パーリ
文
Mahāparinibbānasuttanta
における世尊の死因
吉次通泰
1 序論
1-1 目的 世尊の死因については定説がない。本研究の目的は、世尊に死が迫った 時期に起こる身体的症状が詳細に述べられているDIgha-nikAyaの中に含 まれている第16の経典であるMahAparinibbAnasuttanta(MPS)(翻訳 の底本として、London PTS版を使用)につき、死因の解析に重要な臨 床症状と臨床経過を現代医学的に検討し、世尊の死因に関する私見を提示 することである。著者は、以前、「ブッダの死因に関する一考察」という 主題でpreliminary reportを発表し、死因として重症感染性腸炎、とく に細菌性赤痢あるいはアメーバ赤痢とのtentative diagnosisを得た[吉 次通泰 2007: 227-230]。しかし、紙数制限のため診断根拠に関する論述 が不十分であり、著者の私見に対する賛否を受けるためには、より詳細な 診断経過と鑑別診断を述べることが必要と考え、本論文を表した。 日 常 診 療 の 診 断 過 程 は、臨 床 症 状 と 診 察 所 見 に よ りtentative diagnosisを得た後、適切な検査を行い、defi nite diagnosisに至るわけ であるが、古代においては検査法に乏しく臨床症状と観察所見に基づき診 断するほかはなかった。まして、今回のように医学専門書でなく、古い時 代の伝承を記録した編集者の目的が身体的・医学的情報を正確に伝えるこ 執筆者紹介 よしつぐ みちやす●東京大学大学院人文社会系博士後期課程 インド文学、インド哲学、 仏教学 ・2008、「古代アーユルヴェーダの終末期医療」、『インド哲学仏教学研究』、15、57-70 頁 ・2007、「肥満治療における古代・現代アーユルヴェーダと西洋医学の比較」、『アーユ ルヴェーダ研究』、37、72-75 頁とではなく、しかも歴史的事実であるかが明らかでない文献につき医学的 検討を行う場合、歴史的に真実である臨床診断を得ることは困難であるば かりでなく、検討すること自体が無意味であるとの意見もあろう。しかし、 世尊の死因を明らかにすることは仏教徒の重大事であるだけでなく、たと え史実でなくても古代インドにおける重症疾患の状況を知りうることから、 少なくともインド医療史的に有用と考え、本研究を行った。 1-2 非大乗系涅槃経形成史に関する先行研究 世尊の入滅(死)、すなわち涅槃前後の出来事を取り上げた文献には長 短多くのものがあるが、大乗涅槃経と非大乗系涅槃経に分類される。なお、 非大乗系涅槃経という用語法は、Williamsおよび下田に従った[Williams 1989: 26-28; 下田正弘 1997: 60]。下田は、阿含・ニカーヤ・律蔵にお いてブッダ入滅を主題として扱った文献を「涅槃経文献群」と名づけ、最 も長い内容を持ったパーリ涅槃経、遊行経、仏般泥䈥経、般泥䈥経、サン スクリット涅槃経を含めた計22文献を挙げ、「これらの文献のうち最も長 い内容を持った5種類の文献につき、そのモチーフをバローは、①ラージャ クリハの周辺で、②ラージャクリハからパータリ村へ、③パータリ村にて、 ④パータリ村からヴァイシャーリーへ、⑤ヴァイシャーリーにおいて、⑥ ヴァイシャーリーの周辺で、⑦ヴァイシャーリーからクシナガリーへ、⑧ クシナガリーで最期の時、⑨クシナガリーでの葬儀、舎利供養について、 と分類しているが、これらのうち何らかの形で各文献に共通するモチーフ は⑧と⑨の二つである」と述べている[下田正弘 1997: 60-63]。古い時 期におけるMPSの成立段階を詳細に検討したバローは、「当初は、クシ ナガリーでの入滅という、簡単な中核となるものから(⑧が中核であり、 直ぐに⑨が付随された)、長い時間をかけて成立したものと思われる。ラー ジャグリハから入滅の地までの世尊の最後の旅の行程が、テキスト中の配 列順序とは逆の順序で徐々に加えられていったのであろう。」と述べてい る[Bareau 1979: 48-49] 。下田も「バローの指摘のように、始めに史実 として知られていたクシナガリーにおけるブッダの涅槃が核になって、物 語が周囲を彩り始めたと考えてよい。」とバローの見解を支持しているが、 「記述の多少や差異はあったにしても、現存のテクストには、基本的に⑧ ⑨の内容は記されているのである。ということは、涅槃経の核はこの⑧⑨ のうち何れであったか、簡単には決められない問題ということになる。」
とバローの問題点を挙げている[下田正弘1997: 63-65]。 「涅槃経系文献群」のうち、世尊に死が迫った時期の状況を詳細に記した 資料の一つがMPSである。この経典は、パーリ語によるものが代表的な ものであるが、その異本あるいは異訳として、サンスクリット語、チベッ ト語、中国語で書かれたものが伝えられている。サンスクリット語による 経典には完本はなく、このサンスクリット語による断片をWaldschmidt は、パーリ語、チベット語、漢訳と対照している。今回の検討目的である チュンダの饗応を受けた後の世尊の病状、特に血性下痢に関する記述は、 パーリ語によるMPSにおいて詳しく、他の言語によるものでは欠如して いる部位が多い [Waldschmidt 1951: 264-269] 。「涅槃経系文献群」に は長短多くのものがあるが、その成立過程については、上述のBareauの 見解のごとく元は短かった古い時期の文献に後世の付加により長い文献が 成立したとも考えられるが、下田は、「短いから古いという単純な発想で はなく、入滅の記録はたとえ結果としては歴史的事実であったとしても、 それは事実であるから記録されたのではなく、何らかの観点で保存の価値 がある、すなわち宗教的価値があると判断されたものが残され、元の文献 から取捨選択され短くなった可能性もある。」と、経典の製作意図を読み 取るべきことを強調している[下田正弘 1997: 65-69]。「涅槃経系文献群」 の成立過程は明らかではないが、パーリ文MPSは上述の9つのモチーフ のうちの大部分を含んでいる。経典が時代とともに増広されるという見解 に立つと、MPSはおそらく新しい層に属するものとなり、その記述が入 滅当時の出来事の忠実な反映であるかは疑わしくなる。ある疾患の診断に は、なるべく多くの臨床症状や徴候、臨床経過の情報が必要である。従っ て、本研究では、形成過程が明確でないだけでなく、歴史的事実でない内 容も多く含まれている文献ではあるが、世尊に死が迫った時期の病状が詳 細に述べられているパーリ語のMPSを対象文献とし、世尊の死因診断を 試みた。 1-3 世尊の死因に関する先行研究 80歳の高齢になっていた世尊は、ラージャグリハ(王舎城)の霊鷲山 から生誕地カピラヴァストゥに向かい旅に出たが、出立時にはすでに高齢 に よ る 身 体 の 衰 弱 を 自 覚 し て い た と 思 わ れ る が1、 世 尊 は、 sUkara-maddavaを摂取後短期間で死亡したため、死因についての先行
