令和3年度農学部特別研究費研究経過報告書
1.研究者名 森島 真幸
2.研究課題名 飽和脂肪酸による心筋興奮性変調に対するエイコサペンタエン酸の保護効果 3.研究目的・内容
本研究では、不整脈の予防にはEPAによる心筋イオンチャネル遺伝子の発現制御が重要である ことを証明し、EPA が不整脈発症の up-stream にはたらく新規の因子であることを確立するた め、マウス体内から摘出した心臓を空中で灌流させ、体内環境を人工的に構築することにより、
飽和脂肪酸やエイコサペンタエン酸(EPA)が心臓の電気活動や収縮力にどのように作用するか について検証し、EPAの心筋保護作用について詳細に検討することを目的とした。
4.研究の経過
マウス仔から単離した初代培養マウス心筋細胞を用いた実験により、飽和脂肪酸による心筋細 胞障害に対してEPAは保護作用を示すことを発見した。さらに、飽和脂肪酸の濃度依存的に心筋 の収縮に関わるL 型カルシウムチャネル電流は抑制され EPAはこれを回復させることを新たに 見出した。そこで、EPAの心筋イオンチャネル発現に対する直接作用を検証するため、心筋の興 奮性に関わるイオンチャネル群(CACNA1C, HCN4, KCNJ2, KCNJ3)についてリアルタイム PCR 法により遺伝子発現の変化を調べた。その結果、L 型カルシウムチャネル遺伝子である CACNA1Cにおいてのみ、飽和脂肪酸負荷による濃度依存的な mRNA発現の減少が確認された が、EPAの併用投与によりその作用は回復した。また EPA の有効作用濃度を検証するため各種 濃度(1-100 µM)のEPAの単独作用を検討したところ、高濃度(50 µM以上)になるとCACNA1C mRNA 発現は著しく減少することから、EPA の心筋細胞に対する保護作用を発揮する有効な濃 度は 10 µM であることが判明した。このため、以降の実験では同濃度を使用した。次に、EPA によるL型カルシウムチャネル発現制御の分子機序を解明するため、転写因子について調査した。
我々のこれまでの研究により、L型カルシウムチャネル遺伝子CACNA1Cの発現をドミナントに 制御する転写因子としてCREBの関与を報告している。このため、EPAによるCACNA1C mRNA 発現の制御に転写因子CREBが関与するかどうかについて検討した。ウエスタンブロッティング の結果、飽和脂肪酸負荷によりL型カルシウムチャネルタンパクであるCav1.2は有意に減少す るが、EPAを併用投与するとその作用は回復した。さらに、同様の処理を行った心筋細胞のCREB mRNA発現および核タンパクにおけるCREBのリン酸化はCav1.2発現と同様の変化を示した。
また、細胞免疫染色の結果から、細胞膜上のCav1.2タンパクや核におけるCREBリン酸化は飽 和脂肪酸負荷により著しく減少するが、EPAの併用投与により回復することを新たに見出した。
以上の結果より、EPAは転写因子CREBを介して細胞膜に存在するCav1.2-L型カルシウムチャ ネルを増加させ細胞膜の安定化や細胞内カルシウムの制御に寄与する可能性が示唆された。
一方、高脂肪食を8週間負荷したマウスの心臓を摘出し、ランゲンドルフ灌流装置にてEx vivo で収縮力を測定した結果、高脂肪食負荷マウスの心筋収縮力は低下していることがわかった。し かし、EPAを強制経口投与した群では正常な収縮機能が認められたため、EPAは直接的に心筋収 縮力を制御する因子である可能性が示唆された。また、灌流後に心筋細胞を単離し、ライブセル カルシウムイメージングを行ったところ、高脂肪食群マウスの心筋細胞では細胞内カルシウム過 負荷が認められ、これが心筋の収縮力低下やL型カルシウムチャネルの発現減少に関与する可能 性が示唆された。現在我々が遂行中のEx vivo心臓灌流実験は手技的に非常に難しい部分が多い ため、体内環境を人口的に適切に構築できるかどうかが実験データ取得の肝となる。現段階では、
n 数が不十分であるため統計学的な解析はできていないが、今後さらに実験を重ねグループデー タでの比較を目指し、EPAによる心筋保護作用を電気生理学的な観点から検証する。
5.本研究と関連した今後の研究計画
本研究助成金により、ランゲンドルフ灌流を行う際のペリスタポンプと温度環境を調節するた めの恒温槽を購入することができたため、これまでよりも実験がスムーズにできるようになった。
しかし、同実験手技は非常に難しく失敗も多いため、今後はさらに実験環境を安定化させ、継続 的に電気生理学データを取得できるように引き続き調整する。また、高脂肪食負荷モデルマウス の心機能解析について、心電図パラメータなどのさらに詳細な検証を行うとともに、心臓組織に おけるL型カルシウムチャネル発現に関わる分子メカニズムについて各種阻害剤を用いた実験を 行う予定である。