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比較宗教学概論Ⅰ 幸せの探求

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Academic year: 2022

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比較宗教学概論Ⅰ 幸せの探求

宗教学方法論Ⅱ宗教社会学

( E. デュルケム 1854-1917 )

20170530 @2時間目

九州大学箱崎キャンパス 301 教室 飯嶋秀治

[email protected]

(2)

授業計画と Q&R

福音書の矛盾の話がされていましたが、あくまでも聖書は神が書いたもので はなく、人間が記述したもの。とくに福音書は違う弟子がそれぞれ違う時期 に書いたものなので、表現に差があるのは当然じゃないかと思います。/そ の中で宗教について論じて罰せられる時代が存在した理由が知りたいと思 いました。宗教が存在する理由の一つがその人の安らぎと考えると矛盾す ると思います。

理解するのがとても難しかったです。その中の宗教的概念図について、「二 階の世界」についてよくわかりません。「二階」ってどういうことなんでしょうか。

/ジェイムズの宗教学では、宗教は個の体験から始まり、神が見えなくても 近くにいることがわかっている、幸福感を感じる、ということでした。ここで落 ち込みが発生するのは何故でしょうか。健全な心のままの人もいれば、病め る魂になる人もいるということですか。

ジェイムズによると個の体験による宗教が、大人数で共有できる、というの は少し不思議に思いました。個から出発しているのにキリスト教、仏教、イス ラム教、と大きなくくりができるのは何故だろうかと思いました。/教え広める 側が仮に神的存在を体験していたとしても信者側はそうではない。その宗教 に入って実際にその人の考え方や感覚が変わったとしても、それは宗教的 体験というよりは信者その人の思い込みから生まれた感覚であるように感じ るが、それでよいと考えていいのだろうか?

今回の講義で「宗教とは信じることではなく経験」ということでしたが、私自身 この論が100%ではないと思います。

進度・内容・行動目標等 講義 1 0411自己・世界・講義の趣旨説明 2 0418言語・生態・経済の説明 3 0425国家・メディア・学校の説明 4 0509国際学会発表のためビデオ視聴 5 0516「幸せ」の釈義 6 0523/不幸・幸い/災い・祝い/呪い 7 0530宗教学方法論Ⅰ宗教心理学(W.ジェ

イムス1842-1910

8 0606宗教学方法論Ⅱ宗教社会学(E.デュ

ルケム1854-1917

9 0613宗教学方法論Ⅲ宗教哲学(R.オッ

トー1869-1937

10 0620宗教学方法論Ⅳ宗教民族学(A.ファ

ン・ヘネップ1873-1957 11 0627宗教学方法論Ⅴ比較宗教学(M.エリ

アーデ1907-1986

12 0704宗教学方法論Ⅵ宗教人類学(H.コッ

クス1929⁻

13 0711宗教学方法論Ⅶ宗教民俗学(関一

1949⁻

14 0718試験(小論文)

15 0725講評

(3)

言語と生態

自己中心主義から脱中心化へ

自文化中心主義から文化相対主義へ 狩猟採集漁労民・農耕/牧畜民から市

場経済・国民国家へ

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幸いと災い、祝いと呪い

• Arrernda:(-θvb.)feel happy, be pleased, enjoy yourself, be cheerful, have a good time., ( n.

• 漢字:幸、福( ⁻100A.D. )

• English :( adj. ) Senses relating principally to good fortune.→ Of a person:favoured by good fortune;lucky, fortunate → ( n. ) With the and pl. concord:happy people as a

class.→A happy person or thing. Also: a happy state, event, etc. ( ⁻1550A.D. )

• 日本語: 【幸】(「さきわい」の変化した形)🈩

〘名〙 ①<形動>神仏など他が与えてく れたと考えられる、自分にとって非常に望 ましく、またしあわせに考えられる状態。

( ⁻794⁻ ) → しあわせ【仕合・幸】〘名〙(「しあ わす(為合)」の連用形の名詞化)①めぐり 合わせ。( ⁻1549⁻ ) → こうふく【幸福】〘名〙

(形動)恵まれた状態にあって不平を感じな いこと。( 1808 )

• Arrernda:n.bad,morally wrong,evil.

• 漢字:災( ⁻100A.D. )

• English: ( adj. ) →Of persons (or

animals):Causing misfortune or trouble(to oneself or others); objectionable or

miserable on this account.(a1400A.D.)

