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密教文化 Vol. 1953 No. 21 002高田 仁覚「摂大乗論に於ける阿頼耶識設定の密意 P17-36」

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序 一、 大 乗 独 自 の 立 場 よ り 考 え ら れ る 阿 頼 耶 識。 二、 大 乗 ・ 声 聞 乗 共 通 の 立 場 よ り 考 え ら れ る 阿 頼 耶 識。 三、 声 聞 乗 独 自 の 立 場 よ り 考 え ら れ る 阿 頼 耶 識。 四、 阿 頼 耶 識 建 立 の た め の 諸 説 の 批 判。 結 び 序 阿 頼 耶 識 は 大 乗 般 若 の 道 理 を 得 る 為 に、 有 の 立 場 か ら 設 定 さ れ た 唯 識 教 学 の 中 心 思 想 で あ る と せ ら れ る の で あ る が、 阿 頼 耶 識 と い う 名 が 始 め て 現 わ れ た の は、 現 在 知 ら れ る 限 り で は、 無 著 の 摂 大 乗 論 所 知 依 分 の 初 め で あ る。 そ し て、 阿 頼 耶 識 の 内 容 に 就 て、 最 も よ く 組 織 的 に 論 述 さ れ、 残 り な く 規 定 さ れ て い る の も、 そ の 同 じ 場 所 で あ る。 そ こ で 今、 し ば ら く、 摂 大 乗 論 所 知 依 分 が 解 明 す る 阿 頼 耶 識 設 定 の 密 意 趣 に 就 て 述 べ て 見 よ う と 思 う。 さ て、 現 存 す る 摂 大 乗 論 の 註 釈 に し て、 印 度 に 起 源 を 有 す る も の は、 周 知 の 如 く、 世 親 釈、 無 性 釈 及 び 伝 世 親 造 ﹃ 秘 密 義 分 別 摂 疏 ﹄ の 三 で あ る。 い つ れ も 西 蔵 訳 が あ る が、 そ の 中、 漢 訳 さ れ て い な い 第 三 の 釈 疏 に 就 て は、 余 り 知 ら れ て い な い 様 で あ る。 三 釈 を 比 較 す る と、 此 の 第 三 釈 が 最 も 詳 し い が、 惜 し い こ と に は 註 釈 者 が 必 ず し も 明 確 で な く、 従 つ て 著 作 年 代 が 不 明 で あ り、 そ の 上 所 知 依 分 め 絡 頃 か ら 後 が 無 い。 し か し、 此 れ は 之 で 完 結 し て い る よ う で あ る。 藪 に は、 他 の 釈 と 対 照 す る 上 に も 便 宜 な の で、 第 三 釈 を 主 と し て 依 用 し た。 科 文 に 就 て、 第 三 釈 は 次 の 如 く 言 つ て い る。 ﹁ 此 れ は ( 所 知 依 分 ) 亦、 異 門、 自 相、 道 理 及 び 差 別 の 四 つ に 区 分 し て 釈 す べ き で あ る。 そ の 中、 聴 聞 者 達 が 誤 つ て 通 達 す る と よ く な い か ら、 最 初 に 異 門 こ そ が 説 か れ る。 ⋮⋮亦、 異 門 に は 四 つ の 差 別 が あ る。 即 ち、 大 乗 不 共、 大 乗 ・ 声 聞 乗 の 共、 声 聞 乗 不 共 及 び そ れ 等 に 就 て の 論 諄 と で あ る ﹂ と。 こ れ に 依 れ ば、 摂 大 乗 論 で は 四 つ の 立 場 で、 夫 々 阿 頼 耶 識 摂 大 乗 論 に 於 け る 阿 頼 ﹂耶 識 設 定 の 密 意

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密 教 丈 化 が 設 定 さ れ て 居 り、 而 も 夫 々 の 立 場 に あ る 聴 聞 者 を、 等 し く 誤 り な く 導 き 入 れ よ う と す る 方 便 道 が、 同 時 に 示 さ れ て い る と 見 ら れ る。 従 つ て、 之 等 四 つ の 立 場 の 中 で、 最 も 主 力 を 注 い で 解 明 し て い る と 判 断 さ れ る の は、 言 う ま で も な く、 大 乗 独 自 の 立 場 で あ る。 ( 一 ) 大 乗 独 自 の 立 場 よ り 考 え ら れ る 阿 頼 耶 識。 摂 大 乗 論 の 此 の 項 に 於 て は、 大 乗 の み に 属 す る 唯 識 教 説 に し て、 根 本 的 な 識 に 関 す る 各 別 の 説 を、 阿 頼 耶 識 一 本 に 集 成 し、 組 織 立 て て い る。 従 つ て、 本 論 の 説 相 を 見 て も、 達 意 的 な 論 述 を 主 と し て 居 り、 引 用 に ご だ は ら な い 傾 向 が 窺 わ れ る の で あ る。 さ て、、 ﹃ 秘 密 義 分 別 摂 疏 ﹄ に 依 れ ば、 此 処 で 解 明 す る 阿 頼 耶 識 説 は、 大 乗 に 通 達 し て い な い 者、 即 ち、 小 乗 部 派 の 或 る 者 に 属 し て い る 人 々、 或 は 叉、 論 師 無 著 自 身 が 未 来 の 生 者、 を 予 測 し て、 自 問 自 答 の 形 式 を 以 て 解 説 す る の で あ る と 解 さ れ て い る。 而 し て、 所 知 依 を 観 察 す る と き、 阿 頼 耶 識 の 声 を も 観 察 す る 働 き が あ る と 言 わ れ る 立 場 に 立 つ て、 本 論 で は、 先 づ 第 一 に、 所 知 依 は 阿 頼 耶 識 で あ る と い う 点 に 就 て、 大 乗、 阿 毘 達 磨 経 の 偶 二 つ を 引 用 し、 次 い で、 阿 頼 耶 識 ば 阿 陀 那 識 で あ る と い う 点 に 就 て、 解 深 密 経 の 偶 一 つ を 引 用 し て い る。 ( A) 所 知 依 は 阿 頼 耶 識 で あ る。 ( 第 一 偶 ) i anadikaliko dhatuh 無 始 時 来 界 ii sarvadharma-samacrayh 一 切 法 等 依 iii

tasmin sati gatih sarva

由 此 有 諸 趣 iv nirvanadhigamo Pi va 及 浬 禦 讃 得 (2) ( イ ) 大 乗 に 於 け る 伝 統 的 意 味 i阿 頼 耶 識 は 無 始 時 来 の 界 で お る。 界 と は 因 の 意 味 で あ る と い う。 即 ち、 阿 耶 頼 識 は 忽 然 と し て 有 る に 非 ざ る ﹁因 で あ り、 而 も 無 性 の 語 を 以 て す れ ば、 最 初 の 辺 縁 が な い 因 で あ り、 一 切 の 雑 染 法 の 因 で あ り、 種 子 で あ る。 ii阿 頼 耶 識 は 一 切 諸 法 の 等 依 で あ る。 等 依 と は 任 持 の 義 で あ り、 因 と は 別 で あ る。 尤 も、 一 切 諸 法 を 任 持 す る と い つ て も、 善 不 善 業 は 除 外 さ れ る の で あ る。 若 し、 そ れ 等 の 業 も 阿 頼 耶 識 に 依 止 す る と 解 す る な ら ば、 そ れ は 理 に 合 し な い。 何 と な れ ば 異 熟 果 を 生 ず る 場 合、 そ れ 等 の 業 と 異 熟 果 は 倶 有 で も、 等 無 間 に あ る の で も な い か ら、 果 の 生 心 た そ の 時 に は、, 既 に 因 た る 善 不 善 業 は 遠 く 過 ぎ 去 つ て い て、 直 接 的 な つ な が り で な い。 こ の よ う な 関 係 に あ る も の を 依 止 す る と 云 ふ 事 は 出 来 な い か ら で あ る。 又 同 分 や 命 根 も 実 体 が 無 い も の で あ る か ら、 阿 頼 耶 識 を 所 依 と す る も の で は な い。 又 等 依 で あ る と い う の は、 或 る も の が 自 ら 存 在 す る

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こ と を 障 碍 し な い と 云 う 意 味、 即 ち 消 極 的 な 増 上 縁 で あ る と い う 点 で 等 依 と い わ れ る の で は な い。 蓋 し、 依 止 す る こ と が な く と も、 等 依 で あ る と い う 過 失 に な る か ら で あ る。 等 依 と は、 あ る も の の 所 依 で あ り つ つ、 普 く 分 別 計 度 す る 働 き に 名 付 け た の で あ つ て、 阿 頼 耶 識 に は こ の よ う な 性 格 が あ る。 別 の 言 い 方 か ら す れ ば、 自 に よ つ て 遍 計 せ ら れ た 他 と 云 う 存 在 は、 依 止 し て 有 る 性 質 の も の で あ る と い う。 即 ち、 十 二 因 縁 の 識 と 名 色 の 関 係 が 相 依 相 待 で あ る こ と を、 こ こ で は 阿 頼 耶 識 が 一 切 法 に 対 し 等 依 で あ る と し て、 表 現 し て い る の が 見 ら れ る 。 iii阿 頼 耶 識 が あ る 故 に 一 方 で は、 雑 染 法 の 所 依 た る 一 切 趣 に 生 れ る こ と が あ り、 他 方 で は、 iv聞、 思 等 の 次 等 に よ り て、 清 浄 法 の 所 依 た る 浬 繋 に 悟 入 す る こ と が あ り 得 る。 即 ち、 阿 頼 耶 識 は 迷 と 悟 と の 所 依 で あ る と せ ら れ る。 ( ロ) 対 外 道 納 意 味 (3) i無 始 時 来 の 因 で あ る と は、 阿 頼 耶 識 が 無 因 論 を 否 定 す る も の で あ る 事 を 示 し て ゐ る。 ii﹁一 切 諸 法 の 等 依、 で あ る と い う 中、 等 依 と 云 つ え の は 阿 頼 耶 識 が 一 種 の 因 で あ る と は い へ、 外 道 に 説 く ﹁ 自 性 等 ﹂ の 如 く、 他 の 如 何 な る も の よ り も 作 ら れ な い (4) 所 の 根 本 的 常 住 的 因 と し て 無 始 時 来 で あ ろ う と、 一 類 の 人 々 が 誤 つ て 理 解 す る か も 知 れ な い か ら、 そ れ を 遮 遣 し た の で あ る と い う。 即 ち、 此 の 場 合 等 依 と は、 阿 頼 耶 識 が 非 実 体 的、 非 根 本 的 な 因 で あ る こ と を 意 味 す る。 iii﹁こ れ あ る 故 に ﹂ と い う の は、 驕 筆 は 常 な る 舳 よ り 果 が 生 ず る と し、 そ の 場 合、 因 は 作 用 を 倶 有 す る と 考 え ら れ て い る か ら、 阿 頼 耶 識 は そ の よ う に 作 用 因 で も な い と し て、 外 教 を 否 定 す る 意 味 が 含 ま れ て い る。 こ れ を 更 に 一 歩 つ つ こ ん だ 分 析 よ り し て、 ﹁ こ れ ﹂ ( tasmin) を 重 く 見 る 時 は、 ﹁ 因 は 常 で あ り、 自 性 と い う 阿 頼 耶 識 以 外 の 因 よ り 諸 法 が 生 起 す る の で あ る ﹂ と す る、 佛 教 以 外 の 宗 教 的 哲 学 的 学 説 を 否 定 し た、 釈 尊 成 道 の 根 本 的 立 場 が 受 け 継 が れ て 居 る と 見、 亦 別 に、 ﹁ あ る 故 に ﹂ ( sati) を 重 く 見 る 場 合 は、 ﹁ 因 の 因 た る 所 以 は 果 を 生 起 す る こ と に あ る と 考 え、 叉 作 用 を 倶 す る と (5) い う こ と が 因 の 定 義 で あ る ﹂ と す る 人 々 の 宗 見 が 否 定 さ れ る。 ( ハ) 迷 悟 の 修 道 的 意 味 i阿 頼 耶 識 は 雑 染 法 の 所 依 性 で あ る と い う 点 で、 一 切 の 雑 染 法 を 摂 蔵 す る も の で あ る と 考 え る な ら ば、 無 始 時 来 の 界 ( 因 ) で あ る と は 雑 染 法 の み に 就 て 言 わ れ 得 る こ と に な る。 而 し て、 此 の 場 合 に 阿 頼 耶 識 が 雑 染 法 に 対 す る 関 係 は 因 縁 ( 親 因 ) で あ る と せ ら れ る。 第 三 句 摂 大 乗 論 に 於 け る 阿 頼 耶 識 設 定 の 密 意

