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ということは︑
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﹁そのような人間活動の複雑な組織が 七八
383
このように︑人口成長等により自然的に規定される
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︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑
を所与の生産
11
分配関係の内部における一定の有効需要と 識別された場合にのみ︑はじめて理諭的に可能となり得る
ので
ある
︒
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も勿論︑必要
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と需要
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を区別して算出しているが︑そこに介在する理論的な分析 が回避せられているということである︒なお︑こうした点 に正当な注意を与えたケイソズ派の文献として
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本書に従えば︑アメリカ経済の戦后の発展過程は二段階に分 けて考えられる︒一九四
OI
一九四五年は︑第二次世界大戦下 の戦時生産の時期であって︑この問には生産能力は挙げて戦争 遂行に集中せられ︑民問企業の事業投斑及び消裁財生産の多く を据え置かれたのであったが︑日一九四六ー一九四九年は戦時 中に持ち越された財貨需要の充足を基礎にした戦后ブームとそ の后の不況の時期であり︑ロ一九五
OI
一九五三年は︑朝鮮戦
争による景気恢復︵いわゆる﹁朝鮮プーム﹂︶と︑休戦によるそ
(1)
の下降過程の時期であった︒
戦后におけるアメリカの市場楷造︵瀬尾︶
戦争終結の直后には︑ ー
一千万以上の兵員の復員と軍需労働者
1 9 3 7
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, 2があげられる︒
七九
五ー六百万人の転換に直面し︑戦時中には総国民生産高の四〇 彩に達した財貨・用役に対する政府の購買支出が激減︵七%へ︶
(2 )
したことと相侯って一時的な不況がみられたが︑戦后恐慌に対 する識者の予想を裏切って︑一九四六年末までに民問生産への 転換は終り︑消費者需要を供給するのみならず︑生産規模の拡 大︑新生産設備の建設に繁忙となった︒このようにして第一段
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︑ 階の戦后ブームが招来されたのであった︒それでは予想された 戦后恐慌を回避しえた理由は何であったろうか︒
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に
よれば︑大戦中に泡沫的なイソフレーツョソ景気が存在しなか ったことを挙げている︒それは戦前の不況期を通じて存在した
(3 )
危大な遊休資源が「完全一胴傭」に投入されたこと、及び財貨•用
(4 )
役の価格︑入手可能の物資の配給に統制が課せられたこと︵一
(5 )
九四二年︶︑である︒こうして価格騰貴の
2‑
3
は戦后に起った︒
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日に価格統制延長法Pr
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1946
が満期になったのち︑卸売価格水準は戦争
末期より
1‑
3 倍以上上昇した︒このような戦后イソフレーシ ョソは︑民問の流動浚金が急激に市場に殺到し︑財貨・用役の 供給よりも衰金の方が多重に放出されたために生じたものであ った︒この時期にかくも大盤に放出された購買力はどこから出 たのであろうか︒本書に従えば︑消費者の流動盗産は︑蓄放さ
戦后におけるアメリカの市場構造︵瀬尾︶
れた流動貯蓄︑当期の可処分所得︑借入れによる純附加資金か ら成るのであるが︑戦時中には︑消費財・用役の不足による消 費支出の制限︑貯蓄債券の購入により︑可処分所得の多くを流 可処分所得に対する比率において一九二九年の四•五形(一九
――――ー四
0年の不況期は二•五彩)から一九四一ー四五年の二
(6
)
0
形へと著増し︑個人所有流動資産は一九四五年には一八八〇(7
)
億ドルと一九三九年の
1‑
3 増となった︒また事業投資の源泉 としての非金融会社の流動資産は︑一九四五年末には四