• 日本語 : わざわい【禍・災・殃】〘名〙

(「わざ」は神のしわざの意、「わい」は「さ きわい(幸)」などの「わい」と同じ。悪い 結果をもたらす神のしわざの意から)① 悪い結果をもたらすような種々の事柄、

気配。また、その悪い結果。身にふりか かる傷害、病気、天災、難儀など。災難。

災厄。禍南。凶事。曲事。不幸。 (-720-

)→ ? → ふこう【不幸】?

(5)

宗教学方法論

• 宗教心理学

対象「宗教とは、個々の人間が孤独の状態にあって、

いかなるものであれ神的な存在と考えられるものと 自分が関係していることを悟る場合だけに生ずる感 情、行為、経験である…私たちの解するような意味 の宗教から、いろいろな神学や哲学や教会組織が 第二次的に育ってくるであろうことは、明らかである」

[ジェイムズ1982a(1901-1902):52]

• 方法「私は、自分の考えをはっきり表現できるだけ の十分な自己意識をもった人々の書いた文書、たと えば信仰告白書とか自叙伝などに記録されている かなり発達した主観的現象に私の主題を限らなけれ ばならない」 [ジェイムズ1982a(1901-1902):15]

• 幸不幸「そこには、或るものがそこにいるという意識 ばかりではく、その意識の中心にある幸福感と溶け 合って、それがなにか名状しがたい善であるという 驚きの意識もあった」 [ジェイムズ1982a(1901-1902): 95] 、「神の霊が近くに現前しているということは、… 神の霊の実在として、経験されることができる―実 際、経験されうるだけである。…その目印は、神の霊 が近くに在すことと結びついたまったく比類のない幸 福の感じである」[ジェイムズ1982a(1901-1902):122]、 回心の特徴:(暫時的・突発的回復での自己放棄か らの)高い力の支配・真理の悟り・幻視・幸福の恍惚、

「安全だという確信、平安の気持ちが生じ、他者との 関係において、愛情があふれて力強くなってくる [ジェイムズ1982b(1901-1902):339]

(6)

宗教社会学

(7)

時代背景 [ 竹沢 2001]

• チャールズ・ダーウィン (1809-1882 年 ) 1859 『自然選択の方途における種の起

源』

• ヨハン・バッファオーフェン (1815-1877 年 )

1861 『母権論ー古代世界の女性支配に 関する研究 その宗教的および法的 本質』

• ハーバート・スペンサー Spencer(1820‐1903 年 ) 1862 『第一原理』

• エルンスト・ヘッケル (1834-1919 年 ) 1868 『創造の歴史』

• エミール・デュルケム (1858-1917 年 )

1893 『社会分業論』

(8)

『宗教生活の源初形態』 (1912 年 )

Les Formes Élémentaires de la Vie Religieuse, Le Systéme Totémique en Australie

• 序論 探究の対象

• 第1編 前提問題

第1章 宗教現象と宗教との定義 第2章 原初的宗教の主要概念 第3章 原初的宗教の主要概念() 第4章 原初的宗教としてのトーテミズム

• 第2編 原初的信念

第1章 固有のトーテム的信念 第2章 固有のトーテム的信念() 第3章 固有のトーテム的信念() 第4章 固有のトーテム的信念() 第5章 これらの信念の諸起源 第6章 これらの信念の諸起源() 第7章 これらの信念の諸起源() 第8章 霊魂観念

第9章 精霊と神との観念

• 第3編 主要な儀礼的態度

第1章 消極的礼拝とその諸機能 第2章 積極的礼拝

第3章 積極的礼拝() 第4章 積極的礼拝()

第5章 贖罪的儀礼と聖観念の曖昧

• 結論 これらの得られた結果はどの範囲ま

で一般化されうるか

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主題と方法

• 主題

「宗教現象は、当然に、二つの基本的範疇すなわち信 念と儀礼とに配列される。前者は意見の状態であっ て表象から成立している。後者は一定した行動の様 式である」 [デュルケム1991a(1912):71]

「宗教的信念は、単純であれ複雑であれ、すべて同じ 共通した特質を示している。…これは一般に俗

profane)と聖(sacré)との単語が十分に訳出してい る。世界を一つはあらゆる聖なるもの、他はあらゆる 俗なるものを含む二領域に区別すること、これが宗 教思想の著しい特徴である」 [デュルケム

1991a(1912):72]

