早稲田大学審査学位論文(博士)
気候変動法政策の国内実施
―EU 、イギリス、日本における実施 ―
早稲田大学大学院法学研究科
木村ひとみ
目次
はじめに...6
第1章 気候変動分野における国際立法...9
1.1 国際環境法の発展と国際立法...9
1.2 気候変動分野の国際立法における締約国会議(COP)の役割の変容...13
1.2.1国際立法の主体としての締約国会議(COP) 1.2.2 気候変動交渉における締約国会議(COP)の役割とその変容 1.2.2.1 気候変動枠組条約の策定から京都議定書の採択まで 1.2.2.2 京都議定書の採択から京都議定書の発効まで 1.2.2.3 京都議定書の発効からバリ行動計画への合意まで 1.2.2.4 バリ行動計画への合意からコペンハーゲン合意、ダーバン合意まで 1.2.2.5 ダーバン合意から2020年の新枠組みの採択まで 1.2.3 締約国会議(COP)の国際立法機能に関する考察 1.2.3.1 COPの国際立法機能 1.2.3.2 COPの法的地位 1.2.3.3 COP決定の法的拘束力 1.2.3.4 COP決定に基づく罰則の効果 1.2.3.5 国際法と国内法の交錯する場としてのCOP 1.3.3.6 気候変動法における断片化と立憲化―COPの役割― 1.2.4 小括 第2章 気候変動法における国際法と国内法...46
2.1 国際レベル・国内レベルでの義務の履行...46
2.2 気候変動法における国際法と国内法の関係...49
2.2.1 国際環境法と国内環境法の関係
2.2.2 条約の国内的編入と気候変動法
2.2.3 気候変動分野の義務の性質と国内法に与える影響
2.2.4気候変動法の国内実施を支える京都メカニズムをめぐる国際法と国内法
第3章 EU気候変動法政策の立法と国内実施...56 3.1 はじめに...56
3.2 EU環境法の国内実施...57 3.2.1 EU環境法の成立と発展
3.2.2環境行動計画の策定
3.2.3 EU環境政策の目的・基本原則
3.2.4環境立法の根拠・権限
3.2.5 環境立法の形態
3.2.6 EU環境法の遵守・履行確保
3.2.7 欧州における環境分野の不遵守制度
3.3 EU気候変動法政策における立法と国内実施...65
3.3.1 第六次環境計画におけるEU気候変動法政策の源流
3.3.2 EU気候変動法政策の萌芽(1980年代後半-1990年代後半)
3.3.3 EU気候変動政策の発展(2000年代前半-2000年代半ば)
3.3.4 EUETSの開始
3.3.5 EUETSにおける遵守メカニズム
3.3.6 EUETSリンク指令 3.3.7 クレジットの法的地位
3.3.8 EU気候変動政策の特徴
3.3.9 2013年以降の将来枠組みに関するEU気候変動政策の萌芽(2000年代半ば-2010年)
3.3.10 気候エネルギーパッケージ
3.3.11 途上国への資金供与
3.3.12 EUETS第三フェーズ(2013-2020年)の遵守メカニズム
3.3.13 EUETSと炭素税のミックスアプローチ
3.3.14 京都メカニズムの改革・新メカニズム
3.3.15 2020年以降の新枠組み
3.3.16 EUの単独主義と国際法の断片化
3.4 欧州司法裁判所(ECJ)による立法・実施...87
3.4.1 ECJの役割と気候変動
3.4.2 EUETSの航空分野への域外適用に関するECJ先決裁定と国際法上の課題
3.4.2.1 はじめに
3.4.2.2 欧州司法裁判所(ECJ)による先決裁定の概要 3.4.2.3 ECJ先決裁定の評価
3.4.2.4 EUETSを巡る貿易紛争の懸念と今後の課題
3.4.2.5 小括
3.5 気候変動分野の立法・国内実施における国際法、EU法、加盟国法の関係...99 3.5.1 はじめに
3.5.2 気候変動分野の立法・国内実施における国際法、EU法、加盟国法の関係
3.5.2.1 EU法と加盟国法の関係
3.5.2.2 EU法と国際法の関係
3.5.2.3 加盟国法と国際法の関係
第4章 イギリス気候変動法政策の立法と国内実施...109 4.1 はじめに...109
4.2 イギリス環境法の立法と国内実施...109
4.2.1 イギリスにおける国内実施
4.2.2環境条約の締結と実施
4.2.3 環境に関する判例の動向
4.2.4イギリス環境政策の基本理念
4.3 イギリス気候変動政策の立法・国内実施...116
4.3.1 イギリス気候政策の萌芽
4.3.2京都議定書の採択とイギリス気候変動プログラムの策定
4.3.3排出枠取引・気候変動税・気候変動協定のミックスアプローチ
4.3.4 EUETSの開始と国別割当計画の策定:UKETSとEUETSの協調
4.3.5 クレジットの法的地位
4.3.6 イギリス気候変動法
4.3.6.1 はじめに
4.3.6.2イギリスの気候変動政策における2008年気候変動法の位置付け
4.3.6.3イギリス気候変動法の概要
4.3.6.4 2008 年気候変動法採択による炭素予算の発展と採択前後の低炭素政策の形成
の意思決定プロセス構造の変化
4.3.7 イギリス低炭素政策における研究者の役割
4.3.7.1研究者の役割
4.3.7.2 効果的な低炭素政策の課題
第5章 日本における気候変動法政策の立法と国内実施...134
5.1 はじめに………...134
5.2 日本における環境法の国内実施...134
5.3 日本における気候変動法政策の国内実施...136
5.3.1日本における気候変動法政策の萌芽 5.3.2京都議定書の採択 5.3.3 マラケシュ合意(COP決定)を受けた国内法制定 5.3.4 京都議定書発効を受けた国内実施 5.3.5自主参加型排出量取引制度の導入 5.3.6 クレジットの法的地位 5.3.7 自主的ETSのリンク 5.3.8 東京都の義務的排出量取引制度 5.3.9政権交代による積極的な気候変動対策への転換と中期目標の策定 5.3.10 脱温暖化から低炭素社会の構築へ 5.3.11 東日本大震災を受けた日本のエネルギー関連法政策の見直し 5.3.12 京都メカニズムの改革 5.3.13新メカニズムの検討 5.3.14国連中心主義から単独・二国間主義へ 5.3.15国内気候政策の停滞と地球温暖化対策税の導入 5.3.16日本の気候法政策・国内法化の特徴と課題 第6章 おわりに...152
参考文献...158
はじめに
条約義務の履行(実施)は国際レベルと国内レベルにおいて行われる。国際レベルでは、1 国家報告・審査制度により、締約国は条約義務のためにとった措置を条約機関に報告し、
条約機関がそれを審査(検討)する。また、義務の不遵守の場合には、不遵守手続により 条約機関が遵守確保に必要な措置をとる。一方、国内レベルでは、締約国は国内の立法及 び行政措置を通じて条約義務を実施し、管轄下にある個人や企業が条約義務を遵守するよ うに確保する義務を負う2。
国内実施については、UNEP は「締約国が多数国間環境合意及びその改正に基づく義務 を達成するために、採用し及び/又はとる、すべての関連法令、政策及びその他の措置及び イニシアチブ」(―all relevant laws, regulations, policies, and other measures and initiatives, that contracting parties adopt and /or take to meet their obligations under a multilateral environmental agreement and its amendments if any‖)と定義する3。また、Redgwellは「国際合意を国内法に おいて効力あるものとするために締約国が策定する措置」(―measures parties make to take international agreements operative in their domestic law‖)と定義する4。
国内実施は、締約国がその行動を条約上の義務と合致させる「遵守(compliance) 5」とも、
環境問題の解決と関係者の政治行動の変化に関する環境条約の目的達成に向けた進歩の有 無及び程度と定義される「条約の実効性(effectiveness) 6」とも異なる7。温暖化防止など枠 組み的な義務の達成については具体的措置が義務づけられないことが多く、定められた基
1 一般的に履行確保の課題として、国際法レベルでの締約国の義務の履行の課題、条約の 非締約国に対する対効力、国内法レベルでの履行確保が挙げられる。村瀬信也『国際立法
―国際法の法源論』(東信堂、2002年)343-344頁。
2 岩間徹「地球環境条約の履行確保」国際法学会編『日本と国際法の100年 第6巻 開 発と環境』(三省堂、2001年)111頁。
3 UNEP. 2006. Manual on Compliance with and Enforcement of Multilateral Environmental
Agreements. p.59. それ以前においてUNEPは国家以外の主体による活動を実施の定義から
除外している。UNEP. 2000. UNEP Governing Council Dicision SS. VII/4. Compliance with and Enforcement of Multilateral Environemntal Agreements. Doc. UNEP (CEPI)/MEAs/WBG.1/3.
