博 士 ( 水 産 学 ) 生 地 暢
学位論文題名
海産微細藻類に感染するウイルスの探索と その芋性に関する研究
学位論文内容の要旨
海 産 微 細 藻 類 での 異 常 増 殖 現象 が 知 ら れ てお り 、 特 に 、渦 鞭 毛 藻 類 が 異 常 増 殖し て 海 面 が 赤色 化 す る 赤 潮は 産 業 被 害 を伴 う こ と か ら 、 そ の 防除 研 究 が 強 く求 め ら れ 、 積極 的 に 進 め られ て き た 。 そ の 過 程 の中 で 赤 潮 防 除に 化 学 物 質 を使 用 す る こ とは 海 域 汚 染の 面から 、困難 である ため 、近年 、赤潮 藻類へ の攻撃性を示 す 微 生 物 を 環 境に や さ し い 微生 物 農 薬 と して 利 用 す る 試み が 検 討 さ れ て い る 。こ れ ま で に 赤潮 藻 類 を 殺 藻す る 細 菌 お よび ウ イ ル スが 見出さ れてき ている 。そ の中で も、赤 潮防除 のための微生 物 農薬 的な応 用を考 える上 で、 ウイル 久は宿 主特異 性が高く、そ の安全陸と可能性に期待が寄せられている。本研究は、赤潮のノく イ オ コ ン ト ロ ール 研 究 の 一 環と し て 、 赤 潮藻 類 を は じ めと す る 海 産 微 細 藻 類 の増 殖 に 影 響 を及 ぼ す ウ イ ルス の 探 索 を 行っ た も の で あ り 、 微 細藻 類 の 増 殖 抑制 を 引 き 起 こす ウ イ ル ス 様因 子 が 見 出さ れた。 本論文 では、 この ウイル ス様因 子の特 性と生態学的 な知見にっいて得られた結果を述べる。
ま ず 、 第 一 章で は 、1993年か ら1995年の3年間 にわた り、 北海 道 噴火 湾沿岸 海水から海産微細緑藻のTetraselmis sp.、赤潮原因 渦 鞭毛 藻のィlexandrium catenellaおよびGymnodinium mikimotoi に 感 染 し 、 溶 藻あ る い は 殺 藻を 引 き 起 こ すウ イ ル ス の 探索 を 試 み た 。 そ の 結 果、 調 査 し た3年 間 と も に9月か ら10月 の 秋季 に 採
取 し た 海 水 試 料 か ら 、 供 試 藻 類 の 増 殖 抑 制 を 示 す ろ 過 性因 子 の 存 在 が 見 出 さ れ た 。 得 ら れ た 計18試 料 の 増 殖 抑 制 を 示 すろ 過陸 因 子 は 継 代 操 作 を 繰 り 返 し て も 増 殖 抑 制 効 果 が 消 失 し なか っ た こ と 、0.22lxmの フ イ ル タ ー ろ 過 後 も 増 殖 抑 制 効 果 が 減 少し な い こと か ら、 藻類 の 増殖 とと も に増 える 生 物的な因子、 っまルウ イ ル ス あ る い は 微 小 細 胞 生 物 の 可 能 性 が 示 唆 さ れ た 。 第 二 章 で は 、 増 殖 抑 制 因 子18試 料 の 理 化 学 的 な 特 性 を 検 討 し た 。 第 一 節 で は 増 殖 抑 制 が 観 察 さ れ た 培 養 上 清 を 試 料 とし て 本 因 子 の 性 質 に つ い て 検 討 し た 結 果 、 培 養 上 清 中 の 本 因 子の 本 体 を 以 下 の よ う に 推 定し た。1)い ずれ の 藻類 増殖 抑 制因 子と も 径 50・100nm程 度 の 粒 子で 、易 熱 性で あり 、 核酸 を有 す る因 子で あ る。2)Tetrase加iS sp.およびイ.c口tenella増殖抑制因子11試料は 脂 質 層 構 造 が な く 、感 染に 関 与す るタ ン パク 質構 造 を持 ち、RNA を 有 す る ウ イ ル ス 様因 子で あ る。3)G. mikimoめf増殖 抑制 因 子7 試 料 は 脂 質 層 構 造 が な く 、 感 染 に 関 与 す る タ ン パ ク 質 構造 を 持 た ず 、 RNAを 有 す る ウ イ ル ス 類 似 の 因 子 で あ る 。 従 っ て 、 Tetraselmis sp.韜よびイ.cロtenella増殖抑制因子とG.mikimoめf 増 殖 抑 制 因 子 と は 異 な る 特 性 を 有 す る ろ 過 性 因 子 で あ る こ と が示唆された。