研 究 の 多 く はsUkara-maddavaに 関 す る も の で あ る。MPSに は、 sUkara-maddavaという言葉が記されているに過ぎないので、どのよう なものか明確でない。語義的には、sUkaraは「豚」、maddavaは「軟ら かさ」の意味であり、単純に「軟らかい豚肉」と解釈することができる。 しかし、Buddhaghosaは、MPSに対する注釈書の中で、「若すぎず老い すぎない素晴らしい新鮮な豚肉(pavattamaMsa)のことであり、これは 軟らかく、肉汁が多く、それを準備して、注意深く調理して、という意味 である。」としている[Buddhaghosa 2003: 121-122]。また、その注釈 書の註において、「ある人は、牛の5つの汁と一緒に調理した軟らかな米飯、 またある者は一種の不老不死の霊薬、豚が踏みつけたタケノコ、豚が踏み つけた場所にできたキノコ、と異なる解釈をしている」と述べている
[Buddhaghosa 2003: 122]。DhammapAlAcariyaによるUdAnaへの注
釈書にもほぼ同様の多くの解釈が認められる(Paramattha-DIpanI 8.5, pp. 399-400)。一方、中国文献では茸(『遊行経』大正蔵、1巻18下2 ) と解釈したものがある。しかし、その他の多くの漢訳には『遊行経』より 古い成立のものもあるが、sUkara-maddavaに相当する言葉が認められ ない。従って、本来の古い伝承では、チュンダの提供した料理の具体的な 内容について触れられてなかったことが考えられる。すなわち、パーリ文 MPSや漢訳『遊行経』では、後代に付加された可能性が考えられるが、 現時点、明らかでない。 以上のように、sUkara-maddavaの解釈については種々報告されてい るが、Hinüberによれば、「sUkara(猪、豚)とmaddavaを基にした古 い時代の地方の料理であり、この複合語の後半の言葉の意味が忘れ去られ たのであろう。この特別な料理は如来においてのみ消化されるという上座
部の伝統と関係する。」という見解である[Mettanando & Hinüber
2000: 117]。sUkara-maddavaの意味は、なお、明らかでないが、それ が何であるかは別にして、これまでの死因は何かを経口的に摂取した後に 発症した疾患によるとの解釈である。一方、Mettanando3は、西洋医学 的見地から腸間膜動脈閉塞症4による死亡であることを提唱した。この疾 患は、腹腔内にある腸間膜動脈の閉塞により腸管の壊死を起こすものであ り、高齢者に多く、急激に生じる激しい腹痛と下血を主症状とする重症な 病気である。これまでの報告とは全く異なる医学的な見解であり、極めて 興味深い報告と思われる[Mettanando 2000: 109-110]。
このように世尊の死因につき多くの学説が提唱されているが、いまだ定 説がない。本研究では, MPSに述べられている臨床症状を詳細に検討す るだけでなく、古代アーユルヴェーダ原典の内容と比較することにより世 尊の死因診断を試みた。
2 症例報告
2-1 症例 世尊(ゴ○タ○ シ○ダ○ル○)、80歳、男性、職業:仏教の開祖、家族 歴:父はスッドーダナ、母はマーヤー妃とされているが、その詳細な記載 は後世の仏伝(馬鳴の『ブッダチャリタ』II.18や『ジャータカ』Vol.1の 序文であるNidAnakathA 49, 52頁などに簡単に記載されているが、それ より後代の仏伝に詳細である)に見られるが、古い経典には記されていな い。これら仏伝の成立は、世尊の時代から長い時間が経過したものであり、 歴史的事実として信頼しがたい。従って、本症例の死因を診断する上に有 用な遺伝性疾患の有無については不詳と考えざるを得ない。既往歴:本症 例の診断に有用と考えられる既往疾患としては、腹痛(udaravAtAbAdha、 腹風疾、冷気)を時々起こし、三辛粥(tekaTulayAgu)にて治癒してい たことである(MahAvagga6.17.15;大正蔵23.26.187上6)、飲酒歴:な し(病気の治療には許可)、喫煙歴:不詳。 2-2 臨床経過 患者は、半年間の予定でラージャグリハ(王舎城)にある鷲の峰(霊鷲 山)を出発した。村々を通過し、ベールヴァ村に到着し、雨安居に入った。 そこで、「世尊は雨安居に入ったとき激しい病気が生じ、死ぬほどの激し い苦痛が起こった。世尊は、念正智に入り、悩まされることなくそれに耐 え忍んだ」(MPS 2.23)7。この記載では、極めて重篤な苦痛が生じたこ とは理解できるが、どのような苦痛か判然としない。後に同様の苦痛が出 現し、血性下痢を伴っていることから、この苦痛の意味としては腹痛と考 えるのが常識的である。該当する箇所と異なるが、漢訳『遊行経』大正蔵 1.18下に背部痛を訴えており、その可能性も否定できない。その後、患 者は回復し、旅を続け、ヴェーサーリー市に到着した。そこで遊女アンバパーリーのもとで「多くの噛む(硬い)食物・吸う(軟らかい)食物」(MPS 2. 19)8 を摂取した。さらに旅を続け、パーヴァー市にある鍛冶工(金属 細工人)の子供チュンダのマンゴー園に逗留した。チュンダは、「尊い方よ。 