――目次――
1,
日本における現代文化の危機,ドイツ人に対する講演,姉崎正治,Masaharu ANEZAKI,pp.1-11.
2,
児童の宗教的自然遊戯について,関寛之,Hiroyuki SEKI,pp.12-19.
3,
実存の境地,その歴史的反省,若山超関,Chōkan WAKAYAMA,pp.20-38.
4,
ヘラクレイトスの人間解釈(承前),土井虎賀寿,Torakazu DOI,pp.39-49.
5,
朝鮮版法華経疏について,朝鮮における仏書開版の一事例,江田俊雄,Toshio EDA,pp.50-59.
6,
利他賢造『荘厳経論初二偈解説』について,野沢静証,Seishō NOZAWA,pp.60-81.
7,
渡辺楳雄氏著『仏陀の教説』,梶芳光運,Kōun KAJIYOSHI,pp.82-85.
8,
高山寺法鼓台所蔵宋版章疏大観(承前),附,写本及欠本,常盤大定,Daizyō TOKIWA,pp.86-110.
9,
支那古楽の特色,儒教音楽の特色,石井文雄,Fumio ISHII,pp.111-126.
10,
印度考古学の発達,高田修,Osamu TAKADA,pp.127-130.
11,
海外雑誌論文紹介,pp.131-132.
12,
新刊紹介,pp.133-146.
Posted in 1936
(昭和11)年
日本に於ける現代文化の危機
︵ドイツ人ほ封する講演︶妨 崎 正 治
全世界が一つの深刻なる危機又は轄換期にあるは何人も知る所である。が眞の粥困が何庭に在るかは散り明か
にされてゐない。各国民は何れも、此を自国の問題としてのみ観察することは出来す、現代のこの世界的危機と
引き離しての解決は望むべくもない。か1る関係に於いて、日本国民が、世界特に西洋語園に封する態度に欒化のあることを認めるが必要であらう。
日本は前世紀の末琴二十年の問、熱心に研鱈と努力とを按けて、専ら西洋各国に倣ひ、科挙と工業とを併せ、
その陸海軍傭を取り入れることに努めた。この鮎は先づ成功して、骨て北方大国の侵略に抗し得て、これを喰ひ
止めることの出来たのも、この努力の賜であつた。然し、その結果として安定と満足とを得たであらうか。結果
は正にその反封で、更に重大なる難関に直面し、押し迫る危険に遭遇しなければならなくなつた。世界大戦後の
経済的成金時代も夢幻の如くに滑滅し、更に工業抄餞展とこれに伴ふ労資聞の反目は、新なる不安を社食に潜ら
した。もとより、科挙的文化の進歩と新しい教育方法の確立とは、その効果の見るべきものはあつたが、その中
には、組先から倖承し来った道徳的観念、宗教的信仰、政令的俸統と相容れぬものがあ少、これが馬め、従来あ
れ程その採用に熱中して釆た西洋文化の慣位が疑はれる様になつた。
日本に於ける現代文化の危機 JJβr日本に於ける現代文化の危機 二 世界大我、殊に戦後に起った諸々の事件が、如何に廣汎に、西洋と近代文化に封する吾が国民の敬意を喪失せ しめたかは、蓋し想像以上である。曾てヨ一口ツ。ハに畢んだ吾が国民はその師に封する信頼を失った。こ1に勢 ひ、かの国際関係、西洋語囲に於ける政治的地位、経済的事情が、特に日本との関係に於いて重大なる意義があ ることゝなる。この問題に就いて、こ1で深入少はしないが、西洋諸国に封する日本の尊敬の喪失と不信が、現 代文化の賓際的慣値に就いての疑問を強くしたことは、これを取り立てて見なければならぬ。 科挙の成果は通じて有益ではあるが、而かも不幸にしてそれは叉蟹行虐殺の具にも用ひられる。日本も亦科挙 的進歩の悪用に於いては、勢の赴く所、心ならずも西洋と相競ふまでに至ってゐる。そこで、人生に封する近代 鵬r 科挙の意義を疑ひ、科挙は人生を救済し得るや香やを眞創に疑ふに至ったのは覆ふべくもない事茸である。科挙 のこの悪用はさておき、科挙文化の強力な結果は、機械の驚くばか少増大する使用と、あらゆる形に於いてする 人生の機械化である。それによつて日本も多くの思惑を受けた現代機械文明の利益に就いては何人もこれを疑は ない。これに就いては、日本は海の彼方の隣国アメリカから最も甚大なる影響を受けた。而かも今や所謂る自然 の征服妊、果して眞の勝利であると言ひ得るや疑はる1に至った。蓋し、防疫その他に於いて見られる如く、自 然はある程度まで確に科挙的知識によつて征御しなければならす、叉征御し得るものではある。然し、これらは 如何なる場合にも、自然の法則、自然そのものと調和して得たものであることを忘れてはならない。科挙は常に 自然に退廃こそすれ、決して自然に逆行するものではない。これたしも征服と呼ぶのは人間の自惚ではないか。 吾等東洋人は恐れる、西洋人中、か1る自家陶酔に陥らないもの、典して幾人かある。 JJ古g
現代工糞はこの自然征服の希望に科挙の持合した産物である。工業のもたらす利益は固よ少大きい。との革質
を認識した日本は、その過多の人口と和保って、近代工菜の移植に成功したが、同時に、西洋各囲が悩み苦しん
でゐると同一の問題に逢着した。即ち、機械と組織の重堅、家族生活の斬靡、富の局部的集積、これら諸々の難
問題は各文明観には共通ではあるが、叉日本の場合には特殊なる次の二鮎がある。
一、日本は現在もなほ農業国、特に米産囲である。一切の社食機構、一切の道徳的俸統、且つは宗教的観念も
米の栽培と密接なる関係を有し、かの機械工菓とは正に封疏的である。日本の難問題は工菜的生活から生起し、
殆ど生活の各領域に亙つて影響した。
二、他は西北方の隣国から穏常に宜博せられる共産主義のしぶぬく叉気味のぁるい脅威である。マルキシズム
が単に現代工業生活の産物であるや否やは問題であるが、そうだとすれば、日本に於けるその禰漫を可能ならし
めるものは、葦豊品囲のエ業化である。謂ふ研の科学的祀倉主義が未熟な青年を捉へて、これに心酔せしめる
危険を日本は痛切に感じてゐる。
かく、日本は西北方の大国からする共産主義プロ。ハガンダの言葉巧な影響を受けてゐるが、他方、又束の方、
太平洋の彼岸から玉大な資本主義の恐るべき鷹迫藍家つてゐる。日本に行はれる現代工菜資本主義、並に、共に
伴ふ経済組織は、賓に多くアメサカを範として組織されたもので、アメリオ合衆囲が日本資本主義の師表である。
両かも日本の資本主義は巳にその蕾師に追って、これと相争はんとする迄に襲展し莞而も国民は、その階級的
所属、思想と好意の個人的差異は色々あるにしても、この資本主義的支配の蒙展を不安と焦慮とを以て看ると言
日本に於ける現代文化の危機 〃細ふ状態である。この最後の鮎は、二つの利害国別 −一はエ業界、財界等、叉政府に接近せる一派や政景、他は 知識階級中の理論家、俸釈尊重の道徳論者、並びに陸海軍人に亙る一派 − の間に離反の存することを考慮する
場合、特に重要である。
更に、資本主義の膨脹聾展は、日本の政治植民経済に封する四方からの包囲をもたらした。こ1にアメリカが最大の役割を漬する。この包囲の焉めに、日本国民の敵慢心は欧米に封する不信の強烈なる刺衝とな少、それは
全西洋文明に封する不信の表現となる。この鮎は、今日の日本の複雑なる幾多の問題と閲聯するもので、一例を
畢ぐれば、日本の国際聯盟離舵は、前述の諸問題に封して、日本国民の有する一般的感情の表現に外ならないの
である。
日本のこの国民的反激は、単に頑冥な反封や、受動的なる抵抗、又は世界から孤立せんとするものではない。そ
の原動力は宗教的理想、道徳的精神、精神的執堕と結合してゐる囲民精神の復活の中に求めるべきである。而もそ
