︿判例研究﹀
ドイツにおけるおとり捜査と欧州人権条約
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1 連 邦 通 常 裁 判 所 第 一 刑 事 部 一 九 九 九 年 一 一 月 一 入 日 判 決 1
池田秀彦
︻判決要旨︼
嫌疑がなく︑当初犯意のなかった者が公務員の指導する秘密情報員によって国家に帰責さるべき方法で犯罪を唆さ
れ︑そしてこれにより刑事手続が実施されるならば︑ここには︑欧州人権条約第六条第一項第一文の公正な手続原則
違反がある︒この違反は︑判決理由の中で認定されなければならない︒それは︑法的効果の決定に際して償われるべ
きである︒条約に違反する行動に対する補償の程度は︑別個述べられるべきである︒
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︻事実の概要︼
一九九七年七月︑警察の秘密情報員は︑保険の仕事でイタリア人の被告人に話しかけた︒会話の中で︑イタリア人
である秘密情報員は︑一キロのコカインを手配できる人物を知っているかどうか尋ねた︒被告人は︑このような仕事
をしていないし︑しかるべき人間関係もないと説明した︒数週間の中に︑秘密情報員は︑さらに二度問い合わせた︒
その際︑彼は︑被告人におよそ五〇〇〇マルクの報酬を約束した︒その度に︑被告人は︑繰り返し拒絶した︒四度目
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の問い合わせでやっと‑一回目からおよそ一月後に1被告人は︑心当たりに当たってみることを約束した︒
被告人は︑麻薬の使用者として知っていたEに声をかけたところ︑彼は︑共通の知人である︑共同被告人1の所に
行くように指示した︒1は︑コカインを自己使用のために継続的に購入していた購⁝入先の別のイタリア人︑共同被告
人Cが確かな入手ルートをもっていると考えた︒1は︑被告人から秘密情報員を紹介された︒彼は︑自分の後ろには
資力のある買い手がおり︑一キロのコカインに対し一〇万マルク以上支払う用意があることをほのめかした︒1は︑
供給元の手配をすることを約束した︒
被告人は︑秘密情報員の仲介者として関与し続けた︒共同被告人1は︑共同被告人Cに相談し︑Cは︑供給元に問
い合わせた︒供給元は︑一キロのコカインを六万マルクで売る意思があった︒約束の一〇万マルクの代金から︑被告
人と両共同被告人は︑四万マルクの利益を期待し︑それを秘密情報員と分けようと思った︒関係者は︑取引を一九九
七年一〇月に行うことで合意した︒被告人1と秘密情報員との間で︑麻薬の受渡し場所と支払方法に関して幾度とな
く話し合われた︒秘密情報員の連れてきた買い手を装った警察官との間で︑一キロのコカインの受渡し︑代金の授受
の後︑三人の被告人が逮捕された︒
バイエルンの州刑事警察庁の職員である秘密情報員の指導者は︑一九九七年の初夏から夏にかけてこの秘密情報員
に秘密裏に承諾を与え︑﹁何人も唆さないように﹂と伝えた︒彼は︑一九九七年七月以降︑秘密情報員から事実経過
について情報の提供を受けた︒
地方裁判所は︑麻薬取引の発案が秘密情報員だけによるものであり︑被告人は四度目の働きかけの後にやっとそれ
に関与する意思を明らかにしたと確信した︒地方裁判所の刑事部は︑共同被告人を介して麻薬の﹁供給元との関係を
漸進的にかつかなり時間をかけて樹立する﹂以外には入手の可能性は全くなかったと考えた︒同部は︑少なからぬ量
の麻薬の違法取引の構成要件が充足されたと考えた︒同部は︑本件を﹁さほど重大でない場合﹂に当たるとは認めな
かったが︑量刑に際して︑被告人の自白および本質的に刑罰とは無関係であった経歴を考慮し︑少なからぬ量の違法
な麻薬取引を理由に三年九月の自由刑に処した︒被告人は︑地方裁判所がおとりの投入を十分に考慮しなかったこと
を不服として︑上告した︒連邦通常裁判所は︑これを容れ︑原判決の刑の宣告を取消した︒
判決理由の大要は︑次の通りである︒
ドイ ツに お け るお と り捜 査 と欧 州 人 権 条 約 369
︻判決理由︼
=︑当刑事部は︑被告人が秘密情報員によって犯罪を唆された事情を原審たる地方裁判所が十分に考慮したか否
かを審理した︒これによれば手続障害は︑存在しない︒有罪の宣告は︑法的に鍛疵がない︒これに対し︑法的効果の
宣告は︑容認し得ない︒原審の認定によれば︑被告人は︑国家に帰責さるべき不当な犯罪誘発によって当該犯罪を唆
され︑実行するに至っており︑それは︑欧州人権条約第六条第一項第一文の公正な手続の原則に違反する︒原審たる
地方裁判所は︑判決理由の中でこの違反に言及し︑そして法的効果の確定に際してこれに適切な償いをしなければな
らなかったであろう︒これが上告審によって実体非難に基づいて審査されるべきであるか︑或いは手続非難に基づい
てのみ審査されるべきであるか︑ここで決める必要はない︒というのは︑上告は︑手続上の経過についても広範囲に
