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市町村の消防の広域化に関する実証分析
<要旨> わが国の消防行政は歴史的沿革より市町村消防の原則がとられており、市町村が消防責 任を有し、市町村長が消防を管理し、市町村が消防に要する費用を負担することとなって いる。近年、消防における業務が多様化、大規模化し、都市構造の複雑化、住民ニーズの 変化に対応する消防体制を確立するため、消防サービスの強化を目的とした消防本部の広 域化が進められてきた。 本稿では、消防本部の広域化が消防サービスの強化に与える影響を検証するため、消防 サービスを図る指標として救急車の現場到着時間を利用し、実際に広域化した事例を用い てDID 分析を行った。分析の結果、広域化の形態により違いがみられたものの、広域化す ることにより現場到着時間が短縮されることが明らかとなった。また、管轄人口が現場到 着時間に与える影響についても分析し、広域化を推進していくべきとの提言を行った。2015 年(平成 27 年)2 月
政策研究大学院大学 まちづくりプログラム
MJU14612 田代 貴之
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目次
1.はじめに ... 3 2.消防広域化の概要... 3 2.1消防行政の沿革 ... 4 2.2消防広域化の背景 ... 4 3.消防の経済学的分析 ... 6 3.1消防サービスの経済学的根拠 ... 6 3.2消防サービスの規模の経済性と消防本部の広域化 ... 7 4.分析の方法及び使用するデータ ... 8 4.1分析の方法 ... 8 4.2使用するデータ ... 9 5.実証分析 ... 9 5.1消防本部の広域化が現場到着時間に与える影響分析(分析1) ... 9 5.1.1分析の対象 ... 10 5.1.2推計式... 11 5.1.3推計結果と考察 ... 12 5.2管轄人口の違いが現場到着時間に与えている影響分析(分析2) ... 13 5.2.1分析の対象 ... 13 5.2.2推計式... 13 5.2.3推計結果と考察 ... 15 6.まとめと政策提言... 16 6.1まとめ ... 16 6.2政策提言 ... 16 6.3今後の課題 ... 173 1.はじめに わが国の消防が組織的に行われるようになったのは江戸時代からといわれている。太平 洋戦争以前は警察権の一部として消防事務が行われていたが、戦後の昭和23 年に消防組織 法が施行されて以降、消防事務は市町村に移管され、市町村が消防責任を有し(消防組織 法6条)、市町村長が管理し(同7条)、市町村が費用を負担する(同8条)という市町村 消防の原則がとられている。また、消防は国民の生命、身体及び財産を火災から保護する とともに、水火災又は地震等の災害を防除し、及びこれらの災害による被害を軽減するほ か、災害等による傷病者の搬送を適切に行うことを任務としており(同1条)、住民生活に おいてなくてはならないものである。 近年、都市構造の変化などから災害や事故が複雑多様化、高度化し、それに対応する高 度な消防サービスの提供が求められてきた。しかし、小規模な消防本部では一般に財政基 盤、人員、施設整備の面で十分でなく、高度な消防サービスの提供に問題を有しているこ とが多い。そこで、これらの問題に対応するために消防本部の広域化が進められてきた。 消防本部が広域化することにより、規模の経済1により財政基盤が強化され、高度な設備や 施設を備えることができ、人員強化等を図ろうとするものである。具体的には、2006 年(平 成18 年)には消防組織法が改正され、広域化に関する章が設けられ、国、都道府県、市町 村が広域化のために果たす役割が規定された。それに伴い基本指針が策定、施行され管轄 人口が30 万人以上となるよう推進するものであり、2012 年度(平成 24 年度)を目途に広 域化が進められた。 消防の広域化に関する先行研究は、あまり存在しない。永田(2005)は東京消防庁型の消防 業務委託について分析し、広域行政により消防本部を構成している市町村の消防運営コス トによる比較を行っている。しかし、消防本部の広域化の影響を定量的に明らかにした研 究は見当たらない。そこで本稿では、消防本部の広域化が消防サービスの強化に影響を与 えているか、また消防庁において広域化する際の目標とする管轄人口30 万人以上というの が適正な規模なのかという問題意識のもと実証分析を行い、そこで明らかとなったことを 踏まえ、政策提言を行う。 なお、本稿の構成は次の通りである。第2章では、消防の広域化の概要を整理する。第 3章では消防の経済学的分析を行い、第4章では分析の方法及び使用するデータの説明を 行う。第5章で実証分析と実証分析から得られた結果に基づいた考察を行い、第6章でま とめを行うこととする。 2.消防広域化の概要 本章では、わが国における消防サービスが市町村消防の原則をとっている歴史的沿革と、 消防の広域化が行われてきた背景について概観する。 1 マンキュー(2005)P.378
