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こぺる No.049(1997)

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日(毎月1回25日発行)ISSN 0919-4843

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1997

乙べる刊行会

NO. 49

部落のいまを考える⑩ 身分・ 身元・アイデンティテイ 一一 「部落民」とは誰のことなのか 畑中敏之

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部落のいまを考え る ⑫

身分・身元・アイデンティティ

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﹁ 部 落 民 ﹂ と は 誰 の こ と な の か

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﹃ ﹁ 部 落 史 ﹂ の 終 わ り ﹂ の読まれ方 住田一郎さんの﹁部落を名乗る意味| i 畑中敏之著 ﹃ ﹁ 部 落 史 ﹂ の 終 わ り ﹄ を 読 ん で ﹂ ︵ ﹁ ﹃ 同 和 は こ わ い 考 ﹂ 通 信 ﹂ 卯 号 、 一 九 九 五 年 一

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月︶が発表されてから、既 に 一 年 以 上 が 経 過 し て し ま っ た 。 住田さんにどのように応えればいいのかと、あれこれ と考えあぐねているうちに、山城弘敬﹁自らの部落民意 識 と 向 き 合 う ﹂ ︵ 同 阻 号 、 同 一 一 一 月 て さ ら に 、 原 口 孝 博 ﹁部落差別と共同体意識の関連について||畑中敏之著 ﹃ ﹁ 部 落 史 ﹂ の終わり﹄と住回一郎﹁論稿﹂ へ の 感 想 ﹂ ︵ ﹃ こ ぺ る ﹄ お 号 、 一九九六年五月︶が発表され、そこに おいて、拙著﹁﹁部落史﹂の終わり﹄が議論の組上にの せ ら れ た 。 二氏の論稿を読んでの共通の感想は、︿ピッタリと重 なる﹀という思いであった。私が、 ﹃ ﹁ 部 落 史 ﹂ の 終 わ り﹄で書きたかったこと、何故に︿﹁部落史﹂に前近代 はない﹀とこだわって主張するのか、その核心部分の議 論において重なっている、という思いである。見解が同 じであるという意味ではない。何を議論しているのか、 何を議論しなければならないのか、ここにおいて共通の 土 俵 に 立 っ て い る と い う 思 い な の で あ る 。 こべる ︿ ﹁ 部 落 民 ﹂ と は 誰 の こ と な の か ﹀ 、 す な わ ち 、 こ れ が 1

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ー ず " . , ,ι 1 ﹂ こ で の 共 通 の 土 俵 で あ る 。 住 田 さ ん は 、 次 の よ う に 言 う 。 畑中さんの著書を読みすすめながら私の脳裏を絶 えずよぎっていたのは、﹁部落を名乗る日カムアウ トする﹂こととの関連性であった。彼の狙いである ﹁部落史﹂の終鷲や部落の起源論の不毛性の提起か らすれば、私の問題意識がどのように関わるのか心 もとない。しかしながら、今日ただ今の部落差別間 題 を 考 え る 上 で 、 一方の当事者である被差別部落住 民が﹁部落民を名乗る H カムアウトする﹂ことの意 味は重要である。この視点から改めて被差別部落の ひ も と 歴史を繕くことも必要ではないかと考えるのであ る 。 ︵ 前 掲 、 住 田 ﹁ 部 落 を 名 乗 る 意 味 ﹂ 、 以 下 同 様 ︶ 住 田 さ ん の 問 題 意 識 は 、 ﹁ ﹁ 部 落 史 ﹂ の 終 わ り ﹄ の 問 題 意識と共通している。議論はかみ合っている。 山 城 さ ん は 、 次 の よ う に 言 う 。 畑中さんの の終わり﹄︵かもがわ出 ﹃ ﹁ 部 落 史 ﹂ 版︶に出会う。例えていうなら、道に迷ってしまっ たとき、ぶと横を見ると、川の対岸に自分と同じ方 向へ歩いている人を見つけた。 い う ま で も な く 、 2 ﹁ 国 民 融 合 論 ﹂ を 唱 え る 畑 中 さ ん は 、 ぼくにとって 対岸の人だ。しかしそれにどれほどの重みも感じな ぃ 。 む し ろ 、 同 じ 方 向 を 見 て い る こ と が 大 切 に 思 う 。 ︵ 前 掲 、 山 城 ﹁ 自 ら の 部 落 民 意 識 と 向 き 合 う ﹂ ︶ ﹁ 自 ら の 部 落 民 意 識 と 向 き 合 う ﹂ と 言 、 つ 山 城 さ ん と 、 ﹃ ﹁ 部 落 史 ﹂ の 終 わ り ﹄ を 書 い て い る 私 が ﹁ 同 じ 方 向 を 見 ている﹂と評価されたのだ。﹁対岸﹂にいるという評価 は 納 得 で き な い が 、 ﹁ ﹁ 部 落 史 ﹂ の 終 わ り ﹂ に 込 め た 思 い が理解されている、そのように読まれているということ が 、 何 よ り も 嬉 し い 。 結論︵見解︶は相違していても、こちらの言いたいこ との核心部分にかかわって批判されることは、決して不 愉快なことではない。むしろ逆なのである。 と こ ろ が 、 一 言 っ て も い な い こ と を 、 さ も 私 が 言 っ て い るかのように﹁批判﹂されたり、結論部分だけを取り出 して自説の展開に﹁利用﹂されたりすることがある。そ の よ う な ﹃ ﹁ 部 落 史 ﹂ の 終 わ り ﹄ の読まれ方には閉口し ている。私自身の文章力の無さを棚に上げての話ではあ

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y る が 。 原口さんは、﹁レッテル貼りはやめて、まずは虚心に 耳を傾けようと努めた﹂︵前掲、原口﹁部落差別と共同 体 意 識 の 関 連 に つ い て ﹂ 、 以 下 同 様 ︶ と 書 い て お ら れ る 。 部落問題をめぐる議論では、この逆の態度が一般的であ る。住田さん、山城さん、原口さんの真撃な問いかけに、 今 度 は 私 が 応 え る 番 で あ る 。

