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牧口価値論と凋契哲学に見る弁証法的展開

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Academic year: 2021

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牧 口価 値 論 とII契 哲 学 に見 る弁 証 法 的展 開(樋 口)99

牧 口価値 論 と凋契 哲学 に見 る 弁証法 的展 開

樋 口

一・ は じめ に 真 理 と価 値 個 と全 体

美 の本 質 と価 値

価 値 と理 想 人格 の 実 現 お わ りに

一 一 は じ め に

創 価 学 会 は仏 教 団体 で あ り、 そ の創 始 者 で あ る牧 口常 三 郎 は、 大 乗 仏 教 の 信 奉 者 で あ る。 一 方 、{,,,,契は マ ル クス主 義 哲 学 者 で あ り、 唯 物 弁 証 法 を もっ て 中 国哲 学 や価 値 問題 を探 求 した学 者 で あ る。0般 に、 唯 物 主 義 と宗 教 は相 容 れ な い と思 わ れ て い るだ け に、 私 も当初 、 両 者 の 比較 は価 値 論 で も全 く対 立 す るで あ ろ う と想 定 して い た。 しか し、 意 に反 して そ うで は な か っ た。 逆 に類 似 点 の 多 さ に驚 いた 。 この近 似 性 は何 を意 味 して い るので あ ろ うか 。

そ の理 由 の一・つ は、 両 者 が 知 識 と智 慧 の統 一 を試 み 、 如 何 に した ら人 間 の 理 想 人 格 を体 現 で き るか を探 求 して い るか らだ と思 う。 つ ま り、 理 想 人 格 の 実 現 の方 途 をi探究 す る中で 、個 人 の幸 福 と全 体 の 幸福 の基 礎 付 け を 目指 し、

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その た め に人 間 の 理 性 と情 感 の統 一 を重視 した か らで は な い だ ろ うか。 それ ゆ え、 両 者 は、 人 間 中心 の価 値 論 を展 開 した と思 うの で あ る。 また、 二 点 目 は、 両 者 が弁 証 法 的 な論 理 展 開 を して い る点 が挙 げ られ る。 これ ま で の哲 学 議 論 の 中 で は、 価 値 概 念 につ い て論 ず る場 合 、価 値 絶 対 主 義 か 価 値 相 対 主 義 の0方 に偏 す る傾 向 が あ った よ うに思 う。 特 に、相 対性 と絶 対 性 の概 念 を人 間 の 内 と外 に分 け、 それ ぞれ に そ の根 拠 を 求 め て議 論 して きた ので は な い だ ろ うか 。 しか し、両 者 は、 それ を人 間 の 内 に見 出 そ う と した 。 しか し、 そ の た め に は、 形 式 論 理 で は な く、 弁 証 論 理 的展 開 が必 要 で あ った 。 もち ろ ん、

牧 口 の場 合 は、 当初 か ら弁証 論 理 を意 識 した わ けで は な い が 、 仏 教 的 な論 理 展 開 の 中 に弁 証 法 的 な要 素 が あ っ た。 そ こに、 最 大 の類 似 点 を見 出せ る よ う

に思 うので あ る。

そ うは言 っ て も、 両 者 の 立 論 方 法 は相 違 す る し、 特 に宗 教 と科 学 の 問 題 は、 唯 物 主 義 と仏 教 思 想 で は異 な るの は 当然 で あ る。 また、 認 識 論 や 幸 福 の 問 題 で も、 あ るい は その 方法 論 で も異 な って い る。 本 稿 で は、 この 両 者 の異 と同 につ いて 比 較 整 理 し、特 に濤 契 と牧 口 の 同 の部 分 、 す なわ ち類 似 点 に重 点 を置 いて 、 真 理 と価 値 、個 と全 体 、 美 の本 質 と価 値 、 価 値 と理 想 人 格 の実 現 につ い て検 討 して い きた い 。 それ に よっ て、 真 善 美 及 び利 の価 値 の 創 造 を 通 じて 、 人 格 完 成 へ 向か う両 者 の 方 法 論 の特 色 と価 値 の意 味 が 理解 で き、 牧

口の 弁 証 法 的論 理 展 開 の特 色 が 明 らか に な る と思 うの で あ る。

真理 と価値

.J/ǹ.契 と牧 口 の 価 値 論 に お け る 最 大 の 相 違 の0つ は 、 真 理 概 念 に つ い て の 違

い で あ る。{,,,.契は 価 値 の 内 容 を真 善 美 と し、 牧 口 は利 善 美 とす る 。 つ ま り、

価 値 内 容 に 真 理 を 含 め る か 否 か の 問 題 で あ る。 価 値 論 の 内 容 か ら言 え ば 、 漏 契 の 広 義 の 認 識 論 」 の 特 色 は、 真 理 性 の 認 識 を 得 て 、 知 識 か ら智 慧 へ 飛 躍

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牧 口価 値論 と漏契 哲学 に見 る弁証法 的展 開(樋 口)101

す る 「転 識 成 智 」 を実 現 す る こ とで あ る。 つ ま り、智 慧 は、真 理 の 認 識 を経 て 獲 得 され る もの で あ り、 真 理 の認 識 には認 知 と智 情 意 に よ る体 得 あ るい は

く  

評 価 が 含 まれ る概 念 で あ る。 一 方 、牧 口価 値 論 で は、真 理 は 「事 物 の如 実 の表 現 」 で あ り、 情 感 を含 ま な い概 念 で あ り、{,,,,契の 言 葉 で 言 え ぼ知 識 論 の 範 疇 の概 念 で あ る。 しか し、 牧 口の場 合 も、 物 自体 を認 識 す る際 には、 カ ン トに見 る不 可 知 論 で は な く、 認 知 と評 価 を交 え て把 握 で き る と主 張 して い

(z>

る。 す る と、 牧 口 は物 自体 の認 識 と真 理 を区 別 して 考 え て い た こ とにな る。

それ は、 実 在 と真 理 を 区別 す る こ とか ら くる もの で あ る。 牧 口 に よれ ば、

真 理 は実 在 とは異 る」 と言 い 、真 理 とは実 在 の 如 実 の 表 現 で あ り、 実 在 と(3)

表 現 の違 い を指 摘 す る。 つ ま り、 認 識 の対 象 は意 識 か ら独 立 した 客 観 実 在 で あ るが 、 そ の客 観 実 在 の 表現 が 正確 に符 合 す れ ば そ の表 現 が 真 理 、 間 違 いで あれ ば虚 偽 で あ る と した 。 それ ゆ え、 牧 口 に とって 、 真理 の 認 識 とは真 偽 の 認 識 の み を意 味 し、{,,,.契の認 知 に相 当 す る概 念 と して 考 えて いた こ とが わ か る。 こ こで 、認 識 観 の相 違 につ い て確 認 す る と、 物 自体 を認 識 す る場 合 、 濡 契 も牧 口 も、認 知 と評価 に よっ て認 識 は可 能 で あ る とす る。 しか し、 真 理 の 認 識 の場 合 、.//lipは 同様 の認 識 方 法 を採 用 す るが 、 牧 口 は あ くまで認 知 を 主 張 す る こ とにな る。

この 実在 に対 す る認 識 の違 い、 また真 理 概 念 の 違 い に よっ て、 価 値 内容 も 異 な って くる。 つ ま り、 牧 口 は客 観 実 在 を認 識 す る場 合 、 認 識 作 用 と評 価 作 用 を も って 、物 自体 を認 識 可 能 とす るが 、 その 場 合 の認 識 は、 価 値 の認 識 を 意 味 して い るの で あ る。 一 方 、 焉 契 は、 それ を真 理 の認 識 と捉 え る。 この場 合 、 もち ろん 単 な る認 知 に よ る認 識 を指 す の で は な く、 人 間 に とっ て利 益 に な る真 理性 の認 識 を言 う。 この よ うに見 る と、 牧 口 とYlllYY契の価 値 内容 の構 造 上 の違 い が 明確 に な る と思 う。 つ ま り、漏 契 は、 真 理 性 の認 識 、 善、 美 、 そ

して利 に よ る価 値 の統 一 を構 想 し、 それ に よ って 人 格 完成 を 目指 した。 これ に対 し、 牧 口 は真 理 の 認 識 を 除 外 して、 善 、 美 、利 に よ る人 格 完 成 を 考 え