Annex II.
4 Redgwell, C. 2007. National Implementation. In Bodansky, D., Brunné J. and Hey, E.(eds) The Oxford Handbook of International Environmental Law. Oxford University Press. p.925.
5 環境条約における不遵守制度の目的は、責任の追及よりむしろ条約の実施の確保にある。
堀口健夫「第6章 地球温暖化問題と国際法」吉田文和・池田元美編『持続可能な低炭素 社会』(北海道大学出版会)97頁。
6 環境条約の有効性は、問題の性質及び、制度的能力、権力の分配、制度的指導力などの 問題の解決能力に左右される。Edward L. Miles, Steinar Andresen, Elaine M. Carlin, Jon Birger Skjærseth, Arild Underdal and Jørgen Wettestad. 2001. Environmental Regime Effectiveness:
Confronting Theory with Evidence. MIT Press. pp.13-15, 55-56, 441-442.
7 北村喜宣「環境条約の国内実施―特集にあたって」『論究ジュリスト』2013 年秋号7 号
(2013年)6-8頁。
準や措置も低いレベルにとどまるなど限界があり、積極的な実施が重要となる8。また、実
施は執行(enforcement)よりも広く、強制を伴う措置も含む9。
環境条約の国内実施は、(i)条約の定立、(ii)成立条約の国内法への編入、(iii)整備された 国内法令の執行、(iv)条約に基づき国際的平面においてなされた国内実施状況の監督、の4 段階モデルとして説明される。(i)条約の定立段階では、立法府及び行政府を中心とする国 家は条約が成立した際の国内法制との整合性を念頭に置いて条約草案を起草、交渉、締結 し、事前にこれに備えて関係者のインフォーマルな合意を得るなど国内調整を進めたり、
国内状況を国際交渉の場に反映させることもある。(ii)成立条約の国内法への編入段階では、
条約の国内受容として、条約の国会承認手続(条約の批准)、国内担保法の制定、関連法・
政省令等の整備が行われる。環境条約の国内実施のための措置には、関連国内法令の他、
法規性を持たない行政措置、自治体の条例・規則、業界の自主規制も含まれる。(iii)整備さ れた国内法令の執行段階では、行政府及び法的紛争の場合は司法府が中心となり、自治体 の条例や業界の自主規制を尊重しながら執行が行われる。(iv)条約に基づき国際的平面にお いてなされた国内実施状況の監督段階では、国家報告審査や不遵守手続が実施される10。 本研究では、このうち義務の国内レベルでの実施に相当する(i)-(iii)について扱う。
前述のように、条約の義務は国内レベルと国際レベルの双方において十分な取り組みが 行われた場合にはじめて達成されるが、その履行の観点からの相互の関係、国際レベルで の義務の履行の手段としての国内環境法の役割、国内環境法による履行の観点から見た国 際環境立法への影響については必ずしも十分な研究が行なわれてこなかった。
本研究では、気候変動枠組条約および京都議定書、2013年以降の将来枠組み、2020年の 新枠組みに係る先進国の実施事例として、国内法からEU 法あるいは国際法への積極的な 働きかけを行うイギリスと、それとは対極的に国際法との関係で受動的な姿勢が顕著な日 本、における立法及び国内実施のプロセスに着目し、国際法、EU 法、加盟国法であるイ ギリス法、日本法を対象に、気候変動分野における国際環境法と国内環境法が相互に影響 を与えあう過程を明らかにし、国際気候変動法の国内実施に関する課題を検討する。イギ リスにおける国内実施はEUにおける実施と深く関係することから、EUにおける気候変動 法政策の実施についても概観し、これらを国際法、EU 法、国内法の関係の中に位置づけ る。
8 磯崎博司「国際環境法と国内環境法」大塚直・北村喜宣『環境法学の挑戦』(日本評論社、
2002年)226頁。磯崎博司『国際環境法』(信山社、2000年)230-269頁。Helmut Breitmeier, Oran Young G. and Michael Zürn. Analyzing International Environmental Regimes:From Case Study to Database. MIT Press. pp.64-65.
9 John P. Humphrey. 1978. The Implementation of International Human Rights Law. New York School Law Review. No. 24. p.34.; 久保田洋『国際人権保障の実施措置』(日本評論社、1993 年)5-8頁。
10 北村「前掲論文」(注7)8-10頁。
その際、特に、国際環境条約の履行手段としての国内環境法の果たす役割に着目するこ とで、国内法から国際法への影響について検討する。その際、地球環境条約の義務の実施 手法について、従来の規制的手法(命令管理手法)に加え、京都議定書に基づく京都メカ ニズムや炭素税など経済的手法の国際環境法政策と国内環境法政策における位置付けにつ いても着目する。
第1章では国際立法の中に気候変動分野の法定立を位置づけ、第2章では気候変動法に おける国際法と国内法の関係を検討する。第3-5章では気候変動枠組条約及び京都議定書 などの気候変動分野の条約の国内法への編入につき、EU、加盟国(イギリス)及び日本に おける国内法法令の立法、執行を中心に検討する。第6章では国内実施の分析を通じ、国 内法から国際法への影響についても検討する。
史資料については、条約・議定書、締約国会議の決定、国内外裁判所における判例、各 国の法令、政策文書などを対象とする。
分析の方法は、上記文献調査の他、現地インタビュー調査に基づく。
第1章 気候変動分野における国際立法
1.1 国際環境法の発展と国際立法
国際環境法の分野においては、1972年のストックホルム人間環境会議当時、30前後だっ た国際環境条約は、1992 年の環境と開発に関する国際連合会議(UNCED)(地球サミット)
の頃には条約その他の国際文書の数は900を超え、1980年代後半から1990年代前半にか けて多くの国際環境条約が策定された。同時に、国際環境法は短期間の間に、国際法上の 新たな一般原則(持続可能な発展、予防原則、領域使用の管理責任など)や規制方式(枠 組み条約など)を生み出し、それが法源論、条約法、国家管轄権、国家責任、紛争処理、
履行確保などの問題領域において、国際法上の既存の概念に変容を迫る契機ともなってき た11。
その後の国際環境法の体系の成立にはリオ宣言が大きな役割を果たしたが12、国際環境 法が発展する契機としては、法律専門家による法典化(国連海洋法条約準備委員会)や漸 進的発達、政治的な外交的手段による法形成(ウィーン条約:トルバ国連環境計画(UNEP) 事務局長の指導力)、途上国(新興国)の台頭、法の欠缺から生じた国際法上の紛争を契機 に国際立法や改正が行われる場合(海洋油濁防止条約:トリーキャ二オン号事件(1967)、 エクソン・バルディーズ号事件(1989)、ロンドン条約:ロシアによる日本海への低レベル 放射性廃棄物の投棄(1993))、条約の具現化の必要性(国連海洋法条約:海面漁獲高の減尐、
重要漁業資源の過剰漁獲による公海生物資源(ストラドリング資源(63 条)、高度回遊性 魚類(附属書I、64条)など)保護のための国連公海漁業実施協定(1995))、科学的知見の 充実(気候変動枠組条約:IPCC評価報告書)、環境問題の顕在化(長距離越境大気汚染条 約(1979):酸性雤)、条約あるいは締約国会合の決定を受けた議定書の採択(バーゼル条約:
