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駒澤大学佛教学部論集 23 008永井 政之「中国仏教成立の一側面 : 栽松道者の話の成立と展開」

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Academic year: 2021

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全文

(1)

一  

国 に お い て 商 工 業 が 発 展 し た 唐 宋 代 、 同 業 種 の

人 達 が 「 行 し と 呼 ば れ る 組 合 を つ く り 、

に よ っ て は

市 の 特 定 の 地 域 に 一 つ の 町 を つ く っ て

ん だ こ と は 、 夙 に

さ れ て い る ( 加 藤 繁 「 唐 宋 時 代 の 商 人 組 合 「 行 」 を 論 じ て 清 代 の 会 館 に 及 ぶ 」 〔 支 那 経 済 史 考 証 〕 東 洋 文 庫、 昭 和 二 七 年、 所 収 ) 。   こ の 商 人 組 合 は 、 ヨ ー ロ ヅ パ 中 世 の い わ ゆ る ギ ル ド に も 類 似 す る と こ ろ か ら 「

那 ギ ル ド 」 と も 言 わ れ る と い う が 、 加 藤 氏 ・ 前

書 は こ の ギ ル ド を め ぐ っ て 興

あ る 指

を な し て い る 。     次 に 行 人 相 互 の 関 は 如 何 で あ っ た ら う か 。 彼 等 が 、 神 仏 の 祭 祀     に 際 し て 協 力 し た で あ ら う と い ふ こ と は 支 那 人 商 人 間 の 風 習     を 知 る も の 工 容 易 に 想 像 し 得 る こ と で あ る が 、 前 章 に 述 べ た 如     く 、 唐 の 李 攻 の 纂 異 記 に 、 蘇 州 の 金 銀 行 の 首 長 が 其 の 徒 を 糾 合     し て 呉 太 伯 廟 に 美 人 画 を 献 じ た 物 語 を 載 せ て 居 る こ と 並 に 夢     梁 録 〈 巻 一 九 〉 社 会 の 条 に 、 神 聖 の 誕 生 日 に 諸 行 よ り 物 を 献 ず 駒 澤 大 學 佛 教 學 部 論 集 第 二 十 三 號   卒 成 四 年 十 月 る こ と を 述 べ 、 そ の 例 と し て 七 宝 行 よ り 七 宝 の 玩 具 を 献 じ 、 青 果 行 よ り 時 果 を 献 じ 、 魚 児 活 行 よ り 異 様 の 亀 魚 を 献 ず る こ と を 述 べ た こ と な ど に 依 つ て 之 を 確 か め る こ と が 出 来 よ う 。                                       ( 同 書 、 唱 念 O )   別 の 一 段 で は 、 元 代 の 「 長 興 州 修 建

嶽 行 宮 碑 」 の

主 と な っ た 「 行 」 と 、 そ こ に 関 わ る 神 々 達 に つ い て 指 摘 し ( 同 書、 歹 瞳 。 。 ) 、 ま た 清 代 の 広 東 の 「 行 」 の

て た 会 館 で 「 神 を

」 っ た こ と な ど が 指 摘 さ れ て い る ( 同 書 、 》 齢 O ) 。 加 藤 氏 ・

掲 論 文 の 意 図 す る と こ ろ は 別 の と こ ろ に あ る か ら 、 右 以 上 に 論 じ ら れ る こ と は な い が 、 「 行 」 が 宗 教 行 事 に か か わ っ た り 、                                               ( 1 ) 何 ら か の 「 神 」 を 祀 っ た と す る 右 の 指 摘 は 重 要 で

る 。   と こ ろ で 、

喬 〔 中 国 行 業 神

拝 〕 ( 中 国 華 僑 出 版 公 司 一 九 九 〇 年 ) は 先 の 加 藤 氏 ・

掲 論 文 で 詳 し く 言 及 さ れ な か っ た 「 行 」 と 神 々 に か か わ る 部 分 を、 さ ま ざ ま な 資 料 を

使

し つ つ 述 べ た 注 目 す べ き 成 果 で あ る 。 一 六 五

(2)

中 国 仏 教 成 立 の 一 側 面 ( 永 井 )   三 六 〇 行 と も 言 わ れ る 多

な 業 種 の 人 々 が そ れ ぞ れ 祀 る

々 を 有 し て い た と い う の は 、 驚 く べ

事 実 と 言 え よ う 。 そ れ は 序 文 を な し た 任 継 愈 が 「 そ れ は 近 代 中 国 の 科 学 が 未 発

で 、 文 化 も 低 く 、

の 労 働 者 が 半 ぽ 愚 か で 目 覚 め て い な い 状 態 に あ っ て 、 自 己 の 運 命 を 握 ん で お ら ず 、

霊 の 加 護 に 頼 ら ざ る を え な か っ た こ と を 写 し 出 し て い る 」 ( 〔 同 書 〕 歹 悼 、 筆 者 訳 ) と い う 評 価 も し え よ う が 、 一 方 、 解 放 前 の 中 国 に お い て 、 宗 教 が 特 定 の 社 会 の

帯 と し て

際 に

し た

実 を 、 よ り 具 体 的 に 知 ら し め る 成 果 で あ る こ と は 疑 い な い 。

菩 薩 、

る い は 道 教 の 神 々 に わ た る そ の

て を 紹 介 す る 暇 は な い が 同 書 の 述 べ る 「 行 」 と そ の 奉

す る 仏 祖 の み を 列

す る と 次 の よ う に な る 。     白 衣 観 音

玉 器 業     達 摩

漆 匠 ・

革 業 ・ 靴 鞋 業 ・ 修 脚 業 ・

・ 武 師 ・             盗 匪 ・

相 家     達 摩 多

盗 匪     地 蔵 王

陽 生     餓 仏

鍋 匠     観 音

園 業 ・

劇 業     弘 忍

鍋 匠    

釘 鍍

銅 匠 ・ 錫 匠 ・ 銀 匠 ・ 小 炉 匠     済 公

泳 窖 業 ・ 雑

業 一 六 六     欧 岐 仏

金 銀 匠     普 安

油 漆 業 ・

画 業 ・

瓦 業     普 庵 仙 師

木 瓦 石 匠 業     十 八 羅 漢

盗 匪     釈 迦 牟 尼

乞 丐     志 公

修 脚 業 ・

堂 業     准 提

漆 匠   各 仏 祖 と 職 業 が ど う し て 結 び つ く の か は 、 推

で き る も の も あ る が 、 い さ さ か

稽 の

さ え す る も の も あ る 。 い ず れ に せ よ 道 教 側 の 資 料 で

る 〔 玉 匣 記 〕 が 、 各 祖 師 の 誕 日 等 を 事 細 か に 列

す る こ と と 、 実 は そ の 誕 日 の

り を 支 え た で あ ろ う さ ま ざ ま な 職 業 グ ル ー プ の あ る こ と を

ぶ と 、 中 国 社 会 に 侵 透 し た

教 の 実 際 が 、 あ る 部

浮 び 上 る 。   と は 言 え 問 題 が な い わ け で は な い 。 そ れ は

に も 述 べ た こ と か ら す れ ば 当 該 の 仏

薩 が 、 あ る 特 定 の 職

び つ く 過 程 を ど の よ う に 解 明 す る か と い う 点 で あ る 。   右 に 列 挙 し た 総 て に 論 及 し う る わ け で は な い が こ の 小 論 で は 、 鍋 釜 を 補 修 し た 、 所 謂

掛 け 業 」 と 中 国 禅 宗 五 祖 の 弘 忍 の 結 び つ き に つ い て 考 え て み た い 。   す な わ ち 、 李 喬 前 掲 書 は 次 の よ う に 言 う 。 拙 訳 を 掲 げ る 。     『 采 風 録 』 に 載 せ る と こ ろ で は 、 内 江 県 の 鋳 掛 け 業 者 は 弘 忍 を     祖 師 と 仰 ぐ 。 承 鄒 で は 聖 人 の お 告 げ と す る が 、 こ の 弘 忍 と は 禅

(3)

宗 の 五 祖 弘 忍 の こ と で あ る 。 伝 え る と こ ろ で は 、 あ る 人 が 餓 え た あ ま り 、 弘 忍 に 救 い を 求 め た の で 弘 忍 は 鋳 掛 け を 教 え た 。 し か し 補 修 し た も の は ど れ も 漏 っ て し ま い 、 弘 忍 は 糊 状 の 泥 を 用 い れ ば 漏 れ な い こ と を 教 え た 。 そ の た め 内 江 の 鋳 掛 け は 、 の ち ど れ も 糊 泥 を 用 い る の で あ る 。 五 祖 弘 忍 に つ い て は 、 『 五 灯 会 元 』 巻 一 に 見 ら れ る 。   承

の 二 字 は 多

だ が、 も う 一 つ 判 然 と し な い 。 内 江 県 は 四 川 省 の そ れ で あ ろ う 。 今 の と こ ろ 他 の 地 区 で の よ う す が 知 り え ず 、 あ る い は こ の 信 仰 は か な り 局 地 的 な も の と も 言 い う る か も し れ な い し 、 〔 采 風

〕 の 成 立 時 期 も 近 代 で あ る こ と は 間 違 い な い も の の 、 こ れ も い ま 一 つ 明 確 で は な い 。   翻 っ て み る と 、 五 祖 弘 忍 の イ メ ー ジ が 中

禅 宗 史 の ワ ク の 中 で

流 動 性 に 富 ん だ

の で あ る こ と に 気 づ く 。   そ こ で は 「

山 法 門 」 の 語 に 象

さ れ る よ う な 弘 忍 自 身 の

力 と 、

下 か ら 慧 能 、 神 秀 の 二 人 を 打 出 し た こ と が 相 い 俟 っ て 、 弘 忍 の イ メ : ジ が 作 り 上 げ ら れ て い っ た こ と が

測 さ れ る 。   こ の 小 論 で は 、 そ の よ う な 弘 忍

い わ ぽ

幅 を 手 が か り に 、 中 国 に お け る 仏

信 仰 の 一 端 を 考 え て み た い 。 ま

伝 統 的 な 資 料 に よ っ て 弘 忍 の 伝 記 の 梗 概 を み て お き た 中 国 仏 教 成 立 の 一 側 面 ( 永 井 ) い 。 方 法 論 と し て は か つ て 関 口

大 〔

磨 の 研 究 〕 や 、 本 学 禅

史 研 究 会 〔 慧 能 研 究 〕 の 採 っ た そ れ に 則 る こ と と し た 。   た だ し 煩 を 避 け る た め 、 弘 忍 伝 の 白 眉 で あ り 、 中

