ア タ
貿 易 理
ス
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ス
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(四)
(1)
ァ︑
グム
・ス
ミス
の時
代 (I)
スミスは﹃国宮論﹄第四篇において︑ヨーロッパに危機をもたらした学
説および政策として重商主義に真向から対決している︒それではス︑︑二人の時
代におけるヨ1ロヅパの危機とは︑いったいどういうととたのか︒それは
﹃国富論﹄出版の年一七七六年が︑またアメリカ独立宣言の年であったとと
にも︑その一端いか雄弁に物語られていようo重商主義政策の基本線は国内生
産刀育成のための保護貿易政策であり︑またその行きつくべき帰結としては
植民地の支配であった︒その植民地政策が行詰打︑アメリカが原蓄国家¢強
力かム一解放された年日和︑また﹃国宵論﹄出版の年であった︒さらにまた︑
あのフランス革命の年一七八九年が﹃国富論﹄出版の年をへだたるととわ十
かに十数年後忙すぎたかった︒まさにとのようた世界史の動向を決事9
べき
こつの歴史的課題が相重っていた時代︑それがスミスの時代であった︒
一ペ
ミ﹄
への
いま
一つ
の著
書﹁
道徳
感情
論﹂
吋ZFg
弓丘
E2
包
gE Eg E
が出版されたのは一七五九年でるり︑とれと段ぼ同じ頃の一七五六年は︑学
問や貿易や政治むあらゆる商において二大競争闘であったイギリスとフランスを中心として七年戦争が\全ヨーロッパ的規模で勃発した年であった︒ヨ
ーロッパにおいて︑相ついでおとった商業戦争H植民地戦争で敗れ去ったか
淡路
・ア
ダム
・ス
ミス
の貿
易諜
論︵
中︶
=>"‑
H岡
︵ 中
︶
淡
路
憲
治
つての強国スペインやポルトガルらが︐次第に弱体化していったなかで︑最後
にあらわれたのが二大重商主義国家・フランスとイギリスであった︒との両
者の対立は︑七年戦争をへて︑アメリカ独立戦争をつらぬく過程でますます
蟻烈化していく︒そしてとのニつの戦争をとうして︑前者は疲弊を重ねたが
らフランス革命へと落込むのでるり︑後者は原蓄国家からdブルジョア国家へ
の着実た歩みをつづけるのである︒
ヨーロッパにおける最宮最強の二大国イギリスとフランス︑いな︑すべて
のヨーロッパの商業国をして︑とのような国際対立にみちびいた原因は何
か︒それはスミスによれば︑各国が謀れる学説または政策でるる重商主義に
したがったが故である︒その結果︑本来友らば国際友好と相互繁栄の手段で
あるべき貿易が不和と敵意の源泉とたったのである︒そしてとの政策により
利謎をうるのは︑国民全体ではなく︑ただ一部の商人や製造業者謹であり︑
実にとの政策は彼等の余計た嫉妬心や独占の精神によるものであった︒まと
とにスミス乞して﹁今世航︑前世紀においてはヨーロッパの平和に対して致
命的である点においては︑国王や大臣の気まぐれな野心といえども商人や製
遣業者D
余計な嫉妬には士ばなかっ色と慨歎せしめる有様でるった
oと
のような重商主義にあっては︑貿易D収支を順たらしめんがために保護貿易政策がとられ︑貿易相手国D犠牲においてとそ自国の利誌がえられると考え
られたのであった︒したがって国際平和と相互繁栄ではたく︑まさに弱肉強食の間際対立がその必然の結果でるった︒イギリスにとって信める隣国フラ
‑ 61 ‑
宮山大学紀要
経済
学部
論集
( 2)
ンスは最良の市場左提供するのではなく︑極めて危険た競争相手でるわ︑両
国の商人達は利害問ーがくらみ情熱的に﹁確かに国は亡ぶ︑それは貿易上@収支が小利た結果だ﹂と叫ぶに至ったのであった︒とのように宮める隣国が
恐るべき競争相手であるが放に︑隣国貿易にはあらゆる制限干渉政策がとら
れた︒しかし︑自国の支配干にある植民地においては貿易差瀬がもっとも有
利であるが故に︑植民地獲作欲が蟻烈をきPめたのであり︑それ故にまた︑
槌民地哀失の予想さえが︑かのスペインの無敵艦隊よりも恐れられる有様で
あった︒したがって︑との重商主義体制下の国際対立llいくたの商業戦争
は︑一八ミスの鋭くも指摘するごとく︑また植民地獲特のための戦争であった︒
とのようにλミスの時代は︑商業戦争H植民地争奪の時代であり︑また植
民地D危機︵アメリカの独立︶とフランλ
革命の時期であった︒スミスは
﹃国富論﹄第四篇においてとのような現実を取扱っているのであるoそして
スミス白主張は︑保護貿易政策にたいする自由貿易であり︑またその最大の
実践的結論は植民地の放棄でるった︒第五篇においては︑いままで保護と称
して経済の上に加えられてきた国家の諸活動を最小限にくいとめるというと
とで
あっ
た︒
註川
内田
義彦
﹃経
済学
の生
誕﹄
一一
一一
一!