の道動の契機たるや、濁り日本の停統精神によるのみならす、又全アジヤの精神的文化によつて支持されてゐる
のである。
試に問題生別に返して諭すれば、米作農業は日本の国民生活の基本である。米の栽培はある意味で一つの宗教
である。土と水と熱とで輿へられる生命の根源基礎を大自然の恵みと見る意味に於て特に然りである。這般の滑
息は、口本の神話にあつては天津御賽に光り輝く女神とたつて化身してゐるが、それは又、真義及び日本車固民
の泣づ御租と信ぜられる。勿論.農排に人の努力を要しないと言ふのではないが、大自然の豊かな憩みがなけれ 日本に於ける現代文化の危澱 四 JJβ(ぼ一弘曙静力もそむ軌が虻い。日本の神々の惟舟には、中たに催する女醐の外にl無数中称々、譜敵、蒲童顔あ り、而もそれらの紳婁は超絶した天上の耐ではなく・吾等の問に伍し、吾等と生活を倶にする同族であhソ、近親
であり、件侶であると信ぜられてゐる。かゝる紳と人とを結ぶ視線関係こそ、今日両道と呼ばれる古代宗教の根
本的特徴である。それは自然崇拝、神祇崇拝又は組先崇拝の宗教と呼ぶことが出来よう。この宗教があらゆる方
法で俳教、道教、儒教と融合し、かくて探さと共に幅を拭げて、アジヤ的宗教を形づべったのである。
日本国民が現代の科挙的文化と機械室上の文明に反封するのは、倍令個々の日本人が明かにそれを意識せると
否とに拘らす、叉現下の衝激が観念的省察から刑るよ少も、寧ろ茸際経験の上から出たものであるにしても、如
何に深く日本開民の精神的俸統と生活機構とに根接を有するかといふ事は、これによつて知るべきであらう。
神話の問題に就いては、日本人は今もなほ神話的㌍国東の中に生活してゐる。日本の神話は、国民がその国土
と自然と生命とに就いて有する理念の結晶で、数千年来、父組相俸の感激と渇仰との堆積である。かくて神話は
国民の精神界に於いて現に生き動ける力であり、社食生活と国民的歴史とに緊密に結び付いてゐる。尤も、これ
らの神話と俸統とのすべてが文字通りそのまゝに信ぜられてゐるのではなく、神話の本質的内容が国民の信念と
渇仰とを輿へてゐるのである。神話と歴史竺つになつて、萬世不易の皇室として牌現し、全国民の聾固なる囲
結となつて硯はれる国民的竺の根幹をなすものである。但し、国民的侍統はこれを科学的に−匿史的痕判的に考察する場今何等の問題もないといふのではない。香、此等の抵偶こそ刻下の論争の一部であ少、精神界
を始め、政治・教育並びに祀倉生活のあらゆる部面に亘って、左右両翼の問に於ける激烈なる闘争の中心鮎をな
日本に於ける現代文化の危機 五 J8守日本に於ける現代文化の危機
六
すものである。かく観察し乗れば、日本も他のアジヤの諸民族と共に、近代的西洋文化の影響から生する同一の
諸問題、即ち、俸統的文化と科挙約数育と、香木の墓相生活とエ業組紐との問に起きる相剋から生するなべての
問題に悩まされなければならなくなつ莞と望一一三、日本の悩みは、只に東洋と西洋との間隙によるばか少では
なく、現に西洋各国も常画してゐると同じ、全世界を通じた文化の危機と切り離すととの出奔ないあらゆる難閲
と苦悩とによるものである。
そこで日本に於ける現代国民生活の危機は、現下の世界的危機と闊聯して生するアジヤ問題の代表的なものと
言へる。ガンヂーの紡錘とマンチェスクーの磯発との問に起った抗争はひとり印度だけに留まらない。同様の抗
争は日本にも農民の死活問題として硯はれてゐる。支那諸省に於ける共産軍の猫狭による農村社食の荒廃と家族
的生活の破綻は、日本に於いても亦これを見ることが出来る。即ち、形こそ異れ、俸統的観念とマルキシズムと
の闘争、幾分緩和された形で硯はれてゐる家族制度と個人主義との闘争の如き、これである。
此に於て、吾々は近代文化の慣値を今一度反省して見なければならぬ。何人も科挙が文化建設の最も重大なる
要素の一たるを認めないものはない。各時代にはそれぐーその時代に特有なる科挙的成典があつて、その時代の
文化に貢献して釆た。だが、現代の顕著なる特徴は、科挙寓能の普遍的信念から出て、科挙に輿へられてゐる飴
少にも優越せるその地位である。茸際、現代科挙は中世的知見に此して殆ど封舵的である。蓋し、前者は、茸験
的探求とその利得の巾に、それが棉緒と原動力を求めるに反し、後者は、紳によつて啓示された展理と、前の定
整紘則漣の俄懐の申
JJβg副世相知見が神意を享酢守蹄跡見掛稔ふ方式に遜ふ転あオに封レ、臆他称畢眈珊求む郵α緑風α称冊の上略堂畑.冊=∵ ■一▲ つ。従って、現代人のこの精神が、かの﹁自然の征服﹂と言ふ語の中に、その強い衣硯を見る如く、人類を以て 自然の統御者となすは雷然の事である。故に科挙は、自然と人生の中、最も具牒的に捕へ得べき、叉接近し易き ものゝ方向へとその探求の歩を進めて釆て、物理的自然の探求に於ては茸に最大なる成功を牧め、次いで、物質 的生命の問題に閲する成果が奉げらるべく、精神的生命の秘奥を探ることに於ては最も劣つてゐる。かくて現代 文化が、人間生活の物質的方面に非常な成果を斎らしたことも怪しむに足らない。然し、人間の興味を物質的慣 値に向けしめたのは、この科挙的東風が、それ自身叉科挙的研究の賜たる機械室上の工業と結びついた鴬であつ た。 かく見れば、東洋が如何に現代文化に反動するかゞ理解されやう。自己の精神的遺産を有し、特殊な見地を持 つ束洋的見解は、現代科挙とは殆ど正反封の立場から茸在を見る。この反封乃至封立は、理論的・思塀的思索の 結果ではなく、東洋語民族の生活の中に、西洋の科挙文化が侵入して釆た厳乎たる硯賓のためである。科挙的文 化は、物事を多少とも詩的若しくは宗教的に観んとする精神的態度を威嚇するのみでなく、科挙のみで商事を律 しゃうとする見方で束洋的見解に衝突し、一切のものを悉く科挙的知識と技術とに移さんとさへするのである。 科挙的知識のこの突撃は、茸利的應用の鷹力と相保って、東洋民族をして西洋文化の樵威をどこまでも承認せし め、他のあらゆる関心と観念を放棄せしめんとする。 何れにしても、現代科挙は、その理論的見地よ力も寧ろその賓際上の影響に依って、物の見方の方向と利事の 日本に於ける現代文化の危機 七
日本に於ける現代文他の危機
八
開心を、物質的世界のみならす、人間の生命そのものに就いてすら、法則の領域に極限して機械化する傾向を示 してゐる。東洋の識者といへども、容易に科挙を度外することの出来ぬ位のことは知つてはゐる。が彼等の苦闘 は精神生活とその見解を科挙的文化から救はんとする所にある。この苦闘は、信仰と盾観と、感情と渇仰と、意 志と人格と並んで、智力に正常の地位を輿へ得る様にして、世界と生活を一骨よき状態に導かんがために、不断 に英雄的努力と精神生活の一大飛躍を試みんとするものである。かゝる綜合が連せられ、それが原動力となり得 る様にするには、如何なる文化の形態が探らるべきであらうか。吾等が渇望し夢想する所は、現代の混沌と開事 とを通ゎすぎて、精神文化が、料率と宗教と、西洋と束洋と、これらが相共に伍して存在するにとゞまらす、津 然一席の調和態をなし得る如き高峰をきはめんこと、これである。 再び賓際上の方面を願れば、現代工業機械化の強大なるは改めて説くまでもない。東洋的生活の機械文明に封 する反抗は多種多様であるが、日本の反抗と闘事には叉その特色がある。日本の現代工業は最早箪なる外囲から の輸入物ではなく、自己の生活と生存権の要求とを有して、日本国の本質的な構成部分にまでなつてゐう五十 年足らすの間に外囲から接木されたエ業は、全く同化して今日の高度に襲展したのである。 然るに、国民の大部分は農民であり、全国民は今日もなほ米を常食としてゐて、米作米食は一種の信仰となつ てゐる。更に望息すべきは、農民とエ菜労働者との問に今なほ明確なる霞別のないこと、並に∴業の主要部分が 特に繊維工業であることである。而して農業と手業に従事する者の閥の流通移動が一つの粘色になつてゐる。伽藍値短調滑で恒産脾叱絵博ル濫寮生括粗野つて行て∵かュる