禅 宗 史 に お け る 重 大 な 事 件 で あ る 弘

と 六 祖 慧 能 と の 関 係 に つ い て は こ れ を 割 愛 し 、 そ の す べ て を 前 述 の 〔 慧 能 研 究 〕 に 譲 る こ と と し た 。   と こ ろ で 弘 忍 の 伝 記 を 収 録

る 資 料 を 列 挙 す る と 次 の よ う に な る 。 そ の 多 く は 先 の 〔

能 研 究 〕 で 利 用 さ れ た 資 料 に 共 通 す る が 、 今 そ れ ら を 成 立 し た 順 に 、 本 稿 で

使

用 し た 略 称

含 め て 記 し て お こ う 。 伝 法 宝 記 楞 伽 師 資 記

会 録 歴 代 法 宝 記 祖 堂 集 宋 高 僧 伝 伝 灯 録 広 灯 録

灯 録 聯 灯 会 要 普 灯 録 五 灯 会 元 開 元 初 年 ( 七

一 ) 開 元 四 年 ( 七 一 六 ) 頃 保 大 一 〇 年 ( 九 五 二 ) 端

元 年 ( 九 八 八 ) 景 徳 元 年 ( 一 〇 〇 四 ) 天 聖 七 年 ( 一 〇 二 九 ) 建 中 靖 国 元 年 (

〇 ご 淳 煕 一 〇 年 (

八 三 ) 嘉 泰 四 年 ( 一 二 〇 四 ) 淳 砧 一 二 年 ( 一 二 五 二 V 一 六 七

↓ ↓

↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

元 普

会 続

広 伝 宋 祖 歴 神 楞 宝

(4)

中 国 仏 教 成 立 の 一 側 面 ( 永 井 )   仏 祖

 

   

淳 五 年 ( = 一 六 九 )  

 

   

 

    ↓ 統   仏 祖 歴

通 載

 

至 正 元 年 ( 二 二 四 一 )

 

   

 

   

 

↓ 通   釈 氏

古 略

 

  至 正 一 四 年 (

一 五 四 ) 再 治

 

   

 

  右 の 底 本 は 〔 伝 法 宝 記 〕 〔 楞 伽 師 資 記 〕 〔 歴 代 法 宝 記 〕 に つ い て は 〔

の 語 録 〕 ( 初 期 の 禅 史

1

. ∬ ) の 成 果 、 〔

録 〕 は 、 石 井 光 雄 氏 旧 蔵 に な る 敦

本 の そ れ 、 〔 祖 堂

〕 は 中 文 出 版 社 本 、 〔 広 灯

〕 か ら 〔 五 灯 会 元 〕 ま で は 〔 続 蔵 経 〕 所

本 、 そ れ 以 外 は 〔 大 正 蔵 〕 所 収 本 を 用 い た 。 〔 慧

研 究 〕 が 、 そ の 研 究 の 性 格 上 よ り

い 資 料 に 注 目 す る こ と に 比

る な ら 、 本 稿 は 近 代 に 至 る ま で の 弘 忍 伝 の

遷 に 注 目 し た た め に そ の 下 限 は 自 ず と 下 が っ た 。 と は

っ て も

宗 の

に お け る 弘 忍 伝 の 形 成 は 、 〔 五 灯

元 〕 前

を も っ て 確 立 し た よ う に 見 受 け ら れ る か ら 明 清 代 立 し た 灯 史 に つ い て は こ れ を 割 愛 し た 。 伝 宋 祖 歴 神 楞 宝 ω 法 謎 な ど 釈 弘 忍 。 第 六 唐 朝 漸 州 双 峰 山 幽 居 寺 大 師 諱 弘 忍 。 第 五 代 唐 朝 忍 禅 師 。 ( 承 信 大 師 後 ) 。 唐 朝 第 五 祖 弘 忍 禅 師 。 第 三 十 二 祖 弘 忍 和 尚 。 即 唐 土 五 祖 也 。 釈 弘 忍 。 第 三 十 二 祖 弘 忍 大 師 者 。 稽 通 統 元 普 会 続 広 楞 宝 通 続 元 普 会 続 広 伝 宋 祖 歴 神 第 三 十 二 祖 弘 忍 大 師 者 。 爾 時 五 祖 弘 忍 大 満 禅 師 。 五 祖 弘 忍 大 師 。 五 祖 弘 忍 大 師 。 五 祖 弘 忍 大 師 者 。 五 祖 弘 忍 。 楚 歳 五 祖 弘 忍 大 師 示 寂 。 五 祖 弘 忍 大 師 尊 者 。 一 六 八   本 貫 ・ 俗 姓 黄 梅 人 。 俗 姓 周 氏 。 按 安 州 寿 山 和 上 。 諱 蹟 。 撰 楞 伽 人 法 志 云 。 大 師 俗 姓 周 。 其 先 尋 陽 人 。 貫 黄 梅 県 也 。 俗 姓 周 。 黄 梅 人 也 。 俗 姓 周 。 黄 梅 人 也 。 姓 周 氏 。 本 居 汝 南 。 遷 止 斷 州 黄 梅 誕 生 。 姓 周 氏 。 家 寓 淮 左 潯 陽 。 一 云 黄 梅 人 也 。 斬 州 黄 梅 人 也 。 姓 周 氏 。 漸 州 黄 梅 人 也 。 姓 周 氏 。 漸 州 黄 梅 人 。 ( 無 父 従 母 姓 周 氏 。 ) 斬 之 黄 梅 人 。 ( 出 周 氏 処 女 。 以 栽 松 道 者 。 仮 陰 而 生 。 随 母 姓 焉 。 ) 斯 州 黄 梅 人 。 母 周 氏 。 師 漸 州 黄 梅 周 氏 子 。

(5)

耀 元 普 会 続 広 伝   宋 祖 歴 神 楞 宝 統 漸 川 黄 梅 県 人 也 。   生 誕 の 奇 瑞 ( 栽 松 道 者 ) 母 懐 之 時 。 発 光 通 宵 。 毎 聞 異 香 。 身 体 安 泰 。 王 父 曁 考 。 皆 干 名 不 利 。 賁 于 丘 園 。 其 母 始 娠 。 移 月 而 光 照 庭 室 。 終 夕 若 昼 。 其 生 也 灼 爍 如 初 。 異 香 襲 人 。 挙 家 欣 駭 乃 裁 松 道 者 後 身 。 出 周 氏 処 女 。 以 裁 松 道 者 。 仮 陰 而 生 。 随 母 姓 焉 。 先 為 破 頭 山 中 裁 松 道 者 。 嘗 請 於 四 祖 日 。 法 道 可 得 聞 乎 。 祖 日 。 汝 己 老 。 脱 有 聞 其 能 広 化 邪 。 儻 若 再 来 。 吾 尚 可 遅 汝 。 廼 去 行 水 辺 見 一 女 子 浣 衣 。 揖 日 。 寄 宿 得 否 。 女 日 。 我 有 父 兄 可 往 求 之 。 日 。 諾 我 即 敢 行 。 女 首 肯 之 。 遂 回 策 而 去 。 女 周 氏 季 子 也 。 帰 輙 孕 。 父 母 大 悪 逐 之 。 女 無 所 帰 。 日 傭 紡 里 中 。 夕 止 於 衆 館 之 下 。 已 而 生 一 子 。 以 為 不 祥 。 因 抛 濁 港 中 。 明 日 見 之 泝 流 而 上 。 気 体 鮮 明 。 大 驚 遂 挙 之 。 〈 裁 松 道 者 。 託 胎 周 氏 女 。 事 已 備 載 通 塞 志 〉 。 四 祖 居 破 頭 山 。 有 老 僧 号 栽 松 道 者 。 寄 生 周 氏 女 。 見 四 祖 令 出 家 。 是 為 弘 忍 。                                     ( 巻 三 五 )   中 国 仏 教 成 立 の 一 側 面 ( 永 井 ) 通 穃 会 続 広 伝   宋   祖 歴 神 楞 宝 世 称 五 祖 前 身 。 蓋 栽 松 道 者 。 往 見 四 祖 将 付 以 衣 法 。 俄 惜 之 日 。 汝 耄 矣 。 雖 嗣 化 能 復 幾 何 。 悄 再 来 可 也 。 五 祖 因 託 質 周 氏 。 無 父 而 生 。 母 幾 受 禍 僅 死 而 免 。 四 祖 果 忍 死 以 遅 其 来 。 卑 以 大 法 。 慮 吾 祖 出 入 死 生 正 游 戯 耳 。 自 非 果 位 上 聖 。 孰 能 与 於 此 哉 。 先 為 破 頭 山 栽 松 道 者 。 甞 請 於 四 祖 日 。 法 道 可 得 聞 乎 。 祖 日 。 汝 已 老 。 脱 有 聞 其 能 広 化 邪 。 儻 若 再 来 。 吾 尚 可 遅 汝 。 道 者 去 行 水 辺 。 見 一 女 子 浣 衣 。 揖 日 。 寄 宿 得 否 。 女 日 。 我 有 父 兄 可 往 求 之 。 道 者 日 。 諾 我 則 敢 往 求 。 女 首 肯 之 。 道 者 回 策 帰 山 而 化 。 其 女 周         ひ ご 氏 季 子 。 輟 孕 。 父 母 大 悪 逐 之 。 女 無 所 帰 。 日 庸 紡 里 中 。 夕 止 衆 館 下 。 已 而 生 一 子 。 以 為 不 祥 。 抛 濁 港 中 。 明 目 泝 流 而 上 。 大 驚 遂 挙 之 。   幼 年 期 の 人 と な り 父 早 棄 背 。 養 母 孝 彰 。 後 乃 生 育 。 形 貌 端 厳 。 哲 者 観 之 云 。 此 子 。 闕 七 種 大 人 之 相 。 不 及 仏 也 。 逧 能 言 辞 気 与 隣 児 弗 類 。 既 成 童 丱 。 絶 其 遊 弄 。 厥 父 偏 愛 。 因 令 誦 書 。 無 記 応 阻 其 宿 熏 。 真 心 早 萌 其 成 現 。 旦 出 明 。 徙 倚 間 如 有 所 待 。 生 而 岐 嶷 。 童 遊 時 逢 一 智 者 。 歎 日 。 此 子 闕 七 種 相 。 不 逮 如 来 。 生 而 岐 嶷 。 童 遊 時 逢 一 智 者 。 嘆 日 。 此 子 闕 七 種 相 。 不 逮 如 来 。 = ハ 九

(6)