有害廃棄物の国境を越える移動及びその処分から生じる損害に対する賠償責任及び補償に 関するバーゼル議定書採択(1999)、生物多様性条約:バイオセイフティ議定書、気候変動 枠組条約:京都議定書)などが挙げられる(表1)13。
11 村瀬『前掲書』(注1)343-465頁。
12 パトリシア・バー二―/アラン・ボイル『国際環境法』(慶応義塾大学出版会、2007 年)
94-95頁。
13 水上千之、西井正弘、臼杵知史編『国際環境法』(有信堂、2001年)18-59頁。磯崎『前 掲書』(注8)1-104頁。大塚直『環境法第3版』(有斐閣、2010年)143-217頁。林司宣『現 代海洋法の生成と課題』(信山社、2008年)258-300頁。西井正弘編『地球環境条約―生成・
展開と国内実施』(有斐閣、2005年)114-140、163-183、184-221、222-241、242-267頁。
表1:国際環境法の発展 当 初 の 国
際 環 境 法
(採択年)
条 約 の 策 定 目的(目標達 成手段)
条約採択以降の状 況の変化・法の発 展の契機
法の発展過程
海 洋 油 濁 防 止 条 約 (1954)
船 舶 か ら の 油 ま た は 油 性 混 合 物 の 排出規制
トリーキャ二オン 号事件(1967)
エクソン・バルデ ィ ー ズ 号 事 件 (1989)
→ 海 洋 汚 染 防 止 (MARPOL) 条 約
(1973)→MARPOL 議定書(条約の一部修
正・追加)
2つのブラッセル条約(油濁事故の場合の 公海上の介入に関する国際条約(公法条
約)(1969)、油濁民事責任条約(私法条約)
(1969)→油による汚染損害の補償のため の 国 際 基 金 の 設 立 に 関 す る 国 際 条 約
(1971)、HNS(有害および有毒物質)条約
(1996)
→油による汚染に対する準備、対応、及 び協力に関する国際条約(OPRC 条約)
(1989)→OPRC-HNS議定書(2000) ロ ン ド ン
条約(1972)
あ ら ゆ る 起 源 に よ る 汚 染 か ら の 海 洋環境保護
ロシアによる日本 海への低レベル放 射性廃棄物の投棄 (1993)
附属書I改正(1993)による全ての放射性物 質の海洋投棄処分の禁止、産業廃棄物の 海洋投棄処分の段階的禁止、廃棄物の洋 上焼却の禁止。条約を強化する議定書
(1996)による逆リスト方式/予防的アプロ
ーチの採用
ECE 長 距
離 越 境 大 気 汚 染 条 約(1979)
欧 米 に お け る 越 境 大 気 汚染防止
酸性雤被害の顕在 化
取組みの途上国へ の拡大(東アジア 酸性雤モニタリン グ ネ ッ ト ワ ー ク (EANET)(1992))
SOx の30%削減(1980-1993)(ヘルシンキ 議定書(1985))→一層の SOx 削減(オス ロ議定書(1944))
NOxレベルの凍結(1987-1994)、被害地対 応・限界負荷量アプローチ(ソフィア議 定書(1988))
揮発性有機化合物の排出削減(ジュネー ブ議定書(1991))→POPs(残留性有機汚 染物質)・重金属の排出削減に関する議定 書(1998)
国 連 海 洋 法 条 約 (1982)( 一 部)
ス ト ラ ド リ ング資源(63 条)、高度回 遊性魚類(附 属書I64条)
の保存
1990 年代初期の海 面漁獲高の減尐、
重要漁業資源の過 剰漁獲による公海 生物資源保護の必 要性
国連公海漁業実施協定(1995)による国連 海洋法条約規定の実施の容易化・強化、
条約の規則・原則の発展、新概念・原則 の導入(リオ宣言第 15 原則(予防原則/ アプローチ)など)
ウ ィ ー ン 条 約
(1985)
規 制 対 象 物 質 の 使 用 生 産の削減(削 減 ス ケ ジ ュ ールの提示。
途 上 国 の 削 減の猶予、オ ゾ ン 保 護 基 金 に よ る 途 上国支援)
科学的知見の充実
Tolva事務局長の指
導力/UNEPの支援 強い規制措置を求 める米などによる 主導的役割、新技 術・代替物質の開 発
モントリオール議定書採択(1987) 5次にわたる改正・強化(1990,1992,1995, 1997,1999)により締約国数は減尐するも 段階的禁止(phase out)を前倒しで達成
バ ー ゼ ル 条約(1989)
有 害 廃 棄 物 の 越 境 移 動 及 び そ の 処 分 の 規 制 に よ る 人 の 健 康 ま た は 環 境 に 関 わ る 被害の防止
有害廃棄物の越境 移動により生じる 国家責任その他の 事後賠償責任につ き議定書で定める との規定(12条)
COP3 でコンセンサス採択した条約改正 案(1995)で最終処分目的のものを直ちに 禁止、リサイクル目的のものは1997年末 までに段階的に削減、禁止
COP5 で有害廃棄物の国境を越える移動 及びその処分から生じる損害に対する賠 償責任及び補償に関するバーゼル議定書 採択(1999)
生 物 多 様 性 条 約 (1992)
生 物 多 様 性 の保全、生物 資源・遺伝資 源 の 持 続 可 能な利用、利 益 の 衡 平 な 配分
COP2(1995)で生 物 多様性の保全と持 続可能な利用に悪 影響を与える可能 性のある遺伝子改 変生物の越境移動 の規制のための議 定書作成を決定
2000年バイオセイフティ議定書採択
気 候 変 動 枠 組 条 約 (1992)
気 候 の 安 定 化(京都議定 書 に よ り 先 進 国 全 体 で 2008-12年に 90年比5.2%
の 削 減 を 義 務付け、達成 手 段 と し て 柔 軟 性 メ カ ニ ズ ム を 設 置)
COP による議定書 採択を規定(17条)
2013 年以降の枠組 みにつき2005年以 降に検討を開始す るとの規定(3条9 項)
科学的知見の蓄積 による中長期目標 の必要性
途上国による排出 増加
京都議定書採択(1997)
COP11(2005)で検討を開始。COP13(2007) で2009年の合意をめざした将来枠組みの 交渉を開始するとの「バリ行動計画」に 合意。京都議定書での短期の削減目標に 加え、AWG-KP での合意文書では GHG の安定化のためには2050年までに世界全
体で50%削減、1990-2020年までに先進国
全体で25-40%の削減が必要とのIPCC報
告書の数値を引用
(出所)各種資料14をもとに筆者作成
国際社会には国内と異なり明確な立法メカニズムが存在しないため、条約、慣習法をは じめあらゆるレベルで法定立が行われる15。環境分野においても統一的な立法機関は存在 せず16、国際機関、国際法学者、裁判所判決や仲裁判決も法原則の形成に貢献してきたが17、 国際裁判所及び仲裁の役割は比較的限られていたと言える18。
一方的国内措置についても、排他的経済水域や大陸棚の制度の形成過程において、最初 は一国の一方的国内措置から出発し、国際法違反として非難されつつ一定範囲の国家間で 対効力を持ち、国際慣習法化、二国間・多数国の条約化により合法的な制度として定着す ることがあり19、新たな立法方式とも特徴づけられる20。
14 水上、西井、臼杵編『前掲書』(注13)18-59頁。磯崎『前掲書』(注8)1-104頁。大塚
『前掲書』(注13)143-217頁。林『前掲書』(注13)258-300頁。西井『前掲書』(注13)
114-140、163-183、184-221、222-241、242-267頁。
15 G.M. Danilenko. 1993. Law-making in the international community. Kluwer Academic Publishers. p.266.
16 松井芳郎『国際環境法』(東信堂、2010年)33頁。
17 Ved. P. Nanda. 1997. Environment. In Oscar Schachter and Christopher C. Joyner (eds.). The United Nations Legal Order: Volume 2. Cambridge University Press. p.632.; O. Schachter. 1991.