二一
良︑
水田
洋﹃
アダ
ム・
スミ
ス研
究入
門﹄
一五
一頁
・参
照
間内田・前掲書︑八四!五頁・参照削岩色丹﹃えMPH
目 ︒ ロ
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目叶
・大
内訳
・第
一一
一分
皿刷
︑
参照
44
・ ︒ ・
Z・ ︒
司 ・ 凸 一
昨 ・ ・ ﹈
﹇ 吻 同 ︶
品 品 ︒
44
・ ︒ ・ 同
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− 白 日
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司 一 己
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一一
八頁
・
(5) (4)
大内
訳・
第一
一一
分加
︑
一二
四頁
・参
照
信)
重商主義の原瑚について
共にわれわれは︑スミ一への重商主義批判をその貿易政策︑治よび貿易則論と
の闘速において考察しようo
第四篇の序論では︑一ヘミ一へはまづ︑その対象とする重商主義が近代り主説
EO
門 凶 ⑦ 同
ロ 凹 吋 凹
ZB
であり︑われbれC阿︵λ
︑ ︑
︑
F A h
u国︶において︑われわれの
時代︵λミスの時代︶において最もよく理解されている主義であるととを規
定しているo
そして重商主義にたいして︑第てそれは貨幣
H宮の官概念を
もっとと︑第二︑その官概念を体系化した貿易差額説がヨーロッパのすべて
の商業国の経済政策の基本的信条とたったとと︑しかもとれらの政策が商人
と製造業者のための独占と保護のための政策である己とにたいして批判左下
すの
であ
る︒
第二章﹁商業主義または重商主義の原理について﹂は︑スミスの重商主義
批判の序論をなすものであり︑また紋の基本的見解を示している︒スミスに
よれば︑重商主義の貨幣日富の貨幣観または宮概念は貨幣の﹁交換の用具﹂
吉 田 け
EB S件 ︒ 内
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8と﹁価値の尺度﹂EB
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の二つの機
能からゐとったものである︒ロック﹈︒﹃ロ円︒︒日向︒もまたとの見解の下に︑貨
幣は国民の動的宵B︒S
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司gのうちで最も堅実にして実質的た部分で4−F
るり︑との金属を増殖するととが︑経済政策の大目標で・なければたらないと
主張しているととを︑指摘する︒また他の論者は︑外国との戦争の場合︑戦
費調達のために貨幣蓄積の政策がとられてきたのであるという︒右のような
理由にもとづいて︑貨幣を自国に蓄積するために︑その轍出禁止︑︑および厳
重な制限が課せられたのでるった︒
しかし︑各国がより商業的になるにつれて︑貨幣増殖のためには︑その轍
出禁︑止または制限がかならやしも得策ではたく︑むしろ貿易差額によるべき
ととが商人により主張され︑それが閏論を動かしたのであった︒かくして政
府D政策は金銀の轍出の禁退から一転して貿易差額の監視へと変ったのでる
るoその結果マンの主一物の標題である﹃英国の官は外国貿易にあり﹄という
ととがイギリスのみならや他のすべての商業国の経済政策の基本的信条とな
った
Dである︑とスミスは主張する︒
とのようた重商主義の見解にたいしてスミスはいう︒金銀貨幣は富を構成
するためのたんら特殊な物ではなく︑官を構成するところの年々の労働生産
物白たんたる一部分にすぎない︒それ岐に自国に金乞買うべき手段をもっ℃
‑ 62
( 3)
いる国は︑決して貨幣の不
HA
P一感じるととは友い︒しかも金銀は有効需要
止な
の吉
巴仏
OB 州吉弘に容易かつ正確に応やる点においては︑他のいかたる商
品にも劣らたい︒というのは︑金銀はその量に比して︑その価値が大きいか
ら︑運搬の容易さにおいて︑他のいかたる商品にも優っているからである︒
さらにまた︑財貨D大部分の物は貸借に比して滅失しやすいが︑貸借は耐久
力をもっという利点にたいしても︑しかし耐久力をもっ貨時も一国の使用量
には一定の限度があり︑必要量以上は無意味である︑とスミスは主躍する︒