祖 歴 神 槐 宝 稽 通 統   元 普 束   中 国 仏 教 成 立 の 一 側 面 ( 永 井 ) 成 童 随 母 乞 食 。 里 人 呼 為 無 姓 児 。 逢 一 智 者 。 歎 日 。 此 子 欠 七 種 相 。 不 逮 如 来 。 生 而 岐 嶷 。 児 時 有 異 僧 。 歎 日 。 是 子 闕 七 種 相 。 不 逮 如 来 。 成 童 随 母 乞 食 。 里 中 逢 一 智 者 。 嘆 日 。 此 児 欠 七 種 相 。 不 逮 如 来 。   出 家 ・ 修 学 童 真 出 家 。 年 十 二 事 信 禅 師 。 性 木 訥 沈 厚 。 同 学 頗 軽 戯 之 。 終 黙 無 所 対 。 常 勤 作 役 。 以 体 下 人 。 信 特 器 之 。 昼 則 混 迹 駈 給 。 夜 便 坐 摂 至 暁 。 未 嘗 懈 惓 。 精 至 累 年 。 信 常 以 意 導 。 洞 然 自 覚 。 雖 未 視 諸 経 論 。 聞 皆 心 契 。 七 歳 奉 事 道 信 禅 師 。 干 時 忍 禅 師 。 年 七 歳 。 奉 事 経 余 。                   ( 道 信 章 ) 七 歳 事 信 大 師 。 年 十 三 入 道 披 衣 。 其 性 木 訥 沈 厚 。 同 学 軽 戯 。 黙 然 無 対 。 常 勤 作 務 。 以 礼 下 人 。 昼 則 混 迹 駈 給 。 夜 便 坐 摂 至 暁 。 未 嘗 懈 惓 。 三 十 年 。 不 離 信 大 師 左 右 。 身 長 八 尺 。 容 貌 与 常 人 絶 殊 。 忽 於 黄 梅 路 上 。 見 一 小 児 。 年 七 歳 。 所 出 言 異 。 師 乃 問 子 何 姓 。 子 答 日 。 姓 非 常 姓 。 師 日 。 是 何 姓 。 子 答 。 是 仏 性 。 師 日 。 汝 勿 姓 也 。 子 答 日 。 其 姓 空 故 。 師 謂 左 右 日 此 子 非 凡 。 吾 滅 度 二 十 年 中 。 大 作 仏 事 。 子 問 日 諸 聖 従 何 而 証 。 師 云 。 廓 然 廓 然 。 子 日 。 与 麼 則 無 聖 去 也 。 師 日 。 猶 有 這 箇 紋 彩 在 。       ( 道 信 章 ) 七 歳 出 家 事 信 大 師 。 幼 而 聡 敏 。 事 不 再 問 。 時 東 山 信 禅 師 邂 逅 至 焉 。 問 之 日 。 何 姓 名 乎 。 対 問 朗 暢 。 区 別 有 伝 広 会 続                                   一 七 〇 帰 。 理 逐 言 分 。 声 随 響 答 。 信 師 熟 視 之 。 歎 日 。 ’ 此 非 凡 童 也。 具 体 占 之 。 止 闕 七 大 人 之 相 。 不 及 仏 矣 。 苟 預 法 流 二 十 年 。 後 必 大 作 仏 事 。 勝 任 荷 寄 。 乃 遣 人 随 其 帰 舎 。 具 告 所 親 喩 之 出 家 。 父 母 欣 然 乃 日 。 禅 師 仏 法 大 竜 光 被 遠 邇 。 緇 門 俊 秀 帰 者 如 雲 。 豈 伊 小 験 那 堪 撃 訓 。 若 垂 虚 受 因 無 留 悋 。 時 年 七 歳 也 。 至 双 峯 習 乎 僧 業 。 不 逍 艱 辛 。 夜 則 歛 容 而 坐 。 恬 澹 自 居 。 泊 受 形 倶 戒 検 精 属 。 信 毎 以 頓 漸 之 旨 。 日 省 月 試 之 。 忍 聞 言 察 理 触 事 忘 情 。 痘 正 受 塵 渇 方 飲 水 如 也 。 一 日 往 黄 梅 県 。 路 逢 一 小 児 。 骨 相 奇 秀 。 異 乎 常 童 。 師 問 日 。 子 何 姓 。 答 日 。 姓 即 有 不 是 常 姓 。 師 日 。 是 何 姓 。 答 日 。 是 仏 性 。 師 日 。 汝 無 性 耶 。 答 日 。 性 空 故 。 師 黙 識 其 法 器 。 即 倅 侍 者 。 至 其 家 。 於 父 母 所 乞 令 出 家 。 父 母 以 宿 縁 。 故 殊 無 難 色 。 遂 捨 為 弟 子 。 名 日 弘 忍 。                               ( 道 信 章 ) 後 遇 信 大 師 。 一 口 往 黄 梅 県 。 路 逢 一 小 児 。 骨 相 奇 秀 。 異 乎 常 童 。 師 問 日 。 子 何 姓 。 答 日 。 姓 即 有 是 常 姓 。 師 日 。 是 何 姓 。 答 日 。 是 仏 性 。 師 日 。 汝 無 姓 耶 。 答 日 。 性 空 故 。 師 黙 識 其 法 器 。 即 令 一 僧 至 其 家 。 於 父 母 所 。 諭 令 出 家。 父 母 殊 無 難 色 。 日 。 願 垂 接 受 。 師 遂 与 落 髪 受 具 。                                         ( 道 信 章 ) 於 黄 梅 路 上 。 見 一 小 児 。 骨 相 奇 秀 。 異 乎 常 童 。 師 見 問 日 汝 何 姓 。 答 日 。 姓 即 有 。 不 是 常 姓 。 師 日 。 是 何 姓 。 答 日 。 是 仏 性 。 師 日 。 汝 無 仏 性 。 答 日 。 仏 性 空 故 。 所 以 言 無。 師 識 其 法 器 。 俾 為 侍 者 。                                         ( 道 信 章 ) 一 日 於 斷 州 黄 梅 県 。 逢 一 童 子 。 骨 相 奇 秀 。 異 乎 常 童 。 師 間 之 云 。 子 何 姓 。 云 。 姓 即 有 。 不 是 常 姓 。 師 云 。 是 何 姓 。 云 。 是 仏 性 。

(7)

普 兀 続 通 稽 師 云 。 汝 無 姓 耶 。 云 。 姓 空 故 。 師 黙 器 之 。 即 受 出 家 落 髪 。 俾 令 給 侍 。                                         ( 道 信 章 ) 一 日 至 黄 梅 。 路 逢 小 児 。 骨 相 奇 偉 。 遂 閲 日 。 子 何 姓 。 云 。 姓 即 有 。 不 是 常 姓 。 日 。 是 何 姓 。 云 。 是 仏 性 。 日 。 汝 無 性 耶 。 云 。 性 空 故 。 祖 黙 識 之 。 俾 侍 僧 。 至 其 舎 誘 出 家 。 母 亦 知 其 宿 縁 。 殊 無 難 色 。                                         ( 道 信 章 ) 一 目 往 黄 梅 県 。 路 逢 一 小 児 。 骨 相 奇 秀 。 異 乎 常 童 。 祖 問 日 。 子 何 姓 。 答 日 。 姓 即 有 。 不 是 常 姓 。 祖 日 。 是 何 姓 。 答 日 。 是 仏 性 。 祖 日 。 汝 無 姓 邪 。 答 日 。 性 空 故 無 。 祖 黙 識 其 法 器 。 即 俾 侍 者 。 至 其 母 所 。 乞 令 出 家 。 母 以 宿 縁 故 。 殊 無 難 色 。 遂 捨 為 弟 子 。                                               ( 道 信 章 ) 師 為 童 子 。 於 道 上 遇 四 祖 。 問 之 日 。 子 何 姓 。 答 日 。 姓 即 有 。 不 是 常 姓 。 祖 日 。 是 何 姓 。 答 日 。 是 仏 姓 。 祖 日 。 汝 無 姓 耶 。 答 日 。 性 空 故 無 。 祖 黙 然 識 之 。 即 詣 其 母 。 語 令 出 家 。 甞 一 日 於 黄 梅 道 中 。 逢 一 小 児 。 骨 相 秀 異 。 師 日 。 汝 何 姓 。 答 日 。 姓 即 有 。 不 是 常 姓 。 師 日 。 是 何 姓 。 答 日 。 是 仏 性 。 師 日 汝 無 性 耶 。 答 日 。 性 即 空 故 。 師 黙 識 其 為 法 器 。 令 侍 者 。 詣 其 母 求 之 出 家 。 母 以 夙 縁 故 。 了 無 難 色 。                     ( 道 信 章 ) 後 遇 信 大 師 。 一 日 往 黄 梅 県 。 路 逢 一 小 児 。 可 七 歳 許 。 問 之 日 。 汝 何 姓 。 児 日 。 姓 即 有 。 非 常 姓 。 祖 日 。 是 何 姓 。 児 日 。 是 仏 性 。 祖 日 。 汝 無 姓 耶 。 児 日 。 姓 空 故 無 。 祖 黙 識 其 法 器 。 令 侍 者 。 至 其 母 所 。 乞 令 出 家 。 母 以 其 宿 縁 故 遂 捨 之 。 祖 為 剃 度 名 弘 忍 。       ( 道 信 章 ) 後 遇 四 祖 得 度 。 中 国 仏 教 成 立 の 一 側 面 ( 永 井 ) 祖 歴 神 楞 宝 束 伝 広 続 会   褐   法 既 受 付 嘱 。 承 信 禅 師 後 . 得 師 授 記 。 得 法 付 袈 裟 。 師 ( 道 信 ) 乃 付 法 偈 日 。 花 種 有 生 性   因 地 花 性 生 大 縁 与 性 合   当 生 不 生 生                         ( 道 信 章 ) 信 知 其 可 教 。 悉 以 其 道 授 之 。 復 命 超 浮 図 。 功 畢 密 付 法 衣 。 以 為 質 要 。 以 至 付 法 伝 衣 。 偈 日 。 華 種 有 生 性   因 地 華 生 生 大 縁 与 信 合   当 生 生 不 生 遂 以 学 徒 委 之 。                                 ( 道 信 章 ) 既 而 乃 告 之 日 。 如 来 以 正 法 眼 蔵 。 付 伝 迦 葉 。 次 第 嘱 授 。 而 至 於 我 。 我 令 付 汝 。 井 達 磨 袈 裟 。 以 為 法 信 。 汝 善 護 持 。 流 布 将 来 。 無 令 断 絶 。 聴 吾 偈 日 。 華 種 有 生 性   因 地 華 生 生 大 縁 与 性 合   当 生 生 不 生                         ( 道 信 章 ) 後 付 正 法 眼 蔵 。 而 説 偈 言 。 花 種 有 生 性   因 地 花 生 生 大 縁 与 性 合   当 生 生 不 生                         ( 道 信 章 ) 得 法 。 後 付 法 眼 。 而 説 偈 云 花 種 有 生 地   因 地 花 生 生 一 七 一