世尊は、明日、比丘僧らとともに、私の家で食事をされることに同意して 下さい」と言った。「鍛冶工(金属細工人)の子供チュンダは、その夜が 終 わ っ て か ら、 自 分 の 住 居 に、 多 く の 硬 軟 な 食 物 と 多 く の sUkara-maddavaとを用意して、世尊に時を告げさせた」(MPS 4.17)9。 患者は、「『チュンダよ。sUkara-maddavaが用意された。それによって 私をもてなして下さい』。一方、他の硬い食物 (khAdaniya)と軟らかい食 物 (bhojaniya)が用意された。『それによって比丘僧らをもてなして下さ い』」(MPS 4.18)。また、「チュンダよ! sUkara-maddavaが残った。 それを穴に埋めなさい。神々・悪魔・梵天の世界で、沙門・バラモン、ま た、神々・人間を含む生きものの間でも、修行完成者(如来)のほかには、 それを食して完全に消化し得る人を、私は見ません」(MPS 4.19)10と言っ た。世尊は、自分がsUkara-maddavaを食べ、従者には他の食事を食べ させたこと、sUkara-maddavaの食べ残しを埋めさせたことは、食物に 外観や臭いなどに何らかの違和感(腐敗?)を感じたことが示唆される。 一方、Hinüberは、「如来によってのみ消化される食物はKasibhAradvAja により提供されるpAyAsa、SujAtAにより提供されるpAyAsa、チュンダ により与えられたsUkara-maddava、およびKaccAnaにより提供される guLaである。」と述べていることから、sUkara-maddavaは世尊にのみ与
えられる食事であった可能性も考えられる[Mettanando & Hinüber 2000: 117]。その後、「チュンダの食物を食べてしまった世尊に、激しい 病気が生じた。赤い(血性の)下痢(lohita-pakkhandikA11)を持つ、 激しい瀕死の苦痛が生じた。世尊は実に念正知に入り、悩まされることな く、それに耐え忍んだ」12。また、「鍛冶工(金属細工人)の息子であるチュ ンダの食物を食べて、賢者は瀕死の激しい病気に触れた。食べた sUkara-maddavaにより、激しい病が師に起こった。下痢しつつ、世尊 は『私はクシナガラへ行こう』と言った(MPS 4. 20)13。それから患者 は路を外れて、一本の樹の根元に近づき、アーナンダに言った。「さあ、アー ナンダよ。あなたは私のために四重の外衣を敷いて下さい。私は疲れた。 私は坐りたい」(MPS 4.21)14。この記述は、世尊に高度の全身倦怠感が 存在したことを示すものであるが、血性下痢の持続による脱水、栄養障害、
貧血、血圧低下などに起因すると思われる。漢訳『遊行経』大正蔵、1巻 18下には「吾は背痛を患う。汝は座を敷くべし。」と背痛を訴えているが、 MPSのごとき血性下痢などの症状が語られておらず、異なる病態かもし れない。従って、パーリ文の伝承のみを絶対視することができないことが 示唆される。 坐ってから、患者は、「アーナンダよ。あなたは私に水を持ってきて下さ い。私は、喉が渇いている。私は飲みたい」と言った(MPS 4.22)15。高 度の口渇は脱水によるものが多いが、世尊が頻繁に飲水を求めたことは、 下痢による高度の脱水が存在したことを示すものである。アーナンダは、 「尊い方よ。今、500の車が通り過ぎました。車輪に切り取られ、量が少 なく、乱れ、濁った水が流れています。尊い方よ。このカクッター河は、遠 くない所にあり、澄んだ水で、よい水で、冷たい水で、濁りがなく、美し い川岸があり、見るも快いのです。世尊はそこで水を飲んで、お体を冷や して下さい」と答えた(MPS 4.22)16。お体を冷やして下さい、という記 述から、そのとき世尊に発熱が見られたことが考えられる。それからクシ ナガラに向けて歩みを進めるが、口渇、疲労感が高度なため、途中で飲水、 休息を頻回に取りながら旅を続け、クシナガラで入滅した。パーヴァ市と 推定されるファジルナガルからクシナガラまで約20kmであるから、普 通の速度で歩けば5 ∼ 6時間の距離であるが、世尊の病状からすると半日 ∼1日あるいはそれ以上の時間を要したかもしれない。いずれにしても世 尊は、チュンダの饗応を受けてから極めて短期間で死亡したと考えられる。 2-3 鑑別診断 本症例は、食後短時間に、突然、発生した激しい苦痛と血性下痢、口渇、 全身倦怠感を主訴にし、数日以内という短期間で死亡した高齢男性患者で ある。前に述べたように、激しい苦痛という表現が如何なる状態を示して いるのか判然としないが、漢訳『遊行経』大正蔵1.18下では背部痛と述 べられているが、パーリ文MPSでは慢性的な血液を混じた下痢であった という記録から、少なくともパーリ文MPSに限れば、腹痛であったと考 え、世尊の死因を考察したい。ただ、大腸の一部や腹部大動脈とその分岐 動脈は腹腔内の背部に存在することから下記の疾患でも背部痛が出現して も不思議なことではない。下血を主症状とする疾患として、感染性腸炎17、 腸間膜動脈閉塞症18(虚血性大腸炎のうち最も重症な病型)、虚血性大腸
炎19、S状結腸軸捻転症20、毒キノコ中毒、大腸癌、消化性潰瘍(胃十二 指腸潰瘍)、潰瘍性大腸炎21、クローン病22、大腸憩室症23、痔核などを鑑 別する必要がある。 上記のうち大腸癌から痔核までの疾患は、発症年齢、臨床症状、臨床経 過、血便の状態が本症例と異なることから否定できる。すなわち、大腸癌 については、罹患率は50歳以降の比較的高齢者に高く、下血、血便、便 通異常(下痢と便秘を繰り返すこと、便が細くなること)が主症状である が、本例のごとく高度の血性下痢が持続することは稀であり、また、1年 以上の比較的慢性の経過をとることが多く、本例の症状には合致しない [Levin & Raijman 1995: 1748-1750]。消化性潰瘍については、好発年 齢は若年者から高齢者まで幅広く、空腹時の上腹部痛が主症状である。下 血をみることもあるが、黒色便(タール便)のことが多く、本症例のごとき 血性下痢は稀であり、否定できる[Pounder & Fraser 1995: 749-753]。 潰瘍性大腸炎とクローン病については、好発年齢は10 ∼ 30歳代と若年 者に多いこと、通常、再燃寛解を繰り返すか、慢性に持続する疾患である ことから、本例に合致しない。また、潰瘍性大腸炎では血便は必須である が、クローン病では血便は少ない[Farmer 1995: 1338-1340; Meyers 1995: 1410-1414]。大腸憩室症や痔核についても、下血を伴うこともあ るが、致死的な疾患ではないことから本例の死因としては否定したい [Williams & Davis 1995: 1643-1648; Schuster & Ratych 1995: 1774 ]。