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﹁部落の起源﹂論H系譜論をめぐって ︿ ﹁ 部 落 の 起 源 ﹂ 論 は も う や め よ う ﹀ 、 ︿ ﹁ 部 落 史 ﹂ に 前 近 代 は な い ﹀ と い う 私 の 主 張 は 、 ︿ ﹁ 部 落 民 ﹂ と は 誰 の こ となのか﹀という問題意識から出発し、たどりついた結 論である。誤解を恐れずに言えば、近世の﹁かわた﹂身 分の歴史的研究から直接に導き出した結論ではない。あ くまでも、部落問題論としての問題提起なのだ。 こ の 提 起 に つ い て は 、 い く つ か の 誤 解 が あ る 。 たとえば、近世の﹁かわた﹂身分と近代の﹁部落民﹂ レ の地縁的・血縁的系譜の連続の事実を、私が否定してい るという批判である。さすがに、これは、言いがかりで ある。そんなことは言っていないといくら主張しても、 畑中説は﹁非連続﹂説だというように整理されてしまう。 もちろん、全ての系譜が連続しているわけではない︵実 証不可能という意味も含めて︶が、系譜的連続の事実は 否定できない。しかし、私は、そのような系譜的連続の 有 無 を 問 題 に し て い る の で は な い 。 ﹁ 部 落 ﹂ ﹁ 部 落 民 ﹂ を 、 地縁的・血縁的系譜を根拠に捉えてしまう、そのような 現実︵これこそが部落差別の現実︶を問題にしているの だ 。 また、畑中説は﹁近代起源説﹂だ、 という評価︵批 判︶もある。私は、﹁部落の起源﹂論そのものを批判し ている。﹁部落の起源﹂が何時なのかを問題にしてはい ない。そのような議論を︿もうやめよう﹀と主張してい る の で あ る 。 さすがに、三氏の批判にはそのような誤解はない。誤 解はないけれども、︿系譜的連続の事実は認めつつ、な こぺる おかつ系譜的連続では捉えない﹀という私見には、なか 3

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なか同意が得られないようである。 住田さんは、次のように言う。 彼は系譜論にしがみついているかぎり、ダメだと強 調するが、私たち被差別部落住民にとってのル l ツ は決してどうでもよいことではない。︵略︶ 旧工タ・皮多身分だったことを原因として近代社 会における被差別部落の形成を説明することは確か に本末転倒した議論である。近代社会における部落 差別問題の原因は当の近代社会のなかに求めなけれ ばならないからである。たんなる封建遺制で部落差 別問題のすべてを解釈できるわけではない。しかし、 だからといって私たちのル l ツとしての旧エタ・皮 多を探ることすら意味がないとは言い切れないので はないか。︵中略︶社会の大激動がなかった明治維 新後の近代社会ではエタ村はそのまま被差別部落と して存在したし、それを取り巻く地域社会の人びと の意識のなかに確実に熔印された現実なのである。 たとえその熔印が共同幻想であるとしても、人︵被 差別部落︶と人︵他地区︶との関係において生き続 けてきたことは否定できないであろう。だからこそ、 4 私は自らのル!ツが旧エタであることを積極的に背 負いこむべきだと考える。︵中略︶私が、被差別部 落の系譜にこだわるのは、近世後期以後にしても 五

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年に及ぶ被差別状況が当の被差別部落住民に与 え続けてきた影響の大きさに気づかされたからであ る。それは一言で言うなら、被差別の閉鎖社会を強 いられた被差別部落住民の不本意ながらも背負わね ばならなかった︿文化的いびつさ︵貧困の文化︶﹀ で あ る 、 。 原口さんも、次のように言う。 私もまた住田さんや土方鉄さんと同様に、真偽の 程は別として、私達のル l ツは﹁旧エタ・皮多身 分﹂に、あるいはもっと湖った賎民の系譜に何かで、 ど こ か で 、 つながっているという音 ω 識を捨て切れて はいない。/おそらくは、これが現在の被差別部落 住民の大部分にとって、率直な心情ではなかろうか。 私は藤田敬一さん流に、たとえ勝手な思い込みであ れ、私達の日常における意識の有り様は﹁自らの

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﹃出自﹄にこだわり、囚われている﹂という現実か ら出発せねばならないし、そうでなければ現実と遊 離したただの﹁教科書﹂に過ぎず、ましてや混迷し た解放運動の﹁現場﹂には届くはずがないと考える。 住田さんや原口さんの言う﹁現実﹂を認めるからこそ、 私は、あえて、言い切る。﹁部落の起源﹂論 H ル l ツ 探 し は 、 ﹁ ど う で も よ い こ と ﹂ であり﹁意味がない﹂こと だ と 。 ﹁ 積 極 的 に 背 負 い 込 む べ き ﹂ は 、 ﹁ ル l ツ ﹂ な ど で は な く て 、 ル ー ツ に 囚 わ れ て い る と い う 、 そ の ﹁ 現 実 ﹂ ではないのか。だから、そのような﹁現実から出発せね ばならない﹂と言う原口さんの指摘には異論はない。 そこで、聞いたい。では、何のための﹁部落の起源﹂ 論 な の か 。 ﹁ 部 落 ﹂ ﹁ 部 落 民 ﹂ の 存 在 を 正 当 化 ︵ 合 理 化 ︶ す る 以 外 に 、 で は 、 ﹁ 部 落 の 起 源 ﹂ 論 H ル l ツ 探 し に は どのような意味︵目的︶があると言うのか。 の存在を正当化︵合理 そ も そ も 、 ﹁ 部 落 ﹂ ﹁ 部 落 民 ﹂ 化︶してきたのが、部落差別であった。決してこの逆で はない。この基本的視点から考えたい。﹁部落民﹂は、 祖先が﹁かわた﹂身分であったから、﹁部落民﹂になっ たのではない。近代社会のなかで、特殊視される﹁部落 民﹂がっくりあげられたのだ。前時代からの系譜的連続 を︿口実﹀にして、部落問題が形成されたのだ。その際、 い わ 彼らの系譜的︿起源﹀に何か謂れがあるかのように、問 題追及の矛先を向けさせ差別を正当化させたのが、﹁部 落 の 起 源 ﹂ 論 だ っ た の だ 。 ﹁ 部 落 民 ﹂ の 系 譜 的 連 続 か ら 、 ︿ ﹁ 部 落 民 ﹂ で あ る こ と﹀を説明するのは、住田さんも認めるように﹁本末転 倒した議論﹂なのである。しかし、住田さんは、﹁私た ち被差別部落住民にとってのル l ツは決してどうでもよ い こ と で は な い ﹂ ﹁ 私 た ち の ル l ツとしての旧エタ・皮 多を探ることすら意味がないとは言い切れないのではな いか﹂と言う。このように、住田さんが頑として譲らな い の は 何 故 か 。 その一つの理由は、近世社会から引き継いで来たもの が﹁たとえその熔印が共同幻想であるとしても、人︵被 差別部落︶と人︵他地区︶との関係において生き続けて こベる きた﹂と、住田さんが捉えていることに拠るのではない だ ろ う か 。 5