(8)

元 普 通 統 稽 楞 伝   中 国 仏 教 成 立 の 一 側 面 ( 永 井 ) 大 縁 与 信 合   当 生 生 不 生                         ( 道 信 章 ) 既 稟 大 医 之 任 。 祖 以 衣 法 付 之 。                                   ( 道 信 章 ) 以 至 付 法 伝 衣 。 偈 日 。 華 種 有 生 性   因 地 華 生 生 大 縁 与 性 合   当 生 生 不 生 遂 以 学 徒 委 之 。                                 ( 道 信 章 ) 既 伝 法 。 以 至 伝 衣 付 法 。 偈 日 。 華 種 有 生 性   因 地 華 生 生 大 縁 与 信 合   当 生 生 不 生 遂 以 学 徒 委 之 。                                   ( 道 信 章 ) ( 後 遇 信 大 師 ) 得 法 。 其 後 乃 命 日 。 昔 如 来 伝 正 法 眼 。 転 至 於 我 。 我 今 付 汝 井 於 衣 鉢 。 聴 吾 偈 。 日 。 華 種 有 生 性   因 地 花 生 生 大 縁 与 信 合   当 生 生 不 生                         ( 道 信 章 ) 受 其 伝 法 。 ω 開 法 令 望 所 帰 。 裾 屡 湊 門 。 日 増 其 倍 。 十 余 年 間 。 道 俗 受 学 者 。 天 下 十 八 九 。 自 東 夏 禅 匠 伝 化 。 乃 莫 之 過 。 発 言 不 意 。 以 察 機 宜 。 響 対 無 端 。 皆 冥 寂 用 。 忍 伝 法 妙 法 。 人 尊 時 号 為 東 山 浄 門 。 又 縁 京 洛 道 俗 称 歎。 斷 州 東 山 多 有 得 果 人 。 故 日 東 山 法 門 也 。 人 間 。 学 道 何 故 不 向 域 邑 聚 落 。 歴 神 宋 祖                                   一 七 二 要 在 山 居 。 答 日 。 大 厦 之 材 。 本 出 幽 谷 。 不 向 人 間 有 也 。 以 遠 離 人 故 。 不 被 刀 斧 損 斫 。 一 一 長 成 大 物 後 。 乃 堪 為 棟 梁 之 用 。 故 知 栖 神 幽 谷 。 遠 避 露 塵 。 養 性 山 中 。 長 辞 俗 事 。 目 前 無 物 。 心 自 安 寧 。 従 此 道 樹 花 開 。 禅 林 菓 出 也 。 其 忍 大 師 蕭 然 浄 坐 。 不 出 文 記 。 口 説 玄 理 。 黙 授 与 人 。 在 人 間 有 禅 法 一 本 。 云 是 忍 禅 師 説 者 。 謬 言 也 。 自 出 家 処 幽 居 寺 。 住 度 弘 愍 。 懐 抱 貞 純 。 縅 口 於 是 非 之 場 。 融 心 於 色 空 之 境 。 役 力 以 申 供 養 。 法 侶 資 其 足 焉 。 調 心 唯 務 渾 儀 。 師 独 明 其 観 照 。 四 儀 皆 是 道 場 。 三 業 威 為 仏 事 。 蓋 静 乱 之 無 二 。 乃 語 黙 之 垣 一 。 時 四 方 請 益 。 九 衆 師 模 。 虚 往 実 帰 。 月 兪 千 計 。 生 不 属 文 。 而 義 符 玄 旨 。 以 遂 居 馮 墓 山 。 在 双 峰 山 東 。 時 人 号 朿 山 法 門 是 也 。 ( 中 略 )   忍 大 師 開 法 経 三 十 年 。 接 引 道 俗 。 四 方 帰 仰 。 奔 湊 如 雲 。 得 法 付 袈 裟 。 居 馮 茂 山 。 在 双 峰 山 。 東 京 相 去 不 遙 。 時 人 号 為 東 山 法 門 。 即 為 馮 茂 山 也 。 非 嵩 山 是 也 。 時 有 狂 賊 可 達 寒 奴 戮 等 。 囲 饒 州 城 数 匝 。 無 有 路 入 。 飛 鳥 不 通 。 大 師 遙 見 。 来 彼 城 。 群 賊 退 散 。 逓 相 言 。 無 量 金 剛 。 執 杵 趨 我 。 怒 目 切 歯 。 我 遂 奔 散 。 忍 大 師 却 帰 馮 茂 山 。 顕 慶 五 年 。 大 帝 勅 使 黄 梅 馮 茂 山 。 請 忍 大 師 。 大 師 不 赴 所 請 。 又 勅 使 再 請 。 不 来 。 勅 賜 衣 薬 。 就 馮 茂 山 供 養 。 後 四 十 余 年 。 接 引 道 俗 吐 四 方 竜 象 。 帰 依 奔 湊 。 大 師 付 嘱 恵 能 法 及 袈 裟 。 将 知 髭 雪 山 之 肥 膩 。 構 作 醍 醐 。 喰 海 底 之 金 剛 。 棲 傾 巨 樹 。 擁 納 之 侶 麿 至 蝉 聯 。 商 人 不 入 於 化 城 。 貧 女 大 開 於 宝 蔵 。 入 其 趣 者 。 号 東 山 法 門 歟 。

(9)

稽 通 統 元 普 会 続 広 伝 伝 楞 嗣 化 於 破 頭 山 。 後 写 於 破 頭 山 。 居 黄 梅 東 山 。 大 振 玄 風 。 得 法 之 後 。 居 破 頭 山 。 遂 嗣 化 破 頭 山 。 嗣 化 於 破 頭 上 。 既 伝 法 嗣 居 東 山 。 嗣 化 於 破 頭 山 。 嗣 化 於 破 頭 山 。

 

不 寂 と 建 碑 上 元 二 年 八 月 。 数 見 衰 相 。 十 八 目 。 因 弟 子 法 如 密 有 伝 。 宜 明 一 如 所 承 。 因 若 不 言 。 遂 涙 然 坐 化 。 春 秋 七 十 四 也 。 時 荊 州 神 秀 禅 師 伏 鷹 高 軌 。 親 受 付 嘱 。 玄 蹟 以 威 亨 元 年 。 至 双 峰 山 。 恭 承 教 誨 。 敢 奉 駈 馳 。 首 尾 五 年 。 往 還 三 覲 。 道 俗 斉 会 。 仂 身 供 養 。 蒙 示 楞 佛 義 云 。 此 経 唯 心 証 了 知 。 非 文 銃 能 解 。 威 亨 五 年 二 月 。 命 玄 饋 等 起 塔 。 与 門 人 運 天 然 方 石 。 累 構 厳 麗 。 月 十 四 日 間 。 塔 成 未 。 奉 答 巳 了 。 便 云 。 不 可 同 仏 涅 槃 之 日 。 乃 将 宅 為 寺 。 又 日 。 如 吾 一 生 。 教 人 無 数 。 好 者 並 亡 。 後 伝 吾 道 者 。 只 可 十 耳 。 我 与 神 秀 論 楞 伽 経 。 玄 理 通 快 。 必 多 利 益 。 資 州 智 読 。 白 松 山 劉 主 簿 。 兼 有 文 性 。 華 州 恵 蔵 。 随 州 玄 約 。 憶 不 見 之 。 嵩 山 老 安 。 深 有 道 行 。 灑 州 法 如 。 韶 州 恵 能 。 揚 州 高 麗 僧 智 徳 。 此 並 堪 為 人 師 。 但 一 方 人 物 。 越 州 義 方 。 仍 便 講 説 。 又 語 玄 蹟 口 。 汝 之 兼 行 。 善 自 保 愛 。 吾 涅 槃 後。 汝 与 神 秀 。 当 以 仏 目 再 暉 。 心 燈 重 照 。 其 月 十 六 日 。 間 日 。 汝 今 知 我 心 不 。 玄 贖 奉 答 。 不 知 。 大   中 国 仏 教 成 立 の 一 側 面 ( 永 井 ) 神 歴 祖 宋 伝 広 師 乃 将 手 爲 十 方 。 一 一 述 所 証 心 。 巳 十 六 中 。 面 南 宴 坐 。 閉 目 便 終 。 春 秋 七 十 四 。 礼 葬 於 馮 茂 山 。 塔 中 至 今 。 宛 如 平 昔 。 范 陽 盧 子 産 。 於 安 州 寺 壁 画 像 。 前 兵 部 尚 書 隴 西 李 逍 秀 。 為 讃 日 。 猗 歟 上 人 。 冥 契 道 真 。 摂 心 絶 智 。 高 悟 通 神 。 無 生 証 果 。 現 滅 同 塵 。 今 茲 変 易 。 何 歳 有 隣 。 至 上 元 年 。 大 師 春 秋 七 十 有 余 。 其 年 二 月 十 一 日 奄 然 坐 化 。 是 日 山 崩 地 動 。 雲 霧 蔽 於 日 月 。 閭 丘 均 造 碑 文 。 其 碑 見 在 黄 梅 。 後 至 威 亨 五 年 。 命 弟 子 玄 蹟 師 。 与 吾 起 塔 。 至 二 年 十 四 日 。 間 。 塔 成 否 。 答 。 功 畢 。 大 師 云 。 不 可 同 仏 二 月 十 五 日 入 般 浬 槃 。 又 云 。 吾 一 生 教 人 無 数 。 除 恵 能 余 有 十 尓 。 神 秀 師 。 智 銑 師 。 智 徳 師 。 玄 贖 師 。 老 安 師 。 法 如 師 。 恵 蔵 師 。 玄 約 師 。 劉 主 簿 。 雖 不 離 吾 左 右 。 汝 各 一 方 師 也 。 後 至 上 元 二 年 二 月 十 一 日 。 奄 然 坐 化 。 忍 大 師 時 年 七 十 四 弟 子 恵 能 伝 衣 得 法 承 後 。 学 士 閭 丘 均 撰 碑 文 。 大 師 付 法 後 。 高 宗 在 位 二 十 四 年 壬 申 之 歳 二 月 十 六 日 滅 度 。 春 秋 七 十 四 。 代 宗 諡 号 大 満 禅 師 。 法 雨 之 塔 。 自 上 元 壬 申 歳 遷 化 。 迄 今 唐 保 大 十 年 壬 子 歳 。 得 二 百 八 十 年 矣 。 以 高 宗 上 元 二 年 十 月 二 十 三 日 告 滅 。 報 齢 七 十 有 四 。 是 日 氛 霧 冥 暗 。 山 石 崩 垉 。 門 弟 子 神 秀 等 奉 痙 全 身 于 東 山 之 岡 也 。 ( 中 略 ) 開 元 中 太 子 文 学 間 丘 均 為 塔 碑 焉 。 代 宗 勅 諡 大 満 禅 師 。 塔 日 法 雨 也 。 忍 大 師 既 付 衣 法 。 復 経 四 載 。 至 上 元 二 年 。 〈 乙 亥 歳 。 乃 唐 高 宗 時 也 。 至 粛 宗 時 復 有 上 元 年 号 。 其 二 年 歳 。 在 辛 丑 也 〉 。   忽 告 衆 日 。 吾 今 事 畢 時 可 行 矣 。 即 入 室 安 坐 而 逝 。 寿 七 十 有 四 。 建 塔 於 黄 梅 之 東 山 。 代 宗 皇 帝 諡 大 満 禅 師。 法 雨 之 塔 。 自 大 師 滅 度 至 皇 宋 景 徳 元 年 甲 辰 。 凡 三 百 三 十 年 。 師 忽 告 衆 日 。 吾 今 事 畢 。 時 可 行 矣 。 即 入 室 安 座 而 逝 。 寿 七 十 有                                   一 七 三

