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四言詩と五言詩の特質と

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(1)

一、序

魏晉六

期は、おおむね《五言詩》が

「 言ってよい。ただ、西晉期においては、「應詔・應令・侍宴」 を極めた時期と 答」の詩を中心に、《四言詩》が

て、筆 におけるこのような《四言詩》の復興とも言える現象につい んに作られた。西晉期 はそれを

必持つそれぞれの特質についても、 發表してきた。その際に、《四言詩》と《五言詩》とが備え (1) 究對象とし、これまでに幾つかの拙論を

改めて詳細に、先行 ていたのではないかと思われる。そこで本稿では、その點を しかしながら、紙幅の關係から、極めて單な指摘にとどまっ に應じて觸れてはきた。

をもとに整理してみたいと思う。

二、 《四言詩》と《五言詩》の特質

では、《四言詩》と《五言詩》に關する先行

特に魏晉六 について、

期の人の

を中心に確

してみよう。

【西晉・摯

の 詩形ごとの特質について最も早い時期に言 】

そらく西晉の摯 したのは、お うに言う。 (2) であろう。その『文章流別論』に以下のよ

……古之詩有三言・四言・五言・六言・七言・九言。古詩

以四言爲體、而時有一句二句雜在四言之

古詩之三言 。……

、「振振鷺、鷺於飛」之屬是也。

郊廟歌

四言詩と五言詩の特質と

衰について

先行

の整理を中心に

矢田

(2)

多用之。五言

於俳諧倡樂多用之。六言 、「誰謂雀無角、何以穿我屋」之屬是也。

、「我姑

樂府亦用之。七言 彼金罍」之屬是也。

、「交交

俳諧倡樂多用之。古詩之九言 鳥止於桑」之屬是也。於 、「

彼行潦

彼 之屬是也。不入歌謠之章。故世希爲之。夫詩雖以 茲」

本、而以聲爲 志爲 。然則 曲折之體、而非 之韻、四言爲正。其餘雖備 り。古詩は 〔……古の詩に三言・四言・五言・六言・七言・九言有 之正也。

二句雜はりて四言の ね四言を以って體と爲す。而して時に一句

る に在る有り。……古詩の三言な 、「振振鷺、鷺於飛」(魯頌・有

の屬是れなり。) の郊廟歌多く之れを用ふ。五言なる

樂に於いて多く之れを用ふ。六言なる 角、何以穿我屋」の屬是れなり。俳諧倡(召南・行露) 、「誰謂雀無 、「我姑

罍」( 彼金

七言なるふ。 の屬是れなり。樂府も亦た之れを用南・卷耳)

は、「交交

鳥止於桑」(秦風・

の九言なる 屬是れなり。俳諧倡樂に於いて多く之れを用ふ。古詩 鳥)の 、「

彼行潦

彼 茲」(大

・ こと希なり。夫れ詩は 屬是れなり。歌謠の章に入らず。故に世之れを爲る つく )の

志を以って本と爲すと雖も、而 れども聲をすを以って

と爲す。然らば則ち

ども 四言を正と爲す。其の餘は曲折の體を備ふと雖も、而れ の韻、

の正に非ざるなり。〕

むね四言句を基 五言・六言・七言・九言の句があるが、『詩經』の詩はおお は、詩の形式について、古えの詩には、三言・四言・

が一句または二句その のスタイルとし、時に四言句以外のもの (3)

に混ざっている、と指摘する。

れ『詩經』の中から 三言句・五言句・六言句・七言句・九言句の實例を、それぞ に、

げたうえで、三言句については「

そして最後に、分野を示す。「典 れている」などと、それぞれの詩形が多用されている詩歌の 歌辭」に、六言句については「樂府の歌辭」に「多く用いら 郊廟歌」に、五言句と七言句については「俳優や倡家が歌う の な 摯 の「正體」であると指摘する。 正統とは言えない」てはいるが、と、《四言》こそ詩形の中 を正統とし、その他のものはそれぞれ多樣なスタイルを備え を備えた詩は、四言

は、言 ているわけではないが、摯 の對象を特に《四言》と《五言》とに限定し

言》とに對象を絞って整理するならば、以下のようになるで の見解をかりに《四言》と《五

四言詩と五言詩の特質と盛衰について(矢田)

27

(3)