藍
JJ♂4す影響には特殊なものがある。突如工場に釆た農相の子女が、機械の騒音と喧晩と慣れぎる群居の中におかれる
時の精神的緊張、叉避に、モーターと機械を離丸て、農相山村に膵つたエ場労働者の感する倦怠あ如き・何人も
容易に想像することが出来よう。由棟の矛盾衝突は衣食についても、居住と娯発についても、結婚の意義と茸際
についても、文豪族囲結と道彗息識に就いても均しくこれを認めることが吊乗る。これが個人的及び祀含的生活
に欒兆又は頻度を惹き起す。
かゝる緊迫せる状態は日本に於いて顕著に硯はれてゐる。か1る硯象は全く強大な磯城産業の社食に通有の事であらう。心室と生命が機械化され、自然の生命の根源から離れる時、生命は自畿の動機や自己支配よりは寧ろ
外部の支配を受けることが多くなる。か1る人生の非人開化こそ、現代生活、特に都市に於いて日に姦し硯はれる所の、群集の精神状態の驚くべき動播、本能的衝動爆蟄の原因である。人間は機械の力を以て自然を征服した
と信じてゐるが、葦は人間自らが磯城の奴隷となり、自己統御力を失ってゐる。金銀慾、政樵慾、離婚の増加、
騒擾、掠餐等の現象は、何も現代に限つたものではない。然し現代の現象は、磯城と組織の悪魔的支配に封する
人間の精神的反抗を示すものとして現代の特徴的相貌であると言へよう。
科挙の場合と均しく、機械及びエ糞も、これを人生から靡止することの不可能なるは明である。
故に問題は、人間が横械に完全に征服せられてそのロボットとなるか、或は之に反して、機械を征服してその
主宰者となるに必要な身心の力を快復するかの鮎にある。若し前者とならんか、それはたゞ人生の破滅に外なら
日本に於ける現代文化の危機 隕照¢生浩撫厳蛭座祓 九 川鵬日本に於ける現代文化の危痺 一〇 ぬ。後者は、都市計喜、音響の制限その他の封策によつて、機械萬能の弊害を多少とも緩和する可能を含むもの である。然し問題はこれに塞きない。何となれば、磯城による害悪を完全に排除せんが蔑めには、人間の精神は 強大なる首己支配と剛毅とを要する。即ち、問題解決の最後の鮎は、磯城と組織にあるのでなく、人間とその生 活に於ける精神態度にあるのである。 人間の磯城に封する制御1こそ、今日の危機、特に束洋にとつての問題の中核である。然しそれだけではない。 問題の根源は人間の自己統御であり、それは人生永遠に亘る問題である。即ち、機械文明によつていやが上にも 煽られた人間の貪慾、念怒、悲哀、昂奮、困惑を制御するといふととが愈モ重大を加へて釆た。支那の賢人は言 った。﹁山中の膿を亡ぼすは易く、心中の賊を征するは難し﹂と。印度の諺にも、﹁敵は外にはなくて内砿あり﹂ と0 試にスピードに封する欲望増進といふ一例をとれば、遮二無二スピードを求めてこれを制御することをしなけ れば、スピードのためのスピードとなり、そこには恐るべき危険が横はつてゐる。富を貪り、所有を誇り、快焚 を迫ひ、冒険に走る等、そうした衝動のまにく動くにも、機械文明によれば容易であり、その度は港外に強く はならう。が無限にその進むに委せる時は自己の破壊に終る。外境事物で多少は之を制御し得るとしても、結着 の欒化は、個人的にも薬園的にも、人間自身の改善の中に完うせられぬばならぬ。 機械文明に封する東洋の反封と要求は正しくこ1にある。同様の仰向が西洋にないと音ふのではない。企の言 蛛軋阻断終ゎ蹄㍍塵艦聴舶馴胱胚の籠廿海瀬横着漁烏龍絆の痕長のカが、現把機械文明とエ集約支配 JJβG
珊瑚都峨頓服漁郡軋嘗乱掘菅乱をだ酢紺じ函〝町村問題軋封レで鹿骨旺寛大なる額嘗構む有す忍む首ふとと、即ち とれである。然らば東洋は果してこの危機に封する解決策を有するかと言へば、‖木上った案と言ふものは持っ てゐない。賓際、努力と問題の要鮎は、如何にしてこの粥閃を菱除するかの外に、精紳生満と機械萬能とを一骨 高い見地からする綜合に達し得るかと言ふ鮎である。印度の受動的反抗は一つの前程に過ぎない。精神力の大な る辟畿、清澄なる高揚、一骨高大なる建設、更に人間本質の秘赦の究明、これ東洋の要求であり使命である。日 本人にしてこの使命を自覚せす、全力を奉げてこの使命の連行に雷らすんば、日本現下の苦悩は全く無意味であ らちノ0
本論文は、姉峠博士が昨年六月廿四日、べ.ルリン、ハルナツタ館に於ける講義Die gegenw賢tige Ku−turkrise inlapan
を、雑誌NippOn−1aFrgang.Hef什A.−豊∽︶ が刊行したものの研課である。尤も、同六月十四日には、.ハリで、La
crise actue−−e de−a ciユーisatiOn au lapOnなる題下で大健同様のことを話きれてゐる。この俳文のものと前の弼文のも
のとの問には多少出入があるが、前者は巳に、信人︵第四番、第十二溌︶ にその梗概として紹介されてゐる。 ︵賢者 村上俊雄︶ 円本に於ける現代文化の危機 ☆ ☆ 龍 薯 〃Ⅳ
∵
望旦の自賛的遊戯群及び非組織的遊戯囲の行動を観察する時は、その中に、宗教的自然遊戯や望旦秘彗不敬を
見出し得る。宗教的自然遊戯とは、兄童の自然遊戯に於て、動物の屍膿を塊葬して、碑石を建て、供犠・碓井し
たり、試験その他の必至・痛切な要求の生起した時、自然物、人工物を祭り、又は自製の偶像を祭って所願・碓
井した少、絶て自然遊戯の形式を借りて宗教的行動をすると同時に、斯る行動の中に宗教意識を宿してゐるもの
をいふ。故に吾人は宗教的自然遊戯を唯々外形的・形式的に宗教的であるが故に﹁宗教的﹂とせす、その表現行
動の内面に宿る意識活動・心的内容の中にも宗教意識そのもの又はその要素たるもの1蟄見されることを要求し、その意味でも﹁宗教的﹂としてゐるのである。此等は時に個人的にも行はれるが、多くは群囲的に親友等との集
結の間に行はれる。叉時に私的に、或は自己等の群圏内に於てのみ秘密に行はれることもあれば、公然と行はれ
ることもある。秘密に行はれる場合は児童秘密宗教として取扱はれ、公然と行はれる場合は宗教的自然遊戯とし
て取扱はれる。
宗教的自然遊戯は遊戯の﹂灘式であるから、遊戯埠骨髄劇であつて虻﹂とれは必ずし.も普過勒では放く、環境見童の宗教的自然遊戯に就て
兄童の宗教的自然遊戯に裁て
閲
之
寛
JJ庁g胤感慨瀾協蘭瀾儲㈲儀蒐 こ藤”女㈲吼サ悪雀眈櫛碁繚菅有す尋や殊転勤胞的癒産直塵宙山地た
る長野牒の鬼童時、斯る経験に富むことに於て金岡無比である。斯かる遊戯は動物葬と偶條碓井とから成り、前
者は殊に多いので、狩猟本能・動物興味の盛んな時期に多く、九歳から著しくな少、一〇、一一歳を頂鮎として
一二、〓ニ、一四歳と谷底へ流れてゆく曲線を描く。而して一五歳には全く滑失して、遊戯形式としてではなく、
宗教が眞の成人的のものに近接するので、宗教的自然遊戯は滑失する。この遊戯は群固形式の最高期たる一〇、
一一歳に於て頂鮎に達し、この時期は狩猟本能・作唐本能・年間本能・動物興味の最高期である。女兄は遊戯の
種類に乏しく、屋外生活が少く、動物興味に乏しいので、斯る経験が少く且早熟的であつて、最高頂鮎は男鬼の
一一議に此して早く既に一〇歳に来る。
〓
