野 山 系 浄 土 教 の 概 観 三 六
野
山
系
浄
土
教
の
概
観
(其
二
)
三
長
覺
静
五
覺
鑁
上
人
と
浄
土
教
一 、 略 傳 新 義 眞 言 、 傳 法 院 流 の 開 祖 正 覺 房 覺 鑁 ( 一 七 五 五 一 八 〇 三 ) は 肥 前 の 藤 津 に 誕 生 し 、 八 歳 の 秋 催 租 の 吏 生 家 に 來 り て 暴 慢 喧 呼 す る を 目 撃 し て 大 に 發 奮 し 、 乾 坤 中 最 も 尊 貴 な る も の た ら ん と 誓 願 し 、 爾 來 禮 佛 焼 香 克 己 自 制 所 志 の 貫 徹 を 期 し 、 十 三 歳 仁 和 寺 の 徒 慶 照 に 伴 は れ て 寛 助 僧 正 の 門 に 入 り 、 圓 林 法 師 に 世 諦 を 、 定 尊 律 師 に 出 世 の 指 南 を 受 け 、 後 南 都 に 遊 び て 興 福 寺 恵 曉 に 性 相 を 學 び 、 東 南 院 覺 樹 に 三 論 を 研 き 、 天 永 元 年 歸 り 助 公 に 隨 て 剃 髪 得 度 し 、 漸 次 十 八 契 印 、 護 摩 秘 軌 、 諸 尊 三 昧 を 稟 け 、 後 再 び 南 都 に 赴 き て 性 相 の 蘊 奥 を 究 め 、 永 久 二 年 登 壇 受 具 し 、 其 多 高 野 山 に 登 り 、 大 塔 の 下 に て 高 徳 阿 波 上 人 青 蓮 に 迎 へ ら れ て 往 生 院 に 入 り 、 且 つ 正 法 興 隆 の 大 任 を 懇 囑 せ ら れ 。 次 で 琳 賢 , 良 襌 よ り 具 支 灌 頂 を 、 明 寂 に 就 て 秘 印 密 言 を 受 け 、 又 永 久 三 年 よ り 保 安 元 年 に 至 る 六 年 間 、 離 言 説 三 昧 に 住 し 、 護 摩 の 秘 法 を 修 し 、 求 聞 持 の 密 軌 を 行 す る 等 、 專 ら 苦 修 練 行 し て 菩 提 心 の 開 發 に 勤 め 、 同 年 仁 和 寺 に 歸 り 、 九 月 成 就 院 道 場 に 於 て 師 の 僧 正 に 三 摩 耶 戒 を 受 け 、 両 部 灌 頂 法 を 傳 へ 、 同 十 月 醍 醐 に 抵 り 理 性 院 賢 覺 に 見 へ て 五 部 灌頂 に 沐 し 、 小 野 剛 流 の 秘 訣 を 稟 け 、 大 治 元 年 紀 州 石 手 庄 に 神 宮 寺 を 建 て 、 同 五 年 二 月 、 聖 恵 法 親 王 高 野 に 御 登 山 あ り 、 上 人 の 徳 を 欽 仰 し 、 其 一 宇 建 立 の 志 願 を 聞 て 之 を 鳥 勿 法 皇 に 内 奏 し 給 ひ し に 、 法 皇 篤 く 叡 信 あ り 。 乃 ち 御 願 寺 の 勅 を 蒙 り て 小 傳 法 院 を 建 て ら れ た け れ ど も 、 門 徒 次 第 に 増 加 し 其 狭 隘 な る に よ り 、 更 に 奏 請 し て 大 傳 法 院 と 住 房 な る 密 嚴 院 と を 管 建 し 、 長 承 元 年 十 月 法 皇 臨 幸 あ り て 落 慶 供 養 の 式 を 學 げ 、 又 荘 園 若 干 を 賜 ひ て 傳 法 大 會 の 供 に 充 て ら れ 、 其 夜 始 め て 傳 法 大 會 嚴 修 せ ら れ て 、 茲 に 野 山 の 修 學 錬 行 恢 興 の 運 開 け 、 又 自 ら 上 人 の 、一 家 風 樹 立 の 基 礎 が 成 り 上 っ た 、 然 る に 上 人 は 、 法 源 は 惟 一 な る も 支 流 は 細 分 し て 居 る 、 苟 も 之 を 大 集 成 し な け れ ば 、 奈 何 し て か 能 く 法 源 の 深 廣 な る を 見 得 ら れ や う 、 然 も 密 教 は 口 授 を 貴 ぶ が 故 に 多 く の 名 師 に 隨 て 稟 承 し た も の ゝ 、 尚 未 だ 親 し く 就 て 受 け な い 諸 流 の 阿 閣 梨 が 居 ら れ る 。 今 此 志 を 遂 げ る に は 詔 命 を 藉 り な け れ ば な ら ぬ と 謂 ひ 、 翌 年 白 河 の 離 宮 に 到 り 、 年 來 の 朝 恩 を 禮 謝 し 且 つ 所 志 を 奏 請 し 、 其 宣 命 に 依 り 、 三 井 の 覺 猷 、 醍 醐 の 定 海 、 勧 修 寺 の 寛 信 、 及 び 華 藏 院 の 聖 恵 等 、 臺 東 両 密 の 大 阿 に 謁 し て 皆 其 秘 璽 を 傳 受 し 、 又 法 親 王 の 旨 に 依 り て 小 野 の 官 庫 の 聖 教 を 縦 覺 し 、 尋 い で 上 皇 の 命 を 蒙 り て 鳥 羽 の 寳 藏 を 閲 覧 す る こ と を 得 、 將 に 教 相 の 歸 一 、 事 相 の 大 成 せ ら れ ん と す る に 際 し 、 翌 三 年 冬 上 皇 、 上 人 を 大 傳 法 院 兼 金 剛 峯 寺 座 主 に 補 任 し 給 ふ や 、 金 剛 峯 寺 の 衆 徒 と 相 協 は ず 、 果 て は 彼 一 味 契 状 し 香 爐 を 捧 げ て 憤 奏 す る に 及 び 、 上 人 辭 任 し て 密 嚴 院 に 退 居 し 、 專 ら 三 摩 地 を 修 し 異 跡 を 示 さ れ た 所 が 、 衆 徒 疑 嫌 を 起 し 、 是 れ 高 組 に 擬 す る も の 、 當 に 瓦 石 珠 玉 を 辨 ぜ ん と 、 保 延 六 年 十 二 月 襌 居 を 野 山 系 浄 土 教 の 概 觀 三 七
野 山 系 浄 土 教 の 概 觀 三 八 襲 撃 す る に 至 つ た の で 、 遂 に 徒 衆 を 率 ゐ 難 を 避 け て 根 來 に 退 き 、 康 治 二 年 十 二 月 十 二 日 圓 明 寺 西 廂 に 結 跡 趺 座 し て 示 寂 せ ら れ た 。 著 は す 所 、 百 餘 部 、 密 嚴 諸 秘 釋 十 巻 、 同 遺 教 録 四 巻 に 收 め ら れ 、 又 爾 餘 の も の を 合 せ 近 く 興 教 大 師 全 集 に 集 録 せ ら る 。 (亢 亨 釋 書 五 、 本 朝 高 僧 傳 十 二 、 結 綱 集 上 、 高 野 春 秋 六 、 覺 鑁 上 人 傳 、 傳 燈 廣 録 七 、 ) 上 人 は 其 生 涯 に 於 て 、 院 政 時 代 の 頽 敗 せ る 世 態 、 及 び 王 室 の 敬 佛 崇 法 に 乗 じ て 彌 々 放 恣 を 極 む る 僧 徒 の 暴 状 を 親 し く 見 聞 し 、 自 身 は 玲 瓏 た る 心 胸 、 至 平 な る 態 度 を 持 し な が ら も 、 甚 し き 浮 沈 の 境 に 遭 遇 せ ら れ た が 、 鐵 石 の 如 き 堅 き 信 念 を 以 て 終 始 一 貫 、 時 運 に 鑑 み て の 興 法 利 生 に 專 心 努 力 せ ら れ た の で あ る 。 而 し て 此 景 仰 す べ き 上 人 の 信 念 思 索 體 験 は 自 ら 發 露 し て 、 一 家 の 見 解 を 立 て 、 將 に 沈 滞 せ ん と す る 教 相 上 に 満 新 の 氣 を 與 へ 、 又 臺 東 二 密 諸 流 の 相 傳 に 加 ふ る に 自 己 の 卓 識 を 以 て し て 、 或 は 徒 ら に 形 式 に 拘 泥 し て 化 石 し 去 ら ん と し 、 或 は 魔 術 的 注 力 の 俗 信 仰 に 迎 合 し て 祈祷 を 弄 す る 事 相 上 に 革 正 を 加 へ 其 統 一 を 計 り 、 更 に 進 ん で は 荒 涼 惨 憺 た る 社 會 民 衆 の 心 情 、 當 然 慧 心 僧 都 に 依 て 點 火 せ ら れ た 往 生 浄 土 思 想 に 趨 向 す る の 大 勢 を 洞 察 し て は 、 密 教 を 換 骨 脱 胎 せ し め て 大 に 浄 土 教 方 面 の 發 揮 に 意 を 注 ぎ 、 又 自 ら 即 身 成 佛 を 期 し つ ゝ 之 を 以 て 要 愼 に 供 せ ら る ゝ に 至 つ た 。 以 下 正 に 今 の 後 段 に 就 て 窺 う 。 二 、 述 作 先 づ 上 人 一 代 の 大 小 諸 撰 述 中 、 浄 土 教 思 想 に 關 係 あ る も 、の を 検 出 す る に 、 五 輪 九 字 秘 釋 、 阿 彌 陀 秘 尺 、 一 期 大 要 秘 密 集 、 及 び 孝 養 集 は 其 主 要 に し て 且 つ 比 較 的 大 部 な も の に 屬 し 密 嚴 浄 土 略 觀 及 び 舎 利 供 養 式 、 不 動 、 毘 舎 門 、 歡 喜 天 等 の 諸 講 式 亦 上 人 の 摯 實 な る 性 格 に 由 來 す る も の と 窺 は れ る 願 生
浄 土 の 思 想 が 顯 は れ て 居 る 。 比 外 に 阿 彌 陀 九 字 釋 、 同 大 呪 句 義 、 三 品 阿 彌 陀 秘 釋 各 一 巻 の 撰 目 が 釋 教 録 第 二 、 請 師 製 作 目 録 に 見 え る け れ ど も 現 存 し な い の で 判 ら な い が 、 恐 ら く 前 記 の 二 秘 釋 と 其 内 容 を 同 う す る も の で あ ら う 。 中 に 就 き 五 輪 九 字 明 秘 密 縄 一 巻 は 實 に 是 れ 上 人 一 代 所 有 る 、 艱 難 と 闘 ひ 、 幾 多 の 辛 酸 を 甞 め て 攻 究 修 錬 せ ら れ た 成 果 と し て の 大 傑 作 で 、 根 來 に 退 居 の 翌 年 、 四 十 七 歳 の 時 、 書 名 並 に 題 下 の ﹁ 亦 名 頓 悟 往 生 秘 觀 ﹂ な る 註 記 が 表 明 す る が 如 く 、 大 日 彌 陀 両 眞 言 の 一 致 を 究 明 し 、 眞 言 教 旨 に 依 り 當 時 澎 湃 と し て 教 界 に 漲 り 來 れ る 彌 陀 信 仰 に 順 應 し て 往 生 浄 土 の 實 義 を 仔 細 に 開 説 せ ら れ た も の で 、 擇 法 権 實 同 趣 、 正 入 秘 密 眞 言 、 所 獲 功 徳 無 比 、 所 作 自 成 密 行 、 纔 修 一 行 成 多 、 上 品 上 生 現 證 、 覺 知 魔 事 對 治 、 即 身 成 佛 眞 行 、 所 化 機 人 差 別 、 發 起 問 答 決 疑 の 十 門 よ り 成 つ て 居 る 。 阿 彌 陀 秘 釋 は 別 し て 阿 彌 陀 佛 に 就 て 、 大 意 、 釋 名 、 字 相 字 義 の 三 門 を 以 て 秘 釋 を 加 へ ら れ し も の 、 一 期 大 要 秘 密 集 は 聖 應 以 下 の 諸 弟 子 の 爲 め 、 病 床 の 裡 に 最 後 の 勸 誠 と し て 九 種 の 要 心 を 示 し 、 以 て 臨 終 正 念 九 品 往 生 の 素 懐 を 遂 げ し め ん と す る も の で あ つ て 、 題 下 に ﹁ 多 依 密 藏 就 師 可 受 ﹂ と 記 さ れ し が 如 く 、 多 く は 密 旨 に 依 る も 往 生 思 想 が 著 し く 顯 れ て 居 る 。 本 書 一 部 九 門 よ り 成 り 、 其 巻 頭 の 目 次 に 各 々 註 を 加 へ て 大 旨 が 示 さ れ て あ る か ら 、 今 便 宜 之 を 記 し て 内 容 の 紹 介 に 代 へ や う 。 一 可 惜 身 命 用 心療病致安穏 欲 積 往 生 業 、 二 不 惜 身 命 用 心 今期既近付、捨 身 更 精 進 。 三 移 本 住處 用 心 出三界火宅、入 九 品 浄 刹 。 四 奉 請 本尊 用 心 在於諸佛前、請 於轉 法 輪 。 五 懴 悔 業 障 用 心 罪障之雲厚、懴 悔 之 風 散 。 六 發 菩 提 心 用 心 本覺本有吾、發 心 即 成 佛 。 七 觀 念 極 樂 用 心 極樂實無外、我 性 常 樂 内 。 八 決 定 性 生 用 心 來迎佛何來、最後 念 中 來 。 九 没 後 追 修 用 心 野 山 系 浄 土 教 の 概 觀 三 九