00
億
ドルと一九三九年の︱
1 0
億ドルの約三・六倍に著増し︑阪売 高に対する流動資産の比率は一九三九年の九%から一九四五年
(8 )
の一七%に増加した︒このような戦時中の企業における流動資 産の蓄積は︑課税后の利潤について配当をふやす代りにその大
(9 )
部分を内部留保する政策によるものであった︒このようにして 戦時中の内部留保された企業収益と︑個人のいわゆる﹁延期され た欲望﹂の累積が相侯って︑豊富な需要市場を作り出したのであ った︒一九四七年にほ需要は供給を超過し︑財貨ストックに新 たな附加をなすことは不可能になって︑ビジネス・インベソトリ ーはマイナスの現象を示した︒しかるにやがて生産が増大し︑
( 10 )
消費財需要が充足されて︑インベソトリーが大量に増加領向を 動形態で貯菩させることになり︑この結果︑流動形態の貯蓄は
八
0
( 11 )
辿るに従って卸売市場相場は下降に向い︑一九四八年八月まで
にこの価格騰貴は終った︒
︑︑
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この時期におけるデフ>的傾向は︑戦后に放出された有効需 要の飽満状態であり︑それゆえに戦后恐慌への危惧を抱かしめ られたところのものであった︒こうした戦后の不況を打開した ものはあらたな再軍備への努力であった︒一九四八年にはじま った﹁共産主義者の侵略の脅威の増大﹂とそれを理由にした再 軍備の直接の効果は︑一九四九年のインベントリーの﹁最気後
第 表
置産国寓民生a
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ベントリービジキス・イゾCI
価格水準個費支b 人的消出a1944 288.0 ‑0.6 74.2 145.1 1945 281.7 ‑0.6 76.4. 154.3 1946 254.0 4.2 83.1 171.0 1947 254.4 ‑0.4 91.7 175.8 1948 263.2 2.8 98.4 179.2 1949 264.3 ‑1.6 97.7 184.3 1950 286.8 3.9 100.0 194.6 1951 306.5 5.8 107.6 193.9 1952 315.8 1.6 110.2 199.0 1953 327.9 112.0 207.0 a. at 1950 Price, Dollar Amount in Billion, Source; "America's Needs and Resourc‑
es" Appendix 4‑2, Table B. P. 960. b. 1950=100. Souce: ibid.
c. Percent of Gross production of Business Good: Source: ibid. Figure 3. p.. 30.
︵第
一表
︶
385
第 表
1
総国し民的生産政高府支の:出1 G , N . P
の彩としての財と て の 全 貨及び用役の堅府購買
1929 9.8 8.2 1932 18.1 13.8 1937 16.3 12.9 1945 43.2 38.5 1950 21.4 14.7 1952 27.1 22.3 Source; Table 235. ibid. p. 578.
︵ ⑫︶
退﹂を停止させて総合需要を再び上昇させたことであった︒イソペソトリーの清算が
につれ︑一九五
0
年にはの間に卸売価格水準は
1‑
6騰貴した︒朝鮮戦争
はこのような景気の上昇
に拍車をかけた︒この第
︑︑
︑
二段階のプームを積極的
に支えたものは︑政府の
︑ ︑役割であった︒ネットの
財貨及び用役に対する政府購買は︑総国民生産高の二0%︑民
間総生産高の一〇彩以上を占めた︒その中八八%は国防支出で
あった︒それは︑ケイソズーハンセン流の﹁呼び水﹂
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政策及び﹁補整﹂
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的な公共投漆政
策に基礎をおいたニューディール期︵一九一︱︱
‑ 1 一
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九四
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年 ︶
をもはるかに凌駕する規模のものである︒このように防衛の更
戦后におけるアメリカの市場構造︵瀬尾︶
六月
と一
九五
一年
一
1一
月と
卸売価格は下落をやめて
上向に向い︑一九五
0
年 終って需要が手堅くなる八
( 14 )
新と朝鮮戦争の軍需景気を基礎とした第二のプームは︑一九五