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密 教 丈 化 の ﹁ こ れ あ る 故 に 一 切 趣 あ り ﹂ と は、 此 の 関 係 を 示 し て い る に 外 な ら な い。 次 に、 阿 頼 耶 識 が 清 浄 法 に 対 す る 関 係 に 就 て 見 る に、 直 前 に 於 て は 雑 染 法 の 種 子 と 見 ら れ た 阿 頼 耶 識 が 今 度 は 増 上 縁 ( 消 極 的 な 疎 因 ) と な る。 蓋 し、 溝 浄 法 匹 が 生 起 す る 時 は、 所 対 治 分 が な く、 同 時 に 能 対 治 も 無 く な る と 見 ら れ る か ら で あ る と せ ら れ る。 こ れ に よ つ て 考 え れ ば、 阿 頼 耶 識 は 清 浄 法 が 生 起 す る 場 合 自 然 消 滅 の よ う な 形 を と つ て、 浬 繋 の 生 起 を 擬 へ な い と 云 う 程 度 に 於 て の み 因 と し て の 関 係 が あ る と 認 め ら れ る。 さ て、 こ 之 に 解 釈 せ ら れ て い る 立 場 は 無 性 の 釈 と 全 く 同 一 の も の で も あ る。 直 前 の 解 釈 に 於 て も、 阿 頼 耶 識 は 雑 染 法 の 因 縁 で あ る と は 云 つ て も、 清 浄 法 の 因 縁 で あ る と ま で は 解 し て い な い の で あ る が、 丁 度 こ れ と 同 じ よ う な こ と に 就 て、 無 性 (6) は あ る 処 で、 ﹁ 界 と は 因 で あ り、 種 子 で あ る。 何 の と 云 え ば、 一 切 雑 染 法 の ( 因 ) で あ る。 清 浄 法 の ( 因 ) で は な い。 ﹂ と 述 べ、 更 に 別 の 場 所 で、 ﹁ 阿 頼 耶 識 の な い と き に は、 有 情 地 獄 等 を 生 じ な い で あ ろ う。 叉 雑 染 の 生 ず る こ と を 寂 滅 す る こ と こ そ 浬 繋 で あ る か ら、 此 の 浬 桀 を 得 る こ と も、 阿 頼 耶 識 が な い と き に は あ り 得 な い で あ ろ う。 ﹂ と い う 言 い 方 で 説 明 し て い る の で あ る。 ii復 た 次 に、 阿 頼 耶 識 は 一 方 で は 雑 染 法 の 種 子 と な り、 他 方 で は 清 浄 法 の 自 性 種 姓 と も な る。 そ れ は 勝 量 経 中 に、 二 切 有 情 は 清 浄 ゐ 種 子 に 因 待 し て、 如 来 心 を 蔵 す ﹂ と 述 べ ら れ、 淫 桀 経 申 に ﹁ 阿 頼 耶 識 と 転 識 と の 二 は 受 用 身 な り ﹂ と 説 か れ て い る か ら で あ る。 そ こ で 無 始 時 来 の 因 た る 阿 頼 耶 識 に は 同 時 に 二 の 種 子 性 が 考 え ら れ て 行 く の で あ る っ 而 し て 此 の 場 合、 偶 申 の 二 切 趣 ﹂ は 善 趣 を 表 わ す 事 に も な る。 そ の 善 趣 に 生 れ る に は、 雑 染 の 種 子 が 因 縁 と な り、 同 時 に 清 浄 の 種 子 が 増 上 縁 と な る と 考 え ら れ る。 詳 し く は、 解 脱 分 に 随 順 し た 聞 ・ 思 ・ 修 に よ つ て、 あ る 有 情 の 上 に 生 じ た 善 根 の 積 聚 せ る 清 浄 の 種 子 が、 次 第 に 増 長 し て 雑 染 の 種 子 を 除 き つ つ、 十 二 刹 那 の 問 自 ら の 体 を 持 続 し、 連 縛 縁 起 に よ つ て 善 趣 を 現 成 せ し め る と す る の で あ る。 叉、 浬 繋 を 得 る と き は、 雑 染 法 の 種 子 は、 そ れ が、 所 対 治 分 の 体 で あ る と い う 点 で 増 上 縁 ( 消 極 的 ) と な り、 清 浄 法 の 種 子 は 因 縁 と な る と 説 明 さ れ て い る。 此 の 立 場 は、 真 諦 の 阿 頼 耶 識 真 妄 和 合 説 を 思 い 出 さ せ る 印 度 的 教 学 で あ る。 iiiこ の 外 に 復 た、 別 の 見 解 が あ る。 そ れ に よ る と、 阿 頼 耶 識 の 上 に 考 え ら れ る 二 の 種 子 の 中、 雑 染 法 の 種 子 は た だ 一 切 趣 の 因 縁 と な る の み で あ り、 反 対 に 溝 浄 法 の 種 子 は 浬 禦 の 因 縁 と な る の み で あ つ て、 一 切 趣 に 対 し て は 増 上 縁 の 如 き 関 係 が な い と す る。

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さ て、 こ の よ う に 阿 頼 耶 識 を 設 定 す る 此 の 第 一 偶 は、 勝 量 経 や 大 般 浬 繋 経 と 共 に、 如 来 蔵 思 想 の 根 拠 の 一 と し て、 究 寛 } 乗 宝 性 論 中 に 引 用 さ れ て い る こ と を 蔽 に 想 い 起 す 必 要 が あ る。 而 し て、 上 述 に よ つ て 明 ら か に さ れ て い る 如 く、 如 来 蔵 の 唯 識 的 考 え 方 に 二 種 の 立 場 が 認 め ら れ る が、 究 寛 一 乗 宝 性 論 に 引 用 さ れ て い る の は、 そ の 中、 ( ii) に 於 け る 解 釈 を 採 つ た も の と 考 え て よ い で あ ろ う。 何 と な れ ば、 勝 鷺 経 や 大 般 浬 禦 経 を 依 用 す る 点 に 於 て 一 致 す る か ら で あ る。 そ し て 究 寛 一 乗 宝 性 論 を 解 説 し た 無 著 自 身 も、 恐 ら く 此 の 立 場 で、 如 来 蔵 読 を 阿 頼 耶 識 の 領 域 内 に 集 大 成 し よ う と い う 密 意 趣 を も つ て い た で あ ろ う。 而 し て 如 来 蔵 読 に は ( iii) に 述 べ る よ う な 別 の 立 場 も あ る こ と は 注 意 し な け れ ば な ら な い。 種 子 と し て の 阿 頼 耶 識 は 真 で あ る か 妄 で あ る か と い う 修 道 的 意 味 は、 支 那 佛 教 に 於 て も い ろ い ろ 論 議 さ れ て 来 た こ と で あ る が、 そ れ ら は 兎 も 角 と し て、 印 度 に 於 て は 大 体 三 つ の 立 場 か ら 考 え ら れ て い た こ と は 明 ら か で あ つ て、 そ の 中 い つ れ を 是 と し 非 と す る か と い う 詮 議 立 て を す る こ と は、 却 つ て 無 著 の 阿 頼 耶 識 設 定 の 密 意 に 反 す る も の の よ う で あ る。 ( 二) 輪 廻 的 意 義 i又 阿 頼 耶 識 は 生 滅 の 相 が あ る 点 で、 常 な る 因 で は な い。 生 滅 の 相 が 相 続 し て 起 る こ と よ り し て、 そ れ は 又 無 始 で あ る。 こ れ に よ つ て 阿 頼 耶 識 は 数 論 に 読 く ﹁ 自 性 ﹂ 等 の 常 な る 因 と 異 る。 ii宿 作 因 論 者 ( 尼 健 子 等 ) や 自 宗 の 中 の 一 部 の 者 は、 因 (7) は 必 ず 前 に 存 在 し、 果 は 必 ず 因 よ り 後 に 在 る と 考 え る。 即 ち、 此 等 二 類 の 者 は 因 果 が 時 間 的 前 後 関 係 よ り 成 立 す る も の と し て 執 し て い る け れ ど も、 阿 頼 耶 識 と 一 切 法 と の 関 係 は こ の よ う に 前 と 後 の 関 係 に は な い。 そ こ で、 阿 頼 耶 識 は 一 切 法 の 等 依 で あ る と 云 う の で あ る。 換 言 す れ ば、 同 時 的 因 果 関 係 が 等 依 の 意 味 で あ る。 iii断 見 論 者 の 或 る 者 は、 ﹁此 の 我 は 此 の 世 の み で 断 絶 す る ﹂ と 考 え る か ら、 之 を 遮 遣 す る 為 に、 阿 頼 耶 識 は 死 後 え も 相 続 す る 因 で あ る と の 意 味 で、 こ れ ( 阿 頼 耶 識 ) あ る 故 に 一 切 趣 あ り と 云 う の で あ る。 即 ち、 阿 頼 耶 識 は 過 去 世 ・ 現 在 世 ・ 未 来 世 の 三 有 を 通 じ て 相 続 不 断 に 一 切 趣 に 生 れ し め る も の で あ る。 iv又 常 見 論 者 の 或 る 者 は、 ﹁ 輪 廻 と い ふ 牢 獄 は 本 来 常 な る も の で あ る ﹂ と 分 別 理 解 す る か ら、 阿 頼 耶 識 あ る に よ つ て 亦、 浬 葉 を 得 る こ と が 可 能 で あ る と し て、 そ の 常 見 を 遮 遣 す る の で あ る。 こ こ で は、 阿 頼 耶 識 は 断 常 二 見 を 離 れ て い る こ と を 示 す の で あ る。 ( ホ) 三 相 三 無 性 的 意 義 i無 始 時 来 の 界 と は 阿 頼 耶 識 の 自 相 で あ る こ と。 ii一 切 法 の 等 依 と は、 阿 頼 耶 識 が 依 他 起 相 な る 一 切 の 心 心 所 の 所 依 で あ る こ と。 摂 大 乗 論 に 於 け る 阿 頼 耶 識 設 定 の 密 意