あろう。《四言》:『詩經』に由來し、典

《五言》:俳優・樂人などが多用する民 と言える詩形。 な趣を備え持つ「正體」

に由來する

ただし摯 な詩形。

それ以外の詩形を完の、 は、《四言》を詩形の「正體」と指摘するもの

示しているところを見ると、摯 さらに、それぞれの詩形ごとに多用されている詩歌の分野を 「曲折の體を備ふ」とあるように、一定の理解を示している。 に排除しているわけではなく、

點にあったものと思われる。 て、それに相應しい詩形を整然と使い分けるべきだ、という にはそれぞれに特有の作用・效用があり、詩歌の分野に應じ の眞意は、それぞれの詩形

【宋・顏之の

摯 】

に詩形の特

について言

した その『庭誥』(『太 に顏之がいる。

御覽』卷五八六「文部二詩」、

《四言》と《五言》を對比させて以下のように言う。 に、引)

至於五言流靡、則劉

張 。四言側密、則張衡王粲。

夫陳思王、可謂

〔五言の流靡なるに至りては、則ち劉 之矣。

・張 側密なるは、則ち張衡・王粲。夫の陳思王の 。四言の

れを きは、之

ぬと謂ふべし。〕

顏之は、《五言詩》に優れた詩人として劉

と張

《四言詩》に優れた詩人として張衡と王粲をそれぞれ を、

いずれにも優れた詩人として曹植を げ、

いう 言詩》については「流靡」、《四言詩》については「側密」と げる。その際に、《五 れた作と見ていたようである。詩文に對する 四言詩》については「側密」さを備えたものを、それぞれ優 之は、《五言詩》については「流靡」さを備えたものを、《 語を用いて、それぞれの特質を示している。つまり顏

語は抽象

解釋が で

『廣 やかで美しいさま」を言うのであろう。一方の「側密」は、 しい面があるが、「流靡」とは、「流れるように伸び 數の少ない四言句に 』釋詁三に、「側、縮也」とあることから、あるいは字

容を凝縮して緻密に

り うのであろうか。 (4) むさまを言

【梁・劉

】 中國詩文論叢第二十六集

28

(4)

劉 もまた『文心雕龍』卷二「明詩篇」の中で、顏

同樣、《四言詩》と《五言詩》に焦點を絞り、それぞれの特 之と を對比

に べる。

夫四言正體、則

潤爲本、五言流、則

麗居宗。

實 用、唯才

安。故

子得其

、叔夜含其潤、

凝其 先

、景陽振其麗。

善則子建仲宣、

〔夫の四言の正體の 美則太沖公幹。

きは、則ち

の流は、則ち 潤を本と爲し、五言

麗宗に居る。

實用を

だ才の安んずる にし、唯 なり。故に

子(張衡)は其の

叔夜( を得、

は其の潤を含み、康)

先(張

は其の)

凝らし、景陽(張協)は其の麗を振ふ。 を ち子建・仲宣、(曹植)(王粲) ねて善きは則

(左思)・公幹(劉 へに美なるは則ち太沖 )なり。〕

こそ、「 は、《四言詩》は「正體(正統なスタイル)」であれば 潤(

「 (流れるような伸びやかな子)」を備え持つものであればこそ、 」を根本とし、《五言詩》は「流さ・潤い)

麗( てさらに《四言詩》と《五言詩》とは作用・效用を 」を第一とする、と指摘する。そしらかさ・麗しさ)

にする に優れる詩人の代表例を て定まるものであることを指摘したうえで、それぞれの詩形 こと、いずれの詩形に優れるかは詩人それぞれの才質によっ (5)

劉 げる。

らかに摯 の以上の指摘は、《四言詩》の「正體」については明 の くは顏 を、《五言詩》の「流」についてはおそら 之の

詩》と《五言詩》とは作用・效用を を、それぞれ踏まえていよう。また《四言

う指摘は、摯 にするものであるとい の たうえで、より明確 を《四言詩》と《五言詩》とに對象を絞っ したものと位置付けられよう。

【梁・鍾

《四言》を詩形の「正體」と見る摯 】

と劉

に對して、鍾

は『詩品』の序で、《四言詩》の短

詩》の優越性を示す。 を指摘して、《五言

夫四言、文

意廣。取效風騷、便可得多。

意少。故世罕 而

焉。五言居文詞之

、是衆作之有

也。故云會於流俗。豈不以指事 味

!形、窮

〔夫れ四言は、文は 切耶。 "寫物、最爲詳 にして意は廣し。效ひを風騷に取

四言詩と五言詩の特質と盛衰について(矢田)

29

(5)