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た。 しか し、 牧 口が 真理 を除 外 した の は、 真 理 を真 偽 の判 定 と解 した か らで あ り、 漏 契 が 言 うよ うな人 間 に とって 利 益 に な る真 理 性 の認 識 は、真 で は な く利 で あ る と考 え た か らで あ る。 また 牧 口 は、 価 値 創 造 す る に当 た って 、 内 外 の 正 しい状 況 認 識 や それ に よ る 目的 設 定 を前 提 に す る必 要 性 を強調 して い

{4}(5)

る。 これ は、 漏 契 が 言 う 「真 理 性 の認 識 」 と同 等 の 認 識 観 で あ る よ うに 思 う。 す る と、 価 値 内 容 の 構 造 上 の 点 か ら見 て 、両 者 は 「真 善 美」 と 「利 善 美 」 と異 な るが 、 類 似 した 価 値 内容 の枠 組 み を持 って い た と思 われ るの で あ

る。 もっ とも、 利 の概 念 は異 な るが、 そ れ は後 に検 討 す る こ とに した い。

で は 、認 識 観 にお け る主 観 と客 観 の 問題 につ いて は ど うで あ ろ うか 。 前 述 した こ とか ら も予 想 で き るが 、 漏 契 と牧 口 は主 客 の統0を 構 想 して い た。 漏 契 の場 合 は、 本 体 論 と認 識 論 の 統 一 の 問 題 と して扱 わ れ る。 つ ま り、 認 識 論 と本 体 論 は互 い に前 提 とな る もので 、 本 体 論 を確 立 す る に は認 識論 を端 緒 に

(s?

す る必 要 が あ る と考 え た 。 具 体 的 に は、 人 間 は感 性活 動 で あ る実 践 を通 し て 客 観 実 在 が 与 え られ るの で、 実 践 が 客 観 実 在 を認 識 す る基 礎 に な る。 ま た 、 認 識 は客 観 実 在 の反 映 で あ り、 その 意 味 で は主 観 と客 観 は外在 的 関 係 で あ る。 しか し、 人 間 は労 働 を通 して 客 観 的 対 象 に物 質 の変 換 を行 い 、 その 過 程 で 人 間 に影 響 を与 え る こ とが で き る。 そ の意 味 で 、 実 践 の 中 にお け る主 観 と客 観 の関 係 は 内在 的関 係 で あ る、 とい う唯 物 弁 証 法 の論 理 展 開 をす る。 こ こで 言 う内在 関 係 とは、 相 互 が 関連 し合 い、0方 の改 変 に よ って他 方 も改 変 す る関係 を意 味 す る。 また、 外在 関係 とは、 対 象 が 人 間 の意 識 とは独 立 に存 在 す る関係 を い う。 それ ゆ え 、客 観 実 在 は超 越 で あ るばか りで な く、認 識 の 過 程 に 内在 して い る もの で あ る。 しか し、 実 践 と認 識 は相 互 に 関 連 して い る。 つ ま り、 実 践 の 中で 対 象 との 内在 関係 が 生 じて こそ、 認 識 の 中 で 対 象 と の外 在 関係 が 生 じ る。 また、 外 在 関係 が 生 じ る こ とに よっ て、 如 実 に対 象 を 反 映 し、 か つ 実践 を正 し く指 導 で き、実 践 の 中 で 対 象 を改 変 す る こ とが で き

るの で あ る。 この よ うに、 実 践 にお け る内在 関係 と認 識 に お け る外 在 関係 は

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牧 口価値論 と爲 契哲学 に見 る弁証法的展開(樋 口)103

相 互 的 な 条 件 とな る。 凋 契 は、 この 実 践 を導 入 す る こ とに よっ て、 主 客 の 問 題 を客 観 的弁 証 法 と認 識 弁 証 法 と して 処 理 した の で あ る。

で は、 牧 口は ど うで あ ろ うか 。 牧 口 は カ ン トの認 識 法 に0定 の 理解 を示 す が、 物 自体 に対 す る不 可 知 論 は採 らな い。 牧 口 は漏 契 と同 様 に、 意 識 か ら独 立 した 客 観 実 在 を認 め、 認 識 は 外 界 の 事 物 の 反 映 で あ る とい う符 号 説 を採 る{8}その意 味 で 、 漏 契 の言 葉 で 言 え ば、 主 観 と客 観 は外 在 的 関係 を有 す る と い う こ とにな る。 また 、 客 観 実 在 の認 識 方 法 と して 、精 神 界 、 自然 界 を問 わ ず 、知 的 活 動 と共 に、 知 情 意 の統 合 的活 動 に よ る評価 作用 に よっ て、 客 観 実

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在 の 把 握 は可 能 だ と して い る。 しか し、牧 口 の認 識 論 は漏 契 と異 な り、認 識 と評価 を 区別 して考 え、 漏契 で 言 う認 知 を認 識 と して見 て い る。 そ して 、 認 識 と評 価 の違 い を主 観 の 意識 の度 合 い に よっ て 区別 して い る。 つ ま り・ 主 観 に関係 の あ る もの の みが 認 識 の対 象 にな り、無 関 係 な もの は認 識 され な い ・ しか し、 認 識 され る もの の 中 で も、 単 に存 在 の意 識 の み の場 合 は対 象 を精 紳 内界 に捕 獲 した とい う意 味 の 認 識 で あ るが 、 認 識 の 対 象 に個 人 の感 唐 を惹 起 させ るだ けの 力 を意識 した 場 合 、 単 な る存 在 の認 識 で は な く評 価 を伴 う よ う

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に な る と して い る。 す る と、 先 に見 た 知 的 活 動 と知 情 意 の評 価 活 動 に よ る認 識 とは、 認 識 と評 価 の活 動 とい う こ とに な る。 そ うで あれ ば 、評 価 は主 観 の 好 悪 に よっ て判 断 され るの で 、 正 しい認 識 が 行 われ な い こ とも あ り得 る。 し か し、 牧 口の認 識 観 に よれ ば、 認 知 の レベ ル は存 在 の意 識 を伴 う認 識 で あ り 主 客 の 外在 関係 に あ るが 、価 値 の認 識 の レベ ル で は存 在 の意 識 の上 に感 情 の 伴 った 評価 を想 定 して い る。 そ して 、 物 自体 の 認 識 は、 この認 知 と価 値 の認

{li)

識 を含 んだ 概 念 以外 の 真価 」 の 認 識 を指 して い るので あ る。

そ うで あ るな らば、価 値 の 認 識 を含 ん だ物 自体 の認 識 に は、 漏 契 が 言 う よ うな主 観 か客 観 の 一 方 の変 化 に よ る改 変 を有 す る内在 関係 が 存 在 して お り、

相 互 に関連 す る関 係 に あ る。 そ の意 味 で、 牧 口 は凋 契 の よ うに認 知 と認 識 を 区別 せ ず 、 実 践 の概 念 を導 入 す るわ けで はな いが 、 主 客 の問 題 は外 在 関 係 と

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内在 関係 の相 互 関 連 の 中で 処 理 され、 弁 証 法 的 な考 え を有 して いた と思 うの で あ る。 また、 これ は、 本 質 と現 象 とい う面 か らも言 う こ とが で き よ う。 牧 口 は、 「物 の 本 性 を 如 実 に捕 捉 した 正 しい 表 現 」 は、 「物 自 体 の 本 当 の 意

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味 」 と考 え る。 そ うで あ れ ば、 「物 自体 の本 当 の 意 味 」 とは 、物 の 本 質 を 指 して い る と言 って もよい 。 そ して 、 そ の本 質 を認 識 す るた め に は、 単 な る認 知 に よ る知 的 活 動 だ けで は な く、智 情 意 の全 人 的 活 動 に よ る とす る の で あ

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る・ つ ま り、 牧 口 も物 の本 質 と現 象 を区別 して 捉 え るの で は な く、 現 象 の 中 に本 質 が あ り、 現 象 とい う形 態 を媒 介 して本 質 が 捉 え られ る と考 え て い た こ とにな る。

で は・ 価 値 相 対 主 義 と絶 対 主 義 で 問題 とな る、 価 値 の主 観 性 と客 観 性 にっ いて は どの よ うに考 え られ るで あ ろ うか 。 こ こで は、価 値 実 現 に よ って、 幸 福 が 実 現 す る と仮 定 して考 え て み よ う。 た だ し、 そ の 場 合 の 幸 福 は、物 質 的、 精 神 的価 値 の実 現 を意 味 す る こ と と した い 。 もっ と も、 凋 契 は価 値 実 現 が 幸 福 で あ る とは言 わ ず 、 自 由人 格 の実 現 と言 う。 しか し、 それ は少 な く と