(10)

      中 国 仏 教 成 立 の 一 側 面 ( 永 井 )     四 。 唐 高 宗 上 元 二 年 壬 申 歳 。 二 月 十 五 。 建 塔 于 黄 梅 之 東 山 。 代     宗 諡 大 満 禅 師 。 法 雨 之 塔 。 続 会 師 付 法 後 又 四 載 。 上 元 二 年 。 告 衆 云 。 吾 今 事 畢 。

可 行 矣 。 遂     安 坐 而 寂 。 俗 寿 七 十 有 四 。 塔 于 黄 梅 之 東 山 。 普   祖 自 此 不 復 上 堂 。 経 四 載 。 至 上 元 二 年 。 忽 告 衆 日 。 吾 今 事 畢 。     時 可 行 矣 。 即 入 室 安 坐 而 逝 。 寿 七 十 有 四 。 塔 於 黄 梅 之 東 山 。 真     身 迄 今 不 壊 。 代 宗 諡 日 大 満 禅 師 。 法 雨 之 塔 。 元   五 祖 既 付 衣 法 。 復 経 四 載 。 至 上 元 二 年 。 忽 告 衆 日 。 吾 今 事 畢 。     時 可 行 矣 。 即 入 室 安 坐 而 逝 。 寿 七 十 有 四 。 建 塔 干 黄 梅 之 東 山 。     代 宗 諡 大 満 禅 師 。 法 雨 之 塔 。 統   既 伝 法 嗣 居 東 山 。 威 亨 中 。 伝 衣 法 与 慧 能 。 後 四 年 示 寂 。 塔 於 東     山 。 代 宗 朝 追 諡 大 満 禅 師 。 通   祖 既 付 法 已 。 復 経 四 載 而 寂 。 塔 于 東 山 。 代 宗 諡 大 満 禅 師 。 法 雨     之 塔 。 稽   祖 付 衣 法 。 已 復 経 四 載 。 当 上 元 二 年 。 告 衆 日 。 吾 今 事 畢 。 時 可     行 矣 。 入 室 安 坐 而 逝 。 寿 七 十 四 。 建 塔 於 黄 梅 之 東 山 。 代 宗 諡 号     日 大 満 禅 師 。 塔 日 法 雨 。 〈 正 宗 記 〉 。   以 上 、 ま

弘 忍 の 伝 記 資 料 を 項 目 に 分 け て 概 観 し た 。

の た め も っ と も

初 的 な 弘 忍

を 、 柳 田 聖 山 〔 伝

宝 記 〕 ( 禅 の 語 録

2

初 期 の 禅 史

1

) の

果 を 踏 ま え つ つ 辞 典 風 に 記 し て お け ば 次 の よ う に な る 。   弘 忍 は 黄 梅 の 人 、

姓 は 周 氏 。 幼 く し て 出 家 し 、 十 二 歳 で 道 信 に

じ た 。

黙 に し て 労

に 励 み 、 ま た 坐 禅 を 怠 ら な か                                     一 七 四 っ た 。 道 信 に 付

さ れ 、 四 方 の

俗 が 参 じ た 。 異 説 が あ る が 、 威

五 年 ( 六 七 四 ) 二 月 一 六 示 寂 。 世 寿 七 四 。   右 が

る 意 味 で の オ リ ジ ナ ル な 弘 忍

で あ り 、

立 の 諸 資 料 は そ れ を 増 補 し つ つ 展 開 し て い く 。 す な わ ち そ れ は 、 本 貫 を 黄 梅 と す る 一

で 、 先 祖 に 言 及 し て 尋

( 江 西 省 ) を 本 貫 と し 、 俗 姓 の 周 氏 は 母 方 の

で あ る と し 、 ま た

い 資

で は 、 言 及 せ ず せ い ぜ い 誕 生 に 関 わ る

に つ い て 述 ぺ る だ け で あ っ た の が 、 生 前 の 因 縁

を 伴 う よ う に な っ た 点 な ど に 顕 著 で あ る 。   小 論 の テ ー マ で

る 生 前 の 因 縁

を め ぐ っ て は

る も の と し 、

少 し く 、 弘 忍 伝 の

遷 を め ぐ っ て 論 じ る な ら 、 「 童

出 家 」 が 、 「 七 歳 」 に 措

さ れ 、 出 家 に あ た っ て は 道 信 と の 間 に 「

性 」 を め ぐ っ て の 問 答 が な さ れ た と の エ ピ ソ ー ド の 追 加 と な り 、 大

の 付 嘱 の

、 東 山 に て 開 法 、 威 亨 五 年

異 説 と し て 上 元 元

、 あ る い は 同 二 年 二 月 一 一 日 、 威 亨 三 年 二 月 一 六 日 、 上 元 二 年 一 〇 月 二 三 日 な ど が あ る

二 月 一 六 日 示 寂 。 世 寿 七 四 。 建 塔 さ れ 代 宗 に よ り 大 満

師 と 諡 号 さ れ た 。   さ て 本 稿 の 趣 旨 に そ っ て 考 え る な ら 、 注

ぺ き は 〔 祖 堂 集 〕 以

、 次

に 増

し て い く そ の 出 生 に 纏 わ る

     

と も 言 う べ き 部

で あ る 。 こ の 三

っ て 言 う な ら お お ま か に み て 、 そ れ 以 前 の

料 〔

〕 〔

僧 伝 〕 と

(11)

の 間 に 、

忍 伝 を め ぐ っ て の 大

な 飛 躍 が あ っ た こ と に な る 。 た だ し そ の 全

餘 と な る と や は り 八

一 年 成 立 の 〔 宝

伝 〕 の 記 事 を キ ッ カ ケ と み て よ い か も し れ な い 。 つ と に 〔 宝 林 伝 〕 巻 九 に 弘

の 債 の あ っ た こ と 、 そ の 逸

が 〔 西 渓

語 〕 や 〔 景 徳 伝 灯 録

〕 〔 義 楚 六

〕 に あ る こ と 、 さ ら に そ の 弘 忍 章 に 六 祖 慧 能 の 出 自 や

志 略 と の 交 り の 記 事 が

す る こ と が 指 摘 さ れ て い る ( 椎 名 宏 雄 「 『 宝 林 伝 』 逸 文 の 研 究 」 駒 大 仏 教 論 集

、 昭 和 五 四 年

月 ) 。 そ れ ら が 整 理 さ れ た も の が 現

の 禅 宗 灯 史 で

る と す る と 弘 忍 伝 の 発 展 に 注 目 す る か ぎ り 〔 祖 堂 集 〕 や 〔 伝 灯 録 〕 は 〔 宝 林 伝 〕 を 承 け つ つ も 、 さ ら な る 発 展 を 目 ざ し た も の で