斯る宗教的自然遊戯の行はれる場所としては自邸内・室内及び邸外附近が奉げられる。自邸内及び邸外附近で
は動物葬が行はれ、室内では偶像櫻井が行はれるが、動物葬は甚だ多いので、場所としては自邸内が最も多く、
邸外附近及び室内の順に之に次ぐ。遠隔の場所はない。自邸内及び邸外附近で行ふこと竺○、一一哉に最も多
く、室内には年齢的特色はない。男兄は多く邸外附近で行ひ、女兄は自邸内で行ひ、堂内の希求には性差はない。
斯くこの遊戯が自邸附近を去らないのは、見量遊戯群及び兄童群囲は頗る排他的であつて、その形成は道路を境
界として限られた町内のみに限定され、縄鮎少がやかましく、他の縄張少に侵入することの困難に原因する研が
大である。
見竜の宗教的自然遊戯に裁て 〟朗嘉数的自然遊戯の封象は生物︵動物葬の場合︶及び物品︵秘密稽拝の場合︶に大別され、前者は哺乳類鳥類・ 昆品類・爬轟類二両棲類及び環歳類を含み、後者は自然物・人工物及び自製偶像を含む。動物では、高等動物に して愛着の生するもの、一般に兄童に親しみある動物、寿命が短くて死の経験を度々輿へる類、時に蛇・猫等の 如くに崇るといはれる動物が封象とされることが多く、鳥類及び哺乳類が最も多い。物品では試験通過、天来快 晴等を希求するに適する碓井的・呪的封象が多く、文房具・自製試験両・てるてる坊主が多い。文房具は多くは 鉛筆であつて、﹁汝よく答案を書かしめよ﹂と祈るのである。自製試験所は百鮎大神と書いた紙を壷等に貼るの である。野生動物は狩猟本能の盛んな感情停滞期︵思考躍進期︶たる二、一二、一三歳に多いが、飼養動物は 感情躍進期たる一四、一五歳の愛着心の多い時期に多い。物品中、自然物は年少見に多く、自製封象は他力的・ 両俳究克論者的︵神秘不可思議なことは悉く紳俳に鐸する特性︶、神秘力神化者的︵両秘力は之を絶て神格化す る特性︶たる一〇蔵前の兄童に多い。動物は、屋外に多く生活して狩低木能の強い男見に於て多く封象とされ、 物品は、室内生活の多い女兄に於心て多く封象とされるのである。
四
宗教的自然遊戯を行ふ理由は、その遊戯衝動が内部から兄童を駆使してゐることは勿論であり、最後まで遊戯 に終始することもあるが、それに巷加した精神作用中にもなる動機となつてゐるものがあつて、ために行動の理 監肝鰍紛漸組敷泳‰昔ぬ満仲軸鳩批鮮靂漣心て腰蘇敬遡㌧娩的製・親凍塾・道徳塾・迫懐塾・契約型及び笹戯 免責の宗教的自然遊戯に裁て 三 JJ70繋硬鋼裂州都が、道徳型廊畢阻憐憫攣・感謝恕及昼間惟型暗紺ねれるα宗教型とは直接に宗教吋意味む含むも ので、例へば﹁拝みたかつたから﹂、﹁租母の愛猫む表側に埋めると極聖で一所になれると思って﹂、﹁葬つてやる と、死後、犬が助かると思って﹂、﹁極楽に行くやう﹂等の内容を含む。呪的型とは、勿論、兇童では宗教的と呪 的との直別がつかないので、一見、希求型の如くに見えるけれども、紳に依従するのでなく、紳を自己の目的に 強要しょうとする傾向を含むものであつて、例へば、てるてる坊主を垂下して快晴を希ふが如きである。兄童が てるてる坊主を使用するのは、彼に希求して快晴を所願するのではなく、彼を利用して両神を抑鷹するためであ って、呪的のものである。希求型とは何等かの希求のために宗教的自然遊戯を行ふので、例へば﹁弟がすぬて困 ったからお菓子を拝んだ﹂、﹁倒巧になるやうに﹂、﹁試験に首鮎をとるやうに﹂等の如き内容を含む。道徳型とは 道徳的理由を含む類型の総括であつて、就中、憐憫型とは、動物葬を雷該動物を憐むために行ふのであつて、例 へば﹁誰も葬る者がなくて可愛さうだから﹂、﹁死んで可愛さうだから﹂、﹁内に長く飼はれてゐたので可愛さうだ から﹂等の内容を含む。感謝型はその封象に感謝して動物葬を行ふものであつて、例へば﹁好い聾で私等弟妹を 喜ばせてくれたから﹂、﹁長い間家のために働いてくれたお碓に﹂等の如きである。俄悔型とは自己の責任を感じ て、殺したり過って致死したりした動物を葬るもので、例へば﹁自分で殺して済まなかつたから﹂、﹁自ら殺した 罪が悪いから﹂、﹁内の猫が捕へて殺したので申請がなくて﹂等の内容を含む。追懐型とは死動物を追慕するの飴 り葬るもので、例へば﹁何だか棄てる束になれなかつたので葬った﹂、﹁悲しくて可愛さうで今でも生きてゐる束 持で犬を葬った﹂等の如き内容む含み、一見、憐憫型と似てゐるが、愛著ある動物を心象に活かし、在りし日の 見塞の票数的自然遊戯に就て Jヱ7I
見真の宗教的自然遊戯に裁て
〓ハ
状態のままに保存しょうとする本性の閃きがあるので、畢なる道徳的憐偶型とは置別される。美的型とは﹁石が
散り美しかつたから祭って拝んだ﹂の如き内容を含み、かの実に打たれて月を鰻丼するものと同じである。遊戯
型とは、宗教的自然遊戯の衝動は勿論であるが、参加精神内容としても、別に他の理由はなく行動そのものを目的
として行ふものであつて、例へば﹁何の繹もなく﹂、﹁川上から流れてきたから祭つただけ﹂、﹁遊ぶだ軒﹂等の内
容を含む。斯る理由の質的類型を分析するに、白鷺的遊戯群及び非組織的遊戯圃の示す宗教的自然遊戯の理由・
動機には、少しも圏饅精神的理由とも見るべき全開的動機はなく、悉く個人の理由を示すのみで、唯々参加兄童
を聯結する鮎ともいふべきは、同一遊戯を行ふことに依って略々同質の享楽を味つてゐることと、同一行動を行
ふことに依つて略々共通の精神内容を各人同時に生起してゐることに過ぎない。此等類型中最も優勢であるのは
憐憫型であつて、歴倒的である。次に宗教塑及び遊戯型が優勢である。併し遊戯型外の型ほ宗教意識の基本態を
形成するに必要な精神内容を含むもののみであるから、悉く宗教的意義を有することは明かである。此等類型と
年齢との関係を観るに、遊戯型は一〇蔵前に優勢であるが、憐憫型・俄悔型の如き造型徳たり且動物興味と闊係
の深い類型は一一、一二、一三歳の中間期に多く、追懐型の如き内省的にして複雑な感情を含むものは一四、一
五歳の年長期に多い。その他の新型には年齢的特色が見られない。而して内省的みェ示教型・俄悔型は男兄に多く、
依従的・他力的な希求型は女兄に多い。
條敏也婚儀儀偲庭廟戯閻働菅生庵原個とするも、複合しセ他の牌耕作用の閻係上、その僻教生起原因の新鹿・
五
Jプアg形輔螢惑m轍櫛乱獄び教常軌聖二甜針射しー蟄兄井軋甘あ各。自蟄蟄は敢も多く十換倣型・教導型
順次に之に次ぐ。白蟄型は年少兄に多く、模倣型は年少兇から硯はれて中間兇に最も多く、教導型は年少児には
ないが、小間見に最も多い。性発の著しいものはない。目蟄型とは常該童鯉の内部に原因があり、自己の襲動的
意志や自賛的衝動やに依つて行動するものである。摸倣型とは外部なる他の行動に示唆されそれを模倣して行ふ
ものである。教導型とは自賛型の自動的なのに封して、模倣型と共に他動的であつて、両親・教師・年長友人等
に教へられて行ふものである。
凡そ吾人は先天的に遺倖及び趨異の差に依って個人差を有するが、この素質が環境と交渉する場合、各々素質
に従つて、刺戟は同一であつても、興った経験として受容されるので、ここに常該個人特有の﹁素質=環境=複合態﹂を形成する。これが即ち個性である。故に人間の個性は悉く不同である。今斯る個人がその個性の聾する
括動を、個性の示すways に依って表現する時、それを吾人は﹁猫創的﹂と稀する。然るにその個性が他の個性 の活動に動かされ、他の個性のways を借りて表現活動を営む時、それを﹁模倣的﹂といふ。併し活動及び WaySの両者とも覇創的であ少、又は模倣的であることは極めて少なかるべく、多くはきays が他の個性のそれの模焉である場合は、世間では﹁掠倣的﹂といはれてゐる。併しそれは今少しく検討する必要がある。何とな