も物 質 的価 値 と精 神 的価 値 の統 一 を意 味 す るわ け で あ るか ら、 あ る程 度 の近 似 性 は あ る よ うに思 う。 一一般 に、 幸 福 は主 観 的 な ものだ と考 え られ て い る。

そ れ ゆ え、 功 利 主 義 の幸 福 計 算 は、 幸 福 量 は計 量 で き な い と して批 判 され る。J.S.ミ ル の よ う に、幸 福 に質 を導 入 した 質 的 功 利 主 義 に して も、 「ソ ク ラテ ス と豚 の讐 え」 で 明 らか な よ うに、 文 化 的水 準 の 向上 に よ って 人 間 の 幸 福 を説 明 す る こ とは不 可 能 で あ る。 それ は、 幸福 の主 観 性 と幸 福 の基 準 を設 け よ う とす る功 利 主 義 の試 み、 す な わ ち客 観 性の 導 入 が相 容 れ な い もの だ か らで あ る。 も し、 功 利 主 義 の よ うに幸 福 計 算 を考 え るな らば、 そ こに何 らか の基 準 に還 元 で き る定 量化 可 能 な共 通 要 素 が な けれ ば な らな い 。 しか し、 幸 福 は人 、 時 、 状 況 に よ って変 わ り、 且 つ 感 情 に依 拠 す るの で、 複 雑 に絡 み合 う現 実 の 状況 と各 人 の 感 情 を定 量 化 す る こ とは不 可 能 で あ る。例 え ば、 幸 福 を金 銭 に還 元 した場 合 で も、 金 銭 の多 寡 に よっ て、 人 間 の 幸福 を決 定 す る こ

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牧 口価値論 と凋契哲学 に見 る弁証法的展 開(樋 口)105

とが で きな い の は 明 らか で あ る。 同 一 人 の 幸福 を定 量 化 で きな い の に、他 者 との幸 福 の比 較 をで き るわ けが な い。 それ は、 幸 福 が 物 質 的利 益 の み に よ る の で は な く、精 神 的 利 益 も必 要 とす るか らで あ ろ う。 それ ゆ え、 物 質 的価 値

と精 神 的価 値 の統 一 的 創 造 が 必 要 にな るわ けで あ る。

で は、 幸 福 が 主 観 的 な もの で あれ ば、 客観 的 な幸 福 とは何 を意 味 す るの で あ ろ うか。 それ は、① 内在 と外 在 の関 係 、 ② 目的 と手段 の 関係 と して 捉 え ら れ な い で あ ろ うか 。 つ ま り、 幸 福 が 主 観 的 で あ る とい う こ とは、 精 神 的 な感 情 に依 拠 して い る こ とを意 味 す る。 しか し、 身 体 は物 質 で 構 成 され て い るの で 、 精 神 が 独 立 して 存 在 す るわ けで は な く、 物 質 とい う外 在 的条 件 を備 え て 、 始 め て精 神 が存 在 す る。 逆 に、 幸 福 とい う観 点 か ら言 え ば、 精 神 が 存 在 しな い 肉体 は意 味 が な い とい う こ とにな る。 また 、 幸福 は生 活 の 中 で実 感 す る もの で あ るか ら、 衣 食 住 な どの外 在 的 な物 質 的 条 件 を伴 っ て、 始 め て生 活 す る こ とが で き る。 そ うで あ るな らば、 幸 福 を考 え る場 合 、 内在 的 な精 神 性 と外 在 的 な物 質 的条 件 を載然 と区別 す る こ とは で き ない 。 この場 合 、 精 神 性 を主 観 的 、物 質 条 件 を客 観 的 と捉 え る こ とが で き る よ うに思 う。 しか し、 こ の段 階 で は、 単 に精 神 性 と物 質 条 件 の 外在 的 関係 性 のみ を言 うだ けで、 主 観

と客 観 の 同一 性 は生 じて こな い 。認 識 観 の 主 観 と客 観 の問 題 で 、 薦 契 は・ 人 間 が 実 践 を通 して客 観 的 対 象 に物 質 の 変換 を行 っ て、 そ の過 程 で 人 間 に影 響 を与 え る こ とが で き る と見 た 。 この幸 福 の 問題 も同様 に、 客観 的 な物 質 条 件 を変 更 して 、 その 過 程 で 人 間 の主 観 的 な精 神 性 に影 響 を与 え る こ とが で き る

と解 釈 す る こ とが で き よ う。 そ の意 味 で、 主観 的 な精神 性 と客 観 的 な物 質 条 件 は 内在 的 関係 に もな り得 る と言 え る。

内在 関 係 で あれ ぼ 、物 質 条 件 の 変更 か 、 精 神 性 の変 化 に よ って 、他 方 に影 響 を与 え改 変 す る可 能 性 を有 す る関係 に な る。 物 質 条 件 の変 更 に よって 、 精 神 的 な感 情 に変 化 が 生 じる こ とは容 易 に理 解 で き るが、 果 た して そ の逆 は可 能 で あ ろ うか 。 つ ま り、 精 神 的 な主 観 的幸 福 が 、物 質 的 な 客 観 的幸 福 に影 響

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を与 え る こ とが で き るので あ ろ うか。 この 問題 は、価 値 の概 念 と関 連 す る。

牧 口 は、 対 象 の 評価 主体 に対 す る有用 性 を価 値 と し、評 価 主体 の情 感 を 中心 に価 値 概 念 を考 え た 。 っ ま り、価 値 は客 観 的対 象 が変 化 せ ず と も、 主観 が 変 化 す る こ とに よっ て、 そ こ に生 じる価 値 感 情 も変 化 す る と捉 え る。 そ うで あ れ ば、 主 観 の精 神 的 境 涯 が 向 上 す る こ とに よ っ て、 同 一・の 客 観 的条 件 下 で も、 価 値 を感 ず る こ とが で きる と考 え られ る。 この考 え を幸福 に適 用 して 見 る と、 客 観 的 な物 質 条 件 に よ る幸福 は、 物 質 条 件 自体 に よ って 幸福 が あ る と い うわ けで は な く、 物 質 を 媒 介 して 幸 福 を 感 ず る と こ ろ に意 味 が あ る。 ま た 、物 質 条 件 が劣 悪 で も、 精 神 的境 涯 あ るい は精 神 力 が 旺 盛 で あれ ば、 そ こ に幸 福 を感 ず る こ と もで き る。 当然 、 人 間 は0定 の物 質 条 件 が あ って 、 始 め て 生 活 し幸 福 を感 ず る こ とが で き るの で あ るか ら、 物 質 的条 件 は必 要 で あ る こ とは言 うまで もな い。 そ う考 え る と、 客観 的 な幸 福 とは、 物 質 条 件 が整 っ た幸 福 とい う意 味 で は な く、 物 質 条 件 と精 神 的境 涯 、 す な わ ち客 観 と主 観 が 内在 関係 にあ る主 客 の 同一一的 な幸 福 で な けれ ばな らな い 。 また 、 そ うで あれ ば、 幸 福 を考 え る場 合 、 単 に 主 観 的 な もの で あ る とい う解 釈 は成 り立 た な い。 それ ゆ え、./lm̲契と牧 口の価 値 論 で は、 精 神 的価 値 と共 に、物 質 的利 益 の 創 造 も重視 した と思 うの で あ る。

で は、 目的 と手 段 の関 係 とは ど うい うこ とで あ ろ うか 。 薦 契 は、 理 性 の創 造 の 中 で功 利 性 に手段 価 値 を認 め、 真 善 美 を 内在 価 値 とす るが 、 一 切 の理 性 の活 動 は、 人 類 社 会 や 人 間 の 利 益 のた めで もあ るの で 、 この 手段 価 値 は手 段 と共 に 目的 の意 味 も含 む と考 えた 。 そ して 、 目的 と手 段 は相 対 的 で あ り、相 互 に転換 す る と弁 証 法 的 に見 る。 それ ゆ え、 手段 価値 自身 に 内在 価 値 が含 ま