4 2.1消防行政の沿革 わが国における消防の歴史は、平安時代に始まるという記録があるが、組織的に行われ るようになったのは江戸時代に幕府が旗本に火消役を命じ、幕府直属のものとした「定火 消」であり、これが官設消防の始まりとされている。江戸時代初期においては「大名火消」、 「所々火消」などの大名の私設火消が設けられたが、これらはすべて江戸城や大名屋敷を 守ることを主な目的としていたため、一般町屋にはほとんど恩恵がなかった。そこで町組 織としての火消組として「店火消」が設けられ、その後「町火消」と呼ばれるようになっ た。定火消は官設消防(国営消防)、町火消は義勇消防(現在の消防団)の元祖といわれて いる。 明治時代に入ると大名火消や定火消は廃止され、町火消は東京府に移管され「消防組」 に改組された。そして明治7年には東京警視庁に所管が移された。明治13 年には内務省警 視局に消防本部が置かれ、ここに現在の消防体制の基礎となる官設消防制度が誕生した。 消防組の組織及び運営の基準を定めて、これを府県知事の管掌として全国統一を図るため 「消防組規則」が制定されたが、全国的にはほとんどが自治的な私設消防組であったため、 消防組の公設化は進まなかった。 大正時代に入ると全国主要都市の消防体制を強化するため「特設消防署規程」が制定さ れ、12 道府県の 32 都市に特設消防署が置かれることとなった。特設消防署は府県警察部に 所属し、消防専任警視又は警察部の警視が警察部長の命を受けて指揮監督していた。 昭和時代に入ると戦時色が強まり、軍部の指導で防護団が設立され、国防体制の整備が 急がれる中で、新しく「警防団令」が公布され防護団と消防組は統合され、警防団が発足 した。(終戦後は警防団の業務から防空業務が抹消され、現在の消防団となった。) 太平洋戦争終結時の消防体制は、内務省の管轄の下に都道府県警察部(東京は警視庁) が消防事務を所掌していた。終戦後の民主化政策の下、地方制度及び警察制度の改革が行 われ、昭和23 年に消防組織法が施行された。従来、消防の概念は、警察の概念の中に包含 され、消防制度は警察制度の1部門であったものを、消防の概念を警察の概念より分離独 立させ、消防制度を警察制度より分離させたこと及び消防が市町村の責任において行われ るものであることを規定したことが大きな変化であったといえる。消防組織法が制定され たことにより、わが国では市町村消防の原則がとられるようになった。 2.2消防広域化の背景 消防組織法第9条において、市町村はその消防事務を処理するための機関として、消防 本部、消防署、消防団のうち、その全部又は一部を設けなければならないとされている。 全部又は一部を設けなければならないという意味は、文理上、3種類のうちいずれか1つ 以上を設ければ足りると解釈することもできるが、実質上、また、他の条文との関連上、 そのように解釈することは適当ではなく、消防本部又は消防団は、他の機関と関係なく設 置できるが、消防本部を設けないで消防署のみを単独設置することはできないと解されて
5 いる2。市町村における消防体制は大別して、消防本部及び消防署(いわゆる常備消防)と 消防団(いわゆる非常備消防)とが併存している市町村と、消防団のみが存する市町村が ある3。 消防組織法が制定されたあとも全国的にはしばらく常備消防体制が整わず、非常備消防 に依存していた時代もあったが、消防力の主体を非常備消防から常備消防へ転換すること で災害対応における行政の役割を大きくしていく事が全国的に進められてきた。 図 1 は消防組織法が制定されてからの消防本部数及び全国に占める常備化率を示したも のである。昭和35 年の時点では 13.2%だった常備化率は昭和 50 年には 77.7%まで上昇し、 現在では山間地や離島ある町村の一部を除いてはほぼ全国的に常備化されている。常備化 率の上昇とともに消防本部数も増加し、平成3年には過去最多の936 本部まで増加した。 