れば、便ち多きを得るべし。

に文の

きに くして意の少な

しむ。故に世

ふこと罕なり。五言は文詞の

に居り、是れ衆作の

味有る

會ふと。豈に事を指し形をり、 なり。故に云ふ、流俗に て、最も詳切たる を窮め物を寫すを以っ

ならざるか。〕

「文

」は、表現が

なこと。ここでは

體 廣」は、 が五言句に比べて字數が少ないことを言うであろう。「意 (6) に四言句 容が廣く豐富なこと。「文

意廣」とは、顏

の 之

に見える「側密」とほぼ同じような意味合いで、

表現の中に廣く豐富な な ろう。おそらく鍾 容が凝縮していることを言うのであ は、「文は

四言詩》における理想の にして意は廣」きものを《

しかし、實際にそのような《四言詩》を作るのはかなり た《四言詩》を數多く作ることが出來るであろう」と言う。 して、「『詩經』や『楚辭』を手本とすれば、そのような優れ と捉えていたものと思われる。そ

かったのであろう。結果は「多くの句を費やし表現が し

なる 雜に

には

容が乏しいことに、詩人は常に

なり、「それゆえ今の時代に《四言詩》を作る しむ」ことと

ある」と言う。 は稀なので 鍾

が活 した齊・梁の時代には、《四言詩》は

てよいほど くといっ みられなくなった。鍾

詩》が備え持つ短 はその原因を《四言 、すなわち「文

やし表現が 而意少(多くの句を費 雜になる

には 一方、《五言詩》については、詩形の中で樞 いることが分かる。 容が乏しい)」という點に求めて (7)

めるものであり、味わい豐かな作品が多いため、世 の地位を占 物を形象 け入れられるのだ、と言う。そしてさらに、事實を指摘し事 にも受 し、心

を窮め事物を

《五言詩》こそが最も 寫するにあたっては、

詩》の優越性を指摘する。 切な詩形ではなかろうかと、《五言

以上、《四言詩》と《五言詩》の特

について、魏晉六

期の人の

を中心に確した。ここに

の問題について言 !げた四人以外にもこ した "している人はいるが、おおむねここに示 の範圍

の指摘を基に、《四言詩》と《五言詩》の特 に收まるようである。そこで、以上の四人 (8)

《四言詩》:『詩經』に由來する典 ることにする。 をまとめてみ

言うべき詩形であり、字數の少ない句に充實した #さを備えた「正體」と 中國詩文論叢第二十六集

30

(6)

容が

り は一句の字數が少ないゆえに、作 まれることを理想とするが、實際に

の心 を表現するのが や意圖

《五言詩》:俳優や樂人などの しい。

で歌われた民

する 歌に由來

俗 一句につき一字分多いことから、作 びやかな美しさを備え、しかも《四言詩》よりも な詩形ではあるが、流れるように伸 (9)

の心 圖を表現しやすい。 や意

三、 リズム論から見た《四言》と《五言》の 特質

《五言詩》が《四言詩》を凌駕するに至った原因について、鍾

はそれを一句に

り める えよう。鍾 容量の差に求めていたと言

の見解は、一

として、十分に

源 ものであると思われるが、松浦友久氏は、さらにそのより根 得されやすい な原因を、《四言詩》と《五言詩》とに

のリズム」の差に求める。松浦氏の 在する「言語 ズムリズムの根源性と詩型の變 は、「中國古典詩のリ 」(『中國詩歌原論』大修 における三つの懸案 、「中國詩歌のリズム論書店、一九八六年、一九九二年再版)

定型の變

をめぐって」(『リズ 、「詩型とその個性」ムの美學』明治書院、一九九一年)(『

はそれらを參照されたいが、以下にその 美の在りか』岩波新書、二〇〇二年)などに見られ、詳しく 詩 點を筆 理してみたい。 なりに整

【詩

リズム論における基礎

①「 なポイント】

のリズム」と「拍

識別・ のリズム」の關係を正確に 分する必

があること。

字は「一字=一

で、中國古典詩の場合は、二字(二 」 一 拍をなす。つまり、中國の古典詩のリズムは、「一字= が結合して一) 」の「

の「拍 リズム」の基盤の上に、「二字=一拍」

しておく必 ②「韻律のリズム」と「意味のリズム」の關係を明確に リズム」が律動していると考えられること。

があること。言語表現の自然な

韻文と散文とに關わらず、兩 として、

は基本 には合

時に兩 するが、

安定した「韻律リズム」が確固たる おいて、そのような變相・破格樣式が試行されるのも、 にズレが生じる場合がある。ただし、古典詩に

③詩歌における「言語のリズム」( からであると考えられること。 提として存在した 讀・讀書のリズム)

