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(1)

巻 頭 言 2009年10月28日、隠岐諸島が日本ジオパークに認定されました。 30億年前の大陸の時代から現在のような離島になった隠岐諸島の形 成過程を、地質というキーワードを通じて誰でも学び楽しむことがで きるのが隠岐ジオパークです。 日本列島の成り立ちや植物分布の経緯を、小さな島の中で凝縮して 観察できることが隠岐ジオパークの最大の特徴であり、隠岐の地域 資源を基に日本列島や地球規模の環境変化まで理解することができま す。 認定の背景には、こうした学術的に極めて価値の高い資源が今なお 残存していることはもとより、これまで「隠岐の文化財」に寄稿して いただいた方々の調査研究や地域活動も大きな要因でありました。 隠岐諸島の歴史や自然環境など、多様な地域資源の貴重性を知るこ とで、日頃見慣れた景色にも親しみや興味を持ち、保全と活用の意義 を肌で感じ取ることができるのではないかと考えております。 子どもたちもまた、世界に誇れる隠岐の魅力を学ぶことによって、 自信と誇りに彩られた郷土への想いを膨らませてくれるものと期待し ております。 こうした意味でも、本誌は大きな役割を担っております。今後も「隠 岐の文化財」がますます充実した内容で受け継がれていかれることを 願っています。 ジオパークは、幾世紀にもわたって変動してきた地球と人類との壮 大なドラマを理解する場所として、今、日本国内各地で積極的に取り 組みが展開されております。 世界ジオパーク認定は、隠岐島全域の地域振興や教育活動の普及な どに大きな成果が得られるものと考えております。今後は、「隠岐ジ オパーク推進協議会」の更なる体制充実の下、2011年の世界登録申請 および2012年の世界ジオパーク認定へ向けて全力で取り組んでまいり ますので、関係機関のなお一層のお力添えとご理解をお願い致します。 本誌の発行にあたり、ご執筆と編纂に多大なご苦労を重ねられた諸 賢に深く感謝の意を表し、巻頭の言葉といたします。 隠岐の島町教育委員会  教育長 藤田 勲

(2)

世界ジオパークについて

ジオパークとは、科学的に見て重要な、あるいは美しい地質 遺産を有する一種の自然公園のことですが、大地の上に成り立 つ生態系や文化・歴史などを含む総合的な公園でもあります。 2004 年にユネスコの支援により設立された世界ジオパーク ネットワークには、現在、世界 20 カ国 64 地域が世界ジオパー クに認定されており、日本国内においては 2008 年に日本ジオ パークネットワークが設立されました。 2010 年 3 月現在では 29 地域においてジオパークの活動が推 進されており、隠岐を含む 11 地域が日本ジオパークに認定され ています。(うち、洞爺湖有珠山、糸魚川、島原半島の 3 地域は 2009 年 8 月に世界ジオパークに認定されています。) 〔隠岐の島町教育委員会〕

(3)

隠岐・島後に産出する黒耀石について   1 吉谷昭彦 隠岐の海洋生物に思う  13 幸塚久典 隠岐のジオサイト紹介  23 島根地質百選選定委員会 L . ハーンが情報提供した山陰道と隠岐の英文旅行ガイド  47 岡崎秀紀 隠岐新産植物3  59 丹後亜興 お詫びと訂正  60 西ノ島町古文書教室 『構造・神話・労働』   1 松浦道仁 天明五年におきた海難事故の記録  10 海士町古文書教室 新刊紹介  17 「大般若波羅密多経全

600

巻修復」  20 知夫村文化財保護審議会委員長 山 穂

(4)
(5)

隠岐・島後に産出する黒耀石の原産地同定

のための化学分析について

吉谷昭彦1)

〒 680 − 0945 鳥取市湖山町南2丁目 147 − 21

Studies on the Chemical Experiments for Identification of Source Points of Obsidian Rocks Distributed in Dogo, Oki Islands

1)YOSHITANI Akihiko

147-21, Minami- 2chome, Koyama- cho, Tottori City, Tottori Prefecture, Japan、680-0945

はじめに

隠岐・島後に分布するアルカリ流紋岩(隠岐流紋岩)に伴って、黒耀石が産出 することは広く知られている。アルカリ流紋岩は新第三系鮮新統に属し、その殆 どが乾陸での噴出物である。後述するように黒耀石はアルカリ流紋岩の産状と同 様に溶岩流や、貫入岩など、多様な産状を示す。時には松脂岩、真珠岩を伴う。 黒耀岩は一般には黒耀石と呼ばれているが、岩石学の分野からみると鉱物の集 合体である黒耀石は、本来的に黒耀岩と呼ぶべきであると思うが、従来の慣例に 従って「黒耀石」と記述する。 黒耀石は火山ガラスであり、しなやかな硬さと鋭利な切れ味、さらには細工が 容易であることなどから、古くは後期旧石器時代から石器の原材として利用され てきた。京都府から山口県にかけての日本海に面した地域では、パーライト(真 珠岩)や松脂岩が分布するが、隠岐・島後が黒耀石を石器原材として採取できた 唯一の原産地であった。隠岐・島後の黒耀石が石器時代のいつごろから石器製作 の原材として利用されるようになったのかについては、残念ながら考古学専門で ない著者の手元には発掘遺跡の報告書などがないため、明らかにすることが出来 ない。したがって考古学関係の書籍に記述されている事例を引用させて頂く以外 に方法が無い。 稲田

(2001)

は後期旧石器時代の湧別技法による細石刃石器が中国・四国地方お よび近畿地方に分布する遺跡から出土している、あるいは採集されていることを 記述している。とくに黒耀石製の石器類に関しては、兵庫県南大塚古墳の墳丘崩 壊土から黒耀石製の削片が採集されたことをあげ、同時に隠岐・島後の黒耀石が 用いられたことをうかがわせる図を示している。 いずれにせよ、旧石器時代から隠岐・島後の黒耀石が石器製作の原材として用 いられていたことは確かであろう。しかし、本土の遺跡から出土あるいは採集さ れた黒耀石製石器が、隠岐・島後のどの地点の黒耀石を用いて作られたのかにつ いては明らかでない。 近年に、久見および加茂地区の黒耀石原産地で、後期旧石器時代の原産地遺跡 の存在が明らかにされている(竹広文明,

2009

ほか:八幡浩二氏の個人的情報)。

(6)

また、以前から隠岐・島後産の黒耀石が遠くシベリア付近にまで渡っている、と の説がマスコミに流れたために多くの人達に信じられてきた。この説の真偽につ いても論及しておきたい。本論文の主体は、隠岐・島後の原産地の黒耀石の化学 分析を行い、化学組成による原産地の区分について記述することにある。

隠岐・島後での黒耀石原産地

島後での黒耀石の産出地点は、島後全体に分布して約

9

地点に及ぶ(図1)。黒 耀石の産状は、溶岩もしくは貫入岩として確認される地点は少なく、火砕岩中の 礫や二次堆積物中の礫として産出することが多い。 島後の北西端に位置する久見(くみ)集落の背後の日本海に絶壁で面する山地 には、