消防本部の特徴としては市町村が単独で消防本部を設置している場合と、一部事務組合 や広域連合、事務委託(以下「一部事務組合等」という。)により広域行政の制度により消 防本部を設置している場合がある。 図1 消防本部数と常備化率 出典:総務省消防庁ホームページ 消防本部数が増加し、常備化率が高まる中で、災害・事故の多様化、大規模化、都市構 造の複雑化、住民ニーズの変化等により消防に期待するサービスの充実・強化が求められ るようになった。しかしながら、全国的に小規模な消防本部が多数存在し、一般に消防本 部の規模が小さくなるほど、財政基盤、人員、施設装備の面で十分でなく、高度な消防サ 2 消防基本法制研究会(2012) 3 消防庁(2014)「平成 26 年度版消防白書」
6 ービスの提供に問題を有していることが多い。 そこで、これらの小規模消防本部が抱える問題は、財政基盤が小さいことや人員が少な いという消防本部の規模に起因するものであるため、消防本部を広域化することにより消 防サービスの強化を図る目的で「消防広域化基本計画の策定について(平成6年9月消防 庁長官通知)」が出され、各都道府県において「消防広域化基本計画」の策定が求められた。 消防本部の広域化は小規模消防本部の統合及び非常備消防地域の減少という面で一定の 成果をあげたが、依然、小規模消防本部が多数存在すること、さらには市町村合併が本格 化してきたことにより、消防本部の広域化と市町村合併の整合性を確保するため「消防広 域化基本計画の見直しに関する指針(平成 13 年3月消防庁長官通知)」が出され、消防広 域化基本計画の見直しが求められた。 しかしながら、今まで一部事務組合等により消防本部を設置していた市町村の一部が、 他の市町村との合併により一部事務組合等から抜けるなどして、市町村合併により規模が 縮小する消防本部も見られたため「市町村合併に伴う消防本部の広域再編の推進について (平成15 年 10 月消防庁長官通知)」が出され、管轄人口が概ね 10 万人以上となることを 基本として広域再編を想定すべきこと、市町村合併により結果として従来の消防本部より 小規模化することのないよう市町村合併と合わせて消防本部の広域再編を行うことが適当 とされた。 市町村合併に一定の目途がつき、今後の広域再編のあり方を検討する必要があることか ら調査検討会が開催された。依然管轄人口10 人未満の小規模消防本部が 6 割を占めること から、さらなる広域化を進めるため平成18 年6月には消防組織法が改正され「第4章 市 町村の消防の広域化」として新たに広域化に関して1章が設けられた。翌7月には基本指 針が策定、施行され、管轄人口30 万人以上の規模とすることが望ましいこと、都道府県が 推進計画を策定し、市町村は平成24 年度を目途に広域化を実現することが定められた。 3.消防の経済学的分析 本章では、消防サービスが政府や地方自治体によって提供されている経済学的な根拠に ついて整理し、消防本部が広域化することによってもたらされる効果について概観する。 3.1消防サービスの経済学的根拠 経済学では市場に任せておいては社会的に望ましい状態が達成されないことを市場の失 敗と呼び、不完全競争、外部性、公共財、情報の非対称、取引費用が挙げられる。このう ち、公共財とは、ある人が財・サービスを利用すると他の人がその財・サービスを利用で きなくなる、あるいは利用できる量が減少するという競合性と、人々がその財・サービス を使用できないようにすることが可能かという排除性をもたない財・サービスであるため にフリーライドが発生し、市場に任せておいては適正な供給がされない財・サービスをい う。
7 現在、政府や地方自治体は国家防衛、外交、道路、公園、上下水道などの様々なサービ スを提供しているが、これらすべてが非競合性と非排除性の両方を有している純粋公共財 にあたるわけではない。消防サービスは利用を排除することは可能であるが、守るべき家 が1軒増えたとしても他の人が利用できるサービスが減少しないので競合性はない4(自然 独占、準公共財)。消防サービスの提供には、大きな固定費用がかかるのに対して、守るべ き家が1軒増えたとしても、限界費用が小さい。 図2 利用が競合しない財の余剰分析 消防サービスの利用が競合しない場合には、消費者が利用する際の限界費用がゼロであ る、あるいはとても小さいということがいえる。限界費用がゼロのときの余剰をあらわし たのが図2である。