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この場合、以下の二つの点を指摘・検討しなければな p 九 日 酔 い 。 一 つ は 、 ︿ 歴 史 追 究 Y と︿系譜論 H ル l ツ 探 し ﹀ の 峻 別 に つ い て で あ る 。 ﹁ 部 落 の 起 源 ﹂ 論 と ﹁ ﹃ か わ た ﹂ 身 分 の 起 源 ﹂ 論 と は 、 単なる言葉の言い換えではなくて本質的に異なる議論で ある。たとえば、﹁かわた﹂身分の起源を歴史的に追究 することは必要なことだと私も考えている。ただし、 ﹁私たち被差別部落住民﹂の﹁私たちのル l ツ ﹂ と し て の﹁旧エタ・皮多身分﹂の起源の追究ではない。﹁かわ た﹂身分に対する身分差別が、近代以降の部落差別の歴 史 的 前 提 で あ る こ と を 認 め る こ と と 、 系 譜 で ︿ ﹁ 部 落 民 ﹂ であること﹀を認識することとはイコールではない。住 田さんの言う﹁近世社会からの︿引き継ぐべきものと ﹁ 生 き 続 け て き た ﹂ も の を 問 題 に す る と い う 議 論 は 、 ﹁ 私 た ち の ル l ツ﹂という血縁的系譜論とは別個のものであ る。仮に﹁生き続けてきた﹂ものの存在を認めるにして も、その﹁生き続けてきた﹂事情は、血縁的系譜論から 1 ・では説明できない。まさに’、各々の社会の在り方の追 予 究・歴史の課題追究としてしか解明できない。血縁的系 6 謹 聞 で ︿ ﹁ 部 落 民 ﹂ である﹀と思わせること、すなわち ﹁ つ な が っ て い る と い う 意 識 ﹂ ︵ 原 口 ︶ の 存 在 、 そ の 仕 掛 けをこそ、歴史追究のなかで明らかにしなければならな しミ

二つには、近世社会から﹁生き続けてきた﹂ところの、 そ の ︿ も の ﹀ H ︿ 連 続 性 ﹀ に つ い て で あ る 。 住田さんは、その︿もの﹀を、差別・被差別の意識 状況として把握していることが読み取れる。そして、 ﹁被差別部落住民の不本意ながらも背負わねばならなか っ た ︿ 文 化 的 い び つ さ ︵ 貧 困 の 文 化 ︶ ﹀ ﹂ と い う 現 在 に 至 る問題につなげる。近世から現代に引き継がれてきたも のが皆無であると言うつもりはない。しかし、今、現在 の差別・被差別の意識・状況、あるいは︿﹁部落民﹂で あ る こ と ﹀ の認識の仕方に、近世から﹁生き続けてき た﹂ものが基底的に、しかも直接的に作用しているとは 思 え な い 。 原口さんは、その︿連続性﹀をさらに雄大なものとし て 捉 主 、 次 の よ う に 言 う 。 ' I

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誤解を恐れずに言えば、今の私は﹁血縁的連続性 は あ る ﹂ と 考 え て い る 。 但 し 、 i 先ゐ述べたように実 体 的 ・ 具 一 体 的 事 実 と し て の 血 縁 的 連 続 性 で は な い 。 いうならば私達日本人の遠い先祖が何らかの共同体 や国家を形成した時から形を変えながらも連綿と維 持され、今なお私達の意識・無意識の中で身につけ てしまっている共同幻想︵共同体意識・共同的差別 観念︶としての連続性である。部落内外の住民︵あ るいは日本人全体︶が数千年の長い時間の経過と歴 史的文化・伝統の中で、無意識を含めて血肉化して しまっている共同幻想としての連続性が、現在の迷 、妄的な事態を生み、かつ生き延びさせているのでは な い か と 考 え る 。 ここでも、﹁教科書﹂的な言い方にはなるが、私は、 次のように考える。﹁遠い祖先﹂から﹁連綿と維持﹂さ れてきた﹁意識﹂﹁観念﹂があるとしても、それは、具 体的なもの︵たとえば政治社会制度・民俗・書物等々︶ の存在を媒介にして伝承可能であったことは言うまでも な い だ ろ う 。 決 し て 、 意 識 ・ 観 念 の ︿ 力 ﹀ で 生 き 延 び て き た ャ の で は な げ 。 ぺ r \ I ご こ で 4 ﹁ 血 縁 的 連 続 性 ﹂ ﹁ 連 綿 ﹂ な い ん ﹂ と 言 わ れ る と 、 天皇制を擁護する論者の︿物言い﹀を連想してしまう。 天皇制擁護の論者は、変化しながらも連綿として続いて きたことを強調する。そして、たとえば︿日本文化の深 層﹀などという装置を使いながら、存続の正当性を、そ の連続性自体のなかに求めるのである。そんなことには、 もはやだまされない。たとえば、戦後、象徴天皇制とし て存続した理由は、︿日本文化の深層﹀を持ち出さなく とも、占領政策の解明で充分である。しかし、だからと いって、当時の日本国民の一般的意識・状況︵まさに の存在を否定しているので ︿ 日 本 文 化 の 深 層 ﹀ の 如 き ︶ は な い 。 ま た 、 たとえば、竹部落がこわい﹂という意識・観念 の 存 在 は 、 親 、 や 大 人 か ら の 聞 き 伝 え を 含 め た 自 ら の 体 験 の具体的内容とその有無︵無 H 体験していないことへの 恐 怖 ︶ で説明できる。この場合、寸数千年﹂の﹁共同幻 想﹂を直接には必要とはしない。しかし、この場合でも、 住固さんや原口さんの言うような意識・状況の存在その ーーー一一一ーーーー自由一一一ーーーーーー一一ーーーーー一一一ーーーーー−ー−ーーーーーー一一ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー−−−ーーーーーーー−ーーーーー こぺる 7