また彼によれば遠方での戦争の戦費調︑建のためにも貨幣蓄積の必要はない︑
なぜたらば︑対外戦争は流通中の貨幣をもって支払われたものではなく︑他
の商品をもって調達されたものであるからだ︑という︒
とのようにスミスによれば︑貿易差額により︑一国に貨幣が蓄積されると
とは墜しいととでもなく︑また外国貿易白主たる利点もとの点にあるのでは
ない︒そうではたく彼によれば︑外国貿易の目的ないし利点は︑各貿易国が
相瓦に臭った利益をうる点にある︒それは︑その国の土地および労働の生産
物のうち白固に需一突のない余剰部分左輪出し︑その代価として外国から一他の
生産物左轍入するととにある︒また外国貿易によって︑国内市場の狭臨な限
界が打破され︑分業を発達させ︑生産刀を育成するととによって︑その国の
真実の収入と官を増加させるととにあるoとのようにλミスにあっては︑外
国貿易の意義は重商主誌に治けるごとく貿易差額による貨幣H富の自国へむ
流入にあるのではたく︑スミスの官日労働生産物を真に増大させるための国
内市場の発展にたいして果す役割の故であった︒
さて重商主義においては︑貨幣H宮という通俗の見解
m w u o u 己 同
ロ ︒
昨 日
︒ ロ
と︑それにもとづく貿易差細論のごつの瑚論が確立されたので︑各国の経済
政策の日標は必然的に輪入の制限と輪出の奨励をはかるととにたった︑とス
ミスは結論する︒との轍入制限策として︑次の二種があったo
すた
わち
︑
第一︑国内で生産しうる財貨の外国からの轍入にたいする制限︒
第二︑貿易差額が不利と考えられる国からのほとん左あらゆる財貨にたい
する輸入制限︒
淡路
・ア
ダム
・ス
ミス
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易理
論︵
中︶
また職問奨励策としては︑女む四粧があった︒すためち︑第一︑民税
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4 司 ずR
︒第二︑奨励金E
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第三︑通商条約可g
罫山
由民
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第四︑植民地
g F E g
︒
右の轍入に︑たいする二障の制限策と︑輪出にたいする四種の奨励策は商業
主義が貿易差額を順訟らしめんがために提哨した六個D
主要注ナ段であっ
た︒スミスは﹁私はとれらの各々を別の章において考察しよう﹂と述べ︑右
の順序にしたがって第二章
1
1第七章にわたって叙述しているのである︒
以上の﹁重商主義の原理﹂について若干の検討をしよう︒周知のごとく重
商主義に沿いて貸借が遁求されたのは︑ただ富として財宝としてその蓄積・
退蔵のためにのみ求められたのではなかった︒それは︑貴金属貨幣の流通お
よび信用紙幣の未発達という背景をもっ当時にあっては︑貨幣追求の名の下に︑実は資本主義生産の前提としての貨幣資本が求められたのでるつだ︒ま
たス︑︑二人において貨幣と他の財貨との相違が抹殺され︑貨幣の特殊性の認識
がたく︑いわゆる﹁貨幣ヴェール観﹂にしたがっていた点も指摘されねばな
らぬ︒との点は︑小林氏が﹁スチュアlトが経済的分析の手段としてはじめ
て慎重に使用したえ
FZ
ロE H
含自民丘の語を一般商品の側からの貨幣に対す
る需要にも↑倍加するととにより︑手とんど一切の貨幣経済的接近を拒否するととにたった﹂と主張されるごとくでるる︒
右に一人ミスにおけるつこの問題点を指摘したのであるが︑とζに注意すべ
きは次むととである︒すたわち︑スミスにおけるとのような疑問点または混
乱はしばしば指摘されるととろであるが︑彼自身の問題意識と分析視角の展
開という点からみれば︑その主張は執拘なまでに一貫しているというととで
ある︒スミスの混乱・ないし横着は︑むしろ彼の論理をつらぬとうとする故の
混乱ともいえるのでるる︒それではスミスにおける一貫した問題意識または
八月析視角とは︑いったいどういうととかoそれは︑すでに強調したごとく︑重商主義における貨幣H官の官概念を顛倒した年々の労働生産物日官の根本
概念にもとづき︑﹁生産と消費の均衡﹂の瑚論を展開したととであり︑また
同内市場第一主義の主張であった︒しかもとの国内市場は︑彼の﹁・自然の秩 o nb