毒キノコ中毒については、キノコ中毒の原因となるキノコは多数あり、 その毒性も千差万別であり、致死的なものと致死的でないものとがある24。 致死的中毒を起こす猛毒の毒キノコには、アマニタトキシン群、スギヒラ タケ、シャグマアミガサタケがある。アマニタトキシン群がキノコ中毒死 亡例のうち80~90%を占める。摂取後7~16時間に嘔気、嘔吐、水様性下 痢、腹痛が出現し、死亡例では摂取後3~7日に肝不全、腎不全および心 機能低下、高度の意識障害をきたして死亡する。死亡率は10~30%である。 スギヒラタケについては、摂取後にめまい、全身倦怠感、歩行困難が出現 するが、嘔吐や下痢を伴わない。数日後に震顫様不随意運動、ミオクロー ヌスが出現し、難治性てんかん重積状態に陥り死亡する。死亡率は約 36%である。腎機能障害を合併した人で死亡率が高い。シャグマアミガ サタケでは、摂取後6~12時間に嘔気、嘔吐、水様性(時に血性)下痢、 腹痛、痙攣、運動失調が出現する。重症例では、溶血やメトヘモグロビン
血症、肝障害が生じる。死亡率は14.5~34.5%である。軽症~中等症のキ ノコ中毒には、キノコの種類により摂取後30分~数時間に腹痛、下痢な どの消化器症状で発症するもの、流涙・流涎・瞳孔異常・筋攣縮などの症 状で発症するもの、幻覚・気分変化・運動失調の症状で発症するものがあ る。致死的および軽度~中等度の毒キノコ中毒はいずれも摂取後短時間に 発症するが、高度の下血を見ることはなく、本症例の死因とは考えにくい。 また、毒キノコ中毒の場合、摂取後に重症となり死亡する例は少ないが、 死亡する場合には数日以内に死亡する。本症例のごとく旅を続ける状態で はない [Haubrich 1995: 1200;河野正樹2006: 243-248]。先述のごと く、世尊の死因に関する先行研究において有毒キノコは注目されているが、 以上のことから死因とは考え難い。 Mettanandoが報告した腸間膜動脈閉塞症は、突然に始まる腹部の激 痛と血便を主症状とする予後不良の疾患であり、世尊の死因として有力な 候補と思われるが、心筋梗塞や心房細動などの心臓病を持っている患者に 起こりやすいこと、腸閉塞を起こすため嘔吐が必発すること、脱水とショッ ク状態に陥るため徒歩で旅を続けることは不可能であること、などから否 定できる。そのほか、虚血性大腸炎、S状結腸捻転症も腸間膜動脈閉塞症 と同様に高齢者に多い疾患であるが、やはり重症疾患であり、治療をする ことなく旅を続けることは不可能であり、世尊の死因としては否定したい [Rogers & David 1995: 1221]。
世尊時代のインド医学、すなわち古代アーユルヴェーダにおいては、下 痢、とくに血性下痢は重症疾患であったと思われる。古代アーユルヴェー ダ原典には、「下痢は、呼吸困難、疝痛、口渇のため衰弱し、発熱に苦しめ られている老人には、特に致命的である」(SuSrutasaMhitA I.33.19)25 あるいは「ピッタ性の下痢患者がピッタを増加させるものを過量に食べる とき、極めて高度の血性下痢が生じる」(MAdhavanidAna. 3. 20)26と述 べられていることから明らかである。また、「不適切な食事を摂る人の増 加したヴァーユが蓄積した粘液を下に押し出す。(その結果)少量の排泄物 と混ざった(粘液を)繰り返し排出させる。それを専門家はpravAhikA(赤 痢?)と呼ぶ。ヴァータ性赤痢は疼痛を伴い、ピッタ性のものは灼熱感を伴 い、カパ性のものは粘液を伴い、ショーニタ性(身体的なドーシャはヴァー タ、ピッタ、カパと3種類とするのが一般的であるが、SuSrutasaMhitA I.21.3には血液SoNitaを第4のドーシャとみなしている)のものは血液
を伴う。これらは、脂っこいもの、あるいは 粗い(rUkXa)ものを(摂 りすぎたときに)生じると考えられる。それらの徴候、治療法および未熟・ 成熟は、下痢と同様に説明すべきである」(SuSrutasaMhitA 6.40. 138-140ab)27 と記述されているが、pravAhikA(赤痢?)という言葉が 使用されていることから、古代インドにおいて現在の赤痢と思われる疾患 が存在し、且つ致死的な重症疾患であったことが示唆される。 2-4 Tentative Diagnosis 細菌感染が起こりやすい雨季後の発症であること(註7と12のごとく、 雨安居中とその後の旅の途中に発症)、食事摂取前に患者が食物に違和感 を感じて残りを埋めさせたこと(註10のごとく、世尊が、『チュンダよ。 sUkara-maddavaが残った。それを穴に埋めなさい。神々・悪魔・梵天 の世界で、沙門・バラモン、また、神々・人間を含む生きものの間でも、 修行完成者(如来)のほかには、それを食して完全に消化し得る人を、私 は見ません。』と言ったことから示唆される)、食後の発症であること、血 性下痢であること、嘔吐などの上腹部症状の記載がないこと、発熱の存在 が考えられること(註16のごとく、『世尊はそこで水を飲んで、お体を冷 やして下さい。』というアーナンダの言葉から推測し得る)、などから sUkara-maddavaが何であるにせよ、細菌により汚染された食物あるい は飲料水を摂取したことによる感染性腸炎が最も考えられる。感染性腸炎 による脱水と栄養障害が口渇、血圧低下、全身倦怠感を惹起し、急速に衰 弱が進行し、入滅したものと思われる。重症感染性腸炎には、細菌性赤痢28、 アメーバ性大腸炎(アメーバ赤痢)29、腸管出血性大腸菌感染症30、腸チ フス・パラチフス、コレラなどがある。腸管出血性大腸菌感染症について は、水様性下痢、腹痛、血便が主な症状であり、溶血性尿毒症症候群(HUS) を起こすと死亡することもあるが、この感染症は1982年米国で最初に報 告された新しい病気であり、また集団発生の報告が多いことなどから、本 例の死因としては考えにくい[竹田多恵 1999: 80-83]。腸チフス・パラ チフスは高熱が特徴的であり、下痢症状も少なく、腸出血は回復期に起こ りやすいこと、などから本症例の症状に合致しない[相楽裕子 1999: 76-79]。コレラは米のとぎ汁様と形容される大量の水様便と脱水が特徴であ り、通常、腹痛や血便を伴わないことから、本例とは全く異なる病状であ る[竹田美文1999: 66-69]。