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密 教 文 仙 iii此 れ あ る 故 に 一 切 趣 が あ る と は、 阿 頼 耶 識 が 遍 計 所 執 相 の 所 依 で あ る こ と。 iv浬 繋 を 証 得 す る と は、 阿 頼 耶 識 が 円 成 実 相 の 所 依 で あ る こ と を 示 し て い る と す る。 以 上 は、 第 一 偶 に よ つ て 種 々 阿 頼 耶 識 の 体 を 考 察 し た の で あ る が、 次 に は 第 二 偶 を 手 懸 り と し て 解 釈 学 的 に 阿 頼 耶 識 を 解 明 す る。 ( 第 二 偶 ) ︹ Samalayah︺ i sarvadharma-samacrayah 由 撮 藏 諸 法 ii sarvabtjaka-vijnanam I 一 切 種 子 識 iii tasmad alayavijnanam 故 名 阿 頼 耶 (8) iv

maya deitamc hi satnam II

勝 者 我 開 示 此 の 第 二 偶 の 中 に 初 め て 明 瞭 に 現 わ れ る 阿 頼 耶 識 の 声 は、 読 一 切 有 部 が 所 依 と し て い る と 見 ら れ る 雑 阿 含 に、 ﹁ 衆 生 は 阿 頼 耶 を 愛 す る ﹂ と あ る 阿 頼 耶 に 対 し、 ﹁ 識 ﹂ の 声 が 加 え ら れ て い る 点 で 相 違 し、 他 方 亦、 大 衆 部 が 主 張 す る ﹁ 根 本 識 ﹂ に 対 し て は、 識 と い う 点 で は 同 じ で あ る も、 阿 頼 耶 と 名 づ け る 処 が 異 る。 そ こ で、 阿 頼 耶 識 の 声 は 大 乗 独 自 の 呼 称 で あ る と し て 注 意 せ し め ら れ る。 i能 蔵 的 意 味 一 切 種 子 識 と し て の 阿 頼 耶 識 を 考 え る 場 合、 そ れ は 一 切 雑 染 法 を 異 熟 せ し め る 功 能、 差 別 を 能 蔵 す る こ と で あ る が、 こ の 場 合 等 依 と は 因 性 と し て 所 依 で あ る と 示 さ ん 為 に 一 切 種 子 と 云 い、 数 論 に 考 え て い る 実 体 之 し (9) て の 自 性 等 が、 変 易 す る の と 似 て 而 も 全 く 別 の も の で あ る 点 か ら、 区 別 せ ん 為 に 識 と 名 付 け る。 此 の 一 切 種 子 識 が 転 変 し て 一 切 雑 染 法 と な る 場 合 の 所 縁 は、 種 子 と 眼 等 と 色 等 の 境 之 等 三 つ で あ る。 そ の 中、 種 子 に は 一 度 善 ・ 悪。 無 記 に 異 熟 し た 種 子 と、 未 だ 異 熟 し て い な い 種 子 と が あ り、 此 等 二 種 の 種 子 が 三 、 界 に 於 て 所 縁 と な る。 然 し 眼 等 と 色 等 の 境 と は 欲 界、 色 界 に 於 て の み 所 縁 と な る の で あ る。 然 ら ば、 一 切 種 子 識 と し て の 阿 頼 耶 識 は 如 何 様 に し て 雑 染 法 と な つ て 転 変 す る の か と 言 え ば、 未 だ 異 熟 し な い で 無 始 時 来 輪 廻 し つ ゝ あ る 眼 等 の 種 子 が、 時 あ つ て 異 熟 し た 場 合 初 め て 眼 等 と い わ れ る。 そ の 場 合、 眼 等 の 異 熟 を 助 け る 業 で あ る 所 の 有 支 蕪 習 に よ つ て 眼 等 の 種 子 が 助 力 を 与 え ら れ、 更 に 眼 等 の 名 言 蕪 習 に よ つ て、 こ れ は 眼 で あ る と い う よ う に 現 行 す る の で あ り、 そ れ と 同 時 に 叉 有 色 界 に 属 す る 青 等 が 眼 等 の 識 を 増 上 縁 の 体 と し て 転 変 ' し、 そ こ に 雑 染 法 が 異 熟 す る に 至 る の で あ る。 次 に、 こ の よ う に し て 異 熟 せ る 眼 等 の 諸 識 は、 善 悪 無 記 の 種 子 よ り 善 悪 無 記 の 眼 識 等 の い つ れ を も 生 ぜ し め る の で あ る が、 之 に 対 し、 眼 等 は 自 ら の 対 境 の み を 生 起 せ し め て、 声 等 の 対 境 を 排 す る と い う 差 別 が あ る。

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伊叉、 種 子 を 助 け て、 現 行 せ し め る 所 の 有 支 蕪 習 が、 眼 等 の 名 言 種 子 に 対 す る 作 用 は、 善 趣 ・ 悪 趣 の 体 と し て で あ る。 そ の 場 合、 業 と し て の 有 支 蕪 習 は 各 言 種 子 に 助 力 を 与 え る こ と に よ つ て、 疑 い も な く、 こ れ は 眼 で あ る と い う よ う に 眼 の 種 子 が 現 行 す る の で あ る。 又 そ の 時 眼 識 と な る べ き 名 言 種 子 と 色 と な る べ き 名 言 種 子 と の 相 違 よ り し て、 能 取 と 所 取 と に 分 れ、 眼 識 等 と 色 等 と が 転 変 し て 起 る の で あ る。 又、 一 切 種 子 識 と し て の 阿 頼 耶 識 の 所 縁 は 眼 等 で あ る と い う 場 合 に は、 自 相 続 に 属 す る 眼 等 の み な ら ず、 他 相 続 に 属 す る 眼 等 も 亦 自 相 続 の 阿 頼 耶 識 の 所 縁 と す る の で あ る。 即 ち、 阿 頼 耶 識 は 自 相 続 の 眼 等 を 先 づ 異 熟 し、 同 時 に 自 相 続 の 眼 識 等 に 依 つ て、 他 相 続 の 眼 等 を 異 熟 す る。 そ の 時、 業 に よ つ て 転 倒 せ ら れ て 自 相 続 の 眼 等 と 他 相 続 の 眼 等 と を 了 別 す る の で あ る が、 或 る 人 々 の 考 え る よ う に、 他 相 続 の 眼 等 は そ れ 自 ら の 功 能 を 以 て 諸 法 を 顕 わ し 出 す と す る こ と は 出 来 な い。 何 と な れ ば、 他 相 続 の 眼 等 は 自 相 続 中 に 眼 識 等 を 生 じ 得 な い か ら で あ る。 故 に 他 相 続 の 眼 等 も 自 相 続 の 阿 頼 耶 識 の 所 縁 で な け れ ば な ら な い。 又、 自 相 続 中 に 於 て も、 眼 等 自 ら の 功 能 を 以 て 触 等 の 所 縁 を 顕 わ す こ と も あ り 得 な い。 之 を 要 す る に、 眼 等 の 功 能 の 所 依 ( 能 蔵 ) 鳳 所 取 な る 所 縁 に あ る の で な く、 又 所 縁 の 所 依 ( 能 蔵 ) は 能 取 な る 眼 等 に あ る の で も な い 。 そ れ 等 と は 別 な る 阿 頼 耶 識 に あ る。 か く て 凡 ゆ る 場 合 に、 阿 頼 耶 識 の み が 一 切 法 を 能 蔵 す る 功 能 を も つ と 知 る べ き で あ る。 而 し て、 か ゝ る 意 味 で 阿 頼 耶 識 が 能 蔵 で あ る と き、 そ こ に は 触 等 ( 受 ・ 想 し 作 意 ・ 思 ) の 五 遍 行 を 含 め る こ と が 出 来 る。 所 以 は、 そ れ 等 に は 一 切 処 に 遍 在 す る 性 質 が あ る か ら で あ る。 ii所 蔵 的 意 味 一 切 法 を 摂 蔵 す る と い う の を 主 と し て 見 る と き は、 阿 頼 耶 識 の 所 蔵 を 意 味 す る の で あ る。 さ て、 異 熟 に は 果 相 の 異 熟 と 因 相 の 異 熟 が あ り、 因 相 の 異 熟 と は 直 前 に 述 べ る よ う に、 種 子 と し て の 阿 頼 耶 識 が 眼 等 の 色 等 を 現 行 す る 異 熟 を い い、 摂 大 乗 論 本 論 長 行 の ﹁此 れ は 亦 因 体 と し て 之 等 ( 雑 染 法 ) を 摂 蔵 す る ﹂ と い う の が そ れ で あ る。 果 相 の 異 熟 と は 阿 頼 耶 識 が 雑 染 法 に よ つ て 反 対 に 諸 法 の 種 子 を 蕪 ぜ ら れ、 そ の 勢 力 を 保 存 す る 体 と な る を い う。 長 行 の 二 切 有 生 の 雑 染 法 は 果 体 と し て 阿 頼 耶 識 に 蔵 せ ら れ る ﹂ と い う の が そ れ で あ る。 偶 に ﹁ 諸 法 を 摂 蔵 す る ﹂ と あ る の は こ れ 等 二 つ の 意 味 が あ る。 尚 長 行 に ﹁ 雑 染 法 云 云 ﹂ と い う は 一 般 的 に 雑 染 せ ら れ て い る か ら で、 詳 し く は、 清 浄 法 を も 含 む 義 で あ る。 何 と な れ ば、 有 情 界 は 大 体 に 於 て、 雑 染 せ ら れ て い る の で は あ る が、 一 部 の 有 情 は そ う で は な い。 磐 摂 大 乗 論 日に 於 け る 阿 頼 耶 識 設 定 の 密 意