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も の を 否 定 し て い る の で は な い 。 時代を越えて貫通するという、何か得体の知れないも のを、そのままに信じることは、私にはできないのだ。 このように言ってしまうと、何とも︿身も蓋も無い﹀と 思われるだろう。意識・観念自体の問題を軽視している という批判も予想できる。しかし、決して、軽視しては いない。運動や教育は、まさに︿心の問題﹀において勝 負しなければならないと、私も考えているからである。 だから、住田さんの言う戦前以来の差別・被差別の意 識・状況や、原口さんの言う﹁共同幻想﹂として表現さ れるような意識・状況が、そのままではないにしても存 在していること自体を否定はしないし、それらの意識 状況と格闘しなければならないえるの課題も認識して い る つ も り だ 。 ‘ そ の た め に も 、 こ こ で は 、 歴 史 に お け る そのような差別・被差別︵あるいは忌避・排除︶の意 識・状況の存在の有無ではなくて、その在り方及び存続 のされ方、すなわち捉え方︵位置づけ方︶を問題にして い る の で 占 め る 。 意識・観念のみならず、各々の時代において︿今﹀あ る問題を、歴史の名のもとにごまかしてはならないと思 8 ぅ。格差歴然とした﹁特殊部落﹂の存在の理由を、﹁部 落の起源﹂論でごまかしてきたような誤りを、これ以上 繰 り 返 し て は な ら な い 。 で は 、 ︿ ﹁ 部 落 史 ﹂ に 前 近 代 は な い ﹀ と い う 私 の 主 張 か らすれば、どのような歴史の枠組みになるのか、説明し ておきたい。簡単に言えば、たとえば︿﹁人間と差別﹂ の 歴 史 ﹀ と い う よ う な 全 体 の 枠 組 み の な か で 、 ﹁ 部 落 史 ﹂ ︵ 部 落 問 題 の 歴 史 ︶ の捉え直し︵自立と連携︶をはかる ﹂とである。刊行の完結した京都部落史研究所編﹁京都 の部落史﹂通史の一巻︵前近代︶・二巻︵近現代︶を読 んで、その方向を確認することができた。通史としては 初めて﹁近世政治起源説﹂を排した ﹃ 京 都 の 部 落 史 ﹄ は 、 全体が︿﹁人間と差別﹂の歴史﹀をめざすものとなって おり、近世の﹁かわた﹂や非人などをめぐる歴史が﹁部 落史﹂から解放され、そして部落問題の歴史として近現 代が描かれている。従来のように中世 f 近世に画期が設 定されてはいないことの意味は大きい。しかし、不満が 二 つ あ る ︵ 私 自 身 の 課 題 で も あ る こ と を 承 知 で 言 う と ︶ 。

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一 つ は 、 全 体 の タ イ ト ル が な お ﹁ 部 落 史 ﹂ で あ る こ と 。 二つには、今度は逆に近現代の部落問題の歴史を︿﹁人 間と差別﹂の歴史﹀という全体の枠組みのなかでどのよ うに描くのかということ。後者の問題は、近世までの ︿﹁人間と差別﹂の歴史﹀が、近代以降になって﹁部落 史﹂に閉じ込められてしまわないためにも必要な視点だ と考える。以上二点は、これからの課題である。

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﹁部落を名乗る意味﹂をめぐって 住田さんは、﹁部落を名乗る意味﹂を主張の中心に据 える。﹁部落を名乗る﹂ことが、現在の部落問題をめぐ る状況において、どのように重要な意味を持っかを説く。 それに対して、私は、﹁部落を名乗る﹂というとき、 そ の 場 合 の ﹁ 部 落 ﹂ と は 何 か 、 一 体 、 ︿ 何 ﹀ を ﹁ 名 乗 る ﹂ のかを問うてきた。かつては被差別体験などに基盤をお いてきた﹁名乗る﹂中身︵根拠︶が、﹁部落の起源﹂ H ルーツ、たとえば四国学院大学の特別推薦入試要項の ﹁出自の自覚﹂の如きものでいいのか、これが私の主張 で あ っ た 。 確 か に 、 住 田 さ ん の 、 ︸ そ の ﹁ 名 乗 る ﹂ 中 身 は 説 得 的 で ある。前掲引用での﹁被差別の閉鎖社会を強いられた被 差別部落住民の不本意ながらも背負わねばならなかった ︿ 文 化 的 い び つ さ ︵ 貧 困 の 文 化 ︶ ﹀ ﹂ を 徹 底 し て 追 究 す る 住田さんにとって、﹁部落を名乗る﹂意味も根拠も、説 得 的 な の で あ る 。 住 田 さ ん は 、 次 の よ う に 言 う 。 地域社会に生き続ける部落差別問題︵私は決して 差別・被差別状況を絶対化する立場をとらないが︶ は、基本的には顕在化することによってしか解決し な い と 考 え て い る 。 ︵ 略 ︶ 我が家では、子どもたちと比較的自然に部落問題 についての会話がなされている。この会話を土台に 子どもたちが部落差別問題への自らの処し方を形成 してくれることを、私たち夫婦は願っている。︵中 こペる 略︶誰に強制されるのでもなく、自らの内面からの ︿突き上げ﹀に応えるかたちでカムアウトすること 9