「宗教とは、神聖すなわち分離され禁止された事物と関 連する信念と行事との連帯的な体系、教会と呼ばれ る同じ道徳的共同体に、これに帰依するすべての者 を結合させる信念と行事である」[デュルケム

1991a(1912):86-87]

• 方法

「われわれは、この書で、現在知られているうちで もっとも原始的で単純な宗教を研究し、これを分 析し説明しようと思う。宗教体系は次の二つの条 件をみたすとき、観察できる限りもっとも原始的だ といっていい。第一にそれは他を超えてもっとも 単純な組織を備えている諸社会に存在しなけれ ばならない。さらにまた、それ以前の宗教から借 りた何の要素も含まないで、それを説明すること ができなければならない」 [デュルケム

1991a(1912):17]

「ナチュラリズムとかアニミズムとか呼ばれているも のの彼方に、それよりも基本的で原始的な他の 礼拝があるに違いない。…民族誌学者がトーテミ ズム(totémisme)の名を与えているのがこれであ る」 [デュルケム1991a(1912):157]

(10)

氏族と信念

• 氏族とトーテム

「大部分のオーストラリア部族の基底に、集団生活で優 越した地位を占めている集団がある。氏族がこれで ある。二つの本質的特徴が氏族を特色づけている。/ 第一に、氏族を構成している個人は互いに親縁関係 で結合されていると考えている。しかも…この親縁は 各人が互いに一定した血縁の関係を持っていること から発するのではなく、単に同名であるがゆえに親 縁なのである…氏族を集合的に呼称するのに役立つ 事物の種類をそのトーテムと呼んでいる。…氏族はい ずれも自己にのみ属するトーテムをもっている」

[デュルケム1991a(1912):178-179]

「トーテムは普通は個体ではなくて一類または変種であ る。某のカンガルーや烏ではなくて、全般にカンガ ルーあるいはエミュである」 [デュルケム

1991a(1912):180-181]

• 固有のトーテム的信念

「しかし、トーテムは単なる名目ではない。それは表 号、真の徴章であり、紋章上の徴章とその類似が しばしば指摘されてきた」 [デュルケム

1991a(1912):199]「しばしばトーテム的記号は身 体上に記される」 [デュルケム1991a(1912):205]

「これらが用いられるのは宗教的祭儀の期間であ る」 [デュルケム1991a(1912):211]

「これらは大部分は動物と植物とである。植物であ れ動物であれ、普通は、その俗的役割は食料と なることである。それゆえ、トーテム動物または植 物の神聖な特性はそれを食べることが禁じられて いる事実に認められる。…事実、われわれは、と きとして、それらが真実の秘蹟に役立つのをみる。

けれども、普通は、俗的な食物として用いられて はならない。この禁制を破った者は重大な危機に 身を曝すのである」 [デュルケム1991a(1912):228]

(11)

儀礼の考察

• 消極的礼拝

「聖的存在とは、その定義からいって、分離された存 在である、それを特質づけるものは、それと俗的存 在との間の継続が切断されていることである。普通、

聖的存在は俗的存在の外にある。諸儀礼全体が本 質的なこの分離状態を実現することを目的としてい る。儀礼の機能は、不当な混淆と接近を避け、これら の二領域の一つが他を侵すことを妨げるところにあ るから、回避、いいかえれば消極的行為しか命令し えない。この理由から、これらの特別な儀礼によって 形成された体系を、消極的礼拝と呼ぶことを提言す る。これらは、実効的な行為を信徒に命じないで、い くつかの行動様式を禁じるにとどまる。したがって、

すべて、これらは、禁忌の形態、あるいは、民族誌学 で通常いわれているようなタブーの形態をとる。」

[デュルケム1991b(1912):118]

• 積極的礼拝

「消極的礼拝の重要さがどうであれ…それは宗教生活 へは誘うが、この生活を構成すると言うよりは、むしろ、

これを前提にしている。消極的礼拝が俗界に逃れる ことを信徒に命ずるのは、信徒を聖界に接近させるた めである。人は、宗教力への自己の義務があらゆる 交通の禁戒にのみ帰される、とは、けっして、考えな かった。自らは宗教力と双務的な積極的関係―儀礼 行事の総体はこれを規定し組織するのが機能である

―を維持している、と常にみなしていた。この特別な 儀礼の体系に、われわれは積極的礼拝の名を与えよ う」 [デュルケム1991b(1912):165]