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-23-密 教 文 化 へ ば、 無 学 位 に 入 つ た 者、 叉 は 第 八 地 以 上 の 菩 薩 に と つ て は、 阿 績 耶 識 は 清 浄 法 の 所 依 処 と な ら ね ば な ら な い の で あ る。 勿 論 其 の 場 合、 阿 頼 耶 識 は 転 依 し て 居 り、 清 浄 な る 眼 等、 色 等 が 摂 蔵 せ ら れ る と 見 る の で あ る。 然 も 亦、 雑 染 の 分 位 に あ る 本 性 住 種 性 と 習 所 成 種 性 (10) よ り 見 て も、 阿 頼 耶 識 は 厳 密 に は 清 浄 法 の 因 で あ る と も、 雑 染 性 で あ る と も 認 め ら れ な い。 こ の よ う な 分 位 に あ る と き は 自 性 (Pradhana) で も、 実 な る も の が ら (dravya) で も な い か ら で あ る。 元 来 阿 頼 耶 と い う 言 説 は、 無 差 別 的 な も の に 就 て の み 施 設 し て 詮 表 さ れ る 語 で あ る か ら、 そ の 転 変 の 所 作 の み あ つ て、 染 と も 浄 と も 決 定 し て し ま う こ と が 出 来 な い も の で あ る。 従 つ て 叉、 阿 頼 耶 識 は 清 浄 法 た り 得 る の で あ つ て、 大 般 浬 耶 経 中 に ﹁ 阿 頼 耶 識 と 転 識 と は 受 用 身 な り ﹂ と あ る が 如 く で あ る。 こ の よ う に し て、 諸 法 が 自 ら の 果 を 阿 頼 耶 識 の 申 に 蔵 せ し め る に し て も、 或 は 亦、 阿 頼 耶 識 が 諸 法 を 生 起 す る 種 子 を 蔵 す る に し て も、 要 す る に 阿 頼 耶 識 が 因 で あ つ て、 二 つ に 分 析 し た の は 唯 alaya ( 蔵 ) の 語 源 を 訓 釈 す る こ と に よ つ て、 阿 頼 耶 識 の 所 縁 を 観 察 し た も の に 過 ぎ な い。 iii執 蔵 的 意 味 次 に 亦、 此 の 偶 に は 蔵 と い う 義 に 関 連 し て、 執 蔵 の 意 味 で 阿 頼 耶 識 が 明 さ れ る 意 趣 が あ る。 即 ち、 本 論 長 行 釈 に ﹁ 或 は 亦、 諸 の 有 情 は 自 我 と し て 執 蔵 す る か ら 阿 頼 耶 識 で あ る ﹂ と 述 べ る。 こ れ に 就 て、 世 尊 が ﹁ 自 我 を 調 伏 す る こ と に よ り て 云 々 ﹂ と、 あ る 処 に 宣 べ 給 ふ て い る の で あ る が、 そ の 場 含、 阿 頼 耶 識 こ そ 諸 有 情 の 自 我 で な け れ ば な ら な い。 何 と な れ ば、 若 し そ れ が 転 識 で あ る と す れ ば、 転 識 は 刹 那 滅 性 で あ つ て、 自 我 と し て 施 設 す る こ と は 不 合 理 で あ る か ら で あ る。 或 は 叉、 別 の 解 釈 に よ る と、 自 我 と し て 執 蔵 す る と は、 第 七 染 汚 意 と 相 応 す る 有 身 見 に よ つ て、 自 我 の 相 と し て 了 得 す る か ら 阿 頼 耶 識 で あ る と せ ら れ る。 亡 の 場 合、 五 取 総 に 含 ま れ る 六 転 識 中 の 意 識 と 相 応 す る 二 十 種 の 有 身 見 に よ つ て は、 我 と し て 了 得 さ れ な い の で あ る。 何 と な れ ば、 二 十 種 の 有 身 見 は 或 る 時 間 を 限 つ て 現 行 す る 有 身 見 で あ る か ら で あ る。 又、 第 七 染 汚 意 ( 識 ) が 阿 頼 耶 識 を 自 我 と し て 了 得 す る 仕 方 は、 眼 等 を 異 熟 す る 如 く、 自 体 を 建 立 す る 仕 方 で は な く、 自 我 の 相 を 起 す 仕 方 に よ つ て で あ る 叉 或 る 人 が あ つ て、 次 の 様 に 考 え る か も し れ な い。 ﹁ 眼 等 は 阿 頼 耶 識 を 体 と す る も の で は な い ( 宗 )、 根 で あ る か ら ( 因 )、 意 根 の 如 し ( 喩 ) ﹂ と。 此 の 宗 に よ れ ば、 阿 頼 耶 識 を 体 と し な い 意 根 と 阿 頼 耶 識 を 体 と す る 命 根 と が、 同 じ く 根 と 名 付 け ら れ、 而 も 本 質 を 異 に す る こ と に な る か ら、 根 は 不 決 定 性 と な る と い う 不

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-24-合 理 を 免 れ な い。 叉 同 じ 理 由 よ り し て ﹁ 眼 等 は 識 を 体 と し な い ( 宗 )。 識 を 極 成 す る 所 依 で あ る か ら ( 因 )。 意 根 の 如 し ( 喩 ) ﹂ と 言 う こ と も 不 合 理 で あ る。 か く し て 自 我 の 体 と し て 蔵 せ ら れ る も の は、 阿 頼 耶 識 よ り 外 に は あ り 得 な い の で あ る。 以 上 に よ つ て 理 解 さ れ た よ う に、 此 の 第 二 偏 と 長 行 は、 阿 頼 耶 識 の 功 能 の 面 を 明 に し て い る と 考 え ら れ る。 即 ち、 阿 頼 耶 識 の 能 蔵、 所 蔵、 執 蔵 に つ い て で あ る。 然 し こ れ が 如 来 蔵 思 想 を も 同 時 に 含 ん で ゐ る 点 は、 支 那、 日 本 の 法 相 宗 の 立 場 か ら は 注 意 さ れ な か つ た 所 で あ る。 そ し て、 阿 頼 耶 識 は 染 浄 未 分 の も の、 逆 に 考 え れ ば、 染 浄 い つ れ に も な り 得 る 功 能 を 持 つ こ と が 明 ら か に せ ら れ て い る。 こ ゝ に、 阿 頼 耶 識 ぼ 印 度 に 於 て は、 あ く ま で も 如 来 蔵 思 想 を そ の 内 容 と し て 考 慮 し て い た と 見 る こ と が 出 来 る。 ( B) 阿 頼 耶 識 は 阿 陀 那 識 で あ る。 庇 の 経 証 と し て 引 用 さ れ る 解 深 密 経 の 偶 は、 唯 識 三 十 論 に 梵 丈 が 見 出 さ れ る の で あ る が、 第 一 偶 が 阿 頼 耶 識 の 体 を、 第 二 偶 が 用 を 明 し た と 考 え ら れ る の に 対 し、 こ の 偶 は 阿 頼 耶 識 の 相 に つ い て 明 か す も の と 見 て よ い と 思 う。 1 adana-vijnana gabhirasuksmo 阿 陀 那 識 甚 深 細 ii

ogho yatha varati savabijo I

一 切 種 子 如 漫 流 iii

balanam eso mayi na prakacito

我 於 凡 愚 不 開 演 iv

rma haiva atma parikalpayeyuhII

恐 彼 分 別 執 為 我 i阿 陀 那 識 と も 呼 ば れ る と い う 阿 頼 耶 識 は、 遍 計 の 体 を 離 れ て い る も の と し て、 分 別 さ れ な い も の で あ る。 即 ち、 所 蔵 の 分 位 に あ る 阿 頼 耶 識 は、 種 々 の 雑 染 法 の 勢 力 の み を 蔵 す る 義 よ り し て、 世 間 の 賢 者 も 量 知 し 得 な い 底 の も の で あ る か ら、 甚 深 で あ る。 そ れ は、 聞 思 所 成、 又 は 生 れ て 後 得 た 智、 若 し く は、 声 聞、 独 覚、 其 の 他 如 何 な る 凡 夫 の 智 に よ つ て も 了 解 さ れ な い も の で あ る。 叉 阿 頼 耶 識 が、 能 蔵 の 種 子 の 分 位 に あ る と き は、 実 体 な く、 諸 法 と 一 異 の 関 係 に 於 て 在 る の で な い か ら、 観 察 し 難 く、 そ の 意 味 で 微 細 で あ る。 そ れ は 世 間 的 訓 練 に よ る 智、 若 し く は 信 解 行 地 に あ る 菩 薩 に よ つ て も 知 り 難 い の で あ る と 説 か れ る。 ii一 切 種 子 と、 こ ゝ で 云 わ れ る の は 数 論 の 立 て る 自 性 と 区 別 す る 意 図 を 有 す る の で あ つ て、 こ の ] 切 の 種 子 た る 阿 頼 耶 識 ぼ 数 論 の 自 性 の 如 く 他 の も の に 因 待 し な い 種 子 を 蔵 す る こ と は な い。 讐 え ば、 烈 し い 風 の 力 が 水 波 を 生 ず る 如 く、 刹 那 展 転 相 続 す る 阿 頼 耶 識 は、 諸 の (13) 縁 に よ つ て、 或 は 次 第 し て、 或 は 同 時 に 七 転 識 の 波 を 生 ず る の で あ る。 或 は 亦、 自 部 の 或 る 者 は、 因 と 果 は 一 異 の 関 係 で あ る と 考 え る か ら、 水 波 の 讐 を 以 て、 一 異 と 言 い 難 い こ と を 示 す の で あ る。 即 ち、 阿 頼 耶 識 と 云 ふ 相 続 の 水 よ り、 一 異 と 言 い 得 な い 心 心 所 の 波 が 生 ず る。 そ の 場 摂 大 乗 論 に 於 け る 阿 頼 耶 識 設 定 の 密 意

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密 教 文 化 合、 果 は 因 よ り 別 の 物 と は 言 え な い。 蓋 し、 別 の も の と す れ ば、 そ の 場 合 は 一 切 よ り 一 切 の も の が 生 ず る と い う 過 失 に な る か ら で あ る。 叉 同 じ 物 で あ る と も 言 え な い。 若 し そ う な ら ば、 数 論 と 同 じ こ と に な る か ら で あ る。 iii阿 頼 耶 識 は 我 で は な い。 然 る に、 機 根 す ぐ れ ぬ 聴 聞 者 は、 誤 つ て こ れ を 我 で あ る と 理 解 す る か ら、 諸 の 凡 夫 に は 説 か な い の で あ る 。 加 此 の 偶 に 関 す る 本 論 の 長 行 は、 阿 陀 那 (adana= 執 ) の 語 源 に よ つ て、 阿 頼 耶 識 に 二 の 執 の 相 あ る こ と を 説 明 し て い る ( イ ) 第 一 の 執 ( 執 受 ) の 意 味 阿 頼 耶 識 は 常 に 一 切 の 有 色 根 の 因 と な り、 色 界 と 欲 界 に 於 て 之 を よ く 執 し、 失 壊 せ し め な い か ら 阿 陀 那 ( 執 ) で あ る。 結 生 相 続 の 後 は、 生 命 の 随 転 す る 限 り、 そ れ 等 は 阿 頼 耶 識 に 執 受 さ れ て あ る の で あ つ て、 此 の 場 合、 阿 頼 耶 識 は 大 種 及 び 大 種 所 造 色 よ り 成 れ る 有 色 根 を 我 一所 ( 自 分 の も の ) と し て 執 し、 利 害 に よ つ て 楽 苦 が 生 起 す る と 見 て、 失 壊 せ し め な い の で あ る。 之 に 反 し、 我 所 と し て 執 し な い 器 世 間 や、 屍 等 に 対 し て は、 之 を 執 す る こ と が な い か ら 失 壊 す る 事 に な る。 讐 え ば、 夢 中 に 於 て、 身 は 意 識 と 何 等 異 ら な い に も 不 拘、 楽 苦 等 が そ れ よ り 生 起 す る と 考 え て 執 す る た め、 迷 い を 起 す 事 に な る け れ ど も、 家 等 と し て 見 ら れ た も の は、 少 し も 之 を 執 し よ う と し な い が 如 く で あ る。 ( ロ) 第 二 の 執 ( 執 取 ) の 意 味 阿 頼 耶 識 は 叉、 結 生 相 続 の 刹 那 に 於 て、 一 切 の 出 生 す べ き 身 の 種 子 と な る。 そ し て、 そ の 種 子 は 身 を よ く 現 成 せ し め る 点 訂 り し て、 執 取 で あ り、 阿 陀 那 識 ( 執 識 ) と 言 わ れ る。 此 の 場 合、 眼 耳 鼻 舌 の 四 は 之 を 種 子 と し て 執 し、 身 の み は 之 を 自 体 と し て 執 す る。 そ し て 無 色 界 に 於 て も 此 の 執 は 持 続 さ れ る の で あ る。 是 の 如 く、 阿 陀 那 ( 執 ) を 執 受 と 執 取 に 分 け て 解 釈 し た の は、 種 々 の 異 論 が 予 想 さ れ る か ら で あ る。 即 ち、 自 宗 の 一 部 の 人 々 は 次 の 様 に 考 え る、 ﹁ 結 合 す る こ と x 接 触 す る こ と に 対 す る 情 欲 を 捨 て、 疲 労 と 結 縁 の 絡 了 を 起 せ し め る も の は 意 識 に 外 な ら な い ﹂ と。 更 に ﹁ 結 生 相 続 の 後 に 有 色 根 を 失 壊 せ し め な い も の は 眼 識 等 で あ る ﹂ と。 叉 彼 等 は 第 二 の 執 に 就 て 別 に、 ﹁ 結 生 相 続 の 刹 那 に、 よ く 身 を 現 成 せ し め う る 種 子 と し て、 執 取 し 続 け る も の は 意 識 で あ る ﹂ と 極 成 す る。 然 し、 こ れ 等 の 考 え 方 は 不 合 理 で あ る。 何 と な れ ば、 染 汚 意 こ そ が 雑 染 を 生 じ、 六 転 識 は 雑 染 を 生 じ な い か ら で あ る。 叉 二 の 執 を 説 く の は、 執 の 作 用 す る 領 域 に 別 が あ る か ら で あ る。 即 ち、 第 一 の 執 が 有 色 根 を 執 す る の は 欲 界 と 色 界 と に 於 て で あ つ て、 無 色 界 に は 及 ぼ な い。 若 し 人 あ つ て、 ﹁ 無 色 界 の 有 情 に 於 て も、 有 色 根 は あ る で あ ろ う。 何 故、 欲 界 色 界 の み