り 、 ま た そ れ す ら も 一 つ の

程 に あ っ た と み る こ と が で き よ う 。   と こ ろ で 先 の 対 照 表 を 勘

す る な ら、 こ の 小 論 で

心 と な る 「 栽 松 道 者 」 に か か わ る 灯 史 で の 記

出 は 〔

灯 録 〕 で あ り 、 〔 普

録 〕 を 経 て 〔 会 元 〕 で

結 す る こ と が 判 明 す る 。

宗 の 歴 史 の う え で 、 〔 伝

録 〕 の 記

を 超 え て

ら た な 伝 説 が 成 立 展 開 し た こ と は 中

禅 宗 の 性

の 一 端 を 語 っ て       ( 2 ) 興

深 い 。   そ の よ う な 方 向 を 決 定 づ け た 〔 会 元 〕 の 記 事 は 重 要 な の だ が 、 こ こ で 注 目

べ き は 、 栽 松

者 の エ ピ ソ ー ド を

述 す る 中 国 仏 教 成 立 の 一 側 面 ( 永 井 ) 大 観 元 年 (

〇 七 ) 序 刊 の 〔

〕 の 記 事 で あ る 、   す な わ ち 撰 者 の

洪 ( 一 〇 七 一 −

二 八 ) は 、 「 旧 説 」 に よ る と こ ろ と し て 、 「 栽 松

者 」 に 関 わ る 前 生

を 縷 々 記 し 、 〔

高 僧 伝 〕 の 記 事 を

誕 と し て 斥 け る の で あ る 。 旧 説 に 四 祖 大 師 、 破 頭 山 に 居 す 。 山 中 に 無 名 の 老 僧 有 り 。 唯 だ 松 を 植 え る の み に し て 、 人 呼 び て 栽 松 道 者 と 為 す 。 嘗 つ て 祖 に 請 い て 曰 く 、 法 道 聞 ぎ 得 可 き や 。 祖 曰 く 、 汝 已 に 老 い た り 。 脚 し 聞 く こ と 有 る も 其 れ 能 く 化 を 広 め ん や 。 儻 し 能 く 再 来 せ ば           ま 吾 れ 尚 お 汝 を 遅 つ 可 し 乃 ち 去 り て 水 辺 に 行 き て 、 女 子 の 衣 を 浣 ぐ を 見 て 揖 し て 曰 く 寄 宿 し 得 る や 。 女 曰 く 、 我 れ に 父 兄 有 り 、 往 き て 之 を 求 む 可 し 。 曰 く 諾 せ ば 我 れ 即 敢 え て 行 か ん 。 女 首 肯 す 。 老 僧 策 を 回 ら し て 去 る 。 女 は 周 氏 の 季 子 な り 。 帰 り て 輙 ち 孕 む 。 父 母 大 い に 悪 み て 之 を 逐 う 。 女 帰 る 所 無 し 。 日 は 里 中 に 庸 紡 し 夕 は 衆 舘 の 下 に 於 て す 。 已 に し て 一 子 を 生 む 。 以 て 不 祥 と 為 し 水 中 に 棄 つ 。 明 日 之 を 見 れ ば 、 流 を 泝 り て 上 る 。 気 体 鮮 明 な り 。 大 い に 驚 き て 遂 に 之 を 挙 ぐ 。 童 と 成 り て 母 に 随 い て 乞 食 す 。 邑 人 呼 び て 無 姓 児 と 為 す 。 四 祖 、 黄 梅 の 道 中 に 見 、 戯 れ て 之 に 聞 い て 曰 く 、 汝 何 の 姓 ぞ 。 曰 く 姓 は 固 よ り 有 り 、 但 だ 常 姓 に 非 ず 。 祖 曰 く 、 何 の 姓 ぞ 。 曰 く 、 是 れ 仏 性 。 祖 曰 く 汝 乃 ち 姓 無 き や 。 曰 く 姓 空 な る が 故 に 無 し 。 祖 其 の 母 を 化 し て 出 家 せ し む 。 時 に 七 歳 な り 。 衆 舘 は 今 ま 寺 と 為 り 仏 母 と 号 す 。 而 し て 周 氏 尤 も 盛 な り 。 破 頭 山 を 去 る こ と 、 佇 望 の 間 な り 。 道 者 の 肉 身 尚 お 在 り 。 黄 梅 の 東 禅 に 仏 母 塚 有 り 。 民 其 の 上 に 塔 す 。 伝 灯 録 と 定 祖 図 に 忍 大 師、 姓 は 周 氏 と 記 す は 母 の 一 七 五

(12)

中 国 仏 教 成 立 の 一 側 面 ( 永 井 ) 姓 に 従 う な り 。 大 宋 の 高 僧 伝 に 乃 ち 曰 く 、 釈 弘 忍 、 性 は 周 氏 。 其 の 母 始 め て 娠 む 。 月 を 移 し て 光 庭 室 を 照 す 、 終 夕 昼 の 若 し 。 異 香 人 を 襲 い 挙 家 欣 駭 す 。 安 ん ぞ 衆 舘 は 本 社 屋 に し て 生 る る 時 水 中 に 置 く こ と を 知 ら ん や 。 又 曰 く 其 の 父 偏 に 愛 し て 、 因 り て 書 を 誦 ま し む と 。 知 ら ず、 何 れ よ り 此 の 語 を 得 た る 。 其 の 叙 事 妄 誕 な る こ と 大 率 此 の 類 な り 。 開 元 中 文 学 閭 丘 均 、 塔 碑 を 為 る も 徒 文 な る の み 。 会 昌 の 毀 廃、 唐 末 の 烽 火 に 更 に 蹂 践 に 遇 う 、 愈 々 考 う 可 か ら ず 。 其 の 書 の 謬 り 知 る は 母 の 氏 は 周 に し て 、 父 有 り と 日 う 故 な り 。 無 為 子 、 嘗 て 其 の 像 に 賛 し て 曰 く 人 孰 ぞ 父 無 か ら ん 。 祖 独 り 母 の み 有 り 。 其 の 母 を 誰 と 為 す 。 周 氏 の 季 女、 濁 港 滔 々 と し て 大 江 に 入 る 。 門 前 旧 に 依 る 畏 安 の 路 。             ( 〔 林 間 録 〕 上 、 N . b∂ N 「 碧 ⊥ r 卜 σ O 疑 V   こ こ に は

の 〔

元 〕 で の 弘 忍 伝 の 原 型 が す ぺ て そ ろ っ て い る 。 慧 洪 は ほ ぼ 同

容 を 建 炎 元

二 七 ) の 「

庵 記 」 に お い て 記

洪 は い さ か さ の 疑 問 を 持 ち つ つ 弘 忍 の 前 生 譚 を 受 け 容 れ た の で

る 。 「 旧 説 」 に と い う 「 旧 説 」 が 具 体 的 に 何 を 指 す の か 不 明 な の だ が 、 慧 洪 以 前 、

で に 汾

善 昭 ( 九 四 七 − 一 〇 二 四 ) に 「 五 忍 大 師 」 の 偈 頌 が あ り 、 白 雲 守 端 ( 一 〇 二 五 ー 一 〇 七 二 ) も 偈 を な す 。   ち な み に 〔 白 雲 守 端

師 語 録 〕 巻 下 は 、 偈 の

と し て 弘

                    ( 3 ) の 前 生 譚 を

々 記 し て い る 。

端 そ の 人 は 、 江 西 ・

徽 両

の 六 禅 刹 を 董 し た こ と が 知 ら れ る が 〔 白 雲 広 録 〕 巻 一 で は 、

端 が 「 五

の 西 堂 」 に あ る 時 、

州 法

山 へ の

け て 叫 七 六 い る 。 そ の 限 り に お い て は 、 守 端 が 弘 忍 の

を 見 聞 す る 機

は 確

っ た 。

在 で も 弘

を め ぐ る 伝 説 は 五

山 の           ( 4 ) 各 所 に 残 存

る 。   と こ ろ が 先 の 前 生 譚 を 収 録 す る 〔 語 録 〕 の 成 立 は 〔 慈 明 四 家 録 〕 の 一 本 と し て 紹 興 二 三 年 ( 一 一 七 五 ) に 序 が 付 さ れ て と の こ と で

る と さ れ 、 そ れ は 四

本 〔 広

〕 の 抄 録 と し て         ( 5 ) で あ る ら し い 。 〔 広 録 〕 巻 二 の 「 五 祖 」 の 偈 そ の も の は 〔 語 録 〕

下 の そ れ と 同 一 で あ る か ら 、 前 掲 の 〔 語 録 〕 の 弘 忍 の 前 生 譚 は 、 〔 慈 明 四 家 録 〕 編 集 の 時 点 で 追 加 さ れ た 可 能 性 が 強 い こ と な る 。   こ の よ う に 考 え る と 、 守 端 の 〔

録 〕 に 弘 忍 の 前 生 譚 が 収 録 さ れ る か ら と い っ て 、 そ れ を 「 旧 説 」 と 断 ず る こ と は で き な い 。   そ れ に し て も 元 成 立 の 〔 禅 宗 頌

聯 珠 通

〕 巻 七 は 、 栽 松 道 者 の 話 を め ぐ っ て

の ほ か

、 仏 国 惟 白 な ど 一 九 人 の 偈 頌 を 収 録 す る 。 そ の う ち の 一 〇 人 は 〔 通

〕 の 前 身 で あ る 〔 禅 宗 頌 古 聯 珠 集 〕 (

七 五 年 成 立 ) に 収 録 の も の で あ る 。 楊 傑 は 天 衣 義 懐 ( 九 九 三 ー 一 〇 六 四 ) に 参 じ て お り 、 惟 白 は 法 雲 法 秀 ( 一 〇 二 七 ー 一 〇 九 〇 ) の

嗣 で

る 。 話 自 体 は 禅 者 な ら

も が 知 っ て い る と 言 っ て い い ほ ど に 広 ま っ て い た の で あ る 。   結 局 の と こ ろ 「 旧 説 」 が 何 を 承 け た の か

の と こ ろ 明 ら か で は な い が 、 北 宋 代 、

〇 一 年

立 の 〔

灯 録 〕 が 「 乃 栽

(13)

松 道 者

身 」 と す る の は 、

洪 の 活 躍 以

、 す で に 一 般 に

布 し て い た 弘 忍 の 前 生 譚 を 前 提 と し た も の で

る こ と は 、

陽 の 偈 頌 か ら 推 し て も 容 易 に 考 え う る 。 さ ら に 〔

宗 頌

聯 珠 集 〕 所 収 一 〇 人 の 偈 を み る と、 仏 性 問 答 に 関 心 を 寄 せ て 作 る 宏 智 の そ れ を 除 け ば い ず れ も 「 裁 松 道 者 」 の 話 そ の も の に 関 心 を 寄 せ る 。 ち な み に 道 元 禅 師 も 〔 正 法 眼 蔵 〕 ( 仏 性 ) に お い て 、 こ の 公 案 を 引 用 す る が 、 そ こ で 拈 提 さ れ る の は 、 言 う ま で

な く 「 仏 性 」 を め ぐ っ て で あ る 。 道 元

師 が 〔

間 録 〕 を

拠 と し た こ と は 疑 い な い も の の 、 人 に よ る 扱 い の 差 は 歴 然 た る も の が あ る 。   ち な み に 洪 武 六 年 ( 一 三 七 三 ) の 九 霊 山 人 戴 良 に よ る 「 重 刊 禅

僧 宝

」 は い み じ く も     禅 林 僧 宝 伝 は 、 宋 の 宜 和 の 初 め 新 昌 覚 範 禅 師 の 謖 次 す る 所 な     り 。 覚 範 、 嘗 て 唐 宋 の 高 僧 伝 を 読 む に 、 道 宣 は 律 に 精 し き も 、                                                 ち か     文 は 長 ず る 所 に 非 ず、 賛 寧 は 学 に 博 き も 、 識 は 暗 き に 幾 し 、 其     の 書 を 為 る に 於 て は 、 往 往 に し て 戸 昏 按 検、 以 て 属 読 す 可 か ら     ざ る が 如 く な る を 以 て 乃 ち 慨 然 と し て 論 述 に 志 す こ と 有 り 。     凡 そ 諸 方 に 経 行 す る に 、 夫 の 博 大 秀 傑 の 衲 の 、 能 く 肩 を 袒 し て     以 て 大 法 を 荷 う 者 を 見 る や 心 ず 手 録 し て 之 を 蔵 す 。 後 に 湘 西     の 谷 山 に 居 し て 、 遂 に 尽 く 所 蔵 を 発 し 司 馬 遷 の 史 伝 に 依 り 倣     っ て 各 お の 賛 辞 を 為 る 。 合 し て 八 十 有 一 人 、 分 っ て 三 十 巻 と     為 し て 題 す る に 今 の 名 を 以 て す。                               ( 柳 田 聖 山 〔 禅 の 文 化 〕 噂 = ω ) 中 国 仏 教 成 立 の 一 側 面 ( 永 井 ) と 、 慧 洪 の