れ る と考 えた 。 また漏 契 は、 人 間 の本 質 は 自由 を求 め る こ とで あ り、 人 間 の 自由 は真 善美 の 内在 価 値 を創 造 す る こ とに よっ て実 現 で き る とした 。 そ うで(t5}

あれ ば、 自由 を求 め る こ とが 人 間 の 目的 で あ り、 内在 価 値 で あ る真 善 美 の創 造 が 手 段 に な る。 しか し、 目的 と手段 は相 互 に転 換 す るの で、 真 善 美 の創 造

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牧 口価値 論 と漏 契哲学 に見 る弁証法的展 開(樋 口)107

の過 程 で 自 由が 実 現 され て い る と考 え られ る。 も し、 人 間 の 自由 は幸 福 で あ る と解 釈 す れ ば、価 値 創 造 の 中 で幸 福 が実 現 され て い る こ とに な る。 もち ろ ん、 そ こに究極 的 な 自由や 幸 福 を見 るの で は な く、 螺旋 式 に無 限 の弁 証 運 動

を展 開 して い く と見 る。 牧 口 も、利 善 美 の価 値 創 造 に よっ て人 間 は幸福 を感 ず る と説 くが 、 それ は 漏契 と同様 に、価 値 創 造 の結 果 と して の 目的 実現 で は

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な く、 価 値 創 造 の過 程 に幸 福 とい う 目的 の実 現 が あ る と考 えて いた 。 そ うで あ るな らば 、主 観 の 目的 は客観 的 な実 在 を改 変 し、価 値 を創 造 す る中で 実 現 で き る とい うこ とに な る。 つ ま り、 こ こで は価 値 創 造 が 、 幸 福 とい う 目的達 成 の 手段 と して捉 え られ て い る。 この よ うに見 る と、 牧 口 も、 主 観 が客 観 を

自 らの 内 に実 践 的 に形 成 させ 、 主 観 が 客観 的 条 件 を 自己実 現 の場 と して 意 味 づ けて い る。 そ の意 味 で 、牧 口の 幸福 概 念 も主 観 と客 観 の 同 一性 の中 で 実 現 す る、 と弁 証 法 的解 釈 が 可能 で あ る と思 うので あ る。

た だ、 こ こで一 点注 意 しな けれ ば な らな い こ とが あ る。 それ は、 内在 価 値 と手 段 価 値(工 具価 値)の 問題 で あ る。牧 口 は、 凋 契 の よ うに事 物 の 内在 価 値 や 手 段 価 値 を認 めず 、 対 象 と主 観 との 関 係 力 が 価 値 で あ る とす る。 しか し、 そ こに問題 が 生 じ る。 そ れ は、 主 観 あ る い は主 体 自体 の価 値 を論 ず る場

{17)

合 で あ る。牧 口 は、 「価 値 とい い得 べ き唯0の 価 値 は生命 」 とす るが 、 そ う で あれ ば、 それ は生 命 の 自体 価 値 を指 して い るので は な い だ ろ うか 。 しか し 一・方 で は、 牧 口は、0定 の 目的 に とって 有効 な手 段 に価 値 を認 め て い る。 こ(I8)

の 矛 盾 につ いて は、 次 の よ うに解 釈 で き る。 つ ま り、 知 識 論 に基 づ く真 理 観 と価 値 観 の 区別 を 明確 にす るた め に、 当初 は価 値 感 情 説 を説 い た 。 しか し、

幸 福 を考 え る場 合 、主 観 的 な価 値 感 情 で は幸 福 を説 得 的 に説 明 で きな い。 そ

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こ で 、 後 に 生 命 の 伸 長 」 と い う客 観 的 基 準 を 採 用 した と思 わ れ る の で あ る。 しか し、 実 は、 そ れ で も 問 題 は 解 決 で き な い 。 そ れ は 、 「生 命 の 伸 長 」

と 「生 命 」 で は 、 意 味 が 違 う か らで あ る。 牧 口 は 、 「生 命 の 伸 長 」 は 目 的 で あ り、 そ の 目 的 に 有 効 な 手 段 に 価 値 が あ る とす る が 、 そ れ と 「生 命 」 の 自体

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jog

価 値 とは違 う。 しか し、 こ こで は 自体 価 値 を 内在 価 値 と考 えれ ば、 解 決 で き る よ う に思 う。 つ ま り、 「生 命 」 の 内在 価 値 の 伸 長 に とっ て 、 有 効 な 手 段 に 価 値 が あ る と解 釈 す れ ば ど うで あ ろ うか 。 実 際、 牧 口の前 期価 値 論 で は、 そ

う解 釈 せ ざ るを得 な い よ うに思 うので あ る。

個 と全体

個 別 と全 体 の 問題 を考 え る場 合 、 弁 証 法 の 「全 体 と部 分 」 の概 念 を見 て お く必 要 が あ る。 この 「全 体 と部 分 」 の カ テ ゴ リー につ い て は、 へ一 ゲ ル の本 質 論 で 相 関 関係 と して取 り扱 わ れ る。 そ こで は、 両 者 の 関係 を 「全 体 は部 分 か ら成 立 す る。 した が って 、 全 体 は部 分 を欠 い て は あ りえ ない 」、 「全 体 が 部

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分 の 関 係 を形 成 す る。全 体 が な けれ ば部 分 は存 在 しな い」 と、全 体 と部 分 の 相 関性 につ い て述 べ て い る。 しか し、 これ だ け で は、 まだ そ の相 関 性 は弱 い 。 そ こで、 「力 とそ の発 現 」、 「内 的 な もの と外 的 な もの 」 とい う相 関 性 が 述 べ られ 、 双 方 が 並 列 して い る状 態 か ら統0の 状 態 へ 進 展 して い くこ とを示 して い る。 っ ま り、 全体 が 力 を持 つ ゆ え に、部 分 を ま とめ る こ とが で き、部 分 は全 体 の発 現 状 態 で あ り現 象 だ とす る。 更 に、 内 面 の 発 現 が 外 面 で あ り、

内面 が本 質 、 外 面 が 現 象 に対 応 して お り、 内面 と外 面 が 区別 され なが ら も、

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表 裏0体 で あ る こ とを示 し、 そ の相 関 性 に よ る統 一 を説 明 して い る。 こ こで は、 価 値 に 関 す る個 別 と全 体 の問 題 、 特 に個 人 と社 会 の 問題 、個 人 の幸 福 と 全 体 の幸 福 の 問題 を通 し、 漏 契 と牧 口 の考 え を検 討 す る こ とに した い。

で は、 両 者 の考 え を比 較 検 討 す るた め に、 こ こで 私 の考 えた価 値 に関 す る 仮 の原 則 を提 示 して お くこ とにす る。

価 値 は個 人 の幸 福 に対 す る有用 性 で あ る。 倫 理 的価 値 は全 体 の幸 福 に対 す る有 用 性 で あ る。(個 人 的)価 値 と(全 体 的)倫 理 的価 値 は 区 別 しな けれ ばな らな い。

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牧 口価値論 と凋契哲学 に見 る弁証法 的展 開(樋 口)109

個 人 の幸 福 の 内容 は、物 質 的価 値 と精 神 的価 値 の統0で あ る。

精 神 的価 値 は理 性 と非理 性 の統0に よっ て得 られ る。 また 、 人 間 は他 者 あ るい は全 体 の幸 福 に寄 与 す る道 徳 実 践 に よ って、 個 人 の 幸 福 を得 る こ