宮山大学紀要
経済
学部
論集
( 4)
序﹂﹁自然の進路﹂にそって発展すべきであるという﹁国富論﹄会篇左つら
ぬく思想である︒
さて︑保護貿易政策は︑はじめ商人が主張し︑それが国む輿論主動かし︑
やがて国家D政策の名に沿いて強行されたのであるが︑それは商人や製遣業
の独占のための政策であった点を︑スミスは鋭く指摘している︒ととろで彼
が批判の対象とする独占とは︑いかかる種類の独占であるか︒スミスが独占
と呼ぶとき︑その推進者としては﹁商人﹂
B2
岳m
印であり︑﹁製造業者﹂E
日自 民営
5吉
3であり︑またはその両者を並列・した﹁商人ゐよび製造業者﹂
自青島
gg mロ 仏
BS 丘
R2 53
等む種々︑危場合いかあり︑とれを一義的に判
断するのは容易ではないが︑ほぽ二つの点が指摘されようo
すたわち第て
前期的商人と製造業者の区別︑第二︑中小の生産者去︑駐権に結びつく犬商
人・大製法業者︒区別であるoスミスが激しく独占を非難する場令︑それは
独占という名において商人と製造業者の両者を合めて︑その独占を非難する
場合と︑ま夫両者か一区別している場合がある︒スミスの独占批判の意義およ
びその附級的利害関係の考察は本稿の中心テ!?の一つでるり︑それは以下白銭述で追究されようo
註 (7) (6)
J4
. ・ ︒
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R・0司 −
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内訳
・第
一一
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加四
五頁
高 島
主 一
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編集
﹃国
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議義
﹄ 4a
十一
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︑小
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﹃重
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義の
経済
理論
﹄二
七冗
頁﹃
霊商
︑モ
義解
体期
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一一
一冗
頁・
参照
小林
@前
掲﹃
解体
期﹄
一二
五頁
︑マ
ルク
ス﹃
経済
学批
判﹄
幣に
関す
る諸
学説
﹂の
章・
参照
(8)
﹁流通手段および貨
(3)
轍入制限策について
(寸
第二立に沿いてスミスは﹁国内で生産しうる財貨の外国からの轍入にたい
する制限﹂の問題をとりあつかっている︒彼によれば︑高率関税および轍入
の絶対的禁止はそれによって保護される国内産業のための園内市場独占の政
策でるった︒かくし℃生きた家畜または塩漬の食料品の轍入禁止は︑イギリス
王国の校高者に肉屋の肉にたいする国内市場C独占を確保するo穀物輸入に ︑たいする高率関税は農業者にたいする穀物商人による国内市場の独占主意味する︒外国産羊毛の輸入禁止は羊毛製造業者に有利であり︑同様に多くの他の製浩業者も国内市場を被占しているのである︒﹁かくしてイギリス王国に絶対にまたは条件つきにその轍入禁止がされている財貨の種類がいかに多いかは︑関税法に通じない人の思いも及ばぬととろである﹂とスミスはいう︒
それではとむような轍入の制限または禁止の貿易政策は︑社会の一般産業
活動にとっていかなる影響をあたえるか︒それは有利た政策であったか︒い
た︑それは決して有利な政策でるったとはいえない︒スミスによれば︑ある
社会の一般産業活動はその社会の資本が使用しうるととろ以上ではありえな
い︒商業にたいするいかなる法制
g m c E
F ︶ロもとの社会の産業活動の量を︑
その資本が維持しうる以上に増加するととはできない︒なるほど︑そのよう
た保諸政策は産業活動の一部を従来︑と異なる方向にむけるととによって特定
白一
産業
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励・