(12)

インティチュマ

Intichiuma

• 祝祭の第一の形相

「酋長が決定した日に、トーテム集団の全員は、主 キャンプに集合する。他のトーテムの人々は少し離 れたところに引き下がる」 [デュルケム

1991b(1912):169]

「そのトーテムの人々は、ひとたび集まると、…行進を 始める。…彼らがたどっていく国は、光栄ある祖先 たちが残した思い出にまったくみたされている。そし て、かれらは石英の大塊が地中に沈み込んで、周 囲には丸い小石のある場所に着く。この塊は、青年 期にあるウィチェティ青虫を、表象している。アラトゥ ンジャが、これをアプマラと呼ばれている小さい木 製の小さい木製の一種の飼桶で打つ。それと同時 に、動物に卵を生ませる目的で、彼は歌を歌う」

[デュルケム1991b(1912):165]

• 祝祭の第二の形相

「すぐこれに次ぐ期間には固有の祭儀はない。それに も関わらず、宗教生活は、依然として、強化されてい る…アルンタ族は、常時には、節度をもってではあっ ても、自分たちのトーテムに役立っている動物や植 物を食うことができるのに、インティチュマの翌日に は、この法律は停止される」 [デュルケム

1991b(1912):179-180]

「青虫が、十分に成熟するにいたると、また、沢山現わ れると、トーテム族の人々は、外来者と同じく、これ らをできるだけ多く採集に赴く。…それから、…アラ トゥンジャは、…少しばかり食べる。彼の助手たちも 同様のことをする。そして、残余は諸氏族の人々に 再び渡される。これらの人々は、今や、これを自由 に始末できるのである」 [デュルケム

1991b(1912):180-181]

(13)

結論

• 考察

「この儀礼もまたこの種の行為[供儀と食物上のコミュニ オン]から成立しているのである。トーテム動物がひと たび殺されると、アラトゥンジャ及び老人たちはこれを 儀式のうちに食べる。そうして、彼らは、これに宿って いる原理と交通し、これと同化する。」 [デュルケム 1991b(1912):186-187]

「人がインティチュマを行うことをやめたら、聖なる存在は 地面から消失するであろう。したがって、ある意味では、

聖なる存在が生存を維持しているのは、人による。そ れにもかかわらず、他の関連からは、人は自らの生存 の維持を聖なる存在に負うのである。聖なる存在が、

ひとたび、盛熟しきると、人は、それから、自らの霊的 存在を維持し恢復するのに必要な力を借りるからであ る」 [デュルケム1991b(1912):194-195]

• 社会

「彼ら[人類学者のスペンサーとギレン]は、それと同じ 祭儀が、固有のインティチュマ、あるいは成年式の儀 礼で、差別なしに起こりうることを認めている。した がって、祭儀は、等しく、トーテム種の動物を作り、あ るいは初心者が男子社会の正規の成員となるのに 必要な資格を与えることに役立つのである」 [デュル ケム1991b(1912):267-268]

「あらゆる形態のもとで、宗教生活は、人を自己をこえ て高め、人が自らの個人的自発性にのみ服していた ら営んでいたであろう生活よりも、高級な生活を営ま せることを目的としている」 [デュルケム

1991b(1912):317-1318]

「ユダヤ教の会合と…国民生活の何らかの重大事変を 記念する市民たちの集会との間に、どんな本質的な 差異があろうか。…しかし…古い神々は…死に、しかも、

他の神々は生まれていないのである」 [デュルケム 1991b(1912):341-342]

(14)

先行研究上の論点

• トーテミズムの普遍性

トーテム [ デュルケム 1991a,b ( 1912 ) ] 、十干十二支 [ デュルケム 1980 ( 1902 ) ] 、カースト [ レヴィ ⁼ スト

ロース 1976 ( 1962 ) ]

• 宗教の起源説:心理 vs 社会

「宗教とは、個々の人間が孤独の状態にあって、

いかなるものであれ神的な存在と考えられるもの と自分が関係していることを悟る場合だけに生ず る感情、行為、経験である … 私たちの解するような 意味の宗教から、いろいろな神学や哲学や教会 組織が第二次的に育ってくるであろうことは、明ら かである」 [ ジェイムズ 1982a(1901-1902) : 52]