三年に頂点に達し︑その後︑一九五四年の半ばまでに︑生産高
における軍事装備の取り前が減少したこと︑事業投資要求の縮
( 15 )
︑︑
︑︑
減︑消費者需要の減退とともに︑兼気後退に向ったのであった︒
それでは一九五四年前半の不況ほどの程度のものであったであ
ろうか︒︵朝鮮休戦とジュネーヴ平和会議への傾斜が︑軍事的
需要に影響した年である︒︶
遊休生産資源の増大をもたらした︒連邦準備銀行指数で測定さ
れた工業生産は一九五四年春には一九五一一一年のピークより
1 ‑ 1 0
低上した︒この低い生産水準は一九五三年春の一五
0
万か
ら一
九五四年春の三五
0
万への完全失業者数の増大︵有給就業人口( 1 6 j )
のニ
・
1
1%から五・ニ彩へ︶と︑工場設備の遊休化に伴われ︑
鉄鋼産業においては一九五四年の第二四半期には七
0
彩の稼動率に低下した︒更に第三表の如く︑一九五四年半ばには︑事業
投資の収縮による民問向け財貨・用役の購買の減少にも拘らず︑
﹁国防﹂支出の減少を基礎に政府購買支出は絶対的にも相対的に
も低下し︵第三表︶︑かくして国民的生産高をアメリカ経済史
上のピークたる一九五一一一年の水準に戻すために︑まづ購買力市
( 17 )
場の問題が深刻化したのであった︒一九五三年のプームの頂上 一九五三年の最高点からの国民生産高に対する需要の減退は︑
レベルの商品価格と結び
ついた不完全麗傭衰源の
存在は﹁いくらか異常な
( 18 )
状況﹂示をす︒このよう にして︑いわゆる﹁投資 ブーム﹂の存在にも拘ら ず︑すなわち︑民問資本形成のうちの生産者耐久設備が︑一九 五二年十二月には一九四一年末の︑約︱
‑ 0
彩迄増大︵期間内 の減価償却を差引いても︶したということ︑さらに一九四六
i
一九五二年における人口増加一人分当りの生産者耐久設備の新 投資は一九二
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一九四一年のそれに比して1‑
2
大きいとい 第
表
総生産国高民 1 貨民問及び向け用財役
I
政貨府及び向け用役役(Gの.%N.p
)
(G.N.Pの%)1945 215.2 132.4 66 820 34 1949 258.2 214.6 83 43.6 17 1953 ※371 ※286 77 84.9 23
1954(中期) ※356 ※276 78 ※80 22
1955(予想)
‑1
※ 79I
Current dollar in billion, Source, ibid.
23. ※はP.32より作成,彩は算出。
る︒このようにピーク・ と共に比較的安定してい 売市場は非農業製品価格 例証にもかかわらず︑卸 需要を追い越したという
Table 7. P.
よってなされた︒供給が と雇傭及び給与の縮小に る調整は︑より低い生産 以来の需要の減退に対す
戦后におけるアメリカの市場構造︵瀕尾︶
うこと︑また生産者耐久設備に対する新投盗は一九二九年に国 民的生産物の七%であったのが︑戦后の全時期には平均八
9 6
で( 19 )
あるということにも拘らず︑このような国内販路の停滞による 不況現象の存在はまさに注目しなければならない︒
(1
)i
bi
d.
p
4‑
5.
(2)
一九四五年中ばから一九四六年末にかけて︑兵員を含め
た罷傭は︑六七
0 0万ー五八
00 万人に減少し︑失業者は 百万人増加した︒総国民生産高は一九四五年第二四半期の
ニニ五0
億ドルから一九四六年第一四半期の二
000億ド
ルヘ
と
1一
彩減
少し
た︒
(i
bi
d.
p .
14
.)
(3
)
一 九 一 ︱
10
年代の大恐慌によって︑完全失業者は民間屈用
労慟力の二五形(‑九︱︱︱︱︱一年︶から︱ニ・五%︵一九四
0
年︶に上った︒(Figure8 1.
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. p .
73 5. )
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推定
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失業者は︑一︑六
00
万乃至一︑七
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万と見禎られた︒
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訳 10 九頁︶一九四
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年においても尚公式統計で八
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‑4 .
p .