消防サービスの価格がゼロの場合には総余剰はA+B+Cとなる。こ こで p の価格を設定すると、実現する総余剰はA+BとなりCが死荷重となってしまう。 したがって、競合性がない消防サービスは排除することが可能であっても、総余剰を最大 化することが目的であるならば、政府や自治体が費用を負担し、価格をゼロにすることが 望ましいといえる5。また、各消防本部が提供する消防サービスは便益が及ぶ範囲が限られ ているため、地方公共財としての性質を持つ。 3.2消防サービスの規模の経済性と消防本部の広域化 消防本部の広域化の特徴は、市町村合併の際にいわれる人員削減等の経費の削減が目的 でないことである。消防署や出張所(以下、「消防署所」という。)、消防職員数等は消防庁 長官が定める消防力の整備指針により、市街地の人口規模等により設置されているため、 4 マンキュー(2005)P.304 5 安藤至大(2013)P188-189 価格 限界便益曲線 限界費用曲線 消防サービス量 p 0 A B C
8 市街地が変化しない限り減少しないとされている6。では、広域化することによってどのよ うな効果があるのか概観する。 まず、メリットとしては規模の経済により、財政規模が拡大することによって小さな消 防本部では整備が困難な特殊車両(はしご車や化学消防車など)や高規格救急車を整備す ることができたり、今までは個別の消防本部毎に整備していた消防緊急通信指令施設を一 元的に整備することによって高機能な設備にすることが可能となる。また、人員・車両等 が増加することにより、初動の消防力、増援体制を充実させることができることや、消防 本部における指令業務や予防業務などの機能を統合することにより、それに係る人員を見 直すことができ、現場要員の増強や救急・救助隊員の専任化をすることができる。さらに は、出動範囲の見直しを行うことによって、広域化前の消防本部境界付近では現場到着時 間を短縮することができたり、長期的には地域の消防需要に応じた消防署所の適正配置を 行うことができる。 反対にデメリットとしては、一部事務組合等を設立し消防本部を設けることによって、 市町村とは別組織となるため、住民から遠い存在となってしまい消防意識が希薄化してし まうことや、住民や自治体のニーズが各市町村で異なる場合に、意見集約や調整に時間を 要すること、またはニーズが反映されにくいなどの問題がヒアリングから明らかとなった。 また、広域化により管轄する面積が広くなることから、職員が全管内の地理・事情を把握 することが困難であるため、地理不案内が発生し、サービス水準が悪化する恐れがあると の意見もあった。 しかし、広域化による管轄範囲の拡大についてはIT技術の進化により、通報者の発信 地を表示することができる位置情報通知システムが導入されていたり、指令設備のデジタ ル化により指令センターで受け付けた内容を緊急自動車内で確認することができ、さらに は現場までの進路を即座に案内するシステムなども開発されている。このことにより、通 報者及び消防職員の地理不案内は広域化直後の一時期に限られることから、広域化による メリットがデメリットよりも大きくなっていることから広域化が進められてきた。 4.分析の方法及び使用するデータ 本章では、分析の方法及び使用するデータについて説明する。 4.1分析の方法 本稿では消防サービスの強化を図る指標として救急業務における通報から現場到着まで の時間を使用する。 消防本部の業務としては火災対応、救急、救助等が挙げられるが、年間の発生件数が火 災は48,095 件、救急は 5,912,623 件、救助は 56,915 件7であり、火災については各消防本 6 消防庁HP http://www.fdma.go.jp/neuter/koikika/koikika_faq.html 7 消防庁(2014)「平成 26 年度版消防白書」
9 部での発生件数に大きな差があり、年間で1件も火災がない消防本部もあることから、消 防本部間の比較ができなかった。また、救助についても消防本部間の比較となる指標がな かったため使用することができなかった。以上の理由から、サンプル数が最も多く住民が サービスとして認識しやすい救急における通報から現場到着までの時間(以下、「現場到着 時間」という。)に着目して分析を行い、効果を検証することとした。 消防本部が広域化することによって消防サービスの強化が図られているのか、また消防 庁が推奨する管轄人口30 万人以上というのが適正な規模なのかという問題意識をもち、2 つの分析を行う。 分析1として、消防本部の広域化が現場到着時間に与える影響を検証する。