四言詩と五言詩の特質と盛衰について(矢田)

31

(7)

と「樂曲のリズム」(歌唱・

識別・ とを、誦・吟詠のリズム)

【《四言詩》に 移行の時期に當たっていること。 のリズム」に基づいて讀まれる徒詩・讀書詩への比重の 曲のリズム」に合わせて歌われる樂府・樂歌から「言語 のリズム」の方にあること。ちなみに、魏晉期は、「樂 分すべきであり、詩歌自體のリズムは、「言語

①一句が四字から 在する「言語のリズム」】

拍 る《四言詩》は、「二字=一拍」の リズムの點から見れば、第二字・第四字が

(リズムの 奏點

ズム 點)となる、「一句=二拍」(二拍子)のリ が基 となる。例えば、「

「〈 鹿鳴」であれば、

ゆうゆう〉+〈鹿鳴 ろくめい〉」の二拍子のリズムで讀まれることになる。②句末に一字分の休

がなく、句中(第二字)の

と句末の(第四字) 奏點 奏點との

に韻律上・

上の差 がないため、きわめて均質

な、變

安定感・重厚さ・ ③《四言詩》におけるリズムの均質性は、プラス面では となる。 の少ないリズム 性などを生む一方で、

板さ・單

さなどマイナスの

素としても作用することになる。 【《五言詩》に

①一句が五字から 在する「言語のリズム」】

る《五言詩》は、拍

ら見れば、第二字・第五字が リズムの點か

「○○+○○○」と二分され、下の三字は、より小さな 奏點となり、まず上下に 句末に一字分の休分される。 奏點によって、さらに「○○+○×」に細(第四字)

(×印)

が入るため、「一句=三拍」(三拍子)のリズム が基 えば、「遙 となる。例 洛陽山」とあれば、「〈遙

ようぼう〉+〈洛陽 らくよう〉+〈山 さん×〉」と讀まれることになる。②句末に一字分の「休 =×印」(リズム

眞空)

ことによって、句末のリズムが活性 が入る

(彈力

動感や齒切れのよさを生み出す。また、句末の休 し、流) 最後の一字の印象を際立たせ、余韻余 は、

リズム」が一 ③一句の下三字において、「韻律のリズム」と「意味の 生みやすい。 を深める效果を した形「〈國破〉+〈山河〉+〈在 こくはさんがざい

×〉」(正

と、ズレのある形「〈烽火〉+〈) ほうか

れん

×〉+〈三

さんげつ〉」(變

)とが

存する。

以上のような《四言詩》と《五言詩》におけるリズムの差 中國詩文論叢第二十六集

32

(8)

詩》に凌駕されるに至った を踏まえた上で、松浦氏はさらに、《四言詩》が《五言

リズムの多樣性、句末の休 因として、《五言詩》における れのよさ・余韻余 による表現效果(流動感・齒切 ムの )を知った詩人たちが、《四言詩》のリズ 板さ・單

さに 中國古典詩の していったという點に、それを求めるのである。 きたらず、《五言詩》の創作に頭

詩型が、最

には句末に一字分の休

を持つ《五言詩》と《七言詩》に

ち いたこと

末に休 に句

を持たない《四言詩》が《五言詩》の

行に い衰 し、《六言詩》がほとんど流行せず、《八言詩》がついには 詩形の 立しなかったという中國詩歌史における事實からみても、

衰を句末の休

の有無という

する松浦 點から解明しようと

は、きわめて

得力のあるものと言えよう

ちなみに、顏 。

之は《五言詩》を

して「流靡」と、劉

は「流

」と表現していた。あるいは《五言詩》に對する兩 の

語は、松浦

における句末の休

感 による表現效果を直 に表現したものと捉えられるのではないだろうか。

四、結語

以上、本稿では、《四言詩》と《五言詩》の特質について、 先行

をもとに確

した。以下にその

い。 點を整理してみた

【《四言詩》の特質】①『詩經』に由來する傳統性と典

②句末に休 と稱すべき詩形。 さを備えた「正體」

③しかし一方で、 重厚さを感じさせる。 のない二拍子の均質なリズムは、安定感・

板さ・單

さを ナス れないというマイ

④一句の字數が少ないため、作 素をも合わせ持つ。

の心 ・意圖を

むのが り

⑤①②により、典 !しい。

「宮 さが求められる分野の詩、例えば

"