The Emergence of International Environmental Law. Journal of International Affairs. Vol. 44.
p.457.
18 バーニー/ボイル『前掲書』(注12)259頁。
19 村瀬『前掲書』(注1)483頁。
20 山本草二「一方的国内措置の国際法形成機能」『上智法学論集』33巻2・3合併号(1991 年)47-86頁。
1.2 気候変動分野の国際立法における締約国会議(COP)の役割の変容
1.2.1 国際立法の主体としての締約国会議(COP)
環境分野の国際立法(international legislation)21において、環境条約策定22の重要な担い手と なったのは、環境に関する専門的知見を有する国連環境計画(UNEP)23であり、ラムサール 条約、オゾン層保護に関するウィーン条約及びモントリオール議定書、生物多様性条約及 びカタルへナ議定書、バーゼル条約などの国際環境条約の策定を主導した24。特に、科学 的不確実性の大きな地球環境条約については、条約、慣習法、文明国が認めた法の一般原 則などの国際法の既存の成立形式の限界25から、一般的な義務や原則を条約で定め、コン センサス26を基本とするその後の締約国会議(Conference of the Parties: COP)での交渉を踏ま え、具体的な数値目標などを議定書で定めるという枠組み条約の法形式が多く用いられて いる27。
気候変動分野の国際立法についても、気候変動枠組条約と京都議定書の枠組み条約の法 形式がとられ、国際立法の主体についても、UNEP、政府間交渉委員会(Intergovernmental
21 国際立法について、M.O. Hudson. 1931. International Legislation: A Collection of the Texts of Multiparties International Instruments of General Interest. Carnegie Endowment for International Peace.; 藤田久一「国際立法について」『関西大学法学論集』36巻3・4・5号(1986年)39-78 頁。坂元茂樹編『国際立法の最前線』(有信堂、2009年)。村瀬『前掲書』(注1)
22 多くの国際環境法は、立法、締約国外交、法典化及び漸進的発達、国際裁判、その他、
条約、非拘束的宣言あるいは勧告、慣習国際法との相互作用により形成される。Alan Boyle and Christine Chinkin. 2007. The Making of International Law. Oxford University Press. p. 2.;
Patricia Birnie, , Alan Boyle and Catherine Redgwell. 2009. International Law & the Environment:
Third Edition. Oxford University Press. pp.12-13. 環境条約の策定について、Paul C. Szasz. 1992.
International norm-making. In Edith Brown Weiss (eds.). Environmental Change and International Law. United Nations University Press. pp. 41-80. ; Thomas Gehring. 2010. Treaty-Making and Treaty Evolution. In Daniel Bodansky, Jutta Brunnée and Ellen Hey (eds.). The Oxford Handbook of International Environmental Law. Oxford University Press. pp. 467-497.
23 Mark A. Drumbl. 2010. Actors and law-making in international environmental law. In Ong Fitzmaurice, David M. Malgosia and Panos Merkouris (eds.). Research Handbook on International Environmental Law. Edward Elgar Publishing. pp. 7-8. ; Nanda, supra note 17, pp.631-669.;
Phlippe Sands. 2003. Principle of International Envrionmental Law: Second Edition. Cambridge University Press. p.79.
24 木村ひとみ「水銀をめぐる条約制定に向けた課題」『2012年度学術大会論文報告要旨集』
(環境法政策学会、2012年)114-121頁。
25 松井『前掲書』(注16)32-36頁。
26 コンセンサス手続が国際法に初めて導入されたのは第一次国連海洋法会議であり、パッ ケージディール原則、留保の不許容とともに、国連海洋法条約は一種の国際立法を目指し、
国際法の法典化と漸進的発達における最も野心的な努力を示したとの指摘がある。藤田「前 掲論文」(注21)48頁。B. Buzan. 1981. Negotiating by Consensus: Developments in Technique at the United Nations Conference on the Law of the Sea. American Journal of International Law.
Vol. 75. p.324.
27 村瀬『前掲書』(注1)380頁。山本草二「国際環境協力の法的枠組の特質」『ジュリス ト』1015号(1993年)145-150頁。
Negotiating Committee: INC)による条約策定28の後、枠組み条約として京都議定書が採択さ れ、その後はCOP(京都議定書発効以降はCOP/COPMOP(Conference of the Parties serving as the Meeting of the Parties))による決定の集積に移行した。COP15/COPMOP5(2009年、コ ペンハーゲン)では COP の限界が露呈したものの、COP17/COPMOP7(2011 年、ダーバ ン)には2013年以降の第二約束期間における京都議定書の延長など重要事項もCOP決定 されている。気候変動枠組条約はその後の条約の発展29によりCOP決定の比重が大きくな った典型例であり、地球環境条約のような科学的不確実性の高い分野の国際立法の一つの 発展モデルを示唆している。このようにCOP決定は従来の国際立法のあり方を変えつつあ るが30、そもそも締約国により尊重されるものの、法的拘束力のないCOP決定が国際立法 と言えるかについては明らかではない。
ここでは気候変動の国際立法における COP の役割の変容を動態的に分析し、COP の国 際立法機能の再評価を試みる。既にCOPの役割、特に国際立法(international legislation)な いし国際法定立(international law-making)機能に着目する多くの先行研究が存在するが31、こ こでは国際交渉の進展によるCOPの役割そのものの変容を、国際法の漸進的発達及び法典 化の観点から、動態的に扱うことを主眼とする。国際法の発展とともにILCの役割が変容 してきたように、COPの役割も変容しているのではないかとの仮説に基づき、特に気候変 動分野のCOPは1992年の条約採択以来、20年以上にわたり毎年開催され、COP決定の集 積が相当程度進んでいることから、これまでの気候変動交渉を大きく5段階に区切り、各 段階におけるCOPの役割を検証し国際立法上の新たな示唆を得ることを目的とする。
1.2.2 気候変動交渉における締約国会議(COP)の役割とその変容32
28 規則や手続きの交渉は主に INC で行われる。Oran R. Young. 1993. Negotiating an International Climate Regime: The Institutional Bargaining for Environmental Governance. In Nazli Choucri. Global Accord: Environmental Challenges and International Responses. MIT Press. pp.431-452.
29 小寺彰・奥脇直也「多数国間条約体制の意義と課題―企画の趣旨」『ジュリスト』1409 号(2010年)8-10頁。
30 J. Werksman. 1996. The Conference of the Parties to Environmental Treaties. In J. Werksman (eds.). Greening International Institutions. Earthscan. p.55.