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, ・ , ' '’ を 、 私 た ち は 子 ど も に つ よ く 望 む 。 ︵ 略 ︶ 私がこだわっているのは、今日ただ今の被差別部 落住民の部落差別問題との向き合い方である。︵中 略 V 向き合い方は様々である。だが、好むと好まざ るとにかかわらず、被差別部落住民が自らの生き方 を通じて部落差別問題と向き合うことを強いられて い る 点 で は 共 通 の 土 俵 上 に あ る : : : ︵ 略 ︶ 彼 女 ︵ 小 笠 原 政 子 さ ん | 畑 中 ︶ の 父 親 が ま ぎ れ も な く 被 差 別 部 落 出 身 者 で あ る な ら 、 ー 彼 女 に 部 落 民 ・ 非部落民を選択する﹁自由︵意味︶﹂はない。︵中 略︶彼女が真に闘う相手は被差別部落の存在を成り 立たせている社会状況そのものではないのか。しか も ﹁ 部 落 民 ﹂ と し て 。 ︵ 略 ︶ 被差別部落民のカムアウトなくして部落差別問題 について対話が成り立つのか、どのような展望が見 い だ せ る の か 。 ー ︿ 何 ︶ こ の 問 い か け は 、 は誰のことなのか﹀という聞いと一体のものである。こ の 場 合 、 考 え な け れ ば な ら な い 論 点 は 三 つ あ る 。 ; を 名 乗 る の か 、 ︿ ﹁ 部 落 民 ﹂ と 一 つ は 、 そ の ︿ 何 ﹀ H 内容は決して一様なものではな 10 ぃ、ということ。それは、同時代における集団差・個体 差としてだけではなくて、時代による差︵たとえば戦 前・戦後、あるいは六

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年代の以前・以後︶としても言 い得る。もう一つは、その︿何﹀が、自己認識なのか他 者認識なのかという問題。自己認識に思わせる形で、他 者からの﹁部落民﹂像を強制されているのではないか、 という問題でもある。もちろん、それが結果であり、ま たそれが原因となるという具合に、混然としたものでは あ ろ う が 。 こ の よ う に 、 ︿ ﹁ 部 落 民 ﹂ と は 誰 の こ と な の か ﹀ と い う 自 H 3 宇 ﹂ ← 白 血 、 E ド 、 ν f v y u 一つの︿正解﹀は用意できない、と考えてい る。何らかの内容 H 説明は、それ自体が固有の歴史的 政治的・個人体験的等々の個別判断︵価値観︶の表明な の で あ る 。 ﹁ 部 落 民 ﹂ が 、 定 義 不 可 能 な の は 、 一 つ に は こ の こ と に 因 る 。 A Y , E 守ミ、 犬 カ 一般的には、定義可能な﹁部落民 L 像があるか の よ う に 思 わ れ て き た 。 し か し 、 そ の よ う な ﹁ 部 落 民 ﹂ 像 は 存 在 じ な い 。 ﹁ 部 落 民 ﹂ と は 、 本 質 に お い ,

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で、まさに︿つくられたちの可他者から強制されたも のであったからである。他者からの強制 H 部 落 差 別 が 、 ﹁部落民﹂像吾実体化させてきたのだ。他者認識をも自 己 認 識 と

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て取り込むことを強制されたのが、部落差別 の 現 実 で あ っ た 。 こ れ ま で 、 一 般 的 ・ 普 遍 的 な ︿ 定 義 ﹀ として我々が受け入れてきたのは、実はそれは部落差別 の 定 義 で あ っ て 、 ﹁ 部 落 民 ﹂ の定義ではなかったのであ る

住田さんの言う﹁誰に強制されるのでもなく、自らの 内面からの︿突き上げ﹀﹂によるものが﹁名乗る﹂内容 ならば、そのようなものが一般的なものとして︿定義﹀ 可能なはずはない。ましてや、それは一律に強いられた 竹 部 落 民 ﹂ 像 な ど で は な い だ ろ う 。 部落差別との向き合い方を含め、言わば個としての生 き方が、﹁名乗る﹂中味を確定していく。住田さんも、 ! ﹁ 向 き 合 い 方 は 様 々 で あ る ﹂ と 言 、 っ 。 し か し 、 そ の 後 に 続けて﹁だが、好むと好まざるとにかかわらず、被差別 部落住民が自らの生き方を通じて部落差別問題と向き合 うことを強いられている点では共通の土俵上にある﹂と r 一 言 、 っ 。 へ そ 心 , て さ ら に グ ﹁ 被 差 別 部 落 民 の 労 ム ア ウ ド な く して部落差別問題について対話が成り立つのか﹂と展開 す る 。 この文脈において、﹁部落民宣言﹂を強制されたとし て闘っている小笠原政子さんの問題にかかわって、住田 さんが、﹁父親がまぎれもなく被差別部落出身者である なら、彼女に部落民・非部落民を選択する ﹃ 自 由 ︵ 意 味︶﹂はない﹂と言い切ることには、納得できない。こ の 場 合 、 ﹁ 自 由 ︵ 意 味 ︶ ﹂ と い う ﹁ ﹂付きの表現の仕方 が、小笠原さんに﹁部落民宣言﹂を強要した人達と住田 さんとは決じて共通の立場にはないことを示しているこ と を 確 認 し つ つ も 、 や は り 納 得 で き な い 。 ﹁私は地区出身という意識も地区出身でないという意 識もなく、ひたすら人間らしくとねがって生きだきまし た ﹂ ︵ ﹃ 真 実 か ら 逃 げ る こ と な く | | 一 ツ 橋 小 ・ 人 権 侵 害 事件の真相