樂」「應詔・應令・侍宴」、儒

夫 #を信奉する士大

$の「

%答」などの詩には、より

⑥③④により、 &した詩形と言える。

'第に創作の對象としては

なり、衰 (みられなく

①俳優・樂人などが歌う民 【《五言詩》の特質】 する。

$の歌

)に由來する

*俗

詩形。 な

四言詩と五言詩の特質と盛衰について(矢田)

33

(9)

②句末に一字分の休

のある三拍子のリズムは變

み、さらには句末の休 に富 ることから流動感や齒切れのよさを生み出し、余韻余 が最後の一字の印象を際立たせ

を深める效果を生む。③《四言詩》よりも一句につき字數が一字多いことから、作

の心 ・意圖を

④①により、本來は「樂府」や個人の私生活面での心 みやすい利點がある。

を詠う詩などに、ふさわしい詩形と言える。⑤②③により、《四言詩》を凌駕し、創作の

流となる。

《四言詩》が《五言詩》に凌駕されるに至ったのは、以上にその因について確

した

えよう。しかし、西晉期においては《四言詩》が息を吹き り、必然の流れであったと言

し、特に「應詔・應令・侍宴」「

答」の分野の詩において こと自體は、以上に確 んに作られた。これらの分野の詩が《四言詩》で作られる

解されやすい面があるものの、ではなぜそうした現象が晉 した【《四言詩》の特質】から、理

においてのみ顯

に見られるのか。また、この時期に摯

ような四言を正體とする詩歌 の

深い事實であると思われるが、では西晉期における《四言 が示されたことは、實に興味 詩》の

行と摯

の詩歌

おける摯 との關わり、あるいは西晉文壇に の影 の問題については、 力は、いかなるものであったのか。これら (1)

の一

る。 考察し、私見を提示しているので、ご參照願えれば幸いであ の拙論においてすでに

(1)拙論①「西晉期における《四言詩》 】

「應詔・應令」 行の因について び「

詩文論叢』第十四集、中國詩文 答」の詩を中心に」(『中國 究會、一九九五年十

拙論②「西晉武 )、

期における四言詩

重 について」(『新しい 文人の臺頭と系譜 字 文 育』第二十七號、

國 文

育學會、一九九八年十一

)、拙論③「西晉「五言

創作時期考」(『言語と文 答詩」

』第四號、愛知大學語學

育 室、二〇〇〇年十二 究 と文 )、拙論④「西晉傅咸經考」(『言語 』第六號、愛知大學語學

育 究室、二〇〇二年二

拙論⑤「傅咸と摯 )、

その交流關係を中心に」(『中國詩文論叢』第二十一集、中國詩文

究會、二〇〇二年十二

十三集、中國詩文 拙論⑥「傅咸の「七經詩」について」(『中國詩文論叢』第二 )、

究會、二〇〇四年十二

咸の四言 )、拙論⑦「傅 國詩文 答詩について」(『中國詩文論叢』第二十四集、中 究會、二〇〇五年十二

)、拙論⑧「魏における五 中國詩文論叢第二十六集

34

(10)

言詩流行の

國詩文 因について」(『中國詩文論叢』第二十五集、中 究會、二〇〇六年十二

)、拙論⑨「摯

正統 の「四言 」について」(『立命

文學』第五九八號、立命

人文學會、二〇〇七年二 大學

(2) )。

(1)

(3)崔宇錫 の拙論⑨をあわせて參照されたい。

『魏晉四言詩

究』(巴蜀書

一章 、二〇〇六年)「第 句の使用比 論」に見える統計によれば、『詩經』のなかの四言 大 は、頌が七三四句中の六八五句(九十三・三%)、 が一六一七句中の一四九二句(九十二・三%)、小

一 (4)あるいは『荀子』卷十五「解蔽篇」の「其榮滿側」という 七二四句(九〇・九%)と言う。 八句中の二二三六句(八十五・四%)、計七二八四句中の六 二三一六句中の二二一一句(九十五・四%)、國風が二六一 が