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に 限 定 す る の か。 余 の 経 に、 ﹃ 無 色 の 有 情 は 宝 宮 殿 に 住 せ る 世 尊 の 法 を 聞 き、 見、 そ し て 供 養 せ ん 為 に 来 れ り ﹄ と 述 べ ら れ て い る で は な い か ﹂ と 考 え る か も 知 れ な い。 然 し、 そ の 有 色 根 は 本 来 的 に 無 色 界 繋 に 属 す る 有 色 根 で は な く、 三 昧 の 業 よ り 生 ぜ る 有 色 根 を 執 す る 意 味 で あ る か ら、 無 色 界 に 於 て は 有 色 根 は あ り 得 な い。 若 し 叉 彼 の 人 が、 ﹁成 程、 無 色 界 繋 の 眼 等 は 三 昧 に よ つ て 生 ぜ る も の で あ ろ う が、 そ の 場 合、 色 界 に 於 て も 天 眼 天 耳 は 三 昧 よ り 生 ず る か ら、 そ れ 等 も 実 は 無 執 と な る の で は な い か ﹂ と 難 ず る か も 知 れ な い、 然 し、 そ れ は 三 昧 よ り 生 ず る も、 本 来 的 に 欲 界 繋 と 色 界 繋 に 属 す る 有 色 根 で あ る と い ふ 意 味 で あ る か ら 過 失 は な い。 色 界 に こ そ 有 色 根 が あ る と は、 自 宗 の 人 々 に と つ て 周 知 の 事 実 で あ る。 こ の 第 一 の 執 に 対 し て、 第 二 の 執 と し て の 阿 頼 耶 識 が、 一 切 の 身 を 現 成 す る 種 子 で あ る の は、 三 界 全 部 に 於 て で あ る。 そ れ 故、 第 一 と 第 二 の 執 を 別 々 に 説 く の で あ る。 さ て、 以 上 は 大 乗 独 自 の 立 場 に 於 け る 阿 頼 耶 識 設 定 の 意 趣 を、 体、 用、 相 の 三 方 面 よ り、 第 一 偶、 第 二 耶、 第 三 偶 の 次 第 を 以 て 組 織 的 に 説 述 し 集 成 し た も の と 思 う。 ( 二 ) 大 乗、 声 聞 乗 共 ( 通 ) の 立 場 よ り 考 え ら れ る 阿 頼 耶 識 ( C ) 阿 頼 耶 識 は 心 と も 云 わ れ る。 此 の 経 証 と し て 世 尊 に よ り て 心 意 識 あ り と 説 か れ た と 云 う。 さ て、 こ の ﹃ 心 ﹄ と い う テ ー マ は、 大 乗、 声 聞 乗 共 に 説 か れ る も の で あ る が、 今、 こ れ が 阿 頼 耶 識 を 示 す と す る。 勿 論、 或 る 程 度 限 定 さ れ た 意 味 に 於 て ゴ あ り、 従 つ て、 心 に 関 す る 種 々 の 解 釈 あ る 中 か ら あ る 一 つ だ け を 選 ん で、 そ の 意 味 に 於 て 阿 頼 耶 識 を 規 定 せ ん と す る 方 法 が 採 ら れ る の で あ る。 さ て、 大 体、 心 意 識 に 関 す る 異 説 に は 三 種 あ つ た も の と せ ら れ て い る。 即 ち、 ( イ) 声 聞 乗 の 心 意 識 説。 こ れ は 六 識 に 限 定 し て 考 え る も の。 ( ロ) 大 乗 の 第 一 の 解 釈。 こ れ は 八 識 身 全 体 を 異 つ た 見 方 か ら 理 解 す る も の。 ( ハ) 大 乗 の 第 二 の 解 釈。 こ れ は 心 意 識 を 限 定 し た 意 味 で 理 解 す る も の ゝ 三 つ で あ る。 ( イ) 声 聞 乗 の 心 意 識 論 と そ の 遮 遣。 i 積 集 す る 故 に 心 で あ り 思 量 す る 故 に 意 で あ り 識 る 故 に 識 で あ る ii 未 来 が 心 で あ り 過 去 が 意 で あ り 現 在 が 識 で あ る 摂 大 乗 論 に 於 け る 阿 頼 耶 識 設 定 の 密 意

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密 教 文 化 iii 遠 行 が 心 で あ り 前 行 が 意 で あ り 結 生 が 識 で あ る iv 界 と し て 読 く の が 心 で あ る 処 と し て 読 く の が 意 で あ る 慈 と し で 読 く の が 識 で あ る v 心 意 識 は 声 の み の 差 別 に 過 ぎ ぬ と す る 読。 vi 其 の 他、 理 不 相 応 な る 多 く の 差 別 を 以 て 心 意 識 を 解 釈 す る 読。 是 の 如 き、 声 聞 乗 の 一 切 の 読 は 成 立 し 得 な い。 蓋 し 次 の 如 き 不 合 理 が あ 惹 か ら で あ る。 i六 識 が 積 集 す る 故 に 心 で あ る と 云 う も、 若 し 六 識 が 自 ら 功 能 を 積 集 し て い る 故 に と 云 う だ ら ば、 六 識 が 諸 の 心 所 及 が 色 と な つ て、 不 合 理 で あ ろ う。 又、 六 識 は 果 を 積 集 す る 故 に 心 で あ る と 云 う な ら ば、 業 が そ こ に あ る こ と に な る で あ ろ う。 然 る に、 業 は 阿 頼 耶 識 が な け れ ば 長 養 さ れ な い か ら 不 合 理 で あ る と 知 る べ き で あ る。 同 様 に、 若 し 六 識 は 思 量 す る 故 に 意 で あ る と い う な ら、 た ゞ 声 を 分 別 し た に 過 ぎ な い か ら、 根 拠 が な い。 但、 識 る 故 に 識 で あ る と い う こ と の み は 認 め る こ と が 出 来 る。 世 尊 は 張 宿 出 世 経 中 に、 そ の 事 を 読 き 給 う た か ら で あ る。 ii時 の 差 別 よ り、 未 来 が 心 で あ る と 云 う も、 若 し 未 来 の 心 が 心 所 と い ふ 身 を 積 集 し 已 つ て、 現 在 に な る 故 に と い ふ な ら ば、 未 来 は 無 で お り、 作 用 が な い 故 に 過 失 と な る で あ ろ う。 又 同 様 に し て、 過 去 は 意 で は な い。 若 し 等 間 縁 の 体 と し て 果 を 保 持 し 得 る 故 に 過 去 は 意 で あ る と 云 う な ら ば、 讐 え ば、 鶏 が 死 ん だ 後 も 意 が あ つ て、 そ の 鳴 声 を 保 持 す る こ と に な る か ら 過 失 と な る 。 唯 だ 識 は 現 在 の も の で あ る と は 認 め て よ い。 撤 作 用 の 差 別 よ り し て、 遠 く に 作 用 す る も の が 心 で あ る な ら ば、 心 は 諸 の 心 所 と 一 つ に な つ て し ま う と い う 過 失 に な る。 同 様 に、 意 は 直 前 の 過 去 に あ つ て 作 用 す る も の と い う な ら ば、 過 去 は 無 で あ る か ら、 現 に 業 の 起、 つ て い る よ り 前 の 過 去 に 意 と い う 体 が 有 る 昌 こ と は な い。 又 結 生 は 転 識 の 作 用 に よ つ て 有 り 得 る の で な く、 さ き に 述 べ た 如 く、 阿 頼 耶 識 の 作 用 に よ つ て 有 る と 言 う べ き で あ る。 従 つ て、 結 生 と い う 作 用 あ る も の が 識 で は あ り 得 な い。 iv教 読 の 差 別 よ り し て、 心 は 七 界 で あ る と 説 か れ る 場 合 に も、 界 が 心 で あ る と は 言 え な い。 又 意 処 が 読 か れ る と き に も、 意 ど い ふ 声 は 処 で あ る と は 言 え な い。、 過 去 は 無 で あ る か ら 意 は 成 立 し な い。 更 に、 蕪 等 は プ ト ガ ラ を 施 設 す る 因 で あ り、 そ の 施 設 因 は 現 在 の 識 で も あ る と い う よ う に、 藏 が 説 示 さ れ る と き、 識 の 声 は 言 わ れ て も、 過 去 巴 区 別 し た 識 藏 を 論 く 故 不 合 理 で あ る。