高 僧 伝 の 姿 勢 を 総

る 。

田 聖 山 〔

化 〕 ( 京 大 人 文 研 、 昭 和 六 一 二 年 ) は 〔

宝 伝 〕 の 訳

心 と

る 労 作 で

る が 、 そ の 「 総 説 」 で

洪 の 立 場 を 詳 説 し て い る 。 柳 田 氏 「 総 説 」 に よ れ ば 、 「

範 は 自 分 の

問 に

が あ り 、 夸 誕 を 得 意 と す る と こ ろ が

っ た 」 ( 同 書 、 思   虧 ) と い う 。 「

誕 」 と は 大 げ さ で 、 で た ら め の こ と と い う 。 ま た 〔 禅 林 僧 宝 伝 〕 の 編 述 は 「 従 来 の

宗 史 書 が 、 伝 灯 の

想 を ふ ま え て 、 教

別 伝、 正 法 眼 蔵 と よ ば れ る、 法 宝 の 伝

を 軸 と す る の に 、

え て 僧 宝 を も ち だ

と こ ろ に 、 覚

の 新 し い 歴 史

識 が う か が わ れ る 。 個 々 の

言 往 行 を 措 い て 、 正

り え な い 。 人 が 道 を 弘 め る の で あ る 」 ( 同 書 、 ℃ 』 ω ) と い う 。

、 筆 者 は

洪 の 禅 を 評 価 し え な い が 、 「 人 が 道 を 弘 め る 」 と い う 想 い と 、 歴 史 に 忠 実 に と い う 編

の 態 度 の 合 致 を 、 「 夸

を 得 意 」 と す る 慧 洪 の 身 に 期 待

る の は 無 理 と 言 え よ う 。   〔 林 間

〕 が 〔 禅 林 僧 宝 伝 〕 編 述 の 準 備 作 業 で あ る こ と を 勘 案 す る な ら 、 〔

〕 の 弘 忍 像 が 歴 史 的 実 像 と 駆 け

れ て い て も や む お え な い し こ の 場 合 、

洪 は 弘 忍 の

そ の も の で は な く 、 「 人 」 に 纒 わ る 伝 説 に 注 意 を 払 っ た こ と に な ろ う 。   と も か く 時 間 の 流 れ か ら し て 、 〔 林 間 録 〕 の 記 事 が 弘

伝 の あ る 部

に 決 定 的 な 役 割 を は た し た こ と は 疑 い な い 。   当 面 、 〔 林 間 録 〕 の 言 う 「 旧 説 」 が 何 を 指 す の か 具 体 的 に 一 七 七

(14)

中 国 仏 教 成 立 の 一 側 面 ( 永 井 )

摘 で き な か っ た が 、 い ま 一 つ な ぜ 弘 忍 の 前 生 譚 が

え ら れ る よ う に な っ た の か と い う 部 分 も 明 解 で は な い 。

い 資 料 に そ の 片 鱗 す ら 窺 い え な い こ と か ら す れ ば 、 や は り

宋 代 に 至 っ て の 創

と い う こ と に な ろ う か 。 既 述 の よ う に

在 の 〔 宝

伝 〕 は 弘 忍 伝 の 部

を 欠 く が 、 契

の 〔 伝 法 正 宗 記 〕 の 内 容 か ら 推 し て 、 「 幼

弘 忍 の 非 凡 な る を 知 っ た 道 信 が 父 母 に 請 う て 出 家 さ せ た 」 と い う

囲 を 出 る こ と は

な い 。 〔 林 間 録 〕 は 両 親 と も 健 在 で あ る 旨 を 記 す 〔 宋 高 僧 伝 〕 を 批 判 す る が 、 そ の

拠 と な る の は あ え て 言 う な ら 弘 忍 の 俗 姓 の 周 氏 を 、 母 の 姓 と み る か 父 の 姓 と み る か と い う 点 で

る 。 か り に 〔

伽 師 資 記 〕 が 言 う よ う に 、 父 が 早 く 死 ん で い た と し て も 母 の 姓 を 名 乗 る こ と は

え ら れ な い か ら 、 周 氏 を 母 の 姓 と

る に は 、 〔 林 間

〕 な ど が 言 う よ う に 父 の

が 不 明 で あ る と し な く て は 辻 褄 が 合 わ な い こ と に な る 。 も ち ろ ん そ の 場 合 に は 周 氏 が 母 の 姓 と い う 部 分 が 確 定 す る 必

が あ る 。 さ ら に 推 測 が 許 さ れ る な ら 、 そ の よ う な 前 生 譚 が 生 れ た の は 道 信 と 弘 忍 の は じ め て の 出 会 い に 際 し て の 「 無 姓 児 」 な る 発 言 が あ っ た と さ れ 、 七 歳 で 出 家 し た と さ れ る な ど の こ と が 要 因 と な っ た の か も し れ な い 。 四 先 に

べ た よ う に 、 弘 忍 の 前 生 譚 を め ぐ っ て 中 国 の

者 の 一 七 八 大 半 は 、 弘 忍 と 道 信 の 「 仏 性 問 答 」 で は な く

通 り 、 託 胎 し 再 生 し た と い う 部 分 に 注 目 す る 。 中 国 に お け る 霊 魂 観 あ る い は 輪 廻 観 と い っ た も の の

開 を 論 じ る た め に は 別 の

会 を 得 な く て は な ら な い が 、

野 四 平 「 『 明 悟

師 起 五 戒 』 論 」 ( 東 北 大 学 〔 文 化 〕 三 一 − 二 、   九 六 七 年 ) が 「 こ う し て

を 五 戒 禅 師 の 転 生 と す る 伝 説 は 、 一 般 に は こ れ を

わ め て あ り

る こ と と し て 承 認 す る 時

の 雰 囲 気 を 、 そ の 背 景 と し て も っ て い た こ と を 予 想 し 得 る の で あ る 」 と さ れ る の は 示

的 で あ る 。 こ の 場 合 、 「 時 代 の

囲 気 」 と 言 う と

の 「

」 と は

軾 と 五 祖 師 戒 の 関 係 が 相 当 に 流

し た 宋

と い う こ と に な ろ う が 、 な ぜ そ の よ う な 「 雰 囲 気 」 が 醸 成 さ れ た の か 、 考 え る べ き 要 因 の 一 つ と し て 、 朝 廷 に よ る 道 教 保 護 に 対 す る 仏 教 側 の 反 発 の あ っ た こ と も

よ う が 、 確 定 し え な い し 、 筆 者 は 時 間 の

囲 を も っ と 拡 大 し て よ い の で は な い か と 思 っ て い る 。 そ も そ も 転 生 を 言 う 例 は 宋 代 以

に も 少 な く な

仮 に 宋 代 に か ぎ

の 〔

や 元 好 間 〔 続

堅 志 〕 、 無 名 氏 〔 湖 海 新 聞

志 〕 な ど は 、 有 名

名 の 人 々                                       ( 7 ) の 転 生 や 託 生 に ま つ わ る 伝 聞 を 豊 富 に 収 録 す る 。 そ れ ら の 話 を 著 者 達 が ど の よ う に 考 え て い た の か 、 少 な く と も 洪

は 伝 聞 で あ っ て も 「 誰 そ れ の 話 」 と 注 記 す る こ と を

れ な い 。   い み じ く も 小 野

・ 前 掲 論

が 指 摘 さ れ る よ う に 、 明 〔 七 修 類 稿 〕 巻 四 八 に は 、 「 僧 転 世 」 と 題 し た 次 の 一 文 が あ る 。

(15)

托 生 の 説 も 亦 た 妄 な り 。 時 に 或 い は 之 有 れ ば 以 て 無 し と 決 す べ か ら ず 。 但 し 聖 人 の 教 え は 怪 を 語 ら ず 。 螢 雪 叢 説 に 前 身 の 事 を 記 す こ と 多 し 。 事、 信 ず べ か ら ず 。 但 し 、 余 、 英 傑 の 士 を 観 る に 必 ず 多 く は 般 若 中 よ り し 、 来 る こ と 何 れ よ り か を 知 ら ざ る な り 。 聊 か 宋 人 、 之 を 言 う を 挙 ぐ る に 、 張 方 平 は 乃 ち 瑯 耶 寺 の 僧 の 転 世 な り 〈 冷 斎 夜 話 に 見 ゆ 〉 、 東 坡 は 是 れ 真 戒 和 尚 の 投 ず る 所 な り 〈 捫 蝨 新 話 に 見 ゆ 〉 王 十 朋 は 乃 ち 族 叔 の 師、 厳 伯 威 な り 〈 梅 渓 文 集 に 見 ゆ 〉 、 史 弥 遠 は 乃 ち 覚 闍 梨 の 復 生 な り 〈 隆 山 雑 誌                 さ   セ に 見 ゆ 〉 、 馮 京 記 は 已 先 に 五 台 山 の 僧 な り 〈 孫 公 談 圃 に 見 ゆ 〉 、 真 西 山 は 是 れ 草 庵 和 尚 な り く 癸 辛 雑 誌 外 集 に 見 ゆ V と 。 本 朝 に 至 り て は 尚 書 胡 漢 は 乃 ち 天 池 の 僧 の 後 身 な り 〈 墓 誌 に 見 ゆ 〉 。 皆 な 事 跡 明 白 に し て 、 或 い は 自 ら 言 い 、 或 い は 同 時 の 人 言 え り 諒 ら か に 誣 り に あ ら ず 。 〔 七 修 類 稿 〕 の

者 郎

も 、 半 ば こ れ を 信 じ た の で あ る 。   大 ワ ク で 考 え る な ら 古 来 か ら 徹 底 し た 現 実 重 視 の 立 場 を と ろ う と す る 儒 教 と 、 不 老 長 生 を 希 求 す る 道 教 の 間 に あ っ て 中 国 人 の 死 後 を 思 う 心 が 揺 れ 続 け た こ と は た し か で あ る 。 三 世 に わ た る 因 果 の

理 を 説 く

教 の 伝 来 が そ こ に 一 石 を 投 じ た こ と も 事 実 で あ る 。 吉 川 幸 次 郎 ・ 三 浦 国 雄 〔 朱 子 集 〕 ( 中 国 文 明 選

3

、 朝 日 新 聞 社 、 一 九 七 六 年 ) が 指

す る こ と を 承 け 、 し か も 「 因 み に 論 ず 、 釈 氏 に

異 あ り 、 疑 う ら く は 其 れ 之

ら ん か 。 曰 く 、 未 だ 必 ず し も

ら ず 。 便 ち

り と も 亦 た 只 だ 是 れ 妖 怪 な り 」 〔 朱 子 語 類 一 二 六 〕 、 あ る い は 「

家 に 多

中 国 仏 教 成 立 の 一 側 面 ( 永 井 ) 奪 胎 の 説

り 、 也 た 如 何 ん が 見 得 せ ん 、 只 だ 是 れ 理 に

り て 此 れ な し 」 〔 同 〕 な ど と あ っ て 輪 廻 を め ぐ っ て の

答 が い く つ か 収 録 さ れ て い る の を 見 る と 、

た か も 慧 洪 よ り 一 時 代 後 に 出 世 し た 朱 子 (

三 〇

i

一 二 〇 〇 ) の 時 代 、 朱 子 の 想 い と は 別 に 庶 民 の 間 で は 仏 教 の 説 く 因 果 応 報 の 説 が 何 の 疑 い も な                         ( 8 ) く 信 じ ら れ て い た こ と に な る 。 も ち ろ ん そ こ で 信 じ ら れ た 因 果 応 報 の 説 は 、