4

層の黒耀石の溶岩およびいくつかの小規模な貫入岩体が認められる(吉 谷ほか、

2004a

b

)。久見の黒耀石産地は著名で、後述するように山陰地域の本 土の遺跡から出土する黒耀石は、躊躇無く「久見」産の黒耀石であると鑑定される。 岩質は極めて良質の黒耀石で、流理構造が顕著である。 島後南東端の男池・女池(おいけ・めいけ)には、パーライトの小球粒を多量 に伴うガラス質流紋岩溶岩が認められる。とくに海岸付近には良質の拳ほどの黒 耀石礫が多数採集される。流理構造がよく発達する。しかし、黒耀石溶岩本体の 存在は確認されない。 島後南部の加茂地区には、林道沿いに黒耀石溶岩およびその二次的堆積物の露 頭が認められる。流理構造はほとんど認められない、やや軟質の黒耀石で石器製 作の原材として利用された可能性がやや少ないように思われた。しかし、黒耀石 の原産地としてはかなり規模の大きいものである。 隠岐・島後には既述したように、アルカリ流紋岩類は溶岩、溶結凝灰岩を含む 軽石流堆積物、降下火砕物などの地質系統からなる。アルカリ流紋岩溶岩中に随 所に存在するレンズ状、楕円体状の黒耀石塊、あるいは火砕岩中の黒耀石礫など が認められる。パーライト質溶岩や貫入岩も多く、これらの地質系統には、小球 状のパーライト質黒耀石が多く認められる。このような小規模な黒耀石の分布地 域には、時として良質な黒耀石礫が表採あるいは地質系統から直接に採集される ことがある。 島後南部地区の岬町には、拳程度の大きさの黒耀石礫が表採される。この黒耀 石は流理構造の発達は見られないが、硬質で良質な黒耀岩である。しかし、母岩 は確認できない。そのほか島後南部域の蛸木(たくぎ)、東海岸部の犬来(いぬぐ)、 西部域北部の長尾田(なごうだ)では、ごく少量であるが良質な黒耀石礫が採取 されることがあるが、多くは流紋岩質火砕岩にふくまれるパーライト質ガラスの 小黒耀石礫である。 以上が主な黒耀石の原産地である。ここで、石器製作の原材として利用される ことが無かったであろうと思われる原産地でも、時には良質の黒耀石が採集され ることがあるので、以上に記述した黒耀石原産地については、すべて化学分析の 対象とした。なお、図

1

にはを用いた。 隠岐・島後における黒耀石の原産地については、

2000

年の時点で判明している ポイントにつて記述しており、

2000

年以降にも新しい黒耀石原産地が確認されて いるが、本論文では新原産地については記述していない。

(7)

黒耀石の化学分析 ― 方法と精度について ― 

黒耀石を分析する場合の試料の調整法については、吉谷ほか(

2004a

)に詳 細に記述されているので、本論文では省略する。 黒耀石の化学分析法は多様であるが、主たる方法には

EPMA(ElectronMicro-Probe Analyzer)

法、 蛍 光

X

線 分 析 法、 放 射 化 分 析 法 で あ る( 吉 谷 ほ か、

2004a

)。これらの分析法はそれぞれに特徴があり、また分析精度、分析値処理 法も異なる。

EPMA

法は主要元素の分析に適しており、岩石・鉱物などの化学分析法とし て定着している分析法である。 蛍光

X

線分析法は、微量元素の分析に適している。この分析法には

2

つの方 法がある。波長分散蛍光

X

線分析法(

Wave Dispersion X-ray Analysis

 略称、

図1  隠岐・島後に分布する黒耀石の原産地

8

6

7

9

5

4

3 2

1

(8)

WDX

法)およびエネルギー分散蛍光

X

線分析法

(Energy Dispersion X-ray

Analysis

略称、

EDX

)

に分けられる。現在、黒耀石の化学分析には蛍光

X

線 分析法が主流となっている。 放射化分析法は、痕跡元素の分析に適しており、最近では痕跡元素の分析結果 から、黒耀石試料の特徴を明らかにする試みが増加してきている。 以上の分析法にはそれぞれ異なる分析精度が存在する。まず放射化分析法につ いてみると、かなりの量の標準試料を準備する必要があり、また標準試料の測定 条件とほぼおなじ条件にして照射をしたとしても、放射線がスリットを通過して 鉄の箱の中でランダムに跳ね返り、破壊・粉末化した分析試料に同一条件の照射 が行われる確率が

100

%となる可能性はない。したがって、放射化分析法も分析 精度および分析結果の処理に注意を払う必要がある。 黒耀石の化学分析法でほぼ定着している蛍光

X

線分析法は、既述のように

WDX

法と

EDX

法がある。一般に前者は後者よりも分析精度が高いと認識され ている。分析精度も蛍光

X

線のビームの径、分析試料の均質の程度、などによっ て大きく異なる。考古学分野からは、黒耀石の分析を非破壊で行うことを望むケー スがほとんどである。この場合、黒耀石試料はエアーブラシなどを使用して、水 和層など、風化殻を出来るだけ除去するようにしているが、試料そのものが不均 質であるため、ひとつの試料でかなりのX線照射のポイントを設定しなければな らないし、分析結果について確率・統計論の方法を導入して補正する必要がある。 著者が行った

WDX

法による化学分析は、試料を破壊して粉末化し、均質化し て、径

1cm

のリング試料に調整し、ビーム径が

1cm

の蛍光X線を照射して分析 を行った。このような試料の調整については吉谷ほか(

2004a

)に示されている。 以上の方法で行った

WDX

分析法で得られたデータに関しては、確率・統計処理 は必要が無く、分析誤差も小さく、かつ、狭い範囲で正規分布を示している。隠岐・ 島後産の黒耀石の分析は、破壊・粉末化試料を用いた

WDX

法、

EDX

法、放射 化分析法による分析である。標準試料は、

JG-1

(地質調査所)を用い、分析値は 標準試料に対する標準化値として求めた。

WDX

法の分析精度は±5%程度の測 定誤差である。

表1   隠岐・島後の黒耀石原産地と採取した試料

地点番号 地域名 試料記号 試料番号 1 犬来(いぬぐ)

OSI

OSI

−1∼4 2 男池・西側、海岸

OSOW OSOW

−1∼6 3 男池と女池の間の海岸

OSOK

OSOK

−1∼5 4 岬町

OSMI

OSMI

−1∼3 5 加茂

OSKR

OSKR

−1∼3 6 蛸木・旧トンネル入り口

OTT

OTT

−1∼

11

7 蛸木・海岸

OTTS

OTTS

−1∼2 (

Continued

(9)

8 長尾田(なごうだ)

OGN

OGNU

OGN

A

−1

OGN

B

−1∼3

OGN

E

−1

OGNU

−1 9 久見

OGK

OGK

−Ⅰ−

A

−1∼

A

11

OGK

−Ⅰ−

B

−1∼3

OGK

−Ⅰ−

C

−1∼3

OGK

−Ⅰ−

D

−1∼3

OGK

−Ⅰ−

E

−1∼5

OGK

−Ⅰ−

F

−1∼3 (

OGK

−Ⅱ∼Ⅵの

71

個の試 料を省略)

表2 隠岐・島後の黒耀石の分析値(粉末試料の WDX 法による) 

(酸化物は重量%で表示

,Rb,Sr

は標準化値) 原産 地 試料番号 Na2O K2O CaO T-Fe2O3 ppmRb ppmSr 原産地タイプ 犬 来 OSI −1 3.681 5.519 0.639 2.174 185 2 犬来 OSI −2 3.625 5.467 0.637 2.176 184 1 犬来 OSI −3 3.868 5.493 0.653 2.095 185 1 犬来 OSI −4 3.825 5.915 0.699 2.410 166 24 ( 安山岩 ) 男池 OSOK −1 3.741 5.659 0.667 2.169 183 6 男池 OSOK −2 3.865 5.578 0.635 2.074 185 0 男池 OSOK −3 3.847 5.587 0.633 2.082 185 1 男池 OSOK −4 3.784 5.617 0.645 2.113 183 3 男池 OKOS −5 3.750 5.566 0.635 2.067 186 2 男池 男池 と 女池 の 間 OSOW −1 3.828 5.638 0.643 2.080 186 2 男池 OSOW −2 3.800 5.612 0.637 2.092 186 2 男池 OSOW −3 3.700 5.553 0.631 2.077 184 2 男池 OSOW −4 3.925 5.587 0.643 2.092 185 5 男池 OSOW −5 3.756 5.536 0.627 2.085 185 1 男池 OSOW −6 3.641 5.553 0.635 2.100 186 2 男池 岬町 OSMI −1 4.102 4.699 0.429 2.153 226 − 6 岬町 OSMI −2 4.002 4.716 0.423 2.156 226 − 7 岬町 OSMI −3 3.959 4.631 0.415 2.143 224 − 8 岬町 (