10 73 )
で
あったとされる︒他方遊休生産設備の存在についてほ︑
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387
一九二九年のいわゆる﹁完全屈傭の時期﹂においてさえも︑
鉄 鋼 と 工 作 機 械 工 業 の み が そ れ ら の 見 稲 生 産 能 力 に 近 い
稼動をなしつつあったといわれ︑一九三九年には︑生産は
一九二九年の水準以下にあったにも拘らず︑全設備能力は
一 九︱ ︱
10
年代初にかなり培大し︑かくて資本設備の遊休化
は相当程度に上った︒﹁もしもこの使用されない︑又は超
過生産能力が操業に注入されるならば︑産出量の大董の増
加が達成されえたであろう︒﹂
(D
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. p .
82
1)
一九一一一九年の製造工業は︑一九二九年の同水進の屁傭︑労
働時間︑設備利用率の基礎上では︑ニニ形増産しえたであ
ろう︑泄青炭鉱においては四七%を高めえたであろう
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4 .
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)
とされる︒これを高めえなかった
ものが狭監な消費市場の存在であり︑ここに大盤失業の一
極における
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の現象が生じたのである︒
この生産諸要素の不完全雇傭を一挙に解決したものが︑第
二次世界大戦であった︒
( 4 )
これはニューディール期における国家独占資本主義的
な﹁二重経済﹂体制の直接の継承である︒このように︑﹁補
整﹂的な公共投資政策をもってしても経済回復と完全一屈傭
の問題は戦争体制によるまで解決しえなかったという事実
が︑ケインズリハソセン的な改良政に批判策を加えるアメ
戦后におけるアメリカの市場構造︵瀕尾︶
八
リカの社会主義者たち︵
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を及ばした歴史的な経緯であったといわれる︒アメリカの
戦時統制がニューディールの直接の継承であったというこ
とは︑公共投資政策の柱であった復興金融会社
(R
FC
)が ︑
益々拡張強化され︑軍需生産力拡充のための融資機関とし
て活躍したことにも明らかである︒
(5
)
これらの要因はケインズのいわゆる﹁其のイソフレー
ツョソ﹂を惹起せしめない要素である︒戦時中に完全屈傭
が達成されたのちも物価統制によって生産高の上昇が価格
騰貴に吸収されることを抑止し︑反課税が高率化したこと
によって︑イソフレ的傾向を阻止しえたのであった︒これ
こそクライソのいう﹁イソフレを惹起さないで完全屈傭を
得る行政的方策﹂の戦時的実践に外ならない︒
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この内容には︑通貨︑銀行預金︑貯
ローソ
襲 貸 付
︑ 国 債 を 含 む
︒
(8
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料︒
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2 1.
内容は
(6
)におなじ︒
(9
)
課税后の収益中留保高は︑一九二九年の二四%︑
一九
戦后におけるアメリカの市場樅造︵瀬尾︶
1 1一九年の二八%に対して︑
一九
四
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四一年には五五%で
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2 1. )
このような︑自己 賢本の菩被の増大のために︑たとえば
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は︑ヒルファーデイソグの﹁金融資本﹂概念を批判して︑
﹁かっては栄光の日をもった銀行資本は再び︑産業資本に 対する従属的地位にかえる﹂
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26
8)
とするのであるが︑︵こ の立場に立つものとして︑都留璽人氏﹃アメリカ経済の発 展﹄とくに二四二頁︒︶産業資本の減価償却費及び利澗の 社会留保の証券市場に対する関聯等の面から再検討を要す る問題堤起であろう︒
(1
0)
個人的消費支出は︑大戦中も漸増している︒しかし︑
一九四五ー四六年には一六・七億ドル増加しているのであ って︑このような著増はその后にも遂になかったことであ る︒生産は︑消費の著増に二年おくれて︑一九四七
l
四八年にはじめて九
0
億ドルの著増をみせた︒︵第一表︶
( 11 )
この間に顕著なものほ農産物価格の下落である︒それ は一九一0ー一四年を一
0 0として︑一九四八年には︑一
1
‑ 0 0以上であったものが︑一九五
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年に
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︱︱
10
まで下向
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し︑いわゆる鋏状価格差の現象があらわれた︒
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7 )
(12)
一九四九年には︑景気後退により︑事業予想はくもっ ていたので︑産出高ほ甜要以下に切り下げられ︑そのため
︵不況の第二段階としての仇の投資︶ ビジネス・イソベントリーはマイナス︱︱
10
億ドルを示した︒
刺鮮戦争后は︑ふた たび生産の急上外によって︑インベントリーの菩稜を七五 億ドルまでもたらした︒︵恢復︑拡張段階の意図した投責︶
(1
3)
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1 5.