以上のごとく腸管出血性大腸菌感染症以下の疾患を除外すると、臨床症 状や臨床経過から本症例の診断として細菌性赤痢あるいはアメーバ性大腸 炎(アメーバ赤痢)を考えたい。古代アーユルヴェーダ原典にも不治の疾 患の一つに血液を伴う下痢(赤痢?)が挙げられていること、現代インド でも細菌性赤痢やアメーバ性大腸炎の感染者は多く、例えば、クシナガラ のシルシア部落ではアメーバ赤痢が流行していることは(インド福祉協会 2006.11.29)、この診断を支持するものである。ただ、細菌性赤痢とアメー バ性大腸炎の急性期の臨床症状は類似しているが、潜伏期が前者では12 時間∼1週間、通常3日以内であるのに対し後者では数日~数ヶ月であり、 前者で短いこと、下痢便の性状が前者では膿粘血便であるのに比し、後者 ではイチゴゼリー状であることなどが異なる[相楽裕子1999: 70-73, 竹 内勤1999: 84-87]。潜伏期や血便の性状などからすると細菌性赤痢の可 能性が高いと思われるが、アメーバ性大腸炎とすれば赤痢アメーバの無症 候性キャリアであった本症例が老化と栄養障害による免疫能の低下により 再燃した可能性が考えられる。以上、パーリ文MPSに記述されている臨 床症状から世尊の死因につき私見を述べたが、勿論、疾患の症状や種類は 時の経過とともに大きく変化するものであり、古代の文献に述べられてい る臨床症状から現代医学の分類による病名に翻訳することには無理がある かもしれない。
3 結論
パーリ文MahAparinibbAnasuttantaに述べられている世尊最後の旅 の途上に現れた死因解析に重要な徴候と症状および臨床経過を検討し、以 下の結論を得た。何を意味するかいまだ定説がないsUkara-maddavaを 摂取後、短時間に苦痛(腹痛?)と血性下痢、発熱(?)が出現し、口渇 と倦怠感(高度の脱水)が著明であったが、旅を続け、数日以内という短 期間で入滅した。下血を主症状とする各種疾患の鑑別により感染性腸炎、 とくに細菌性赤痢あるいはアメーバ性大腸炎であったことが推測される。 勿論、臨床症状と臨床経過のみによる診断であり、MPSに述べられた内 容には後世の付加の部分も多く、歴史的事実に忠実でない可能性が考えら れることから、著者の診断は全くのtentative なものであり、史実と異な るかもしれない。向後、さらなる研究が必要と考える。本稿の執筆にあたり、適切かつ示唆深いご助言とご指導をいただきまし た東京大学東洋文化研究所の永ノ尾信悟教授に深謝いたします。 1 しかも、アーナンダよ、私は老衰し、老人となり、人生の旅路を過ぎ去り、老境に達し、私の齢 は80となります。アーナンダよ、あたかも古い車が革紐で縛ることによって行かせる(動いて行 く)ように、そのようにアーナンダよ、如来の身体も革紐で縛ることによって行かせる(動いて いる)と私は思う。
ahaM kho pan’Ananda etarahi jiNNo vuddho mahallako addhagato vayo anuppatto, asItiko me vayo vattati, seyyathA pi Ananda jara-sakaTaM vegha-missakena yApeti, evam eva kho Ananda vegha-missakena maJJe tathAgatassa kAyo yApeti (MPS 2.25). 2 この時に周那は、尋いで飲食を設けて、佛および僧に供え、別に栴檀樹耳を煮る。世の奇珍と する所なり(『遊行経典』大正蔵、1. 18下)。 3 僧侶になる前に医師であったので、西洋医学的に検討している。高齢者に急に腹痛と血便に て発症し、脂肪性食物の摂取後に起こり、以前にも同様に食後に苦痛を経験したことから、 腸間膜動脈閉塞症と診断している。 4 腸間膜動脈閉塞症:腸管の虚血性疾患の1つ。腸管の虚血性病変は、腸間膜動脈・静脈の一 時的あるいは恒久的血行不全により起こされる。大血管の閉塞は、しばしば致命的で、早期 外科治療の適応となる。急激に虚血に陥り、腸管の梗塞・穿孔・腹膜炎 へ至るもののう ち、50%は上腸間膜動脈の血栓・栓塞に、25%は非閉塞性変化による。残り25%を下腸間膜 動脈の閉塞症、腸間膜静脈の血栓症が占める。上腸間膜動脈閉塞によるものでは、基礎疾 患として、心血管系疾患、全身の動脈硬化(粥状硬化)性変化をもつことが多い。慢性に経過 するもののうち、腹部アンギナは、90%以上が粥状硬化に伴って起こる。上腸間膜動脈閉塞 症(非閉塞性も含む)では、ほぼ全例が急激な腹部疝痛を伴い、約半数の症例で、嘔吐・下 痢・下血・呼吸困難などの症状が認められる。早期に梗塞→壊疽→穿孔→腹膜炎と至り、緊 急外科手術の適応となることが多い。予後は不良で、腹部アンギナでは、将来急性閉塞を起 こす危険があり、動脈再建が行われる(『医学書院医学大辞典』.1646 5 時に、世尊は順次に遊行をしつつ、ラージャグリハ(王舎城)に入りました。まさに、世尊はラ ージャグリハの竹林精舎に住まわれました。その時、世尊に腹痛がありました。時に、尊者ア ーナンダは、以前、世尊に腹痛があったとき、三辛粥により楽になったことで、自ら胡麻、米、 豆を用意し、自ら室内に蔵し、自ら室内で煮て、「世尊よ!三辛粥を飲んでください」と世尊に 与えました。