実証分析の方法としては、繰り返し横断面 (repeated cross section)データを用いて、消 防本部の広域化前後の時系列で現場到着時間の変化を比較する方法である DID 推定量 (Difference-in- Difference Estimator)を使用する。DID 推定量は、共通のトレンドを 持ったグループについて、政策の影響を受けた(広域化した)グループをトリートメント グループとし、政策の影響を受けなかった(広域化しなかった)グループをコントロール グループとして分類し、政策の前後でそれらを比較することによって政策効果を検証でき る手法である。DID 分析により広域化の効果のみを抽出することが可能となる。 分析2として、管轄人口の違いが現場到着時間に与えている影響を検証する。 実証分析の方法としては、789 消防本部を対象として、消防本部における管轄人口が現場 到着時間に与える影響を評価するためにOLS推計を行う。 4.2使用するデータ 消防庁より借用した「救急搬送人員データ」と全国消防長会から借用した「消防現勢デ ータ」を使用する。救急車の現場到着時間は救急搬送人員データにおける現場到着時刻と 入電時刻の差を取り、現場到着時間を求めた。管轄人口、管轄面積、消防職員数について は消防現勢データの数値をそのまま用い、消防署所数については消防署と出張所の数を足 したものを使用した。 5.実証分析 本章では、消防本部の広域化が現場到着時間に与える影響及び管轄人口の違いが現場到 着時間に与える影響を検証するために実証分析を行う。 5.1消防本部の広域化が現場到着時間に与える影響分析(分析1) 分析1では広域化の効果を測るために、2011 年に広域化した消防本部のデータを使用し、 広域化前の2010 年と広域化後の 2012 年を比較し分析を行う。
10 5.1.1分析の対象 消防組織法第31 条において広域化の定義を「二以上の市町村が消防事務を共同して処理 することとすること又は市町村が他の市町村に消防事務を委託することをいう。」とされて いる。これは一部事務組合等により消防事務を処理することを想定しているが、この定義 にあてはまる消防本部で2010 年から 2012 年のデータが揃っているものが少ない8ため、市 町村合併により消防本部が統合し、結果として職員規模や管轄面積等が増えた消防本部も 分析の対象とした。消防組織法に定義されている消防本部の広域化には合致しないが、結 果として同じような効果をもたらすため、問題ないと思われる。 具体的には東海地方で市町村合併により広域化した消防本部と、北陸地方で協議によっ て一部事務組合等で広域化した消防本部を分析の対象とした。 市町村合併により広域化した消防本部の概要と協議により一部事務組合等で広域化した 消防本部の概要を表1及び表2に示す。 8 使用可能なデータは2012 年以前のものであるため、2011 年までに広域化した事例を対象とする必要があり、当ては まるのは6 件(協議による広域化 5 件、市町村合併による広域化 1 件)、そのうちデータがあったものが 3 件(協議に よる広域化2 件、市町村合併による広域化 1 件)であり、適切なコントロールグループを選択できた A・B 消防本部(市 町村合併による広域化)とD・E 消防本部(協議による広域化)を採用した。 表1 市町村合併により広域化した消防本部 管轄人口(人) 管轄面積(k ㎡) 職員数(人) 消防署所数 ・トリートメントグループ A 消防本部 109005 76 109 4 B 消防本部 60130 85 79 3 ・コントロールグループ C 消防本部 186073 161 191 7 表2 協議により一部事務組合等で広域化した消防本部 管轄人口(人) 管轄面積(k ㎡) 職員数(人) 消防署所数 ・トリートメントグループ D 消防本部 105410 796 148 8 E 消防本部 32539 134 38 2 ・コントロールグループ F 消防本部 42875 428 61 2 G 消防本部 14354 227 24 1 H 消防本部 27237 71 25 1