助長
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ζとはできる︒しかし﹁との人為的指導員民主包
門出店︒昨日︒ロが自然に向うべき方向に比して果して社会にとって有利であるかEうかは決して確かではな一円一のである︒とのような政策は一部特定の産業
を助長するものではあっても︑一般産業を発展させ︑それに最も有利た方向
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また
資本
の蓄
積と国震の増進をうたがすものでもも仏い︒このようにスミスは︑轍入制限の
貿易政策により利淡をうる一部特定の産業の立場と︑一般産業の立場を対置
しているのであるoそして︑との両者の対抗関係は︑ありつ自然の秩序﹂と
﹁人為の政策﹂のそれに照応するものであり︑スミスが貿易制限政策の批判
をするとき︑その根抵をなしているのが他たらぬ﹁白然の進路﹂ロ旦同巳
gR B
え岳山口唱の考えたのでるる︒一部特定の産業活動白方向を人為的に
ゆがめる保誰貿易政策に反対するλミスは︑一般産業活動φ自然に向うべき
方向を主張するのであり︑それがまさに彼によれば﹁自然の進路﹂たのであり︑
豊一
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農業
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昨日
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しての中小の生産者の立場をあらわすものである︒
とのように一部特定の産業活動のためり保護貿易政策に反対するλ
ミス
‑ 64 ‑
は︑自由放任主義を強調する︒棋によれば特権的な独占がなく︑すべての個人
が自由に自己の資本を投下するととが許されるならば︑治白おの利己心にみ
ちびかれて自己に最も有利た産業活動をいとたみ︑その結果として社会全体
にとって最も有利な使用法令一選ばしめるととになるという︒まづ第一に︑各人
は最も安全ゑ投資分野として国内産業を維持しようとつとめる︒との安全度
の点よりすれば︑利潤が段ぽ同一ならば卸売業にとっては︑国内商業←消費
品の外国貿易←仲介貿易の順序にしたがって産業活動がいと・なまれるであろ
う︒﹁かくて内地はいわば各国の住民の資本がそ白周囲をたえや循環する中心
であり︑資本は特殊の原因によりとの中心から迫われて︑はるかに遠
Mf
仕
事を求めるととがあっても︑なお常にと白中心を指向しているのである︒﹂ま
た国内産業の維持につとめるのは︑たんに安全度の問題のみによってではな
い︒というのは国内産業は消費口聞の外国貿易に使われる同一量の資本に比し
てより多くり国内産業在活動せしめるからでるり︑その上︑資本回収の速度
もまさる︒したがってすべての個人はできるだけ国内産業のぷ備に向かおうとするのであり︑その結果が社会全体の利益になるというである︒ととろが︑
各人にとっても︑また社会全体にとっても最も有利である産業活動を阻げて
いるものは他ならぬ独占たのである︒まととにスミスが力説するごとく﹁伎
が外国産業を支持せやして︑国内のそれを選ぶのは︑もつばら彼自身の安全
を期するからであり︑::::・︑もつばら彼自身の利山刊を大たらしめんとする
ものである︑かくするととによって彼は他の場合にもそうであるように見え
ぢる
手宮
三即
日ロ仏陀導かれて彼の思い設けない目的を達するのに役立つEOE
ので
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︒﹂
(5)
とのように一回全体の産業活動にとって特権的独占がないたらば︑各人は
その利己心に導かれて自由競争の結果︑全体にとって最も有利た国内・国外
市場が形成されるというのである︒ととろが︑高率関税と輸入禁一不は︑より
廉価な外国品の轍入を制限するととによって︑圏内での劣等な生産伊一保護す
るととであり︑それは一般に有害である0
・な
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国の
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ねにその国の資本の量に比例するのであり︑貿易干渉によって外国よりも劣