atha kho bhagavA anupubbena cArikaM caramAno yena RAjagahaM tad avasari. tatra sudaM bhagavA RAjagahe viharati VeLuvane KalandakanivApe. tena kho pana
samayena bhagavanto udaravAtAbAdho hoti.atha kho AyasmA Anando pubbe pi bh-agavato udaravAtAbAdho tekaTulAya yAguyA phAsu hotIti sAmaM tilam pi taNDulam pi muggam pi paJJApetvA anto vAsetvA anto sAmaM pacitvA bhagavato upanAmesi pivatu bhagavA tekaTulayAgun ti.‖1‖ (MahAvagga6.17.1)。
6 世尊が舎衛城にいらっしゃったとき、世尊の身体に冷気が起こりました。薬師は、「三辛粥を 服用すべきです」と言いました。世尊は、阿難に「三辛粥を弁じなさい」と告げられました。阿 難は勅を受けて、直ぐに舎衛城に入り胡麻、粳米、摩沙豆、小豆を乞い、合わせて煮て、三味 を混ぜた粥を作り、それを世尊に奉りました。 佛在舎衛國。佛身中冷気起。薬師言。應服三辛粥。佛告阿難。辨三粥。阿難受勅。即入舎衛 城。乞胡麻粳米沙豆小豆。合煮和三辛。以粥上佛。(大正蔵、23.26. 187上)。
7 atha kho bhagavato vassUpagatassa kharo AbAdho uppajji, bALhA vedanA vattanti mAraNantikA. tA sudaM bhagavA sato sampajAno adhivAseti avihaJJamAno (MPS 2.23). 8 paNITaM khAdaniyaM bhojaniyaM paTiyAdApetvA (MPS 2.19).
9 atho kho cundo kammAra-putto tassA rattiyA accayena sake nivesane paNItaM khAdaniyaM bhojaniyaM paTiyAdApetvA pahUtaJ ca sUkara-maddavaM bhagavato kAlaM ArocApesi (MPS 4.17).
10 yan te cunda sUkara-maddavaM avasiTThaM taM sobhe nikhaNAhi, nAhan taM cunda passAmi sadeveke loke samArake sabrahmake sassamaNa-brahmaNiyA pajAya sadeva-manussAya yassa taM paribhuttaM sammApariNAmaM gaccheyya aJJatra tathAgataas-sAti (MPS 4.19).
世尊がsUkara-maddavaに違和感を感じたことを示唆すると判断する。
11 lohita-pakkhandikA: 血液の下痢という意味で赤痢。動詞pa-skand(飛び散る)由来で、血 液が噴出する状態を示し、高度の血便であったことが示唆される。
12 atha kho bhagavato cundassa kammAra-puttassa bhattaM bhuttAvissa kharo AbAdho uppajji lohita-pakkhandikA pabALhA vedanA vattanti mAraNantikA. tA sudaM bhagavA sato sampajAno adhivAsesi avihaJJamAno (MPS 4.20)
13 cundassa bhattaM bhuJjitvA kammArassAti me sutaM AbAdhaM samphusi dhIro pabALhaM mAraNantikaM bhuttassa ca sUkara-maddavena vyAdhippabALhA udapAdi satthuno. viriccamAno bhagavA avoca gacchAm ahaM kusinAraM nagaran ti (MPS 4.20). 「激しい病気(AbAdha)が生じた。……瀕死の苦痛(vedanA)が起こった。……激しい病気
(AbAdha)に触れた。激しい病(vyAdhi)が師に起こった。」と述べられているが、どのよう な苦痛か判然としない。しかし血性下痢が起こっていることから、腹痛と考えるのが常識的 と思う。
14 iGgha me tvam Ananda catugguNaM saMghAtiM paJJApehi, kilanto 'smi Ananda, nisIdissAmIti (MPS 4.21).
「疲れた。私は坐りたい」との言葉から、かなりの全身倦怠感があったことが示唆される。激 しい血性下痢による脱水、貧血および血圧低下によるものと思われる。
15 iGgha me tvaM Ananda pAniyaM Ahara, pipAsito 'smi Ananda, pivissAmIti (MPS 4.22). 「私は、喉が渇いている。私は飲みたい」という口渇は(血性)下痢の持続による脱水症状の
16 idAni bhante paJcamattAni sakaTa-satAni atikkantAni tam cakkacchinnaM udakaM parittaM luLitaM AvilaM sandati. ayaM bhante kakutthA nadI avidUre acchodikA sAtodikA sItodikA setakA supatitthA ramaNIyA. ettha bhagavA pAniyaJ ca pivissati, gattAni ca sItaM karissatIti (MPS 4.22).