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﹂部落問題研究所刊︶と、小笠原さんは 一 言 う 。 そ れ に 対 し て 、 強 要 す る 人 達 は 、 ︿ 本 人 が ど の よ うに意識しておろうが、世間はそのようには思わない﹀ と、小笠原さんを追い込んだという。父親が﹁地区出 こベる 11

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身 ﹂ で あ れ ば 、 その子供は﹁地区出身﹂と意識し﹁宣 言﹂しなければならないのか。﹁地区出身という意識も 地区出身でないという意識もなく﹂、ここに、小笠原さ ん の 生 き 方 が 表 現 さ れ て い る 。 で は 、 そ れ で は 、 い け な い の か 。 住 田 さ ん の 言 う ﹁ 強 い ら れ て い る ﹂ ﹁ 共 通 の 土 俵 ﹂ が 、 部落差別の現実である。︿本人がどのように意識してお ろうが、世間はそのようには思わないて そ の ︿ 世 間 ﹀ こそが、差別の現実である。﹁彼女が真に闘う相手は被 差別部落の存在を成り立たせている社会状況ではないの か﹂と、住田さんは言う。その通りだと私も思う。だが、 その後に住田さんは﹁弓部落民﹄として﹂と続ける。し かし、そのように部落差別の現実を認識することと、そ の現実のなかでどう生きるかは別問題である。ましてや、 ︿自分が何者であるのか﹀にかかわって、その表現の仕 方において自由がないとは、到底首肯できるものではな ぃ 。 ﹁ 誰 に 強 制 さ れ る の で も な く ﹂ ・ ﹁ 向 き 合 い 方 は 様 々 \ である﹂と、住田さんも言っているではないか。 ︿ 自 分 が 何 者 で あ る の か ﹀ 、 部 落 問 題 に か か わ っ て の 、 こ の 自 己 認 識 の 在 り 方 が 、 今 問 わ れ て い る 。 12

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身分・身元・アイデンティティ 個々人において︿自分が何者であるのか﹀、この問い かけに自らの答えを見つける猶予を与えられることもな く、まるで宿命の如くに︿おまえは

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だ ﹀ と 強 要 さ れ 、 まっとうな自己認識が、阻害され歪められてきた。これ が部落差別であった。今も昔も、︿自分が何者であるの か﹀、この問いかけは、部落問題の本質にかかわる基本 問 題 で あ る 。 その意味において、部落問題は現在においても︿身分 問題﹀であり続けている、と私は考える。しかし、これ は、従来の封建遺制論としての身分問題という捉え方で はない。では、何故に身分問題なのか、以下に説明した しミ

︿ 自 分 が 何 者 で あ る の か ﹀ 、 こ の 問 い か け に 基 づ く 自 己 認識の在り方については、最近では、たとえば、︿アイ

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デンティテイ﹀という言葉で表現されることが多くなっ アイデンティティという言葉は、心理 て き た 。 た だ し 、 学の用語をはじめ、非常に幅広く︵その分暖味にされ て︶使用されていることも言うまでもないだろう。 ﹁子どもの権利条約﹂︵日本政府の訳では﹁児童の権 利 に 関 す る 条 約 ﹂ ︶ の第八条にも﹁アイデンティティ﹂ は 登 場 す る 。 第 八 条 ︵ 国 際 教 育 法 研 究 会 訳 ︶ 締約国は、子どもが、不法な干渉なしに、法に よって認められた国籍、名前および家族関係を含 むそのアイデンティティを保全する権利を尊重す る こ と を 約 束 す る 。 第八条︵日本政府訳 V 締約国は、児童が法律によって認められた国籍、 氏名及び家族関係を含むその身元関係事項につい て不法に干渉されることなく保持する権利を尊重 す る こ と を 約 束 す る 。 政府訳においては、明確にアイデンティティ H 身元関 係事項であることがわかる。政府訳が発表されるまでの 間︵批准が遅れたため、この期間は決して短くはなかっ たが︶、実は、私は楽しみにしていた。というのは、こ の 条 約 の 場 合 は 、 た と え ば ﹁ 自 我 同 一 性 ﹂ ﹁ 帰 属 意 識 ﹂ な ど と は 訳 せ な い だ ろ う か ら 、 アイデンティティを日本 政 府 は 、 一 体 ど の よ う に 訳 す だ ろ う か 、 と 。 条約では、保全・保持されるべきものとしてアイデン テ ィ テ イ H 身元が扱われている。﹁国籍、氏名及び家族 関係を含むその身元関係事項﹂は、個々人が︿何者であ るのか﹀ということ、すなわち、権利行使の、その主体 を証明するものとして積極的に位置づけられているので ある。では、﹁子どもの権利条約﹂において﹁保全︵保 持︶する権利﹂があるというアイデンティティ H 身 元 に は、国籍などの例示されているもの以外に、どのような ものが含められている︵想定されている︶ の だ ろ う か 。 アイデンティティや身元という用語には、たとえば次 のような使われ方もある。︿日本人としてのアイデンテ イテイ﹀という言い方を好んで使った中曽根元首相の発 こぺる 言は、国家主義的意図のもとになされたものであること は間違いない。そのような意図はないにしても、ある集 13