とが で き る。

まず 、① に つ い て は、 「価 値 」 の概 念 は、 評 価 主 体 の 対 象 に対 す る評 価 概 念 で あ る と考 え る。 それ ゆ え、 評 価 主 体 か対 象 の0方 が 変 化 すれ ば、 そ の評 価 が 変 わ る こ とは言 う まで もな い。 また、 価 値 を考 え る際 の評 価 主 体 は個 々 人 の人 間 で あ り、 そ の人 間 に とっ て 有用 か 否 か を判 定 して、 有 用 性 に価 値 を 認 め る。 そ して 、 人 間 に とっ て の 有用 性 とは、 人 間 の幸 福 に とって の 有用 性 の こ とで あ る。 なぜ な ら、人 間 は、 本 能 的 に幸 福 を 求 め る存 在 で あ る と考 え る か らで あ る。 そ うで あ るな らば、価 値 は一 般 に相 対 性 を 免 れ な い。 しか し、 それ で は他 者 との共 存 が で き な い。 そ こ に全 体 の幸 福 を志 向 す る倫 理 的 価 値 の必 要 性 が あ る。 なぜ な ら、 人 間 は社 会 的存 在 で あ り、 他 者 との共 存 な くして は生 存 で きな いか らで あ る。 他 者 や 全 体 との 共存 あ るい は幸 福 は、 自 己 あ るい は個 々 人 が価 値 判 断 で き る もの で はな い 。 倫 理 的 価 値 は 、個 人 で は な く社 会 が 評価 主体 で な けれ ば な らな い。 それ ゆ え、価 値 と倫 理 的価 値 は 区 別 して 考 え る必 要 が あ る。 しか し、 社 会 あ る い は全 体 は 評 価 主 体 た り得 て も、倫 理 的価 値 を創 造 す る こ とはで き ない 。価 値 を創 造 で き るの は、意 志 を 持 った 主 体 す な わ ち個 々 人 で あ るか ら、全 体 の幸 福 に有 用 な倫 理 的価 値 も、

人 間 が創 造 主 体 に な る。 それ ゆ え、価 値 の 問 題 は究 極 的 に は個 人 の幸 福 に帰 着 す る こ とに な る。 そ うで あ れ ば、 個 人 の 幸 福 は、 個 人 の幸 福 と全 体 の 幸福 が 統 一・され て、 始 め て実 現 され る こ とに な る。

② の 個 人 の幸 福 の 角 度 か ら言 え ば、 人 間 は 身 体 と精 神 を 備 えて い るゆ え に、 そ れ ぞ れ の欲 望 を満 足 させ るた め に、 身 体 を維 持 す る物 質 的 利 益 と精 神 の充 実 を 求 め る精 神 的利 益 が 必 要 に な る。 物 質 的価 値 は人 間 の 身 体 を維 持 、 発 展 させ る際 に感 ず る物 質 的 利 益 で あ り、 精 神 的価 値 は精 神 的 利 益 を得 た と

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llO

きに感 ず る もの で あ る。 しか し、 物 質 的価 値 と言 って も、 身体 の維 持 発 展 を 越 え た0定 以 上 の物 質 的利 益 は、 結 局 は精 神 的 な もの と結 び っ いて い る。 そ れ ゆ え、 物 質 的価 値 と精 神 的価 値 は統0さ れ な け れ ば な らな い。 しか し ま た 、 物 質 的 欲 望 も精 神 的欲 望 も、 人 間 の欲 望 は野 放 しに す れ ぼ 際 限 が な いの で 、 そ こに全 体 の調 和 を図 る倫 理 的規 制 が必 要 に な る。 ③ また 、人 間 に は理 性 と非 理 性 が あ り、 自己 中 心 的 な欲 望 と共 存 を志 向 す る欲 望 が 共 存 して い る。 そ こ に、(個 人 的)価 値 と(全 体 的)倫 理 価 値 の矛 盾 が生 じ る。 つ ま り、

(個 人 的)価 値 は 自 己 中心 的 な欲 望 と結 び つ き易 く、 共 存 を志 向す る欲 望 は (全体 的)倫 理価 値 を志 向 す るの で 、(個 人 的)価 値 と(全 体 的)倫 理 価 値 の 創 造 の 契 機 は、 人 間 に 内 在 して い る と言 え る。 しか し、 外 的 な倫 理 的 規 制 は、(個 人 的)価 値 と往 々 に して 衝 突 す るの で 、 この 問題 を解 決 す る に は、

理 性 と非 理 性 の統 一 が必 要 で あ る。 つ ま り、 倫 理 的 な外 的規 制 を受 けて 道徳 実 践 を す る の で は な く、 主 体 的 に他 者 や 全 体 の幸 福 に寄 与 す る行 為 を通 し て 、(個 人 的)価 値 の 実 現 、 す な わ ち個 人 の 幸 福 が実 現 で き る とい う価 値 理 論 が 必 要 に な る。 それ は、 個 人 の幸 福 と全 体 の幸 福 の 統0が 必 要 な所 以 で も

あ る。

で は、 凋 契 と牧 口 は、 この原 則 に対 して ど う考 え るで あ ろ うか。 まず① の 原 則 につ い て は、 漏 契 も牧 口 も、 功 利 的 な価 値 基 準 す な わ ち人 間 に とっ て の 利 益 を認 め る ので 、 人 間 に対 す る有 用 性 を価 値 とす る こ とに は異 論 は な い 。 {,,,,契は、評 価 の対 象 は人 間 との 関係 を有 す る 「為 我 之 物 」 で あ り、 評 価 は人 間 の利 益 か ら離 れ る こ とはで きず、 人 間 の幸 福 や 利 益 と結 びつ く。 つ ま り、

評 価 の 対 象 が 人 間 の 需 要 と合 致 し人 間 に満 足 を与 え る とき、 人 間 に有 用 で利

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益 を与 え る もの と して 、 肯 定 的 な評 価 を与 え る とす る。 牧 口 も、 価値 は対 象 の評 価 主 体 に対 す る関係 力 と し、 対 象 の評 価 主 体 に対 す る有用 性 を価 値 とす る。 それ ゆ え、 両 者 共 に、 対 象 か 評価 主 体 の一 方 に変 化 が あれ ば、価 値 もそ れ に伴 っ て変 化 す る こ とを承 認 して い る。 また、 倫 理 的価 値 にっ いて も、 両

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牧 口価値 論 と薦契哲学 に見 る弁 証法的展 開(樋 口)111

者 共 に社会や全体 の利益 を承 認す る。 それ は、漏契 の場合、 墨家 の社会 的功

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利 論 を承 認 し、 人 類 の究 極 目的 で あ る とす る 自由 の王 国 の観 点 か ら も看 取 で

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き る。 牧 口 も 「公 益 が善 」 と言 い 、社 会 的 、 全 体 的利 益 の必 要 性 を強調 して い る。 そ の点 か ら言 え ば、両 者 共 に、 功 利 主 義 に お け る道 徳 行 為 の 結果 主 義 を認 め て い る。

問 題 は全 体 の幸 福 の 問題 に あ る。 焉 契 も牧 口 も全 体 の 利益 につ い て は承 認 す るが 、 全 体 の幸 福 とは言 わ な い。 しか し、./iii..契は、 自 由 の王 国 の理 想 か ら 言 え ば、 社 会 を 自 由人格 の連 合 体 と見 る。 そ して 、 それ を実 現 す るに は、 人 間 の精 神 と経 済 基 盤 と文 化 の 発 展 が 必 要 だ とす る。 それ ゆ え、 社 会 あ るい は 全 体 の幸 福 とは言 わ な いが 、 全 体 は個 々人 に依 拠 し、個 々 人 の人 格 の発 展 と

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全 体 の 利 益 を 求 め る ゆ え に、 全 体 の 幸 福 の 意 と解 釈 で き る よ う に思 う。 ま た、 牧 口 も、 「社 会 が 要 求 す る 目的 は同 時 に個 人 が伸 び ん とす る 目的 と一 致

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せ ね ば な らぬ」 と言 う。 牧 口 の場 合 、個 人 の 目的 は幸 福 に あ るわ けだ か ら、

社 会 の 目的 も必 然 的 に幸 福 に置 い た と言 って も よいで あ ろ う。 しか し、 漏 契 と牧 口 の 違 い は、 牧 口 は 「公 益 が 善 」 と して 、(個 人 的)価 値 と(全 体 的) 倫 理 的価 値 を 区別 す るが 、 凋 契 は そ の 区別 を明 示 して い な い点 に あ る。 それ ゆ え、{,,,,契の倫 理 的価 値 の議 論 で は 、 客観 規 律 や 人 性 の発 展 に合 致 す る道 徳 規 範 を 議 論 す る必 要 が あ っ た。 も っ と も、 牧 口 も後 期 価 値 論 で は、 仏 教 の

法 」 を導 入 して、 この 法 に合 致 す る行 為 を善 とす るの で 同 じ こ とに は な る。

② の原 則 につ いて は、 凋 契 も牧 口 も物 質 的価 値 と精 神 的価 値 の統 一 を主 張 して い る。 その 際 、 牧 口 は真 理 を価 値 とは認 め な いの で 、価 値 の 内容 は0応 相 違 す る。 しか し、.!lin・契 の認 識 論 に お け る価 値 範 疇 として の真 理 の概 念 は、