「……お身体を冷やして下さい。」という表現から、発熱があったことが示唆される。 17 感染性腸炎:細菌、真菌、原虫、寄生虫およびウイルスなどの病原微生物が小腸や大腸に感 染し引き起こされる疾患。経過により急性と慢性に分類される。発熱を伴うことがあるが、下 痢と腹痛が主症状である。病原体として、法定伝染病であるコレラ菌、赤痢菌、腸チフスおよ びパラチフスA菌と急性胃腸炎型の食中毒原因菌であるサルモネラ菌、黄色ブドウ球菌、ボツ リヌス菌、腸炎ビブリオ、病原大腸菌、ウエルシュ菌などの細菌性のものと結核性、性病性な どがある。法定伝染病は減少しているが、海外感染が増加している(『医学書院医学大辞 典』、479頁)。 18 腸間膜動脈閉塞:註5参照。 19 虚血性大腸炎:大腸の血流障害により惹起される大腸の炎症。高齢者において高頻度に発 生する。大部分が下腸間膜動脈領域の血流障害により発生する。誘発因子として、動脈硬 化、左心不全、血管炎、凝固亢進状態、避妊薬の使用、血管収縮性薬剤の使用などが知られ ているが、これらの誘発因子が存在しない症例も多い。好発部位は大腸脾彎曲部と直腸S 状結腸接合部である。症状は、突然の腹痛に続いて下痢、下血そして発熱が出現するのが一 般的である。重症度により壊死(穿孔)型、狭窄型、一過性型に分類される。壊死型および 狭窄型は手術適用となり、一過性型は保存的療法で経過観察を行う(『医学書院医学大辞 典』、595頁)。 20 腸軸捻転症:腸管がその腸間膜を軸として時計方向にあるいは逆方向に回転するもので、発 生部位はS状結腸が最も多く、そのほか小腸、回盲部にもみられることがある。発症には総 腸間膜症のような腸間膜が過長で腸管の可動性が大きい状態、瘢痕性収縮や癒着による腸 管係蹄脚部の接近、あるいは癒着などにより腸の一部が固定された状態、それに慢性便秘、 腸管の異常蠕動などが関係するといわれている。S状結腸に特に多く見られるのは、解剖学 的関係から上述の諸条件がそろいやすいためと考えられている。主として中年ないし高齢者 に発生する。症状は複雑性イレウスの一種であるので、急激な腹痛で始まり、腹満、嘔気、嘔 吐などイレウス症状を呈する(『医学書院医学大辞典』、1655頁)。 21 潰瘍性大腸炎:主として粘膜を侵し、しばしば糜爛や潰瘍を形成する大腸の原因不明のびま ん性非特異性炎症。30歳以下の成人に多い。急性または慢性に発病し、下痢、粘血膿便、発 熱、栄養障害などの症状を呈し、しばしば緩解と再発を長期間繰り返す。ときに激烈に発病し て、予後の悪い型(電撃型)もある。病変は多くは直腸に原発し、時に全結腸に及ぶ。病変の 特徴はびまん性の浅い潰瘍と糜爛である。病理学的に炎症細胞浸潤、陰窩膿瘍や杯細胞減 少をみる。長期経過例では偽ポリープを生じ、大腸は萎縮して短縮し、内腔も狭小化する。 合併例として大出血・穿孔・膿瘍・瘻孔形成・貧血・低蛋白血症・関節炎・癌合併などをみ る。治療はサラゾピリン、5−ASA剤、副腎皮質ホルモンを用いるが、外科的療法が必要な こともある(『医学書院医学大辞典』、339頁)。 22 クローン病:1932年クローンらにより、初めてまとまった症例報告がなされた。病因はいまだ 不明であるが、疾患感受性遺伝子、腸内環境因子、免疫学的異常などの面から病因、病態が
追及されている。主として10歳代後半から20歳代にかけて好発する浮腫、繊維(筋)症や潰 瘍を伴う肉芽腫性炎症性病変からなり、口腔から肛門まで消化管のどの部位にも起こりう る。多くは回腸や大腸、またはその両者に主病変を有する。腹痛、下痢、発熱、体重減少、肛 門部病変などを主症状とする。X線・内視鏡的には敷石像、縦走潰瘍を主病変とし、アフタ 様潰瘍から不整形潰瘍まで形態、大きさ、深さはさまざまな潰瘍を認める。これらの病変は 非連続性または区域性にみられる。病変は腸管同士あるいは周囲の臓器や皮膚と瘻孔を形 成することもある(内瘻、外瘻)。経過とともに病変は繊維化を繰り返し、狭小、狭窄へと進 展する。組織学的には非乾酪性類上皮性肉芽腫、リンパ球集ぞく巣からなる全層性炎症、裂 溝が特徴である。内科的には薬物療法(ステロイド、5−ASAなど)や栄養療法により治療 されるが、経過とともに狭窄、瘻孔形成により手術されることが多い。高率に術後再発がみ られるので、切除は主病変にとどめ、狭窄形成術などを併用して、腸管の温存を図る(『医学 書院医学大辞典』、668-669頁)。 23 腸管憩室症:腸管の一部が嚢状に突出したもので、全層が突出したものを真性(先天性)憩 室、粘膜のみが脱出したものを仮性(後天性)憩室、合併症を伴わない状態を憩室症とい う。①メッケル憩室:胎生期の卵黄腸管の閉鎖不全により腸管側の一部が嚢状に残存したも の。腸間膜付着部反対側に多く、約半数に異所性粘膜(胃粘膜)が存在する。治療は検査時 に偶然発見された時は本人に説明して放置、術中発見された時は可能なかぎり切除する。② 小腸憩室:稀である。腸間膜付着側で、腸間膜血管の貫通部に生じる後天性の圧出性憩室 で多発する。処置はメッケル憩室と同様に扱う。③大腸憩室:ほとんどが仮性憩室で、わが 国では右側結腸に多く、加齢とともに左側憩室の頻度が増加し、70歳代で左側と右側がほ ぼ同率となる(『医学書院医学大辞典』、1644頁)。 24 キノコ中毒の原因となるキノコ:致死的中毒を起こす猛毒の毒キノコには、①アマニタトキシ ン群に属するタマゴテングダケ、シロタマゴテングダケ、ドクツルタケ、コレラタケ、②スギヒラタ ケ、③シャグマアミガサタケなどがある。中毒症状が軽度∼中等度の毒キノコには、①消化器 症状を起こすキノコとしてツキヨタケ、カキシメジ、マツシメジ、②副交感神経刺激症状(ムス カリン様症状)を起こすキノコとしてアセタケ、カヤタケ、ベニテングタケ、③アトロピン様症状 を起こすキノコ(イボテン酸群)としてテングタケ、ベニテングタケ、④幻覚・精神症状を起こす キノコ(シロシビン群)としてワライタケ、シビレタケ、⑤アンタビュース効果(ジスルフィラム 様)をきたすキノコ(コプリン群)としてヒトヨタケ、ホテイシメジ、⑥肢端紅痛症を起こすキノ コとしてドクササコ(『中毒症のすべて』、242頁)。
25 SvAsaSUlapipAsArtaM kXINaM jvaranipIDitam|
viSeXeNa naraM vRddham atIsAro vinASayet‖ (SuSrutasaMhitA 1.33.19) 26 pittakRnti yadAtyarthaM dravyAny aSnAti, paittike|
tadopajAyate 'bhIkXNaM raktAtIsAra ulbaNaH‖(MAdhavanidAna 3.20) 27 vAyuH pravRddho nicitaM balAsaM nudity adhastAd ahitASanasya| pravAhato 'lpaM bahuSo malAktaM pravAhikAM tAM pravadanti tajjJAH‖ pravAhikA vAtakRtA saSUlA, pittAt sadAhA, sakaphA kaphAc ca|
saSoNitA SoNitasaMbhavA ca tAH sneharUkXaprabhavA matAs tu|
t A s A m a t I s A r a v a d A d i S e c c a l i G g a M k r a m a M c A m a v i p a k v a t A M c a‖ (SuSrutasaMhitA 6.40.138-140ab)