淡路
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ミス
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論︵
中﹀
った特定産業乞保護するととは︑国内のより価値の多い商品の生産から資本
を引上げるととにたり︑年々の生産物の価航は減少せざるをえないからでるる︒しかしながら︑とのようた保護政策によりある特定の産業はそれなき場
合に比して︑より早く樹立され︑一定期聞をすぎると外国よりも廉価に生産
しうるようにたる点は︑スミスも認めている︒かくして︑その社会の産業活
動はより平くある特定の方向に向けられるという利益はあるに相泣たい︒し
かしそれは一部の利訴にはたっても︑その閏の産業の総額がそのような規則
によって増加するとは断じていえたいと︑スミスは強調するのでるるo彼に
よれば︑そのようた貿易政策によって保時育成される特殊な産業は︑尚一見かた
農業の発濯を出発点去する﹁自然の方向﹂左顛倒した︑いわゆる﹁外国貿易
の末奇﹂えな官官悶え宮5
日 間 口
gB
E角︒︒としての製也業なのであり﹁そ
のようた規則日かできや︑そのため問題となる制明治業を社会がもっととができ
・なかったとしても︑その社会川町永久にそれだけ必やより貸之た社会などとは
いえたい﹂と︑いうスミスの論調にわれわれは保護貿易批判の根底にるの
﹁自然の進路﹂の思想出遅し︿脈打っているの左見るのであるo
さてとのようた国内市場の独占政策によって最大の利益をうるのは商人と
製遣業者である︒しかし独占のうちにも種々あり︑その利益の犬小やその性
質は異たる︒スミスはいう﹁関内市場のかくのごとき独占によって最大の利
誌を獲得するのは商人と製法業者である︒外国の家畜および塩漬の食料品の
輸入禁止や高い割程物の関税がイギリス王国の牧畜業者・ならびに農業者に有利
な担度は︑とうてい同種の規則が商人または製法業者にとって有利な程度に
は及ばたい﹂と︒とのようにスミスが独占をたんに独占一般としてではな
く︑その中に区別を認めている点の認識は重要でるるo製遺品は穀物や家蓄
に比して貿易の対象となり易い︒じたがって外国貿易が好んでおとたわれる
のは製浩品についてであり︑しかもそれに関与する商人や製遣業者の独占へ
の意欲は甚だ強烈でるる︒また穀物の輸入制限や輪山刊提励金の更新や維持に
最大の関心左示したのは農村の地主や農業者ではなく穀特商であったひこれ
らの独占によって最大の利益友えたのはE
大友商人やまた製造業者であっ
‑ 65ー
富山大学紀要終済学部論集
? と
(6)
とのような特権的商人や製造業者むためD国内市場独占の政策でるる貿易
制限や禁止制度を廃止し︑るるべき誕としての﹁自然の秩序﹂を回復するた
めに個人の利己心に導かれる自由放任の政策が貫徹されねばたらぬというの
が︑との章でのスミλの結論訟のである︒
しかしたがら︑貿易制限政策の廃止のスミスの主張に二つの例外の認めら
れている点は周知のととろである︒すたわち︑村特殊産業が国防上必要な
場合︒悔寵業はその例であって︑例の航海条例がとれを保護するのは当然で
あるとの主張︒∞類似の国内製造業の生産品に︑たいして課税されている場
合︒右の二つの場合は保設貿易を認めてもよいという例外危なすのである
が︑とれは上来スミ一八によって展開されてきた主揖と本質的に矛盾するもの
ではたく︑いわばそれ主より確実たらしめんがための例外であるにすぎな
い︒したがって︑との点の立入った検討はしない︒
当 −
C−H凶 ・
8・ 白 山
fH ZH
∞大内訳・第三分加︑四六頁
巧 ・
0・z
・ ︒ 司 ・
口 FHZE
大内
訳・
第一
一一
分勝
︑四
八頁
スミスが﹁中流ならびに下層の階級﹂を代表するという見解は︑大河内一男
・﹃スミスとFスト﹄︵全訂版︶第二章﹁アダム・スミスと経済人﹂主くに
二O四1
五頁
を見
よ︒
同当
・︒
−z
・ ︒ 司 ・
白 山 f HZ
問︒
大内
訳・
第コ
一分
勝一
五O頁
同この点は︑すでに第二篤・第五章において展開されているところである︒
側当
・︒
− M・4 f ・ 丘
HZ
M戸
大内
訳・
第三
分加
・五
一一
良
同・小林昇氏は︑スミスが重商主義批判にφめ
たっ
て︑
その
貿易
差額
説を
主と
して