牧 口価 値 論 で は利 の価 値 の範 疇 に相 当 す る。 その 意 味 で 、個 人 の幸 福 の観 点 か ら言 え ば 、両 者 は類 似 した 考 え を持 って い た と言 え よ う。 ③ の原 則 につ い て も、 両 者 は承 認 す る よ うに思 う。 特 に、 牧 口 につ い て は、③ の原 則 が 大 き な特 色 で あ る。 しか し、 凋 契 は明確 な表 現 で は述 べ て いな い。 た だ 、 真 善 美

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の価 値 の統0や 集 団 と個 性 の統0の 観 点 か ら言 え ば、 全体 の幸 福 に寄 与 す る 道 徳 実 践 に よ って 、個 人 の幸 福 が 実 現 で き る とす る観 点 は予 想 す る こ とは で き る。 つ ま り、真 善 美 の価 値 は それ ぞれ 相 互 作 用 の 関係 に あ り、個 性 の解 放 と大 同 団結 の統 一 され た 社 会 に 自由人 格 の実 現 が あ るわ けだ か ら、 善 の行 為 は必 然 的 に全 体 の幸 福 の み で な く、 個 人 の幸 福 に も寄 与 す る こ とに な る と解 釈 で き る よ うに思 う。

す る と、 両 者 は多 少 の違 い は あ る もの の、 大 枠 で は① 〜③ の原 則 を承 認 し て い る こ とに な る。 で は、 これ ら の原 則 は、 先 に見 た 弁 証 法 の 「全 体 と部 分 」 とい う特 色 と ど う関 連 す る の で あ ろ うか 。{,,,.契は、 「全 体 と部 分 」 につ い て 唯 物 弁 証 法 に基 づ く解 釈 を展 開 す る。 それ に よれ ば、 全 体 は対 立 の統 一 体 で あ り、 部 分 は統 一 物 の各 対 立 面 で あ る とす る。 そ れ ゆ え、部 分 と全 体 の

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弁証 法 か ら世 界 を観 察 す る と、分 析 と総 合 の 方 法 に よ る こ とにな る と言 う。

例 え ば、 有 機 体 を考 え る場 合 、 「全 体 は 各 部 分 の 総 和 で あ り、全 体 は部 分 よ り大 き い」 とい う形 式 論 理 の考 え方 は適用 で きな い。 有 機 体 で あ る人 間 を例 に と る と、 人 間 の生 命 は、 単 に各 器官 の 集 合 に よっ て成 り立 って い るの で は な い。 人 間 とそ の各 器 官 は互 い に有機 的 な連 関 が あ るか ら こそ、 各 器 官 は作 用 を発 揮 で き るの で あ り、全 体 で あ る人 間 か ら切 り離 され た 各 器官 は、 器 官 の 意 味 を持 た な くな っ て しま う。 また 、 漏 契 は、 毛 沢 東 の 『矛盾 論 』 を援用 して 、 矛 盾 を把 握 す る に は、 矛 盾 の 総 体 を把 握 し、 矛 盾 相 互 の 関連 を把 握 す る必 要 が あ る。 これ は総 合 だ が 、 総合 は分 析 を離 れ る こ とが で きな い。 つ ま り、 矛 盾 の総 体 を把 握 す るた め に は、 矛 盾 の各 面 を分 析 し、 矛 盾 の 各 面 す な わ ち矛 盾 の特 殊 な位 置 、相 互 依 存 、相 互 矛 盾 関係 、 その解 決 方 法 な どを理 解 しな けれ ば な らな い 。 そ して 、 具 体 的 に分 析 し、 そ れ を総 合 す る こ とに よっ て 、 事 物 の発 展 過 程 の本 質 や規 律 が 明 らか に な る。 この よ うに、 弁 証 論 理 は 分析 と総 合 を繰 り返 す こ とに よ って 、 単 純 か ら複 雑 、 抽 象 か ら具体 へ の上 昇 運動 と して 表 現 され、 それ に よ って 思 惟 の 中 で多 様 の統0と い う現 実 の 全 体

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牧 口価値論 と爲契哲学 に見 る弁証法 的展 開(樋 口)ll3

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が再 現 され る と言 う。

で は、 この弁 証 論 理 は、 社 会 と個 人 の 関係 で どの よ うに展 開 で き るの で あ ろ うか 。漏 契 の場 合 は、 これ まで見 た よ うに弁 証 論 理 を もっ て認 識 論 も価 値 論 も展 開 す るの で 、 社 会 と個 人 の弁 証 法 的 な関 係 も容 易 に見 て取 る こ とが で き る。/t契 の前 提 は、 人 間 は労 働 生産 の基 礎 の上 に社 会 関係 を結 ぶ ゆ え に、

人 間 の 一切 の行 為 は社 会 関係 の 中 で行 わ れ る とい う もの で あ る。 それ ゆ え、

社 会 に は社 会 の利 益 と個 人 の利 益 の 関 係 を解 決 す るた め に、 人 道 原 則 に基 づ く道徳 基 準 や 社 会 規 範 が必 要 に な る。 また、 そ の規 範 を遵 守 す るの に、 主 体 の 自覚 原 則 、 自願 原 則 が必 要 で あ っ た。 っ ま り、道 徳 規 範 や社 会 規 範 は、 客 観 規 律 の根 拠 を伴 っ た社 会 発 展 の規 律 に合 致 し、人 性 の発 展 の要 求 に合 致 す る こ とが 求 め られ た 。 なぜ な ら、 客 観 規 律 と人 性 の発 展 に合 致 した規 範 に従 う こ とに よ って、 人 間 は次 第 に徳 性 を伸 ば し、徳 性 の 自然 に到 達 す る。 そ し て 、 そ の徳 性 か ら出 た 行 為 が 、 また現 実 社 会 を道 徳 的 気 風 に溢 れ た世 界 に変

え て い く と考 え るか らで あ る。 そ の意 味 で、 個 人 と社 会 との関 係 は、個 人 の 道 徳 的行 為 や境 涯 、社 会 の倫 理 や 道 徳 的秩 序 を媒 介 して、 相 互 に 関連 し無 限

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の弁 証 運 動 を展 開 す る。 それ ゆ え、 両 者 は統 一 され る と説 くの で あ る。

0方 、 牧 口 は ど うで あ ろ うか 。 牧 口 は、個 人 と社 会 の関 係 を次 の よ うに言 う。 「国 民 あ っ て の 国 家 で あ り、 個 人 あ っ て の 社 会 で あ る。個 人 の伸 長 発 展 はや が て 国 家社 会 の 繁 栄 で あ り、 充 実 で あ り、 拡 張 で あ り、 これ に反 して個 人 の縮 小 は 即 ち 国 家 の 衰 微 で あ り、 勢 力 の減 退 で あ る。 国 家 社 会 は原 素 の結

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合 に依 っ て 栄 え 、分 離 に よ っ て 衰 え、解 散 に よ っ て 消 滅 す る もの で あ る」

と。 こ こか ら、 牧 口 は個 人 と社 会 の 関係 を、 へ 一 ゲ ル弁 証 法 で言 う 「全 体 と 個 」 の有 機 的 な 関係 と して捉 え て い る こ とが分 か る。 また 、 そ の 関係 性 の特 徴 を二 っ に分 けて 指摘 して い る。‑0つ が個 人 の伸 長 発 展 と国 家 社 会 の繁 栄 、 他 方 が 原 素 の結 合 と国 家 社 会 の繁 栄 で あ る。 つ ま り、 個 人 が 伸 長 発 展 す る こ

と、 各 個 人 が結 合 す る こ と、 この二 つ の条 件 が あ って 、 社 会 の繁 栄 が あ る と

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す る点 で あ る。 前 者 は明 らか に、牧 口価 値 論 で 言 う利 善 美 の価 値 創 造 に よ る 人 格 完 成 す な わ ち個 人 の幸 福 を意 味 して い る。 後 者 は社 会 の成 員 間 の倫 理 的 結 合 を指 す と思 わ れ る。 牧 口価 値 論 の場 合 、 善 の価 値 は、 他 者 や全 体 へ の精 神 的、 物 質 的 利 益 を供 与 す る利 他 の行 為 を通 して創 造 され るの で あ るか ら、