第 二 節 で は 、 増 殖 抑 制 を 受 け た 藻 類 細 胞 か ら 細 胞 内 抽出 液を 調 製 し 、 細 胞 内 で の 本 因 子 の 存 在 の 確 認 を 行 う と と も に、 増 殖 抑 制 効 果 の 経 時 変 化 に つ い て 検 討 し た 。 増 殖 抑 制 さ れ た ヱをtraselmおsp.、イ.catenピllaおよびG.mikimotoiから調製した 藻 類細 胞 内抽 出液 が 増殖 抑制 効 果を 示し た 。Tetraselmぬsp.およ びィ. catenellaでは増殖抑 制が観察された直後、G.mikimotoiで は 増 殖 抑 帯U効 果 が 最 大 に な っ た 時 期 に 細 胞 内 抽 出 液 の 増 殖 抑 制 効果 が 高く なっ た 。従 って 、 本因 子は 藻 類細胞内に侵 入し、増 殖していることが強く示唆された。
第 三 節 で は 本 因 子 を 赤 潮 防 除 に 利 用 す る た め の 特 性 評価 とし
て 、 宿 主 特 異 性 お よ び 低 温 ・ 凍結 状態 で の保 存安 定 性な どに つ い て調 ぺた 。 その 結果、本因子 は緑藻のTetraselmおsp.と 渦鞭毛 藻のイ.catenellaおよびG.′mikimotoiに増殖抑制を引き起こし、
宿 主 域 が 比 較 的 広 い と 考 え ら れた 。な お 、1993年に 得 られ た試 料 と1994年 お よ び1995年 に 得 ら れ た 試 料 で は 宿 主 域 に 違 い が 認 めら れた 。 次に 、本因子に感 染した藻類細胞の挙 動を追跡調査 す るた め、 継 代を 行った結果、 感染微細藻類の増殖 は健全細胞に 比 ベ 明 ら か に 劣 り 、 さ ら に 本 因子 を細 胞 外に 放出 す るこ とが 確 認 され た。 従 って 、本因子に感 染した細胞は二次的 な感染源とな り うる と考 え られ た。さらに、 本因子は凍結、低温 下では安定で 長 期保 存が 可 能で あるものの、 宿主藻類の培養温度(15〜20°C) で は ー ケ 月 で 増 殖 抑 制 効 果 が 消失 した こ とか ら、 本 因子 が環 境 に 放 出 さ れ た 場 合 、 一 ケ 月 以 内に 宿主 と 接触 しな け れば 不活 化 されることが示唆された。
第 二 章 ま で の 結 果 か ら 、 本因 子 はウ イル ス 様の 特性 を 示す 因 子 であ るこ と が示 唆されたため 、第三章では、本因 子の精製を試 み た。 第一 節 では 、本因子の濃 度が極めて低いこと から濃縮方法 を 検討 し、 限 外ろ 過法に比べ、 遠心分離法は濃縮効 果が高いこと を 示 し た 。 超 遠 心 分 離 で 濃 縮 した 試料 を ショ 糖密 度 勾配 遠心 法 で精製した ところ、Tetraselmis sp.およびィ.catenella増殖抑制 因 子 で は 、 シ ョ 糖 濃 度 が20〜26% の 画 分 に 増 殖 抑 制 効 果 が 認 め られ た。 ま た、 藻類細胞内抽 出液についても、同 様のショ糖濃 度画分に増殖抑制効果が認められた。特に、イ. catenella増殖抑制 因 子 の 精 製 画 分 で ウ イ ル ス 様 粒 子 が 観 察 さ れ た 。 一 方 、G. mikimotoi増 殖抑 制 因子 は他 の 増殖 抑制 因 子と 異な り 、超遠心分 離 を 行 っ て も 沈 降 し な い こ と が 明 ら か に な っ た 。 従 っ て 、G. mikimotoi増 殖抑 制 因子 は、 ウ イル スよ り もウ イ□ イ ドに近い性 状を有することが示唆された。
