博 士 ( 水 産 学 ) 藤 田 敏 明 学位論文題名
Immunochemical and biochemical studies
on precursors of vitelline envelope proteins of masu salmon(O,zcor乃 ッ 髭Cカ 勿S絖 ¢S〇 勿 )
(サクラマスの卵膜蛋白前駆物質に関する免疫生化学的研究)
学位論文内容の要旨
サクラ マス(〇ncorhynchusmasou)は北部日本に広く分布する重要な増 養殖対象魚であり、北海道の河川では稚魚の放流事業また沿岸では海中養殖な ども推進されている。増養殖を行う上で健全な卵を得ることは重要であるが、
それには親魚の卵形成過程を詳細に理解する必要がある。卵重量の殆どを占め る卵黄蛋白は発生中の胚の栄養として必要不可欠である。一方、卵膜は受精時 の多精拒否および浸透圧保持の機能を持っばかりでなく、外部環境からの胚体 の保護など多くの役割を果たしている。
硬骨魚類の卵膜は一般に、ほ乳類の卵透明帯と相同な器官とされ、卵母 細胞由来のいわゆる一次卵膜と考えられてきた。しかし、近年多くの魚類にお いて、卵膜蛋白はエストラジオールー17p (E2)の刺激により肝臓で合成され た後、血流を介して卵巣に運ばれることが明らかとなり、メダカにおいては、
この 卵膜蛋白前駆物質をコリオジェニン(Chg)と呼ぶことが初めて提唱され た(Yamagami,1996)。従って卵膜蛋白前駆物質は、卵黄蛋白前駆物質(ピテ ロジェニン;Vg)と同様に、卵母細胞の成長に関わる外因性の卵形成因子に加 えられる。しかし、魚類の卵膜蛋白前駆物質に関する知見、ホルモンによる合 成の制御および卵膜の構築過程には未解明な点が多く残されており、統一した 見解は得られていない。本研究では卵膜形成過程を明らかにすることを目的に、
サク ラマス 卵膜 蛋白前駆物質の検出、精製を行い、さらにE2処理による血中へ の誘 導およ び成 熟に伴う血中量の変化、並びに卵巣における卵膜蛋白前駆物質 と卵膜蛋白の動態を調べた。
供試魚 には 北大 水産 学部 附属 七飯 養魚 実習 施設 で飼 育中 のサク ラマ スを 用い た。非 イオ ン性界面活性剤を用いて可溶化した孵化後の卵膜を抗原として 抗卵 膜血清 (a‑VE)を作 製し た。a‑VEを 用い た二重免疫拡散法により雌雄成熟 魚の 血清と 肝臓 抽出液および卵膜抽出液を解析した結果、成熟雌の血清および 肝臓抽出液中には卵膜関連蛋白(viteLline envelope‑related protein; VERP)が存在 する ことが 明ら かになったことから、サクラマスの卵膜もまた卵巣外由来であ ると 考えら れた 。さらに、非還元下でのa‑VEを用いたウェスタンブ口ッティン グ に お い て 雌 血 清 中 に126、48お よ び43kDaの バ ン ド が 観 察 さ れ 、3種 類 の VERPが存在することが示唆された。
ウ ェ ス タ ン ブ □ ッ テ ィ ン グ で の 分 子 量 の 違 い か ら 血 清 中 の3つ のVERP をそれぞれvery high、highおよびlow molecular weight VERP(vh VERP、1NERP お よびNERP)と 名 付 け 、 各 種 ク口 マトグ ラフ イー を用 いて 精製 を行 った 。精 製vlNERPは ゲ ル 濾 過 で は 分 子 量520kDaで あ り 、SDS ‑PAGEで は175お よ び 126kDaのバ ンド が還 元処 理に 関わ らず 観察 された。精製hVERPはゲル濾過で分 子量88kDa、SDS ‑PAGEで は、 非還 元下 で48kDa、 還元 下で は53kDaで あっ た。
さら に精製NERPの分 子量 はゲ ル濾 過で55kDaと推 定さ れ、SDS ‑PAGEにお いて 非還 元下で43 kDa、還元下で47 kDaのバンドが観察された。これらの結果から hVERPは2量 体 、NERPは 単 量 体 と し て 血 中 に 存 在 す る こ と が示 唆さ れた 。さ ら に、hVERPお よ びNERPの ア ミノ 酸組成 はそ れぞ れメ ダカ とイ 卜ウ のコ リオ ジ工 二ンHおよ びコ リオ ジ工 二ンLに極 めて 類似していた。一方、vh VERPは、