述べているからである︒
二︑連邦通常裁判所は︑犯罪誘発の問題について既に幾度も論及してきた︒即ち︑
1.秘密情報員および隠密捜査官の投入は︑特別に危険で解明困難な犯罪‑特に麻薬取引がこれに属すーとの
闘争のために原則的に許される︒このことは︑この人物がおとりとして活動する場合にも当てはまる︒
2.以前︑おとりの投入の許容される限界を超える場合の法的効果に関する刑事部の見解は︑統一されていなかっ
た︒第二刑事部は︑限界を超えれば国家刑罰請求権の喪失に至り︑手続障害が根拠づけられるという意見であった︒
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第二刑事部の求めた裁判所構成法第一三七条による刑事事件の刑事大部への呈示手続は︑第二刑事部が呈示手続の過
程でその見解を放棄したために︑最終的に決定されるには至らなかった(切Ω田けG︒ω・・︒︒窃9Q︒αc︒[HのびくH⑩Q︒⑰︾自])︒
その間に︑第一刑事部は︑一九八四年五月二三日の判決においてかかる働きかけも手続障害をもたらすものではなく︑
量刑の枠内で考慮されるべきである︑と判示した(切Ω出G︒ひωb︒'c︒&℃G︒呂["ωけくδ︒︒倉︒︒b︒昌)︒
この裁判において第一刑事部は︑秘密情報員の犯罪誘発行動が法治国原理によって画される限界の内でのみ甘受さ
れるべきことを強調した︒総合的評価により警察のおとりの犯罪誘発行動が行為者自身の寄与の影を薄くするほどの
重要性をもつということになれば︑許容される犯罪誘発の限界を超えている︑とする︒当該事案において第一刑事部
は︑事実上の理由からこの限界の超越を確認しなかった︒
第一刑事部は︑おとりの投入の許容される限界を超えること自体が﹁国家の刑罰請求権の喪失を理由とした﹂特別
な手続障害をもたらすものでも︑証拠禁止をもたらすものでもない︑と述べた(じuΩ国ωけo・PO・︒︒留)︒刑事部は︑
むしろ行為者に対するおとりの働きかけを本質的な刑の減軽事由とみた(量刑説V︒
第二︑第四︑第五刑事部は︑量刑説をとる右判例に従った︒その際︑新判例ではおとりが行動を起こした時点で︑
刑訴法一五二条︑一六〇条の意味での嫌疑が関係者に対して存在しなかった場合には︑おとりの投入は違法である︑
と考えられた︒この事情は︑責任から独立した刑の減軽事由と考えられた︒理由は︑後に︑被疑者・被告人となった
者は︑彼に対する介入の法律上の条件が存在しないにもかかわらず︑犯罪闘争のために犯罪行為を唆されたからであ
る︒
3.学説においても量刑説が圧倒的な支持を受けたが︑手続障害説に立つ見解や証拠調べ・証拠利用禁止説をとる
見解もある︒
三︑当刑事部は︑条約に違反するおとりの投入に際して︑個々の事案において必要な条約違反に対する償いをする
ドイ ツ に お け る お と り捜 査 と欧 州 人 権 条 約 371
のに量刑説が適当であると考える︒
1.欧州人権裁判所は︑ポルトガル対日Φ詳Φマ9αΦO器訂o事件に関する一九九八年六月九日の判決で警察官の誘
発した麻薬取引および異議申立人の麻薬取引についての有罪判決に︑欧州人権条約第六条第一項により保障された公
正な手続違反を見いだした︒欧州人権裁判所は︑二人の警察官が犯罪を唆したということ︑そして彼らの関与がなく
とも犯罪が行われたということを示すものが何もないことを理由に彼らの行動は隠密捜査官のそれを超えているとい
う結論に到達した︒こうした関与および刑事手続でのその利用により︑異議申立人が最初から最後まで公正な手続を
受けなかったということになる︒かくして︑欧州人権条約第六条第一項違反が認められる︑とする(判決理由三九)︒
欧州人権裁判所は︑三年の自由の剥奪に対してポルトガルに︑財産的および非財産的損害について一千万エスクード︑
ヨ 九七万五千マルクの賠償を支払うように命じた︒
欧州人権裁判所の裁判は︑次のような事実を対象としている︒即ち︑二人のポルトガル人の私服警官が小規模に麻
薬を扱っている疑のあった人物に麻薬の買いつけ人を装って声をかけた︒必死に尋ねたにも拘らず︑その人物は︑ハッ
シッシュの供給元の名を挙げることができなかった︒そのため︑次に私服警官は︑ヘロインの購入に関心があると述
べた︒彼は︑異議申立人がこれを調達することができるが︑その住所は知らないとのべた︒それから一緒に住所を調
べて異議申立人を探し出した︒私服警官らは︑二〇グラムをマルク換算で二千マルク弱で購入したいと述べた︒異議
申立人は︑同意した︒彼は︑供給元から二〇グラムのヘロインの混合物を手に入れた仲介人の所に行き︑それを受け
取った上︑私服警官に渡した︒異議申立人は︑逮捕され︑そして主に二人の警察官の供述に基づき麻薬取引につき六
年の自由刑に処された︒
欧州人権裁判所は︑二人の警察官の行動が許容される限界を超えたか否かという問題の審理に際して次のような事
情を基礎とした︒即ち︑犯罪誘発の前に︑前科のない異議申立人に対して嫌疑があったかどうかは明確ではなかった︒