31 国際的な環境管理手段としてCOPの革新性を指摘した研究として、Werksman, supra note
30, pp.55-68. 議定書採択や条約改正など COP の法定立機能と広範な条約目的を実現する
ために必要な措置機能の一体化に着目した研究として、柴田明穂「締約国会議における国 際法定立活動」『世界法年報』25号(2006年)43-67頁。COPの法的地位、COP決定の法 的拘束力、COP 決定による罰則の効果について検討を行ったものとして、Peter H. Sands.
2011. The Role of Environmental Agreements‘ Conference of the Parties. In Yann Kerbrat and Sandrine Maljean Dubois (eds.). The Transformation of International Environmental Law. Hart Publishing. pp.89-96.
32 気候変動交渉については、Sebastian Oberthür and Hermann E. Ott. 1999. The Kyoto Protocol:
International Climate Policy for the 21st Century. Springer. ; Michael. Grubb. 1995. The Emerging International Regime for Climate Change. Royal Institute of International Affairs.; F. Yamin and J.
1.2.2.1 気候変動枠組条約の策定から京都議定書の採択まで
従来、科学者の研究対象であった地球温暖化については、1980年代半ばにトルバ事務局 長の強力な指導力を背景に、UNEP 等により開催されたフィラハ会議で国際社会の政治課 題としてその議論が始まった。その後、UNEP による主導を好まないアメリカの牽引によ り設立された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の評価報告書も国際立法過程に大きな 影響を与えた。UNEP及び世界気象機関(WMO)は交渉の主導を望んでいたにもかかわらず、
その後の交渉は1990年に国連総会33が両者による支援のもとで設置した政府間交渉委員会
(INC)で行われ34、その後の気候変動枠組条約の交渉及び策定はUNEPの下を離れてUNEP
の求心力が低下した35。INCにおける条約策定のための交渉プロセスはその後のCOPの土 台を形成したと言える。
気候変動枠組条約の策定以降、京都議定書の採択まで(COP1-COP3)は、枠組み条約の利 点が最大限発揮され、COP が議定書の採択に大きな役割を果たした36。COP1 で策定され たベルリンマンデートに基づきCOP3で京都議定書が採択され、COP決定が一定の期限を 区切って立法行動を促進する機能を果たしてきた。また、COPにおける最も重要な機能の 一つは科学の状況を定期的に見直し、レジームの効果を評価することであるが、大気中の 温室効果ガスの安定化という気候変動枠組条約の究極目標が達成されないことが明らかと なったため、COPが京都議定書のもとで削減目標及び目標年を交渉する第一義的なフォー ラムとなった。そして、一旦環境レジームが発効すれば、COP が新たな議定書を採択し、
より強力な削減義務をもたらす改正や修正を行う機能を提供することになる37。
Depledge. 2004. The International Climate Change Regime. Cambridge University Press.;
UNFCCC. 2006. United Nations Framework Convention on Climate Change: Handbook.; 竹内敬 二『地球温暖化の政治学』(朝日新聞社、1998年)。高村ゆかり・亀山康子編『京都議定書 の国際制度』(信山社、2002年)。浜中裕徳『京都議定書をめぐる国際交渉―COP3以降の 国際交渉(改訂増補版)』(慶応義塾大学出版会、2009 年)。高村ゆかり・亀山康子編『気 候変動と国際協調』(慈学社出版、2011年)
33 国連総会自体が新条約の交渉を促進することはなくとも国連専門機関の法的、政策的議 題の調整において法策定プロセスの中心的役割を担う。Boyle and Chinkin, supra note 22, p.
2.; Birnie et at., supra note 22, p.117. 後述のように気候変動枠組条約の策定は国連総会によ る発議によることからも、国際法の漸進的発達の事例であると言える。
34 一般的に枠組み形成には議題形成、交渉、実施の尐なくとも三段階があり、気候変動に おける交渉は INC の設置により開始された。Oran R. Young. 1997. Rights, Rules, and Resources in World Affairs. In Young (ed). Global Goverance: Drawing Insights from the Environmental Experience. MIT Press. p.11.; Chris Wold, David Hunter and Melissa Powers. 2009.
Climate Change and the Law. LexisNexis. p.144.
35 西井『前掲書』(注13)15頁。村瀬信也『国際法論集』(信山社、2012年)45頁。
36 気候変動枠組条約第17条(議定書)1項は「締約国会議は、その通常会合において、こ の条約の議定書を採択することができる。」と規定する。
37 David Hunter, James Salzman and Durwood Zaelke. 2007. International Environmental Law and Policy: Fourth Edition. Foundatino Press. pp.249-250.
1.2.2.2 京都議定書の採択から京都議定書の発効まで
京都議定書の採択以降、COP7 での京都メカニズムの実施細則に関するマラケシュ合意
まで(COP3-COP7)には議定書に記載されなかった規則がCOP決定の形で補完された。議定
書を補足する伝統的な手段である附属書の改定には一定の手続が必要とされることから、
COP 決定がより柔軟な手段として機能した。マラケシュ合意以降(COP7-COP10)も京都議 定書を実施するための多くの決定が採択され、概して京都議定書発効以降のCOPの主な役 割は、議定書実施のためのルール策定であったと言える。こうして、伝統的な国際立法は より柔軟性のあるCOP決定により補完されることになる38。
このように多くの環境条約では条約や議定書の署名は一里塚でありその後の交渉で実質 的な規制が決定される。COPは国際法の策定により国内法の制定を促進し、各国の国内法 性 が 整 備 さ れ 批 准 が 行 わ れ る と 京 都 議 定 書 が 発 効 し 、 議 定 書 に 基 づ く 締 約 国 会 合 (COPMOP)の決定により時として国内法の改正が行われ、これら国内法の実施を通じた各 国の経験が国際法の策定にフィードバックされる39という意味で、国際環境立法に影響を 与えている。
1.2.2.3 京都議定書の発効からバリ行動計画への合意
(1) 交渉の流れ
2005年2月京都議定書の発効以降、国際交渉の焦点は2013年以降の将来枠組みに移行 したものの、交渉の初期段階であるバリ行動計画への合意(COP11/COPMOP1-COP13/COP MOP3)までは、条約に基づく締約国会議(COP)及び議定書に基づく締約国会合(COPMOP)
(2トラックアプローチ)のもとにそれぞれ特別作業部会(Adhoc Working Group: AWG)を 設置し、将来枠組みの骨格について交渉ではなく「対話」するという緩やかな方法をとる ことで、条約の締約国ではあるが議定書の締約国ではないため削減義務を負わないアメリ カなどの先進国や、将来何らかの削減義務を負うことに警戒感を抱く新興国をはじめとす る途上国の参加を確保することに主眼が置かれた。
本 2 トラックアプローチにより、COP/COPMOP のそれぞれにおいて進捗のあった部分 について別々に決定を採択することが可能となった一方、両者はもともと密接に関連して いることから、その調整に時間をとられる場面もしばしばみられた。しかし、全体的には
COP10までに積み重ねてきた議論を反故にしないという意味で、当時としては最適な交渉
方式であったと考えられる。
この時期には、上記UNFCCCプロセスに加え、G8などUNFCCC以外のプロセスにおい ても長期目標に関するグローバルな合意が模索された。これ以外にも、新興国を対象とし たG20対話プロセスが立ち上げられるとともに、京都議定書を補完する枠組みとしてのク