野 山 系 浄 土 教 の 概 觀 四 〇 名 現 冥 路 相 、 早 放 道 善 光 。 次 に 孝 養 集 三 巻 は 本 書 の 末 尾 に あ る 左 の 引 文 に 顯 は れ て 居 る が 如 ぐ 、 上 人 三 十 一 歳 の 時 故 郷 な る 、 悲 母 の 希 望 に 應 じ 、 假 名 交 り 文 で 平 易 に 選 述 さ れ た も の で あ つ て 、 其 結 構 は 大 體 往 生 要 集 に 模 し 法 華 經 及 び 浄 土 の 三 經 一 論 を 經 と し 、 心 地 觀 經 、 十 住 心 論 等 數 多 の 聖 教 を 緯 と し て 、 佛 道 を 明 し 以 て 、 厭 離 穢 土 欣 求 浄 土 の 法 要 が 教 諭 さ れ て あ る 。 母 の 爲 に 是 な 密 に 記 す 。 故 に 孝 養 集 と 名 付 た り (中 略 ) 我 身 の 年 半 々 過 に 、 亦 親 の 齢 の 衰 へ 給 ふ 々 奉 見 て 驚 て 憚 り な が ら 是 々 記 す 。 然 れ 共 私 の 意 樂 に 非 す 。 か く 出 家 し て 山 中 に 住 す ろ 所 に 、 田 に 侍 べ る 母 の 許 よ り 、 佛 道 願 べ き 様 々 尋 記 し て と の 仰 に 依 て 、 孝 養 の 志 し は 深 し と い へ ど も 、 心 の 及 ぼ ざ ろ 事 な 歎 き 思 ふ 處 に 、 三 人 の 聖 人 出 來 て 哀 を 成 て 、 一 夏 の 間 經 論 の 文 な 引 き 或 に 文 を 集 て 抄 給 ひ た ろ 所 な り 。 然 々 言 を 彼 田 舎 に 准 へ 文 字 々 書 和 ぐ る 間 、 定 て 私 の 誤 り も や 侍 ら ん 歟 。 本 書 の 内 容 に 就 き 今 少 し く 剖 判 説 明 す べ き で あ る け れ ど も 、 其 詳 細 な る 研 究 論 文 が 何 れ 叡 山 宗 教 誌 上 に 於 て 高 神 師 が 公 表 さ れ る 筈 だ か ら 、 今 は 之 を 省 略 す る こ と ゝ す る が 、 但 だ 茲 に 一 言 し な け れ ば な ら ぬ の は 、 第 一 前 記 の 三 部 に 顯 は れ て 居 る 所 は 全 く 眞 吉 宗 義 に 基 準 し て 居 る の に 、 本 書 は 其 等 と は 大 に 趣 を 異 に し て 頗 る 浄 土 門 的 で あ る こ と 、 次 に 古 い 選 述 目 録 に は 之 を 載 せ て 居 ら す . 又 密 嚴 諸 秘 釋 に も 遺 教 録 に も 之 を 漏 ら し 、 且 つ 現 流 の 異 本 を 校 合 す る と 、 大 意 に 於 て 異 い は な い に し て も 可 な り 多 く 文 字 の 出 入 不 同 が あ る こ と 等 か ら し て . 或 は 僞 作 で は な い か と 疑 は れ る け れ ど も 、 余 未 だ 積 極 的 に 之 を 否 認 す る 適 確 な る 論 據 を 得 な い し 、 運 敝 師 の 如 き 既 に 密 嚴 尊 者 年 譜 に 於 て 之 を 是 認 し て 居 ら れ る の み な ら す 、 本 書
選 述 の 趣 意 、 歳 時 、 及 び 上 人 の 思 想 傾 向 等 の こ と を 勘 へ て 、 今 は 之 を 眞 撰 な り と 推 定 し て 記 述 を 進 め る こ と で あ る 。 偖 て 然 ら ば 此 等 の 著 書 中 に 顯 れ る 上 人 の 浄 土 教 的 思 想 は 如 何 で あ ら う か 、 以 下 更 に 細 目 を 更 め て 管 見 を 述 べ て 見 や う 。 三 機 根 分 別 凡 そ 應 病 與 藥 て う 機 教 相 應 は 佛 門 に 於 け る 教 導 引 入 の 通 規 で あ つ て . 如 何 に 法 門 は 高 尚 深 遠 で あ つ て も 若 し 是 れ が 時 機 に 契 當 し な け れ ば 、 所 謂 方 木 圓 孔 に 入 ら ざ る の 理 で 、 或 は 衆 生 出 離 解 脱 の 遠 縁 と な る も 到 底 直 接 の 近 縁 と は な り 得 な い 。 さ れ ば 苟 も 當 代 に 教 化 の 實 蹟 を 擧 げ ん と す る に は 、 必 ず 先 づ 時 機 の 如 何 を 鑒 察 し な け れ ば な ら ぬ 筈 で あ る が 、 此 點 に 對 す る 上 人 の 用 意 如 何 と 觀 る に 、 虚 空 藏 秘 鍵 に 五 藏 の 次 第 を 分 別 す る 下 に 於 て ﹁ 難 有 淺 深 轟麌 妙 不 同 契 當 機 根 並 是 妙 藥 ﹂ (興 教 大 師 全 集 一 八 三 頁 ) と い ひ 、 汎 く 顯 密 二 教 に 渉 り て 末 代 の 初 心 行 者 に 肝 要 適 切 な る 要 文 を 集 め ら る ゝ 初 心 行 者 要 文 に は 、 止 觀 の ﹁ 諸 教 所 讃 多 在 彌 陀 ﹂ の 文 、 彌 陀 悲 願 の 第 十 八 、 十 九 、 二 十 の 三 願 文 を 擧 げ 、 (同 上 五 一 九 )孝 養 集 中 巻 に は ﹁ 大 方 彌 陀 の 誓 ひ に は 濁 世 末 代 の 衆 生 を 本 と す 、 既 に 機 感 此 時 に 當 れ り 。 極 重 悪 人 を 捨 て ざ れ ば 破 戒 の 我 等 も 頼 あ り ﹂ (六 一 ) と も ﹁ 殊 に 此 世 界 に 縁 い ま す 佛 に は 阿 彌 陀 如 來 云 云 ﹂ (六 一三 ) と も い つ て 、 顯 密 二 教 の 別 執 を 離 れ 、 且 つ 機 教 相 應 を 主 眼 と し て 、 末 代 の 鈍 根 劣 機 所 契 の 法 門 は 浄 土 教 で あ り 、 彌 陀 如 來 は 是 れ 其 最 勝 有 縁 の 本 尊 で あ る こ と を 認 め ら れ て 居 る 。 既 に 斯 の 如 き 宏 量 と 卓 見 と を 以 て 機 根 に 對 せ ら る ゝ 以 上 、 常 途 眞 盲 宗 機 根 建 立 説 で 、 最 極 至 上 乗 の 法 門 に 對 す る 正 機 は 一 生 成 佛 の 大 機 で な け れ ば な ら 野 山 系 浄 土 教 の 概 觀 四 一
野 山 系 浄 土 教 の 概 觀 四 二 ぬ と す る の と は 勢 ひ 異 ら ざ る を 得 な い 。 即 ち 上 人 の 機 根 分 別 論 を 窺 う に 。 五 輪 九 字 秘 釋 の 第 九 所 化 機 人 差 別 門 (四 一 頁 ) に 曰 く 、 於 所 化 機 總 有二 類 、 一 現 身 往 生 、 二 順 次 往 生 、 於 現 身 門 又 二 別 、 一 大 機 即 身 成 佛 、 二 小 機 即 身 成 佛 、 又 於 二 各 有 二 利 鈍 別 故 云 云 。 同 第 十 發 起 問 答 決 疑 門 (四 四 頁 ) に 日 く 、 問 依 二 五 輪 門 機 有 幾 種 答 有 二 種 機 、 一 上 恨 上 智 期 即 身 成 佛 、 二 但 信 行 浅 期 順 次 往 生 。 就 此 行 者 亦 有 多 、 正 往 密 嚴 浄 土 兼 有 期 十 方 浄 土 。 一 期 大 要 秘 密 集 ( 一 五 七 頁 ) に 曰 く 、 懈 怠 小 機 者 遂 順 次 往 生 之 大 願 、 精 進 大 機 者 得 現 身 成 佛 之 悉 地 。 密 嚴 浄 土 略 觀 (五 六 頁 に ) 日 く 、 若 復 有 人 歸 依 大 日 願 生 此 土 、 心 王 法 身 大 日 如 來 召 集 他 万 分 身 一 切 諸 佛 、 引 率 自 界 共 躰 四 種 法 身 、 起 於 法 樂 襌 脱 之 床 赴 於 應 機 満 願 之 門 乃 至 當 于 茲 時 妄 雲 忽 晴 、覺 月 立 現 、慧 眼 始 開 佛 境 更 彰 、所 以 草 菴 變 金 場 穢 土 即 浄 刹 乃 至 若 又 願 行 淺 弱 機 縁 未 熟 、 且 安 應 化 浄 土 次 迎 法 性 妙 國 、 應 時 超 九 界 之 迷 因 、 即 身 開三 密 之 佛 果 云 云 。 心 月 輪 秘 釋 (六 二 頁 淺 觀 少 行 現 生 登 初 地 焉 、 深 解 上 勤 印 身 證 極 位 矣 。 阿 字 觀 頌 (四 一 〇 頁 ) に 曰 く 、 淺 觀 但 信 直 遊 浄 土 深 修 圓 智 現 證 佛 道 。 と 此 等 の 文 意 に 依 れ ば 、 上 人 は 大 體 眞 言 宗 所 被 の 機 を 現 身 住 生 の 機 と 順 次 往 生 の 機 、 換 言 す れ ば 現 生 成 佛 と 未 來 往 生 と の 二 類 と し 、 更 に 前 者 に 於 て 大 小 利 鈍 を 分 別 す る も の で あ る が 、 然 も 普 通 の 取 扱 ひ 、 殊 に 上 人 以 前 宗 義 門 を 高 張 し た 時 代 の 如 く 、 敢 て 順 次 往 生 の 機 類 を 結 縁 機 な ん ど ゝ 別 視 し な い で 之 を 包 攝 し 、 信 心 爲 本 、 口 稱 眞 言 の 但 信 行 淺 を 以 て し て 未 來 に 往 生 す る 者 を も 正 機 と し て 認 容 せ ら れ た 。 尚 ほ 此 機 根 觀 に 附 隨 し て 注 意 す べ き こ と は 、 從 來 成 佛 す る に は 所 謂 三 密 具 足 鉄 一 不 成 を 通 規 と せ ら れ て あ つ た の に 對 し て 、 今 や 上 人 は 隨 於 一 密 至 功 行 の 決 判 を 與 へ ら れ た こ と で あ る 。 (五 輪 九 字 藤 釋 第 八 郎 身 成 佛 行 異 門 參 照 )
