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藤原宮出土「 大賛」 木簡補遺

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Academic year: 2021

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藤原宮出土「 大賛」 木簡補遺

1 9 7 5 年の6月から1 2 月に実施された藤原宮第1 8 次調査 は、藤原宮北面中門を対象とするもので、その発掘で宮 の外濠S D 1 4 5 から5 5 1 点の木簡が出土した。この木簡に ついては『藤原木簡概報2』(1 9 7 5 年)に略報告が恋さ れ、その後『藤原宮木簡1』(1 9 7 8 年)として正報告が刊

行された。『藤原宮木簡1』には、1点1画の墨付をのぞ

き、釈読できたすべてを木簡番号8号から2 4 6 号まで計

2 39 点が掲載きれている。それらの木簡の大きな特徴とし て、評からの荷札が多く出土したことがあげられ、浄御

原令制下の地方制度や租税制度を考える上で重要な位置

を占めている。

と こ ろ が 、 発 掘 当 初 の 記 録 に は 残 っ て い る も の の 、 そ の後、木簡の所在が不明となり、写真撮影もおこなわれ て い な か っ た た め 、 報 告 で き な か っ た も の が 1 点 あ っ た 。

そ れ が 、 じ つ は 盗 難 に あ っ た も の で あ り 、 実 物 が 存 在 することが判明したのは19 9 0 年のことである(飛鳥資料 館『飛鳥時代の埋蔵文化財に関する一考察』19 91年) 。盗 難 に あ っ た の は 軒 瓦 な ど が 中 心 で あ っ た が 、 そ の な か に 木片9点がふくまれていた。その大半はわずかな墨痕の み で 判 読 で き な い が 、 1 点 だ け 当 初 の 記 録 に あ っ た 木 簡 があり、それは『藤原宮木簡1』に1 92 号として報告した ものと接続し、完形となる。そこで、今回改めて全体の 写真を掲載し、報告することとした。

写 真 は 右 上 に 掲 載 し た 。 釈 文 は 次 の よ う に な る 。

熊 野 評 大 賛 塩 塗 近 代 百 廿 隻

2 4 3 × 2 0 × 3(m、 )6 0 3 3 型式

『藤原宮木簡1』ではこのうち下端の「百廿隻」部分だ けしか掲載できなかった。最初の文字は左半に傷がある が、「熊」のくずしとみてよい。熊野評は後の丹波国熊野 郡 に あ た る 。 そ こ か ら 大 賛 と し て 貢 進 さ れ た 塩 塗 の 近 代 に付けられた荷札の木簡である。

これまでのところ、熊野評の木簡としては「熊野評私 里」と記す藤原宮出土の木簡(『藤原宮』奈良県史跡名勝 天 然 記 念 物 調 査 報 告 25 19 69年 ) に つ い で 2 例 目 と な り 、

18 奈 文 研 年 報 / 1997‑ 1

同郡の賛としては平城宮出土のも のに1例あるが、これは品目が判

読できていない。

本木簡の品目「近代」は魚の名 前で「このしろ」と読む。コノシ ロは『日本書紀』や『和名抄』に

「 鮒l 」 と記し、これまで木簡にはあ まりみられなかったが、長屋王家

木簡と二条大路木簡にいくつかの 例がある。前者では「西店交易進

近志呂五百隻… 」(『平城木簡概報 2 5 』 1 9 9 2 年 ) 、 後 者 で は 「 名 錐 郷 近

代味惜」(『平城木簡概報3 1 』1995 年)などである。ちなみに前者の

「近志呂」は『出雲国風土記』の表 記と同じで、ある。

コ ノ シ ロ を 貢 進 し た 国 は 文 献 史 料 で は わ か ら ず 、 今 回 の 木 簡 に よ って丹波国と、二条大路木簡によ って志摩国が判明するのみである。

次にコノシロの加工法として、

「 塩塗」(しおぬり)という語句が あ る 。 木 簡 で 類 例 を 探 す と 、 長 屋 王家木簡に「住吉郡交易進賛塩染 阿遅二百廿口… 」(『平城木簡概報 2 1 』1 9 8 9 年)とあり、ここに「塩 染」(しおぞめ) の鯵とみえる。「 塩 塗̲ , 「塩染」ともに、魚類の保存の た め に 塩 を ま ぶ し た 上 で 貢 進 し た のであろう。

また、平城宮第2 5 8 次調査で出土

した木簡にも「( 表) 泉遣使請塩■ ■ 彼充魚塗料五月十 七 日 栗 前 福 足 ( 裏 省 略 ) 」 ( 『 平 城 木 簡 概 報 3 2 』 1 9 9 6 年 ) と あ っ て 、 「 魚 塗 料 」 と し て 塩 を 請 求 し た も の が あ り 、 魚 の 加工に塩を用いた例が知られる。なお丹波国に注目すれ ば、『延喜式』では諸国貢進御賛として、丹波国の品目の 中に「塩塗年魚」とあり、参考となる。

以上、評および賛の関係木簡として1例を追加すべき ことを述べた。

(寺崎保広/飛鳥藤原宮跡発掘調査部)

参照

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