コリ オジェ ニンHも しく は本 種のhVERPとの 類似 性を 示し た。 続いて 、そ れぞ れの精製品に対する特異抗体(a―VH、a‑H、a−L)を作製した。ウェスタンブ□
ッテ ィング にお いて 、a‑LはNERPのみを 特異 的に 染色 した 。一 方、a‑VHとa‑H GSIな ら び にE2の 増 加 に 伴 っ て 上昇 し 、8月 に 最 大 値(Vg 10.93mg/ml、ChgH
618.47yg/ml、ChgL977.05yg/ml)を示した後、排卵月の9月には急激に減少し た。 血中Vg濃度はChgと比較して著しく高い値を示したが、E2濃度が低い個体
(くIng/ml)ではVgより高濃度のChgが検出された。以上の結果からChgの合成 分泌 がE2によって直接的に制御されることおよびChgとVgの合成量の割合はE2 の濃度によって調整されることが示唆された。
Chgか ら卵 膜が 形成 され る過 程を 明ら かに する ため に、a‑Hおよびa‑Lを 用いて卵母細胞質を解析した。抽出した卵母細胞質はa‑HとLの両者に対して、
沈降 線を 形成 した 。こ れら の沈 降線はそれぞれ血清中のChgHおよびChgLの沈 降線 と融合したことから、卵母細胞質中にはChgHおよびLとそれぞれ共通する 抗原 性を持つ成分が存在することが示された。従って、Chgは卵母細胞質中に 取り込まれた後、卵膜を構築することが示唆された。さらに、成熟に伴う卵膜 蛋白 の変化をSDS ‑PAGE並びにウエスタンブ口ッテイングで観察した。その結 果、卵母細胞の成長に伴い、比較的高分子量のバンドの割合が増加することが 明ら かに なっ た。 これ らの パン ドはa‑HとLの両者に反応したことから、ChgH およ びL由来の成分から構成されると考えられた。排卵卵の卵膜においては血 中のChgと同じ分子量をもっバンドは殆ど消失し、それらより分子量の大きい ノヾンドのみが観察された。以上の様なバンドバターンの変化は他の魚種で報告 されている受精時における卵膜の不溶化の際に観察される変化と類似していた。
学位論文審査の要旨 主査
副査 副査 副査
教授 教授 教授 助教授
原 彰 彦 山 内 晧 平 麦 谷 泰 雄 足 立 伸 次
学 位 論 文 題 名
Immunochemical and biochemical studies
on precursors of vitelline envelope proteins of masu salmon(OTzcorみ ッ 刀 Cカ 勿 S0兜 CZS〇 勿 )
( サ ク ラ マ ス の 卵 膜 蛋 白 前 駆 物 質 に 関 す る 免 疫 生 化 学 的研 究 )
硬 骨 魚 類 の 卵 膜 は 、 受 精 か ら 孵 化 に 至 る 間 多 く の 重 要 な 役 割 を 果 た し て お り 、 種 の 繁 殖 に 深 く 関 わ っ て い る 。 近 年 数 種 の 魚 類 に お い て 、 卵 膜 蛋 白 が ェ ス ト ラ ジ オ ー ル ー17t3 (E2)に よ り 肝 臓 で 合 成 さ れ る こ と が 示 唆 さ れ て お り 、 ヌ ダ カ に お い て は2種 類 の 卵 膜 蛋 白 前 駆 物 質 が 同 定 、 精 製 さ れ 、 コ リ オ ジ ェ ニ ン (Chg)と 呼 ぶ こ と が 提 唱 さ れ た 。(Yamagami,1996)。 し か し 、 魚 類 の 卵 膜 蛋 白 前 駆 物 質 に 関 す る 知 見 は 非 常 に 限 ら れ て お り 、 特 に 卵 形 成 過 程 に お け る 血 中 量 の 変 化 は 、 ほ と ん ど 明 ら か に さ れ て い な い 。 サ ク ラ マ ス