れば、個性の活動力が自らのways を見出すに雷つては、素質の輿へる可能性の限界を除いた一切の精神内容は悉く後天的絆験であり、文化・自然殊に倖承から得てゐるからである。故に斯る内容が偉承的であるとの故を
以て﹁模倣的﹂の語を冠するならば、世に眞に﹁猫用的﹂であり﹁自費的﹂であるものはない。故に此等を分つ
兄東の宗教的n然遊戯に就て JけJ見童の宗教的自然遊戯に就て 一八 には、個性そのままの所動及び弓ayS といふ保件の有無の外に、俸承から習得したways が個性の滑化し新 化してゐる自己精神粍態の自律する所の精油内容がそのways に盛られてゐるか、それとも他人の内容がその ままに他人のways に盛られてゐるかといふ今一つの傑作を必要とする。故に﹁猫創的﹂とは、個性の自らの ままの活動が、自らのままのways に依って表現された場合、この一系列の精神過程を指すことを本則とし、 次にways は一見して俸承的借りものであつても、個性が自らのままの活動を表現するに好都合のものとして それを借少、そのways を手段として自己精神糀態の自律し﹁自費﹂する所の精神内容を盛つて表現する場合 これをも﹁礪創的﹂と稀し、茸際生活に於て最普通の礪創は之である。従って﹁模倣的﹂とは、限られた他人又 は他人群の活動そのまま、精神内容そのままが、彼又は彼等のways に依って、この主膿に依って表現される 場合を本則とし、他人又は他人群の活動や精神内容がそのままに、何等意味的に更改を蒙らしめられないで、彼 又は彼等のways ではないが、一般祀合儒承から輸入されたways に依って表現される時、これをも亦﹁模 倣的と稀する。而して﹁自賛的﹂は﹁模倣的﹂の反封の活動を指すが、その活動の内容の質を中心とする時それ を﹁礪創的﹂と栴し、その活動の誘因が自己内にあつて直接に自己外にない場合それを﹁自牽的﹂と稀する。故 に﹁猫創的﹂と﹁自賛的﹂とは固と同一事項を取扱ってゐるのであるが、精紳内容を焦鮎とする噂は﹁猫創的﹂ となり、活動原因の所在を焦瓢とする時は﹁自費的﹂となり、資料と力との差がある。されば故に宗教的日然遊 戯の生起原因としての自費型とは、ways は悼承的な借りものでも、佃性い.自らのままの活動を表現するに好 灘愴やも欄戊tて々れを備ゎ、そのr吾頂 凍手段とtて眉已渦潮瀧腰の自席し﹁自蟄﹂する桝の精刷内容を盛 J7d
っ蒜警砦警告戯意味暮雪畠良葎し暴言自己著茸†嘗纂怒れ菜ら、直凄
の義的内客となつてゐるものは、﹁理由﹂たり﹁動磯﹂たる前述の質的慧の内警雷。ここに見意叱は自
蟄的宗教が春水するといひ轡三の棋披的理由がある。
兄東の票数的白熱准戯に就て
序 ﹁茸存哲学﹂と課される口数ste︻l壱lュOSOphieは現代 の思想界を支配し、よき意味において﹁流行﹂となつ てゐる。即ち現代の哲学は一般に葦存的なるもの1方 向をめざしてお少、叉﹁賛存哲畢﹂といふ名前は只単 に一人の哲聾者にょつて代表せらる1如き﹁鰐系﹂を いふのではなく現代の多くの哲聾者のめざしてゐる所 のもの、既にその一部の成果の顕著なるものを絶稀し てかくいふのである。即ちか1る哲学者として我々は カール・ヤス。ハース、エーベルト・グリーゼバッハ、 。ハウル・ティサヒ、フリッツ・ハイネマン、ハンス・ ライナー、叉折々はニコライ・ハルトマンをも赦へ、
箕存 の 境地
箕 存 の 境 地
− そ の 歴史的反省 −
若 山
超 開
叉最も有力なるものとしてマルチン・ハイデッガーを あげるのである。所でこの哲学のえたるか1る流行と 支配とは、恐らくこの哲学がいはゞ﹁現代の精神的境 位﹂に即して虞理を語少、各人の胸に強く訴ふる閉あ るが焉であらう。故に我々は叉逆に現代の精神はこの 哲学において自己を吐露し、その場自の下に自己の眞 情を客観化してゐるともみなすことができる。 私にはこゝキエルケゴール:l−チエに始ま少、生 の哲畢に流れてヤスパース、ハイデッガーに至るこの 哲学の指示する葦存の類型を見、その指示する所のあ る境地を理解して、これが、主客を超えた、而も硯茸 の弧き甘定を結果する、ある意味において宗教的な境 他に接近するものであるととを考へ 〓C 紳β㈲瀾鼎檻甜㈲ にはこれは、その骨畢そのものに取っては、これを枢 軸としてすべてが展開されるやうな絶封的のものでな ければならない。けれども叉すべての常襲け虹史的な 背景をもち、我々はこれをはなれてその虞理への情熱 をくみとることはできない、生ける思索は歴史的に流 れて遂に現代の精神界に充ちてゐるのである。そして これは更に未来へと溢れ出づるものである。所でかく 解するなちば、哲畢はその究極の範封性をこの流れに 即して有してゐたのであり、これと共に生死をわかつ てゐた叉今もかくあるべきであるといはぬばならぬ。 中世の哲畢は﹁紳畢の侍女﹂とよばれ叉近世にあつ ても哲撃は﹁科挙の従僕﹂とよばれる。かく呼ばる1 ことそのととの昔香は今こ1では問題ではない。哲撃 としてそれらが、敢へて﹁紳﹂な少﹁自然﹂なりを切 茸なる主饉と眺めこれにもとづく畢の成立の薦にすべ てをさゝげ、すべてを略して苦闘した限りにおいて、 彼らにとつては﹁紳畢の侍女﹂たらんことが範封的で 実存 の 境地 あれ、叉﹁墾事申桂震﹂たらんとと堰苛優bる不打鍵 キ であつたのであつて、かくてのみ彼等は眞に生きえた のであつたといはぬばならぬ、叉その限りにおいて彼 等の巣蹟は眞の哲学なのである。即ち中丸わ人にとつ ては紳は何ものにもまして茸在であつたのであり、又 近世においては自然の中にこそ生の不可紋なる中核が 見出されたのである。哲畢の以つて不可紋となし、最 究極者となしてこれにむかつてすべてを略するは﹁長 きいばらの邁﹂も勿論辞するものではなかつた。然ら ば﹁葺布野畢﹂が現代において迫り捉えんとする常饅 は何であらうか。それは﹁紳﹂又は﹁自然﹂ではあゎ 得ない。 ﹁人間は茸存してゐる着である﹂このキエルケゴール の言葉によつて我々は卑つ賓客哲畢の把えんとするの は﹁人間﹂であること、更に﹁私はすべての物から抽 象することができる。けれども私自身からは抽象する よ* ことはできない﹂といふ彼の言葉から茸存的存在者は ﹁人間﹂のみであるヱとを我々は濠想することができ ニー Jけ鮒
実存 の 境地 る。茸存哲畢は、人間を根汝的に問ふものである。哲 聾者はこゝに自らを人間として臼覚しその存在を哲畢 的に、といふのは全牒的に間ふのである。 放て私は現代における野草のか1る方向への韓向を 賓布的見地から先づ歴史的にあとづけてみょう。そう することにょつて、この哲畢の指示する所の﹁境地﹂ が何らかに明らかにされることを望むものである。 ★ S.Kierkegaard.Phi−OSOphische BrOnken.Bd. S.−¢↓ ★鷺 ebd.S.N∽A −カントと漏逸観念論 哲挙が思想史的蟄展において﹁人間﹂への道をとつ たのは明確にはカントのコペルニクス的特向を第一と するであらう。勿論眞蟄なる哲畢はつねに人間の人闘 性についてその不可紋な中核をえぐり出し、これを積 極的に吐落してゐるものではあらうが、屡々色々の意 味に理解されセゐるカントのコペルニクス的聴向は菅 〓二 学的思惟の限を﹁茸存﹂へと向けしめたものとしても 大いなる役割を演じたものといふことができよう。カ ントは明確−竺呂菓を以て﹁天饉の中心法則はコ。ヘルエ クスが、始めには単に侶設として立てた桝の事柄に完 全な確賓性を附興し、同時に宇宙の不可見なる結合力 を許明したのであつた。然しこれはもしコペルニクス が感能には反してゐる︵w︰d巧Sinnig︶が、敢へて虞茸 なる方法、即ち観察せらる1運動を天饉なる封象にで はなくして、封象の観察者に求めることがなかつたな らば、永遠に襲見せられなかつたであらう﹂といふと きに、彼は﹁形而上学の従来の方法を持回せんと企て る﹂ものであり、その轄同の方向は﹁封象の観察者﹂主 観、即ち﹁.人間﹂に向つてゐたことは明らかである。 此故に理性は叉人間の理性として批判せられなければ ならなかつたのである。更に﹁賓雌理性批判﹂におい ては、カントは、この理性そのものを批判の封象とせ す、むしろ存在する道徳の可能なる馬の根撮 ︵ra−iO e傷而P恩︶ として取り川し、従つてこれは単に分析で ● JJ7g