以 上 の 両 見 解 の 如 き こ と も 現 今 に あ つ て は 寧 ろ 當 然 な り と 見 倣 さ れ も す る が 、 當 時 に あ つ て は 正 に 是 れ 革 命 的 提 唱 で あ つ て 、 深 く 教 旨 を 検 討 し 大 に 修 觀 の 功 を 積 み 、 然 し て 眞 實 興 法 利 生 の 爲 め 、 如 實 に 世 態 人 情 を 洞 觀 鑒 察 し た る 大 覺 者 な ら で は 到 底 な し 得 な い 所 で あ る 。 四 彌 陀 の 身 土 凡 そ 密 教 所 談 の 佛 身 佛 土 は 廣 多 で は あ る が 、 上 人 の 特 に 説 明 せ ら る ゝ 所 は 彌 陀 の 身 土 に 就 て ゞ あ る 。 五 輸 九 字 秘 釋 の 序 説 に ( 全 集 一 頁 )顯 教 釋 尊 之 外 有 彌 陀 。 密 藏 大 日 即 禰 陀 極 樂 教 主 。 當 知 十 方 浄 土 皆 是 一 佛 化 土 。 一 切 如 來 悉 是 大 日 。 毘 盧 彌 陀 同 體 異 名 、 極 樂 密 嚴 名 異 一 處 。 妙 觀 察 智 神 力 加 持 、 大 日 體 上 現 彌 陀 相 。 乃 至 開 五 輪 門 顯 自 性 法 身 立 九 字 門 標 受 用 報 身 。 既 知 二 佛 平 等 、 豊 終 賢 聖 差 別 乎 。 安 養 都 率 同 佛 遊 處 、 密 嚴 華 藏 一 心 蓮 臺 。 惜 乎 古 賢 諍 難 易 於 両 土 云 云 。 一 期 大 要 秘 密 集 (同 上 一 五 八 頁 ) に 、 師 子 三 藏 意 云 、 顯 教 云 、 極 樂 從 是 西 方 過 十 萬 億 有 佛 土 也 。 佛 是 秘 陀 、 寳 藏 比 丘 證 果 也 。 密 教 云 十 方 極 樂 皆 是 一 佛 之 土 、 一 切 如 來 皆 是 一 佛 之 身 。 乃 至 密 教 浄 土 大 日 宮 位 、 極 樂 世 界 彌 陀 心 地 。 彌 陀 者 大 日 之 智 用 、 大 日 者 彌 陀 之 理 躰 。 密 嚴 者 極 樂 之 總 躰 、 極 樂 者 密 嚴 之 別 徳 云 云 。 阿 彌 陀 秘 釋 (五 八 頁 ) に 阿 彌 陀 佛 者 是 自 性 法 身 觀 察 智 躰 、 一 切 衆 生 覺 了 通 依 也 。 乃 至 至 如 己 身 外 説 佛 身 穢 土 外 、 示 浄 刹 爲 勸 深 善 凡 愚 利 極 樂 衆 生 也 。 乃 至 此 心 究 責 離 分 別 取 著 而 證 性 徳 一 心 故 名 爲 阿 彌 陀 如 來 と 。 以 上 論 文 の 意 今 更 贅 辯 を 加 ふ る 迄 も な く 瞭 か で あ る の み な ら す 、 既 に 經 論 疏 釋 の 上 に も 出 て 居 る こ と で あ つ て 、 敢 て 上 人 の 新 説 な り と は い へ な い け れ ど も 、 特 に 彌 陀 に 就 て 如 か く 明 解 を 下 さ れ た 功 を 多 と せ な け れ ば な ら ね と 共 に 、 五 輪 九 字 秘 釋 に あ る 惜 乎 古 賢 難 易 を 両 土 に 諍 ふ の 一 言 は 同 書 第 十 門 の ﹁ 或 顯 密 行 業 執 自 非 他 者 亦 非 順 因 。 或 彌 陀 彌 勒 之 行 者 互 爲 是 非 、 是 即 地 獄 業 因 ﹂ と の 訓 誠 と 並 べ 合 せ 、 野 山 系 浄 土 教 の 概 觀 四 三
野 山 系 浄 土 教 の 概 觀 四 四 之 を 古 往 今 來 の 事 實 に 徴 し て 實 に 意 味 深 長 で あ り 、 上 人 に し て 始 め て 此 言 を な し 、 然 し て 眞 に 活 き だ る 教 盆 を 施 し 得 ら れ だ も の だ と 感 服 す る 。 五 往 生 の 心 願 行 業 此 に 就 き 五 輪 九 字 秘 釋 第 六 上 品 上 生 現 證 門 (全 集 三 六 頁 ) に 先 づ 信 仰 爲 本 の 旨 を 述 べ て ﹁ 高 仰 大 日 悲 願 、 深 信 彌 陀 本 願 、 更 以 無 往 生 異 路 云 云 ﹂ と い ひ 、 更 に 但 念 密 行 の 人 が 往 生 を 遂 ぐ る に は 何 等 の 心 願 を 以 て す る 哉 と い ふ に 、 四 種 の 廻 向 是 れ 則 ち 往 生 の 親 因 な り と し て 、 一 に は 四 無 量 の 眞 言 を 誦 し 、 此 功 徳 を 以 て 一 切 衆 生 と 共 に 四 大 菩 薩 に 等 同 な ら し め ん と 欲 し 、 二 に は 佛 法 の 滅 相 を 見 て 、 大 師 の 興 隆 佛 法 の 大 願 に 等 同 な ら し め ん と 欲 し 、 三 に は 一 切 衆 生 を し て 無 上 大 菩 提 の 果 を 證 せ し め ん が 爲 め 、 四 に は 自 地 所 有 の 善 根 を し て 臨 終 正 念 往 生 極 樂 を 得 せ し め ん が 爲 に 、 至 心 に 發 願 し 深 信 廻 向 す べ く 、 而 し て 五 輪 九 字 明 を 念 誦 し 、 兼 て 臨 終 の 四 印 明 を 結 誦 し 、 志 を 極 樂 に 懸 け 相 續 心 を 止 め て 當 に 斷 末 摩 水 の 時 を 待 つ べ し と い ひ 、 次 に 往 生 の 業 に は 、 機 縁 に 隨 て 三 歸 五 戒 六 行 四 輝 十 善 無 我 觀 四 諦 十 二 因 縁 乃 至 四 家 大 乗 の 觀 法 及 び 内 證 三 密 の 行 等 、 凡 百 の 善 根 皆 然 ら ざ る は な し と し 、 又 第 九 所 化 機 人 差 別 門 の 下 四 三 頁 ) に 於 て 、 世 間 の 眞 言 行 者 、 並 に 道 心 者 の 但 念 の 者 が 未 だ 必 す し も 皆 往 生 す る と 言 得 ら れ な い の は 是 れ 諸 の 道 法 に 於 て 是 非 取 捨 の 妄 執 を 挾 む に 由 る も の だ か ら 、 祖 訓 に 所 謂 ﹁ 迷 悟 在 己 無 執 而 到 ﹂ を 銘 記 し 用 心 す べ し と 教 誡 し 、 尚 ほ 佛 身 佛 土 論 に 於 て 詳 し く 密 教 と 浄 土 教 と の 所 説 を 和 會 せ ら れ だ 如 く 、 修 行 論 で も 亦 纔 修 一 行 成 多 の 根 本 理 趣 (全 集 三 六 頁 ) に 依 り 教 界 の 大 勢 に 順 じ て 、 同 書 第 二 正 入 秘 密 眞 言 門 中 、
特 に 九 字 九 品 往 生 門 を 設 け 、 (同 二 五 頁 以 下 ) 阿 彌 陀 の 九 字 明 の 句 義 と 字 義 と に 秘 密 の 細 釋 を 施 し 、 九 字 曼 荼 羅 を 圖 説 し 、 更 に 同 陀 羅 尼 の 句 義 を 説 き 、 進 ん で は 第 十 門 に 於 て ﹁ 同 九 字 眞 言 行 者 於 ナ ム ア ミ ダ 佛 名 號 更 勿 作 淺 略 思 若 入 眞 言 門 時 、 諸 言 語 皆 是 眞 言 、 何 況 ア ミ ダ ﹂ (四 四 頁 ) と 諭 へ て 彌 陀 の 名 號 く 眞 言 と を 同 一 價 値 な り と し 、 又 其 理 由 並 び に 阿 字 觀 も 往 生 極 樂 の 勝 因 な る こ と を 阿 字 功 徳 鈔 (五 八 三 頁 ) に 述 べ て 、 ﹁ ア ミ ダ の 寳 號 の 諸 法 に 勝 れ て 候 も 、 則 此 ア 字 の 候 故 に て 候 也 。 殊 に 西 方 の 往 生 を 願 は ん す る 人 は 唯 此 觀 に 過 た る 事 は あ る べ か ら す 候 。 此 は 眞 言 の 極 た る 習 に 候 也 ﹂ と 言 は れ て あ る 。 以 上 は 上 人 の 行 異 分 別 に 、 深 智 相 應 印 明 行 、 事 觀 相 應 結 誦 行 、 唯 信 作 印 誦 明 行 、 隨 於 一 密 至 功 行 の 四 種 あ る 中 主 と し て 順 次 往 生 浄 土 門 の 根 基 と す る 第 四 種 の 類 に 屬 せ ら れ る と 思 は れ る 所 を 渉 獵 し 、 是 に 由 て 上 人 が 諸 行 に 對 し て 毫 も 別 執 を 加 へ る こ と な く 、 汎 く 顯 密 觀 誦 の 萬 善 に 至 り 、 一 々 其 れ 等 を 至 心 に 修 行 す れ ば 、 以 て 往 生 業 と な り 得 る と せ ら る ゝ こ と を 窺 知 し た の で あ る が 、 併 し 上 人 は 阿 字 月 輪 觀 の 行 者 で あ り 、 又 此 は 實 に 眞 言 乗 に 於 け る 即 身 成 佛 の 直 路 で あ る こ と 勿 論 で あ る か ら 、 前 掲 阿 字 觀 の 文 に も 現 は れ て る 如 う に 自 ら 其 れ 等 の 間 に 別 な き を 得 な い 。 仍 て 五 輪 九 字 秘 釋 の 序 説 に も ﹁ 彌 陀 善 逝 之 津 土 期 於 往 生 稱 名 稱 名 之 善 猶 如 是 、 觀 實 功 徳 貴 虚 哉 ﹂ と い つ て 二 七 の 曼 荼 羅 秘 觀 が 頓 悟 若 く は 順 次 往 生 の 要 法 と な す 旨 を 述 べ ら れ て あ る 。 蓋 し 是 れ 上 人 と し て は 當 に 然 る べ き こ と で あ る が 、 然 も 猶 ほ 隨 於 一 密 至 功 行 の 決 判 を な し 、 顯 密 不 同 頌 に ﹁ 顯 非 智 觀 不 成 佛 密 唯 誦 呪 亦 成 佛 ﹂ と 主 張 せ ら れ る ゝ と 共 に 、 野 山 系 浄 土 教 の 概 觀 四 五