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f ︸ d 団︵国家なり民族を含む︶ への︿帰属意識﹀︵その集団 の一員であるという認識︶という意味で、 アイデンテイ テイが理解されていることは一般的であろう。しかし、 この場合、国家主義や民族排外主義のように、集団への 帰属を強調することが個人としての自己決定権を匝害す る可能性を常に字むものであることにも注意しておきた ぃ。また、︿身元調査お断り﹀ の場面のように、家柄 血筋等々の内容を含むものとして、︿身元﹀がイメージ されていることも一般的である。すなわちべ人権擁護上 好ましからざるものとしての︿身元﹀認識である。 国家への帰属意識や家柄・血筋が、条約にいう﹁保 全﹂すべき対象に該当するかどうかの判断はともかくと し で も 、 アイデンティティ H 身 元 が 、 一般的には実に多 様なものとして捉えられていることは、間違いない。社 会的評価の相反するものが浮然一体となっている概念で ある。その意味で、 アイデンティティ H 身元とは、人権 擁護の条件ともなれば、逆に、人権侵害にも利用される 危険性を持つものなのである。 ニのようじみてくあと、実は、︿身分﹀という用語も、 アイデンティティ H 身元と、ほぼ同様な使われ方をして きたことに思い至る。︿身分﹀は、歴史的にも多義的で あり、現に、今もそのように使用されている。たとえば、 現在、﹁身分証明書﹂と言ったとき、その証明書の文面 に、﹁元土族﹂とか﹁賎民の末脅﹂などと書いてあると は誰も考えないだろう。しかし、 一方では、身分といえ ば、士農工商・積多非人を連想してしまう。同和教育世 代の者は、特にそうだろう。 そもそも、近世社会においても、︿身分﹀は、本義的 には︿何者であるのか﹀ということを示す言葉であった。 現在の﹁身分証明書﹂の︿身分﹀と、同義である。では、 何 が 違 う の か 。 一つは、言、つまでもなく、その時代にお ける具体的中身である。近世社会であれば、職分・役 居住地域・風俗等が身分を構成する要素であった。もう 一つは、その社会的位置づけである。政治制度・社会制 度のなかで、どのように︿人﹀と︿身分﹀が位置づけら れていたのかの違いである。︿何者であるのかてそのこ と を 何 を も っ て 証 明 す る の か 、 ︶ そ の ︿ 何 ﹀ の捉え方にお しミ て 時 代 よ ’る 差

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このように、︿何者であるのか﹀という意味で捉えれ ば、アイデンティティ H 身元 H 身 分 、 と い 、 つ こ と に な る 。 それが ︿自分が何者であるのか H 私が私で こ の 場 合 に 、 あることの意味﹀という認識︵視点︶であり続ける限り は、問題︵差別︶となるのは、 アイデンティティ H 身元 H 身分、それ自体の内容ではない。たとえば、家柄・血 筋を、そのアイデンティティの重要な要素と捉える人が いるとして、細川元首相のように、それでもって︿私が 私であることの意味﹀として振る舞った場合でも、彼の 入間関係において友情や信頼をなくすことはあったとし aても、直ちに人権問題・差別問題などになるわけではな 一 t い 。 逆 に 、 アイデンティティ H 身元日身分において、国 籍が、保全︵保持︶されるべき権利の対象として未来永 劫あり続けるという保証はない。 アイデンティティ H 身元日身分、それ自体︵内容︶ はなくて、問題は、その主体︵人権の主体︶の在り方に あると考えなければならない。アイデンティティ H 身元 H 身分を、個々人がどのように主体的に獲得できるのか、 問 題 は こ こ に あ る 。 で !へ あ る そ 〉 の こ 際 と

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ンで: テ イ テ イ H 身元 H 身分には、この意味で両義性がある。 言葉の一般的な使われ方で言えば、︿私は

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で あ る ﹀ は、身分よりは身元、身元よりはアイデンティティとい う用語で理解され、︿おまえは

OO

で あ る ﹀ は 、 アイデ ンティティよりは身元、身元よりは身分という用語で理 解されている。﹁子どもの権利条約﹂が保全︵保持︶す る権利の対象としたのは、基本的には ︿ 私 は

OO

であ る﹀ことにあるのは間違いないとは思うが、ことは単純 ではない。それは、実際には、政治的・社会的諸制度を 含め、ありとあらゆる︿おまえは

OO

で あ る V こととの せめぎ合いのなかで、各人が自己のアイデンティティ H 身元 H 身分を、主体的に獲得じていかなければならない か ら で あ る 。 部落問題をめぐる自己認識︵﹁部落﹂内外を問わない︶ の課題も、まさに、このような状況下にある。︿私は部 落 民 で あ る ﹀ ・ ︿ 私 は 部 落 民 で は な い ﹀ ・ ︿ 私 は ? ﹀ 、 我 々 個々人の主体的なアイデンティティ H 身元 H 身分が問わ こベる 15

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れているのである。﹁部落を名乗る意味﹂という住田さ んの提起を、私は、このような問題として受けとめた。 ﹁ 名 乗 る ﹂ か ど う か で は な く て 、 ︿ 何 ﹀ を 名 乗 る の か と い う 問 題 と し て 。 ﹁被差別部落出身者としての出自の自覚﹂︵四国学院 大 学 ︶ 、 ﹁ 日 本 人 と し て の ア イ デ ン テ ィ テ ィ ﹂ ︵ 中 曽 根 元 首 相 ︶ 、 ﹁ 私 に は 戦 国 武 士 の 血 が 流 れ て い る ﹂ ︵ ﹁ 旧 熊 本 藩 主第一八代当主﹂・細川元首相︶等々に囚われることな く、どのようにして、︿私は私である﹀という自らのア イ デ ン テ イ テ イ H 身 元 H 身 分 を 獲 得 す る こ と が で き る か 、 この課題において、部落問題は現在においても︿身分間 題 ﹀ で あ り 続 け て い る の で あ る 。 では、どうすればいいのか。どうすれば、主体的にア イデンティテイを獲得し、身分問題を乗り越えていくこ とができるのか。私は、そのことを﹃﹁部落史﹂ の 終 わ り﹄では、個と集団の問題、個の自立の課題として考え た。人権の主体を、どのようにして鍛えるのか、という 視点でも述べた。もちろん、この課題について一つの ︿ 正 解 ﹀ が 用 意 さ れ て い る わ け で は な い 。 この課題にかかわっての、藤田敬一さんの次の発言を 16 最 後 に 紹 介 し て 、 本 稿 を 締 め く く り た い 。 集団や組織、団体からではなく個々人から出発し て、差別する側と差別される側としてではなく個人 としてむきあい、部落解放・人閥解放の課題達成に むけての共同の営みを模索するほかなさそうである。 そのとき被差別部落出身者とか被差別部落外出身者 とかの立場・資格は対象化、相対化され、気がつい てみれば﹁わたしは部落民です﹂とか﹁わたしは一 般民です﹂とかの自己規定からともに解き放たれて いるような関係が生まれているかもしれない。︵藤 田 敬 ﹁ 差 別