後 者 の倫 理 的 結 合 は利他 の実 践 に よ る もの で あ る。 そ うで あれ ば、 利 善 美 の 価 値 創 造 を通 じて実 現 され る個 人 の幸 福 は、 利他 の 実践 を媒 介 して 、 国家 や 社 会 の繁 栄 と結 び つ く。 もち ろ ん、 国家 や 社 会 の繁 栄 は、 個 人 の生 活 条 件 を 改 善 し、 個 人 の価 値 実 現 を よ りサ ポ ー トす る こ とは言 う まで もなか ろ う。 こ の よ う に見 る と、 牧 口価 値 論 も、 弁 証 法 的 な 論 理 展 開 を して い る と言 え よ う。

こ こで 、 一 点 興 味深 い の は、 薦 契 も牧 口 も個 人 と全 体 の 関 係 で 、 道 徳 行 為 あ るい は利 他 の実 践 を媒 介 して 、 両者 の統0を 考 え る点 で あ る。 つ ま り、 個 人 と全 体 の統 一 的 関係 は、両 者 の 利益 調 整 の 問題 で はな く、 善 的価 値 の 問題 と して 扱 われ て い る。 この 点 が 決 定 的 に重 要 で あ る。 これ まで の価 値 と倫 理 的価 値 の 議 論 は、 如 何 に個 人 と全 体 の 物 質 的 利 益 の調 整 を図 るか とい う問題 が 中心 で あ っ た よ うに思 う。 そ して 、 そ の原 因 は、 幸 福 と利益 の概 念 を 同一 視 して きた か らだ と思 わ れ るの で あ る。 幸 福 と利 益 が、 特 に物 質 的 利 益 と同 一 の 意 味 内容 で あ れ ば、 個 人 と全 体 の 関 係 の 中 で個 人 の利 益 が制 限 され るの は当 然 で あ るか ら、 両 者 の利 益 の 調整 か ら両 者 の幸 福 を実 現 す る こ とは不 可 能 で あ る。 それ は、 人 間 に 自己 中心 的 な欲 望 が あ り、 物 質 的 な欲 望 に は際 限 が な いか らで あ る。 も し仮 に、全 て の 人 間 の物 質 的利 益 を満 足 で き る資 源 や 金 銭 な どが 存 在 した と して も、 人 間 に は競 争 心 、 見 栄 、 嫉 妬 な どの性 向 を有 して い るの で 、 個 人 と全 体 の平 和 的 な解 決 は で きな い。 全 体 と言 って も、 利 益 や幸 福 は価 値 創 造 の主 体 が個 人 で あ る以 上 、 主 体 で あ る個 人 の欲 望 を調 節 す る以 外 に道 は な い。 しか し、 人 間 の欲 望 の調 節 は、 困難 な作 業 で あ る。 一 方 、 人 間 は幸 福 を求 め る存 在 で あ る。 つ ま り、 幸福 実 現 の欲 望 を本 能 的 に有

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牧 口価値論 と漏契 哲学 に見 る弁証法 的展 開(樋 口)ll5

して い る存 在 で あ る。 そ うで あ る な らば、 こ の 人 間 の 欲 望 を満 足 させ る道 は、 幸 福 とい う人 間 の 願 望 を実 現 す る方 途 の 中 に求 めな けれ ば な らな い 。

lm・./契 と牧 口 は、 その 方 途 の重 要 な要 素 が、 個 々 人 の道徳 実 践 に あ る と見 た の で あ る。 しか し、 この 道徳 実 践 が 個 人 の幸 福 実 現 の契機 に な る とい う考 え は、 まだ仮 説 の域 をで な い。 これ を実 証 す るた め に は、 帰 納 的 に個 々人 の状 態 を観 察 す る以 外 に方 法 が な い か も しれ な い 。 しか し、 全 て の人 間 を観 察 す る こ とは で きな い か ら、帰 納 論 理 に完 全 な説 得 力 が あ る わ けで は な い 。 で は 、弁 証 論 理 で は ど うか 。 先 に見 た よ うに、 状 況 の説 明 には な る。 しか し、

それ は説 明 で あ っ て、 まだ証 明 に は な って い な い。 そ うで は あ るが 、 この 弁 証 論 理 に よ る説 明 は、 形 式論 理 学 的 方 法 に較 べ て、 よ り説 得 的 な説 明 に な っ て い る よ うに思 うの で あ る。 例 え ば、 道徳 行 為 に お け る功 利 と道 義 の問題 の 場 合 、 道 徳 行 為 が 全 体 や 他 者 に利 益 を もた らす か ら全 体 に とっ て 利 益 が あ り、0方 、 道 徳 行 為 の動 機 が純 粋 で あ るか ら こ そ道 徳 行為 の 主 体 の人 格 向上 に役 立 つ わ けで あ る。 それ ゆ え、 弁 証 論 理 で は、功 利 論 と道 義 論 は統 一 され な けれ ば な らな い と主 張 す る。 この よ うに、 矛 盾 関 係 に あ る事 物 を説 明 す る 場 合 、 有 効 な手 段 で あ る と思 う。

で は、 これ らの観 点 か ら、個 と全 体 の問 題 に も関 連 す る 自由 と平 等 の 問題 は どの よ う に考 え られ るで あ ろ うか 。 近 年 、 日本 で も個 人 の 自由 と自己責 任 を重 視 す る 「小 さな政 府 」 論 と、 全 体 の平 等 、 保 護 を望 む 「大 きな政 府 」 論 が 話 題 に な って い る。 つ ま り、 自由 の 問題 は個 人 の 利 益 重視 、 平 等 の 問題 は 全 体 の利 益 が個 人 の 利 益 よ りも優 先 され な け れ ば な らな い こ とを示 して い る。 マ ッキ ン タイ ア は 『美徳 な き時 代 』 の 冒頭 、教 育 や 医療 機 関 の議 論 を取 り上 げ、 自由 の原 則 か ら言 え ぼ規 制 を撤 廃 すべ きで あ る し、 平 等 の原 則 か ら 見 れ ば私 的機 関 を設 け るべ きで は な い こ とを紹 介 して い る。 マ ッキ ン タイ ア は それ に対 して 、 自由 と平 等 の問 題 は前 提 が 相 違 す るか ら通 約 不 可 能 で あ る

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とし、 現 代 社 会 で は この 問題 解 決 の確 立 され た 方法 は な い とした。 この 問題

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116

つ いて 、 近代 の ヒ ュー ム も 「完全 な平 等 の観 念 は、 い か に もっ と も ら し く見 え よ う とも本 質 的 には実 際上 実 行 不 可 能 で あ り、 も しも不 可 能 で は な い に し て も、 人 間社 会 に とっ て極 度 に 有 害 で あ る こ とは、 歴 史 家 た ち が 、 また 常 識 で す らわ れ わ れ に教 え る とこ ろで あ ろ う。 財産 を いか に平 等 に しよ う と も、

人 び との技 能 、 管 理 そ して勤 勉 の 程度 の相 違 は、 た ち まち そ の平 等 を打 ち砕

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くで あ ろ う」 と言 う。 ヒ ュ ー ム は こ の 自 由 と平 等 の 問 題 に 対 し、 通 約 不 可 能 と い う よ り、 む し ろ 積 極 的 に 両 立 不 可 能 性 を 主 張 し て い る。 ヒ ュ ー ム の 死 後 、 自 由 と平 等 を謳 っ た フ ラ ン ス 革 命 が 起 き た が 、 そ の 理 念 は 実 現 さ れ る こ

とは な か っ た 。

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現 代 で もそ の 問題 は引 き継 が れ 、J・ ロー ル ズ の 『正 議 論 』 に端 を発 して 、 盛 ん にu論 が 起 こっ て い る。 ロ ー ル ズ は、 『正 議 論 』 で 「正 義 の二 原 理 」 を 提 唱 した。 それ は、① す べ て の個 人 が 社 会 生 活 をお くる の に基 本 とな る 自由 を平 等 に分 か ち もっ べ きで あ る。② 社 会 的 ・経 済 的不 平 等 は、(a)全 員 に公 正 な競 争 の機 会 を平 等 に与 え た上 で 生 じた もの に 限 るべ きで あ る。(b)社 会 的 に最 も不 遇 な人 び との暮 ら し向 きを最 大 限 改善 す る も ので な けれ ば な ら な い、 とい う もの で あ った 。 つ ま り、 基 本 的 な 自由(政 治 的 自由、 言 論 ・集 会 の 自由、 思 想 お よび 良 心 の 自 由 な ど)に つ い て は平 等 で あ るべ きだ が 、 社 会 的 ・経 済 的 不 平 等 につ い て は、機 会 均 等 の原 理 と格 差 修 正 の 原 理 の範 囲 内 で あれ ば、 承 認 して もい い とい う考 えで あ る。 これ は、機 会 の 平 等 と共 に、