野 山 系 浄 土 教 の 概 觀 四 六 彌 陀 の 九 字 明 は 本 よ り の こ と 、 其 稱 名 を 以 て 眞 言 な り と 決 せ ら れ た こ と は 看 過 す べ か ら ざ る 所 で あ る 。 六 豊 導 流 の 淨 土 教 並 に 源 空 上 人 の 説 と あ 交 渉 前 來 觀 て 來 た 所 に 依 る と 、 上 人 は 明 か に 浄 土 教 所 依 の 經 典 の 意 を 味 得 し 、 殊 に 善 導 流 の 浄 土 教 説 に 依 り て 彌 陀 を 讃 仰 し 、 其 浄 土 往 生 を 勸 進 せ ら れ た こ と を 窺 知 し 得 ら れ る け れ ど も 、 畢 竟 す る 所 彼 此 基 調 を 異 に し て 居 る の で 、 自 ら 説 相 歸 結 に 相 違 が あ る こ と 寧 ろ 當 然 で あ る 。 乍 併 前 に も 述 べ た や う に 既 に 眞 言 乗 所 被 の 機 に 順 次 往 生 の 二 類 を 攝 め 、 又 彌 陀 の 浄 土 教 と 自 宗 と の 致 一 を 認 め ら れ た 上 人 と し て は 、 機 縁 に 對 望 し て は 善 導 流 の 教 説 を も 強 ち に 否 ま れ ぬ 筈 で あ る 。 否 な 或 は 暗 推 妄 斷 の 誹 り を 免 れ な い か も 知 れ ぬ が 余 は 然 か 推 察 し て 、 孝 養 集 三 雀 を 上 人 の 親 撰 な り と 認 定 す る と 、 此 に 彼 此 の 両 説 に 於 て 可 な り 多 く の 關 係 あ る こ と に 氣 付 き (往 生 要 集 と の 關 係 ば 高 神 師 の 研 究 發 表 に ゆ づ る ) 率 ゐ て は 源 空 上 人 の 思 想 と も 著 し く 類 似 す る 所 あ る を 感 知 す る が 故 に 、 此 一 段 を 設 け て 其 主 要 な る 點 を 述 べ る こ と に す る 。 即 ち 孝 養 集 は 專 ら 指 方 立 相 の 上 に (全 集 六 一〇 頁 ) 立 つ て 厭 離 穢 上 (同 六 〇 六 ) 欣 求 浄 土 (同 六 〇 八 ) を 第 一 と し 、 念 佛 の 功 徳 を 歎 じ (同 六 一 一 ) 佛 附 屬 の 教 勅 を 持 し (同 六 一 七 ) 第 十 八 願 に 謂 ふ 所 の 十 念 は 是 れ 十 稱 名 號 な り と 示 し (六 四 〇 )往 生 の 行 を 修 す る に 尋 常 と 別 時 と の 両 行 儀 あ る こ と を 教 へ (六 一一 )僑 慢 は 道 心 者 の 最 も 愼 む べ き 障 碍 な り と 誡 め (六 二 八 ) 其 他 臨 終 行 儀 を 懇 示 せ ら る ゝ が 如 き (下 巻 ) 等 善 導 の 教 旨 を 祖 述 せ ら る ゝ 所 甚 だ 多 い 。 併 し 又 上 人 が 眞 言 の 教 格 を 嚴 く 持 し て 菩 提 心 を 肝 要 と し (六 一 一 ) 持 戒 の 要 を 力 説 し (六 一 二 )觀 察 門 を 勸 め ら る ゝ (六 一 九 )等 、 終 に 全 く 三 心 口 稱 念 佛 を 獨 立 せ し む る に 至 ら な か つ た の も 止 む な
き 仕 儀 と い は ね ば な ら ぬ 。 次 に 鑁 上 人 と 法 然 主 人 と を 對 比 す る に 、 殆 ん ど 時 代 を 同 ふ し 、 倶 に 紛 亂 の 禍 中 に 介 在 し て 然 も 獨 立 不 覊 、 唯 々 烈 々 た る 興 法 利 生 の 熱 情 を 以 て 、 當 代 民 衆 の 渇 望 に 應 じ 、 革 新 的 の 易 行 道 を 宣 説 せ ら れ た こ と に 於 て 、 推 重 敬 服 の 念 禁 す る 能 は ざ ら し め る も の が あ る 。 け れ ど も そ は 且 く 措 き 、 両 上 人 其 教 格 を 異 に す る と は い へ 、 同 、じ く 易 行 淨 土 門 を 開 示 す る に 方 り 善 導 (六 〇 八 六 二 〇頁 ) 及 び 慧 心 (六 四 八 頁 ) に 依 憑 し 、 稱 名 念 佛 を 以 て 往 生 極 樂 の 正 行 と し (六 一 〇 頁 ) 又 五 輪 九 字 秘 釋 (三 八 頁 ) に ﹁ 雑 學 惑 心 勿 令 一 生 空 過 唯 以 雑 學 善 根 廻 向 極 樂 定 生 懈 怠 淨 土 不 還 娑 婆 進 生 極 樂 於 自 善 根 生 疑 感 心 又 生 邊 地 淨 土 進 生 極 樂 ﹂ と い つ て 、 所 謂 二 類 各 生 を 許 容 せ ら る ゝ 點 亦 相 似 て 居 る 。 尤 も 鑁 上 人 が 此 界 有 縁 の 佛 は 彌 陀 、 法 は 法 華 經 、 僧 に は 觀 音 な り と い つ て 特 に 讀 誦 法 華 經 を 勸 進 せ ら る ゝ は 、 當 代 に 至 る 迄 の 永 き 一 般 習 風 で あ り 、 又 未 だ 念 佛 門 獨 立 の 運 に 到 ら な か っ た 一 證 左 で あ る が 、 之 を 以 て 張 ち に 責 む べ き で は な か ら う 。 七 小 結 要 す る に 上 人 は 鋭 敏 な る 眼 光 を 以 て 當 代 の 世 相 を 觀 察 し 、 卓 越 せ る 見 識 を 以 て 眞 言 の 事 教 二 相 の 蘊 奥 を 窮 盡 し て 、 正 法 の 恢 興 を 計 り 眞 實 義 を 闡 揚 す る と 同 時 に 常 に 純 眞 敬 虔 な る 態 度 を 執 り 、 慇 勲 に 修 觀 を 凝 ら し て 、 本 有 の 心 蓮 を 開 敷 し 佛 果 を 成 ぜ ん こ と を 期 し 、 特 に 阿 字 月 輪 觀 を 嚴 修 し て 遂 に 除 蓋 障 三 昧 を 發 得 せ ら れ た が 、 然 も 尚 ほ 不 動 講 秘 式 に ﹃ 所 祈 最 後 正 念 、 所 仰 明 王 威 力 、 臨 終 退 魔 縁 最 後 垂 引 接 ﹂ と い ひ 、 其 他 毘 沙 門 講 式 、 舎 利 供 養 式 、 歡 喜 天 供 養 式 等 に も 顯 る ゝ が 如 く 、 密 に 最 後 臨 終 の 野 山 系 淨 土 教 の 概 觀 四 七
野 山 系 淨 土 教 の 概 觀 四 八 正 念 を 祈 り 、 順 次 往 生 を 願 求 し て 痛 く 出 離 生 死 の 大 事 を 念 と せ ら れ 、 そ し て 此 用 心 が 化 他 の 上 に 發 露 し て は 、 濁 悪 世 漂 溺 の 迷 徒 を 覺 醒 せ し め (末 代 眞 言 行 者 用 心 、 初 心 行 者 要 文 に 見 は る ) 彼 等 を 憐 愍 し て 大 日 の 徳 用 門 を 廣 開 し 、 鈍 根 劣 機 を 援 濟 し 、 進 ん で は 自 己 所 奉 の 教 者 に 違 背 す る か の 觀 さ へ あ る 善 導 流 の 淨 土 教 を も 鼓 吹 せ ら る ゝ に 至 っ た 。 斯 く し て 上 人 は 淨 土 門 鬱 興 の 機 運 に 際 會 す る や 、 之 を 洞 觀 し て 理 論 上 密 教 の 立 脚 並 に 其 特 色 を 鮮 明 に し 、 他 面 實 行 上 に 於 て は 殆 ん ど 全 く 善 導 流 義 と 簡 ぶ 所 な き 淨 土 往 生 の 法 を 説 示 せ ら れ 泥 の で あ る 。 若 し そ れ 上 人 に 假 す に 二 三 十 年 の 壽 を 以 て す る こ と が 能 き た で あ ら う な ら ば 、 恐 ら く ば 法 然 上 人 の 地 位 を 占 め ら れ た で あ ら う 。 六 淨 士 教 興 隆 期 の 勢 况 (法 然 よ り智眞に至 る一八〇〇-二〇〇〇 -約 二百年 間 ) 概 説 既 に 世 の 時 運 は 教 界 の 全 般 に 亘 り て 淨 土 教 信 仰 の 顯 著 な る 折 柄 、 密 門 よ り は 覺 鑁 立 ち て 之 を 鼓 吹 し 、 中 川 實 範 呼 應 し 、 同 時 に 良 忽 叡 山 よ り 出 で 。 融 通 念 佛 宗 を 開 き 、 鑁 上 人 と 三 論 の 同 門 で あ り 丹 青 に 於 て も 割 席 の 遇 あ る 珍 海 . 及 び 天 台 の 忍 空 等 亦 大 に 勸 進 し て 彌 々 之 を 醍 醸 せ し め 、 加 ふ る に 世 は 政 務 の 荒 廢 に よ つ て 豪 雄 地 方 に 割 據 し 、 終 に 海 内 擾 亂 し 源 平 二 氏 互 に 鎬 を 削 つ て 天 下 を 争 ふ に 至 る 等 、 内 外 の 事 情 相 待 て 鑁 上 人 の 滅 後 三 十 二 年 即 ち 承 安 五 年 ( 一 八 三 五 )法 然 上 人 を し て 易 修 易 往 に し て 萬 人 の 信 頼 し 得 る 純 然 た る 淨 土 門 を 化 成 せ し め た 。 斯 く て 一 度 其 法 幢 の 掲 げ ら る ゝ や 、 遠 近 の 道 俗 貴 賎 少 長 男 女 靡 然 と し て 歸
向 せ ざ る は な し と い ふ 歌 態 と な り 、 爾 來 此 一 門 益 々 繁 興 す る や う に な つ た 。 前 來 既 に 其 兆 あ り 機 熟 せ る 密 門 の 諸 師 、 奈 何 し て か 獨 り 此 一 大 風 潮 に 逆 行 し 得 や う 。 否 な 、 勝 賢 、 成 賢 、 憲 深 等 の 名 師 す ら 尚 且 つ 遁 世 往 生 極 樂 を 要 期 し 、 運 覺 、 力 能 、 圓 能 は 御 室 、 醍 醐 、 信 貴 山 に 往 生 の 業 事 を 成 辨 し (新修往生傅蜥 ) 鑁 上 人 の 化 導 に 浴 し た 兼 海 (野 山 往 生 傳 、 高 野 春 秋 六 、 本 朝 高 僧 傳 五 二 等 ) を 始 め 、 證 印 、 正 直 、 其 他 定 仁 、 西 念 、 嚴 實 、 能 願 、 尋 襌 等 二 十 有 餘 人 の 往 生 を 遂 ぐ る あ り 、 (野 山 往 生 傳 、 高 野 春 秋 六 、 七 ) 又 静 遍 、 明 遍 等 は 直 接 源 空 上 人 の 化 風 を 受 け 、 殊 に 明 遍 、 重 源 蓮 生 房 等 は 野 山 に 籠 居 し 、 蓮 華 谷 や 新 別 所 に 蓮 社 を 結 ん で 高 唱 念 佛 し 、 次 で 覺 心 の 輩 、 時 宗 教 徒 等 亦 た 往 生 院 谷 や 千 手 院 谷 に 庵 室 を 構 へ て 淨 業 を 專 修 し 、 以 て 同 山 内 に 牢 乎 た る 地 歩 を 占 む る と 共 に 、 此 等 の 所 謂 高 野 聖 (非 事 吏 ) は 極 め て 簡 素 な る 生 活 を な し 。 全 國 を 遍 歴 し て 大 に 野 山 淨 土 説 を 傳 播 し た 。 斯 く て 淨 土 教 徒 は 本 宗 に 寄 遇 す る も の と は い へ 、 其 實 勢 力 の 侮 る べ か ら ざ る も の あ り て 、 野 山 は 爲 め に 宛 然 淨 土 教 の 根 本 道 場 た る か の 觀 を 呈 す る に 至 つ た 。 勿 論 此 間 或 は 覺 海 の 如 き 純 密 教 徒 と し て の 眞 面 目 の 發 揮 に 努 め ら る ゝ あ り 、 或 は 直 接 彼 等 に 對 し て の 反 抗 運 動 も 行 は れ は し た が 、 覺 海 の 上 足 尚 祚 す ら 往 生 を 欣 び 、 又 同 門 道 範 を し て 鑁 上 人 の 淨 土 教 説 祖 述 せ し め た 位 、 淨 土 の 門 流 は 酒 々 と し て 密 關 に 浸 入 し た 。 別 説 一 法 然 上 人 の 感 化 影 響 野 山 系 淨 土 教 の 概 觀 四 九