学 に わ た る 難

な も の で は 決 し て な く 、 現

を 説 く の に 過 去 を も っ て し 、 し か も そ こ に 霊

在 を 想 定 す る と い っ た も の で あ っ た 。

目 的 に は そ れ を 「 卑 俗 」 と 評 す る こ と も 可 能 で あ る が 、 そ の 時 代 、 多 く の

々 は そ の よ う な 因 果

報 説 を 確 実 に 信 じ た の で あ. る 。 そ の よ う な 考 え 方 は 翻 訳 さ れ た 経 典 に は じ ま っ て 、 唐 代 に 流 行 し た 「 変 文 」 さ ら に 宋

以 後 の 「 宝 巻 」 に 至 る ま で

綿 と し た 歴 史 を 持 つ 。 そ れ ら は 高 邁 で 緻

な 理 論 の

築 と は 無 縁 で

っ た 庶 民 の 仏 教 理

の 一 端 を 知 ら し め る 。 し か も そ の よ う な 仏 教 観 を 一 蹴 し う る ほ ど 、 各 時

を 通 じ て 仏 教 者 が 科 学 的 か つ 自 覚 的 で あ っ た と は 思 え な い 。   以 上 の よ う な 背 景 を

慮 す る な ら 、

洪 が 弘 忍 の 前 生 譚 を

る 部 分

い つ つ も 結

は 受 け 容 れ て し ま っ た だ け で な く か え っ て そ れ を 聖 人 の

つ 一 つ の 特 色 と し て 喧 伝 し た 形 跡 が あ っ て も 不 思

で は な い 。 「 栽 松 庵

」 は 庵 そ の も の の 建 立 の 由 来 と も 言 う べ き 弘

の 託 胎 説 を 述 べ て 、 そ の 最

を 一 七 九

(16)

中 国 仏 教 成 立 の 一 側 面 ( 永 井 )     豈 に 当 と 衲 子 の 常 理 を 以 て 之 を 疑 う べ け ん か 。 夫 れ 聖 人 の 化 を     託 す る は 豈 に 父 母 の 縁 を 仮 ら ん や 。 伊 尹 の 空 桑 に 生 れ 宝 公     の 鷹 巣 に 生 る る が 如 き は 独 り 父 母 の 縁 を 論 ぜ ざ る の み な る     や 。 唐 よ り 今 に 至 る も 学 者 の 疑 信 相 い 半 ぱ し て 決 す る こ と     能 わ ざ る な り                         ( 〔 石 門 文 字 禅 〕 二 二 )     ( 9 ) と 結 ぶ 。 「 衲 子 以 常 理 疑 之 」 、 「 学 者 疑 信 相 半 」 す る こ と を 知 り つ つ も 、 慧

身 は 、 聖 人 の 託

を 信 じ た の で あ る 。 〔 七 修 類

稿

〕 も 指

す る よ う に 〔

斎 夜 話 〕

七 に は 崇 仏 家 張 方                                                     ( 10 ) 平 の 転 生 を 言 う 「 張 文 定 公 前 生 為 僧 」 の 一 段 も 収 録 さ れ る 。 五 一 八 〇   と も か く 禅 宗

団 内 部 で 知 ら れ た 弘 忍 の 伝

を め ぐ っ て は 右 の 範 囲 を 出 る こ と は な か っ た よ う で あ る 。   し か し 管 見 し た 資 料 を 概 観 し た だ け で も 、 弘 忍 像 が 教 団

部 に お い て さ ら な る 増 幅 を 続 け た こ と が 理 解 で き る 。 そ れ を 示 唆 す る の が 〔 金 瓶 梅 〕 第 三 九 回 に 引 用 さ れ た 弘 忍 の 伝 記 で あ る 。 今 、 小 野 忍 ・ 千 田 九 … 両

に よ る 邦 訳 の 当

の 部 分 を 、

述 す る 〔 五 祖 黄 梅 宝

〕 ( 京 大 人 文 研 所 蔵、 民 国

年 重 刊 ) の 梗

と 対 照 し つ つ 次 に 掲 げ て お

 

 

五 祖 黄

宝 巻 さ て 大 蔵 経 の 中 か ら 仏 法 の お 話 を ひ と つ い た し ま し ょ う 。 そ れ は 西 天 の 第 三 十 二 祖 が 下 界 し 人 間 の 姿 と な っ て 東 土 に 生 ま れ 出 で 仏 の 心 印 を 伝 え ら れ た と い う お 話 。 昔                       か ん こ う 唐 の 高 宗 と い う 天 子 さ ま の 威 亨 三 年、 中 夏 の こ ろ と 覚 え て お り ま す が そ れ は さ て お き れ い な ん     に う と 嶺 南 の 泡 渡 村 と い う 村 に 、 張 員 外 と い う 人 が あ り ま し た 。 非 常 な 大 金 持 で 、 金 や 銀 が ど っ                                                                 あ け さ り あ り 、 下 男 ・ 下 女 を お お ぜ い 使 っ て 奥 さ ん が 八 人 。 毎 日 毎 日 楽 し み に 耽 っ て 、 と て も ぜ い た く な 暮 ら し ぶ り 、 さ か ん に 女 遊 び ば か り し て 善 い 事 を し よ う と い う 気 持 は 露 ほ ど も あ り ま せ ん で し た 。 す る と 、 あ る 日 の こ と ぶ ら り と 外 へ 遊 び に 出 ま し た と こ ろ 、 見 れ ば 善 男 善 女 が お お ぜ い で 、 香 や 油 や 白 米 な ど を 馬 に 積 ん で 運 び な が ら 、 ど れ も こ れ も 念 仏 を 唱 え て い る の で 、 近 寄 っ て た ず ね ま し た 。 「 お 前 さ ん が た は 、 ど こ へ ゆ く ん だ ね 」 す                         そ な る と 中 の ひ と り が 答 え て 、 「 お 供 え を し が て ら お 経 を 聞 き に ゆ く ん で … … 」 と い う の で 、 黄 梅 山 の 四 祖 が 神 通 力 に よ っ て 黄 梅 村 の 抱 渡 村 の 張 懐 の 機 根 の す ぐ れ た る を 知 っ て 、 二 人 の 僧 を 遣 し 出 家 を す す め る 。 七 五 歳 の 張 懐 は 八 人 の 妻. 張 忠 ・ 張 孝 の 二 子 も あ り 、 何 の 不 自 由 も な い 暮 し ぶ り 。 二 僧 の す す め や 、 人 々 の 黄 梅 寺 へ の 供 養 ぶ り を み て 黄 梅 寺 へ 行 こ う と 決 意 す る 。

(17)

員 外 は ま た た ず ね て 、 「 そ ん な お 供 物 を し た り 、 お 経 を 聞 い た り し て 、 ど う い う 功 徳 が あ る ん だ ね 」 と い う と 、 み ん な の い う こ と に は 、 「 人 が こ の 世 に 生 ま れ て は 、 仏 法 は 聞 ぎ 難                               ほ   げ く 、 人 身 は 得 難 い も の な ん で す 。 法 華 経 に は な か な か よ い こ と が い っ て あ り ま す よ 、 人 間 の 仕 合 わ せ は 仏 へ の 供 養 の 賜 物 で 、 こ の 世 で 施 し を し な か っ た ら 、 来 世 に な っ て 栄 華 や 富                                                             う わ ば み   く い 貴 が ど う し て 訪 れ よ う 、 と ね 。 昔 の 人 も 竜 は 法 を 聞 い て 道 を 悟 り 、 蟒 は 懺 を 聞 い て 天 に 生 ず 、 な ど と い っ て お り ま す が 、 ま し て 人 間 な ん で す も の ね え 」 張 員 外 は う ち に も ど る と 安 童 ( 小 者 の 通 称 ) を 奥 の 部 屋 へ や っ て 八 人 の 奥 さ ん を 呼 ば せ ま し た 。 や が て 皆 が ね も 母 屋 の 前 に 集 ま る と 「 お い 、 女 房 ど も 、 わ し は こ れ か ら 黄 梅 寺 へ 修 行 に 出 か け る か ら 、 財 産 を 八 つ に 分 け て み ん な め い め い で 暮 ら す よ う に 。 考 え て み る と 、 わ た し た ち は お 互 い に 、 い ま 目 の 前 の 楽 し み に ば か り う つ つ を ぬ か し て い て 先 は ど う な る ん だ か ち っ と も わ か っ ち ゃ い な い 。 も し も 修 行 し て 、 火 の 穴 か ら 出 よ う と し な か っ た ら き っ と ひ ど い 苦 し み に 落 ち る こ と に な る ぜ 」 と 員 外 は い い ま し た 。 す る と そ れ を 聞 い た 奥 さ ん の ひ と り     に ん な さ ユ が 、 「 員 外 、 あ な た は 八 宝 羅 漢 の よ う に 、 な ん の 罪 業 も な い か ら だ 、 あ た し た ち 女 の よ う                                               こ う に 息 子 や 娘 を 産 ん で 神 さ ま に 罪 を 犯 し 、 と て も 重 た い 業 を 背 負 っ て い る の と は わ け が ち が い ま す 。 あ な た は 家 で 修 行 を お 積 み な さ い 。 あ た し た ち 八 人 が 、 あ な た の 代 り に 罪 ほ ろ ぼ し を い た し ま す か ら 、 ど う か ゆ か な い で く だ さ い ま し 」 と い っ た わ け で す が 、 そ れ こ そ 、 「 女 房 し き り に な だ め た が 、 員 外 軽 く あ ざ 笑 う 」 と い う と こ ろ な ん で ご ざ い ま す 。 ( 中 略 ) 員 外 留 め ん と   夫 人 た ち い っ ち ゃ い け な い   う ち に い て あ な た に さ っ さ と   い か れ た ら 残 る 妻 子 は   血 の 涙 ど こ に ウ く ぺ き あ て も な く こ れ か ら 先 を   ど う し ま す 末 を 契 っ た   夫 婦 仲 そ れ を 中 途 で   捨 て る の か 中 国 仏 教 成 立 の 一 側 面 ( 永 井 ) 家 の 者 は し き り に と め た が 彊 懐 の 決 意 は 堅 い 。 一 八 一

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