Continued

(10)

加茂蛸木 トンネル 入口 OSKR −1 3.441 5.245 0.635 2.184 183 − 3 加茂 OSKR −2 3.831 5.459 0.637 2.278 182 − 3 加茂 OSKR −3 3.706 5.497 0.639 2.241 183 − 4 加茂 OTT −1 3.778 5.335 0.663 2.225 184 − 5 蛸木 蛸木 OTT −2 3.550 5.501 0.663 2.242 181 − 5 蛸木 OTT −3 3.819 5.489 0.657 2.347 181 − 6 蛸木 OTT −4 3.815 5.501 0.665 2.357 178 − 8 蛸木 蛸木 OTT −5 3.893 5.373 0.661 2.316 182 − 4 蛸木 OTT −6 3.978 5.292 0.669 2.397 182 − 8 蛸木 OTT −7 3.769 5.245 0.663 2.387 182 − 6 蛸木 蛸木 OTT −8OTT −9 3.9783.722 5.3185.467 0.6730.673 2.4052.255 183180 − 7 蛸木− 4 蛸木 OTT − 10 3.834 5.501 0.677 2.245 178 − 8 蛸木 OTTS −2 3.538 5.301 0.659 2.235 180 − 4 蛸木 長尾田 OGN-A- 1 3.731 4.358 0.301 1.935 257 − 8 長尾田Ⅰ OGN-B- 2 3.728 5.271 0.765 2.830 171 − 8 長尾田Ⅱ OGN-E −1 3.663 5.216 0.757 2.804 172 − 8 長尾田Ⅱ OGNU −1 3.884 4.302 0.295 2.034 261 − 8 長尾田Ⅰ 久見露頭 Ⅰ OGK-Ⅰ-a-1-1 3.735 4.711 0.558 2.049 214 − 7 久見 OGK-Ⅰ-a-1-2 3.898 4.907 0.554 2.051 213 − 7 久見 OGK-Ⅰ-a-1-3 3.635 4.628 0.546 2.050 211 − 5 久見 OGK-Ⅰ-a-1-4 3.925 4.782 0.560 2.049 212 − 5 久見 OGK-Ⅰ-a-1-5 4.001 4.805 0.562 2.049 213 − 6 久見 OGK-Ⅰ-a-2 3.982 4.796 0.559 2.058 211 − 8 久見 OGK-Ⅰ-a-3 3.899 4.761 0.556 2.053 212 − 7 久見 OGK-Ⅰ-a-4 3.974 4.800 0.560 2.047 212 − 7 久見 OGK-Ⅰ-a-5 3.943 4.796 0.555 2.040 212 − 8 久見 OGK-Ⅰ-a-6 3.645 4.678 0.546 2.025 209 − 9 久見 OGK-Ⅰ-a-7 4.034 4.800 0.555 2.050 211 − 7 久見 (

Continued

(11)

黒耀石試料を粉末化することも試料の均質化には重要であるが、黒耀石岩体(溶 岩、貫入岩)や黒耀石礫の部位において、化学組成が異なるようなことであれば、 化学分析結果に重大な問題が生ずることになる。このことについては、吉谷ほか (

2004a

)がすでにチェックを済ませており、黒耀石岩体や礫において異なる部位 間での化学組成の偏差は小さいことを示した。 隠岐・島後産黒耀石の化学分析および測定結果について記述することは、かな りの量のデータになるため、

WDX

法によるデータを主にして示した。

黒耀石の原産地同定に関する問題

考古学分野では、発掘した遺跡から出土した、あるいは表採した黒耀石製石器 や剥片の黒耀石原産地がどこであるのかを知るためには、それらの化学分析を行 うことは重要である。しかしながら、黒耀石原産地の化学分析値が確実に既存し ていなければ、原産地特定は困難である。 また、黒耀石の化学分析値がどの分析方法によって得られたのかも重要な問題 である。誰もが放射化分析法で得られた破壊・粉末化した試料の分析値と、非破 壊試料を

EDX

法で分析した分析値とを照合するようなことはしないであろう。 黒耀石の原産地特定で、重要なことは同じ分析法によってえられた原産地黒耀石 の分析値と黒耀石試料の分析値とが照合出来るということである。したがって異 なる分析法ごとの黒耀石の分析値アトラスが必要になる。 発掘した遺跡から出土した黒耀石試料の化学分析が行われて、分析値が得られ たとする。まずそれらの分析値によっていくつかのタイプ「

Obsidian Type

」に 分けられる。それぞれの

Obsidian Type

のうち、最も出土頻度が高いものが、そ の遺跡を代表するとして「

Site Type

」の位置を占める。もちろん、複数の

Site

Type

が存在する可能性があり、

Site Type

,

,

・・・と分けられるケースも 生まれよう。

Obsidian Type, Site Type

がそれぞれの分析値から、いずれの黒耀

久見露頭 Ⅰ OGK- Ⅰ -a-8 3.960 4.784 0.553 2.033 214 − 6 久見 OGK-Ⅰ-a-9-1 3.989 4.789 0.563 2.046 214 − 8 久見 OGK-Ⅰ-a-9-2 3.999 4.810 0.562 2.049 212 − 9 久見 OGK-Ⅰ-a-9-3 3.972 4.803 0.558 2.047 214 − 9 久見 OGK-Ⅰ-a-9-4 4.069 4.818 0.565 2.044 212 − 8 久見 OGK-Ⅰ-a-9-5 4.014 4.821 0.559 2.049 213 − 7 久見 OGK-Ⅰ-a-9-6 3.966 4.810 0.558 2.039 211 − 7 久見 OGK-Ⅰ-a-9-7 4.025 4.807 0.560 2.057 212 − 6 久見 OGK-Ⅰ-a-9-8 3.984 4.793 0.560 2.039 212 − 7 久見 OGK-Ⅰ-a-10-1 3.979 4.789 0.561 2.053 211 − 7 久見 OGK-Ⅰ-a-10-2 3.956 4.825 0.554 2.062 212 − 7 久見 (

Continued

(12)

石原産地(

Source Point Type

)の分析値に該当するかを検討することによって、 遺跡と黒耀石原産地を結ぶ人類の社会的動態が浮かび上がってくるのである。も ちろん、同じ化学分析法のよる分析値を用いなくてはならないことは言うまでも ないことである。このような手法を用いて

Yoshitani

et.al.