野 山 系 淨 土 教 の 概 觀 五 〇 然 師 一 度 淨 土 門 を 別 開 し て 萬 人 通 入 の 易 修 易 行 の 稱 名 念 佛 、 他 力 易 往 極 樂 の 教 旨 を 提 唱 宣 傳 せ ら る ゝ や 、 密 門 の 先 徳 直 接 に 、 或 は 逆 縁 轉 じ て 順 縁 と な り 其 誘 化 を 受 け ら れ た 方 に 静 遍 、 明 遍 あ り 、 或 は 逆 縁 な が ら 然 も 此 れ に 心 を 傾 け ら れ た 明 慧 あ り 。 又 間 接 に は 上 人 直 弟 の 高 野 籠 山 に 因 る 淨 土 教 の 密 宗 に 及 ぼ せ る 影 響 の 著 し い も の が あ る 。 今 之 を 別 説 す る に 先 ち 、 源 空 上 人 が 所 謂 深 廣 の 法 然 房 、 智 慧 第 一 の 名 聲 を 博 し た 學 匠 で あ り 、 徳 望 殊 絶 の 高 僧 で あ つ た こ と は 言 ふ に 及 ば す と す る も 、 或 は 秘 密 の 襌 觀 に 通 達 し て 屡 々 瑞 相 を 現 さ れ た こ と や 、 土 佐 配 流 の 往 還 に 善 通 寺 . 勝 尾 寺 へ 参 詣 せ ら れ た 時 の 事 跡 等 を 顧 慮 し て 、 時 代 の 趨 勢 以 外 に 彼 此 の 深 微 關 係 を 窺 知 す る の 要 あ り 、 或 は 又 野 山 參 籠 の 口 碑 傳 説 、 眞 言 宗 に 對 す る 見 解 に 就 て 論 じ 、 其 他 両 者 門 流 の 交 渉 に 就 て も 記 さ な け れ ば な ら ぬ と 思 ふ け れ ど も 、 其 等 は 他 の 機 會 に 譲 り . 今 は 直 ち に 主 題 に 就 き 、 そ し て 先 づ 前 に 擧 げ た 三 名 師 の 事 跡 か ら 述 べ や う 。 襌 林 寺 灘 遍 ( 一 八 八 四 ) 僧 都 は 池 大 納 言 平 頼 盛 の 子 で 、 醍 醐 の 座 主 勝 賢 を 師 と し て 小 野 流 の 印 可 、 諸 尊 密 軌 、 秘 鈔 等 を 稟 け 、 成 賢 を 拝 し て 秘 訣 を 傳 へ 、 仁 祐 寺 の 仁 隆 に 隨 て 廣 澤 流 を 汲 み 、 密 宗 の 要 書 數 部 を 選 述 し て 、 事 教 二 相 の 泰 斗 と し て の 名 聲 揚 り 、 高 倉 帝 の 勅 命 に よ つ て 禪 林 寺 に 住 せ ら れ た が 、 甞 て 然 師 が 聖 道 門 を 捨 て ゝ 專 修 念 佛 の 淨 土 門 を 高 調 せ ら る ゝ を 謗 り 、 世 人 擧 つ て 此 に 歸 入 す る を 憤 慨 し て 、 選 擇 集 を 破 し 念 佛 往 生 の 道 を 閉 塞 せ ん と て 料 紙 ま で 調 へ 、 會 々 選 擇 集 を 披 覧 す る に 、 日 比 の 所 按 大 に 相 違 し 、 却 て 末
代 の 凡 夫 が 出 離 す べ き 道 は 偏 に 稱 名 の 行 に あ り と 覺 り 、 革 め て 此 書 を 愛 翫 し て 自 行 の 指 南 に 供 へ 、 年 來 嫉 妬 の 心 を 懐 い て 居 つ た こ と を 悔 み 、 然 師 の 廟 前 に 跪 拝 し て 先 非 を 謝 し 、 其 後 綱 班 を 辭 し 、 心 圓 房 と 號 し て 一 向 念 佛 し . 剰 へ 續 選 擇 集 を 作 て 上 人 の 義 道 を 助 成 し 、 其 結 偈 に ﹁ 一 期 所 按 極 、 永 捨 世 道 理 、 唯 稱 阿 彌 陀 、 語 嚥 常 持 念 ﹂ と い ひ 、 又 常 に 法 照 禪 師 五 會 法 事 讀 の ﹁ 彼 佛 因 中 立 弘 誓 、 聞 名 念 我 惣 來 迎 云 云 ﹂ な る 七 言 八 旬 の 文 を 誦 じ て 、 淨 土 教 の 肝 心 此 に あ り と 語 り 、 貞 應 三 年 ( 二 年 と も 傳 ふ ) 四 月 二 十 日 彌 陀 の 寳 號 を 唱 へ な が ら 正 念 示 寂 せ ら れ た 。 師 蠻 が 僧 傳 第 十 三 に ﹁ 遍 外 説 密 乗 、 内 修 淨 業 ﹂ と い つ て る こ と は 、 よ く 師 晩 年 の 業 を 傳 へ て 居 る も の と い へ や う 。 ( 沙 石 集 六 、 勅 修 御 傳 四 十 、 同 翼 讃 五 七 、 高 野 春 秋 八 、 血 脉 鈔 下 、 統 續 略 讃 、 傳 燈 廣 録 九 、 紀 伊 續 風 土 記 十 二 等 ) 。 明 遍 僧 都 (一八〇二一八八四 ) は 尚 書 郎 藤 給 事 通 憲 入 道 信 西 の 季 子 、 天 資 聰 慧 高 邁 、 和 歌 の 才 に 秀 で 、 幼 に し て 南 都 東 南 院 に 入 り 、 長 門 法 印 敏 覺 の 嫡 弟 と し て 三 論 の 奥 旨 を 窮 め 、 十 九 歳 の 時 高 野 山 に 登 り 、 覺 海 の 門 を 扣 い て 中 院 の 玄 旨 を 稟 け 、 兼 て 教 相 の 幽 頤 を 探 り 、 才 名 世 に 高 か つ た け れ ど も 、 深 く 名 利 を 厭 ひ 、 遂 に 三 十 一 歳 (或は三十七ともいふ ) 公 請 を 辭 し 俗 塵 を 避 け 、 大 和 の 光 明 山 に 遯 れ て 廣 く 出 離 の 要 路 を 討 ね 、 偏 く 顯 密 の 修 行 に い そ し ま れ た が 、 然 師 が 淨 土 宗 を 宣 布 せ ら る ゝ に 際 し 、 始 め て 山 を 出 で し 專 念 の 要 義 を 聴 き 、 念 佛 門 に 入 り て 其 名 を 空 阿 彌 陀 佛 と 號 せ ら れ た 。 四 十 五 の 時 、 朝 小 僧 都 を 宣 下 せ ら れ た け れ ど も 固 辭 し 、 隠 遁 の 念 彌 々 切 に し て 、建 久 六 年 五 十 四 歳 に て 永 く 光 明 山 を 捨 て ゝ 高 野 に 登 り 、 爾 來 留 住 す る こ と 三 十 年 、 出 離 の 行 を 勤 修 し 、 貞 應 三 年 六 月 十 六 日 頭 北 面 西 稱 名 相 續 し な が ら 往 生 せ ら れ た 。 僧 都 高 野 隠 遁 後 の 事 跡 に 就 き 、 法 然 野 山 系 淨 土 教 の 概 觀 五 一
野 山 系 浄 土 教 の 概 観 五 二 上 人 行 状 書 圖 第 十 六 雀 、 野 峯 略 記 第 六 、 通 念 集 往 巻 等 に 依 る と 、 當 山 蓮 華 三 昧 院 を 開 創 し 、 門 下 の 佛 匠 安 阿 彌 を し て 彌 陀 の 尊 像 を 刻 せ し め て 安 置 し 、 又 一 心 院 谷 の 妙 智 坊 に 住 し て 日 々 祖 廟 に 参 詣 せ ら れ た が 、 老 後 一 夜 念 佛 三 昧 に 入 り 、 往 生 極 樂 を 大 師 に 祈 求 せ ら れ る と 、 大 師 忽 然 影 現 し て 、 西 方 の 要 訣 並 に 和 歌 を 授 け ら れ 、 又 汝 今 心 朗 か に 境 開 か に し て 專 ら 浄 業 を 修 す 、 敢 て 退 緩 す る 勿 れ 、 斯 の 福 田 衣 は 是 れ 當 來 値 遇 の 標 な り と 告 げ 己 て 藕 糸 の 袈 裟 を 賜 ひ 、 又 或 時 同 行 衆 と 念 佛 三 昧 に 入 り 行 蓮 を 修 し て 、 如 來 が 正 し く 其 列 に 加 は り 給 へ る を 感 見 し 、 又 六 十 餘 歳 の 冬 、 大 日 経 に 依 て 蓮 華 三 昧 の 修 觀 を 凝 さ れ て 居 る と 、 所 住 の 谷 變 じ て 浄 土 と な り 、 庭 前 の 池 中 に 忽 ち 五 色 の 蓮 華 が 生 じ た 。 是 に 因 て 爾 來 此 谷 を 蓮 華 谷 と 名 く 。 又 或 時 に は 春 日 熊 野 の 両 神 自 ら 現 じ て 秘 密 念 佛 の 印 可 を 授 け 給 ふ た と い ひ 、 其 他 常 に 祖 廟 参 詣 の 砌 り 御 廟 橋 よ り 内 は 透 間 な く 諸 佛 の 集 會 し 給 ふ 壇 場 な り と 觀 見 し 、 足 を 容 る ゝ 餘 地 な し と て 、 所 謂 明 遍 杉 の も と よ り 伏 し 拜 ん で 歸 ら れ た と は 、 今 に 相 傳 へ て 奥 院 參 詣 の 人 々 、 上 人 の 芳 躅 に 倣 う て 此 處 で 振 向 き 歸 り 再 拜 す る を な ら ひ と し て 居 る 。 も と 上 人 の 傳 記 は 區 々 で 、 殊 に 野 山 に 於 け る 行 實 に 關 し て は 大 同 小 異 で は あ る が 、 其 何 れ が 眞 で あ る か 判 り 難 い け れ ど も 、 上 人 が 當 代 有 數 の 學 匠 で あ り な が ら 、 痛 く 名 利 を 厭 ひ 、 一 は 父 信 西 入 道 非 常 の 最 期 を 弔 は ん が 爲 め 、 又 自 ら 出 離 生 死 の 一 大 事 を 要 と し て 實 修 實 行 を 主 と し 、 特 に 源 空 に 値 遇 聞 法 し て か ら 後 は 、 眞 摯 な る 西 方 往 生 の 行 人 と し て 晩 年 を 送 り 、 幾 多 の 奇 瑞 を 威 得 せ ら れ た も の で あ る こ と は 、 推 察 す る に 餘 り あ り と い ふ べ き で め る 。 而 し て 上 人 感 得 の 西 方 要 文 並