マヅによる一般的差額説として把握したため︑個別的差額説に含まれていた
国内生産力育成の商の理解は完全ではなかったといわれる︒しかし︑スミスはこの箇所︑または攻軍の対フラヅス貿易を論じているところで︑保護貿易
政策が園内生産カ育成のための政策であった点は充分見抜いている︒スミス
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ような独占や強制がないならば自然に形成されるだろう圏内市場の方向をゆ
がめるものである点において批判されているのであり︑スミスとしては当然
(11) (10) (設9)
(17) (16)
の首尾一貫した見解である︒しかし︑スミスはこのような個別差額説による
国内
生産
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としての工業の発達も突はこの遁稜において階層分解が促進せられ︑資本家
的関係が強力的につくり上げられた一面は見逃がしていたo
けれ
ども
︑そ
の
ことと︑スミスが個別的差額説に含まれる園内生産力育成の函を見なかった
ということとは別のことであり︑小林氏の批判は当っていないと思われる︒
小林
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解体
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スミス﹂︵﹃専修大学編集﹄第8号﹀六九頁・参照
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大内訳・第三分加・五五頁
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ZE大内訳・第三分加・五六!七頁
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轍入制限策について
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第三章においてスミスは︑貿易の収支が不利と考えられる特定の国から輸
入されるほとんどるらゆる種類の財貨に加えられる貿易制限について論じて
いる︒ととで彼が真正面から取組んでいるのは︑対フランス貿易の問題であ
るo対フランス貿易における双方での極度にきびしい制限が︑両国間白正当
た貿易をほとんE社絶せしめ︑両国の貿易は主として密貿易によらぢるをえ
・なくなっている現状乞分析しているのである︒彼自身指摘しているごとく︑
前章にK布いては貿易差額論が個人の利欲と独占の精神にもとづいたものであ
ったが︑との対仏貿易ではそれが国家的偏見と怨恨
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u件ーにまで発展し両国間の対立となり︑いまや危機の状態をていしM
ているのである︒しかもとれは︑たんに英仏関係においてのみでたく︑重商
主義体制下のヨーロッパ各国に共通のととであり︑いわばその典形として二
大国・英仏関係がとり上げられているのである︒
ところでスミλによれば︑とのような厳重た貿易制限は重商主義の胤測か
らいっても不合瑚でるる︒そ白川明白として︑スミスは三つをあげる︒第一に︑
かりに白由貿易が実施された結梨︑貿易収支がイギリスに逝であったとして
も︑そのととの故にイギリスのみゴ貿易の総収支が不利であるとはいえない︒
‑ 66ー
(7)
たとえばフランスの葡萄酒がポルトガルのそれよりも良質かつ廉価だとす
れば︑ポルトガルからでたくフランスから輸入する方がより脊利でるる0
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ぜならば︑とれによってフランスからの轍入はたしかに増加するかも知れ・泣
い︑しかし年々の全輸入額はフランスの葡萄酒がポルトガルのそれに比して
安い分だけ減少するからでるる︒第二に︑フランスからの轍入品白大部分は
利潤をえて他の国に再輸出されるから︑貿易差額の不利なフランスからの輸
入は決して不利とはいえたい︒とこでスミスが援用しているのはマンむ一般
的差額説である︒すたわち﹁東インドの財貨の大部分は金銀をもって貿われ
るが︑その一部分の第三国への再轍出はそれを実行した固に全体の原価以上