2004b

)は、ロシア・ 沿海州南部での遺跡と火山ガラス(黒耀石を含む)原産地との関係を、

WDX

法 の化学分析値によって明らかにしている。

WDX

法および

EDX

法による分析値の間には、破壊・粉末試料を対象にして いる場合には、さほど問題になる相違はあまり無いと言ってよい。しかし、シベ リア・北東端のアナデイール州・

Lake

Krasnoye

(赤い湖)産の黒耀石は、破壊・ 粉末試料での

WDX

法分析では2グループに分けられるが、非破壊試料の

EDX

法分析では、1グループしか認識できない。このことはそれぞれの分析法の精度 の相違と、試料の均質さによるものと考えられる

(YOSHITANI

et.al.

in press)

。 日本の黒耀石についても、破壊・粉末試料の

WDX

法と、非破壊試料の

EDX

法 との分析結果の比較に同様の相違が認められることがある。 次に非破壊試料の

EDX

法分析結果の確率・統計処理について検討してみよう。 確率論からみて、仮に

1.0

の確率が妥当であると判断すると、

100

個の黒耀石を 石器製作に使用した場合、

1

個の黒耀石が使用された確率となり、その化学分析 値が

1.0

の確率で原産地特定に有意であると判断する。また、

0.5

の確率が有意 であるとすれば、使用された

1,000

個の黒耀石のうち、

5

個の黒耀石が同じ化学 組成を示すと考え、それらの黒耀石の化学分析値は

0.5

の確率で原産地を特定で きるとする。この場合、見方を変えれば

99.5%

の確率で原産地の黒耀石に同定で きないことになる。実際にはかなり高度な数理解析が必要であるが、簡単に理解 して頂くために大略的な解説を行っている。このように確率論による分析値デー タの処理に、どのような方法を施すのかによって、原産地特定や遺跡から出土し た黒耀石との同定にかなりの相違が生じてくることになる。 後期旧石器時代あるいは石器時代に隠岐・島後産、とりわけ久見産黒耀石がい かなるルートを経て遠くウラジオストク付近やアムール川河口付近にまで運ばれ たのか……この物語を作り出したのが「確率統計論」なのである。すなわち、ウ ラジオストク付近やアムール川河口付近に分布する後期旧石器遺跡から出土した 黒耀石を、非破壊試料で

EDX

法による分析を行い、その化学分析値をある想定 した確率、たとえば

0.5

の確率で検討した結果、ある黒耀石原産地の分析値にほ ぼ同定された、と言うことである。確率・統計論に関しては、多くの問題が指摘 されている。

EDX

法による化学分析を行う研究者はさほど多数ではないが、研究 者によって用いる確率・統計処理法が異なる。このため遺跡から出土した黒耀石 の同定や原産地特定に相違が現れる。統一された確率・統計論を期待するのはか なり難しいのが現状である。むしろ考古学分野の研究者に期待したいのは、黒耀 石の剥片や石器製作時の黒耀石片を、計測・記録・記載・撮影などのデータを残 して破壊・粉末試料にして

WDX

法による化学分析を行うようになれば・・と思 う次第である。それが最善の方法であるが、現実に困難であるならば、分析者に 確率・統計論の妥当性ないし限界を聞きただすことが必要となろう。 隠岐・島後産黒耀石の場合と事情が異なるが、北海道・白滝や置戸産黒耀石が ウラジオストク付近の後期旧石器遺跡から出土する、とのニュースをマスコミに 流した研究者がいた。本人に事実を確かめたところ、彼の言は「可能性があると

(13)

の思いで話した」と言うことであった。このマスコミの報道を事実として信頼し て出版した本に記述したある著名な大学教授がおられた。先陣争いも結構である が、確かなデータがない「お話」では国際的な批判を受けかねないことになるし、 多くの方々に迷惑をお掛けすることにもなる。

隠岐・島後産黒耀石の化学組成による分類

隠岐・島後に産出する黒耀石試料を原産地から系統的に採取して、破壊・粉末化 試料に調整し、

WDX

法などによる化学分析を行った。試料番号や分析値などは表

1

2

に示した。一部の分析値(

Sr

Zr

)は破壊・粉末化試料の

EDX

法による分 析値を用いた。まず

Sr – Rb

相関図(図

2

)で示されているように、

3

グループに 分類され、長尾田Ⅰが明確に区分された。次に岬町・久見のグループと犬来・男池・ 加茂・蛸木・長尾田Ⅱのグループの細分類を、

T

Fe

O

3―

CaO

相関図(図

3

)に基づいて行った。図

3

から明らかなように、岬町、久見、長尾田Ⅱが新たに区 分された。未区分の黒耀石は犬来・男池・加茂・蛸木である。これら未区分の黒 耀石の細分は、

Zr

Sr

相関図(図

4

)を用いて行った。図

4

に示されているよう に、犬来・男池、加茂、蛸木の

3

つに細分され、以上の検討によって隠岐・島後産黒 耀石の原産地タイプ(

Source Point Type

)が明らかとなった。

分析値に基づく原産地タイプ(

Source Point Type

)の区分を図

5

に示した。なお、 犬来と男池がさらに区分される可能性があるが、黒耀石の母岩が近接する両地域に またがっていると考えられるので、犬来と男池とをひとつの原産地タイプ(

Source

Point Type

)と判断した。また、蛸木についても

2

つの原産地タイプ(

Source

Point Type

)に区分される可能性があるが、現段階での黒耀石を含む母岩の分布 状況から判断して、ひとつの原産地タイプ(

Source Point Type

)とした。

(14)

図3 分析値による T − Fe 2O 3― CaO 相関図

(15)

図5 隠岐・島後に産出する黒耀石の分類

黒耀石と人類社会

後期旧石器時代には、人口数が増加していたと思われるが、彼らは定住せず、 1家族あるいは数家族単位で遊動する生活をしていたと考えられている(稲田,

2001

)。このような生活状況のもとで、黒耀石ネットワークの存在や数

100Km

もの遠路を往復して黒耀石を採取に向かうことなどが考えられるだろうか?もち ろん、遠隔地から黒耀石原産地にたどり着けたとしても、現地で黒耀石原石から 半製品にして持ち帰ったと思われる。半製品を作った場所が、原産地遺跡として 残されているのではないだろうか?後期旧石器時代にかなりの幅の海を渡って黒 耀石原石を本土まで運んだことが確かめられているのは神津島である。しかし、 神津島にはいまだ原産地遺跡は確認されていない。おそらくは原産地遺跡は現在 の海底にあるものと思われる。近年に明らかにされてきた隠岐・島後の原産地遺 跡はまさに半製品を製作した遺跡であったのではないか、と考えられる。 人類の社会進化論の見地からすれば、黒耀石ネットワークの存在や遠隔の黒耀 石原産地への往復などが行われたことが事実であれば、後期旧石器時代にはもは や

Tribe Society

のきわめて小さな萌芽が認められることになろう。この種の問 題を解決するためには遺跡、とりわけ後期旧石器遺跡から出土する黒耀石の原産 地特定を厳密にすることが重要であろうと考える。

謝辞

1970

年代から久見の黒耀石原産地を案内して頂いた八幡昭三氏ご夫妻に、まず 衷心より御礼申し上げる。ご夫妻にはご自宅に招かれるなど、多大なお世話を頂 いた。またご子息の八幡浩二氏には、久見の黒耀石採掘現場にご案内頂き、いろ いろと便宜を頂いた。 コスモ建設隠岐営業所長・村上久氏ご一家の皆様方には、隠岐を訪ねるたびに 親身にもまさるお世話を頂いた。村上久氏には現地調査の際にはしばしば同行頂 いた。また、本論文の発表について、山内靖喜氏(島根大学名誉教授)には多面

(16)

的なご援助を頂いた。ここにお世話になった方々に御礼申し上げる。

文   献

稲田孝司(

2001

):遊動する旧石器人.岩波書店,

p

129

.

竹広文明(

2009

):隠岐における黒耀石原産地遺跡――加茂サスカ遺跡の調査から  ――.隠岐の文化財,第

26

号,

pp

1

-

11

. 吉谷昭彦・田崎和江(

1982

):隠岐・久見地区に発達する粘土化帯の粘土鉱物,  ――非分散型分析電子顕微鏡による観察――.鳥取大学教育学部研究報告,

31

,  

pp

67

-

83

.