11 市町村合併により広域化した消防本部の分析においては、広域化したA 消防本部はもとも と市が単独で消防本部を有しており、B 消防本部は3つの町が一部事務組合により消防本部 を設けていた。市町村合併により3つの町がA 市に編入されることとなったため、A 消防 本部に統合されることとなった。コントロールグループには広域化した A 消防本部と管轄 人口、管轄面積、職員数、消防署所数がほぼ同じ消防本部が同一県内にあったため、C 消 防本部を採用した。 協議により一部事務組合等で広域化した消防本部の分析においては、D 消防本部は2市 で一部事務組合により消防本部を設けていて、そこに単独消防であるE 消防本部が加入す る形で広域化された。コントロールグループには管轄人口や管轄面積が類似する消防本部 がなかったため、2013 年に一部事務組合等で広域化した F、G、H 消防本部を採用した。 今回の分析では2010 年と 2012 年におけるデータを比較しているため、F、G、H 消防本部 が広域化する前のデータで分析を行うことができた。 5.1.2推計式 分析1における推計式は次の通りである。 (現場到着時間)𝐢𝐭 = 𝛃𝟎+𝛃𝟏(トリートメントグループダミー)𝐢 +𝛃𝟐(広域化後年ダミー)𝐭 +𝛃𝟑(トリートメントグループダミー)𝐢 ∗ (広域化後年ダミー)𝐭 +𝛆𝐢𝐭 (式1) ※𝛃𝟎は定数項、𝛃𝟏~𝛃𝟑はパラメータ、ε は誤差項、t は年、i は個別活動データである。 (1) 被説明変数 現場到着時間 消防サービスを図る指標として現場到着時間を用いた。単位は分である。 (2) 説明変数 ① トリートメントグループダミー トリートメントグループであれば1、コントロールグループであれば0をとるダミ ー変数である。トリートメントグループは広域化した消防本部であり、コントロール グループは広域化していない消防本部である。 ② 広域化後年ダミー 2012 年であれば 1、2010 年であれば0をとるダミー変数である。 ③ トリートメントグループダミーと広域化後年ダミーの交差項 交差項の係数を推計することにより広域化による効果が現場到着時間に与えた影響 を把握することができる。
12 市町村合併により広域化した例と、協議により一部事務組合等で広域化した例における 基本統計量を表3及び表4に示す。 表3 基本統計量(市町村合併による広域化) 変数 平均 標準偏差 最小値 最大値 現場到着時間(単位:分) 7.926735 3.285001 0 55 トリートメントグループダミー 0.452552 0.497754 0 1 広域化後年ダミー 0.520972 0.499571 0 1 トリートメントグループダミー×広域化後年ダミー 0.237177 0.42536 0 1 表4 基本統計量(協議により一部事務組合等で広域化) 変数 平均 標準偏差 最小値 最大値 現場到着時間(単位:分) 6.544724 3.26623 0 51 トリートメントグループダミー 0.620301 0.485331 0 1 広域化後年ダミー 0.517298 0.49972 0 1 トリートメントグループダミー×広域化後年ダミー 0.322169 0.467326 0 1 5.1.3推計結果と考察 消防本部の広域化が現場到着時間に与えた影響の推計結果を表5及び表6に示す。 表5 推計結果(市町村合併による広域化) 被説明変数:現場到着時間(単位:分) 説明変数 係数 標準誤差 トリートメントダミー -1.449 *** 0.0602 広域化後年ダミー 0.482 *** 0.0561 トリートメントダミー×広域化後年ダミー -0.329 *** 0.0834 定数項 8.409 *** 0.0404 観測数 23,531 自由度修正済み決定係数 0.063 ※***,**,*はそれぞれ 1%,5%,10%水準で統計的に有意であることを示す。
13 表6 推計結果(協議により一部事務組合等で広域化) 被説明変数:現場到着時間(単位:分) 説明変数 係数 標準誤差 トリートメントダミー 0.958 *** 0.0849 広域化後年ダミー 0.00079 0.0931 トリートメントダミー×広域化後年ダミー 0.0751 0.118 定数項 5.926 *** 0.0668 観測数 12,689 自由度修正済み決定係数 0.022 ※***,**,*はそれぞれ 1%,5%,10%水準で統計的に有意であることを示す。 分析1の結果より、市町村合併により広域化した消防本部では交差項の係数が1%水準で 統計的に有意な数値となった。係数が-0.329 であるため、広域化した消防本部では広域化 していない消防本部より約19.7 秒現場到着時間が早くなっていることが推計され、これは 平均現場到着時間に占める割合は4.7%となっている。 