38 Gehring, supra note 22, p. 473.
39 竹内『前掲書』(注32)105、233頁。
リーン開発と気候に関するアジア太平洋パートナーシップ(APP)やブッシュ政権主導によ るアメリカ主催の主要経済国会合(MEM)など、アメリカを中心とする UNFCCC 以外のプ ロセスが発足・強化され、グローバルな参加を前提とするUNFCCCと主要排出国に焦点を
あてたUNFCCC以外のプロセスという大きな2つの軸が形成された40。UNFCCC以外のプ
ロセスの参加国はいずれも限定的であったため、COPはUNFCCCとUNFCCC以外のプロ セスの重要なインターフェイスとして機能した。
結局、AWG における「対話」では実質的な議論が進展せず、COP13/COPMOP3(2007 年、バリ)で従来の「京都議定書における附属書I国の更なる削減約束に関する作業部会」
(Working Group on Further Commitments for Annex I Parties Under the Kyoto Protocol:
AWG-KP)に加え「国連気候変動枠組条約における長期的協調行動に関する作業部会」
(Ad-hoc Working Group on Long-Term Cooperative Action under the U.N. Framework Convention on Climate Change: AWG-LCA)のもとでの包括的プロセスを立ち上げ41、2009年のCOP15
(コペンハーゲン)において合意、採択をめざして42、今後2年間にわたる2013年以降の 枠組み交渉を開始するとのバリ行動計画(バリ・マンデート)に合意し、緩和、適応、技 術開発・移転、資金・投資の4つの交渉項目に焦点を当てることになった。
(2) バリ行動計画における国際環境法上の課題43
ベルリン・マンデートが京都議定書の骨子となったように、京都議定書の後継条約の土 台となるバリ行動計画は今後の国際環境法の発展を期待させる以下いくつかの課題と将来
40 木村ひとみ「COP14/COPMOP4(ポズナニ)から COP15/COPMOP5(コペンハーゲン)
に至る将来枠組みの交渉経緯と分析」『季刊環境研究』157号(2010年)163-182頁。APP やMEMなどなど国連(条約)の枠外であるが一定の規模と実効性を持つ米国主導の枠組 みを、京都議定書の後継条約との関係においてどのようにとらえるか、更に一歩進んで国 連以外の枠組みを後継条約の中にとりこむことができるかという点について、京都議定書 の批准国と未批准国(それに対する貿易制限措置、注意喚起条項など)という従来の国際 環境法の枠組みを越えた大きな飛躍が必要となる。
41 交渉の場については、アメリカ・日本・EU・ロシア・オーストラリア・南アフリカ・ブ ラジル等が支持した本2トラック方式のほか、従来通り、現行の作業部会と途上国が削減 義務を負わない前提での対話の継続を支持するグループ(中国・インド・インドネシア・
ナイジェリア)と、現在の作業部会(AWG-KP)をとりこむ形で新たな作業部会を設置する1 トラック方式を支持するグループがあった。
42 交渉期限について先進国(米・EU・日本)が2009年までを主張したのに対し、中国は 先進国の削減の議論を2009年までに先に行い、途上国の参加を含めた新たな作業部会の設 置期限を2010年までと主張した。交渉の行方を大きく左右する米国大統領選挙後、大統領 が正式に就任するのが2009年1月であり、中期の数値目標を含めた交渉に実質1年もない 状況を考えると、交渉が2010年にずれこむことが懸念された。
43 木村ひとみ「気 候 変 動 と 途 上 国 」 大 坪 滋 ・ 木 村 宏 恒 ・ 伊 東 早 苗 編 『 国 際 開 発 入 門―開 発 学 の 学 際 的 構 築 』( 勁 草 書房、2009年)437-445 頁 。 木 村 ひ と み 「 バリ行 動計画に見られる国際環境法上の課題と将来枠組みへの示唆」環境法政策学会編『Journal of Environmental Law and Policy:生物多様性の保護』12号(2009年)155-162頁。
枠組みへの示唆を提示した。
第一に、AWG-LCAで合意されたバリ行動計画には2020年までに25-40%の削減が必要 とのIPCC第4次評価報告書の数値の引用箇所が明記されているのみであり、これは数値 の明記を主張するEU・途上国に対し、米国・日本・ロシアが反対した結果である。また、
地球全体での削減目標についても、地球の気温を2-2.4℃に抑制するため世界の排出量を今
後10-15年で減尐に転じ、2050年までに2000年比半分以下の水準に削減する必要がある
とEUが主張したのに対し、アメリカ・中国・インドなどがこれに反対したため、最終合 意文書には明記されなかった。一方、AWG-KPの合意文書では1990-2020 年に25-40%と いう先進国による中期の数値削減目標が明記されてはいるが、これを記述する IPCC 第 4 次評価報告書の内容を認識(recognize)するとの位置づけにとどまり、法的拘束力のある数 値に合意をした訳ではない。しかし今後、先進国全体での中期削減目標を設定し、それを 先進国内で各国の中期削減目標として分担することを予見させる内容となっていた。
第二に、バリ行動計画には従来の「AnnexI/non-AnnexI」ではなく、「developed/developing countries」の語句が使用されており、先進国・途上国の二分法の見直しを暗示している。
途上国の扱いについては、WTO においても途上国の参加増大に伴い卒業条項が問題とな っており44、途上国内の差異化が国際環境法に新たな前進をもたらす可能性があった45。
COP13/COPMOP3では、先進国が中国・インド等大規模排出国、韓国・ブラジルなど新興
国には何らかの排出抑制が必要と主張し、実際の交渉においても大規模排出国・新興国と その他の途上国(産油国・後発開発途上国・島嶼諸国)の差異が顕在化し、その後の交渉 の足をひっぱる要因となりうることが懸念された。途上国として得られる恩恵(CDM に よる技術・資金の移転など)を背景に、途上国が途上国にとどまるインセンティブではな く、卒業に対するインセンティブを付与する制度をどのように構築できるかを将来枠組み の交渉の中で議論していく必要があった。途上国内の差異化については、新興国の対策強 化と後発開発途上国への支援強化が焦点であり、技術・資金の移転、能力構築支援とセッ トで検討する必要があった。
44 先進国と途上国を区別する二重規範論を前提とする、特別かつ異なる待遇(SDT)に基づ き、補助金協定(附属書VII)につき補助金協定の禁止に関する3.1(a)が適用されない開発 途上加盟国として、国連が後発開発途上国に指定するWTO加盟国および21カ国の開発途 上国が挙げられているが、一人当たりGDP が年額 1,000米ドルに達した際には同 27.2(b) の規定に従い、「他の開発途上加盟国」に適用される規定が適用されることが指摘されてい る。第27条3項は、「補助金の禁止に関する3.1(b)の規定は、開発途上加盟国については 世界貿易機関協定の効力発生の日から五年間適用しないものとし、また、後発開発途上加 盟国については同日から八年間適用しない。」としており、後発開発途上加盟国と他の開発 途上加盟国の扱いを差異化する規定の内容となっている。濱田太郎「WTO における途上 国問題―二重規範論の批判的検証」『日本国際経済法学会第16回研究大会報告要旨』(2006 年10月29日)
45 Center for International Environmental Law. 2007. Bali Action Plan: Key Issues. Center for International Environmental Law.