l

被差別の現在を凝視する﹂、こぺる 編集部編﹃部落の過去・現在・そして・:﹄阿昨杜 刊 ︶ ※ 本 文 中 の ﹁ ﹃ 同 和 は こ わ い 考 ﹄ 通 信 ﹂ ︵ 藤 田 敬 一 発 行 ︶ を ご 希 望 の 方 は 、 編 集 部 ま で ご 連 絡 く だ さ い 。

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鴨水記 マ第叫回﹃こぺる﹂合評会︵ 2 −

n

︶ での小野栄一さんの報告﹁矢田の教 育について﹂は、しみじみとした、 いい話でした。高い所から見おろす ように物事を論ずるのではなく、目 線を低くして実物大・等身大に事柄 の意味を凝視することの大切さをあ らためて教えられた感じです。﹁人 と人とのつながり﹂を求め、考えの 違う人とも意見の交換をしたいと小 野さんはおっしゃる。そうした姿勢 があるからこそ、声高でなく自らを 問う形の話になるのでしょう。﹁個 人の暮らしの豊かさに重点を置くこ とから、地元やご近所の人びとと心 が豊かに通い合えるような運動へ﹂ ﹁部落の中から部落の外へ、部落の 外から部落の中へ﹂といった方向が 模索されている意味が少し理解でき たように思います。 来年創立四

O

周年を迎える矢田支 部は大阪でも運動の歴史が古い方に 属します。それだけに運動側の発想 と価値観の転換によって人びとのあ いだに戸惑いが生まれるとしても不 思議ではありませんが、その戸惑い の中から﹁部落解放とはなにか﹂を ホンネで語り合えるような新たな関 係が創り出されるかもしれないので す。既成の発想、理論、思想の枠組 みからの脱却をめざす取り組みに平 坦な道などあるはずがない。要は、 波乱含みの道をあえて選ぶ気概があ るかどうか、です。部落解放運動第 三期論の成否はこの気概の有無にか かっているのではありますまいか。 マ京都部落史研究所が会員制度を復 活しました。個人会費年五

000

円 です。﹃こぺる﹄はかつて研究所の 所報でした。九二年ゆえあって廃刊 となり、それを惜しむ者が声をかけ 合い九三年四月、復刊にこぎつけた のでした。そんな縁もあり、今回の 呼びかけには刊行会として全力で応 えたいのです。もちろん所長︵非常 勤︶と所員二人を擁する研究所です から、財政規模から言って会費で維 持できるわけがありません。けれど もこの﹃こぺる﹄がそうであるよう に、研究所もまた一人一人の寄金に こめられた思いに支えられて始めて、 より意味のあるものとして今しばら く存続できるのではないかと考えて います。本誌購読者のみなさん方の お力添えを心からお願いします。送 金は、一丁鵬京都市北区小山下総町 五 一 京 都 部 落 史 研 究 所 ︵ 郵 便 振 替

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目 。

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可︶まで。よろしく。 ︵ 藤 田 敬 一 ︶ ﹁ こ ぺ る ﹄ 合 評 会 の お 知 ら せ ※ 四 月 十 九 日 ︵ 土 ︶ 午 後 二 時 よ り 三月号、土方銭さん 百 戸 、 、 京 都 府 部 落 解 放 セ ン タ ー

3

1

第 一 会 議 室 EO 七 五 四 一 五 一 O 三 O 編集・発行者 こベる刊行会(編集責任藤田敬一) 発行所京都市上京区衣概通上御霊前下ル上木/下町73-9 阿件杜 Tel. 075 414 8951 Fax 075-414-8952 定価300円(税込)・年間4000円郵便振替 010107 6141 第49号 1997年 4月25日発行

乙てる

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身分を越える。

大販市中から町人が

f

かわたj村に移住 していた−0 雪踏をめぐる人々の分析を通して追究し た

f

かわたj身分の世界。近世社会像を 大胆に読みかえる意欲作!

M

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--·I}~廻,E・・・・・・・・・・

第一章

第二章

第三章

第四章

第五章

補 補

論 論

2 1

A 5 判 ・ 捌 頁 2 781 円︵税込 ︶

﹁本村付﹂支配の淵源と展開

身分を越えるとき

|雪踏をめぐる人びと

ー和泉国南王子村の 事 例を中心に

嘉永

年﹁竹皮一件﹂の分析

|﹁かわた﹂村の 雪踏表 内 職

塚田孝氏の身分論をめぐって

四 九 号 一 九九七年四月 二 十 五 日発行︵毎月一回二十 五 日 発 行 ︶ 一 九 九 三 年 五 月 二 十七日第 三 種郵 便 物 認 可

l

定 価 三 百 円 ︵ 本 体 二 八 六 円 ︶

かもがわ出版

FAX075-432-2869 発 売 阿 昨 社/ 京都市上京区衣棚通上御霊前下ル上木ノ下町73-9Tel 075-414-8951

F

754148952 TEL075-432・2868 京都市上京区堀川通出水西入

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