に 假 名 法 語 と い は る 、 も の 古 く か ら 今 に 傳 へ ら れ て あ り 、 浄 土 章 疏 録 に よ る と 、 此 他 に 往 生 論 五 會 門 略 作 法 一 巻 の 著 作 が あ つ た や う で あ る 。 又 上 人 に 常 侍 し た 八 人 も 亦 倶 に 專 修 念 佛 の 浄 業 を 勵 み 、 世 に 八 葉 の 聖 と 稱 せ ら れ 、 こ れ が 後 の 高 野 聖 の も と ゝ な つ た 。 上 人 所 奉 の 義 に 就 て 三 國 佛 祖 傳 集 上 巻 に ﹁ 少 康 意 三 經 爲 傍 、 名 號 爲 正 、 譬 如 於 日 域 空 也 明 遍 等 云 云 ﹂ と 評 判 し て 、 上 人 を 空 也 と 相 並 べ 、 少 康 が 善 導 の 正 流 を 波 み 、 念 佛 を 主 眼 と し た る に 比 し 、 又 同 書 下 巻 に 道 心 者 高 野 聖 の 祖 で あ る こ と を 記 し て ﹁ 高 野 山 明 遍 僧 都 立 道 心 義 義 、 號 道 心 衆 、 今世之高野聖是也 ﹂ と い つ て あ る 。 ( 砂 石 集 一 、 元 亨 釋 書 五 、 吾 妻 鏡 廿 一 、 法 然 上 人 行 状 翼 賛 十 六、紀伊績風土記三十五、本朝高信傳十三、高野春秋八、 傳 燈 廣 録 十 二 、 浮 土 傳 燈 録 下 、 野 峰 名 徳 傳 上 ) 。 栂 尾 明 慧 上 人 高 辮 (一 八 三三一 八 九 二 ) は 鎌 倉 時 代 の 教 界 革 新 期 に 於 て 華 嚴 宗 を 恢 興 し 其 代 表 的 碩 匠 と し て 知 ら れ て 居 る が 、 も と 上 人 は 父 母 の 喪 に 遇 つ て 出 塵 の 志 願 を 發 し 、九 歳 に し て 高 尾 山 に 登 り 伯 叔 上 覺 に 師 事 し 、 十 歳 遊 學 し て 醍 醐 の 實 尊 に 密 乗 を 聞 き 、南 都 の 景 雅 及 び 其 上 足 聖 詮 に 華 嚴 を 習 ひ 、 十 九 歳 の 時 小 野 興 然 阿 闇 梨 に 從 つ て 両 部 の 密 灌 を 禀 ら れ た 人 で あ り 、 爾 來 慧 學 の 精 研 に 努 め ち れ た と は い へ 、 其 性 高 潔 に し て 痛 く 教 界 の 弊 風 を 慨 し 、持 律 觀 行 を 要 と せ ら れ た こ と ゝ て 、 浄 土 教 に も 思 を 寄 せ 、 自 ら は 都 率 往 生 を 念 願 せ ら れ た け れ ど も 、 善 導 の 教 旨 に は 深 く 歸 敬 せ ら れ た ば か り で な く 西 方 往 生 を 勸 讃 せ ら れ た 。 そ れ は 上 人 建 暦 二 年 十 一 月 摧 邪 輸 三 巻 を 著 し 、 翌 年 六 月 其 補 遺 と し て 、 荘 厳 記 一 巻 を 出 し て 選 擇 集 に 菩 提 心 を 撥 去 し 、 又 聖 道 門 を 群 賊 に 譬 へ て あ る と の 二 點 に 對 し 、 張 く 批 議 し 抗 辯 を 加 へ ら れ た が 、 然 し 此 は 畢 竟 見 解 の 野 山 系 浄 土 教 の 概 觀 五 三
野 山 系 浄 土 教 の 概 觀 五 四 相 違 に 因 る も の で あ つ て 、 是 れ あ る が 爲 め に 浄 土 教 そ の も の を 疑 難 し 、或 ば 往 生 の 行 を 妨 礙 し た り 爲 や う と す る の で な く 、 却 て 之 を 擁 護 し や う と せ ら れ た の で あ る こ と は 、 今 の 両 書 を 披 覧 し 、 弟 子 隆 辨 の 聴 問 記 を 拜 讀 七 て 容 易 に 窺 知 し 得 ら れ る 所 で あ る 。 即 ち 摧 邪 輪 の 序 分 に ﹁ 近 日 披 閲 選 擇 集 、 悲 嘆 甚 深 、 聞 名 之 始 、 喜 禮 乎 上 人 妙 釋 、 披巻 之 今 、 恨 黷 手 念 佛 眞 宗 云 云 ﹂ と い ひ 、 一 部 全 巻 を 通 じ て 立 破 一 に 善 導 の 釋 文 に 依 り . ﹁ 不 非 稱 名 行 、 不 背 善 導 釋 、 於 正 念 正 見 念 佛 者 、 悉 奉 歸 命 頂 禮 、 必 可 蒙 來 世 引 導 ﹂ と い つ た や う な 文 吉 隨 所 に 散 見 し 、 最 後 に は ﹁ 依 此 功 徳 與 念 佛 行 、 自 他 衆 生 往 生 極 樂 ﹂ と 結 び 、 又 此 奥 書 に は 、 念 佛 行 を 破 し た と い ふ 悪 名 が 廣 く 後 世 に 流 傳 せ ん こ と は 自 己 の 耻 と し 疵 と す る 所 な る に よ り 、 敢 て 此 書 を 作 つ た と も 記 し て あ り 、 又 寛 喜 元 年 六 月 十 日 の 口 説 で あ る 都 率 西 方 往 生 難 易 法 談 に は ﹁ 安 養 都 率 の 難 易 論 ず る こ と な か れ 。 彌 陀 慈 氏 隔 別 と 執 す べ か ら す 。 さ れ ば 必 す し も 彌 陀 の 業 を 改 め て 、 都 率 の 上 生 を ね が は む と 存 ず 可 ら ざ る な り 即 ち 吾 弟 子 同 法 中 に 彌 陀 の 行 者 こ れ を ゝ し 。 そ の う え 廣 略 の 阿 彌 陀 次 第 を 集 め て 、 專 ら 西 方 の 往 生 を す ゝ め た り ﹂ と も あ つ て 、 上 人 の 門 下 に 西 方 の 行 人 あ り 、 又 自 ら 勧 進 も せ ら れ た の で あ る こ と が 明 ら か で あ る し 、 尚 法 然 上 人 行 状 書 圖 の 作 者 は 、 同 書 第 四 十 巻 に 明 遍 上 人 は 摧 邪 輪 の 説 を 評 し て 、 未 だ 所 破 の 義 を 十 分 心 得 ざ る も の で あ る と い は れ 、 禪 門 も 亦 後 に は 選 擇 集 の い み じ き を 聞 き ひ ら き 却 て 是 に 歸 し 何 れ の 文 か 邪 輪 な る ら ん と 申 さ れ た と 傳 へ て 居 る 。 ( 上 人 行 状 、傳 記 、元 亨 釋 書 五 、 眞 言 傳 五 、 東 國 高 僧 傳 五 、 本 朝 高 僧 傳 十 四 、 傳 燈 廣 録 後 編 二 等 ) 以 上 眞 言 宗 の 三 師 と 然 師 と の 關 係 は 順 縁 と 逆 縁 と の 異 ひ は あ る け れ ど も 、 共 に 大 に 浄 土 教 を 仰 信 せ ら
れ た こ と は 明 瞭 で あ る 。 尚 法 然 上 人 の 傳 記 に は 仁 和 寺 の 尼 、 妙 眞 、 西 妙 、 求 佛 房 、 昇 道 房 等 の 名 も 出 て 居 る が 今 更 記 す の 要 を 認 め な い か ら 、 次 に 然 師 の 直 弟 と な り 浄 土 教 の 篤 信 家 で あ つ た が 、 元 東 密 一 家 の 出 身 で あ る の で 、自 ら 歸 浄 後 眞 言 宗 の 教 域 内 に あ つ て 浄 業 を 精 修 し た 俊 乗 房 、 乗 願 房 の 二 師 に 就 て 一 言 し や う 。 阿 彌 陀 佛 俊 乗 房 重 源 ( 一七八一一八六六 ) は 治 承 四 年 の 亂 で 東 大 寺 炎 上 す る や 、 朝 廷 源 空 の 推 薦 に 依 り 、 同 寺 造 營 の 大 勸 進 職 に 補 仕 あ り 、 爾 來 東 奔 西 走 し て 四 民 を 勸 化 し 、 遂 に 金 銅 の 本 尊 を 修 し 、 大 殿 造 營 の 偉 業 を 成 就 し た 傑 僧 と し て 當 時 支 度 第 一 の 盛 名 を 博 し 、 今 も 尚 世 間 に 喧 傳 せ ら れ て 居 る が 、 師 も 亦 も と 醍 醐 寺 に 在 て 密 教 を 學 習 し た も の で 、 後 源 空 に 隨 て 專 修 の 法 を 受 け 、 畿 内 を 遊 行 し て 浄 教 を 勸 掖 し 、 仁 安 二 年 入 宋 し て 四 明 、 天 台 山 に 登 り 、 翌 年 七 千 餘 軸 の 經 論 及 び浄 土 五 祖 の 圖 を 齎 し て 歸 朝 し 、 建 久 六 年 前 年 將 來 の 經 論 を 醍 醐 寺 に 施 入 し 、 經 藏 を も 造 立 し た る ほ か 、甞 て 念 佛 信 仰 の 餘 り 、 特 に 山 上 の 醍 醐 に 無 常 臨 終 の 念 佛 を 勸 め て 末 代 の 恒 規 と な し 、 其 他 播 磨 大 部 庄 の 浄 土 堂 , 攝 津 渡 部 の 浄 土 堂 、 高 野 新 別 所 の 往 生 院 等 全 國 に 七 箇 處 不 斷 念 佛 の 道 場 を 興 建 し た 。 中 で も 高 野 で は 白 蓮社 に傚 ひ 、 初 め 二 十 四 人 の 同 信 か ら 成 る 蓮 社 を 結 ん で 山 内 に 浄 土 の 教 風 振 興 せ し め た 。 ( 法 然 上 人 行 状 四 十 五 、吾 妻 鏡 七 、 十 五 、愚 簡 抄 六 、高 野 春 秋 七 、 東 國 高 僧 傳 九 、 元 亨 釋 書 十 五 、本 朝 高 僧 傳 六 十 五 、 通 念 集 往 巻 、三 國 佛 祖 傳 集 下 ) 竹 谷 乗 願 房 宗 源 ( 一 八 二 八 一 九 一一 ) も 初 め 仁 和 寺 に 留 ま り て 密 教 を 學 習 し 、 殊 に 悉 曇 に 精 通 し 、 後 又 天 台 宗 を 稽 古 し た が 、 順 次 往 生 の 法 を 求 め て 源 空 の 諭 導 を 聞 い て か ら は 、 醍 醐 の 菩 提 寺 に 隠 棲 し 、 樹 下 谷 に 多 年 止 野 山 系 浄 土 教 の 概 觀 五 五