あつて、何等﹁批判﹂ではありえないともいはれるの であるが、然しか1る議論は兎も角、彼が﹁無上命法﹂ の下に示してゐる内容は、人格の諸他相対的事物に封 する絶封性であり、こ1に彼は人間の人間性を﹁人格﹂ として取出したものといふことができる。而もこの人 格は自己目的として、理論理性の封象たる相封的なも のとは犀を異にせる自照的︵ansich︶の性格が輿へら れ、従ってカントによつて始めて﹁人間﹂は人間的に といふのは、紳との関係或は自然的存在者との関係に ょってではなく把捉せられたといふことができる。即 ち彼においては﹁汝の意志﹂そのものが汝をして汝た らしめ、人格として成り立たしむるのである。かくて 理論並びに賓践の両面において究極的にカントが解明 せんと企てゝゐ.た所のものは、人間の人間性に他なら ぬ、といふこともできる。彼が特殊形而上畢の問題と して掲げた、一、私は何を知りうるか。二、私は何を なすべきか。三、私は何を期待してよいのか、といふ 三間はカント自らに即しても、ハイデッガーの語る加 算存 の 境地 く∵錆局、四、人間とは何であるか、といふ問題に博 一し、これこそ基礎的であるといふことができよ冥。 かくてもし我々がか1る方向を追求し七カントを眺め るならば、カント哲畢は正しく茸存哲撃として展開せ られるであらう。然し哲畢史は直ちにカントをか1る 方向に展開しはしなかつた。その原因はむしろカント 白身の申に在ったのである。即ち彼の﹁私の凡ゆる表 象には﹃私は思ふ﹄といふことが随伴しなければなら *ポ* ない﹂といふ言葉はカント自らにおいてもこの﹁私﹂ が既に論理的主髄と考へられてゐるのである。この ﹁私﹂は﹁人−甥﹂ではなくして、如何なる表象にも伴 ふところの形式であり、人間の人間性を言表はしてゐ るものではなく﹁自我﹂であ少、従つて封象的にも考 へられ、普遍的形式、認識の制約としての﹁意識一般﹂ に中性化されもしてゐるのである。桝で﹁意識一般﹂な るものはヤス。ハースもいつてゐるやうに包括者 ︵das・ Um讐eifende︶ではあるが、必然的に他者的なるもの を指示し、従って自膿的存在の形式ではなく、むしろ 二三 JJ7∂
箕存 の 境地 賓存的根瀕を保って初めて開示さるべき自鰻的存在の 現象の形式であり﹃世界﹄の形式なのである。 放てカントのか1る側面を承いでフィヒテの哲学、 その﹁自我﹂も亦虞に既存の根源へと迫ったものでな 、 いことは明らかであり﹁自我﹂は逆に彼の饅系の原理 シェリングにょつて﹁凡ゆる哲畢の原理としての自 我﹂と名付けられたものに他ならない。凡そドイツ観 念論はその傍系的紺心の故に賓存の根源へと深まつて 行くことを忘却した、とさへ言ひうるであらう。而し てかゝる論理的鰐系はそのま1では茸存的要求を滅し ぅるものでなかつたことも明らかである。キエルケゴ ールの彼等に封する辛辣な椰喩と批判もこの不満の 致す所であらう。彼は言ってゐる﹁現代の第一の課題 は畢の成果を人間的生へ覇諾することである。人間的 ∵羊ポ岩* にこれを修得することである。﹂﹁哲学者達はヘーゲル もその他のものも、日常の基調的生活においては普通 の人間と同じやうに、彼等が思惟するとは全く別の範 疇の下に生存し、叉その滑々として語る桝とは全く別 ニ四 のことを以て自らをなぐさめてゐたのであつた。この ****げ# 故に虚言と混乱のみが彼等を支配してゐる﹂と。まこ とに観念論の大いなる鰐系は今斯々の境地にある人間 にとつては、かゝる﹁礪繹﹂と﹁修得﹂とを必要とす るものであらうし、今の境地に如何に廃せんと決断を 必要とする人間にとつては﹁混乱﹂と﹁虚言﹂に充ち たものゝ如くに映するであらう。更に叉、か1る要求 の下には、ニーチェの言ふやうに、観念論的抽象の鰻 系は何らかの仕方で﹁具牌的に血液を通ぜしめられ る﹂のでなければならない。かくてのみ醗系は黎然た る理論的建築たると共に人間を根濾的に把挺してゐる ものといふことができよう。さればこ1に本質ではな くして﹁茸存﹂が見出され﹁取返﹂されねばならない のである。析で饅系的なるるものはすべていはゞ水平 ヽヽヽ 的のものであるのに封して茸布野畢は、人間を根源的 ヽヽヽ に、といふのは即ち垂直的に開示せんとするものであ る。憫系の基礎とはまさにその上に憫系の莱つてゐる 土姦でなければならぬ。そしてこの土裏は哲密約思惟 〃.し0
であ虹、然も、.人間珊のモれであつて、更にこの人問 の人間性が一切の根源となるのでなければ、すべて虚 無に等しい。それは﹁ポツダムの近衛兵の側に並べら *・*不− れた古代の防護囲のやうな印象を輿へるもの﹂茎洞な る慶嘘の如きものであらう。更に今の世に若しこの度 墟のみを訪れて管掌の寓事畢れりと考ふる思索家があ ったとすれば、彼は自ら樹上にあつて自己を支ふる枝 を挽く者にたとへられるかも知れない。照系に血肉を 約すべき﹁茸存﹂は現代の大いなる闊心といはぬばな らぬ。 然らば人々はこの賓存と呼ばる1常饅を如何にとら へたのであつたか。如何にとらへたとみなすべきであ らうか。我々はキエルケゴール、ニーチェ、フォイエ ルバッハ等にょつてそれが断片的に、叉ベルグソン及 びディルタイにおいては﹁生﹂の名において、叉ハイ デッガ ーにおいては存在畢的に、ヤス。ハースに在つて は﹁横波的開示﹂として示されてゐることを謹みとる ことができると思ふ。 粟 存 の 境地 こ、キュルケゴールとニーチェ 放てキュルケゴールとニーチェの哲畢に関しては最 近各所に論ぜられ、斬新なる研究も諸多存すると思は れるが今はか1るものを顧みてゐる飴裕を有しない。 たゞこゝに僅かに雨着に就いて遊ぶべきことは、何れ も先づ彼等の思索の眼を常に充資した全的人間に向け てゐたことである。自らを有限者として自覚せる人間 二五 ⋮;:*Kierkegaard.↓ageb諾ber.1.N∽. ︳†− 勇y★* 衆★*●♯ *★■■ れ一瞥t.舛別創村鈷乳町乱P軋J訂︻P象嶋汁厨㍉綿野田1 FussnOte. ⋮Kぎt.LOgik.Eiコ︼eitung.Ww.甲S.望u.︵Cass ierer︶くg1.Heidegger.Kant由unb am Anfang.
Kant.Kritik der reinenくernunft.B−u−.
Jaspers.くernunft und E已stenP S.∽−ff.
KierkegaardいUber den Begriff、deutsch くOn
Snhaeder.NNN.
Kierkegaard.Tagebじcher.H.N怠.