協議により一部事務組合等で広域化した消防本部では統計的な有意性は見られなかった。 これは市町村とは別の組織となったことにより、運用方法の変更やその調整が影響してい るのではないかと思われる。消防白書においても広域化の課題として構成市町村の増加に 起因する調整業務の増加が課題となっていて、広域化後もこれらの対応に時間を要してい る場合があることが指摘されており、ヒアリングにおいても調整業務が増加したこと、調 整に時間がかかることが課題となっているとの意見があった。 今回の分析では広域化の直前、直後しか分析できなかったため、広域化後数年経過した 後のデータで分析を行えば、より広域化の効果を反映した分析ができると思われる。 5.2管轄人口の違いが現場到着時間に与えている影響分析(分析2) 分析2では消防本部における管轄人口の違いが現場到着時間に与えている影響を検証す る。 5.2.1分析の対象 各消防本部における違いを検証するため、各消防本部における現場到着時間の平均値を 使用する。また、消防庁より借用した救急搬送人員データにおける消防本部数が最も多い 2011 年のデータを使用する。 5.2.2推計式 分析2における推計式は次の通りである。
14 (平均現場到着時間)𝒊 =𝛃𝟎+𝛃𝟏(管轄人口)𝒊 +𝛃𝟐(管轄人口)𝐢𝟐+𝛃𝟑(管轄面積)𝐢 +𝛃𝟒(管轄面積)𝐢 𝟐 +𝛃𝟓(消防職員数)𝐢 +𝛃𝟔(消防署所数)𝐢 +𝛃𝟕(都道府県ダミー)𝐢 +𝛆𝐢
(式2) ※𝛃𝟎は定数項、𝛃𝟏~𝛃𝟕はパラメータ、ε は誤差項、i は消防本部である。 (1) 被説明変数 平均現場到着時間 個別活動データから算出された現場到着時間の合計値を出動件数で除した平均現場到着 時間を用いた。単位は分である。 (2) 説明変数 ① 管轄人口 消防本部が管轄する地域に居住する人口を表す。単位は百万人である。 ② 管轄人口の2乗値 管轄人口の係数とともに分析することにより管轄人口の最適点が求められる。管轄人 口の符号が負の場合、2乗値の符号が正であるとき平均現場到着時間が最小となる管轄 人口が求められる。 ③,④ 管轄面積,管轄面積の 2 乗値 消防本部が管轄する面積と管轄面積の 2 乗値を表す。面積をコントロールするため に用いた。 ⑤ 消防職員数 消防職員数の違いが現場到着時間に与える影響をコントロールするために用いた。 消防職員数を管轄人口で除した、管轄人口百万人あたりの消防職員数である。 ⑥ 消防署所数 消防署所数の違いが現場到着時間に与える影響をコントロールするために用いた。 消防署所数を管轄人口で除した、管轄人口百万人あたりの消防署所数である。 ⑦ dm:都道府県ダミー 地域ごとに異なる要因をコントロールするため、都道府県ダミーを用いた。 基本統計量を表7に示す。
15 5.2.3推計結果と考察 管轄人口の違いが平均現場到着時間に与えた影響の推計結果を表8に示す 分析2の結果より、管轄人口の係数が-1.237、管轄人口の2乗値の係数が 0.36 となりそ れぞれ統計的に1%水準、5%水準で有意な数値となった。この係数を計算すると約 172 万 人となり、管轄人口が約 172 万人までは平均現場到着時間が短縮され、それ以上になると 逆に現場到着時間が長くなることが推計された。これを表したのが図3である。 表7 基本統計量 変数 平均 標準偏差 最小値 最大値 平均現場到着時間(単位:分) 7.960837 1.432402 3.7 15.5 管轄人口(単位:百万人) 0.16124 0.519704 0.002721 12.968 管轄人口の2乗値 0.295752 5.981651 7.40E-06 168.1691 管轄面積(単位:100K㎡) 4.629662 5.224234 0.04 36.42 管轄面積の2乗値 48.69218 115.3635 0.0016 1326.416 管轄人口百万人あたりの消防職員数 1582.703 728.6744 699.0822 7441.996 管轄人口百万人あたりの消防署所数 60.26629 52.95304 0 717.1886 都道府県ダミー 省略 表8 推計結果 被説明変数:平均現場到着時間(単位:分) 説明変数 係数 標準誤差 管轄人口(単位:百万人) -1.237 *** 0.374 管轄人口の2 乗値 0.36 ** 0.144 管轄面積(単位:100K㎡) 0.29 *** 0.0243 管轄面積の2 乗値 -0.00851 *** 0.000972 管轄人口百万人あたり消防職員数 0.000197 * 0.00012 管轄人口百万人あたり消防署所数 -0.00105 0.0016 都道府県ダミー 省略 定数項 9.295 *** 0.65 観測数 789 自由度調整済決定係数 0.354 ※***,**,*はそれぞれ 1%,5%,10%水準で統計的に有意であることを示す。