野 山 系 浄 土 教 の 概 觀 五 六 住 の 後 、 晩 年 清 水 寺 竹 谷 に 遷 つ て 日 常 に 彌 名 念 佛 の 聲 を 絶 た ず 行 ひ す ま し た 。 (法 然 上 人 行 状 廿 一 、 四 十 三 ) 偖 て 上 來 述 べ て 來 た 如 う に 此 等 諸 師 の 事 蹟 を 討 ね て 、 其 の 浄 土 教 歸 信 の 經 路 を 窺 へ ば 、 東 密 一 家 の 内 に あ つ て も 前 代 か ら 引 き つ ゞ い て 益 々 浄 土 教 信 仰 熱 の 深 く 浸 入 し つ ゝ あ つ た こ と が 知 ら れ る の み な ら ず 、 此 等 の 諸 師 の 熱 烈 な る 信 行 は 當 然 直 接 間 接 に 一 層 其 教 風 を 本 宗 内 に 盛 ん な ら し め た こ と に 想 ひ 到 さ れ る の で あ る 。 仍 て 以 下 強 ち に 法 然 上 人 の 感 化 影 響 な り と は い へ な い け れ と も 、 便 宜 上 此 項 の 下 で 醍 醐 に 於 け る 密 宗 象 佛 の 浄 土 教 信 仰 及 び 傍 系 の そ れ に 就 て 述 べ や う 。 前 號 (七 十 六 頁 ) に 一 言 し た や う に 、 醍 醐 で は 既 に 浄 土 教 盛 行 の 氣 運 漸 く 顯 は で あ つ た が 、 今 期 源 空 と 同 代 の 座 主 岳 東 院 僧 正 侍 從 僧 正 勝 賢 ( 一七九七一八五六 ) は 初 め 仁 和 寺 越 中 法 印 最 源 に 就 き 、 後 三 寳 院 實 蓮 に 隨 て 傳 法 職 位 を 受 け 、 又 更 に 常 喜 院 心 覺 に 謁 し て 咸 く 諸 尊 の 秘 訣 を 承 け 、 醍 醐 の 座 主 、 東 寺 二 の 長 者 と な り 、 又 東 大 寺 別 當 東 南 院 主 に 補 せ ら れ 、 灌 頂 秘 訣 、 六 月 抄 を 著 し た 名 僧 で あ る が 、 高 野 春 秋 第 七 に よ る と 、 建 久 四 年 六 月 、 專 ら 往 生 の 浄 業 を 修 せ ん が 爲 め に 長 者 並 に 僧 正 を 亂 し て 高 野 山 に 登 り 、 蓮 華 谷 に 草 庵 を 搆 へ ら れ た と い ふ 。 此 事 未 だ 確 め 得 な い け れ ど も 、 勝 公 一 生 の 榮 辱 常 な ら す 、 又 明 遍 の 肉 兄 で あ り 、 静 遍 成 賢 の 師 で あ る こ と 等 を 総 合 し て 考 へ る と 、 僧 正 亦 浄 土 教 に 思 を 寄 せ ら れ た や う で あ る 。 (傳 燈 廣 録 續 九 ) 遍 智 院 宰 相 僧 正 成 賢 (一八貳貳一八九壹 ) は 建 仁 三 年 醍 醐 二 十 五 代 の 座 主 と な り 、 承 元 四 年 東 寺 三 の 長 者 に 加 へ ら れ 、 建 暦 元 年 法 験 を 賞 し て 權 僧 正 に 任 せ ら れ た 龍 象 な る も 、 夙 に 道 心 深 く 、 名 利 を 嫌 ひ 、 念 佛 行 者 た ら
ん こ と を 期 せ ら れ た が 意 の 如 く な ら な い の で 、 上 の 醍 醐 南 麓 に 於 て 六 人 の 僧 を し て 朝 夕 念 佛 を 唱 へ し め 、 我 名 を 成 阿 彌 陀 佛 と稱 稠 せ ら れ 、 晩 年 法 務 を 亂 し 、 先 き に 建 つ る 所 の 極 樂 坊 及 び 宣 陽 門 院 が 師 の 寂 場 と し て 建 て た 南 輝 院 に 阿 彌 陀 佛 を 安 置 し 、 恒 に 極 樂 を 親 し 無 量 壽 法 を 修 し 、 又 一 代 の 著 作 両 界 略 次 第 、 護 摩 次 第 各 二 巻 己 下 十 餘 部 あ る 中 に 阿 彌 陀 次 第 、 略 次 第 各 二 帖 あ り 、 殊 に 遺 言 の 文 に ﹁ 極 樂 坊 事 、 右 佛 子 成 賢 、 雖 破 戒 無 徳 身 、 有 往 生 極 樂 望 、 仍 清 身 器 、 爲 修 浄 業 、 聊 卜 此 地 、 久 欣 彼 土 、 况 以 遺 骨 、 欲 安 塔 下 云 云 ﹂ と あ る を 讀 め ば 、 如 何 に 師 が 眞 摯 な る 浄 土 の 行 者 で あ つ た か ゞ 窺 は れ る 。 ( 本 朝 高 僧 傳 五 十 四 、 傳 燈 録 續 十 之 上 、 密 宗 血 脉 鈔 下 、 三 國 佛 僧 傅 集 下 )
而
し て 僧 正 付 法 の 資 四 十 餘 人 あ る 中 、 道 教 、 深 賢 、 憲 深 、 意 教 の 四 神 足 は 各 一 方 の 注 幢 を 樹 て 、 就 中 極 樂坊
検
挾
僧
正
憲
深
(
一八五二一九二三 ) は 群 濟 を 抜 き 、 よ く 師 の 遺 風 を 顯 彰 し 、 ( 本 朝 高 僧 傳 十 五 、 密 宗 血 脉 鈔 下 、 傳 燈 廣 録 續 十一)
藏
人
阿
闇
梨
意
教
上 人 頼 賢 は(一八五六一九三三 二 ) 性 氣 深 厚 に し て 師 に 隨 侍 し 、 醍 醐 山 中 に 妙 徳 坊 を 開 創 し 、 又 前 き に 先 師 の 三 大 願 中 、 悲 母 の 爲 め 千 日 の 彌 陀 護 摩 の 修 行 及 び 法 華 一 部 の 暗 調 の 二 願 を 果 た し 、 後 ち 第 三 願 を 遂 げ ん が 爲 め に 高 野 山 に 隠 遁 し 、 安 養 院 及 び 實 相 院 に あ つ て 令 法 久 住 修 練 秘 法 に 餘 念 な く 、 晩 年 將 軍 の 特 請 に 依 り 鎌 倉 に 下 向 し 常 樂 院 等 一 両 院 の 開 基 と な つ た 。 彼 の 明 遍 上 人 は 師 の 高 野 留 住 中 の 一 嗣 法 で あ る 。 ( 本 朝高 僧 傅 十 四 、 傳 燈 廣 録 續 十 二 、 密 宗 血 脉 鈔 下 、 通 念 集 小 巻 ) 又 篤 く 成 賢 に 歸 依 し 南 禪 院 を 寄 進 し た 後 白 河 上 皇 の 公 主 宣 陽 門 院 ( 一 九 〇 九 ) は 深 く 安 養 往 生 を 欣 求 し 、 念 佛 三 昧 を 專 修 し 、 承 元 々 年 醍 醐 山 下 に 阿 彌 陀 院 を 創 建 し 、 翌 年 同 院 に て 山 中 の 衆 僧 一 百三
十
人
を
請
待
し
て
五
十
日
の
逆
修
法
事
を
營
ま
れ
た
。
(
高 野 春 秋 八 、 燈 廣 鋳續 十 之 上 ) 野 山 系 浄 土 教 の 概 觀 五 七野 山 系 浄 土 教 の 概 觀 五 八 眞 空 ( 一 八 六 四 一 九 二 八 ) 字 は 廻 心 、 中 觀 と 號 し 、 資 性 聰 悟 睿 敏 、 弱 齢 に し て 南 都 東 南 院 に 入 り 、 定 舜 を 師 と し て 落 髪 し 、 定 舜 、 貞 禪 に 三 論 を 受 學 し て 奥 義 を 盡 し 、 廿 歳 登 壇 受 戒 し て 後 諸 方 に 歴 遊 し て 性 相 學 を 究 磨し 、 殊 に 久 し く 醍 醐 理 性 院 行 嚴 に 就 て 両 部 灌 頂 を 受 け 、 野 澤 の 秘 璽 密 訣 を 相 傳 し 、 又 高 野 の 明 寂 を 禮 し て 其 燈 影 を 繼 ぎ 、 嘉 禎 三 年 大 悲 菩 薩 の 松 院 に 移 り 律 場 を 開 く に 方 り 、 重 ね て 満 分 戒 を 受 け 、 後 更 に 聖 一 國 師 の 歸 朝 す る や 掛 錫 参 禪 し 、 斯 く て 或 は 南 都 に 論 辯 を 張 り 、 木 幡 の 觀 音 院 に 住 し て 大 に 開 遮 を 唱 へ 、 弘 長 元 年 具 支 灌 頂 を 行 じ て 頼 喩 、 明 道 性 等 の 四 方 の 名 徳 に 所 傳 を 授 く る 等 三 論 、 毘 尼 、 眞 言 を 宣 揚 し 、 殊 に 眞 言 の 法 し 於 て 發 明 す る 所 多 く 、 木 幡 義 を 立 つ る に 至 つ た が 、 師 又 浄 土 の 法 を 兼 修 し 、 此 に 浄 土 論 註 鈔 六 巻 、 十 因 文 集 三 巻 、 三 廟 鈔 一 巻 等 の 著 作 を な し 、 文 永 四 年 鎌 倉 無 量 壽 院 に 移 住 し 、 同 五 年 七 月 八 日 、 西 方 に 向 て 安 坐 し 彌 陀 定 印 を 結 で 睡 る が 如 く に 往 生 を 遂 げ ら れ た 。 ( 律 苑 信 寳 傅 十 二 、 浄 土 傳 燈 總 系 譜 三 、 浄 土 源 流 章 、 本 朝高 僧 傳 六 十 、 傅 燈 廣 録 後 編 一 等 ) 大 和 戒 壇 院 の 中 興 實 相 圓 照 ( 一 八 八 〇 一 九 三 七 ) は 眞 空 と 律 禪 の 同 門 で 、 八 宗 の 鋼 要 を 當 代 知 名 の 士 に 就 て 偏 學 研 覈 し 、 生 前 寺 に 主 た る も の 十 餘 箇 處 、 其 室 か ら 眞 照 、 凝 然 等 の 英 才 一 百 餘 人 を 出 し た 名 僧 で あ る が 、 律 師 の 東 密 受 法 の 師 は 八 幡 の 唯 心 に し て 、 よ く 其 秘 奥 を 傳 へ 、 又 曩 さ に 良 遍 に 隨 て 法 相 並 に 浄 土 義 を 聞 き 、 晩 年 餘 業 を 腹 し て 念 佛 を 專 修 し 、 臨 終 に 左 右 の も の に 智 光 、 永 觀 倶 に 安 養 に 生 ず 、 我 亦 切 に 西 方 往 生 を 欣 求 す と 謂 ひ 、 静 坐 念 佛 安 痒 と し て 遷 化 せ ら れ た ( 律 苑 僧 寳 傳 十 二 、 浄 土 源 流 章 、 本 朝 高 僧 傳 六 十 ) 相 州 大 山 寺 開 基 宗 燈 律 師 憲 静 ( 一 九 五 五 ) 字 は 願 行 、 圓 満 と 號 し 、 初 め 智 鏡 の 門 に 入 て 律 部 に 勵 精 し 、 後 頼
賢 意 教 僧 正 に 隨 て 灌 頂 を 受 け 秘 奥 を 馨 し 、殊 に 三 寳 院 流 の 事 相 に 通 達 し て 願 行 方 を 樹 立 し 、戒 密 二 途 を 弘 通 す る 外 、 嘗 て 長 樂 寺 隆 寛 か ら 浄 土 宗 義 を 聴 き 、 常 陸 阿 彌 陀 山 に 遊 ぶ や 諸 人 を 集 め て 浄 業 を 修 し 、 又 感 夢 に よ り て 頼 朝 追 薦 の 爲 め に 鎌 倉 稻 瀬 川 の 邊 に 於 て 念 佛 會 を 設 け ら れ た (本 朝 高僧傳 六 十 一 、 傳燈 廣 録 續 十 二 . 浄 土 傳 燈 總 系 譜 ) 覺 阿 は 蚤 く 世 塵 を 出 で 進 具 の 後 、 智 鏡 、 浄 因 の 二 師 に 就 て 律 部 を 綜 串 し 、 又 願 行 上 人 に 從 て 密 灌 に 薫 沐 し 、 忍 性 を 拜 し て 通 受 の 法 を 禀 け て 、 後 更 に 讃 岐 西 三 谷 に 往 き 長 西 の 弟 子 覺 心 に 謁 し て 浄 土 教 義 を 慕 ひ 旁 ら 倶 舎 を 學 び 、 師 願 行 上 人 の 後 を 襲 ふ て 泉 涌 寺 の 主 と な る 。 因 に 同 寺 に あ つ て は 此 師 資 の ほ か 不 可 棄 俊 彷 、 明 觀 智 鏡 等 相 傳 へ て 善 導 殊 に 靈 芝 流 の 念 佛 門 を 弘 通 し 修 行 し た も の で あ る 。 (律 苑 僧 寳 傳 十 四 、 本 朝 高 僧 傳 六 十 一 、 浄 土 總 系 譜 、 源 流 章 ) 又 梢 下 り て 如 導 ( 一 九 四 八 二 〇 一 七 ) の 念 佛 三 昧 勤 修 は 元 と 知 恩 院 に 出 家 し 、 筑 後 に 遊 ん で 浄 教 を 學 ん だ に よ る と は い へ 、 知 元 、 良 知 に 律 儀 を 習 ひ 、 肥 田 院 明 玄 に 隨 て 小 野 流 を 窮 め 、 又 夢 想 國 師 に 參 じ て 禪 を 修 め た も の 、 其 一 生 の 行 實 以 上 の 諸 師 に 同 す る も の で あ る 。 (律 苑 僧 賢 傳 十 四 、 無 人 和 尚 行 業 記 、 本 朝 高 僧 傳 六 十 二 ) 二 高 野 山 に 於 け る 念 佛 門 の 盛 行 抑 均 し く 平 安 朝 佛 教 の 覇 者 と し て 此 肩 し た る 天 台 眞 言 両 宗 の 根 本 靈 場 で あ る 叡 山 と 野 山 と の 現 状 を 比 見 す る 時 、 其 両 者 の 間 に 存 す る 可 成 り 多 く の 異 點 は 吾 人 を し て 尠 か ら ざ る 感 憩 を 浮 ば し め る も の で あ る が 、 そ は さ て 措 き 高 野 山 が 今 尚 ほ 扶 桑 無 二 の 靈 場 と し て 宗 旨 の 自 他 を 問 は ず 、 全 國 の 道 俗 が 皆 信 仰 を 此 山 に 寄 せ 、 四 時 に 亘 り て 無 數 登 嶺 し 、 有 縁 先 亡 者 の 潰 骨 を 納 め 石 塔 を 建 立 す る 所 以 は 那 邊 に 存 す る か 、 野 山 系 浄 土 教 の 概 觀 五 九