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v 若 し、 或 る 所 化 者 を 予 想 し て、 心 意 識 ど い う 異 門 の い つ れ か に よ つ て 信 に 入 り、 或 は 正 智 を 起 さ す 為、 名 の み を 差 別 し た に 過 ぎ ぬ と す る な ら ば、 そ の 理 由 に 就 て 明 か す べ き で あ る も、 そ れ が 無 い 故 に 成 立 し な い。 ( ロ ) 大 乗 の 第 一 の 解 釈 に よ る 心 意 識 論。 i心 八 識 身 の 中、 阿 頼 耶 識 は 積 集 す る 故 に 心 で あ る。 八 識 身 の 中、 第 七 染 汚 意 は 境 を 思 量 す る 故 に 心 で あ る。 八 識 身 の 中、 前 六 識 は 種 々 な る も の を 了 得 す る 故 に 心 で あ る。 ii意 八 識 身 は 等 間 縁 の 義 よ り し て、 意 で あ る。 八 識 身 は 思 量 す る 義 よ り し て、 意 で あ る iii識 八 識 身 は 各 々 の 境 を 了 別 す る 義 よ り し て 識 で あ る。 ( ハ) 大 乗 の 第 二 の 解 釈 に よ る 心 意 識 詮。 i心、 阿 頼 耶 識 の み が 心 で あ る。 阿 頼 耶 識 は 積 集 の 故 に、 境 を 思 量 す る 故 に、 第 七 の 染 汚 意 識 と 前 六 意 識 は 心 と は 言 い 得 な い。 上 述 の 如 き 二 因 を 有 た な い か ら で あ る。 ii意、 第 七 の 染 汚 意 の み が 意 で あ る。 染 汚 意 は 常 に 貧 愛 と し て 顕 わ れ る か ら で あ る。 阿 頼 耶 識 ぼ 貧 愛 と し て 顕 わ れ な い し、 前 六 識 は 断 常 の 性 質 あ る 故 に 意 で は な い。 iii識、 六 識 の み が 識 で あ る。 種 々 の 境 を 了 別 す る 故 に。 阿 頼 耶 識 ど 染 汚 意 と は 種 々 の 境 を 了 別 し な い 故 に、 識 で は な い。。 さ て、 以 上 の 如 き 諸 論 の 中、 阿 頼 耶 識 が 心 と も 云 わ れ る の は ( ハ ) 大 乗 の 第 二 の 解 釈 に よ る 心 の 意 味 で あ る と す る。 即 ち、 心 を 阿 頼 耶 識 に 限 定 す る の で あ つ て、 本 論 の 経 証 の 心 意 識 も、 同 じ 意 味 で 理 解 す べ き で あ る。 そ し て、 こ の ﹁ 世 尊 に よ り て、 心 意 識 あ り と 論 か れ た 如 く で あ る ﹂ と い う 経 証 に 続 く 本 論 の 長 行 も 亦、 第 二 の 解 釈 で あ る 所 の、 心 意 識 を 限 定 す る 意 味 に 於 て 説 か れ る。 i意、 意 に 二 種 あ る 中、 こ ゝ で は 第 二 の 意 を 本 旨 と す る。 ( イ) 第 一 の 意 は 等 間 縁 と な る 点 で 所 依 と な る か ら、 識 が 滅 す る や 否 や 意 と い わ れ、 次 の 識 が 生 ず る 所 依 と な る。 此 の 場 合、 識 と 意 と は 更 互 に 摂 せ ら れ る 関 係 に あ る の で は な い と い う り 即 ち、 さ ぎ に 述 べ た 大 乗 の 第 一 の 解 釈 に よ る 意 で あ る。 (16) ( ロ) 第 二 の 意 は 染 汚 意 と し て の 意 で あ り、 正 し く さ き の 大 乗 の 第 二 の 解 釈 に よ る 意 で あ る。 此 の 染 汚 意 は 阿 頼 耶 識 を 我 と 執 し て 有 身 見 を 起 し、 そ れ よ り 驕 慢 と な つ て 我 慢 を お こ し、 更 に そ れ よ り 我 愛 と な る。 叉、 此 等 の 根 本 で あ る 無 明 と も 常 に 相 応 す る 所 の 意 が こ れ で あ る。 摂 大 乗 論 に 於 け る 阿 頼 耶 識 設 定 の 密 意

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密 教 文 化 第 一 の 意 を 所 依 と し て 生 起 す る 無 覆 無 記 な る 六 識 は、 此 の 第 二 の 染 汚 意 に よ つ て 有 漏 性 が、 与 へ ら れ る。 即 ち、 六 識 身 は、 染 汚 意 と 相 応 せ る 漏 と 倶 生 す る よ り し て 染 汚 と な る。 こ の よ う に し て 染 汚 意 は 六 識 の 有 漏 性 の 因 で あ る。 叉、 此 の 染 汚 意 で あ る 第 二 の 意 が 第 一 の 意 と 異 る 点 は、 出 世 間 道 な る 禅 定 中 に あ る と ぎ に も 存 在 し て 有 漏 性 の 所 依 と な る こ と で あ る。 叉 こ の 染 汚 意 が 第 六 識 に 対 す る 関 係 は、 第 六 識 を 起 さ し め た り、 断 ぜ し め た り す る 縁 で あ る。 然 し、 そ れ は 等 無 間 縁 と し て ゞ は な い。 尚、 染 汚 意 は 四 煩 悩 の 外、 五 遍 行 と も 相 応 す ゐ か ら、 合 せ て 九 り の 心 所 と 相 応 す る わ け で あ る。 要 す る に、 意 は 等 無 闇 縁 と し て の 第 一 の 意 と、 我 を 思 量 す る も の と し て の 第 二 の 意 と に よ つ て 二 種 と な り 大 乗 に も 二 の 立 場 が あ る わ け で あ る が、 ﹁ 世 尊 に よ つ て 心 意 識 あ り ﹂ と い う 場 合 の 意 は、 第 二 の 意 で あ る と す る。 ii識、 識 と は 六 転 識 の 意 味 で あ り、 諸 の 境 を と つ て 表 わ す、 即 ち 了 別 す る (vijnapti) か ら 識 で あ る。 こ れ も 大 乗 の 第 二 の 解 釈 に よ る。 ii心、 以 上、 意 と 識 と を 規 定 し て 来 る と、 残 る 心 の 体 は 阿 頼 耶 識 以 外 に は な い。 か く し て、 阿 頼 耶 識 の み が 心 で あ る。 そ れ は 積 集 す る 故 に、 又 境 を 思 量 す る 故 に 心 と 云 わ れ る。 こ れ は す な わ ち、 上 来 述 べ て 来 た 第 二 の 解 釈 に 見 る 所 で あ つ て、 本 論 の 長 行 は こ の こ と を ﹁ 法 重 習 の 種 々 な る 種 子 を 積 集 し て ゐ る 故 に ﹂ と 述 べ る。 若 し、 種 々 な る 雑 染 法 の 蕪 習 が 別 々 の 功 能 差 別 を 以 て 積 集 す る な ら ば、 そ の と き は 阿 頼 耶 識 の 因 相 は 共 通 性 が な ぐ な る で あ ろ う。 け れ ど も、 心 は 心 心 所、 心 不 相 考 え、 応 と い う よ う に 関 係 す る か ら、 当 然 共 通 の 因 相 あ り と ら れ ね ば な ら ぬ。 か く し て 阿 穀 耶 識 に 於 て の み 一 切 の 種 子 が 積 聚 さ れ ﹂ そ れ よ り 意 と 識 と が 生 起 す る と い う。 然 ら ば、 ( i ) 声 聞 乗 中 に 此 の 心 を 読 き な が ら、 何 故 そ れ を 阿 頼 耶 識 な り と 言 わ な い の か。 叉 ( 賢 ) 大 乗 に 於 て の み そ の 事 が 言 わ 割れ る の は 何 故 か。 ( i) 第 一 の 点 に 就 て 次 の よ う に 読 明 さ れ る。 即 ち、 大 乗 の 心 は 微 細 な る 境 を 意 味 す る に 対 し、 声 聞 乗 の 心 は 粗 な る 境 を 意 味 す る か ら、 そ こ で は、 心 が 阿 頼 耶 識 又 は 阿 陀 那 識 で あ る と 読 か な い の で あ る。 こ こ に 微 細 と い う の は、 総 相 (samanya-laksana) の 面 か ら す れ ば、 法 無 我 を 意 昧 し、 自 相 (svalaksana) の 面 か ら す れ ば、 分 別 以 前 の 知 り 難 い 阿 頼 耶 識 を 意 昧 す る。 之 に 対 し、 声 聞 乗 の 粗 な る 境 と は、 総 相 の 面 よ り す れ ば、 人 無 我 を 意 味 し、 自 相 の 面 よ り す れ ば、 色 等 (受 想 行 識 ) で あ る、 声 聞 乗 で は、 是 の 如 き 心 を 聞 思 す る と き、 八 聖 道 を 知 り、 随 得 入 の 智 を 得 る と す る が、 そ の 場 合、

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-30-人 無 我 に よ つ て 浬 繋 を 得 る こ と を 第 一 目 的 と し、 一 切 の 法 の 無 我 を 知 る 覚 智 を 得 る こ と は 第 二 義 的 で あ る か ら、 粗 な る 心 が 説 か れ る の み で 十 分 で あ る。 ( ii) 然 る に、 大 乗 に 於 て は 細 な る 意 味 で 心 が 読 か れ、 心 は 阿 頼 耶 識 で あ る と す る。 こ れ は、 大 乗 の 菩 薩 は 利 他 行 の 為 に 一 切 の 境 を 知 ら ん と す る か ら と、 一 切 智 智 こ そ が 諸 菩 薩 に と つ て、 第 一 義 的 で あ る か ら と の 二 の 理 由 に よ る。 即 ち、 八 聖 道 に よ つ て 人 無 我 と 法 無 我 と に 就 て 解 了 し、 随 得 入 の 智 に よ つ て 色 等 の 五 慈 と 阿 頼 耶 識 と に 就 て 解 了 す る に 至 る。 そ こ で 細 な る 意 味 で 心 を 説 く 必 要 が あ る の で あ る。 諸 菩 薩 に と つ て は、 輪 廻 性 の 因 は 実 に 此 の 一 切 智 智 を 得 な い こ と よ り あ る と す る か ら、 世 尊 は 彼 等 に 対 し て、 こ れ を 明 か に せ ん 為、 心 を 阿 頼 耶 識 で あ る と し て、 広 く 深 い 意 味 内 容 で 読 か れ た わ け で あ る。 ( 三) 声 聞 乗 独 自 の 立 場 よ り 考 え ら れ る 阿 頼 耶 識 次 に は、 声 聞 乗 各 部 派 に 於 て 読 く 教 学 に 関 係 づ け て、 種 々 阿 頼 耶 識 を 設 定 し よ う と す る。 勿 論、 そ れ 等 は 声 聞 乗 的 解 釈 そ の ま ま で は、 大 乗 的 阿 頼 耶 識 の 意 味 に な ら な い か ら、 大 乗 的 に 高 め ら れ ね ば な ら な い。 ( D) 読 一 切 有 部 の ﹁ 阿 頼 耶 ﹂ も 阿 頼 耶 識 で あ る。 此 の ﹁ 阿 頼 耶 ﹂ は、 読 一 切 有 部 の 所 依 と す る 増 一 阿 含、 如 (17) 来 出 現 四 徳 経 中 に 読 か れ て い る も の で あ る。 即 ち、 ﹁ ( 比 丘 等 よ ) 衆 生 は 阿 頼 耶 を 愛 楽 し (arama)、 阿 頼 耶 を 欣 び (rata)、 阿 頼 耶 を 烹 ぶ (samudita)、 ( 如 来 が ) 阿 頼 耶 を 断 ぜ ん 為 に、 法 を 論 く と き、 ( 衆 生 は 如 来 に ) 恭 敬 し、 耳 を 畝 て、 知 ら ん と し て 心 を 喚 び 起 し、 法 に 随 順 せ る 法 を 行 ず る。 ( 比 丘 等 よ ) 如 来 が 世 に 出 現 す る に よ り、 此 の 第 一 の 稀 有 ・ 未 曾 有 法 が 世 に 出 現 す る。 ﹂ と。 此 の 中 に 見 ら れ る 四 種 の 阿 頼 耶 の 意 味 に 就 て は、 種 々 の 読 が あ つ た よ う で あ る。 (18) 此 の よ う な 異 読 は 兎 も 角、 読 一 切 有 部 の 阿 含 で は、 ﹁ 阿 頼 耶 ﹂ は ひ た す ら 断 ぜ ら る べ き も の で あ り、 こ れ が 阿 頼 耶 識 に 相 当 す る も の で あ る。 ( E) 大 衆 部 の ﹁ 根 本 識 ﹂ も 阿 頼 耶 識 で あ る。 大 衆 部 の 阿 含 中 に、 '根 本 識 が 読 か れ て い る。 大 衆 部 に 依 れ ば、 根 本 識 は 他 識 の 因 た る 識 で あ る。 そ れ が 唯 分 別 の み の も 摂 大 乗 論 に 於 け る 阿 頼 耶 識 設 定 の 密 意