16 図3 管轄人口が平均現場到着時間に与える影響 面積を一定とし、人口あたりの消防職員数、消防署所数を一定とすると管轄人口が増え れば平均現場到着時間が短縮されることが推計され、これは人口が集中する都市部での生 産性が高いことを示唆している。 6.まとめと政策提言 本章では第5章の実証分析から明らかになったことを示したうえで、これまでの政策の 評価を行い、これを受けて政策提言を行う。 6.1まとめ 本稿では消防本部が広域化されることにより消防サービスの強化が図られるのかという 問題意識のもと、住民がサービスとして認識しやすい救急における現場到着時間に焦点を 当て分析を行った。実証分析においては広域化の仕方により統計的な有意性に違いはある ものの、広域化することにより現場到着時間が短くなり、消防サービスの強化が図られて いることが明らかとなった。また、管轄人口の違いが現場到着時間に与える影響が明らか となった。 6.2政策提言 現在の消防本部は管轄人口10 万人以下のところが 6 割を占めていることから、広域化す ることにより現場到着時間を短縮することができるため、広域化をさらに進めていくべき である。ただし、都市部と地方部が広域化すると生産性の高い都市部における消防サービ スの水準が流出し、都市部のメリットが失われる可能性があるため、広域化する際には管 轄人口だけでなく、管轄面積や地形的なつながり、日常生活圏等を勘案した地域の実情に 応じた広域化の検討が必要となる。 管轄人口 約172 万人 平均現場到着時間
17 6.3今後の課題 本稿では広域化した事例を2例用いて分析を行った。これは広域化の期限が2012 年度(平 成24 年度)までであったことから、期限間際に広域化した事例が多かったことにより、消 防庁から借用したデータの中で、広域化した事例が少なかったことによるものである。本 来であれば、様々な地域での広域化の事例を対象とすることでより詳細な分析が行えるが、 データ制約の関係上分析することができなかった。また、広域化の効果はすぐに表れるも のでなく、時間の経過とともに徐々に表れてくるものと考えられることから、データの蓄 積をし、時間経過を考慮した分析を行う必要がある。 また、現場到着時間に影響を及ぼす要素として道路の幅員、道路の混雑度、住宅の密集 度合い、救急事案の発生件数による救急車の混雑度等が挙げられるが、データの制約があ り、検討することができなかった。より鮮明な分析をするために、これらの要素について も踏まえた上でさらなる検証が必要となる。 謝辞 本稿の執筆にあたり、矢崎之浩助教授(主査)、久米良昭教授(副査)、安藤至大客員准 教授(副査)から丁寧かつ熱心なご指導をいただきました。また、プログラムディレクタ ーの福井秀夫教授をはじめ、知財・まちづくりプログラムの関係教員の方々からも貴重な 御意見及び御指導をいただきました。この場を借りて、深く感謝申し上げます。 また、データを提供いただきました総務省消防庁救急企画室の方々、ヒアリングにご協 力いただきました方々にも御礼申し上げます。そして、1年間の学生生活において様々な 苦楽を共にしたまちづくりプログラムをはじめとする同期の皆様に深く感謝申し上げます。 最後に、政策研究大学院大学で学ぶ機会を与えていただいた派遣元に大変感謝申し上げ るとともに、研究生活を支え続けてくれた妻と子どもに心から感謝します。 なお、本稿における見解及び内容に関する誤りはすべて筆者に帰します。また、本稿は 筆者の個人的な見解を示したものであり、筆者の所属機関の見解を示すものではないこと を申し添えます。 参考文献 ・安藤明・須貝俊司(1986)『14 消防・防災』第一法規出版株式会社 ・安藤至大(2013)『ミクロ経済学の第一歩』有斐閣 ・永田尚三(2005)『都道府県消防の研究:広域消防の実証分析』法政論叢 41(2)43-62 ・N・グレゴリー・マンキュー著・足立秀之他訳(2005)『マンキュー経済学Ⅰ ミクロ編(第 2版)』東洋経済新報社 ・総務省消防庁(2014)『平成 26 年版 消防白書』 ・消防基本法制研究会(2009)『逐条解説 消防組織法 第三版』東京法令出版株式会社