野 山 系 浄 土 教 の 概 觀 六 〇 一 言 以 て 之 を 盡 せ ば 、 高 祖 大 師 の 偉 靈 感 化 永 へ に 廣 博 深 重 な る に 由 る と い ふ べ き だ が 、 又 其 副 因 助 縁 と し て 擧 ぐ べ き も の 尠 か ら ざ る を 覺 ゆ る . 然 し 此 れ が 論 述 も 亦 今 の 所 要 で な い 。 但 だ 古 來 廣 く 我 國 人 の 間 に 野 山 が 浄 土 だ と い ふ 信 念 が 瀰 漫 し て 居 る こ と 、 而 し て 此 れ は 當 に 高 野 の 今 日 あ る 一 要 因 で あ る と 測 斷 し 得 ら れ る の で あ る が 、 然 も 此 こ と が 浄 土 門 の 流 行 と 不 離 の 關 係 あ る を 顧 み 、 是 に 就 て 少 し く 述 べ て 見 た い と 思 ふ 。 夫 れ 野 山 は 弘 法 大 師 が 鎭 護 國 家 興 隆 佛 法 の 大 願 を 成 満 せ ん が 爲 め に 、 修 禪 の 勝 地 と し て 此 地 を 卜 し 、 而 し て 龍 華 三 會 の 曉 ま で 無 佛 世 界 の 衆 生 を 加 持 引 入 せ ん と 誓 て 、 苔 む す 岩 が け に 御 入 定 遊 ば さ れ た 靈 場 で あ り 、 且 つ 本 來 塵 寰 を 遠 か り 、 碧 嶂 翠 巒 中 の 秀 峯 で 此 間 に 數 條 の 渓 水 榮 廻 し て 居 る 其 山 容 水 勢 は 假 令 大 師 と の 縁 を 絶 つ て も 優 に 我 國 民 性 に 合 致 す る 桃 源 境 裡 で あ る 上 に 、 之 を 圍 続 す る 内 外 八 葉 の 蓮 峰 は 自 ら な る 法 城 を 形 成 し 、 何 時 か は 必 ず 此 世 か ら な る 妙 土 と し て 世 に 紹 介 せ ら れ な け れ ば な ら の や う に 出 來 て 居 る 。 然 し 斯 の 如 き こ と は 他 方 の 叡 山 に 就 て も 觀 察 し 得 ら れ 、 又 事 實 野 山 に 封 す る 同 様 の 思 想 信 念 が 流 行 し た 。 然 る に 彼 の 此 れ に 及 ば な く な つ た の は 規 摸 に 大 小 、 地 理 的 關 係 、 歴 史 的 事 情 、 教 義 組 織 の 殊 異 等 に 縁 由 す と は い へ 、 所 詮 彼 方 に は 此 方 に 於 け る が 如 く 、 其 妙 土 た る こ と を 全 國 に 宣 傳 布 及 す る 人 を 得 な か つ た か ら で あ る 、 偖 て 然 ら ば 高 野 山 浄 土 説 の 由 來 如 何 と 討 ぬ る に 、 高 野 山 秘 記 等 に 依 る と 、 大 師 か ら 當 山 を 委 附 せ ら れ た 眞 然 は ﹁ 若 人 專 念 遍 照 尊 、 一 度 參 詣 高 野 山 、 無 始 罪 障 道 中 滅 、 即 得 往 生 安 樂 國
( 後 句 或 は 隨 願 即 得 諸 佛 土 な り と も い ふ) の 偈 文 を 感 得 し 、 又 元 慶 七 年 ( 一 五 四 三 ) 金 剛 峯 寺 は 前 佛 の 浄 土 、 後 佛 の 法 場 な り と か や と の 勅 問 に 奉 答 す る に 、 浄 土 の 好 相 、 諸 佛 の 古 迹 、 禪 聖 の 舊 基 な る 旨 を 以 て し た と 傳 へ 、 眞 雅 は 山 圖 記 に ﹃ 周 匝 連 峯 表 報 佛 花 臺 、 正 平 幽 原 類 化 佛 浄 土 云 云 ﹂ と い は る 。 此 く て 野 山 の 浄 土 思 想 醍 醸 し 、 次 第 に 傳 弘 せ ら れ た ら し く 、 延 喜 二 十 一 年 ( 一 五 八 一 ) 高 祖 の 諡 號 宣 下 、 檜 皮 色 法 衣 下 賜 の 勅 使 、 中 納 言 扶 閑 卿 登 嶺 の 途 中 夢 に 眞 然 師 が 上 掲 の 偈 文 を 示 誨 せ ら る ゝ を 感 じ 、 其 意 を 同 行 の 觀 賢 僧 都 に 質 す と 、 同 僧 都 は 眞 然 の 口 訣 に 、 百 八 十 町 の 路 次 に 胎 藏 界 百 八 十 尊 の 種 子 を 布 座 す 。是 則 ち 百 八 十 曾 に 次 位 を 經 登 す る の 義 な り 云 云 と あ る 由 を 答 へ ら れ た と い ふ 。 其 後 當 山 一 時 故 あ つ て 荒 廢 し た が 、 持 經 上 人 所 親 ( 一 六 一 七 一 七 〇 七 ) 両 親 追 孝 の 至 誠 通 じ て 長 谷 寺 觀 音 の 開 示 を 蒙 り 、 長 和 五 年 ( 一 六 七 六 )登 山 し て 教 示 の 如 く 野 山 が 彌 勤 の 浄 土 な る こ と を 感 見 し 尚 大 師 の 靈 告 を 受 け て 信 心 倍 増 、 一 意 伽 藍 の 再 興 に 努 め ( 高 野 春 秋 四 、 元 亨 釋 書 十 四 、 本 朝 高 僧 六 十 四 、 傳 燈 廣 録 續 二 、 野 峯 名 僧 傳 上
)
藤
原 遁 長 亦 野 山 は 十 方 賢 聖 常 住 の 地 、 慈 尊 説 教 の 會 場 な り と の 夢 を 見 て 厚 く 信 じ 、 治 安 三 年 ( 一 六 八 三 ) 登 嶺し
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( 高 野 春 秋 四 、 傳 燈 廣 録 續 五)
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當
山
は
三
世
諸
佛
常
恒 説 法 の 蓮 臺 、 両 部 不 二 の 妙 土 、 五 部 總 體 の 靈 地 、 密 嚴 の 國 土 、 華 藏 世 界 、 不 動 結 界 、 愛 染 の 攝 處 な り ﹂ と の 秘 記 を 中 院 の 禮 堂 に 感 得 し 、 又 其 口 訣 に は ﹁ 八 葉 峯 者 表 三 界 唯 心 之 八 分 質 多 、 是 則 開 自 心 之 法 界 、 唯 .心 之 覺 華 、 故 一 山 之 禽 獸 人 非 人 等 、 皆 悉 無 量 心 數 之 法 門 也 、 一 味 和 合 而 不 見 異 體 、 故 有 毒 蟲 不 作 害 則 是 由 也 ﹂ と い ふ 、 即 ち 茲 に 至 つ て は 前 來 漸 次 高 潮 さ れ た 大 師 に 對 す る 追 慕 と 謁 仰 と の 心 情 が 大 師 の 入 野 山 系 浄 土 教 の 概 觀 六 一野 山 系 浄 土 教 の 概 觀 六 二 定 留 身 し 給 へ る 當 靈 峰 と 結 合 し 、 更 に 標 幟 的 説 明 さ へ 添 加 せ ら れ て 全 く 浄 土 視 さ れ る や う に な り 、 而 し て 此 れ が 益 々 世 に 傳 播 す る に 及 び 、 前 き に 宇 多 法 皇 、 白 河 、 鳥 勿 、 後 白 河 の 三 上 皇 の 御 登 臨 あ り . 今 期 に 入 り て 後 鳥 勿 、 後 嵯 蛾 、 後 宇 多 、 時 醍 醐 の 諸 帝 の 御 幸 を 初 め と し 、 皇 族 の 登 御 、 公 卿 、 武 將 及 び 諸 家 の 登 山 す る も の 次 第 に 増 し 、 又 嘉 承 三 年 ( 一 七 六 八 )藤 原 雅 實 、 堀 河 院 の 御 遺 髪 を 奉 持 し て 登 山 し 、 之 を 高 祖 の 廟 前 に 埋 め て 以 來 、 上 下 是 れ に 倣 ふ も の 續 出 す る に 至 っ た 。 以 上 は 高 野 山 浄 土 説 の 起 因 發 生 構 成 及 び 布 及 さ る ゝ に 至 つ た 大 體 の 逕 路 を 辿 り 、 主 と し て 野 山 の 靈 地 自 體 が 當 に 此 ゝ る 事 態 を 招 致 す べ き こ と を 考 證 觀 察 し た の で あ る が 、 又 其 茲 に 至 る 内 面 的 理 由 と し て は 當 山 興 隆 の 一 策 と し て 此 説 が 高 張 さ れ た か と 感 ぜ し め ら れ る 節 是 れ な い で も 無 い が 、 他 面 既 述 の 我 國 一 般 の 浄 土 教 信 仰 、 近 く は 野 山 系 諸 師 の そ れ が 漸 興 の 状 態 を 顧 み て 此 両 者 の 間 に 密 接 不 離 の 關 係 あ る を 認 め 、 此 れ が 頗 る 有 力 な 助 縁 で あ つ た と 推 斷 す る こ と も 強 ち 不 當 で な い の み な ら す 、 其 れ は 今 期 に 入 り て 頓 に 顯 著 と な り 、 浄 土 教 の 蔓 延 す る に 伴 ひ 又 直 接 に は 當 山 寄 宿 の 浄 土 門 徒 た る 高 野 聖 の 廻 國 宣 傳 に よ り 、 遂 に 日 本 九 品 浄 土 の 中 に は 最 上 最 勝 の 浄 妙 土 で あ る と せ ら れ 、 其 信 仰 が 彌 々 廣 く 且 く 深 く 布 及 す る に 從 ひ 、 遠 近 の 緇 素 此 浄 土 に 足 を 運 ん で 、 或 は 懴 悔 滅 罪 を 所 り 、 或 は 納 骨 建 碑 し て 自 他 の 菩 提 に 資 し 、 或 は 永 く 隠 棲 し て 後 生 安 穏 を 欣 ふ の 風 習 が 益 々 盛 ん に な り 、 山 内 諸 伽 藍 の 營 構 亦 自 ら 大 に 起 つ た 。 今 餘 は 且 く 之 を 措 き 直 ち に 今 期 當 山 に 於 け る 浄 土 教 信 修 の 概 况 に 就 て 記 述 す る こ と に し や う 。