癌抑制タンパク質がポリユビキチン鎖を切断するメカニズム
1.発表者:
深井周也(東京大学放射光連携研究機構 生命科学部門構造生物学研究室 准教授)
佐藤裕介(東京大学放射光連携研究機構 生命科学部門構造生物学研究室 助教)
2.発表のポイント:
◆癌抑制タンパク質CYLDは、免疫応答の促進に関与する2種類のポリユビキチン鎖(注1)
を切断して、過剰な免疫応答を抑える働きがあります。
◆CYLDとポリユビキチン鎖とが結合した状態の立体構造を決定し、切断方法を解明しまし た。
◆本成果は免疫応答や炎症反応、腫瘍形成の原因を解明する今後の研究に役立つ知見になる と期待されます。
3.発表概要:
東京大学放射光連携研究機構の深井周也准教授らは、癌抑制タンパク質CYLDが、免疫応答 の促進に関与する2種類のポリユビキチン鎖を切断する方法を、CYLDとポリユビキチン鎖と が結合した状態の立体構造を決定し、解明しました。
ポリユビキチン鎖(注1)とは、ユビキチン(注2)と呼ばれる小さなタンパク質が細胞内 でいくつもつながったもので、そのつながりかたの違いによって、制御される生体反応は異な ります。このつながりかたは、ユビキチンが次のユビキチンとどの場所でつながるかによって 異なり、8種類のつながりかたがあります。このうち、先頭のメチオニン(Met1)でユビキチ ン同士がつながったポリユビキチン鎖や63番目のリジン(Lys63)でつながったポリユビキチ ン鎖は、CYLDにより適切に切断されなければ、過剰な免疫応答を引き起こし、腫瘍形成や細 胞の癌化へと進展することが知られています。しかし、Met1と、Lys63とでつながったポリ ユビキチン鎖では、その構造は異なり、CYLDが双方をどのように区別して認識し、切断して いるのかは不明でした。
今回、深井周也准教授らは、CYLDとMet1でつながったポリユビキチン鎖とが結合した状 態の立体構造および、CYLDとLys63でつながったポリユビキチン鎖とが結合した状態の立体 構造を決定することで、CYLDがそれぞれのポリユビキチン鎖に対応して構造を変化させて、
ポリユビキチン鎖を切断していることを明らかにしました。
免疫応答や炎症反応、腫瘍形成、細胞の癌化の原因を解明する今後の研究に役立つ知見にな ると期待されます。
本成果は、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「ラ イフサイエンスの革新を目指した構造生命科学と先端的基盤技術」研究領域(田中啓二研究総 括)における研究課題「シナプス形成を誘導する膜受容体複合体と下流シグナルの構造生命科 学」(研究代表者:深井周也)の一環として行われました。
4.発表内容:
研究の背景
酵母からヒトにいたる真核生物の細胞内では、76個のアミノ酸がつながってできた小さなタ ンパク質であるユビキチンが、細胞内のさまざまなプロセスを制御しています(図1)。この ユビキチンは単独でも働きますが、ユビキチンがいくつも連なって形成されるポリユビキチン 鎖もまた、さまざまな生体反応において重要な情報伝達物質として働き、その機能と構造につ いての知見は近年大きな進歩を遂げています。ポリユビキチン鎖はユビキチンのC末端のグリ シン残基と、別のユビキチンのN末端アミノ基、もしくはリジン側鎖のアミノ基が共有結合を 形成することで合成されますが、ユビキチンにはポリユビキチン鎖の形成に使われる残基は8 種類あり(Lys6, 11, 27, 29, 33, 48, 63及びMet1)、使われる残基によって異なる機能を持ちま す(図1)。免疫・炎症反応の過程で多くの遺伝子の発現誘導に関わるNF-κBシグナル伝達経 路(注3)においては、Lys63でつながったポリユビキチン鎖(Lys63結合型ポリユビキチン鎖)
と、Met1でつながったポリユビキチン鎖(Met1結合型ポリユビキチン鎖)がこの経路を活性 化する情報伝達物質として重要な役割を果たすことが明らかとなっています。一方、家族性円 柱腫症(注4)の原因遺伝子産物として同定された癌抑制タンパク質であるCYLDは、Lys63 結合型ポリユビキチン鎖とMet1結合型ポリユビキチン鎖だけを切断(選択的に切断)するこ
とでNF-κB経路の活性を抑え、転写を抑制します(図2)。したがってCYLDの機能解明は
癌や腫瘍抑制メカニズムの理解につながるものであり、大きな注目を集めていました。しかし、
CYLDの働きを理解する上で最も重要であると考えられるポリユビキチン鎖の選択的切断メカ ニズムの詳細についてはこれまで明らかにされていませんでした。
研究内容
深井周也准教授らはCYLDとMet1結合型ポリユビキチン鎖とが結合した状態の結晶と、
CYLDとLys63結合型ポリユビキチン鎖とが結合した状態の結晶をそれぞれ作製し、それらの
立体構造を決定しました(図3)。今回作製したポリユビキチン鎖はユビキチンを2つつなげ た二量体で、2つのユビキチンのうち、C末端グリシンを使って別のユビキチンに結合してい る方のユビキチンを先端側ユビキチン、結合されている方のユビキチンを近傍側ユビキチンと 呼びます。Met1結合型、Lys63結合型のどちらの複合体でも、CYLDは先端側、近傍側ユビ キチンの形を同時に認識し、CYLDの596番目のシステイン(Cys596)がポリユビキチン鎖 をちょうど切断する位置にみつかりました。そして、CYLDは近傍側ユビキチンとの結合で、