結 果 の平 等 を最 小 限 に是 正 し よ う とす る もの で あ っ た 。 それ に対 し、R・

ノ ー ジ ッ クは 「自由至 上主 義 」 の観 点 か ら、 資 本 主 義 的行 為 に対 して 政 府 が 介 入 す るの は、 不 当 な介 入 を も許 して し ま う危 険性 が あ るか ら好 ま し くな い

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と して 、 求 め るぺ き は平 等 で は な く自由で あ る と主 張 した 。 更 に、 それ に対 し、R・ ドゥウ ォー キ ンが 「リペ ラル な平 等 」 とい う立 場 か ら、理 想 的 な分 配 が 達成 され るの は、 異 な る人 々 が 支 配 して い る資 源 が、 それ らの 「機 会 費 用 」(あ る生 産 物 の 費 用 とそ の 生産 の た め に 断 念 され た 他 の 生産 物 の 量)が

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牧 口価値論 と漏契哲学 に見 る弁証法 的展 開(樋 口)Il7

平 等 に な る場 合 の み で あ る と して 、 「資 源 の平 等 」 の理 論 を提 起 し、 自由 と

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平 等 の 両 立 を 図 ろ う と した。 しか し、A・ セ ン は、 ロ ー ル ズや ドゥウ ォー キ ン の両 立 論 は、 「財 の平 等 分 配 」 に と どま っ て い る こ とを批 判 し、 移 住 や 衣 食住 のニ ー ズ、 社 会 生 活 へ の参 加 とい った 「基 本 的 な潜在 能 力 」 の平 等分 配 を提 唱 した。 この基 本 的潜 在 能 力 とは、 人 が あ る基 本 的 な 事柄 を な し う る こ

と と定 義 さ れ 、 そ れ を 「機 能 」 と 「潜 在 能 力 」 に分 けて 説 明 す る。機 能 と は、 人 が 達 成 す る生 活 水 準 、福 祉 で あ り、 潜 在 能 力 は実 際 に達成 され る状 態 が 選 択 可 能 な こ と、 す な わ ち機 能 の選 択 肢 集 合 で あ り、 自 由 の 問題 で あ っ た。 っ ま り、 これ まで の財 や 効 用 に焦 点 を 当 て る議 論 で は な く、 人 間 の潜 在

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能 力 の必 要 性 に焦 点 を 当 て た 自由 と平 等 の議 論 で あ る と言 われ て い る。

で は、 こ こで は、 自由 と平 等 の 問題 につ いて どの よ うに考 え られ るで あ ろ うか 。 これ につ いて は、 二 つ の観 点 が 考 え られ る。 一・つ は、 自由 と平 等 は抽 象 的 な 概 念 で あ るか ら、 主 に原 理 的 な説 明 に よ らな けれ ば な らな い 点 で あ る。 具体 的 な規 範 や 基 準 は状 況 に よ って 異 な るので 、 統0的 な説 明 はで き な い 。 それ は、 根 本 原 理 とその展 開 で あ る規範 の 区別 と同 じ よ うに、 第0原 と第 二原 理 の相 違 で あ る。 そ れ ゆ え、 セ ンが 指 摘 す る よ うに、 財 や 効用 か ら の 議 論 で は 自由 と平 等 の両 立 は困 難 で あ る。 二 つ 目 に、 その 具体 的 な基 準 内 容 に つ い て の 議 論 で あ る。 しか し、 そ れ に は 具 体 的 な 計 算 が 必 要 に な るか ら、 別 途 議 論 が 必 要 で あ る。 こ こで 可 能 な の は、 前 者 の原 理 的 な議 論 にっ い て の み で あ る。 そ の 上 で 、 これ を、 個 人 の 幸 福 と全 体 の幸 福 の 問 題 を例 に考 え て み た い。 一 般 に、 個 人 の 幸 福 は個 人 の 欲 求 の 満 足 に基 づ くの で あ るか ら、 主 観 的で あ る と考 え られ て い る。 そ して、 個 人 の欲 求 が 主 観 的で あ る と い う こ とは、 そ の欲 求 は外 的規 制 に よ るの で は な く、個 人 の 自 由 を前 提 に し て い る とい う こ とにな る。 その 意 味 で 、 個 人 の幸 福 は、個 人 の 自由が 前 提 で

な けれ ば な らな い。 一一方 、全 体 の 幸 福 と言 う場 合 、 個 々 人 の 幸 福 が 前 提 に な って い るわ けで あ るか ら、個 々 人 の平 等 な幸 福 、 個 々人 の 平 等 な 自由が 前

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提 で な けれ ば な ら な い。 功 利 主 義 の幸 福 量 の 問 題 で は、 「全 体 の 幸 福 量 が 増 せ ば、 個 人 の幸 福 が犠 牲 に な って もか まわ な い」 と考 えた と常 に批 判 され る が 、 それ は違 う。 繰 り返 しに な るが 、 幸 福 の物 質 量 的 な配 分 に対 す る批 判 で

あ れ ば、全 体 と個 人 の 完 全 な 調 整 は不 可 能 で あ るか ら、 そ の 批 判 は 妥 当 す る。 しか し、 先 に も見 た よ うに、原 理 の 問題 で は、 量 的 な 問題 、 規 範 的 な問 題 につ い て の批 判 は 当 て は ま らな い 。原 理 の 問題 で 大 事 な点 は、 この場 合 、 自由 と平 等 が相 反 して い て両 立 不 可 能 か ど うか を解 決 す る こ とに あ る。 その 意 味 で 、個 人 の 自 由 と全 体 に お け る平 等 の 自 由が 、成 り立 っ か ど うか が 重 要 で あ る。

これ を弁 証 論 理 で 考 えれ ぼ、 ど う解 釈 で き るで あ ろ うか 。 まず 、 弁 証 的 に 考 え る とは、 全 体 と部分 の 関 係 を有 機 的 に考 え る こ とで あ るか ら、 自由 と平 等 の 問題 を考 え る場 合 も有 機i的に考 え な け れ ば な らな い。 先 に、 「全 体 と部 分 の 関 係 」 と共 に、 「力 とそ の 発 現 」、 「内 的 な もの と外 的 な も の」 の 事 物 の 相 関 性 に言 及 した。 それ は、 部分 一 現 象 一 外 面 、 全 体 一 本 質 一 内面 とい う 相 関 項 に よ っ て 、 双 方 の並 列 状 態 が 統0へ 進 展 して い く とい う もの で あ っ た 。 しか し、 これ は、全 体(社 会)の 角 度 か らの観 点 で あ る。 この相 関 性 を 部 分(個 人)の 角 度 か ら考 え る と、 部 分(個 人)の 力 が 集 約 さ れ て 、 全 体 (社会)と して発 現 され る と考 え る こ とが で き る。 そ れ に よ って 、 相 関項 も 部 分 一 内面 一 本 質 、 全体 一 外 面 一 現 象 に変 換 され る。 つ ま り、個 人 の 力 を

内 的 な もの」 と捉 え る こ とに よっ て、 そ の 「内的 な もの」 の力 が 集 合 して、

外 的 な もの 」 と して全 体 へ と発 現 され る。 その 意 味 で 言 え ば、個 人 が本 質 で あ り、社 会 が 現 象 とな っ て 現 れ る と捉 え る こ とが で き よ う。 そ して 、 この 部 分 と全 体 が 統 一 へ と進 展 す る。 この 観 点 か ら 自 由 と平 等 に つ い て 考 え る と、個 人 の 角 度 か ら言 え ば、 自 由(部 分)と い う 「内 的 な もの」 が 発 現 し て、 平 等(全 体)と い う 「外 的 な もの 」 に な り、 自由が 本 質 、平 等 が現 象 と して現 れ る。 また 、 逆 に、 社 会 の角 度 か ら言 え ば、全 体 の 自由 とは、 個 人 に

参照

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