(Oncorhynchus masou)は 北 部 日 本 に 分 布 す る 重 要 な 増 養 殖 対 象 魚 で あ り 、 健 全 な 卵 を 得 る た め に 親 魚 の 卵 形 成 過 程 を 詳 細 に 理 解 す る 必 要 が あ る 。 本 研 究 は サ ク ラ マ ス 雌 の 卵 膜 形 成 過 程 を 解 明 す る こ と を 目 的 と し て 行 わ れ た 。 最 初 に 、 孵 化 後 の 卵 膜 を 抗 原 と し て 抗 卵 膜 血 清 (a―VE)を 作 製 し 、 卵 膜 関 連 成 分 の 検 索 を 行 っ た 。a‑VEを 用 い た 二 重 免 疫 拡 散 法 に よ り 成 熟 雌 の 血 清 お よ び 肝 臓 抽 出 液 中 には 卵 膜 関連 蛋 白(vitellineenvelope‑relatedproteln; VERP)が 存 在 す る こ と が 明 ら か に な り 、 サ ク ラ マ ス の 卵 膜 蛋 白 質 は 肝 臓 由 来 で あ る こ と が 示 唆 さ れ た 。 さ ら に 、 ウ エ ス タ ン ブ 口 ッ テ ィ ン グ に お い て 、 雌 ‑ 1197ー
血清中には126、48および43kDaのバンドが観察され、3種類のVERPが存在す ることが示された。
次に、3つのVERPを それ ぞれvery high、highおよびlow‑molecular weight VERP(vh VERP、hVERPお よびNERP)と 名付 け、 各種ク 口マ トグ ラ フイ ー を 用 い て 精 製 を 行 っ た 。精 製 し た 伽VERP、hVERP、お よび NERPの分子 量は ゲル濾過法においてそれぞれ520、88および55kDaと推定 された。さらに、hVERPおよびNERPのアミノ酸組成はそれぞれメダカおよ びイトウのChgHおよびLに極めて類似しており、これらに対して作製した 特異抗体(a‑H、a‑L)は卵膜を特異的に免疫染色した。一方、vh VERPのア ミノ 酸組成 はhVERPと類似し、hVERPと抗原性を一部共有することが示さ れた。従って、vh VERPはhVERPを構成成分のーっとする蛋白質であると考 えられた。以上の結果より、精製したhVERPとNERPは本種の卵膜蛋自前駆 物 質で あ る こ とが 免疫化 学的 に明 らと なり、hVERPをChgH、NERPをChg Lと同定した。
続いて、血清中のChgの測定法をaーHおよびa‑Lを用いて一元放射免疫 拡 散法(SRID)およ び酵素 免疫 測定 法に より確 立し た。E2投与 の結 果、
ChgHとLは少なくとも投与8時間後には血中に誘導されたが、10yg/kg魚体 重以下のE2投与ではChgの増加は認められなかった。また、血中量の最大値 はE2投与量依存的に増加した。成熟に伴う血清Chg、VgおよびE2量を測定し た結果、雌魚の成熟に伴ってChgおよびVg量は増加した。卵黄形成期に血中 VgはChgに比較して非常に高い値を示したが、それ以前にはChg量の方が高 濃度であった。E2の投与量または血清中の濃度が低い個体(くIng/ml)では Vgよ りもChg量が高 く、E2投与量または血清濃度が高い個体ではChgより Vgが高濃度に検出された。以上の結果からChgの合成分泌がE2によって直接 的に制御されることおよびChgとVgの合成量の割合はE2の濃度によって調整 されることが示された。
最後に 、Chgか ら卵膜が形成される過程を明らかにするために、a‑H
およびa‑Lを用いて卵母細胞質中のChg関連蛋白質を解析した。卵母細胞質 中にはChgHおよびLとそれぞれ共通する抗原性を持つ2種類の成分が存在す ることが明らかになり、Chgは卵母細胞質中に取り込まれた後、卵膜を構築す ることが示唆された。さらに、成熟に伴う卵膜蛋白の変化をSDS‑PAGE並びに ウエスタンブ□ッティングで観察した結果、卵母細胞の成長に伴いa−HとLの 両者に反応する比較的高分子量のパンドの割合が増加した。還元処理後もこ れらのパンドが低分子化しないことから卵膜蛋白はS一S結合ではない結合 様 式 に よ り 架 橋 さ れ 、 卵 成 長 に 伴 っ て 強 固 に な るこ と が 示 さ れ た 。 以上のように、本研究では、サクラマスの卵膜蛋白が卵巣外由来であ ることを明らかにし、血清中に存在する卵膜蛋白質の前駆物質2種類を免疫 化学的に同定した。また、それらの合成がE2濃度によって調節されている ことを示した。さらに、卵膜蛋白前駆物質が卵母細胞に取り込まれた後卵膜 を構築する可能性を示し、卵膜蛋白質は卵成長に伴って架橋され高分子化す ることを明らかにした。これらの結果は、健全な卵を得る上で重要な知見を 提供したものとして高く評価され、本論文が博士(水産学)の学位請求論文 に値する業績であると認定した。