実 践 紹 介
47 1.はじめに
日本語は,漢字,ひらがな,カタカナの
3
つの表記体系だけでなく,ローマ字やアラビ ア数字などで表される。一般的な漢字仮名交じり文には,表記方法にルールがある。漢 字,カタカナは実質的な意味を表す部分に用い,ひらがなは形式的な要素を表すとされ る。多くの学習者は,来日前には,自国でこのようなルールに従った表記方法を学び,漢 字仮名交じり文に接している。ところが,日本に来るとそのルールとは異なる表記を数多 く目にすることになる。しかし,なぜそのように表記されているのか,その理由を知る機 会は多くない。そこで,授業では一般的に漢字を使うべきところに,漢字が使われていな い例,また,漢字の読み仮名が常用の読み方ではなく,本来の意味とも異なる例を収集,分析するという課題に取り組んだ。その上で,「漢字を使うことで得られること」,「漢字 を使わないことで失ったこと」,「漢字を使わないことで得られること」を考え,日本に住 む日本語母語話者が日ごろ持っている表記に対する感覚を感じてもらうことにした。
2.授業概要と課題
授業では,新聞,テレビニュース,バラエティ番組などを使用し,テーマに沿った漢字 を学習している。表記に対する感覚を知る課題については,授業の後半
6
回を使用して実 施している。学生は,学期の前半にそれぞれ,漢字を使うべき表記が,ひらがな,カタカ ナ,ローマ字になっている例,および,漢字のルビが常用とは異なるものを収集して提出 する。大学構内を歩いていると目にする看板,配られるチラシ,ポスティングで届けられ たメニュー,ファッション誌の記事,市報,駅で見かけたサイン,商品のパッケージ,マ ンガや小説のセリフなど学生が提出してくる例は,まさに日本での生活で日常目にするも のばかりで,逆に母国ではなかなか見ることができないものである。一人1
例以上集める ことになっているが,10近い例を集めてくる学生も多い。その後,5〜6
人のグループに 分かれ,用例を検討し,漢字,ひらがな,カタカナ,ローマ字がどのように使われている かを分析,グループで発表の後,レポートにまとめる。早稲田日本語教育実践研究 第 8 号
漢字を使うということ,漢字を使わないということ
―日本語の表記の面白さを知る試み―
山田 京子
科目名:メディアを使った漢字学習 5-6
レベル:初級 1・2 /中級 3・4・ 5 /上級 6 ・7・8 履修者数:35 名
早稲田日本語教育実践研究 第 8 号/ 2020 / 47―48
48 3.話し合いの経過
話し合い
1
回目では,「ひらがなが使われるのは外国人のため」,「カタカナは強調のた め」という意見が多数でる。ところが,回を重ねて事例を見ていくうちに「お得」のよう に「おとく」,「おトク」と3
つの表記とも使われているものや,「リンゴ」や「ケータイ」などカタカナが強調のためだけに使われていないという事例に気づく。さらに,ひらがな やカタカナで書いてある語は,一見では意味がわからないこと,逆に漢字で書いてある語 は一目で意味がわかることを体感していくようである。そのため,あえて一字では意味を 持たないひらがな,カタカナ,ローマ字を利用することで,読み手に考えさせる効果が あるという分析もでていた1)。また,ひらがな,カタカナの起源から,デザインに注目し
「ひらがな=丸くてやわらかい,カタカナ=シャープでかっこいい」という結果を導きだ したグループもあった2)。漢字のルビについては,非常に自由につけられており,漢字語 の意味を広げる役割をしていることに新鮮な驚きを感じている漢字圏の学生もいた。
4.学生の気づき
最終レポートを見ると,多くの学生が,今までこのような表記について学習してきてい ないことがわかった。メディアにおける漢字の使われ方は日本語の微妙な感覚の上に決め られているという深い分析もあった。本課題には,正解はないものの「ひらがな表記=子 どもや外国人のため」,「カタカナ語=外来語」という思い込みを捨てることができればい いと考える。また,そこから漢字は一目で意味が分かるという日常はあまり意識しないこ とに気づいてもらうことも狙いである。漢字は苦手という非漢字圏の学生からは,「ひら がな,カタカナだけで十分だと思っていたが,かえって読みにくいことがわかった。意味 がある漢字の方がわかりやすい。もっと漢字を勉強したい。」という意見もあった。
注
1)かな一字で意味を持つ語をのぞく。
2)奥垣内(2010)に,ひらがなは,曲線が多く,柔らかい字体,カタカナ語表記のイメージ は「外国・冷たい・気取った・モダン・おしゃれ・鋭角的」とある。
参考文献
奥垣内 健(2010)「カタカナ表記語の意味についての一考察一身体性とイメージの観点から『言 語科学論集』16,79
-
92.
(やまだ きょうこ,早稲田大学日本語教育研究センター)
表 1 学生が収集してきた例
ひらがなで表された例 おとく こころ でんきdeラッキー おどり まるちたいけん カタカナで表された例 オトク ウマれかわる ガクタビ ジョーシキ バツグン ローマ字で表された例 MIRAI NIHON GEISHA ENPAKU Cawaii uta 常用と異なるルビがふられた漢字語の例 学 園 王 国 田中 魂 観 光 地 光景 共 演 外見