より算出︒
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五一
︱︱
形膨
脹し
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一九四五ー一九五0
年に戦后の復員 によって八四形の低下があったにも拘らず︒
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) 船舶のトン数は一九五
0
年は一九四二年の一︱︱一七%増︑航 空機の数は︑一九四二年の八七グダを現有している︒
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( 1 4 )
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2 9.
軍隊ほ
︑ ︑ こうした現象が︑いわゆる第二次大戦后
一九三二年と一九五
0
年の問に︑人員におい
八四
戦后におけるアメリカの市場構造(瀬尾)
八五
389
第 四 表
11927ー11よ11954‑8よ11949‑10よ11924‑7よ11938‑6よ11933‑3よ
り1928‑3 り1953‑2 り1950‑4 り1925‑1 り193を12り1933‑9
非農業的雇傭 +0.9 + 2.0 + 4.2 +11.3
工 業 生 産 +4.0 +8.1 +10.4 +17.1 +22.7 +40.0
総国民生産高 ‑0.7 +4.6 + 8.0 +10.0 + 8.7 +11.4
個 人 所 得 +0.7 +2.1 + 7.0 + 6.3 + 4.0 +11.2
卸 売 価 格 ‑0.4 +1.1 + 0.8 + 3.8 ‑ 1.4 +15.8
小 売 価 格
゜
+3.9 + 4.1゜
+ 8.6 +13.6A. (不況の谷ののち6ヶ月問の変化率)
11927―11よ11954‑8ょ11949‑11ょ11924‑7よ11938‑1よ11933‑3よ り 1929-2 り 1955-11 り 1951—1 り 1925-10 り 193!Hl り 1934-6
非農業的雁傭 + 4.4 + 9.1 + 7.6 +17.4
工 業 生 産 +16.0 +17.1 +27.1 +19.5 +40.9 +40.0
総国民生産高 +11.9 +10.7 +25.0 +16.2 +12.0 +23.5
個 人 所 得 +10.2 + 8.6 +19.8 +12.0 + 9.9 +23.5
卸 売 価 格 ‑ 1. 5 + 4.4 +16.6 + 5.1 + 0.9 +19.0
小 売 価 格 + 2.7 +11.2 +24.0 +11.8 +16.2 +18.2
B. (不況の谷ののち15ヶ月間の変化率)
11927‑11
ょ
11954‑‑‑8よ11949‑10ょ
11924‑7ょ
11938‑6よ11933‑3ょ
り1929‑11り1956‑8 り1951‑10り1926‑7 り194CHう り1935‑3
非農業的雁傭 +10.9 + 8.8 +19.7
工 業 生 産 +12.0 +22.9 +24.4 +50.0 +50.0
総国民生産高 +10.6 +31.6 +14.7 +20.5 +27.5
個 人 所 得 + 9.3 +28.3 +13.2 +14.5 +31.7
卸 売 価 格 ‑ 2.7 +14.6 + 1.7 + 1.0 +17.7
小 売 価 格 + 2.7 +17.0 + 8.8 +25.2 +31.8
c .
(不況の谷ののち24ヶ月問の変化率)1. 本表は,景気循現における底ののちの経済系列におけるパーセンテージの変化
を,先行する景気収欽の大きさに従って,左から右へと排列したものである。
2. Source; Bureau of Labour Statistice, Board of Governors of Federcl Reserve Systen, estimate by H. Barger and L. Klein; Department of Commerce. " Basic Research and Analysis of Current Business Condit‑ fons " N.B.E.R 36th Amnual Report. 1956‑5. p. 26.