      ・西田史郎・川口 優(

2004

a

):黒耀岩岩体内部での化学組成の 変化について,考古学と自然科学,第

46

号,

pp

1

-

16

.

A.YOSHITANI,N.A.KONONENKO,T.TOMODA,V.K.POPOV and I.U.SLEPZOV  (2004b): On the sources of the obsidian flakes from some Late Palaeolithic Sites in southern part of Central Primor ye, Far East Russia. Archaeology And Natural Science, 47, pp1-12.

      ,S.SLOBODIN,T.TOMODA,I.E.VOROVEYandT.YANO (in press): Studies on the Obsidian Fragments Obtained from Late Palaeolithic, Meso and Neolithic Sites in the Northeastern Part of Far East of Russia.

Abstract

In O k i Is l an d s , a l k a l i n e r hy o l it e e j e c t a b e l on g i n g t o P l i o c e n e s t r at a are widely distributed. Among these rhyolite ejecta obsidian rocks are sometimes recognized. The o ccurrences of obsidian ro cks are shown as lava f lows and sometimes as dykes. The obsidian rocks, of being found at Kumi where is the northwestern area of Dogo Island, are well known as the typical source point. However several source points of obsidian are found at Dogo Island. In this pap er the results of chemical exp eriments for obsidian ro cks sampled f rom several source points will be described. Further more the circumstances of use of obsidian rocks for making stone implements in archaeological age are discussed.

(17)

隠岐の海洋生物に想う

東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所 幸塚久典

はじめに

著者は、日本考古学発祥の地、エドワード・シルヴェスター・モース(

Edward

Sylvester Morse

1838

年̶

1925

年)が発掘した大森貝塚(貝塚の住所は品川区) で知られている東京都大田区大森で生まれ育ち、幼少時代より水生生物好きであっ たためか、

1990

年より東京都葛西臨海水族園に

2

年、石川県のとじま臨海公園 水族館に

12

年、その後に島根県隠岐の島町の民間環境コンサルタント会社に

3

年半、長崎県にある長崎ペンギン水族館に

1

年半、現在は神奈川県三崎の東京大 学大学院理学系研究科附属臨海実験所に勤務している。

1990

年から現在までの

20

年間を一貫して海洋生物の飼育、展示および分類、生態調査,標本採集などの 業務に携わってきた。 本稿は、隠岐の元

I

ターン者から見た隠岐諸島に生息・生育する海洋生物につ いての雑記であり、本誌

22

号で掲載されている島田氏(

2005

)の「隠岐の山野 を歩いて」の海洋版の位置づけとする。

入り組んだ海岸線と広大な藻場

島根半島の

40

80km

沖合に位置する隠岐諸島一帯は、気候や海流の影響を 受け、多種多様な生物が生息・生育し、本土とは異なった生物環境を有している。 開発により自然海岸の多くが失われつつある我国にあって、隠岐の海岸は手つか ずの美しい海岸が残っており、海蝕が著しい外海多島海景観を有する国立公園で もある。後期中新世から鮮新世にかけて活発な活動があり、このときに貫入・噴 出した火山岩類は、火山活動が収まるとやがて浸食が進み、現在のような大小 様々な湾や入江が形成された(森田・立松,

1994

;島根県の自然編集委員会編,

1998

)。外海に面した雄々しい岩礁地帯と静穏な湾内には大規模な藻場が成立し、 たくさんの生物が育まれている(図

1

)。

2004

年には隠岐周辺の沿岸域が国際的に重要な湿地の保全を目指すラムサール 条約の登録湿地の候補地に選定された。外海の湿地として藻場が選ばれたのは、 我国

54

の候補地の中で、唯一のケースであった(風待ち海道倶楽部,

2007

)。隠 岐の多様で広大な藻場は全国的に見ても、極めて重要な存在となっている。静穏 な湾内の浅瀬には色鮮やかな緑色で細長い葉を持つアマモという海草が白砂帯に 広大な群落を形成している。みなさんも一度は、スノーケリングでゆっくりと海 草群落ウォッチングをしてみてはどうだろうか。足下にも、このような自然が残っ ている、ということを再確認できる絶好の場である。

(18)

図 1.隠岐諸島の海岸と藻場 A・B:静穏な海域,C・D:雄々しい海域,E:ホンダワラ類が繁茂するガラモ場,F: アマモと呼ばれる海草が繁茂するアマモ場(中央の小さな海草はウミヒルモ).

国指定天然記念物のクロキヅタ

現在、わが国で天然記念物に指定されている動植物は約

100

種にのぼる(文 化庁文化財部記念物課,

2005

)。国指定の天然記念物とは、動物や植物、地質、 鉱物、天然保護区域なので、学術上価値の高いものとして国が指定したもの である。たとえば、沖縄本島のジュゴン Dugong dugon、奄美大島のアマミノ

(19)

クロウサギ Pentalagus furnessi などが有名である。一方、とくに重要なものは、 特別天然記念物と区別され、オオサンショウウオ Andrias japonicus やライチョ ウ Lagopus mutus、イリオモテヤマネコ Prionailurus bengalensis iriomotensis な どが指定されている。 皆さんも知っている通り、隠岐諸島(知夫里島以外)には海藻唯一の国指 定天然記念物がごく身近な場所に生育している(

Kajimura,

1969, 1984

; 隠 岐 島 前 教 育 委 員 会,

1971

; 内 村 ほ か,

2006

)。

1910

9

29

日 に 隠 岐郡西ノ島町の黒木御所前の海岸で発見された海藻はクロキヅタ Caulerpa scalpelliformis(図

2

)と命名され、

1922

年に天然記念物に指定された(文化 庁文化財部記念物課,

2005

)。天然記念物の他にも、環境省は準絶滅危惧種 (

NT

)、水産庁は絶滅危惧Ⅱ類(

VU

)として報告されている貴重な海藻であ る(幸塚,

2005

)。クロキヅタは鮮やかな緑色を呈しており、独特の形をし ている(図

2

)。いつかは隠岐のイメージキャラクターがクロキヅタになるので はないかと、密かに思っているのは私だけであろうか。もし、実物を見たこ とがなければ、内村ほか(

2006

)を参考に探してみる事をお勧めする。 図 2.隠岐諸島のクロキヅタ A:クロキヅタ,B:西ノ島黒木のクロキヅタ産地の石碑

ウミシダ博士の小学生

著者が隠岐に暮らし始めてから数ヶ月後、隠岐の島町で仲良くなった知人 宅に招かれ、家族同士で豪勢な夕食を食べていたときの事であった。知人の 娘である次女の

M

ちゃん(当時小学

5

年生)が「私はウミシダという動物に 興味があり、夏の自由研究でウミシダの観察をしたんだ」と言って、自由研 究の提出物を見せてくれた。著者は、驚いた。小学生の口から、あのマイナー な「ウミシダ」という名前を聞いた事、それに一見してウミシダは植物に見 えるものの、「動物」と分かっていた事、さらに著者自身が専門にしている研 究テーマがウミシダの自然史だからである。この時点では、まだ私がウミシ ダ研究を行っているという事はこの家族には言っていなかったので、この出 会いは本当の偶然であった。驚く事に、彼女が作った自由研究のノートには ウミシダの種名が書かれ、さらに再生観察をした事が書かれていたのである!