第 二 節 で は 前 節 で 確 認 さ れた ウ イル ス様 粒 子が 増殖 抑 制を 引
き 起 こ す 原 因 微 生 物 で あ るか 否 か を 確 認す る た め 、 感染 細 胞 内 の微細構造の変化を観察した。その結果、イ. catenellaで細胞構造 の 崩 壊 が 始 ま る 培 養16日 目 お よ び 崩 壊 が 最 も 激 し く な る 培 養 24日 目 の 細 胞 内 に 培 養 上 清 か ら 精 製 し た ウ イ ル ス 様 粒 子 と 同 様の構造体が観察された。従って、少なくとも、イ. catenella細胞の 増 殖 抑 制 は 本 ウ イ ル ス 粒 子 に よ る も の と 推 察 し た 。 最 後 に 、 第 一 章 で 明 ら か に し た よ う に 、 増 殖 抑 制 効 果は9月 と 10月 の 試 料 か ら の み 検 出 され 、 季 節 的 な消 長 を 示 す こと が 考 え ら れ たこ とから 、この ウイル スが 調査海 域のこ の時期 に存在 する 要因の解明に興味が持たれた。そこで、第三節では、本ウイルスの 生 態 を明 らかに するた め、調 査海 域に広 く分布 するマ コンブ との 関 連 性を 若干検 討した 。マコ ンブ の先枯 れ現象 の初期 症状と 思わ れ る 白色 斑症状 を示す マコン ブが 確認さ れたた め、こ の部位 の破 砕 抽 出 液 を調 製 し 、 イ .cロtenellロ 培養 液に 接種し たとこ ろ、
A.catenellaの増殖 が抑制 され る現象が認められ、その効果は継代 が 可 能で あった 。本ウ イルス の検 出時期 はマコ ンブの 先枯れ 現象 が発生する時期に追随してしゝたため、本来はマコンブを宿主とし ているウイルスである可能性が示唆された。
本 研究で は北海 道噴火 湾の沿 岸海 水から見出された4. catenella 増 殖 抑 制 因 子 の ー っ は 大 き さ 約70nmの ウ イ ル ス 様 粒 子 が そ の 本 体 であ ること が明ら かに出 来た 。今後 は、本 ウイル スにお ける 遺 伝 学的 性状を 明らか にする とと もに、 本ウイ ルスの 噴火湾 での 生態について詳細に調べる必要がある。
学位論文審査の要旨 主査
副査 副査 副査
教 授 絵 教 授 池 教 授 吉 助 教 授 田
面 良 男 田 勉 水 守 島 研 一
学 位 論 文 題 名
海産微細藻類に感染するウイルスの探索と その特性に関する研究
水 圏 で の 微 細 藻 類 の 異 常 増 殖 は よ く 知 ら れ て い る 現 象 で あ る 。 特 に 、 渦 鞭 毛 藻 類 が 異 常 増 殖 し て 海 面 が 赤 色 化 す る 赤 潮 は 水 産 業 に 大 き な 被 害 を 与 え る こ と か ら 、 そ の 防 除 研 究 が 積 極 的 に 進 め ら れ て き た 。 赤 潮 防 除 に は 、 化 学 物 質 の 使 用 が 検 討 さ れ て き た が 、 化 学 物 質 に よ る 海 洋 汚 染 が 懸 念 さ れ 、 実 用 化 に は い た っ て い な い 。 近 年 、 赤 潮 藻 類 を 殺 藻 す る 細 菌 お よ び ウ イ ル ス が 見 い だ さ れ 微 生 物 農 薬 と し て 利 用 す る 試 み が 検 討 さ れ て い る 。 そ の 中 で も、 赤潮 防除 のた めの 微生 物農 薬的 な 応用 を考 え る 上 で 、 ウ イ ル ス は 宿 主 特 異 性 が 高 く 、 そ の 安 全 性 と 可 能 性 に 期 待 が 寄 せ ら れ て い る 。 本 研 究 は 、 赤 潮 の パ イ オ コ ン ト 口ー ル研 究の 一環 とし て、 赤潮 藻類 を はじ めと す る 海 産 微 細 藻 類 の 増 殖 に 影 響 を 及 ぼ す ウ イ ル ス の 探 索 を 行 っ た も の で あ る 。 特 に 、 評 価 さ れ る 成 果 は 以 下 の と お り で あ る 。
1.