に對する、

・楊

の に「側、謂

〔側は、 側。亦充滿之義 側を謂ふ。亦た充滿の義なり〕」とある。楊

を基にしたとしても、「側密」はやはり、

ま、密に 容が充實したさ り

(5) まれたさま、と解釋できよう。

田 曉 『文心

龍』(明治書院、新釋

七四年)は、「 文大系、一九 實」に

して、「

とは 詩、實とは 灑を宗とする五言 膳宏 潤を本とする四言詩をいう」と言う。一方、興 『文心

龍』(筑

書 、世界古典文學

五年)は、「 集、一九八 =形式」「實=

型における形式と 容」と捉え、「この二つの詩

容のなる働きは、」と譯す。いずれに しろ「

(6)この點については、明・胡應 についての指摘であることは確かであろう。 實用」が四言詩と五言詩における作用・效用の差

!の『詩藪』

中五言」の以下の記 "卷二「古體 四言 #が參考となるであろう。

$直。句短而

%未舒。七言

&靡。文

折 '而聲易雜。

'$之衷、居文質之

、蓋莫

〔四言は (於五言。

$直なり。句は短かくして

七言は %べは未だ舒ならず。

&靡なり。文は

'くして聲は雜なり易し。

衷を折り、文質の '$の に居るは、蓋し五言よりも

(7)錢志煕 莫からん。〕 (きもの

『魏晉南北

)詩歌史

#』(北京大學出版

「五言一句で表 〇五年、一〇頁)は、『詩品』のこの箇を引用したうえで、 、二〇

*できる

容が、四言では二句を

かしく ば表すことができないこともある。それゆえ、もともと古め さなけれ 長で $+な四言詩も、魏晉の人々においては、かえって冗 '雜な詩形となった」と解

(8)例えば、 している。

(6)に

,げた明・胡應

!の

など。胡應

七言についても觸れているが、四言と五言に對する言 !は、

おおむね鍾 -は、

.の

(9)五言詩の生 を踏まえていると言えよう。

/および發展の

01を論じたものに、葛曉

文「論早期五言體 2論 3生 /4徑 -其對 詩藝 53影 6」(『文學

( 78』二〇〇六年第六期)がある。

10)句末の「休

2」については、松浦友久

『 詩美の在り

四言詩と五言詩の特質と盛衰について(矢田)

35

(11)

か』(岩波新書、二〇〇二年)「Ⅲ詩型とその個性」に、以下のような分かりやすい解

「休 がある。

」とは、

するに、そうした「拍

れにおいて、「拍の流れは有りながら、 リズム」の流 という「有拍無 の流れが無い」

「實 」の現象である。このため、そこには 」の缺

による一種の「眞空

ム 態」、いわば「リズ 眞空」が生まれざるをえない。物理

心理 眞空であれ、

眞空であれ、「眞空」は必然

無休 (流動感・齒切れのよさ)の實態である。「句末の彈み」 うとするエネルギーを生む。このエネルギーこそが、 に、それを填めよ のは、填めるべき「リズム の「四言詩」「六言詩」の句末にこの彈みがない

( のリズムの流れが活性しないからにほかならない。 眞空」が無いために、句末 11)五言と七言が中國古典詩の

な詩形となった

が七言に先行して 因、五言 行した

因などについても、松浦氏の

( 書の中に詳しく論じられている。

12)舒韶雄論文「四言詩

發展 和衰

原因」(『培訓與

湖北 究

た、四言詩衰 育學院學報』第二十一卷第三期、二〇〇四年)もま の原因として、第一に松浦

お、舒韶雄氏は、他の原因として、『詩經』の典 を引用する。な 葛曉 となった點を指摘する。 詩の規範と見なされたことが、詩人たちの四言詩創作の足枷 さが四言

論文「

魏兩晉四言詩

新變和體式

」(『北京 大學學報』哲學

は、東晉以 會科學版、第四十三卷第五期、二〇〇六年)

に四言詩が衰

という點を した原因として、四言句の實字 げる。その

點を

げると以下の

① りとなる。

語は、

代においては單

語が

秋時代中期に二 であったが、春 語が

え始め、戰國時代では二

語が

②單 となった。

は、疊字や 語が大量に存在したことにより、詩經において 二・二の基本リズムを 字の助けを借りることによって、はじめて

③詩經においては、句中に單 することが出來た。

語や

富さによって多樣なリズム感を形 詞などを組み合わせることができ、その組み合わせの豐 字、接續詞や副

④二 することができた。

語の

加により、四言句の實字が

末期から み、戰國 魏に至ってそれが普

⑤實字ばかりからなる四言句の場合、 なり更に固定した。 傾向となり、晉代に

字や接續詞を

!むことが

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