(20)

図 3.ウミシダ類

A

:ウミシダの模式図,

B

:ウテナウミシダ Oxycomanthus solaster,

C

:トラフウミシ ダ Decametra tigrina. ここで、ウミシダという動物について簡単に解説する。ウミシダは容姿や名前 の影響により、水族館などの観覧者は、きれいなシダだねといいながら通り過ぎ る人が多く居る。しかし、海中のシダ植物ではなく、れっきとした動物であり、 ヒトデやウニ、ナマコ、クモヒトデなどと同じ「棘皮動物(きょくひどうぶつ)」 に属する(図

3

)。また、ウミシダ類が属するウミユリ綱というグループは棘皮動 物中もっとも起源が古く、系統的に孤立した動物群として知られている。ウミユ リ綱は,終生にわたって特徴的な柄(あるいは茎)と呼ばれる器官を持つかどう かによって,ウミユリ類とウミシダ類の

2

群に区別される。このうちウミシダ類は, 発生の途中で柄を失い,

2

次的に自由生活を行なう群である(幸塚,

2009

)。約

2

億年前にウミユリ類から派生し、主として浅海域で繁栄したウミシダ類は,世界 で

17

科約

550

種(

Messing

1997

)、日本周辺海域では

120

種以上が報告され (

Kogo

1998

)、日本近海のウミシダ相は世界的に見ても非常に豊富な海域であ るといえる。また、ニッポンウミシダが属するウミユリ綱は、人類と祖先が共通 する最も古い動物であり、進化や中枢神経系(脳)の起源、再生機構の解明に役 立つと期待されているホットな動物でもあり、我国では、東京大学を中心に研究 がなされている(赤坂,

2008

Shibata et al., 2008

)。 彼女の話に戻ろう。なぜ、彼女がウミシダに興味を持ったのか。それは、この家が

(21)

網元であり、毎日おじいちゃんがサザエ漁をしていたため、小さい頃から漁網で採集 されたウミシダを見ていたからだろう。しかし、ウミシダを見ているだけでは、決し て興味は沸かない。実際、国内には

60

園館ほどの水族館があり、その半数以上でウ ミシダ類を飼育しているが、興味を持って研究している飼育係を著者は知らない。

トロピカルな海

著者が思っていた以上に隠岐では、西インド太平洋区に分布する熱帯および亜 熱帯性の海洋生物を見る事ができる。しかし、熱帯・亜熱帯域に生息する生物が 海流に乗って本来の分布域ではない海域までやって来てしまうと、回遊性がな いゆえに本来の分布域へ戻る力を持たず、生息の条件が悪くなった場合は死滅す るため、死滅回遊(しめつかいゆう)と呼ばれる。死滅回遊という言葉は、本質 的に回遊ではないことと、サケのように産卵後死亡する回遊と紛らわしいため、 繁殖に寄与しない分散という意味で無効分散と呼ばれることもある(日高監修,

1998

;京都大学フィールド科学教育研究センター編,

2004

)。  図 4.隠岐の死滅回遊生物 A:ソラスズメダイ,B:キンチャクダイ,C:ヤマトナンカイヒトデ(写真 : 永田宜裕氏) D:イイジマフクロウニ(写真 : 永田宜裕氏). 夏から秋にかけての隠岐沿岸では、これら死滅回遊魚もしくは季節来遊魚と よばれる種類を多く見る事ができる(図

4

)。ソラスズメダイ

Pomacentrus coelestis

(22)

やナガサキスズメダイ

Pomacentrus nagasakiensis

、キンチャクダイ

Chaetodontoplus

septentrionalis

やキンギョハナダイ

Pseudanthias squamipinnis

、さらに魚類ではないが、 ヒョウモンダコ

Hapalochlaena fasciata、イイジマフクロウニ

Anthocidaris crassispina

やヤマトナンカイヒトデ

Asterodiscides japonicus

と思われる大型のヒトデ類、コアシ ウミシダ

Comanthus parvicirrus、アカオニナマコ

Stichopus ohshimae

などの無脊椎動 物なども見る事ができる。現在、この死滅回遊魚(魚類以外の無脊椎動物も含む) が注目されている。例えばサンゴ礁域に生息する熱帯魚類なら、定着を妨げる最も 大きな要因は冬季の低水温である。しかし、生物の進化という長い時間軸で考えた 場合、地球の環境はかなり大きく変動しており、遠い将来、日本近海の海水温が上 昇すれば、今では無効な分散も有効になる可能性がある。これらの生物は海流に身 を任せるだけの悲しい運命を背負っているのではなく、実はたくましく生きようと している生物という考え方もある。死滅回遊魚にはどのような種類が、いつ、どこ からやってくるのかを調べることで、長期的にみれば魚類がどのように分散し、進 化してきたのか、分布パターンはどのようなプロセスを経過してできあがってきた のかを探ることができ、また、日本近海の海流の状況や温暖化の影響といった地球 環境の変化を捉えることもできる可能性があると考えられている。隠岐の島周辺で は、水産的利用価値が無い海洋生物の情報はきわめて少なく、このような生物を長 期モニタリングする意味は非常に高いと著者は思っている。

知られざる海の生き物

著者が触れ合った隠岐の印象深い生き物たちを紹介する。

キタムラサキウニ

Strongylocentrotus nudus(棘皮動物門)

殻は中から大形で半球状。赤道部より緩 やかに口側へ移行し、周口部方向へ適度に 湾入する。棘は適度に長く、先端方向に徐々 に細くなる個体が多い(図

5

)。ムラサキウ ニに似るが、棘の縦条表面に多数の鱗状小 突起が規則的に配列することで区別できる。 棘は多少オリーブ色の色調を帯びた暗紫色 なのでオリーブ色の強い場合、先端付近は 淡紫色を呈する。  隠岐周辺海域では個体数は少ない。本種 は日本海では通常、北海道から富山湾に分布するが(重井,

1986

)、山口県でも 確認されている(加藤,

1993

)。島根県隠岐諸島周辺海域では数は少ないものの、 調査が進むにつれて確認数が多くなるものと思われる。

ウミホタル Vargula hilgendorfii(節足動物門)

東京湾アクアラインのパーキングエリア「うみほたる」。この名称の由来となっ たウミホタルは隠岐沿岸に多産する。本種は体長

2-3mm

程度のミジンコに似た 小型の底生動物で、体は二枚の楕円形の殻に包まれている特殊な構造をしている (図

6-A

)。ウミホタルの最大の特徴は、その名の通りホタルのように光を発する 事であるが、陸のホタルが体の一部を光らせるのに対して、本種は口の近くの口 唇腺から青白い幻想的な物質を吐き出すのである(図

6-B

)。この発光物質は「ル 図 5.隠岐沿岸で撮影した キタムラサキウニ

(23)

シフェリン」と呼ばれているもので、酵素作用で発光するが、発光生物はそれぞ れ特有のルシフェリンを持っている。 図 6.A:ウミホタルと発光物質,B:ウミホタルの発光物質(写真:小江克典氏) このウミホタル、我国では各地に広く分布しているものの、近年の開発などに より、自然海岸が破壊され、生息場所が激減している。しかし、隠岐周辺海域 では、健全な自然海岸が多く残されており、島のいたるところでウミホタルを 容易に観察する事ができる。隠岐島後には、ウミホタルの他にもイソギンチャ クやサンゴの仲間であるウミサボテン

Cavernularia obesa、巻貝の仲間のエダウ

ミウシ

Kaloplocamus ramosus

、釣り餌で使用するゴカイの仲間のオドントシリス

Odontosyllis

sp.