第三に、先進国・途上国共通の課題として、「計測・報告・検証可能な緩和のコミットメ ント・行動(measurable, reportable, verifiable nationally appropriate mitigation commitments or
actions)」が盛り込まれたが、これが具体的に何を意味するのか、どのように計測・報告・
検証を行うか等については、更なる検討が必要であった。先進国については数量削減目標 を含めた緩和のコミットメント・行動の拡大とされているが、京都議定書のもとでの先進 国の削減目標、今後の交渉で争点となる中期の削減目標、政策・措置の扱いなどいくつか のカテゴリーに分類・整理していく必要がある。途上国については技術・資金および能力 構築の支援を受ける形での緩和のコミットメント・行動とされているが、数値目標ではな い計測・報告・検証可能な緩和のコミットメント・行動が何を意味するのか、それが持続 可能な開発政策措置(SD-PAMs)を意味するのか等を分析する必要がある。また、別途盛 り込まれたセクター別取り組みについても計測・報告・検証可能な制度となりうるのかを 考える必要がある。
なお、次期枠組みにおいて途上国についても「計測・報告・検証可能な緩和のコミット メント・行動」が何らかの形で求められた場合、途上国が削減義務を負わない場合(その 可能性が高かった)には、国際法上の義務違反とは言えないが、「計測・報告・検証可能な 緩和のコミットメント・行動」を全くとらなかった場合には、国際法上の義務違反を構成 すると考えられた。
第四に、世界の排出量の20%を占めるにもかかわらず、現在の京都議定書では対象とな っていない途上国の森林減尐・务化(Reducing Emission from Deforestation and Degradation in Developing countries: REDD)については、COP11(2005年)でのパプアニューギニア・コス タリカの提案以来、議論が行われてきたが、算定、観測など技術的な方法論の問題や、イ ンセンティブ(クレジット、基金)付与の方法など検討すべきことが多かった。REDDに ついてもセクター別取り組みを提唱する案もあるが、当面は産業セクターを対象としたセ クター別取り組みとは別の形で取り扱うべきではないかと考えられた。
第五に、国際航空・船舶など、従来の京都議定書の対象とならなかったセクターについ ても取組みの拡大が見込まれた。国際航空からの温室効果ガス排出については、国際民間
航空機関(ICAO)、国際船舶からの温室効果ガス排出については、国際海事機関(IMO)がそ
の対策を強化していたが、気候変動枠組条約あるいは京都議定書の後継条約に国際航空・
船舶からの温室効果ガス削減が盛り込まれるか否かが焦点であった。
第六に、条約 4 条 1 項(c)の実施促進のためのセクター別取り組み(cooperative sectoral approach and sector-specific actions)についてははじめて言及されることになったが、その内 容・位置付けについては必ずしも明確ではなかった。仮に、セクター別取り組みが国際制 度化される場合、現在の条約、議定書の中でどのように位置づけるかが問題となるが、こ の点については条約のもとで自主的な取り組みを認識・奨励するような制度が望ましいと
考えられた46。セクター別取り組みの法的課題としては、現行の京都議定書のもとでは民 間企業や産業団体に国際法の法的地位は付与されていないため、企業は各国の国内法に従 うことになり、産業団体などの非国家主体(non-State actors)との合意は協定(treaty)ではなく、
契約(contract)によるものとなるが47、問題は法的拘束力を伴う国際合意が国内でどのよう に実施されるかであった。国境をこえるセクター別取り組みは、国同士の協定締結あるい は、(ジュノサイドや拷問などに対する国際刑事法のように)企業や個人に直接適用される 新たな法的制度の確立の2つの方法があるが、気候変動の分野で後者は認められていない ため、国境をこえるセクター別取り組みは自主的なものあるいは国内政策を国際的に調整 したものとならざるをえない。また、独占禁止法(競争法)との関係で、国により独禁法 が規定する法律の内容も異なり、市場占有率などが指標となる企業間の過度の連携は独禁 法上の問題を引きおこす可能性があった。各国の独禁法の許す範囲で、様々なセクター別 取り組み((クリーン開発と気候に関するアジア太平洋パートナーシップ(APP)、国際鉄鋼 協会(IISI)、持続可能な発展のための世界経済人会議(WBCSD)など)が行われている中で、
独禁法を根底から覆す必要があるのかどうか検討する必要があった。また、産業団体によ る情報収集・データ整備あるいはUNFCCCでの交渉の過程で企業秘密にかかわる情報が漏 洩した場合、独禁法違反として課徴金の対象となる場合も指摘された48。また産業以外の セクターについては上記のREDD以外にも、国際航空・船舶についてもセクター別取り組 みを検討する余地があった。
第七に、CDMや排出量取引などの市場メカニズムを2013年以降も継続する場合、第一 約束期間(2008-2012年)と2013年以降の将来枠組みの間にギャップが生じないことが議 論の前提とされたが、仮にギャップが生じてしまった場合には、2013年以降のプロジェク トを国際法上、保障する必要があった。
1.2.2.4 バリ行動計画への合意からコペンハーゲン合意、ダーバン合意まで
(1) 交渉の流れ
バリ行動計画への合意からダーバン合意まで(COP13/COPMOP3-COP17/~COPMOP7)の 交渉については難局を極めた。バリ行動計画への合意に基づき開始されたUNFCCCでの交
46 木村ひとみ、明日香寿川「将来枠組み提案:数値目標(先進国)および自主的目標
(SD-PAMs、セクター別取り組み)の併用アプローチ」『環境経済・政策学会2007年大会 報告要旨集』(2007 年)。Hitomi Kimura and Ancha Srinivasan. 2008. Sectoral Approaches:
Prospects and Challenges in Asia. In The Climate Regime Beyond 2012: Reconciling Asian Priorities and Global Interests. IGES.
47 Kati Kulovesi and Katja Keinanen. 2006. Long-term climate policy- international legal aspects of sector-based approaches. Climate Policy. Vol.6, Issue 3. pp. 313-323.
48 IEA. 2005. Can Transnational Sectoral Agreements Help Reduce Greenhouse Gas Emissions?
Background paper for the meeting of the Round Table on Sustainable Development.
SG/SD/RT(2005)1. Available at
http://www.oecd.org/sd-roundtable/papersandpublications/39357524.pdf (as of 1 December 2014)
渉は当初遅々として進展せず、逆にUNFCCC以外のプロセスで中期削減目標の設定に関す る議論が行われるなど、UNFCCCプロセスへの歩みよりが見られた。COP14/COPMOP4後 の2009年1月にオバマ政権が誕生すると、完全な交渉モードに入った49。
COP15(2009年、コペンハーゲン)では、バリ行動計画に基づき当初目指された法的拘
束力ある目標への合意に失敗し、同意国のみを拘束するコペンハーゲン協定に「留意する
(take note)」との法的拘束力のないCOP決定(コペンハーゲン政治合意)に終始した50。
(2) コペンハーゲン合意とバリ行動計画の比較51
ここでは、まず、コペンハーゲン合意の内容を検討した後、そもそも COP15 で到 達 す べ き 目 標 を 示 し 、COP13(2007 年 、 バ リ)で 採 択 さ れ た バ リ 行 動 計 画(Bali
Roadmap)52がどの程度達成されたかについて評価する。
まず、期限については、2007 年に採択されたバリ行動計画において、京都議定書 の第一約束期間が終了する 2012年末を起点として各国の批准手続きにかかる時間を
考慮し、2009年のCOP15までに将来枠組みへの包括的な合意をめざすとしていたが、
中期目標や資金問題などの交渉の核心部分に関する交渉が進捗しなかったことから 直前にこの目標が修正され、COP15 では法的拘束力ある合意の中間地点と位置付け られる政治合意という形で決着した53。