「宗教とは、神聖すなわち分離され禁止された事 物と関連する信念と行事との連帯的な体系、教会 と呼ばれる同じ道徳的共同体に、これに帰依する すべての者を結合させる信念と行事である」 [ デュ ルケム 1991a(1912):86-87] 「あらゆる形態のもとで、

宗教生活は、人を自己をこえて高め、人が自らの 個人的自発性にのみ服していたら営んでいたで あろう生活よりも、高級な生活を営ませることを目 的としている」 [ デュルケム 1991b(1912):317-1318]

• 幸不幸vs幸不幸の前提

「そこには、或るものがそこにいるという意識ばかりでは く、その意識の中心にある幸福感と溶け合って、それが なにか名状しがたい善であるという驚きの意識もあっ た」 [ジェイムズ1982a(1901-1902):95] 、「神の霊が近く に現前しているということは、…神の霊の実在として、経 験されることができる―実際、経験されうるだけである。

…その目印は、神の霊が近くに在すことと結びついた まったく比類のない幸福の感じである」 [ジェイムズ

1982a(1901-1902):122]、回心の特徴:(暫時的・突発的 回復での自己放棄からの)高い力の支配・真理の悟り・

幻視・幸福の恍惚、「安全だという確信、平安の気持ち が生じ、他者との関係において、愛情があふれて力強く なってくる [ジェイムズ1982b(1901-1902):339]

「消極的礼拝の重要さがどうであれ…それは宗教生活へ は誘うが、この生活を構成すると言うよりは、むしろ、こ れを前提にしている。消極的礼拝が俗界に逃れることを 信徒に命ずるのは、信徒を聖界に接近させるためであ る。」 [デュルケム1991b(1912):165]「ある意味では、聖 なる存在が生存を維持しているのは、人による。それに もかかわらず、他の関連からは、人は自らの生存の維 持を聖なる存在に負うのである。聖なる存在が、ひとた び、盛熟しきると、人は、それから、自らの霊的存在を維 持し恢復するのに必要な力を借りるからである」 [デュル ケム1991b(1912):194-195]

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宗教社会学の現在

• 宗教社会学

ウェーバー、マックス1991(1920)『プロテスタンティズ ムの倫理と資本主義の精神』大塚久雄訳 岩波文庫 ベラー、ロバートN.1996(1957)『徳川時代の宗教』池 田昭訳 岩波文庫

モラン、エドガール1997(1971)『オルレアンの うわさ 女性誘拐のうわさとその心理作用』杉山 光信訳 法政大学出版会

谷富雄1994『聖なるものの持続と変容―社会的理解 を目ざして』恒星社厚生閣

芦田徹郎2001『祭りと宗教の現代社会学』世界思想 社

• 宗教と社会学会

http://jasrs.org/

• 宗教の統計学

石井研二1997『データブック現代日本人の宗 教 戦後50年の宗教意識と宗教行動』新曜社 藤原聖子2008『三大宗教天国・地獄QUEST 伝統 的な他界観から現代のスピリチュアルまで』大正 大学出版局

• 怪異・妖怪伝承データベース

http://www.nichibun.ac.jp/youkaidb/

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参照文献

網野善彦 2006(1997) 『日本中世に何が起きたか ― 都市と宗教と「資本主義」』洋泉社新書

ウェーバー、マックス 1991(1920) 『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』大塚久雄訳 岩 波文庫

上山安敏 1984 『神話と科学ーヨーロッパ知識社会 世紀末~ 20 世紀』岩波書店

宇都宮輝夫 1998 「デュルケム宗教社会学の形成過程」、『宗教研究』第 72 巻第2輯 317 号: 1-26 竹沢尚一郎 2001 『表象の植民地帝国ー近代フランスと人文諸科学』世界思想社

デュルケム、エミール 1980 ( 1902 )『分類の未開形態』小関藤一郎訳 法政大学出版局 デュルケム、エミール 1991a(1912) 『宗教生活の原初形態 ( 上 ) 』古野清人訳 岩波書店 デュルケム、エミール 1991b(1912) 『宗教生活の原初形態 ( 下 ) 』古野清人訳 岩波書店

羽入辰郎 1998 「マックス・ヴェーバーの『魔術』からの解放 ― 『倫理』論文における〟 Beruf 〝概念を めぐる資料操作について」『思想』 No.885 : 72-112

レヴィ=ストロース、クロード 1976 ( 1962 )『野生の思考』大橋保夫訳 みすず書房

参照

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