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密 教 丈 化 の で あ る と い う 点 で、 意 識 で は な い。 然 し、 眼 識 の 上 に 別 の 相 続 は 有 り 得 な い よ う に、 意 識 の 上 に、 -そ れ と は 別 の 相 続 が あ る こ と は 不 合 理 で あ る か ら、 全 く 別 物 で も な い。 根 本 識 は 他 識 の 因 と な る こ と、 あ た か も 樹 木 の 根 が 茎 等 の 因 で あ る の 乏 同 様 で あ る と。 こ れ も 亦、 阿 頼 耶 識 で な け れ ば な ら な い。 (F) 化 地 部 の ﹁ 窮 生 死 藏 ﹂ を 阿 頼 耶 識 で あ る。 (19) 化 地 部 に 依 れ ば、 或 る 物、 讐 え ば 命 の 如 ぎ は、 死 に 至 る ま で 随 転 す る。 叉 或 る 物、 響 え ば 転 識 の 如 き は、 唯 一 刹 那 の 間 の み 生 起 す る。 之 に 対 し、 窮 生 死 蔽 は 生 死 の あ る 限 り 随 転 す る。 讐 え ば、 阿 頼 耶 識 が 浬 彙 を 得 る ま で 転 起 す る と 同 様 で あ る。 こ れ は、 無 色 界 に 於 て は、 色 の 相 続 が 断 ず る か ら、 叉 滅 尽 定 等 に 於 て は、 心 の 相 続 が 断 ぜ ら れ る か ら、 色 心 と は 別 に、 窮 生 死 慈 が 考 え ら れ た わ け で あ る、 け れ ど も そ の 結 果、 窮 生 死 繭 は 色 心 を 除 い た も の と な つ て し ま う と い う 不 合 理 が あ る。 (20) ( G) 上 座 部 の ﹁ 有 支 識 ﹂ も 阿 頼 耶 識 で あ る。 上 座 部 の 阿 含 中 に、 ﹁ 有 支 の 見 る こ と ( 色 )、 知 覚 す る こ と ( 受 )、 認 め る こ と ( 想 )、 行 作 す る こ と ( 行 )、 了 別 す る こ と ( 識 ) は、 第 七 ( 識 ) に よ つ て 起 る。 ﹂ と 述 べ て い る。 即 ち、 眼 等 の 支 分 の 活 動 を 支 配 す る 第 七 の 識 が 考 え ら れ、 そ れ が 有 支 識 と せ ら れ る。 而 し て、 こ れ が 亦、 阿 頼 耶 識 に 相 当 す る と い う の で あ る。 (21) (H) 正 量 部 の 果 報 識 も 阿 頼 耶 識 で あ る。 本 論 長 行 に、 ﹁ 叉 化 地 部 の 阿 含 中 に も、 窮 生 死 蕊 が 述 べ ら れ る ﹂ と 云 つ て、 ﹁ 又 ﹂ と い う て ゐ る の は、 前 述 の 大 衆 部 の 根 本 識 に 次 い で、 其 の 余 の 諸 説 に 就 て も 亦 同 じ よ う に 阿 頼 耶 識 に 相 当 す る こ と を 明 か す た め で あ る。 そ こ で、 正 量 部 の 果 報 識 も 含 ま れ る。 (I) 経 量 部 の 細 意 識 ( 又 は 一 味 蕊 ) も 阿 頼 耶 識 で あ る。 果 報 識 の 場 合 と 同 様、 ﹁ 又 ﹂ の 語 に よ つ て、 経 量 部 の 細 意 識 も 阿 頼 耶 識 で あ る。 経 量 部 の 阿 含 申 に、 ﹁ 見 る こ と 等 の 六 は 眼 識 乃 至 意 識 に 次 第 の 如 く 結 び つ く ﹂ と 述 べ ら れ て い る。 こ の 場 合、 六 識 分 の 一 々 は 七 の 珠 よ り 出 来 て い る 念 珠 の よ う な 関 係 に あ る の で、 そ れ ぞ れ は 共 通 の 体 で な い。 そ れ 故、 六 識 分 を 統 一 す る 一 味 瀧 ( 叉 は 細 意 識 ) が、 念 珠 を 貫 く 糸 の よ う な 形 に 於 て あ る と す る。 而 し て、 こ れ も 亦、 大 乗 の 阿 頼 耶 識 に 当 る の で あ る。 さ て、 以 上 種 々 の 立 場 で、 阿 頼 耶 識 を 設 定 し た よ う に、 所 知 依 は 阿 陀 那 識 で あ り、 更 に、 心 ・ 阿 頼 耶。 根 本 識 窮 生 死 蔽 ・ 有 支 識 等 に 相 当 し、 そ れ が 阿 頼 耶 識 で あ る。 か く て、 阿 頼 耶 識 は あ た か も 大 王 の 路 が 多 方 面 に 延 び、 又、 こ の 道 を 行 く こ と に よ つ て、 遠 く へ も 行 き 得 る よ う に、 多 く の 法 門 に 通 じ、 叉 浬 紮 に も 到 違 す る こ と が 出 来 る 点 よ り し て、 大 王 の 路 で あ る と せ ら れ る。 而 し て、 大 王 の 路 も、 盲 人 違 に は 見 え ず、 叉 悪 人 は 通 ら な い よ う に、 能 力 の な い 人 々 に は 見 ら れ な

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い し、 邪 し ま な 見 解 を 持 つ 人 々 の 道 で は な い。 又、 転 輪 聖 王 の 行 き 給 う 道 に は、 砂 金 が 撒 か れ て い る の に、 能 力 の な い 人 々 に は 見 え な い と 同 じ く、 阿 頼 耶 識 と い う 立 派 な 教 論 も、 そ れ を 知 る 力 の な い 人 々 に は、 遂 に 理 解 さ れ な い で あ ろ う と い う の で あ る。 こ こ に、 声 聞 乗 の 人 々 の 開 眼 を 期 待 す る の が 見 ら れ る。 ( 四 ) 阿 頼 耶 識 建 立 の た め の 諸 説 の 批 判。 ( A ) 阿 陀 那 識 ・ 心 ・ 阿 頼 耶 ・ 根 本 識 ・ 窮 生 死 魎 ・ 有 支 識 等 (23) の 六 つ は 同 義 異 語 で は な い。 声 聞 乗 に 属 す る 一 類 の 者 は、 上 述 の 六 等 は、 体 に 於 て は 同 一 で あ り、 名 の み 差 別 あ る に 過 ぎ な い。 所 以 は、 心 意 識 は 同 一 の 体 で あ る か ら と い う。 彼 等 に よ れ ば、 未 来 の 位 が 心 で あ り、 遍 去 の 位 が 意 で あ り、 意 は 識 を 生 ず る 因 で あ る。 叉 現 在 の 位 に あ る も の が 識 で あ る。 然 し、 こ の 考 へ は 不 合 理 で あ る。 所 以 は、 心 は 心 意 識 の 一 分 で あ る よ り し て、 識 ど は 別 で あ る。 例 え ば、 意 と 別 で あ る が 如 し と。 叉、 未 だ 有 ら ざ る も の は、 そ れ に 対 す る 訓 釈 詞 も な い 筈 で あ る。 従 つ て、 心 意 識 は 別 体 で あ り、 同 時 に 前 述 の 六 等 は 異 体 異 語 で あ る。 (B) 阿 頼 耶 を 邪 し ま に 理 解 す る 諸 読 の 批 判。 i大 徳 世 友 は、 雑 阿 含 中 の ﹁ 阿 頼 耶 を 愛 楽 す る 云 云 ﹂ と い う 阿 頼 耶 は 五 取 藏 で あ る と 理 解 し て ゐ る。 然 し、 こ れ は 邪 見 で あ る。 (24) ii上 座 部 の vamana は 貧 と 相 応 し、 貧 と 倶 時 に あ る 楽 受 が 雑 阿 含 に い う 阿 頼 耶 で あ る。 所 以 は、 貧 は 楽 受 を 増 長 せ し め る か ら で あ る と す る。 或 は 又 別 の 人 は、 貧 と 楽 受 は 夫 々 阿 頼 耶 で あ る。 所 以 は、 両 者 各 々 所 依 を 異 に す る か ら で あ る と す る。 (25) iii大 徳 声 苦 (ghosa-nadi) は 雑 阿 含 の 阿 頼 耶 を 有 身 見 な り と す る。 之 等 の 諸 読 は、 い つ れ も 阿 頼 耶 を 邪 し ま に 理 解 し て い る。 彼 等 は、 阿 頼 耶 識 に 就 て、 全 く 無 知 で あ る 為 に、 或 は 悪 く 読 き、 或 は 信 ず べ き で な い 仕 方 で、 阿 含 を 理 解 し て い る。 即 ち、 彼 等 は 阿 頼 耶 識 を 理 解 し な い 故 に、 人 無 我 の み を 知 り、 そ の 随 得 入 の 智 に よ つ て 色 等 の 法 を 分 別 し、 誤 ま れ る 理 解 に 陥 入 れ る の で あ る。 (C) 大 乗 の 阿 頼 耶 識 読 は 最 勝 で あ る。 声 聞 乗 の 一 類 に 於 て 建 立 す る 諸 読 を 以 て、 そ の ま ま 阿 頼 耶 識 と す る こ と は 適 当 で な い。 所 以 は ' 声 聞 乗 の 一 類 の 者 の 諸 読 は、 人 無 我 に 入 る 者 に の み 合 理 で あ る か ら で あ る。 然 ゐ に、 菩 薩 の 建 立 せ る 阿 頼 耶 識 論 は、 法 無 我 を 論 い て い る 故 に、 最 勝 の 読 で あ る。 i五 取 紐 論 の 批 判。 ( 毘 婆 娑 師 ・ 経 量 部 の 一 部 の 説 ) 五 取 悪 の 中、 受 経 に は 苦 受 が あ る。 而 し て、 苦 受 は 一 向 に 苦 な る 悪 趣 に 生 れ て い る 者 に と つ て は、 嫌 は れ る 性 質 の あ る も の で あ る か ら、 受 慈 を 一 要 素 と す る 五 取 纏 を、 内 我 と し て 摂 大 乗 論 に 於 け る 阿 頼 耶 識 設 定 の 密 意