などの発光生物を見る事ができる。

キサンゴ Dendrophyllia ijimai (刺胞動物門)

非造礁性サンゴ類は、熱帯や亜熱帯域に生 息するサンゴ礁を形成するサンゴ類とは異 なり、光合成を行う褐虫藻が体内に共生して いない。そのため、岩礁の陰や冷水、深海な どに生息し、プランクトンやその死骸などの 有機物片を補食する。 本種の群体の形状は、立木・樹木状であ る(図

7

)。色は鮮やかなオレンジ色。分布 は、太平洋側からのみ記録されている種類で あるが、近年、著者などにより日本海初記録 として報告した(幸塚・秋吉,

2006

)。隠岐には、本種の他にもナガイボキサン ゴ

Dendrophyllia gracilis、タバネイボヤギ

Tubastraea sibogae、イボヤギ

Tubastraea

coccinea

、ムツサンゴ

Rhizopsammia minuta mutsuensis

などの

14

種の非造礁性サ ンゴ類を確認している。

アミガサクラゲ Beroe forskali(有櫛動物門)

クシクラゲ類は名前に「クラゲ」の字がついているものの、いわゆる刺胞動物 のクラゲ(ミズクラゲ、カツオノエボシ、エチゼンクラゲなど)とは別のグルー プである。すべてが海に生息し、一部を除いてはプランクトン生活をする動物で 図 7.隠岐沿岸で撮影した キサンゴ

(24)

ある。体の表面の周囲を放射状に取り 巻いている光るスジ「櫛板列」がこのグ ループの特徴である。櫛板列には微細な 繊毛が融合してできた「櫛板」が配列し ている。クシクラゲ類は、この櫛板の繊 毛を波打つように順々に動かすことで、 活発に移動することができる。この櫛板 列の光は反射によるもので、櫛板の運動 にしたがって、虹色の帯がネオンサイン のように移動して、「海の宝石」とも言 われている大変美しい動物である(堀田,

2007a, 2007b

)。 アミガサクラゲは大型のクシクラゲ類 であり(図

8

)、大きな口を持ち、クラゲ を襲って補食する。隠岐周辺では冬から 春先に季節風が吹くとまとまってクシク ラゲ類を見る事ができる。この他に、オ ビクラゲ

Cestum amphitrites

、フウセンクラゲ

Hormiphora palmata

、カブトクラゲ

Bolinopsis mikado、ツノクラゲ

Leucothea japonica、チョウクラゲ

Ocyropsis fusca、

ウリクラゲ

Beroe cucumis

などのクシクラゲ類を見る事ができる。

ノトイスズミ Kyphosus bigibbus(脊索動物門)図 9

体色は銀色をしており体側には黒い 縦縞がある。濃い斑紋がでることも稀 にある。メジナ類と似るが、頭部が尖っ ていること、体色が白っぽいこと、尾 ビレは浅く二叉することで区別できる (図

9

)。また、歯の先が尖って単尖頭 になっていればイスズミ科魚類、三つ 尖っていて、三尖頭で見た目フォーク のようになっていればメジナ科魚類と 判断できる。イスズミとは背ビレと臀 ビレの軟条数が2つずつ少ないことで区別できるが、区別は非常に難しい。テン ジクイサキは三宅島や式根島ではノボリヨと呼称し食べられている。本種は、坂 井(

1991, 2004

)によって石川県能登で発見されたため、ノトイスズミという標 準和名がつけられた。

海のビジターセンター

隠岐諸島周辺海域に生息・生育する海洋生物の報告は極めて少ない。その理 由は、交通の便が悪いため、各研究者が調査地として後回しにしてきたことも 事実であろうが、それだけではないと著者は思う。海藻唯一の天然記念物のク ロキヅタの自生地、いくつかの南方系サンゴ類の生息などが古くから知られて いるものの、それらについて、詳細で継続的な調査・研究を実施しなかった各 団体などにも問題があったのではないだろうか。 図 8.アミガサクラゲ

(25)

著者は隠岐と同じ日本海に位置する石川県に

12

年間お世話になったことがあ る。石川県は島根県同様、水産県であり、様々な有用生物を利用している。本 県は利用しているだけではなく、地元の民間の水族館が国立大学と共同で積極 的な調査研究を古くから実施していた。現在では、平成6年4月に、海(浅海、 潮間帯、海岸)の自然に関する調査研究と普及啓発を行う「海の自然保護セン ター」として、全国に先駆けて開設した「石川県のと海洋ふれあいセンター」 という海のビジターセンターが設置されている。ここが中心となり、県内の調査・ 研究を行うとともに、積極的な啓蒙活動を行っている。さらに最近では、山陰 海岸国立公園の自然情報を提供するとともに、自然とふれあう機会をつくるた めの施設として、平成4年に環境省と竹野スノーケルセンター運営協議会によっ て開設された福井県に山陰海岸国立公園竹野スノーケルセンター・ビジターセ ンターが設置され、山陰海岸ジオパークの拠点施設として、貴重な地質遺産や そこに暮らす豊かな生きものなど、さまざまな角度から山陰海岸の魅力や価値 について分かりやすく紹介している。また自然への理解と自然を大切にする心 を育む活動拠点の目的で設置された鳥取県立博物館 山陰海岸学習館など、日本 海側にも海のビジターセンターが設立されている。 隠岐の島町にも「隠岐自然館」という小さなビジターセンター系の施設がある。 しかし、展示品は整っているものの、各地の海洋ビジターセンターに比べ、スタッ フ数や専門性、活動などが貧弱である。このような立派なセンターがあるのだから、 多様な来館者への的確な対応、質の高い多様なプログラムを提供できる有能な人 材の確保など、官民の積極的な援助により隠岐諸島の自然を世界にアピールする とともに、後世に残す活動をしてもらいたいと切に願う。

おわりに

まとまりの無い文章になってしまったが、要するに、学術的観点から見ると、 隠岐の海洋生物は開拓の余地が多く残された分野であり、海に潜れば潜るほど、 漁網の混獲物を見れば見るほど、新たな発見があるという現状である。 浅学を顧みずに広範な事柄を書き散らしたので、多くの間違いがあると思われ る。ご一読の上、ご意見・ご批判をいただければ幸いである。

謝辞

本稿を作成するにあたり、機会を与えていただいた隠岐の島町教育委員会・ 野辺一寛氏に厚くお礼申し上げます。さらに、さまざまな情報やご協力を頂い た下記の方々に厚くお礼申し上げます。隠岐の国ダイビング・安部和人氏・安 部由貴氏、布施ダイビングサービス・永田宜裕氏、西郷公民館・松田 隆志氏、 島根大学生物資源科学部附属生物資源教育研究センター・大津浩三博士、島根 大学生物資源科学部・秋吉英雄博士、元隠岐自然館・島田 孝氏、八幡黒耀石店・ 八幡浩二氏、株式会社海中景観研究所スタッフ諸氏、オリンパス株式会社研究 開発センター・小江克典博士、独立法人港湾空港技術研究所客員研究員・内村 真之博士、元島根県水産技術センター栽培漁業部・奥田 進氏(以上、順不同)。

引用文献

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2008

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54

60

. 風待ち海道倶楽部(

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隠岐のジオサイト紹介(1)

島根地質百選(http://www.geo.shimane-u.ac.jp/geopark/geosite.html)で 紹介された隠岐の地学的な見どころ全 22 地点のうち、19 地点を紹介します。 転載に伴うレイアウト変更等の理由により一部を省略しています。また、 必要に応じて若干の用語説明を入れています(枠内)。

白島海岸

ジオサイトの特徴や見どころ

白島海岸は島後の北端に位置しており、海岸を構 成する岩石が白いことが名前の由来です。ここでは 大小の島々が散在し、多くの波食洞が見られること から名勝地として有名です。駐車場から徒歩3分ほどにある展望台から眺める と、北の島々と岬は白い岩石、岬の東側は黒っぽい岩石で構成されていて、地 質の違いが鮮明にわかります。また黒っぽい岩石は小さな島が多く、海が驚く ほど青く澄んでいることがわかります(写真1)。