また、COP1でのベルリン・マンデートに基づくCOP3での京都議定書の採択など、COP 決定が一定の期限を区切って立法行動を促進する機能を果たしてきたとすると、バリ行動 計画で設定された2009年のCOP15/COPMOP5という期限が奇しくも守られなかったこと
49 木 村 「 前 掲 論 文 」( 注 40)163-182 頁 。 木 村 ひ と み 「 気 候 変 動 と 将 来 枠 組 み
―COP13/COPMOP3(バリ)から COP14/COPMOP4(ポズナニ)へ―」『自動車技術』62
号10号(2008年)11-16頁。
50 この点について、コペンハーゲン合意の運用はUNFCCCのCOPが採択する規則に依拠し ており、合意の即時の効果的な実施にはUNFCCCとの連結が不可欠であるとの指摘がなさ れている。高村ゆかり「コペンハーゲン後の温暖化交渉の課題」『エコノミスト』2010年1 月19日号(2010年)46-49頁。
51 木村ひとみ「コ ペ ン ハ ー ゲ ン 合 意 の 評 価 : コ ペ ン ハ ー ゲ ン 協 定 と バ リ 行 動 計 画 と の 比 較 」『 第14回環境法政策学会論文報告要旨集』(2010年)34-41頁。
52 バリ行動計画そのものの評価については、木村「前 掲 論 文 」( 注 43)155-162 頁。木 村「 前 掲 論 文 」 大 坪 ・ 木 村 ・ 伊 東 編 『 前 掲 書 』( 注 43)437-445頁 。
53 法的拘束力を伴う協定を採択する期限 にはふれられていない が、採択 が COP17
(2011 年、南アフリカ)になった場合には、批准が間に合わない国も出てくること を考慮すると、京都議定書の第一約束期間が終了する 2012 年末まで約 2 年を残す
COP16での採択が望ましかった。しかし、アメリカの気候変動法案の 2010年内成立
が疑問視され、コペンハーゲン後の国際交渉も容易でないことから、COP16(2010 年、カンクン)での法的拘束力ある将来枠組みへの包括的合意は厳しいとするデブア 事務局長(当時)、ヘデゴーEU 環境大臣などの見解が表明されている。また、通常 であれば締約国会合で示されるはずの、2010 年度の作業計画が出されなかったこと で、今後の交渉をどのように進めていくべきかが不透明な状況となった。
は、国際立法を促してきたCOPの信頼を損ねると同時にCOP決定の限界を露呈した。ま た、COP決定を採択しなければ合意とはならないことから、年1回のCOPの間に開催さ れる作業部会での作業が遅れ、COP直前に交渉の遅れが明らかとなり、2週間のCOP会期 の前半は遅々として進まず、COP最終日近くになってようやく COP決定に至るという状 況がしばしば見受けられた。
交渉トラックについては、バリ行動計画に基づき、従来の「京都議定書における附 属書I国の更なる削減約束に関する作業部会」(Working Group on Further Commitments for Annex I Parties Under the Kyoto Protocol: AWG-KP)に加え、「国連気候変動枠組条約 における長期的協調行動に関する作業部会」(Ad-hoc Working Group on Long-Term Cooperation Action under the U.N. Framework Convention on Climate Change: AWG -LCA) の2トラックの交渉プロセスが立ち上げられ、コペンハーゲン合意では 2つの作業部 会が延長されることとなったが、2トラックでの議論をどのように収斂させるかにつ いては依然として不透明であった。
長期目標については、2009年の主要経済国フォーラム(MEF)首脳宣言の内容をふま えて気温上昇を2℃以内に抑制すべきとの科学的知見を認識し、排出量の大幅削減が 必要な点については言及された。しかし中国などの反対もあり、できるだけ早く世界 全体の排出量をピークアウトするために協力するとされたが、長期目標や具体的なピ ークアウトの時期には触れられていない。COP15 での交渉が成功しても世界の平均 気温は 3℃上昇するとの国連の独自試算が COP15 会期中に明らかになったこと、ま た、交渉の最終局面で島嶼諸国が1.5℃以内の抑制の明記を要求し、これが受け入れ られたこともあり、中長期的には2℃抑制よりも厳しい目標が求められる可能性もあ った。バリ行動計画では気温上昇の抑制目標の数値には触れられておらず、コペンハ ーゲン合意で、2℃ないし、1.5℃という数値が明記されている点は大きな前進であっ たと言える。
附属書 I国の中期目標については、先進国は 2020 年までの国レベルの排出削減の 数値目標を誓約し 2010年 1月 31日までにUNFCCC事務局に提出するとされたのに 基づき、多くの締約国がコペンハーゲン合意に同意する旨を表明し、関連情報の提出 を行った。目標年については、L文書と呼ばれる最終決定草案文書の段階では 2017年 あるいは2020年との併記がなされていたが、コペンハーゲン合意では、2020年に統一さ れ、バリ行動計画では明示されなかった中期目標の具体的な時期についても明確となった。
また、バリ行動計画に関するAWG-LCAの合意文書で 2020年までに 25-40%の削減が 必要との IPCC 第 4 次評価報告書の数値の引用が明記されるのみで、また AWG-KP の合意文書でも 1990-2020 年に 25-40%という先進国全体の中期目標が明記されるも これを認識(recognize)するとの位置づけにとどまる。バリ行動計画は、法的拘束力あ る数値に合意した後、先進国全体での中期削減目標を設定し、それを先進国内で各国
の中期削減目標として分担することを予見する内容ともなっていたが、コペンハーゲ ン合意では附属書I国全体の中期目標は明示されず、各附属書 I国が中期削減目標を 自主的に誓約するに止まった。
コペンハーゲン合意では附属書I国全体の中期目標は明示されず、各附属書I国が附属書I の中で中期削減目標を自主的に誓約する形式にとどまっている。コペンハーゲン合意の附 属書Iを「国家の一方的行為」の極めて原初的形態とみなし、信義誠実原則に基づき、国 際法上の効果を認める議論も考えられるが、同時にいくつかの問題も存在する。第一に、
附属書Iに記載された各国の誓約目標を足し合わせても、気候変動の抑制に必要な削減とは ならず、この点において国家の一方的行為が十分でないという問題が挙げられる。第二に、
信義誠実原則に基づく国家の一方的行為を必ずしも信用しない途上国が存在することであ る。第三に、しばしば、気候変動の分野においては既存の国際法が適用できない場面が見 受けられ、国家の一方的行為が法的義務を創設するという認識が必ずしもなされない可能 性がある。また、コペンハーゲン合意の附属書Iのような制度は、京都議定書採択時に検 討され、日本政府も提案した誓約と評価(プレッジ・アンド・レビュー)制度に類似する といえる。しかし、プレッジ・アンド・レビュー制度のみでは、各国が確実に達成可能な 低いレベルの目標の誓約に留まり、温暖化を抑制するのに必要なレベルの世界全体での排 出削減が確保できない可能性がある。また、従来のいわゆるハードな遵守制度に対するソ フトな遵守制度の場合、測定・報告・検証可能(Measurable, Reportable and Verifiable: MRV) であることが重要な役割を果たすが、この点についてはその後のCOP決定に委ねられた54。
適応については、コペンハーゲン合意では、先進国が十分、予測可能かつ持続可能 な資金、技術および能力構築を提供すべきとしており、拡大された適応行動を規定す るバリ行動計画を拡充する内容となっている55。
また、コペンハーゲン合意では、先進国の排出削減および資金は、既存のおよび締 約国会合で採択された更なるガイドラインにより計測、報告、検証(MRV)することが 求められるが、この点についてバリ行動計画では、計測・報告・検証可能な、国毎に 適切な緩和の約束・行動が求められており、資金の MRVについては、コペンハーゲ ン合意ではじめて言及されたことになる。なお、交渉の最終段階で、資金の約束に関 する付録(Appendix)がコペンハーゲン協定から削除された。
非附属書 I国の緩和行動については、途上国はこれを実施し2010年1月31日まで
にAppendix II(付録II)のフォームに従ってUNFCCC事務局に提出することが求め
られた。後発開発途上国(LDCs)および小島嶼途上国(SIDs)は、先進国による支援を前
54 木村ひとみ「COP15/COPMOP5(コペンハーゲン)の概要と評価」『季刊環境研究』158 号(2010年)176-207頁。
55 L文書の段階では、適応に特化した支援メカニズムが併記されていたが、結局、コペン ハーゲン合意には記載されなかった。