の金銀乞もたらす﹂とむととはフランス貿易についてもまた真実でるるに相
違たい︑と主摂するのでるる︒第三に︑貿易上の収支は正確に知るととはで
きたい︑という現出をあげている︒との目的のも川匂には税閣の帳簿は用をたさや︑また為替相場もやはり役に立たないという︒
以上の三つの理由は︑個別差額説が重商主義の原瑚からみても不合瑚でる
るととの説明であった︒とのようた制別差額のための制限はもちろん︑その
他一切の規則の基礎となっている貿易差額説の全体ほど不合到なものはた
いと非難し︑さて彼の積極的見解を展開する︒スミスは奨励金または独占に
よってたされる保護貿易政策はその固にとって不利であるに反して︑なんら
の強制または束縛の加えられたい自向貿易は両国にとってそり利義の度合は
異なるとしても常に有利であるととを強調する︒それでは彼の主張する自
由貿易論とはマンの一般的差額説を源流とするト1リ1
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きの稀薄た仲介貿易D売めの自由貿易論の系列に立ち︑それを発展させたも
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υいた︑であるoスミスが自由貿易が有利でるると主張すると
き︑それはいったい何を根拠としているのか︒スミスはいう﹁ととで有益ま
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ぬ包ロというのは金銀の量の増加な意味するのでは・な
くて︑その国の土地ゐよび労働の年々の生産物の統一喰価値の量の増加を︑またはその住民の年Kの収入の増加を意味するのである﹂と︒見られよ︒とと
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に金銀遁究むための貿易差槻説と峻別さるべき﹃国宮論﹄の序論以来一貫す
る労働生産物H宮の概念を根祇とする国内市場の発展と生産力育成の立場が
堅持されているととk︒
スミスの自由貿易論においては︑貿易収支が均衡をたもち貿易相手国の双
方の交易がすべて国産品である場合には︑両国の利得はほぽ相等しい︒との
場合︑おの沿のは他方の剰余生産物の一部にたいして市場を提供し︑国内市場
を発展させるからである︒もし一方が国産品のみ友輸出し︑他方が外国品の
み・ならば︑両国は共に利得するであろうが︑その程度は同一ではたく︑より犬きい収入をうるのは国産品のみを轍附する国である︒というのは︑前者は
国産品の生産︑輸出のために用いられる資本の全部を回収するが︑後者は外
国の資本を阿収するにすぎたいからである︒また両国に占おいて国産品と外国
口聞の両者が混合して輸出される場合においても︑その原却には変わりはない︑
とスミスは主張するのである︒との点はすでに第二篇第五章に沿いて展開さ
れたところでるり︑ととではそれが現実の政策批判の根拠とたっているので
ある
︒
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ととろで︑もし貿易が自由であれば両国にとってこのように有利であり︑国
民聞においても個人間の場合と同様に協同と友情の関係が打樹てられるべきはやである︒それでは現実の国際貿易に︑おいては︑との関係はいったいどう
なっているか︒いかんたがら協同と友障の紐帯向ぴO
ロ仏え戸邑︒ロ自己
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︒ロ
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でるるべきはやむ商業が重商主義政策の結果︑不和と敵意の源泉
とたっているりである︒重商主義国家のおのおのは貿易収支を順在らしめん
がため轍入品に高率関税をかけ︑また貿易収支が不利である固からの一切の
輸入品にたいして極めて厳重な制限を課ずる︒とのようにして貿易差額説に
立っかぎり︑一者の符るところは他者の失うととろでるり︑弱肉強食の国際
対立におちいらぎる左えたいのである︒しかし官める隣国は戦争や政治の上
からは危険であるが︑平和と通商の状態にあるかぎりより良き市場乞掠供す
るにちがいたい︒したがって外国貿易によって宵まんとする国民にとっては
隣国の貧困ではたく︑隣国の官と勤勉とそが墜しいのである︒ヨーロッパの