箕存の 境地 はキュルケゴールにおいては無限なる紳にょつて充茸 ヽヽヽ せしめられ、叉ニーチェは単なる人間をその吾我にお いて自覚せしめ﹁棟力への意志﹂として充賓せしめる 何れにおいても人間的賓存は有限と無限との﹁緊張﹂ として全的に把えられんとしてゐる。キュルケゴール における人間の茸存的在り方として拳示さる1仰の ﹁不安﹂は正に人間における世界性と彼岸性、俗世と 精舎、彼自身の育英によれば﹁美的なるもの﹂と﹁宗 教的なるもの﹂との緊張に基くものであるn﹁人間は誰 * でも彼の最深の内奥に不安を、即ち紳に忘れられ、棄 てられるのではないかといふ不安をも?⋮:血統と友 情とにょつて結ばれたる多くのものをみるときにこの 不安の断滅することはない。﹂この言葉に彼は芙的と呼 ぽる1所の坐談と戯論に終始する日常的生の苦き没落 を青白し、自らを断呼として彼岸の確固たる地盤に投 ︳ヽヽ 錨せんと訴へてゐる。彼の虞聾なる態度は此岸と彼岸 の安易なる妥協、その中間的領域を許さなかつた。そ れは同n昔・〇d角で⑬つた㍉何も彼眉らは俗≠に 二六 あつて、自己の存在を虞蟄に考へ魂の安んすべき先き を考へた時、﹁私は粉砕せられて幸宿なる生を欒しむべ きめあてもない、﹂﹁一切の存産着が私を不安にする。 横少なる虫けらに始まり聖饅の権化たる神秘までもが 凡べてが、そして特に私自身が私にはわからない。一 切のものはペスト菌でみちてゐる。特に私自身が。﹂か く彼は訴へざるを得なかつたのである。こ1に病的な るまでにキエルケゴールは自己の硯茸を純粋に告白し 富裕にして芙的、感性的なる地上への頚落を拒否して 白己の本木の姿を求めて叫び訴へてゐる。同時にまた この言責と共に凡べての人にその茸存を把ふべきこと を敦へる。彼は人間における茸存の失はれて、その虚 無に堕するをみて自ら﹁おそれおのゝき﹂このおの1 きの不安の反面に眈に紳を把えてゐたといふことがで きる。﹁俗人は生に確く保詮せられたるを以て紳を知る 一* こと少し﹂とは彼が逆説的に此間の消息を語るもので はなからうか。 世俗主戟への反射、それは又−1−チエkもみられる JJβ2
析である。それが彼の所謂虚無重義として誤解されて ゐる析のものではなからうか。蓋し一一−チエは﹁箪に 哲畢史、精紳史のみにぞくするに非すして、全ヨ一口 ッ。ハの人間の歴史にぞくする。彼の戦の封象は、精神 とか抽象的思惟とかいふ如きもののみならす、市民 **不禅 社食、ブルジョワ世界であつた﹂のである。彼も富裕 なる俗世界を斥けて、その﹁生﹂の言葉の下に眞偶の 人間を全的に把え、人間の世俗的千枚化を恐れたが故 である。﹁一定の性格を有する人間とは﹂彼にとつては 無意味であつた。﹁ショーペンハウエルが唯一の範封的 慣値 −非・生を知つてゐたやうに、ニーチェの知れ るは同じく唯一の慣値 − 生であつた。前者にとつて 一切の普通に認められてゐる慣値が⋮⋮生の否定なる 究極目的に了るべき単なる手段たりし如く、ニーチェ にとつても亦一切の慣値、財物、よきものは生の肯定 ヽヽ ***** と高揚の焉の手段にすぎなかつたのである。﹂ニーチェ においてはかくて人間における人間以上の生、威厳あ る生が説かれる。彼はこの生を水平化された俗的人間 実存 の 墓地 人間にして臆に人間忙非ぎる人間の申にあつて輝け各 県偶の人間性の骨牌としてかく﹁生﹂むいふのであり これは﹁カオス﹂なる≠を脱したる彼の﹁超人﹂の賓 存をかく呼べるものに他ならぬ。超人はこの﹁生﹂と しての賓存を餞得し自覚してゐる人間の意に他ならぬ 然してこの威厳ある生を鰭得せる﹁超人﹂は読んで字 の如く人間を起電したものである。 然らば﹁超人﹂は人間ではないのか。超人は人間の 上に任すべき新たな生物として、猿よ少人間へ、人聞 から超人への進化の途上に最後に見出さるべきもので あらうか。人間への進化は更に超人に迄及ぼさるべき であらうか。果してニーチェは眞聾なる研究の後にか ゝる新種を蟄見したとでもいふべきであらうか。我々 がかlる進化論的な疑問と非超人的な解繹に止まる限 hγ三−チェは永久に理解できないであらう。而してニ ーチェを虚無主義者と見なす限りはこの非超人的俗世 主義にとらはれてゐるものといはねばならぬ。蓋しこ の立場においてはすべての人間が超人の前には奴隷で こ七 〃朋
箕存 の 境地 あり虚無的でなければならないからである。ニーチ†︰ を虚無主義者とするは文字に捉はれたる浅薄な解群と いはねばならぬ。ツアラトゥス土フの言葉にニーチェ 自らを譲むものはか1る平板な見地を脱すべきであら う。この時、超人はニーチェ英人であり、眞仰の茸存 としての人間に他ならぬ。超人は人間が自ら人間にお ける人間性の中核、その茸存を把えたところの人間に ****** 他ならぬ。﹁紳はその前に死して﹂自ら﹁世の意味﹂と して自覚せられたる人間性に他ならぬ。ニーチェはか くてキエルケゴールが人間本来の姿を茸存的思惟の道 に求めて自らの深奥に見出した﹁紳﹂を﹁超人﹂とし て捉えたものである。 放て、ニーチェはこの超人の宮腰を﹁権力への意志﹂ ︵Wi−−ez亡rMacht︶とよぶ。人間はすべて生きる椎 利をもつてゐる。これを﹁生への意志﹂ ︵W≡ezum Leben︶ と呼ぶならば、超人の﹁生への意志﹂は、範 なる生以上の生存、張力なる生︵m腎htig窃Leben︶ への意志であゎ、との張力な生を生きんとすることが 二八 ﹁棟力への意志﹂に他ならぬ。かく解するならば、ニ ーチェにおける﹁推力﹂とは強大なる生そのものに他 ならぬ。所でニーチェはこれを外的と内的の二つに分 けてゐる。外的な強大なる生、即ち外的樵力とは生き ヽヽヽヽ ん篤の手段である。人間の所有するところである。こ れに封し内的棟力とは、人間をして人間的生を営まし むる常饉、人間そのものである。これは生への意志自 牒である。所で生きんとすることそのことは凡べての 人間のよくする所であるが、超人においてはこの内的 権力は強大に内に充資し、外に溢れて創造の力となる 創造は僅かに生くる所の充さる1に汲々たる凡人のよ くする析ではない、香超人のみのなしうる所であると いはねばならぬ。 然らばこ1に、たとへ超人を人間に他ならすとする もニーチェは再び二極の人間を説き全人類を高下、貴 賎、強者弱者の二階級に分つのではないかといふ疑問 が生卒る。然り、であるとともに否、といはねばなら ぬ。∴l−≠革の故をロゴや酌、冬草笹寧的祇解する是 〟鋸
感儒腰瀾偶感灘潮憾.麒 麟惑腰mW 嵐
−チェをも見出し、賓存的に解するならば後者たるは 言を保たぬ。然し箪に文字によつて封象的にニーチェ を捉ふるは正しきものとは恩はれない。﹁超人﹂はニー チェが自らに見出し、外に溢れて人々に語れるすべて の人間の可能性として、むしろ、把捏せらるべきであ り、従つてすべての人間がその各々の中に、超人とし て取出さるべきところの首饅を赦してゐる、と考へな ければならない。叉ニーチェ自らに関していへば彼が 超人であつた反面において、世の奴隷であ少、卑しき ものでもあつたが故にこそ、眞に﹁超人﹂たゎ、これ を開明しえたのであるといはるべきである。彼は極言 すれば、超人をすべての硯茸的人間の中に見出し、叉 凡べての人間の行住坐臥の間に見出したといはぬばな らぬ。かくて人間は俗人であると共に超人でなければ ならぬ。ニーチェはキュルケゴールの如くに人間を正 に彼岸的なるものと此岸的なるものとの緊張の間に見 川し、その下に生の充葺を洞見したといふべきであら 質存 の 境地 郡司劇馴雌轟酢蛸ぷ普通番号J薬虹土取結銘じ かくの如き一−−チェの百薬は一欄の超人の数多の俗人 に語り、俗人を犠牲にして自らのみ砧発たらんとする 超人の利己的命令ではなくして、むしろ凡べての人間 が、各々の深奥において超人であ少、現在の生活をジ ムメルも語る如き﹁生以上の生﹂として強く肯定した ものと解すべく、かくてのみ人間は又﹁忠葺に土に止 まる﹂ことも可能なのではなからうか。此故に犠牲と なり手段となるべき所のものはむしろ俗人の俗性であ ゎ人間、即ち超人における俗的側面であるであらう。 蓋し超人のみが眞に人間たるが故である。 放て、以上みた限りにおいてのキュルケゴール及び ニーチェに於ては、その各々の語る所甚だ相違しっ1 も、何れもが人間的﹁貴存﹂を問題とし、これが転封 的緊張の下に全的に把えられ、その開示がめざ1れて ゐること、而もこの全的把捉を可能ならしむる桝の人 間における宮腰をキエルケゴールにおいては紳、ニー チェにおいては超人として、何れも超越的なるものに こ九 け郎三 フォイエルバッハ 以上キュルケゴール、ニーチェに次いで、フォイエ ルバッハの哲畢も亦﹁人間﹂を問題としこれより葺存 的﹁境地﹂を指示せる哲撃と考へられはしないであら うか。彼は通常初期においてはヘーゲル哲学に心酔し
靂虻蔭L町ほ激紛舵
箕存の.境地 蹄せられてゐること、我々はか1る類型的に同一なる 彼等の﹁境地﹂を見出すことができたのである。 ***薫**Niet訟CFe舛.−∽∽. ****** ***** ** *** **索* * Kierkegaard.Die Tageb許ber.−.N金. ebd. ebd.S.∽−N.HeinemanP Neue≦1ege der PE−OSOpEe S.