ポリユビキチン鎖がMet1結合型あるいは、Lys63結合型であるかを認識して、切断している ことがわかりました。しかし、もちろんMet1結合型とLys63結合型とでは、ユビキチン同士 のつながりかたが異なるため、近傍側ユビキチンの向きはMet1結合型とLys63結合型で異な ります。しかし、非常に興味深いことに近傍側ユビキチンの向きがMet1結合型とLys63結合 型で変わっても、CYLDだけに特別に存在する柔軟な領域が、両型の近傍側ユビキチンと相互 作用できるように変化し、それぞれのポリユビキチン鎖を切断できることが明らかになりまし た。これは、これまでには報告されていない、選択的にポリユビキチン鎖を認識する新規のメ カニズムです(図4)。
社会的意義
本研究では、癌抑制タンパク質CYLDによる、Met1結合型およびLys63結合型ポリユビキ チン鎖の選択的切断メカニズムを解明しました。8種類存在するポリユビキチン鎖を生命がど のように識別しているのかを明らかにすることで、ポリユビキチン鎖の機能について理解を深 めることができます。また、本成果は免疫応答や炎症反応、腫瘍形成、細胞の癌化を解明する 今後の研究に役立つと期待されます。
5.発表雑誌:
雑誌名:「Nature Structural & Molecular Biology」(発行予定日:2月17日(日本時間))
論文タイトル:Structures of CYLD USP with Met1- or Lys63-linked diubiquitin reveal mechanisms for dual specificity
著者:Yusuke Sato*, Eiji Goto, Yuri Shibata, Yuji Kubota, Atsushi Yamagata, Sakurako Goto-Ito, Keiko Kubota, Jun-ichiro Inoue, Mutsuhiro Takekawa, Fuminori Tokunaga and Shuya Fukai*
DOI番号:doi:10.1038/nsmb.2970 アブストラクトURL:未定
6.注意事項:
日本時間2月17日(火)午前1時 (英国時間:16日(月)午後4時;米国東海岸時間:1 6日(月)午前11時)以前の公表は禁じられています。
7.問い合わせ先:a
東京大学放射光連携研究機構生命科学部門構造生物学研究室 准教授 深井 周也(ふかい しゅうや)
TEL:03-5841-7807
e-mail:[email protected] JST事業に関する連絡先
科学技術振興機構 戦略研究推進部 川口 貴史(かわぐち たかふみ)
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町 TEL: 03-3512-3524 FAX: 03-3222-2064
e-mail: [email protected]
8.用語解説:
注1)ポリユビキチン鎖
複数のユビキチン(注2)がつながったタンパク質。ユビキチンはメチオニン、もしくはリジ ン残基に次々とつながって合成される。つながりかたが異なるポリユビキチン鎖が8種類存在 し、つながりかたによって機能と構造が大きく異なる。例えば、Lys48でつながると不要にな ったタンパク質を分解し、Lys63でつながると免疫応答の促進などを行う。
注2)ユビキチン
76個のアミノ酸からなる小さなタンパク質で、C末端のグリシンが標的のタンパク質と結合す ることで、さまざまな生体反応の目印となる。
注3)NF-κB(エヌエフ・カッパー・ビー)
ストレスやサイトカインなどの刺激を受けると核内へと移行し、免疫応答などに関するさまざ まな遺伝子の転写を活性化する大型のタンパク質。
注4)家族性円柱腫症
常染色体優性遺伝による疾患で、円柱腫と呼ばれる良性腫瘍が主として頭皮に生じるもの。
9.添付資料:
図1:ポリユビキチン鎖のモデル。ユビキチンはリジン(Lys)や先頭のメチオニン(Met1) のアミノ酸で次のユビキチンとつながり、ポリユビキチン鎖が作られる。ユビキチン同士がど のアミノ酸でつながるかによって、ポリユビキチンの機能と構造は大きく異なる。
図2:さまざまな刺激によりポリユビキチン鎖が合成され、免疫応答が起こる。CYLDはポリ ユビキチン鎖を切断することで過剰な免疫反応を抑え、腫瘍形成や癌化を抑制する。
図3:(左)CYLDとMet1でつながったポリユビキチン鎖とが結合した状態、および(右)
CYLDとLys63でつながったポリユビキチン鎖とが結合した状態の立体構造。どちらの構造で
もCYLD(黄色)は先端側ユビキチン(緑)、近傍側ユビキチン(水色)と同時に結合し、切 断部分と596番目のシステイン(Cys596)が接近している。2つの構造中で、近傍側ユビキチ ンの向きだけわずかに異なる。
図4:CYLDと、Met1結合型およびLys63結合型ポリユビキチン鎖とが結合した状態の模式 図。2つの構造中で、近傍側ユビキチンの向きだけわずかに異なるが、CYLDだけに特別に存 在する柔軟な領域が、近傍側ユビキチンの向きが変わっても近傍側ユビキチンと常に結合して いる。このため、CYLDはMet結合型とLys63結合型ポリユビキチン鎖のどちらも切断する ことができる。