地質学的な意義

白い岩石は、いまから550万年ほど前に噴出した 流紋岩や粗面岩(アルカリ成分を多く含む中性の火山 岩)で重栖層と呼ばれ、岬の先端から松島・黒島は流 紋岩、その沖合いの沖ノ島・白島(田島)・小白島は 粗面岩でできています。白島ではドーム状の溶岩が観 察され、沖ノ島では先に噴出した粗面岩を切って次の 粗面岩が噴出した火道の様子や溶岩が垂直から水平へ 形を変えて流れ出る様子が観察できます(写真2)。 黒い岩石は、今から約280万年前に噴出した玄武岩質の火砕岩や溶岩で、崎 山岬玄武岩類と呼ばれ、帆掛島一帯の小島や雀島もこの岩石で構成されています。 ここでは玄武岩マグマの水蒸気爆発などを示す火砕岩の波状の層理あるいは斜交 層理が見られます(写真3)。溶岩には輝石やかんらん石の斑晶が多く見られ、マ ントル由来の岩石や流紋岩、片麻岩からなる最大径5

cm

の捕獲岩も多くみられ ます。流紋岩はマグマが冷え固まるときにできた割れ目(節理)が発達していて 節理に沿って侵食されやすいことや、玄武岩類が非常にもろく風化や浸食を受け やすいことから、無数の入り江や小島が形成されたと考えられます。 ↑写真1:白島展望台より望む ↑写真2:沖ノ島にみられる粗面岩 の火道

(28)

ジオサイトの特徴や見どころ

隠岐諸島島後の北端に近い隠岐の島町下元屋地区の北東の海岸から北東に突き 出した半島は「海苔田ノ鼻」と呼ばれています。海苔田ノ鼻を遠望すると、一番 最初に目に入るのは半島根元の暗灰色で見事な柱状の割れ目が発達した岩壁で しょう。この岩壁は三水崖とよばれ、玄武岩の溶岩でできています。岩壁の割れ 目は溶岩が冷え固まるときにできたもので、六角 柱状に割れており、これを柱状節理といいます。 元屋川河口から、遊歩道が整備されており、こ れをたどっていけば半島の先まで行けます。遊歩 道を入ってしばらく進むと、先ほどの岩壁の麓 にさしかかった途端、突然、目の前に岩塊がごろ ごろと積み重なった驚くべき風景が我々を迎えて くれます。玄武岩の岩塊は風化が進み割れやすく なっており、柱状節理に沿って崩れ落ちてきたも のです。ここで玄武岩を間近に観察することができます。また、雨のあとなど岩 壁の上から滝がみられることがあり、三水の滝と呼ばれています。 遊歩道を半島先端付近まで行くと、粗面岩と呼ばれるアルカリ成分を多く含む 火山岩の上に見事な放射状に割れ目(節理)の発達した玄武岩がみられます。こ →写真1:海苔田ノ鼻 ↑写真2:玄武岩溶岩の岩壁と三水の滝

記念物指定など

大山隠岐国立公園特別保護区、1938年、国指定、名勝天然記念物、オオミズナギドリ繁殖地 ↑写真3:白島岬の東に分布する玄武岩溶岩と火砕岩

海苔田ノ鼻

↑周辺地図

(29)

の岩はその鎧のような形から鎧岩と呼ばれています。 鎧岩のすぐ近くに兜岩と呼ばれる同様に節理の発達し た玄武岩がありますが、残念ながら陸上からは見えに くい位置にあり、こちらは船からの観察となります。 鎧岩、兜岩を含む半島先端部は国の天然記念物に指定 され、大山隠岐国立公園の特別保護地区にも指定され ているので、ハンマーをいれることも石ころを採集す ることもできませんので注意してください。 この遊歩道は過去に災害で崩れたこともあり、途 中落石等の危険もあるため注意が必要です。遊歩道 を利用せず、礫のごろごろした海岸線を半島沿いに 行くと、鎧岩まではたどり着けませんが、600

m

ほど行きますと、海岸に 緑色∼褐色の礫が沢山落ちているのが見えま す。これらの表面をよく見ると貝や木の葉の 化石を持った礫がみつかります。これらの礫 はそばの岩盤から落ちてきたものです。岩盤 は約2000万年前(中新世)に堆積した郡 層と呼ばれる地層で島後各地に分布し、ヒメ タニシやドブガイなど淡水棲の貝化石や木の 葉の化石などがよくみつかっています。

地質学的な意義

細粒の凝灰質砂岩や細粒砂岩からなる郡層中に約550万年前(中新世末)に 粗面岩が貫入し、その両方の上に約250万年前(後期鮮新世)に噴出した玄武 岩溶岩が不整合に重なっています。 郡層と同じ時代に、同じように火山噴出物を多く含み、湖や陸上に堆積した地 層は、石川県能登半島から島根県江津市までの日本海沿岸地域に広く分布します。 しかし、郡層の中に一時期海底に堆積した地層がみつかっており、すでに近くま で海が広がっていたようです。 岩壁を作っている溶岩はかんらん石玄武岩で、長さ4∼5cm程度もあるかん らん岩を含んでいます。この玄武岩は地下40キロ メートル以上のマントルから上がってきたと考えられ ており、マグマが発生したときにマントルを構成する かんらん岩が溶け残ったものと考えられます。鎧岩自 体も岩壁と同じ玄武岩と考えられます。 ↑写真3:ヒメタニシの化石 ↑写真4:鎧岩 ↑周辺地図

(30)

浄土ヶ浦周辺の海岸には変成岩、火山岩、堆積岩など10種類以上の岩石が狭 い範囲に分布しており、海岸は複雑に入り組み、変化に富んだ景観が作られてい ます。固い片麻岩や火山岩類は高い崖や磯をつくり、軟らかな堆積岩類の海岸は 浸食されて湾となっていたり、波食棚ができていたりします。 この海岸の火山岩と堆積岩が作られた2600万∼2400万年前頃(漸新世 末)は、日本海ができ始めていた頃で、隠岐諸島や本州はユーラシア大陸の一部 でした。この頃の島後東部では、激しい火山活動が起こり、火砕流や溶岩が大量 に噴出しました。また、ところどころにできた湖沼には、周りの陸地から火山噴 出物起源の土砂が供給され、ときには多量の土砂が土石流となって流れ込んでき ました。浄土ヶ浦にはこの湖底に堆積した地層が分布しています。 また、崎山岬の崖には約265万年前に噴出した厚さ10

m

程度の玄武岩溶岩 がみられます。この溶岩は直径が20cm以上の円礫を含む礫層に挟まれている ことから、谷に沿って流れてきたと考えられます。その後、谷を作っていた古い 地形は侵食されて無くなり、昔の谷を埋めた溶岩が山に姿を変えているのです。 溶岩にはほぼ垂直な割れ目が数10cm間隔で出来ていますが、これは溶岩が冷 えて収縮するときにできた割れ目です。この玄武岩の露頭に行くことは大変難し いですが、浄土ヶ浦から遊歩道を東に100

m

ほど進むとこの玄武岩の大小の転 石が落ちています。玄武岩中には長さ数∼10cmの黄緑色ないしオリーブ色の 粒が見られることがあります。これはかんらん石という鉱物で、深さ数10

km

のマントルから運ばれてきたものと考えられています。 ↑写真2:海より見た崎山岬  ←写真1:浄土ヶ浦 

記念物指定など

*鎧岩を含む海苔田ノ鼻先端付近は国指定の天然記念物―地質鉱物・名勝 *大山隠岐国立公園 *鎧岩を含む海苔田ノ鼻先端付近は特別保護地区に指定されている。 *その他の海苔田ノ鼻全体が第三種特別地域に指定されている。

浄土ヶ浦と崎山岬

ジオサイトの特徴や見どころ

参照

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