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密 教 文 化 有 情 が 執 す る と 考 え る こ と は 理 に 合 し な い。 然 る に、 阿 頼 耶 識 は、 有 惰 の 我 愛 に よ つ て、 釜 々 執 せ ら れ て も、 壊 滅 し よ う と せ ら れ る も の で は な い。 所 以 は、 阿 頼 耶 識 と 相 応 す る 受 は、 捨 (upeksa) で あ つ て、 楽 で も 苦 で も な い か ら で あ る。 若 し、 苦 蔽 に は 広 義 の 内 容 が 考 え ら れ る と す る 者 が あ る か も 知 れ な い が、 少 く と も 無 我 で は 有 り 得 な い か ら、 阿 頼 阿 識 の 方 が 勝 れ て い る。 (27) ii﹁貧 を 倶 す る 楽 受 ﹂ 説 の 批 判。 ( 経 量 部 の 一 部 の 読 ) 経 量 部 の 或 る 者 は、 ﹁ 貧 を 倶 す る 楽 受 ﹂ を 内 我 と し て 立 て、 第 四 翻 慮 以 上 に 於 て も 存 在 す る と 認 め て い る。 彼 等 に よ れ ば、 第 四 静 慮 の 中 で は、 眼 識 が あ る か ら、 楽 と 苦 が 有 り 得 る、 し、 有 頂 の 申 で は、 意 識 が あ る か ら、 意 楽 が 有 り 得 る と す (28) る。 然 し、 此 の 主 張 は、 ﹁ 究 寛 禅 所 論 経 ﹂ 等 と 矛 盾 す る か ら、 承 認 出 来 な い。 従 つ て、 第 四 欝 慮 以 上 に 住 す る 諸 有 情 は、 貧 を 倶 す る 楽 受 に 対 し て、 随 順 す る こ と も、 執 す る こ と も あ り 得 な い わ け で あ る。 之 に 反 し、 阿 頼 耶 識 の 場 合 に は、 如 何 な る 有 情 も 我 愛 を 以 て 執 す る こ と が あ り 得 る の で 勝 れ て い る。 iii有 身 見 読 の 批 判。 一 類 の 者 は、 有 身 見 を 内 我 と し て 立 て る。 彼 等 に よ れ ば、 有 身 見 に 遍 計 身 と 倶 生 身 と の 二 種 あ る と い う。 然 し、 遍 計 身 と し て の 有 身 見 は、 有 学 の 者 に よ つ て 断 ぜ ら る べ き 身 で あ り、 叉 修 道 中 の 凡 夫 に は 現 じ な い 身 で あ る か ら、 内 我 の 体 と は な り 得 な い。 倶 生 身 と し て の 有 身 見 は、 有 学 に も 修 道 中 の 凡 夫 に も 現 ず る 身 で は あ る が、 彼 等 は 正 法 に 於 て、 無 我 を 信 解 す る の で あ る か ら、 そ れ を 内 我 の 体 と し て 執 す る と す る は 不 合 理 で あ る。 然 る に、 阿 頼 耶 識 の 場 合 に は、 こ の よ う な 不 合 理 は な い。 是 の 如 く し て、 阿 頼 耶 識 読 は 声 聞 乗 の 一 部 の 者 の 立 て る 諸 読 と 比 較 し て、 最 勝 の 読 で あ る。 結 び 以 上 は、 摂 大 乗 論 所 知 依 分 が 阿 頼 耶 識 を ( 一 ) 大 乗 独 自 の 立 場、 ( 二 ) 大 乗 声 聞 乗 共 通 の 立 場、 ( 三 ) 声 聞 乗 独 自 の 立 場 の 夫 々 よ り 建 立 し、 ( 四 ) 声 聞 乗 申 一 部 の 論 を 批 判 し て、 そ の 意 義 を 明 か に し て い る 事 情 を、 ﹁ 秘 密 義 分 別 擾 疏 ﹂ を 申 心 資 料 と し て、 検 討 し た の で あ る が、 こ れ に よ つ て 見 れ ば、 阿 頼 耶 識 設 定 に は、 極 め て 多 く の 意 義 と、 思 想 的 関 連 が 考 慮 さ れ た こ と に な る。 即 ち、 } 切 法 の 根 本 と も 言 う べ き も の に 就 て、 釈 尊 成 道 の 根 本 的 立 場 よ り し て、 佛 教 以 外 の 印 度 哲 学 的 思 想 を す べ て 遮 遣 し つ つ、 一 方 で は、 唯 識 教 学 に 於 て 大 乗 般 若 の 道 理 が 如 来 蔵 思 想 と 妥 協 し た 線 を 一 層 発 展 的 に 集 大 成 し て 阿 頼 識 が 設 定 さ れ、 他 方 で は、 そ れ に よ つ て 声 聞 乗 的 諸 派 の 各 思 想 を 批 判 し つ つ も、 一 種 の 方 便 道 と し て、 阿 頼 耶 識 の 大 道 へ 通 ず る も の と し て、 夫 々 の 思 想 を 導 入 し て い る の で あ る。 こ の こ と か ら す れ ば、 空 性 と 慈 悲 と が、 阿 頼 耶 識 に 於 て 極 め て 巧 妙 に 融 合 せ ら れ て 居 り、 声 聞 乗 的 諸 説 が 単 に 思 想 皮

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的 に 阿 頼 耶 識 説 の 前 駆 思 想 で あ る、 と の み 見 る こ と は 適 当 で な い 事 に な る。 そ し て 又、 阿 頼 耶 識 の 名 の 現 わ れ る 最 初 の も の と、 現 在 一 般 に 認 め ら れ て い る 大 乗 阿 毘 達 磨 経 の 偏 は、 ﹁ 秘 密 義 分 別 摂 疏 ﹂ に よ れ ば、 実 は、 無 著 が 世 尊 の 代 弁 者 と し て の ﹁ 大 乗 に よ く 悟 入 し た 菩 薩 ﹂ よ り 感 得 し た 所 を、 自 ら 達 意 的 に 纏 め た も の で あ る こ と が 窺 わ れ、 大 乗 阿 毘 達 磨 経 そ の も の も、 固 有 の 経 典 で な く、 あ る 教 言 に 就 て、 そ れ が 聖 教 的 価 (29) 値 あ る こ と を 示 す 同 格 的 形 容 語 で あ る と せ ら れ る。 そ こ で、 之 等 の 事 情 を 綜 合 す れ ば、 阿 頼 耶 識 読 は そ の 根 本 思 想 に 於 て は 釈 尊 に 遡 る け れ ど も、 そ の 設 定 に 於 て は 恐 ら く 無 著 が そ の 創 設 者 で あ つ た で あ ろ う と 考 え ら れ る の で あ る。 ( 恩 師、 高 野 山 大 学 教 授 野 沢 静 証 先 生 の 御 指 導 を 深 謝 致 し ま す。 ) ( 註 ) (1) 所 知 は Jnatavyam Jneyah と 示 す。 秘 密 義 分 周 摂 疏 に よ れ ば、 こ れ に 二 義 あ り、 一 は 境 と し て 凡 夫 に よ つ て 分 別 さ れ る べ き も の と い う 意、 即 ち、 諸 法 で あ る。 他 は 甚 深 微 細 な る も 世 尊 の 教 説 を 聞 思 す る に よ つ て 後 に 眼 の あ た り に 現 証 す る に 至 る と い う 意 昧、 即 ち、 依 に 係 る 形 容 詞 で あ る。 (2) 伺 此 の 偶 は 唯 識 三 十 論 第 十 九 偶 の 所 に 梵 文 が あ る。 世 親 釈 は 偶 中 ﹁ 此 ﹂ を 第 二 句 の ﹁ 一 切 法 等 依 ﹂ の 意 と し て 注 意 し て い る。 (3) ﹁ 無 レ 因 無 レ 縁、 生 三 切 物 一、 無 ご 染 因 剛、 無 ご 浄 因 ⋮ 自 然 是 常 生 一二 切 物 こ と い う 思 想 で あ る。 ( 小 乗 浬 般 木論 ) (4) 代 表 的 な の は 数 論 の 思 想 で あ る。 (5) 空 間 的 因 果 ( 同 蒔 因 果 ) を 主 張 す る 勝 論 で は、 因 は 果 を 生 ず る 力 を も た な い 故 に、 因 果 を 結 合 す る も の が 他 に 求 め ら れ る。 こ れ が 即 ち 動 力 因 で あ る。 今 こ こ で は 阿 頼 耶 識 は 動 力 因 で は な い こ と を 明 か す も の と 見 ら れ る。 ( 松 尾 義 海 氏 著 印 度 論 理 学 の 構 造 六 四 頁 参 照 ) (6) 玄 弊 訳、 大 雲 一二、 ( 二 ) 三 八 三 頁 上 西 蔵 訳 デ リ ゲ 版、 一 九 五、 a、 北 京 版 二 三 九、 a (7) こ の 考 方 の 例 を ﹁Tarkabhasa ﹂ に は 次 の 様 に 言 つ て ゐ る。

yasya karyat purvabhavo niyato

ca tat karanam (p.2) ( 和 訳 ) 結 果 よ り 以 前 に 存 在 す る こ と が 必 然 で あ り、 而 も そ の 前 存 在 が 別 様 に は 成 ぜ ら れ な い と こ ろ の も の が 原 因 で あ る。 (松 尾 義 海 氏 著 印 度 論 理 学 の 構 造 五 一 頁 ) (8) 此 の 偶 の 梵 丈 は プ ー サ ン 氏 に ょ つ て、 西 蔵 訳 よ り 復 元 さ れ た も の で あ り、 ︹ ︺ の 申 は 京 大 長 尾 教 授 に よ つ て 示 さ れ た も の で あ る。 こ の 偶 の 読 み 方 に つ い て、 世 親 釈 で は そ の 玄 舞 訳 及 び 西 蔵 訳 に ﹁ 一 切 種 子 識 と い う 申、 最 初 の 詩 節 は 第 二 の 詩 節 に よ り て 釈 さ れ る ﹂ と あ る。 (9) こ の こ と に 就 て、 無 性 は そ れ を 詳 し く 述 べ て い る の が 見 ら れ る。 即 ち、 ﹁ 大 等 ( 我 慢、 五 穴 へ 五 唯、 五 知 根、 五 作 根、 心 平 等 根、 神 我 ) の 縁 に 従 つ て、 顕 了 と な る べ き 体 が、 自 性 の 申 に 不 顕 了 の 体 と し て 摂 蔵 さ れ る 如 く で は な い。 阿 頼 耶 識 は 諸 法 と 倶 生 倶 滅 す る も の で あ る。 ﹂ と。 (10) 有 生 と は 無 性 釈 に よ れ ば、 ﹁ 諸 の 有 為 法 ﹂ で あ る ( Samskritah) と 示 さ れ る。 (11) か く 種 性 を 二 つ 分 け て 説 く 説 き 方 は、 本 有 蕪 と 新 蕪 を 主 張 す る も の に し て、 無 性 及 護 法 の 説 に 相 当 す る。 (12) レ ヴ イ 本 三 四 頁。 プ ー サ ン 氏 や 宇 井 伯 寿 氏 に よ る 訂 丈 正 を 挙 げ 摂 大 乗 論 に 於 け る 阿 頼 耶 識 設 定 の 密 意

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