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Simme1.ScbOpenhauer und NietNSCFe.−¢NP S
−¢∽. NietNSCFe HIく.∽○父lく.−. 三〇 と考へられてゐるのであるが、か1る解繹は、戟念論 か、唯物論か、主観主義か、客観主義か、といふ相封立 する有限なるEntw乱er・Odrを前捷し、か1る相封 界の銀波としての第三の賓在的賓存の世鬼を見逃し、 遽に切茸なる常慣を失つて所謂戯諭に堕するものとい はぎるをえない、かlる見解に立つものはフォイエル バッハのAntFOpO−○乳eを﹁人類畢﹂と解する。だが 人類挙が何ら生ける人間を把え得ぎるものたること、 更に凡そ眞蟄なる哲単著が宗教を棄て七人聞を死物と してのみ本来的に扱ひうる人類聾者となつて満足しう るものであるか香か、彼等は全然反省しないのである 所で唯物論者は彼をまさに人類単著として斥ける。そ の立場にとつてはか1る斥けのみが正しいといはぬば ならぬ。だが我々は彼がこの人類聾者なるが故に、即 ち彼の﹁人間﹂への潔究の故に彼を無税することがで きない。彼の﹁基督教の本質﹂は、紳の否定ではなく して、むしろ人間における前の蟄見と解さるべきであ 絡冊鰹微粉潜膵粧汁麻軟惟人湘が動物かち本質的叱 JJ甜
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ない、﹂とのべ、その笹別は何に基くかといへば﹁寮識﹂ とのべてゐる。所で彼によれば意識は﹁戎存在 ︵We Seコ︶がその存在性 ︵Wesenheit︶ を封象とするとと もに存在する。﹂而してか1る存在は正に人間であり、 従って﹁人間は彼自らにおいて我であると共に汝であ る。﹂﹁人間の内的生はその類、その存在への関係に存 する﹂が故である。而してか1る意識は一切を包括す るn﹁無限者の意識は意識の無限なることの意識に他な らぬ。﹂この無限なる意識が彼によれば直ちに宗教の境 地︵Gr亡nd︶である。此故に紳は感性的、物牌的事物 よりもはるかに我々に近く、人間が意識し、思惟する 時にかゝる意識乃至思惟の常饉が直ちに紳なのである ﹁紳の意識は人間の己れの意識であり、紳の認識は人 間の自己認識である、﹂﹁宗教は人間の生ける全慣性に おける己れの意識である、﹂﹁紳は啓示されたる内的な * るもの、人間の自己の言表はされたるもの、﹂﹁宗教は 人間の中に隠されたる賛の厳かなる開示であゎ、人間 箕存 の 境地 1 ‖珊瑚搬舶開砂感想劇部首†尤間め愛の秘貯の骨自廿ある﹂ ‡ 斯る大臍なる彼の言葉は固く翠苔のみむ文字的に解す る基督教徒の理解しうる桝ではなかつたが、被の﹁人 間﹂についての根源的な思索の故に、彼が﹁人間﹂の 中に﹁超人﹂のみならす﹁紳﹂を見附せるが故に、彼 における茸存的内賓の豊かさを我々は認めなければな らない。フォイエルバッハは﹁無限者の意識﹂と同義 的に存在︵We紹n︶類︵Gattuロg︶等の言葉を語って ゐる。一切の科挙は存在を封象としこの対象とし類と する絶封的意識の下に具饉的な基礎を得るとなすので あ少、従ってこの類の思想は彼の倫理学の土茎でもあ るものである。彼の﹁将来の哲学の諸綱領﹂も亦人間 の根源的茸存的把捉に基いて説かれたものであつたこ とはいふまでもない。彼には﹁茸存﹂の言葉は見雷ら ない。しかし彼が哲撃せる思索そのものは硯賓の人間 に即し、﹁己れの意識﹂に遡及してこゝに絶封的境地を 見出して行つたものであることは明白である。 彼の己れの意識はヘーゲルの鰻系内における範疇的 三一 〟汁箕存 の 境地 な自己意識とは著しく内容を異にしてゐる。彼によれ ばドイツ観念論はすべて、思惟する人間の哲学ではな くして、思惟する精神の哲学であり、か1る精神的理 性の哲畢であつて、人間的円安を放き、理性は桝輿を 了解しはするが、単に論理的型餞としてゞあつて、事 賓としてゞはなく、従つてヘーゲル哲単における諸矛 盾、封立といふが如きものも事茸ではなくして範疇の 封立であり、何ものをも具標的に規定し生み糾しうる ものではない ︵仁ロfr亡Cbtfar︶ のである。ヘーゲルに おける﹁有﹂と﹁無﹂との矛盾封立も表象における矛 盾封立であつて、人間存在の、従つて生と死との封立 に基礎をもつべきものではなかつた。然し眞佃の哲学 の問題はソクラテスの古より人の魂を束づかふことで あり、﹁人間の中にある賓﹂を取出すことであつて論理 や範疇はむしろこれに従屠するものでなければならな い。客観的眞理といふが如きものも、それが切茸なる 自己しL無帥係のものであつたならば、フィヒテの云つ 匪騨淋鮒瓢蹴浄げ締れわ払紆妃払山鹿短暫£i苺i経 三二 思はない﹂と放言さるべきであらう。﹁萎術にとつて最 高のものは人間の姿であり、哲学にとつて重商のもの *** は人間存在である﹂と彼は語ってゐる。では彼におい て人間とは何であるか、その在り方は如何。これこそ 問題である。しかしフォイエルバッハはその思惟を深 くこの方向に進むる前に人間へと眼を轄ぜしむるに急 であつた。ランゲも言ってゐるやうに﹁フォイエルバ ッハは途に明噺なる論理撃を示さなかつた﹂のである ﹁彼においては、カントやヘルパルトにおける如き ﹃此故に﹄とレ.ふ悟惟推論がなかつた。彼の論述は神 秘的な雲霧に掩はれ、感性と直観の強調にもか1はら **** ナ、充分なる開明に達してゐなかつた﹂のである。人 間とその賓存の境地そのものはいはゞ本来不可得であ るかもしれない。フォイエルバッハはしかしこの境地 に既に在つて、世の人にこれをこそ捉ふべきを訴へた ものである。我と汝との関係、﹁類﹂と彼のよぶ、人と 人との統一の根幹として被は﹁愛﹂む説いた。だが彼 は己め﹁農↑め臆通販皇后中妊見出し、分析し、更に 〟鋸