28 細菌性赤痢:赤痢菌の経口感染で起こる2類感染症。近年、わが国ではS.sonnei(70%), S. fl exneri(20%)による症例が多く、東南アジアやインドなどからの国外感染例が約70%を 占めている。主要病変は大腸、特にS状結腸に粘膜の出血性化膿炎、次いで潰瘍、壊死へと 進む。このため腹痛を伴うテネスムス、膿・粘血便の排 泄などの赤痢特有の症状を呈す る。1~5日(大多数は3日以内)の潜伏期で、発熱、腹痛を伴う水様性下痢で始まり、粘血便 さらに膿が混じる。症状は一般に成人よりも小児の方が重い。感染源は患者または保菌者の 糞便およびそれにより汚染された手指、食品、器物、水、ハエなどである。輸入ザルが感染源 になった事例もある。最小感染菌量は100個以下。抗菌薬治療法は成人ではニューキノロン 薬、小児にはノフロキサシン、5歳未満の小児にはホスホマイシンを選択し、常用量5日間の内 服による治療が一般的である(『医学書院医学大辞典』、916頁)。 29 アメーバ性大腸炎:Entamoeba histolyticaの感染によって生じる大腸炎。慢性型では血便、 下痢がみられ再燃、緩解を繰り返す。急性型では頻回の血性下痢、腹痛がみられ、劇症型で は穿孔や中毒性巨大結腸を来たし死亡することもある。盲腸と直腸が好発部位であり、辺縁 が盛り上がった潰瘍を認めることが多く、潰瘍間の粘膜は正常である。潰瘍性大腸炎との鑑 別が重要である。診断は便および生検組織からの原虫の証明、血清反応による(『医学書院 医学大辞典』、53頁)。 30 腸管出血性大腸菌:下痢を起こす大腸菌の一種。飲食物を介して経口感染し、感染初期には 水様性下痢がみられる。2~6病日後に鮮血便を排出する出血性大腸炎に進展し、重症の場 合には特に小児や高齢者で溶血性尿毒症症候群(HUS)や脳炎を併発し死亡する場合が ある。ベロ細胞に対して致死的に働く2種類の志賀毒素を産生する。わが国では、血清型O 157:H7による感染が主であるが、O26,O111などの血清型菌による感染も多数報告されて いる(『医学書院医学大辞典』、1644頁)。 参照文献 外国語文献
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80
歳の高齢になっていた世尊は、最後の旅 の途中、チュンダの調理したスーカラ・マッダヴァを食べた後、短期間で激しい苦 痛(腹痛?)と血性下痢を生じた。頻繁に飲水と休息をとりながら旅を続け、クシ ナガラで入滅した。史実と異なる内容も多いと思われるが、最後の旅の途中に現れ た死因解析に必要な臨床症状を最も詳細に述べている文献の一つはパーリ語によるM
ahAparinibbAnasuttanta(MPS
)である。死因に関する先行研究は、スーカラ・ マッダヴァの性質(豚肉、キノコなど)に関するものが大部分であった。血性下痢 をもたらす疾患には、感染性腸炎、腸間膜動脈閉塞症、虚血性腸炎、大腸癌、潰瘍 性大腸炎、クローン病、大腸憩室症などがあるが、患者の年齢、症状、経過、糞便 の性状などより、細菌(とくに赤痢菌)あるいは赤痢アメーバに汚染された食物な いし飲料水による重症の感染性腸炎であったと推測する。Summary
A Study on the Cause of the Buddha’s Death depicted in
Mahāparinibbānasuttanta
Michiyasu Yoshitsugu
Th e cause of the Buddha’s death remains unknown. Th is article investigates the symptoms and signs depicted in the Mahāparinibbānasuttanta in order to analyse the situation in the months before he died. It is, however, unknown whether this text is old or is a later interpolation, though many of the symptoms and signs described lead us toward a diagnosis. He suff ered from severe pain and bloody diarrhea shortly after he ate sūkara-maddava which had been prepared by his generous host, Cunda. Before eating, he felt something was wrong with the food but he ate some. Afterwards he made his host bury the leftovers in a pit. His bloody diarrhea continued, and he often asked for water, indicating intense thirst and dehydration. He continued to travel on foot, and died at Kusinara about 20 Km away from Cunda’s house. Most studies on the cause of his death have focused on what sūkara-maddava was; whether it was soft pork, mushrooms, or something else. Th ere are many diseases that bring on bloody diarrhea, such as infectious colitis, ischemic colitis including mesenteric infarction, colon cancer, peptic ulcer disease, ulcerative colitis, Crohn’s disease, or colonic diverticulosis. All diseases apart from infectious colitis can be excluded due to the Buddha’s age, symptoms and signs, clinical course and the bloody stool. Mettanando has recently reported that the Buddha most likely suff ered from mesenteric infarction caused by an occlusion of the superior mesenteric artery. However, I think this possibility can be ruled out as the Buddha did not vomit in the early stage of the illness and had no pre-existing diseases, such as heart disease, arrhythmia, etc. If he suff ered from severe diseases, such as mesenteric infarction, he would not have continued to travel on foot. So I suspect his illness was severe infectious colitis accompanied by acute onset after his rainy season retreat and fever caused by sūkara-maddava, whatever it was, or drinking water contaminated with bacteria, namely dysentery, which would have been common in ancient India.