2.
3.
1993年 か ら1995年 の3年 間 に わ た り 、 北 海 道 噴 火 湾 沿 岸 海 水 か ら 海 産 微 細 緑藻 のTetraselmis sp.、赤 潮原 因渦 鞭毛 藻の イlexandrium catenellaおよび Gymnodinium mikimotoiに感 染す るウ イル スの 探索 を試 み、 これ ら 藻類 の増 殖抑 制を 引き 起こ すろ 過性 因子 を得 た。
こ れ ら の ろ 過 性 微 細 藻 類 増 殖 抑 制 因 子 は 、 毎 年9‑10月 にか けて の 一定 の時 期に のみ 存在 する こと を示 した 。
本 ろ 過 性 因 子18試 料 に つ い て 、 理 化 学 的 性 状 を 調 ぺ、 @い ずれ の 因子 とも 大き さ50ー100nm程 度の 易熱 性粒 子で あり 、そ のう ち、 ◎Tetraselmis sp.お よび ィ. catenella増殖抑制因 子11試料は脂質層構造がなく、感染に関与する タ ン ノ ヾ ク 質 構 造 を 持 ち 、RNAを 有 す る ウ イ ル ス 様 因 子 で あ り 、 ◎G.
mikimotoi増 殖 抑 制 因 子7試 料 は 脂 質 層 構 造 が な く 、感 染に 関与 す るタ ンバ ク 質 構 造 を 持 た ず 、RNAを 有 す る ウ イ ル ス 類 似 の 因 子 で あ る こ と を 明 ら か
にした。
4. 増殖抑制を受けた藻類細胞内抽出液にも増殖抑制効果が観察され、本因子 が藻類細胞内に侵入し、増殖していることを示した。
5. 増殖抑制を受けたィ. catenellaの培養上清精製画分から大きさが70nmの ウイルス様粒子を観察した。また、感染イ. catenella細胞の微細構造の変 化を観察 し、細胞構 造の崩壊の進行、および培養上清中と同様のウイル ス様粒子が存在することを確認した。
6. G. mikimotoi増殖抑制因子は、超遠心分離で沈降しないウイ口イド様因子 であることを示した。
7. 得られたウイルスを赤潮防除に安全に利用することが可能であるか否か を検討したところ、@本ウイルスは緑藻のTetraselmis sp.と渦鞭毛藻のA catenellaおよびG.mikimotoiに増殖抑制を引き起こす宿主域が比較的広い ウイルスである、◎本ウイルスに感染した藻類細胞を二代に渡り、継代培 養を行っ たところ、 ウイルス感染藻体は健全細胞に比ぺて明らかに増殖 が劣った うえ、ウイ ルスを細胞外に放出することを確認した。◎本ウイ ルスが凍結、低温下では安定で長期保存が可能であるものの、宿主藻類の 培養温度 である15〜200Cでは 、約1ケ月で感染 性が消失することを示し た。
8. 増殖抑制因子が、9月と10月の試料からのみ検出された理由を明らかにす るために、調査海域に広く分布するマコンブとの関連性を若干検討し、マ コンブの先枯れ現象の初期症状と思われる白色斑患部の破砕抽出液が、A catenellaの増殖を抑制する現象を見いだした。その効果は継代が可能であ り、本ウ イルスとタ ンパク質分解酵素および核酸分解酵素感受性が類似 していた。
以上、本論文では、北海道噴火湾沿岸海水から、RNAを核酸型とする赤潮原因藻 類に感染性を示す新しいウイルスの存在を明らかにした。また、本ウイルスを実用 化する場合に問題となる、他生物への感染性、ウイルス感染細胞およびウイルス自 体の環境中での消長を調ベ、実用化に際しての適切な評価基準の必要性を示した。
以上の成果は、海産藻類に感染性を示すウイルスの存在を明らかにしたものであ り、生物を用いた赤潮防除研究の進展に寄与することが期待される。また、適正な 安全対策を講じれば、本ウイルスは赤潮防除に有効であると考えられるため、水産 学に貢献するところ大であることから、審査員一同は本論文が博士(水産学)の学 位論文として充分な内容を有するものと判定した。